あるお母さんへ


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2008年7月
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2008年07月04日(Fri)
< 腕時計 < 幸せ | エッセイ/一覧 | 笑顔 > カニ
あるお母さんへ

 学校へ行けないのでしょうか。学校へ行かないのでしょうか。また、そのどちらもが重複しているのかもしれませんね。僕の場合は、入学して1ヶ月もすれば、思っていたところと異なっていたことに気が付きました。それで授業に全く興味を持てず、徐々にさぼるようになりました。1年生の時は野球部に入っていましたから、夕方には学校にいました。
それまでは恐らく学食にたむろして、煙草を吸って、劣等生同士で時間を潰していたのだと思います。2年生からは野球部も辞めて全くフリーになりましたから、昼頃学校に出かけ90円の定食を食べ、その後バスで柳が瀬という岐阜一番の繁華街に行って、パチンコをして夜まで過ごしました。夜アパートに帰ってきて、先輩や後輩などと麻雀したり唄を歌ったりして深夜まで遊びました。これを5年間くり返しました。勉強は試験の前だけです。授業に出ても、出席の返事をしたらすぐ抜け出ていました。僕の同級生は、60人ですが、4年間で卒業したのはどのくらいいたのでしょうか。僕ら1年留年は優秀な劣等生でした。2年以上留年の猛者もいるのですから。大学ってこんなものなのです。時代も学校も違うから一概に言えないかもしれませんが、厳しいと言われている薬科大学でもこんなものなのです。ところで僕の同級生は、その後けっこう真面目に生きていっていますよ。長い道草をしたようなものです。ちなみに去年帰って今一緒に仕事をしている娘に、学校に行っていたのと尋ねたら、あまり行っていなかったと言っています。もしおこさんが県外にでも出ていたら、全く今の状態に気が付かなかったでしょうね。1人で悩んでいたかもしれないし、SOSをお母さんに発信してきたかもしれません。おこさんが色々なことを考えて、悩むのは大人の階段を上がっている証拠です。上手くいくことなんか滅多にありません。あの頃の僕は、学校に行かなければならないと思いつつ、いけなかったです。行く理由が見つからなかったのです。それでも卒業したのは、他に能力がないことを良く知っていたからです。少なくとも免許がもらえる学校だったのが救いだったのかもしれません。
 僕の煎じ薬はおこさんが、ご自分の心を傷つけるのを防いでくれると思います。自立への脱皮が苦悩を伴わないとしたら、青春は色あせたものになってしまいます。思い出したくないことばかりが想い出になってしまうのが青春ではないでしょうか。
栄町ヤマト薬局

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