エッセイ

薬剤師のエッセイ




2017年02月25日(Sat)▲ページの先頭へ
筋力
 毎日平凡に暮らしているのに、この憂鬱さは何処からやってくるのだろう。それは恐らく目に飛び込んでくる「思いあがり人間」のあまりにも多すぎることによるのではないか。ニュースをテレビで見る時などその極みだ。そんな人間ばかりが目に付く。
 北の将軍様が兄を殺して罪に問われないのは、それこそ何様かと思うくらいの思いあがりなのだろうが、その事で多くのおこぼれを頂戴する輩が一杯いるのだろう。だからまだ彼は生きている。これは北の国の特有の景色ではない。
 幼稚園で教育勅語を唱えさせるような人間は、自身を何様と思っているのだろう。特別選ばれた人?高貴な人?他者を導く存在?いやいや他者を従属させることが出来る力を持った人間?いくら法律を犯しても起訴もされない官僚をあごで使える人間?恐らく東大あたりを卒業して官僚になった人間に、しどろもどろの答弁をさせられる実力者?本人の心のうちはどれに近いのだろう。僕や僕の漢方薬を飲んでくれている人のほとんどが「思い下がり」人間だから、あの種の人間の心の中は分からないのだ。
 類は友を呼ぶ。同じ穴の狢。責められるとやたら早口になり、むくんだ顔を充血させ、しどろもどろのアホノミクスは、もし関与が証明されれば議員も辞めると言っていた。是非証明するものを探し出して欲しい。アホコミがアメリカと同じように信頼されないものになり下がるかどうかの瀬戸際だ。
 日本人は変わったのか。昔のままなのか。どちらにせよ、今の日本人の精神など自慢は出来ないだろう。強い奴にめっぽう弱く、弱い奴にめっぽう強い。昔のように紙切れ一枚で命を捨てさせられるような時代が来そうだ。自分で手を下せないような年寄りが若者をあごで使う。若者はその筋力を年寄りに差し出してはいけない。



2017年02月23日(Thu)▲ページの先頭へ
引力
 今年から営業開始時間を9時にしたおかげで、朝の時間に余裕がある。その為にウォーキングの時間を早朝から8時半に移した。この時期だと朝の6時はまだ暗くて、足元がおぼつかないから、危険回避でもある。勿論転倒だけでなく寒さのあまりのプッツンも考慮に入れている。
 この時間に歩くようにしたら、この時間はこの時間の空があることに気がついた。早朝だと、朝焼けがとても綺麗で、東の空を向いて歩くときが楽しみだ。テニスコートを周回するから、東を向いて歩くのは4分の1だ。ところが朝の8時半頃同じ場所を歩くと、澄み切った空の青さが印象的だ。その時間帯だと既に太陽が高いので結構まぶしくて、太陽を避けて見上げなければならない。そして発見したのだが、その時間帯に特別飛行機がよく飛ぶ。昨日など、雲ひとつ無い空に、飛行機雲が13本あった。今正にお尻から吐き出して飛んでいるのが3つあったし、ついさっき通ったに違いないと言うのも6本くらいあった。そして既に風に流され、ゆがんで拡散しつつあるのも4本あった。
 多くの飛行機雲は東から西に向かっていて、それぞれがかなり近い航跡を残している。詳しいことは分からないが、空にも道があるのだろうか、主要道と側道と、バイパスみたいに見える。そのうち数本は北東から南東に向けて飛んでいる。いつも空を見上げて不思議に思うのだが、一体牛窓の北東にどこの飛行場があって南東にどこの飛行場があるのだろう。いやどこの県からどこの県に向かっているのだろう。いやいやもっと視野を広げて、どこの国に行っているのだろう。南東はそれでも分かる、台湾かフィリピンか候補は一杯ある。ただ、北東からやってくるのはわからない。牛窓の北東といえば丹波か北陸くらいしか思い当たらないのだが。それとも飛行機も車と同じように右折も左折もあるのだろうか。
 いくら考えてもこれはと言う答えが見つからないので、いつかインターネットで航跡なるものを調べたことがある。するとあまりにも多くの飛行機が飛んでいるみたいで、日本の空が塗りつぶされているようだった。
 ウォーキングの時間帯には通らないが、1つ僕が目をつけているコースがある。それは北西から南東に向かうもので、結構低く飛ぶ。まるで下から見上げると巨大な魚がお腹を見せて泳いでいるように見える。牛窓上空であれだけ低く飛ぶのだったら着陸は高松しかないと思うのだが、定かではない。途中下車できるものなら降りて来てもらって確かめたいくらいだ。ただし飛行機が途中下車したら全員あの世のについてしまうからそれは望むまい。
 晴れた日に空を見上げ、銀色に光る機体を下から眺め、まるで上空から海の上を泳ぐ白イルカを眺めているような気持ちになる。僕がはるか上空を飛行機で飛んでいるような気持ちになる。地球の引力から解き放たれたらきっと僕はあそこまで落ちていく。、




2017年02月22日(Wed)▲ページの先頭へ
専門書
 今度はもうだめだと断言していたのに、結局原因は分からず、ただ悪い病気ではないとお墨付きをもらって帰って来た女性の夫が今日薬をとりに来た。夜を徹して働くこともあり、疲れを回復するのに便利な薬が僕のところにある。それを時々とりに来る。
 妻が悪い病気ではないと診断されて帰って来たので喜んではいるが今ひとつ不満げだ。それは妻が激痛と表現していた痛みが、癌によるものでないことは分かったが、原因は同定されていない。その事が彼には不満なのだ。と言うのは彼には同じような体験があり、それがフラッシュバックするのだろう。「大きな病院の先生なんか、ワシに指図するんかと言わんばかりなんじゃ」と語り始めた内容によると、彼のお父さんがもう6回くらい手術を受けている。ある夜、お父さんが急にお腹が痛いといい始めたので救急車で大きな病院に運んでもらったらしい。当直の医師に診てもらったが特別悪いところは無かった。何処も悪くないのだから連れて帰ったのだが、翌日になってもよくならない。そこで彼は再び岡山市にあるその病院に連れて行った。痛い痛いと訴えるのに、再び原因は見つからなかった。帰ってもいいと言われるが、おんぶして車の中から診察室まで運ばなければならないような人間が、異常がないと言うのに彼は引っかかった。途方にくれているときに偶然主治医が通りかかった。そこで父親の経過を知らせると、レントゲンを撮ってくれて肺に炎症があることを見つけてくれた。父親の痛い痛いは、苦しい苦しいだったのかもしれないが、外科の先生にとって異常無しでも、他の医師が見ると異常ありかもしれない。
 大病院のように高度に専門化すると、意外と自分の対象としている以外の病気にはクールなのかもしれないと思ったが、だからと言って僕達の薬局のように、低レベルで何でも屋も困る。情の熱さで病気が治るのならいいが、専門書の厚さにはかなわない。


2017年02月21日(Tue)▲ページの先頭へ
無防備
 なんて痛々しい格好で薬局を巡っているのだろうと、正視するのが気の毒だった。目をそらすわけにも行かないが、僕の薬局など飛ばして帰って欲しいくらいだった。ただ、根っからまじめなセールスだし、働くことが好きな日本人だし、又企業の厳しさもあって、以前と同じように訪ねてきたのだろう。でもあまりの気の毒さで、薬の話など出来なかった。
 そのセールスは大きなギブスを首に巻いていた。正面しか見えないのだろう、やたら姿勢がよく見えた。首を固定しなければならないのだから当然のように「鞭打ち?」と尋ねた。すると想像を超える答えが帰って来た。「骨折です」その瞬間僕自身があたかも疑似体験するかのような気分の悪さに襲われた。首を骨折して、他県から車を運転してやってこれるのかと、すぐにはその答えを受け入れられなかった。しかし彼が12月の事故の詳細を教えてくれると、そうしたこともあるんだと納得した。
 広島県のある田舎道を走っていたときに、老人が運転する車が急に優先道路を走っている彼の目の前に飛び出てきた。彼は急ハンドルを切って衝突を防いだのだが、反対車線の側溝にタイヤが落ちた。その落ちた衝撃で首の骨を折ったらしい。側溝に一輪落ちただけだから、そんなにダメージはなさそうだが、無防備に落ちるとこんな骨折もままあることらしい。側溝があることなどわからないから、身構えることも無かった。落馬した騎手が同じような骨折をするらしい。
 その老人は、脱輪した彼の車を無視していなくなったらしい。「いっそのことぶつかっていればよかったのに」と彼の身体を優先して言うと、救急病院の医師も同じことを言ったらしい。自分にも責任があることはそのお年寄りも分かっていうはずなのに、現場から立ち去ったのは許せない。防犯テレビなど無い田舎道だったから結局はやられ損だ。そう言うと彼は「この程度ですんだのですから、いいとしないと」などと聖人のようなことを言う。そこまで寛容になられると僕が卑しい人間に思えてくるが・・・その通りだ。反論はできない。
 夜、暗い道を歩いていて、ほんの少しの段差でも急に落ちると、結構な衝撃が首に走る。そんな経験は何回か僕にもある。同じ道を昼間意識して歩くと何の変哲も無いのに。無防備とはこんなに衝撃を受けるものかと驚いたものだ。彼の話を聞いて人よりきっと僕は臆病になれる。こと車を運転するに当たっては臆病すぎてなんら差し支えない。誰も傷つけず、自分も傷つかない。免許証を返納するまでそうありたいものだ。


2017年02月20日(Mon)▲ページの先頭へ
勲章
 同じ人なのに、体調や心調が整うとこんなに美しくなるものかと驚かされる。同じ目、同じ鼻、同じ口なのに、どうしてこんなに変わるのだろう。人工知能ならこの変化をどういった数字で表すのだろう。人の感性さえも人工知能は数値化できるのか。全くその世界に疎いから、疑問を投げかけるだけでなんら答えを持っていないが、表情の変化を機械は読み取れるのだろうか専門家に尋ねてみたい。
 僕はAIではないから、その変化をずっと感じ取っていた。少しずつ変わっていることを感じていたし、つい最近では「こんなにまで変われるのか」と驚きをもって見ていた。元々体調や心調が悪いにもかかわらず凛としていた。背筋はいつも伸びて、笑顔もこぼれていた。ただ、今の笑顔は当初の笑顔とは雲泥の差で、心からはじけるような笑顔をする。この変化に僕の漢方薬が貢献できたのだろうが、先日来た時にありがたい言葉を口に出してくれた。思いもよらなかったことだが「薬局に来て帰るときは気持ちがいいんです」と言ってくれたのだ。煎じ薬が出来るまで毎回10数分、あるコーナーで待ってもらうのだが、その場所は娘夫婦が智恵を絞って心地よく待ってもらえるようにしている。ドライフラワーなど、およそ僕とは縁遠いものが何気なく飾られているのだが、その雰囲気をさして気持ちよいと言ってくれるのか、或いは僕とのたわいないお喋りを言ってくれているのか分からないが、どちらにせよ、気持ちよく帰っていただけるのは薬局冥利に尽きる。
 そう言えば今回彼女が入ってきてすぐに、19日に総社市民会館で行われた備中温羅太鼓の定期公演のチケットを見せて和太鼓の薀蓄を披露した。そんなことでどうして漢方薬を取りに、わざわざ遠くから来てくれるのか分からない方も多いかもしれないが、ヤマト薬局の全てに嘘がないからだと思う。実力不足は多々あるが嘘はない。
 今日、面白い偶然があった。一人は隣町から初めて来てくれた方。夫婦のトラブルの漢方相談だったが、2人分で5000円だった。ところが、その値段が、レジをした姪の間違いだと思われたらしい。何でもその方は二人分で4万円を用意して来てたらしい。今まで岡山市の薬局に行っていたらしいが、そのくらいを用意していないとダメだったらしい。もう一人の方は関東の方だが、ある相談で地元の薬局に行ったら一月7万円くらいかかると言われたらしい。その相談の病気に使う商品らしきものを教えてくれた。同じ薬局として恥ずかしくて口に出せないが、恐らく何の相談に行っても同じものを勧めるのだろう。そんなレベルの薬局がむしろ評判なのだろうが、そうしたところでは「気持ちよく帰る」ことは出来ないだろう。来なければよかったと言う後悔とともに薬局を後にするのではないか。そもそも、漢方薬は高くない。それに健康食品なるものを引っ付けてきたら、断るべきだ。田舎に暮らしてみれば分かるが、本当の健康食品は海を泳ぎ、畑で出荷を待っている。
 若い女性の凛とした美しさ、心からの笑顔、田舎の薬局の勲章だ。


2017年02月18日(Sat)▲ページの先頭へ
苦痛
 アホノミクスとカルタが抱き合っている写真を見た。気持ち悪い。嘔吐しそうだ。よほど気が合うのだろう。普通の人間なら「こいつとだけは同じように見られたくない」と思うだろう。どっこいこの二人はお互いそうは思わないらしい。何十時間一緒にいても、何回食事を一緒にしても苦痛ではなかったのだから。そんな光景を見せられた普通の人間はどれだけ苦痛だっただろう。
 片や戦争犯罪人の孫、片や成金。どうしてこんな人間にそれぞれの国民がこびへつらわなければならないのだ。アメリカ人なんぞたいしたことがないと世界に露呈した。日本人もたいしたことがないと世界に露呈した。
 日本人は正しいことは正しいと主張し、強い人間には抵抗し、弱い人間を助ける、そん潔さ(いさぎよさ)はもうなくなったのか。武士は食わねど高楊枝は今は昔か。美しい国を標榜しているのは、自分達が都合の良い美しい国で、貧乏人が自分達に頭を下げ従順でい続ける美しい国だ。道徳とやらで潔癖さを貧乏人に強制し、自分たちはやりたい放題。あいつ等に美しい国など作らせてはいけない。庶民には鬱苦しい国だ。


2017年02月17日(Fri)▲ページの先頭へ
機関紙
 ある県の保険医協会という医師と歯科医師の団体の役員をしている後輩から、ある会合で、薬剤師を蔑視するような発言が出て、薬剤師であり歯科医師である後輩が、医薬分業に対する認識不足を正してもらうために、自身の見解を機関誌に載せてもらおうと思ったらしい。下書きを読んでと文章を送ってきてくれたのだが、それに対する僕の返事。


 読ませてもらって、付け加えるところなどありませんし、まして訂正するところなどありません。むしろ、そうなのか、そうなのかと感心しながら読ませてもらいました。改めて、医薬分業の歴史とか、功罪等を認識させられました。この文章が機関紙だけに載るのはもったいないと思いました。もっと、消費者の目に止まってもいいかもしれません。
 不快な事を言われたお医者さんは、良い薬剤師と巡り合っていないのでしょうね。もし巡り合っていたら一般論の前に立ち止まることが出来ます。多くのものの中には陰陽がバランスを保って存在しているものです。どちらに多く接するかは人間性による引力が決めます。
 あなたの文章を読んで頭に浮かんだ言葉があります。それは台詞と言葉の違いではないでしょうか。1つの医院に従属するかのごとき薬局は、処方箋を持ってくる人に、最大公約数を満たした台詞を口に出せばいいのです。マニュアル化してパソコンが誘導もしてくれます。処方箋を運んでくる人たちに、国が求めている最小限のことをすれば、経済的な見返りも得られます。
 一方、あなたの言う地域の細々と生き延びている薬局は、僕などその典型ですが、台詞ではいけません。まるで日常の延長で薬について、健康について話をします。「さっき帰った母ちゃんが悪口を言っていただんなが、その後すぐに入ってくる」こんな場面は日常茶飯事です。これをどちらも健康に、幸せに裁かなければなりません。マニュアル化した台詞ではできるはずがありません。病状が気になる人にはわざと来させて、こんこんと・・・・笑わせます。勿論それは無報酬で、投薬指導とかかかりつけ薬剤師とかの報酬はもらえませんし、いりません。
 町の薬局が質の高いことは出来ません。40年OTCや漢方薬をやって来て、これだけはどの医者にも負けないでしょう。ただし、調剤に関しては、どの卒業したての薬剤師にも負けます。質の高いことは、あなたの言う病院薬剤師に任せて、町の薬局はひとつくらいの得意技を持つくらいでこらえてもらうしかないでしょう。薬と言うただの化学薬品を人の心と言うオブラートで包んで患者さんに飲んでもらう、その程度で得意技以外は許してもらう。
 僕はもうここまでですが、6年制卒業の薬剤師たちは、その得意技を多く持つ力があります。そうした人たちがこれからはどんどん業界に入ってきます。心無い言葉を吐いたお医者さんも、いずれはそうした能力ある薬剤師達と巡り合い、考えが変わるのではないでしょうか。勿論、心と言うオブラートは若くて優秀な薬剤師にも必需品ですが。

いい物を読ませてもらってありがとう。

大和


2017年02月16日(Thu)▲ページの先頭へ
渋滞
 面白い偶然だ。2週間前に僕はかの国の女性達を連れて鳥取県の智頭町に雪を見にいった。帰国にあたって、雪景色を見たいと言ったから思い出作りに協力した。恐らくもう2度と日本に来ることはないだろう人達だから、南国では見られない景色を記憶にとどめておいてほしかった。案の定、まるで子供のように楽しんでくれたが、その智頭町を僕が選んだことに貢献してくれた人が今日薬局に訪ねてきた。
 彼は、ある製薬会社の社員なのだが、丁度大雪の時に鳥取市に出張だったらしい。国道に沢山の車が渋滞し、半日近く閉じ込められた日だ。確か70台と報道されていたような記憶があるが、正にその中の1台が彼だったのだ。岡山県の真庭辺りから美作を通って智頭町に入ったらしいが、鳥取道でついに通行止めにあい、国道に下りた時点で動けなくなったらしい。彼も北国の人間ではないからかなり怖かっただろうと思うが「車って、結構大丈夫なものですね」と何回か繰り返した。その意味は、ずっとエンジンをかけっぱなしだったらしいが、11時間止まらずに動いてくれたことへの感謝の意味だ。電気を消して、エアコンをつけ、時々降りては雪かきをして、一酸化炭素中毒を防いでいたらしい。勿論危険だから眠らなかったそうだ。何か食べたのと聞くと「付近のおじいさんがおにぎりを1つ配ってくれた」と言っていた。そして後ろに止まっていたトラックの運転手がガソリンがなくなるから車に乗せてくれと言ってきたらしい。生憎荷物を一杯積んでいたので乗せてあげれなかったが、その後ろのトラックに頼んで乗せてもらったらしい。雪の中、連帯感が生まれて助け合っていたことが分かる。「いい経験をしたね」と言ったのは、そのあたりのことを僕は指していた。
 僕が智頭町に行こうと決めたのは、実はその大雪で渋滞している光景をニュースで見たからだ。その1週間後くらいに予定していたのだが、あれだけ降ればさすがに雪は解けないだろうと思った。案の定、まだ雪は十分残っていて、雪景色や雪の感触を楽しんでもらえたが、あの渋滞の中に知り合いがいたとは驚いた。偶然とはいえ、面白いものだ。人の災難を情報源として申し訳ないが、笑いながらネタばらしをして、それぞれの智頭町で盛り上がった。



2017年02月15日(Wed)▲ページの先頭へ
五寸釘
 都会だけの話しかと思っていたら、こんな田舎にもあるんだ。牛窓の人のよさを自慢しているが、中にはこうした人もいるんだと驚いた。もっとも何処に行っても人それぞれで、悪意がもぐりこむのは避けられない。偶然1週間のうちに二人その種の原因で漢方薬を作ってと言ってきたので、印象に残った。
 二人の相談者に共通するものがあるとすれば、昔からの町並みに家があり、正に家同士が接触しているかのごとく並んでいると言う点だろう。昔からの町並みは道幅も狭く、隣の家の食事が匂いで分かる。恐らく出かけたり帰ったりも分かるに違いない。興味を持てば人間関係さえ分かってしまう。ただこのことは決して欠点でも不自由でもない。役に立ったり心地よいことのほうが圧倒的に多い。ただ、これが運悪く隣人と揉め事を起こしたりしたら大変だ。逃げ場所や緩衝地帯がなくなるから、波が津波のごとく増幅され、垣根を簡単に越えてしまう。
 どこにでもあることはどこにでもある原因によって引き起こされたみたいで、片やペットが引き金、片や妬みが引き金だ。実際の行動も然りで、片や騒音おばさん、片や侵入おばさんみたいだ。ただ被害者の体調不良は似ていて、二人とも食べられなくなって痩せていた。
 こうした人を治すのは得意で、一人は翌日には数ヶ月の苦痛がほぼ解消し、他の一人も1週間でほぼ解決した。漢方薬の力もあるが、まじめくさらない僕の治療方法が効を奏したかもしれない。ただ、藁人形を作って五寸釘を打ち込めと勧めたら、それをやられていると言われたのにはまいった。



2017年02月14日(Tue)▲ページの先頭へ
精神的苦痛
 精神的苦痛(うつ、不安の症状)が重くなるほど、大腸がんや前立腺がんのリスクが高まり、精神的苦痛は発がんの予測因子となる可能性があることが、英国・ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのG David Batty氏らの検討で示された。精神的苦痛とがんとの関連については、(1)精神的苦痛に繰り返し曝されるとナチュラルキラー細胞の機能が喪失して腫瘍細胞の増殖を招く、(2)うつ症状は視床下部-下垂体-副腎系の異常をもたらし、とくにホルモン関連がんの防御過程に不良な影響を及ぼす、(3)苦痛の症状は、喫煙、運動不足、食事の乱れ、肥満などの生活様式関連のリスク因子への好ましくない影響を介して、間接的に発がんの可能性を高めるなどの機序が提唱されている。
 この知見は英国の16研究の参加者16万人以上を解析して分かったことらしい。学者が調べて発表すればなるほどなと得心してしまうが、こんなことはなんとなく誰もが感じていることではないか。若くして癌で亡くなる人を見ていると、あまりにも頑張ったか、あまりにも不幸だったか、あまりにも発がん物質と接触しすぎたかなどと素人ながらに想像はつく。あまりにも普通だった人にはこの病気は来にくいのではないか。
 今日も「なんでもなかった」と喜んで入って来た女性がいる。どう見ても怪しいから、懸命に説得して病院に行ってもらった。一番なりたくない病気の条件をなんだかクリアしてしまいそうなので、僕の手には負えない。勇気がある女性で、僕の漢方薬で治すというが、敵が見えないのに作りようが無い。幼い時から不運で、まともに育つのも難しかったが、何とか全うな道を歩み続けてこれた。上記の条件を全て満たしている人だから、若くてもひょっとしたらと心配していた。懸案が一度に吹っ飛んで、いい顔をしていた。そのリスクを下げるために日常をもっと律すればよいと思うのだが、健康なときにはなかなか難しい。追い詰められて、惑い苦しみ、そこでやっと改心しそうだが、喉もと過ぎれば皆同じで、努力してまで健康であり続けようとはしない。世の常、人の常だが、とても人間らしくて、そこまで否定しようとは思わない。
 うつや不安の反対は、僕は笑いだと思っている。笑いで癌をやっつけるような真面目な取り組みがもう何年も前に行われ報道されていた。効果は実証済みだが、その笑いが身近に無いと始まらない。僕の薬局には、それだけは溢れている。そのためだろうかつい最近「先生は誰に似たんですか?」と尋ねられた。誰に似たのか分からないが、これで失ったものも無いからよしとしている。




2017年02月13日(Mon)▲ページの先頭へ
虫歯
 「虫歯なんか一本も無いよ」と彼に豪語されたら立つ瀬が無い。
 確かに彼は甘いものを食べない。と言うか、食べれない。勧めても「いらない」と返してくるし、そっとお茶やコーヒーなどと一緒に出していても手をつけたのを見たことがない。酒飲みの特徴なのだろうか。酒飲みでも、少しくらいは無意識に口に運ぶと思うのだが、彼はそれすらない。大酒のみの特徴だろうか。
 タバコもすごい。僕より身長も体重もないが、よくもあれで健康でおれるなと言うくらいタバコを吸う。僕と同じ年齢だが、どう見ても老けている。当然活性酸素の攻撃を受けて、顔にはしみも皺も多く、10歳は年上に見える。僕みたいに髪が薄くなったのではなく、もう彼は髪自体が無い。引越しを手伝ってもらった次女三女は、彼のことを「あのおじいさん」と表現する。その言葉を発しても不思議ではない。僕ら年齢になると前後10年くらいの差ができるらしいから、正にプラス10を行っている人だ。
 博打で身上をつぶすくらいだから、毎日がスリリングだったろう。そうした緊張感の中で暮らすと交感神経が優位になり活性酸素が出まくりで、自分自身を自分自身が攻撃していることになる。内部から攻撃されるのだから防ぎようが無い。かくして老化が一段と早まる。その結果、唇などは紫色になるくらい血液が滞っている。歯槽膿、漏歯肉炎、なんでもござれのはずなのに、虫歯が一本もないとは運がよすぎる。
 僕は彼に長生きできないと宣告しているが、まだ生きている。若くして亡くなった人を冒涜するかのような生活ぶりで、長生きでもしたら死んだ人が浮かばれない。法務局には2度出張したが、今だ入院はしたことがない。そうしてみれば波乱万丈の人生の割には結構幸運なのかもしれない。「〇〇君に虫歯が無いなんて、運がよすぎるわ。僕なんか一杯あるのに。それに感謝して人様の為に生きられえ(生きなさい)」と諭すと、「何で人様のために生きんとおえんのん(生きないとダメなの)虫歯が一本もないのは総入れ歯じゃからなのに」
 またまた1本とられた。でも許す。〇〇君は歯医者に全部取られたらしいから。


2017年02月12日(Sun)▲ページの先頭へ
トイレ事情
 知って得もしないだろうが損もしない。まあ、後学のためくらいな気持ちで目を通してもらえればと思う。僕自身は結構衝撃的だったけれど。
 食事が終わるのを待って三女が「お父さん、トイレで流したものは どこに行くのですか?」と尋ねてきた。日本に来たときからずっと誰かに尋ねてみたかったらしい。野菜が少ないと便秘をするという話をしていたからその延長で聞きやすかったのだろう。そこで浄化槽や下水道のことを説明してあげた。すると得心がいったようで気持ちの引っ掛かりから解放された様子だった。
 それに乗じてと言うわけではないが、逆にあちらのトイレ事情を尋ねてみたくなった。と言うのは僕自身も随分長い間、尋ねてみたかったことなのだ。もう何十人もいる、かの国の娘達が「オトウサン ゼッタイ キテクダサイ」と言いながら帰っていくが、正にトイレ事情が気になっていた。水洗トイレ以前を当然経験しているから、いざとなれば大丈夫だろうが、ただもう40年くらいは経験していないから自信はあまりない。行ってみて耐えられないようなら帰国するまで便秘になりそうだ。
 三女は山の上に家があるから、大きな穴を掘っていると言った。恐らく昔の日本のようなものだろう。次女はメコン川のほとりに家があるから三女とは全く異なる。さすがメコン川に近いだけあって、そこに流れ込む支流も多く、又その支流に流れるように小さな水路が一杯あるらしい。そしてトイレはと言うとその小さな水路へ直接落とすらしい。水路はトイレのところだけ柵がしてあり小さな魚が一杯いる。その魚が人間の便を食べてくれるのだそうだ。えさは大便だけらしい。人間が用をたそうとトイレに入ると、魚が一杯集まってくるらしい。「楽しいですよ」と笑いながら言うが、「思わず釣りたくなるのではないの?」と尋ねると「その魚は、食べない」とこれまた笑いながら答えた。
 山では畑の肥やしに、川では魚の餌に。理にかなっている。正に自然の循環だ。昔の日本と同じだ。同じような経過を辿って今の日本のようになるのだろう。何十年先の未来にやって来た人間と、何十年前の過去に遡る僕ら夫婦と、不思議な共同生活だ。「お父さん、一緒にダラットで暮らしましょう」と言ってくれるが、魚にあの姿を見られたくはない。


2017年02月11日(Sat)▲ページの先頭へ
 施設に着くと、母は広いホールに並べられた沢山のテーブルの1つに背を向けて腰掛けていた。後姿と言うか、後ろ頭で母を見つけることが出来る。もう何年も通い続けているから覚えた。同年代の同じような症状の方の集団だから、皆さんとても似ていて、最初の頃、見知らぬおばあさんの車椅子を押して話しかけていたことがある。どっちみち会話は成立しないのだから、よそのおばあさんに親切にしても一向に構わないが。
 寒いから外に連れ出すことは出来ないが、気分転換に長い廊下を行ったり来たりすることにした。車椅子のストッパーを外すのに、持参していた薬剤師の情報誌が邪魔になったので、母に手渡して「ちょっと持っていて」と頼んだ。すると母はそれを受け取りしっかりと持っていてくれた。ホールから廊下に出てまずは突き当りまで車椅子を押した。突き当たったところは、鉄の扉なのだが、窓ガラスが結構低いところまであって、車椅子に腰を掛けたまま外が眺められる。別段良い眺めではないのだが、少しでも外の世界に触れてもらいたいから、寒い日にはそこに連れて行く。車椅子の後ろに立ち母を見下ろすと、さっき持ってもらっていた雑誌を開いて母が見入っていた。そして少し時間を置いてページを捲った。偶然かと思っていたが、その動作を何度も繰り返した。そばで見ていると、本当に雑誌を読んでいるようだった。それはそれは真剣な顔をしていた。ただ無表情だっただけかもしれないが。
 その後面会室まで帰って、僕は母を正面においてソファーに腰掛けてその雑誌を読み始めた。息子の欠点で、母親との会話は苦手で、だからと言って姥捨てにした罪悪感は拭えずに母をしばしば訪ねるのだが、口を利くのは5分に1回だ。今日も沈黙の中一所懸命僕は雑誌に目を通していた。すると何かの拍子に雑誌を低く持った時に母が反対側からその雑誌を食い入るように見ているのに気がついた。その時に思った。母は字を追っているのではないかと。そう言えば母は施設から連れ出したときに、大きな看板を見つけると必ずそれを読む。かなり難しい漢字でも正確に読む。ひょっとしたらと僕の胸に大きな期待が膨らんだ。もしかしたら、母が興味を持ちそうな本を持って行ったら読むのではないかと思ったのだ。施設のスタッフや家族の勝手な思い込みで、痴呆の人は読書などしない、出来ないと思っているのではないか。
 次回訪ねる時に早速実験をして確かめたいと思っている。


2017年02月08日(Wed)▲ページの先頭へ
物忘れ
 ある御夫婦が漢方相談にやって来た。見るからに恵まれた生活を送って来た人達と言うのがわかり、それが今も続いていることも分かる。相談しに来なければならない体調不良も、歳相応のもので現代医学では治りにくいと言うだけだ。総じて恵まれている人なのだろう。
 その方が持参してくれていたお薬手帳を覗いているとドネペジルと言う薬の名前を見つけた。さっきまでの印象がその瞬間覆されるような想いだったが、ただそれを飲んでいる事が不自然だった。こんなに元気で、こんなに礼儀正しくて、頭もさえているのに、どうして痴呆症の薬を飲むのだろうと気になった。本人がこの薬の用途をしっかり聞いて理解していればいいが、医師や調剤薬局で説明を聞いていない可能性もある。だからどうしてこの薬を飲んでいるのか尋ねるのが気が引けた。ただし、あまりにも不自然だったので思い切って尋ねてみた。自ずと言葉は選んだが。「このドネペジルって薬は御主人どうして飲まれているの?何かご自分で歯がゆいことでもあるのですか?」と。するといつか医師に、最近物忘れがひどくなったと言ったらしいのだ。すると医師は「親切にも」この処方を出してくれたらしい。アルツハイマーのテストでもしたのかなと尋ねたら、そんなものはしていないらしい。「御主人、物忘れをするようになったと言われたけれど、物忘れしたことを忘れているの?」と尋ねると、「ちょっと考えれば思い出しますよ」と答えた。これで決まり。僕はどう見ても必要ないと思った。
 ただし、悲しいかな、ここで僕がその薬をやめさせる権限など無い。処方した総合病院の医師に頼むことも出来ない。処方箋を僕のところに持ってきてくれているのなら勇気を出して言えるかもしれないが、全く無関係なのに何も言えない。考えた挙句、次回その病院にかかるときに「最近、頭がさえてきたような気がするから、あの物忘れの薬は必要ないと思うのですが?」と尋ねてもらうことにした。
 ちなみにドネペジルの添付文書には以下のような文章がある。これから逸脱したら保険診療の対象外になる。

本剤は、アルツハイマー型認知症と診断された患者にのみ使用すること。
(2) 本剤がアルツハイマー型認知症の病態そのものの進行
を抑制するという成績は得られていない。
(3) アルツハイマー型認知症以外の認知症性疾患において
本剤の有効性は確認されていない。

 このように決して物忘れの薬ではない。物忘れの薬だったら一番に飲ませなければならない人間がいる。アホノミクスが筆頭だ。その場その場で保身の言葉を連発し、相手を攻めることしか知らず、昔言った言葉など完全に忘却の彼方だ。と言うより、言っている瞬間から何もわかっていないのだろうが。
 薬の添付文書に書いているようにアルツハイマーの病態の進行を抑制もせず、有効性も認められていないものがそもそも薬として許可されている事がおかしい。これもまた製薬会社に天下った役人達の手柄だろうか。
 歳相応と言うより、随分と若く見える人に不必要な薬を飲ませて、誰が何を得るのだろう。こんな不思議なことが恐らく日本中に蔓延しているだろう。薬の世界だけではないはずだ。美しい日本、鬱苦しい日本。


2017年02月07日(Tue)▲ページの先頭へ
飛行機代
 貸した1万円を返しに来たのかと思ったら、「お願いがあるんじゃけど」と開口一番に言われたので「〇〇君、もうだめだよ!」と断った。ところが重ねての無心ではなく、沖縄に行くにはどのくらいお金がかかるかインターネットで調べてほしいと言う用件だった。例の1万円は年金が入るまで待ってのことだったが、そんな経済状態で沖縄に行くと言うのはもってのほかのように常識的には思ってしまうが、そんな常識があったら酒や博打で身上は潰さなかっただろう。
 何でも大学時代の仲間が沖縄に誘ってくれているらしい。体育会系の大学だから結びつきが深いのだろう。40年も経って「飲もう」なんてのは僕の辞書には無い。僕は、岡山空港から沖縄行きが出ているのかどうかも知らないし、そもそも飛行機など乗るつもりもないからまったく知識が無い。それでも知っておいてもいいかと、なけなしの好奇心を振り絞って調べてあげることにした。飛行機代って何で決まるのか知らないが、結構飛行機によって差があり、往復5万円くらいの相場と理解した。その事を告げると予想外に高かったらしくて、すぐに諦めの言葉が口から飛び出した。ついでに、飛行機の時間や、岡山駅から空港までのバスの便などを調べているうちに、経済以外に沖縄行きを妨げるものは無いと思い始めたのか、再び話を蒸し返し始めた。
 「本当は飛行機なんか乗りたくないんじゃ。今まで4回くらい乗ったけど怖かった。落ちりゃせんかと本当に手を合わせて拝んでいた」「僕も怖くて乗れんわ」「もし落ちたら、保険の受取人を大和君にしておいて上げるわ。どうせ家族は死にそうな人間ばかりじゃから、金を残しても仕方ないじゃろう」確かに離婚して今はお兄さんと住んでいるが、お兄さんは癌で闘病中だ。もう1人のお兄さんも同じ病気らしい。「そりゃあ〇〇君、ありがたいわ。そんなら落ちそうな飛行機になるべく乗って!」「マレーシアの飛行機にでも乗ろうか」「そうそう、毎日でも乗ってくれる!宝くじより確率が高いんじゃないの。楽しみにしているからな。そのお金でお墓くらい僕が作ってあげる」「墓なんかいるもんか。死んだら終わりじゃ」「そりゃそうじゃ、悪いけど、お墓代も倹約するわ」「悪いことなんかねえわ。しっかり使って頂戴」
 健康を売る薬局にふさわしい夢のあるひと時だった。


2017年02月06日(Mon)▲ページの先頭へ
単純明快
そうか、動物の中で親の世話を子がするのは人間だけなのか。意識したことが無かったから、そう言われてみるとそうかもしれない。子を慈しむ気持ちは動物には共通なんだと、涙さえ誘われる映像をしばしば目にするが、確かに子が親の世話をしている映像は見た事がない。だから人間はすばらしいと、その女性映画監督は述べていたが、最近ではどうもどちらかと言うと自然の摂理の方に近寄りつつあると思う。とか言う僕も正にその一群で、母を姥捨てしてとても世話をしているとは言えない。
 自然界では親の世話をするほうが不自然らしいから、僕はどうやら自然らしい。ただ、人間様の道徳にはかなり反している。人間の寿命が短くてころっと死んでいた頃は動物に近かっただろうが、ひょっとしたら動物そのものだったかもしれないが、これだけ長生きするようになるところっとは難しく、目の前で苦しんでいるのを見ておれなかったのかもしれない。太古の時代には、看病はあったかもしれないが介護は無かっただろう。
 世間では、僕を含めて子に不満を持っている人はわんさといるだろう。ただ、この事実を知ったら、そうか自然に回帰しているだけかと何か吹っ切れるものを感じはしないだろうか。先祖帰りならぬ太古帰りをしていると思えば、気持ちが随分と楽になる。動物は親の世話をしない。なんて単純明快。胸のつかえが取れそうだ。





2017年02月05日(Sun)▲ページの先頭へ
智頭町
 トンネルを抜けると同じ景色だった。その次のトンネルを抜けるとちょっと不安になってきた。その次のトンネルを抜けると、失望に変わった。その次のトンネルを抜けると後悔し始めた。その次のトンネルを抜けると山の陰になっているところにかすかに雪の跡を見つけた。その次のトンネルを抜けると初めて「そこは雪国だった」。胸をなでおろした。
 さすがに中国山地を越えようとするのだからトンネルが多い。何故か知らないがトンネルの中を電車が走るときに大きな音がする。電車でトンネルを通るのは新幹線くらいだから、こんなに大きな音がすることを経験していない。それが普通か、それが異常か分からない。ただ、智頭に到着する前に随分と長いトンネルを通ったのだが、途中までは登り、途中から下りになったのには驚いた。体感だから正確ではないかもしれないが、あれは明らかにトンネルの中で勾配が変化した。珍しくて貴重な体験だった。
 貴重な体験と言えば今日の体験の全てに感謝しなければならない。帰国するかの国の女性達がいなければ絶対経験しないことだった。この寒い時期に北へ行く。それもかの有名な豪雪で車がたち往生する常連の地、智頭町にわざわざ行くなんて。南の人間にとっては命がけみたいな場所だ。なんら雪に対して知識が無いから、漠然とした恐怖感がある。僕など比べものにならないくらい雪に関して無恥なかの国の女性達はなおさらだ。あまりの喜びでそこらじゅうを走り回ったりしたものなら、水路に落ちてあの世のほうに行ってしまう懸念がある。だからそこは通訳を介して何度も説明した。
 智頭町の観光案内をするつもりは無いから、強烈な印象を持ったことについて書いてみたいと思う。一番興味深かったのは、町中に水路が張り巡らされていて、水が勢いよく音を立てて道路の下や側溝を流れていることだった。歩いていると道の下から大きな音がするので覗いてみると、勢い良くグレーチングの下を流れている。10日くらい前の豪雪が解けているのだろう、どの側溝も勢い良く低いほうに向かって流れている。町の中央を流れる大きな川に向かっているのがよく分かる。盆地だから側溝の勾配が手に取るように分かる。
 もう1つは、町がひっそりとして人にほとんど会わなかったのに、確かな生活観に溢れていたってことだ。どんな産業に従事している人が多いのか分からないし、どういった特殊な職業の人がいるのか分からなかったが、町は人は明らかにそこで生きている。そこでしっかりと生活することによって、この国の空気を浄化している。山を守り田を守り、清流を守ることでどれだけこの国に貢献し、どれだけのこの国の人間の道徳の劣化に歯止めをかけているのだろうと思った。見ず知らずの僕達に向こうから自然な挨拶をしてくれたり、案内を買って出てくれたり、恩着せがましくない自然な交流が僕はもとより、かの国の若い女性達にも心地よかったみたいだ。
 春には帰国し、恐らく2度と来ることはない女性たちに、いつまでも覚えてくれるかもしれない心のお土産を、かの地の風景と人情に頂いた。車窓に広がるあたり一面の白いキャンパスは、僕の晩年に与えられた大いなる惠だ。


2017年02月04日(Sat)▲ページの先頭へ
安堵
 「あの頃ワタシ、本気で死ぬんではないかと思っていた。朝、目が覚めると、ああ死ななくて良かったと毎日思っていた」
 あの頃からもう半年過ぎたが、そんなに悲愴な気持ちで薬を取りに来ているとは思わなかった。以前、頻繁に僕の薬局を利用してくれていた女性だが、ある日を境にパタッと来なくなった。幸せに健康的に毎日を送ってくれているものと思っていた。大体僕の薬局でぴたっと来なくなる人は、完治したか入院したかが多いから、40歳になったばかりの女性が来なくなったら完治したと思うのが自然だ。彼女は当然完治組だが、その後の不調はドラッグストアでまかなえていたらしい。ところが1年位前からかなり深刻な状態が続きそこから脱出できなかった。そこで数年ぶりにやってきたのだが、僕なら役に立てるトラブルだった。どうしてもっと早く来なかったと思うが、棚に並んだ薬を取る癖がついたから、それでなんとかなると思ったのだろう。
 それにしても毎朝生きていて良かったと安堵する不健康さは、心細かっただろう。家族内の空気を知っているし、交友関係が極端に狭いことも知っているから、孤軍奮闘していたのだろうが、それには限界がある。どういう理由か知らないが極端に医療機関を恐れるから、よほどのことがない限りかからない。本人以上にこちらが「生きていて良かった」と安堵することのほうが多い。「絶対若死にだ」と言う僕の予言を毎年裏切り続けているが、出来れば永遠に裏切り続けて欲しい。勿論この予言は本人には言ってある。そんなことが言える薬局なのだ。
 人生でつじつま合わせがあるとしたら彼女は典型的だ。何の幸運のいたずらか分からないが、牛窓に嫁いできてからはかなり女神に守られている。是非プラスマイナスゼロで終わって欲しいと思う。勿論あと40年後ぐらいに。それを僕は見届ける。その頃僕は100歳を十分越えているが。


2017年02月03日(Fri)▲ページの先頭へ
1分
 その場に1分いるだけで確実に死ぬ。そんな場所が一体他に何処にあるのだろう。これが絶対事故など起こらないと豪語していた場所の末路だ。その事を口に出して大もうけした奴等は今は何処にいるのだろう。どこかへ雲隠れしている奴はまだ少しは恥ずかしさを感じることができるのだろうが、今だ大もうけしている奴ら、今だ政界にいる奴等はなんら罰も受けていないし、服役もしていない。東北の人たちだけでなく、世界中の人たちに被爆させているのだから何百回死刑になってもいい奴らばかりだ。
 小出先生など事故当初から言っていたことだが、福島の事故が収束するなんてありえない。核燃料は容器を突き抜けて手の施しのないような場所に、手の施しのないような形で存在しているのだ。1分もその場所に留まれないような所がどうして方がつくのだ。人間並みのロボットが出来るまで後何十年を要するのだ。その間は放射能出まくり。チェルノブイリのように石棺を作って覆い隠してしまえば少しは被爆から逃れられるかもしれないが、それが出来ない福島は今日もまたありえない程の放射能が漏れているはずだ。それは周辺地域だけでなく世界中を駆け巡って大地や海に落ちている。
 聞かなければ、見なければ無いも同じだ。知らなければ存在さえしない。多くの国民をあらゆる機関を使ってそうさせた。外国人等は朝飯前だ。良くぞ好んでやって来ると思うが、旨くだましているものだ。さて、これが逆ならどうだろう。原発事故を起こして今だなんら解決していない国に日本人が観光に行くだろうか。外国産のものにあれだけ神経質になっているのに、それよりもずっとずっと恐ろしいものに無関心。お上は嬉しかろう。赤子の手をひねるようなものだ。
 なんら手をつけていないところに同じような天災がやってきたらどうするのだろう。それこそ終わる。金持ちは国外に逃げ、貧乏人は放射能にまみれて生きる?死ぬ?それでもなお奴等の逃げ得を許すのか。


2017年02月02日(Thu)▲ページの先頭へ
云々
 「・・・・・・・云々」もしこれを読めない人間が薬剤師なら信用してもらえるだろうか。もしこれを読めない人間が、医者なら命を預けるだろうか。もしこれを読めない人間がパイロットならその飛行機に乗るだろうか。もしこの字を読めない人間が設計したとしたら、そのマンションに住むだろうか。もしこの字が読めない人間が設計したなら、その車に乗ることが出来るだろうか。もしこの字を読めない人間が教師なら、子供を預けることが出来るだろうか。もしこの字を読めない人間が軍隊を指示していたら、敵陣に突っ込むことができるだろうか。もしこの字が読めない人間が編集者だったら、その新聞や雑誌を購入するだろうか。もしこれを読めない人間がワイドショーのコメンテーターだったら信用するだろうか。もしこれを読めない人間が銀行の頭取だったら金を預けるだろうか。
 官僚の書いた答弁書を、あたかも自分の答弁のように読んだアホノミクスが「・・・・・でんでん」と読んだ。この程度の人間に国を牛耳られてこの国の庶民はよく我慢できるものだ。僕は少なくとも屈辱に耐えられない。アホノミクスが「信頼できる」と評した海の向こうのカルタとそっくりだ。奴等と同じ時代に生きたことが悔やまれる。


2017年02月01日(Wed)▲ページの先頭へ
緊急連絡
 いやはや困った。今度の日曜日に、かの国に帰国する女性達をスキーに連れて行こうと色々計画を練っているのだが、最寄り駅に電車で降りてからタクシーがどうやらないみたいだ。インターネットで探してタクシー会社に電話をしたら、2社が既に廃業していた。その事を知らずに電話をすると、本来なら「〇〇です」と最初に返ってくると思うのだが、どちらも無言だった。慌ててこちらが名乗らないといけないし、〇〇タクシーさんですねと確かめないといけなかった。なんて気まずい電話だろうと不愉快だったが、駅からスキー場まで僕の車では行けそうにないから、頼らざるを得なかった。
 智頭急行の特急電車が止まる大原駅にはタクシー会社があるみたいだが、そこからだと結構な距離がある。車にめっぽう弱いかの国の人たちがもつ距離ではない。スキー場に着くまでどのような道を走るのか分からないが、結構拷問に近い苦痛を与えてしまうかもしれない。最寄り駅のあわくら温泉駅からだと随分と近くなるのだが残念だ。
 勿論帰りは時間を約束して迎えに来て貰わなければならない。スキー場にお昼ごろ着くが、その後2時間過ごすか3時間過ごすかで迷っている。息子が先日ある南の国の人達を蒜山に連れて行ったら、滞在15分で帰ると言い出したらしいから僕も予断を許さない。まして携帯電話を僕は持っていないから、迎えの時間を約束しておかなければならない。融通は全く利かないのだ。こうなればやはり緊急時の連絡方法は、糸電話か、鳩の足に伝言をくくりつけて放すか、のろしを上げるしかない。白いのろしなら2時の迎え、黒いのろしなら3時だ。
 


2017年01月31日(Tue)▲ページの先頭へ
外来語
 富士山の土砂?何でそんなものがここにあるのだろう。神の山だから、大雨で流れた土砂を小袋に入れ売っているのだろうか。それにしては軽いし、包装が中身とは似つかわしくなく、金色のセロファンに富士山のイラスト入りで、神々しさに欠ける。富士山と言う漢字も使わずに、英語でMount Fujiと書かれている。おまけに土砂と言う字も漢字を使わずにカタカナでドシャと書かれていた。金色の包装を使いカタカナで書けば全てモダンに見えて新しいユーザーをつかめると思っているのか。金色もカタカナも汎用され食傷気味だ。まして土砂で流れてきた土を売るだけなのに。
 誰か富士山に行ったの?とスタッフに尋ねてみると、富士山に行って買ってきたものではなく、娘婿の実家のお土産らしい。そしてよくよく見て見ると、土砂と言う字の前にラングと書かれてある。ダンプの土砂?かと一瞬考えたがよく見てみると小さな字で「はちみつクッキーとバター風味のチョコレートの」と但し書きがあった。一体これは何なのだと娘に尋ねてみると、クッキーみたいなものと教えてくれた。クッキーならクッキーと書いてよと言いたいが、よく分からないが国によって呼び方が違うらしい。初耳、いや初目のものだったので全く想像がつかなかったが、これで又覚えなくても良いことを覚えそうだ。
 ややこしや、ややこしや、外来語はややこしや。ややこしやややこしや、働きづめの日本人が媚を売り売り物も売る。休暇と財布に糸目をつけぬ外来種に媚を売る。金のためなら魂の一つや二つ外来種に踏みにじられてもかまわない。ややこしやややこしや。美しい日本を標榜するアホノミクスが外来種を呼び寄せて鼻高々。ややこしやややこしや。道の真ん中を闊歩する外来種に押しのけられる日本人。ややこしやややこしや。金持ち外来種に貧乏同胞。どちらを向いているのかわが同胞。ややこしやややこしや。


2017年01月30日(Mon)▲ページの先頭へ
体験
 僕の薬局は牛窓中学校の目の前にある。体育館もテニスコートも何にもさえぎられずに見える。テニスコートなど朝と夕はウォーキングで私物化している。そうした景色を見ながらある男性が言った。3ヶ月くらい、2週間おきに漢方薬をとりに来ている。
「先生もこの中学校ですか?」
「そうだよ、自分も?」
「そうです。僕らのときは木造でしたが」
「僕も当然木造、と言うことは小学校も牛窓?」
「そう、東小学校」
「なんだ、それでは中学校か小学校で僕と一緒に通っていたんではないの」
「それはないでしょう。先生何年生まれですか?」
「26年」
「だったら会わないですよ。僕と14歳も違うじゃないですか」
「なんだそんなに違うのか、それでは学校で会っている筈がないな」
で終わったのだが、なんと14歳も離れていたのだ。かなり歳が近いのかと思っていた。勿論カルテには書き込んでいるのだが、まさしく先入観だ。僕と年齢が近いと信じ込んでいた。彼の生活が歳を間違えるほど老けさせたのか、彼の病気がそうさせているのか、或いは僕の人を見る目がないのか分からないが、結構失礼な間違いを犯した。もっとも彼はそんなことを気にする人ではないし、僕の薬局は気にさせる薬局でもない。お互い笑っただけだ。
 この会話をしているときにある男性が入ってきた。簡単な薬だったので断ってからその男性を優先した。その男性が出て行くとすぐに彼が言った。
 「アイツは〇〇でしょう。昔は悪かったんですよ」
 「今も悪い。〇〇君を知っているの?」
 「知ってますよ。家が近所だから。学年も近いし」
 「学年が近い?そんなはずはないじゃろう。彼は僕の弟と同級生だよ」
 「弟さんは何歳ですか?」
 「僕より2才下」
 「そんなはずはないでしょう。アイツは〇〇才のはずですよ」
 「兄弟がいたんではないの?」
 「そうかなあ、いたかなあ」
 「自分より10歳以上、上のはずじゃあ」
 どうやら彼も僕に負けず人を見る目が無いらしい。ただ僕とは逆に10歳以上も若く見てあげているから歓迎される間違いだ。社会の迷惑も考えずに御法度の裏街道を歩いてきたから悩み無しで若く見られるのだろうか。
 女性の年齢を判断するのは難しいが、男性も負けていない。ある年齢からは前後10歳くらいの差ができるらしいが、その事を目の当たりに体験した一日だった。





2017年01月29日(Sun)▲ページの先頭へ
観察
 以前から気になっていた事を今日検証するチャンスに恵まれたので実行してみた。
 僕は、潔癖なところは少なく大雑把なところのほうが圧倒的に多い。神経質なのかと自分で思うことも多いが、意外とそうでない部分も多い。単純化すれば、命にかかわるところだけは繊細だが、そうでない分野は大雑把というところだろうか。だからごく普通の病気などは大雑把の部類に入れている。
 以前から気になっていたことと言えば、1日何人の客が来るかわからないような大きなスーパーで、多くは入り口付近にあるが、パン屋さんの商品が何の覆いもなく露出したまま陳列されていることだ。昔のパンは工場で作られて店頭に陳列されるだけだから、全て袋に入れられていた。ところが今のパン屋さんは現場で焼いて、焼き立てを陳列するから、何の覆いもない。1日1万人でもその前を通り過ぎるかもしれないのに全く無防備に陳列されている。僕は自分の薬局でマスクをつけないのは、患者さんからインフルエンザなどを移されないように用心しているところを見せたくないからだ。折角僕の薬局を選んで処方箋を持ってきてくれる人の「病気はもらいません」と意思表示することになるのが嫌なのだ。移るか移らないかは僕の体力であって、患者さんの責任ではない。ましてウイルスなど人ごみに出れば無数に飛び交っている。目の前の人物だけが感染源ではない。1日万の数の人が集まる空間など、ウイルスや細菌の培地みたいなものだ。その中に何の躊躇いもなく鎮座ましましているパンが信じられない。清潔志向を企業に植え付けられた日本人の誰もがその光景を受け入れているかのようだ。日本人がしばしば敢えて自慢することとは、かけ離れた印象を持っている。
 教会でのイベントが意外と早く終わったので次の用事まで2時間も時間が余った。そこでいつも行くスーパーをくまなく探検したのだが、もう1つ同じような現場を見つけた。それはてんぷら?揚げ物のコーナーだ。我が家では滅多に口に入らないような揚げ物が一杯陳列されていたが、これもまた無防備だ。油物だから如何にも空気中のゴミを吸い取りそうだが、これもまたお構いなしで手にとり買い物籠に入れる人が多い。どうしてこの2種類だけ寛容なのだろうと不思議だった。
 そこで薬剤師根性が芽生えて、一体マスクをしている人達はそうしたものを実際に買うことができるのだろうか観察してみることにした。冬だからマスク姿の人は多い。観察は簡単だ。じっと傍で見ていたら営業妨害になってしまうので、如何にも用事があるかのように振舞いながらパンと揚げ物のコーナーを何度か往復した。結果は誰も手にしなかったと言うより、素通りだった。実際に話を聞いたのではないから、それとサンプル数が少ないので確かではないだろうが、吸い込むウイルスにだって気をつけている人が、口からとるウイルスに関心がないと考えるほうが不自然だ。
 暇に任せての実験だったが、なんとなくその無駄な時間を有意義に使えたような気がした。転んでもただでは起きぬ潔癖さを持っている事もついでに証明できた。


2017年01月28日(Sat)▲ページの先頭へ
訓練
 昼食の為に2階に上がったときに偶然ニュースの時間と重なれば幸運だ。ニュースを見ながら食事が出来る。ただその時間帯とずれると悲劇だ。タラントや口から先に生まれたような進行役が程度の低い言葉を口にする。お笑いをを標榜するタラントのくせいに笑いも取れないし、番組を進行する役なのにコメンテーターの話の腰を折る。見るに堪えない、聞くに堪えない。何故そこに座らせるのかわからないが、今や教育テレビまで進出している。くだらない番組からの逃避行が教育テレビなのに、そこでタラントに待ち構えられていたら逃げ場所はもうない。スイッチを切って沈黙のうちに食事を済ませるしかないのだ。
 今日の逃げ場所での番組は違っていた。珍しく土曜の2時過ぎに浪曲をやっていたのだ。何気無しに見始めたのだが、50年前の記憶が甦ってきた。それは僕が岡山市にある高校に通うために下宿生活を始めた頃のことだ。当時バスで通うには少し遠すぎたから、下宿する人も何人かいた。僕もその1人だ。おばあさんがやっていた下宿は当時は当然のようにまかない付だ。風呂も沸かしてくれる。隣の部屋とはふすま一枚で仕切られているだけだから息遣いまで聞こえそうだ。ただ当時はそれが当たり前だったから別段居心地が悪かったわけではない。ただ、英語など声を出して勉強したいときが困った。僕も遠慮するが明らかに学年が上の同居人も遠慮していた。たださすがにここ一番では音読をしたかったのだろう大きな声を出して勉強することもあった。僕はさすがに学年が下だから、その人が風呂などで部屋を空けるときに待ってましたとばかり声をあげてを勉強した。
 そうした生活の中で唯一の楽しみはイヤホーンでラジオを聴くことだった。僕は当時下宿で言葉に飢えていた様に思う。下宿でと言うより、そうした年齢なのだろうか、ラジオから流れてくる言葉なら何にでも聞き耳を立てていたように思う。そして今日聴いた浪曲もその中の一つだった。16歳くらいの若者が浪曲を聞くのは珍しいかもしれないが、イヤホーンから聞こえてくる独特の節回しに引き込まれることがしばしばだった。あの節回しよりも言葉を追っていたような記憶もあるが。
 今思ったのだが、ひょっとしたら当時の止むに止まれぬ娯楽が、その後の人の訴えを聴く耳を養ってくれたのかもしれない。口に出すことを禁じられて、心で言葉をつむいでいた。音に出来ないもどかしさの中で感受性が少しだけ訓練されたのかもしれない。


2017年01月27日(Fri)▲ページの先頭へ
前島フェリー2
 処方箋を持ってきた男性が前島の人だから、若夫婦が薬を作っている間に雑談をした。前島の人に尋ねてみたいことがあったのだ。
 つい最近、岡山市から漢方薬をとりに来た家族が、漢方薬の注文だけして前島に牡蠣を食べに行った。なんでもフェリーが着く所に緑の観光公社の建物があり、そこの庭で牡蠣を焼いて食べさせてくれるのだそうだ。炭火で焼くからとても美味しく、家庭では味わえない美味しさだと言っていた。どうして岡山の人がそんなことを知っているのか疑問に思ったので、いつか前島の人でそうしたことに詳しそうな人が来たら尋ねてみようと思っていたのだ。それにうってつけの人が来た。
 その男性は尋ねるたびに「うちのフェリーは・・・」と言う言い回しをするので役員か株主かもしれない。恐らく昔から前島住民のためのフェリーだから島民は全員株主なのだろう。その男性いわく「結構遠くから食べに来てくれるんよ。この前の日曜日なんか岡山から団体で20人くらい来ていて、牡蠣が足らなくなったくらい。大阪のほうからも来てくれるよ」
 聞けば3年位前からこの企画を始めているから結構知っている人が増えたらしい。職員もインターネットなどで宣伝しているみたいだ。僕は3年前に、フェリーで牡蠣の水揚げ現場がある錦海湾の沖に見学に行ったことがあるが、取立てだから美味しさも人気の理由なのだろう。岡山県の牡蠣は1年物だからやわらかくて美味しいらしい。これはテレビで漁師が説明しているときの受け売りだが。
 もう1つうれしいことをその男性から聞いた。僕にとってはこちらのほうが圧倒的に価値がある。ずっと前からこうしたことが実現しないかなと思っていたのだ。と言うのは、僕の大好きな四国フェリーが大赤字で便数をかなり4月から減らす。恐らく2時間に1本くらいになるのではないか。今までは四国に行くときにあの1時間の船旅を楽しめたが、これからは時間の制約がありすぎて不便になってしまうのではないかと思うのだ。よほど偶然イベント時間が船の時間に合えばいいが、最悪2時間待ちなどになったら目も当てられない。いやでも瀬戸大橋を利用しなければならなくなるかもしれない。
 そうした好ましくないニュースに落胆していたのだが、前島フェリーが小さな船を買って、クルージングをしてくれるのだそうだ。豪華な船ではなく、漁師の船を大きくしたようなものらしいが、あまり運賃が高くなさそうだから、そのほうが嬉しい。高いのなら牛窓には、ホテルリマーニが運航している豪華ヨットによるクルージングがあるから、庶民向けのクルージングが出来たら歓迎だ。「ついでに、四国の高松まで定期航路を作って!」などと勝手なことを言っているが、僕の長年の夢がかないそうだ。
 潮風を切って海上を走るのが気持ちの良い季節になれば、僕も以前のように患者さんを招いて、一緒に楽しんでみたいと思っている。ウツウツとした気持ちなど瀬戸内海の波の上に流してしまえ!


2017年01月26日(Thu)▲ページの先頭へ
価値
ある女性のお嬢さんが看護学校に通っている。お母さんがヤマト薬局特製?のインフルエンザにかかりにくい漢方薬を買いにきた。理由は、クラス中がインフルエンザにかかって順番で学校を休んでいると言うのだ。お嬢さんもそろそろ順番が来そうなんだとか。そこで買い物に来ていたときに見ていたインフルエンザ予防薬を思い出して娘に飲ませたいと言ってとりに来た。お母さんは「インフルエンザの予防注射をみんなしているんですけれどねえ」と言っていたが、アルバイトで病院の仕事をするらしいから予防注射は必須なのだろう。僕のいつもの持論で、インフルエンザに上手にかかって上手に治せばいいと思うのだが、それでは製薬会社にがうまみがないのだろう。彼らにとっては、予防接種がことごとく外れて、インフルエンザの薬を飲んでもらうのが最良のパターンだ。僕らはいつの間にか、製薬会社の為にインフルエンザで振り回されている。
 そう言えば、次女三女もクラス総倒れの中、何事もなさそうに通っている。こちらも介護の専門学校に通っているが、看護師の学校ほど厳密な管理はないらしい。僕らと、薬局と言う同じ空間にいるから毎日ウイルスにさらされ元気なのかもしれない。そう言えば昨夜市役所に勤めている男性が閉店ぎりぎりに入ってきた。なんでも市役所でインフルエンザがおおはやりになり、多くの職員が休んでいるらしい。いつものように予防の漢方薬と万が一移されたときの為にヤマト薬局製の風邪薬14号(これは3号より強い)を持って帰った。
 僕の薬局を利用する人の多くは、自分で何とかする派が多い。なるべく自分の持っている力で解決しようとするものだ。人には病気を治す力が十分備わっていて、驚くほど回復する。そうした力を導き出すための努力をする人たちだ。これでもかこれでもかと作られる薬はまだ人体実験をしていない。何年も何十年も経た安価な薬を使えば人体実験やりまくりだから安全性は確保されている。いたずらに製薬会社を養うことはない。
 薬局でよく僕が使う言葉「室町時代でもインフルエンザを治したんだから」は皆さんへのエールなのだ。死に病は人生で一度だけ、何回も来ることはない。それ以外は全部生きるために試練。生きるために病気をする。勝ち取ったもの(免疫)は与えられるもの(ワクチン)よりはるかに価値がある。


2017年01月25日(Wed)▲ページの先頭へ
綿密
 東京より遠いある県から一人の女性が漢方相談に来てくれた。時々そうした労力を惜しまない方がいるが、今度の方は交通機関の利用の仕方が慣れているのか、得てているのか、勇気があるのか、驚きでもありうらやましくもあった。
 詳細は分からないが、恐らく利用したのは飛行機と長距離バスと、ローカル電車と、ローカルバス。どなたにも、邑久駅まで迎えに行くと提案するのだが、その女性は、邑久駅からバスの連絡がいいのでバスで行きますと言った。そんなところまで調べられるのかとびっくりした。過疎地を走るバスなのに、よく分かるものだと感心した。
 遠くから来るのだから疲れるだろうと思って、3階に泊まって行ってもいいと提案したら、もう岡山市内にホテルの予約していた。翌日に神戸空港まで行って、そこから飛行機で自分の住んでいる県の飛行場に戻るらしい。聞いていて実に合理的な動きをする。
 その女性に触発されて今僕は、パソコンを酷使しながら頭をひねっている。と言うのは4月に帰国するかの国の女性達が思い出に雪を見たいと言ったのだ。ただ僕達県南の人間はとても穏やかな天候の元で暮らしているから、雪とか寒さとかには全く慣れていない。雪の厳しさが想像つかないのだ。或いは危険を伴うことも大いにあるだろうという心配もかなり先にたつ。何とか思い出を作ってあげたかったが、さすがに真冬に北に行くのは気が進まない。しかし、はるばる来てくれた女性の行動力や綿密さを見習って、かの国の女性達のために尽力しなければと言う気持ちが強くなった。
 朝仕事前に、昼仕事の合間を打って、夜仕事を終えてからパソコンに向かって悪戦苦闘しているのだが、なかなかスケジュールが出来上がらない。ただ雪景色を見るだけではもったいないので、サプライズでスキー場へ連れて行ってあげようと思っているのだが、電車やタクシーの手配、スキー場での貸し衣装、食事など、なかなか課題が多い。スキー場はさすがに田舎で、インターネットで調べた連絡先に電話をしても、なかなか連絡がつかない。情報が集めきらないのだ。いたずらに日にちだけが過ぎていく。
 こうした場面をあの女性ならはどうして乗り切るのだろうと思いながら、空白だらけのスケジュール表を恨めしく眺めている。


2017年01月24日(Tue)▲ページの先頭へ
情報
「わが国での最近のインフルエンザとノロウイルス感染症の流行時における定点サーベイランスデータを用いた研究から、これら感染症の流行と土壌放射線が相関していることが報告された。本研究は岡山大学の井内田科子氏らによる探査的研究で、今回の結果から免疫力低下と土壌放射線による照射に潜在的な関連があることが示唆された。Epidemiology and infection誌オンライン版2017年1月16日号に掲載。

主な結果は以下のとおり。

・インフルエンザとノロウイルス感染症の流行・集団感染は、放射線被曝が比較的高い地域でみられた。
・発症率と放射線量との間に正の相関が認められ、インフルエンザでは r=0.61〜0.84(p<0.01)、ノロウイルス感染症では r=0.61〜0.72(p<0.01)であった。
・放射線被曝が0<dm<0.01と0.15≦dm<0.16の地域の間には発症率の増加が認められ、インフルエンザは1.80倍(95%信頼区間:1.47〜2.12)、ノロウイルス感染症は2.07倍(同:1.53〜2.61)高かった。

 統計学の難しいところは分からないが、放射線濃度が高いところで暮らす人たちは、免疫力が落ちて、ウイルスにやられやすいと言う結果は分かる。僕ら素人は感覚でしか理解できないが、こうした学問的なアプローチは説得力があるのだろう。ただし、僕ら素人はこれでよく分かったとはいかなくて、下手をしたら余計わからなくなる。ただし、僕らが肌で感じることは学問的にも正しいことが多い。ただ、その学問的な結果を導く人が権力に媚びる人間の場合は別だ。彼らに喜ばれる結果を最初から用意しているのだから、むしろ疑ってかからなければならない。
 放射能の影響は癌がよく取り上げられるが、むしろ日常の体調不良の形を借りることが多いみたいだ。風邪を引きやすいとか、なんとなく疲れるとか、循環器系で医者にかからなければならなくなったとか、そうしたどこにでもある不調、誰にでもある不調に姿を変える事が、逆に奴らをのさばらしている。加齢のせいでしょうなんて、いくらでも言い逃れが出来るからだ。
 上記の文章は、今日、薬剤師宛に送られてきた情報だ。職業柄医学的な情報は毎日、全部に目を通すことが出来ないくらい入ってくる。こうした情報の中から患者さんに有益な情報を選んで教えてあげるのだが、薬剤師が、あまり権力を批判するのを聞いたことがない。と言うよりむしろ権力の有力な応援団だ。選挙のたびに薬剤師会から痔見ん党を応援するように連絡が来る。見返りを求めて何でもするというところだろう。おかげで薬局経営も僕らが若い時代に比べて随分と楽になった。奴等の不都合なことには目をつむり、票を出す代わりに金をくれだ。どこにでもある構図だが、この悪いところは、業界に属していない人達が割りを食らうって所だ。自分達さえよければ後は野となれ山となれの典型だ。放射能で汚染され、後どころか現実に野となり山となっているのに。
 こうした情報が目に触れ、当然いろいろなことに注意を払う。ただそれを薬局を利用する人達に還元しないなら、かかりつけ薬局などと言う資格はない。かかりっきり薬局と名前を変えたほうがいい。権力にかかりっきりなのだから。



2017年01月23日(Mon)▲ページの先頭へ
吐露
 いつも笑いが溢れる薬局にしたいと思っているが、時にそうは出来ないこともある。
 御主人が自分で処方箋を持って薬をとりに来ていたのに最近は奥さんが代理でやってくる。どうしたのかと尋ねてみると、もうほとんど家から出られないのだそうだ。もう何年も前から緑内障を患っていて、最近とみに悪化したこともあるが、内臓も悪かったらしい。家の中の移動は何とか出来、トイレも今のところ自分で行くことができるらしいが、それもいつまで持つか分からない。実母を10年以上介護し、最近見送ってやっと肩の荷が下りたところなのに、次は御主人の番だ。お互い元気だった頃には、不自由になったら施設に入ってもらうよと言っていたそうだが、実際にそれが近づいてくると不憫でなかなか言い出しにくいらしい。本心はもう入って欲しいのだが。
 何年もウツウツとしている姿を見ていたので、これから又同じ状況に耐えなければならないのが気の毒だ。「何か楽しいことがある?」と僕が尋ねたところから心情を吐露し始めた。年齢とともに介護が負担になり、それが自分の体調に跳ね返り、決して万全の体調ではないから、日々老いを感じて将来に対して悲観的な見方しか出来ないらしい。「安楽死と言うものが日本でできるならやって欲しい」と言う言葉は、恐らく本心だと思う。「これから楽しいことがあるなどと想像もできないし、あるはずがない」と言ったのは、その女性だったか、僕だったか。いずれにしても全く意見が一致した。
 虚空を見つめ続け、時々訳もなくうなづき、口をもぐもぐさせる。スプーンに載せたゼリーを口に運んでもらいやっとのことで飲み込む。時間が来ればヘルパーがおしめを替えてくれる。後はひたすらコンクリートの天井を見ながら眠るだけだ。時計もカレンダーも季節もない。時間はいつも時計の中に閉じ込められて、悲鳴を上げることすらしない。当てもなく廊下を車椅子で何度も往復し「ごめんね、ごめんね、家に連れて帰ってあげれなくて」と謝る。久しぶりに母の後ろに隠れて涙を流した。
 そんな昨日が、その女性の話と重なった。




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