エッセイ

薬剤師のエッセイ




2017年08月19日(Sat)▲ページの先頭へ
山田太一
「日本では、高齢で飲み込む力が衰えた人は、口内の細菌や食べ物が肺に入って起きる『誤嚥ごえん性肺炎』を繰り返して亡くなることが多いです。誤嚥性肺炎の論文もほとんど日本人の研究者が書いているのです。当時も今も誤嚥性肺炎対策が高齢者医療の重要なテーマです。この誤嚥性肺炎について、スウェーデンで尋ねたら、『何それ?』ときょとんとされたのが衝撃でした。スウェーデンでは、誤嚥性肺炎を繰り返すような悪い状態になる前に亡くなっているので、あまり問題にならないのです。延命処置で病気を作って、かえって患者を苦しめている日本の現状を強く認識しました」海外では、がん以外の患者にもモルヒネを使い、痛みや苦しさを緩和することを重視していますが、日本ではあまり使いません。また、日本では延命処置をしないことが緩和医療につながると理解している医療者は少ないです。点滴の針を刺したり、尿道にカテーテルを入れて、つらい思いをさせます。水分も過剰に投与するので、痰が多く、痰を吸引する苦しみを与えています。ストレスから消化管出血もよく起こします。誤嚥性肺炎を繰り返し、発熱や呼吸困難が起きます。問題は濃厚な延命処置を行って、患者を苦しめていることに気がついていない、あるいは気がついても目をつぶっていることと思います。その視点に立つと、日本では緩和医療がおろそかにされていると思います。スウェーデンに行った時、研修医の時にお世話になった、ベテランの副院長のことを思い出しました。僕ら研修医はがんがん延命処置をするわけですが、副院長は当時の僕から見たらのらりくらりで何もしない。しかし、僕ら研修医が手を尽くした患者さんが亡くなった時、その患者さんの状況はというと悲惨なのです。血が飛び散って、点滴によるむくみもひどい。だから、看護師が家族をいったん外に出し、患者さんの体をきれいにしてから対面させたものです。一方、副院長が看取った患者さんは皆きれいで穏やかでした。当時の副院長の思いが、今になってわかりました」
「帰国後に、以前勤めていた病院で報告会をしたんです。その病院は、99歳でも胃ろうを作るし、終末期であっても人工呼吸器をつけたり血液透析をしたりする、スウェーデンとは正反対の病院でした。点滴や気管に入っている管を抜かないように、体がベッドに縛り付けられる患者さんの姿に、『年を取るのが恐ろしい』、『このようなことが許されるのか。医療が高齢者を食い物にしている』と怒っていた看護師もいました。そのためか、私の報告に対して、現場の看護師から称賛の声が上がりました。『私も年を取った時に、こういう亡くなり方をしたい』と。海外視察で、日本の高齢者の終末期の悲惨さは許されないことであることに気づき、この現状を変えるために何かしようと思い始めたのです」

 送られてきた医療情報誌の中の一説だ。嘗て、息子が大きな病院に勤めていた頃「患者さんは溺れ死んでいる」と言った事がある。当時ピンと来なかったが、今日この文章を読んで、息子も気がついていたのだなと思った。それが理由で、クリニックに転勤したのかどうかしらないが、彼なりに考えることも多かったのだろう。大病院で重症患者を救うことを優先したらいいのにとひそかに思っていたが、胆嚢?胆管?のある治療で放射線を扱うことを知って、やむをえないと僕自身も納得したのを覚えている。
 山田太一が今年の始め脳梗塞を起こして、作品を書くことができなくなったという記事を読んだ。風邪も引かないくらい元気だったそうだが、年齢的に病気からは逃れられない。
 「人生は自分の意思でどうにかなることは少ないと、つくづく思います。生も、老いも。そもそも人は、生まれたときからひとりひとり違う限界を抱えている。性別も親も容姿も、それに生まれてくる時代も選ぶことができません。生きていくということは限界を受け入れることであり、諦めを知ることでもあると思います。でも、それはネガティブなことではありません。諦めるということは、自分が“明らかになる”ことでもあります。良いことも悪いことも引き受けて、その限界の中で、どう生きていくかが大切なのだと思います」
 山田太一の作品は共感できるものが多かった。青春から壮年、そして老年期に至るまで、ちょっと先を歩いてくれる人で、多くの頼もしいメッセージを頂いた。彼が脳梗塞で倒れてからの文章が上記のものだが、多くの僕ら世代のファンに対する最後のエールだと受け止める。


2017年08月17日(Thu)▲ページの先頭へ
落馬
 「過去の不愉快な出来事がフラッシュバックして、いたたまれなくなりじっとしておれない。イライラカッカして物にあたる。そういったときは目が開かない。お通じも不快になる。病院でもう何年も6種類の抗精神病薬を飲んでいる。相談に来てくれたその女性はとても知的でおとなしく、そのような訴えがにわかには信じられなかった。僕は肩の力が抜けるような漢方薬を2週間分作って飲んでもらった。すると焦燥感やイライラ、カッカが7割減った。だからますます落ち着いた素敵な女性に見えた。何か乗り越えられないものに遭遇してこうした症状に逃げ込んで身を守ったことが病気なのかと、僕には思えてしまう。彼女が苦しんだ7,8年は当たり前のことではなかったのかと。心療内科のお医者さんのように僕は専門家ではないが、このように考え、このように漢方薬を作ったら、とても楽に過ごしてもらえる人が結構多くいる。治ったという言葉を使ってもいいのではないかと思える人が一杯いる。僕に言わせれば、不調な状態が結局は身を守ってくれ、長いトンネルを抜けただけだと思うのだが。トンネルの中も人生の一部だっただけだと思うのだが。トンネルのない人生なんて、よほど幸運な人か、よほど図太い人間だけだ。そんな人間一握りで、そんな人間を基準にすべきではない。」


 これは今日の症例報告で紹介した文章なのだが、最近感じていることを少し表現できたので、対象ではない方にも読んでいただきたくてここに引用した。ヤマト薬局は単なる漢方を多く扱う薬局でしかないが、心療内科にかかっている人の依頼が多い。専門家でないから難しい症例を扱うことは出来ないが、難しくしている症例なら扱うことは出来る。僕の感性で作った漢方薬で、結果的にこんなに良くなっていただけるのかと思う症例が多い。心の重荷から解放されたときの喜びは本人は勿論、僕らにも相当大きな喜びだ。
 ただ、その種のトラブルの人でそういったことが多いというわけではなく、他のどんなトラブルでも同じだが、揚げ足を取る人は僕の力量や忍耐では無理だ。その種の人に対峙出来る忍耐を僕は持っていない。薬剤師人生の最終コースで落馬しないために、身を守ることも少しばかり最近は優先させてもらっている。


2017年08月16日(Wed)▲ページの先頭へ
裏表
 平日は勉強、休日は介護施設とホテルのアルバイトの掛け持ち。若いから出来るのだろう。そんな2人だから一緒に暮らしていても行動を共にすることは滅多にない。この日曜日久しぶりに一緒に出かけた。
 妻は僕らより30分早くたって、かの国の女性2人と、この国の女性1人を途中で拾って教会に行った。僕は30分遅れで同居している2人を乗せて教会に向かった。道中とりとめもないことを話しながら運転していたのだが、途中で、何があったのと尋ねたくなる位の真剣な質問が飛んできた。
 「お父さんは、何が大切ですか?」本来なら「〇〇ちゃんと〇〇さん」と返すところだが、そういった雰囲気ではなかった。勿論物でない事も伝わってきた。恐らく価値観だと思った。だから「心?」と聞き返した。「そうです」と答えたから、これは一所懸命考えて答えなければならないと思った。10秒?20秒?どのくらい考えさせてもらっただろうか、結局出てきたのが「裏表がないこと」と言う答。僕にとっても正解かどうか分からない。ただ、多くの価値観を持っているとしても、その言葉が上位に来ることは確かだ。自分自身でそうありたいと思うし、人にもそう期待する。裏表が見え見えの人もいるし、旨く演じる人もいるが、どちらも僕は受け入れられない。相手によって、場所によって自分を変えてしまえる人とかかわりたくない。幸運にも僕の薬局にはそうした人は来ないから、仕事中にそうした不快な気持ちになることは滅多にない。むしろ仕事以外のかかわりの中で遭遇することのほうが圧倒的だ。
 このところの政治屋や疫人の言動が正にその極地だったから、うっとうしい日々を過ごした。奴らが塀の向こうに収容されなければこのもやもやは晴れないが、検察も所詮同じ穴の狢で疫人だから、庶民は1000円盗んでも塀の中に入れるが、仲間や政治屋は見逃す。この国の美徳や良識をことごとくアホノミクスが破壊した。むくんだ醜い面を塀の向こうに閉じ込めるべきだ。そう言えば海の向こうのカルタも同じようにむくんだ顔をしている。



2017年08月15日(Tue)▲ページの先頭へ
遺伝子
 理由がよくわかった。2年かかって答を得た。最近赤穂からわざわざ漢方薬をとりに来てくれる御夫婦がヒントを、そして答をくれた。
 もう何年も前に偶然新聞折込のチラシで、赤穂市での第九のコンサートを知った。何を思ったのか僕は妻を誘ってコンサートに出かけた。第九は小学校か中学校時代に授業で歌って知っているだけで、特段好きという事もなかった。ところが、いざ聴いてみると、それはそれは感動した。合唱は勿論だが演奏もすばらしく、そこから病み付きになった。その後2回赤穂の第九を聴きに行ったが、去年中止を知った。何の理由かわからなかったが、今年に期待していた。だからハーモニーホールのホームページをしばしば点検して、楽しみに待っていた。
 ところが、今だホームページに第九の告知は登場しない。この時期に団員募集の告知も出ていないなら12月のコンサートの開催は無理だ。今年もないのだろう。赤穂は牛窓から東に1時間の兵庫県の街だ。赤穂線の起点の街だし、赤穂浪士で有名だ。漢方薬をとりに来た時に夫婦に尋ねた。赤穂でぜひ訪ねたらいいところは何処ですかと。すると夫婦はしばし黙り込んだ。そしてやっと口を開いたと思ったら「何処もないなあ」これは意外だった。確かに地元の人は地元に対しておおむね評価は低い。ただ牛窓なんかに比べたら、色々なものが備わっている印象がある。だから何かお勧めくらいは口にして欲しかったが、ないみたいだ。「人口が5万をきったからねえ」と奥さんが口に出した瞬間、僕は何故赤穂で第九のコンサートが行われなくなったか分かった。正直人口が5万に満たない街で第九の合唱団を集めるのは無理だ。おそらくそうした理由で中止になったのだと思う。
 そうしてみると今までよく頑張ってきたなと思う。大きな街ではないから、市内を散策するのも簡単で気持ちよく、コンサートとともに楽しみにしていたが、かなわぬようになった。惜しいというより今まで本当にご苦労様とお礼を言いたい気分だ。街を形作る最低のものは全て整っていて、なおかつ広い空と緑の山、海の青が揃った気持ちのよい街だった。これからは何を理由に訪ねればいいのかわからないが、赤穂線と山陽本線の乗り換えだけの街では気の毒だ。文化的な営みが盛んな街だから是非その遺伝子だけは受け継いでいって欲しいと思う。



2017年08月14日(Mon)▲ページの先頭へ
共鳴
 「あんたが満を持して勧めてくれたんじゃから、信じて飲んどります」と礼を言ってくれるのは、確かに満を持しすぎたかなと思う男性だ。処方箋を持ってくる人が増えてから、期待した効果に喜んでいる人は勿論、効果が全くないどころか、処方箋を持って来るたびに悪化している人も多く見る。この男性は残念ながら後者だ。まだ半分には折れてはいないが、かなり前傾している。半分に折れて大腿部に手を載せて歩かなければならなくなるのも時間の問題のように見えた。肩書きもこの町では誰もが知っているようなものだし、声も大きく頭もさえている。なのにその前傾姿勢。勿論それによる不自然なヨチヨチ歩き、本人も歯がゆいだろうし、それを見ているだけの僕も歯がゆかった。
 沢山の薬を飲んでいる。スーパーで買い物をしたのかと言うくらい薬を持って帰る。ただ僕に言わせれば小手先の治療だ。死なないかもしれないが、元気にはなれない。多くの老人が受けている治療の典型だ。毎日が辛くなく楽に過ごせれば寿命は神様が決めるもの。筋肉と骨を強くしたらどれだけ日々の生活が楽だろうなと思うが、そんなものは保険医療で使われる薬にはない。だから僕は思い切って「筋骨を強くする薬を飲まれたら」と言ってみたのだ。処方箋調剤をしている薬局では、処方箋を持ってきた人に薬局の薬を勧めるのは禁じ手だが、会うたびに歩くことすらおぼつかなくなっている姿を見たら、病院と薬局の紳士協定どころではなくなった。どっち道我が家は病院の門前に薬局を構えるようなおこぼれ薬局ではない。だからこの男性のこれからを救おうと思ったのだ。指をくわえてみていたら早晩寝たきりになりそうだったのだ。
 あたかも僕が何かを勧めるのを待っていたかのように、その男性は快諾して以来欠かさず飲んでいる。そのおかげで、この1年間老いが進んではいないと思う。恐ろしいような速さで前傾が増していたのも、ストップしたと思う。歩き方も少し安心して見ておれるようになった。そうしたことを自覚できたのだろう、それが冒頭の言葉になったのだと思う。多くの老人が死ぬのは病気ではなく、栄養失調。毎日多くの老人と接すると、最近言われだしたその手の言葉に共鳴する。



2017年08月13日(Sun)▲ページの先頭へ
住宅展示場
 ここまでの表現をするとは思ってもいなかった。今まで色々な援助をしてきたつもりだが、この圧倒的な感激の前には、僕のしていることなどたいしたことではないのだろう。現場で聞いた言葉ではなく、帰りの車の中で次女が教えてくれた。
 今日教会の帰り道、岡山市内の中古のオートバイ販売店を数箇所見に行った。生憎どのお店もお盆休みで見ることが出来なかったのだが、三女が住宅展示場の前を通りかかったときに、「ここは何ですか?」と尋ねてきた。説明すると興味を示し「無料ですか?」をクリアすると、次女も是非見たいと言った。オートバイを買うという本来の目的が果たせなくて、時間に余裕もあったし、僕自身も何十年ぶりかの住宅展示場見学で興味もあったので3人で乗り込んだ。
 10棟くらいが展示されていたが、最初に入った建物ですぐに度肝を抜かれた。30年前の展示場の建物とは根本的な違いがあった。嘗てのは暮らすことが出来ればいいというかなり合理的な建物ばかりだったが、今のは遊び心、いや違う、豪華?いや余裕?どの言葉で表現をすれば的確なのかわからないくらい嘗てとは趣が違っていた。30年の間に住宅はこんなに変化したのだと驚いた。その驚きは、時代遅れの邦人の域を出ないが、彼女達の驚きは想像を絶するものだったようだ。その事がわかったのが帰りの車の中での会話だ。三女が次女に「あの家に住むことが出来たら死んでもいい」と言ったらしいのだ。恐らく母国語で言ったのだと思うが、展示場の豪華なつくりに圧倒されたのだと思う。まだまだ経済格差がかなりあり、嘘か本当かしらないが、彼女達がよく口にする50年先を歩んでいる国の家だから、嘗て僕たちが映画の中で見たアメリカの家に対する憧れに似たものがあったのだろうか。まして御存知の方も多いと思うが、住宅展示場の家は、デモンストレーション仕様で豪華なつくりになっている。今日見たのも、上は1億円、下でも5000万円だった。実際に日本人が建てる家の相場は2200万円くらいだと正直に教えてくれたから、今日娘達が見たのは、正に夢のマイホームなのだ。
 驚きと感嘆とため息が激しく交錯する見学だったが、「今度お母さんを連れてくる」と2人が言っていたのは何を意味しているのだろう。「買う気もないのに又行くと帰れと怒られるよ」と僕が助言したことへのしたたかな策略か。


2017年08月12日(Sat)▲ページの先頭へ
習性
 戦後まもなく父が牛窓に来て薬局を開いた。それは再婚した祖母が牛窓に嫁いでいたからだ。今朝、開店以来の客だという女性が亡くなったと親類の方から電話があった。開店してまもなくの馴染みだから、75年間ヤマト薬局を利用してくれたことになる。当方で言えば3代にあたる。
 その女性は牛窓の方ではないが、毎週必ず同じ時間帯のバスでやって来て、僕のところで用事を済ました後、商店を回り買い物をしてから帰っていた。隣町の人だが、牛窓が栄えていた頃の習性から抜けられなかったのかもしれない。ある宗教の熱心な信者?で選挙があれば必ず頼まれた。僕の実際の投票行動より、選挙の応援を熱心にしているかどうかの評価のほうが大切だったのだと思う。選挙が済むと何事もなかったかのように一消費者に戻る。
 その女性は恐らく生涯で医者にかかったことがないのではないか。元々元気と言うより用心深かった。病気になったときの為に、色々な漢方薬を作って保管しておく。少し不便なところに住んでいたから、いざと言うときのためでもある。ところが半年くらい経つと、ビニール袋に幾種類かの漢方薬をいれて持ってきて、「これはまだ飲めるかな?」と僕に点検させる。冷凍庫で保管してもらっていれば何年でも持つのだが、何故かそれをしない。だからまだまだ十分飲める薬もあればと、もう捨てたほうがいい薬もある。もったいないなと思いながら次なる薬を作ることも多かった。ところが薬に手をつけていることは滅多になかった。持薬として飲んでもらっていた薬(筋骨を強くする材料)は2つあるが、結局治療薬と言うものはほとんど飲む必要が無かった。
 その女性がつい1週間前にいつものようにやって来た。僕は急に歳をとったように見えた。80歳も半分くらい過ぎているからそう見えても不思議ではなかったのだが、急にふけたように感じた。そして何故かしらないが、半年くらい前から長年飲み続けてきた筋骨のための天然薬を飲んでいないことが気になった。ただし、薬局は実費だから薬をこちらから売りつけることはしない。求められたものだけ出す習慣になっているから「あの栄養剤どうしたの?止めたの?」とは聞けなかった。あの時勇気を出して尋ねて、筋骨の薬をもっと続けていればまだまだ元気でいてもらえただろうかと考えてしまう。
 薬のことなど何も勉強しなかった薬剤師を当時多くの人たちに育ててもらった。その中の1人がまた亡くなった。僕が色々な勉強会に出かけ得た知識を、疑いながらもた試させてくれた人達だ。10年くらい待ってもらったが、その後は田舎に暮らしている事が、こと薬に関してはハンディーにならない程度には貢献できるようになった。
 「夜の間に誰にもわからない間に亡くなった」いい亡くなり方だが、もう少し長生きできたのにと思う気持ちもある。複雑な気持ちで、朝一番の電話を受けた。


2017年08月11日(Fri)▲ページの先頭へ
返事
 きぐすりと言う、漢方薬の会社が運営しているサイトに読者からの質問に答えるコーナーがある。一昨日その質問者に回答メールを送ったら返事が来た。と言ってもきぐすり経由だからそれに対して僕が返事を書くことは出来ない。と言うことは運営する会社がお盆休みに入ってしまったので、僕の返事を6日間届けることが出来ないということになる。その方はなんていうルーズな薬局と思ってしまうだろう。そのことを考えただけでも憂鬱だ。僕はなるべく返事は当日にするように心がけている。と言うのは僕が多く作っている疾患の方は、結構繊細な人が多いので、返事が遅れたりしたら、傷ついてしまいかねないからだ。だからなるべく早く返事を書く。
 朝から、盆休みに入ってしまった運営会社の栃本天海堂のことを恨めしく思っていたが、苦肉の策としてこのブログを利用することを思いついた。禁じ手になるかもしれないが、相談者の健康を自然な薬で取り返すためには仕方ないと割り切った。その方が僕のブログを読んでくれているか知らない。もし運よく読んでくれていたら、悶々と暮らすだろう6日間が半分くらいですみそうだ。
 僕の漢方薬を飲んだことがある方には、馴染みのある文章かもしれないが、およそこうした文章を交換しながら処方に迫っていく。インターネットのおかげで、周りに民家があまりないような薬局でもやっていける。しかし、懸命に情報を集め、ベストな処方に行き着く能力を鍛えなければ、存続は出来ない。だから僕も懸命に、患者さんもひたむきに。



きぐすりの事務局が恐らくお盆休みなので、あなたに連絡が取れるのはお盆明けだと思います。
その前提でお答えを書いておきます(11日)
僕はあなたみたいな方に漢方薬を作るときは、上下関係により心を傷めている人用の漢方薬を作ります。他には同僚との関係に悩んでいる人の漢方薬もあるのですが、貴女は前者です。それを飲んでいただくと、不思議とその上司の事が気にならなくなります。そうするとあなたの心や内臓に無駄な力みがなくなり、心調や体調がよくなります。貴女は最近戦いのポーズをとり続けているから、筋肉が緊張して不快症状に悩んでいるのだと思います。だから僕は身も心も緊張から解放できるような煎じ薬と、上下関係に悩まない粉の漢方薬を作ります。
す。
これからは直接、栄町ヤマト薬局に連絡してくだされば幸いです。連絡先は栄町ヤマト薬局のホームページを見てください。




2017年08月10日(Thu)▲ページの先頭へ
民度
 僕が「ここには住めない」と思う理由は一杯あるが。簡単にその町の品性を判断できる方法がある。それはゴミだ。ゴミの出し方ですぐに分かる。例えば何度も都市部で目撃したが、僕が訪ねる勉強会の日だから日曜日だが、土曜の夜の宴の残骸が路地裏に無造作に出されているのなど論外で、その道を通る気にもならないが、ゴミの集積所にゴミ袋を出す方法で民度が手にとるように分かる。
 例えば僕の町、特に僕の部落。10数軒でひとつの単位を作っているのだが、ゴミの集積ボックスに出されるゴミ袋は、ほとんどの場合奥から奥から並べられる。引き戸を引いて目の前に置けば簡単だが、一番奥に置くために入っていかなければならないが、誰一人それを面倒だと考えている人はいないみたいだ。90を回り、ゴミステーションまでやってくるのが大変になった人が、時に一番手前に置いたりするが、それは仕方ない。その人だって、足腰が強いときは丁寧に一番奥においていたのだから。
 嘗て、東京に住んでいた人が田舎に引っ越したくて色んな町を物色して、牛窓に決めた理由を教えてくれたことがある。その方は、牛窓の家々に巣を作っているツバメがとても大切に扱われていることに気がついて牛窓移住を決めたらしい。人にはそれぞれこだわりがあり、許せないものは目に付きやすいが、感動を呼び起こされるようなものにはなかなか会えない。日常の何気ない風景の中に一大決心を誘発するようなものが隠れている。往々にして、それらは失ってはいけないものたちで、それが無ければ、こだわりも愛着も皆失ってしまう。二度と通りたくないと思ったあの街と同じだ。、




2017年08月09日(Wed)▲ページの先頭へ
健康法
 今朝の毎日新聞朝刊に千葉大予防医学センター教授の近藤先生と言う方が寄稿されていた。興味深い指摘がなされていたので、ヤマト薬局を利用してくださる人と、これを共有しない手はない。
 僕たちがなんら疑念を持たずに信用している医学的な常識がある。その中の3つ「お酒はほどほどに」「歩くことは健康によいので歩きましょう」「塩分は控えめに」を先生は上げられていて、これらが「病気のない一般集団に対しては、ほとんど効果が無いことがわかった」そうだ。理由のひとつは、努力や我慢は長続きしないからだそうだ。なるほど言い当てている。何々はいけないとか、何々しなさいというのは効果が無いのだ。健康以外でも当てはまることが多いのではないか。
 例えば、大酒を飲む人が多い地域は飲み屋が多いそうだ。また安くて買える自動販売機も多いそうだ。金がある人は飲み屋で、ない人は自販機でと、懐具合にかかわらず飲める環境が整っているらしい。
 歩くことに関しては、不便な田舎の人間は車を多く利用するから都市部の人ほど歩かない。都市部の人は公共機関を利用するから歩く距離が自ずと増える。また公園や遊歩道や自転車道なども整備されていて安全に歩くことができる。
 塩については衝撃的な事実を教えていただいた。日本人が摂っている食塩の内、家庭で加える塩の量は2割未満で調味料や加工食品から摂っている方がはるかに多いそうだ。だから食品メーカーの協力なしに減塩は難しいのだ。
 こうしてみると先生は「原因の原因の影響を考えなければならない」と指摘されている。個人がさほど努力や我慢をしなくても健康になれる社会や地域の環境を作らなければならないと指摘されている。個人の責任に物事を押し付けていくと、原因の原因がいつまでもなおざりにされ、解決は出来ないそうだ。
 健康を作っているのは日々の節制や努力ではないことがわかった。辛いものを肴に、じっと座ったまま酒を飲む。健康な人には最高の健康法だろうか。


2017年08月08日(Tue)▲ページの先頭へ
予習復習
 母をしばしば見舞ってくれる従姉にお中元を送った。今日そのお礼の電話があったのだが、以前から気になっていた事を伝えてくれた。僕に常識がないことを知っているから言わなければ、言わなければと思っていたのだろう。
 偶然母がお世話になっているところに親類のおばあさんも入ってきた。母ほどはまだ痴呆が進んではいないが、若い家族は皆働きに行っていることと、御主人が動けなくなったことで施設に入れられたらしい。そのおばあさんが数日前に施設で亡くなった。そのお世話をした従姉が、その時の経験からいろいろなことを教えてくれた。もっとも施設のことだから楽しい話題ではない。しかし避けては通れないことでもある。
 こういった施設はお礼を受け取ってくれない。病院もそうだ。しかし、母が死んで施設を出るときは受け取ってくれるのだそうだ。なんでも相場は5000円なのだそうだ。「受け取ってくれる」と書いてしまったが、別にこちらが金銭の上で恩を感じる必要はない。当然の経費を払っているのだから何も下手に出ることはない。従姉がそう教えてくれたからと言って、同じ事をするとは決めていない。
 おばあさんが亡くなって親類の家に着物を取りに行ったのだが、家族はないと言ったそうだ。ところが従姉はおばの性格を知っているから、必ずあると踏んだらしい。そこで家の中を探したらやはりあった。僕は亡くなってどうして着物が必要なのかわからなかった。白装束のことを言っているのかと思った。ところが、施設に迎えに行くときには着物を持っていくようにと従姉が言った。施設の人が着せてくれるからと言うのだ。まさに本当の着物なのだ。記憶を辿ってみると、なるほど棺おけに眠る着物姿が甦る。ただし白装束も確かに見覚えがある。テレビの見すぎかもしれないが、亡くなったら白装束と決めていた。ほとんど先入観かもしれない。「亡くなった人が着物を着るのは玉野市だけでないの!」と言うと「そんなことあるもんか」と明るい声で笑っていた。
 「もうそろそろ用意しとかれ(しておきなさい)そんなに先の話ではないんだから」天性の明るさを持っている従姉が底抜けの明るさを証明する。「用意する、する」そういって僕は色々教えてもらったことをメモにした。「いざとなったら戸惑うから、今の内にしとかれ(しておきなさい」
 数年前に施設に入るときに、一応予習を兼ねてシミュレーションを行ったことがある。ところがそれから数年、施設の人の手厚い介護を受けて頭以外はすこぶる元気だ。予行演習した内容はその間に全て忘れた。その上、母の薬局を壊したときに、作業する人がどうやら母の着物を持って帰ったらしくて、妻が探しても見つからなかったと言っていた。従姉に「もし着物がない人はどうするの?」と尋ねると清楚な洋服でもいいらしい。妻に、電話の後内容を伝えると、自分の着物を母に着せてくれるそうだ。
 冠婚葬祭がすこぶる苦手な僕および僕の家族だから、切り捨てれるところは全部切り捨てたいが、従姉はまたそのあたりの知識が備わっているから大切にしたいものが一杯ある。「放っておいたら何をしでかすか分からない」僕に今日一杯知識をくれた。予習も復習も事これに関してはしたくない。いやいや学生の頃からそれは苦手だった。


2017年08月07日(Mon)▲ページの先頭へ
台風
早朝、台風接近が怖いという若いお母さんから頂いたメールへの返事


僕は台風は怖いというより、不都合と捉えます。
鉄筋コンクリートつくりだから強そうですが、横から降る雨にはめっぽう弱くて、
1階の薬局部分は、雨がしみこんできて床がぬれたり、2階などは横から雨漏りがしたりするのです。
何時間か降り続くので雑巾で水をバケツに移すのが大変です。
土曜日に多くの患者さんが、台風を話題にしました。
そして多くの人が怖いという単語を使いました。えっ、こんな人でも怖いの?
と印象深かったところにあなたのメールを見ました。
あなたみたいな心優しい人が怖いのは、いわば当たり前かもしれません。百姓や漁師のいかついおじさんたちが怖いという単語を選ぶのですから。
特に夜は怖いと多くの人が付け加えたのも印象的でした。
あなたが怖いと思う、それをもって自信をなくしたり、まして病気などと思わないでね。
あのアホノミクスだって、気が弱くて怖くて怖くて仕方ないから、お腹を壊しているのです。
怖くて怖くて仕方ないから、嫁さんを国会に呼べないのです。
失うものを多く持っている人間の特徴です。貴女は掃除大臣ほど多くの失ってはいけないものを持ってはいないのだから、普通に怖がっていてください。
それが普通みたいですよ。
どうです、牛窓の空は明るくなってきましたよ。あなたの町もそうでしょう。予定通りで出かけたら!
ヤマト薬局


返信ありがとうございます。
やはり大和さんのメールにはほっとさせられます。
コンクリートでしっかりしてそうなのに水漏れ大変なのですね。
しっかりしてそうでも何かしらほころびがあるものなんですね。
人間の力ではどうしようもない台風など怖いのは自然なのですよね。
雷とかワクワクするという人がいて、私には到底信じられません。










2017年08月06日(Sun)▲ページの先頭へ
印象
 数時間後に帰国するために牛窓を後にする6人に尋ねてみた。3ヶ月日本にいて、日本に対して印象はどうだったのかと。正直なところを聞いてみたかった。と言うのは3年間の研修生としてやってくる従来の女性達と違って、3ヶ月の人達はいわば会社の命令で来たようなものだ。命令で来て、ひたすら働いて、よい印象もなく帰っていくのは忍びない。僕なりに貢献したつもりだが、果たしてその効果があったのだろうかと点検してみたかったのだ。僕自身の空回りで傷つけていることもあるかもしれないし、参考にしたいような意見も出るかもしれないと思ったのだ。
 1人ずつ順番に教えてもらったが、一番多かったのは、綺麗、その次が静か、そしてその次が親切だった。固有の意見もあったがこの3つは全員が挙げた。この印象を聞いていて僕はすぐに思った。これは日本についてではなく、牛窓に関しての印象だと。もっとも僕が連れて行ってあげたところはごく一部でしかないし、紹介した文化もごく一部でしかない。それでもって日本を語れというのは質問に無理がある。おおむね牛窓生活には満足してくれているみたいだが、かの国の首都で暮らす彼女等にとって、まして田舎出身の女性達にとって牛窓は故郷に匹敵する住みやすさだったらしい。帰国したらすぐに騒音の中で暮らし、1日12時間労働に励む。休日も月1くらいしかない。今までは他の世界を知らなかったから当たり前と思っていた生活が、当たり前ではなくなった。このギャップを埋めるのに一苦労しそうだ。
 一番若い独身女性はさすがに好奇心が強いのか、一人だけ帰りたくないと言った。しかし親がいるから帰らなければならないとも言った。フェイスブックで少しだけ僕はその女性の彼と話をしたのだが、恋人がいるから帰らなければならないとは言わなかった。少しひかっかったのでそのことを問いただすと「恋人やだんなさんは変えることが出来るけれど、親は変えることが出来ない。だからいつまでも傍で暮らしたい」と怪訝な顔をしている僕に説明してくれた。所変わればこんなに価値観も違うのかと驚いたが、彼女の顔がより純朴に見えた。よい悪いは判断できないが、そうしたことを口に出すときの彼女の顔がより明るくなる。その表情の変化に僕はかの国の人たちの純情を見る。


2017年08月05日(Sat)▲ページの先頭へ
家族
 その女性は、僕の目の前のソファーに陣取り、僕を食い入るように見ていた。その周りにも、僕のソファーにも何人か腰掛けていたのだが、彼女の視線を最も感じた。そして沢山の楽しい会話の後通訳を介して「どうして私達に親切にするのか?」と尋ねられた。僕は既に10年近くかの国の女性達と親しくしているが、最初にめぐり合った女性達が勤勉で謙遜で、そして心優しかったことで僕が親近感を持ったことを伝えた。
 その理由を彼女が信じていなかったのは後日わかった。後日祭りの手伝いに来てくれたときに、来日して間もない6人を我が家に案内した。僕が薬剤師だということも知らなかったし、薬局と言うものがどんなものかも知らなかったみたいで、興味深そうに薬局の中を見て回っていた。そして彼女が言ったのが「お父さんが親切な理由がわかった」だ。僕が薬剤師だからと言うのだが、実際にはそれは関係ない。僕は懸命に働く人が好きなのだ。働く人が牛窓の中を制服姿でうろうろするのが好きなのだ。
 彼女達を福山の第九のコンサートと尾道観光に連れて行ったときに、後部座席でかの国の言葉でずっと話をしていた。話し相手が同居している次女三女だったので、その内容をこれもまた後日聞いた。それによると、夫の暴力で離婚したそうで、それ以来極度の男性不信だったらしい。不信と言うより恐怖かもしれない。ただ僕はその先入観を覆すことが出来たみたいで、以来いつも笑顔で僕の近くに陣取り、日本の風習などに興味を示した。それに応えるべく、多くの文化的なイベントに連れて行ってあげて、濃密な3ヶ月を過ごして昨日帰っていった。
 帰る前の日に2つ目の相談を受けた。1つ目は僕に気を許すようになってから自身がB型肝炎であることを教えてくれたのだが、2つ目は1人娘の相談だったのだが、日本で言う発達障害みたいな症状だった。何でこんなに抱えることが多いのだろうと、その女性がいとおしくなった。自身のトラブルもお嬢さんのことも、日本で出来ることを教えていずれかの国でも誰だって同じ治療を受けられるようになることを伝えた。希望を持って、情報を日々求め暮らしていれば解決することを伝えたかった。勤勉な人たちが多い国だから、今の日本レベルにはそんなに遠くない将来なるだろうから。
 別れる夜に、何か心残りはないかと尋ねたら、その女性は「もう1度、おばあちゃん(施設に入所している僕の母)に会いたかった」と言った。僕が彼女達に心から尽くしたいと思う理由がこの一言に現れている。僕はこうした素朴な愛を今だ嘗て受けたことはない。僕にとって家族とは彼女達のことかもしれない。


2017年08月04日(Fri)▲ページの先頭へ
平然
 3ヶ月だけかの国の工場から日本の工場を応援に来た人達と今別れをしてきた。当初、従来からいる人たちを優先しようと思っていたが、最初に会ったときからその人懐っこさにほだされて、優先的にお世話をすることに決めた。僕の車が小さくなったので、一度に多くの人を連れて行くことが出来ないから、回数でカバーしなければならなくなった。そうした理由でよく動いた。ほとんど毎週のように出かけた。自分では無理と思えるところまで車で出かけられたから、自分の殻を脱ぐことにも貢献してくれた。
 彼女達に以下のような簡単な手紙を書いて渡した。妻が簡単なネックレスをその封筒の中に入れた。今回妻は浴衣を着せてあげたり祭りの接待をいっしょにしたりしたから情が移ったのだろう一緒に見送りに行った。そして最後のお別れの時には一緒に涙を流していた。3ヶ月間限定の娘達は、明日の夜にはいつもの場所でいつものように暑さをしのいでいる。もうそこには僕は存在しなくて、淡々とした日常を懸命に泳ぐ彼女達がいるだろう。「いつまでも幸せに」をかの国の言葉で言いたかったが難しすぎた。顔を見られないようにハグして、平然と平然を装って帰って来た。

〇〇さんへ
ベトナムの工場で働いている写真の貴女は、自信に溢れていました。きっと、生活が充実しているのでしょう。貴女とご家族の幸せを祈っていま
す。
〇〇さんへ
貴女はいろいろなことによく気が付く人です。お父さんが何をしたいか、何が欲しいか全て分かってくれました。きっと貴女は周りの人にとって
いなくてはならない人でしょう。そして何より素敵なのが、貴女の笑顔です。皆を幸せにしてくれる笑顔です。いつまでもその笑顔が消えません
ように。
〇〇ちゃんへ
貴女はいつも堂々としていました。きっと家族をそうして守ってあげているのでしょうね。貴女はリーダーシップが取れる人です。その才能を生
かして、多くの人を幸せに導いてください。
〇〇さんへ
貴女はいつも少しだけ離れてお父さんの話を聞いていました。きっと日本語がかなり分かるのに、そのチャンスが少なかったですね。人を幸せに
する綺麗な目を持っています。周りの人たちをいつも幸せにしてください。
〇〇さんへ
初めて会ったときに、貴女は目の前でじっと僕を観察していました。貴女が男を信用できない理由を知りました。そしてあなたのかわいいお子さ
んのことも知りました。過去の辛い記憶を消すことはできなかったかもしれませんが、貴女を大切にする人間はきっといます。遠い異国の地から
貴女とお子さんの幸せを祈っています。
お子さんは、必ず一つ跳びぬけた才能を持っているはずです。それを見つけて伸ばしてください。
〇〇さんへ
日本人のようなはにかみが素敵な貴女でした。そうした瞬間に貴女はとても魅力的でした。日本人が大切にする「奥ゆかしさ」を感じる瞬間でし
た。でもその反対の明るさも持っていて、青春時代を心豊かに暮らしていることを感じました。いつか会える日までさようなら。




 


2017年08月02日(Wed)▲ページの先頭へ
発想の転換
 面白くてやがて感動する言葉を聞いた。
 長いこと僕の薬局を利用してなかった人だが、面影はあって、すぐに誰だか分かった。僕より少しだけ上だと思うから、僕と同じように介護世代だ。その証拠に、お母さんの処方箋を持ってきたり、ちょっとしたトラブルは漢方薬をとりに来る。状態から言えば施設に入っていてもおかしくないのに、とりに来るものの多くが家庭で介護するのに必要なものだ。たまに彼のように介護に熱心な男性もいるが、かなり稀有な存在だろう。
 とにかく彼はよく笑う。そして融通が利く。僕の薬局にないものだって、代用品で文句を言わないし、待ってもくれる。昔からこんなに寛容な人だったかと、記憶を呼び起こしてみるが、今を連想させるような記憶はない。僕が常套文句かもしれないが「よく世話をされますね」と言うと冒頭の面白くてやがて感動する返事が帰って来た。普通なら、謙遜か自嘲か自虐くらいの言葉が並んでもいいと思うのに、彼は「介護は面白いよ」と言った。
 痴呆のお母さんが起こす騒動が面白いのだそうだ。こっけいと表現される場合の見下した感じは微塵もない。むしろ、面白いという表現に僕は「いとおしい」と言う表現を重ねて見て取れた。まるで幼子のようになった母親を、まるで幼子のように慈しむ。発想の転換でこんなにも優しくなれるのかと感心した。
 介護だけではなく、多くの現場で求められることだ。



2017年08月01日(Tue)▲ページの先頭へ
不健康食品
 逆流性食道炎と足の痺れが僕の漢方薬でほぼ解決した男性は、車で1時間くらいかけてやってきてくれる。段々馴染みになってくると色々な事を話してくれる。
 彼自身も、友人達もかなりの健康お宅みたいで、病院の薬以外に僕が知らないような不健康食品を沢山飲んでいる。病院の薬でも10種類以上飲んでいるのに、それ以上化学物質を体に入れてどうするのと思うが、メーカーの洗脳には勝てないみたいでせっせと社員の給料を貢いでいる・・・・いた。
 半年くらい前に初めてやって来たが、2つのテーマが同時進行で改善して行ったから、全ての不健康食品を止めた。長年親しんできたから止めるのには抵抗があったみたいだが、元気になればさすがに必要性を感じなくなったみたいで結局は止めれた。止めるにあたって会社に通告すると病気になるよと脅されたみたいだが、そこは体が元気になった自信からか、脅しには乗らなかったみたいだ。勿論病院の薬もかなり減って、今は最低限の薬で済んでいる。
 彼には不健康食品の戦友がいて、彼に劣らずマニアだったらしい。その男性は、ガンにならないと標榜していた不健康食品を飲んでいて、しばしば彼にも飲むように勧めていたらしい。しかし、一月に3万円位するらしくてさすがに手が出なかったみたいだ。ところが3ヶ月前にガンで亡くなってしまったらしい。そのことで彼もさすがに目が覚めた。しかし表向きはどうでも、裏ではやはり「ガンに効くとか、がんを予防するとか口からでまかせを言ってお金を搾り取っているのだ。老いの恐怖、死の恐怖から逃れられれば年金を全部持って行かれてもいいのだろう。善意の仮面はなかなかそうした恐怖感にさいなまれている人には見破れないのだろう。
 鬼業家に元々善意など感じないが、国の機関を総動員して搾取に走る姿は、戦争の前と今も同じだ。いやいや今は戦争の前か。能もないのにプライドだけ高い小心お坊ちゃんが、強がって見返してやりたいみたいだから。


2017年07月31日(Mon)▲ページの先頭へ
勘弁
 こんなに効果的なデモ行進を見たことがない。僕が当時者でなかったら拍手喝采だ。ただ丁度その時僕は、彼らにとって一番してはいけないことをしてきたばっかりだから、居心地がすこぶる悪くて、かの国の女性達を促してそそくさと立ち去った。昨日初めて会った女性もあっけにとられていたみたいだ。ただ僕はあっけにとられたのではなく、一本とられた感覚だ。
 須磨の水族館から出てきたところに丁度太鼓を打ち鳴らしながら数十人のデモ隊が通りかかった。僕は当然アホノミクスのことだろうと思って声援を送ろうとしたのだがシュプレヒコールの内容が違う。「イルカを虐待するな!イルカを海に戻せ!」などと叫んでいた。今正にかの国の女性9人とイルカショーを楽しんできたばかりだったのだ。そもそも僕もイルカショーが好きだし、帰国する前に思い出作りとして神戸は要望が高かったので、それなら須磨水族館は外せないと企画したのだが、そしてそれが大成功の内で終わったのに・・・
 そのシュプレヒコールに後ろ髪を引っ張られた伏線はショーを見ていたときからあった。来るたびにレベルが上がっているイルカを見ながら、僕は我が家で飼っているモコのことを思い出したのだ。もう13年僕と一緒に眠り、娘夫婦や妻にかわいがられ、幸せに暮らしている。皆に時間があると相手をしてもらい、皆が働いているときは寝ている。皆がまるで人間のように話しかけ、意思の疎通もかなり出来る。あのイルカ達もきっと楽しいからあの芸をしているのだ。芸ではなく遊びなのだと思った。そんなことを考えながら見ていたのだ。捕獲されてかわいそうと言うより、楽しいのだろうなと考えてしまったのだ。なんて不自然な発想だと自分でも思うが、モコと重ねて考えてしまった。
 デモ行進をしている数十人の人たちの考えはよく分かる。あのイルカの高度な芸を見ていたら情が移り、餌のために懸命に演技するかのような姿が忍びないだろう。高度な脳の働きをする分、犬や猫と同じように擬人化してしまう。それでは牛や豚や羊やヤギはどうなのと聞かれると、いくつもの答えが返ってくるのではないか。このことに関して何も答えられるものはない。ただ、立ち居地をことにする多くの人たちのそれぞれの思いは分かる気がする。とりあえず、それで御勘弁を。


2017年07月30日(Sun)▲ページの先頭へ
アナコンダ
 アナコンダは単に映画のタイトルのためにつけられた言葉だと思っていたが、ある蛇の正式名称なのだ。こんなことを言ったら水族館に失礼かもしれないが、今日の須磨の水族館で一番衝撃的だった。
 いつものコースに従って見学していたら、出口近くで「アナコンダ展」と言う案内標識を見つけた。すぐに大きな蛇についてのものだとわかった。 
 何となく気持ちが悪そうだったが。かの国の女性9人を連れて来ているせいで、ちょっと強気になって展示場の中に入っていった。ガラス容器とはとても表現できない、むしろ頑丈なガラスで作った部屋みたいなところにアナコンダが押し込められていた。底には水が張ってあり、アナコンダは水中にいるように見えた。水面に横たえた大きな木には、アナコンダが1匹横になっていて、その長さは5mはあったと思う。最初何があるのか理解できなかったが、木の色より一段と濃い土色が、大きな枝に巻きつくのではなく、器用に旨く乗っていた。
 今パソコンでアナコンダと言う物を調べたら、水生動物らしい。道理で水が張った水槽の中で動かずにおれたはずだ。あのように静かに身を隠し獲物を狙うのだろうか。あの太さ、あの長さで、巻きつかれ、あの強靭な筋肉で締め付けられたら、人間ごときでは耐えられないだろう。窒息して飲み込まれるのが落ちだ。一体どのくらいの数が部屋の中に入れられているのだろうと思っていたら、説明書を大きな声で読むおばちゃんがいて17匹だとわかった。そう言えばあの太くて長い体は、重なったりよじれたりしてとても1匹には見えなかった。あの気持ちの悪い顔と顔が至近距離でにらみ合ってもいた。
 イルカの演技もますます磨きがかかってきて、すごいなと感心しきりだが、アナコンダの衝撃でイルカの感動は薄れてしまった。こんな生き物がいるのかと、何か原始的な感動だったが、どんな行動でもよいから起こせば、遅ればせながらの貴重な体験が出来る。そうしたきっかけを作ってくれる若い異国の女性達に感謝だ。


2017年07月29日(Sat)▲ページの先頭へ
予習
 見かけによらぬものだ。人は色々な側面を持っていて面白い。
 この若い女性は、もう10年近く漢方薬での付き合いがある。だから彼女の趣味くらいは知っていて、パンクロックのコンサートに行くことだ(と思う)と言うのはこのパンクロックと言うのが僕にはまだ未体験ゾーンで、断言できないが、恐らく合っている。もう10年くらい前に聞いた趣味だから、内部文書は残っていないが、およそは記憶している。東大を出て高級官僚になった奴等よりよほど僕のほうが記憶力がいい。ああ、あれは忘れたのではなく根っから腐った人間達の計算づくの嘘か。
 その彼女にいつものように「コンサート行っている?」と尋ねると、言っていると答えて僕にも同じ事を聞き返してきた。僕も何となく音楽好きで通っているので尋ねられたのだと思う。そこで当面の予定を話したのだが、その中で彼女が意外にも食いついてきたのが、9月に福山である歌舞伎の公演だった。たて続けに、誰が出演するのか、演目、何のための公演(こんな単語で尋ねられたのではない。専門用語みたいだったので記憶できなかった)か尋ねられた。ほとんど答えることができなかったので、パンフレットを持ち出して見せた。すると出演者を見て何か言っていた。これもまた残念ながら専門用語らしくて記憶できなかった。僕では相手にならないので傍にいた妻となにやら話していたが、そこで彼女の意外な顔を見た。
 彼女は学生時代、大阪の南座?で照明係りをしていた友人にしばしば誘われてただで見に行っていたそうだ。客席で見ていたのか照明係りの傍で見ていたのか分からないが、「歌舞伎は面白いですよ」と意外な評価をした。僕が「かの国の女性がどうしても帰国前に歌舞伎を見たいというから連れて行くだけで、僕は3時間何をして過ごそうか迷っている」と言ったのに答えたのが「面白い」だった。そう言う評価が若者から出てきたのが意外だった。そして次のような助言もしてくれた「あらすじを読んで行っていたら話がよくわかって面白いですよ」
 そうか、歌舞伎は予習が必要なのか!


2017年07月28日(Fri)▲ページの先頭へ
解決
 匠の技を持った色んな分野の職人が湿度を結構気にする。湿度をうまく管理できなければ作れないものも多いのだろう。レベルも次元も違うが僕も一応毎日それは気にしている。僕が主に使っている漢方薬が台湾で作られたもので、限りなく煎じ薬に近い粉薬だからだ。おまけに、日本の漢方薬みたいにでんぷんで増量していないから、混ざり物が少ない。その分よく効いて、その分湿気安くて保管に苦労する。だから皆さんには冬以外は冷凍庫に保管してくださいとお願いしている。冷凍庫は湿度ゼロだから湿気ない。
 今日の暑さは特別ですねと、しばしば来る人に言うが、毎日言っているから、毎日が特別なのだろう。開店前からクーラーをつけ、気温と湿度を落としておくのがこのところの日課だ。そんなことを考えていたら、僕が牛窓に帰って来た頃、いやその後10年位も同じだったが、当時の夏の店頭の様子を思い出した。当時は個店にクーラーなどなかった。扇風機をお客さんのほうに向け、自分はカウンターの内側に立った。長話になると当然扇風機の風が恋しくなるが、そこはお客様は神様で、つらくはなかった。正におもてなしの心だった。放射線浴びまくりの国土に呼んで「お、も、て、な、し」と大嘘をつくのではなく、当然のごとくこちらは暑さに耐えた。ただ、こちらも汗をかき放題では、気持ち悪いし臭うしで、苦肉の策でタオルを首から垂らして仕事をした。当然白衣は着ているから、今から思えば異様な姿かもしれないが、ただ当時はなんら抵抗はなかった。
 何でそんなことが出来たのか、そんなことですんだのかと思う。やはり、今のような気温までは上がっていなかったのだろうか。それとも、まだまだ僕達日本人は勤勉でよく働いていたのだろうか。現在の冷房環境を知ってしまえば出来ないかもしれないが、当時はそれが精一杯の暑さ対策だったから、やらざるを得なかったのだ。僕に気力体力があったのではなく、皆がすることは苦なく出来た。
 老人は「もったいない」からクーラーの使用を控える。その美徳が命を落とす原因になったりする。熱中症などと言う言葉を聞きだしたのはそんなに昔ではない。と言うことは「特別な暑さ」もやはり同時期に使われだした言葉だろうから、最近の話だ。老人ほど忍耐力も倹約思考もないから、クーラーのスイッチに容易に手を伸ばせるが、罪悪感から完全に解放されたわけでもない。クーラーも使えない人や、クーラーの産出する熱で住環境を破壊される人たちのことが解決されているわけではないので。


2017年07月26日(Wed)▲ページの先頭へ
高島屋
 さすが高島屋、やっぱり高島屋、これが高島屋。
 高島屋のデパ地下で何か買ってみたいと以前から思っていた。僕にとって高島屋は綺麗なトイレでしかないので、しばしば利用する1円にもならない客だ。利用するのが決まって地下にあるトイレだから、地下の食料品売り場はよく通る。そしていつかあの美味しそうなものを買って食べてみたいなと思っていた。だが、何となく買い方がわからない。量り売りみたいなものが多いのではないかと思う。手にとってこれくださいならいいが、何を何人前なんて話になると、どうも気が重いので、二の足を踏みっぱなしだった。
 日曜日の夜、かの国の女性6人が帰国を前に浴衣を着たいらしくて、着せてあげる約束をしていた。その時に何かスイーツみたいなものを出してあげると喜ぶだろうなと思い、高島屋のデパ地下に寄った。スイーツだから量り売りではない。ただ買うだけだから抵抗はない。物色して買うのは好まないから、最初に目に付いたところで買うことにした。いくつかのブースがあったが、僕の目を引きつけたのはプリンだった。結構大きいガラス容器に入っていて、マンゴウから牛乳から種類も多かった。そしてどれも美味しそうだった。かの国の女性は果物が好きだからマンゴウプリンを9個、僕用に牛乳の味がするプリンを買った。
 案の定、かの国の女性達はとても喜んでくれた。浴衣にプリンもよく似合っていた。全員が帰った後、我が家で一緒に暮らしているかの国の2人が、プリンの容器を洗っていて、「オトウサン、これもらえませんか?」と言った。「うん、いいよ」と言いながら洗ってすんだガラス容器を見ていると、厚くて強そうで、何よりも綺麗だった。恐らく彼女達はそれを日常使うコップにするつもりなのだろう。僕もこのくらい頑丈で綺麗だったら、お客さん用にしてもいいと思ったくらいだ。
 プリンなど買ったことがないから相場は分からないが、高島屋のプリンは1個325円だった。百貨店のものは何でも高いから、相場よりは高いのではないか。中身のプリンよりガラスコップのほうが重たかったのではと思ったが、プリンも大きくて美味しかった。プリンの種類の豊富さ、美味しさ、値段の高さ、どれをとってもさすが高島屋だ。(ほとんど洗脳され状態)


2017年07月24日(Mon)▲ページの先頭へ
手八丁口八丁
 「ほう、こう言うからくりだったのか、よく分かった」
 今日ある郵便物が届いた。透明のセロファンに入れられたものだからよく見える。赤い大きな字で「漢方薬局と出会える本」と書かれていた。漢方薬局と言う字を見て興味を示さないことはありえない。早速中身を出して目を通した。すると、「安心して相談できる薬局20店舗を厳選紹介」する本の出版企画の案内だということが分かった。何でも、20軒くらいの自称漢方薬局を募って、一軒あたり8ページをあてがわれ、本を出すのだそうだ。掲載費用は35万円。また別口として1軒単独で本を出すことも出来る。いわば漢方薬局の自費出版だ。192ページで定価1300円の本を4000部作ってくれるそうだ。勿論プロのライターが作り原稿を作ってくれるそうだ。しめて費用は350万円。本と言う名の宣伝だ。
 そして次のように今までの実績を紹介していた。今までに2300書を発行して来たらしいが、著者?からの喜びの声を伝えている。例えば「お客さんが30倍になりました」「テレビ局から出演依頼が来ました」「セミナーの依頼が増えて講演料も上がりました」「お客様から先生と呼ばれるようになりました」「いい人材が集まるリクルート効果がありました」「大手版元の依頼で2冊目が印税契約で決まりました」
 なるほどこれは蜜の味だ。有名になり、経済もそれこそ桁違いになり、自尊心はくすぐられどうしだ。ただこれはアホノミクスの答弁やカス官房長官の答弁や佐川急便国税庁腸管の答弁と同じく超胡散臭い。信用できないことの最早代名詞と化しているあいつらと同じ次元だ。仮に本当だとしても僕の薬局ごときが手を出すものではない。そもそもお客さんが30倍も来たら僕の薬局は潰れる。対応できるはずもなく、その結果、効かない薬を持ち帰らせることになる。
 僕はこの出版社に「行ってはいけない薬局」と言う本を出して欲しい。最近、やたらガードが高い相談の電話が増えた。余程高くて効かない漢方薬と健康食品の組み合わせを手八丁口八丁で買わされたみたいで、薬局とはそんなものと言う認識がヒアリのように増殖しているのではないかと思う。田舎の薬局が、所得の低い地で潰れないでやってこれる唯一の理由は嘘がないことだと思う。相手が医者でも言えることしか患者さんにも話さない。(素人相手に煙に巻くことしない)お金持ちしか飲めないような金額の設定をして、健康に経済的な差をつけない。この当たり前のことが出来ない薬局が意外と岡山県には多い。


2017年07月23日(Sun)▲ページの先頭へ
引き出し
 こんなに身近なことで、こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。僕が男だから考えられなかったのだと思う。、
 3ヶ月の期限で来日している6人の中の1人が運悪く盲腸になって手術を受けた。その女性が権利を持っていた四国の和太鼓のコンサートにいけなかった。日本食が食べられないその女性の為に、ホテルのバイキングまで予約していたのに、残念だった。その女性だけが他の5人より1度お楽しみが少ないことが気にかかっていたので「何か希望はない?」と尋ねた。するとどこかに行きたいという返事が返ってくるのかと思ったら「着物を着てみたい」と言う返事が来た。
 意外だった。僕には全くその種の発想はないから、物足りなかったが、その目は輝いていた。夏だから着物と言うわけにはいかないが、浴衣なら着せてあげることは出来る。その場で他の人の希望を聞いたら5人が是非着物を着てみたいと言った。僕は妻の浴衣をイメージしていたから、次々に着せて写真を撮ればいいと思っていた。ところが妻はそのようには考えなかったみたいで、薬局に来る人に浴衣を貸してくれないか尋ねていた。あっという間に5着を手に入れることが出来た。これなら確かに全員が1枚の写真の中に収まることが出来る。そうしないと一緒に来日した思い出が半減してしまうだろう。
 1人、また1人と着付けが完成すると、早速モデル宜しくポーズをとって写真をとりまくっていた。僕は能がないからその場で手持ち無沙汰にしていたのだが、彼女達の喜びようが臨場感を持って伝わってきたので、とてもこの企画に満足した。ひょっとしたら富士山や京都と同じくらい日本に滞在したという証明になるのではないかと考えた。
 この身近で手ごろな武器を今後大いに利用しようと考えた。そこで浴衣を着たまま寮に帰らせたらどのような反応を、他の者がするのだろうと興味を持った。だから僕の意図を明かさないまま浴衣のまま寮に帰るように勧めた。彼女達もサプライズを仕掛けたかったのかすぐ賛成してくれた。
 案の定、皆が集まっているホールの戸を開けた瞬間に大歓声が沸き起こった。その声の大きさでこれを恒例行事にするべきだと考えた。この種のことにまるで疎い僕には考えられなかった展開だが、これもまた日本文化の紹介の引き出しに加わった。


2017年07月22日(Sat)▲ページの先頭へ
貢献
 どんな些細なことでも、何かの役に立てれば嬉しいものだ。今年は19羽の幼い命の誕生に我が家は貢献したそうだ。原因は何かしらないが、1羽だけ死んだそうだ。外階段の踊り場の巣の1匹が死んだそうで、そこは僕はノーマークだったから知らなかった。今日、外階段の巣のツバメが全て巣立ったことが話題になったときに娘が教えてくれた。いつからそんなにツバメを大切に思うようになったのかしらないが、外敵(カラスと蛇)から守る術を駆使して毎年命を守っている。段々カラスとの知恵比べに勝つようになって、守れる命が増えた。それに連れてツバメのほうも評価してくれたのか、巣自体が増えて、今は軒先に2個、外階段の踊り場に2個巣ができている。
 先日一羽の子ツバメを救う事が出来て、僕自身の気持ちも救われた。そのことによって、別に何か良いことが起こるわけではないし、何かを期待しているわけではないが、そんな些細な善意が出来る自分が嬉しいのだ。もう経済的な欲望はないから、随分と気楽に構えておれるのだが、生きている価値を感じたり、生きる意味を感じたりすることは必要だ。それが無いと放置された日めくりのカレンダーみたいなものだ。カレンダーではあるけれど、カレンダーではない。壁に寄生しているただの紙の塊だ。
 30日に、3ヶ月の応援で来日したかの国の女性たち9人を連れて神戸に行く。牛窓工場に派遣されてよかったと言って貰えれば嬉しい。二度と会うことがない人達だが、濃密な3ヶ月を過ごしてもらえた。和太鼓は勿論ベートーベンも経験してもらえた。全く見ず知らずの人たちだが、よく働く人達は見ていて気持ちがいい。僕にとって彼女達は19羽の子ツバメなのだ。かけがえのない存在なのだ。誰一人欠けてはいけない存在なのだ。


2017年07月21日(Fri)▲ページの先頭へ
一発退場
 医療系大学間共用試験実施評価機構の理事の話が投稿されていた。その中で興味深い話が載っていた。以下はその中の一部。

 「解剖室の遺体保存用冷蔵庫に入って撮った写真を医学生がSNSに投稿する、などといった事例に代表されるように、最近、医学生や若い医師たちの倫理観について問題視される出来事をよく耳にします。当事者の学生に対し、「遺体保存用冷蔵庫に入って撮った写真を投稿することは、モラルに欠けている」と指導しても、「冷蔵庫はダメなのか」と受け止めるだけで、本質的な問題点が伝わらない、という医学教育現場の嘆きを聞くこともあります。

 医学教育現場の嘆きはよく分かるが、実際に嘆きたくなるのは、そんな人間が医師免許を取って何食わぬ顔をして診療に当たっているところに出かける患者のほうだ。この程度の言葉の理解力の人間でも、受験仕様の問題の正答率は高く、高得点をたたき出す。そのためには多くの時間と労力を費やしているから、人と人が接するときの必要条件を満たす術を学ぶチャンスを犠牲にしている。壮大な無駄の中から得られることも多いのに。
 なかなか世のエリート達も生きることが難しいらしくて、不祥事が絶えない。凡人の些細な悪意と違って、能力がある分影響力が強くて、さらし者になることも多い。それを見て、時に自分の能力のなさを正当化して見せたり、時に劣等感を慰めたりする。ただ年齢を重ねるにつれ我欲からすこぶる解放されるから、凡人でもいい生き方を簡単に模索し始められる。出来れば自分のためではなく人様の為に生きたいと思えるようになり、ありとあらゆる束縛から解放される。
 本当に人を敬う心があるなら決して出来ないことを指摘され、ことの本質ではなく末梢の事がひっかかった医学生を医療の現場に送り出すべきではない。一発退場のルールがあってもよいのではないか。もっともそんな法律作ったら最初の一発退場になりそうなアホノミクスには出来ないだろうが。


2017年07月20日(Thu)▲ページの先頭へ
餌食
 朝、一度目が冷めるとそれ以上布団の中にいる事ができない僕の習性が役に立った。
 いつものようにマッサージ器の上で新聞をくまなく読んでおもむろに家を出た。裏の出入り口から路地を通り薬局のシャッターの前を通りかかった時に、駐車場のコンクリートの上に小さな塊があるのが目に入った。ハリネズミを小さく小さくしたような鳥が地面にうずくまっていた。顔を近づけるとかすかに動いたから生きている。どちらかと言うとすずめのような体型をしたその子ツバメは、真上にある巣から落ちたのだろう。カラス避けの為に、巣の下に大きなボードをぶら下げているのだが、巣からそのボードに落ち、そのボードから地面に落ちたことになる。まだ飛べないけれど、落ちるときには何か鳥らしいことが出来て衝撃を減らすことができたのか、元々軽くて衝撃が少ないのか分からないが、怪我をしているようには見えなかった。
 人間の臭いがする子ツバメに親は餌をやらないと聞いた事があるから、何とかすばやく巣に戻していあらなければならないと思った。そこで倉庫に行って脚立を用意し、ゴム手袋をはいた。恐らくこれで人間の臭いは付かないのではないか。子ツバメはとても軽くて、気をつけなければ傷つけてしまいそうだった。ただ、巨大な生物の接近で諦めたのか、とてもおとなしかった。そのおかげでとりあえずボードまでは簡単に戻すことができた。そこから直接巣に戻そうとしたのだが、子ツバメの足が、ボードの割れ目をしっかりとつかみ、少しの力ではボードから離す事ができなくなった。釣り針くらいの細い足でしっかりとボードをつかんでいる。力を入れて離そうとしたらそれこそ針のような細い足を折ってしまうのではないかと心配になった。そこで敢えて無理をしないで時々隙を突くように持ち上げてみた。挑戦すること数度で不意を突かれたのか、簡単に足が離れた。そこで巣に戻してやることができた。
 あれから数日が経ったが、落ちた子ツバメも従来どおり母親の愛情を受けることができている。あの時僕が少し遅く散歩に出かけたら、カラスか蛇にあの子ツバメはやられていたかもしれない。蛇はまだ経験がないが、カラスとは長年バトルを繰り返してきたから、この期に及んで餌食にはさせたくない。判官びいきではないが、人は本能的に弱いものの立場に立つものだ。痔見ん党と金平糖と異信の党以外は。


2017年07月19日(Wed)▲ページの先頭へ
羨望
 羨ましい、本当に羨ましい。2つの意味で。
 その1つは、そんなに見事に効き、そんなに頼りにされる薬と言うこと。名前の通り「そらなっクス」1錠あげるとくすっと笑いがこぼれる。さっきまで沈んで不安一杯の人を劇的に笑顔に出来る薬。30分あれば落ち着くから手放せないそうだ。10年前に心療内科にかかったらすぐに出された薬で、以来欠かせない存在になった。飲めば30分で落ち着くから安心して不安症のままでおられる。そんなに劇的に効いてくれる薬だから、逆に体の中から切れたらすぐに分かる。心臓がバクバクし手が震えてくるのだそうだ。飲めばこの症状もまたすぐに消えるからありがたやありがたや。
 もう1つの羨ましいは、患者さんを虜にできること。一生この薬から離れられないから、一生患者さんになってくれる。こんなにありがたいことはない。薬局の場合患者さんを治さない限り2度と来てくれない。治せば当然患者でなくなるから来なくなるが、他の病気になったときに嘗て治してあげていたことが実績になる再びやってきてくれる。薬局は保険診療と違って現金だから、患者さんも効かなかったら来てくれない。常に真剣勝負で効かせ続けなければ成り立たないのだ。
 もう10年も飲んでいると言うことは、10年も治っていないということなので、普通ならよりよい治療を求めてリサーチする。ところが効かなくても30分も経てば落ち着くのだから、次第にそれに依存するようになる。病院でもらうから薬だが、道端でこれだけ効く薬を譲ってもらったら薬物だ。多くの人が薬物のような薬を飲まされ、薬のような薬物を飲まされている。


2017年07月18日(Tue)▲ページの先頭へ
調査
 「これまで、家族の増加を含めた家族構成の変化と脳卒中リスクとの関連を検討した研究はなかった。今回、わが国の多目的コホート研究であるJPHC研究で日本人の家族構成の変化と脳卒中発症を検討したところ、家族(とくに配偶者)を喪失した男性は脳梗塞リスクが高く、一方、家族(とくに親)が増えた女性は家族構成が変わっていない女性より脳出血リスクが高かった。
本研究では、45〜74歳の7万7,001人の男女で、5年間(1990〜1993年と1995〜1998年の間)における配偶者・子供・親・その他の家族の増加・喪失を調査し、脳卒中リスクの関連についてCox比例ハザードモデルを用いて評価した。
主な結果は以下のとおり。
・男性3万5,247人および女性4万1,758人を追跡した104万3,446人年で、合計3,858人が脳卒中(脳出血1,485人、脳梗塞2,373人)を発症した。
・家族を少なくとも1人喪失した人の脳卒中リスクは、家族構成が変わっていない人と比べて11〜15%増加した。
・配偶者を喪失した人は男女共に脳卒中リスクが増加し、男性では脳梗塞、女性では脳出血で有意に高かった。
・男性では、家族の増加で脳卒中リスクは増加しなかったが、女性では、親を家族に迎えると脳卒中リスクが増加した。
・配偶者の喪失に他の家族の増加が伴うと、男性では増加した脳卒中リスクが消滅したが、女性ではリスクが増加した。」

 確かに面白いテーマを設定しての研究だ。家族が増えたり減ったりしたときのストレスを、脳卒中で表現したものと捉えることも出来る。そうすればこの結果は腑に落ちる。ただ、主に対象が配偶者や親に傾いているからこの程度の結果に落ち着くが、これが我が子だったらどんな結果になるだろう。子供の喪失はこの世で一番避けたいことだから、異なる数値や結果になる可能性もある。
 配偶者をなくした男性は、ある日急に外国での生活を強いられるようなものだ。言葉は勿論、衣食住全てで立ち行かない。そのストレスは想像する以上のものだろう。交感神経びんびんで、血圧を上げて頑張らなければならない。血圧どころか血糖値やコレステロールも動員して頑張らなければ追いつかないかも知れない。血管は硬くなり破れやすくなる。
 一方自分の親にしても主人の親にしても、途中から同居するのは大変だ。全ての負担は奥さんにかかってくるから、そのストレスやいかに。仮に姑が嫌味な人間ならなおさらだ。緊張を一日中強いられるとこれまた交換神経びんびんだ。
 統計からも明らかなように、男は結構依存症だ。配偶者が亡くなっても誰か家族が増えれば帳消しに出来る。女性はその増えた人をも世話しなければならないかもしれないからリスクが増える。「家では世話になる」男と「家では世話をする」女性の差がよく出ている調査だ。正に僕を言い当てた調査でもある。


2017年07月17日(Mon)▲ページの先頭へ
考えすぎ
 昨日の誕生日は、昨年と同じように、かの国の女性達に祝ってもらった。去年僕の誕生日を知られてしまったから、恒例行事になりそうだ。彼女たちはよくパーティーと言う言葉を使う。何かにつけて行うので慣れている。沢山の料理と簡単な仕掛けを用意してくれる。昨夜も僕が寮に着くと電気が消されて真っ暗だった。いつもなら外まで賑やかな話し声が聞こえるのだが、昨夜は暗闇の中で息を潜めているのがわかった。いつものように勝手に玄関の扉を開けて入っていくと、風船が割られる大きな音とともに、25人が2列になって僕を迎え入れてくれた。
 この歳でと言うより、若いときから誕生日などどうでもよかった。祝ってもらった記憶は小学生の頃から途絶えていて、以来どうでもいいもので通している。それがこの歳になって祝われるとなんだか照れくさい。ありがたいが嬉しくもない。ただ、僕を魚に彼女達が喜ぶ姿はとても嬉しい。
 今年は前もって誕生日が分かっていたので、4つプレゼントをもらった。全員で買ってくれたものと、3組の個人やペアで買ってくれたものだ。どれも化粧箱に入れられ、開けるのが楽しみだった。ところが偶然かどうか分からないが、全てTシャツだった。1つは僕の好きな襟のないタイプだったが、残りの3つは襟付きだった。つい最近、Tシャツの襟なしが見当たらないから買いに行こうかなと思っていた矢先だった。襟付きは嫌いだから着ることもなく、古くて新しいのが数着ある。襟付きといえど、綺麗なものばかりだから、襟なしを買うのももったいない。そこで苦手意識を持たないようにと最近着ることに挑戦していたところだ。
 Tシャツのプレゼントは、僕にはかなりありがたい。靴は去年息子が買ってくれるまで何年はいたか分からないようなもので、破れて雨降りの日には、1分も歩けば靴の中が水浸しになるくらいだった。靴が破れているのを見て息子が買ってくれたのだが、今度の「全てTシャツ」も伏線がある。恐らく、彼女達は僕にはTシャツの洗い替えがないと気がついていたのではないか。だいたい1週間は同じものを着ていたし、ソファーに並んで腰掛けると、汗の臭いと白衣に染み付いた煎じ薬の臭いでいたたまれなかったのではないか。
 これで恐らく僕のTシャツは一生分手に入った。もう買う必要もないだろう。どれも高そうで強そうだったからすぐに着れなくなると言うことはないと思う。服より僕の寿命のほうが短そうだ。同じものを4着もくれたのは、この服が着れなくなる位長生きしてというエールだったのだろうか。それはあまりにも、考えすぎかな!


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