過敏性腸症候群

漢方薬を初め、天然素材の薬を用いて、過敏性腸症候群の回復のお手伝いをしています




2017年02月10日(Fri)▲ページの先頭へ
玉石混交
 どの項でお知らせすればいいのか迷ったが、このブログを読んでくださる方が一番多いので、面白くないかもしれないがお知らせしておく。
 まさか僕の漢方薬を飲んでくださっている人がこんなものに手を出すとは思わないが、ひょっとしたら僕の過敏性腸症候群の漢方薬を2週間だけ試みに?飲んだ人の中にはいるかもしれない。過敏性腸症候群の方はドクターショッピングが非常に多いことが知られているが、基本的には薬以外に手を出すべきではない。
 僕は初耳だったのだが、青薫(せいたい)と言うリュウキュウアオイなどの植物から作られた健康食品を個人の判断で潰瘍性大腸炎に効くとして摂取している人がいるらしい。何でも関東のほうの薬店がよく売っているらしいが、それによって起こった重篤な副作用に関して、厚生労働局から知らせが届いた。それによって肺動脈性肺高血圧症が発現したらしい。聞きなれない症状だが、動くと息切れがし、下り坂でも息切れがしてくる。しまいには椅子に腰掛けて何もしなくても息切れがするらしい。これはしんどいだろう。
 注意喚起を期待された漢方薬の会社が、青薫の実物を持ってきてくれた。ビニール袋に少しだけ入れたものだが、青と言うよりセメントの粉みたいな粉末だった。これを薄めていくと、本来は染料(藍)だから綺麗な青色になるのだろう。セールスいわく「よくこんなものが飲めますね」のとおりで、これを体の中に入れるのはかなり勇気がいりそうだ。ただ、藁にもすがりたい人にはそんな恐怖感もわかないのかもしれない。
 インターネットの世界は、或いは世の中はと言ってもいいが、玉石混交の世界だ。残念ながら、どうでもいいような、悪意に満ちた情報が目によく止まり、なかなか宝石にはめぐり合えない。仮にめぐり合っていても、自分に好ましくない情報はブロッキングを起こしているから、有効には使えない。全うな知識は情報の多さには必ずしも比例しないことが分かる。


2016年12月27日(Tue)▲ページの先頭へ
努力
 短文だが、優しさがあふれ出るようなメールを6年間、2週間毎にくれた。その短い文章の中で彼女の心や体調の変化、或いは環境の変化まで読み取り、より適切な漢方薬を作り続けた。人生の基礎の部分を作り上げ、実社会に打って出る時期を過敏性腸症候群との戦いに費やしたようなものだ。ただ、克服は出来ていなかったが、本来持っていただろう優しさは持ち続けていて表情に十分表れていた。人を傷つけることなど到底出来そうもなく、むしろその逆で苦しむ人のように見えた。ただし、こうした人格の持ち主には必ず救いの手を差し伸べてくれる人が現れる。いや、とても大切にしてくれる人が現れる。何故なら手を差し伸べる人自身が救われるから、引力で同じような心の持ち主と出会わないはずがない。いみじくも、彼女が夢見た職業に最近つけたが、採用してくれた方や同じ職場の先輩達からとても大切にしてもらっているみたいだ。僕には当然のように思える。僕が採用する側に回っても一番にお願いしたいような人だ。
 完治の区切りに車を運転してお礼のスイーツを持ってきてくれた。あれだけバイパスを恐れていたのにバイパスを使ってやってきた。もっと驚いたのは、10年以上も行くことができなかった岡山駅周辺に車で出かけ、最難関のイオンモールに買い物に行けたことだ。県内では一番込んでいるところで駐車場に入るのも難しい。そこに行ければほとんどのところに行ける。見事卒業試験に合格したってことだ。
 全くの偶然でしかないが、丁度6年前の今日漢方薬を初めて飲んでくれた。6年のうちに、少しずつ行動範囲を広げアルバイトも始め、結果的には正社員として夢見た職種につけた。長い時間かかったかもしれないが、思い悩むだけの時間ではなかった。少しずつ前を見ながら上を見ながら努力した時間だ。そして素晴らしい結果を勝ち得た。決して否定される時間ではない。彼女の表情や物腰がそれを雄弁に物語っている。彼女は決して立ち止まっていただけではないのだ。これからの人生がどう展開していくか僕は楽しみにしているが、恐らく本人も同じだろう。愛されるべき人が再び街に出た。
 努力なくしてこれからの長い自由な時間は手に入れられなかった。手にするものの大きさに比べれば漢方薬を飲むくらい努力のうちには入らないのかもしれないが。


2016年08月17日(Wed)▲ページの先頭へ
機知
タイトルの「暗めのメールです」と文中の「派手に落ち込んでしまっていて」はなかなか機知に富んだ表現で、
読み手としては楽しませていただきました。まだまだ余裕はあるように思いますがいかがでしょう。
職業柄、「暗めのメール」以外、あまりもらうことはありません。暗めのメールどころか、暗めの会話ばかりです。
でも、僕にはそれらが全て産みの苦しみのように見えますし聞こえます。
よりよくなろうとする力が湧いて来るのを、じっと耐えて待っている様に見えます。
2通目に頂いた情報は結構大切で、粉薬の処方を変えました。それと煎じ薬のほうも、あなたの派手に落ち込んだ状態を改善するように変えました。
どちらも味が異なっていますから、そういった理由があってのことですから安心して服用してください。
世は汚リンピックとスコップが壊れた話題ばかりです。まるで何かを覆い隠そうとしているかのようです。
幸せと不幸がお互い遠くのものになっています。ちょっとの努力やちょっとのきっかけなどでは到底飛び移ることが出来ない距離です。
そんな時代を僕もあなたも生きています。与えられた価値観の中で右往左往しないようにしなければ、人生が重荷になります。
私の価値観を持ち、私を大切にすれば人生のほうが従ってきます。少なくとも僕達は、人生を従えなければなりません。
威風堂々、取るに足らない僕ら庶民にも必要ですよ。
息子達が3階を片付けてもう荷物を少しずつ運び出しています。
意外と行動力のあるあなたです。もしもう一度来る機会があれば、国際ビラでなく、ペンション薬(ヤクではなく、くすりと読んでね)に泊まって頂いていいですよ。
日曜日なら僕の好きなコースを案内します。運がよければ和太鼓のコンサートにもいけますよ。
ペンション薬


2016年07月09日(Sat)▲ページの先頭へ
青春
 このなんともいえぬ心地よい笑顔が、人間が他者との敵対心を取り除くために作られたものなら、彼女のそれは天下一品だ。正面に対峙して体調を聞くのも心地よかった。ただ、そのことが僕の処方に決定的な判断をもたらしてくれ、結果的にわずか2週間でほぼ完治してもらうことができた。
 二十歳を少しばかり回っただけなのに、逆流性食道炎と過敏性腸症候群で苦しんでいた。前者は3年、後者は1年だが、服用している薬が僕には解せなかった。前者は、こんなに胃酸の分泌を抑制ていいの?後者は今日の下痢を物理的に止めて、明日も明後日もまた同じことをするの?と言う疑問だった。逆流性食道炎も過敏性腸症候群も治る治療など全く行われていない。これだと人生の素晴らしい時期を病人のままで過ごすことになる。
 漢方薬のいいところは、今現在の不快症状を取りながら、根本療法もできると言う点だ。これは現代医学と圧倒的な違いがある。現代医学は、不快症状を取ることには長けているが、病気から脱出するのはあくまで本人の残された力頼りだ。その力があれば根本的に治ってしまうが、それがなければなかなか完治しない。漢方薬は自然治癒力を増すような生薬が必ず入っているか、入っていなければ入っているものと組み合わせる。だからわずか2週間で完治した。
 2週間目に薬を取りに来た今日、7割くらい楽になりましたとすぐに教えてくれた。それだけでも嬉しかったが、念のため最初に相談を受けた症状をチェックすると全て治っていた。「治っていますね」と自分でも驚いた様子で訂正した。恐らく自分でこんなに早く治ると思っていなかったのではないか。そんな表情をしていた。いやひょっとしたらもう治らないのだろうかと諦めていたかもしれない。
 同じ県内の人が牛窓方向に来るのは難しい。いかにも田舎に行く方向だからだ。ほとんどの需要は県の中心部に向かって満たされるから、逆方向に勇気を振り絞ってきたのかもしれない。「あなたの笑顔はとても素晴らしいけれど、その笑顔のために、沢山の気持ちを押さえ込んでいるのではないの?」と僕が質問をした瞬間涙が溢れた。勇気を出して田舎の薬局に相談してくれたこと、僕に全てを悟らせる涙を隠さなかったこと、その二つが彼女の青春を取り戻した。


2016年06月30日(Thu)▲ページの先頭へ
ガス漏れ神話
 こんなにガス漏れだった人の誠意あるお礼の言葉をもらったことがないので、紹介したくて許可をもらったら快く許してくれた。今現在ガス漏れで僕の漢方薬を飲んでいる人、嘗て漢方薬を飲み始めてすぐに結論を出して脱落した人、そしてこの方のように僕に接触するかどうかで迷っている方に読んで欲しい。僕は「ガス漏れ神話」なるものを崩したくてずっと努力している。悪意に満ちた創作を漢方薬で否定したい。人生のある時期をこんなことで無駄にして欲しくないし、悪意に満ちた営業の犠牲になって欲しくない。実際に克服してくれた人の肉声は、僕の書く文章の何十倍もの説得力がある。なんら注釈をつけることなくそのままを読んで欲しい。 


やまと先生、お久しぶりです。
長文になってしまいました。お時間のある時でかまいませんので一読頂けると幸いです。
 〇〇〇〇です、私のことを覚えていらっしゃいますか?ありがたいことに、ぱっとは思い浮かばないはずです。なぜなら私が先生に助けを求めたのが2009年の5月…ですからもう7年(?)も前のことになります。久しぶりに先生のブログを拝見し今も沢山の方を救っておられること、とても嬉しく、尊敬いたします。
 先生のおかげで、一度お薬をいただいただけにも関わらず、長い苦しみから開放されました。しかも、実はいただいた分を飲みきってないのです。飲み切る前に治ってしまったので!本当に、先生には感謝しても感謝しきれません。ありがとうございました。
 今回私がこうしてメールを書いていますのは、報告したいことがあるためです。この度外国人の男性と結婚し、外国に住むことになりました。
不思議ですね、先生。とても不思議な気持ちです。8年前は死んでしまいたいとさえ思っていた人間が、こうして良い人に出会い結ばれて、しかも子孫を残そうとしています。それもこれも、先生のお陰です。
 高校生の頃、毎日辛くて辛くて仕方ありませんでした。おならが頻繁に出るのです。今思うと本当に出ていたんでしょうか?しかし、皆、私がおならをしていると笑っているんです。いつも息苦しくて、逃げるように下校していました。電車なんか怖くて乗れませんでした。笑い声も、咳払いでさえ、すべて私に向けられているように感じました。
 ある日恥を忍んで親に手紙を書きました。おならが出て困るから医者に行きたい、と。その手紙を、両親はどんな気持ちで読んだのでしょう。わかりませんが、近所の診療所へ連れて行ってくれました。お薬をもらって飲みましたが、イマイチ効き目はありませんでした。何も変わらないまま、やっとの思いで登校し、卒業しました。
 私はしぶとい所があるようで、辛いながらも医療系の専門学校を受験し無事合格しました。新しい場所で、また辛い思いをしたくないと、椅子に分厚いクッションをひいておならが出てもわからないようにしたりと様々な工夫をしました。新しい友人は私に良くしてくれましたし、誰もおならのおの字も私に言いませんでした。しかし、私ひとり、いつおならが出ていることがバレるか、あの笑い声は私の事をいっているのではといつもヒヤヒヤしていました。今はおならおならと書き連ねていますが、当時は本当に、おならと書くことすら苦しかったのです。
 おならをどうにかしたくて、毎日毎日ネット検索する中で、先生の事を見つけました。初めて見た瞬間、もうここへ行くしかないと決心したのです。当時はバイトもしていなかったので、少ないお小遣いをコツコツ貯めました。出発の日まで、何度も先生のブログを読みました。当日、両親には友達の家に泊まりに行くと言い、電車に乗ること自体、あと電車賃とお薬代にヒヤヒヤしながら(笑)先生の所へ向かいました。
 先生の所へ行った後、私の人生は随分変わりました。良くなったというのでしょうか、それとも普通に戻ったというのでしょうか。学校も実習等辛いながらも友人に支えられ無事卒業し、国家試験にも合格しました。外出さえ怖かったのに、ライブやコンサートなど人の多い所にも頻繁に行くようになりました。電車にも乗れなかったのに、飛行機で海外旅行に行くようになりました。そして今、外国に住んでいます。
 今住んでいるところで、とても面白い事があります。みんな平気で人前でおならをするんです。私の夫なんか、特別大きな音で。私が驚いた顔をすると、何がダメなんだ?という顔でこちらを見てきます。そのたびに笑ってしまいます。もし最初からここに産まれていれば、私の昔の悩みなんて無かったのかもしれない。なんて思いましたが、この苦しみが無ければきっと、別の苦しみがあったに違いありません。ただ、皆しているから、おならをしても大丈夫なのですが、今はもう別にしたくないのです。おかしいですね。今はっきりとわかります、おならは出ていないと。人のおならを聞くたび、おかしな、不思議な気持ちになります。
 昔のことは、実はほとんど思い出せません。特に嫌な記憶は、脳が自分を保つために思い出せないよう蓋をしてしまうんだそうです。あとは、私の記憶力が悪いためか、良いこともすぐには思い出せません。先生の所に伺ったのはいつだったかも覚えていませんでした。ただ、あの日先生と奥様にお世話になったこと、夕食のお魚、船から見た夕日ははっきりと思い出せます。とても優しい時間でした。
 長くなってしまい申し訳ないです。日本語で長文を書くのは久しぶりです。読み辛い部分も沢山あると思いますが、どうぞご容赦下さい。先生に沢山お話したいことがあったのと、先生と奥様が一人の人間を救ったことを、どうしても報告したかったのです。私は今とても幸せです。本当にありがとうございました。


2016年06月18日(Sat)▲ページの先頭へ
病原体
 今日、ある学生から完治のお礼の電話をもらった。すんでのところで心療内科の患者になるのを防いだ女性だ。もちろんそんな意図は僕にはなく、予約を入れていたのを取り消して僕の漢方薬に掛けてくれたのが効を奏しただけだ。何も僕は心療内科に否定的ではない。その重要性は十分知っているし、助けられた患者さんも職業柄よく知っている。ただ残念ながら、何が何でも薬物で治そうとする姿勢、いや、逆に、安易に薬物で治そうとする姿勢が目に付くことも多い。だから、できれば自然に治らないかなといつも考えている僕とは相容れないところもある。又、医師の後方に控えているいわゆる製薬会社にはかなり不信感を持っている。「それは鬱かも知れません」などとコマーシャルを流し患者を作るようなことも金に任せてやってしまう。
 その女性は、自称過敏性腸症候群で悩んでいたのだが、そうでないことは会ってすぐに分かった。胃腸科では治らないある症状を僕が偶然得意としているから割と早く治ったが、その後3つの症状も全て治ってしまった。若いから治りやすいのだ。僕の経験では計4つも不快症状を持っていたら、4つの病院にかかって薬だらけになっていたところだ。そして恐らくかなりの年月薬を飲む羽目になっただろう。僕は全てを5ヶ月で治してしまったから、日本の健康保険にも貢献した。
 漢方薬だからだらだら飲むことはない。治ればやめられる。自然治癒力を利用したマイルドな治療法だから薬からの離脱はいとも簡単だ。本人が決断すればそれで終わりだ。
 「あってはいけないことだけど、僕がお手伝いできることがあったら連絡してね」と最後に言っておいた。できれば自然な薬で自分の持っている治癒力で治してほしいこと、製薬会社を儲けさせる為に、何でもかんでも胃袋に入れないようにして欲しいことを伝えたかったのだ。
 2月まで全く面識がなかった若い女性が、呪縛から解放されて自由を得た。折角手にしたその自由を、次は国という最大の病原体に奪われないように知恵をつけて欲しい。
 


2016年05月23日(Mon)▲ページの先頭へ
営業職
 お久しぶりです。一年くらい前までお世話になってた〇〇です。現在は通信課程の大学を卒業し、〇〇のメーカーの営業として働いてます。まさか自分が営業職につくとは思ってもいませんでした。正直今も相変わらず人前で話すのは苦手ですが、それを克服したいという思いの方が強くなり営業として働いています。こうして働けているのも本当に大和さんのお陰だと思います。本当にありがとうございました。先日初任給を頂いたので、拙いものですがお菓子を送らせて頂きました。よければ召し上がって下さい。
 
 この青年は2度我が家にやって来て数日一緒に過ごしたから、こうしてメールの内容を披露することを許してくれると思う。以前にも紹介したから、繰り返しを避けるが、大都会に住んでいて、繁華街ですれ違う人たちに「臭い」と罵倒し続けられた青年だ。そのせいで公共機関に乗ることが出来なくて、スポーツ用の自転車を21時間こいでやってきた。すぐに帰すには気の毒だから泊まって行く様に促し結局は数日滞在した。最初に来たときには、かの国の女性たちとフェリーに乗って高松に行き、2度目に来たときは、結構息子が親切にしてくれた。それらの力を借りながら漢方薬で治ってくれたのだが、今日のメールを読んで僕の家族が全員喜んだ。
 と言うのは結構好青年だったのだ。娘に「〇〇君はまじめだったから、よかったね」と言わしめるくらい、純粋な青年だった。ただただ人が苦手だっただけなのだ。それも家庭の事情でそうなっただけなのだ。「彼が治ればガス漏れの全員を治すことができる」くらい重症だったが、彼を治しても治すことが出来ないガス漏れの人がいっぱいいた。ただそれらの人と彼の違いは、僕のところにやって来ることを楽しみにしてくれるくらい我が家を好いてくれた事だ。3度目は、息子の家族が3階を占有したから泊めて上げれなくなって断ったが、我が家の敷居が彼にとっては低かったってことだ。だから色々な話をすることが出来た。興味本位で一度だけ注文してくる人たちとは圧倒的に治したい気持ちが違った。そしてそれに向かって努力もした。
 僕は年に2回かの国の女性達を連れて彼の暮らす大都会に行くが、それこそ岡山駅から新幹線で70分くらいかかる。牛窓からだと3時間かけていくところを彼は自転車をこいで21時間かけてきた。どうしても治したかったのだろう。敢えて、不得意な営業を選択したのも同じ気持ちからだと思う。自分の一番苦手な場所でしか治らないと言う助言を実行してくれたのだと思う。
 こんなメールをもらうとまたぞろ無料民泊を始めたくなる。実際に会って多くの言葉を交わし、少しずつ真実に近づく。そうすると青年達の貴重な時間が、彼ら自身のものになる。彼らには奪っていいものも、奪われていいものも無いのだ。虚栄を脱ぎ捨て、虚構を壊してありのままに暮らして欲しい。




2016年04月05日(Tue)▲ページの先頭へ
先輩
 今日ある方に返信をしたのだが、その内容が今僕が置かれている状況を結構表していたので、一部を披露する。


・・・・・僕は必ず漢方薬を作った人に結果を聞きます。そして完全に治った、効果は十分あるがまだ治らない、効かないの3つに分類しています。
 漢方薬を勉強してから常に僕の目標は、7割の人に効果を出す・・・です。そうしないと僕自身がめいってしまうのです。立地上患者さん達ととても親しいので(もっとも今は遠方からきてくれる人が〇割くらいになりました)効かないなんていわれると寝込みそうなのです。そうしたことが僕の頑張ってきた理由にも大いに貢献してくれたと思っています。全ての病気をあわせると7割は十分キープできていると思います。ただIBSの人に限ってはこの数値は怪しいものです。と言うのは、IBSの患者さんは病歴が長くて、ありとあらゆるところを転々とした人しか僕のような田舎の薬局に依頼してこないので、最初から僕の薬局に対しての猜疑心とともにスタートします。それを覆す喜びや達成感は大きいのですが、治療に関しては正直ハンディーです。「期待していないけれど、1度だけ飲んでみる(試してみる)」人が他の病気では考えられないくらいいるのです。色々なところで効果が出せれなかったのに、僕に対する猶予が2週間だけの人が結構多いのです。それでも〇〇〇人くらいは完治していますから、そして改善をあわせるとかなりの数ですから、何とかモチベーションを保っていますが、重圧に耐える健康を僕が失えば、そこで僕の仕事も引退だと思っています。僕は多くのデータと、見つけた公式を息子と娘に残していて、もうやりきった感はあるのですが、まだ2人とも必要としてくれているところがあるので、うっとうしがられながらも仕事をしています。
 僕はこうしてあなたに返事を書いているうちに、現在、自分のおかれた状況を整理できたように思います。あなたは僕と似ている性格だと思います。人生の先輩として、全ては上手くはいかなかった先輩としてもし助言できることがあるとしたらそれはやはり「力まないで」です。この言葉を恐らく何度も思い出す場面に遭遇します。僕を頼ってきてくれる人達に毎日声かけしている「脱力して!」をあなたと僕自身に贈ります。


2016年04月01日(Fri)▲ページの先頭へ
表現
「こんなことがあるのでしょうか」「魔法のようです」「ただただ夢のよう」「朝起きて、大きなおならが出て、これのことかと思いました」「髪の毛がばさばさだったのに、今はご飯が食べられるから生き生きとしている」「何年ぶりかで一本の便が出ました。拝みたいくらいです」「絶対治らないと思っていた」「一生苦しむのかと思っていた」「外食も気にならなくなった」「人と会っても気にならなくなって楽しい」「今は、何でも来いって気持ち」「何でもチャレンジしてみたい」「ヤマト薬局さんが近所だったら毎日行きたい」「人生相談もして欲しい」

 過敏性腸症候群で悩んでいた若い女性が、電話注文のときに言ってくれた言葉だ。喜びの表現が面白かったので記憶にあるものを書き留めた。録音して書き起こせば、過敏性腸症候群がどのように改善していくか手に取るように分かる。ただ我が家の電話にそのような機能はないから、不確かな僕の記憶力に頼るしかなかった。
 この女性が言うように、僕の薬局に15年くらいほぼ毎日通ってきた若いお母さんが以前いた。若くして母親になり懸命に子育てをしていた。ほとんど父親代わりだったが、健康以外の話を毎日沢山した。当時はまだ処方箋調剤と言うものがなかったから、結構仕事に融通が利き、話時間はいっぱいあった。もっとも向こうも邪魔になることを心配して、人が少ない時間帯をいつも狙ってやってきていたが。昔は、そうした余所行きではないほのぼのとした人情味溢れる光景も薬局の中にあった。
 今日から、処方箋調剤の仕組みが変わる。僕はもうほとんどついていけないから、その分野からは身を引いている。ただ国は嘗てのような薬局に誘導しようとしている。病院のまん前にヤドカリのように店舗を構え、おこぼれちょうだいで税金をごそっと持っていくのを許さないらしい。と言ってもあの手この手でまたまた税金は同じように持っていかれる。これをすれば何円、あれをすれば何円、なんだか空しくなる。
 いくら処方箋で病院の薬を作っても、この女性がくれたような言葉はもらえない。こういった言葉がもらえるからこそ漢方薬を勉強してきた。ただ歳を重ねるにつれて難しい症状の人が増えてきた。だから知識がその人達が抱える不調に追い越されないようにひたすら現場で勉強をする。いや、させてもらう。


2016年01月25日(Mon)▲ページの先頭へ
自爆
最初依頼されたときの希望がその程度だったのかと驚いた。お母さんが土曜日に漢方薬を取りに来た時に今までのお礼を言ってくれたのが「高校を卒業さえしてくれれば十分だったのですが、大学まで行かせてもらえました。本当にありがとうございました」だったのだ。僕は本人に一度だけ会ったことがあり聡明そうなのは分かっていたし、又電話で勉強が好きと言っていたから、当然大学に行くものと思っていた。恐らく大学に行けないと決め付けていたのは、僕のところに来るまでの病院の治療のせいだと思う。親子で、いやおばあちゃんを含めて3代で途方にくれていた。それまでかかった医療機関で、症状を本当に理解してもらえなかったことや、インターネットの世界の虚偽に満ちた情報で谷底に突き落とされていたみたいだった。本来は元気一杯に見えるお母さんだって気弱に見えた。最初相談、いやあれは相談とは言えない。最初はほとほと困った家族が、仕方なく来てみただけのような感じだった。おばあちゃんが町内だからしばしば僕の薬局を利用してくれていたが、遠くへ嫁いだ娘は実際に僕の薬局を利用したことはなかった。孫の病気が治らないので、里帰りの時に「冷やかし程度」で来てみただけのように映った。そして「娘が高校2年生のある日を境に教室におれなくなって・・・」と話し始めた。お腹が痛いとか何とか続けたが、僕には分からないだろうと言う雰囲気を今でも良く覚えている。ところが僕がそうした周辺症状ではなく「本当に困っているのは教室や電車の中でおならが漏れることではないの?」と尋ねたことから、お母さんとおばあちゃんの表情が一気に変わった。僕がそういった病気は過敏性腸症候群の範疇に入ると言ったことでも驚いたみたいだ。僕にとっては既に1000人以上過敏性腸症候群の方の世話しているから珍しくもなんともなかったのだが、こんな田舎、と言うよりこんな近くに過敏性腸症候群と言う病名を知っていて、おまけにその為の漢方薬を作れる薬局があることが信じられなかったみたいだ。もっとふるさとに誇りを持って欲しいが、田舎のこれが宿命なのだ。大都会の薬局なら、立地や名前でスタート時点から信用を得られるが、過疎の町の薬局は実績しか信用してもらえないのだ。僕は30年その屈辱とハンディーと戦ってきているが、それがあったからこそかもしれないと最近では自分に言い聞かせている。
 結局、1年と1ヶ月で完治してもらえたのだが、前途ある若者のハンディーを取り除けたことになる。多くの青年が、青年がゆえに自爆して青春やそれ以降を失う。こんなにもったいないことはない。個人が持っている力を社会の都合に合わせられ、肩書きと経済力を持っている人間だけに都合の良い社会が作られている。そうした流れに漢方薬を通して抗いたい。ちなみに彼女が克服した症状は、肛門に違和感がいつもある。大きなおならが出ない。心臓が圧迫されて息苦しい。登校しようとするとお腹が痛くなる。げっぷを無理に出す。唾液が溜まる。授業中ガスが漏れ続ける。電車の中で皆が騒がしい。臭いと乗客が言う・・・だった。





2015年12月22日(Tue)▲ページの先頭へ
返事
〇〇と言うのは初耳だったので、インターネットで調べてみました。
今は沢山に細分化して心のトラブルを分けて考えていますが、
〇〇は結局は社会不安障害に含まれるのでしょうね。
だけど、誰にだって少しはあることですから、僕はそうしたジャンルを作ることに抵抗があります。
食後に飲んでいただいているのが正にそうした人に飲んでいただくものですから、
お腹と一緒に治るのではないですか。
僕は、社会不安障害は現代の社会風潮によって作られた社会現象と思っています。病気だとは決して思えないのです。
今のように科学が発達したら不意の事故も莫大な事故につながります。
馬に跳ねられて死ぬ時代から、空からミサイルが降ってきたり、放射能が海を越えてやってくる時代です。
身を守る本能がよほど強くなければ生きていけません。
あなたはそうした先頭を走っている人類なのです。
決して欠点などではないと思うのです。
そうした貴女をを御主人は気に入って結婚したのではないですか。
今のままで十分あなたはいいのですよ。
それがあなたの最高の魅力ですよ。
ヤマト薬局

 わざわざ遠くから泊り掛けで訪ねて来てくれた女性だから、その女性の魅力はよくわかる。田舎者の僕には都会の人のように見えたが、何処に住んでいても同じなんだと思わせてくれた人だった。そんな女性が、自分でレッテルを貼るのは如何にももったいないから、上記のような返事を送ったら「それでも治りたいです」とメールが返ってきた。「そりゃあ、そうだろうな」





2015年11月25日(Wed)▲ページの先頭へ
示唆
 過敏性腸症候群の漢方薬を飲み始めて2週間の女性から、漢方薬の追加注文を受けた。その時のやり取りが、今僕の漢方薬を飲んでくれている人や、将来飲むかもしれない人たちにとってとても大切なことを示唆していたのでここで披露する。一連のやり取りが僕が拘っている、「皆一緒に治る」に少しでも役に立ってくれれば、僕は勿論その女性にとっても喜ばしいことだと思う。何しろ僕らの人生は人のお役に立ってこそ価値があるのだから。

患)
メッセージ:
先週薬をすべて飲み終わったので、
また薬を出してほしいです。
薬が効いたのかはわからなかったです。

ヤ)
具体的に教えてくださいね。

登校しようとすると腹痛・・・これはどうでしたか。同じレベルですか?
座るとお腹が締め付けられ腹痛・・・・・・
便秘と下痢を繰り返す
残便感
気持ちのよい大きなおならは出ませんでしたか
イライラや不安はいかがでしたか
学校や人前での腹痛やガス漏れはいかがでしたか?


患)
腹痛の頻度は少しへったと思います。
学校ないではまだ腹痛がありますが、家では減りました。
便秘と下痢はまだ続いていますが、下痢の頻度は減りました。
残便感もないときがありましたが、食べ物を食べたらお腹が痛くなってすぐにトイレにいきたくなるときがあります。
大きなおならはでないです。
イライラや不安は人の声を聞くと湧き上がってきます。家の中でも怖くてイヤホンをつけて音楽をずっときいてましたが、
その時間は減ってイヤホンなしでも落ち着いて時間を過ごすことができるようになりました。
ガス漏れはまだあります。においもたぶんなおってないと思います。


ヤ)
よかったです。効果がなかったみたいなので他の処方を朝から考えていました。
ところがあなたの返事が間に合って、微調節ですむことが分かりました。
2週間でこれだけ変化すれば十分です。
今の処方が正しいことが分かります。
一つずつあなたの不快症状を潰して行けばいずれ完治します。
お腹以外のことで頑張って、おなかのことで頑張らないでね。

患)
はい、わかりました。
ありがとうがざいます。

 過敏性腸症候群の薬と言うものがあって、誰彼となくそれを渡して飲んでもらう・・・・そんな都合の良い薬はまだ存在しない。僕は、患者さんの不快症状を一つ残らず解決してあげれば、おのずと完治することを経験している。だから一つずつの症状報告に耳を澄ませている。苦痛に共感はできるが、それだけではお役に立てれない。冷静になって症状変化を僕に報告し、僕の知識と経験を利用してくれたらと思う。いわば皆さんが僕に症状を教え、代理で薬を作らせるということだ。それでこそ薬局製剤を作ることが出来る薬局の存在意義があると思う。


2015年11月16日(Mon)▲ページの先頭へ
線引き
御自分でも気がついているように、交感神経亢進状態です。
アクセルふかし病です。
折角得た免許で、折角得た仕事で、折角得たベトナム出張で、僕などうらやましいです。
僕は、ある縁で、ベトナムの若い子達とかなり深い交流があって、帰国した子達が「オトウサン来て下さい」としばしば連絡くれるのですが、休めないこと、体力に自信がないこと、べトナム料理が苦手なこと、そもそも行く理由がないこと(異国で頑張っている若者を助けることには努力を惜しみませんが、自分が観光を楽しむというタイプではないので)などで希望にこたえて上げられていません。
引退した時点で体力があればまだ何とかなりそうですが、そもそも体力気力がなくなるから引退するのでしょうから、
もう行くことはないのかなと思っています。
僕はあまり無意味な行動はしないので、あなたみたいに仕事で出張などが一番あっているのです。
あなたの資格では引く手あまたのでしょうかね。
体を痛めるほど頑張らなければならない仕事はありません。
取り返しがつく・・・・多くの事象でこの線引きは大切ですね。
若いときは、その線を引くことに潔癖になって躊躇ってしまうのですが・・・
若くないときは、その線引きに責任と言うものをかぶせてしまいがちになりますが・・・
所詮この国に住む人間は、よく頑張る民族なのでしょうかね。
それとも、よく頑張らされる民族なのでしょうかね。
お腹の中の空気に関しては煎じ薬のほうがよく効くので、煎じ薬にしました。
ヤマト薬局




2015年11月14日(Sat)▲ページの先頭へ
ありがとうございます。
不安になったときや、症状が激しいときはどう考えればよいでしょうか?
気持ちの作り方がわかりません。
〇〇


なかなか難しい問題ですね。ただ、僕にも長年ぬぐいきれなかった思いで苦しんでいたので経験的に話します。
僕は高校2年生のときに、クラスの本読みのときに突然声が震えだし、それ以降、本読みがある教科は授業に出れなくなりました。(クラスに噂の美人がいて、格好付けていたのです)大学時代も同じです。社会人になって本読みのチャンスはないですから、1人心の中に封印していましたが、いつかきっと解決したいと思っていました。
ある時和田アキ子がテレビでしゃべっていることを聞いてはっとしました。
彼女は女傑で知られていますが、今でも舞台に立つ前は震えるそうなのです。
あの人がと、目からうろこです。皆同じなんだと気がつきました。
それから教会で意識して聞いていたらやはりほとんどの人が、緊張して声が上ずっているのです。
世界で僕だけの悩みと思っていたものが、「皆同じなんだ」と気がついた時、僕は嘗ての呪縛から解放されました。
元々、弁論大会などに出て人前が得意だった僕が落ちた青春の落とし穴です。
若いときは「皆同じ」と思えなかったのです。今思えば人間そんなに違うものかと簡単に理解できますが、やはり若い時には経験が足りないのでしょうね。
貴女と同じ症状の人が必ず何人か教室にいます。ガス漏れで苦しんだ娘が大学に入って話をすると「私もそう」と何人も言ったそうです。
貴女も皆と同じ。長所も欠点も同じ。こうしたことで悩んだことを是非、将来に生かしてください。
僕も娘も、毎日心を病んだ患者さんの応対をしています。
こんな田舎の薬局にたくさん人が来てくれるのは、そうした体験が人様のお役に立てているからだと思います。
貴女の今は、無駄な時間ではないですよ。人には影も必要なのです。僕も娘もそのことがあったから謙遜に生きていけるのだと思います。
ヤマト薬局



2015年09月11日(Fri)▲ページの先頭へ
腐敗
 職場の人間関係で被害者の側に立った人の抱えるトラウマはかなりのものがあるらしい。今だ買い物に行って出会いでもしたら、動悸がするほどらしい。もう会社を去って同じ社会人なのだから何の遠慮も要らないはずなのに萎縮してしまっている。僕はいつまでやられる側に立つのだろうと歯がゆくなるので「ぶっ殺すぞ、てめえ!」と胸座でもつかんだらと言ったのだが、根っからのおとなしい性格の彼女には到底できそうにない。ただ僕はこの考え方を変えるつもりはない。学校時代のいじめも、社会に出てから倍返ししたらいい。どうせ社会に出たらいじめられていたほうが社会的な地位を得ているほうが確率が高いのだから、ありとあらゆるネットワークを駆使して「教えてやる」といい。
 さてこの女性は、お腹の不調を相談してくれたのだが、本人が思っているほど深刻ではない。いわゆる過敏性腸症候群だと思っているらしいが、僕に言わせれば単なる腐敗だ。アホノミクス張りの腐敗だ。38.5℃の体の中に、肉や魚を閉じ込めていれば腐敗するに決まっている。真夏日に戸外に肉や魚を並べているのと同じだ。腐らないわけがない。僕はお腹の中が真夏の炎天下になっただけだと分かっているので、ややこしい漢方薬は作らずに、とてもシンプルな処方にした。ウンチも甘酒も味噌も納豆も発酵がいいのだ。腐敗とは似て非なるものだ。アホノミクスとヒトラーの関係ではない。あの2人は似て同じなのだから。
 長い間この仕事をしていると、医学の正論だけでは測れない事実を見つけることが出来る。専門家に言えば馬鹿にされそうなことだが、現実には多くの人の役に立てる。学術的には未熟でも、市井の人が健康を取り戻せばいい。命に関わることはお医者さんに任せ、日常を楽しく過ごすことが出来るお手伝いが薬局レベルだ。腐敗した腸を持った腐敗した人間が増殖しているのをひしひしと感じる今日この頃、熟成した心の持ち主と出来るだけ多く出会いたいものだ。


2015年09月03日(Thu)▲ページの先頭へ
乾杯
 咳が止まらないという女性が、漢方薬を作ってもらう間に、近所のドラッグストアに御主人の酒を買いに行ってくるといって出かけようとしたから、僕にも1缶買ってきてと頼んだ。僕が頼んだのはジュースのようなお酒で、毎日曜日1週間働いた御褒美として飲んでいるもので、分類が分からないから、女性に説明するのに苦労した。ジュースのようなお酒とか、カルピスにお酒を混ぜたようなものとか、酒飲みの御主人を持っている女性にはなかなか理解してもらえなかったが、結局10分後には僕がお願いしていたジャンルのお酒を2缶買ってきてくれた。お願いしていたのは1缶なのに2缶買ってきて、お金はいらないと言う。理由は、僕が平日わざわざお酒を飲む理由を話したら、自分と重なるところがあったと見えて、とても喜んでくれ、私からもお礼と言って、もう一缶をくれたのだ。赤の他人が、それも関西に住む見ず知らずの女性の為に、お礼を言ってくれるなんて不思議かもしれないが、心を病む苦しさを知っているからこその喜びの共有だったと思う。関西の女性が13年かかってやっと克服してくれた喜び、地元の女性が心からそれを喜んでくれた驚き。やはり僕はそういった意味では恵まれているのかもしれない。田舎の人に薬剤師として育てられ、田舎者のような都会の人にも利用してもらい、精神も処方も営業方針もいたずらに誰にも迎合することなく、薬局を営み続けられている。

 「おはようございます。お元気ですか?こちらは大変調子が良いです。出かける前の下痢なんかはまだあるんですけど、咳払いなどが聞こえなくなり気持ちがすごく楽になりました。なんかすごい不思議な感じです。病気の期間がすごく長かったので、ちょっと信じられないくらいです(笑)。お尻から臭いが漏れるっていうのは無いんだと思いました。でも急にお薬をやめるのは怖いので、またお願いします。土曜日着でお願いします。」

 午前中にこんなメールが入ってきた。勿論送り主を僕はよく知っている。幼いときからいわゆるガス漏れで、学校も途中から行っていないどころか引きこもっていた女性だ。僕がまだそんなに多くの過敏性腸症候群の患者さんを抱えていない頃で、一人ひとりをとても丁寧にお世話しながら、研究していた頃だ。カルテを見ると13年前から僕の漢方薬を飲んでいてくれている。13年目にして初めてガス漏れが完治したみたいだが、勿論途中は色々な症状は解決してもらっている。唯一残っていた症状が消えこれでほぼ完治だ。もろもろの症状が改善するにしたがって、外出、車の免許、就職、結婚、出産と全部を手に入れた。ここでPTAの役員などが回ってくる寸前での完治だから、「間に合った」

 「今作って送りました。待ちに待った報告です。とても嬉しいです。喜びをスタッフで共有しました。カルテを見ると13年間の付き合いですね。何も特定できる言葉を入れないから、この素朴な気づきをホームページにのさせてくれませんか。きっと多くの人が勇気をもらえると思います。さっきも学校に行けたとあるお母さんから電話をもらいました。皆治って欲しい。素直にそう思います。ヤマト薬局」
 
 僕はその女性をよく知っている。と言うのは、結婚式に招かれ、その後も、御主人とお子さんを伴って何回か訪ねて来てくれるから。そもそも最初は僕が電車で県外まで会いに行った人だ。最初に会って相談したときのことをかなり詳しく覚えている。過敏性腸症候群がこんなに人の青春を、いや人生を害するものかと驚かされたものだ。衝撃的な出会いは、僕に真剣に取り組まなければならないことを教えてくれた。

 「こんにちは。ホームページに載せてもらっても大丈夫ですよ。13年も経つのですね…大変お世話になりました。それにしても調子が良くなってから何か変な感じです…15歳の時から過敏性だったし、自分では今までと同じだと思うのですが、とにかく周りの人が気にならなくなっただけで全然世界が違います。本当に不思議な感覚です。この状態を維持していくために漢方薬はしばらく続けようと思いますので、よろしくお願いします。」

 彼女が許可をくれるとは思っていなかった。今までは警戒心が強かったから、絶対特定不能の内容でも躊躇って断られていた。でも、こうして許してくれたこと事態が、過敏性腸症候群の卒業試験に合格したようなものだ。もう大丈夫だ。理性が今やっと感情に勝った。これこそがガス型の目指すべき最終到達点なのだ。
 今夜は1人で「ほろよい、みぞれいちごサワー練乳仕立て」で乾杯。(商品名長すぎ!)


2015年08月28日(Fri)▲ページの先頭へ
神主
 薬剤師が、ある方の漢方相談を受けた。恐らく2週間もあれば何とか効果を出せると思う。僕は薬剤師から処方の相談を受けただけだが、漢方の相談を受けたいきさつを教えてくれた。
 ある有名?な漢方を標榜している薬局で漢方薬と健康食品を勧められて飲んでいたらしいが、効果は全くなかったらしい。もっとも効果が無かったから薬剤師に(ヤマト薬局に)相談してくれたのだろうが、その患者さんの嘆きが面白かった。漢方薬の2万円はともかく、それにあわせて飲むように言われた健康食品がとても高くて「泣く泣く」買って飲んだらしい。ところがと言うか案の定と言うか効果が無いことを訴えると、最後はなぜか神主さんを紹介されたらしい。嘘のような本当の話。
(前の薬局が出している試行錯誤の漢方薬群を見ると、精神障害と思っているらしいが、僕に言わせれば大人の起立性調節障害だ)
 僕は有名と言うのをあまり信じない。ほとんど自作自演だから。人の目に触れるところに極力露出を増やし、アホコミを利用するようなところに、本当に患者さんを治してあげようと思う人は少ないと思う。「あわよくば何々」と言うのが見え透いている。
 僕は知らなかったのだが、インターネットを検索していて、上位に出てくるところは、お金を払ってそうしてもらっているらしい。僕の以前のOCNのホームページが会社の都合で打ち切られて、ゼロからまた始めなければいけないのだが、そのことをインターネットに詳しい人に相談すると、お金を払ったらまた過敏性腸症候群のトップページに復活しますよと言われた。僕は何年もの間、過敏性腸症候群の患者さんのことを書き続けていたから上位にあっただけで、そんなことをしなくてもお金をその種のサービス会社に払えばあっと言う間にできるのだそうだ。なるほど、だから本当に治す事ができるのかと勘ぐりたくなるようなところも名を連ねているのだ。
 せっかく田舎でのんびりと善良な人たちを相手に仕事をさせてもらっているのだから、余裕のある時間とスタッフで、身の丈にあった数の人に喜んでもらえればと思っている。(2年間の市民病院の調剤が若夫婦には過酷だった)30年以上も尊敬する先生に漢方について教えてもらっているから、治す力は恐らく歳月に比例して身についた。しかし、これから一番難しいのは「辞め時」だと思う。そのことにふと頭が行きしばし時間が止まることがある。そうだ、それこそ神主さんに相談に行こう。


2015年08月03日(Mon)▲ページの先頭へ
完治
短い期間だったが、よい仕事が出来た。これで2人の青年がハンディーを持たずに暮らしていくことができる。時代劇風に言えば「これ以上めでてえことはない」僕ももう少し頑張ろうという気力をもらえた。無断拝借を許して欲しいが、なんとなく僕の治し方が、今日交わしたメールに現れていたように思えたので、まだ見ぬ患者さんに読んでもらう。

こんにちは。
大変お世話になっております。
夏休みに入り、気温は毎日35度を越え、この地方特有の蒸し暑さの中、長男、次男共に毎日元気に暮らしています。
次男は朝も起きられるようになり、部活のテニスにも朝から行っています。部活帰りにごはんを食べたり、あれだけ腹痛に悩まされいたのが嘘のようです。たまにお腹が痛くなることがありますが気にすることもなくなりました。
長男も朝起きられるようになりました。立ちくらみもイライラもなくなり暑い中も元気に部活の〇〇制作をがんばっています。2人共、前回作っていただいた漢方もまだ半分くらい残っているので、お守りとして持っています。
先生には本当に本当に感謝しています。ありがとうございました。
もっと早く先生にお願いていればと、それだけが悔やまれます。

良かったですね。
薬局製剤と言うものを利用して、頂いた情報に忠実に漢方薬を作るのが僕の職業だと思っています。
僕は、お母様と話をしたときに、「治すことができるお母さん」だと思いました。
だから治したのは僕ではなく、貴女だったのです。
今まで1000人くらいの過敏性腸症候群(起立性調節障害は数十人かな)の患者さんをお世話させてもらっていますが、残念ながら全ての方が、愛情を持って大切にされている雰囲気が伝わってくるわけではありません。中には見放されたり、守られすぎたり、程よい距離感の中で過ごすことができない患者さんも多いように感じています。病気は孤軍奮闘では治りません。細心の注意を払って無関心を装う、難しいけれどそれが出来たら完治は見えます。
どういった経路で僕の薬局に連絡してくださったのかわかりませんが、よくこんな田舎の薬局を信用していただけました。それもまた貴女が治してあげた理由かもしれません。
また僕の薬局が必要になったら連絡してください。カルテはずっと残していますから。
お子さん達が失った時間を取り戻してください。ただし、彼らが、そして貴女が苦しみの中で得たものはそれ以上かもしれませんよ。
ヤマト薬局


ありがとうございます。
それでもやはり、先生のおかげだと思っています。
私がどうして先生にお願いしたのか…ですが、
ネット上にはたくさんの漢方薬局がありました。でも、先生の薬局のように実際の患者さんの声がどんどん更新されているところはありませんでした。ブログも毎日更新されていて、とても身近に感じられたからです。治るんじゃないかという直感です。
今は自分の直感を信じて良かったと思っています。
もう先生にお願いすることがないのが一番ですが、その時はよろしくお願いします。
ありがとうございました。









2015年05月22日(Fri)▲ページの先頭へ
残念
 思わず僕はその女性に、今喋ってくれたことを文章にしてと頼んだ。そのくらい彼女が教えてくれたいきさつは、生々しくて説得力があり、かつ面白くて当事者でないと浮かばない単語も豊富に出てきた。思い出しながら書けるものではないから、残念のほうが勝っている。
 この女性は、いったいどういう関係が一番適するのだろうと思うことがある。現実どおり薬剤師と患者さんの関係がいいのか、親子の関係がいいのか、兄弟姉妹の関係がいいのか、夫婦がいいのか、嫁と舅がいいのか、おじと姪がいいのか、夫婦がいいのか、恋人がいいのか・・・・答えは今のままが一番いいのだろう。一番よいから僕は心地よく、彼女の役に立ちたくて懸命に知恵を絞っているのだと思う。
 もう長い間色々な体調の困りごとで来てくれているが、さすがにこのトラブルはかなり親しくなるまで言えなかったのだろう。と言うか、そのトラブルが漢方薬で治るとか、僕が多くの患者さんを世話しているのを知らなかったのかもしれない。でも、さすがに新しい職場で不都合が極まったから思い切って相談してくれた。いつも底抜けに明るくよくお喋りする女性だから、まさかと思ったが、過敏性腸症候群の方は意外とそんな人が多い。いい人だから頑張りすぎて、むきになって頑張りすぎて、自分の体を犠牲にする人だから、さもありなんと思った。よくよく考えれば腑に落ちるのだ。
 一日何十人のお客さんと応対するのか分からない職場で、ガスが多く発生し、お腹が張り、それが逆流し、又度々便意にも襲われるのは辛いだろう。仕事中も実は、心はいつもお腹やお尻に向かっている。頑張りやだからそんな体調は歯がゆかったと思う。でも頑張れば頑張るほど症状は悪化するのだ。
 ただ、いざ治療を始めれば今まで築いてきた関係がものを言う。僕は彼女の多くを知っているし、彼女はもう隠すこともないから天性のお喋り術で症状を的確に教えてくれる。その挙句が、僕の残念を演出した。
 覚えていないのが残念だが、記憶では「すごく調子がよくて、過敏性腸症候群のガス型だったことを忘れるくらい」「もう漢方薬を飲み忘れそうになる」「なんだろう今までは、今日も何もなく終わりすごいなあ」「生活がガラッと変わる」「何でも食べられる、食べものをいちいち気にしなくていい」「お腹が不快でも出せば終了」などと教えてくれた。ただ今でも残念だ。彼女の喜びようを、文章で表すことは難しく、録音か、いやいや動画で見てもらうのが一番だと思うから。繊細なくせになぜか明るい機関銃のような会話は、ユーチューブで100万回くらい再生されそうだ。タイトルは「ガス型治してみた!」


2015年02月16日(Mon)▲ページの先頭へ
普通
 「この前、コンビニに行ってきました」たったそれだけでも、彼にとっても僕にとっても大変な成果なのだ。
 決して病気は見つからないのに、いくつもの不調に体中が覆われたら、何もする気にはならないだろう。まして現代医療の恩恵から取り残されてでもしたら、もう立ち直れない。医療だけではなく社会的な関係も八方塞になる。そんな環境の中で暮らす青年は多い。
 彼もその中の一人だ。彼にとっては外の世界は恐怖だ。そんな彼が希望の第一歩にでもなりそうな変化を自ら感じ行動できたことは、失われた歳月を取り戻す一歩でもある。今日彼が、体調とは関係ない人正論みたいなことを口にした。この変化も大きい。体調を克服することに必死で、そのほかのことに想いが至らないことは世の常だろうが、そこに一筋の光明がさしたとしたら、それもまた大きな希望だ。何かが変わる、彼は自分でそれに気がついた。苦痛だった体調が軽くなるにしたがって「普通に近づいている」と言った。悩み多き普通の青年が普通を意識しなければならない理不尽に、現代社会の病巣を見るが、そしてそれはますます深まりつつあるが、田舎の薬剤師の生きてきた証が少しでも役に立てれば嬉しい。
 「早くイオンモールに行って現場報告をして。僕も行っていないんだから」こんなたわいもない電話での会話で明日が開ける。


2015年02月05日(Thu)▲ページの先頭へ
おえん
年末におばあさんとお母さんが過敏性腸症候群の相談に来た。最初は僕の薬局を半信半疑で「過敏性腸症候群と診断を受けて治療しているのですが、そういった病気を御存知ですか?」と尋ねられた。色々努力をしていたみたいだから、行き着いたところがこんな田舎では、そんな疑問を持つのも当然だと思う。ただ二人が症状を説明し始めてすぐ「本当に困っているのは、自分の意思に反しておならが漏れてしまう症状ではないの?」と切り出すと、二人が驚いた。学校に行く前に腹痛がし、おならがお腹にたまりパンパンになり息苦しい、いつも肛門に違和感を感じる、げっぷを無理やり出し続ける、口の中に唾がたまる等と色々症状を教えてくれたが、肝心の症状は二人とも理解できなくて、それだからこそ不憫で、又医療機関でその訴えを無視されたこと、又恥ずかしいことなどで、僕に言うのをためらったのかもしれない。ただ僕は二人の深刻な表情で恐らくその問題が一番だろうと気がついた。案の定、電車の中で乗客が騒がしく、「臭い」などといわれると教えてくれた。とても勉強が好きで学校にも行きたいのだけれど、休みがちになっているらしい。
相談に来たのがまさに12月の31日で、冬休みからのスタートだった。だから2週間でかなり症状が軽減しても、休みだからと評価は低かった。ところが学校が始まっても症状が和らいだままで、2回目からはお嬢さんもやって来る様になった。家が遠いので閉店時間を過ぎてしまうが、本人と直接話し合えるのは僕にとっては価値がある。直接情報が相手の顔や態度を見ながらもらえるのは大きな武器となる。逆に彼女にとっても僕の経験を聞くことは大きな支えにもなるはずだ。こんな田舎の薬局が自分と同じような過敏性腸症候群の人を900人以上お世話してきたことに驚いていたから。遠路訪ねて来てくれたお嬢さんを見て、青年の能力がこんなことで花開くのを疎外されるのは「もったいない」と感じた。症状について本人から直接聞くことができたし、助言もできたから明らかに治癒のスピードは上がったと思う。
 昨夜遅くお母さんが漢方薬をとりに来たが、その前に電話でお嬢さんと話した内容によると、肛門の違和感が残っているだけで後は全部解決して学校も一日も休んでいないらしい。肛門の違和感は、煎じ薬が飛び飛びでしか飲めていないからだと教えると又まじめに飲むと言っていた。(煎じ薬のほうに肛門の薬は期待していたから、僕にとっては当然なのだ)あれだけ苦しんでいたお嬢さんが、僕の漢方薬を飲み始めて40日くらいでほぼ完治に近づいたことをお母さんがとても喜んで御礼を言ってくれた。そんなお母さんに僕が言った言葉は「田舎の薬局を馬鹿にしたらおえんよ(いけないよ)」


2014年12月30日(Tue)▲ページの先頭へ
最速
15年前に、娘のガス漏れ症状を治すために、その道を往復した。どうしても娘にそうした観念を植え付けた原因を探り当てたかったからだ。それから15年経って、同じ年齢の子を乗せて倉敷に車を走らせた。なんとなくかつて経験した光景だと、胸に迫るものがあった。本当は我が家に泊まりたかったのだが、お母さんが配慮してくださり、ホテルで一泊しての治療の旅になった。しかし僕はそうした堅苦しい事が苦手だから、彼女を知ることだけに努めた。この子には敵がいないと思わせるほど、ふくよかで優しい顔をしていた。はっきりとした将来への設計を持っているのに、それがガス漏れなどで頓挫しそうなのが痛々しかった。「どうしても治したいんです」とメールで訴えてきた理由が、目指している医療関係の仕事故と分かって、余計克服して欲しいという思いは強くなった。土曜日にお母さんと2人で薬局に来て、日曜日は倉敷観光と後楽園を3人で楽しんだ。彼女の悩みや人柄や環境をを知るには十分だ。そして何よりも完治して欲しいと願う僕の気持ちが強くなる。
 昨日お母さんからお礼のスイーツが届いた。今朝になって御礼のメールをしようと思っていたまさにその時、彼女から電話があった。そして「漢方薬を飲んで5日目に治りました」と報告してくれた。それはそれはとても嬉しかった。なんて素敵な報告で今年を終えることができるのだろうと感謝したいくらいだった。950人くらいは過敏性腸症候群の漢方薬を飲んでもらってきたが、そしてその中で10人くらいは2週間で完治した人もいたが、5日は最短記録だろう。青春前期の輝いて当たり前の世代の子を、あの忌まわしい不快な毎日から救うことができたのだから、達成感は大きい。特に顔も見て、一緒に2日間で恐らく10時間近く過ごしたのだから情が移ってしまい、頭の隅にいつも引っかかっていたから余計嬉しい。
 僕の気力体力がいつまで持つのだろうと、ことあるごとに自問する今日この頃だが、まだまだやれるのかと高揚気味の僕を見て、妻が即座に僕をクールダウンさせてくれた。最近、家庭内の僕の評価が一直線で下降しているのが僕の弱気の原因でもあるのだが、僕にはもう一人新しくどうしても手助けしたい少女ができた。薬剤師が祈るようでは頼りないが、祈るような気持ちで漢方薬を作った子がいる。ぜひその子からも今日の子と同じような連絡が来ることを祈っている。


2014年12月21日(Sun)▲ページの先頭へ
序章
 二人には言わなかったが、くしくも20年近く前に僕は娘を助手席に乗せてこの道を通った。今日は遠路はるばる関東から来てくれた、当時の娘とほぼ同じ歳の女の子を助手席に、その母親を後部座席に乗せてかつて娘が通っていた高校の前を通って倉敷観光に向かった。
 20年の時を経て、二人が全く同じ悩みを抱えている。当時僕は娘に届いたあるカウンセラーの助言を偶然見つけ、娘がいわゆる「ガス漏れ」で悩んでいることを知った。当時、過敏性腸症候群を治すことは、そんなに難しいこととは思っていなかった僕に「ガス漏れ」と言う単語は衝撃的だった。医学書には恐らくでてこない、患者さん達が作った造語だと思うが、それだからこそ新たな切り口を探さなければならなかった。3日分とか1週間分とか、まるで人体実験のように処方を考え飲ませた。娘はそのうち薄皮をはぐがごとく回復し、大学受験にも間に合って結局僕と同じ志で毎日薬局で働いている。
 そのときの処方が今生きているのではない。人にはそれぞれの気質があり、環境があり、発症の理由がある。だから処方が皆同じなんてのはありえない。娘の経験で唯一生きたのは、本人の訴えを忠実に処方に反映させることができればガス漏れも治るってことだ。以来、僕は900人を超える人の訴えを聞いてきた。今日のお嬢さんはその中で一番新しい人ということになる。
 昨日数時間話をしたから、そして表情やそぶりをつぶさに見せてもらったから、僕のテーマは定まった。後はどうしても治したい僕と、どうしても治りたい彼女との共同作業だ。暖かくなれば今度は一人か、友人と訪ねてきてくれるらしいが、体調だけではなく、人間としても脱皮して、自由に創造的に生きて行って欲しいと思う。人間として最終章に入った僕から、人生の序章で躓いている若い人たちに対する願いだ。


2014年10月15日(Wed)▲ページの先頭へ
手段
 もう何年も前に、過敏性腸症候群の女性をお世話して、その方が治った暁には、過敏性腸症候群の研究をする・・・とか何とか言っていた記憶はある。そう思うこと自体ありうることだから僕は別段気には留めなかった。そして完全に頭から消えていた。
 ところが最近その女性から突然連絡があり、その記憶を呼び戻された。その後女性はある有名大学の大学院に入り、過敏性腸症候群についての論文を執筆しているところだそうだ。その研究のために僕の薬局で治った人で、もし本人が許してくれるなら紹介してとのことだった。ただ僕にはそんな権利はないし、せっかく完治して平穏な暮らしを取り戻している人を、再びその道に引き戻したくないので断った。その代わりまさにそれで苦しみ、僕が沢山の処方を試すきっかけを作った娘を紹介した。
 はるばる東京からやってきたその女性を初めて見た時に、その眼光が輝いているのを僕はまず見つけた。自分のの強い意思を表すことができる、しっかりとした眼差しの女性だった。この女性ならあのように決意し、その道に実際に進んで、公言どおり研究をすることが出来るだろうと思った。
 はるばるやってきてくれたのは娘が目当てだったから、僕はインタビューが終わるまで介入しなかった。すべてが終わり、最後に挨拶代わりに少しだけ話をした。彼女は言葉で過敏性腸症候群を表現し、僕は生薬で表現する。同じものに対峙しているのに、手段はまったく違う。学問と技、僕はそんな言葉を浮かべながら彼女の目を見ていた。


2014年09月16日(Tue)▲ページの先頭へ
絶滅危惧種
 「普通の人ってこんなんですか?」如何にも普通の人が感激してこんな言葉を吐いてくれた。そうまさに普通の人は、朝大きなおならを一発して、日中調子が悪くても、もう一発か2発大きなおならをするだけだ。この女性はこの普通の範疇に入らずに苦労していたのだが、普通がどの程度のものか実感できたのだから、念願かなって普通にカムバックしたのだろう。
 僕が尊敬しているあるお母さんは、自分の不調を並べて「他の人もこのくらい病気があればいいのにね。分かって貰えるから」と素敵な笑顔で言った。誰も真似ができないくらいお子さんの世話をされていて、笑顔が絶えないなんてありうるのだろうか、いや現実に目の前に腰掛けている人が、そのありえないことをいとも簡単に否定してくれる人なのだと、やって来るたびに感心する。
 この仕事をしていてつくづく思う。普通の人になりたいとしばしば言われるが、普通の人は、お腹も弱くて、頭痛もして、食欲がなくて、腰や首が痛くて、ウツウツとして気分が優れず、お通じが悪くて、お腹が張り、寝つきが悪く朝けだるくて起き辛い。これが普通の人で、普通になりたいといっている人がイメージするのは、まったく健康な人だ。これは現代では、まずめったにお目にかかれないから普通ではない。どちらかと言うと絶滅危惧種だ。まともに生活していたら、ストレスによってかなり自律神経をやられるから、上に列挙したようなことは日常茶飯事だ。
 僕は普通と言う言葉を使う必要がないと思っている。現代は普通と言う概念は崩壊している。目指すようなものではない。為政者は多くの普通を作れば安泰なのだろうが、市民がそんな柄に収まる必要はない。己の得意とするところをまるでお宅になって極めればいいのだ。だからおならの一つや二つ・・・


2014年09月12日(Fri)▲ページの先頭へ
相談
 月曜日から泊まりに来ていた青年が今日帰った。帰る寸前になって姪が彼のところに行き、すこしだけ質問してもいいですかと問うていた。当然彼はいいですよと返すが、何かもったいぶった姪の聞き方だったので僕は少し意識的にそこから離れた。ほんの数分の会話だったと思うが、姪は何か得るところがあったのか丁寧に礼を言っていた。負うた子に教えられるとはこのことだろうか。いや、負うた青年に教えられる・・・だ。
 何をそんなに深刻に相談していたのと姪に尋ねると、知人のお子さんが長い間引きこもっているらしい。何とか手を貸してあげたいと思って思案していたところに、遠くから過敏性腸症候群を克服した彼がやってきたから、こことぞばかりに教えを乞うたらしい。彼もまたかつては引きこもり気味だったし、過敏性腸症候群がひどかった頃は、すれ違う人毎に「臭い」といやみを言われていたと信じていた。そうした状況からほぼ脱出してもらえて、今回はお腹以外のことで相談に来たのだが、5日間とどまっている間に姪は彼の人となりを十分つかんでいたから、帰り際に意見を聞いたのだろう。
 何回か書いたから知っている人も多いと思うが、僕の娘もガス漏れで学校に行けなかった。克服してから娘が僕に言ったのは「無駄なものは何もない」だった。苦しんでいたときに経験したことや想ったことが、後々に思わぬ財産になっていることに気がついたのだろう。京都から来てくれた彼も見違えるほどの落ち着いた青年に、いや大人になっていた。落ち着きがあり、礼儀正しくて、北海道や沖縄を自転車で一周するほどの体力や気力や勇気も持ち合わせている。おまけに彼女まで出来ていた。今のままでいいと諭す僕にまだ向上したいと言うような相談だったが、漢方薬でお世話するレベルにはもういないと感じた。
 相談に来た青年に相談に乗ってもらう。奇妙な光景だったが、僕にとってはとても嬉しい光景だった。


2014年09月09日(Tue)▲ページの先頭へ
草抜き
 終わった跡を見て、ビフォーアフターで写真を撮っておけばよかったと悔やんだ。こんなに違うものかと感心した。それも都会の若者で、草抜きなどしたこともなかっただろうに。
 昨日から泊まっている青年が朝「何か手伝うことはないですか?」と言ってくれたので、僕は迷わず駐車場の草抜きをお願いした。駐車場の真ん中に花壇を作ったのはいいが、花よりも団子、草ばかりが生えて手の施しようがなくなっていた。毎朝少しずつ抜くのだが、その何倍も新たに生えてくる。見かねた僕の友人が抜いてあげようかと最近言ってくれたばかりだ。ただ僕の友人がやってくれるのはありがたいが、お礼のお金を取ってくれないから、ジャズのコンサートに一緒に行くことでお礼としている。ところが調べても近いうちに県内でコンサートはない。だから草ボウボウを諦めていたのだが、朝の彼の申し出にすかさずお願いした。
 ただ、結構広い範囲に、かなりの背丈まで成長しているから、並大抵のことでないのは想像していた。まして都会の子だからすぐ音を上げるのではないかと思っていた。ところが炎天下で3時間作業を続けた。途中で姪や妻が心配して覗きに行った位だ。ところが疲労の色も見せずにその後休憩も取らずに結局4時間続けて作業をした。そしてその結果が想像以上で、僕の友人、今は草抜きのセミプロみたいな人だが、にも負けないくらいの出来栄えだった。こんなに見晴らしがいいのかと思うくらい背後の中学校のテニスコートが見える。おまけに、畑の前列に何の花かわからないが咲き誇っていた。今までは草でまったく見えなかった。けなげに、草に囲まれて咲いていたんだとちょっと感動した。
 聞けば彼は牛窓に来る前に、16日かけて北海道を自転車で回ったらしい。舞鶴からフェリーで北海道に渡り、その後は自転車だ。そんな体力の持ち主だから4時間の草抜きなどなんともないみたいだ。かつて過敏性腸症候群で人目を避けて暮らしていたなど誰も信じられないかもしれない。昨夜僕とかの国の女性たち(12人で暮らしている)を訪ねて少しばかり話をした。今は帰ってしまったが、2年前に4人のかの国の女性たちが彼を孤独から解放しようとして一緒に四国に小さな旅をしてくれた。彼が人に対して警戒心を解くきっかけの旅だったと思う。それを懐かしんでの訪問だったが、もう気後れする彼はいない。
 今も多くの過敏性腸症候群の方をお世話しているが、こうした彼とのような出会いが僕にもあるから「のめりこめる」のだと思う。 


2014年09月08日(Mon)▲ページの先頭へ
裏返し
 読者も勇気をもってくれると思うし、過敏性腸症候群、とりわけガス漏れを治すと、こんなに日常が違うってことも分かってもらえると思う。2年ぶりに再会して、あまりにも大人になった彼を見て、プライバシーを守りながら紹介しようとすぐ決めた。
 まったくの偶然だ。今漢方の勉強にやってきている薬剤師が初めて患者さんを前にしたのが彼だった。2年前のことだ。薬剤師が当時、自分の漢方薬を取りに来ていた時、偶然彼が京都から漢方相談にやってきたから実地訓練となった。勿論彼にもそのことを伝えた。当時薬剤師に漢方の知識はなかったが、人を治すためにはここまでしなければならないと言うのを経験して欲しかったからだ。彼の相談内容は、自分のガス漏れのために、大都会ですれ違う人たちが「臭い」と言うものだった。そのために交通手段は自転車だけだった。だから2年前は新幹線1時間半、電車30分、バス20分で来れるところを、ほとんど20時間近く自転車をこぎ続けてやってきた。数日滞在し、かの国の女性たちと一緒に四国に行ったりした。彼女たちの純粋な心が治してくれたのか、僕の漢方薬が効いたのか分からないが、今ではほとんど気にならなくなり、アルバイトも接客業が出来るようになり、地元のスポーツクラブにも入っている。大学も2年後には卒業できるらしい。
 彼を2年ぶりに見た印象は、冒頭に書いたとおりずいぶんと大人びてきたなと言うものだったが、同じような印象は薬剤師も持ったらしくて、僕に伝えた。顔つきがしっかりしたこと、言葉のやり取りがずいぶんと上手になったこと、そして姿勢までが良くなりしっかりと相手を見ると言うところまで彼女は観察していた。
 あれからも僕は多くの方の同類の相談を受ける機会が多い。多くの経験をつませてもらったおかげでかなりの確立で改善してもらえると思うが、こうした人間関係がその後も築かれるのは、過敏性腸症候群が治りにくいトラブルであることと、多感な頃に多くを失う可能性があることの裏返しだと思う。まずければ青春を失ってしまいかねないトラブルから誰もが脱出する力を持っていることを信じて、漢方薬を飲んで欲しい。

(またまたこの場を借りて・・・・返信したのに届いていない可能性がある方が一人います。すぐ返事をしましたが届いていないようです。メール以外で連絡してください)


2014年09月01日(Mon)▲ページの先頭へ
第一声
 第一声でかなり分かるのだけれど、今回は名前を言われているのに分からなかった。数ヶ月前なら1秒もかからずに分かったのだが。まあ、薬局で名前がすぐに出ないことはいいことだけれど。
 話し方になんだか淀みがあった。僕はすぐ何かを迷っているなと思った。ただ当初相談を受けたガスが漏れているなんてレベルでないことは分かっている。彼女はどのように僕の漢方薬をきるか迷っているのだ。もうずいぶんとルーズになっていて、だからこそ、そろそろ必要ないだろうと本人も分かっていて、さて今日からゼロにしようかどうか迷っているのだ。そのことをぶつけてみるとまったくそのとおりだった。たとえば数日前にお腹がごろごろ鳴ったみたいだが、それは気温が低かったせいだと冷静に判断していた。誰にでも起こるごく普通の出来事だと言っていた。こうした判断は完治した人のものだ。もうすぐにでも止めていいのだ。
 僕はこういった場合にはいつも「好きなようにして」と言う。ルールなどはなく、不真面目な飲み方でいいのだ。気持ちが強くなれば薬を完璧に飲むなんてことがあほらしくなる。薬を飲むことなど目標でもなんでもない。単なる一つの手段だ。薬はいずれ止める為に飲み始める。こんな単純な道理をみんな忘れている。
 今日の女性も半月分が1か月分になり、いずれは2か月分になり、半年分になり完治する。ほぼ不条理なトラブルから解放された今、何倍も失った生活を取り返して欲しい。


2014年07月08日(Tue)▲ページの先頭へ
完成度
かつて僕もその中の一人だったから言う権利はないが、今日、ふと理由がわかったので書いてみたいと思う。
僕もそうだが、おそらく今も昔も素人の音楽など聞くに堪えれないものだと思う。今思えば僕は加害者だったようにも思う。よくもあんなつたない歌を聴いていてくれたもんだと思う。穴があったら入りたいくらだ。
僕にはいまだ歌っている友人が何人かいるが、歌自体に興味を持って聴きにいくことはない。歌にというより友人に会いに行っているようなものだ。そこで何か琴線に触れるような歌との出会いがあればもうけものだが、そんなことはもう何十年とない。いやプロの歌でも今は感動しないのではないかと冷めた見方をしている。だから僕はフォークソングを今、コンサートにまで行って聴こうとは思わない。そこには行にも似た訓練や練習を経たという迫力が感じられないのだ。
こうした僕の心境の変化は和太鼓に負うところが多い。ふとしたきっかけで好きになり追っかけを今だやっていて、多くのグループの演奏を聴いたが、どのグループもほとんどプロ並だ。プロと素人の差がこんなにないものは他にないくらいだ。僕が今日ひらめいた言葉は「完成度が違う」ってものだった。
和太鼓奏者の人間業とは思えない演奏は、その影に隠れた並外れた努力だと思う。あの筋肉を見ればわかる。そしてあの演奏を聴けばわかる。素人もプロもあまり違わないくらい練習をしているのだと思う。だから遜色ないのだ。あれだったらプロが目の前に陣取って聴いていても、気後れすることなく演奏できるのではないかと思う。要は完成度が違うのだ。
何歳になっても不完全を地で行っている僕が、芸術に完成度を求めるのはおこがましいが、完成された人たちの演奏に行くたびに、この貧相な耳でも肥えてくる。


1 2 3 4 5 6 7 8 9 10    全300件


漢方薬を初め天然素材の薬を用いて、さまざまな慢性疾患の回復をお手伝いします。
お店のホームページ
お問い合わせフォーム

☆★ FAXで漢方相談 ★☆
※漢方のご相談は「漢方相談FAX用紙」を印刷し、ファックスもしくは郵送でヤマト薬局までお送りください。

新着エントリ
勲章 (2/20)
運動 (2/19)
苦痛 (2/18)
機関紙 (2/17)
渋滞 (2/16)
五寸釘 (2/15)
虫歯 (2/13)
(2/11)

新着トラックバック/コメント
厚顔 (14:20)
皮肉 (2/17)
外来種 (2/17)
(2/17)
(2/16)
息切れ (2/16)
応援歌 (2/16)
哺乳類 (2/16)
攻撃的 (2/16)
一粒の種 (2/16)

■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
[E-mail] ご相談はこちら
[URL]

カレンダ
2017年2月
     
21 22 23 24 25
26 27 28        

アーカイブ
2006年 (266)
4月 (25)
5月 (29)
6月 (31)
7月 (30)
8月 (31)
9月 (29)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (30)
2007年 (354)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (30)
4月 (31)
5月 (30)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (22)
11月 (29)
12月 (31)
2008年 (366)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2009年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2010年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (30)
11月 (30)
12月 (31)
2011年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2012年 (365)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (30)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2013年 (366)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (32)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2014年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2015年 (364)
1月 (31)
2月 (27)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2016年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2017年 (51)
1月 (31)
2月 (20)

アクセスカウンタ
今日:3,349
昨日:4,067
累計:5,958,250