栄町ヤマト薬局/一覧
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漢方薬を初め、天然素材の薬を用いて、さまざまな慢性疾患の回復のお手伝い
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ドーピング
ここだけの話を、ここだけですると、ここだけの話では終わらなくなるが、やはりここだけの話をここだけですることにした。
マウスの実験だが、アルツハイマー病がカフェインで改善することが解明した。埼玉医科大学の森隆準教授らの実験らしい。なんでも、カフェインを飲ませたマウスでは認知症状が改善し、脳に沈着する異常なタンパク質が作られにくくなるそうだ。これはここだけの話ではない。オープンにされている業績だ。
実は僕は、会った人は分かるが、色白でスリムで冷え性だ。典型的な副交感神経優位型だ。この何とも横着な身体をせめて人並みの活動が出来るようにとむち打つために、中学生の頃からリポビタンを愛用していた。当時はまだドリンクを飲む中学生なんか珍しかったのではないか。毎日1本飲んで学校へ行っていた。その習慣は、牛窓に帰ってから又復活し、依頼ずっと飲んでいる。大学時代は飯代はなくてもコーヒー代はあったというような生活をしていたからさすがにリポビタンは飲まなかったが、牛窓に帰ってからはコーヒーとリポビタンの二足のわらじで、カフェインを摂りまくっている。漢方薬を飲むのも水や湯でなくリポビタンで飲むことも多い。僕の漢方薬を飲んでいる人に、食前食後を問わないとか、水や湯を問わないとかは、どちらがより効果的かと言う科学的な裏付けが無いことの他に、こうした僕自身の習性にもよる。
何となく後ろめたさを感じながら長年カフェインによるドーピングを続けてきたが、森教授の発表のおかげで、後ろめたさが希望に変わった。人より馬力がないと言う弱点が、どうやら転じてぼけずに暮らせると言う長所に変わったかもしれない。コーヒーやリポビタンなら美味しいから簡単に、それも喜んで続けることが出来る。おまけに堂々と。
介護
この数字を見たらあきらめもつく。取り立てて元気ではなかったから、残りの数字に入ろうというのがおこがましいのかもしれない。こうなれば後は如何に衰えていく線をなだらかにするかだ。
東京大学の調査で分かったことなのだが、足腰の骨や筋肉が衰えて、将来介護が必要になる運動器の障害を抱えている人は、50歳代で67%だそうだ。主に変形性膝関節炎、変形性腰椎症、骨粗鬆症らしいが僕は2番目をもっているし、首も同じようなものだ。バレーボールのし過ぎと自分では理解していたが、恐らく単純に老化なのだろう。バレーをしていたから早めたのか遅くなったのか分からないが、7割の人がその範疇にはいるのだから、僕が入らないことの方が不自然だ。何せ太陽が出ている時間は全て薬局の中で過ごし、太陽にほとんど当たってこなかったのだから骨はスカスカだろう。重い物をもったり走ったりしなかったので足の筋肉も衰えるばかりだ。懸垂が出来なかったという衝撃の事実以来、多くの人に声を掛けてみるが、同年輩の人達の中で出来ると答える人はいない。知らない間に衰えていたことに偶然自分が気がついていなかっただけなのだ。若い人と同じようにコートの中で楽しんでいたから、不覚にも気がつかなかっただけなのだ。
そうして世の中を見回すととても面白い。懸垂の一つも出来ないような人間達が、国にしたって会社にしたってリードしているのだ。腕力だけの世代よりはましなのかもしれないが、なかなか老体にむち打っている姿は、欲の権化にしたって醜いものだ。マスコミを狡猾に利用する威勢の良い輩も「懸垂1回」の試験を課すと面白い。
攻撃的
かなりの人に処方されている抗ウツ薬に関しての注意喚起がやたら最近薬局に届く。勿論薬局だけでなく、医療機関にはそれよりも頻繁に届いているだろう。患者さんを診て処方を決めるのはお医者さんなのだから。僕らは受け身だから副作用の説明などをすればいいのだが、これがとても難しい。特に今回の注意は「攻撃性が増し」その結果、薬の影響が否定できない傷害事件が20件くらい実際に起こっているというのだから。お達しでは、家族等にこのリスクを充分説明し緊密に連絡を取り合うようにと指導されている。
さて、薬を渡すときに「この薬は気分を落ち着かせよく効きますよ。でも時に攻撃的になり人を傷つけてしまうこともあります」なんて言えない。言えば誰も飲む人がいなくなる。家族も飲ませたくなくなるだろう。恐らく何百万人が飲んで20人くらいだから確率からすれば他の副作用と比べても決して高いわけではない。ただ、結果の重要性から考えると1人でもその様な悪影響を受けるのは気の毒だ。薬を飲んで頂くためにいい薬ですよと良い面ばかり強調すると、副作用を未然に防ぐことは出来ない。正直すごいジレンマだ。恐らく全国の薬局が同じ悩みを抱えているのではないか。
これを難なくやり遂げることが出来るとしたら、平生如何に砕けたつき合いをしているかどうかだと思う。僕の薬局の場合、処方箋だけ取りに来る関係の人も少なからずいる。基本的にはかなりの人と親しいのだが、中にはその様な人もいる。時間を掛けて親しくなれる人もいるのだが、何時までも他人行儀の人もいる。普通の薬局業務の関係は「気が合うから来る」人が多いのだが、処方箋の場合は「便利だから持ってくる」人の割合が多い。贅沢な話かもしれないが、長い時間を掛けて気の合わない人には来て頂き難い関係を意図的に築いてきた。そうしないとこちらがもたないからだ。おかげで何十年かやってこれたが、処方箋の場合はそうはいかない。法的に拒否できないからだ。
心地よい環境、例えば川が流れ、丘に木々が茂り鳥の泣き声も聞こえ、子供達の歓声も届くようなところで働き暮らせれれば、あのような薬も必要ないのだろうが、寧ろ状況は逆だ。薬の力を借りながら懸命に日常を送っている人が増えた。薬中心の治療だと必然として好ましからざる結果も避けれない。ジレンマを解決できないジレンマを解決してくれるのはやはり「時に攻撃的になる」あの薬なのだろうか。
脳
孫が大きくなったら、夏休み電話相談室に電話でもさせて教えてもらおうかと思っていたようなことが偶然送られてきた薬の情報誌を読んでいて解決した。今更聞けないと言うことは多くあり、その冠で番組が作れるほどだが、僕にとってはまさにそのレベルのことで、どうでもいいようだが結構ひっかかりながら過ごしてきたものだ。
およそ生き物の中でどのレベルまで下れば思考力はなくなるのだろうと以前からずっと思っていた。言い換えれば、脳はどのレベルの生き物まで備えているのだろうと言う疑問だ。ほ乳類は何となく意志の疎通が出来るから当然として、鳥は、魚は、は虫類派と考えると何処で線を引いたらいいのか分からなかった。ところが何と線虫までが脳の細胞を持っているというのだ。もっぱらお腹の中の虫くらいの認識だったのだが、実際には土中に無数にいるらしいが、その虫にまで脳細胞があるというのだ。脳神経細胞が302個とさすがに少ないが、立派に持っているのだ。それだけの数でどの様な脳の働きが出来るのか知らないが、あるにはあるのだ。これは驚いた。何を食って生きているのか分からないが、例えば細菌を食って生きているような小さな生き物まで脳細胞があるだなんて。
意味はちょっと違うが「一寸の虫にも五分の魂」と昔の人は言っているから、余程古代の人の方が僕より勘が鋭い。あまりの発見に嬉しくて母に言ったら「そりゃあそうじゃろう、虫は逃げるから」と簡単に言われてしまった。なるほど、昔の人はすごい。
感度
笑ってはいけないけれど、笑った。本人も笑っているし、もう5年以上毎週漢方薬を取りに来ている人だから、構わないだろう。5年間一杯雑談をしているが、この話は初めてだった。
魚釣りに行って、ウキを見ていたら酔ってしまったと言うから、当然僕は波が高かったのか凪いでいたのかを尋ねた。波はなかったと言うから余程船に弱い人だなと思ったら、何と岸壁から釣っていたと言うのだ。だから笑った。岸壁から竿で釣っていてただウキを見ていただけなのだそうだ。ウキが波で上下するのを見ていて酔ってしまったらしい。
当然乗り物はほとんどだめで、唯一いいのが自分で運転する車だけなのだそうだ。自分で運転すると酔わないのには救われたと、本当に有り難そうに言うから、余程だろう。時々極端に弱い人がいるけれど、ウキを見ていて酔った人に会ったのは初めてだ。そのせいかどうか分からないが、旅行などもほとんどした経験もないし、したがっているそぶりもない。その代わりと言っては何だが、とても物知りで、色々な媒体から知識を得ている。
三半規管の感度が良すぎるのだろうか、機能が良すぎても不便なものだ。何かに利用できればすごい才能なのだが、何にも使えないならハンディーになってしまう。肉体を運べないから情報を辿る。何かを補うために何かが発達するのも世の常だ。
心の感度も僕ら庶民はほどほどがいい。小説家や詩人、画家や音楽家ならいざ知らず、庶民にとっては時として重荷になってしまう。生産性がないなら、いっそのこと、封印して自分自身を解放した方が楽だ。ちょっとした親切、ちょっとした優しい言葉、ちょっとした微笑みや涙。せいぜいそのくらいが身の丈か。
朗読
皮肉なものだ。ミサの後キム神父様が「今日の朗読は素晴らしかったですよ」と耳打ちしてくれた。唯一このことで何十年も苦しんでいたのに、その間は何だったのだと思う反面、すぐに同根の悩みで今を苦しんでいる多くの僕の患者さん達のことを思った。
この2,3年、多くの人の前で朗読することが苦痛ではなくなった。ことさら意識しなくなってこれが僕の目的とする完治なのだろうが、手にした感激は今はもう何もない。元々ほとんどの人が出来ることなのだから、それがより以上の価値を持っているとは思えない。寧ろその事が価値をもたらしたのは、僕がお世話している人達の傍に数歩近づける権利を手にしたことだろう。この体験がなければ、過敏性腸症候群や鬱加減の方の処方で悩むことはなかったろう。何としても手助けしたいと悩んだ数だけ僕は武器(処方)を手にして、かなりの確率で現在はお手伝いできていると思う。
昨日は、突然ある人の休みのためにピンチヒッターで朗読をする羽目になった。僕は原則として何も断らないから、快く引き受けた。キム神父様があのように誉めてくれたのは、恐らく僕が、読みながら内容を自分で把握しようとして、ゆっくり読んだことによる結果だと思う。何故か文章の内容に引き吊り込まれたのだ。いつもなら、単に義務を果たすだけの朗読だったのだが、読みながら内容を把握したいと思った。昨日に関しては明らかに僕は自分のために読んでいた。その為、ゆっくり読んだのは確かでいつもとは異なっていた。それがどの様に神父様に聞こえたのか分からないが誉めてくださったのだ。
青春は、諸刃の剣だ。人に対しても自分に対しても繊細で鋭利な刃物を突きつける。妥協を許せない純粋さが他者にも自分にも牙をむく。だがその体験は決して無駄ではない。向上心の現れだし、物事を深く理解しようとする訓練の賜でもある。表層的な関係だけですむのなら、何も悩む必要がない。偽りの心地よさの中で漂っていればいいのだから。妥協を知らない階段も、人生のある時期には登った方がいい。一方通行の困難な階段だったとしても。そこから見事に転落した僕が言うのだから大丈夫。大きなたんこぶの中にいっぱい人の優しさや弱さや逆に逞しさなどを充分すぎるくらい詰め込むことが出来た。
体験に優る教訓はない。
睡魔
梅雨が上がってしまったかのような強烈な太陽が、車内の温度を容赦なく上げる。恐らくエアコンのガスが無くなったのだろう、なま暖かい空気が大きな音を立てて吹き出されるが、身体は充分汗ばんでいる。1時間の帰りを運転するには睡魔が激しすぎて、缶コーヒーとドリンク剤でカフェイン攻めにしてみたが効果は余り無かった。田園地帯にさしかかったとき、水を張った田圃に4人の大人が入り、全員が腰をかがめて雑草取りをしていたのを見たとき、昼下がりに大したこともせず睡魔と戦いながら車を運転している自分が、たまらなく怠惰に思えた。
電話の向こうの息づかいは尋常でないのはすぐ分かった。喘息発作が出ているのに家族ではなく自分が電話をしてきた。その発作を僕の力ではどうしようもない。時間帯からしてそのまま朝を待つのは危険だと思った。ある病院に行くように助言したが、家族は酒を飲んでいて連れて行ってもらえない。恐らく自分で車を運転して行くに違いない。戦前の女性は芯が強いのか忍耐強いのか分からないが、家族にでさえ助けを求めない人もいる。
昨夜の無能ぶりに自己嫌悪気味な一日だった。襲ってきた睡魔は、何もしてあげれずにうつらうつらと夜明けを待った代償か。青春の頃、強烈な動機付けが出来る出来事に遭遇していれば、もう少しはまっとうな学生生活を送っていたかもしれない。目的もなくその日その日をごまかして生きてきたせいで、頼ってきた電話を裏切ることになる。炎天下の雑草取りに追い返されるのは、僕の青春を、いや人生の全般を覆っていた泥色に濁った睡魔か。
引退
現役を引退した世代に、ギャンブル、アルコール、出会い系サイト中毒が広まっているそうだ。その様な記事を読んでなるほどと思った。職業柄多くの人と長年接してきたから、昨日まで現役でばりばり働いてきた人が、今日から悠々自適の生活という掌を返すような場面にしばしば遭遇して、いったいどの様にこの人達はこれからの時間を消化するのだろうと考えることが多かったからだ。一つの答えをもらったような気がした。と言うのは、僕が引退組にどうしているのと質問すると、ほとんどの人が仕事を辞めてもすることがいっぱいあると答えていたのだ。僕はその答えにずっと違和感をもっていた。どう見ても充実している雰囲気ではないのだ。仕事など何かに追われている様子はさすがにないが、何かを追っているような充実した顔でもない。人間関係が一気に容量を減すためか、的はずれな話題も多い。趣味を尋ねても無いことが自慢だったような人達に今更見つけられるはずがない。経済的に恵まれている人は旅行を繰り返しているが、年金貴族の時代が終わった今、そんな人はなかなか出てこない。
そうしてみると家に畑や田圃がある人は幸せだ。今まで荒らし放題にしていたところをもう一度耕せば、治水にも役立つ。無農薬の野菜を作り、家族に食べさせれば健康も手に入る。出荷すれば小遣いにもなる。定年退職組がぼつぼつと牛窓にも帰ってきているが、やはり田や畑を持っている人が多いように見える。田舎で暮らせば上記の誘惑とは無縁で暮らせる。勿論足を伸ばせばいくらでも楽しむことは出来るが、それに費やす労力を考えると、如何にも効率が悪い。僕は消費すること、消化すること、取り崩すことなどで1日が持つとは思わない。どこかでまだ生産に参画していないと、日常は溶けてしまいそうに思える。
お尻と大腿部の筋肉が落ち、ズボンがだぶだぶになる頃、誘惑ではなくそこにしか通じない小道を一人で歩いている人達が今日も哀しい身支度を整える。
雑草
少し大きな雨が降り、その後乾いた運動場は様子がずいぶんと変わっていた。運動場に足を一歩踏み入れた途端、いつもとは明らかに印象が違った。大きな池を見渡しているような感じだった。一面が平坦だったのだ。いつもならサッカーや野球部員のスパイクでいわば踏み荒らされた状態ででこぼこだったのだが、一面平坦で穏やかな表情をしていた。 サッカーのゴールの前や野球の内野グランドあたりは丁度湖面の波紋を思わすように、穏やかなくぼみが連なっていた。雨で砂が流れ鋭利な凹凸を無くしたのだ。高いところから幾筋かの水が流れた後も出来ていた。干上がった小さな川のようにも見えた。所々には何時顔を出したかと思えるような草が、まるで水草のように点在していた。何によって運ばれて芽生えたのか、一斉に顔を出した感がある。僕らが気がつかないところで自然の営みはやむことがない。そんなことにも気がつかなかった僕は如何に不自然な生活を送ってきたのだろうと思う。
年齢と共に、又置かれた状況と共に見えるもの聞こえるものが違ってくる。極端に水はけの良い運動場の砂の上にやっと根付いた草たちを抜かないでと学校に頼みたくなった。草が運動場に一面に生えても構わないのではないかと思った。手入れさえすれば草だって芝生のように見える。転んだときのクッションにでもなる。雑草などととんでもない名前を付けられて不用のものとするには緑が濃すぎる。あの生命力こそ見る人に勇気をもたらすのだろう。はいつくばって、踏まれても踏まれてもそこに存在し続ける雑草のように扱われる多くの人達に。
隙
その時、僕は偶然薬局の入り口付近にいて、荷物を整理していた。娘は調剤室にいた。けたたましくパトカーがサイレンを鳴らして近づいてきた。と言っても、警察署はすぐ近くだから、パトカーはどこかの現場に向かうために薬局の前を通り過ぎるだけなのだ。薬局の前を白黒のパトカーが通り過ぎて、その後覆面パトカーも続いた。覆面パトカーを運転している警察官は笑いながら薬局の方を見て走り去った。その間、1秒あるかなしかだと思うのだが、その様子がとても面白かったので娘に言うと、娘も同じことに気がついていたみたいで「余裕だなあ」と即座に言葉を返してきた。
パトカー2台が急行するのだから何か事件なのだろう。しかし現場に向かう警察官に緊張感は感じられなかった。目と目があって離せなくなるような感じで通り過ぎた警察官に、僕は何故か心が和んだ。この心の隙に救われたような気がした。どの程度の事件で出動したのか分からないが、そしてそれが彼らにとっては日常のありふれた行動なのか知らないが、笑顔とサイレンがどうしても結びつかなくて、その結びつかないものを露呈した一瞬の光景がサイレンで緊張するこちらの小さな動揺を解除した。張りつめたままでは人は耐えられない。ちょっとした心の隙があってもいいのではないか。何か不都合なことを起こせば必ず責められる心の隙だが、僕は結構その緩んだ状態が必要ではないのかと思う。他人を非難することで生活を成り立たせている職業の人達だって、失敗だらけだ。こちらは叱責する手段を持っていないから声なき声で終わるかもしれないが、結果的にそれが許しにもなっているのだ。果てのない失望は、時として許しに繋がる。人がふと見せる心の隙にこそ、人と人の接着剤は潜んでいるし、許し合う寛容も訓練される。
必ずしも緊張感のぶつかり合いが生産的だとは思えない。どこかの町で無実の罪を背負った人も、背負わせたひとも、ふと気持ちをどこかで抜いていたら取り返しのつかないことにはなっていなかったかもしれない。牛窓に帰り若い警察官と沢山知り合った。勿論多くが下っ端だったが、誰もが直球好きで、カーブが下手だった。だからこそ逆の僕と気があったのかもしれないが。さて運転していたのは誰だったっけ。
裏表
ミスった。何で気がつかなかったのだろう。ボールペンも必需品のカッターもその時間必要無かったのか。いつものようにいたるところに置き忘れているのを使ったのか。
それにしても久しぶりに乗り物酔いの薬を買いに来た僕より少し年配の奥さんは気がつかなかったのか。それにしても、これから3年ぶりに町外に自分で車を運転して出かけるからパニックの薬をつくってと言って入ってきた女性は気がつかなかったのか。それにしても毎年好評の虫さされ軟膏を親類中に配るからと言って沢山取りに来たおばあさんは気がつかなかったのか。それにしても肝臓を守る薬を必需品とする酒好きの公務員の男性は気がつかなかったのか。それにしても遠くから悪夢を見ると言って相談に初めて来た男性は気がつかなかったのか。それにしても10メートルくらいしか歩けなかったのに、無理をすれば50メートル歩けるようになったと喜んでいた老人は気がつかなかったのか。
遠くから初めて相談にきてくれた人でも一見して僕のだらしなさには気がつく。さすがに初対面の人間に向かって言いにくいかもしれないが、常連さんや時々必要なものを取りに来る人達にとって僕はそんなに敷居は高くないはずだ。真面目な話はほとんどしないし、病気の話は深くしないことにしているから。話せば僕のあらが出るし、理論で治る病気なんか無いから。だから、一番に気がついた人が言ってくれればと今更思う。もっとも、どちらかというと僕の白衣は裏側の方が綺麗だ。だから全員、今日は珍しく綺麗な白衣を着ているなと思ったのかも知れない。それだったら、誰も口にしなかったのも頷ける。いっそのこと日替わりで表と裏を交互に着ようか。それなら今でも長く着ていられるのがもっと長く着れる。
それにしても10時過ぎに来た娘はどうして遠くから見た瞬間分かったのだろう。「お父さん、白衣が裏表」と。いつもなら胸にいっぱいつっこんでいるボールペンが見えなかったからだろうか。それとも僕の人間性が裏表ありと見破っているからだろうか。
登校
女子中学生は、ヘルメットの下でニコッと微笑んで中学校の方に自転車を漕いで行った。
調剤室で朝の一連の準備作業をしていたら軽四トラックが駐車場に横付けにされた。不作法な人だなと思っていたら、老人と女子中学生が両側の扉をそれぞれ開けて降りた。老人はおもむろに荷台に積んであった自転車を降ろした。女生徒はその間にヘルメットをかぶった。スタンドを立て自転車を支えながら老人はその様子をじっと見ていた。そして冒頭のように老人に微笑みを残して超短距離の登校と相成った。老人は無表情に車に乗り込み走り去った。
僕の薬局が中学校の手前にあることと、駐車場がちょっと拝借にはとても便利に出来ていることもあって、時々繰り返される光景なのだ。親の場合もあるが、おじいちゃんおばあちゃんが活躍していることも多い。お百姓や漁師は軽四トラックが必需品ってこともあるだろうが、横着を便利が懸命に支えているほほえましい光景だ。
日常のあらゆる場所に幸せな光景は落ちている。呼吸を止めた石ころの数ほども落ちている。こちらが気がつかないだけだ。山が幸せそうにはそびえないし、川が幸せそうには流れない。幸せは生きている物達の特権だ。生きているからこそ幸せなのだ。ものになってはけない。もののようになってはいけない。心に体温計を挟み、発熱すればそこかしこが見えてくる。
わずか1分の劇中にも伝搬する幸せの卵が孵る。
クロネコヤマト
数年ぶりにビールを飲んだ。クール宅急便で北海道の地ビールと肉の加工品のセットが届いたから。どのくらいの価値があるのか分からないが、僕には豪華に思えた。普通に売っているものとは見るからに趣を異にしていて、手作りで見た目も全然違う。名前を見てみないとそれがベーコン、これが何々と分からなかった。食べ物に関しても圧倒的に無知だから、目にしたことがないようなものはすこぶる豪華に見える。
恐らく息子にこんな手間を掛ける時間はないだろうから、嫁が選んでくれたのだろうがとても有り難かった。元気に仕事に従事し、少しでも多くの人を救えるならそれだけで充分で、息子に何も望んでいない。ただその生活が彼の家族にとって快適なものかというとそうではないだろう。不在がちと言うより、眠るためだけに帰ってくるような生活ではないのか。働き虫ではないだろうが、働かされ虫にはならざるを得ないだろうから。
僕は孫にとっていいおじいちゃんではない。足繁く通って目を細めて成長を見まもるようなタイプではない。毎晩神様に孫達の健康を祈るが、それが全ての関わり方なのだ。僕には職業的な深い関わりの人達が沢山いて、そちらを圧倒的に優先してしまうのだ。嘗て僕の父がそうであったように。
母が「私は幸せじゃあ、独りで住めるから」としみじみと僕に言った。まだまだ元気だから、一人で自由に暮らせることを楽しんでいる。別に西洋にかぶれているわけではないが、我が家はどの世代も独立していて、一見お互いクール宅急便のように見えるが、それはそれでいいと思っている。所詮名前も同じヤマトなのだから。もっとも我が家はドラネコヤマトだけれど。
赤穂線
外国から仕事で来た人と、関西地方で中国地方出身の人が知り合い、外国に渡り結婚し、ご主人が海外出張になったので、その間を利用して帰国し、中国地方のある都市にある実家から、岡山県の南端の玉野経由でこれ又南端の牛窓を訪ねて来てくれた。書きながらさっぱり分からなくなった。何のことはない、ある女性と今日あう機会があった。10文字ちょっとで表される。
知的な職業に就いていた人だから、話が理路整然として色々な知識をもらったような気がする。特に30年、じっと薬局に留まって仕事だけしていたから、自分の知識に極端に幅がないことには気がついている。時々それが、えらい受けて場を和ますのに大いに役に立つくらいだ。意図的ではなく、根っから知らないことが多くて、それが受けるのだろう。そんな僕だから、外国の生活、価値観などはマスコミから収集する表層的なものとは違って生身の知識でとても興味深かった。若いときにもし同じような話を聞いていたら、その国を訪ねてみたいと思ったかも知れない。だが、今から思えば余り好奇心に富んだ人間ではなかったような気がする。行動の動機付けはいつも金がないの一言には勝てなかった。金がないことで全ての欲求を退け、金をその為に稼ぐという発想はなかった。無気力と横着を重ね着したような青春時代だった。
帰りに送っていった邑久駅で、彼女は今田舎の小さな駅の前についさっきまで見ず知らずだった夫婦と一緒に立っていることを感慨を持って不思議がっていた。何時何処に接点が転がっているかもしれない。良い結びつきをもたらす機会が何処に転がっているかもしれない。人生なんて不思議なものだ。今日から僕は彼女の今まで以上の幸せを祈る存在になるのだから。無気力と横着は未だ身につけているが、ローカル線を走る短い車両に消えていく旅人の幸運くらいは祈ることが出来る。
天気予報
短い文章だったけれどとても嬉しい報告だ。まだ3日目らしいけれどお仕事に就いたらしい。「一歩踏み出すことが出来た」と自分の状況を表していたが、この一歩踏み出すことが過敏性腸症候群では一番困難で一番重要なポイントなのだ。僕が最も拘っていることを本人の口から出してもらえたので、もう安心だ。後は飛行機が離陸するように過去の辛かった症状から離れていくことが出来るだろう。セスナに乗っているかジャンボ機か、ロケットかの違いはあるだろうが。まさか今の時代にライト兄弟の飛行機に乗る人はいないだろう。
僕より少しだけ年下の方だが、恐らく持っている能力を繊細な心がオブラートで包み込んでいたのだ。勇気を出して飲み込んでしまえば、オブラートなんかすぐに溶けてしまう。あるがままの自分を晒せば周りの人も良いところを一杯評価してくれる。良いところも悪いところも併せ持っている人の方が、完璧な人より遙かに親近感が持てる。どんな礼賛の言葉よりその親近感の方が価値がある。人はいい意味でも悪い意味でも孤立して生きていくことは出来ないのだから。ありのままの姿でありのままの心で他者と接して欲しい。
その日偶然、東京のある女性が父兄会で麺類の何かを作って食べる会の世話役になったと電話をしてきた。もうすぐ学校に行くのだけれど不安だという。その女性は手が震える遺伝があり細かい箸使いが苦手なのだ。でも僕は知っている。彼女はとても魅力的な妻であり、おおらかな母であることを。自分の青春を萎縮させたのは果てのない自意識なのだ。青春以来ずっと引きずっている。僕と友達のように話す彼女は、100の魅力と1の欠点を天秤上で逆転させている。他者から見れば100の魅力しか見えない。でも自分は1の欠点が100に見える。誰だって同じことなのだ。「あなたは女優ではない。誰も見ているものか。欠点だらけの方が他の人は親しみを持ってくれるよ。雲の上のような人はつまらないだろう」といつもの言い回しをする。彼女はそれで又一つの挑戦が出来た。
たった1行の言葉に救われる。確率勝負の仕事ではなかなか達成感は味わえない。期待に添えれた人より添えなかった人ばかりのことが気になるのだから。せめて最近の天気予報ぐらい確率が上がればいいのだが、それは至難の業だ。元々お天気屋さんなのだが。
垂れ流し
名前を聞いたことがない薬の会社から、はち切れそうに内容物を詰めた封筒が届いた。開けてみるとフリーズドライ形式の数種類のスープが入っていた。取り扱いを勧誘する文章と共に。何処の家庭でも恐らく時々は利用するありふれたものだから何で薬局にと思ったが、理由はすぐに分かった。カレースープとかおみそ汁とかの文字より倍以上大きな字で健康サプリと表示されていた。そしてその下にはコラーゲンとかヒアルロン酸とかコンドロイチンとかの最近流行りの成分名が載っていた。美味しそうな写真と共に。1個が200円するそうだ。僕はほとんど食品などの買い物をしたことがないから、この値段が高いのか安いのか、はたまた適正なのか良く分からない。ただ、卵スープを家庭で作っても200円はしないだろうなと言うことは想像できる。卵くらいの値段はわかるから。ミネストローネという名前は初耳だから分からない。格好いい名前だからこれは高いか。
興味を持ったのはサプリもここまで来たかってことだ。瓶に入れられ薬のような形状にしていれば、何となく効果を期待して購買に結びついてきた。それでもさすがに意味を成さないことを購買者が学習してきたから、一時の勢いはなくなったらしい。一部のマニアは垂れ流し気味の製品を追っかけているが、不景気が幸いしてか「健康は自然にとれたものから命を頂くもの」に回帰し始めている。手を加えれば加えるほど自然から遠ざかり、それをもって自然食品と呼ぶのは抵抗がある。ずっと言い続けたことだが、本当の健康食品は今日も田舎の畑で腰の曲がったおじいちゃんやおばあちゃんが育てているし、太陽に長年焼かれ深いしわを作った漁師達が一人海の上で獲っている。自然の命を頂かずにしてどうして人間が健康でおれようか。
しまった、こんなえらそうなことを言わなければ良かった。今家族で試食したら結構美味しかった。これなら毎日数種類をローテーションすれば飽かずに飲める。家で作ったものより美味しいかもしれない。膝や腰が治れば一挙両得だ。レシチンが入っているのもあるから脂肪も落ちるかもしれない。ああ、いいことづくめだ。僕の精神の方が垂れ流し気味になってきた。
営業
荷物の受け取りの判を押しながら、久しぶりに見る顔だなと思った。以心伝心かどうか分からないが運転手さんが「久しぶりですね。」と言った。無いことに、その後に「うちも使ってください、すぐ来ますから」と言葉を続けた。嘗てしばしば荷物を持って寄ってくれていた人だが、おきまりのマニュアル通りの挨拶しかしたことがなかったから、それも顔はいつも出口の方を向いていて、心がないならむしろ挨拶もしないでと思っていたから驚いた。ああ、この数年のうちに彼は人間的に成長したのだとは思わなかった。むしろ、ああ、いつも目を逢わすことなく、勿論微笑むこともなく、淡々と仕事をこなしていた彼でさえ、営業の言葉を一つや二つ掛けなければならないくらい経済的に追いつめられているのだと思った。軽四トラックの配送だから、それも有名な企業ではないからなかなかこのご時世で楽な仕事をしているようには見えない。景気がよいときには下請けまで恩恵は及ぶが、不景気だと恩恵にはなかなかあずかれない。勝手な思い込みかもしれないが恐らく後者の推測の方があたっていると思う。
彼個人の人間性が僕のテーマになっているのではない。ほとんど判を押すだけの接点だったから、こだわりはない。不景気を歓迎するわけではないが、ある程度の生活の質の落ち込みは人を謙虚にするのかもしれない。大企業の落ち込みと小さな会社、あるいは個人経営の落ち込みとでは危機感が違うが、政府の後押しも得られず、それこそ自己責任で生きていかなければならない階層の人間にとっては、片手に微笑みを、片手に怒りをもって乗り切らなければならない。誰に微笑んで、何に怒るか、転んでもただでは起きぬ強かさが問われている。
脱力
こんなに男同士の兄弟でも仲がいいのかと思わせる一こまだった。
薬局を閉める時間帯に、若い二人の男の子が入ってきた。鎮痛薬がいるらしくて最小包装のものを出してあげると、あまりの安さに驚いたみたいで(210円)用意していた札を引っ込めて500円玉で払おうとした。出来ればおつりを綺麗にもらおうと思ったのだろう、後ろにいた男の子に「車から10円取ってきて」と小さな声で指示した。何となく薬局に入ってきたときにうさんくさかったので、その言い方が優しかったのに驚いた。恐らく弟にあたる方が駐車場に出ていっている間に、誰が痛み止めを飲むのか確認したらおばあちゃんらしい。二人で、おばあちゃんの薬を買いに来ているのだ。
服用方法を書いて渡すと、二人がそれぞれ「ありがとう」と言って出ていった。エンジンを掛ける音が聞こえたから車で来たみたいだ。二人は僕と同じ町に住む漁師の息子さん達だ。父親そっくりの顔をして、おばあちゃんが70才と答えたからすぐに分かった。幼いときには通学途中よく見かけていたから何となく面影が残っている。よその子は早く育つもので、大人の入り口にたち、もう車の免許が取れる年になっているのかと感慨ものだ。 時々このように子育て上手がいる。決してその様に見えないお父さんだが、大したものだ。ひょっとしたらお母さんの力かもしれないし、おじいちゃんおばあちゃんの力かもしれない。兄弟は決してスマートなコミュニケーションとは言えないが、心温まる雰囲気を醸し出す。クールな家族関係の我が家の対極に位置する。幸せは色々な形で存在する。ほっとする脱力系の幸せの形かもしれない。
市民権
いつから市民権を得た言葉か知らないが「目が点になる」とは旨く言い表している。実はまさにその様な体験をした。目が点になった人を真正面で見たのだ。それもカウンター越しという至近距離で。今になってみれば目の何処が点になるのか確認しておけば良かったと悔やまれるが、それこそ人間が驚きで固まった状況を旨く表現していると思えた。 毎日クロネコヤマトが集荷に来てくれるから、運転手さんとは自ずと親しくなる。もっとも田舎と言うこともあり、我が家だけでなく何処のお家の人とも親しそうだ。ある運転手さんは母の所に荷物を届けてくれると、少しの時間を割いて母自慢の菜園で野菜づくりの手ほどきまでしてくれるらしい。それこそ長いつきあいなのだ。その運転手さんと薬局でカウンター越しに話をしているときに、何かの拍子に母の年齢を尋ねられた。僕は母がいつも言う口癖みたいな数字、90才と答えるとまさに冒頭の状態に運転手さんがなったのだ。その間1秒か2秒かもっと長かったのか分からないが、明らかに彼の思考が止まっていた。それこそ目が驚きのままで固定されたのだ。しばらくの間をおいて出たのはやはり「えっ、90才?」と言う驚きの声だった。彼にとって90は考えられない数字なのだ。母は恐らく満年齢ではなく数えで年齢を口にしているからひょっとしたら89才かもしれないが、どっちみちそのくらいの年齢だ。運転手さん曰く「70歳代かと思っていた」。これには僕も驚いたが、彼がお世辞を言う必要もないし、そんなことに不自然に気を配る人でもない。本心なのだ。
この大いなる誤解は嬉しいと言うより楽しかった。裏にいた母と妻に早速伝えると、二人とも大声で笑ってかなり受けていた。幸運にも元気な母を当たり前くらいにしか認識していないから笑い話のネタにでも出来るのだが、このことに対してはありがたいと思っている。今でも我が家の大切な戦力なのだから。それにしても働きづめの高齢者が一杯いる町だから決して突出しているわけではないのがいい。カルチャー教室に通う老人で溢れる街中ならさしずめ我が家は虐待で通報されそうだ。人生、結果オーライなのか、過程重視なのか難しいところだ。
クラゲ
今朝起きて一番にインターネットでクラゲについて検索した。海辺で育ったから今更クラゲでもあるまいが、新聞に加茂水族館のことが出ていて、その中の記事に目が止まったからだ。クラゲには脳も心臓も無いという内容だ。
盆が過ぎても地元の子は海水浴場で泳いでいた。観光客がいなくなった広い浜辺を数人で独占して泳ぐのは気持ちよかった。水は驚くほど澄んで魚が泳ぐのが水面越しに見とおせた。ところがその頃からクラゲが一斉に海水浴場を占拠する。海の子は、自由に泳ぐことが出来たから、クラゲを見つけるとクラゲの下を潜ったりして接触するようなことはなかった。おかげで刺されるようなことはなかったが、いつも気を使わなければならないやっかいな存在ではあった。
あのやっかいな奴らに脳と心臓が無いだなんて。棒きれを拾ってクラゲをすくい、砂浜に干して退治していたのは何だったのか。インターネット上に出てくるクラゲについての情報は難しすぎて、ますます分からなくなったが、何のために存在しているのだろうと根元的な疑問が湧いてくる。本能すらないものが、何のために餌を捕獲したりするのだろう。 古代、どの様にして、何のために存在を始めたのだろう。何の役割を担って生きているのだろう。何をもって生物というのだろう。幼い頃の情景が美しく思い出される裏で、頭が混乱する。そんなこと知らなければ良かった。何にでも目的や意義を求めたがるいつものお節介が、そろそろお荷物気味の僕の脳と心臓を悩ませる。
得
今日は得した。
夕ご飯にいつもの中華料理店に寄ってラーメンと餃子を注文した。僕が唯一何の抵抗もなく入っていけるお店で、もう20年は利用していると思う。と言うことはそのお店も20年以上つぶれないで、と言うより20年前より繁盛して支店も出している。何が魅力かというと当然美味しいことと、スタッフの礼儀正しさだろうか。若い店員さんばかりだが、マニュアル的でないのがいい。
いつもなら数分もすれば注文の品が出てくるのだが、今日は何故か時間がかかった。おかしいなと思案していると若い女性の店員さんが申し訳なさそうに、機械の故障で餃子が旨く焼けなくてもう一度挑戦するから遅くなると言った。どのくらいかかるのかと尋ねたら10分くらいと言う。僕はラーメンを先に食べるから、食べ終わった頃出してくれれば充分で何時までも待つよと言うと、安心したように厨房に帰っていった。するとまもなくラーメンが届き、豚肉のしゃぶしゃぶ風のサラダ(食べ物のことはさっぱり分からない、本当は正式な名前があるのだろう)が添えられていた。「餃子とラーメンを同時に出せなくてすみませんでした、お詫びにこれをお召し上がり下さい」と店員さんがサラダを添えてくれた理由を教えてくれた。こんなトラブルが滅多にあるとは思えないが、こちらの気分を害することもなく、だからといってへりくだることもなく、自分の言葉で微笑みをもって対処したのが驚きだった。僕が得をしたのは、サラダではない。何処に行っても心がこもっていない言葉を機械的に返されるだけの買い物にうんざりしているから、もうそれは一種の恐怖にもなっているが、自分の言葉をとっさに使うことが出来た若い女性と接することが出来たことが得をしたのだ。まだまだ若い人も大丈夫と思えたことが得だったのだ。大切なことが世代で受け継がれていることを確認し、まんざら失望ばかりする必要がないことが分かったことが得だったのだ。
と言いながら帰り際、あのサラダはいったい何円だったのかとメニューを捜すところが僕の成長しないところかもしれない。
果実
自分が休みを取らされ、心療内科の受診を促されるほど弱かったことを受け入れることが出来ないみたいだった。弱音を家族に吐くことが出来ないから、出勤する振りをしていた。上司に叱責されても、部下にそれを転嫁するのは価値観が許さなかった。月曜日の会議は針のむしろで、会議が終われば大声を上げ叫びたい気分。スポーツ万能だから上司もきっとその行動力、判断力、部下の掌握力を見込んだのだろう。期待に応えようとするほど自分を追い込んでいく。酒の力は正比例しない。
どこでもある話を僕の前でする。日本中で頑張って頑張り抜いている人が陥るトラブルをまさに体現している。生の声は僕の心に重く響く。僕自身も数年前経験したことで、手に取るように分かる。分かるから解決方法も分かる。
出来るだけ多く口から出すこと。強がりではなく、弱音を吐きまくること。回りを巻き込んで知恵をかりること。インフルエンザにかかり40度の発熱状態と考えて物事にあたること。体力が充実しているときだけ善行を心がけ、体力がないときは善人を気取らない。
体調が良ければ強気になり、疲労が蓄積され体調が悪ければ誰だって弱気になる。この誰もがってところが大切だ。自分だけが特別ではない。みんな同じ弱い人間だ。なんとか、なんとか暮らしているのだ。精一杯、精一杯で暮らしているのだ。時には躓いて当たり前、時には転んで当たり前。どうせ凡人には当たり前しかないのだ。居直って当たり前の人生をそれなりに消化するしかないのだ。背伸びしても届かない果実なら無理に登ってまで盗む必要はない。どうせ数日待てば八百屋の店頭でたたき売りの憂き目にあっているのだから。
神業
初めはくすくすと遠慮気味に笑っていたのだが、そのうちこらえられなくなったのか吹き出すように笑い始め、それも次には止まらない笑いになった。こちらの方では深刻な相談を始めているのに、会計がすんだその婦人はチャップリンのモダンタイムスを見ながら文字通りソファーに腰掛け笑い転げていた。バスが30分後にしか来ないから待たせてというので、ビデオを見てもらっていたのだが、受けるは受けるはで、店頭にビデオを設置して、又チャップリンを流し続けていて良かったなと僕はほくそ笑んでいた。目の前の深刻なトラブルの相談者も振り返って、笑い転げている婦人を見て笑っていた。笑いの伝染なら歓迎だ。憂鬱な空間にほっとした空気が流れる。
穏やかな話し方、優しい顔つきだが、芯は強い。障害を持っているお子さんを育てている。旦那はいつからかいなくなった。経緯は敢えて聞かない。女手一つで育てていることだけで婦人を評価する他の物差しはいらない。せめて僕の目の前にいる間だけでも笑って欲しい。笑って、自律神経の興奮を鎮めて欲しい。緊張から解き放たれて欲しい。戦闘状態を解除して欲しい。
神業を成し遂げるピアニストの本当の目標は作曲らしい。運が良ければ僕らは彼と同時代を生き、未知なる名曲と遭遇する日が来るかもしれない。何百年も聴き継がれる音楽に遭遇出来るかもしれない。ただ一つ望みが叶うなら、お母さんの顔を見てみたいという彼の言葉に、どれだけの人が心を洗われただろう。不平や不満の汚泥の中であえいでいる僕らにも、神業から放たれる驚きの旋律は届く。
婦人のお子さんに神業は宿らなかったのかもしれないが、女手一つでたくましく育てている婦人は神業を備えている。決して脚光を浴びることはなかったが、陰ながら賞賛と尊敬の念を惜しまなかった人達は多いのではないか。幸せが相対になったとき不幸が始まる。決して相対で語ることをしなかった婦人はチャップリンの何に共感を覚えたのだろう。豊でない人達の豊かさだろうか。ボロをまとった人達の輝きだろうか。哀しみを昇華した笑いだろうか。
笑いにおいてチャップリンを超える神業を知らない。
すだれ
色々やったけれど、ツバメの赤ちゃんを守るのはすだれが一番いい。2階の窓から寝る前にいくつか垂らしておく。特に巣の前は大きなすだれがいい。我が家よりカラスの方が明らかに早起きだから、前の晩から垂らしておくことが肝心だ。そうしておけば、布団の中にいてもカラスの鳴き声を安心してやり過ごせる。
日曜日は、帰ってくるまで、シャッターの前にだらしなくすだれを垂らしておくのでなんて横着な薬局だろうと誤解されそうだが、幼い命を守るのはそれも仕方がない。親鳥が足繁く(羽繁く?)餌を捕まえて帰ってくるのをチチチチと喜びの声をあげながら待ち受ける姿には、教えられるものがある。
いくつかの失敗を経て行き着いたすだれだが、使うあてもなく納戸にしまっていた奴だ。立て替える前には西日が強く当たっていたから必需品だったのだが、現在の建物にしてからは必要なくなった。まさかツバメの家に使うとは思わなかったが、捨てずにとっておいたのが幸いした。偶然目にしたから浮かんだ発想だが、今では年中行事の中でなくてはならないものになっている。ゴミ扱いにして焼却し二酸化炭素を排出させては申し訳ない。ただでさえ、目標達成のために家庭に頑張れとむち打たれているのだから。倹約しろとか消費しろとか、何を基準に奨励されるのか分からないが、恣意的な空気に流されず、我が価値観に委ねるのがいい。振り回されるのに耐えるほど資産も根性ももってはいないのだから。
すだれは立ち位置によって 、見通すことも出来るし目隠しにもなる。フィルターを通して見るのか、フィルターを通して見られるのか分からないが、人生の風通しだけは確保しておかなければ。いたずらな風も吹かないようではつまらない。
忍耐
もう頭の中から完全に消えていた。半年くらいは恐らくたっているのではないか、その女性の知り合い?から紹介されたのは。毎日がしんどくて仕方ないそうだから相談にこさせると言っていた。
長い間来れなかったのはしんどかったからだ。今日は体調が良かったから来れたという。車でどのくらいかかるのか分からないが、幼い子を連れてくるのは大変だったろう。先月までなら、電話で問診をし薬を送ることですんでいた。ところが今月からどんな症状の方でも来てもらわなくてはならなくなった。30年近く喘息で呼吸が困難な彼女を、病院でも治すことが出来ないでいる。毎日がすごい倦怠感なのだそうだ。勿論僕がそれを治すことが出来るかどうか分からないが、少なくとも可能性だけはもっている。試さない手はないだろう。もし症状を軽くすることが出来たら、どんなに日々が楽しくなるだろう。偉い人達にはこんな症状の人はいないのかなあ。呼吸が苦しくても、赤ちゃんを見、小学生を送り出さなければならないような人はいないのかなあ。町の薬局に望みを託さなければならないくらい困っている人はいないのかなあ。苦しくても婚家の中で笑顔を作っていなければならないような人はいないのかなあ。
親子二人楽しそうに帰っていった。可愛いお子さんだったねと娘が妻と話していた。僕が作った薬に期待してくれているのだ。帰る前にいつもの癖で、しんどかったら来なくてもいいよ、送ってあげるからと言ってしまい慌ててうち消した。喘息で呼吸が苦しいのに、運転して来れるのだろうか。どうしてこんな庶民のささやかな希望を奪うのだろう。都会のビルの上からは下々は見えないのか。所詮分かり合えない関係なのか。その人達に支配される関係なのか。
誰もが何時までも忍耐の中で身を潜めているとは思えない。
白魚
じっと手を見ながら「私の指が白魚のようならいいのに、これではなあ!」と嘆くのを聞いて思わず笑った。勿論本人も笑っている。
岡山市のあるところと言っても、とても岡山市とは思えないくらい無理矢理合併して市の一員を名乗る所から来る女性は、70才を越えているのだが、秋に行われる市長選挙を手伝う羽目になったらしい。あんなことはいやなのだと言いながらそれでも隔日に選挙事務所に詰め、来訪者にお茶の接待をしているらしい。なんでも立候補予定者の側近と懇意ならしくて、動員されているみたいだ。まんざらでもないと形容すれば話の展開としては面白いのだろうが、この女性は言葉に裏がない。いやがっているから、本当にいやなのだ。いやいや行っているのだ。立候補者が人間はいいがアピールが下手ではったりが必要な政治家には向いていないなどと、手厳しい。でも私情はなく客観的に良く分析している。具体的な話をいくつか教えてくれたが、勉強になる。
年齢には勝てないが、恐らく若いときは相当美人だったと思う。筋肉が弛緩して重力の虜になっているのは仕方ないが、それでもなおきりっと締まった顔をしている。最初に来た数年前には、ドスが利いているようでずいぶん抵抗があったが、その後信用してくれてわざわざ遠くから来てくれるたびに、ドスの利きは裏表がない言葉のせいだと分かった。その点では僕と共通項があるのか、今ではその人の住む部落は牛窓以上に僕の漢方薬の服用者の密度が高い。個性的で善良な人達を一杯連れてきてくれる。同年輩の遊び仲間が連れ立って薬局に入ってくるのは壮観だ。時代を生き抜いた強さが、肉体の悲鳴を超越している。
白魚のような指は今更無理かもしれないが、元白魚たちの残された人生が濁りのない日々であることに少しでも貢献できたらと思う。
青空
ほんのちょっぴり調子が良くなってきたと連絡を受ける。僕はそれだけで十分嬉しい。病気はよい方向に舵を切るのが一番難しく、いったん舵を切ることが出来れば後は、早かれ遅かれ完治に十分接近することが出来る。だから本人にとって見れば満足がいかない些細な変化でも僕にとっては嬉しい報告なのだ。僕は奇跡を起こす職業ではないから、掌を返すように病気を治すことは出来ないが、生薬の持っている生命力を旨く使えば人は自分の身体を修正することが出来る。
僕の薬を飲んでいる人達を病人だなんて考えたことがない。本当の病人だったら病院に行くべきで、お医者さんに全てを委ねるべきだ。自力で治そうとしている人達しか僕の所には来ないから、結構みんな元気だ。僕と比べたらみんな健康だ。薬局に来る人は病気と言うより不調くらいな表現の方が正しいかもしれない。特に気を病んで僕に接触してくれる人は単なる不調で病人ではない。悩む力を持っている人が、身体で苦痛を表現しているだけだと思っている。僕の手伝いは苦しみを身体で表現するのではなく、ちゃんと言葉で出して傷つかないことだと思う。いったん言葉で出してしまえば、言葉もそれについて出ていった不快な心も回収できない。その相手が僕が適任かどうか分からない。ただ一つその権利があるとしたら、人一倍心も体も強くないと言うところだろうか。
空は青空だけをもっているのではない。雪も雨も雹も星も暗黒の闇も、雲さえももっている。青空ばかりの空は空ではない。色々な表情があっての空なのだ。自然も生きているからこそ感動があるのだ。人生も青空ばかりを目指さないで。
実践
昔、仲の良い兄弟が、米を作り半々で分けていた。ある年、弟は、兄夫婦の所には子供がいるので半々では不公平だと気がついて、夜の間に刈って干していた束をいくつか兄の方に譲った。兄は、弟が結婚するから、半々では気の毒だと思って、夜の間にいくつかの束をこっそりと弟に譲った。一夜明けて田圃に行ってみると、昨日のように半分ずつ竿に掛けられていた。不思議に思ったが、又その夜も同じことをした。3日目の夜、田圃で月の光に照らされたのは、こっそりと相手に取り分を増やそうとしていた兄弟だった。
愛の実践としての神父様の話だったが、とても心温まる話だ。御堂の中には色々な人がいて、いわゆるホームレスの方々も何人かいた。よその教会から来た人達だが、彼らを世話する女性がまさに、逸話の中の兄弟の愛にも負けない愛を実践している人で、何時も遠くから眺めて感心だけさせてもらっている。玉野教会に時々連れてこられるのは、恐らく神父様の説教を彼らに聞かせてあげたい、いや、ご自分が聞きたいと思っているからだろう。同じ説教を聞いて、ただいい話だったと、数分間感動に浸るだけの僕とはえらい違いだ。その方はいい話を力に変換している。数倍もパワーアップして。
せっかくのいい話も、聞く耳を持たないもの、聞いても実行しないものにとっては実らない果物の木みたいなものだ。そこにあることは出来るが、そこで生きることは出来ない。岡南大橋を渡り一歩玉野市を出る頃には、朝捨てようとして橋を渡ったときに持っていたものを全て持ち帰っている。何とも意志が弱く、何時までも向上しないが、橋の上から見下ろす大型フェリーでさえ放心しているのだから、貧弱なこの僕くらい、そこにあるだけで許してもらえるか。懸命にあり続けようとだけはしているのだから。
脳
報酬脳と言うものの存在が明らかになったみたいだ。よかった、何をやってもそれを期待して生きてきたから、余程僕は強欲なつまらない人間かと思って、どこかで後ろめたさを捨てきれなかった。そう言ったものがちゃんと誰にも等しく備わっているのなら、まんざら僕だけのことではなくて、大なり小なり誰にでも罪悪感はあるだろう。それも、僕みたいに本能的なところにしかないのかと思っていたら、どうやら芸術や経済活動も深く関わっていると言うから、まんざら卑下することもない。寧ろ、芸術や経済分野で、もっと報酬脳が発達していてくれたら、今頃は花の都で有名になっていたかもしれない。どうも本能的なサルにでもある分野でだけ報酬脳とやらを多く受け継いだらしい。
世に言う草食系男子というのがもしいるとしたら、生きていくのが楽だろうなと思う。報酬脳がほどほどなのだろうから。僕は草食系ではないが青年時代は「装飾系」と「早食系」で苦しんだ。実力が無いうえに努力がいやなタイプだったから、身辺を飾りまくって虚構の中で暮らしていた。こんなに脳なしだと公言して暮らせば楽だったろうに。大人数の中で育ったせいか、まだ時代が豊でなかったせいか知らないが、食べるのは早かった。まるで犬のように噛まずに飲み込んでいたようだ。おかげで若いときから胃が悪くて、いつも青白い顔をしていた。
報酬脳は僕においては生産より自滅の方に働いたみたいで、人生を精算したらさしずめ報酬NOで終わりそうだ。それでも凄惨よりはいいか。
噴火
噴火するような笑い声に、くしゃくしゃになる顔。一見「陽」の固まりだから、誰もが彼女が思い悩んでいるなどとは感じない。それが彼女にはストレスで、外出せずに食べることだけで「気」を正常に保っている。代償でぐんぐん脂肪が上半身に付き、それが又彼女を穏やかに見せる。家族にさえ理解してもらえないから悲しいと、例の笑いで訴える。 大きな病院の処方箋をもってきた。首や肩の異常なこりなのだそうだが、お医者さんは彼女が交感神経の亢進で苦しんでいることを見抜いている。いい処方だなあと、調剤という作業が時に楽しくなることもある。今回のようなときだが、そんなにしばしば遭遇するものではない。彼女の苦痛が早い段階に解放されるのが見えている。
一連の作業が終わってから彼女が、便通について話し始めた。ウサギのウンチに残便感。典型的な上記の症状だ。今まで下剤を飲むたびに苦しんだから、今度は僕に相談してみたかったらしい。恐らく簡単に解決できる。1週間分だけ漢方薬を渡した。漢方薬は全身を調整するから、病院で訴えた症状にも効くのではないかと思える。きっと早い段階で上から下まで楽になるのではないか。
外見を取り繕っても、お医者さんにはばれている。僕には自分から正直に話してくれた。陽の気を一杯振りまけば、どこかに陰の気が存在しなければつじつまが合わない。自然界の陰陽のバランスは人間の中にも存在する。強がっているのが実は怯えて暮らしているとか、逆に涙をこらえて懸命に笑っているとか。それらはどれも悪いことではない。悪いのは、倒れそうになるくらいしんどいのに足を踏ん張って立ち続けることだ。悲鳴を声で上げずに身体で上げることだ。
噴火する笑い、ふくよかな体型、内包する氷を溶かすにはそれだけでは足りなかったってことだ。彼女に出した処方箋薬を僕も飲んでみたい誘惑に駆られた。
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