エッセイ

薬剤師のエッセイ




2017年06月23日(Fri)▲ページの先頭へ
本丸
 ある男性から、電子タバコがあるかどうか問い合わせがあった。勿論そんなものは扱っていない。その男性は、僕が牛窓に帰ってくる頃に、牛窓の工場で働き始めた人だ。大阪からやって来て、知人もいなかったので、時折利用する薬局の若い薬剤師の存在が何かと便利だったのだと思う。しばしば訪ねて来る様になり、土曜日には午前中僕とお喋りを楽しんだ。そんなことが20年以上続いた。ある時、20歳以上年下の恋人が出来、その女性を喜ばせるために会社を辞めて退職金を使い果たした。そして転落。経済と人格を使い果たした。
 次の男性は、大きな使命をもって大阪からやって来た。牛窓の開発に携わるために牛窓に住居を移し、町民と親しくなりながら開発を進める。牛窓の情報が集まりやすい薬局は便利だったのかもしれない。田舎の人間を馬鹿にするようなところもあったが、実は本人はもっと田舎の出身だった。田舎の人を利用することはめっぽう得意だった。多くの善良な人たちが協力した。ほとんど訳も分からず協力した。ところがその男性は人にたかるばかりで、与えることをしなかった。そのうち家族にまで見放されて1人暮らしで酒びたりになった。アウト。あわただしく人生を終えた。誰も悲しまなかった。
 3番目の男性は、僕の話にしばしば登場する人。酒と博打の自爆型人間。2回既に法務局に出張に行っている。いくら諭しても病気だからやめれない。3回目も危なかった。ある宗教家に救われたから今回は辛うじて出張はなかった。ただ、今でも多くの人をだまして寸借を繰り返す。この町でまともに会話してくれる人はいない。僕とその宗教家くらいなものだ。もうほとんど終り。
 今日娘にしみじみ言われた。「お父さんは人を引き寄せる力がある」そう何故か、こんな人ばかりが集まってくる。実は4番目の人間、5番目の人間もいるが、どれも身を持ち崩した人ばかりだ。身を持ち崩して牛窓に来たのではない、牛窓に来て僕と知り合い身を持ち崩した。
 不思議と僕はそうした人たちに感化されない。恐らく一番の理由は働くことが好きだったってことだろう。中心にはいつもそれがあったから、それを阻害するものは避けた。楽しげな諸々のものは僕にとっては単なる周辺でしかなく、本丸の楽しさに比べれば取るに足りないものだった。本末転倒した人たちが次から次へと社会から脱落していった。社会的動物の人間が社会から脱落するのは本当に哀れだ。生殺し状態で生きていかなければならない。最善を尽くして転落してしまった人達とは随分質が違う。目つき、顔つき、運のつき。


2017年06月22日(Thu)▲ページの先頭へ
必然
 韓国の文在寅大統領は、東京電力福島第1原発事故を教訓に、原子力発電に関する政策を全面的に再検討する方針を表明、新規原発建設計画を全面白紙化し、原発の寿命も延長しないと述べた。また現在稼働中の原発の安全基準も大幅に強化すると強調した。国民の安全向上を優先課題に掲げる文大統領は、原子力政策の根本的転換に乗り出した。大統領は、「(福島の)事故は原発が安全ではなく、低価格でもなく、環境にも優しくないという事実を明確に示した」と指摘した。さらに、昨年9月、南東部・慶州で、過去最大規模となるマグニチュード(M)5.8の地震が発生したことに言及、「韓国はもはや、地震の(起きない)安全地帯ではないことを認めなければならない。地震による原発事故は致命的となる」と訴えた。

 原発が安全ではなく、低価格でもなく、環境にも優しくない?言い換えると、危険で高くて環境を破壊する?そんなものこの世の中にあったらだめだろう。普通この3つの条件を並べられたらみんな逃げるのではないか。蛇を見たって逃げるのに、どうして放射能から逃げないの?高いもには手が出ないのに、どうして原発には手が出るの?安い安いと洗脳されているから?環境を破壊するなと国を挙げて努力をしている振り?実は日本も本音はカルタと同じ。企業の業績が何にも優先する。
 あの国でも台湾でもドイツでも出来ることがこの国は出来ない。恐らく日本人ってまだ解放されていないのだ。江戸時代と精神は変わっていないのだ。金持ちに弱く貧乏人に強い。上に弱く下に強い。平成の世になってますますその傾向が強まった。日本人が変われるチャンスを決定的に失ったのは福島の原発事故のときだ。あれだけ何十万人の健康と時間と財産と自由を奪いながらなんら罰せられない事実を作ってしまった。あれを見て多くの金持ちや政治屋は、日本では何をしてもかまわないと思ったに違いない。あのときから庶民は奴隷になったのだ。精神的にも肉体的にも。抵抗の歴史がない国の必然か。



2017年06月21日(Wed)▲ページの先頭へ
平成35年
 薬局は開設許可を6年に1度更新する。それをしないと営業できない。薬局には他にも許可をもらわなければならないものがある。毒物劇物販売業、麻薬小売業、薬局製剤製造業 、薬局製剤製造販売業などがそうで、僕の薬局でも一応全部要件を満たして許可をもらっている。
 毒物劇物販売業は今ではあまり薬局での需要はないが、塩酸や苛性ソーダーなどが該当する。昔はトイレをきれいにしたり油を落とすために使うことが多く結構需要はあった。今はほとんど必要ない。逆に最近必要なのは麻薬小売業だ。これは別に麻薬の密売人をするために必要な免許ではない。病院から時々痛みをとるために麻薬に指定された薬が処方箋で出ることがある。そのために取っている許可だ。薬局製剤製造業 、薬局製剤製造販売業は僕の薬局にとってはとても大切な免許だ。薬局だけに作ることが認められている処方で僕が作る漢方薬の多くがこれに依拠している。煎じ薬はエキスの倍くらい効くから、この免許は不可欠だ。また娘が勉強して作っている薬局製剤は、今は僕の薬局には必需品で、メーカーの薬はなくても薬局製剤だけでかなりの病気に対応できる。それが証拠に多くの方が毎日色々なものをとりに来てくれる。今の時期一番多いのは、腋臭や汗のにおいを消すローションタイプの塗り薬だ。
 つい最近これらの許可書の更新があって、役所から新しいものが届いた。そしてそれを何気なく見ていてある衝撃的な発見をした。次の更新が当然6年後なのだが、もしかしたらその時僕はいないのではないかと思ったのだ。6年後は70歳を回っている。薬剤師として役に立てるかどうかと言う懸念より「その時僕はまだいるの?」と言う不安のほうが勝った。ひょっとしたら僕は既にこの世の人間ではないかもしれない。まだ生きていると言う前提がまるで根拠のないもののように思えたのだ。はっきりと数字で表されると、次の更新年月ははるか遠くの、辿り着けそうにない目的地のように思えたのだ。
 僕ら世代や少し上の人たちは毎日どのような気持ちで暮らしているのだろう。ずっと生きると言う前提で揺らぎもないのだろうか。日常の忙しさにかまけてそんなことを考えてもみなかったが、青年の頃は遥か遠くにあったゴールがもう手の届くところにきたことをあの許可証で思い知らされた。僕はそろそろ1つの接頭語を捨てなければならないかもしれない。「この先」と言う。




2017年06月20日(Tue)▲ページの先頭へ
生花
 「マムシや猪、蜂にも注意してください」と言われて牛窓のこととは思えない。どこの山間地域の話かと思うが、紛れもなく海岸沿いに広がる牛窓東小学校での校医の言葉だ。
 学校保健委員会に医師と歯科医師と僕が招かれて少しだけ話をするのだが、平和でのどかな牛窓の小学校で健康上の問題点などはほとんどない。そこで医師が、健康上の問題ではないがと前置きして危険動物が牛窓にも出没していることを教えてくれた。色々な観光地へ行くとマムシ注意の看板をよく見かける。少し草むらが広がっていたら大抵その看板が立っている。木が生い茂っているところなどなおさらだ。だから僕は夏はドイツの森にも四国村にも行かない。医師は、家の庭にも出たりするから気をつけるようにと言い、学校でマムシの標本か、写真などでマムシを見分けられる知識を与えておくべきだと助言していた。
 また夜には猪が出没していると言っていた。僕の薬局は牛窓では最も住宅が多いところだが、ここでも夜には猪が出ているらしい。僕は毎晩テニスコートを歩いているから、ひょっとしたら猪と遭遇するかもしれないとその話を聞いていて思った。「猪は怖い」とその医師は言っていたが、確かに噛まれたら大変だ。痛いだろうし、どんな細菌を持っているかわからないから、感染病が心配だ。蜂に関しては都会も田舎もないみたいだが、救急車を呼んで迅速に対応するようにと助言をしていた。
 これで終りかと思っていたら、歯科医師が鹿をつい最近見たと言っていた。勿論僕は地元だから何処で見たかすぐに分かった。そんなところまで人間に近づいているのかと少し驚きだった。そしてもっと驚いたのは、僕の大好きな鳶どころではない貴重な鳥を最近見たらしい。それは雉だ。これには驚いた。「雉が牛窓にいるの?」と保健委員会とは思えないような声が出た。
 僕はこの1、2年、急激に鳥が増えたと思っていた。僕だけでなく時々それに気付いた人がいて、喜ばしい変化だと喜んでいる。ただ喜んでいるのは農家以外の人だ。農家の人は死活問題だ。猪や鹿とは共存できない。作物の被害が半端ではない。僕がもう少し若かったら猟銃の免許でも取って招かれざる客を退治してくれるのだが、今はもうそんなことは出来ない。この歳で取れそうなのは生花くらいなものか。 


2017年06月18日(Sun)▲ページの先頭へ
偏差値
 僕と同世代の男性が特別養護老人ホームから出てきて車に乗った。そして10台くらいしか置けない駐車場から出て行く時に窓を開けて手を振った。珍しい光景だから目に付いた。そして手を振っている先を眺めると、玄関で手を振っている老婆がいた。
 ほとんどの人が痴呆のその施設の中では一際しっかりしているおばあさんだ。僕が施設のロビーに入って行くと必ずそのおばあさんは僕を物色する。僕は勝手に、しばしば施設に親を訪ねてくる息子がいることが妬ましいのではないかと勘ぐっていたが、そのおばあさんにもちゃんと訪ねてくる人がいるんだと安心した。それも別れ際まで手を振り合える息子さんが。
 その後男性が予期せぬ動きをした。僕は母を連れ出して駐車場の木陰でかの国の女性たちの力を借りて親孝行をしていたのだが、その光景が丸見えだったのだ。男性は車を数メートル動かすとすぐさまゆっくりとバックしてきた。と言うのは、ほんの数メートル車を動かせば玄関からは見えなくなってしまうのだ。だから当然息子さんが帰ったと思って施設に入っていくだろうと思うが、息子さんはそれが心配だったのだ。僕にとっては不可解な動きに思えたが、男性は母親が施設に戻ってくれるかどうかが心配だったのだ。男性が車をそっと後戻りさせたときには、母親は既に背中を向けて施設に入ろうとしていた。それを見届けた男性は今度は本当に車を運転して駐車場から出て行った。まるで映画の一シーンの様な体験をした。
 いくつかの偶然が重なって目撃できた名シーンだが、この国では今この瞬間でも繰り返されている光景だ。さまざまな感情が交錯して、正答がない問題を人は解き続けている。僕もその中の1人だが、今日素敵な解答をカンニングできたから、もう少しでも偏差値を上げれたらと思っている。


2017年06月17日(Sat)▲ページの先頭へ
 赤穂第二弾
 赤穂第二弾。
 昨日赤穂について書いたら、偶然赤穂から漢方の相談に御夫婦がやって来た。僕だと1時間くらいかかるが、慣れた人ならもう少し早く来れるかもしれない。今日で3回目だから、相談が終わったところで雑談タイムだ。
 僕が赤穂が好きな理由のほとんどは、ハーモニーホールと言う立派な文化施設があるからだ。奥さんもその施設はありがたいと言っていた。小都市でも結構有名なアーチストがやってくるから市民の評価も高いのだろう。ただその奥さんは、赤穂は食べるものがまずいと言っていた。確かに僕も、かの国の女性たちを連れて行っても昼食には苦労した。ただ、僕の苦労とその女性の苦労は質が違う。奥さんは話によると神戸で育って赤穂に嫁いだ人だ。だから舌はあくまで神戸だ。そもそも基準が高すぎる。あれだけの大都会だと、超有名店がひしめくだろうから、体重別の試合でもしなければ勝負は最初から決まっている。腕に自信がある料理人は人口密集地に出るだろう。その選択肢がない料理人が小都市で開業する。腕も店構えも当然劣る。ところが僕の場合、そもそもの基準が極端に低いから、そう牛窓基準だから、美味しいかどうかはさほど問題にならない。ただ入りやすくて出やすければいいのだ。清潔であればいい。無防備に入っていけれる店が少なかったような気がする。 
 そんな都会育ちの奥さんでも、最近は東のほうには行きたくないと言っていた。「ごちゃごちゃ」と言う表現を使って、大都市神戸を表現した。赤穂の人間になったと言っていたが、そうなると嘗て、「ちょっと用事で神戸まで行ってくるわ」レベルのことが億劫になるらしい。
 その代わりかどうかしらないが、最近は岡山県、特に倉敷にはまっているらしい。もう何度もご主人と訪れたらしい。あの落ち着いた町並みが好きらしい。そこで僕がこの日曜日に訪れた尾道の印象を話した。倉敷の風情が好きだったら、まず尾道も気に入る。同じように落ち着いた町だし、風情を楽しめる範囲が倉敷よりも広い。じっくり楽しもうと思えば2時間では足りない。奥さんは最初から興味深く聞いていたが、途中からご主人のほうも興味を持ったのか、所要時間などを尋ねられた。
 僕が訪れたらいいところを紹介するなんて10年前までなら考えられないことだ。漢方薬の勉強会のために色んな開催地を訪れたが、勉強が終わればすぐ新幹線に乗って帰っていた。勉強以外のことがまるでもったいないことのように思えていた。ところが今になって初めて理解できたのだ。そのもったいないようなことは営利活動には全く寄与しないが、人として生きるうえで必要な精神状態を整えてくれるってことを。そのことにもっと早く気が付けばよかった。もったいない。


2017年06月15日(Thu)▲ページの先頭へ
赤穂ハーモニーホール
 「船から、海浜公園が見える?」その後にはいいなあと言う言葉も心の中では続けていた。
 話していたのは若い漁師だ。恐らく牛窓の漁師では一番若いと思う。僕が知っている限りでは3代目だ。彼のおじいさんもお父さんも薬局を利用してくれているから3代が揃って利用してくれていることになる。なかなか漁師もハードな仕事だが、3代がそれぞれ船を持ち頑張っているのはすごい。3代目など生まれたときから薬局に連れられて来ているから、僕は彼の成長をずっと見ていたことになる。ただ彼が赤穂の海にまで行って漁をしていることは知らなかった。海には海のルールがあり、岡山県の漁師が兵庫県の海で魚をとっていいとは知らなかった。僕の顔の表情で分かったのか「兵庫県の許可を取っているから魚をとることが出来る」と教えてくれた。
 「海浜公園のゴンドラが見えるの?船をつけて遊びに行けばいいじゃないの!」と言うと「そんな暇はないし、一人で行っても面白うねえ(面白くない)」と答えたが、当然といえば当然だ。2時間かけて辿り着き、それから1人頑張るのだから無駄な時間などないだろう。彼にとっては単なる仕事場なのだ。ところが僕は結構赤穂には思いいれが強い。それは初めて第九を聴いたのが赤穂のハーモニーホールだったからだ。新聞折込でコンサートを知って、何を思ったかチケットを手配して初めてクラシックを生で聴いた。初心者の僕は多いに感動した。そしてそこから病み付きになった。そうした想い出の街なのだ。
 赤穂の第九のコンサートは隔年開催だった。計3回聴いた。2回目からはかの国の女性たちを連れて行くことになった。午前中は例の海浜公園でくつろぎ、午後コンサートを楽しむ。僕にとっても彼女達にとってもすばらしい時間を過ごす事が出来た。ただ残念ながら昨年は開催されなかった。ホームページを今か今かと毎日のように見ていても、開催日時が告知されなかった。そこで直接電話で尋ねると中止を知らされた。理由までは尋ねなかったが想像はつく。あの規模の街で歌い手を集めるのは大変なのだろう。
 何故か赤穂からも漢方薬をとりに来てくれる。隣町の日生と縁が強くて、日生の人たちの紹介だと思う。牛窓、日生、赤穂と、海から見れば恐らくとなり町だ。牛窓も日生も、漁師町で文化の香りはしないが赤穂は少しだけ趣が違う。ハーモニーホールの1つ分の香りが漂う。


2017年06月14日(Wed)▲ページの先頭へ
修正
先日は子供のお薬ありがとうございました。
お陰様で元気になってきたようで今日は夕飯も作ってくれました。
本当に先生には親子で助けてもらっています。
トピックスの40歳代さん!全く私と一緒だぁ〜〜って思いました。
みんな切磋琢磨しながら前に進んでるんだなぁ〜〜って
また 元気をもらいました。私も少しずつですが後戻りしながらも
今は前に進めてると実感しています。
もっともっと挑戦して楽しめる人生にしたいです。
負けません(笑)
今日のブログも凄く参考になり勇気をもらいました。
週末は友達とランチしてみようかな



よかったですね。若いっていいですね。回復力がすごいではないですか。
人生に平坦な道はないから、時には落ちたり息切れしたりですが、その都度こうして修正すればいいのです。
ヤマト薬局で修正出来ている間は病気ではありません。調子を崩しただけです。
そんなこと人生では何度でも遭遇することです。そのたびに強くなったりしたらそれこそもうけものです。
転んでもただでは起きていないかもしれませんよ。
トピックスの40歳代さんは今日も挑戦したみたいですよ。今日はいまいちだったみたいですが、
挑戦しているところがいいです。嘗てのあなたのようなものです。
なんだかんだと言いながら苦手な現場に出る人は治っていきます。

「電車の中でも、みんなは平気な顔して乗っているのに、私はパニックの症状が出てつい人と比べてしまいました。
私も平気な顔して乗りたいなぁと。」

彼女の言葉です。面白いですね。彼女は僕なんかに言わせれば輝いているのです。
まるで自然体で、とてもいい笑顔をします。
僕ら世代から言うと未来を一杯持っていて、可能性を語る資格があるのです。
電車の中の人たちも恐らく多くの苦痛を抱えて生きているでしょう。
精一杯演技しているのかもしれません。痛くても、悲しくても。
僕も貴女も40代さんも、そして多くの人たちも一緒によりよく生きていけたらと思います。
ブログのメッセージは僕から皆さんへのエールでもあるし、皆さんから僕へのエールでもあるのです。
僕は人を導くことは出来ませんが、お互い肩を組み一緒に歩くことはできる職業だと思っています。
ヤマト薬局






2017年06月13日(Tue)▲ページの先頭へ
果実
 他の方から見ればなんでもないことかもしれないが、僕には少しハードルが高かった。と言うのは1週間前に笠岡に行った時の疲労感がすごかったのだ。理由は色々あるかもしれないが、ポピー畑で炎天下2時間くらい過ごしたことか。或いは、日本語が出来る人がいなかったので、1人黙々と運転したことか。はたまた昼食に彼女達が買ってくれたホルモンうどんがめっぽう脂っこくて、気持ちが悪くなったことか。帰りの道中は体は疲れているのに気分だけが妙に覚醒している不快な感じだった。家に何とかたどり着き、休憩を取って初めて正常に戻った。
 状況に応じて、いくつかのパターンを考えた。最悪、目覚めた時の体調が悪ければ邑久駅まで車で行き、そこから全て電車を利用する。2番目のパターンは、笠岡駅まで車で行き、海岸通の駐車場に車を置き山陽本線の電車を利用する。この2つのパターンでは、福山駅から会場のふくやま芸術文化ホール リーデンローズまで市内バスを利用することになる。3番目は、直接リーデンローズまで車で行き、そこから市内バスで福山駅に行き、山陽線で尾道まで行く。そして4番目が理想の尾道まで直接車で行き、尾道観光をした後福山に戻り第九を聴き牛窓に帰るというものだ。
 僕は福山まで車で行ったことがあるがそこから先は未知の所だ。尾道は1人で行くときは新幹線、かの国の女性たちを連れて行くときは山陽本線で行く。だからイメージとしては電車で行く所なのだ。だから車で行くには最初から抵抗があった。それに輪をかけたのが1週間前の笠岡行きだった。ただ、本来ならそんなに悩むことではない。電車で行けばいいのだ。しかし僕には迷わなければならない理由がある。
 僕がお世話している漢方薬の患者さんの多くが、日常生活の中で多くの「出来ないこと」を抱えている。人前に出られない、公共の乗り物に乗れない。美容院や喫茶店に行けない。PTAの会合に出られない。人前で話せない。バイパスに乗れない。高い橋を運転できない。人と一緒に食事が出来ない。映画館に入れない。ガス栓や火の元の確認が一度だけでは外出できない。その他、人それぞれに出来ないことがある。例えばバンジージャンプみたいに日常どうしても必要でないもので勇気を発揮して欲しいのではない。誰だって出来ることで物怖じして出来ないとあきらめることを避けれたらと思うのだ。普通の人なら必ずできるごくありふれた日常の行動を手放して欲しくないのだ。
 多くの方に漢方薬を飲みながら現場に出てもらうようにお願いしている。一人隔離された状態だとどの「出来ないこと」も不都合ではない。それぞれの現場に出て「出来ないこと」を「出来ること」に変えていくしかない。皆さんにそうお願いして僕が避けたのでは全く漢方薬にもこの治療法にも説得力がない。だから僕はどうしても車で全うしたかった。
 当日朝、少し寝不足気味で体が重たかった。偶然その日は地区の溝掃除の日で、早朝からスコップを持つことになった。その影響か体の重たさが消えた。そこで内心尾道まで行ってやると決めていた。ところが家を出て10分もすると急に眠気と倦怠感が襲ってきた。そこで、かの国の女性たちに指示していつも僕が頼り切っているアンプルとドリンクを取り出してもらい飲んだ。これは結構即効性があり程なく体力は回復した。これで行けると確信して、笠岡でも福山でも道を逸れずに尾道に結構簡単にたどり着いた。成功の理由はやはり同乗したかの国の女性4人の内2人が日本語が堪能だったことで、しばしば語りかけてくれたことだ。気持ちも紛れたし睡魔に襲われることはなかった。尾道観光をした後は、福山でコンサートを楽しみ、慣れた道を帰って来た。
 一言で言うと、とても楽しかった。そして尾道観光、ホテルでの食事、第九のコンサートを心から楽しんでくれているかの国の女性たちを見て、僕の心も満たされた。3ヶ月の短期の応援で来日している人たちに、良い思いでの一つを作って上げられたことが嬉しかった。
 僕が車で遠出できるかが本来の目的ではない。自国で電車にも乗ったことがないという人に、僕が出来る最高の思い出作りの手伝いが本来の目的だ。そのことを繰り返し確認しながら運転した。その結果僕は達成感と言う心地よい果実を頂いた。と言うことは、結局僕のは無償の愛ではなく、有償の愛なのだ。、








2017年06月12日(Mon)▲ページの先頭へ
田崎スシロー
 テレビを見るたびに、うっとうしい奴だなと思っている人間がいる。どんな人間なのかと思ってインターネットで検索してみるとと、2番目にでてきたのが「御用記者」と言うタイトルだった。正に僕が感じていたのがそれで、アホノミクスの飼い犬みたいな奴がテレビに出まくって「政府関係者の話によると」や「田崎氏の取材によると」などと冠を付けられもったいぶった話をする。何のことはない、政府がその男を利用して国民にアホノミクスにとって都合の良いことを垂れ流させているだけだ。こんな見え見えの男をよくテレビに出させるなと思うが、結局はテレビ局(TBSとフジテレビ)もアホノミクスの仲間だということだろう。もっとも、強姦記者を逮捕寸前で無罪放免にしたのだから、司法もアホノミクスもアホコミも同じ穴の狢ってことだ。
 何様と思えるような待遇をしているテレビ局の罪は大きい。もう10年もまともには生きておれない様な奴を重用して、若者達の未来を暗澹たるものにさせるのか。自分や子が、監視され、檻の中に入れられる階級には属さないとでも思っているのか。甘い甘い、奴等はあれだけ狂信的だった安倍友学園さえ自分達に火の粉が降りかかってこようとしたら、見捨てたのだ。自分にとっては「美しい日本」も庶民にとっては息苦しい日本であることに、底辺で暮らす人間は気がつかなければならない。大金持ち連中の誰が貧乏人を助けるだろう。もしそんなことをする人間がいたら、あの損ひとりで、何十万人の貧乏人を救える。彼がそうした人たちに興味を持っているとは聞いた事がない。
 それにしても今もう一度インターネットで田崎史郎と言う奴を検索してみると、出て来るは出て来るは、気がついている人は随分前から指摘していたのだ。検索の上位から途切れることなく批判ばかりだ。一番奴を表しているのが次の文章だ。

田崎氏は安倍首相と会食を繰り返していることからネット上で“田崎スシロー”と揶揄され、本サイトでも露骨な政権擁護解説をする田崎氏のことを「安倍応援団」と批判をしてきた。

旨く言い表すものだ。正にそのとおりで、内閣から機密費をもらっているとの憶測もある。それだけ露骨過ぎるのだろう。露骨は反対側から見れば見え見えだが、そんなことお構いなしだ。一緒に食事をするような人間のことを悪くは言えないだろう。そして見返りに何を得ているかだ。金だけか?
 これだけ批判される人間をテレビに出し続ける理由はテレビ局にはあるのだろう。ただ、テレビ局も新聞も、そこで働く若者達よがんばれ。このまま自由がなくなることに抵抗できるのは君達だ。失うことを恐れて本当に大切なものを失ってしまうな。恐らく今は最後のチャンスだ。


2017年06月11日(Sun)▲ページの先頭へ
真夏の備後「第九」
真夏の備後「第九」と言うタイトルに引かれてチケットを買ったのだが、チケットとパンフレットが届いてから悩んだ。何故なら、パンフの何処を見てもオーケストラの名前が出てこないのだ。僕はまだ決まっていないんだと勝手に解釈していたが、今日受付で正式なパンフレットを渡されて初めて気がついた。伴奏は恐らくピアノなんだと。
 3ヶ月の短期間の応援でかの国から来ている女性たちに、第九を聴いて帰ってもらえると喜んでいたから、幕が上がるのが怖かった。案の定、第4楽章から始まるのだが、伴奏がピアノ2台だけだった。こんな経験はないからどうなるか心配していたら、曲が進むに連れて、これもありかと思えるようになった。昔第九が好きになり始めたころは、合唱の部分だけが好きだった。第4楽章も小学校から口ずさんでいたから馴染みが深く好きだが、なんと言っても第九の醍醐味は合唱部分だ。オーケストラなしの第九に失望感から入っていったから、それほど合唱も期待していなかったが、合唱は上手だったと思った。毎年数箇所の第九のはしごをして、少しは耳が肥えてきたから上手下手は分かるようになった。パンフレットを見ると主催が福山シティオペラ合唱団をはじめ9つの団体からなっていた。間違っていたら申し訳ないが、歌が大好きなグループが集まった第九を歌う会なのではないかと思った
 勿論それはそれでよい。それに便乗して僕は楽しませてもらったし、かの国に3ヶ月で帰る子達にもベートーベンを聴いてもらうことができた。多くの観客も来ていた。
 予算の関係か、コーラスを際立たせるためか分からないが、もし許せばオーケストラで今日の歌声を聞かせて欲しい。県外の単なる第九お宅が言っても仕方ないが、もったいないような気がした。まして「千の風になって」の秋川雅史がテノールで参加するのだから。


2017年06月10日(Sat)▲ページの先頭へ
弛緩
 人は好きなことで身を立てるか、身を滅ぼすかどちらかだ。僕みたいに満遍なく出来ない人間は、身を立てようも滅ぼしようもない。だから平々凡々と生きていく。いてもいいしいなくてもいい部類だ。
 ところが彼は違う。好きなことで再び、いや三度法務局に出張に行くのかと思った。1度行くと1年半くらいは帰って来れない。3回目となると出張は少し長引くのではないか。彼に尋ねてみると「もう絶対行きたくない」と言うが、性癖は変わらないみたいで危ういところだった。
 ある宗教家に救われたみたいで、修行をさせてもらうらしい。住み込みで働き養ってもらうのだろう。そんな彼が「どこか紐がないかなあ」と言う。丁度その前に西の方で起こった事件の犯人探しの話題で盛り上がっていて「あれはお父さんだ」なんて推理を働かせていた。多くの人がそう思っているだろうから特別冴えているとは思わないが、彼が興味を持ったのは犯人ではなくロープのほうだ。僕は長年の付き合いからその意味がすぐに分かった。「なるべく強いほうがいいんじゃないの?」と尋ねると「ぶら下がっても切れん(切れない)くらいがいい。弱いのはいけん(ダメ)よ」と答えた。「もう未練はないの?」と尋ねると「そんなもん、あるもんか。後ろからきゅっとやってくれたらいいのに」とジェスチャーを交えながら答えた。
 身を滅ぼすほどに飲み、身を滅ぼすほどに打つ。傍で見ているとなんて幸せな人生なのだろうと思うが、そうではないらしい。何もかも失って、自立して生きていくことが出来ない。誰かの温情にすがるが、仇で返すことが多い。酒も博打も病気だ。「病気だから治らん」周りの人がしばしば口に出し、そうした人は手を差し伸べない。差し伸べないほうが彼のためだと、とても説得力がある言葉を口にする。好き放題が行き着いたところか、病気が行き着いたところか判断に迷い差し伸べる手が途中で止まるのだろう。
 僕はぶら下がるロープは貸せないが、よじ登るロープは貸してあげたい。僕の人生でもっともよく僕を笑わせてくれた人だから。職業的に緊張を強いられている僕を30年間目一杯弛緩させてくれた人だから。
 


2017年06月09日(Fri)▲ページの先頭へ
耳垢
 アメリカの耳鼻咽喉科・頚椎部外科学会が今年の1月に「臨床診療ガイドライン耳垢塞栓」において「過度の耳掃除を行ってはいけない」と強く呼びかけた。そのガイドラインにはしてはいけないことが記載されている。それによると痛みや聴力低下、耳鳴りなどの症状がなく外耳道をふさいでいない限り、耳垢を残すべきだと明記されている。
 さて、してはいけないこととは、過度に耳掃除を行うこと。綿棒、ヘアピン、爪楊枝などを耳に入れること。これらは耳を痛め、鼓膜などを損傷する危険性がある。イヤーキャンドルを使うこと。イヤーキャンドルは耳垢を除去する効果はなく、外耳道や鼓膜に重い損傷を引き起こすことがある。
 僕も初耳だがこのイヤーキャンドルなるものは、耳の中に特別なろうそくを立て火をつけ、その熱の作用で体の中の毒素を出すというものらしくてアメリカ耳鼻咽喉科・頚椎部外科学会は効果を否定している。そもそも耳垢は「外耳道と鼓膜の保護、乾燥防止、細菌、真菌に対する感染防止、昆虫の進入防止」と言う役割を担っていて、その役割こそ重視しろと言うことだ。
 さすがにイヤーキャンドルなるものはしないが、綿棒、爪楊枝などは常連組だ。ほとんど必需品に近い。さすがに若い時みたいにストレス解消で耳垢を取るようなことはないが、ついつい痒くなると簡単にそこらへんに転がっているものを耳かきの代用にしてしまう。こうして耳垢の効能を教えてもらうと、いたずらに清潔を競うことはないから、本来不精な僕には朗報だ。何もしないのは得意だ。これからは聞こえが悪くならない限り耳掃除をしなくてもいいということだ。
 それにしてもアメリカも日本と同じように胡散臭い健康方がしばしば流行る。何が共通しているのだろう。2極分化した経済の不安か、健康の不安か、生き辛い人たちが増えているのだろう。貧乏人がよりによって超富豪を大統領に祭り上げる国だから、所詮知的レベルなどしれていて推して知るべしか。


2017年06月08日(Thu)▲ページの先頭へ
抹殺
 普通僕らが毎日浴びる放射線の強さは、マイクロシーベルトで表される。その1000倍がミリシーベルト、またその1000倍がシーベルト。と言うことはこの作業員が吸い込んだ放射線の強さを表現するには、僕らの日常と比較すると1000000倍の単位が必要と言うことになる。100万倍といえばもう想像がつかないが、地球の1周は40mの100万倍。100万匹の蚊の重さがペットボトル1本分の水と同じ。富士山の高さの100万分の一は3.7mm。これは計算上のもので、実際にはイメージできない。結局想像もできないくらいの途方もない量ってことだ。その量をその作業員は浴びてしまったってことだ。今日になって浴びた量をもっと引き上げたが、元々分からないくらいの量を浴びた人にとっては同じことだ。恐らくこれからそれこそ想像もつかないような深刻な症状が現れてくるだろうが、それをまたあいつらは隠すのだろう。
 あいつらにとって大切なことは作業員の健康ではない。原子力の安全神話だけが大切なのだ。この神話が崩れると汚リンピックの正当性さえ崩れる。正常な神経の持ち主ならとうに神話は崩れているが、それで金儲けをする人間達にとってはまだまだ崩すわけには行かない。アンダーコントロールとアホノミクスが世紀の大嘘をついたが、それがばれることにもなる。僕は作業員が最高の治療が受けられるか心配だ。個人が抹殺される時代にもう入ってしまったから。


茨城県大洗町の日本原子力研究開発機構大洗研究開発センターで、ウランとプルトニウムが入った保管容器から放射性物質が漏れて作業員5人が被曝(ひばく)した事故で、原子力機構は7日、このうちの1人で50代の男性職員の肺から、2万2千ベクレルのプルトニウムが検出されたと発表した。暫定で1年間に1・2シーベルト、50年で12シーベルトの内部被曝をする値で、過去にこれほどの内部被曝をした例は、国内ではないという。


2017年06月07日(Wed)▲ページの先頭へ
雛形
 密告などと聞くと、北の将軍様かアホノミクスしか思い浮かばないのだが、アメリカ人は時として面白いことをする。権力を握ったと勘違いする人間のお家芸かと思ったら、何と正義の密告を奨励するらしい。究極のパクリだ。

 アメリカの映画監督マイケル・ムーアさんが、トランプ政権に打撃を与えるような情報を提供するよう呼びかける「密告サイト」を6日までに立ち上げました。内部告発サイト「ウィキリークス」になぞらえて、「トランピリークス」と名づけられたサイトでは、トランプ政権のスタッフを含む、あらゆる人々に大統領の犯した不正などの情報提供を呼びかけた上で、ムーア監督と接触が可能な電話やSNSなどの連絡手段が掲載されています。
 ムーア氏は、このサイトを立ち上げた理由として、「トランプ氏は自らを法を超えた存在だと思い込んでいて、2025年まで大統領に居座ろうとしている」「今、行動しなくてはいけない。それは愛国者としての務めだ」などと述べています。
 
 日本のいわゆる有名人の中に、こうした正義感を示す人物はいないのか。

アホノ政権に打撃を与えるような情報を提供するよう呼びかける「密告サイト」を立ち上げました。内部告発サイト「ウィキリークス」になぞらえて、「アキエリークス」と名づけられたサイトでは、アホノ政権のスタッフを含む、あらゆる人々に首相の犯した不正などの情報提供を呼びかけた。このサイトを立ち上げた理由として、「アホノミクスは自らを天皇陛下を超えた存在だと思い込んでいて、首相に居座ろうとしている」「今、行動しなくてはいけない。それは愛国者としての務めだ」などと述べています。

 もう雛形は出来上がっている。後は著名人が名乗り出るだけでいい。


2017年06月06日(Tue)▲ページの先頭へ
信用
 恐るべし情報量。財務省や文科省の疫人や内閣官房の疫人のことではない。奴等は国民の知るべき情報をアホノミクスの犯罪を隠すために隠蔽するが、この人はきわめてオープン。そして悪意が全くない。国の疫人たちに見せてやりたい。がんばれ日本、がんばれ検察、がんばれ霞ヶ関の若き戦士達・・・・なんて話が大きすぎるから、もっともっとローカルに。
 僕の薬局にはクロネコヤマトが1日3回来てくれる。朝開店してすぐに荷物を届けてくれ、昼の2時頃2度目の配達がある。そして3回目は午後4時過ぎに全国に配送する漢方薬をとりに来てくれる。だからもう顔馴染みもいいところだ。いくら顔馴染みでもアホノミクスと賭け学園みたいな癒着はない。二言三言雑談を交わすだけだ。向こうは忙しいからこちらから話しかけることはない。
 今日の二言三言で、彼らの情報の豊富さに驚かされた。実はこの前の日曜日に、ここ瀬戸内市で市会議員の選挙があった。直前まで定員ぎりぎりで無投票でほぼ決まりだったのだが、告示3日前になってある人が立候補することを決心した。当然その方に勝ち目はないのだが、無投票を許せなかったのか、こつこつと町おこしを続けてきたことに対する評価を当てにしたのか。当然無投票で胡坐をかいていた現職の議員達はあわてただろう。だが、現職には十分任期中に固めている支持票があり、誰がどう見ても慌てて立候補したその男性が落選すると思っていた。大阪から故郷の牛窓に帰ってきてから地道に町おこしに取り組み、地味ながら実績は残しているが、選挙中、そのことを評価する声は聞こえなかった。ただ、選挙に付き物の悪口がその人に対しては全く聞こえてこなかった。だから、ひょっとしたら当選するのではないかと・・・・は到底思えなかった。
 ところがなんと彼は、かなりの上位で当選したのだ。あの地味な活動がそんなに市民に浸透していたのかと不思議に思えるくらいの得票だった。今朝配達に来たクロネコヤマトの運転手さんが「選挙の後半になって事務所に人が一杯集まって盛り上がっていた。逆に落ちた人の選挙事務所は寂しかった」と言った。彼は今回の結果が分かっていたようだった。毎日牛窓を巡回するから知り尽くしているのだ。いつもその情報量に感心するが、まさか選挙結果まで予測し当てるとは。
 彼らが話してくれるのは、彼らが車の中から見た光景で、荷物に関してのものは一切ない。このことは是非言っておかなければ彼らの信頼を失う。政治屋は信頼を失っても生き残れるが、彼らはそれを1度失うと生き残れない。何故なら政治屋は最初から信用されていないけど、彼らは信用されている。


2017年06月05日(Mon)▲ページの先頭へ
民生委員
 女性の民生委員が訪ねて来て、緊急避難について調査しているので教えてくださいと言う。このあたりでその言葉が現実味を帯びるのは台風か。いやいや彼女らは南海沖地震を想定しているのかもしれない。過去、牛窓で津波の被害があったとは聞いていないから、恐らく大丈夫だとは思うが、僕が子供の時に比べて少し島が低くなったような気がするから、安心はしておれない。予想以上の津波がやってくることもありうる。
 民生委員は手に書類を持ち僕に質問をする。最初に聞かれたのは、住所だ。「今同居はされていないんですか?」さすがに田舎だ、施設に預けていることを知っている。「緊急の場合に連絡する電話番号を教えてもらえますか?」と次に聞かれた。僕は携帯電話を持っていないので薬局の番号を教えた。すると彼女は不思議そうな顔をして「やはり同居しているんですか?」とさっきとは逆のことを言う。「いや、もう3年位にはなりますよ」すると彼女は「あれ、最近帰ってこられたと聞いていたんですけれど」「いや、もう帰っては来れないでしょう。内臓は元気だけれど、頭がちょっと。僕の名前なんか分からないんですよ」
 このあたりで彼女は気がついたみたいだ。「すいません、緊急避難できるかどうか調べているのは、先生なんです」えらく神妙な顔で謝ってくれたが、確かにこれは結構ショックだった。僕が災害時に避難できるかどうか、避難を責任を持って誘導してくれる人がいるかどうかを調べているらしい。母のことを調べているのではなかったのだ。「不愉快かもしれませんが、65歳以上が対象なんです」と教えてくれた。
 2年くらい同居していた息子が出て行ったから、何となく話がかみ合っていた。心は二十歳、体は八十の僕が、まさか避難困難者かどうか確かめられるとは。嘗てと比べ出来ない事は高くジャンプすることと、懸垂と、早く走ること。どれも決して致命的とは思えないが、いざと言うときにはどれも要求されるのだろうか。今までは運よく大災害に遭遇することはなかったが、明日起こっても不思議ではないものに遭遇することなく人生を終えられるとは思っていない。


2017年06月04日(Sun)▲ページの先頭へ
雛芥子
 めっぽう車に弱い女性が秋に帰国する。京都にはとても行けないから、少しでも思い出を作ってあげようと、色々インターネットで検索した。とにかく花が好きな人だから、花で検索して見つけたのが、県西部の笠岡ベイファームのポピーだ。いわゆる道の駅だから、僕は花よりそのほうに興味があった。
 車で1時間半、まずまずの距離だ。到着して臨時の駐車場を利用した。正規の駐車場が既に満杯だった。結構人気があるのだと驚いた。県外ナンバーも見かけたし、観光バスも沢山の人を降ろしていた。花は興味の対象外で全く無知だったから、人それぞれ楽しみを持っているのだと再認識した。
 4人かの国の女性を連れて行ったが、着くなりすぐにポピーが満開の広大な畑の中に入っていった。ここからはお決まりの写真取り捲りの時間だ。もう慣れたから僕は全て織り込み済みで、ポピー畑の中のベンチに陣取って干拓地を吹き抜ける風に太陽で熱を帯びる体を冷やしていた。両者のバランスがとてもよくて、晴天に近いのに暑くもなく過ごせた。2時間近く彼女達はポーズをとりシャッターを切りまくっただろうか。
 ベンチの傍にあった説明書でポピーなるものが雛芥子(ヒナゲシ)であることを知ったが、考えてみれば僕は実際にヒナゲシは知らない。学生の頃、中国人の歌手が「ヒナゲシの花が〜」と歌って人気を博したから名前だけ知っていた。半世紀を経てその花に出会ったことになる。もう1つ出会ったのは、B級グルメでおなじみのホルモンうどんだ。津山が本場だと思うが、笠岡で売っていた。昼食を何処で何を食べようかと迷っていたら、かの国の女性たちがそれを買って来てくれた。もう1つはイカのから揚げ。食べてみたらイカと言うより牛窓ではベカと呼んでいる小さなイカだった。どちらにせよ脂っこいものばかりだ。特にホルモンうどんはひどかった。ホルモンはもとよりうどんも脂でギトギトでこの時間になっても気持ちが悪い。余程若くて胆汁が出る人でないと食べられないだろう。
 彼女たちが花を見ている間、僕は空を見ていた。牛窓は背後に小高い山があるから、空は180度だ。ベイファームから眺める空は360度だ。名前からも分かるように、湾を埋め立てて農地にしたのだろう。嘗て何をどう見積もって広大な湾を埋め立てたのか知らないが、今では広大な農地をもてあましているように見えた。ポピー畑もひょっとしたら苦肉の策なのかもしれないと、うがった考えが脳裡をかすめた。もしそうなら当時それを推し進めた政治屋や疫人に責任を問いたいくらいだ。もしここが昔のままの入り江だったらどのくらい綺麗で、どのくらい沢山の海洋生物を育んでいるだろうと思ったのだ。
 朝8時半に牛窓を出て、午後2時に帰った。帰り道眠気がかなりひどかった。日本語が苦手な女性ばかりだったことと、いつものように車の中ではよく寝ることとで、独り睡魔と闘いながら運転した。たかが笠岡まででこんなに疲れるのかと、我ながら情けない。来週は福山に真夏の第九を聞きに行くのに、これでは車では到底行けない。電車を利用しなければ彼女達を危険な目に合わせる。
 気が進むことでも、気が進まないことでも、気づきって一杯ある。そういうものにあたった時のワクワク感では体力の衰えをカバーは出来ないが、智恵を働かせてもう少し彼女達の思い出作りに貢献したい。


2017年06月03日(Sat)▲ページの先頭へ
思案
 娘が、昨日の夕方帰りがけに、AさんとBさんが交差点を肩を組んで歩いていたのを見たと教えてくれた。60代の男性二人が、まだ暗くなる前、誰からも見られる時間帯に肩を組んで歩く、それだけで異様だが、実際は片方は少し足が千鳥足ぽく、片方が支えながら歩いていたみたいだ。
 問題はこのAとBだ。どちらも僕、あるいはヤマト薬局と関係がある。ただ2人の接点に僕は関与していないから何故だろうと、娘たちとも話し合った。そして行き着いたのが「酒」だ。恐らく酒が2人を結びつけたのだろう。どちらも酒では苦労しているはずなのに、それから離れられず、再び新たなる苦労を呼び込んでいるように見える。ただそれは部外者からの勝手な想像で、2人とも幸せそうな顔をして歩いていたらしい。教えてくれた娘自身も楽しそうだった。
 Aとは結構深い付き合いがある。酒で何もかも失い、挙句の果ては御法度を犯し、法務局に延べ3年くらい2回に分けて出張した。次に犯すと3回目の出張になるから僕は年金の額以内で生活するように助言するが、金を借りに来たりするから、あぶないなと気を揉んでいる。
 Bは少しの間やって来なかったから心配していたが、これは法務局ではなく大学病院に出張していたらしい。これは長期ではなく1週間くらいだった。そこで肝臓の、ある病気を見つけてもらった。当然酒は悪い。「先生は酒についてどう言っていた?」と質問すると口を濁した。これは酒をやめる気はないなと感じていた矢先に、娘が嬉しそうな顔をした彼を見つけたわけだ。
 大抵の人は自分が好きなもので身を滅ぼす。最近では、アホノミクスをテレビで擁護し続けていた評論家気取りのガマグチなんとやらの強姦事件がそれだ。アホノミクスの息のかかった警察から揉み消しを図ってもらったみたいだが、これでもう奴は終りだ。いくら太鼓もちテレビ局でもさすがに奴を使えないだろう。こんな極悪人と比べるにはあまりにも人がよすぎる2人は、たかが酒で身を滅ぼしそうだ。僕を1000人並べても及ばない酒の量を飲んできた2人だが、止めることなど頭には毛頭ない。片や如何に金を工面して酒を買うか、片や、如何にしてお医者さんにばれないようにお酒を飲むかを思案しているに違いない。
 酒で身を滅ぼす典型だが、僕は2人を嫌いではない。むしろ好きなタイプだ。だからAには酒代を渡してあげるし、Bには肝臓を守る漢方薬を作ってあげる。男同士が、それも60を過ぎた男同士が肩を組んで歩く。何となく羨ましいような気がする。僕には出来ないことだ。そこまでの距離感の友人を持ってはいないから。彼らのようにアルコールの力を借りて知性や理性を破壊すれば出来るのかな。それもまたよし。


2017年06月02日(Fri)▲ページの先頭へ
支離滅裂
〇〇〇君へ

失敗体験しか役に立てるものがないのでまた続きを書きますね。
僕は彼女が出来て成績がどんどん下がりました。大学の試験場で問題を配られて見た瞬間、
ほとんど解けるような気がしました。ところがいざ解こうとするとどうにもならないのです。
ある時期まで一所懸命勉強した貯金で解けるはずだったのですが、試験場でその貯金が遊びまくった長い月日の間に底をついていたことに気がつきました。自業自得です。
無残なもので、現役のとき受けた大学は全て落ちました。
浪人して勉強する気が起こらなかったので、浪人仲間とサッカーのチームを作り、社会人の大会に出たりしていました。
お金がないので、グンゼの青色の下着を買って、それをユニフォームだと偽って試合に出ていました。
今思えば「悲惨」としか言いようがないです。結局皆現実から逃避したかったのだと思います。
1月になって後がないことを悟って一念発起しました。それまで勉強をしたくないために、母の実家から予備校にバイクで通っていたのですが、実家に帰り2階に引きこもりました。50年前のことですが今でもよく覚えています。睡眠時間は恐らく4〜5時間くらい。寝ても夢ばかり見ていました。そして初めての経験ですが、歯軋りをしていることに寝ながら気がつきました。追い詰められて焦って、そして頑張ったのだと思います。君は3時間くらいで目が覚め、その後2回くらい目が覚めるらしいですが、全く持って当たり前のことで無視してください。若いあなたなら十分の睡眠時間です。僕の尊敬する漢方の先生は2時間無意識の時間があればいいと言われます。あなたはその倍から3倍眠っていますから十分です。
 浪人してから僕は大学は何処でもいいと思い、受かりやすいところを探しました。東海大学の水産学部と高橋経済大学を今でも覚えています。何故そこを見つけたのか分かりませんが、入ればいいくらいの気持ちだったのです。もともと将来就いてみたい職業などなかったのでこりはなかったのです。たぶん文系の頭なのに、薬局を継ぎたくない一心で理系に変わり医学部を受けたりしたのですが、支離滅裂もいいところです。今思えば如何に理性を失っていたかよく分かりますが、理性などないのが青春です。破壊的に生きるのが青春期なのです。だから今のあなたの惑いを僕は全て支持します。迷って迷って生きてください。それがあなたの人生を紡ぎだすのです。あなただけの人生と言う作品です。そしていつか僕くらいの年齢になったら省みてください。「人生はだらだらと続いている冗談なのさ」と心から思えて力が抜けるときが来ます。青春時代は決して楽しい時期ではありません。くだらないことを言い、くだらないことをしなければ持たないほど辛い時期なのです。
あなたの住む所も田舎ですか?山があり、川は流れ、鳥が歌い、セミ達が鳴きますか?

                                               ヤマト薬局


2017年06月01日(Thu)▲ページの先頭へ
終活
 「これは飲めるじゃろうかな?」と言いながら差し出されたのは、正露丸の瓶だ。見るからに汚れたラベルで、年季がかなり入っている。「片付けていたらこれが出てきたんじゃけれど、もったいないから見て頂戴」といわれて手に取ると、ほのかに例のにおいがする。「もう私も年だから、色々片付けようと思っとんじゃ」と言うから「終活ですか?」と思わず聞き返した。ここで言わないで、そういったマイナスイメージは外で言ってという気持ちだったが、口には出せない。実際に男性は終活をしていたのだ。そして瓶の底に1段だけになっている正露丸を見つけたってことだ。
 念のため、使用期限を見てみると02/2と印字されていた。一瞬、いや二瞬くらい僕はそれがいつのことかイメージできなかった。西暦か平成か分からなかったのだ。西暦なら15年前、平成なら27年前、どちらにしても遜色ないくらい古い。古すぎる。間をおいて冷静に考えると、それが西暦だということが分かったが、さすがにここまでおおらかに振舞われると、こちらの判断力が鈍る。
 終活をしている割にはわずか数日分に未練がましい。もっと達成感があるようなものを見つけ選択すればいいのに、悩む対象が小さすぎる。蓋を開けてみると例の臭いが一瞬にして広がった。そのにおいに違和感は感じなかったがさすがに15年前のものを飲ませるわけにはいかない。「御主人、度胸があったら飲めばいいじゃない」と言うと、その言い方で分かってもらえたのか「悪いけれど、これ捨てといてもらえる」と瓶を僕に渡した。
 翻って我が終活もそろそろ始めてもいい。ただ僕はあまり物を持っていない人間に属すると思う。純粋に僕のものと言うのは、学生時代読んだ本、少しのレコード、そしてギター。後はほんの少しの衣類。軽四トラックの荷台に十分収まると思う。ああ、忘れていた。僕の思い出も終活で処分しなければならない。ただ僕の思い出は、ママチャリの前の籠で十分収まる。



2017年05月31日(Wed)▲ページの先頭へ
大都会
天気予報でも、そちらの例年にない早い真夏日の到来を告げています。
どうなるのでしょうね。自然も人間も、狂っています。
この日曜日、大阪の研究会に参加しました。
10分いたら、ここでは暮らせないと思いました。
経験しない騒音です。
自然の中で暮らしてみないと、あれが不自然だと気がつきません。
まともな動物でいることはきっと困難でしょう。
戦争にも行かずにすんだ、綺麗な空気の中で生きてこられた、
幸せだったのかもしれないと思いました。
あなたも時には自然の中に身をおいてみてください。
自然に近い心模様の人の中にも。
ヤマト薬局

 関東地方の大都会に暮らしている女性の注文メールに対して返信したものだ。この女性は僕には信じがたいが、家から富士山が見えるという。御本人が言うのだから間違いはないのだが、暮らしているところの地名とどうしても結びつかない。もっとも、一番遠くから富士山が見えるのが奈良県だと聞いたことがあるから、いくら大都会でも関東だから当たり前に見えるのだろうか。
 この方も含めて僕は多くの大都会に暮らしている人たちと話をしたり、メールのやり取りをするが、僕がお世話する機会が多い疾患ゆえだろうか、心が繊細で優しい人が多い。都会に人口が集中しているから当然といえば当然なのだが、東京を始め大都会に漢方薬を送る率が高い。僕の言う不自然な環境の中で、良く頑張っていると思うのだが、おそらくご本人達にそんな自覚はないだろう。僕が勝手にイメージしているだけで、都会で暮らすことが発症に関係していないし、回復にも関与しないと考えているだろう。
 「生まれも育ちも柴又」と言う人にとっては、今ある超不自然都市こそが自然なのだ。高層ビルがそびえ、交通機関が轟音を立てて行き交い、街路樹以外に緑がない。空はカラスとこうもりに支配され、土は鼠とゴキブリが支配する。心に花を、心に森を、心に川を、心に海を、心に風を、心に友を。







2017年05月30日(Tue)▲ページの先頭へ
地獄
 このところ気が晴れないのは、アホノミクスとスカ感冒腸管の低俗さと不正義にうんざりしているからだ。もっともあの2人だけでなく、痔見ん党、金平糖、異真の3つの政党の、自分や家族や仲間の利益を守るためなら軍隊警察検察、何を使ってもすぐつかまえることが出来る機構作りが目に見えて進んでいるからだ。黄泉売り新聞みたいに、まるで自分達は選ばれた人間で、決して捕まる側に立つことはないと勘違いしている会社や個人が大手を振って歩いている。もし取り返しがつかないような戦時中みたいな世の中になったら、あいつらは、いやいや、あいつらが責任を感じるなどと言うのは絶対に望めない。
 それにしても、アホノミクスにしてもスカ感冒腸管にしても往生際が悪すぎる。悪人みえみえで、さすがの国民もほとんどの人間がその性根に気がついている。まともな人間なら日の当たるところにはもう出られないだろうが、余程まだまだ悪事の限りを尽くしたいらしく、退場しない。アホノミクスは山口、かすは神奈川、どちらの住民にもお願いしたい。どうか人を人とみなさない2人を、視界から消し去って欲しい。どれだけの国民が毎日嫌な顔を拝まされているか。陛下より強い人間を作らないで。奴らが陛下を超えたとき、この国は再び地獄を見る。



2017年05月29日(Mon)▲ページの先頭へ
加川良
 今朝の毎日新聞に、僕がフォークソングを歌い始めるきっかけになった歌手、加川良の写真が大きく載っていた。訃報のコーナーだったと思う。写真の下に文章が添えられていて、亡くなるまでの経緯や最近の活躍ぶりが紹介されていた。僕の青春時代を重ねながら読んだのだが、すんなりと全て受け入れられたのは、書いた人が、これまた僕の大好きな大塚まさじだったからだろう。彼らプロの世界では、そこに加川良がいないということ自体が受け入れられないみたいだ。それだけ存在感があったのだろう。歌もよかったが、歌唱力は抜群で、彼を越える歌唱力のある人はあまり知らない。
 大塚まさじが明かしたエピソードに、こんなのがある。僕は、加川良でフォークソングを始めたと書いたが、もっと厳密に言うと「教訓T」と言う唄を初めて聴いたときの衝撃だ。その「教訓T」を彼は最近新曲だといって歌っていたらしい。若い人にはそれが嘘だとは分からない。僕ら世代には、それが強烈な皮肉だと分かる。何故ならその歌ができた1971年より、今こそ歌いたい唄だからだ。若者にとってはなおさらだ。以下にその教訓Tをコピーして貼り付けておくが、是非、ユーチューブで聴いてほしい。そして1970年代の多くの若者が、彼と考えを共有していたという事実も知ってほしい。今の若者が国と言うとてつもない、分けの分からない、いやいや簡単だ、実際には陛下よりえらくなりたいアホノミクスの思い通りに操られる姿など見たくはないだろう。そんな屈辱は早いうちに晴らしたほうがいい。誰もが抵抗できなくなる前に。


 命はひとつ 人生は1回
 だから 命をすてないようにネ
 あわてると つい フラフラと
 御国のためなのと 言われるとネ
 青くなって しりごみなさい
 にげなさい かくれなさい

 御国は俺達 死んだとて
 ずっと後まで 残りますヨネ
 失礼しましたで 終るだけ
 命の スペアは ありませんヨ
 青くなって しりごみなさい
 にげなさい かくれなさい

 命をすてて 男になれと
 言われた時には ふるえましょうヨネ
 そうよ 私しゃ 女で結構
 女のくさったので かまいませんよ
 青くなって しりごみなさい
 にげなさい かくれなさい

 死んで神様と 言われるよりも
 生きてバカだと いわれましょうヨネ
 きれいごと ならべられた時も
 この命を すてないようにネ
 青くなって しりごみなさい
 にげなさい かくれなさい

 青くなって しりごみなさい
 にげなさい かくれなさい

 青くなって しりごみなさい
 にげなさい かくれなさい


2017年05月28日(Sun)▲ページの先頭へ
東三国
 「こりゃ住めん(これでは住む事が出来ない)」まだ新大阪の駅ではそうは思わなかった。ただ、地下鉄御堂筋線で一駅、東三国と言う駅に降り立ったときにはそう感じた。では何がそう思わせたのだろう。
 勉強会の会場のホテルは、駅から徒歩2分と案内書に書いてあった。地下鉄なのに何故か2階建ての駅で、見晴らしがいいから、降り立ったホームからそのホテルの看板を探した。高いビルが片側2車線の道路を挟んでまるで遠近法のように連なっていて、辛うじて看板を見つけることが出来た。高架橋をはさんで2車線ずつだから、結構な道幅になる。
 狙いを定めて階段を降り、その看板方面の出口から出ると不思議な光景が広がっている。さっき2階から目の前に、と言うことはその道路も2階の高さってことだが、片側2車線道路が広がっていたのに、下に降りても片側2車線道路広がっているのだ。でも走っている車のスピードが全然違う。橋と同じ高さの道路はまるで高速道路のようにスピードを出した車が走っているが、階下に降りると、ゆっくりと走っている。それはそうだろう、信号機も横断歩道もあるから。となると駅を挟んで、それも上下左右、8車線の道路と言うことになる。その道路をひっきりなしに車が通る。まだ講演時間に間があったので、会場の付近を歩いてみた。岡山市だと滅多にないような高層のマンションが連なっていて切れ間がない。新大阪から一駅だから便利でマンションが林立したのだろう。道を歩いていたら、車の騒音に混じって空から大きな音が聞こえた。見上げると、飛行機がかなり低いところを飛んでいた。滅多に見える光景ではない。伊丹空港が近いことが分かる。飛び上がっているのか、着陸態勢に入っているのか分からないが、事故を起こしたら大惨事になることは間違いない。
 僕は時間の経過とともにすこぶる不愉快になった。耐え難い騒音なのだ。上り下りをあわせると4分に1度電車が頭上を通過し、8車線の道路を車が埋める。おまけに頭上では飛行機。鳥の声が1日中聞こえる牛窓とは天地の差だ。その上緑が景色の中にない。何処でどの方角を見ても緑が目に入らないところなどない牛窓とはこれまた対照的だ。
 青春時代、阪大を落ちて岐阜に収まり、就職は京都の製薬会社を断り牛窓に帰り、何となく大都会とは縁がなかったが、それは僕にとっては惠だったような気がした。この年齢になって自然のすばらしさを肌で感じられるようになったが、それはその前の何十年の牛窓での生活が貢献しているのだと思う。阪大に合格し、京都で就職していたら、僕は恐らく不自然を自然と勘違いしながら生きてきただろう。何で測り、何で表現できるのか分からないが、こうした価値観を育んでくれた田舎生活に今となっては感謝だ。
 東三国の道路を30分くらい目的もなく歩いたが、「こりゃ住めん」は確信に変わった。


2017年05月27日(Sat)▲ページの先頭へ
責任
 ひょっとしたら、責任の一端は僕にあるかもしれない。言うんじゃなかった「おいしい」と。
 あの時確かに、日本のポン酢あたりのたれをかけたから美味しかった。これがあちらが用意してくれていたたれで食べていたら、心からの美味しい顔は出来なかったと思う。あちらの国の代表的な料理かどうか知らないが、生春巻きなるものを節目節目に作ってくれる。そう言ったときの定番なのだろうか、あのたれさえつけなければ美味しい。ただし、それにお金を払って日本人が食べに行くかと言うと問題は別だ。
 かの国の女性たちとは、3つのグループと付き合っている。今日の登場人物は介護士のグループだ。日本に介護士としてやって来ている人たちは向こうでは元々は看護師だ。向こうの医療が今だ賄賂で成り立っていることに嫌気がさしていることと、給料が日本で介護士で働いたほうがはるかに高いこと、この2点で日本に来ることを選択している。ところが介護の仕事はかなり肉体的にきつい。多くの従事者が腰や首を痛めている。彼女もまた最近腰を痛めた。ごまかしながら働いていたが、腰が悲鳴を上げ始めた。そこで見切りをつけようとしていたことは知っている。ところが、先日会いたいと言われて話を聞いてみると「もう体がきついから仕事を辞めて、名古屋にいる友人と食べ物のお店を開く」と言った。名古屋の友人も同じように看護師で来日していて、店を開くのが日本でか、かの国でかわからなかったので尋ねると、なんと日本で開きたいという。
 日本の飲食店のことのどれくらいを知っているか分からないが、なんて度胸があるんだと思った。そしてなんて生活力があるんだと思った。その道の素人で僕の勘がどの程度の確率で中るのか分からないが、どう贔屓目で考えても、生計を立てられるほど生春巻きを食べてくれる人がいるとは思えない。嬉々として将来の夢を語ってくれるが、僕のあの時の苦し紛れの「おいしい」が彼女の道を誤ませてしまうのではないと気になった。


2017年05月26日(Fri)▲ページの先頭へ
幻想的
 今朝、僕はとても幻想的な世界に包まれた。一瞬何処にいて何を眺めているのだろうと思った。いつもと同じ場所にいて、いつもと同じようにしているのに。
 ウォーキングをしている途中、上空を飛ぶ羽音が聞こえたのですぐに見上げた。すると白色、厳密に言うとグラーに近い色をした大きな鳥が僕の頭の上を飛んでいった。一瞬僕の大好きな鷲に見えたが、その飛び方で違うことはすぐに分かった。頻繁に羽ばたいて視界から消えていった。あっという間の出来事だった。大きさや色から鷲に見えたのだが、それはカラスだった。
 今朝は霧がかなり深かった。だから山も建物も、全体的に白色がかかって見える。そのことを思い出した。さっきのカラスも景色と同じように、単に白く見えただけなのだ。それを下から見上げたものだから、何か特別なもののように見えてしまったのだ。見上げれば当然霧しか見えない。霧のキャンパスの中を白いカラスが横切って飛んでいった、単なるそれだけのことだが、こんな光景は見たことがない。
 理屈が分かればこちらから対象を探すことが出来る。我が家には今、階段の踊り場と店舗の庇の2箇所にツバメたちが巣を作っている。だからツバメが飛ぶのを見るのは簡単だ。そこでウォーキングを早めに切り上げて薬局の駐車場まで帰ってきた。すると案の定ツバメ達は餌探しに忙しく飛び回っていた。霧の中から現れた瞬間はやはり白色に近いグレーだった。そして僕に近づくといつもの黒色に変わる。あの三角のツバメがグレーに見えるのもまた興味深かった。
 今までは霧の景色を見ることはあったが、霧が作り出すものにまでは目が行かなかった。単なる偶然から発見した幻想的な映像だったが、夜のこの時間でもはっきりと瞼の中で再生できる。こんなたわいもないことに感動し1日を終えることが出来た。僕の人生が色彩を捨てて、山水画のように枯れ始めたのだろうか。いやいや僕には次の舞台の幕開のように思えた。


2017年05月25日(Thu)▲ページの先頭へ
高級官僚
 アホノミクスがお友達に便宜を図った「賭け額園」問題を葬り去ろうとして、事実をすっぱ抜いた元官僚の行動をあたかもゴシップのごとくに、全国紙の黄泉売り新聞を利用して世間に知らしめる。こんなことを平気で行うことができるのは風邪をひっとらーか、北の将軍様か。アメリカのカルタでも出来ないだろう。プー沈なら出来る。ドウヤテでも出来る。
 要はアホノミクスはそのレベルなのだ。そんな奴にどれだけの権力を持たせようとするのだ。今、自分は恵まれていて、権力の側に立っているなんて安心しないほうがいい。アベ友学園で、昨日までの同士がいとも簡単に裏切られ、切り捨てられるのを見たではないか。近い将来の自分か子か孫かが同じ目にあうことを想像したほうがいい。奴なら簡単に出来る。何故なら子供を持ったことがないから、命をかけて守らなければならない存在を知らないし、世間の皆に助けられてやっと生きていけれるという体験もない。アホノミクスから見れば皆が子分なのだ。
 もう少し国民もプライドを持ったほうがいい。いやいや高級官僚はもっとプライドを持ったほうがいい。アホノミクスなどよりはるかに高学歴で頭も良いのに、何を額づいているのだ。あなたたちが額づくのは国民に対してではないか。折角の知能があんな奴等を守るために使われるのか。国をもっと正義感のあるものにしてほしい。品のない奴らばかりの政治屋にどうして仕えるのだ。今からでも遅くない。簡単に引きずり落とすことができるのはあなた達だ。陛下より偉くなりたがっている人間を許してはいけない。
 


2017年05月24日(Wed)▲ページの先頭へ
投融資
 調査・報告はオランダのNGOが行ったもので、クラスター爆弾を製造しているアメリカ、中国、韓国の6社に対して世界の金融機関が投融資を行っているか、あるいは禁止しているかなどがまとめられています。調査報告は、2013年から今年3月までに世界で166の金融機関が310億ドル、約3兆4000億円を投融資したことが明らかになったとしています。日本の金融機関では三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグループ、オリックス、第一生命がリストに挙がっています。2010年に発効したクラスター爆弾の禁止条約は日本を含む101カ国が批准していますが、そのなかで、日本は製造企業へ投融資を行っている金融機関の数が最も多くなっています。投融資額は合わせて20億ドル、約2200億円に上るということです。
 オランダの国際NGO、マイカ・ベネスさん:「クラスター爆弾は何百もの子爆弾を含む巨大な爆弾です。ほとんどの犠牲者は一般市民です。ですから、製造企業への投資は許されません。兵器製造に貢献することになるからです」クラスター爆弾は空中で容器が開いて広範囲に無数の小型爆弾をばらまき、無差別に市民を攻撃することから「非人道兵器」と呼ばれています。また、爆発しなかった小型爆弾は事実上の地雷となることから、戦争が終結しても多くの一般市民を巻き込みます。

 多くの方が今日、目を通した文章だと思う。驚いた方も多いのではないか。理由は、僕達は暗黙の内に日本と言う国に対して愛着とプライドを持っているからだろう。また日本人に対しても愛着と信頼感を持っているからだろう。まだまだ日本は経済的にも道徳的にも特別だという意識が抜けていないのだと思う。
 ところが毎日のように目にする日本人の起こす事件やいかに。ありとあらゆる犯罪がくり返されている。殺人など珍しくもない。詐欺や恐喝など日常茶飯事だ。いくら外国を蔑んでもやっていることに変わりはない。生きる目標が上品に言えば経済、実際には金、銭の人があたかも社会の成功者のように振舞い持ち上げられるから、そうでない人は、まるで社会の脱落者だ。銭のためにありとあらゆる策謀を巡らす能力こそが成功を引き寄せる。
 例え自分達が金儲けの手段としていることで、多くの罪なき人たちが爆弾で飛び散る肉の塊になろうが気にもならない。ただただ銭儲けが出来れば、クラスター爆弾を作ろうが原爆を作ろうが、自分の子や孫や親戚が犠牲にならなければ関係ない。見知らぬ国の見知らぬ人間が吹き飛ばされようがそれを目にすることもないからかまわない。三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグループ、オリックス、第一生命・・・ここで働いていますと言えば一目置かれ、そこの頭取だと言えばアホノミクスも寄ってくる。でも、この醜さを嘗ての価値観を残している日本人が許すことが出来るのか。同じ穴の狢、現在はほとんどの国民がそちらの傾向を持ち合わせているが、は上記の企業に親近感を抱く。ただ僕は、強いものの胡散臭さを感じ取ることが多いので、上記の企業など不買、いや不利用運動の対象だ。もっとも、僕ら田舎人間は何でも郵便局だから、あいつらの顧客ではないのだが。あいつらこそが世界のごく普通の人たちにとってブラック企業だ。大量の殺人に投資しているのだから。


2017年05月22日(Mon)▲ページの先頭へ
 それだけは言って欲しくなかった。聞きたくなかった。例えハンサムだったよと慌ててフォローしてくれても。
 102歳の母親の処方箋を持ってくる人がいる。人と言うより、おばあさんと言ったほうがいい。その女性が今日は僕と二人きりだからいいと思ったのか「あんたも、お父さんに似てきたなあ!私はお父さんの薬局ばかり行っていたから、あんたが幼いときから知っとるけど、最近本当によう似てきたわ」と言った。「あの髪は天然だったんかなあ。縮れ毛じゃったろう」と懐かしげな表情で言う。確かに天然パーマだった。「昔はお金がなかったから、お父さんに胃薬を1枚一枚紙に包んで売ってもらってた。助かったんよ」このあたりはまあまあだ。昔は病院なんかも少なかったから、薬剤師はとても重宝していたし、信頼もされていた。簡単な薬は自分達で作っていたのだ。今でこそ、色々な会社が作らなくてもいい薬を作って、消費を競っているが、昔は必要な人が必要なだけ飲んでいた。当たり前のことが行われていた。
 父は5人の子供を養わなければならなかったから、よく働いた。ただそれは人一倍ではない。当時は皆よく働いていたのだ。休みなど多くの人がなかった。子育てはほぼ母親がした。これもまたごく普通のことで、何処にでもいる父親だったと思う。ごくごく普通の父親だったのだ。僕はそんな父親を尊敬して大きくなってはいない。嫌いでもなかった。ただ無関心だった。僕はいったい何に関心を持って育ったのか今だ思い出せるものがない。少なくとも対象は家族ではなかった。でもただ1つ言えるのは、僕が思う以上に父は家族のことを思っていたに違いないと言うこと。優しい言葉をかけるわけではなく、ほとんど会話らしきものをしなかったが、子供に対して思いは深かったと思う。ごく普通の父親と同じように。
 思えば僕の少年、青年時代も、結局は勉強ばかりしていたのだ。結果が結びつかなかったから、今となってはその時間や、他に興味を抱く対象を見つけることが出来なかったことが惜しいような気がするが、これもまた多くの少年や青年が遭遇する現実だ。才能に恵まれず、強い意志を持たないごくごく普通の人間にとって、人生とは商店街のアーケードの下を歩いているようなものだ。目に入るものにいくばくかの興味を示し、時には買い物をし、やがては通り過ぎる。たいしたものを失わず、たいした物を手に入れず気がつけばアーケードがなくなっている。
 僕はそのアーケードを父親と一緒に歩いていない。僕の子供たちとも一緒に歩いていない。ただ父はきっとそのアーケードの下にある薬局から僕達兄弟が手をつないで歩く姿を懸命に見ていただろうし、僕もまた子供達が手をつなぎ歩く姿を懸命に見ていた。いわば僕は父と同じ轍を踏んでいるのだ。


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