栄町ヤマト薬局 - 2017/07

漢方薬局の日常の出来事




2017年07月31日(Mon)▲ページの先頭へ
勘弁
 こんなに効果的なデモ行進を見たことがない。僕が当時者でなかったら拍手喝采だ。ただ丁度その時僕は、彼らにとって一番してはいけないことをしてきたばっかりだから、居心地がすこぶる悪くて、かの国の女性達を促してそそくさと立ち去った。昨日初めて会った女性もあっけにとられていたみたいだ。ただ僕はあっけにとられたのではなく、一本とられた感覚だ。
 須磨の水族館から出てきたところに丁度太鼓を打ち鳴らしながら数十人のデモ隊が通りかかった。僕は当然アホノミクスのことだろうと思って声援を送ろうとしたのだがシュプレヒコールの内容が違う。「イルカを虐待するな!イルカを海に戻せ!」などと叫んでいた。今正にかの国の女性9人とイルカショーを楽しんできたばかりだったのだ。そもそも僕もイルカショーが好きだし、帰国する前に思い出作りとして神戸は要望が高かったので、それなら須磨水族館は外せないと企画したのだが、そしてそれが大成功の内で終わったのに・・・
 そのシュプレヒコールに後ろ髪を引っ張られた伏線はショーを見ていたときからあった。来るたびにレベルが上がっているイルカを見ながら、僕は我が家で飼っているモコのことを思い出したのだ。もう13年僕と一緒に眠り、娘夫婦や妻にかわいがられ、幸せに暮らしている。皆に時間があると相手をしてもらい、皆が働いているときは寝ている。皆がまるで人間のように話しかけ、意思の疎通もかなり出来る。あのイルカ達もきっと楽しいからあの芸をしているのだ。芸ではなく遊びなのだと思った。そんなことを考えながら見ていたのだ。捕獲されてかわいそうと言うより、楽しいのだろうなと考えてしまったのだ。なんて不自然な発想だと自分でも思うが、モコと重ねて考えてしまった。
 デモ行進をしている数十人の人たちの考えはよく分かる。あのイルカの高度な芸を見ていたら情が移り、餌のために懸命に演技するかのような姿が忍びないだろう。高度な脳の働きをする分、犬や猫と同じように擬人化してしまう。それでは牛や豚や羊やヤギはどうなのと聞かれると、いくつもの答えが返ってくるのではないか。このことに関して何も答えられるものはない。ただ、立ち居地をことにする多くの人たちのそれぞれの思いは分かる気がする。とりあえず、それで御勘弁を。


2017年07月30日(Sun)▲ページの先頭へ
アナコンダ
 アナコンダは単に映画のタイトルのためにつけられた言葉だと思っていたが、ある蛇の正式名称なのだ。こんなことを言ったら水族館に失礼かもしれないが、今日の須磨の水族館で一番衝撃的だった。
 いつものコースに従って見学していたら、出口近くで「アナコンダ展」と言う案内標識を見つけた。すぐに大きな蛇についてのものだとわかった。 
 何となく気持ちが悪そうだったが。かの国の女性9人を連れて来ているせいで、ちょっと強気になって展示場の中に入っていった。ガラス容器とはとても表現できない、むしろ頑丈なガラスで作った部屋みたいなところにアナコンダが押し込められていた。底には水が張ってあり、アナコンダは水中にいるように見えた。水面に横たえた大きな木には、アナコンダが1匹横になっていて、その長さは5mはあったと思う。最初何があるのか理解できなかったが、木の色より一段と濃い土色が、大きな枝に巻きつくのではなく、器用に旨く乗っていた。
 今パソコンでアナコンダと言う物を調べたら、水生動物らしい。道理で水が張った水槽の中で動かずにおれたはずだ。あのように静かに身を隠し獲物を狙うのだろうか。あの太さ、あの長さで、巻きつかれ、あの強靭な筋肉で締め付けられたら、人間ごときでは耐えられないだろう。窒息して飲み込まれるのが落ちだ。一体どのくらいの数が部屋の中に入れられているのだろうと思っていたら、説明書を大きな声で読むおばちゃんがいて17匹だとわかった。そう言えばあの太くて長い体は、重なったりよじれたりしてとても1匹には見えなかった。あの気持ちの悪い顔と顔が至近距離でにらみ合ってもいた。
 イルカの演技もますます磨きがかかってきて、すごいなと感心しきりだが、アナコンダの衝撃でイルカの感動は薄れてしまった。こんな生き物がいるのかと、何か原始的な感動だったが、どんな行動でもよいから起こせば、遅ればせながらの貴重な体験が出来る。そうしたきっかけを作ってくれる若い異国の女性達に感謝だ。


2017年07月29日(Sat)▲ページの先頭へ
予習
 見かけによらぬものだ。人は色々な側面を持っていて面白い。
 この若い女性は、もう10年近く漢方薬での付き合いがある。だから彼女の趣味くらいは知っていて、パンクロックのコンサートに行くことだ(と思う)と言うのはこのパンクロックと言うのが僕にはまだ未体験ゾーンで、断言できないが、恐らく合っている。もう10年くらい前に聞いた趣味だから、内部文書は残っていないが、およそは記憶している。東大を出て高級官僚になった奴等よりよほど僕のほうが記憶力がいい。ああ、あれは忘れたのではなく根っから腐った人間達の計算づくの嘘か。
 その彼女にいつものように「コンサート行っている?」と尋ねると、言っていると答えて僕にも同じ事を聞き返してきた。僕も何となく音楽好きで通っているので尋ねられたのだと思う。そこで当面の予定を話したのだが、その中で彼女が意外にも食いついてきたのが、9月に福山である歌舞伎の公演だった。たて続けに、誰が出演するのか、演目、何のための公演(こんな単語で尋ねられたのではない。専門用語みたいだったので記憶できなかった)か尋ねられた。ほとんど答えることができなかったので、パンフレットを持ち出して見せた。すると出演者を見て何か言っていた。これもまた残念ながら専門用語らしくて記憶できなかった。僕では相手にならないので傍にいた妻となにやら話していたが、そこで彼女の意外な顔を見た。
 彼女は学生時代、大阪の南座?で照明係りをしていた友人にしばしば誘われてただで見に行っていたそうだ。客席で見ていたのか照明係りの傍で見ていたのか分からないが、「歌舞伎は面白いですよ」と意外な評価をした。僕が「かの国の女性がどうしても帰国前に歌舞伎を見たいというから連れて行くだけで、僕は3時間何をして過ごそうか迷っている」と言ったのに答えたのが「面白い」だった。そう言う評価が若者から出てきたのが意外だった。そして次のような助言もしてくれた「あらすじを読んで行っていたら話がよくわかって面白いですよ」
 そうか、歌舞伎は予習が必要なのか!


2017年07月28日(Fri)▲ページの先頭へ
解決
 匠の技を持った色んな分野の職人が湿度を結構気にする。湿度をうまく管理できなければ作れないものも多いのだろう。レベルも次元も違うが僕も一応毎日それは気にしている。僕が主に使っている漢方薬が台湾で作られたもので、限りなく煎じ薬に近い粉薬だからだ。おまけに、日本の漢方薬みたいにでんぷんで増量していないから、混ざり物が少ない。その分よく効いて、その分湿気安くて保管に苦労する。だから皆さんには冬以外は冷凍庫に保管してくださいとお願いしている。冷凍庫は湿度ゼロだから湿気ない。
 今日の暑さは特別ですねと、しばしば来る人に言うが、毎日言っているから、毎日が特別なのだろう。開店前からクーラーをつけ、気温と湿度を落としておくのがこのところの日課だ。そんなことを考えていたら、僕が牛窓に帰って来た頃、いやその後10年位も同じだったが、当時の夏の店頭の様子を思い出した。当時は個店にクーラーなどなかった。扇風機をお客さんのほうに向け、自分はカウンターの内側に立った。長話になると当然扇風機の風が恋しくなるが、そこはお客様は神様で、つらくはなかった。正におもてなしの心だった。放射線浴びまくりの国土に呼んで「お、も、て、な、し」と大嘘をつくのではなく、当然のごとくこちらは暑さに耐えた。ただ、こちらも汗をかき放題では、気持ち悪いし臭うしで、苦肉の策でタオルを首から垂らして仕事をした。当然白衣は着ているから、今から思えば異様な姿かもしれないが、ただ当時はなんら抵抗はなかった。
 何でそんなことが出来たのか、そんなことですんだのかと思う。やはり、今のような気温までは上がっていなかったのだろうか。それとも、まだまだ僕達日本人は勤勉でよく働いていたのだろうか。現在の冷房環境を知ってしまえば出来ないかもしれないが、当時はそれが精一杯の暑さ対策だったから、やらざるを得なかったのだ。僕に気力体力があったのではなく、皆がすることは苦なく出来た。
 老人は「もったいない」からクーラーの使用を控える。その美徳が命を落とす原因になったりする。熱中症などと言う言葉を聞きだしたのはそんなに昔ではない。と言うことは「特別な暑さ」もやはり同時期に使われだした言葉だろうから、最近の話だ。老人ほど忍耐力も倹約思考もないから、クーラーのスイッチに容易に手を伸ばせるが、罪悪感から完全に解放されたわけでもない。クーラーも使えない人や、クーラーの産出する熱で住環境を破壊される人たちのことが解決されているわけではないので。


2017年07月27日(Thu)▲ページの先頭へ
関係
 若い男性が処方箋を持って入ってきた。見たことがない顔だ。幼顔で高校生のように見えた。なにやら大きなかばんを肩から提げていたのでそう見えたのかもしれない。娘達に薬を作ってもらい僕が応対した。定石どおり飲み方などを話し始めたが、全然反応がなかった。愛想のない人間だなと思っていたら、おもむろに耳からイヤホーンを外した。そうか、僕の喋っていることは聞こえていなかったのだとその時点でわかった。若者がイヤホーンで何を聞いていたのかわからないが、英会話ではなさそうだ。音楽だったのだろうか。外部から語りかけて分からないようでは、危険を予知できることも出来まい。その無防備さは天性のものか幼児性なのか。
 ただ薬だけ渡して済まそうと思ったが、さすがに目の前で困っている状態を見せられたら、助言の一つでもしてあげようと思った。同じ薬を飲むのでも明らかに養生が貢献するものがある。この若い男性は養生しだいだから、気は進まなかったがそれを伝えた。すると次第に聴く耳を持ってきて、帰りには礼を言って帰った。
 処方箋だけを持ってくる人は、このように「薬をもらえればよい」人が多い。僕の薬局にこだわりがないはずなのに、それでも処方箋を持って来る人は待たなくてもよいというメリットを感じている人達だ。混雑などと言うことはありえない薬局だから、用をたすだけなら便利だ。それらの人にとっては薬局は、知識も情も交換されない合理性だけが支配している空間だ。彼らは僕の薬局にはふさわしくないが、処方箋は受けなければならないという法律があるから、それからは逃げられない。せめて人間関係だけでも構築できれば、少しは血が通うのだが。
 漢方相談は正にその対極だ。喜怒哀楽全てが動員され、お互いが1つの目標に向かってそれぞれの立場で努力する。いわば併走するランナーのように。足も引きつり、息切れもし、必ずゴールのテープを一緒に切れるとは限らないが、それでもお互い頑張る。目の前にいる人物は「聞きたくもない人間」ではなく「聞き入る人間」なのだ。僕は40年後者の関係の中で働くことが出来た。


2017年07月26日(Wed)▲ページの先頭へ
高島屋
 さすが高島屋、やっぱり高島屋、これが高島屋。
 高島屋のデパ地下で何か買ってみたいと以前から思っていた。僕にとって高島屋は綺麗なトイレでしかないので、しばしば利用する1円にもならない客だ。利用するのが決まって地下にあるトイレだから、地下の食料品売り場はよく通る。そしていつかあの美味しそうなものを買って食べてみたいなと思っていた。だが、何となく買い方がわからない。量り売りみたいなものが多いのではないかと思う。手にとってこれくださいならいいが、何を何人前なんて話になると、どうも気が重いので、二の足を踏みっぱなしだった。
 日曜日の夜、かの国の女性6人が帰国を前に浴衣を着たいらしくて、着せてあげる約束をしていた。その時に何かスイーツみたいなものを出してあげると喜ぶだろうなと思い、高島屋のデパ地下に寄った。スイーツだから量り売りではない。ただ買うだけだから抵抗はない。物色して買うのは好まないから、最初に目に付いたところで買うことにした。いくつかのブースがあったが、僕の目を引きつけたのはプリンだった。結構大きいガラス容器に入っていて、マンゴウから牛乳から種類も多かった。そしてどれも美味しそうだった。かの国の女性は果物が好きだからマンゴウプリンを9個、僕用に牛乳の味がするプリンを買った。
 案の定、かの国の女性達はとても喜んでくれた。浴衣にプリンもよく似合っていた。全員が帰った後、我が家で一緒に暮らしているかの国の2人が、プリンの容器を洗っていて、「オトウサン、これもらえませんか?」と言った。「うん、いいよ」と言いながら洗ってすんだガラス容器を見ていると、厚くて強そうで、何よりも綺麗だった。恐らく彼女達はそれを日常使うコップにするつもりなのだろう。僕もこのくらい頑丈で綺麗だったら、お客さん用にしてもいいと思ったくらいだ。
 プリンなど買ったことがないから相場は分からないが、高島屋のプリンは1個325円だった。百貨店のものは何でも高いから、相場よりは高いのではないか。中身のプリンよりガラスコップのほうが重たかったのではと思ったが、プリンも大きくて美味しかった。プリンの種類の豊富さ、美味しさ、値段の高さ、どれをとってもさすが高島屋だ。(ほとんど洗脳され状態)


2017年07月25日(Tue)▲ページの先頭へ
再現
〇〇さんへ
 添付の資料を読ませていただきました。田舎の薬剤師で何の肩書きも持っていないので我ながらこれからお話しすることの信憑性が果たしてあるのだろうかと心配です。ただ、僕がお答えするのではなく、僕の先生の先生がお答えしているとすれば、少しは評価されるかもしれません。僕の先生の先生は、現代医学を学ばれた内科医で、現代医療の診断をもっとも重視して、生薬を科学的に分析して用いられました。1000年以上前の、診察機器が何もなかった頃に苦肉の策で継承された診断方法を、現代において最優先する方法はとられませんでした。現在、漢方を標榜する多くの医師や薬剤師が、証と称する大昔の診断方法を金科玉条のように掲げて、それを錦の御旗のように振りかざして、そうでない人たちを未熟として排斥していますが、僕はそうは思いません。
 若いときに、ある漢方の研究会に出席したのですが、陰とか陽とか、禅問答みたいな話ばかりで付いて行けずに2回目くらいには脱落して退会しました。その後、娘のアトピーを治したくて会う人会う人に質問していたら、僕の気持ちを汲んでくれた人がいて、30年お世話になっている現在の漢方の研究会に入会させていただけました。その会が偶然、現代医学を重視した漢方薬利用の会だったのです。勿論僕の先生も、そのまた先生も、漢方的な理論は熟知されていますが、それを現場で使うことはまずありません。現代医学の診断に基づいて漢方薬を使うのです。その会で教えていただいたことを薬局に持って帰り、忠実に再現したら、青二才の僕でも患者さんに喜んでいただけるようになったのです。漢方薬は長く飲まないと効かないと教えてもらっていた他の会の常識が一気に崩れた瞬間です。以来、僕は先生の口から出された言葉を綿密に書きとめ、忠実に再現してきました。さすがにこの歳になると自分のオリジナルも結構増えてきましたが、基本は先生の先生が作られた理論に基づいています。
 さて、ここから先が本題です。あなたが添付ファイルで教えてくださったこの先生が使われている処方は、とても汎用されているものですが、補中益気湯 柴胡桂枝湯 四物湯 桃核承気湯とも、意図が分かりません。食欲がなくてしんどい、ストレスで消化器の機能が落ちた、貧血気味、のぼせて便秘などを考慮されたのでしょうが、それらが解決したおかげで体調がよくなり、好結果をもたらしたと思われます。そもそも4例では何の再現性もなく、同じものを作っても効くかもしれないと思わせるほどの誘惑を感じられません。そもそも、こんなに漢方薬に造詣が深い人で、症例があまりにも少なすぎます。僕のところに届く医者向けの漢方情報誌にも、こうした情報はしばしば載っていて、1人の患者の効果があったと言うようなもので、他の患者さんにも効くというなんら統計的な価値も含まれません。あれだけ確率を尊ぶ医療の世界で、たった一人に効いたと論文で発表する落差を感じてしまいます。ほとんど薬剤師レベルです。
 嘗て、医者中心の漢方の医学会に出席させてもらったことがあります。テーマがガス漏れと言う僕にとっては興味のあるものでしたから。医師の発表に疑問があったので質問したのです。「先生、その患者さんは本当にガスが漏れていましたか?お尻を臭いましたか?」と。講演したお医者さんは戸惑ったみたいですが、その方が答える代わりに座長と言う人から、「あなたはどちらに属されていますか?」と質問されました。一介の薬剤師ですと答えて回答はもらえませんでした。医師の漢方の世界はまだこんなものかと大いに安心した記憶があります。
 もうひとつ、この先生が使っている薬は1回量が2・5gです。恐らくツムラの漢方薬を使っています。僕が属している漢方の研究会にいれていただくに当たって、ある約束を守るように言われました。決してツムラの漢方薬を使わないことです。折角正しいことを教えても、ツムラの漢方薬では再現できないからだと言われました。僕はそれを忠実に守っています。それを僕に約束させた漢方の先輩は既にこの世にいなくなりましたが、僕をその会に入れてくれたこと、効く漢方薬を使うように促してくれたことなど感謝してもしきれない恩人です。
 結論として言わせていただければ、起立性調節障害にも睡眠相後退症候群にも例の処方たちにはひきつけられませんでした。潰れそうで潰れない田舎の薬局がおこがましいことを言ってしまいましたが、正直に答えさせて頂きました。

ヤマト薬局


2017年07月24日(Mon)▲ページの先頭へ
手八丁口八丁
 「ほう、こう言うからくりだったのか、よく分かった」
 今日ある郵便物が届いた。透明のセロファンに入れられたものだからよく見える。赤い大きな字で「漢方薬局と出会える本」と書かれていた。漢方薬局と言う字を見て興味を示さないことはありえない。早速中身を出して目を通した。すると、「安心して相談できる薬局20店舗を厳選紹介」する本の出版企画の案内だということが分かった。何でも、20軒くらいの自称漢方薬局を募って、一軒あたり8ページをあてがわれ、本を出すのだそうだ。掲載費用は35万円。また別口として1軒単独で本を出すことも出来る。いわば漢方薬局の自費出版だ。192ページで定価1300円の本を4000部作ってくれるそうだ。勿論プロのライターが作り原稿を作ってくれるそうだ。しめて費用は350万円。本と言う名の宣伝だ。
 そして次のように今までの実績を紹介していた。今までに2300書を発行して来たらしいが、著者?からの喜びの声を伝えている。例えば「お客さんが30倍になりました」「テレビ局から出演依頼が来ました」「セミナーの依頼が増えて講演料も上がりました」「お客様から先生と呼ばれるようになりました」「いい人材が集まるリクルート効果がありました」「大手版元の依頼で2冊目が印税契約で決まりました」
 なるほどこれは蜜の味だ。有名になり、経済もそれこそ桁違いになり、自尊心はくすぐられどうしだ。ただこれはアホノミクスの答弁やカス官房長官の答弁や佐川急便国税庁腸管の答弁と同じく超胡散臭い。信用できないことの最早代名詞と化しているあいつらと同じ次元だ。仮に本当だとしても僕の薬局ごときが手を出すものではない。そもそもお客さんが30倍も来たら僕の薬局は潰れる。対応できるはずもなく、その結果、効かない薬を持ち帰らせることになる。
 僕はこの出版社に「行ってはいけない薬局」と言う本を出して欲しい。最近、やたらガードが高い相談の電話が増えた。余程高くて効かない漢方薬と健康食品の組み合わせを手八丁口八丁で買わされたみたいで、薬局とはそんなものと言う認識がヒアリのように増殖しているのではないかと思う。田舎の薬局が、所得の低い地で潰れないでやってこれる唯一の理由は嘘がないことだと思う。相手が医者でも言えることしか患者さんにも話さない。(素人相手に煙に巻くことしない)お金持ちしか飲めないような金額の設定をして、健康に経済的な差をつけない。この当たり前のことが出来ない薬局が意外と岡山県には多い。


2017年07月23日(Sun)▲ページの先頭へ
引き出し
 こんなに身近なことで、こんなに喜んでもらえるとは思わなかった。僕が男だから考えられなかったのだと思う。、
 3ヶ月の期限で来日している6人の中の1人が運悪く盲腸になって手術を受けた。その女性が権利を持っていた四国の和太鼓のコンサートにいけなかった。日本食が食べられないその女性の為に、ホテルのバイキングまで予約していたのに、残念だった。その女性だけが他の5人より1度お楽しみが少ないことが気にかかっていたので「何か希望はない?」と尋ねた。するとどこかに行きたいという返事が返ってくるのかと思ったら「着物を着てみたい」と言う返事が来た。
 意外だった。僕には全くその種の発想はないから、物足りなかったが、その目は輝いていた。夏だから着物と言うわけにはいかないが、浴衣なら着せてあげることは出来る。その場で他の人の希望を聞いたら5人が是非着物を着てみたいと言った。僕は妻の浴衣をイメージしていたから、次々に着せて写真を撮ればいいと思っていた。ところが妻はそのようには考えなかったみたいで、薬局に来る人に浴衣を貸してくれないか尋ねていた。あっという間に5着を手に入れることが出来た。これなら確かに全員が1枚の写真の中に収まることが出来る。そうしないと一緒に来日した思い出が半減してしまうだろう。
 1人、また1人と着付けが完成すると、早速モデル宜しくポーズをとって写真をとりまくっていた。僕は能がないからその場で手持ち無沙汰にしていたのだが、彼女達の喜びようが臨場感を持って伝わってきたので、とてもこの企画に満足した。ひょっとしたら富士山や京都と同じくらい日本に滞在したという証明になるのではないかと考えた。
 この身近で手ごろな武器を今後大いに利用しようと考えた。そこで浴衣を着たまま寮に帰らせたらどのような反応を、他の者がするのだろうと興味を持った。だから僕の意図を明かさないまま浴衣のまま寮に帰るように勧めた。彼女達もサプライズを仕掛けたかったのかすぐ賛成してくれた。
 案の定、皆が集まっているホールの戸を開けた瞬間に大歓声が沸き起こった。その声の大きさでこれを恒例行事にするべきだと考えた。この種のことにまるで疎い僕には考えられなかった展開だが、これもまた日本文化の紹介の引き出しに加わった。


2017年07月22日(Sat)▲ページの先頭へ
貢献
 どんな些細なことでも、何かの役に立てれば嬉しいものだ。今年は19羽の幼い命の誕生に我が家は貢献したそうだ。原因は何かしらないが、1羽だけ死んだそうだ。外階段の踊り場の巣の1匹が死んだそうで、そこは僕はノーマークだったから知らなかった。今日、外階段の巣のツバメが全て巣立ったことが話題になったときに娘が教えてくれた。いつからそんなにツバメを大切に思うようになったのかしらないが、外敵(カラスと蛇)から守る術を駆使して毎年命を守っている。段々カラスとの知恵比べに勝つようになって、守れる命が増えた。それに連れてツバメのほうも評価してくれたのか、巣自体が増えて、今は軒先に2個、外階段の踊り場に2個巣ができている。
 先日一羽の子ツバメを救う事が出来て、僕自身の気持ちも救われた。そのことによって、別に何か良いことが起こるわけではないし、何かを期待しているわけではないが、そんな些細な善意が出来る自分が嬉しいのだ。もう経済的な欲望はないから、随分と気楽に構えておれるのだが、生きている価値を感じたり、生きる意味を感じたりすることは必要だ。それが無いと放置された日めくりのカレンダーみたいなものだ。カレンダーではあるけれど、カレンダーではない。壁に寄生しているただの紙の塊だ。
 30日に、3ヶ月の応援で来日したかの国の女性たち9人を連れて神戸に行く。牛窓工場に派遣されてよかったと言って貰えれば嬉しい。二度と会うことがない人達だが、濃密な3ヶ月を過ごしてもらえた。和太鼓は勿論ベートーベンも経験してもらえた。全く見ず知らずの人たちだが、よく働く人達は見ていて気持ちがいい。僕にとって彼女達は19羽の子ツバメなのだ。かけがえのない存在なのだ。誰一人欠けてはいけない存在なのだ。


2017年07月21日(Fri)▲ページの先頭へ
一発退場
 医療系大学間共用試験実施評価機構の理事の話が投稿されていた。その中で興味深い話が載っていた。以下はその中の一部。

 「解剖室の遺体保存用冷蔵庫に入って撮った写真を医学生がSNSに投稿する、などといった事例に代表されるように、最近、医学生や若い医師たちの倫理観について問題視される出来事をよく耳にします。当事者の学生に対し、「遺体保存用冷蔵庫に入って撮った写真を投稿することは、モラルに欠けている」と指導しても、「冷蔵庫はダメなのか」と受け止めるだけで、本質的な問題点が伝わらない、という医学教育現場の嘆きを聞くこともあります。

 医学教育現場の嘆きはよく分かるが、実際に嘆きたくなるのは、そんな人間が医師免許を取って何食わぬ顔をして診療に当たっているところに出かける患者のほうだ。この程度の言葉の理解力の人間でも、受験仕様の問題の正答率は高く、高得点をたたき出す。そのためには多くの時間と労力を費やしているから、人と人が接するときの必要条件を満たす術を学ぶチャンスを犠牲にしている。壮大な無駄の中から得られることも多いのに。
 なかなか世のエリート達も生きることが難しいらしくて、不祥事が絶えない。凡人の些細な悪意と違って、能力がある分影響力が強くて、さらし者になることも多い。それを見て、時に自分の能力のなさを正当化して見せたり、時に劣等感を慰めたりする。ただ年齢を重ねるにつれ我欲からすこぶる解放されるから、凡人でもいい生き方を簡単に模索し始められる。出来れば自分のためではなく人様の為に生きたいと思えるようになり、ありとあらゆる束縛から解放される。
 本当に人を敬う心があるなら決して出来ないことを指摘され、ことの本質ではなく末梢の事がひっかかった医学生を医療の現場に送り出すべきではない。一発退場のルールがあってもよいのではないか。もっともそんな法律作ったら最初の一発退場になりそうなアホノミクスには出来ないだろうが。


2017年07月20日(Thu)▲ページの先頭へ
餌食
 朝、一度目が冷めるとそれ以上布団の中にいる事ができない僕の習性が役に立った。
 いつものようにマッサージ器の上で新聞をくまなく読んでおもむろに家を出た。裏の出入り口から路地を通り薬局のシャッターの前を通りかかった時に、駐車場のコンクリートの上に小さな塊があるのが目に入った。ハリネズミを小さく小さくしたような鳥が地面にうずくまっていた。顔を近づけるとかすかに動いたから生きている。どちらかと言うとすずめのような体型をしたその子ツバメは、真上にある巣から落ちたのだろう。カラス避けの為に、巣の下に大きなボードをぶら下げているのだが、巣からそのボードに落ち、そのボードから地面に落ちたことになる。まだ飛べないけれど、落ちるときには何か鳥らしいことが出来て衝撃を減らすことができたのか、元々軽くて衝撃が少ないのか分からないが、怪我をしているようには見えなかった。
 人間の臭いがする子ツバメに親は餌をやらないと聞いた事があるから、何とかすばやく巣に戻していあらなければならないと思った。そこで倉庫に行って脚立を用意し、ゴム手袋をはいた。恐らくこれで人間の臭いは付かないのではないか。子ツバメはとても軽くて、気をつけなければ傷つけてしまいそうだった。ただ、巨大な生物の接近で諦めたのか、とてもおとなしかった。そのおかげでとりあえずボードまでは簡単に戻すことができた。そこから直接巣に戻そうとしたのだが、子ツバメの足が、ボードの割れ目をしっかりとつかみ、少しの力ではボードから離す事ができなくなった。釣り針くらいの細い足でしっかりとボードをつかんでいる。力を入れて離そうとしたらそれこそ針のような細い足を折ってしまうのではないかと心配になった。そこで敢えて無理をしないで時々隙を突くように持ち上げてみた。挑戦すること数度で不意を突かれたのか、簡単に足が離れた。そこで巣に戻してやることができた。
 あれから数日が経ったが、落ちた子ツバメも従来どおり母親の愛情を受けることができている。あの時僕が少し遅く散歩に出かけたら、カラスか蛇にあの子ツバメはやられていたかもしれない。蛇はまだ経験がないが、カラスとは長年バトルを繰り返してきたから、この期に及んで餌食にはさせたくない。判官びいきではないが、人は本能的に弱いものの立場に立つものだ。痔見ん党と金平糖と異信の党以外は。


2017年07月19日(Wed)▲ページの先頭へ
羨望
 羨ましい、本当に羨ましい。2つの意味で。
 その1つは、そんなに見事に効き、そんなに頼りにされる薬と言うこと。名前の通り「そらなっクス」1錠あげるとくすっと笑いがこぼれる。さっきまで沈んで不安一杯の人を劇的に笑顔に出来る薬。30分あれば落ち着くから手放せないそうだ。10年前に心療内科にかかったらすぐに出された薬で、以来欠かせない存在になった。飲めば30分で落ち着くから安心して不安症のままでおられる。そんなに劇的に効いてくれる薬だから、逆に体の中から切れたらすぐに分かる。心臓がバクバクし手が震えてくるのだそうだ。飲めばこの症状もまたすぐに消えるからありがたやありがたや。
 もう1つの羨ましいは、患者さんを虜にできること。一生この薬から離れられないから、一生患者さんになってくれる。こんなにありがたいことはない。薬局の場合患者さんを治さない限り2度と来てくれない。治せば当然患者でなくなるから来なくなるが、他の病気になったときに嘗て治してあげていたことが実績になる再びやってきてくれる。薬局は保険診療と違って現金だから、患者さんも効かなかったら来てくれない。常に真剣勝負で効かせ続けなければ成り立たないのだ。
 もう10年も飲んでいると言うことは、10年も治っていないということなので、普通ならよりよい治療を求めてリサーチする。ところが効かなくても30分も経てば落ち着くのだから、次第にそれに依存するようになる。病院でもらうから薬だが、道端でこれだけ効く薬を譲ってもらったら薬物だ。多くの人が薬物のような薬を飲まされ、薬のような薬物を飲まされている。


2017年07月18日(Tue)▲ページの先頭へ
調査
 「これまで、家族の増加を含めた家族構成の変化と脳卒中リスクとの関連を検討した研究はなかった。今回、わが国の多目的コホート研究であるJPHC研究で日本人の家族構成の変化と脳卒中発症を検討したところ、家族(とくに配偶者)を喪失した男性は脳梗塞リスクが高く、一方、家族(とくに親)が増えた女性は家族構成が変わっていない女性より脳出血リスクが高かった。
本研究では、45〜74歳の7万7,001人の男女で、5年間(1990〜1993年と1995〜1998年の間)における配偶者・子供・親・その他の家族の増加・喪失を調査し、脳卒中リスクの関連についてCox比例ハザードモデルを用いて評価した。
主な結果は以下のとおり。
・男性3万5,247人および女性4万1,758人を追跡した104万3,446人年で、合計3,858人が脳卒中(脳出血1,485人、脳梗塞2,373人)を発症した。
・家族を少なくとも1人喪失した人の脳卒中リスクは、家族構成が変わっていない人と比べて11〜15%増加した。
・配偶者を喪失した人は男女共に脳卒中リスクが増加し、男性では脳梗塞、女性では脳出血で有意に高かった。
・男性では、家族の増加で脳卒中リスクは増加しなかったが、女性では、親を家族に迎えると脳卒中リスクが増加した。
・配偶者の喪失に他の家族の増加が伴うと、男性では増加した脳卒中リスクが消滅したが、女性ではリスクが増加した。」

 確かに面白いテーマを設定しての研究だ。家族が増えたり減ったりしたときのストレスを、脳卒中で表現したものと捉えることも出来る。そうすればこの結果は腑に落ちる。ただ、主に対象が配偶者や親に傾いているからこの程度の結果に落ち着くが、これが我が子だったらどんな結果になるだろう。子供の喪失はこの世で一番避けたいことだから、異なる数値や結果になる可能性もある。
 配偶者をなくした男性は、ある日急に外国での生活を強いられるようなものだ。言葉は勿論、衣食住全てで立ち行かない。そのストレスは想像する以上のものだろう。交感神経びんびんで、血圧を上げて頑張らなければならない。血圧どころか血糖値やコレステロールも動員して頑張らなければ追いつかないかも知れない。血管は硬くなり破れやすくなる。
 一方自分の親にしても主人の親にしても、途中から同居するのは大変だ。全ての負担は奥さんにかかってくるから、そのストレスやいかに。仮に姑が嫌味な人間ならなおさらだ。緊張を一日中強いられるとこれまた交換神経びんびんだ。
 統計からも明らかなように、男は結構依存症だ。配偶者が亡くなっても誰か家族が増えれば帳消しに出来る。女性はその増えた人をも世話しなければならないかもしれないからリスクが増える。「家では世話になる」男と「家では世話をする」女性の差がよく出ている調査だ。正に僕を言い当てた調査でもある。


2017年07月17日(Mon)▲ページの先頭へ
考えすぎ
 昨日の誕生日は、昨年と同じように、かの国の女性達に祝ってもらった。去年僕の誕生日を知られてしまったから、恒例行事になりそうだ。彼女たちはよくパーティーと言う言葉を使う。何かにつけて行うので慣れている。沢山の料理と簡単な仕掛けを用意してくれる。昨夜も僕が寮に着くと電気が消されて真っ暗だった。いつもなら外まで賑やかな話し声が聞こえるのだが、昨夜は暗闇の中で息を潜めているのがわかった。いつものように勝手に玄関の扉を開けて入っていくと、風船が割られる大きな音とともに、25人が2列になって僕を迎え入れてくれた。
 この歳でと言うより、若いときから誕生日などどうでもよかった。祝ってもらった記憶は小学生の頃から途絶えていて、以来どうでもいいもので通している。それがこの歳になって祝われるとなんだか照れくさい。ありがたいが嬉しくもない。ただ、僕を魚に彼女達が喜ぶ姿はとても嬉しい。
 今年は前もって誕生日が分かっていたので、4つプレゼントをもらった。全員で買ってくれたものと、3組の個人やペアで買ってくれたものだ。どれも化粧箱に入れられ、開けるのが楽しみだった。ところが偶然かどうか分からないが、全てTシャツだった。1つは僕の好きな襟のないタイプだったが、残りの3つは襟付きだった。つい最近、Tシャツの襟なしが見当たらないから買いに行こうかなと思っていた矢先だった。襟付きは嫌いだから着ることもなく、古くて新しいのが数着ある。襟付きといえど、綺麗なものばかりだから、襟なしを買うのももったいない。そこで苦手意識を持たないようにと最近着ることに挑戦していたところだ。
 Tシャツのプレゼントは、僕にはかなりありがたい。靴は去年息子が買ってくれるまで何年はいたか分からないようなもので、破れて雨降りの日には、1分も歩けば靴の中が水浸しになるくらいだった。靴が破れているのを見て息子が買ってくれたのだが、今度の「全てTシャツ」も伏線がある。恐らく、彼女達は僕にはTシャツの洗い替えがないと気がついていたのではないか。だいたい1週間は同じものを着ていたし、ソファーに並んで腰掛けると、汗の臭いと白衣に染み付いた煎じ薬の臭いでいたたまれなかったのではないか。
 これで恐らく僕のTシャツは一生分手に入った。もう買う必要もないだろう。どれも高そうで強そうだったからすぐに着れなくなると言うことはないと思う。服より僕の寿命のほうが短そうだ。同じものを4着もくれたのは、この服が着れなくなる位長生きしてというエールだったのだろうか。それはあまりにも、考えすぎかな!


2017年07月16日(Sun)▲ページの先頭へ
金沢英東
 彼は、その後も歌い続けていたんだと、思わず声をあげた。
 40年以上前のこと、僕は岐阜で学生時代を過ごした。当時はまだフォークソングなるものが登場したばかりで、一部のプロ以外は、今の時代では考えられないくらいお粗末だった。素人も、当時まだ珍しかったギターを買って楽しんでいたが、それも少数派だった。要は今みたいに音楽を楽しめる環境は整っていなかったので、一部の人間だけが実際に楽器をいじっていた。多くの人は聞き手側だったのだ。現代のカラオケのように誰もが簡単に唄を歌えるようになるとは思いもよらなかったが、そのおかげで唄を歌う人の力は随分と伸びた。
 今日は久々に何もすることがない休日だったので、ユーチューブで加川良の歌を聴いていた。そこで偶然「金沢英東」と言う名前を見つけた。苗字はともかく名前がユニークなのですぐに思い出した。ただ、この名前の人物は40数年前に、岐阜で行われた何かのコンサートの時に一緒になった人で、その後のことは何も知らなかったので、彼であるという確信は持てなかった。そこで彼の名前で検索してみるとやはりコンサート風景のものがいくつかアップされていた。
 40数年も会っていないので、僕と同じようにかなり変わったはずだ。ユーチューブで演奏している姿が映されるが、当時の面影はなにもない。そこで一か八かでWikipediaで検索してみると、すぐに名前が出てきた。彼はフリー百科事典『ウィキペディア』に載せられるくらいの人物になっていたんだ。当時岐阜の街では彼を越える歌い手はいなかった。素人の僕を1としたら彼は既にその時には100くらいの実力を持っていた。僕が岐阜を出てから彼と接することはなかったが、40数年ぶりに彼の歌を聴いてもその倍率は増えることはあっても減ることはない。
 片や歌を続けた青年、片や薬剤師。どちらがいいとか悪いとか比べることは意味がない。それぞれが自分に合った場所を見つけて精一杯生きるに尽きる。ギターとハーモニカとブルース。40数年前と何も変わっていないような気がするが、ひょっとしたら彼の歌かもしれない「蛍の唄」を聞いていて随分と大人になってとげが取れたなと思った。40数年の空白がわずか1秒で甦る。人生そんなに力む必要はない。わずか1秒の為に。


2017年07月15日(Sat)▲ページの先頭へ
薬剤師
 今日も薬剤師。
 土曜日は、休みの方も多いのか、漢方薬を求めてやって来て下さる人が多い。こちらも病院の処方箋の調剤が少ないので、スタッフ全員で応対できるメリットもあるから、ありがたい。薬剤師でない二人は休みだから、接待の質は落ちるかもしれないが、治療の面で言うと充実しているつもりだ。薬の情報誌で今日見つけたタイトルは「プロトンポンプ阻害薬で死亡リスクが増加」と言うショッキングなものだ。
 この種類の製品が出てからすぐ僕は「お年寄りで胃酸を止めなければならない人がいるの?」と言う素朴な疑問を持った。その疑問とは裏腹に、時々この薬が処方され始めた。そしてあっという間に、多くの老人に、恐らく逆流性食道炎の治療のためだと思うが、処方されるようになった。そしていつもの事ながらどなたも延々と飲み続ける。胃酸のかなりの部分をカットするのだから、胃酸が果たす殺菌効果が落ちて、細菌にさらされている状態を作り出すと僕は懸念していた。案の定、最近になってようやく副作用が喚起されるようになった。特に最近僕が気になっているのは、認知症との関連だ。この薬を飲んでいたら認知症になる確率が上がると言う報告だ。もしそうだと、あれだけ沢山の人が漫然とプロトンポンプ阻害薬を処方されているのだから、日本の認知症患者は急増することになる。そして今日読んだ情報誌ではついに「プロトンポンプ阻害薬で死亡リスクが増加」と言うタイトルがつけられていた。簡単に言うと、プロトンポンプ阻害薬を漫然と飲んでいたら、ぼけやすいぞ、死にやすいぞと言うことだ。
 以下のような報告を見せられ、まさか漫然と飲める人はいないと思うが、やはり身は自分で守らなければならない。薬が全て解決してくれるなどと言う幻想は捨て、動物に帰って、よく動き、よく休み、よく食べて、よく出して健康を手に入れなければならない。

 米国退役軍人局のデータベースを用い、プロトンポンプ阻害薬(PPI)の使用と死亡との関連が検討されています。追跡期間 5.71 年(中央値)の解析において、H2 受容体拮抗薬が処方された患者(73,335 例)と比較して、プロトンポンプ阻害薬が処方された患者(275,977 例)では死亡リスクが有意に高い。PPI かつ H2 受容体拮抗薬の非服用患者と比較した場合でも、同様に死亡リスクの上昇が認められました。また、投与期間が長くなるにつれ、死亡リスクは増大しました。 PPI には、急性間質性腎炎、慢性腎臓病、認知症、Clostridium difficile 感染症、骨粗鬆症性骨折など、様々なリスクがあることが報告されつつあります。

FROM: NPO 法人医薬品ライフタイムマネジメントセンター、
プロトンポンプ阻害薬・・・「タケプロン®」「オメプラール®」「オメプラゾン®」、「パリエット®」



2017年07月14日(Fri)▲ページの先頭へ
言い逃れ
「どう言う事?」と言う声が聞こえてきそうだ。アホノミクスの支持率が30%をきったという話ではない。あんなものとうに切っていたが、手先のアホコミが支持率が高く出るような言い回しで質問しているから、架空の数字だった。今日のテーマは、医療の世界での賭け学園問題。文部省や内閣府の対応を見ていてよく分かるだろうが、疫人は国民ではなく政治屋を見、政治屋は忌業家を見る。今度の一連のお粗末でよくわかった構図だ。医療の世界も全く同じなのだ。儲かるとなると、疫人や政治屋を使い忌業は薬を健康保険で使ってもらうようにする。そのためには会社は疫人を天下りで捕まえておき、厚生労働省に働きかける。保険で使ってもらえれば莫大な売り上げになるから、薬の治験のデータさえも改ざんする。例えば今回のコレステロールの件でも、どんどん正常値を下げて患者を量産させた。正常値を下げれば多くの人が異常になって、その日から患者になる。会社は大もうけで、その上前を政治屋がはねる。コレステロールはちょい高めが一番元気で長生き。盲目的に医者を信じて薬をありがたがって飲んでいたら、糖尿になる確率がドンと上がる。

 脂質降下薬が糖尿病発症に関連するかどうか調べるために、日本大学薬学部の大場 延浩氏らが、脂質異常症の日本人労働者約7万例を対象とした後ろ向きコホート研究を実施した。その結果、糖尿病の臨床的危険因子の調整後も、スタチン使用により糖尿病発症リスクが1.9〜2.6倍に増加したことが示された。BMJ open誌2017年6月30日号に掲載。

 要は、コレステロールが高いと診断され、コレステロールが下がる薬を飲まされていた人たちが、そんな薬を飲んでいない人に比べて、軽めのコレステロール薬で1・91倍、強めのコレステロール薬では何と2・61倍の人が糖尿病を発症していたというのだ。これってこのままにしておくと副作用ではなく犯罪ではないの。糖尿病を発症してジワリと死んでいけば副作用ではなく寿命?アホノミクス並みの言い逃れか佐川急便なみの記憶にございませんか。どちらが気持ち悪い?


2017年07月13日(Thu)▲ページの先頭へ
楽観的
 専門家でない僕がこんなことを言うのは失礼かもしれないが、実際に僕の薬局ではこんなことも時々、しばしば?起こるので、紹介して参考にしていただければと思う。
 この女性を紹介してくれたのは岡山県の人。心療内科における自分の病気の治療(適応障害)でとんでもない目(起き上がれない、死にたい)にあって、それを僕の漢方処方で救うことが出来た。勿論現在は布団からも出ているし、大好きな釣りにも行くし、よく笑うし、仕事に行こうかと思案をし始めた。この女性が適応障害ではないと思ったのは、適応障害になった理由が嫁ぎ先の姑の態度だったからだ。理由を聞いてすぐに思った。適応したんだと。あの状態で本当に気持ちを強くして頑張ったら、ある日折れてしまって取り返しが付かなかっただろうと。適応障害的な症状を呈することによって命を守ったのだと。だから僕が作ったのは心身ともに元気にする漢方薬だった。それで起きれたし、食べれたし、笑えたし、釣りにも行けた。
 この女性が自身がとても元気になったので、九州のある友人を紹介してくれた。10代でパニックになり、デパスで治療していたが起き上がれなくなって、その後統合失調症と診断されて8年間治療をしている。この病名がついたら薬はかなりのものを飲む。7種類もの精神病薬をもらって飲んでいる。その他副作用防止の薬などを含めると10種類の薬を飲んでいる。その挙句が・・・いつもイライラして、不安感にさいなまれる。太陽がまぶしく、些細な音でも耳に響く。おまけに副作用で20kg以上太っている。僕はこの方から電話を受けたときにすぐに思った。「本当に統合失調症?」と。言葉は丁寧で分かりやすいし、明るくて礼儀正しい。何の問題があるのだろう。青春時代の夢も聞いたが、かなっていたらすばらしいだろうなと凡人の僕から見れば羨ましいくらいのものだった。
 心療内科で何を判断材料に統合失調症と言われたのか分からないが、僕はその診断名を無視して感じたままの漢方薬を作った。その方の不安材料をとることだけの処方だ。結局2週間分でその全てが治った。漢方薬は脳の中に進入できない。脳の中をいたずらにかき回すより、食べ物の延長みたいな薬草で心身を養ってあげたほうが自然に回復する能力を導き出すことが出来る。心の病気も肉体の治療と同じ発想をしてもかまわないのではと思う。僕は専門家でないから、心の病気も治ると素朴な勘違いをしているのかもしれないが、実際に薬草で治る人が多いのだから、この楽観的な発想を引っ込めることはできない。


2017年07月12日(Wed)▲ページの先頭へ
大台
 隔月回ってくるある製薬会社のセールスが僕の前に腰掛けた。前回来た時には娘が応対しているから僕は4ヶ月ぶりと言うことになる。目の前にしてまず感じたことは「えらい大きくなったなあ」と言うことだ。頭の中で普通あごのほうが細いが、彼の場合はあごが一番太い。僕より背が高いから180cmはあるかもしれない。そんな人間が太ったりしたものならスケールが違う。
 今まではスーツ姿だったから、隠れていた部分が露になった。だから一目で太ったのがわかったのだが、本人もそれは十分気が付いているらしくて、太った理由を色々挙げていた。ついに大台に乗りましたなんて言うが、その大台が僕には分からない。そこであてずっぽうに「3桁?」と尋ねると、どうやら図星で100kgに乗ったらしい。セールスだから1日中車に乗っている、県外への出張が多いから軒並み外食になる。ウォーキングなどする習慣もない。こうなれば太るほうが自然だ。ただ、それで元気ならいい。それもほどほど元気ならいい。いけないのは元気すぎることだ。疲れを感じないのが一番いけない。仕事をしたくて日曜日でも薬局を回りたくなるのはよくない。何故なら、肝臓の中に脂肪を溜め込むと、原付を動かすのに120ccのエンジンをつけているようなものだ。エンジンがやたら強くて車体を酷使したら車体が持たない。同じようなことが体の中でも起こる。まして脂肪肝の診断が下りているのだからなおさらだ。カロリーをオーバーして摂ったら、肝臓に脂肪として蓄えられる。それがやがて肝臓の組織を硬化させていく。
 僕が問診をする理由もないが、僕より一回りくらい歳下なのに、どうみても健康的には僕のほうが歳下に見える。これで血圧でも高かったら危ないのではないかと思ったので血圧を尋ねると、高いときには170くらいあるらしい。このパターンを僕は多く見てきた。出力満開状態だ。自爆予備軍だ。
 彼が僕に何かを求めているわけではないが、さすがに危険だと思ったので食養生とウォーキングを勧めた。すると彼はこの数ヶ月、スレンダートーンと言う機械を買ってお腹に巻きつけダイエットを試みていたそうだ。僕はその機械がどんなものかしらないが「それでどのくらい効果があったの?」と尋ねると「その機械を使っている間にどんどん体重が増えて3桁になりました」と答えた。製薬会社のセールスでもそんな胡散臭い機械を信じるんだと意外だった。
 長年職業的に多くの人と接してきたから、かなりの事が分かるようになった。それなのに一番長く接している自分が今だ分からないとはなんとも皮肉なものだ。


2017年07月11日(Tue)▲ページの先頭へ
 母親のお腹が大きい時から知っている成年だ。小児喘息で親が懸命に育てた。その甲斐あって、中学校の頃から一気に元気になった。そしてその後漁師になった。朝早くから働いている。そんな彼が10年以上振りに喘息発作を起こした。そして入院した。長い間、薬も使っていないから
久々の出来事だった。発作が起こるのだから何らかの原因があるだろうと思っていた。多くは極度の疲労だが、案の定彼は14時間くらい海の上にいるらしい。海の上は太陽と海面からの跳ね返りのダブルで紫外線にやられる。だから相当体力を消耗する。疲労感はもとより免疫にも影響しているかもしれない。そんなことを口に出すと余計な心配をさせてしまうから「船の上に1人でいたら気持ちがいいだろう」と探りを入れる。気持ちいいなどと返ってくると安心なのだが「陸から遠いから、1人だと心細い」と言う返事だった。1週間の入院だったが、退院して翌日からもう働いている。どこかにまだ不安を抱えているのだろう。
 海から見ると、陸は全く違ったところに見える。何十年住んでいる所でも、まるで見知らぬ土地のようだ。こうした感動を毎日味わえるのだからいいなと心底思うが、僕みたいに体力も勇気もない者には到底勤まらない。そして何よりも全くの自然相手に耐えるだけの「人が苦手」の素質も大きな必要条件だ。どんな人とも旨くやれるなんて素質が邪魔をしたら漁師にはなれない。板切れ一枚の下は地獄状態で毎日14時間も船上にいる勇気はない。四国フェリーでも大きな波のときは怖いくらい揺れるのだから、それに比べればプラモデルのような漁船に乗って波のある日に沖に出るのは怖い。「そんなに揺れんよ」と言うが、岩場や浅瀬の近くならいざ知らず、近くに島がない状態では少しの波でも気になる。
 魚油を食事から採らなくなって炎症体質が増えたという説もある。炎症体質どころか人の心の不安定も増えた。世間を泳ぐ魚が、海を泳ぐ魚に支えてもらっている事が最近の研究で分かった。海洋国家の恩恵に目をそらし続けてきたしっぺ返しを今食らっているが、救ってくれるのは医者ではない。彼みたいな若い漁師達だ。14時間、波に揺られる彼らだ。






2017年07月10日(Mon)▲ページの先頭へ
手先
 夜、薬局で患者さん達にメールの返事を書いていたら、3階から次女が降りてきた。FAXを使わせてくれとのことだった。使い方を話しているときに、カタカナで日本人名、かの国の言葉で次女三女の名前が書いてあるのを見た。別に何のためのものか気にならなかったので、自分の机に戻り作業を続けていたら、向こうから話しかけてきた。
 なんでもここで法律が変わって、かの国の言葉でオートバイの免許が取れるようになったらしい。かの国はオートバイが道路を埋め尽くすことで有名なくらいだから、オートバイに乗る事等お手の物だ。ところが日本で免許をもらおうとすれば筆記試験と言う障壁を乗り越えなければならない。受験料の高さから何度もチャレンジ出来るものではなく、次女三女も結局は諦めていた。ところがここで法律が変わって母国語で取れることになったからもうほとんどのかの国の人達は免許を取るだろう。公共の交通機関を利用するしかなかった彼らだから、特に田舎に来た人はかなり不便だった。これでその不便のほとんどは解消される。オートバイさえあれば何処までも行く彼らだから。
 ところが僕は逆に大いなる不安を抱えた。と言うのはかの国の人たちの交通モラルをよく知っているからだ。彼らは交通違反をすると、その場で警察官に賄賂を渡して、すぐに立ち去っていくのだそうだ。こう書くと彼らが悪いように思えるが実際には警察官の収入の手段として交通違反をつかまえるのだそうだ。相場は日本円にして3000円位だと言う。経済的な格差を考慮すると相当に見入りのよい話だ。そう言ったところの人間が僕は保険に入るだろうかと心配している。恐らくそのお金は彼らにとってはとんでもない無駄なお金に映るのではないか。極端なことを言えば、事故を起こしたら国に逃げ帰ればすむのではないか。今の時代日本人でも、任意保険に入れない人は沢山いる。入らない人なのか入れない人なのか分からないが、そこそこの経済力と倫理観があれば必ず入るものだが、今の日本ではその片一方、或いは両方を持っていない人が多い。だから日本でもそんな人に交通事故を起こされたら、かの国の人と同じことなのだ。だからかの国の人たちを一概に、責める事は出来ないが、少なくとも最近怒涛のように押し寄せている人たちは嘗てのように選別された人たちではない。お金に執着心が強すぎて手に負えなかった忠獄人からシフトされてきているが、いずれ同じ道を通るのは目に見えている。
 例えば、いつか幼いかの国の子供が殺された関東の町には、かの国の人が2000人暮らしていると言う。アホノミクスは大企業の手先だから驚くほど外国人を入れている。今やドイツより多いとも言われている。奴等はそうした人たちと隣近所になることは決してないから、安い給料で働いてくれる人間でさえあればいい。中東から来た人間の集団が、麻薬を売りさばく集団になっていると同じようなことが早晩起こる。これらは僕の勝手な想像ではない。かの国の人間自身が心配しているのだ。一緒に暮らしたくないような人間が続々とお金を求めて日本にやって来ていると言う。今度からは介護の分野にもまるで経験がない人間を大量に招き入れるらしい。超右を名乗るアホノミクスは、思想など持たない単なる企業の手先でしかないことがよく分かる。


2017年07月09日(Sun)▲ページの先頭へ
水島灘源平太鼓
 歳をとると羞恥心がなくなるのか、それとも言っておかなければ、言ってあげなければという老婆心が増してくるのか、数年前までには考えられないような行動をとる。今日の僕の行動も正にその一環だと思う。
 春の和気町の藤まつりの時に毎年和太鼓の演奏がある。その時に「水島灘源平太鼓」もゲストとして出演した。名前は記憶にあるのだが、演奏についてはほとんど記憶がなかった。と言うことは県内に数ある和太鼓の集団の一つくらいの認識だったと思う。県内で確実に演奏内容を思い浮かべられるのは備中温羅太鼓と風人、倉敷天領太鼓、それに和気清麻呂太鼓くらいだ。むしろ香川県のほうがもっと沢山演奏を思い浮かべることが出来る。
 そのような認識で当日演奏を聴き始めて、演者が全て若い人だったが、ある水準を満たしていることはすぐに分かった。そして1つだけとても大きな拾い物をしたのが、大太鼓を打つ青年がとても上手だったのだ。倉敷天領太鼓の山部泰嗣は超一流のプロだから除外して、県内には意外にも大太鼓を打つ名手がいない。そのことは和太鼓お宅10年の僕はずっと感じていた。大太鼓をソロで打たせて感動を得られる打ち手はいないと思う。それが藤まつりの時に大太鼓を打った青年の演奏がとてもすばらしかった。正に無名の打ち手なのだが、初めて県内で大太鼓ソロで感動した。そしてその時に、「水島灘源平太鼓」単独のコンサートを夏にやると予告された。当然僕はすぐに予定に組み込んでいたのだが、お目当てはその無名の大太鼓打ちだった。そして今日。
 期待にそぐわず彼の大太鼓のソロはすばらしかった。藤まつりで聴いた時より数段旨くなっていた。演奏の途中で拍手が何度も巻き起こったのは彼の演奏だけだった。他の若き演者達も十分一定の水準を満たしてすばらしい演奏に感謝しているが、やはり感動まで湧き起こすことが出来たのは彼の大太鼓だけだったと思う。
 配られたパンフレットで彼が山本君だと知った。そしてパンフレットに昨年林英哲杯太鼓楽曲創作コンクールに出演したことが出ていた。そしてあまり分からないが「太鼓を頂けた」と書いていたから入賞したのかもしれない。僕の勝手な想像かもしれないが、もしそうなら彼の実力は僕みたいな素人ではなく、プロにも認められたということになる。
 僕は、今日の頂いた感動へのお礼と、太鼓お宅が県内一の大太鼓打ちであると認めていることを伝えたかった。和太鼓のコンサートに行った事がある方は知っていると思うが、演奏が終わると演者が全員出口で列になって見送る。彼に僕の感想を伝えることは必ず出来ると思っていたが、案の定彼も観客を見送っていた。彼に伝えようとすると、何人ものファンが彼にわざわざお礼を言っていた。その合間を縫って思いを伝えたのだが、県内一の大太鼓打ちと言う僕の評価に賛同する声が上がった。僕と同じように県内に優秀な大太鼓打ちがいないことに気がついている人もいたのだ。
 彼が僕の評価を今日限りのものとして、ますます精進して県内の和太鼓大好き人間達を感動させて欲しい。そして「水島灘源平太鼓」のコンサートが毎年行われることを期待する。



2017年07月08日(Sat)▲ページの先頭へ
帰国
 なんて巡り合わせだろう。こんなこともあるのだ。
 3ヶ月の応援で来日している人たちが帰国するのに1ヶ月を切った。そろそろ帰国モードになってきたのか、家族や知り合いの病気の相談が頻繁になってきた。今日も5人の相談を受けたが、その中の1人の相談で、驚きの言葉が飛び出した。
 御主人の母親だから姑と言うことになる。その姑が腕がしびれて時に麻痺するという。かの国の病院で変形性脊椎症と診断されて痛み止めを飲んでいるという。背中の痛む場所も教えてくれた。勿論通訳を介しての話だが、僕には合点がいかなかった。症状からして背中ではなく首が原因だと思ったのだ。便利なもので、僕の目の前で携帯電話をさわり始めたと思ったら、やはり首の病気と診断されていると返事があった。頚椎症は難しいが、日本の薬にとても期待しているので、漢方薬をことづけることにした。
 その時にまず当然義母の歳を聞いた。すると66歳だという。そして頚椎症になるには原因があるはずだから「若いときに重労働か、事故にあった?」と尋ねた。するととても珍しい答えが瞬時に帰って来た。「戦争に行っていた」と。ほとんど僕と同じくらいの年齢で戦争に行っていたとなるとベトナム戦争だ。そこで僕もすぐに尋ねた。「お母さんって、べトコン?」と。すると日本語がほとんど分からないその女性がすぐに頷いた。僕は信じられなかったので何度も確かめたが、何度も頷く。そして姑の御主人もべトコンだったと教えてくれた。
 正に同時代を生きていた人、そして当時の学生ならごく普通に参加したベトナム反戦と、当事者のべとコンがその瞬間につながったのだ。向こうは命がけ、こちらは学生のお遊び程度のパフォーマンスではあったが、当時の若者同士ががつながった。僕はなんだか随分と感動してその女性の手を握ってよく日本に来てくれたねとお礼を言った。向こうは何故僕がこんなに感動しているのか分からなかったみたいで目をパチパチさせていたが、そのうち通訳が僕の感動の理由を伝えてくれると、向こうもずいぶんと笑顔になって強く手を握り返してくれた。
 時代がかの国と日本、そして僕を近づけてくれた。随分と世の中は変わるものだ。サイゴンが陥落したときに、僕は分析化学の教室にいて、クリスチャンの教授や共産党の助教授や仲間達とテレビを見ていた。40年前の教室の様子をはっきりと覚えている。いつかベトコンの子供達と知り合えることが出来るなんて夢にも思わなかった。頭の何処にこんなことが記憶されていたのかしらないが、40年間開封しなかった記憶が一瞬にしてよみがえった。無味乾燥した青春だったが、他の学生達と同じように、時代に正面から立ち向かってもいた。
 


2017年07月07日(Fri)▲ページの先頭へ
不安
 2013年時点の結果だから恐らく今はもっと数値は上がっているだろうが、中国の糖尿病有病率が上昇し、中国は今や世界最大の糖尿病蔓延国であることが明らかになった。2013年時点で、中国本土の成人における糖尿病有病率は10.9%、糖尿病前症有病率は35.7%と推定されたという。

 もうかなり昔だが、中国のお茶が随分ともてはやされたことがある。やたら健康にいいと喧伝されたあの頃、別に中国人がウーロン茶を飲んで健康だったりスリムだったりしたのではない。要は貧しくて摂取カロリーが極端に低かったのだ。当時何を食べていたのかしらないが、糖尿病になるほどの贅沢は出来なかったのだろう。ところが、現在は多くの人の生活水準が上がって、少なくともたらふくには食べれるようになったのだろう。農村部はなかなかマスコミで紹介されないから分からないが、少なくとも都会では、ファーストフードなどで満腹を得ることは誰にでも出来る水準になっていると思う。
 次に紹介する内容は全国でマネー・カウンセリングや講演を行う田口智隆氏のものだが、結構分かりやすい。恐らくかなり精度の高い考察だと思う。

収入の低い人の食事の目的は、主に『今、お腹を満たす』ことが多いです。だから、昼食はラーメン&ライスや丼もの、パスタ類、パン類など、炭水化物中心になりがち。そのほうが料金も安い。ところが、収入の高い人の食事の目的は、『体にいいものを摂取する』ことです。自分の体は食べ物でできていることをよく承知して、食事は将来への投資という感覚が強いのです。よって、エグゼクティブ系は、栄養の偏りがあってメタボの元凶ともなりやすい炭水化物系を避け、野菜やタンパク質(肉・魚・大豆など)を選んで食べるのである。
 
 5人兄弟で戦後間もない頃大きくなった僕は、まさにお腹を満たすことだけが食事の目的だった。やせの大食いだ。子供の頃の修正が今だ続いている。だから必ずご飯とうどん、ご飯とラーメン、ご飯とお好み焼き、ご飯とスパゲッティーだ。満腹にならなければ気持ちが落ち着かないから毎食腹十二分だ。腹八分など考えられない。あの中国で今起こっていることは、僕が子供の頃に経験したことではないか。豊かになって贅沢をしているのではなく、少し余裕が出て満腹になっているのだ。
 5割の人が糖尿病予備軍。10数億の国民が僕と同じ腹十二分を目指すなら、ますます世界中に出かけ多くを奪い取らなければならなくなるだろう。陸続きのかの国の青年達がしばしば口にする不安がよく分かる。


2017年07月06日(Thu)▲ページの先頭へ
解決
 今日、あることがきっかけで「不思議?」が解決した。
 僕のところに県外から漢方薬の依頼があるのは、メール、電話、或いは手紙でだが、その中でことメールに関しては歯がゆいことを経験することが間々ある。具体的には折角相談をしてくれて、僕が返事を出したのに、なんら音沙汰がないというものだ。文面から苦痛が十分伝わって来るのに返事が来ない。住所や電話番号を書いてくれている人は本気で相談してくれている。しかしそんな方がどうして返事をくれないのだろうかと悩むことがあった。それが今日ふとしたことで解決した。この問題の何割をその回答が埋めてくれるか分からないけれど腑には落ちた。
 ある方から返事をいただいたのは翌日だった。恐らく文面などから潔癖な方だと推察されたので不思議に思っていた。その理由をその方が教えてくれた。僕の返信が迷惑メールとして処理されて、そのフォルダに紛れ込んでいたらしいのだ。だから予想に反して返事が遅かった。
 機械にめっぽう弱いからどうして僕のメールが迷惑メールに認定されるのかわからない。何かその方が設定した言葉があるのだろうか。僕のパソコンもその設定はしてあり、毎日沢山入ってくるそれらしきものを選択してくれる。それでも多くの低劣なメールが混ざりこむことはある。どうやら完全と言うものではないらしい。
 世の中には、その人間の存在自体が迷惑メールみたいな奴がいる。その最たるものがアホノミクスだろう。精神の未熟さはあきれんばかりだ。そのレベルの人間に口答えも出来ない痔見ん党や金平糖はもとより、餌をぶら下げられて太鼓もちを家族の前で演じる疫人も同じ穴の狢だ。家族は哀れだろう。恥ずかしさも極限ではないか。法律では罰せられないかもしれないが、道で会う多くの人に軽蔑の目で見られるだろう。
 時代が進むにつれ、精神は崩壊している。それはそうだろう、多くの小説家も、多くの作曲家も、多くの芸術家も、多くの思想家も、近代を越える人は出てきていない。今僕らの知的な恩恵はほとんど近代に活躍した人たちのものだ。
 低俗な政治屋、低俗なアホコミ、低俗な鬼業家、低俗な足ラント、低俗なごめんテーター、みんな、みんな「迷惑滅入る」に閉じ込めてしまえ!


2017年07月05日(Wed)▲ページの先頭へ
母親
 ラフな格好、思い出そうとしてもジーンズにTシャツのイメージしか浮かばない。顔にお化粧をしないから、そばかすがそのまま見える。髪は天然かパーマかわからないが少し縮れている。すべてが自然体だ。そして何より自然なのが母親としての心だ。かざりっけはないが子供を思う気持ちは強いのだろう、もう数年通い続けてきてくれる。もっとも僕の薬局が出来ることだから重病ではない。ちょっとした不都合を漢方薬で治すことくらいだ。
 僕は勝手にその女性は農家の人だと思っている。根拠は服装とそばかす。重労働をこなすほど体格には恵まれていないが、何となく雰囲気があっている。いつもニコニコしている。恥ずかしそうな表情が多いのに、しっかりと相手の目を見、それでいて笑顔を忘れない。
 薬局には多くの母親と言う肩書きを持った人が来る。子がどのくらいの年齢かによるが、相談も年代によって傾向がある。受験期の親が一番多いようだが、余程才能に恵まれていない限り結構皆さん力みがない。たまにすごい才能を持って受験に挑んでいる子の親も来るが、どちらかと言うと田舎の僕の薬局には少ない。
 経済が要素か、学歴が要素か、仕事が要素か、暮らしている地域が要素か分からないが、結構母親像もパターン化されるが、僕はどの群の親も素敵に見える。僕が若い時にこうした女性に巡り合っていれば、この人たちの魅力に惹かれていただろうかと考えてみることも多い。何故なら年齢とともに美しさの基準がどんどんと内面に移行してくるのを感じているから。と言うことは不覚にも若い時には内面を見る力が弱かったってことだ。だからこそ長い間、その魅力に気がつかなかった人たちに今更ながらの感動を頂いている有様だ。
 力んで力んで生きてきて、片手落ちでは悔やまれる。もう一方の手でつかみたい、まだ会えぬ感動たちを。


2017年07月04日(Tue)▲ページの先頭へ
欠如
 休日に暇だから、AB(ドイツ語だとアーベーと読む)の2班に分かれてサイコロゲームをしていた。このゲームはトランプのルールを取り入れていて、一呼吸入れたいときはサイコロを振るのを1度パスできる。サイコロ パス アベ。インターネットでこのキーワードを打ち込むと、以下のような文章にヒットした。何のことかわからなかったが、丁寧に読むにつれてある人間に似ているなと思い始めた。似ているというよりそのものだ。そうしてみるとその人間の全ての行動が腑に落ちた。、

サイコロ パス アベ
@魅力的で口達者
サイコパスは他人と打ち解けやすく、社交的で会話上手で魅力的なタイプと言った傾向にあります。
また、サイコパスは、“どんな会話をすればいいのか?を常に理解している”そうです。
しかしサイコパスは “うわべだけの関係”を上手く発展させていきますが、それが“親密な関係”になっていく事は滅多にありません。
A平気でウソをつく
息をする様にウソをつけると言うのも、大きな特徴。
サイコパスはウソをよくつき、小さな事でも作り話にしてしまいます。
そして周囲の人達を欺くために、陰険になったり卑怯になったりもします。
B良心の欠如
サイコパスはほとんどと言っていいほど、 “良心” をもっていません。
感情移入や同情などせず、また罪悪感や良心の呵責もほとんどありません。
C他人に冷淡
人の感情を気にする事は、まずありません。
失礼な事を言って傷付けたり、理由もなく人を嫌悪したりと“人の気持ちを考えない”と言うのも特徴のひとつです。
D自分の行動をコントロールできない
日々の生活の中で、思いがけず起こってしまった事にイライラしたり、威嚇して怒ってしまう事もあります。
自分の感情を制御する事が難しく、それが躁うつ状態や理不尽ともとれる行動につながっているのです。
E衝動的
後先は考えず、“行動が先でその後に考える”と言う傾向にあります。
F無責任
約束を果たす事や、義務を全う出来ずとも責任感が欠如している為、無関心。
G自分の過ちを認めない
自分の非は絶対に認めず、他人のせいにしてしまいます。



2017年07月03日(Mon)▲ページの先頭へ
退院
 盲腸で入院したかの国の女性を見舞った。昨日高松の和太鼓コンサートの帰り道、見舞いを希望した7人を連れて仰々しかったが、よい機会だった。
 新築された市民病院に初めて入った。今まで訪ねた事がある大きな病院を少しコンパクトにした趣で、何となくそれらしく見えた。新築前は、どうせスタッフを変えないとまた大赤字だと言われていたが、その後の経営状態はわからない。ただ体裁は整えられていた。
 その女性が入っていたのは個室だった。これにはまず驚いた。言葉が分からないから、日本人と同室だったら気をつかうだろうなと心配していたが、一瞬にしてその懸念は払拭された。トイレも病室に備えられていて、今の病室はそんなに居心地が悪くないのだと再認識した。
 僕らが訪ねたときには、既に2人のかの国の同僚がいて、計11人が狭い部屋にいたことになる。点滴のチューブが手の血管につながれていたが、表情も明るかった。ただ笑うと傷口が痛むらしくて、感情を押し殺していた。
 日本語が全く出来ないから、日本語が辛うじて出来る仲間が通訳をしてくれたが、本当の通訳がいなかったので、僕も妻も皆が楽しそうに会話をするのを聞いていた。僕が疲れた顔をしていたのを見て、同行しなかった1人の女性が僕の肩を揉んでくれ始めた。かの国の人は家庭でよくマッサージをしてあげるのか上手だ。見舞いに行った僕が見舞いをされている感じで恐縮だが、その幸せな気分は失うわけに行かない。お言葉に甘えて疲れて手を止めるまで身を任せていた・・・・はずだが、丁度そこに会社のチームリーダーと通訳が入ってきた。その日は福山で日本語1級試験があり、男性のリーダーが車で連れて行ってくれていたみたいだ。その帰りを連れてきてくれたことになる。僕は5年くらい前からかの国の女性たちをお世話する許可を工場長からもらっているが、直属の若い上司に会うのは初めてだった。いい機会だから入院している女性の予後をよくお願いした。
 暫くして通訳が「それでは2人を宜しくお願いします」と言って、ふたりをリーダーにゆだねた。寮まで送ってもらうよう依頼したみたいだ。通訳は残ったが、僕と妻の車では連れてきた7人以外を乗せることは出来ない。そのことを伝えると通訳は、入院している女性のために朝まで付いておくと言った。実は入院してから2人の通訳が交互にソファーで寝泊りしているらしい。これには感動した。会社の指示か本人達の自発的な行為か聞くことができなかったが、いずれにしてもすばらしいことだ。異国の地で病気になり、さぞ心細いと思うが、仲間に助けられてけなげに笑顔を振りまく姿に心が痛んだ。入院費とか、仕事を休んでいる間の給料とか知りたいことはあるが、とり合えず元気で退院して欲しい。


2017年07月02日(Sun)▲ページの先頭へ
再確認
 僕みたいに極端な機械音痴にとって今日のその人は正に地獄に仏だった。こんな良い偶然があるのだろうか。僕にとっては記憶に残る良い偶然の筆頭のような気がする。
 同じ失敗をもう4回繰り返している。最初はセルフのガソリンスタンドで。2回目はコンビニの駐車場で、3回目は近所のガソリンスタンドで。そして今日は我が家の駐車場で。これだけはっきり覚えているのだからそのトラブルが起こった時は相当の慌てようだった事がわかる。事実かなりパニック状態になる。
 どの車でも同じなのかもしれないが、車を止めてからギアをパーキングに戻す前にエンジンを切ってしまうと、もう車を降りれなくなる。警告音が鳴り続けるから。そこで当然ギアをパーキングに戻し再始動を試みるのだが全くエンジンのかかるそぶりはない。最初の無人のガソリンスタンドとコンビニの駐車場での出来事では、パニくりながら訳も分からず挑戦していたら偶然始動できた。近所のガソリンスタンドの時は、さすがにプロですぐに教えてもらい再始動できた。ところがプロに指導された方法を覚えていなかったので、今朝はかなりうろたえた。と言うのは、高松に太鼓のコンサートを聴きに行くためにかの国の女性たちの寮に7時50分に迎えに行くと約束していた。約束の20分くらい前に何となく持って行く薬を整理していたら、時間が迫ってきて、急にエンジンを切って不足の薬をとりに帰ろうと思った。すると車を完全に停止することが出来なくなり、うろたえた。最初は先日ガソリンスタンドで教えてもらったことを少しは覚えているような気がしたから、記憶に従って挑戦してみたが全く動き始める様子がない。時間だけがいたずらに過ぎ去るから、珍しく説明書なるののを取り出してみたが、何処にそんなことを書いてあるかが分からなかった。もうこうなると朝早いが、販売会社に電話して教えてもらうしかない。そこが通じなければ車検をお願いしている会社にしようか思案しながら車から降りると、何と20メートルくらい先を正にガソリンスタンドの男性が歩いていた。彼がそんなところを歩くのも見たことがないが、偶然今朝が牛窓町を上げてのクリーン作戦の日だったのだ。総出で片付けなければならないほどゴミはない。だがまじめな彼は買い物のポリ袋をぶら下げてゴミを見つけるべく歩いていた。
 その彼を見つけたときの僕の喜びようは想像できると思う。ぎりぎりセーフで宇野港に着けるだろう。案の定彼の的確な指示ですぐに直って寮に直行した。なんていう偶然なのだろう。恐らく多くの要素が重なってこんなよい偶然を起こしてくれたのだろうが、原因の1つは数年前に、行きつけのガソリンスタンドを変えたことだろう。それまで何十年も農協にしていたが、農協が合併されてから、町内の勤務者が少なくなり、顔見知りが我が家の担当にならなくなった。個人的なつながりを重きにおいていたが、今では町外の見ず知らずの人が頻繁に交代してやってくる。ロボットでもいいようなものだ。そこで今お世話になっているスタンドに変えたのだが、それが効を奏したと思う。何かに付け、合理性がもてはやされるが、それは支配階級にとっての必要で、支配される側には息苦しいものだ。ちょっとしたことで大きな救いを得られたのは、地元の人たちとの付き合いを重視していたためだ。そのことを再確認させてもらったスリリングな教訓だった。 






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