エッセイ

薬剤師のエッセイ




2017年05月25日(Thu)▲ページの先頭へ
高級官僚
 アホノミクスがお友達に便宜を図った「賭け額園」問題を葬り去ろうとして、事実をすっぱ抜いた元官僚の行動をあたかもゴシップのごとくに、全国紙の黄泉売り新聞を利用して世間に知らしめる。こんなことを平気で行うことができるのは風邪をひっとらーか、北の将軍様か。アメリカのカルタでも出来ないだろう。プー沈なら出来る。ドウヤテでも出来る。
 要はアホノミクスはそのレベルなのだ。そんな奴にどれだけの権力を持たせようとするのだ。今、自分は恵まれていて、権力の側に立っているなんて安心しないほうがいい。アベ友学園で、昨日までの同士がいとも簡単に裏切られ、切り捨てられるのを見たではないか。近い将来の自分か子か孫かが同じ目にあうことを想像したほうがいい。奴なら簡単に出来る。何故なら子供を持ったことがないから、命をかけて守らなければならない存在を知らないし、世間の皆に助けられてやっと生きていけれるという体験もない。アホノミクスから見れば皆が子分なのだ。
 もう少し国民もプライドを持ったほうがいい。いやいや高級官僚はもっとプライドを持ったほうがいい。アホノミクスなどよりはるかに高学歴で頭も良いのに、何を額づいているのだ。あなたたちが額づくのは国民に対してではないか。折角の知能があんな奴等を守るために使われるのか。国をもっと正義感のあるものにしてほしい。品のない奴らばかりの政治屋にどうして仕えるのだ。今からでも遅くない。簡単に引きずり落とすことができるのはあなた達だ。陛下より偉くなりたがっている人間を許してはいけない。
 


2017年05月24日(Wed)▲ページの先頭へ
投融資
 調査・報告はオランダのNGOが行ったもので、クラスター爆弾を製造しているアメリカ、中国、韓国の6社に対して世界の金融機関が投融資を行っているか、あるいは禁止しているかなどがまとめられています。調査報告は、2013年から今年3月までに世界で166の金融機関が310億ドル、約3兆4000億円を投融資したことが明らかになったとしています。日本の金融機関では三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグループ、オリックス、第一生命がリストに挙がっています。2010年に発効したクラスター爆弾の禁止条約は日本を含む101カ国が批准していますが、そのなかで、日本は製造企業へ投融資を行っている金融機関の数が最も多くなっています。投融資額は合わせて20億ドル、約2200億円に上るということです。
 オランダの国際NGO、マイカ・ベネスさん:「クラスター爆弾は何百もの子爆弾を含む巨大な爆弾です。ほとんどの犠牲者は一般市民です。ですから、製造企業への投資は許されません。兵器製造に貢献することになるからです」クラスター爆弾は空中で容器が開いて広範囲に無数の小型爆弾をばらまき、無差別に市民を攻撃することから「非人道兵器」と呼ばれています。また、爆発しなかった小型爆弾は事実上の地雷となることから、戦争が終結しても多くの一般市民を巻き込みます。

 多くの方が今日、目を通した文章だと思う。驚いた方も多いのではないか。理由は、僕達は暗黙の内に日本と言う国に対して愛着とプライドを持っているからだろう。また日本人に対しても愛着と信頼感を持っているからだろう。まだまだ日本は経済的にも道徳的にも特別だという意識が抜けていないのだと思う。
 ところが毎日のように目にする日本人の起こす事件やいかに。ありとあらゆる犯罪がくり返されている。殺人など珍しくもない。詐欺や恐喝など日常茶飯事だ。いくら外国を蔑んでもやっていることに変わりはない。生きる目標が上品に言えば経済、実際には金、銭の人があたかも社会の成功者のように振舞い持ち上げられるから、そうでない人は、まるで社会の脱落者だ。銭のためにありとあらゆる策謀を巡らす能力こそが成功を引き寄せる。
 例え自分達が金儲けの手段としていることで、多くの罪なき人たちが爆弾で飛び散る肉の塊になろうが気にもならない。ただただ銭儲けが出来れば、クラスター爆弾を作ろうが原爆を作ろうが、自分の子や孫や親戚が犠牲にならなければ関係ない。見知らぬ国の見知らぬ人間が吹き飛ばされようがそれを目にすることもないからかまわない。三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグループ、オリックス、第一生命・・・ここで働いていますと言えば一目置かれ、そこの頭取だと言えばアホノミクスも寄ってくる。でも、この醜さを嘗ての価値観を残している日本人が許すことが出来るのか。同じ穴の狢、現在はほとんどの国民がそちらの傾向を持ち合わせているが、は上記の企業に親近感を抱く。ただ僕は、強いものの胡散臭さを感じ取ることが多いので、上記の企業など不買、いや不利用運動の対象だ。もっとも、僕ら田舎人間は何でも郵便局だから、あいつらの顧客ではないのだが。あいつらこそが世界のごく普通の人たちにとってブラック企業だ。大量の殺人に投資しているのだから。


2017年05月22日(Mon)▲ページの先頭へ
 それだけは言って欲しくなかった。聞きたくなかった。例えハンサムだったよと慌ててフォローしてくれても。
 102歳の母親の処方箋を持ってくる人がいる。人と言うより、おばあさんと言ったほうがいい。その女性が今日は僕と二人きりだからいいと思ったのか「あんたも、お父さんに似てきたなあ!私はお父さんの薬局ばかり行っていたから、あんたが幼いときから知っとるけど、最近本当によう似てきたわ」と言った。「あの髪は天然だったんかなあ。縮れ毛じゃったろう」と懐かしげな表情で言う。確かに天然パーマだった。「昔はお金がなかったから、お父さんに胃薬を1枚一枚紙に包んで売ってもらってた。助かったんよ」このあたりはまあまあだ。昔は病院なんかも少なかったから、薬剤師はとても重宝していたし、信頼もされていた。簡単な薬は自分達で作っていたのだ。今でこそ、色々な会社が作らなくてもいい薬を作って、消費を競っているが、昔は必要な人が必要なだけ飲んでいた。当たり前のことが行われていた。
 父は5人の子供を養わなければならなかったから、よく働いた。ただそれは人一倍ではない。当時は皆よく働いていたのだ。休みなど多くの人がなかった。子育てはほぼ母親がした。これもまたごく普通のことで、何処にでもいる父親だったと思う。ごくごく普通の父親だったのだ。僕はそんな父親を尊敬して大きくなってはいない。嫌いでもなかった。ただ無関心だった。僕はいったい何に関心を持って育ったのか今だ思い出せるものがない。少なくとも対象は家族ではなかった。でもただ1つ言えるのは、僕が思う以上に父は家族のことを思っていたに違いないと言うこと。優しい言葉をかけるわけではなく、ほとんど会話らしきものをしなかったが、子供に対して思いは深かったと思う。ごく普通の父親と同じように。
 思えば僕の少年、青年時代も、結局は勉強ばかりしていたのだ。結果が結びつかなかったから、今となってはその時間や、他に興味を抱く対象を見つけることが出来なかったことが惜しいような気がするが、これもまた多くの少年や青年が遭遇する現実だ。才能に恵まれず、強い意志を持たないごくごく普通の人間にとって、人生とは商店街のアーケードの下を歩いているようなものだ。目に入るものにいくばくかの興味を示し、時には買い物をし、やがては通り過ぎる。たいしたものを失わず、たいした物を手に入れず気がつけばアーケードがなくなっている。
 僕はそのアーケードを父親と一緒に歩いていない。僕の子供たちとも一緒に歩いていない。ただ父はきっとそのアーケードの下にある薬局から僕達兄弟が手をつないで歩く姿を懸命に見ていただろうし、僕もまた子供達が手をつなぎ歩く姿を懸命に見ていた。いわば僕は父と同じ轍を踏んでいるのだ。


2017年05月21日(Sun)▲ページの先頭へ
山田純平と熱響打楽
 最初の曲が始まってすぐ思ったことは、後の20人近くも頑張って連れて来てあげればよかっただ。こんなにすばらしい和太鼓の演奏が隣町で聴けるとは思わなかった。バスで10分、その後電車で10分、それだけで会場に着けるのだから、メンバーを選抜して車に乗せてくる必要もなかった。全員バスと電車で来てもらえば、全員にすばらしい日本の芸を味わってもらえたのだ。
 山田純平と熱響打楽と言う和楽総合芸術集団は、旗揚げしてから間もないから当然情報は少なく、どのレベルか分からないままチケットを買った。ただ、東京辺りでの公演のチケット代は5000円近いと主催者に聞いていたから、それなりの期待はしていた。が、それなりを大きく上回る実力で、僕は勿論、かの国の女性たちも、日本語の「すばらしい」に当たる言葉を連発していた。
 今日のコンサートで驚いたことが他にもある。今まで僕は和太鼓のコンサートを50回は聴きに行っている。岡山県は勿論、兵庫県と香川県だ。どの会場に行ってもとにかくお客さんがおとなしい。あれだけ迫力ある演奏を聴かされて、よくも正気でおれるなと言うのが僕の感想だ。僕は足でリズムを刻むし、体は揺らすし、手拍子はするし、ここぞと言う盛り上がった場面では奇声を発するし指笛も鳴らす。心の中から楽しんでいるからセーブなどしない。理性を保って聴くなど、もったいなくてできない。下世話な話だがチケット代分は楽しむ。いやチケット代の何倍も楽しむ。最近は一緒に聴きに行っているかの国の若い女性たちも、最後の方になると一緒に奇声をあげてくれる。それが演奏している人たちのエールになることが何となく理解できるみたいだし、それよりも何よりも「オトウサン」の楽しそうな姿を見ると、自分達も一緒に解放感を味わいたいみたいだ。異国の地で何の遠慮もないことが彼女達を勇敢にするのかもしれない。
 何処に行っても孤軍奮闘して応援する僕だが、今日の西大寺は違った。「僕」がいたるところにいるし、お客さんの拍手のタイミングもまた僕の拍手のタイミングとほとんど一致していた。時には、僕がつられて慌てて拍手するときもあった。山田純平と熱響打楽と言う名は、知る人には知られているみたいで、実際入場の列の中に岡山県を代表する和太鼓のチームの代表もいたから、総じて客が玄人ぽかったのだろうか。だから絶妙の盛り上がりで拍手が何回も自然発生したのだろうか。
 盛り上げ上手の西大寺の観衆に今日はより一層楽しませてもらった。あまりよい印象を持っていなかった町だが、今日のコンサート会場の雰囲気を作ってくれたことで評価を変えなければならないと思った。会場が一体となってなどと言う言葉を時々耳にするが、今日はその言葉を体現できた。どこの会場でも同じようであって欲しいと思う。


2017年05月20日(Sat)▲ページの先頭へ
教訓
 顔中口だらけの赤ちゃんツバメが6羽、狭い巣の中で親鳥が餌を運んでくるのを待っている。親の気配が分かるらしく、一斉に背伸びしたかと思うと親ツバメがすごいスピードで階段を滑空して上がってくる。巣の端に止まると一瞬にして餌をやり、すぐに飛び立つ。「父ツバメと母ツバメが1分毎交替して運んでいる」とは、踊り場のシャッターを開け、台所から直接巣を見ることが出来る妻の言葉だ。
 昼食時、娘が覗くと、踊り場に1羽の赤ちゃんツバメが落ちていた。娘がそれを巣に返した。夕方娘が気になって覗いてみたら再び赤ちゃんツバメが1羽落ちていた。また娘は巣に戻した。その話を聞いていて、ひょっとしたらそのツバメは同じツバメだったのではないかと思った。僕が昨日覗いたときに、階段入り口から一番遠い場所に陣取っているツバメが他のツバメに比べて明らかに小柄だった。餌をもらっていないのではと心配だった。そして今日落ちた?落とされた?ツバメがいると聞いてすぐにそのツバメのことを思い浮かべた。2度も人間の手に触れたのだから、ひょっとしたら人間の香りがするかもしれないし、そもそも2メートル以上も上から落ちたのだから元気かどうかも疑わしい。
 巣の中で生存競争が始まり破れた子がいるのか、それとも親が淘汰しているのか分からないが、僕には単なる子ツバメのどじのようには思えなかった。自然の営みの中に主観を持ち込んではいけないと思っているが、どうしても弱者に対して、気持ちがなびく。見なければすんだ話、知らなければすんだ話ではあるが、娘夫婦がことさら大切に扱っているので見ない訳には行かない。たかがツバメの話ではあるが教訓は汲み取ろうとすれば一杯あるに違いない。
 


2017年05月19日(Fri)▲ページの先頭へ
半農半漁
 「先日、所ジョージの番組で牛窓見ました!びっくりしました。お笑い番組を見てケラケラ笑えるくらいに心が楽になっています。ありがとうございます。」
 
 関東の方が漢方薬の注文時に添えてくれた一言だ。この方の他にもう1人、嘗て遊びに来てくれた九州の薬剤師からも、牛窓を思い出したと電話をもらった。ただ、僕はその番組をあまり見ないから、牛窓で取材したことは知らなかった。
 牛窓の誰が登場したのか知らないが、牛窓は半農半漁の土地だから、自然にかかわって生計を立てている人が多い。半農半漁も細かく分ければ、半農半サラリーマン、半漁半サラリーマン、半農半公務員、、半農半商店主とパターンも多岐にわたる。番組に取り上げられた人たちがどの半分に属するのか分からないが、自然に関わって暮らしている人たちだったら、どこか憎めない、裏のなさそうな人たちだったのではないか。人間相手だけの仕事だったら、駆け引きばかりを駆使して何とか自分に都合がよい結論を導き出しそうだが、自然相手だと、駆け引きなど通じないし、裏切りも裏切られもしない。自分をそんなに偽らなくて暮らしていける。そのことに価値を置いて移住してくる人も多い。無駄な力みをなくし自然に暮らしていけたら、金銭には換えられない価値があるのだろう。
 
「牛窓で誰が出たのか知りませんが、ケラケラ笑えてよかったです。
ただ、その人たちが特別ではなく、漁師町ですから皆さん冗談が旨いです。
冗談を往復させながら、真実に近づいていくのが漁師のやり方なのです。
板切れ一枚、下は地獄・・・・の世界で生きているからでしょう。
ゆっくりかもしれませんが。もっともっと元気になれますよ。
ヤマト薬局
 
 政治家や官僚、企業家、誰もが陛下より偉くなりたがっている。いつからそんなに偉くなったのだ。田舎で暮らしていると、中央の汚い人間(巨悪)がよけい目に付く。こんなに汚い時代を生きなければならないとは思ってもいなかった。トランプと対峙するマスコミや司法省、この国では望むべくもないのか。いつになったら奴等は裁かれるのか。


2017年05月18日(Thu)▲ページの先頭へ
確率
 今まで50人くらい見送ったが、恐らく帰国した子に、こちらから連絡を取ったのは初めてだと思う。彼女には来日早々辛い思いをさせた記憶があり、その時の光景が甦ったからだ。
 3年間、こちらの大企業で働いて、沢山の経済的なお土産を持って意気揚々と帰って行った筈なのに、来日前に働いていた企業(現地法人)を辞めたと、こちらに残って働いている友人に連絡が入った。多くの帰国組は、3年前に送り出された会社にまた復活する。彼女達が働いている会社は、いわば大企業だから、しっかり管理も保証も行き届いていて、いかがわしい業者に100万円以上のお金を払って来日している人達とは違う。(ほとんどの実習生や研究生はこれらしい)そんな会社を辞めたのだから何かあったのだろう。気になったので理由を友人達に尋ねてみると、働くことがしんどいらしいのだ。日本でも残業を好んでするほど皆働き者なのだが、向こうの会社での働きはそれよりも過酷らしい。一度日本での働き方を覚えたら耐えられないのだろう。残業続きで休日もほとんどない繁忙期に「しんどいだろう」と声を掛けると「オトウサン ゲンキデス ザンギョウ ダイスキ」と答えていたのに。
 ただ単に、会社を辞めただけなら僕もそんなに気にはならなかったのだが、その子がまた日本に来たいと言ったらしいのだ。これは僕には衝撃だった。と言うのは、その子は明らかにかの国に帰りたがっていたし、向こうでの将来のことも語っていた。それがまた日本に来たいとは、余程何か心境の変化があったのだ。そのことを聞いてみたくて昨夜、妻のフェイスブックを利用して連絡を取った。(僕はフェイスブックをしていないので連絡は全て妻にしてくる)
 画面に現れたその子は以前と同じ笑顔だった。1年ぶりの再会だが、嘗てと同じようにことさら明るい笑顔を振りまこうとしていた。だが僕が「毎日楽しい?」と尋ねたときには顔の表情がいっぺんに険しくなり言葉が出なかった。僕は日本語で「まあまあ」あたりを期待していたのだが、暫くして返って来た言葉は「タノシクナイ」だった。4年前、来日したての頃に「日本は楽しい?」と尋ねてホームシックにかからせてしまったことと重なった。あの時あの子は一瞬にして涙を浮かべ皆が集っていたリビングから自分の部屋に帰っていった。忘れ得ない苦い思い出だ。
 「〇〇ちゃん、お父さんの家、3階に一部屋余っているから、いつでも来たらいいよ」と同居している次女三女に通訳をさせながら言った。実習生として一度来日した人が、余程の幸運がないと二度と日本に来ることはできないことを知っていながら、そう声を掛けるしかなかった。それでも、多くの帰国する子達に言う「お父さんが行くから、待っていてね」よりは確率が高いような気がする。


2017年05月14日(Sun)▲ページの先頭へ
質問
 今まで、延べにしたら50人以上、いや100人近くのかの国の青年と話をしたが、こんな質問を受けたのは初めてだ。日本語を全く話せないのに、僕が腰掛けたソファーの対面に座り、積極的に通訳を介して話しかけてくる。そこで出た質問が「どうしてお父さんは、私たちの国の人間に親切にしてくれるのですか?」だった。
 このことに関してはまるで用意されたような答えを僕は持っている。それは、最初に来たかの国の女性たちが本当に善人ばかりだったからだ。それまで全く知識がなかった国の人達だったが、通訳を介しての会話で、彼女達の純朴さが伝わってきた。経済発展していないから当然のことかもしれないが、それが僕にはとても新鮮に思えた。そうした感動が今だ続いていて親切を止めれない。
 ただ昨夜こう答えても、何となくしっくり来るものがないことに薄々気がついていた。そしてこれこそが本質だと思えることに行き着いた。僕は働いている人が好きなのだ。それも懸命に働いていると分かるようならなおさらだ。同じ地味な作業着を着、同じ帽子をかぶり、一様にマスクをかけて1列になって自転車をこいで工場に向かっている姿が好きだったのだ。工場が少なく若者が少ない牛窓では滅多に見られない光景が展開され、それを毎朝目撃することが好きだった。今日、寮に行ったときその答えを改めて伝えた。すると通訳が「本当にこの工場に来ている人はまじめですよ。〇〇〇〇工場で選抜されてきていますから」と保証してくれた。本人が言うのだから間違いもないだろうし、周知の事実でもある。
 今日の午前中、ある用事で岡山市に行っていたが、時間をもてあまして結構歩いてみた。すると恐らくかの国の若者だろう人たちに多く会った。ビックカメラに入るとやたら中国語でアナウンスが流れていたが、かの国の人たちが爆買する姿はさすがに見たことはない。ただ、町中には沢山いた。日本人が敬遠する分野を担当しているから今や欠かせない人材なのかもしれないが、いずれアメリカやヨーロッパのように煙たがられる存在になるだろう。下手をすると日本人に取って代わるくらいの存在感になるだろうから。
 僕が本当に見たいのは、日本の若者達が懸命に働いている姿なのだ。


2017年05月13日(Sat)▲ページの先頭へ
憲法
 何で我が家の夕食でそんな言葉が出てくるのだ。でも、その言葉を聞いたとたんすぐに何のことか分かった。
 次女と三女が言うのだから若干なまりはあるが、明らかにそれはソ連の自動小銃のことだ。全くそんなものに興味がないのにすぐに分かるのだから、僕も無駄に半世紀一日も欠かさず新聞を読んでいなかたってことだ。継続は力なりを少しだけ実証したかもしれない。その小銃のことをかの国の若い女性が口に出すのだからただ事ではない。俄然興味を持って話を聞いた。
 実はかの国では、男子も女子も高校生の時にAK-47の取り扱いの訓練を受けるらしい。銃を分解し掃除してまた組み立てる。実際に撃つ様な事はしないらしいが、匍匐前進や手榴弾の投げ方も練習したらしい。侵略の歴史がそうした防衛意識に大きく関与している。国民の一人ひとりに国を守る気概が・・・ある分けない。そもそも国などと言うものはどの国も支配層のもので、金持ちのお友達グループを、貧乏人達が金をもらって守ってやっているようなものだ。国とは庶民にとっては、ていよく使われる檻のようなものだ。その中では自由に動けるが決して外には出られない。分け与えられた餌をありがたく頂戴している猿や象みたいなものだ。
 ベトナム戦争で何百人も殺したアメリカ兵が、帰国してみたら英雄どころか犯罪者並に扱われた。そのことをきっかけに戦争反対の側に回ったのだが、彼曰く、世界中で戦争を知らない子供達はあまりいない。ところが日本の子供達は不安感のないとても幸せな顔をしている。如何にも子供らしい表情をしている珍しい国なのだそうだ。そこで彼は気がついた。日本人は、日本の子供達は、戦争を放棄した平和憲法に守られているんだと。あの戦争放棄の憲法がなければ日本は多くの国のように子供達に戦争を身近に感じさせてしまう国になっていただろうと。日本の平和や安全は憲法に守られて作られたんだと。
 彼は今危機感を持って次の言葉を投げかけている。「今度は憲法に守られてきた人たちが、憲法を守る番」だと。




2017年05月12日(Fri)▲ページの先頭へ
分相応
 明後日の日曜日、牛窓の春祭りがある。当日駐車場で神輿を休憩させてくれないかと、区長に頼まれた。我が家の前には広い駐車場があるから、神輿と担ぎ手50人くらいなら余裕で休憩してもらえる。昨年の秋に初めて、だんじりの休憩所として頼まれまずまず手落ちもなく接待できたので、その実績も買ってくれたのかもしれない。と言うのは表向きの話で、恐らくだんじりを引っ張った人たちが、つまみが美味しかったので味を占めて区長に申し出たのではないかと思う。嘗て僕もだんじりを引っ張り、神輿も担いだから中身はよく分かる。信心深い引き手や担ぎ手などいなくて、所詮皆堂々と道の真ん中を酒を飲みながら闊歩できるから引っ張っているだけだ。あの味はなかなか日常では味わえない。日常味わっていたら警察に捕まる。
 と言うわけで春祭りも気持ちよく引き受けたのだが、接待の内容が以前と同じでは新鮮味がない。担ぎ手にも僕にも新鮮味がない。そこで思いついたのが僕が日常接しているかの国の人たちに協力を仰ぐことだ。彼女達は快く引き受けてくれた。ただし、僕がかの国の食べ物が苦手なので、僕の試験を通らなければひょっとしたら顰蹙を買う可能性がある。そこで試食をさせてもらうことにした。独特の香辛料が僕にはあわなくて、門戸は非常に狭いのだが、彼女たちは工夫して作ってくれた。2種類作ってくれたが、どちらも日本人でも大丈夫そうだった。ただご飯のおかずには合格でも、実際ビールを飲んだときにどう感じるか分からないので試してみることにした。急遽車を走らせてコンビニに行き、冷えたビールを2本買ってきた。酒を飲む習慣がないから、また、そうした機会もないからいつから飲んでいないのだろうと考えるくらい久しぶりだった。そのかわり・・・美味しかった。結構蒸し暑いから余計かもしれないが、こんなに美味しかったのかと再認識した。
 僕もやっと、些細なことだけれど頼まれごとが来るようになった。何かしら恩返しと思っていても、それ相応の年齢にならなければ来ないものなのだろうか。田舎だから地域のつながりはまだまだ強く、心地よいが、今までは与えられるばかりだったような気がする。与えられたものの多さに感謝して出来るだけ清算しておきたいが、個人の力などではどうしようもできない。夢のまた夢のような経済力があれば貢献のしようもあるのだが、いやはや酒のつまみくらいのレベルで申し訳ないと思っている。もっとも牛窓町にとっては所詮酒のつまみほどの薬局だから、分相応ではあるが。


2017年05月11日(Thu)▲ページの先頭へ
停車場
 日曜日の夕方、福山から乗った電車はそのまま赤穂線に入り邑久駅まで乗り換えることなく帰れる。岡山駅で多くの人が降り、また多くの人が乗ってきた。比較的乗車口から近い席に腰掛けていたので、おそらく並んでいた先頭の人が僕の正面に腰掛けたのだろう、腰かけられるなら何処でもいいと言う迫力があった。
 僕とその女性のどちらが早く気が付いたか分からないが、なんと最近薬局に来始めた女性だった。すぐにお互い分かったから挨拶をして、悲しい習性で僕は「最近調子はどう?」と尋ねてしまった。相手は問われたから調子を教えてくれたが、すぐに答えを僕はさえぎった。人前と言うか人中であるってことに気がついたのだ。おそらくなんら具体的な症状を表す言葉には達していなかったから、周囲の人に何も察知されることはなかったと思うが、危ないところだった。もっとも、運よくボックスのあとの残り二人はかの国の女性で日本語は分からないと言うこともあったし。
 彼女は景色の中に溶け込んでいた。最初薬局に来たときには笑顔を失っていて、まるで表情がなかった。喜怒哀楽の内、哀だけが残っていた。しかし電車の座席に腰をかけ、うつむいて携帯電話を操る姿は、どこにでもある社会の一員を映す姿だ。誰にも彼女が心のトラブルを抱えているなどとは想像出来まい。
 その日僕は車を選択せずに、福山、尾道を電車で訪ねた。車中で多くの人を見た。多くの若者、多くの老人、多くの子供、多くの男性、多くの女性、そして多くの外国人。見た目も、かもし出す雰囲気も、言葉も違う。それぞれが何かを抱え、何かを夢み、何かを信じ生きているんだと感じた。
 ただ、僕は本当の彼女を知っている。いくら景色に溶け込み、いくら景色のある部分を受け持っても、彼女はついこの前まで笑いを忘れていた。僕の前で涙を流してもいいのに、涙も忘れていた。上司をののしればよかったのに怒りも忘れていた。景色に紛れて悲しみは増幅し、取り残され、孤立し、やがて・・・・停車場に消えていく。


2017年05月10日(Wed)▲ページの先頭へ
祈り
 僕は病院の処方箋調剤からほとんど手を引いているから(薬の種類が多すぎてついていけれないし、パソコン作業が多すぎてこれもまたついていけれない)その方に会う頻度は少なかったが、その人がかもし出す雰囲気にいつも救われていた。お子さんを何十年も世話をしてこられているから気丈な方の筈なのに、優しそうな印象しかない。何に例えればいいのかわからないくらい、僕には神々しかった。
 足元にも及ばない、それが率直な感想だ。突出した才能を持っている人は日々目にするが、その人たちに対して足元にも及ばないと表現しようとは思わない。確かに才能は認めるが、尊敬の念は起こらない。ただこの方には尊敬の念が自然と発生する。勿論ご本人はそんなこと微塵も考えていないし期待もしていないだろうが、誰かが御家族全員の労苦を褒め称えないといけない。
 少なくとも僕はそうした方を二人知っている。どうしてそんなに冷静でおれるのか、どうしてそんなに素敵な笑顔が出るのか、いつもその疑問を繰り返していた。僕らの薄っぺらな愛より100万倍深い愛情は何処で身についたのだろう。母親の胎内でか、後天的な環境でか、手を伸ばしても届きもしない所にいる僕には想像もつかない。
 頑張って、頑張って、頑張った人が、薬を届けた僕の妻が「大丈夫ですか?」と声を掛けたのに対して「頑張ります」と答えたらしい。いつまでも何処までもお子さんに対して頑張る人なのだ。
 何の役にも立たなかったが、陰から応援させてもらい、陰ながら祈った。人知れずできることは祈りしかない。


2017年05月09日(Tue)▲ページの先頭へ
自転車
 意外なタイトルを見つけた。「自転車通勤者は徒歩通勤者より全死因死亡リスクが低い」
 毎週送ってくる医学情報の中の1つのタイトルだ。どちらかと言うとその逆のような印象だが、意外や意外だ。その論文を発表しているのが英国・グラスゴー大学のCarlos A Celis-Morales氏と言うことで、信憑性は高い。まして26万3,450例を前向きに追跡しているというのだから信じないわけには行かない。実際の文章は難しすぎて分かりにくいから結論だけを言うと「自転車通勤は心血管疾患・がん・全死因死亡のリスク低下と、徒歩通勤は心血管疾患のリスク低下とそれぞれ関連している」だから「徒歩通勤や自転車通勤は、日常の身体活動を高めることができる方法として推奨される」「自転車通勤は、全死因死亡、がん発生・死亡、心血管疾患発生・死亡とも有意に低下」「同様に自転車通勤を含む混在群も、全死因死亡、がん発生、およびがん死亡のリスクが有意に低かった」「心血管疾患発生のリスクについてみると、自転車通勤群、徒歩通勤群ともに有意な低下が認められた。心血管疾患死についても、自転車通勤群、徒歩通勤群ともに有意な低下が認められた」「一方で、徒歩通勤群は、全死因死亡、がん関連アウトカムついて、統計学的に有意な関連はみられなかった。徒歩通勤を含む混在群も、測定アウトカムのいずれについても顕著な関連はみられなかった。これらの結果を踏まえて著者は、「アクティブ通勤を促進・支援するイニシアティブによって、死亡リスクを減らし、重大慢性疾患の負荷を減らせるだろう」とまとめている。
 やっぱりややこしい。僕ら素人でも分かるところを抽出したのに、分かりにくい。こうなればざっくばらんに「自転車も歩きも、心臓にはいいが、ガンなどのすべての死亡率を下げることには自転車が歩きより勝っている。歩くだけより、自転車と歩きと言うように、意地でも自転車を取り入れたほうが死亡率を下げるみたいだ。自転車協会が聞いたら泣いて喜びそうな結論だが、この論文は不思議なことに何故そのような結果がもたらされるかについては一言も触れられていない。統計学的な論文でしかないが、何故って所を是非知りたいものだ。
 こじ付けでも何でもいいからそれらしきものを想像してみると2つのことが思い浮かぶ。1つは大腿部の筋肉、1つはバランス感覚。普通に歩いていてまず筋肉はつかない。足を広げて自転車をこぐのでは何の意味もなさそうだが、通勤に使っている人なら恐らく懸命にこぐ。だから大腿部の筋肉がついて、これが熱量を生産して健康体を維持しているのだろうと想像できる。もう1つはバランス感覚。当然といえば当然だが、倒れないために無意識でバランス感覚を働かせ続けている。これもかなり貢献してくれているのではないか。
 なにわともあれ自転車を僕自身も見直そうと思う。自転車専用道路が牛窓にはないために車が怖いからあまり利用しないが、僕の薬局のように自転車操業よりははるかに安全そうだから。


2017年05月08日(Mon)▲ページの先頭へ
楽観主義
 先生をして「これからは、かける言葉を変えないといけませんね」と言わしめた兵は結構優しくて穏やかな顔をしていた。どのくらいやせ衰えているのかと思っていたら、全くそんな気配はなかった。いやはやたいしたものだ。
 80歳を越えてからガンの手術5回、腰と膝の手術それぞれ1回。それで尚この様子だ。もうほとんど化け物だ。久しぶりにやってきたからその極意を聞いた。先生が常套句にしている「お大事に!」を変えさせようかと言うくらいの極意を。
 「いったん海に出たら、どんな魚がどのくらい取れるか想像するだけで楽しみなんじゃ。海に出たら病気のことなんかいっこも(少しも)考えん。だから毎日海に出るんじゃ。肺のガンを3回、肝臓と大腸を1回手術したから、もう手術なんていっこも怖くねえ。腰も膝も軟骨が潰れてと言うか、全然なくて、先生が車椅子の生活になると言うから、仕方なくやったけど、どうってことなかった。簡単なもんじゃ」
 さすがに長距離は歩けないけれど、車を押せばいくらでも歩けるらしい。船は船長室に腰をかけていればいいから沖へ出られる。満身創痍なのに、気持ちが満身創痍ではないから、気持ちが明らかに肉体を鼓舞している。常人なら気持ちが肉体を引き摺り下ろすのだが彼は違う。沖に出たい一心が尋常でない体を作っている。
 つい最近ブログでも取り上げたが、長寿の最大の原因は働くことらしいから、それを地で行っている。70年の漁師生活で一体どのくらいの人たちの健康的な生活に寄与したか。その貢献に対して、連続で見つかった病気は残酷だが、今こうしてまるで重病を経験した人には見えない天性の楽観主義を授かった。楽観主義など努力して手に入れられるものではない。遺伝子の中に組み込まれたものはなかなか変えられない。
 天は二物を与えないというが、一物で十分のような気がする。その一物でさえももらえない者もいるし、手にしているのに気がつかない人もいる。歳をとるにしたがって、そうした一物を見つける力がついてくる。肉体以外は年齢を重ねるのもいいことが多い。自虐ネタではなくて。


2017年05月07日(Sun)▲ページの先頭へ
連鎖
 家族には不評かもしれないが、こんな感動に遭遇させてもらえるのだから許して欲しい。
 5月21日の福山バラ祭りと西大寺で行われる和太鼓のコンサートが重なったせいで今年は福山は諦めた。その穴埋めのつもりで、今日福山のバラ公園にかの国の女性4人を連れて行った。恐らくバラはまだ十分咲き誇っていないだろうと思ったから、尾道観光をプラスすることで許してもらうことにした。
 案の定バラはまだ三分あたりだろうか。それでも花好きのかの国の女性たちはとても喜んでくれた。尾道も想像以上に喜んでくれた。で、今日はその話などある感動に隠れてしまって、テーマとして取り上げることはしない。
 赤穂線は岡山が近くなるに連れて混雑し始める。今日も西大寺を過ぎた辺りから座席が埋まり立つ人が増えた。大多羅から乗り込んできた2人の老婆は当然席がなく立っていた。僕の背後で一人の老婆がしきりにお礼を言い始めた。すると程なく違う声もお礼を言い始めた。それに対して、なにやら小さな声で「かまいません、どうぞ」と言うような返事が聞こえた。
 振り返ると、今日一緒に尾道を目指したかの国の女性が一人と、かわいらしい顔をした高校生くらいの女子生徒が別々の場所で席を譲っていた。通路を挟んで腰掛けていた2人だ。程なく2人の老婆は譲ってもらったそれぞれの席に着いた。
 背後で聞こえた声の時間差を考慮すると、席を譲ったかの国の女性に触発されて女子高校生が席を譲ったのだと思う。見るからに善良そうな顔をした女生徒だったから、良いきっかけをもらっただけだったのかもしれないが、或いは偶然判断が遅れたのかもしれないが、いずれにしてもまるで小さな善意がしたようで、その場に居合わせていて良かったと思った。今日連れて行った4人は来日してあまり時間が経っていないから、ほとんど日本語が話せない。僕は持ち込んでいた本を読んでいたから、背後の出来事を見てはいないが、恐らく照れたような笑みを浮かべながら手振りで席を譲ったのだろう。そうした女性を、仕事のストレスから、或いは国に残した子供や主人のことを想う心から一時でも解放してあげれたら、僕のしている事が単なるおせっかいを越えて価値を持つ。


2017年05月06日(Sat)▲ページの先頭へ
 「丁度5年間で、5軒の病院に行ったんですけど、あれはなんだったんでしょうね?」と尋ねられても、あれが何だったのか僕には分からない。その5年間は本当に苦しくて、病院や薬に助けを求めていたらしいが、何も応えてはくれなかったそうだ。何処に行っても同じような薬を沢山出され、結局「5年間、ボーっとしていた」らしい。眠れないのに起き上がれない、いつも死にたいと思っていたから、何も出来なかった。何もできないから適応障害の診断がつき、嫁ぎ先の家族から疎まれ、追い出された。
 実家に帰らされ、起き上がれないまま悶々としていたときに、近所の診療所にかかった。そこに偶然息子が勤め始めていた。そこで息子が何を思ったのか漢方薬を処方した。心療内科にかかっていて、消化器内科の専門医が出来ることがなかったのだろう。積極的な関与だったのか、消極的な関与だったのか分からないが、その処方がずばり中りまるで別人のように明るくなった。そうなると本来の魅力が復活したのだろう、魅力的な女性に変わった。今では息子のことを神様のように言ってくれるが、その神様に漢方薬を教えたのは僕だから、僕は一体何物だ。神様より偉いとなると・・・
 その彼女の友人に、もっともっと精神的に苦しんでいる人がいるらしい。遠くの人だから来るということはできないみたいだが、それもまた聞けば漢方の適応症だ。手助けがしにくいのが歯がゆいが、彼女のように奇跡に近いような変化を起こさせることが出来そうだ。縁があれば、まるで生き返ったような感動を味わってもらうことが出来る。
 「大和先生のでも僕のでもいいから、漢方薬がよく効くということを言いふらしてよ」と毎回来たら言うのだが、類は友を呼ぶのか、友人の病気もきつい。自然の命を頂いて、少しでも快適に暮らして欲しいと思う。出来ればでいいが、出来るだけ石油から出来たような薬は体に入れないほうがいい。仕方ないときは勿論積極的にとればいいが、不必要にとらないほうがいい。難しく考える必要はない。動物的な勘を取り戻せばいいのだ。政治と同じだ。本当に怖いのは北の将軍様ではなく、山口県の将軍様だ。


2017年05月05日(Fri)▲ページの先頭へ
蜘蛛
 朝、モコの散歩の為に隣の駐車場に行った時に不思議なものを見た。ある車の傍を通り過ぎようとしたときに、細い一本の蜘蛛の糸が目の前に伸びているのが見えた。ほんの一瞬見えたので目を凝らすとやはり蜘蛛の糸が水平に張られている。白い車のフロントガラスの上あたりから伸びているのだが、糸の所々が見えるだけで全容は分からない。さすがに車と接触している部分は巣と言えるもので、開いた扇子のようになっていて、一本から始まっているのではないのは明らかだ。接着部分はより強固にするためにそのような形にしているのだろう。ところがそれは人間の手のひらくらいの大きさだけで、後は1本の糸が張られているだけだ。角度を変えて見ても所々は見えるが、何処まで伸びているのか分からない。一体何処まで伸びているのか知りたくて上から見たり下から見たりして追ってみると、なんと7mくらい離れたところに駐車している川崎ナンバーの車まで続いていた。一体どうやってあんなに離れたところまで蜘蛛の糸を伸ばすことが出来たのだろうと、そして1本の糸で何を期待しているのだろうと不思議に思ったが、あるテレビ番組を思い出した。何年前のことだったか分からないが、NHKの番組で蜘蛛が空を飛んで、何千キロも移動するというドキュメントを見たことがある。それを思い出したのだ。
 昨日は風が強かった。春のよく晴れた日にしばしば経験することだ。恐らく巣作りに励んでいた蜘蛛が風に飛ばされて水平移動したのだ。着いた先が川崎ナンバーの車だったってことだ。何の工夫をしたわけでもなく、ただ風に飛ばされ7メートル移動しただけなのだ。感動するほどのものではない。糸を空中に吐き出せばそれがパラシュートになって風を受け飛んでいける。番組がとてもセンセーショナルだったのでよく覚えている。
 普通なら僕は蜘蛛の巣を見つけたら落とすが、その1本の糸に関しては同じことをすることが出来なかった。理屈は番組で知ったから分かっているが、こんな小さな出来事でも、理屈だけで解決してはいけないこともあると思ったから。


2017年05月04日(Thu)▲ページの先頭へ
阿波踊り
 丸亀お城祭りに毎年足を運ぶようになったのは和太古合戦があるからだ。四国の和太鼓のチームが集まり野外広場で数時間演奏が続く。天守閣を背景にして行われる和太鼓の演奏は勇壮だ。打ち手の心意気が伝わってくる。ところが今年はそれがなかった。理由は知らないが僕にとっては大きな痛手だった。和太鼓が丸亀を訪ねる動機のほぼ100%を占めている僕にはショックだった。
 ところがパンフレットを調べているうちに、和太鼓の代わりに大道芸が行われることがわかった。その変更は僕には耐えられる。一緒に連れて行く予定だったかの国の女性にもいいのではないかと思った。案の定、大道芸の他に若者の踊りや、四国に伝わる獅子舞が集合していて、それらが同時に進行するのは圧巻だった。だから彼女達は連休の中の一日を堪能してくれたと思う。
 僕の感動はちょっと違う。本物の阿波踊りをまじめに至近距離から見ることが出来たことだ。覚えておけばよかったと今後悔しているが、踊りの先頭にちょうちんを持っている人がいて、そのちょうちんに〇〇〇連と書いてあった。ひがし連と書いてあったような気もする。と言うことは想像だが、踊りの最小単位が連と言うものではないかと想像した。そしてその連の踊り子といえば、やっとオムツが取れたような子供から僕より年上の女性ではないかと思うような人もいる。いやいやちょうちんを掲げていた男性は80歳を回っているかもしれない。
 至近距離で踊りも見せて頂いたが、こんなに激しい動きをするのかと言う点と、てんでばらばらに手を振っているだけだと思ったが、結構統制が取れていることに気がついた。そしてとにかくハードた。そして一人ひとりの技量が全く違う。中心で踊っていた男性と幼い男の子には特に魅せられた。
 また太鼓も面白い。舞台でやるのと同じくらい激しく早く打たれていたが、その打つ速さがすさましい。また大太鼓を体の前に支え打つのだが、普通撥を上にして打つが、阿波踊りは違う。皆が下から上に向かって叩く。こっけいでいてその場の雰囲気を一気に持ち上げてくれた。僕はなんとなしにリズムに誘われ、至近距離から見させていただいたのだが、こんなに阿波踊りが奥深いものだとは思わなかった。目をつむればそのチームのすべてを思い出すことが出来る。
 どうして阿波踊りくらいのことをわざわざ国中から見にいくのか分からなかったが、その奥深さを見せていただいたので納得。


2017年05月03日(Wed)▲ページの先頭へ
鉄槌
 国が本腰「かぜに抗菌薬を使うな!」
 衝撃的な見出しだが、遅きに失した感はある。もう何年、いや何十年前から言われていたことだが、いったい誰の抵抗で今まで延び延びになっていたのだろう。国か医師会か製薬企業か。はたまたその全てか。結局は何事も同じだが、外圧が止めを刺したのだろう。この国はよその国から言われないと何も変わらない。既得権益を離そうとしない疫人や鬼業や業界団体が結託し、下々の人間には気がつかないように工作し、甘い汁を吸い続ける。これは医療の世界だけの話ではない。ありとあらゆる分野にこの構図は張り巡らされている。政治屋なんてそんなものだ、鬼業家なんてそんなものだ、疫人なんてそんなものだ。
 厚生労働省は「抗微生物薬適正使用の手引き」の第一版を今年5月以降に公表し、いわゆるかぜ症候群への抗菌薬処方の見直しを促す。日本は抗菌薬の使用量自体は多くないが、セファロスポリン系、フルオロキノロン系、マクロライド系の経口抗菌薬の使用が極めて多く、ギリシャに次いで世界で2番目になっているらしい。 「ウイルス感染による感冒と考えられる患者には抗菌薬を処方せず、痛みなどへの対症療法で対応してほしい」と話す国立国際医療研究センターの大曲貴夫氏。 大曲氏は「鼻、のど、咳の症状がほぼ同時に同程度生じている場合は、ウイルス感染による感冒と考えられる。このような症状を呈する患者には抗菌薬を処方せず、痛みなどへの対症療法で対応してほしい」と話す。
 抗生物質はウイルスをやっつけることは出来ない。2次感染を防ぐための予防措置として投与を認めてきたのだろうが、果たして予防効果があるのか。腸の善玉菌まで殺してしまうことで、果たして自然治癒を妨げているのではないか。それが証拠に、ヤマト薬局の自家製剤(薬を作ってもよいという許可)の風邪薬(用途によって数種類ある)は、ファンの方がどんどん増えている。その理由は簡単だ。抗生物質を飲まされなくてすむ。3日分900円なのによく効く。医師の前で裸にならなくていい。自分の免疫力で治すから、風邪を引いたことがプラスになる。牛窓町以外からも沢山の方がこの薬を取りに来てくれる。と言うことは瀬戸内市のみならず、岡山市や備前市などの国保運営の役にも立っているだろう。どうでもいい、自分で勝手に治せと言いたい様な不調でも税金を使って病院で治すから、どの自治体の財政も逼迫している。僕の薬局の風邪薬がもっと普及すれば抗生物質に耐性を持った菌が増えるのを抑制できるだろう。それどころか財政も助かり、風邪を引くたびに強くなり、ひいては、憲法を改悪して、庶民が自分達の階層(掃除屋や鬼業家)に対して従順になるように仕向けようとしているアホノミクスに対して鉄槌を下すようになるだろう。


2017年05月02日(Tue)▲ページの先頭へ
うつ病
 その方は結局一度も笑うことなく、漢方薬を持って帰った。僕の患者さんではなく、息子がきった処方箋を持ってやってきたのだが、ただ漢方薬を作って渡すだけでは意味がないので、少し話を聞かせてもらうことにした。息子が切った処方箋の内容が正しいかどうかを点検する意味もあるし、息子の患者だからよその医者にかかったより圧倒的に効く手伝いをしようと言う馬鹿な親心だ。息子は親のことなど何も考えていないのに、親馬鹿の僕は子供のことを必死で考える。そのギャップに唖然としながらも、嘗て僕が父親にしてきたことへのしっぺ返しだと諦めている。
 話がそれたが、その人のうつ状態になった理由は今はやりのパワハラだ。とつとつと話してくれたところによると、上司の叱責振りが尋常ではないらしい。その挙句が感情を失い職場に足が向かなくなったらしい。僕の前では上司を罵倒すればいいのにと思うが、それさえしない。悪いのは自分なんだそうだ。心も体も傷つけられて、それでも反撃しない。僕にはありえない行動様式だが、多くの人が今この国では同じ状況でもがいているのだろう。毎日新聞で偶然目にしたのだが、パワハラを30%の人が経験しているらしい。
 このようなケースは、おおむねパワハラをする方に問題を抱えている事が多い。そのことを言うとその人も気がついているみたいだった。家庭の不幸によるストレスを職場で晴らしているようだ。ただそうした指摘も、その方の心を解くことは出来なかった。
 それから2週間経って、その方が2回目の処方箋を持ってやってきた。薬局の入り口で既に2週間の効果を感じることが出来た。全く表情が異なり優しい眼をしていた。そして経過を教えてくれるときも、はっきりと大きな声で理路整然と説明できた。何故心療内科に行く前に息子の病院を訪ねたのか知らないが、精神病薬を飲むこともなく改善して幸運だった。
 さすがに改善してくると笑顔が出るようになった。これなら大丈夫だ。笑える人は大丈夫。素人の判断基準でなんら普遍性はないが、沢山の人を見てきたから大体分かる。
 今はもう出て行ったから分からないが、仕事から帰るとよく酒を飲んでいたが、こうした人たちのお世話を1日中しているのだから、せめて酒くらい気兼ねなく飲ませてあげるべきだったのかと思ったりもする。息子も診察の時に僕と同じくらい喜んだだろうか、僕以上に喜んだだろうかと、自分の引退と関連付けて考えた。笑いを忘れた人が笑顔を取り戻す。それにかかわれるなんて、なんてすばらしいことだと思う。
 




2017年05月01日(Mon)▲ページの先頭へ
本能
 毎年決まってやってくるツバメは、薬局の軒下に巣を作る。通り道から若干ずれているので、迷惑はかけない。ただその巣がある所からほんの数十センチ離れた所が、丁度シャッターの柱を立てる場所で、毎日夜7時には、鉄製の支柱がそこに立てられる。ツバメにとってその柱は巨大な危険物に映るのか、必ず僕が柱を持って路地から出てくると飛び立つ。
 数日前、いつものように支柱を立ててシャッターを下ろそうとしたら2羽のツバメが飛び立った。しかし何を思ったのか1羽が店の方に飛んだ。店の方は電気で煌々と照らされ明るいからだろうか、そちらに飛び立ち、こつんと音がしてツバメが落ちた。ただ、姿勢は保っていて、しっかり玄関マットの上に立っていた。ただそこは人が通るところだから本能的に危険を感じたのか、店先に並べている観葉植物の鉢の陰に隠れるように入っていった。
 歩くこともできたから、最悪のことは想定し辛かった。脳震盪でも起こしたのだろうと何故か楽観視できた。だからこれ幸いに至近距離のツバメを楽しんだ。すると、店頭の暗闇で、チキ、チキと鳴いていたもう一羽のツバメが、観葉植物の陰に隠れているツバメのところに降りてきて、ほんの短い持間だったが寄り添うようにした。僕は店内からガラス越しに見ていたのだが、そのなんともいえぬ「いたわり」に驚いた。あの小さな体の中の小さな脳みそで 何をささやいたのだろう。言葉を持っているのかどうか知らないが、意思の疎通が出来ているのは明らかだ。そして程なく頭上の巣に一緒に戻っていった。
 その後幸いにも毎日2羽のツバメが忙しく巣を出入りしている。単なる本能を知性とか愛情とか、人間の都合の良いように解釈してしまうが、僕が見た光景が単なる本能だけのこととは思えない。


2017年04月30日(Sun)▲ページの先頭へ
蔑視
 息子が7人乗りの車を貸してくれなくなってから、何処に連れて行くのにも4人だけだ。きわめて効率が悪いが、回数で稼ぐしかない。だから昨日訪ねた和気の藤公園に今日も行ってきた。昨日連れて行った子達が、一杯撮った写真を見せながら楽しそうに話したものだから、「オトウサン ワタシモ イキタイ」の声が当然上がった。今日は藤の花の話題ではなく、1つその公園で耳に入った会話を紹介する。
 2時間写真を撮りまくってやっと帰る決心をしてくれた。僕は先頭を歩いていたのだが、気がついてみたら50mくらい離れた橋の上でまだ写真を撮っている。僕は川べりの小道の欄干に体を預けて川の流れを見ていた。すると背後を通り過ぎようとしたカップルの会話が聞こえた。男性が「まるで、別世界にやって来た見たいやな」と話しかけると女性が「ド田舎やん」と答えた。その部分だけが耳に入った。確かに男性の言うように駐車場から小道に入ると、目の前に朱色の欄干を持った木の橋が、背景には意外と深い緑豊かな山々が目に入る。そして橋を渡った所にそびえる和気清麻呂の巨像と和気神社への石段も目に入る。それらがまるで自然が織り成す絵葉書のように配置されているから、その若い男性は「別世界」と表現したのだろう。数年前に初めて訪れたときに「まるで小さい京都だ」と言う印象を持ったことを覚えている。渡月橋のミニチュアのような感じだった。恐らく僕と同じ感覚を彼は持ったのだろう。それに引き換え女性の方のまるで知性を感じられない言葉。知性は勿論品もない。せめてどちらかでも持っていれば許すことができるが、どちらもないとなると打ち首獄門だ。
 ドをつける場合は確実に蔑視だ。この女性のように田舎に対してつけるほか、素人、阿呆、ケチ、悪党、チンピラ・・・もう思いつかないが、如何にも軽蔑対象に使われているのがよく分かる。こうして並べてみると、全てに当てはまる男がいる。安倍の何とやらと言う人間だ。そう言えば浜 矩子先生は最近アホノミクスにドをつけている。
 関西弁のその若い女性は、自分の無能をおいといて、空気や水、食べ物や人の心までもが田舎の産物であることを知らない。それらを享受できる資格がない人間にまで、田舎は届けてくれる。いつの日かそのことに気がつく幸運にめぐり合えるか、はたまた無能のまま生きていくのか知らないが、耳を澄まし、目を開いて生きていくことを勧める。それはこと田舎かどうとかの話ではなく、社会を生かすか、社会に殺されるかの岐路に立ったときに、前者の立ち位置を確実にするために是非必要だ。


2017年04月29日(Sat)▲ページの先頭へ
大野原龍王太鼓
 今まで何回もその演奏を聴いた事があるが、必ず大きなホールでの演奏だったから、舞台からはかなり離れていて、いわば遠景だった。ところが今日和気で行われた「第29回清麻呂の里 藤まつり」では野外音楽堂だから距離が極めて近い。おまけに演奏が始まるや否や雨が急に降り出して、慌てて舞台の横にある太鼓を準備するために建てられたテントの中に勝手にかの国の女性4人と潜り込んだ。本来なら舞台の袖で許されるはずはないのだが、既に出番を終えた演奏者たちと一緒に聴くことになった。
 香川県から来てくれた大野原龍王太鼓のなんと言っても代表作は、鬼の面をかぶった打ち手がクライマックスには飛び切り大きい大太鼓の上によじ登り、細くて長い撥を下に向けて打ち鳴らすところだ。何度見てもこの場面は圧巻で、外国の人は一際喜んでくれる。その曲もいいし演出もいいから、正に代表作だと思う。ところがその演奏が始まるとすぐに雨が降り始めた。今日は晴れだが、天気が荒れる所もあると予報されていたが、和気は意外と晴れていてそれまではそんな気配はなかった。ところが始まるや否や雨が降り出し、避難を余儀なくされた。面白いもので僕らは瞬間的にかぶりつきのシートから逃げ出したのだが、地元の人が多かったのだろうか、傘を持っている人が多くてそのような人はまるで動じなかった。山の天気が変わりやすいことを知っているのだろうか。でも、その雨のおかげで僕は大野原龍王太鼓を至近距離から、そして真横から見ることが出来た。今までは人の表情など見ることも出来なかったが、一人ひとりの顔までしっかりと分かり、いかに懸命に太鼓を叩いているかがよくわかった。聴かせて貰えることを、観させてもらえることを感謝しなければならないくらい一生懸命だ。力を振り絞って打ち続けるメンバーを見せてもらって急変した天気に感謝だ。
 ところで、その曲は、昔雨乞いの時に打たれた太鼓らしい。それが伝わり現代風にアレンジしているものらしい。急な雨も単なる偶然だろうが、そんなロマンを感じさせてくれる熱演だった。

 


2017年04月27日(Thu)▲ページの先頭へ
自尊心
 一応白衣も着ているし、薬局も都会のものに比べれば大きいから、それはないだろう、と言うのは僕の勝手な思い込みで、基本見掛けはみすぼらしいのかもしれない。かの国の女性が帰国するときに「オトウサン、そのままの格好でキテクダサイ 安全ですから」と太鼓判を押してくれるくらいみすぼらしいが、それにしても・・・
 リクルート姿の延長かと思えるような青年が薬局に入ってきた。少しだけ物色した後、ぎこちなく黒いかばんからなにやら取り出した。1枚のパンフレットだったのだが、タイトルが彼の説明より早く目に入ってきた。「毎月1万円 積み立て・・・」僕がそのパンフレットを受け取ったから、彼は警戒心を少し解いて説明を始めた。なんでも、毎月1万円を積み立てて毎年どこかに旅行に行くというものだ。信用金庫が旅行も計画してくれるらしい。旅行に関して僕が何も興味を示さなかったからか、旅行が嫌いな人には満期の金額を支払うと言った。で、5年間で利子がどのくらいつくのかと思ったらなんと驚くことなかれ、508円だそうだ。毎月1万円積み立てて60回。利子が508円。経済には全く疎いから、低金利などと言う言葉にも関心がなかったが目の前に突きつけられるとリアルだ。一所懸命積み立てた結果が、ユンケル1本飲んでしまえばそれでチャラ。ラーメン1杯でチャラ。駐車場に1時間半止めればチャラ。
 空耳だったのかもしれないが「せめて1万円くらいなら・・・」と聞こえたのは、新人ならではの押しの弱さか、はたまた僕を値踏みした結果か。「明日までに積み立ててくれる人をとらなければならないんで焦っているんです」と言われても、僕には関係ない。せめて僕の自尊心をくすぐってくれていれば考えないこともなかったが、毎月1万円ではさすがに僕も。せめて毎月2万円くらいを言ってくれたら・・・


2017年04月26日(Wed)▲ページの先頭へ
二刀流
 ついに二刀流開眼だ。これで大谷選手と並ぶ。
 雨の日のモコの散歩は行くべきか行かないべきかで迷う。と言うのはモコはミニチュアダックスだから足が短く、地面の上はすぐ胴体だ。おまけに胴体が長いから自分がけった泥がお腹一杯につく。少しの時間出ていただけでもお腹はべとべとだ。とは言え、いくら犬でも自然の摂理には逆らえない。催してくるだろう。雨を察するとひたすら我慢したのは以前飼っていた雑種のクリだが、洋犬でもそれに近い根性は見せる。だから余計、朝の排泄のタイミングを奪うのは気が引ける。雨に濡れるのを嫌がるモコを外に連れて行き排泄を促すのがいいのか、家の中で便意を我慢しながら雨が上がるのを待たせるのがいいのか、本人(本犬)に聞いてみたい。
 なるべく雨の日でも排泄させてやりたいので、少しくらいの雨なら傘を差して隣の駐車場に出る。モコを地面に置き自由に歩かせるのだが、モコの動きに傘を合わせるのは結構大変で、「どうして雨に濡れないのだろう?」などと考えもしない天真爛漫なモコの後を追う。当然僕の上には傘がなく、僕は雨に甘んじる。となるとさすが善意の塊のような僕でも戦意喪失する。だから責任のない雨にさえ当たるようになる。(雨に当たって、雨に当たる?)
 思えば何年も同じことを繰り返していた。ところが今日ふとひらめいたのだ。モコと僕を別の傘にすればいいのではと。そこで2本の傘を用意して雨の中に出た。1本はモコの動きに合わせて低く構え、1本は僕専用で高く差す。「なんていうことでしょう(ビフォーアフター調に)」モコは天真爛漫を崩さす、僕は水も滴るなんとやらにならなくてすんだ。もし人がいたら、そして小さなモコが見えなかったりしたらなんと思われるだろう・・・てなことは考えない。我ながらしてやったりで、これから梅雨の時期を迎えても苦にならない。滅茶苦茶シンプルすぎて誰でもが思いつきそうで、しかし見たこともない。
 本日、二刀流に開眼。


2017年04月24日(Mon)▲ページの先頭へ
広告
インターネットに広告を貼り付ける(バナー?)のが収益源になるというから不思議に思っていた。何故なら僕はその種のものを覗いたことがないから、他の人も同じだと思っていた。ところがつい・・・やはり効果覿面なのだ。
 気がついたら背後に妻がいて「何を見てるん?」と不意打ちを食らった。それこそバナー広告の甘い言葉に釣られて、クリックを繰り返していたのだ。見てはいけないものを見ていて見つかった。子供の時にはやった流行歌の中にこんな歌詞があった。「あら、見てたのね〜」正にその状況だ。
 僕が画面に見つけた魅力的な言葉は「普通免許でハーレーに乗れる」と言うものだった。原付を若い時には乗っていたが、事故を2度経験してから乗るのを止めた。その後、もっぱら車だったのだが、高速道路でオートバイなどを目撃すると「乗ってみたいな」といつ思っていた。何度かこのコーナーで書いたことがあるが、僕が遣り残したこと、未練たらたらなのはこのバイクと和太鼓だけだ。もう完全に諦めたものが簡単に手に入る?それも腰が悪くて倒れたハーレーなど起こすことが出来ないに決まっているのに「倒れないハーレー」がある?まさに僕のために貼り付けられたような広告だ。
 そのハーレーは三輪車で、バックも出来る。だから、倒れることもないし、押すこともないのだ。腰痛持ちの僕でも乗れる。後ろの荷台の様な所を隠せばハーレーそのもので格好もいい。仕事の合間に盗み見しては夢を膨らませていた。そんなときなのだ不意打ちを食らったのは。
 夕食時、その話をすると、オートバイで有名なかの国の次女三女はかなりの興味を示した。ハーレーと言う名前は知らなかったが、インターネットで見せると「かっこいい」と声をそろえていた。そして「お父さんがほしいのはこれ!」と言って三輪車を見せると2人同時に噴出した。「子供のですか?」「介護の車ですか?」その後は3人による罵声を浴び続けた。
 なんでも、その3輪車の購入者はやはり年齢が高いみたいで、50代60代、最高年齢は78歳らしい。その気持ちはよく分かる。僕など購買層から言うと中堅どころかもしれない。あわよくば乗ってみたい。娘達が「オトウサン、このオートバイ高いですか?」と尋ねるから「きっと高いと思うよ、100万円位するのではないの」と答えるとびっくりしていた。そこで実際に買うとなったいくら位するのだろうと値段も調べてみた。するとなんと450万円だった。これじゃ、ハーレーではなくて、「アーレー」だ。


2017年04月23日(Sun)▲ページの先頭へ
老年期
 毎日新聞の人生相談に高橋 源一郎が答えている。週1くらいの割合だと思うが、毎回目を通す。なるほどとうならせる答えばかりで、さすがにプロだと感心することが多い。先週の答えの中で老年期が一番自由な時期なのだから、それを楽しまない手はないと書かれていた。老年期に対して、今まで抱いていたイメージと逆の発想だったので、驚いたし、一本取られた感じだ。
 言われてみれば頷ける事は多い。卑近な例を挙げると、欲しいものがないからお金から自由になれるし、胃も小さくなったから食べ物に凝らないし、服装で高感度もあがらないからぼろでいいし、何かを一緒にやり遂げるようなことはないから交友関係は選り好みすればいい。何か言うとうるさがれるから子や孫には黙って無関心でおればいい。
 いわゆる生産をしなくても許されるようになれば、時間もお金も、全ての事柄が、すなわち信頼や責任や命までも浪費できるようになる。考えてみれば僕がこの数年かの国の若い女性たちにしていることなど、老年期だからこそ出来ていることだ。完全に自由を保証されているからできていることだ。休日のほとんどを彼女達のために費やし、給料のかなりの部分をチケット代や交通費や食事代に費やし、家族はそれを多めに見てくれている。呆れて見ているのか応援してくれているのか分からないが、僕はそのどちらの理由にしても、これからも同じことをする。自分のためではなく、家族のためでもなく、遠い異国から来ている若者達の為に持てる物を提供する、そんな自由は滅多にない。


2017年04月22日(Sat)▲ページの先頭へ
英語
 飾らない美しさに勝る美しさはない。そんな女性がこの2年の間結構やって来てくれた。御自分の病気の場合は数えるくらいで、もっぱら御主人の薬をとりに来るほうが多かった。僕は勿論、娘も同じ感想を抱いていて、なんて気取らない美しい人だと思っていた。ほとんど白髪に近かったが、とにかく品に溢れている。かもし出すのではなく、溢れる感じだ。作意が全くない。本人はごくごく普通にしているのに、その気品に圧倒される。別に経済的に極端に恵まれているわけではない。大都会から御主人のリタイアとともに牛窓に帰って来たが、もともとは牛窓育ちだ。僕より少し歳が大きいと思うが、ひょっとしたら中学校で重なっていた可能性はある。
 僕が牛窓に帰った頃から僕の薬局をしばしば利用してくれている男性がいる。その男性の一番の特徴は絶対人を褒めない事。それを承知で、その女性の話をしてみた。と言うのは家が近所だからだ。するとその男性は開口一番「あの人はいい人じゃ、品があってきれいじゃろう」と、全く僕と同じ単語を使って褒めた。これには驚いた。彼が褒めるとなれば、半端ではない。誰もが認める美しさ、品なのだろう。
 こうした圧倒されるような品性に遭遇すると「美しい」と言う言葉を使いたくなる。何気ない言葉遣いや動作に感銘を受ける。この種の人に、数年に1度お目にかかることが出来れば幸運だ。
 御主人の体調不良がきっかけで僕の薬局を利用してくれるようになったのだが、ただ普通に買い物をするだけで教えられるところが多かった。英語で言うとクールが当てはまるのかもしれない・・・(英語が出来ないのにおこがましいが)


2017年04月20日(Thu)▲ページの先頭へ
明暗
 偶然だが、昨日と今日二人の方が相次いで退院した。しかし明暗ははっきり分かれていた。
 昨日退院したのは90歳のおばあさん。お嬢さんが報告に来てくれたのだが、報告は悲惨なものだった。何のために入院したのだろうと思ってしまう。そもそも入院したのは腰が痛くて歩きにくいというものだった。トラブルと言えばそれだけで、90歳を越えているのに病院の薬はほとんど飲んでいない。要は腰以外は元気なのだ。娘を僕の薬局に来させて骨粗しょう症の漢方薬を2週間分ずつ持って帰る。ところが40日前にもっと歩けれるようになりたい一心で突然入院した。病院は当然リハビリをしてくれるが、薬もくれる。90年近くまともに薬など飲んだことがないくらい元気な人なのに、まず麻薬に近い鎮痛薬が二つ出た。枕が替わったので寝付きにくかったから睡眠薬が出た。痛みが2つの強い薬を飲んでも効かなかったので、抗ウツ薬が痛みを止めるために出た。そうしているうちに胃が悪くなって胃酸をかなり止める薬が出た。病院で寝てばかりいるのに血圧が上がり血圧の薬が出た。じっとして動かないから足がむくむようになって利尿薬が出た。コレステロールが高いからその薬も出た。麻薬性の鎮痛薬のために便秘になって自力では出なくなったので下剤も出た。そうそう、リハビリ以外動かずにベッドで寝ていただけで、筋肉がどんどん落ちた。免疫が落ちたのだろう帯状疱疹にもなってその薬も出た。極め付けは、そのヘルペスの薬を飲んでから、気持ち悪くなって食事もとれずに無気力になった。そこで先生が「退院してもいい」と言ったそうだ。普通は元気になって退院するのだと思うが、今回はそれ以上悪化するのを防ぐために退院させられたのだ。家族は病院を責めはしなかったが、悔しい思いは隠すことが出来ない。おばあさんは僕への伝言で「全然よくならない」といつも言っていた。ところが左側の痛みは入院するまでに治っていたそうだ。改善したところはなかなか皆さん評価してくれず、不満ばかり口にしているとこんな結末になる。
 もう一人はこの逆だ。入院してよかったとつくづく思う。病院からの帰り道を寄ってくれたのだが握手を求められた。お父さんに連れられての退院だが、お父さんも嬉しそうだった。入院直前の人格を失っていたかのような状態から、しっかりと落ち着いて話も弾む。入院前は病院を掛け持ちし、同じような薬をそれぞれでもらって、混乱しきっていた。少しの不調で病院を頼るから、医師もいわれるままに処方して、薬の副作用を又薬で治そうとし、そのまた副作用を次の薬で隠そうとする。主訴は始め1つだったのに、入院直前には病気のデパートだった。結局40日の入院でしたのは、いかに無用の薬をから離脱できるかの訓練だった。その結果多くの薬から解放されて、嘗てのように意思疎通が出来る状態に戻っていた。人格を破壊されたのは病気ではなく、親切心で出された薬のせいだ。
 大病の場合、大きな有名病院にかかるからおおむね安心だ。それ以外に選択肢がないこともあるが、やはり知力、技術、設備などが集約しているところだ。ただそこから下のレベルの場合は正直、いい加減なところも多い。いい加減なところにはいい加減な病名が集まるが、本当に必要な治療か、薬か、調べたほうがいい。そもそも人には自然に回復する能力が備わっているから、何でもかんでも病院や薬で治すのではなく、備わった力を導き出す努力をしたほうがいい。今回おばあさんを診てくれたお医者さんはとても人格者で、多くの人に慕われている。それでも善意が過ぎればこのような結果をもたらすことがある。病気は薬で治るが、老化は薬では治らない。労働と運動と栄養と、どさくさに紛れて、ヤマト薬局の漢方薬。


2017年04月19日(Wed)▲ページの先頭へ
生き方
 僕がお御堂の傍にある小さな部屋に入っていったときに、日本人の老人2人と彼女と後輩の男性の4人が、テーブルを挟んで対峙していた。言葉が通じないのを気にしてかどちらも遠慮気味だった。その場を繕おうとしてではない、自然に言葉を掛けて、かの国の2人の間に割り込んでソファーに腰を下ろした。すぐに話し始めると、その2人の日本語の堪能さに驚かされた。特に女性の日本語力には驚いた。結局、それがきっかけで仲良くなったのだが、一つ面白いことがある。いや二つかな、三つかな?
 その女性が機知と機転に富んでいることはすぐに分かった。それと未知なる物への好奇心の強さにも驚いた。カトリック教会への興味、変な日本人への興味。「教会、すばらしいですね。いい話(説教)ですね」「オトウサン、また教会へ来ますか?」でその日の彼女の満足度がわかった。
 昨夜彼女から電話がかかってきた。日曜日に尋ねておけばよかったのだが、彼女が日本で経験してみたいことを教えてもらった。何か僕の得意分野だったら協力できると考えたからだ。日本語1級を持っているのだから、それもわずか2年で取ったのだから能力の高さが分かる。そんな女性の日本での有意義な体験に貢献できればと思ったのだ。
 「〇〇〇ちゃん、自分の趣味は何なの?何か手伝いできることがあったらしてあげるよ!」
 「オトウサンありがとう。私読書好きです」
 「そうなの、読書なら1人で静かに読んでね」
 「野菜作るの好きです。アパートの裏で作っています」
 「自分で作って」
 「オトウサン、私、料理好きです」
 「自分で作って」
 「オトウサン私、食べること好きです」
 「自分で食べて、代わりに食べてあげることは出来ないから」
 「私カラオケ好きです」
 「僕はカラオケ大嫌い」
 「特にスマップとスピッツが好きです」
 「スナックと犬?」
全然かみ合わない。見事と言うほかはない。そこで彼女が一大提案をしてくれた。
 「オトウサン、28日の金曜日遊びませんか。私も〇〇〇君も、〇〇〇君の友達の△△君も休みです」
 「その日は金曜日ではないの。遊ぶわけにはいかないよ」
 「そうですか、残念です。オトウサンに会えて幸せでした」
 「お父さんに会った人は皆、不幸になるよ」
 電話を切ってから目の前で聞いていた次女と三女が、平日に遊ぼうと誘われたことについて「オトウサンの格好だったら、仕事がない人のように見える。誰でも、そう思う」とにやにやしながら言った。「オトウサンのソックス右と左、色が全然違う」薬局では誰も僕の足元など気にしないから、片や黒色、片やねずみ色でも似た色だから分からないだろうと思っていたが、さすがに台所では足元が全てあらわになるからちゃんと気がついていたのだ。
 妻と2人だと身だしなみなどどうでもいいのだが、若い女性達と暮らすとそうは言って・・・・おれる。生き方までは変えない。
 


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