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2008年06月30日(Mon)
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名古屋

 名古屋に行って来たという若い女性が、僕が岐阜に住んでいたことを知っているので、みそ煮込みうどんを食べたことがある?と尋ねた。僕は、5年岐阜にいたが、勿論食べたことはない。帰省の行き帰りや、アルバイトなどで何回も名古屋には行っているが、食堂に入るなんてことはあり得なかった。今になって知ったのだが、名古屋には多くの美味しい料理があるらしいのだ。
 僕が5年間岐阜にいて、郷土料理なるものを食べたのは、恐らく1回生の時、野球部にいたからその時のコンパ、後一度だけ、近くのお寺でみそ田楽というのを食べたことくらいだろうか。今思えばもう少し、想い出になるようなものを口にしたり、有名なところを訪ねておけば良かったと思う。それらしいところに行ったのは養老の滝と高山だけだ。それもわざわざ行ったのではなく、必要に迫られていったのだから、余程何にも興味を示さなかった青年だったのだろうか。
 部屋代とバス代と煙草代。そしてパチンコ代。最低限それだけを確保して、後は何とかしていた。その何とかが今考えてもあやふやで、どうして何とか出来ていたのか分からない。そんなに熱心にバイトをした記憶がない。勿論盗みはしなかった。無いもの同士で融通しあっていたのか、いや、僕がもらうことはあっても僕が回すことはあり得ない。目的もなく、潰すべき時間を彷徨っていたから空腹が応えなかったのかもしれない。食費は一番最後に考えるべきものだった。上記の必需品の残りが食費なのだ。僕は同情すべきワーキングプアではない。確信犯の遊ビングプアだったのだ。
 夢も希望もなかったけれど、何とかなる時代だったのだ。今の若者は何ともならない時代を生きている。そこそこにやっていれば何とかなった時代は、頑張ってもはい上がれない時代になった。どう転んでも、我が息子や我が孫が食うに困るようにはならない老人達の手で、時代は変えられた。しかし、翻弄された世代の叫び声はまだ聞こえない。
 

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