栄町ヤマト薬局 - 2018/01

漢方薬局の日常の出来事




2018年01月21日(Sun)▲ページの先頭へ
同義語
 「なんでえ、こりゃあ!」も「なんじゃこりゃあ!」も「どうしたんでこりゃあ!」も、岡山県人なら同義語だと分かる。否定、或いは呆れた時に使う言葉だ。どちらかと言うと両方を含んだときに使うことが多い。
 従姉の旦那が何度もこの言葉を使ったのは、49日で母の墓前に集まった時のことだ。隣の墓地は背丈をはるかに越える枯れ草で覆われていて、かすかに墓石が見える。夏だったら恐ろしくて足を踏み入れることは出来ないだろう。何度訪ねてもまさかその墓石を覗くようなことを僕はしないが、従姉のだんなは興味を持ったのか覗き込んでいた。そして墓石に刻まれた文字を読んで、「まだこのお墓は新しい。平成3年じゃ」と言った。僕は「まだ新しい」と「平成3年」が結びつかなかったが、考えてみればお墓の歴史としては新しいのかもしれない。多くの墓地を見てきたが、確かに何時代か判らないような小さくて壊れた墓石があることが多い。そういった経験があのような言葉を出させたのだろう。そしてその言葉の真意は、見ず知らずの「墓を世話しない人への怒り」なのだ。牛窓よりずっと田舎に暮らす僕の従姉の家は、母の実家だ。まだまだ古きよき時代が残っていて、いつお墓に参っても必ず枯れていない花が備えられている。歩けば家から15分くらいかかる山の中腹にあるのに、何日おきに参っているのだろうと考えさせられるくらいだ。だからこの荒れ放題の墓を見て、呆れを通り越して怒りに近い表現を用いたのだろう。
 勿論彼にも放置された理由は分かる。日本中で起こっている現象でもあるし。彼の価値観がやり場のない怒りに変っただけなのだ。誰の責任でもない。経済的に豊かでない人が多く取り残されている時代に、身の回りを整えることなど不可能だ。孤立して生きる現代人に差し伸べられる善意は少ない。
 両親がこの墓地を買ったころは、海が眼下に見えていた。ところが今は丸で木のように育った笹で海は全く見えない。あたかも視界を失った時代のように。


2018年01月20日(Sat)▲ページの先頭へ
民宿
何でそんなことになったのか覚えていないが、儀式嫌いの僕が嘗て一度だけ仲人をしたことがある。相手方のおうちが神戸にあり、婿の父親と神戸の家を訪ねた。いわゆる結納だったと思う。その家で出された料理の魚が何とまずかったことか。覚えているのはそのことだけだ。確か30歳代だったと思う。およそ今迄であんなにまずい魚を食べたことはない。それと逆のことが今夜あった。
 母の49日のために兄弟姉妹が集まった。牛窓にある民宿だ。牛窓には民宿が沢山あるが、僕は今まで民宿に行ったことがなかった。今日利用した民宿は牛窓では一二位を争う規模のところだ。後で妻に尋ねて驚いたのだが、1人頭6000円だった。僕がお世話している漢方の研究会で毎年7000円の新年会を岡山のホテルでするが、それに比べて何と美味しくてボリュームがあることか。どちらの値段設定が正しいのか分からないが、内容と金額は圧倒的に牛窓の民宿が勝っている。牛窓の民宿が正しいのなら、岡山のホテルの料理は4000円くらいにすべきだし、岡山のホテルが正しいのなら、牛窓の民宿は1万円にしたほうがいい。
 千葉と横浜に住む姉たちが、元々牛窓に住んでいて牛窓の魚を毎日のように食べさされて大きくなっているはずなのに、「美味しい」を連発する。牛窓を離れて40年、50年の2人には、久しぶりの牛窓の魚がよほど美味しかったのだろう。それはそうだろう、民宿の社長が今日釣った魚だったのだから。さっきまで海を泳いでいたのだから美味しいに決まっている。牛窓の瀬戸の流れが急で、そこで釣れる魚の筋肉はしまっている。それが美味しさの理由らしい。
 料理が運ばれてくるたびに姉たちが質問するものだから、魚が何処で、野菜はここで、果物は何処でと採れた場所を教えてくれるのだが、ほとんどが地元と言うより、自分の畑のものだった。牛窓で暮らす僕には珍しくもなんともないが、都会に暮らす姉達にはどれも新鮮に映るのだろう。僕なんかうがった見方をするから、自分の畑で採れたものばかりだったら原材料は滅茶苦茶安いじゃないの!と思ったが、それこそが売りで、新鮮で安いものを提供できるからあの値段でこれだけ美味しかったのだろうと納得した。僕ら兄弟姉妹の年齢では、もう少しで食べられる限界を超えそうなくらい量もあった。
 申し訳程度に母の写真を飾っての食事だったが、もうすぐ僕たちもと思える年齢に皆達しているから、思いは複雑だ。美味しくもあり、美味しくもなし。


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2018年01月19日(Fri)▲ページの先頭へ
悲鳴
 今日は多くの方に迷惑をかけてしまった。今日もかな?
 僕の機械音痴はもう確信犯の領域に達していて、それを克服しようなどと言う気はさらさらない。今まで何とかなってきたからこのままで通すし、輪をかけて進化するだろう。こういった時は老いを巧みに利用する。「もう歳だから」を連発して居直る。「もう歳だから」は口にしても恥ずかしくない魔法の言葉だ。時に相手がとても優しくなったりして予想以上の収穫があることもある。
 今日の迷惑はいつもながらのパソコンの故障だ。故障と言うとなんだかパソコンが悪いように聞こえるが、罪を機械に擦り付ける気はない。責任は僕にある。いつもの誤操作だ。ある作業をしていて、いつもなら画面が自然に変るのを待つのだが、なぜかしら近道を選択した。その近道を選択したときに偶然パソコンがシャットダウンした。それからは何故か再起動できなくなった。素人だから放っておけばよかったのだが、分からないくせに闇雲に操作してしまった。それが結局は自分で自分の首を絞めることになり、にっちもさっちも行かなくなった。まあ、いつものことだ。
 こんな時はいつも漢方問屋の専務さんに頼む。朝になるのを待って連絡した。できるだけ早く行きますと言ってくれたが、忙しかったのだろうお昼前に来てくれた。いったんパソコンの前に腰掛けるとあっという間に直してくれたが、結局僕がやるべきことを始めることが出来たのはお昼前だった。3時間僕は漢方薬を作ったり、相談の返事を書いたりすることが出来なかった。又メールでの途中経過や質問にも返事を書くことが出来なかった。だから僕にメールをくれているだろう人たちが、僕からの返信が遅いと不安になっているのではないかと言う「不安」が僕の頭の中を駆け巡った。僕が漢方薬を作っている人たちは繊細な人が多いから、こうした返信もよほど注意しなければならない。不快な思いをさせてしまったら元も子もない。
 それにしても、日常どれだけ多くの人に助けてもらわなければならないかよく分かる。恐らくどんな立場の人、階級の人でも同じだろう。上流で暮らす人も下流で暮らす人も、多くの助けなくては暮らしていけない。いくら気張っても、不都合なんてのは必ず襲ってくる。最後の究極の不都合を待たずに多くの不都合が立ちはだかる。孤立無援も孤軍奮闘も五十歩百歩。悲鳴を上げるが勝ち。

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2018年01月18日(Thu)▲ページの先頭へ
国家試験
 同居しているかの国の2人は、今月末に介護福祉士?の国家試験を受ける。2年間専門学校に行き、運がよければ国家資格を得て春から働くことになる。ようやく学生とアルバイトの両立から解放されることになる。
 そもそも2人が来日したのはその理由ではなかった。学生なら再入国することが出来るからと、日本語の専門学校に入学した。しかし、同じ理由で来ている東南アジアの若者達の真の理由は、アルバイトをして金を稼ぐことだった。僕は学生寮と言う名の巣窟みたいなところを訪ねたことがあるが、とても二人を置いておく気にはなれなかった。そこでアパートと、健全なバイト先を探した。多くは深夜の、コンビニ弁当を作るアルバイトに駆り出されていたが、そんな屈辱をあの2人に味わわせることは出来なかった。
 見つけてあげたのが介護のアルバイトだった。まじめな2人だから重宝されて介護の専門学校に行かせてもらえることになった。ところがそのことで恩を売られるようになって、窮屈な日常を送っていた。そこで僕がそれまでに援助してもらっていたお金と、後の授業料などを立て替えてあげたのだが、2人が介護の専門学校に進学した本当の理由も知っていた。それはただただ日本に留まりたかっただけなのだ。
 ところが介護の学校に行くに従って、介護の重要さが少しずつわかってきたみたいで、熱心に勉強するようになった。学校の評価も高くなり、外国人を受け入れてこなかったその学校も受け入れることにしたくらいだ。2人が熱心に勉強を続けて来れた理由は、弱者に対しての優しさに目覚めた訳ではない。日本より50年遅れているという彼女達は気がついたのだ、いつか自分の国も介護が必要な時代が来ると。個性が全く違う2人は、1人は介護の力を身につけようとして懸命だし、1人は経営に興味を持っている。現場と経営の両輪が自然にペアを組んでいる。
 「オトウサン キンチョウシマス」と、折に触れ口に出すようになったが、それは頑張っている証拠でもある。2人がそれぞれのモチベーションで頑張っている。完成されたような国では誰もがあのような大志を抱くことはない。かの国ではまだまだ誰もが大志を抱けるのだ。傍にいると恥ずかしくなるような大志も口から飛び出す。若者の勝手に3年間付き合ってきたが、もうそれも終わる。そして日本人が捨ててきた心模様を隙間見ることもなくなる。かの国の人達がもう同じように捨て始めているから。


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2018年01月17日(Wed)▲ページの先頭へ
嗅覚
 本来は、町の薬局で手に負えないから医院に行き、そこで手に負えなければ大きな病院に行く。ところが漢方薬をやっている薬局はその流れが逆のことが多い。大きな病院で改善しなかったりするとこんな田舎の薬局でも頼られたりする。
 その女性も正にそのパターンだ。嗅覚が全く無くなって病院にかかっていたが、お医者さんがそろそろさじを投げかけた。それでは困るから、お母さんが僕の薬局の漢方薬を飲んでくれている縁で訪ねて来てくれた。事故などを経験している場合は僕は断るのだが、その方はそういった心当たりはない。2週間分ずつ飲んでもらっていたら、2ヶ月くらいでコーヒーの香が分かり始めた。ところがそのコーヒーの香がなんともいえぬ臭いそうだ。嗅覚がほんの少し復活したから嬉しいが、大好きだったコーヒーの香がまずいことには閉口したらしい。それから2週間経った今日、ご飯のにおいも分かり始めたらしい。これもまた臭いそうだ。あの美味しいお米が臭いとはどういった状態だろう。そして例のコーヒーは、少し良い香りに変わってきたらしい。
 普通の人から見れば摩訶不思議な症状だが、本人にとっては何で私がと思ってしまうほど不愉快だろう。その女性の正面に腰掛け、些細な変化を喜んでいる姿を見ると「けなげ」に見えてきた。頼りない僕の薬局に大切な嗅覚の回復を求めてやってくる気持ちが哀れに思えた。そして根気強く漢方薬を飲んでくれるその女性に報わなければと気持ちを新たにした。



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2018年01月16日(Tue)▲ページの先頭へ
一矢
 最初にその言葉を聞いたときに、何を勘違いしているのだろうと思ったし、正直少しだけ不愉快だった。しかし、結局その言葉を別れるときまで何度も何度も聞かされると、不思議なもので最後の方は別に不愉快にもならなかった。
 かの国の女性たちは、来日する前から僕のことを聞いているから来日早々、初めて使う日本語が「オトウサン」だ。だいたい20過ぎから35歳くらいの間の人たちがやって来るから、あながちオトウサンと呼ばれることに違和感はない。しばしば本当の親子かと間違われるから、意外と第三者から見ても違和感はないのかもしれない。
 そのフィリピン人は29歳だから、来日するかの国の人たちの丁度平均くらいの年齢だ。その女性が僕のことを「ヤマトおじいさん」と呼んだ。英語の教師として来日しているから、日本語も少し話せる。間違って使っているわけではない。その女性にとって僕は正におじいさん世代なのだ。でも日本的に考えると、29歳の女性のおじいさんになるにはまだ若すぎる。普通なら80歳前だろう。ちょうそ親が僕の年齢くらいだろう。その女性が僕をおじいさんと呼ぶたびに、一体フィリピンではどのくらいの年齢で親になるのかと考えた。もしかしたら20歳そこそこで親になるのではないかと思ったのだ。とすれば僕だっておじいさんになれる歳に近い。寿命が恐らく短いから早く結婚して早く子供をもうけるのだろう。いわば生き急ぐ国だ。日本みたいに長寿が約束されていて、のんびりと生きることは出来ない。強烈な紫外線の元で暮らし、新鮮な野菜も少なく、柔らかい肉も少ない。そうした過酷な中で育ったその女性のほうが年齢よりずっと老けている。いたずら心でも出して「なんだ、妹よ」と言ってやればよかったが、このニュアンスはあの日本語の能力では理解できないだろう。英語に翻訳する能力は僕にはもっとないから結局は幻のジョークで終わったが、一矢報いてやりたかった。


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2018年01月15日(Mon)▲ページの先頭へ
煎じ薬分包機
 もうこれで安心。機械の力を借りればこんなに効率が上がるのかと今更ながら認識した。
 以前からこの機械があることは知っていたが、人手だけは一杯あるので必要ないと思っていた。瀬戸内牛民病院の分館が廃止されてから人手をもてあまし気味だったので、煎じ薬を作ることで何とか埋め合わせしていた。煎じ薬を時間があるときにはゆっくりと、時間がないときには寄ってたかって作る。それはそれでよかったのだが、いつまで僕がいるか考えさせられることが12月から今月の頭まで続いたので、決心して高額な機械を入れることにした。そのことを提案すると娘は即答でそうすべきと言った。恐らく同じことを考えていたのだと思う。僕が提案することは最近なかなか通らなくて僕が若夫婦に従っている事がほとんどなのだが、このことはすんなりと決まった。土曜日に6人がかりで設置してくれたのだが、実働は今日からだ。さすがに早くできる。よってたかって作っても、あれだけ早くは作れない。薬剤師3人がかりで作るよりはるかに早い。結局今日は娘夫婦の手を借りずに、全員のを作った。朝から始めて夕方の6時頃までかかったが、マイペースで焦ることなく作れた。今までは3人がかりで焦りに焦って作っていたが、今日は余裕を持って作れた。
 これでハード面は大丈夫。知識の伝承は35年間処方を書きとめてきたからそれを見れば患者さんの多くの相談に対応できるようになっている。薬局製剤の許可をとっている薬局の薬剤師しか作れないものは娘が作り、医者しか処方できない漢方薬は息子が処方箋を切る。医者と薬剤師がそれぞれ特徴のある漢方薬を出せるようになっているところは日本中でも少ないと思う。
 後は、患者さんの訴えを何処まで理解できるかだが、これは機械やノートでは残せない。又マニュアル化などしてはいけない分野だ。どれだけ人生経験をつみ、自己を確立出来たかが重要だ。長い歳月がこれには必要だ。自己研鑽で少しずつ積み重ねるしかない。だからもう僕がいなくなっても何とかなる。今日僕の値段がついた。〇〇〇万円なり。



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2018年01月14日(Sun)▲ページの先頭へ
大野原王太鼓
 観音寺市民会館で今日行われた「大野原?王太鼓」には、行くことができないのではと1ヶ月前には思っていた。折角チケットを買っているのに外国の方に見せて上げられないのは残念だったし、僕自身も「組曲大野原?王太鼓」がとても好きだから、とても残念だった。ところが神様にみ旨のとおりに従いますと祈っていたら、執行猶予を与えてくださった。
 今日は玉野教会で知り合ったフィリピン人とかの国の女性3人、計4人を連れて聴きに行った。かの国の女性の一人が片言の英語を喋れるから
結構賑やかな道中だった。日本に来てフィリピン人の友達が出来るとは思っていなかったみたいで、すぐに打ち解けて、会話らしきものをしていた。異国の地で頑張るもの同志の連帯感か、それとも国柄か、すぐに打ち解けていた。
 学校の英語の先生として働いている女性はさすがに好奇心が強くて、かの国の女性たちがやたら自撮りをしているのとは違って、興味を持った対象物を写したり、調べたりしていた。何か興味を持つとすぐにインターネットで調べて質問をしてくる。これだけ僕が提供するものに好奇心を示してもらえると嬉しいが、車窓の景色も眺めず、コンサートに行っても自撮りに明け暮れるかの国の女性たちとは大違いだ。ただしこれは当然人による問題で、国柄を言っているわけではない。
 組曲大野原?王太鼓のクライマックスには、鬼が大太鼓の上に登り長い撥で激しく打ち鳴らす。外国人が驚いて感激する瞬間だ。それまでに技を駆使して徐々に盛り上がった気分が一気に爆発する。何度聞いても感激する場面だ。かの国の女性たちもフィリピン人も惜しみない拍手を送り続けていた。
 来年もこのコンサートに是非来たいと健康を願うが、結成30年で5回目のコンサートらしいから、次は5年後らしくてよほど健康でいないと見に来ることは出来ない。毎年コンサートをしても観客が入りそうなくらい上手なのに。僕のために・・・・・・・
 

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2018年01月13日(Sat)▲ページの先頭へ
勘違い
僕は毎晩中学校のテニスコートを歩いています。
体育館でバレーの練習をしていたら、明かりが少し漏れてきますが、
そうでなかったら真っ暗です。
ある冬の夜、あまりに寒かったので、陸上競技の人が着る長い温かいコートを着ていきました。
フードがついていて首も顔も守られました。
僕くらいの年齢になると脳卒中が怖いので、首を冷やせません。
真っ暗な中歩いていると、後ろで足音が聞こえました。誰かが僕の後を歩いていますが、振り返る勇気もなく、
さりとて怖がるのも癪に障るから、そのまま歩いていましたが、いくら経ってもついてきます。
僕がスピードを上げても落としても僕に合わせます。
そのうち気持ち悪くなって、悔しいけれどウォーキングを切り上げて帰ってきました。
県道に出ても、家のすぐ傍に来ても足音が聞こえるのです。
家の近くだからもう安心だと思い、振り返ると誰もいませんでした。
不思議に思い、家の玄関まで歩いて帰ったときに、同じような音がします。
そして「誰もいないのに不思議」と思ったときに、僕が歩くたびに、と言うか揺れるたびに、
フードが耳にあたって音を出していることに気がつきました。
だからいくら離れようとしてもいつも同じ大きさの音しか聞こえてこなかったのです。
人は恐ろしい目にあったり緊張するとそんな勘違いまでしてしまうのですよ。
あなたも僕と同じような勘違いをしていると考えられませんか。
ヤマト薬局


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2018年01月12日(Fri)▲ページの先頭へ
常套句
 朝一番のニュースで、大雪のために列車の中に閉じ込められて10数時間過ごしている光景が放映された。400人以上が列車に閉じ込められ、よりによって腰掛けられない人も多くいたみたいだ。雪で帰宅の足を奪われ、電車を選択した人が、集中し、いつも以上の混雑だったらしい。明かりがついている電車の中をテレビが映しているのだから、近くまで人は行くことが出来たのだろうが、側溝などが雪に埋もれて見えないから、電車から降ろすという選択肢はなかったみたいだ。それは頷けるが、頷けられないことがある。
 それは10数時間缶詰状態にされた人達の体力と気力のすごさだ。なるほど数人は救急で運ばれたらしいが、少なくともそれ以外の400数十人は耐え抜いたってことだろう。おまけに、放映されたニュースでは、窓などにもたれて立っている人が大勢見えた。腰掛けることも床に座り込むこともしないで10数時間立ちっぱなしの人もいたのではないか。
 学生時代、当時の新幹線は満員になることがしばしばだったが、デッキにギュウギュウ詰めにされて東京に行ったことがある。身動きできない状態は新幹線でもしばしばあった。若いとそんなことまで出来るのだ。今となっては考えられないが、この僕でも20歳の頃は出来た。恐らく学生が一杯乗っていただろうから、夜を立ったまま明かしたというつわものが多かったのではないか。状況を想像しただけでパニックを起こしそうだが、人間って、いざと言うときは強くなれるものだ。若い人はなおさらだ。想像を絶する強さなのだ。
 中島みゆきの歌に地上の星と言うのがあって、人は誰も輝いていると歌われているように記憶しているが。正に昨夜のようなことを歌っているのだと思う。じっと我慢して耐えた気持ちと体の強靭さにただただ感心する。
 当事者がこうむった被害や損失には同情するが、その忍耐力に多くの国民が勇気付けられたと思う。下手なスポーツの常套句をあの方々にささげたい。


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2018年01月11日(Thu)▲ページの先頭へ
写真
 いつ何処で撮ったのか分からない。背景を見ても広場のようだが、何処の広場か見当がつかない。ただその写真の中の僕はのけぞるように笑っていて、とても幸せそうに見える。誰を相手に、何を話題にあんなに笑っているのか一切記憶がない。
 数日前に、その写真を台所の棚の上で発見した。壁に貼られているかのように見えるが、立てかけただけだ。結構大きな写真で、正式に写真にしたものではないから結構映りが荒い。でもそれが救いだ。もしあれが綺麗な正式な写真だったら、この1ヵ月半の僕の不都合な検査結果のせいで準備されたものと勘違いしてしまう。それこそどさくさに紛れて用意したのかと思ってしまう。
 そんなことを考えたのは、母の写真のことがあるからだ。もう10年くらい前だろうか、モコを抱いて裏庭にいたら観光客がその光景を気に入って写真を撮ってくれたらしい。写真の母は慢心の笑みを浮かべモコも満足そうな顔をしている。単なる観光客かセミプロかプロか分からないが、とても良い写真で、僕は母が亡くなった時はこの写真を使おうと決めていた。家族葬だった為にどんな写真でも許される。兄弟姉妹が、あんなに美しくて上品な母を瞼に永遠に焼き付けてくれれば僕も嬉しい。
 僕が見つけた写真と母の葬儀の時に飾られた拡大した写真の大きさが何となく似ている。黒縁さえつければすぐにでも使えそうだ。不謹慎なくらい笑っている僕でも、家族葬なら許されるだろう。そう言えばよく笑っていたなと、酒のつまみくらいにはしてくれるかも知れない。ただ、それも3日が限度だ。3日も過ぎれば自分達の生活のなかに埋没して、僕を思い出すことなどなくなる。それが正常な家族だ。今を懸命に生きる人こそが大切で、故人に思いをはせても仕方ない。僕の価値観から言うと写真なんかなくてもいい。アルバムも持っていない人間だから。




2018年01月10日(Wed)▲ページの先頭へ
綺麗
 悪いけれど悪くない。よくはないけれど悪くはない。カヌーのある選手の犯した罪をニュースで見ていてそう思った。
 ライバルに禁止薬物を飲ませたり、道具を盗んだりして陥れたのは大きな罪だ。ここのところは明らかに悪い。ただその後良心の呵責に苦しんで真実を明らかにするために名乗り出たのは良い。前者もなかなかできることではないが、後者もなかなかできることではない。キリスト教では罪は許されるものだが、宗教と関係ない人でも、名乗り出た選手をもうかなり許しているのではないだろうか。
 許す理由は、日本人の変質振りに多くの人間が心地よくない日々を送っているからだと思う。カヌー選手の卑劣な行為を許すわけではないが、その後名乗り出て、選手資格を失うかもしれない選手を救ったことは、日本人の潜在意識の中に隠れている切腹と相通じるところがあるからではないか。腹を切って謝る、責任をとる姿に共感を持ったのではないか。現代に実際に腹を切るのはありえないが、名乗り出ればアホコミに追い回され、社会的には葬られる。腹を切るのと同じ運命だ。
 日本人の素養の変質振りは底辺の人間から頂上辺りの人間までどの階層でも起こっている。下々の人間のそれはかわいいもの、罪もすずめの涙ほど小さいが、トップに立つ人間達のそれは違う。疫人を全方位的に従え、何処から攻めてこられても、疫人のワル知恵を利用し自らを守る。国のカネで悪友を優遇し、又自分に還流させる。鬼業もアホコミも一蓮托生でやりたい放題。それでも豚場の豚のごとく汚れて息苦しいところに閉じ込められた国民は、まかれた餌に群がり尊厳さえも食ってしまう。
 国民は悪いけれど悪いやつらを去年散々見せられた。謝りもせず、罪も認めもせず、ひたすら権力を使って居直る、そんな悪いやつは悪いを見せられ続けたら、カヌー選手の悪いが綺麗に見えてくる。オリンピックに出られるようになるだろう選手の綺麗を次は見て見たい。





2018年01月09日(Tue)▲ページの先頭へ
 耳を疑った。いや、新聞だから目を疑った。いやいやこんなことがと呆れ、怒るのダブルだから耳も目も疑う。
 毎日新聞の朝刊で読んだ記事なのだが、脱北者2人から異常に高い値の放射線量が検出されたらしい。その値は394ミリシーベルトで、広島に落とされた原子爆弾の爆心地から1.6kmの場所の初期放射線量に匹敵するらしい。簡単に言えばあの有名な原爆ドームからわずか1,6kmのところに立っていたと同じことなのだ。そんな人が健康でおれる訳がない。
 実際、その脱北者は地下核実験場から20kmくらい離れたところに住んでいたらしいが、その距離でも原爆ドームのすぐそばに立っていたと同じ量を浴びるのだ。空中を飛散していくものに、20kmなんてないが如しの距離だ。多くの住民が体調不良を訴えているというから、地下核実験場から大量の放射性物質が漏れているのだろう。原爆は作れても、放射性物質が漏れないような構造物を作る能力はないのだろう。向こうのニュースを見ていたらそんなものが作れそうにないのは明らかだ。あの機械も技もないところで、原爆以外作れそうなものはない。
 さっき、久しぶりに放射線測定器を出して測ってみた。数ヶ月前に測ったのと同じ程度の値だった。これからは、「倒電」の為だけではなく北の将軍様の火遊びの影響も時々測ってみなければならない。そしてその結果によっては、日本海側の魚も口にしないようにしなければならないかもしれない。富山以西は自分の中では食べていいものにしていたのだけれど。雪雲を映す気象衛星の写真を見ていたら北の将軍様の核実験場の真上あたりを通った雲が日本海を渡っているのがよく分かる。ゆめゆめ、あまりの綺麗さに雪を食べたりしないで。


2018年01月08日(Mon)▲ページの先頭へ
記録
 僕は来日早々のかの国の女性たちに必ず聞く事がある。それは日本滞在中にかなえてみたい夢があるかどうかだ。その夢の実現が僕にとって簡単なお手伝いで済むなら協力を惜しまない。ところがこの10年間で3つだけかなえて上げられなかったことがある。
 ひとつは東京に行くこと。外泊は即帰国だし、門限を守らなかっても即帰国の厳しい会社だから、東京の日帰りは難しい。やろうと思えばできるがそれで得るものは多くない。富士山を見るのも同じような理由だ。富士山は見える日と見えない日があるから、博打のようなものだ。高額な新幹線代を払って、多くの時間を費やして行って何も見えなかったでは泣くに泣けないので断っている。そして最後が着物を着るということだ。これにも大きな障壁がある。まず何人分もの着物がない。そしてそれを着せてあげる人もいない。この二つが揃わないとできない。夏に初めて浴衣を着せてあげたのだが、とても喜んでくれて、浴衣を着物と偽ってそのまま続けることは出来るのだが、そこまで彼女達は無知ではない。日本に来ることが決まった時点でそのくらいの知識は得ている。だから着物を着てみたいという夢を口に出す女性は一番多い。
 玉野教会にお正月には必ず着物で来られる女性がいる。一か八かと言うより、だめ元でふと漏らしてみた。すると何と数着の着物を持っているというのだ。数着もの着物を持っているという意味が僕には分からなかったが、理由はともあれひとつの障壁をクリアした。二つ目は当然着こなしているのだから問題なし。どうしてもっと早くお願いしなかったのだろうと悔やまれるくらい簡単に引き受けてもらった。教会でいつも奉仕をしているから、人のお役に立てることだったら何でもやってくれる人なのだが、まさか6人まで着物をそろえてもらえるとは思わなかった。
 着物を帰国前に着ることが出来ると伝えたときの喜びようはなかった。今まで50人以上の夢がかなわなかったのだが、その夢が最初にかなう6人になったのだから。そして今日教会で憧れの着物を着せてもらった。運のいいことに、着物を縫っているという女性がお手伝いに来てくれた。これで鬼に金棒。1時間くらいで全員に着せてくれた。その後は彼女達の得意中の得意、写真撮りまくりの時間だ。あおりを食って僕は3人分のカメラのメモリーを買いに行かされた。あまりにも悲しい顔をして身振り手振りで頼んでくるので、「心にメモリーはないのか!」と言ったが、今日の女性達は3ヶ月の応援部隊だから日本語は全く分からない。冗談も通じない女性達に冗談のような世話をさせられた。
 今寮から帰って来たところだが、写しまくった写真を皆で見ていた。さっそく「いいね」が沢山集まっているらしい。僕には「どうでもいいね」だが、着物の美しさとともに、日本人の持っている心の美しさもまた心のメモリーに記録して欲しい。
 



2018年01月07日(Sun)▲ページの先頭へ
 よくもこれだけ不調の人間が集まったものだと感心するのが、僕が事務方をしている漢方の研究会だとしたら皮肉なものだ。僕のトラブルなどかわいいものだと思えるほどだし、ある男性薬剤師の話を聞いていたら涙が出そうになった。
 僕が年齢構成で言うと真ん中くらいと言うと、どれだけ高齢化しているのかと思うが、日本の実情どおりの構成をそのまま反映している。だから、不調があっても当然だし、薬剤師の性として、自分は二の次と言うのが身についているから、なかなか検診など受けない。僕など二の次どころか百の次、千の次だ。何かの病気になって初めて慌てる。ただそれが取り返しのつくものならいいが、時に取り返しがつかないこともある。僕の研究会でも亡くなった方が数人おられる。特に優秀な方々は、優秀ゆえ難しい患者さんをお相手することが多く、緊張を強いられたのだろう、
 希望に燃える祝いの新年会で、出るのは体調不良の話ばかり。研究会の先生の話を聞いていても、僕のことを言っているのかと思うほどだった。おそらく会員の多くもそう感じたに違いない。講演を聴いていると、その内容を是非試したいと患者さんの顔が本来なら多く浮かぶのだが、自分が漢方薬投与の対象みたいで、いつもより身が入る。



2018年01月06日(Sat)▲ページの先頭へ
分包機
 背に腹は代えられないから煎じ薬を作る分包機を買うことにした。いつまで僕が薬局を手伝うことが出来るかわからない。せめて手作業部分だけでも機械化して、娘夫婦の負担を少なくしておいてあげようと思った。来週にはメーカーが運んできてくれるらしい。これで数人がかりで作っていたものが、1人で出来ることになる。
 昔からの薬局だから、病院の処方箋調剤あり。OTCと呼ばれる軽医療のための薬あり、そして漢方薬あり。どれにも偏っていないつもりだから、田舎にあるにしては結構忙しい。時に、それらの人が重なるとてんやわんやになる。そんなことは滅多にないのだが、滅多にないことに備えるのも必要なのかもしれない。
 以前からこの機械には関心を持っていて、中古品でもあればいいなと悠長に構えていた。ところが年末からのドサクサで備えていたほうが安心だと気づかされた。もう中古を待つなんて選択肢は無くなった。漢方薬局が減っているのだから、廃業を機会に分包機を手放してくれればいいのだが、そもそも分包機を持っている薬局自体が少ないし、持っている薬局は倒産や廃業をしない。だから現代薬の分包機ほど出回らないのだ。
 若ければ好奇心で、どんな機械が来るのだろうと、子供のようにはしゃぐことも出来るのだろうが、僕の年齢になるとまず「使えるのだろうか」が先に来る。まさかAIではないから僕にでも使えるだろうが、変ることや新しいことに何となく気が重たくなってくる。特に最近はその傾向がはなはだしい。心は二十歳、体は80のギャップに苦しんでいたが、段々そのギャップが埋まり、今では心身ともに老人になりきっている。やっとバランスが取れてきた。これは、おめでたいことか。



2018年01月05日(Fri)▲ページの先頭へ
注射器
 当日は麻酔をかけるから、車を運転してこないように、出来れば家族の方の付き添いをお願いしますと言われていた。注意書きにも、もし一人で来られる場合は公共交通機関を利用のこと、違反すれば検査は行わないとも書いてあった。だから今日は妻に連れて行ってもらう予定だった。
 ところが正月明けの昨日がとても忙しかったので、娘夫婦に「悪いけれど明日は一人で行って来て」と言われた。あちゃっと思ったが、薬局第一の僕はすぐにそうすると答えた。麻酔が覚めるのに2時間くらいかかるらしくて、2時間経たなければ自由には動けない。まあ病院だから何かあれば助けてくれるだろうとあまり心配はしなかった。1人暮らしの人だったら当たり前のことだからこれも体験と前向きに考えた。この1ヶ月、まるで未体験ゾーンに放り込まれたような毎日だったから、ついでにとことん経験しておこうと不思議な積極性も出てきた。
 電車で岡山駅まで行き、そこから歩いて川崎病院まで行くのだから、逆算すると牛窓を6時半に出なければならなかった。目覚まし時計を5時にかけて、その音で目覚めた。昨日は開店初日で薬局が忙しく、その前々日は11人を連れての神戸旅行で疲れ、その両方で目覚ましの力を借りなければ起きれなかった。本来僕は目覚まし時計より早く起きるタイプなのだが、さすがに年末のハードな日々からの疲れを溜めていたのだろう。
 とにかく仕事をしたくてもできないのだから、有意義に「休もう」と決めていた。休むことにも意味づけをしないと休めない前時代的な血をまだ持っている悲しさだ。約束の時間になると看護師たちが順番にやってきて愛情を込めて?慣れた手順で世話をしてくれた。そして最後にベッドに横たわり左を向いて下さいと言われた当たりで疲れがどっと出て来て眠くなった。やっと眠れる、どうせまな板の上の鯉だから寝ていればいいのだ、人が働いているこんな時間でも堂々と寝ておれると考えていたら今にも寝てしまいそうだった。看護師がもうすぐ麻酔薬を点滴で入れますと教えてくれたのだが、その1秒後には恐らく僕は完全に眠りに落ちていたと思う。思うと書いたのは、当然目が覚めるまで記憶が全くないからだ。だから今でも僕は、疲れきっていたから麻酔薬のおかげではなく自然に眠りに入ったのだと思えて仕方ない。確かにその後麻酔薬を入れたのだろうが、ひょっとしたら麻酔薬は必要なかったのではないかと思ったのだ。
 2週間前から今日麻酔をかけられる事を聞いていた。麻酔薬には少し抵抗があったけれど、今日の体験から言うと何の問題もない。確かに半日くらい100点の性能は維持できないが、90%くらいは保障される。もともと90%も怪しいのだから問題はない。もし今日のように一瞬にして眠りに入れるなら、そのまま永久に目覚めぬ眠りに入れてくれても問題はなかった。もう少し濃度を上げてくれさえすれば可能だ。正に疲れきって布団に横たわり、あっという間に眠りに落ちる。その幸せな眠りを注射器ひとつで実現できる


2018年01月04日(Thu)▲ページの先頭へ
無意識
 毎年仕事始めのこの日に繰り返す過ちがある。恐らく僕だけでなく多くの人が同じミスをしているだろう。世界規模かもしれない。
 機械で打ち出す病院の薬は別として、漢方薬に関しては手書きで薬の袋に名前や日付を書いている。名前を書き損じることはないが、日付に関しては朝から間違い続きで、いくら薬袋を無駄にしたろう。9割以上の確率で書き損じたから、かなりのものだ。この9割も例えば午前中に限って言えば10割近い。ほぼ全員間違えた状態だ。
 無意識の内に29年と書いてしまう。それはそうだろう、1年間無意識の領域に閉じ込めた29年だから、頭より手の方が先に動いてしまう。29年と書いたところでそれでも何故か100%気がつく。この気がつくのもまた不思議だ。無意識にうちに間違ってしまうことへの警戒心が備わったのだろうか。
 考えなくても反射的に体が動く?自転車に乗ること、そろばん、車の運転もそうかもしれないし、泳ぐこともそうかもしれない、あとは・・・思いつかない。考えてみれば若いときに手にした習慣以外は、反射的に出来ることなどはない。今では時間差攻撃もはなはだしい。
 来年には平成が終わるから、いっそのこと西暦を使おうかと考え昼からは2018を使ってみたが、自分では慣れていないのと4文字になるからやはり平成を使うことにした。どうせ数日もすれば30と言う数字を反射的に書くことが出来るようになる。毎年繰り返す間違いだが、毎年新たな習慣をあっという間に身につける。どうでもいいようなことに拘れるのは世の中がまだ平安な証拠だ。ただし明日の保障などなにもない。十勝沖が激しく動くか、東海か南海か。激しく動くのは大地だけではない、北の将軍様やカルタだけではない。民衆と一くくりにされる人たちだってときに激しく動く。


2018年01月03日(Wed)▲ページの先頭へ
 昼過ぎにほんの一瞬だが雪が降った。降ったと言うより空は晴れ渡っていたから北の空から風で流されてきたって感じだった。空気は頬を切るくらい冷たかった。その時間帯にウォーキングをする習慣はないが、ひょっとしたら危ないのではと思いながらも中学校のテニスコートに出かけ何周もひたすら歩いた。暖房の利いた部屋でテレビでも見ていればいいのだろうが、劣化したテレビ局に満足させてもらえるほど、こちらのお頭は劣化していない。多くの人たちが同じ思いでいるのではないか。仕方ないからウォーキングをし、仕方ないから専門誌を読み、仕方ないからインターネットの前に座り、仕方ないからつい最近覚えた中島みゆきの「糸」を歌った。仕方なくの連続では時計の針は進まない。明日からの仕事のためにモチベーションを上げておきたいが、いまだ寒暖計の目盛りのように氷点下状態だ。明日の朝までにとにかく心に氷が張らないところまで上げておかなければならない。新年はこんなにどんよりと明けていくのか。僕には招かれざる客になった。



2018年01月02日(Tue)▲ページの先頭へ
上品
 学歴も経済力も顔立ちも決定的な要素ではない。備わっていることに越したことはないが、それらで代替できるものではない。
 今日、かの国の女性10人を神戸に連れて行った。この2年間の失敗経験を生かすべく、神戸在住の方に応援を頼んだ。人でごった返す元町商店街を、前後に挟んで、勝手な行動を押さえ込もうという魂胆だ。案の定これがうまくいって、あの商店街を走り回ったり、派出所を尋ねたりする事がなかった。90点の出来だと言える。
 途中でも、別れる時でも、旨くいったことを感謝した。今回日本語が満足に出来る人が1人もいないから、かなり緊張して出発したのだが、助っ人の女性と会えてからは一気に緊張感が取れた。
 大学で外国語を教えるその女性にとっても、かの国の言葉はまるで分からない。お互いまるで分からないはずなのに、かの国の女性たちは臆することなく話しかける。それどころかあつかましくも彼女にカメラマンを頼んだり、腕を組んだりしていた。僕の「友達」と紹介した女性がよほど気に入ったみたいで、帰ってから「また会いたい」と要望された。牛窓に帰ってから通訳を介して何故会いたいか尋ねてみた。少ない語彙の中から探したのは「やさしい」だった。ただそれは当然過ぎて、一番彼女達の心を表現する言葉ではないだろうなと思った。そこで僕が一番彼女を表現するためにあたっているだろう言葉を伝えた。それが「上品」なのだ。その言葉を聞いた事がないみたいでスマホで意味を調べていた。すると数人が同時にその意味を見つけたらしくて、「ソウ ソウ」「オトウサン ソレデス」と言った。
 今回の小旅行も最大級のお礼を言われたが、その中にこの触れ合いが入っていることは確かだ。「クニニカエルマデ、マタ、〇〇サンニアイタイ」と要望されたから。以前京都を案内してもらっていた女性にも、そうした要望があった。そこでドッキリを仕掛けて「マタ アイタイ」を実現した。今回の方にも是非そうした機会を作りたいが、どうしてこんなに仲良くなれるのだろう。タイプは違うが、二人とも日本女性が失いつつある「上品さ」を持っているからだろうか。


2018年01月01日(Mon)▲ページの先頭へ
本末転倒
 なんていう荒涼とした風景なのだろう。冬で草が枯れて、そう見えるだけではない。枯れてもなお立っている草の背丈は僕を優に越えている。恐らく伸び放題で、嘗て米を作っていた田んぼが全て耕作放棄地になっているのだろう。30年前には少なくとも10面以上の連なった田んぼで全て米を作っていた。夏の墓参りには青々としていて、田んぼの上にある15メートル四方の池もそれらを潤すのに十分の水を溜めていた。昭和の初期、幼かった母が泳いでいたというその池は今、ほんの少しの濁った水を溜め、倒木と枯葉を幾重にもをまとい生き物も住むことは難しそうだった。
 この10年くらい、思いついたら訪ねるくらいの母方の墓は、里と山との丁度境目にある。農道を車で入っていってもUターンに困りそうな場所だ。その道を県道からお墓まで上るのに100メートルくらい歩かなければならない。その間、両側は草茫々で夏なら蛇が出てきそうで通りたくない。30年前なら全ての田んぼが稲を作っていた。10年前でもある程度は作られていたはずだ。そうでないと今日みたいに強烈な印象で田んぼが無くなった事に気がつかない筈だから。10年前には叔母を、この数年は母を見舞うために毎週のように通った道の上だが、県道を走っているだけでは気がつかない。一歩足を踏み入れればこの有様だ。耕されている田んぼや畑よりずっと多いように見える。農業を生活が出来る産業に育て、荒地をもう一度農地に戻さないと食料自給率も上がらないし、治水も怪しくなる。アメリカに言われ高額なミサイルなどを買うお金で十分その為のお金は出る。国土を荒らしてまでミサイルを持つ意味があるのか。順番が違う。本末転倒だ。
 玉野市から牛窓に帰り、今度は我が家の墓参りに行った。牛窓は畑作が盛んだから、玉野ほどでもないが、やはりあちこちに手がつけられないほどの荒地が存在している。まだまだ田舎の牛窓だから人の情は十分残っているが、世をリードするエリート達の心と置き去りにされる田舎の田畑の両方の荒れ方に心を痛める。


   


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岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

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