栄町ヤマト薬局 - 2017/11

漢方薬局の日常の出来事




2017年11月24日(Fri)▲ページの先頭へ
希望
 ある町から漢方薬を取りに来てくれる人が、牛窓に住みたいと言う人を連れてきてくれた。東京の人だが、いつかモーターボートの故障で立ち寄った町が牛窓で、その印象がよかったので引退後は牛窓に住もうと決めていたらしい。何がきっかけになるかわからない、面白い経緯だ。
 その方の希望を聞くと、海は見えるに越したことはないが、海岸近くでないほうがいい。小高いところがいい。平屋の古民家を買い取りたい。土地はある程度の広さが欲しいが馬鹿広くないほうがいい。
 この程度の希望だから恐らく簡単に手に入るだろう。東京でマンション暮らしだから、そこを貸して引っ越してくる予定らしいが、つい最近僕が手に入れた土地と建物を見せてあげた。小高い丘の上にはないが、古民家だけれど2階建てだが、土地は馬鹿広いが、取得する金額的な目安になるだろうと考えたからだ。数字を教えると東京の方も、紹介してくれた方の奥さんも驚きの声を上げていた。そう、あまりにも安いから。東京でこの土地を手に入れようと思えば当然数億円だろう。だが今や牛窓をはじめ多くの田舎は、主をなくした家や、都会から帰るつもりのない主などの理由で、土地も家も余り放題だ。手放したい人は一杯いる。僕は偶然近所の気心の知れた人から手に入れたから、手続きなど簡単で和気藹々と進んだが、そこさえクリアすれば手放してよいと思っている人は一杯いるはずだ。
 ずっと暮らしていれば華の都大東京も老人にとっては負担がないのかもしれないが、この青い空の下で綺麗な空気を吸いながら、ゆっくりと自然の刻む時間に従って生きるのもいいのではないか。命が、健康寿命が延びるのではないか。肉体も精神も酷使しながらではしんどいだろう。人間の作る時計に従うのは現役のときだけでいい。晩年は自然が刻む時間に従ってみてはどうだろう。生かされている事が実感できるのではないだろうか。

https://www.youtube.com/watch?v=y8-NEcRkcxM


2017年11月23日(Thu)▲ページの先頭へ
機会
 前々から気になっていたのだが、訪れる機会がなく今日までお預けしていた。葉書大の案内にシュークリームの3日間限定販売の文字を見つけたので、かの国の女性達を誘って行くつもりだった。ただし、祭日の今日は彼女達は仕事だったので僕1人で訪ねた。
 まず入り口から変っていた。東京のさじ職人夫婦に工房として使ってもらうまで、すなわち物心ついてから数年前までずっとガラス戸だった。ひょっとしたら1世紀近く同じ戸だったのかもしれない。夜になると鉄工所をしていた祖父の代わりに戸締りをするのが楽しみだった。かつては引き戸だったが、ノブを回して開けるドアに変っていた。
 一歩足を踏み入れると右側に畳の間が二つ連なっていたが、さじを作るための工房に変わっていて、沢山の工具と材料の木片が一杯部屋の中にあった。ひょっとしたら手狭なのと思うほど多くのものがあった。
 生まれたときから大学生まで上り下りしていた階段を上ると再びドアがあり、2階の空間が目隠しされていた。目隠しを外すと、それは全く想像していたものとは異次元の空間で、驚き以外の何物でもなかった。「どうせ壊す以外ない」と決めていた古民家が見事に生まれ変わっていた。それもほぼ手作りで。
 この手のものに疎いから表現に限界を感じてしまうが、表題的には「住めなくなった古い家が、魅力的な空間に変った」と言うところだろう。天井板を取り払い天井が随分と高くなった。壁は漆喰を塗ったように清潔感と安定感がある。そして一番のヒットは何と言っても窓だろう。祖父母が暮らしていた頃は、1間くらいの引き戸の窓だったのだが、今日見た窓は、南側全部に広がり、港と遠景の半島が、まるで絵画のように見える。そうまさしく絵画だった。フェリーが発着し釣り人がさおを投げ、小さな漁船が行き交い、沖にはヨットが浮かぶ。むしろ絵画と言うよりは、映画のシーンのようだった。よく晴れて、空が青く半島の山々が少しだけ紅葉しているのも美しかった。自分のふるさと、生まれ育った家、すべてが新鮮だった。懐かしいのではなく新鮮だった。そこにあったのは過去ではなく未来だった。
 こうした職人や芸術家といわれている人たちには濃密なネットワークが出来るみたいで、カフェ風の店の中に数人の作品がまるで日常に存在しているがごとく陳列されていた。ガラス工芸、織物、ドライフラワーで作ったリース?焼き物?・・・わからない、表現できない。
 今日は、東京から若い女性の方が来られていて、その女性がシュークリームを作ってくれた。東京でお店をしているのかな。さじやさんの奥さんが「牛窓には生クリームを食べるところがないから食べたくなった」と言ったが、そんな理由で東京からわざわざプロが来るの?と思ったが、牛窓の飾らない風景を見ることが出来れば、それもありかと納得した。シュークリームを食べるのは少々テクニックが必要で難しかったがおいしかった。甘いものを極力我慢しているが今日は特別。僕とは全く感性の質が違うその女性や、さじやさんの奥さんと3人で話をした。たまにはこうした苦手な、疎い分野の人と話をするのもいいことだ。勉強になる。僕にとってAはAなのに、彼女たちにはBだったりする。
 娘が「お父さん、一度も行ったことがないんでしょう」と最近僕に言った。僕は自由に使ってもらいたくて遠慮していたが、僕の懸念など必要ないことがわかった。彼らは僕ら素人が考えられないような独創性を持って作品はもとより空間まで作ってしまう。良質であるという前提は必要だが、違うって言う事は、異なるって事は面白いものだ。



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2017年11月22日(Wed)▲ページの先頭へ
真逆
 犬を飼うことは心血管疾患や死亡のリスクの低下と関連がある――。そんな研究結果が、英科学誌サイエンティフィック・リポーツに発表された。1人暮らしの人の場合、犬を飼うとペットを飼っていない人に比べて死亡リスクが33%、心血管疾患に関連する死亡のリスクが36%低減する可能性があるという。(複数人の家族がいる世帯では死亡リスクは11%、心血管疾患で死亡する確率は15%低下)論文の著者であるスウェーデン・ウプサラ大の博士課程生は、今回の研究で非常に興味深い発見として、「1人暮らしの人を守る要因として犬を飼うことが特に顕著だったこと」を挙げた。
  犬を飼っている人は、天候がどうであれ犬の散歩に出かけるなど、一般的に肉体的な活動のレベルが高いという。今回の研究は、そうしたことが、心血管疾患や死から身を守る確率の増大につながっている可能性があるとしている。今回の研究では、スウェーデンの国家データベースや双子登録プロジェクトからサンプルとして抽出された40〜80歳のスウェーデン人340万人以上を対象に、12年間にわたり調査を行った。

 データの膨大さから信頼性は高いと思うし、体験からも頷ける。僕は1人暮らしではないがミニチュアダックスと、もう15年くらい一緒に暮らしている。小型犬だから散歩などと言えるものではなく、隣の駐車場に用を足しに連れて行くだけのことだ。彼の言う長生きの理由に関しては、別の考えを持つ。それは心の問題ではないか。犬は飼い主の心情をとてもよく理解できる。飼い主が健康なら喜び、患っていれば寄り添ってくれる。こんなに優しくて忠実な存在が他にあるだろうか。人間ではかなり難しい関係だ。犬には人間のように悪意と言うものがない。いずれ死語になるかもしれない家族以上に家族と言ってもいいのではないか。犬を飼う前にはとても考えられなかった心情だが今は全て受け入れることが出来る。
 ほとんど効果などない不健康食品とやらに、なけなしの財産を吸い取られるより、犬を飼ってともに暮らしたほうが健康にも良いし、社会のためにも良い。悪意の存在しない関係の中に身を寄せることが出来るのは何よりの幸せなのだ。悪意の固まりかと言うような不健康食品の法律ぎりぎりの宣伝を見ていて病気になりそうなのとは真逆だ。


https://www.youtube.com/watch?v=1Dg_f_fP5Ws


2017年11月21日(Tue)▲ページの先頭へ
農家
 たぶんお互いは知らないだろうが、今日二人の方から同じ内容の感謝の言葉を頂いた。
 牛窓町は岡山市と隣接しているから、結構岡山市からの患者さんが多い。牛窓は田舎だから、接している岡山市もまた田舎の部分で、中心地とは名前だけ一緒で、あえて岡山市を名乗るほどのところではない。一帯は広い田んぼが広がっていて、今でもほとんどの田んぼがあらされていなくて稲がたわわに実る。だからその辺りでは、結構広い田んぼの所有者がいて、専業で農家をやっている人もいる。今日の2人も正に専業の農家だ。
 いみじくも2人が礼を言ってくれたのは、無事に稲刈りが出来たことに対するお礼だ。1人は頚椎を患い重い物を持つことが出来ない。1人は脊柱管狭窄症で田んぼの中を歩きまわることができない。その2人が別々だったが漢方薬をとりに来て無事収穫作業が終わったと報告してくれた。農業だからどうしても重い物を持たざるを得ないが、1人は首にこたえる事がなかったこと、もう1人はコンバインに乗ると腰に負担がかかるから乗れないと思っていたが、何の心配もなく乗れたことなどを教えてくれた。2人とも僕より少し上の人、いや、農家の方は紫外線の影響で少し老けて見えるからひょっとしたら僕より若いかもしれないが、いずれにせよ、農業の従事者としては若い方に属するかもしれない。と言うことは、もっともっと深刻な体のハンディーと戦いながら農業に従事している人がほとんどだってことだ。それはそうだろう、まだまだ機械化されていない頃から農作業をしている人だから肉体の酷使のほどは尋常ではない。
 田舎に暮らしていると、僕らが口にする物を作ってくれる人たちの姿が見える。遠景ではなく全人的な存在として見ることが出来る。だから僕達は感謝することが出来る。おかげとか、おかげさまと言う言葉が自然に使える。決して派手ではなく、どちらかと言うと人間が苦手な人が多く、口下手ぞろいだが、信頼できる。土と触れ合う人たちだから悪意がない。悪意などが役に立つ場面がないからかもしれない。自然には自然な態度でしか向き合えない。それが身についている人たちだ。鎧を着ていない無防備な人たちだ。そうした人たちと共に暮らせる町に感謝だ。

https://www.youtube.com/watch?v=1Dg_f_fP5Ws


2017年11月20日(Mon)▲ページの先頭へ
大変
 昨日、息子の家族が母を見舞ってくれたらしい。見舞ってくれたのは、いつからだろう。1年?2年ぶり?それとも・・・。
 さすがに母の容態が不安定化し始めたからその気になったのかもしれないが、孫なんてのはこんなものなのだろう。多くを期待しても無駄だし、言えば嫌われるから黙っている。
 ところがその報告を聞いていて、思わず涙腺が緩んでしまった。勿論僕に報告ではなく妻に報告しているのを薬を作りながら聞いていただけだ。母は、最近何度訪ねても寝ているばかりだった。眠っているなら起こしてはいけないと思い数回耳元で大きな声で呼びかけるだけにしているが、それに答えてもらった記憶はこの数回ない。傍らで暫く様子を見たり本を読んだりして過ごすだけだ。ところが昨日は、息子の呼びかけに返事をしたり笑ったりしたらしい。本当はわかっているのに、姥捨てをした僕を許さないためかなどと一瞬考えたが、勿論そんなことをする母ではない。善良そのもので生きてきた人だから、痴呆状態になっても品は保っている。何年ぶりに訪ねた孫がわかったのだろうかと言う反応に嬉しくなった。そして、ひ孫が「おばあちゃん、がんばって」と言ったそうだ。日本語が苦手な孫がそんなことが言えるようになったのかと、これもまた僕には喜びだった。そんなことが一瞬にして僕の涙腺を緩ませた。
 最近、口の苦さが増してきている。僕は自分の精神状態を口の苦さで知ることが出来る。過去何度か経験したことだ。初めて借金をしたときにこれは何だと言うくらい不可思議で不快な期間が続いたことを覚えている。その後はストレスと口の苦さの果関係がわかったからあわてなくなって、気持ちが落ち着くまで待つ。それにしてもこの歳になって体に不調が現れるほどのストレスを抱えてしまうとは、いつまでも生きるって大変なんだと思い知らされる。
 


2017年11月19日(Sun)▲ページの先頭へ
奇遇
 奇遇もいいところだ。この奇遇を何か運のいいことに生かせれたらと思うのだが、そういった運には縁遠い。
 かの国の人たちは、来日する前から桜と紅葉はしっかりとインプットされていて、とても楽しみにしている。予定が詰まっているのでなかなか全ての子を連れて行くわけには行かないが、今日は第二陣として4人を連れて行った。毎回同じところでは僕が持たないので初挑戦の近水園に行くことにした。インターネットで調べると紅葉の名所らしくて、近くに足守と言う、昔の面影を残した町並みがあるらしい。運のいいことに今日はその足守で町おこしのイベントがありジャズのコンサートも行われることを知った。だから1時間ほど紅葉を眺めてその後コンサート会場に行けばいいと予定していた。
 ところが出かけてみると意外に近くて30分ほど早く着きそうだった。そこで機転?を利かせて吉備津神社に寄った。吉備津神社も結構かの国の人たちは喜んでくれる。あの長い下りの廊下が好きらしい。いつものように写真を撮り捲った。そのおかげで近水園は当初の予定通り1時間コースとなりそうだった。河川敷の駐車場に車を置いて近水園への道を歩いていると、向こうから結構大きな集団がやってきた。10数人いたと思う。5メートルくらいの距離に近づいたときにどちらからともなく歓声が上がった。そして数人が抱き合った。何と三原工場のかの国の人たちと、牛窓工場のかの国の人達が出会ったのだ。抱き合った子達は、かの国で一緒に働いていた人たちで、日本の数箇所の工場にばらばらに配属されたってことだ。だから長い人では3年ぶりの子達もいた。道端で歓談すること数分、ある女性がまじまじと僕の顔を覗きこんで「見たことがあります」と言った。僕はかの国の女性を100人近く知っているが、会っている人は必ずわかる。だから面識がないことを伝えると怪訝な顔をして考え込んでいた。そしてすぐに思い出したみたいで「〇〇ちゃんと〇〇〇さん知っていますか?」と尋ねてきた。当然一緒に暮らしているから知っていると答えると「おとうさんですね。いつも写真で見ています」と綺麗な日本語で答えた。なんと、かの国で2人と友人だったらしくて、1週間前にも電話で話をしたそうだ。だから僕にも彼女達と同じような偶然が起こったのだ。
 近水園はさすがに名所としてインターネットに載っていただけあって、池を中心とした庭園と紅葉が程よくバランスを保って美しかった。紅葉が景色に勝っていないのが良かった。なるほどこれなら広島県の三原からやってきても不思議ではないと思った。人が少ないのもまたいい。もっと言えば無料なのがいい。
 帰りは酒倉を改装したコンサート場でのジャズバンドの音楽を楽しんだ。至近距離で聴けて楽しかった。かの国の女性達は全員初めての経験らしく「ザズ ハジメテ」と何回も言われた。よほど楽しかったのだろう。
 帰宅し車を降りた瞬間からすごい倦怠感に襲われるが、あの喜ぶ姿を思い出すと、やはり余計なおせっかいをし続けないといけないかなと思う。


https://www.youtube.com/watch?v=egRX_YSYU7A


2017年11月18日(Sat)▲ページの先頭へ
瀬戸内海
 シルクロードの名付け親として知られるドイツの地質学者フェルディナント・フォン・リヒトホーフェンは、1868年、アメリカから中国への航行中、瀬戸内海を初めて目にしました。彼は「支那旅行日記」で、その美しさを世界に伝えるとともに今日の私たちに警鐘を鳴らしています。
「優美な景色で、これ以上のものは世界の何処にもないであろう。将来この地方は、世界で最も魅力ある場所の一つとして高い評判を勝ち得、沢山の人々を引き寄せることであろう。(中略)かくも長い間保たれてきたこの状態が今後も長く続かん事を私は祈る。その最大の敵は、文明と以前知らなかった欲望の出現である」
 
 恐らくまだ侍がうろうろしていた頃に、ドイツ人がアメリカから中国への途中に日本に寄った。このことだけでも驚きだ。どういった交通手段でその旅をしたのだろう。船に蒸気機関車に馬に人力車に駕籠(かご)に歩きに・・・瀬戸内海を船から見たらしいが、その感想の文を読んで同感だ。100年200年先まで洞察する能力は僕にはないが、綺麗でいつまでもこのままであって欲しいと願う気持ちは同じだ。
 上記の文章を書いた方が問題にしているのは最後の部分「最大の敵は文明と欲望の出現」と言うところだ。そして以下の文章につながっている。

 1934年3月豊島を含む備讃瀬戸は日本で初めての国立公園の1つに指定されました。つまり日本が後世に残すべき景勝地として指定されたのです。豊島は42年にわたって、有害産業廃棄物不法投棄事件と闘ってきました。かつてはごみの島と呼ばれたこともありました。この歴史は世界に知れわたることとなりました。

 よくもあんな予言が当たったと思う。当たってはいけないが、正に懸念したとおりになった。先を見通すことが出来る人っているものだ。今の政治屋に教えてやりたいくらいだ。そして悪いやつの後はこれまた不思議で、善良な人々が現れよき出来事が起こる。

 2017年3月、91万トンという廃棄物と汚染土壌の撤去が完了しました。これでごみの島という汚名を返上し、ごみを乗り越えた島として歩み始めることに確信が持てると感じ始めています。
 
 同じ瀬戸内に暮らすものとして喜ばしいことだ。島を削ってもいけないし、島を埋めてもいけないし、海も汚してはいけない。宇野から四国フェリーで高松に渡るときに、多くの島を見る。大きな船に混じって、蟻のような小さな漁船も横切る。海で暮らし島で暮らす人の息吹を感じる。フェリーを追っかけてくるウミネコの白さが気持ちいい。風に乗り、波に乗り、雲に乗る。


https://www.youtube.com/watch?v=egRX_YSYU7A


2017年11月17日(Fri)▲ページの先頭へ
生還
 処方箋を持って来た老人は、元大工さんだが今は遊び人だ。ところが急におとなしくなった感じがしたので、薬が出来上がるまで興味本位に話をしてみた。息子さんが運転する車で奥さんと一緒にやってきたのだが、奥さんは相変わらず元気だ。面倒を見ているのだろうが、どちらかと言うと従えているように見える。嘗てなら考えられないような逆転現象だ。僕の質問に奥さんのほうが痺れを切らして代わりに答える始末で、なかなか御主人とは会話が弾まない。でもこの辺りは結構僕は得意で、奥さんのほうを振り向かずにひたすら御主人の言葉を待つ。するとゆっくりとした口調で喋ってくれる。
 珍しい薬を飲んでいるからその辺りから尋ねたのだが、脳梗塞で入院していたらしい。発作がでる数時間前、ノミやかなづちが手から滑り落ちたらしい。「こりゃあ普通じゃねえと、今度はわかった」と言うところをみると、あちらに行きかけて生還したのは今回が初めてではないらしい。「御主人、同じようなことがあったの?」と尋ねると、奥さんがこことぞばかりに喋り始めた。今度は当事者が覚えていないのだから、奥さんの独壇場だ。ご主人は合いの手どまりだ。「2年前に主人が海に落ちたの知られない?」と尋ねられても知らないものは知らない。同じ部落だから耳に入りそうだが、生還したからそんなに話題に上らなかったのだろう。「朝の6時ごろ、岸壁から船に乗ろうとして落ちたんですわ。本人は全く記憶がなかったそうです」「御主人、何も覚えていないの?」「気がついたら病院だったから、覚えとらん」「運がいいことに、主人が海に落ちた音を先に乗っていたAさんが気がついて、縄を放ってくれたらしんです。ところが主人は意識が無くてそれをつかもうとしなかったらしいですわ。Aさんが海に飛び込んで片手で船に捕まりながら主人のあごを海面から出してくれたらしいです。ところがそのまま動けなくて叫んでいたらしいけれど、朝が早く通行人がいなかったらしんです。ところが神様っているもんですね。そこへ朝早く網を上げに行った親子の船が沖から帰ってきて二人を見つけてくれたらしんです」「命の恩人じゃないの、一生頭を下げ続けなければならないね」「そうなんです、その方々が携帯電話で119番してくれたんですが、救急車の人たちが主人を海から上げることができなかったんですわ。それで今度はレスキューを呼んでやっと引き上げられて救急車に乗って運ばれたんです。」「海から上げるなんて、服を着たままだと重たくてできないんだなあ。ところでご主人は落ちる前に意識が無かったのではないの?」「そうかもしれんなあ、何も覚えとらんのじゃ」
 あまりしたくない体験だが、海の傍で暮らしていると時々こういったニュースに触れる。生還しているから笑い話ですむが、海に沈んで数日後に見つかるようなこともある。
 その話の続きで、最初に脳梗塞を起こしたのが55歳と言うのも知った。30年近く結構幸せに暮らしているから現代の医療水準の高さが分かる。3度も生還させてもらっているのだから「御主人、牛窓町のために役に立たれよ(立ってよ)」と言うと返事が返ってこなかった。こんな時こそ釣り針のようにひねられて突き刺さるような漁師ギャグが炸裂するのに。「4回目も見事生還せられえよ(しなさいよ)」僕が代わりに言ってあげた。


2017年11月16日(Thu)▲ページの先頭へ
質問
 昨日ある方の質問に答えていて、伝えればよかったことがある。質問内容は、病院からか薬局からか分からないが、処方され飲んでいる漢方薬が正しいかどうかだった。正しいかどうかはわからないが僕とはかなり違うことだけは言える。その程度(鼻と咳)のトラブルで、わざわざ煎じ薬を出すのかと思ったし、そもそも説明が大袈裟だった。免疫が落ちていると言われていたが、僕は本人が言った言葉ではないように思った。たかが風邪を一回ひいただけで、そこまで深く考える必要は無いと思う。患者さん自身も薬を出したほうも。風邪は小さなものをひけば免疫がつくから、ひいてもいいのだ。少しひいて早く治す、これに尽きる。そうすれば天然の予防接種になる。
 東北や沖縄以外は、牛窓からでも翌日には荷物が届く。質問だけだったからあえて言わなかったが、後で考えてみたら、数日分漢方薬を作って送ってあげればよかった。翌日届くのだから直接来ることが出来る人とハンディーはあまりない。そう言えば、最近漢方薬を飲んでくださっている方が、急に起こった病気の薬を依頼してくるパターンが増えた。恐らく地元で調達するのと時間差を感じていないからだろう。よい薬が手に入るなら、翌日まで待ったほうがいい場合もある。
 思えば僻地の牛窓にいてもなんら不便を感じないのは、欲しいものは翌日には届くからだろう。買い物で不便と感じたことはない。最近娘に教えてもらって、ある譜面をインターネットで買った。これなどは以前なら岡山市の楽器店に行って買わなければならなかったものだ。そしてそれが必ずしも在庫しているとも限らないものだ。以来そのホームページを、あまりにも沢山の商品が載っているので面白くなって時々眺めている。
 田舎の小さな薬局だから、余損みたいなことは出来ないが漢方薬や薬局製剤に限れば小回りよく希望に沿える。だから僕は漢方業界の余損を目指す。名前は大損。


https://www.youtube.com/watch?v=d4Kijkkz4f0


2017年11月15日(Wed)▲ページの先頭へ
トップ10
 米国人が最も恐れている物事のトップ10は、1位「政治の腐敗」(74 %)、2位「医療)/トランプケア〕」(55 %)、3位「海、河川、湖の汚染」(53%)、4位「飲用水の汚染」(50 %)、5位「将来に対する金銭的な不安」(50%)、6位「医療費の高さ」(48%)、7位「米国を巻き込む世界大戦の勃発」(48%)、8位「地球温暖化/気候変動」(48%)、9位「北朝鮮による兵器の使用」(48%)、10位「大気汚染」(45%)。(米チャップマン大学「米国人が最も恐れている物事」に関する調査報告書より)
 日本でも同じような調査が行われているかどうかは知らない。アメリカのを見てなるほどなと参考になる。日本ではどうなのだろう。地政学的な理由や、環境問題など克服済みの問題もあるからアメリカとは異なるだろう。ただ日本独自のものもある。

日本版「もっとも恐れている物事のトップ10」
1位  アホノミクスの友人だけ優遇する政治の腐敗
2位  ちょっとの風邪でも病院に行く不思議な国日本。逆に安心材料でもある。風邪も自分で治せないような人間が軍人になって外国人と戦う    なんて絶対に出来ないから、これからも戦争は起こらない。
3位  福島原発の爆発による海、河川、湖の汚染
4位  福島原発爆発で飛び散ったセシウムが広大な森を汚染している
5位  企業は400兆円も金をためているのに、それを働いた我らによこせと言えない若者達の経済的脆弱
6位  何の役にも立たない不健康食品に金を巻き上げられる無知
7位  北朝鮮、中国、韓国、日本憎しの国々とのあまりにも近さ
8位  子供の時に見た前島と、今の前島では明らかに海面が高くなっている
9位  アホノミクスが国民に向かって銃を向ける可能性
10位 アホノミクスによる、この国の道徳の汚染


https://www.youtube.com/watch?v=4ELdjSPA760



2017年11月14日(Tue)▲ページの先頭へ
在来種
 「生まれてきてさえいなかったら・・・」岡山駅に隣接しているホテルの外階段の踊り場から下を眺めながら、こんな言葉が浮かんだ。3階建ての建物の上から眺めているような景色だった。駅の正面ではないから、目的地までの近道などの理由があって歩く人達ばかりだったが、まさか真上から覗かれているとは思わないだろうから自然な人の動きが観察できる。もっとも僕には人間観察の趣味などないから意図してみていたのではなく、単なる待ち合わせまでの時間つぶしだった。
 さすがに牛窓と違って若者が多い。ただし、都市部でも嘗ての若者がやたら目に付いた光景とは変わって、比較的多い状態と表現したほうが正しいだろう。行き交う人の特徴は、一人で歩いているのは、ほとんど日本人。3人以上は外国人。何処となく違和感があるのですぐに分かる。携帯電話を耳元に当て大声でしゃべる、足を外側に向け歩く、やたら靴が目立つ、勿論顔つきも。この中でいくつかあてはまればほぼ100%アジアの人だ。ひょっとしたら眼下を通っていった人達の20人に1人くらいがそれらの人だったのではないかと思う。平日の過酷な労働から解放されて岡山駅周辺に遊びに来るのか、また散り散りになって働いている人たちが集うのかわからないが、僕には好ましい光景には見えない。何故なら、本来なら彼らが就いている仕事は日本人のものだ。彼らの数だけ日本人の仕事が奪われている。彼らが持って帰る給料の総額も、本来なら日本に残るものだ。物言わぬ日本人は仕事を奪われ金を奪われ、おとなしく傍観しているだけ。
 鬼業家は目先の利益が大切と見て、給料が安ければ犬でも雇う。ところが鬼業家も安心しておれないだろう。会社ごと中国企業にのっとられる日が来ている。給与所得者だけを冷たい海に放り込み、自分達は豪華客船に乗っているつもりでも、すぐ傍に巨大ハリケーンは近づいている。船ごと海底に沈める力を持ったハリケーンだ。
 戦争を知らずに育った僕らは、戦争に行き殺し殺されることもなかった。高度成長を経験し、車も買えて家も建てる事が出来た。子供は大学にやれ、年金ももらえる。運のいい世代だった。ところがこれからの青年はどうだ。アホノミクスは自分の仲間にはぼろ儲けさせるが、庶民の給料は上がっているか。アジアの貧しい国からやってくる人間と競わされて、勝てるわけがない。憲法を変えて再び貧しい青年を軍人とし、自分達の意のままに動かそうとする。命を捨てて守るのは家族であって、政治屋や鬼業家ではない。スマホで去勢され無力化され、貧困と呼ばれる階層に甘んじる。
 僕が見たかったのはそんな光景ではない。僕が見たかったのは、眼下に見える光景ではない。ため池に放たれた外来種に駆逐される若き在来種の姿ではない。
 
https://www.youtube.com/watch?v=qzCS6Biazzg


2017年11月13日(Mon)▲ページの先頭へ
強面
 だいたい社会の静脈系の仕事をしている人は強面が多い。その昔、結構きわどい仕事をしていたような人も多く、叩けば色々なものが出てきそうだ。ただし僕はそういった人種が嫌いではない。むしろそこから一念発起して表の顔を立派にした人も多い。そういった人は人間としての幅を持っているから、結構馬が合うことも多い。
 今回隣家を買い、かの国の実習生の寮として使ってもらうにあたって相談した人もなんだかその種の人間だ。強面のくせに楽器を吹いたり弾いたり出来る人で、そのアンバランスが面白い。そんな彼が解体屋さんを紹介してくれたのだが、これが輪をかけたようなその種の人で、発注しているこちらのほうが恐縮しそうだ。ところがいざ作業が始まると意外に繊細なところがある。それが一番顕著に現れたエピソードを紹介しようと思う。
 明治時代の納屋を壊そうとしたのだが、その傍に井戸があった。僕は危ないし利用することもないから埋めてもらうように頼んだ。ところが解体屋さんも紹介してくれた人も何故か即答しなかった。そんなに技術的に難しいか費用がかさむのかと思っていたら、井戸を埋めると悪いことが起こるのだそうだ。解体屋さんは具体的に「腰から下の病気になって歩けない人が多い」と言った。だからもし埋めるならパイプを通して井戸が息をすることが出来るようにしたほうがいいと教えてくれた。僕にはまるで冗談のようにしか聞こえないが、2人とも真顔だ。紹介してくれた人は井戸を掘る会社を経営しているからプロ中のプロなのだが、そんな彼でも「何時代じゃ〜」と言ってやりたいような事を言う。「震災後、井戸を掘る人は増えたけれど、井戸を埋めてくれと言うような人はいない」とも言っていた。こちらのほうは説得力があるが、下半身の病気は信じがたい。ただ、ああいった自然相手の仕事をする人は、そして危険な作業を伴うような人は、そうしたことに拘るのかもしれない。何かあったら何かのせいにしないと辛いだろうから。
 結局その井戸は水道式にしてより便利になって復活することになったが、これで下半身の病気にはならなくてすみそうだ。それにしても最近の冷え込みで腰が痛くなることが多いから、慎重に体をほぐしてから行動するようにしている。これで痛くなったら「怒るで〜」





2017年11月12日(Sun)▲ページの先頭へ
 意外と充実していることに驚いた。何度も門のところまで行った事はあるのだけれど、お金を払ってまで庭を見る必要は無いと思い、ガラス戸越しに眺めていただけだ。今日、かの国の女性達4人を連れて深山公園の紅葉を見に行ったのだが、NHKテレビやインターネットで見ごろと出ていたのがまるで嘘だった。あれだったら「色づき始め」が正しいだろう。皮肉にも町中の街路樹のほうが鮮やかな紅葉だった。
 このままでは日本の紅葉に胸を膨らませて一緒に行った4人が失望すると思ったので、いわば苦肉の策でイギリス庭園の門をくぐった。ところがこの選択が大正解だった。期待していなかった分、規模といい整備のされようといい、そもそもの設計といい、感動ものだった。詳細は避けるが、外からでは想像できなかったくらい広かったし、石造や噴水、或いは錦鯉が泳ぐ池など、演出しすぎていないのが良かった。イギリス庭園と言う名前が、何を持ってそう名づけられる資格を得るのか分からないが、何となく手を掛けすぎていないような自然な感じがいいのかもしれない。僕は自信ありげに案内したのだけれど、内心はここで留めを刺されるのではないかと心配だった。
 ところが、彼女たちは、足を一歩踏み入れたところで既に感動してくれて、秋空の下結構ひんやりしているのに、上着を脱いで、半そで姿になって写真を撮り捲った。あっけにとられながらも、起死回生の逆転ホームランを打てたことを悟った。例のごとく毎回毎回、4人がモデルの様にポーズを取り写真を撮るだけで2時間くらい留まったから。
 うれしいことに深山公園のイギリス庭園の入場料は大人で200円なのだ。大の大人が2時間近く癒されて200円とは、どうみても公の施設でしかありえない。老後の資金に手をつけてしまって僕には言う資格もないのだが、かの国の寮の為に買った古民家付きの土地が400坪近くあるから、こんな庭を作って皆さんに提供できたらいいなと思った。ない袖は振れないが、せめて将来を楽しむネタの一つくらいは持っても良かろう。


2017年11月11日(Sat)▲ページの先頭へ
恩師
 初めて漢方相談んをしてくださった方へ漢方薬とともに送った手紙です。書きながら、他の方にも役立てるのではないかと思ったので披露します。プライバシーは保たれているから大丈夫だと思います。みんなで治って!

 煎じ薬で、立ちくらみとストレスをとります。坂道や階段も楽に登れると思います。疲れも取れるはずです。
食後の粉薬は、ストレスによる胃の痛みを改善します。寝る前の粉薬は、寝つきと中途覚醒を治すものです。夢を多く見て寝た気がしないのも改善できると思います。
 電話で話をしていて、これだけ症状が4年も続いていると言うことは、心の中に絞め殺してやりたい人間がいるのではと思いました。案の定あたっていましたね。でもそれは悪いことではありません。多くの人がそうした敵は持っているものです。実行に移さない限り自由です。長年漢方薬を作ってきて感じることは、これは僕の漢方の恩師がいみじくも表現してくださったのですが。心に敵がいる人と揚げ足をとる人は薬が効かないと言うことです。ただし、後者より前者のほうが救いはあります。後者の場合、周りに人がいなくなって全くの孤立無援になってしまうから、なかなか救いの手が伸びないのです。コンプレックスの裏返しで強い態度をとるから、ひとり抜け、またひとり抜けです。
 前者の場合、僕は漢方薬で十分フォロー出来ますが、1つ皆さんに実行していただいている事があります。それはホームセンターで麦わらと釘を買ってくるだけで実行できます。釘はなるべく5寸釘がいいみたいです。買って来た藁で人形を作り、毎夜毎夜、丑三つ時あたりに五寸釘を丁度心臓辺りに刺して深く打ち込むことです。そうすれば鬱積した気持ちが次第に晴れてきて、不快症状も消えてなくなります。向こうは胸のあたりが苦しいともがいているでしょうが。
 あなたは遠慮して自分の主張が苦手な人みたいですが、日本人はそうした人の方がむしろ好きみたいですから、あなたのファンも多いと思います。隠れファンかもしれませんが、貴女がいてくれるだけで心が安らぐ人も多いのではないでしょうか。自信を持って、貴女らしく振舞い生活してください。心身ともに元気になるような処方です。無駄な力みが取れると心も身体も楽になりますよ。

ヤマト薬局




https://www.youtube.com/watch?v=qzCS6Biazzg



2017年11月10日(Fri)▲ページの先頭へ
お国柄
 昨夜、9時頃、2階でニュースを見ていたら突然インターホンが鳴った。僕はインターホン越しに話をするのが嫌いだからすぐに降りて、駐車場から入れる事務室の戸を開けた。そこに2人のかの国の女性たちが立っていて、2人とも心配そうな顔をしていた。直感的に何かあったと思った。女性だけで暮らしているから何かよくないことが起こったのだと気を引き締めた。すると戸の陰に隠れていたのだろう6人の女性たちも同じような顔をして入って来た。合計で8人だからとりあえず全員無事は確認された。残業があったのか、寒いのか、冬用の作業着をコート代わりに着ていた。その時間帯に全員が揃って作業服と言うのも何か緊張を強いられる。
 「何があったの、何かあったの?」と尋ねると、通訳が怪訝そうな顔で「おばあちゃん大丈夫ですか?」と聞いてきた。僕は、あの子たちのトラブルでないことが分かり一瞬にして緊張から解き放たれた。でも、どうして母の不調を知っていたのかと思ったら通訳が「お母さんから、メールありました。おばあちゃん病気悪いそうですね」と言ったので理由がわかった。そしてそのメールを見せてくれた。確かに妻が通訳に何かの断りの理由として母の不調を伝えているのだが、そこに言葉の壁があることが分かった。妻は母の不調を過去形で書いているのだが、通訳は現在形で捉えたのだ。いやむしろ現在進行形かもしれない。恐らくどんどん悪くなっていると訳したに違いない。全員がそれこそ通夜に来ているような顔をしていたのだから。その雰囲気をさすがの僕も壊すのに少しの時間を要した。いつものギャグでは緊張を解すことは出来なかった。
 それにしてもあのそろいも揃った心配顔はどうだ。いつも明るい彼女達なのに表情を全く崩さなかった。日本語が通じないから僕の場違いな明るさが不謹慎に思えたかもしれない。頑なな気持ちを解すのに暫く時間を要したが、その後はいつものように笑顔で帰っていった。この間わずか数分の出来事が僕にはとても貴重なものに思えた。異国の見ず知らずの老人を思ってくれる気持ちが有り難い。日本人にはない光景だ。彼女達の沢山の先輩は母を何度も施設に見舞ってくれてよく知っているが、昨日の8人の内の多くはほとんど面識がない。それなのにあの真剣な眼差しは何だろう。突出した誰かがと言うのではなく全員だから、あの優しさはお国柄かもしれない。僕自身の不器用な孝行を彼女達が大いに補ってくれる。

https://www.youtube.com/watch?v=qzCS6Biazzg


2017年11月09日(Thu)▲ページの先頭へ
電動のこぎり
 思い出させて悪かった。それもかなりグレードアップした「似た話」だったから。高所恐怖症の彼だから、思いだして血の気が引きそうになったのかもしれない。数回、隣の椅子にもたれかかろうとした。最初は関西人特有の冗談だと思っていたが、何回目かには顔が引きつっていたから正味なのだとわかった。
 ただ手のひらに大きな包帯を巻いていたら誰だって尋ねるだろう「どうしたの!」と。漢方問屋のセールスだから行くところ行くところ尋ねられるのも仕方ない。僕らは「どうしたの?」から始まる職業なのだから。まして漢方薬を中心にやっている薬局ばかりだから「治して何ぼ」の人間ばかりでおせっかい屋もいるだろう。
 案の定彼は1ヶ月の間多くの人に「どうしたの?」を浴びせられ、色々な処方を教えられたらしい。僕はその数々の助言を聞いていて、結局は自然治癒だなと思った。どこの薬局もあまりにも理論に忠実で、彼の苦痛を出来るだけ早くとってあげるのには役立っていないような気がした。
 彼の包帯で覆われているところを見せてくれたが。6〜7cmに渡って傷口が蛇行していた。まるで筆で線を引き損ねたようにアットランダムな線が引かれていた。それもそうだろう、1ヶ月前に電動のこぎりで枝を切っていたときに、突然、それは一瞬だったらしいが、電動のこぎりが跳ねて彼の手の甲を走ったらしいのだ。奥さんの実家の道路に垂れ下がった木の枝を切っていたらしいのだが、自分の手まで切ってしまった。良くぞ指も手も残っていたなと思ったので「僕の伯母さんは昔、電動のこぎりで指4本を落とした。それを見るのがつらかった」と言うと、彼がうろたえだしたのだ。「ああ、思い出すと気分が悪くなります」と頭を抱える。トラウマとはこんなものだろう。何度か「指や手首を落とさなくて良かったね」と安心させようと思って言ったが、それがその都度消してしまいたい記憶を呼び起こしていたようだ。
 まるで親切が仇になるを地で行った様な話だが、人の本当の感受性までは推し量れない。時に繊細に、時に大胆に、時に悲しげに、時に楽しげに接しなければならないが、それを意図するのは好まない。自由な心で接する、一番簡単なことだ。身につけなかったことで救われることもある。



https://www.youtube.com/watch?v=Dazhi3Z1c6k


2017年11月08日(Wed)▲ページの先頭へ
体格
 日曜日に車のタイヤがパンクしたのを機会に、丁度定期検査と重なっていたので、4本ともタイヤを替えてもらうことになった。その車をディーラーの方が2人でとりに来てくれた。ひとりは今までお世話になっていた方で、もう1人は後任の方らしく挨拶を兼ねて同行したらしい。
 その男性が、もしいかつい顔だったら傍に寄ることはためらう。何故なら身長が1m90cm、体重は聞かなかったが恐らく100kgくらいあるのではないか。100kgと言っても肥満ではない。むしろ筋骨隆々なのはスーツの外からでもわかる。簡単に表現すればまるでサイボーグなのだ。尋ねなかったが自分から教えてくれた。「ラグビーをやっていたんです」と。過去形で言ったが今は社会人チームを卒業して、地域の同好会みたいなところでやっているらしい。まだ現役だ。道理で見るからにしまっている。190cmで肩幅がやたら広い。僕などがぶつかれば即死だ。
 その男性に僕が初めて声をかけたのは「自分、体がガタガタではないの?」だった。サイボーグに向かってガタガタとは、薬剤師の風上にも置けない無知ぶりだが、僕には分かる。サイボーグと比べるのはおこがましいが、田舎のバレーチームで30年近くバレーボールをして来たが、その30年のお釣りでこの10年以上不愉快な症状で生活の質をかなり落としている。30年もしなければよかったと時に考えてしまうが、週に1回涙が出るほど笑い、筋肉を鍛え続けることが出来た恩恵は計り知れない。ただし人生の後半になってお釣りの筋骨の痛みを抱えて暮らすのは結構辛い。
 いくらサイボーグでも、僕の何倍もの負荷を受け続けて痛まない訳がない。長年薬剤師をしていると、若い時にひ弱だった人が、晩年には若い時に強靭だった人より元気で長生きなことをしばしば目撃する。だから彼にも僕は自信を持ってガタガタだろうと尋ねたのだ。すると彼は胸の辺りを押さえながら、ここを2回大手術しましたと言った。肋骨か肩甲骨か、或いは他かもしれないが、サイボーグ同士のぶつかり合いで壊したのだろう。笑顔で言うからそんなに深刻さは伝わってこないが、普通の人間だったらとんでもないダメージだ。ありえる人とありえない人では受け止める許容量が違う。
 それにしても世の中には体格に恵まれている人もいるものだ。僕は何に恵まれたのだろう。風貌も知能も品も並みの域を出ることはなかった。
地味だけど、僕に漢方の知識を教えてくださった先生に会えたことかな。


(この場を借りて)
折角漢方相談のメールを送ってくださっているのに、僕の返信メールが迷惑メールに届くように設定している方がいます。今もひとりの方にメールを返信し続けています。気がついたら迷惑メールの中を見てください。また住所などもはっきりと書いておいてください。僕は人を治すことしか興味がありませんから、なんら不都合はありません。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171031-00000047-sasahi-pol


2017年11月07日(Tue)▲ページの先頭へ
贅沢
 僕の唯一の従姉が電話をしてきて、母の容態が回復していると教えてくれた。従姉は母の実家に暮らしていて、母が入所している施設が見えるあたりに住んでいる。だから入所も従姉の力だし、見舞いもしばしば行ってくれている。田舎に暮らしているから色々冠婚葬祭には詳しい。全くそのことに僕が疎いことをよく知っているから、今日もそろそろ準備をしておくようにと注意を受けた。言っている単語が全て分かるものでもないから、メモを取って揃えれる物は揃えておこうと思った。
 初耳だったのだが、亡くなってお棺におさめるときには着物を着せてあげるのだそうだ。母が持っていた着物なのだが、迂闊にも母の家を芸術家に貸すときに整理して、そのまま廃棄されたらしい。仕方ないから妻の着物を使う予定にしていたが、今日従姉が、おばさんが1枚上等なものをくれたと教えてくれた。ご主人が町長をしていた位だから経済に余裕はあるのだろうが、上等な着物を母のためにくれるというのだから、何かお礼をしないといけないなと従姉に尋ねると「ええ、ええ、そんなことをせんでもええ。もらっときゃあええが」と言った。着た後、返すものならまだしも、一緒に焼いてしまうものを御礼もしないでもらうのは気が引けると言うと、さっきと同じ言葉を繰り返した。買えばどの位するものかわからないが貰うことにした。僕は魂胆があって「それ、若い人が来ても似合うの?」と尋ねた。帯を工夫すればいいと教えてもらったが、そんな能は僕にはない。実は数日前に、3ヶ月だけ滞在するかの国の女性達に何か希望はないかと尋ねると、その中の何人かが着物を着てみたいと言った。妻に頼むと即座に断られた。浴衣なら着せてあげるけれど着物はダメなのだそうだ。理由は僕には分からないが、それなら貰える事になった着物ならどうかと思ったのだ。従姉が灰色の浴衣と言ったような気がするから、よほど老人向けなのだろうが、帯を明るくすればいいという助言がにわかに信じがたい。
 下着に足袋にじゅじゅに、戒名代に、タクシー代に、お弁当代に・・・メモを取りながら具体的に教えてもらった。この日曜日に一人お別れをしたから、覚悟は出来ている。できることはしたから、何より牛窓に帰ってきて、40年毎日顔を会わせて暮らして来たから、親不孝息子でもないだろう。僕が懸命に働いている姿を見ていたから、不安もなかっただろう。贅沢など全くしなかった母だが、その生き方を貫けたこと自体が最高の心の贅沢だったと僕は思っている。

https://www.youtube.com/watch?v=0VzpBkWAGy0


2017年11月06日(Mon)▲ページの先頭へ
暴露
 ついに暴露されたが時間の問題だと思っていた。あまりにもこの20年薬局はいい目をし過ぎた。どうして国民はそれを許すのだろうとずっと思っていたが、そろそろ国のほうが我慢できなくなって、アホコミにリークしたのかな。もっとも、何を威張っているのかと思うような薬剤師や経営者(これは薬剤師とは限らない)が駆逐されればそれは薬剤師の品位の向上にも喜ばしいことだ。薬を作ってそれなりの養生を教える。昔なら単なる親切だと思うのだが、全ての行為に今は国からお金がもらえる。
 薬剤師が調剤をしてそれなりの報酬をもらうだけならまだいい。しかし、それらを雇っている人間が、医者を接待したり、高級外車を何台も乗り回す費用まで国民が税金で払ってやる必要はないだろう。調剤をしている薬剤師や事務員を養うだけではいけないのか。そもそも患者に対峙しない経営者などが必要なのか。税金をたらふく回してもらったお礼に与党に票が還元される構図を太鼓もち疫人達が壊せるのか。
 薬剤師会が自分達の経済的利益以外に何か主張したことがあるのか。全て与党の政策を無批判に受け入れている。医師会も同じだが、人の命を扱う業界なのに所詮興味は、金、カネ、銭なのだ。不平等に苦しむ人たちに振り向きもしない。
 大学を卒業したらすぐに高給取り。医者にいい顔が出来ればすぐに経営者。患者など見る必要は無い。せっせと処方箋を運んでくれる幸福の鳥なのだ。痔見ん党の先生方、ありがてえことでごぜえますだ。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171106-00196018-toyo-bus_all



2017年11月05日(Sun)▲ページの先頭へ
覚悟
 今日は多くの人の不調を聞かされた1日だった。そもそも朝のあの出来事が今日を予言していた。 
 牛窓町を出るあたりから「僕の車って、乗り居心地がこんなに悪かったかなあ」と思いながら運転していた。舗装道路の劣化かなと思いながらそれでも、最近急に舗装状態が悪くなったとは考えられないし、場所によっては以前のようにスムースに走ったので、何となく違和感を感じながらも運転していた。30分くらい走ったところからさすがに「これはおかしい」と思い始めた。その後すぐにこれはパンクだと思えるほどの、振動を感じて車を止めた。見るとタイヤが引きちぎられたようになっていて、ホイール?に巻きついていた。よくこんな状態でここまで走ってこれたなとそこで初めて恐怖を味わった。どうりで僕の後ろの車が車間距離を詰めずにずっと離れて付いて来ていたのがよく判る。火でも噴くのではと思ったのではないか。
 僕は携帯電話を持っていないから、車のディーラーに連絡するために公衆電話を捜さなければならない。ところが、これがない。車を止めた空き地が国道から離れていたこともあるが、大きなスーパーまで10分くらい歩いた。結局、ディーラーの方が来てくれて、再び車に乗れるようになるまで2時間近くかかった。空き地で立ったまま援軍が来るのを待つのはストレスだったし、冷気で腰も痛くなった。
 タイヤを交換してもらってから母の施設を訪ねた。最近ほとんど眠ったままの母しか見ていないが、今日も目を閉じて安らかな呼吸をしていた。ベッドの傍らで母の寝顔を見ていたら看護師さんがやってきて、最近はあまり食べないこと、車椅子に腰掛けさせると横に倒れるようになること、目を開けないことなどを教えてくれた。そして今日は午後点滴をすると言った。看護師も言っていたが、どう見ても病気ではない。恐らく老衰と言うものだろう。もしこのまま永遠に眠れたらどれだけ幸せだろうと思った。死が眠りの単なる延長でしかないと信じれるから。本人はどれだけ楽だろう。僕らが眠りに落ちる瞬間と同じはずだから。何故か僕は、今日お別れをしておかなければならないと思った。今日なら僕の言葉が届くのではないかと思ったのだ。そして、何回も何回も大きな声で「おかあさん、長い間ありがとう」と声をかけた。「天国から家族を守ってね」と勝手なお願いもした。1日も休まず何十年薬局の手伝いをし、5人の子供を育ててくれたことに心から感謝だ。自慢の母親だった。初めて大きな声でお礼が言えたような気がした。父が亡くなる前に僕に「お母さんを頼むよ」と言った。母が好きな僕だから当然すぎることだったので意外だったが、今日は父に約束を守ったよと言った。母をこの施設に入れた時も罪悪感で涙を流したが、今日も涙が止まらなかった。心の中で母がいなくなることを覚悟したから。これで実際に亡くなっても僕は涙を流さなくてすむだろう。
 午後からの研究会の場で仲間達の中で3人の体調不良が分かった。もっとも30年以上続いている会だから、僕の娘以外はそれなりの年齢なのだが、中には僕より下の人もいる。そうした人も含めた15人中3人だからかなりの確率だ。
 何が起こるかわからない。何とか今日1日のスケジュールをこなして帰路についた時、頭の中に浮かんだ言葉だ。


2017年11月04日(Sat)▲ページの先頭へ
管理
 つくずく惜しいと思った。縁がその頃なかったと言えばそれまでだが、おそらく現在もそのような目に会っている人は多いと思う。
 ある青年の過敏性腸症候群のガス漏れがかなりゴールに近づいた。漢方薬をどうすればいいのかと言う質問で、僕は自由にしたらいいと答えた。自信があればゆっくりと減らしていけばいいのだ。1日3回の薬を2回にし、そのうち1回にし、ゼロにすればいいのだ。大概の人は、そのようにして完治を手にしている。ただ、彼の場合歯切れが悪い。10の症状が2くらいに減っているのだから本来は漢方薬を減らす段階に来ている。まだ2ヶ月くらいでここまでなっているのだから完治は時間の問題だ・・・と言いたいのだが彼の場合は事情が少し違う。と言うのは、先々月僕に相談してくれる5年前から、いわゆる抗ウツ薬と精神安定剤を飲んでいるのだ。過敏性腸症候群の効果が何もないのによく飲んだものと感心するが、多くの人は彼と似たり寄ったりなのだ。何年も頑張って、その挙句僕に接触してくれる人は大なり小なり精神病薬の経験者だ。見切りを付けた人もいるし、そこから抜け出せれない人もいる。彼の場合も今度は2種類のその種の薬の離脱を目指すことにした。既に1つのほうは半分に自分で減らしているから、いずれは可能だろう。急に辞めるとリバウンドが来るから気をつけたほうがいい。
 それにしても製薬会社のもくろみは当たっている。効果が全くなくても5年間も欠かさず飲んでくれる人が五万といたら笑いが止まらないだろう。どうしてこんなに安易にその種の薬が出されるのか僕には分からない。多くの人がそれで救われはいるが、一方で多くの人がそれから逃れなくなっている。同じ薬で相反する人が出るのも仕方ないとするのか。青い空の下で風に当たりながらのんびりと暮らすことが出来れば全員治ってしまいそうだ。生産性ばかりを要求され、常に数字で管理され競わされたら、体のどこかを犠牲にして生き延びようとする。正に過敏性腸症候群もその病の1つだ。心の悲鳴が形を変えているだけだ。心の病気を治すのに、頭の薬ではダメだろう。僕には心と頭が同じには見えない。



2017年11月03日(Fri)▲ページの先頭へ
時給
 一体、この国の4分の3の人はいつまでこの屈辱を受け続けなければならないのだろう。僕も含めてかなり多くの人がアホノミクスのせいでウツウツと暮らしているだろう。ウツウツならいいが、もう怒り心頭の人たちが出てきているのではないか。
 アホノミクスはカルタの娘のイ馬ン鹿が設立に関わった、女性起業家を支援する基金への5千万ドル(約57億円)拠出を表明したらしい。ヨーロッパの政治家がカルタと距離をとっているのに対して、アホノミクスの太鼓持ちようはどうだ。我が家のミニチュアダックス並みの媚の売りようだ。当人はそれが習性だから恥ずかしくはないのだろうが、国民としては耐えられるものではない。あの低劣なカルタに媚びへつらえる神経の日本人はそんなにいるものではない。武士は食わねど高楊枝と、僕は中学生の頃から知っていて、それを日本人としての誇りにもしていた。それがなんだ、掃除大臣自らが飼い犬とは。
 超大金持ちをまるでヒーローのごとく拝み奉ったアメリカ人の知性のなさは想定内だが、まるでカルタの1時間分の収入に年俸でも及びもつかないこの国の庶民が、イ馬ン鹿が何を食べたとか何を着たとかしか報じないアホコミの低級さに疑問を持たない。
 57億円返せ!時給781円の国民に返せ!




ブルーハーツ
 昨夜折角書いたブログをアップせずに消してしまった。今(日曜午後3時)読者?の方がメールで教えてくれて気がついた。僕は夜書いた文章は朝には消すから、復活は出来ない。1つの文章を書くのにかなりの労力を使うから、捨てたとなると結構心が重い。同じ文章を頭の中で再現するのは新しい文章を書くより何倍もの力を要するから、出来れば今日2つの新しい文章を書こうと思う。僕のつたない文章を読んでくださる方々へのお詫びを兼ねて。ただし、これは決意であって出来るかどうかは深夜12時を待たなければわからない。
 昨日折角書いた文章をアップできなかったのは、ある偶然からだ。それは現代の国難アホノミクスの馬鹿さ加減をユーチューブで見ていたら偶然あるグループのコンサートに行きついたのだ。何処となく記憶にあるのは、つい最近僕がここにも文章を書いたザードと同じで、ファンの方にはいまさらと言うのもまた同じだ。そのグループの名はブルーハーツと言うものだ。特に最初に見た「NHKに問い合わせが続出したブルハ伝説のTV出演 其の壱 青空 」の映像は衝撃的だった。薬剤師的に彼の様子に最初は興味を持ったが、何回か聴くうちに歌詞が僕の心に突き刺さってきた。多くのコメントで、その時代を彼の歌に支えられて生きてきたと表現されていたことが頷けるものだった。他の歌も聴きたくなって聞いているうちにメーッセージ性がかなり強いことに感心した。あの時代は僕は仕事と子育てに一所懸命で、周りを見回す余裕はなかった。だから彼らのことも知らなかったし、彼らが憂えたことにも無関心だった。彼は既にあの頃原発や戦争のことを歌っていた。まるで、東日本の大津波を憂えていたかのように。またアホノミクスみたいな最低の人間が国民の自由を奪うようなことまでも。
 彼の動画を見ているうちに、彼の言葉遣いが全く僕ら岡山県人と同じことに気がついた。そこで甲本ヒロについて調べてみると、何と高校が僕と同じだった。一回り違うから会うことはなかったが、岡山大学付属小学校、中学校から操山高校に来ているから、恐らく幼い時は優秀だったのだと思う。ただ、多くの少年がそうであるようにいつかは息切れがする。彼が進んだ京都産大は操山高校では、恐らくかなり下位の人が進学する大学だが、彼は僕ら凡人が感じなかった息苦しさを糧に数多くの作品を作り出したのかもしれない。あの大学に進学するレベルのクラスメイト達は僕が在籍していた頃でもかなりユニークな人がいたが、一回り後には、日本中に名をとどろかせたアーチストが登場したのだ。僕とは、何の意味もないつながりでしかないが、没個性的な秀才が集まる学校で彼は自分の感性を研ぎ澄ましていたのだろう。あの時代を生きた人たちがいまこの国の実働部隊の中心になろうとしている。願わくば、ブルーハーツの歌を聴いて歓喜した時を思い出し、この国を正義に近づけるようにおのおのの現場で頑張ってほしい。常に弱い人たちの側に立ち、美しく生きて欲しい。


2017年11月01日(Wed)▲ページの先頭へ
爆弾
〇〇ーさんへ
 3ヶ月と言う短い期間でしたが、親切にしてくれてありがとう。あなた達と過ごすのは楽しいのですが、お父さんは腰も痛いし首や肩も凝るし、年齢には勝てないところが増えてきました。それをあなたは見抜いてとても熱心にマッサージをしてくれました。運転中に初めて貴女が後ろの席から手を伸ばし肩をマッサージしてくれたときには感激しました。先日は1時間半もマッサージをしてくれました。こんなに親切にしてくれる人がほかにいるでしょうか。偶然ですが、あなたにめぐり会えたことを感謝しています。
 1つだけ土産話を聞いてください。あなた方と丸亀城に行ったときに、僕の前をスイスイ坂道を登って行くあなたにびっくりしました。僕は1
00人くらいのベトナム人と多くの時間を過ごしましたが、僕の前を歩くことができる人を見たのは初めてです。みんな100メートルくらい後
ろを歩くのが普通でした。でも、あなたは坂道でも同じ速さで登って行きました。そして後姿を見て思ったのです。50年近く前、僕が大学生の
時、ベトナム戦争反対のデモなどに行っていた頃、写真で見かけていたベトナム人の姿によく似ていると。足腰はしっかりしているのに上半身はとても華奢。日に焼けて天秤棒で荷物を担いでいる姿です。そういった人達に空から爆弾を落とすアメリカが憎くて僕ら青年はデモに行ったのです。ジーンズにくすんだ色の服。少しも化粧をすることなくぞうり姿で日本で暮らしたあなたは、正にあの頃の僕ら青年が見続けたベトナム人の姿だったし、当時一緒にデモなどに行っていた日本の女子学生の姿と同じだったのです。当時の日本はまだまだ豊かではなく、青年達は正義感を持っていました。遠く離れた国で爆弾の下で暮らす人々のことを思いやる気持ちを持っていました。貴女を初めて見たときに、僕はあの頃に帰ったのです。
 面白いことにこれは全て僕の想像でしたね。あなたがお百姓をしたことがない都会の人と聞いて、思わず笑ってしまいました。勝手な想像をめぐらせて思いにふけっていただけですから。だけど、頑(かたくな)に写真をとられることを拒否したり、質素な衣服はまるであの頃の僕とそっくりなのです。国に置いてきたお子さんを思い出して泣いているという話を聞いて、優しいお母さんということも知りました。早く国に帰ってお子さんを抱きしめてあげたいでしょうね。短い時間に、僕を青春時代に連れて帰ってくれてありがとう。お父さんはまた、次から次にやってくるあなたの後輩たちをもてなします。それはお父さんの楽しみです。またあなたのような人と会えるかもしれないから。
 いつまでも幸せに・・・・・・・・・・日本のお父さん


   


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治療効果 (11/16)
時給 (11/16)
管理 (11/16)
爆弾 (11/16)

■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
[E-mail] ご相談はこちら
[URL]

カレンダ
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