栄町ヤマト薬局 - 2017/09

漢方薬局の日常の出来事




2017年09月30日(Sat)▲ページの先頭へ
好感度
 隣の家は築90年と説明を受けたが、何度かリフォームしていてそのようには見えない。1年前までは普通に住人が暮らしていたし、その後は亡くなった方の兄弟姉妹が別荘代わりに使っていたから、意外と綺麗だ。ただ、亡くなった方が僕と気が合って、いやその方のお父さんとも気が合っていたが、なにぶん2人ともアル中に近く、晩年はその父子だけで暮らしていたから、別荘代わりの前はかなりのものだったと想像はつく。その片鱗はやはり残っていて、片付けるときにはなかなか大変だった。とても素人が片付けられるレベルではなく業者を頼まざるを得なかった。
 片付ける前に10月から住人となるかの国の女性達が、使えるものがないか見に来た。と言うのは僕が業者に全て片付けてと言うのを、雇い主の企業の職員が聞いていてかの国の女性に教えたらしい。そこで選抜された3人がやってきて、家の中にあるものを全て「使うもの」と廃棄するものに分けた。
 3年間の仕事の後は、多くの荷物を持って帰るが、そのほとんどはお土産だ。生活に使った物は基本的には持って帰らない。次に来る人たちにまわす。だから個人のものは基本的にはないのだが、国で質素に暮らしてきたからだろう、別荘代わりに使ってきた人たちが不用品として捨てるために集めていたものの中から、使えるものを次から次へと見つける。そこまでしなくてもと思うが、床に腰を下ろしじっくりと見定める。懸命に働き、一所懸命溜めたお金を親に送る。3年間競うように残業をこなし、健康を損ねることなく帰っていく。その姿と重なる。
 僕が正に彼女達に尽くそうと思ったきっかけだ。僕がかかわる会社は現地の従業員4000人の中から選抜されてきているから文句なしに善良な人々が多いが、そんな人の割合が近年少なくなった。岡山の街に出るときに、何故彼らがここで、何をしているのと言うような光景に出くわすことが多くなった。彼らの先輩達が10年くらい前に心配していたことが現実に起こり始めている。
 いよいよ10月の7日から暮らし始めるらしいが、近隣の家々をあいさつ回りに連れて行こうと思う。日本人より日本人らしい人も多く、あの子達なら歓迎されるだろう。せめて僕の町では、純朴で勤勉で心優しい先輩達が残した好感度を維持したいと思っている。


2017年09月29日(Fri)▲ページの先頭へ
勉強会
 夕方、僕の先生の奥さんから、先生が少し体調を崩されて日曜日の勉強会に出席できないと連絡があった。2日後のことだから僕は大慌てで会員に連絡を入れることになった。その前にまず会場のホテルに連絡したが、2日前のキャンセルなのに違約金を取られなかった。僕はホテルの規則を知らないからただただ恐縮して、嫌がりもせずキャンセルを受け入れてくれたことに感謝した。それと、講師の先生の体調をさりげなく気遣ってくれた大人の対応に感動した。30年間同じホテルを使っているから配慮してくれたのか、どこのホテルでも同じなのかわからない。
 その後、前から約束していた用事で出かけ、9時前に帰って来た。昔人間だから、夜のこの時間に電話をかけるのは気が引ける。ただし早く連絡しないと県外からの出席者が多いから、来てみたは勉強会がなかったではすまされないから、出来るだけ今日中に連絡しようと思った。
 その時間だから電話に出てくれる人と出ない人が半々だった。店舗と自宅が別々などとそれなりの理由があるだろうが、僕みたいに田舎でやっている人はいないから、営業時間外は電話に出ないと割り切っているのかもしれない。電話に出てくれた人はとても残念がった。この僕でも若い部類に属するような研究会だから80歳代70歳代の先生方なのだが、まるで子供のように残念がる。僕が30歳くらいで研究会に入れてもらった頃、既に実力を蓄えて活躍されていた先生方も当然歳を重ねている。しかし勉強熱心なのは今だ健在で、今回みたいに1度勉強会がなくなるだけでまるで子供のように残念がる。僕らの研究会が、商売を一切排除して成り立っている所以だろう。純粋に漢方薬を薬局で利用して患者さんに喜んでいただく。単純明快な会だから好奇心一杯のまま40年近く勉強会が継続しているのだと思う。営利を優先している会がほとんどの中で、企業の援助を全く受けず、ひたすら治し方を勉強してきたから、一度の流会すら残念なのだ。
 僕らの実力で、先生の体調を気遣うのはおこがましいが、やはりホテルのスタッフと同じように心配の声を皆さんから頂いた。洗練されてはいないが、心から心配してくれる声だ。営業的にはそんなに成功している人はいないが、嘘のない勉強会の居心地のよさで、みんなで実力を伸ばしてきた会だと思う。
 何が何でも勉強会。何をおいても勉強会だったその日がぽっかりと穴を開けた。残念。


2017年09月28日(Thu)▲ページの先頭へ
 ついに見た。いたちを。牛窓ではない。隣の町にある邑久駅の駐車場をゆっくり歩いて横断していた。岡山から邑久駅に着いたのが夜の9時だったから、夜行性で出勤途中だったのかもしれない。広い駐車場に車が10数台止めてあったが、いたちにも見慣れた光景で、車やそれに乗る人間の動きは計算済みなのだろうか。僕が結構近くまで歩みを進めていたのに、あせることもなく悠々と横断した。むしろ猫のほうが警戒心は強いくらいだ。
 これで瀬戸内市の動物園も段々役者が揃ってきた。大きいのは鹿、それに続いて猪、猿、狸、いたち。もっと色々なものがいるだろうが遭遇しないだけだろう。作物に被害を与えるから人間様にとっては好ましくない存在だ。変幻自在だから、人間様がフェアな戦いをしていると陣地をとられてしまう。今のところ声高に被害を叫ばないから疫人も政治屋も動かないが、いずれ動かざるを得なくなる。ただし、老人の百姓は既に戦意喪失しているから、力づくでなんて考えていない。となると政治屋どもにとっては美味しい仕事ではなくなる。老人が今の与党を支えているから、その人たちが戦意喪失したらいくら疫人を動かしても票にはならない。自分のお友達には法律なんか無視してなにでもする奴らだが、票をくれない庶民など見向きもしない。北の将軍様と同じだ。
 それにしてもこの国も、夜の駐車場並みの汚い動物がうごめいている。今日本で一番心が汚い人間を上げろというとアホノミクスの右に出るものはいない。自分の利益を守るために国民何ぞはほったらかしで、あらゆる汚い手を使っている。何でこんな人間と同時代を生きなければならないのかと思うとうんざりする。畑を荒らす獣たちと国を荒らす獣たち。早く若い猟師を育てないとどちらも手遅れになる。


2017年09月27日(Wed)▲ページの先頭へ
現像
 皮膚病の相談に来た女性の症状の確認のために娘に呼ばれた。僕は近くの相談コーナーで、ある女性の相手をしていた。小さな薬局だから、数歩歩けばその女性の所に行ける。
 患部を見せてもらおうとした時僕のほうを見て「同級生」と言った。確かに同世代っぽいが、全く思い出せなかった。断りを言うと名前を名乗ってくれた。顔は100%分からなかったが、名前はわかった。そういった人がいたというくらいだったが。皮膚病を鑑定して、娘と交代する頃には、名前から何となく一人の女性を思い出した。およそ50年前の姿がおぼろげながら浮かんできた。
 苗字から、ある地区の名前を出したら違っていた。その苗字ならその部落に集中しているからあたりだろうと思っていたが、あまりにも安易過ぎた。僕はその時点でかなりその女性の中学時代のイメージを思い出していたから、その部落の人でないというのが逆に、核心に近づけてくれた。僕との少ないやり取り、横目で見ていた娘とのやり取りの印象は当時の女子中学生と重なる。その女性が薬局を出て行ってから、目の前の相談者をよそに、イメージが段々鮮明になり、やがて1枚の写真を見るようにその女性を頭のなかに再生出来た。
 僕の頭の中のアルバムには、すらっとしてかわいくて微笑んでいる女子中学生がいた。成績も優秀な人だった。その面影は会話の中に見つけることが出来る。ただし様相はまるっきり違う。こんなに50年で変わるのかと貴重な体験をさせてもらった。と言うのは恐らく50年の歳月を経て会った初めての人だと思うから。こんなに長い間会わなかった人に再会した経験はない。だから50年、半世紀の時間がこんなに人間を変えるのかと、分からないくらい変えるのかと驚いた。
 と言うことは逆も真なりだ。相手は僕の薬局に来たから僕と言うのが分かるだけで、町中で名乗っても信じてもらえないだろう。なるほど僕もその頃は生物学的に美しかった。しかし今はその面影はない。何度か写真を眺めているから当時の自分が自分と分かるだけで、もし50年前に見たきりだったら、自分でもわからないかもしれない。顔と言うより写真の背景からでしか思い出せないかもしれない。
 50年間一度も記憶から取り出していない映像が、数分の内に白黒写真で頭の中で現像された。人間の能力ってすごいと改めて実感した出来事だった。


2017年09月26日(Tue)▲ページの先頭へ
、面接
 いつもの薬をとりに来る時間帯と違うので「どうかしたの?」と尋ねると「失業中」とだけ答えた。なるほどそれなら分かる、世間ではまだまだ人は働いている時間帯だから、ラフな格好で現れる理由としてはありがちな話だ。元々今の仕事がよく続いているなと思っていたから、失職中と言われても抵抗はない。もっともな話だ。もともと働いているほうが何となく不釣合いだったのだから。
 「今さっき、面接に行ったばかりなんじゃ」と言うから「どうだったの?」と尋ねると「面接官がへんな顔をして、う〜んと首をひねった」と自信なさそうな顔をするから「当たり前じゃあ!BMの新車なんかで行くから、向こうがびっくりするじゃろう」と言うと「これしか持っていないんじゃ」と言う。「誰かに、軽のトラックでも借りていけばいいのに」と言うと「やっぱりそうかなあ」と残念そうな顔をした。
 よほど、今日面接を受けたところに行きたかったのだろうか、結構残念がっている。「自分の車を見たら面接官のほうが自信をなくするわ。印象悪いに決まっとろうが!」と言うと「やっぱりそうかなあ」とこれまた理解不能状態だ。
 嘗て野球で言うとライトを守っているような人間だったから、どうも飾り物が好きだ。金があるのかないのか分からないがやたら光らせている。弟と同級で、結構僕のことを親しく呼ぶので、僕も言いたい放題だ。その道の人間とはかかわりたくないのが当たり前だろうが、僕はいとわない。どうでもいいのだ。こういった人種は結構身体には繊細で気が小さいのが多いから、何でも言ってくれる僕は重宝らしくて、結構利用する。怖がって当たり障りのないことしか言わないところだと、彼らには不都合なのだ。御法度の裏街道を歩くにも健康第一だから、悪いことは悪いと言ってくれる人間のほうが彼らも都合がいいのだ。
 薬を持って出て行く後姿を眺めながら、「あの車であの顔では、面接官がビビルわ!」と僕が言うと娘も笑っていた。人生どうにかなるものだ。




2017年09月25日(Mon)▲ページの先頭へ
人間関係
「耳鼻科でもらっている薬について、僕がとやかく言うわけにはいかない」と内科医に言われても、耳鼻科の薬をもらい始めて、急にむかむかするようになって朝から調子が悪く食欲が落ちたのに訴えないわけにはいかないだろう。まだ1週間のことだが、患者さんは自分で耳鼻科の薬が悪さをしていると感じていたのだろう、薬を持ってかかりつけの内科を訪ねた。ところが相談を始めるとすぐに冒頭のような答えが返って来た。
 患者さんはうろたえて、僕に連絡をくれたが、土曜日は薬局が休みで通じなかった。僕はかの国の女性達を大道芸を見せに高梁までいっていたから留守にしていた。結局は諦めて今日来たらしいが、内科と耳鼻科でもらっている薬を全部テーブルの上に並べた。見ると、ある薬が両方の医院から出ていた。それも胃酸の分泌を抑える薬だ。以前何度か僕も疑問を書いたことがあるが、結構胃酸分泌抑制効果があり、それを2種類飲んでいるとなると、もうこれはほとんど胃酸が出ていないに等しいのではないかと思う。そもそも僕の持論だがお年寄りが胃酸の分泌を減らさなければならないくらい胃酸が出るのか。昔は無酸症の薬をよく作っていたのに、わずか数十年で人間の構造が変わるのか。
 ただでさえ胃酸が少ないところに、胃酸を強烈に抑える薬を2種類も飲んだ。行き着くところは訴えどおりの症状だろう。何が入ってきても殺菌消化できないのだから、むかむかして当たり前だ。よく相談に来てくれたと思う。あのまま飲み続けていたらどうなったのだろう。ウイルスも細菌も何でも素通り状態だったろう。どんなトラブルになっていただろう。
 それにしても皆さんが大切にしているお薬手帳などこんなものだ。医者同士の義理人情よりもずっと下に見られている。患者のことより医師同士の人間関係のほうが大切なのだ。そんなものに患者はありがたがってお金を払っている。国(政治屋)が守るのは票と金をくれる団体。投票もしない、金も出さない庶民なんか飼い殺しだ。体のよい労働者であればいいのだ。いつだってアジアの人間と交換できる。社会保障だ社会福祉だと余計なものを与えないといけないから、アジアの人間よりやつらにとっては始末に悪い。始末に悪いからいっそのこと始末してやろうと思っているかもしれない。着々とその準備は法律を変えて進んでいる。取り返しは気がついた時点ではもうつかない。もう崖っぷちに庶民は立たされている。一緒には飛び降りないぞ。

https://www.youtube.com/watch?v=ik8zUv4rrCs&list=RDik8zUv4rrCs



2017年09月24日(Sun)▲ページの先頭へ
鉄砲隊
 考えてみればジャズをまともに聴いたのは初めてかもしれない。高校時代、下宿の同級生が熱狂的なジャズファンで、別世界の人のような印象を持っていたが、当時、ジャズを聴く能力がある人を若干尊敬するような風潮の中で暮らしてきたから、ジャズは無視できない存在と言うまるで音楽とは関係ない距離感を保っていた。そんな僕が一気に変わったのは、アリナミンの宣伝でサクスフォーンによるテイクファイブを聴いてからだ。あの軽快な音楽は1度聴いただけで僕を虜にした。もう30年くらい前になるのではないか。それ以来ジャズは身近になった。なんら特別なものでなく、自分が心地よければいっぱしのジャズファンでいればいいのだ。肩の力を抜いて聴くと多くの心地よいジャズに出会えた。
 高松市の国分寺町は、毎年聴きに行く和太鼓の集団「讃岐国分寺太鼓保存会」の本拠地だ。今日の「LOTUS POSITION with山下洋輔」のコンサートを主催したのも恐らくその団体だ。誰が嘗てこのような仕掛けを作ったのかしらないが、大きく育つものだ。人材がいない、見つからない僕の町とは大違いだ。
 それにしてもジャズファンの年齢はすこぶる高い。僕などひょっとしたら若い方かもしれない。戦後進駐軍が改めて持ち込んだとしたら、確かに聴衆は高年齢なはずだ。そして彼らは元気がいい。僕の奇声も多くのファンに引けをとった。激励の奇声も必要にないくらい多くの人が声援を送っていた。連れて行ったかの国の女性の中の一人が最初から大きな声を出していた。クラシックか和太鼓しか連れて行ったことがないから、日本古来の楽器、尺八を吹く小演明人やドラムを叩く堀越彰の正確なテクニックに感動していた。山下洋輔のピアノが押され気味に聞こえたのはマイクのせいだろうか。
 他者のための小さな親切が自分に返ってくる、そんなことを思い起こす1日だった。瀬戸大橋を渡り定番の丸亀城を案内したのだが、丁度鉄砲隊の射撃が行われるところに出くわした。よろい姿の男達が並んで打つ姿は、その時代を髣髴させた。耳をふさいでおかなければ心配なくらい音はすごかった。男たちと言ったが、一人女性が混じっていて、白装束がかの国の女性達の興味を引いたみたいだった。生のジャズの迫力とテクニックとあわせて、今日僕が経験させてもらい感動をもらった2つの出来事を堪能した1日だった。



2017年09月23日(Sat)▲ページの先頭へ
うかん常山公園
 2つの意味でもったいない。同じ県内でも知らなかったのだから、もう少し知らしめたら、訪れる人も増えるのではないか。海岸沿いに住んでいる人間にとってはとても興味深いイベントと景色だった。
 今朝8時に出発した。高梁市にある「うかん常山公園」で大道芸のイベントがあることを商工会の小雑誌の中で知ったからだ。あるページの片隅に告知されていたから見つけた僕がすごい。よほどイベントに飢えている人しか見つけることは出来ないだろう。そう、僕は飢えている。次々にやってくるかの国の女性達に、滞在中に何か楽しいことや為になることを経験して欲しいから、イベントを毎日のように探している。だから大道芸のイベントを見つけたときは嬉しかった。大道芸をゆっくり沢山見ることが出来るのは、福山のバラ祭りか丸亀城祭りくらいしかないので、貴重なイベントだ。第2回目と言うから是非続けて欲しい。
 何がもったいないかと言って、6人の芸人が時間をかけてゆっくり演じるのに、宣伝が足りない。早く到着した僕たち5人を合わせて、開演時は客は10人くらいしかいなかった。そのうちゆっくりと増えて50人くらいにはなったが、それではもったいない。もっともっと宣伝すべきだ。
 もう1つのもったいないは、芝が綺麗な小さな丘陵に、石で出来た小さな風車をもつ巨岩が並んでいる公園。その公園自体がこれまた初耳だった。公園の傍には小さな城があった。とってつけたようなものではなく、それなりに歳月を経た風格は持っていたが、それが実際にいつの頃に作られたのか知らない。少し石段を上がればその疑問はすぐに解決できそうだったが、それは次回に回した。もし大道芸の舞台が来年も行われるならきっとまたやって来るだろうと思ったから。
 海岸沿いに住んでいたら、見下ろすという行為はあまりない。今日の会場は、芝生のちょっとした丘陵を上れば、緑深い森や畑が見下ろせる。ほぼ360度見下ろせるが、その中に小さな集落が山の中腹にあるのが正面に見えた。その景色を見入っていたかの国の女性が「綺麗」と言った。日本語をほぼ理解できない人だが、ふるさとを思って言ったのか、実際に綺麗に思ったのか、心がこもった言い方だった。
 町おこしのNPO法人の方々だろう、僕より年上も多かった。懸命に盛り上げている。年寄りが企画し、若者が演じる。この国ではよくある光景だが、いいことには思えない。やはり若者が企てるべきだ。何処に行っても年寄りが頑張っている。時代はまだその光景に答えを出していない。
 


2017年09月22日(Fri)▲ページの先頭へ
消息
 風の便りではなく、奥さんに直接聞いた。「あの人が!」と言う驚きの声が思わず上がった。
 薬局に入ってくるなり「お久しぶり」と言われて顔を見るが、思い当たらない。初めて会うのにひどく馴れ馴れしく、久しぶりを強調する。向こうが僕を知っていて、こちらが知らないのは失礼だから、自然に妻と替わった。僕はそのまま調剤室に退散したが、妻はえらく親しげに話し始めた。その声に聞き覚えがあってそれこそ一瞬の内に誰だかわかった。数年前まで頻繁にやってきた女性だ。それも僕が牛窓に帰ってからだから40年くらいの付き合いになる。ところが数年前から急に来なくなった。数年の時間がひどくその女性を老けさせ、誰だか分からなくしていた。ただ声は顔ほど老けないみたいですぐに分かった。
 確信したので「〇〇さんなのと言いながら調剤室から出た。僕が思い出したことを喜んでくれたが「もう80歳になるんです」」と僕が思い出せれなかった理由を察してか聞きもしないのに自分の年齢を言った。人はある年代から急に老ける。その女性もそうなのだろう。でもその老け具合に驚いたのではない。女性の御主人の消息に驚いたのだ。御主人は、体格が良くて丸坊主だから、一見その筋の人間に見える。おまけに目つきは悪く睨みつける癖があり、言葉遣いも荒い。単純化して言えば、ヤクザのような普通の人だ。正面から歩いて来たら多くの人が道を開けるに違いない。そんな彼が、痴呆が進んで施設に入っているという。もう数年前から徘徊するようになり、警察の世話にもなったらしい。仕方なく施設に入れたのだが、面白いことに、いや当然といえば当然か、痴呆になっても口が悪くて職員も入居者も困っているらしいのだ。さすがに暴力を振るうことはないが、ヤクザのような普通の人が、ヤクザのような痴呆になっている。だから可愛くもなんともないらしい。あの御法度の裏街道を歩くような風貌や態度から、会社でも地域でも孤立していて、それを酒でごまかしていたらしいが、脳細胞を養うことをしなかったのだろう。多くの字に触れ、多くの言葉に触れ、多くの笑顔に触れ、多くの芸術に触れ、多くの人に触れていたらあの若さで痴呆にはならなかっただろうに。当時の独特の雰囲気から考えられないような現状が余計哀れに感じる。いきがってもダメ、人様のために何が出来るか、いつも頭の中をそれで満たしておけばいい。



2017年09月21日(Thu)▲ページの先頭へ
若竹荘
 思わず「へーぇ!」と声を出した。どういった感覚だろう、ありえないとなるほどの中間あたりだろうか。あの築90年の家に名前をつけなければならないとは。誰のために、何の為に。
 相手が企業だから、なあなあではすまないらしい。僕は単なるおせっかいだから、使ってもらう家がどうなってもかまわない。故意に傷つけられたら、さすがに気持ちは良くないだろうが、不可抗力なら気にならない。ただ借りる側はトラブルを避けたいだろうから不動産屋さんを連れてきた。会社と関係あるみたいだから向こうのペースだが、僕は多くを期待していないから一向に構わない。こういうときは相手が一流の企業だと気が楽だ。
 今日契約書を作りに不動産屋さんが来た。その時に例の家に名前をつけてくださいというのだ。古民家に名前をつける意味が分からなかったが、これから色々なやり取りがあるから、名前をつけて欲しいというのだ。その名前が表に出るのかどうか気になったが、それはないらしい。看板を上げるのではなく形式上に近いから、とりあえず考えることにした。ただし急に言われたから意外と即答できないもので珍しく考え込んでしまった。
 僕が学生時代世話になっていたのが、鉄扉の3畳間に小さな洗面器だけのアパートで、炊事場とトイレと風呂は共同だった。そこのアパートの名前が若竹荘だったので、何々荘が懐かしくなっていくつか提案した。不動産屋さんの若い女性は、書類に書き込もうとメモの用意を始めた。「行き倒れ荘、怖荘、懐かし荘、土葬、水葬 家族荘、アホノミクス辞めさ荘・・・」結局彼女は、ペン先を紙にはつけなかった。そこで僕は和風を諦めて洋風にすることにした。若いスタッフだから洋風のが馴染みやすいだろう。実際に僕が漢方薬を送っている人達もほとんどが洋風の名前のところに住んでいる。そこで再び提案を始めた。「レジデンスTAOREKAKE、レジデンスSIROARI、レジデンスSONNTAKU レジデンスKAKE レジデンスUSOTUKI レジデンスDOAHOMIKUSU・・・」その女性は痺れを切らしたのか「私が決めます。レジデンス貸家」凛として書類の名前欄に書き込んだ。ストレートで気持ちがいい。痴呆直前の老獪な政治屋の不潔ささえも飛んでいく。


2017年09月20日(Wed)▲ページの先頭へ
無自覚な被害者
 アホノミクスが始まってから、疫人が国民のためではなく、政治屋や鬼業家のために「堂々とこそこそ」働き出した。以前はこそこそ働いていたが、今やおおっぴらに行動したほうが褒美がもらえるとあって、堂々と汚い手を見せる。何をしても政治屋が守るどころか御寵愛さえ与えてくれるのだから、心も身体も売る。
 口先だけのアホノミクスのお陰をこうむった人間が果たして僕の漢方薬を飲んでくれている人の中にいるのだろうか。僕の漢方薬を飲んでくれている人のほとんどは庶民だから、おかげなどあずかれるはずがない。学校や企業を経営していてたら、疫人を使って何とでもしてくれるのだろうが、党員でもないし献金もしないから、奴等にとって庶民はほとんど虫けらだ。
 いつあの夫婦は逮捕されるのかと思っていたら、専用機に乗って外国旅行。僕の友人は2万円で刑務所。あいつらは森友で8億、加計で100億近く。終身刑でも僕の友人とはつりあわない。わずか2割いくらの人間しか票を入れていないのに、やりたい放題、悪の権化。金も法律も人間も全部自分のもの。今のまま見逃せばいずれ命さえとられる。虫けら同然の人間だけではなく、よいしょした2割の人間も同じだ。だって奴らが大切にしているのは小金持ちなんかではない。超大金持ちだけなのだ。そいつらの為に、おこぼれ頂戴で太鼓持ち。哀れこの上ない人間の道連れなんかにはなりたくない。どうせ選挙に行ってもなどとニヒルを気取っていると、この国は低俗な外国人だらけになって、回りは皆アジア人になってしまう。大金持ちは低俗な外国人と隣同士では住まないから、安くロボットのように働いてくれればいいのだ。治安など関係ない。住環境が破壊されようが自分達には関係ない世界なのだ。交通事故を起こしても外国に逃げられたら保証もなにもない、そんな人間にオートバイを簡単に乗らせる法律に変えた。オートバイの販売がピークの2割に減ったから、ヤマハを救うためか。かくして日本人は交通事故のやられ損になってしまう。保険などかけない国の人間にどうして免許を与えるか理由は簡単だ。事故に巻き込まれるのは庶民、潤うのは鬼業。
 かの国の人間がやたら犯罪を犯している。もう何年も前から、かの国の人間自身がが心配していた。これからは悪い人間が入って来ると。そのうちマフィア化するだろう。徴兵制がある国から来た男は怖い。殺し方の訓練を何年もやっているのだから。僕はそれをかなり警戒して付き合う。隙を見せたらいつかやられる。
 これら全てアホノミクスのせいだ。美しい日本を歌いながら、日本を微塵も愛していない。やりたいことはアイツのおじいちゃんみたいに庶民を支配すること。この国では毎日毎日お人よしの「無自覚な被害者」が増産されている。


2017年09月19日(Tue)▲ページの先頭へ
三部作
 今日も雨がテーマで、3日連続になる。こういうのを出版の世界では「三愚作」と言う。
 今日は雨が降ることがテーマでなく、雨が降らないことがテーマ。ただし会話は台風の前日、備前市から漢方薬を取りに来た男性とのものだから台風関連であることには違いない。
 備前市は、牛窓町の東隣で、その向こうはもう兵庫県だ。赤穂市と言うかの討ち入りで有名な街と接している。だから備前市の人は一般的に岡山市ではなく赤穂市に出る。峠を1つ越えれば赤穂市らしいから、便利だ。そこから牛窓に来てくれるのはかなりの労力だ。ところが、寒河と言う地区の人がやたら来てくれる。理由は簡単だ。馬が合うのだ。恐らくそこも漁師町ではないか。初対面から屈託の無い、垣根のない会話が交わされる。一見とっつきにくい風貌も、口を開けば笑顔がこぼれ、不器用な優しさがこぼれる。そうした雰囲気が好きな僕だから、彼らには物怖じしない。下手にへりくだらないから彼らも心地いいのだろう。
 彼はそんな備前市に大阪から仕事でやってきた。そして奥さんと知り合い、奥さんの実家がある備前市で暮らし始めた。年齢から言うと20年は備前市で暮らしているのではないか。そんな彼と台風のことで話をしていて「備前市は、いや岡山県は本当に雨が少ないです。私は大阪出身なんですけど、全然比べ物にならないくらい少ないです。さすが晴れの国ですね、びっくりです」と言った。僕の認識では、大阪も同じ瀬戸内海に面しているから条件は同じようなものだと思っていたが、彼に言わせれば全然降水量は違うらしい。「広島は雨が多いでしょう。九州と四国の間を雲が上がってくるのでしょうね、大阪は四国と紀伊半島の間を雨雲が上がってくるんです。岡山は四国に守られて雲の通り道がないですもんね」と、自分の考えか常識か分からないが、随分と説得力のある答えだった。なるほど、広島は僕らも分かっていたが、大阪も同じ構図なのだ。岡山より雨が多くて当たり前だ。そうしてみると晴れの国岡山ははったりではないのだ。
 びっくりするほど雨が少ない県。それでも水不足で困ったことがない。遠く中国山地から豊かな河が流れているからだろうか。3つある河川のどれも一級河川で、水量が減ったのを見たことがない。そこが対岸の香川県と違うのだろう。和太鼓でお世話になる香川県には悪いが、岡山県は天気が良くて水が不足しない。灌漑用の水は十分供給されるからそれで野菜はよく育つ。給水制限も経験がない。岡山県人が災害が少ないから一致団結が苦手といわれるが、何となく頷ける。一緒に何かに立ち向かうという理由がないのだ。せめてアホノミクスの加計、森友隠しくらいには鉄槌を食わせる気概くらい持っていて欲しい。そして一致団結して、心の汚いアホノミクスを引きずり落として欲しい。

https://news.yahoo.co.jp/feature/741・・・・・・・・・・・是非見てください


2017年09月18日(Mon)▲ページの先頭へ
雨には負けた
 昨日、高尚な宮沢賢治の詩と教会の教えをブログに書き終えてほっとして電源をきったところで、足元に水溜りが出来ているのを見つけた。鉄筋コンクリート造りの家だから台風など物ともしないように見えるが、実は横から降る雨にはめっぽう弱い。防水加工が完璧なときはなんともなかったが、その後何度それをやってもらっても、効果が長続きせずに、お金を捨てるようなものだからこの5年以上やっていない。もう効果は切れていると予想されたが、雨が降り始めても床に雨水が進入してこない。意外と大丈夫と何の根拠もなく喜んでブログを書いていた。ほぼ書き終わって、ある言葉を書き加えようか加えまいか迷っていた。その迷える時間がなければ雨水が少しばかり進入した時点で気がついていたが、迷った分、広範囲に床に池を作らせてしまった。雨水は拭けばそれですむが、接着剤がはげてしまうと、床が波打ってしまう。折角娘夫婦がしばしばワックスをかけいつまでもピカピカなのに、ノリがはげて汚くなるのは気の毒だ。
 結構広範囲なこと、池がますます広がっていること、これは1人では追いつかないと思いすぐに妻を呼んだ。もう慣れているので妻は、モコのおねしょシーツを持って降りてきた。それで吸い取らせる作戦だ。ところが床上の池の広がりを見てこれまた手に負えないことを悟って、2階から雑巾や雑巾予備軍を一杯持って降りてきた。それに吸わせてはバケツに絞り、すぐに一杯になるから流しに流す。床にしゃがんでの作業だからすぐに腰に来た。このままでは、仕事に差し障ると思ったので、3階から次女と三女を下ろさせて手伝ってもらうことにした。
 降りてきた二人は最初何が起こったのかわからなかったみたいだ。頑丈そうに見える建物が意外ともろいことに驚いたみたいだが、状況を悟ってからは同じようにしゃがみ込んで作業をしてくれた。ところが3女は何故か楽しそうで鼻歌を歌ったり冗談を言ったり笑ったりする。人の不幸がそんなに嬉しいのかと思ったが、楽しい理由は初めて台風を経験することができたことだった。彼女達の部屋は3階だから風当たりが強く怖かったそうだが、やはり折角日本に来たのだから台風を知らないままでは帰れないのだろう。偶然かの国も丁度台風に襲われていたのだが、彼女達は南部の出身で、台風の通り道になる中部には行ったことがなく全く経験したことがないそうだ。だから2時間近く作業を続けて、雨が上がって喜んでいたときに、窓ガラスの向こうに行き来する赤灯を見つけて外に出て、吹き飛ばされそうな突風を何度もうけて喜んでいた。夜でなければ海岸に連れて行って打ち上げる波を見せれば喜んだだろうが、さすがに夜は怖い。
 ところで僕が昨夜、最後に付け加えようとして迷っていたのは次の文章だ。「それでもアホノミクスは許さん、こんなに汚い人間見たことがない」だった。神の教えより僕の直感。だから僕はいつまでたっても良い信者にはなれない。
 




2017年09月17日(Sun)▲ページの先頭へ
雨にも負けず
 面白い経験をした。目が覚めたら当然大雨のはずだったのだが、東の空が晴れていた。今日の予定は、白紙でひたすら台風が去るのを待つはずだった。ところが青空を見たものだからどうしようと思案しながらテレビを見ていると、宗教の番組が教育テレビで放映されていた。好んで見るわけではないが、他の番組があまりにもひどすぎるので緊急避難的に毎週見てしまう。
 その中である人が、毎日お風呂の中で宮沢賢治の詩の中の一部を繰り返すと言っていた。例の「雨にも負けず」の詩だが、何処を繰り返すのか聞きそびれた。そこでインターネットで調べてみた。こうしてじっくり読んでみるとやはりすばらしい。若いときより数段身にしみる。教えられるのではなく共感できる年齢になったからだと思う。出演者がどこの部分を繰り返すのか分からないが、僕は全部を繰り返したいと思った。

「雨にも負けず」

雨にも負けず 風にも負けず
雪にも 夏の暑さにも負けぬ
丈夫な体をもち
慾はなく 決して怒らず
いつも 静かに笑っている
一日に 玄米四合と 味噌と
少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに
よく 見聞きし 分かり
そして 忘れず
野原の 松の林の 陰の
小さな 萱ぶきの 小屋にいて
東に病気の子供あれば
行って 看病してやり
西に疲れた母あれば
行って その稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行って 怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば、
つまらないから やめろと言い
日照りの時は 涙を流し
寒さの夏は おろおろ歩き
みんなに 木偶坊(でくのぼう)と呼ばれ
褒(ほ)められもせず 苦にもされず
そういうものに 私はなりたい


南無無辺行菩薩(なむむへんぎょうぼさつ)
南無上行菩薩(なむじょうぎょうぼさつ)
南無多宝如来(なむたほうにょらい)
南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)
南無釈迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)
南無浄行菩薩(なむじょうぎょうぼさつ)
南無安立行菩薩(なむあんりゅうぎょうぼさつ)
 

 結局玉野教会に行った。かの国の女性で洗礼を受けたくて勉強している女性がいる。台風が心配だったので、妻の軽四自動車よりは安全だと思ったからだ。今日のミサの中で、読まれた教えが以下のものだった。僕はこの教えにもいたく感動した。よく見てみると、宮沢賢治の詩と共通している部分が多い。時代も洋の東西も異なるけれど、良い生き方は同じだ。これもまた年齢を重ねた分、共感する部分が多いのだと思う。もう物はどうでもいい。目に見えるもので欲しいものなどない。心でつかむしかないものにこそ価値はある。もっと若いときに到達しておきたかった境地だ。


シラ書27・30

憤りと怒り、これはひどく忌まわしい。
罪人にはこの両方が付きまとう。
復讐する者は、主から復讐を受ける。
主はその罪を決して忘れることはない。
隣人から受けた不正を赦せ。
そうすれば、願い求めるとき、お前の罪は赦される。
人が互いに怒りを抱き合っていながら、
どうして主からいやしを期待できようか。
自分と同じ人間に憐れみをかけずにいて、
どうして自分の罪の赦しを願いえようか。
弱い人間にすぎない者が、憤りを抱き続けるならば、
いったいだれが彼の罪を赦すことができようか。
自分の最期に心を致し、敵意を捨てよ。
滅びゆく定めと死とを思い、掟を守れ。
掟を忘れず、隣人に対して怒りを抱くな。
いと高き方の契約を忘れず、他人のおちどには寛容であれ。




2017年09月16日(Sat)▲ページの先頭へ
解決
 まず第一に、・・・・・・・・・・・・・・・・、第二に、悶々としていた例の記憶が解決したこと、
この二つで少しばかり心が楽です。(僕の仕事はエンドレスだから解放されることはありませんが)
そう、二条城です。僕はお寺か神社とばっかり思っていましたから、思いもかけませんでした。
何となく今ならどのように僕たちが行動したか思い出せます。
ただ、池に水が蓄えられていたのですね。僕は水がなかったように思いました。
それと遠景にやはり木々があるのですね。
あんなに日本的だったのかと思うのですが、僕は石の美しさにばっかり目が奪われていたのだと思います。
ただこうなれば真似さえ出来ません。
老後の資金をかなり取り崩したのでもう一頑張り働こうと思っているような人間には無理です。
こつこつとお金をかけずに出来ることを探して、いずれは仕上げてみたいと思います。
寿命より先にならないように気をつけて。
今回もありがとう。

 かの国の女性たちが帰国するにあたって、何組も京都の日帰り旅行に連れて行った。当初は京都の地理に全く疎い僕が定番コースをつまみ食いして回っていた。ところが何度行っても同じ所しか行けなかったので僕自身のためにはもったいない動きだと気がついた。そこで漢方薬を飲んでもらっていた地元の方に案内を請うたら、快く引き受けてくれそれ以後は、僕が初めて訪れるところを必ず織り込んでその女性が案内してくれた。僕自身も観光を楽しめるようになったし、かの国の女性達が案内してくれる女性を好きになって、楽しそうに行動をともにしてくれるのが嬉しかった。負担が軽くなったというのが本音かもしれないが、以後はその女性に依存した。
 前回連れて行ってもらった所でとても印象に残った石で出来た庭があった。よくある塀に囲まれた寺の石庭ではなく、何故か洋風に感じた。最近、隣地の古民家を譲ってもらってあまりにも広い土地が草茫々で、何か心地よく出来ないかと考えたときにふと京都で見た石で出来た庭を思い出した。早速インターネットで探してみたが記憶に合致するようなのがヒットしない。「京都 石庭」で検索を続けたのだが、出てくるのは純和風の塀で囲まれた庭ばかりだ。そこで思い出したのが、案内してくれた女性に教えてもらうこと。そして今日返事のメールが届いた。これで数日間無駄に努力して報われなかったもやもやが解決した。上記のメールはそのお礼に送ったもの。漢方薬を介してだが、こうした擬似友情もいいものだ。もっともあちらは案内ばかりさせられて迷惑かもしれないが。まあ、田舎ものだから助けてもらうしかない。


2017年09月15日(Fri)▲ページの先頭へ
週刊誌
 週刊新潮が2回連続でツムラのことを取り上げていた。言わずと知れた漢方の会社のことだ。バスクリンの入浴剤の会社だったところが一気に大手製薬会社になった。その経過は、正にそうなる理由を作って色々なたくらみを成就させた人間達の謀議の現場いにいた人からの話で知っているが、週刊誌で取り上げたのはその事ではない。今も昔もアホノミクスみたいな奴がいて、国民の金を巻き上げるのだ。国民は馬鹿だからありがたがって、超大金持ちたちの金儲けを手助けする。
 週刊誌を読むのはあまり好きではないから、今頃言っても無駄だというような印象を持って新聞広告の週刊誌の見出しを見ていた。買ってまで読むタイプではないのに、僕の手元にわざわざその記事を届けてくれた人がいた。「ツムラが国民を欺いた 漢方の大嘘」と言う大袈裟なタイトルを見せられても、僕は読む気がしなかったので2日間目を通さなかった。今日暇だったので時間つぶしに目を通したのだが、読み始めてすぐにこの記事の内容は本物だと分かった。何故なら書いた医者が師事したのは、僕の先生の先生なのだ。僕の先生は薬剤師としては漢方に関して日本一、その先生の先生は医者として漢方に関して日本一と思っているから、その先生の先生の弟子である医者が書いたのだから全面的に支持する。そして読み終えてからは記事の内容が本質を突いていることを確信した。
 はっきり言って僕が記事の部分を切り取って話をすることですむ問題ではない。出来れば今病院で漢方薬を処方されている人は読んだほうがいい。僕が言ったら田舎薬剤師の僻みで終わってしまうが、文章を寄稿した先生が言うと皆さんも信じられるのではないか。
 せめてこの程度は認識していて欲しいところをピックアップする。

本来大学で行われる医学教育を利益を追求すべき企業が行った。
全国各地で講習会を行って医者を集めて、大学の副学長を講師に招いて講演させたときに質問したら、ツムラの課長が、講師の副学長の面子を潰したと言って「漢方業界で飯を食えなくしてやる」と恫喝した。
ツムラの営業担当者が大学にやってきて「日本東洋医学会の入会金と専門医になるための判定料金を払えば専門医になれるとの事で、認定報告に必要な症例報告と漢方的な考察はこちらで書きます」と言っていた。
ツムラの営業担当者は「ツムラ漢方の処方を10症例出していただければ漢方専門医になれます。お礼として3万円をお渡しできます」と言った
最近ツムラが力を入れているのが抑肝散と言う漢方薬。認知症に効くといって新たな「売り方」を研究している。大病院経由で宣伝したら街医者も使うようになって45倍に売り上げが増えた。
結論として「大嘘がまかり通る土壌を作り上げて利潤を追求したツムラは、結果的に漢方薬の本質を殺した」

 ツムラが何故漢方薬の業界で8割上のシェアを誇るのか。それは森友学園、加計学園と全く同じ構造なのだ。昔にもアホノミクスと同じように汚い人間が掃除大臣をしていたのだ。30数年前に若造の僕に「あなたがツムラを使うなら、この研究会に入れない」と言われた意味が今でははっきりと分かる。効かないばかりか汚いことを先輩達は知っていたのだ。そうしてみれば僕はよい縁をいただいたことになる。


2017年09月14日(Thu)▲ページの先頭へ
代償
 「アメリカンフットボール選手は、長期的な神経学的傷病、とくに慢性外傷性脳症が増大するリスクに曝されている。慢性外傷性脳症は高校入学前選手では認められなかったが高校選手では21%、大学選手では91%、セミプロ選手では64%、CFL選手では88%、NFL選手では99%で認められた。死亡時年齢中央値は67歳。米国社会において、アメフトは不動の一番人気スポーツであり、プロのアメフト選手は社会の英雄である。その競技人口は900万人にも及ぶとされ、小児期から大学時代まで多くの選手がプロを目指す。慢性外傷性脳症と引き換えに多額の報酬を得る者は一握りのプロ選手であり、多くの一般選手は、自らのグローリーデイと引き換えに慢性外傷性脳症を受容しなければならない。本研究は、華やかなスポーツの持つ過酷な側面を映し出しており、スポーツが原因となる慢性外傷性脳症に対しては、社会の認知と患者の救済が課題となる」
 
 あの強靭な肉体は何処から来ているのかと、そしてあの如何にも健康優良児はどんな幸運で与えられているのかと思うことしばしばだ。年齢とともに、失ったものの大きさにいやが上でも気がつき、与えられなかった不運を嘆く。しかしこの記事を読んでから少しは溜飲が下がった。強靭な肉体も与えられなかった、多額の報酬とは縁がなかった、しかし、耐え難い肉体的な苦痛と同居して暮らしていくこともない。当然人並みの衰えによる不快症状は一杯抱えるが、耐え難い苦痛ではない。
 名前は知らないが、頭で回転するダンスがある。高速回転で、どうしてあれで頚椎が耐えられるのだろうと不思議だった。ところが実際には耐えられないのだ。あのダンスをする青年の多くが頚椎を傷めているらしい。そして頚椎損傷のままそれから以降を暮らさなければならない。あの首の強ささえあれば肩こり首こりもないだろうなとつい羨ましく思ってしまうが、やはり多くの代償を払っているのだ。
 経験的に、幼いときにスポーツのスの字もしなかった人が晩年健康で長生きをするケースが多い。如何にも傷めなかったのだ。身体を傷つけなかったのだ。そうしてみると人間の身体は狩猟には適していない。農耕に適しているのだ。戦うことに適していない。生産することに適しているのだ。なのに、戦うことしか考えない奴ら(カルタ、プー沈、北の将軍様、アホノミクス)にこそ、頭で回らせろ。いや、頭を回らせる。



2017年09月13日(Wed)▲ページの先頭へ
治療効果
学術会議の専門家が書いているのだから信憑性はある。僕の実感とも重なる。
 超高齢社会の認知症患者の介護や医療を支える働き盛りの世代のうつ病が増えている。自殺や長期休職が社会問題化している。60年前から抗精神病薬や抗ウツ薬が登場し、新薬が次々と開発されているが、実はそれらの薬が効かない人が3〜4割いる。最近10年間は、うつ病でも認知症でも新薬開発がことごとく失敗し、欧米の大手製薬企業は撤退し始めている。
 道理で僕のところにも沢山心のトラブルの人が来るはずだ。300数十万人の患者の内、100数十万人が全く効かない薬を飲まされているのだからたまらない。患者さんが何か異なる治療方法を探すはずだ。そんな人を、その道の素人がお世話をするのにいつも後ろめたさがあり、何となく気が引けるのだが、効果が結構あり喜んでいただける場合が多いので、躊躇いながらも努力している。僕は、なるべく自然な薬(漢方薬)で自然な環境の中で自然な人間関係の下で治ってくれたらいいなと思っている。だから僕に出来ることとして漢方薬の知識を駆使すること、人間関係を水平にすることを心がけている。
 診断は受けていなくても、大なり小なりこのジャンルのトラブルは多くの人が持っていると思う。現代のように分類が急に増えたら入らないほうが不思議だ。僕だって当てはまるものが数個ある。素質は十分あると思う。ただ何かで、僕は治療をされる側に入らなくてすんでいるのだと思う。心を患う人の条件などを見ていても「あたっている」と思うことが多いのに、今だあちら側に行っていない。その何かで、立ち居地が違ってくるのではないか。言い古されたように、生きがいとか家族とか友情とか、色々な要素があるのだろうが、僕が自分で感じていることは、長年、薬剤師を続けてきたことではないかと思う。それも処方箋調剤ではなく、OTC(オーバーザカウンター)の薬剤師を。
 OTC薬局、言い換えれば昔ながらの薬局は、頼ってくる方の問題を解決しなければならないのだ。実力があろうがなかろうが、目の前の問題を解決する職業なのだ。医者ほど専門的な勉強をしていないのに、ある程度の病気のお世話をしなければならない。そうした延々とした日常の業務が、こちら側にいさせてくれる要因ではないかと思っている。すなわち、ほとんどの時間、他人様のために懸命に答えを出そうと頑張っているのだ。自分はおおむね後回しなのだ。このことが生きる原動力に無意識の内になっているのだと思う。いわばテーマが自分に向かう時間が極めて制限されるって事だ。
 思考力を落とし、積極性をそぎ、そんな薬が心のトラブルを解消するのだろうか。頭の回転が鈍り、消極的になる、これって、治療効果?



2017年09月12日(Tue)▲ページの先頭へ
石庭
・・・・・・・・・・・・・・・今日は1つ教えてください。
「京都 石庭」と入力してインターネットで探してもなんか記憶と違うような気がして、今だ行き着きません。
一番最後に京都を案内していただいた時だと思うのですが、石だけの庭があったと思います。
池に水があったかどうか覚えていませんが、和風っぽくなかったような印象があり、
ひょっとしたら一番僕の印象に残っているところかもしれません。あのお寺?神社?の名前何でしたっけ。
神社のように派手な門があるお寺?
実は、隣の古民家を、〇〇〇〇人の寮として買い取りました。
会社が好景気なのでしょうか、急に〇〇〇〇人の数が増えて、寮が必要になって探していました。
ある〇〇〇〇人を通して家探しが難航していることを知りました。
10月にはまた6人やってくるのに住む家がありません。
そこでいつものようにおせっかいで、僕の隣の家の持ち主に尋ねてみました。
隣は2年前に住人が亡くなって、今は大阪のお兄さんの名義になっています。
田舎の古い家や土地をもてあましていること知っていたから、思い切って尋ねてみたのです。
すると、貸しはしないけれど売ることならするといいました。
会社は逆に買うことは出来ないが借りたいと言いました。
貸すのはいや、買うのはいやでは解決方法は一つしかありません。僕が両方の都合がよいようにしました。
僕が買って、僕が貸せばいいのです。
隣は農家で土地が350坪もあります。(と言うとものすごい豪邸のように思われるかもしれませんが、築90年の古い家と、草茫々の畑です。金額も都会の人が聞いたら腰を抜かすほど安いです。今土地が欲しい人など田舎にはいませんから叩き売り状態です)何年後に会社が不景気になり〇〇〇〇人が出て行くのか分かりませんが、
あまりにも広い土地なのでその時までにお金をためて、その時、出来ればあの京都の庭を真似てみたいのです。
うっそうとした京都の庭園もどきではお金もかかり蛇も出そうなので僕は好みませんが、
石くらいなら置けるのではないかと思うのです。僕は何もないシンプルなのが好きですから、数年をかけて勉強しようかなと思っています。
石の庭で、漢方薬を取りに来た方がゆっくりと時間を過ごす、そんな光景を夢みてもう一頑張りしてみようと思っています。
仮に実現しなくても、そういった具体的な目標があったほうが、この年齢では仕事を頑張れるのかなと思います。
またお仕事が軌道に乗ったら遊びに来てください。
ヤマト薬局







2017年09月11日(Mon)▲ページの先頭へ
不思議
 不思議だ。理知的で笑顔が絶えないこの女性が、どうして3回連続で遅刻をしてしまうのだろう。それもただの遅刻ではなく、その日の行動を決定付けるほどの。ただ、仲間の友情が3回とも窮地を救った。
 昨日、歌舞伎の公演を福山まで見に行く為に、岡山駅の噴水前で待ち合わせた。僕は少し離れた路地に駐車して待っていた。見に行かせたかの国の女性2人から時間を過ぎても連絡がない。後部座席で待っていたひとりの女性に携帯電話で連絡してもらうと、約束の時間を10分過ぎているのに姿が見えないという。僕はさすがに3度目の遅刻はないだろうと踏んでいたから、彼女の携帯電話の番号をメモしてこなかった。だからこちらから連絡は出来ない。福山の公演の時間から逆算して、ある時間には必ず出発すると言い切った。ところがその時間を過ぎても呼びに行った2人が帰ってこない。そしてそれから暫く経って、「今来たから、これから車のところに戻る」と連絡があった。
 いつものようにその女性は悪びれた様子はない。「お父さんごめんなさい、電車が遅れた」と言った。「電車が遅れたのなら仕方ないね。事故でもあったの?」と尋ねると、迎えに行ったうちの一人が「電車が悪いの違う。〇〇のせい」と言った。「寝坊しちゃった」と言い換えたから「電車が遅れたのではない、私が遅れた・・でしょう」と日本語教室をした。なんでも目覚まし時計を持っていないそうだが、スマホにはそうした機能がついていそうだが。
 結局今回も、通訳仲間が僕には内緒でもう1つ電車の到着を待ったことになる。辛うじてその電車には乗れたみたいだが、田舎からやってくる電車だから30分に1本しかない。もう1本だけと言う友情が彼女の窮地を救ったことになる。帰国にあたってどうしても歌舞伎を見てみたいというから彼女のために企画したのだが、時間の観念だけはどうやら身につかないらしい。他の分野が優れていること、日本の文化や伝統にとても興味を持って勉強することなどを勘案すると、彼女の3回の失態を説明出来る、ある医学用語に行き着く。ただそれはどうでもいい。最後のお願いをどうにか実現してあげれたのだから。牛窓工場でないこと、帰国までの僕の日曜日が全て予定で埋まっていることを考えあわせると昨日が最後の日となった。日本で買った自慢の大きなカメラをいつも肩にぶら下げていた女性だが、日本文化の紹介の機会を失わせたくないと3回ともぎりぎりの判断と戦っていた僕の心まで撮れたかな。


2017年09月10日(Sun)▲ページの先頭へ
危惧
 盛り上がったのは、福山から尾道に向かう車中だった。さっき1時間を残して会場から抜け出たのに、印象はやはり全員強烈だったのだろう、それぞれが歌舞伎役者の言い回しや、動きを真似した。これから数日この真似で盛り上がるのではないか。そう言えば最近漫才で歌舞伎の真似をして多いに受けているコンビがある。あれを素人が車の中でやっているようなものだ。
 よその工場の人間だが、縁あって知り合った通訳がこの10月に3年間の契約を終えて帰国する。彼女の最後の希望が歌舞伎を見ることだった。京都や大阪に行かなくても観れるチャンスを探っていたら、今日福山で公演されることを数ヶ月前に知った。チケットを買って待つこと数ヶ月、やっと約束を果たすことが出来た。ただ、歌舞伎と言うことで敷居は相当高かった。
 歌舞伎はその姿かたちは勿論のこと、台詞の言い回しなどが特徴だから、今日同行する人間は日本語が堪能なのを条件に選んだ。台詞を理解できないようではもったいない。ところがいざ始まってみると、日本人でも何を喋っているのかわからない。一番安い3階席だから声が届きにくかったのもあるかもしれないが、それにしても何を言っているのかほとんど分からなかった。日本人の僕が分からないのだから、かの国の女性達がわかるはずがない。二人は看護師、二人は通訳で、全員が日本語2級の資格を持っていて、ほぼ完璧に近いくらいの会話力を持っている。ところが早々に彼女たちは耳からの理解を諦めて、視覚で楽しんでいた。今日は日本語を優先して皆を連れてきたことを告げると、ひとりの看護師が「日本語が出来るかどうか関係ない。誰でも一緒、分からない」と言った。正にそのとおりで、来日10年でも昨日来日した人でも関係ない。
 そう言えば、リーデンローズの会場に入った時、受付の奥で演目の解説書が1300円で、そして音声ガイダンスが700円の使用料と1000円の保証つきで貸し出されていた。会場で周りの人たちが一様に耳栓をしていたのでおかしいと思っていたら、日本人でも僕と同じように役者が何をいっているか聞き取れないから解説書を読んだり、音声ガイダンスを利用するのだ。入場料に単純計算で3000円上乗せすることになる。そこまでして楽しむつもりはないので独特の言い回しや振りを楽しんだ。
 ただ、安心したことがある。ひとりの看護師が笑いながら僕にジェスチャーで、周りの観客を指差し「寝ている」「寝ている」と教えてくれた。見ると沢山の人がパンフレットを膝の上に広げ、耳栓を耳に当てたまま眠り込んでいた。僕らのいる一番安い3階席は半分くらいの人が寝ていた。恐らく本当のファンではなく「1度見ておこう」派なのだろう、僕らと同じように。朝の心配は危惧に終わった。歌舞伎でもほとんど敷居はなく、バリアフリーだった。






2017年09月09日(Sat)▲ページの先頭へ
落し物
 今朝の毎日新聞で読んだ方もおられると思うが、遺骨の落し物が多いことに驚いた。どのタイミングで落とすのか、どうしたら落とせるのかと考えた。そのうち意図的ではないのかと思いついたら正にそうだった。と言うのは落とし物の数が多すぎるのだ。よほどの慌て者でないと、そしてひとりで行動していないとあんな物、落としたり忘れたり出来るものではない。
 それが証拠に、落とした場所が遺骨にとって都合がよい。多くがお寺の前だったりする。結局は役所に引き取られ無縁仏でまつられるのだそうだが、所詮死者の姥捨てだ。生きて施設に捨てられ、死んで焼き場に捨てられる。
 ただし、その原因の多くは貧困だと思う。墓地代が高すぎるのだ。所得格差が広がって、嘗てなら想像できないようなことを仕方なく選択しなければならい層が生まれつつあるってことだ。恐らく誰もが望んでしたことではない。出来ないからやむを得ず役所に押し付けたのだ。道徳でこの問題を語るのには無理がある。いくら合理主義がはびこってもまだまだ日本人は死者に対しては敬虔だ。止むに止まれずというのが本当だろう。それが証拠に3割近くの人が落し物を受け取りに来ている。
 道徳が機能するのは、ほとんどの人が同じように豊かか、ほとんどの人が同じように貧しいかだろう。階層が出来上がれば道徳は支配の手段になり富める者が貧しいものに押し付けるルールになる。それを覆すにはそれ相当の力が要るから、持てざる者は禁じ手を使う。総じてその禁じては暴力となり、これまた新たなルールの鎖につながれる。
 時代の先駆者達は遺骨を捨てるという禁じ手を編み出した。静かな禁じ手だが、これは始まりに過ぎない。やがてもっともっと大切なものを捨て始める。皆が平等に豊かにならない限り。


2017年09月08日(Fri)▲ページの先頭へ
 教会のミサの時にうたう歌を典礼聖歌と言う。いつの時代に作られたのかわからないような歌なのに、オルガンの伴奏に全て乗るのが不思議なような気がするが、もし音楽が教会とともに発展してきたのなら分かる気もする。ただ無理やり現代楽器に合わせて歌うから、歌うのが難しいのが多い。その中でも現代の作曲家によって作られたものもある。そんな曲は結構耳に馴染んで気持ちよい。歌詞はさすがに教会だから心が洗われるものが多いが、メロディーまで今風だと馴染み易い。
 沢山の歌の中で時々出合うべくして出合ったような歌がある。次の歌はメロディーも歌詞も好きで、何かにつけ思いだされて、ある瞬間の僕の行動にかなり影響する。
 
 呼ばれていますいつも。
 きこえていますかいつも。
 はるかなとおーいこえだから
 よい耳をよい耳を持たなければ。

 未熟な解釈で申し訳ないが、恐らく神様はいつも呼びかけてくださっている。だからその声が聞こえるようなよい耳を持ちなさいということだろう。神様の声が聞こえないとしたら、こちら側に非があるということだろう。
 このことは日常生活の中で沢山経験する。毎日のように経験しているかもしれない。神様といわなくても多くの人がためになるよいことばを話す。それを素直に受け入れることができたら、僕達はどれだけよい方向に変わることが出来るだろうと思うが、多くの場合、自分にとって都合がよいか、心地よい言葉しか受け入れない。
 僕の場合は、職業上逆の立場にも立つ。40年薬剤師をしているから、沢山の方たちと会ったし、今でも会っている。だから薬局ですむよなトラブルのほとんどは分かるし、薬で対処も出来る。そんな僕が親切で養生方法を助言しても、それこそ良い耳を持っていない人もいる。残念だが仕方がない。養生を治療に重ねることで解決せざるをえない複雑な疾患が増えている。良い耳だけではなく、よい口も、よい目も、良い耳も持ちたいものだ。
 


2017年09月07日(Thu)▲ページの先頭へ
 また、けたたましく放送が始まったから、北の将軍様が打ち上げたミサイルが、この国のアホノミクスと言う将軍様を喜ばせているのかと思ったら、何と猿が出たから気をつけてくださいというものだった。妻がもう随分前に岡山市との境辺りで目撃していたから、牛窓に出ても珍しくはないのだが、今回目撃された場所は山の中ではない。どちらかと言うとメイン道路の近くだ。
 猪も鹿も出るらしいから、一つ増えただけで何の変化もないと思うのは間違いで、一番困るのはお百姓だろう。折角育てた作物を猿にもやられてしまう。出荷できずに、かといって仕返しも出来ず、歯がゆいだろうなと思う。僕が若かったら猟師になって田畑を守りたい気分だ。最近は志高く都会からやってくる若い人たちが農業に従事するが、彼らの知恵はなんだろう。考えることが得意で、情報に接するのが得意な彼らが何かよい解決方法を編み出してくれるといいのだが。
 牛窓なんかよりずっとずっと以前から、田畑が山に帰り、動物達が里に降りてくるニュースに触れていたが、実際それが迫ってくると脅威でもある。空の鳥の種類が増えたと喜んでいるのとは状況が違う。小鳥達の場合、鳴き声に癒されるだけでなんら実害がないから感傷に浸っておればいいが、獣と呼ばれるものたちとは、敵対する。あらあら、何かに似ている。北の将軍様が獣で、この国の将軍様が猟師?いやいやそうとは言えない。この国のヒトラーに似た将軍様が獣で、北の将軍様が猟師?いやいやこれも違う。わかった、どちらも獣だ。


2017年09月06日(Wed)▲ページの先頭へ
答え
 この話は文句なしの幸せな話。僕の薬局では滅多に聞ける内容ではない。感動の話ではなく、世の中にはこうした環境で暮らしている人もいるのだと言う、それだけの話。
 そもそも岡山市の人が僕の薬局に相談に来たのも、その家庭環境のよさによる。嫁が偶然牛窓に食事に来た時に僕の薬局を車の中から見ただけで、義母に勧めたのだから、珍しいことこの上ない。車から見ただけで勧めるこだわりのなさ、義母を思う気持ち、どちらが欠けていてもありえなかった。そのお嫁さんの期待に応えることができて、義母のある症状が数ヶ月ぶりに治まった。病院しか知らなかったみたいだが、漢方薬と言う未知の世界を嫁の勧めで開拓し、今ではすこぶる元気になってくれ、遠くからわざわざ自分で運転してやってくる。
 80歳を過ぎているのに、頭も身体もしっかりしている。数日前に、あるスーパーに帰省中の息子の家族と買い物に行った。そこに偶然ピンクのかわいい車が展示してあったらしい。それを見て女性は無意識に「おばあちゃんは結局こんなかわいい色の車に乗ることがなかった」と漏らしたらしいのだ。それを聞いていたお孫さんが「おばあちゃん、ピンクの車を買いなよ」と言ってくれたらしい。2人の会話を聞いていた息子さんが翌日には車の販売店に連れて行ってくれたらしい。「明日、車が来るんです」と言う話からこのいきさつを話してくれた。
 どういう風に育てたらこんな絵に書いたような家族が持てるのかと尋ねたかったが、空しくなるので止めた。最近つくづく思うことがある。人生っていつ頃ピークを迎えるのが一番幸せなのだろうかと。若いときにピークを迎え、活躍できれば後は仕方ない・・・壮年期に社会的な地位や経済的な安定を得られればそれが一番幸せ。老年期に大切にされ、健康で過ごす事が出来れば一番幸せ・・・・凛として僕の正面に腰掛けるその女性を見たら、答えは自ずと分かってくる。


2017年09月05日(Tue)▲ページの先頭へ
根性
 「寒かったからそれ以上入っていくのは辛かった」とずぶぬれになった格好でそう言ったらしい。12月の寒い日だったから、父親は慌てて奥さんに風呂を沸かさせたらしい。海に落ちたと言ったらしいが、後年それは自ら入っていったと打ち明けた。後年だから、お姉さんも笑いながら弟の話を聞いたらしいが、もっと後年の今日、笑ってはいけないといいながら姉は今日も笑っていた。「弟に根性があったら30年前にあちらに行っていると思います」
 そうか死ぬのも根性がいるのか。彼は根性がなかったから、それから30年も生きた。幸せだったのかどうかしらないが、パチンコと酒が代名詞になった。関西に住んでいただけあって、話が面白かった。だから僕と気が合った。僕が突っ込みで向こうがボケだ。晩年、と言っても僕より若いが、最後に道で立ち話をしたときに、体調が優れないから、自分の家と土地を買ってくれ、そしてそこに老人ホームを造って俺を入れてくれと頼まれた。よし2人で入ろうと冗談を言い合っていたら、老人ホームがいらないくらい早く逝ってしまった。
 2人だけの冗談のような約束だが、何かあれば思い出す。ただ思い出してもその土地と家はお兄さんが相続されて、都会の人が所有者となった。つい最近、あることをきっかけに、そこを従業員の寮に使いたいと僕に仲介を頼んできた会社があった。そこで何年ぶりかにその家に入った。すると彼のまだ新しい写真が無造作に畳の上に置かれていた。家族葬だったから最期は見ていないが、病魔から逃れられ安らかな姿で横たわっただろう事は想像がつく。血の気がない顔で、息も絶え絶えに部落の役を果たしていた姿が目に焼きついている。田舎だから10年に1度近所の世話係が回ってくる。それを懸命にこなしながら逝った。酒とパチンコの人生でも時に含蓄のある話をする、そんなアンバランスが時に魅力になる人がいる。彼はそうした人だった。あのニヒルな笑い顔は、帰って来た所以だったのだろう。


2017年09月04日(Mon)▲ページの先頭へ
引きこもり
 学生の頃心酔した吉本隆明が引きこもりだったのは、今日の毎日新聞の人生相談で初めて知った。このコーナーを担当しているのは高橋源一郎で、その回答を読むのが好きだ。教えられることが一杯ある。足元には及ばないが、似ているところがあると自分では自惚れている。片や小説家、片や田舎薬剤師。比べるのもおこがましいが、世代が近いというところで勘弁してもらいたい。
 高橋源一郎が引用している吉本隆明の引きこもりに関するくだりをそのまま紹介する。僕らごとき素人が注釈や解釈を加えるのはそれこそおこがましい。
 
 ・・・・人は何故引きこもるのか。それは「建前」ばかりの社会の裏が見えてしまって、そんなところにいたくないからだ。人は何者かであるためには、孤独に自分と向かい合う「ひとりの時間」を必要とする。けれども、社会が人に与えるのは、こま切れの時間だけで、考える時間を与えようとはしない。「引きこもり」の時間は、人が命がけで獲得した「成熟」のための時間なのだ・・・・。

 学生時代、授業には出ず、柳が瀬の喫茶店でコーヒー一杯で粘り、吉本隆明を読み漁っていた。今思えば僕も形を変えた引きこもりだったのかもしれない。薬学は究められなかったが、あの頃の挫折が漢方薬と一緒に届けている言葉となった。漢方薬だけでは効かないトラブルに言葉を添えることの重要性を当時意図せずに学んだのかもしれない。高橋源一郎が最後に「必要な時間だったのかもしれない」と補足しているが、僕も今はそう断言できる。あの頃がなければ、吉本隆明に巡り会っていなければ、ぼくは人の役には立てない人間だっただろうから。


2017年09月03日(Sun)▲ページの先頭へ
手口
中国政府は企業の設立時に登記する名称についての禁止事項などを定めた新ルールを公表した。
具体的な禁止例として、「大和」などを挙げており、日本企業の中国でのビジネスに影響する恐れもある。
新ルールでは「国や公共の利益を損なう文字を含む」企業名を禁止している。この中で「植民地文化のニュアンスがあり、民族の尊厳を損ない、人民の感情を傷付ける」として、「大和」「大東亜」などを例示した。中国当局は、こうした名称が旧海軍の戦艦「大和」や、大東亜戦争を想起させると見ているようだ。また、政治的に悪影響を与えるとして「支那」なども禁止した。

 これは痛い。転んで頭を打ったくらい痛い。せっかく漢方薬を逆輸出してやろうともくろんでいたのに、これではあの国に進出できない。大企業のヤマト薬局としては黙っておれない。どうして我が家が大和を名乗るのか知らないが、良くぞ今まで中国にではなく日本人に怒られなかったと思う。正に日本人のルーツみたいな名前だから、名乗るのがおこがましい。今日テレビで婚約を発表したような人が名乗ればよい名前だ。いくら僕に品があり、日本人を代表するのが当然でも、あの家にはかなわない。
 それにしても、どこの国の偉い奴も、庶民を扇動し洗脳し敵を作り続ける。自分や家族や仲間達の富を築くためだ。法律と言うものを都合よくつかって、それどころか裁判所や役所や警察までも都合よく使って国民から金を巻き上げる。国民が利口ならそんな手口は透けて見えるのだが、この国もあの国も北の将軍様の国も、政治的に未熟だから、権力者のやりたい放題だ。
 庶民なんてのはそんなに違いがあるわけではないが、旨い汁を吸っている人間たちの階級の人間達は、どの国がどれだけ汚いのか。この国もかの国もあの国も、負けてはいない。そもそもアホノミクスも金平糖も北の将軍様も同じような穴の狢だ。自分だけがかわいい奴等だ。


2017年09月02日(Sat)▲ページの先頭へ
 皆さんのところも同じだと思うが、夕焼がいっぺんにきれいになった。うっかりしていたから、いつを境にこんなにきれいになったのかわからない。3日前からか、1週間前からか、もっと前からか。朝の冷気に思わずガラス窓をしめた頃と時を同じくしているのだろうか。夏を耐えた身体に御褒美のような秋の訪れだ。
 仕事を7時に終えてそのまま、中学校のテニスコートにウォーキングに行くのを夏の日課にしていたが、ここのところ仕事を終える前の夕焼を最後に一気に暗くなる。そうした空の変化さえいとおしく思える年齢になった。目先の与えられたテーマをこなすのに精一杯の年齢のときには気づきもしなかったことの発見に、感謝の気持ちさえ湧いて来る。将来のほとんど全てを消費して、最早想像できてしまうような将来しか残っていないからか、何事にも理由を求めてしまう。分けの分からないまま、無謀と冒険の混沌の中でもがいていた頃もあったのに。
 朝の鳥達との出会いに比べて、夕暮れのウォーキングは変化に乏しい。西の空がまだ完全に黒くは染まっていなくても、頭上を横切る飛行機のランプははっきりと星になる。過ぎ去る時の星になる。


2017年09月01日(Fri)▲ページの先頭へ
臭い
 この僕を見たらそんなに気を使うところでないのはよく分かっているだろうが、おそらくそれは昔からの習性なのだろう。その人なりの身だしなみなのだろう。
 病院で抗生物質を出されたせいで、おなかの調子が悪くておならばっかり出て困ると言う相談に来たのは1ヶ月前だ。原因が分かっているし、同じ牛窓の人だから5日分だけ漢方薬を作って飲んでもらうことにした。それ以来丁度1ヶ月ぶりの今日、同じ漢方薬をまた作ってといってやってきた。聞けば1ヶ月前5日分漢方薬を飲んだら症状が3割ほどに減ったそうだ。だからもう少し作ってもらおうと思ってヤマト薬局に行こう、行こうと思っていたらしいが、義母が亡くなった事と、日が長いので出来るだけ畑に出て仕事をしたいのと、仕事をしたまま着替えずに薬局に行くのは失礼だから来るチャンスがなかったと謝った。お葬式とその後の片付け、日が長いから仕事を頑張る、この2つは理解できる。ただ最後の理由の着替えをせずには来れないというのは理解できない。
 僕の薬局は、僕を含めて皆が気持ちよく仕事が出来る事を優先している。その結果、来ていただいた方を健康に楽しく出来たら最高だ。そのためには来て頂く方も楽でなければならない。敷居が高かったりしたら、情報をいただけなくなるから効く可能性が低くなる。そのためにこちらもあちらも同じ条件がいい。何も気取らず、ありのままがいい。だから百姓は百姓の汗の臭いがし、漁師は魚の臭いがするのがよい。その汗で僕達はお米を欠かさず食べられるし、その臭いで健康を保つ魚を食べることが出来るのだから。田舎の薬局だから夜の街に似つかわしい人工的な香や、成金の金の臭いはいただけないが、僕らの命を養ってくれる人のにおいは歓迎だ。
 日焼けして皺だらけのオバちゃんの気配りはいわばこの町の財産。この国の財産。失ってはいけないものを市井のごくごく普通のおばちゃんが守り、政治屋や疫人が破壊する。奴らの発する臭いを「胡散臭い」と言う。


   


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有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
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カレンダ
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