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  <title>栄町ヤマト薬局</title>
  <tagline>漢方薬局の日常の出来事</tagline> 
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  <modified>2010-03-12T05:53:34</modified>
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  <title>カーリング</title> 
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  <issued>2010-03-11T21:22:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　僕にとって一番力を出せれるのは、一番力が抜けたときだと思うのだが、プロの選手はその辺りがさすがに違う。集中力を高めて寸分の誤差も克服するのだからさすがにプロだ。鍛錬の賜なのかもしれないが、素人は集中すればするほど手元は狂うものなのだ。そんなことを思ったのは、オリンピックのカーリングの試合を見ていたときだった。緊張すればするほど手元は狂う筈なのに、彼女たちは違った。恐らくｃｍ、いやそれ以上の精度を競っているのだろうが、あんな場面では手が震えて、とんでもない方向に石が滑っていくのではないかと懸念するのは、やはり素人か。<br />
  数年前まで僕もバレーボールをかなりハードにやっていたが、その時の不思議な体験を印象深く覚えている。僕はほとんどの日曜日を色々な研究会の参加のために費やしていた。日帰りできるところを選んで県外に出かけていた。ただ一つだけ条件は夜のバレーボールに間に合うために７時半には牛窓に帰れることだった。それだけバレーボールは楽しかったのだろう。３０年毎日曜日絶えることなく続けた習慣だ。その為に勉強会が終わるやいなや会場から駅まで、駅の構内、あらゆるところを走った。さすがに新幹線の中は走らなかったが、心はいつも先頭車両に乗っていた。時間を逆算してのぎりぎりの行動が３０年続いた。そんな分刻みのスケジュールだから、着替えるのも束の間、牛窓に帰るやいなや試合が行われるコートの上に立つこともしばしばあった。そんな時は勿論夕食は食べていない。不思議なことに、何時間も講演会場や乗り物の中で腰をかけて疲労困憊で、おまけに空腹感にさいなまれてやっとコートの上に立っているような状態の時が、一番アタックが強く打てたのだ。やっと間にあったという安堵感だけで、緊張も出来ない体力不足の中で打つアタックが一番強かった。力が抜けるとはこのことかと、その場で思うことがしばしばだった。準備万端で試合に臨んだときよりはるかにプレーが力強かった。<br />
　この状態をプロの選手は意識的に作り出すことが出来るのだと思う。集中すればするほど無の境地に近づくのではないか。カーリング女子の真剣な眼差しの中に、僕らとは違う境地を見た。所詮僕らの頭の中は「軽ーりんぐ」なのだ。ついでに人間性までもが「軽ーりんぐ」なのだ。
  </p>
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  <title>資源</title> 
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  <issued>2010-03-10T21:13:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　看板はドラッグストアとしてあったが余りにも大きな建物なので、ひょっとしたらＦＡＸ用紙も売っているのではないかと思い入ってみた。職業柄ドラッグストアには用事がないから滅多に入ったことがないので内部の光景は珍しかった。初心者の僕の結論は「ＦＡＸ用紙以外なんでも揃っていた」と言うものだ。ある壁面一杯に医薬品が、まさに延々と並べられていたが、そこ以外はスーパーと呼ぶべきか、ホームセンターと呼ぶべきか、いやいや恐らくこれこそをドラッグストアと呼ぶのだろう。<br />
  一見膨大な薬の量に見えたけれど、同じ薬で量感を出しているだけだった。ただ目薬だけは、何を基準に選べばいいのかと思うくらい種類が多かった。棚に並べているだけでいいのかなと正論が頭に浮かんだが、これはこれで利用者がいるのだから僕らとは異次元の世界なのだと納得した。<br />
　驚いたのは、漢方薬もいっぱいあったことだ。○○する人の○○のように日本語が読めれば薬が選べられるようになっていた。僕が３０年前、独学で漢方薬を勉強しようとしたときと同じだ。簡単な解説書に書いている漢方のイロハだ。ただ、その知識で数年頑張ったが、たった一人しか効果を出すことが出来なかった。その効果も偶然だったとしか思えないが。○○ですむなら勉強をする必要はない。当時の僕レベルを巨大な組織が会社を挙げてやっているのだから、如何に効かないものを販売し、如何に生薬資源を捨てているかだ。天然の生薬の枯渇が懸念されているときに、この膨大な無駄は地球にとっての損失だ。ただ、知り合いのその種のストアで働いている薬剤師が、ドラッグストアって薬は思うほど売れないんですよと教えてくれたから安心しているのだが。本当に漢方薬でしか治らない人のために、肥満などどうでもいいようなトラブルには使わないで欲しい。そうしないと近い将来、漢方薬はお金持ちしか飲めないようになってしまう。<br />
　そもそも、僕がそのドラッグストアで、その漢方薬を使って誰かを治して見ろと言われても、恐らく誰も治すことは出来ないだろう。僕が使って治せないようなものを素人の人が自分で選んで治るはずがない。膨大な薬の陳列は一見豊かさを感じさせるが、その内実は実に貧困だ。まるでこの世界まで自己責任を強要されているようにも思えた。薬の棚の前で途方に暮れ、渋々財布に手を伸ばす人達が見える。
  </p>
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  <title>山水</title> 
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  <issued>2010-03-09T21:20:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　雪が話題にならないところの人にとっては、今日の慌てぶりは異様だろう。<br />
　こたつをして寝ていたのに、しんしんと冷える背中の違和感で目が覚めた。仕事が始まる頃カーテンを開けて理由が分かった。みぞれから雪に変わろうとしている空が町を凍らせていた。さすがに歩く人も自転車の人も通らない。勇気ある２輪車も通らない。スピードを落とし這うように進む通勤の車だけが渋々会社に向かっている。山も里も家々の屋根も色彩を放棄し、掛け軸に収まる山水の景色に変貌しつつあった。<br />
　かの町で、南の国から来た人達は喜んでいるだろう。いつか、目を凝らし、追いかけなければ手にすることが出来ないような雪を、みんなで声を掛け合って眺めていた。雪降りが話題になる僕らの町でも、会う人ごとに感想を述べあうのだから、かの国の人達にとっては僕らの比ではないだろう。日曜日に３人の若者と話をした。日本に技術の研修に来ているのだが、日曜日にどうしているのと尋ねたら、アパートでパソコンをしたり本を読んだりしていると言っていた。もう長い間その町に留まっているのに、ほとんど他の土地に行っていない。何かの制限があるのか、仕事で忙しいのか分からないが、もう少しこの国を見て欲しいと思った。いつか又来るチャンスがあるのかどうか分からないが、幼子のようにはしゃぎながら雪を見ている姿が僕には寂しそうに映った。<br />
　もっと南の国の若い女性達は完全に行動を制限されていた。原則としてこの小さな町から勝手に出ることは許されなかった。何処にも行けずに、安い賃金でそれでも一生懸命働いていた。けなげな集団生活ぶりに心を動かされよき隣人として振る舞ったが、もっともっとしてあげれることは多かったのではないかと、今でも悔やまれる。国に帰ってからの暮らしぶりを時々教えてくれたが、やがて連絡も絶えた。幸せに暮らしているならいいが、無駄な数年をこの国で過ごしてしまったのではないかと申し訳ないような気持ちに襲われる。<br />
　懸命にしがみついている屋根の雪が、氷になって落ちてくる。物知り顔の北風が明日の朝は凍るよと教えてくれる。もうとっくに凍り付いている僕の心はエアコンの目盛りをひたすら上げ続けている。
  </p>
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  <title>斜</title> 
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  <issued>2010-03-08T21:50:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		  「昨日は休みだったんだろう、煎じ薬が２日切れた。切れたら一気にムカムカして何も食べれない」ソファーの縁に少しだけ腰を残し、のけぞるように腰掛ける。足を組み身体をひねっている。斜に構える癖は体も心も同じだ。<br />
　僕が右と言えば左、左と言えば右というくせに、結構気配りをするものだ。病気が病気だから嘗てのように図々しいくらいの行動でもいいのだが、遠慮して電話もしなかったらしい。一人住まいで心細いだろうにと思うのだが、そんなこと微塵も出さずに粋がっている。<br />
  入院による放射線治療に引き続き、退院してからは抗ガン剤の服用。入院中から味覚がくるって、食べ物に味はしない。それだけならまだ辛抱できるが粉類が飲み込めないから肝心のご飯も食べれない。処方箋を何故か僕の薬局に持ってきたのがよかった。漢方薬をしばしば作っていたからその延長なのだろうが。「もう入院の時のように薬でやられるのは我慢できない」と弱音を吐いたから、それでは副作用防止の漢方薬を飲みながら、病院の抗ガン剤を飲もうと言うことになった。煎じ薬でしか作れないと言うと、いつものように一応文句は言ってみるものの、しぶしぶを役者のように演じて承諾した。初めから何でも頑張って飲むなんて言えば可愛いが、口が裂けてもハイとは言わない。<br />
  抗ガン剤が進歩して、癌の方がずいぶんと長生きになった。副作用さえ克服できればよい治療が受けれる。その役に立てるよう努力しているが、結構何百年も前に考えられた処方が効くものだ。昔の人の偉大さに驚くばかりだ。<br />
　病院の治療費、個室代、漢方薬代、お金ばっかりがいると言うから、いつものように「田圃でも売ったら」と言っていたら、本当に畑を一つ売りに出していた。偶然畑に立てられている不動産屋の看板を見つけたのだが、土地がある人はこんな時に強い。「パチンコで稼いできたら」ともよく言うのだが、さすがに今はその体力はなくしているのだろう。彼がパチンコ台の前で、得意の斜に構えるポーズをとる日が再び来るのを待っている。
  </p>
  </content>
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  <title>漁師</title> 
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  <issued>2010-03-07T21:58:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　「治ったら、町中にヤマト薬局で治ったと言いふらしてよ」と言っておいてもそんなことをしてくれた人はいない。「治ったらみんなに教えます」と言う人に限って教えた人もいない。前者は僕の冗談だし、後者は皆さんの単なる意気込みだ。どちらも期待していないし、仮に噂で相談に来たりしたら奇跡でも起こるのかと思ってしまうから、治療に真剣味がない。そんな人の多くは、２，３日飲んで効かなければ、もうそれで諦めてしまう。<br />
　でもこの人は違った。本当に自分の治った理由を公言したのだ。もっとも、その人がウツにかかっていたのは公然の秘密だったから、今更隠すこともなかったのかもしれないが、ハッキリ僕の名前を出したみたいだ。それも永久に二度とそんなところに行くことが出来るはずがないと本人も家族も町の人も思っていたスナックで、カラオケを歌いながら、酒を飲みながら僕の名前を出したらしい。常連のその人がスナックから消えて数年、待ちに待っていた復帰を喜んだカラオケ仲間が教えてくれた。<br />
  もう治ったと思うと本人が最後に言ってからの様子が分からなかったから、教えてくれたカラオケ仲間に感謝した。以前と変わらないよと教えてくれたが、こんなに人って回復力を持っているのだと僕自身もよい勉強になった。僕は決して専門家ではなく、人に親切な訳でもない。僕の祖父が漁協の前で鉄工所をやっていたせいで、幼いときから漁師たちの中で育ってきた。回りにいたのは漁師ばかりだった。小学校時代も学校が終わると漁協の桟橋で日が暮れるまで釣りをした。桟橋には漁から帰った漁船が絶え間なく横付けにされる。漁師の言葉を聞き、漁師の臭いをかぎ、漁師たちの価値観を学んだ。その事は一見僕のその後になにも貢献していないように見えるが、実は結構大きな影響を与えたのではないかと思っている。一見荒々しく見える彼らが、実はとてもシャイで人間が苦手で、荒い言葉を用いるが決して人を直接傷つけないことを学んだ。主題を直接的に語ることが苦手で、のらりくらりとそれでも何となく結論にたどり着く手法こそが、危険と隣り合わせで働いている人達の緊張の代償だと言うことも学んだ。<br />
　生活が、命も経済も保証されている人達が、合理性とか生産性とかを重視し、それが至上命題だとして他者に強要する陸（おが）の理屈とは明らかに異なっている。僕は、板１枚下が地獄の漁師たちの逆説に育てられてきた。陸（おが）の人達には通用しないかもしれないが、少なくとも僕の漢方薬を飲もうとしてくれている人のほとんどが、陸の漁師なのだ。幼いときに染みついた心の臭いは消えないし消したくもない。今の僕の治療法や会話の仕方を醸造してくれた、肩書きなど終生持つことのない気弱な荒くれたちに感謝。<br />
  「治ったら、言いふらしてよ」は、誰だって起こることだから回りを巻き込んで治ってねと言う僕の漁師的メッセージなのだ。                                  
  </p>
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  <title>一丁上がり</title> 
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  <issued>2010-03-06T21:57:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　テレビのニュースを見ていて、ああ、僕ならあの漢方薬を使って、あんな会話をして治すことが出来るのになあと思った。ところが、余りにも高貴な方だから接点もないし、僕らみたいな下々を取り巻きが信用するはずもないから、所詮映像の向こうとこちら側でしかない。<br />
  それにしても雲の上の人達にも下々と同じような悩みがあるものだと、下々の人は驚いたのではないか。あるいは逆に安心したかもしれない。自分たちが世俗的な悩みで青春を一時期棒に振っても、大したことはない。マスコミは勿論、近所の人、近所の犬や猫でさえ気にもしてくれないから。心配もしてくれない、同情もしてくれない、軽蔑もない、空にのかっている雲みたいなもので、あろうが無かろうが、いようがいまいがほとんど気にもならないのだ。そんな存在感のなさってありがたいものだ。患うのも回復するのも、自分のペースでいい。ほどほどの手助けをしてもらって、ほどほどの回復さえすれば、ほどほどに世間には復帰できる。どうせその世間が大したことがないのだから、追いつくのも容易だ。<br />
　さっき船の上から電話があり「おならがよく出て困る」と言う相談を受けた。家族がいやがるというのだ。「おならが出たら気持ちがいいのではないの、すかっとして」と尋ねると「それは気持ちいいよ」と言う。はい、これで一丁上がり。病気でも、たたりでもない。気持ちのよいおならなら大歓迎だ。「出なくて苦しいのなら相談して」と言うと喜んでいた。<br />
　雲の上の人が苦しんでいるときに、おならだ、臭いだと不謹慎だ。僕ら下々は「銭こがねえ」とか、「白いまんまを食ってみてえ」とか、「村にはいられねえだ」とかがあっている。
  </p>
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  <title>徳島</title> 
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  <issued>2010-03-05T21:29:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　なんと、僕が毎日見て育った海を、最初は川かと思ったというのだ。なんて失礼なと気色ばむこともないのだが、なんだか身内をけなされたような気持ちに近いものがあった。こんなに僕が郷土愛を持っているなんて自分でも気がつかなかった。もっとも、その郷土愛もほんの数分も持たなかったのだから取ってつけたようなものではあるのだが。それにしてもさすが四国の人は豪快だ。太平洋の荒波を見て育っているから、鏡のように太陽を反射している瀬戸内海は、所詮川程度にしか見えなかったのだろう。まして牛窓の沖には多くの島があり、それが対岸に見えたのだろう。水平線しか見えない四国の人はさすがにスケールが違う。ＮＨＫの朝の連続ドラマ・ウエルカメの舞台の徳島県出身らしいが、徳島県でも瀬戸内に面しているところと、高知県に近いところでは全く違うと、何が違うのか分からない岡山の人間にはさっぱり分からない説明をしていた。言葉が違うのか、気候が違うのか、風土が違うのか、人情が違うのか、それこそ波の高さが違うのか。一人納得していたその人の方がどうやら僕より数段郷土愛を持っている。<br />
　もう２０年にもなるだろうか、嘗て坂本龍馬も歩いただろう砂浜を家族で歩いたことがある。以来、子育てより仕事を優先してきたから、家族揃っての何かってのを全くしてこなかった。まれに見る子離れ親離れの速さで、未だ結局は仕事しかしていない。これから先も同じような日常を繰り返すしか脳はないみたいだが、豪快な一言をたまには決めて、徳島の人の鼻をあかしてやろうと思う。満濃池をうちの泉水とか、石鎚山を裏山とか、大歩危小歩危をアルツハイマーとか。でもこれでは勝てそうにない。悔しいけれど、その人の飾り気のない実感の方がはるかに創作より優っているから。
  </p>
  </content>
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  <title>コーヒー</title> 
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  <issued>2010-03-04T21:05:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　もう、儲けたとしか言いようがない。昔から健康にいいことは何もしてこなかった。寧ろ逆で、健康にとって悪いことばかりしてきた。巷言われるよいことは何もせず、巷言われる悪いことはみなしてきた。それでも若い頃は何とかなっていたが、もう何ともならない年齢になってきた。そんな中、最近やたらコーヒーが身体にいいという情報が立て続けに入ってきた。ポリフェノールに至っては緑茶の倍含まれていると言うし、脳卒中なんかも３０％近く危険率を下げれるという。<br />
　「中高年の男女におけるコーヒーの摂取は、既知の脳卒中危険因子や生活習慣とは独立して、脳卒中のリスクを約30％も低下させることが示された。その機序については不明であるが、コーヒーに含まれる成分は糖代謝に好ましい影響を与え、神経保護的に働く可能性が動物実験において示唆されている。また、臨床的にも、コーヒーの摂取は強力な脳卒中危険因子である2型糖尿病を抑制することが報告されている。今回の報告は、コーヒー摂取と脳卒中の関係を直接示した貴重なデータと言える」なんとも嬉しい報告だ。ケンブリッジ大学が国際脳卒中学会で発表した内容だから信頼性は高い。<br />
  コーヒーを飲んでいるだけでいいのなら僕にでも出来る。食事代はなくてもコーヒー代はあった。ついでに言うと、アパート代はなくてもパチンコ代はあった。めちゃくちゃな青春期だったが、今思えば健康にいいことを一つだけしていたのだ。もっとも、コーヒーと必ずセットで煙草があったから、プラスとマイナスを比べれば圧倒的にマイナスの方が勝っていたのだろうが。おかげで煙草は２０数年前に止めれたから、以後は純粋に身体にいいことをしていたことになる。いやいや、甘党だから砂糖を入れていた。胃によいからとミルクも入れていた。出来ればブラックがいいと書き添えられていたから、これからは努力してブラックにしようと思っている。<br />
　このように誰もがおいやしをしながら健康になれる方法はないものだろうか。我慢とか節制とかは性にあわない。思えば好きなもので健康を害してきたから、コーヒーなんてのは奇跡の飲み物だ。勉強をせずに東大にはいるとか、この顔で俳優になるとか、望んだのはその程度で決して多くを望んでいたのではないが、コーヒーという奇跡だけはあちらからやって来てくれた。
  </p>
  </content>
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  <title>壮年期</title> 
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  <issued>2010-03-03T21:40:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
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  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　麓に止めてある車の屋根にも数十センチの雪が積もっている。道路は勿論辺りは完全に雪景色。その中を山深く登っていった人達が遭難したかもしれないとニュースが伝えた。よくあることではあるけれど、テレビ画面に表示された人達の年齢に驚く。６０歳代後半から７０歳代の方ばかりだった。決してよいニュースではないが、その年齢で、深い雪の中を登っていける気力と体力に圧倒される。どのくらい元気な人達だろうと思う。身体に痛いところもなく、循環器系も折り紙付きでないとそんな行動はそれこそ命取りになってしまうだろう。心身共に元気だから可能なのか、そう言った行動こそが心身共に元気にするのか分からないが、僅か数センチの雪でも外出を控える僕などとは雲泥の差だ。<br />
  壮年期が長くなったのだろうか、老年期と呼ぶにはやっていることが不釣り合いだ。経済的にも恵まれているのだろう、第２の人生を謳歌している。切れる熟年も多いと言うから遠慮もなくなった世代なのだろうか。それに比べて若者たちの方が、行動的でもないし我慢が得意のように見える。経済的に余裕がないから、生きていくためだけで精一杯なのだろう。余暇も余力も余裕もありはしない。その日その日を無事に過ごすだけで懸命なのだ。冒険も挑戦も、僅かなものでさえ失ってしまえばおしまいの世代に出来るわけがない。敗者復活は余力を保証された人にしか機会を与えない。<br />
  本来、大人たちの天敵は若者だったはずだ。天敵を去勢し自由に操り、我が身を低くしない延びすぎた壮年期の人達に違和感を感じる。彼らがどこかに置き忘れてきたもので、若者たちが過去を壊さないで、未来も作れないとしたら、春に降る新雪に残る足跡も見つけることは出来ないだろう。
  </p>
  </content>
  </entry>
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  <title>勲章</title> 
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  <issued>2010-03-02T21:58:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
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  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　柔らかくて温かい可愛い手だった。<br />
　お母さんと二人で入ってきたから、久しぶりに又漢方薬でもいるのかと思ったら、卒業式の帰りにお礼を言うためだけに寄ってくれたらしい。思い当たることはなかったので何の礼かと尋ねたら、無事卒業できたことに対する礼だった。僕はとても可愛いお子さんが、それもちょっとだけ早く大人になりすぎたか、逆にいつまでも少女の純粋な心を持ち続けてしまったかの、どちらかの大いなる長所を、精神的な病気とみなされて、抗ウツ薬と安定剤を飲まされ続けていたのを止めさせただけなのだが。<br />
　最初相談に来たときは高校２年生だった。学校には時々しか行けずに、進級が難しいと言っていた。お母さんと一緒にやってきたが、ふたりがとても仲良く見えた。田舎の子なのにとてもおしゃれで、ファッション雑誌から飛び出してきたような感じで、それでいて下品ではなく、好感度抜群だった。こんなお子さんが心療内科にお世話になっているのが不思議だった。どうして学校がいやなのと尋ねたら、同級生のくだらない話についていけないと言った。仲間に入れないんですとも言った。「でも、それって病気ではないよね」と言うと、本人は勿論、お母さんも「そう思います」と答えた。それから色々な話をしたが、ますますそのお子さんの長所にひかれた。ああ、このまま大人になれば、どれだけ多くの人を心地よくさせることが出来るだろうと、寧ろ期待すらさせた。<br />
  僕は病気ではなく素晴らしい個性で、治療の対象ではないと断言し、その日から抗ウツ薬と安定剤を止めてもらった。勿論その代償として漢方薬を飲んでもらった。半年も抗ウツ薬などを飲んでいたら急に止めると反動があり怖いから。でも、元々その素質がなく、飲んでいてもさっぱり効きもせず、寧ろ飲めば飲むほど身体がだるくて朝起きれないだけだったらしいから、何の反動もなかった。結局、あっという間に彼女は元気になった。漢方薬もすぐ必要なくなった。あれ以来１年半、１度も学校を休まなかったとお母さんが教えてくれた。すでに県内の有名女子大にすべり止めで合格していて、後は関西の国立大学の発表を待つだけらしい。<br />
　僕は薬剤師として手助けしたのではない。もっと素朴に「この子、病気なの？」と思っただけなのだ。そして、こんな純粋な子が、恐らくずっと抗ウツ薬を飲む人生をなんとかくい止めたかっただけなのだ。僕の薬局が幸運にも調剤薬局ではなくフリーな薬局だから、言いたいことが言える立場にあったのが幸いした。もし僕の薬局が調剤薬局だったら、医者の出している薬を止めたらなんて口が裂けても言えないだろう。<br />
　僕は全く勉強をせずに薬剤師になった。医者も同じ様なものだと息子に言っていたら、後日「お父さんは嘘ばっかり言う」とクレームを受けた。なるほど、医者はかなり勉強しないとなれないみたいだった。命をあずかる唯一の職業として当たり前と言えば当たり前なのだが、その高い専門性の故に、命にかかわらない病気には意外と冷淡で、この子のような間違いを起こしてしまう。僕があの時越権行為のような判断をしていなかったら、きっとあの子は高校を中退して、身に覚えのない倦怠感と戦いながら引きこもっていただろう。<br />
  たまにこのようなヒットが打てるから、僕も珍しく一つのことに打ち込んで来れたのだと思う。「おめでとう」と言って握手した手が僕の裏目人生の数少ない勲章なのだ。
  </p>
  </content>
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  <title>花粉症</title> 
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  <issued>2010-03-01T21:13:59+09:00</issued> 
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  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　ええ？、いつの間にそんなに増えてたのだろうと思わず声を上げそうだった。花粉症にかかっている人の割合が、ある製薬企業の情報誌に載っていたのだがなんと２６．５％に達しているというのだ。１０年くらいで１０％近く増えたことになる。僕はずっと、過敏性腸症候群の方は花粉症と同じくらいの割合でいると言ってきたが、この表現はもう使えない。<br />
  もう一つよく使ってきた表現に、花粉症は年寄りになれば治ると言うのもあるのだが、どうやらこれも使えそうにない。花粉症を嘆く若い人は沢山いる。「花粉症は老いたら治るよ。早く歳をとることを楽しみにしていたら」とか、逆に年配の方には「花粉症は若者の特権だから、あなたは若いんだ」とかの慰めにならない慰めを言ってきたのだが、どうやらこれも事実に反するようになってきた。７０歳以上の方で花粉症にかかっている人の割合が１０％以上と言うのだから。老いてもますます盛んなのは、病気の世界でも同じなのだろうか。                             <br />
 山のように積まれたまだ手がつけられない情報誌。その中にはきっと宝のような情報が一杯詰まっているのだろうが、消化されないまま放置されている。厳密に言うと若干は新陳代謝しているのだが。時間を見つけては読んでいるから、あるものはそこから次の場所に移るのだが、なにぶん毎日届く情報が多くて、出ていった量以上のものが積み重ねられていく。どの職業でも同じなのだろうが、情報過多の世界で生き延びるのは大変だ。情報の交通整理を誰かがしてくれないと、単なる肥満で終わってしまう。<br />
　繰り返される質問に、まじめくさって答えることはしたくない。形にはまった応対も得意ではない。ちょっとした会話の中にぼけもつっこみもあれば、僕の薬でも少しは効きやすくなる。読むのが止まらないほど面白い情報誌はないかなと勉強嫌いが又いつもの癖でつっこんでしまう。
  </p>
  </content>
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  <title>津波</title> 
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  <issued>2010-02-28T20:27:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　日本で看護師として働くために来日している外国の方が沢山いる。すでに実際に業務に就いているのだが、正式な日本の免許を取るために、仕事の傍ら勉強をしている。ところがこれがめっぽう難しいらしくて、と言うのは試験問題が日本語で実施されるからなのだが、これが巷言われた日本語の習得が難しいということのほかに、自国で受けた看護師の仕事以外の介護という分野が日本では試験に含まれているかららしい。最大の障壁が日本語と言われていたから、ある模擬試験を英語で受けてもらったそうだが、合格率はおよそ２５％だったらしい。これでは日本語の試験での結果が容易に想像できる。恐らく惨憺たるものだろう。果たして、本当に看護師さんを増やしたいのか、はたまた得意の研修生で上手く使いたいのか疑問だ。<br />
  僕は実際に行われた試験を受けた外国の女性二人を知っている。簡単な会話なら日本語で出来る二人だが「難しかった」を連発していた。自嘲気味に「日本語ガタガタ」と言っていたが、彼女らの天性の明るさとバイタリティーは貴重だ。どうかハンディーなく資格が取れるようにして欲しい。３月の下旬に結果が発表されるらしいが、喜び合えたら嬉しい。言葉と内容の二重苦で頑張っている彼女らに、何らかの制度で報いることが出来ないのかと、素人ながらに思う。<br />
  今し方、けたたましく防災サイレンが数回鳴った。高台に避難してくださいと勧告があった。恐らく誰も避難しないだろう。５０ｃｍから１ｍでは逃げないだろう。まして干潮時刻だし。この国のあり方や、この国の人の心のあり方に対してもサイレンは鳴らされているが、ほとんどの人は無視している。潮は静かに引いて一気に押し寄せる体制は出来ているかもしれないのに。<br />
  </p>
  </content>
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  <title>窮屈</title> 
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  <issued>2010-02-27T21:55:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　「ああ、スッキリしました。今日は来てよかったです」こちらが思う以上に喜んでもらったが、この程度のことで喜んで貰えるのかとこちらが寧ろ面くらうくらいだ。<br />
  何不自由なく暮らしていたそうだから、そちらの方が問題だと思うのだが、何不自由なくの中に、何不自由なくを与えてくれていた旦那が入ってきたら、むちゃくちゃ不自由らしい。真面目一本のご主人は働き者で地位もあり、何がよかったと言って、ほとんど単身赴任でいなかったことだろう。お金だけはしっかり送ってきてくれたから、カルチャーセンター、食事に旅行、やりたい放題だったらしい。長い間自由を満喫していたところに、定年になったご主人が帰ってきた。働き虫の男の定年後は何とも心許ない。肩書き以外で人間関係を作ってこなかったものだから、引きこもり状態だ。なんだかんだと理由をつけて１日中まとわりついてくるらしい。急に監視がついたようなものだ。<br />
　いいとこの奥さんにとって、家庭内の不都合を口に出すのは御法度らしい。いいとこの奥さんを知らないから、御法度だと言うことは僕は知らなかった。何十年間、旦那や奥さんの悪口を言い続けている人ばかりと親しくなったので、夫婦はののしり合うものばかりと理解していて、外で家庭の恥部を晒すことを躊躇う人種がいたなんてことには気がつかなかった。<br />
  何をきっかけにこの奥さんが僕に悩みを洗いざらい喋ったのか定かではないが、その結果が冒頭の別れ際の言葉なのだ。少しだけ奥さんが喋った辺りで僕が「旦那をしめ殺して自由になればいいじゃないの」と助言したのが功を奏したのだろうか。一瞬顔が引きつったが「そんな気にもなるよ」といった辺りから堰を切って恨み辛みが出るは出るは。あれだけ出せばさすがにスッキリしたのだろう。感謝の言葉まで貰えた。<br />
　僕は教科書みたいな価値観や、教科書みたいな生き方が苦手だから、正直に何でも話すことにしている。教科書から脱落するのは人の常だが、その脱落に罪の意識を少しでも感じていたら日常が果てしなく窮屈になる。その窮屈を笑い飛ばし、誰にも起こりうると言うことを自覚できれば肩の荷が一気に降りる。人生は重荷を背負って生きていくものと教えられたこともあるが、僕は職業的にその重荷を少しでもとってあげたい。<br />
　「さて、これから玉野競輪に行って儲けて来よう」別れの挨拶で又品を下げてしまったが、いい笑顔で帰っていったから品の無さもたまには役に立つ。
  </p>
  </content>
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  <title>ベンツ</title> 
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  <issued>2010-02-26T21:38:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　ケンとメリーの愛のスカイラインがやたらテレビで宣伝されている頃、僕は繁華街にあるパチンコ屋に行くために毎日バスに乗っていた。バス停までは歩いて数分のアパートに住んでいたから便利だったし、学生で車を持っているのは珍しかったから、高嶺の花とも思えないくらい縁遠いものだった。ただ、そのコマーシャルで流れる歌い手の高音がよく響き、メロディーはハッキリ今でも覚えている。<br />
  牛窓に帰ると、公共交通が不便だったから車を買った。父は車の免許を持っていなかったから我が家にとっては初めての車だった。ゴーカートと間違えそうな小さな車だったが、やたら便利に思えた。バイクで配達するには大きすぎる荷物に困っていたが、そんなことからも解放された。その頃テレビでは「いつかはクラウン」とキャッチコピーが流れていた。いつか収入が増えると、あんな車に乗るんだと、日本中で洗脳されていたのだろう。<br />
　さて現在はどの様なキャッチコピーで財布のヒモが堅い国民に車を買わそうとしているのだろう。耳に残っている印象的な言葉はない。<br />
　昨日、妻が紫色のベンツに乗って帰ってきた。僕は助手席に乗ってみたが、その広さに過去の記憶が蘇った。学生時代、一度だけベンツに乗ったことがある。もっとも、後にも先にもその時一度だけなのだが。当時もっぱら僕の仲間は、自転車が唯一のタイヤ付きの乗り物だったから、いきなりベンツは一生ものの体験だった。僕の後輩に恵まれた家庭の男がいて、彼が親のベンツを持ってきたのだ。助手席に乗せてもらって柳が瀬の街を走ったのだが、運転している後輩がやたら遠くに見えた。その距離感が違和感を持って僕に迫ってきたので当時の映像が記憶にハッキリと残っている。なんだか車内とは思えない不思議な空間だった。<br />
　さて、紫色のベンツの助手席に腰掛けても何となく居心地が悪い。いつかはベンツとパクリのキャッチコピーを唱えても何となく実感がない。やっと手に入れたという喜びが湧いてこない。それよりも僕の不安が的中した。妻が乗ってきたベンツを母親の家の前、そこはバスが数台停留できる広場なのだが、に置いていたら、近所の人が数人出てきて邪魔だからと言って広場の端まで押しって行っているのだ。ああ、やはりベンツなどに乗ると近所の人に不評を買うのだと心苦しくなった・・・・・そこで目が覚めた。<br />
  到底手の届きそうにないものを欲しがる人間は、夢の中でもこの様だ。不釣り合いなものを欲しがると、手にする前から不安になる。この人にしてこの車と言われるものを持っていないから、まずは人格と経済力を近づけなければならない。ところが僕はその面で最初から躓いて周回遅れもいいところだから、到底追いつけない。３０年遅れのケンとメリーのスカイラインでも唄っていればまだ可愛いが、口から出るのが「きよしのズンドコ節」だからもう救いようがない。
  </p>
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  <title>言葉</title> 
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  <issued>2010-02-25T21:12:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　昨日は朝起きたときから調子が悪く、時々布団に入って休みながら仕事をした。昼寝などと言うことは出来ないたちだから、世間が動いているときに布団の中で眠るってのはなかなか耐え難い。でも横になっていないと持たないような気がしたから、下から呼ばれるまで数回２階に上がて横になっていた。<br />
  うつらうつらしながら僕は気がついた。気がつくくらいだから眠っていないのだが、頭の中に一杯色んなことが浮かんでくることに。それもとりとめのないことばかりが、無秩序に浮かんでくるのだ。ありそうなことも、あり得ないことも、ごった煮で浮かんでくる。眠ろうとして思考のスイッチは切っているのだが、言葉が洪水のように現れてくる。実際には色彩も映像もないのに言葉がそれらを引きつれてやってくる。夢かと思うが夢ではない。明らかに起きているのだから。高熱でうなされる子供たちと同じ頭の構造になっているのだろうかと、横になったまま考えた。<br />
  人間の特徴を表すのに何が一番適しているのか分からないが、言葉もその中の一つだろう。恐らく思考を整理するのに大変重要な要素なのだろう。喜怒哀楽を感情のおもむくままでは秩序は崩れてしまう。それらを統制するのに言葉は必需品だ。思考の交通整理みたいなものだ。又思考を発展させていく手段も又言葉だろう。口から音声として出さなくても頭の中で泉のように湧いてくる。それを上手く紡ぐのが詩人だし、小説家なのだろう。<br />
  僕はけだるさの中で言葉の洪水に身を任せていたが、ついぞ何ら輝く言葉とは遭遇できなかった。ただ、こんな時にでさえ休むことが苦手な我が低脳に同情した。
  </p>
  </content>
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  <title>約束</title> 
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  <issued>2010-02-24T21:04:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　年齢と共に、どうやら約束と言うものはなかなか出来にくくなる。己の力が分かってくることもあるし、持って生まれた純情がさび付いて枯れてしまったこともある。明日の登校さえ約束する幼い頃の純情は、雑多に詰められたおもちゃ箱と共にもうとっくに捨てた。<br />
  そんな郷愁が約束をすることから僕を遠ざけているのではない。そんなきれい事ではない。もっと俗っぽい理由からなのだ。その約束した期日に自分が元気でいる保証がないのだ。あるいはその期日までに約束を果たす気力体力が持続するかどうかはなはだ心許ないのだ。自分の意志とは裏腹に、裏切ってしまうことも十分想定できる。だからせめてもの善意として約束しないのだ。その方が一見冷たく見えるかもしれないが、ことが大きくなればなるほど、又代替えがなければないほど約束は出来難くなる。<br />
　そうしてみると政治家などと言う人種は大したものだ。僕みたいな小者とは違う。国家国民を語りながら約束事を連発する。実行するかどうか、出来るかどうか不安で迷っている痕跡なんかはない。果敢に約束事を連発している。小心者には真似が出来ないことだ。<br />
  ほんの小さな約束すら躊躇わなければならない小者の僕が、これからもみだりに約束しないことを約束する。
  </p>
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  <title>子育て</title> 
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  <issued>2010-02-23T21:59:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　僕の好きな光景が又一組やってきた。よい家庭を簡単に見分ける方法でもある。滅多にないから余計目立つのかもしれないが、こちらまでほのぼのとした柔らかい空気に包まれる。  <br />
　思春期の子供は難しいなんて気取った大人のようなことは言いたくはない。大人に成長する過程で辿る道は、誰にも舗装はされていない。感情の起伏が放置されたままの落石のように平坦な道行きを阻害するものだ。だからといって迂回は許されない。乗り越えなければならないものとして思春期は意外と残酷だ。<br />
　未熟で混乱した精神をもてあます世代の娘とその父親が、一緒に薬局にやってくることがそれこそ時々ある。自立の一歩手前で足踏みをしているが、父親はその事を否定しない。口数は少ないが可愛くて仕方ないことは、距離感を懸命に保とうとすることで逆に分かってしまう。不器用な父親の距離感に、娘が無防備に浸っている。醸し出す愛情は、ぎこちない言葉の交換を昇華させ、僕の心を真綿で包む。<br />
  いつも追い立てられるように結果を求められて育った子供達は、結果や効率から解放されるべきだ。親を満足させる道具ではない。子供を所有してもいけない。一時あずかっているものと表現する人もいるが、最大の援助者になるべきだ。いつもおおらかに、遠くから眺めていることが出来る父親にはその資格がある。照れることなく父親と薬局に入ってくる女子高校生が、何とも言えぬ安心感に包まれているのでよく分かる。<br />
　孤立無援の子供から直接健康相談を受けることがある。制約が多すぎてよい結果は難しい。できるなら、この父娘のような関係がそこかしこでも眺められる景色になって欲しい。正しい愛ほど、簡単な子育てはないのだから。
  </p>
  </content>
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  <title>拒否</title> 
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  <issued>2010-02-22T21:53:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　別に声を落として言う必要もないが、実は以前一人だけ、薬を作るのを断った人がいる。よその町からわざわざ相談に来たのだが、応対しているうちに段々耐えられくなった。何の病気の相談だったのか忘れたが、僕の所に来る前にかかった病院や鍼の先生などのことを言いたい放題批判するのだ。何処に行っても治らないくらい自分の体が悪いのだろうと思うのだが、その視点は勿論全く欠如している。病気は治るもの、治療者は治すものと決めつけてしまっている。まあ、そのあたりまでなら誰もが陥っている誤解だから目くじらを立てる必要もないし、ほとんど僕は何も感じない。寧ろそれでは僕が治してみせると奮い立つことの方が多いかもしれない。その断ったおじさんの決定的に僕が許せなかったのは、診てもらったお医者さんのうち何人かが大学病院の教授や、大きな病院の偉い先生というのだ。そしてその人達に診てもらうために、数十万円？いやもう一つ単位が大きかったようにも思うのだが詳しくは忘れてしまった、のお金を贈ったというのだ。そんなお金を受け取るはずがないと思うのだが、得々と悦に入って話し続ける。僕の絶対許せない分野に入ってきているとは知らず、ますます調子を上げてきたから「おじさん、そんなにあんたが立派で金持ちなら、うちみたいな庶民の薬局に来るな」といって追い出した。誰にどの様に紹介されて僕のところに来たのか知らないが、肩書きとお金でものを言う人間は絶対に受け入れられない。まさにその典型を僕の前で演じたから出ていってもらった。<br />
  今日それとはちょっと違うかもしれないが、やはり断った人がいる。脊椎間狭窄症の手術を県内では有名な整形外科の病院で、１年半前にやっていただいたそうだが、最近又少し以前の症状が出てきたらしい。新聞に載っていた脊椎間狭窄症が治るとうたっている雑誌を取り寄せたらしいが、治ったという人が飲んだという薬が僕の薬局にないかというのだ。そんなものあるわけがない。買うようにと勧められているものの成分を言っていたが、そこら辺で売っている健康食品らしきものを集めているに過ぎない。勿論薬でもなにでもない。販売会社も分からない。何かこちらが話そうとするとすぐに、本に出ている、本は正しいと繰り返すだけでこちらの話には耳を貸さない。どうして僕のところに電話をしてきたのと正直恨めしくなる。いよいよらちがあかないので、正直に病院や薬局を信頼せずに、訳の分からない本を信用しているのなら僕に電話をしてこないでとハッキリ断った。<br />
　脊椎間狭窄症みたいな難しいトラブルが根拠のないもので治るなら病院はいらない。本当に治るのなら病院が採用する。こんなに簡単な正しいものの判別の仕方があるのにそれでも判断を間違える。ニュースでしばしば伝えられる経済詐欺と何ら変わりない。何処の世界でも同じなのだと空しくなるが、出来ればそう言った被害者の側に立つ素質のある人とも、関わりたくない。「もう今度は騙されない」繰り返される言葉に同情心も起こらない。その言葉はこちらが言いたいくらいだ。
  </p>
  </content>
  </entry>
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  <title>ホームレス</title> 
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  <issued>2010-02-21T21:29:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　もしあの様子を大学の研究室で見かけたら、思索にふけっている教授に見えるだろう。もしあの様子を昼下がりの公園で見かけたら、束の間の休息を取っているエリートサラリーマンに見えるだろう。もしあの様子をファーストフードの店で見かけたら、授業をさぼっている学生に見えるだろう。もしあの様子をプラットホームで見かけたら、出張する前の技術者に見えるだろう。もしあの様子を厨房の中で見かけたら、フランス帰りのシェフが新しいレシピを考えている姿に見えるだろう。もしあの姿を舞台裏で見かけたら前衛芸術の台本を書いている脚本家に見えるだろう。<br />
  もう僕は何ヶ月もの間だ、彼の姿を日曜日ごとに見かけている。僕がその建物に入る時間は決まっていないから、少なくとも日曜日の午後はずっとそこにいるのだろう。彼がいる空間には５０もの席が、薬をもらい会計をすませるために設置されているが、日曜日は急患を受け付ける救急の入り口だけが開いているから、そこは明かりも落として薄暗い。彼はいつも長いソファーに深く腰をかけ、前屈み気味の姿勢で本を読んでいる。ソファーの横には大きな紙袋が置いてあり、いつも色彩の乏しい服に身をまとっている。白髪交じりの長い髭は、生やしたものではなく生えたものだと容易に想像がつく。<br />
　風を遮り、読み物も多く、尻が痛くならないクッションもある。広い空間を独り占めして他人の視線に串刺しにされることもない。夜は何処で過ごすのかと思うが、少なくとも昼は無縁の公共に皮肉にも少しだけ助けられている。缶コーヒー１杯分の自責を飲み干し傍を通るが、のどごしに落ちていく無力さをくい止める気概は僕にはない。いくらカタカナで彼らを呼んでも、たった一つの笑顔も作ってあげることが出来ないのなら、こちら側も又見えないホームレスなのだ。
  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>呪縛</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://yamatoph.noblog.net/blog/b/10949025.html" /> 
  <issued>2010-02-20T21:42:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
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  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　僕が若者と真剣に向き合って話が出来るのは皮肉にも薬剤師と患者としての立場だけかもしれない。いやいや、世代を問わず、その関係以外にはないのかもしれない。<br />
  今日もある若者と数時間一緒に過ごした。今日は彼のために時間を充分とることに決めていたが、嘔吐下痢の風邪がはやっていて急変した施設の患者さんのために薬を数回に分けて運んだり、漢方薬などを取りに来る人が重なって、常に話続けることは出来なかった。それでも実質２時間くらいは話すことが出来たと思う。２時間の会話と僕の漢方薬でどのくらい彼を苦痛から解放できるか分からないが、勿論狙いは完治だ。<br />
　一人で悩むのが青春の特徴だ。悩んでいる姿を他人に悟られることそれすら屈辱なのだ。だから彼も恐らく自分の症状を隠さずに話したのは初めてだろう。取り繕った訴えで症状が伝わるはずがないから、彼が過去受けた治療なんか効く条件が最初から整っていない。僕にはそんなこと全部見えてしまうから、そんなことはさせない。わざわざ遠くから訪ねてきてくれたのにもったいない。今まで何年も誰にも話したことがない症状を、吐き出してしまえばそれだけで楽にもなれるし、相手から本当の知識が得られる。全てを話してもらえないとこちらも正しい知識を伝授できない。間違った過程を通って目的とするところには到達できない。<br />
  恐らく彼が今まで仕入れた知識とは真っ向から反することを伝えたと思う。しかしそれを否定する理論を彼はうち立てられないし、逆に僕はいとも簡単に彼の理屈をうち破ることが出来る。ただ彼に起こっている不調は、正しいとか正しくないとかの問題を超越して、信じ切っている思い込みを如何に克服できるかだけの問題なのだ。思い込みをうち破ることが出来る漢方薬を作り、僕らの間に信頼感が少しでも生まれれば当然治る。彼は２時間の間に質問はしたが、僕の揚げ足を取るようなことはしなかった。このことは僕にとってかなり重要なことで、経験的に判断して治る必要条件と言ってもいい。治療は薬がするのかもしれないが、相性って結構重要なポイントなのだ。非科学的なことを言うが、元々人間の体や心なんて非科学的なのだから。<br />
　今以上に幸せに自由に暮らすことが出来る権利を彼も又十分持っている。自分が作ってきた殻を破りさえすれば、本当は多くの人に好感を持って迎えられることも、多くの人に愛され大切にされ、又頼りにされる自分であることにも気づくことが出来る。大切にされ、信頼された分だけ、困っている人達や弱き人達を大切に出来るのだから。僕との縁で思い込みなどと言う呪縛から解放され、弱い立場の人に多くを与えることが出来る人生を送って欲しいと思う。まるで悪意のない、それでいて絶望的な呪縛はあの頃の僕だけで充分だ。
  </p>
  </content>
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  <title>招き猫</title> 
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  <issued>2010-02-19T21:47:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
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  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　今薬を持って出ていったばかりの男性が、薬局の外から手招きをする。薬局の中から手を振れば招きおじさんくらいにはなるが、外から手を振られたら追い出しおじさんだ。７０歳、色黒、ダンプに乗っていた頃の面影どおり人相は今だ悪い。そんなおじさんの仕草が全くアンバランスで可愛いのでつられて出ていくと、ワンボックスカーのハッチバック式の扉を開けようとする。さっき、足を引きずりながら痛み止めの薬を買ったのに、重そうな扉を懸命に上げようとするから手伝った。見ていられなかったのが本当のところだ。お腹は嘗てのなごりで出っ張っているが、足などの筋肉は落ちてしまって、行け進めの面影はない。<br />
　荷台には大きなキャベツが６個入った出荷用の袋が一つ積んであった。「これを食べんせい」と言ってくれたがさすがに６個は多すぎる。「こんなには貰えないわ」と断ると袋を破って一つだけとりだし、「この一つは残しといて」と言った。 あれ、僕の早ガッテンだったのかなと気がついたが、急に展開を変えるわけには行かない。「我が家の分と娘の家の分で２個もらおうかな」と折衷案をさりげなく出したが、あちらは年長者、プライドがあるから「５個全部降ろされ」と言ってくれる。「それなら母親の家のももらおうかな」と、復活折衝ばりの提案をする。結局は残り５個をもらったのだが、悪いことをした。恐らく数軒の知人に配るために積んでいたのだろうが、僕の図々しさが予定を狂わせてしまった。<br />
　あの不自由な足で広い畑を守（もり）し、育てた重量野菜をいとも簡単にくれる。舗装された道路の上でも足を引きずるのに、足場の悪い土の上ではさぞ痛かろう。エアコンのきいた薬局で、口回りの筋肉だけを動かして仕事をしている僕など彼らに比べれば国賊ものだ。恐ろしいような顔の造りをくしゃくしゃにして、遠慮しないでと言うそばから照れている純情が、まだこの町の畔には残っている。春の気配が耕された土中で新たな命を育むが、いつまでも枯れないでと手を合わせたくなる老木もしっかりと根をはっている。<br />
　大きなキャベツ５個を遠慮無く車から降ろした。その時、僕の白衣の裾で勇み足の春一番がひと休みした。
  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>無駄</title> 
  <link rel="alternate" type="text/html" href="http://yamatoph.noblog.net/blog/c/10947798.html" /> 
  <issued>2010-02-18T22:12:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　ついに言ってしまった。黙っていればよかったのだが限界だった。<br />
市の職員が詳細に渡って説明してくれるのだが、数字の羅列だからさっぱり分からない。ロシア語くらい分からない、いやいやタガログ語くらい分からない。要は何一つ分からないのだ。何ページにも渡る説明は、役所言葉と数字だけ。これでは眠気も誘わない。まるででくの坊のようにその場を構成するだけだ。いなくてもいいが、いなければいけない、そんな空気みたいな存在にはもう耐えられなかった。<br />
　いくら数字を上げられても、日本中で国保財政は破綻寸前なのだ。それはそうだろう、国民が収めた、いや最近は確信犯的に納めない人もいるし、職や収入が無くて納めたくても納めれない人もいるが、保険料を製薬会社や医師会、歯科医師会、薬剤師会、柔道整復師会などが如何に多く頂戴するかを必死で争っているのだから足りるはずがない。おまけに、ちょっとの不調くらいで病院に駆け込む人が一杯いるのだから、財政が持つはずがない。職員が並べる数字はその具体的なものなのだろうが、そんなもの聞かされてもなにも打つ手がないのだから仕方がない。市町村レベルで何かを論じてもそれが上に届く保証は全くないし、そんな気配すらない。市町村はこんなに上の言うがままかと呆れる程だ。<br />
　「数字はさっぱり分からないから、日本語で、こんなことに困っているからとか、こんなことを企画したいとかを言って」とお願いしたのか居直ったのか、語調はちょっと激しかったかもしれないが、それでも自制したつもりなのだ。分からない説明をされ、有識者に賛同を得ましたというお墨付きを与えては申し訳ない。数年同じことに耐えてきたがもう限界だ。年に２回、このような会合に出席すれば１万円か２万円もらえたと思うが、僕は１円分の仕事もしていない。丁度僕の正面に、合併前の助役さんだった人が座っていたが、そんな人こそ適任で、僕などを選ぶ必然性がない。きっと何かの規約で決まっているのだろうが、隣の歯医者さんも毎回苦痛だろうなと同情する。医師の代表などもう数回欠席しているから、もうとっくに悟っているのではないか。<br />
　僕自身の存在はその場で全くの無駄。是非無駄を省いて欲しい。会場までの往復の時間を合わせて３時間、これは僕にとっても全くの無駄。蜃気楼が見える北陸の街からある女性がその時間に電話をくれていた。その電話に出られなかったことが悔やまれた。無駄が無駄を呼んで、ダムになった。
  </p>
  </content>
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  <entry>
  <title>ビオフェルミン</title> 
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  <issued>2010-02-17T21:35:59+09:00</issued> 
  <summary></summary> 
  <dc:subject></dc:subject>
  <content type="application/xhtml+xml">
  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　見たことのない若い女性が、シャッターを開けるとすぐにやって来た。「ビオフェルミンを下さい」と頼まれたから、大きいのと小さいのとどちらが必要かを尋ねたらすぐに答えが返ってこなかった。薬を指名したのに大きさに迷うから「どうしたの？」と尋ねてみた。すると彼女は今朝から下痢をしていると答えた。吐き気や腹痛はと尋ねると両方あると言う。「回りに貴女みたいな症状の人はいなかった？」と尋ねると、子供がそうでしたと言う。こんな会話は、薬を販売する時に当然必要だから、彼女と偶然交わした特別なものではない。僕はさりげなく会話することによって間違った選択がなされていないかどうかを確かめる。長年薬局をやっていると当然身に付くものだが。<br />
  ここまで症状が分かれば「ビオフェルミンでは絶対効かないよ」と言わざるを得ない。「もしよければ３日分薬を作るよ」と言うと「どのくらい時間がかかります」と言うから３分と答えた。通勤途中に寄ったらしく、嘔吐下痢で仕事に行くのだから見上げたものだが、気の毒過ぎる。僕だったら起きあがることも出来ないかもしれない。いくら若くても仕事なんか出来る状態ではないだろう。僕が無造作にビオフェルミンを売っていたら彼女はいくら待っても効きめがないまま辛い１日を送る羽目になっていた。病院に行く時間がない人が、ドラッグストアで自分で薬を選択せざるを得ないとしたら余りにも気の毒だ。便利を買っているのかもしれないが、便利の裏で多くの損もしている。<br />
　僕が調剤室に入っていこうとすると「漢方薬ですか？すごい」と言ったが、僕には何がすごいのか分からなかった。今初めて漢方薬を飲む体験をすることがすごかったのか、症状を聞いて薬を作ることがすごかったのか。別にすごいと言うほどの仕事はしていない。人間が本来持っている自然に治る力、自然治癒力に完全に依存しているだけだ。死に病は一生に一回だけ。そのほかのものは治るか共存できるのだ。<br />
　もしすごいという言葉を使うなら、線路に転落した女性を助けるために、自分も線路に降り近づく列車にとっさの判断で女性を線路上に寝かせた若者こそ「本当にすごい」。
  </p>
  </content>
  </entry>
  <entry>
  <title>喜び</title> 
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  <issued>2010-02-16T22:14:59+09:00</issued> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　ああ、この喜びを出来たら今日と明日に分けて欲しかった。１日のうちに２つも喜びがあるのはもったいない。<br />
  まだ薬は一杯残っているはずなのに、このタイミングで電話がかかってきたから朗報だとすぐに分かった。お母さんの表現では、毎日ののたうち回るほどの腹痛で昨年受験機会を失っていた青年が、昨日見事大学に合格した。奇跡でも起こればいいのにとか、数撃てば当たるとか、お母さんと話していたのだが、本当に当たってしまった。何処でもいいからとお母さんも居直っていたのだが、聞けば結構有名大学だった。入試がまだ始まっていない頃、お母さんに体調のことでお礼を言われた。合格して初めてお役に立てれると思っていたので、あの時点でしみじみ礼を言われたのには驚いた。プライバシーがあるので詳細は言えないが、今同じように体調が原因で壁にぶつかっている人は、あるいはその家族の人も決して諦めないで。何処にどんな解決方法が落ちているか分からない。まさかこんな田舎の薬局が役に立つともあの家族も思わなかったのではないか。まさに落ちている程度の薬局なのだから。<br />
　大学に入る権利を手にした人がいる一方で、社会に出る権利を手にした人もいる。昨日急に訪ねて行ってもいいかと尋ねられたのだが、勿論大歓迎だ。琵琶湖の街から来た女性は、初めて僕に連絡を取ってきた頃には、バスにも電車にも乗れなかったのだが、なんと今日は若者らしく高速バスでやって来た。それどころか、卒業旅行で２回海外に行ったらしい。それもイタリアと韓国だから、もう彼女に出来ないことはない。今日教えてもらったのだが、治らないと諦めていた２年前、何か奇跡を起こす薬はないかなとインターネットで捜していて僕の薬局を見つけたらしい。皮肉にも奇跡は起こらないと言い続けている僕の薬局を見つけたのだ。奇跡は起こせないけれど、努力は報われる。何回も交換したメールで恋多き女性という印象がとても強かったのだが、会ってみてとても落ち着きのある素敵な女性だと分かった。何とも言えぬ柔和さが醸し出すオーラは恐らく男性を虜にするだろう。男性に限らず、女性にも安心感を与えるのではないかと思う。それが証拠に邑久駅まで送っていった妻が帰るなり「気持ちのよい女性だった」と言ったから。今まで訪ねてきてくれた多くの過敏性腸症候群の人全員に共通するのだが、自分の長所に気がついていない。過敏性腸症候群になる共通の素質というものがあるとしたら、青春期特有の強すぎる自意識だ。でもそれは決して悪いことではない。それがあるからこそ人はより高きを目指し、それだからこそ挫折も味わう。そしてその挫折は教えられても身に付かない本当の謙虚さを教えてくれる。これに優る長所があるだろうか。<br />
　僕は今日二人の青年に、これでよかったのだと肩を叩かれたような気がした。裏目裏目の人生だからこそ共振する心達と出会えるのだから。
  </p>
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  <title>横断歩道</title> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　・・・夜勤中、職場の患者さんから、「○○さんがいると安心して眠れるよ。」と言われ、涙が出てしまいました。経済的、精神的、肉体的に決して楽ではない仕事ですが、もう少し頑張ろうと思います。今年はケアマネージャーの資格を取ろうと思っています。・・・<br />
　田舎の薬剤師に出来ることは少ないが、縁あって元気を取り戻してくれた人達が全国で活躍してくれている。彼も僕にとっては「一人」なのだが、彼がお世話している人達はかなりの数になるだろう。もう今の仕事が５年目と言うから、延べにしたらどれくらいの人のお世話が出来ているのだろう。<br />
　時に才能に恵まれてとんでもない肩書きの人を世話することがあるが、僕の薬局では宝くじに当たるほどの確率でしかそんな人はいない。おかげで僕は背伸びすることなく、外見も心の中も普段着のままで仕事が出来る。ただこの普段着がどうも怪しくて、普段着過ぎるという印象を持っている人も多いのかと思うが、仮に僕がピシッと決めて薬局に立てば今頂いている料金では不釣り合いだろう。出来れば誰にも公平に健康を手にして欲しいと思うが、所得が延びない時代、職にありつけない時代にはそれは難しい。草履が革靴に、ジーパンやＴシャツがスーツに、岡山弁が東京弁になればなるほど上がるのは付加価値と料金だけ。多くの僕の大切な人が去り、僕の苦手な人達が来る。実力の偽装はしたくないから、せめて容姿も心も無駄を省いて、徹底的に身軽になってほとんどの人が服用できる料金体系を維持したい。<br />
　どの様な幾何学的な模様を描いて人は連なっているのか知らないが、必ずどこかで誰かと繋がっている。ごくごく普通の人達が、お互いを責めることなく、小さな善意を往復させて毎日を過ごせたらいいなと思う。決して大きな幸運を願っているのではない。横断歩道の向こう側を走る幸せに、たまにはちょいと声をかけてみたくなるだけなのだ。<br />
<br />
  </p>
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  <title>水路</title> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　自分より大きい猫を追っかけたのはテリトリーを荒らされたせいではない。一緒に遊んでもらおうとしただけなのだ。自分が犬と思っているのかどうか疑わしいから、友情が空回りした。<br />
　白い大きなネコが逃げたのはその友情が煩わしかったのか、それとも紐を握っている僕を恐れたのか。ただそのネコの逃げっぷりが素晴らしかった。気になったので目算で測ってみると、幅は１．５ｍくらいはゆうにあると思えた。コンクリートで固められた深い水路を助走もせずに飛び越えたのだ。人間で言うと立ち幅跳びだ。ネコのジャンプ力ってすばらしい。人間の比に治すと果たしてどのくらいを飛んだことになるのだろう。水路の向こうで悠々と腰を下ろしこちらを見る目は勝ち誇っていた。<br />
  犬はネコになれないし、猫も犬になれない。僕もＡにはなれないし、Ａも僕にはなれない。僕はそれでいいと思っている。一人として同じ人間はいない。その無数の個性が相補いながら生きていくのが世の中だ。違うことを恐れる余り、自分の個性を抹殺する若者がいるが、それは余りにも短絡的だ。「人と同じよう」が何も保証してはくれない。作らないことが作ることより生産性があるとは思えない。多くを隠すことより、多くを表現し作り出す方が同じ時間を生きるなら価値があるし楽しい。<br />
　「毎日みんなから悪口を言われてそのたびに傷付いて、もう何のために生きてるかわかりません。もう早く楽になりたいです」僕はこのメールをくれた若い女性がいとおしい。この苦しみが決して無駄にはならないことを信じていた。人生は苦しいが、苦しいことばかりではないことを彼女にも知って欲しかった。僕の未熟な漢方薬、岡山弁、そして勿論主治医の先生。以前のメールから今は「最近何だか生きてるのがすごく楽しいです！先生方のおかげです」に変わった。<br />
　昨日彼女も深い水路を飛び越えた。白ネコの跳躍力を手に入れた。飛び越えた先には新しい世界がある。孤独を映す水面をのぞき込む彼女はもういない。
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  <title>通販生活</title> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　何を頼んでも断らない人がいる。実際には断れない人と言った方が正しいのかもしれないが。<br />
　嘗て僕もその種の人間で、頼まれれば快く引き受けることをモットーにしていたが、最近は期待に応えられる体力が底をついているので基本的には全部断るようにしている。一見、豹変と言えるかもしれないが、根底は同じだと思っている。嘗ては期待に応えるように努力し成果を出し喜んで頂くことを僕の喜びにもした。しかし今では、体調により途中で諦めなければならない可能性があるから、安易に引き受けて投げ出さざるを得ないことを寧ろ懸念している。途中放棄は最初から何もしないより引継が困難な場合が多いから。  そうしてみるとこの方は大したものだ。僕より一回りは上だと思うのだが、未だ現役で「断らない生活」を続けている。この気力、体力たるや羨ましい限りだ。茶の間で「通販生活」をしていてもよいくらいの年齢なのだが、時に額に汗をして熱弁もふるう。体力の裏付けは卓球だと最近知ったのだが、気力の裏付けはいったい何なんだろう。<br />
  根っからの真面目と堅物は似て非なるものだ。やっていることが時折重なるから区別しにくいこともあるが、打ち込んでいるときの余裕が違う。打ち込み方がおおらかなのだ。車のハンドルのように遊びが多い。直球しか投げないピッチャーではなく、カーブもスライダーもシュートも持っている。変幻自在なのだ。だから自分自身も折れないのだと思う。硬直した精神は意外とポキッと折れる。しなやかに伸び、強い風にも逆らわず身を委ねる植物が、台風の後に倒れている大木を横目で見ていることが多いように。<br />
　僕はその人を決して褒めはしない。心の中では「まいった」と言っているが口には出さない。口に出すことによって評価の対象になってしまうからだ。ごくごく自然な善意までが、評価されてしまうことになる。寧ろ僕は若干茶化し気味にする。下手に褒めたりしたら、気持ちがあっても健康不安や力不足でやりたくてもできない人達の居場所を奪ってしまう。親切も慈善も結構気力体力を要し、誰にでも出来るものではないのだ。<br />
  折角の二部合唱がその人が引き受けてくれたおかげで三部合唱になっても構わない。お嬢さんが営んでいるハーブの店から、折角持ち出してくれた香りが臭くても構わない。家ではやったこともない拭き掃除で、床が余計に汚れても仕方ない。よかれと思うことに打ち込む姿勢はただただ頭が下がる。やはりこの「打ち込み」は卓球の賜か。
  </p>
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  <title>揚げ足</title> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　国会中継やテレビのくだらない討論を見たり聞いたりしていて気分が優れないのは、次元の低い揚げ足の取り合いだからだ。肩書きがそれなりに出来ると、素直に相手の言い分を認めたりしたら敗者にでもなってしまうとでも言うのか。それともタレントに成り下がっているから、食いっぷちがなくなってしまうとでも言うのだろうか。これだけ日常的にくだらないものを見せられていると、運悪くそれが伝染して、僕ら庶民の間にも同じ人種が増えてきて、素直に相手の言うことを受け取れない人が散在するようになった。言葉尻を捉えてこれ見たことかとたたみかけたり、否定したりと俄然高揚する。最終的には自分を認めさせて納得して終わりたいのだろうが、そう運良く事は運ばない。<br />
  僕はその種の人達の不運を知っている。僕の職業的な小さな範囲のことでしかないかもしれないが、恐らく他の分野でも通用する普遍性も秘めていると思う。大げさな言い方をするが、僕はその種の人が嫌いでも苦手でもなく、純粋に薬剤師的に心配しているのだ。　一言で言うと、この種の人は病気が圧倒的に治りにくい。勿論若かったり、ちょっとした怪我なら差はないが、こと慢性病や慢性の痛みのトラブルになったら、圧倒的に治らない。同じ症状で、同じような薬を使っても治りは圧倒的に遅いか、やっては来ない。僕ら薬を出す側の揚げ足を取って何になるのだろうかと思うが、１００の知識で１を喋る僕らに、１の知識で１を対等に喋ってくる。いつの頃から閉じた心か知らないが、聞く耳を持たないから良い声は届かない。よい耳を持ち不必要な敵対心を解除してやると、心も内臓も緊張が解けて血流が復活し病気が治る準備が出来る。こんな簡単な、それでいてもっとも大切なことが出来ない身体に治癒力はない。僕の実力をさておいて言わせてもらったが、大きな病院、近所のかかりつけのお医者さんでも恐らく同じ結果だと思う。
  </p>
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  <title>刺身</title> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　僕は感動して返事をする度に「刺身」「刺身」と言っていたことになる。僕の口癖の感嘆詞がかの国では刺身と同じ発音らしい。変わった日本人だと思ったかも知れないが、言葉の壁が逆に僕の本質を隠してくれたことになるのかもしれない。<br />
  韓国から６人の神父様が来られ、こちらにおられる神父様２人と併せて８人の神父様が小さな教会に会してくださったことになる。歓迎の昼食会にも誘われて出席したが、その前から今日のミサには必ずあずかることに決めていた。<br />
　今こうしている間にも、僕が幼い頃筆舌に尽くせないくらいお世話になった人が、痛みと戦っている。息子が「悲惨」と表現した痛みがどのくらいか分からないが、嘗て僕が身動き一つ出来なかった痛みに優るのだろうか。ただ撲の場合は回復が保証されていた。数日すれば少しずつ痛みから解放された。その人の場合、痛みは進行し命をも奪ってしまう。解放を約束されない痛みに人がどれだけ耐えうるのだろう。うー、うーとまるで鼓動に一致させるように声を出すのは、少しでも痛みから逃れるためらしい。「痛い」と「えらい（しんどい）」が時折混ざるがほとんど言葉にはならない。<br />
　この数ヶ月、奇跡を神様に願った。でも今日は安らかに早く眠らせてあげてと祈った。８人の神父様を通して神様にお願いした。善良を生涯貫き通した人を苦しめないでとお願いした。ミサが終わった後、病院に行き、今頂いてきた恵を少しでも手渡したいと思いベッドの傍に腰掛け、血の通わない手と足をマッサージした。不安定な姿勢でしなければならなかったが不思議と首も腰も痛くならなかった。いつもならその姿勢に耐えれないのだが今日は不思議と身体の何処にも負担が来なかった。僕を通して恵が与えられたのだろうか。時々、正気になる一瞬があり、一度だけ笑ってくれた。こんなに痛みに襲われ、希望を取り除かれていても人は笑うことが出来るのだとただただ感謝した。<br />
　春を呼ぶ雨は韓国の若き神父様達を僕たちの前に連れてきてくれた。友情も希望も、勇気までもが芽吹いたが、変われない季節の行き止まりでうずくまる僕の大切な人に救いあれ。
  </p>
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  <title>西島秀俊</title> 
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  <p xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml">
		　優しい声だったし、丁寧な物言いだったので緊張することはなかった。おしかりでも受けるのかと思ったら、ある患者さんがとても調子が良くなって有難うございますとお礼を言われた。お礼を言われるようなことはしていないが、患者さんが、先生が見ても調子を上げていることが分かるんだと、それが嬉しかった。僕の主観では頼りないが、専門家の先生が認めているのなら確かだ。<br />
  調子が良くなれば薬を止めたくなるのは誰でも当たり前だが、減量に当たっては専門家の厳密な指導の元に行われなければならない。その大切さを共有してくださいという示唆だったのだが、僕も今の好調さを維持してもらうために少しでもお役に立てれるのではないかとすぐにメールを送った。関東に住む先生が自分の住所とクリニックの名前を言われ、僕にどちらですと尋ねられたので「岡山」ですと答えたら驚いていた。<br />
　彼女の調子が良くなったことに僕が少しだけ関与できたとしたら、それは漢方薬だけのおかげではない。彼女は薬が無くなると毎回電話をくれたのだが、そこで数分間話す事が出来た、そのおかげだと思う。僕は彼女が決して人を傷つけない、それでいて容易に傷つけられ、それでも人を恨むことなく生きていることを知った。そんな彼女の苦しみを少しでも取り除けたらと切に願った。彼女が僕との話で笑ってくれたりしたらメチャクチャ嬉しかった。回を重ねるごとにしっかりしてきたなと感じていたが、今日先生からお話を聞いて、もっともっと快調になって、青春を謳歌してくれたらなと願わずにはおれなかった。<br />
その為に僕はつかの間の友人でいればいいのだ。親子以上に年が離れた友人でいいのだ。岡山弁丸出しで、権威まるでなしの遠く離れたおじさんでいいのだ。身の回りにいる人に相談できずに一人で勝ち目のない相手と戦っている人達が、せめて何でも言える友人でいればいいのだ。たまたまちょっとだけ漢方薬について知っているおじさんでいいのだ。それがたまたま西島秀俊に似ていれば尚更いいのだ。
  </p>
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