栄町ヤマト薬局 - 2017/06

漢方薬局の日常の出来事




2017年06月30日(Fri)▲ページの先頭へ
一手先
 本当にかわいそう。
 昨夜、妻のフェイスブックに、通訳からある女性が盲腸で入院したと連絡があった。かわいそうな理由は3つある。
 見知らぬ国で入院し、言葉が通じないから病院のスタッフと意思疎通が出来ない。同室の人とも会話が出来ないから、不安の中でウツウツと過ごさなければならない。
 さっき調べたら、日本で盲腸で入院し手術をしたら自己負担が7万から10万円くらいかかるみたいだ。日本にある本社の繁忙期に3ヶ月の期間を区切られて応援に来たスタッフだから、給料も特別いいことはない。と言うことはひょっとしたら2か月分の給料が、あるいは全部が入院費で飛んでしまうのではないか。希望して来たのではないから、日本に来れただけで満足はしていない。結果的に3ヶ月がただ働きになってしまう可能性がある。
 この女性は先ず、福山の第九を聴きに連れて行った。そして明後日、高松に和太鼓のコンサートを聴きに行く予定だった。とても楽しみにしてくれていたのに、それがかなわない。高松のコンサートは宇野からフェリーで往復するからそれもとても楽しみにしていた。
 おまけにこの女性はうどんもラーメンも受け付けない人で、先日苦肉の策で渋川のホテルのバイキングにしたら、驚くほど食べた。その落差に驚いたが、一口で箸を置かれるよりはこちらも気が楽だ。そこで昨日、高松のホテルにバイキングを予約しておいたのだが無駄になった。と言うのは他の7人はうどん県のうどんを楽しみにしていたのだが、彼女のために諦めていた。予約していなければ急遽変えればいいのだが、こともあろうに予約しているものだからそれは出来ない。7人はうどんを食べられる状況になったのに食べれない「かわいそう」僕は昼食代が半額以下ですみそうなのに予約しているばっかりに出費がかさむ。
 3番目のかわいそうな理由はどうやら僕のことだ。思わずもったいない宣言をしそうだ。ただ、何かの縁で知り合い、二度と会えない人達に想い出は沢山作ってあげたい。明後日の高松行きがなくなったのなら、彼女のための高松行きを計画すればいい。僕のお気に入りのフェリー、玉藻公園、丸亀城、瀬戸大橋コースでどうだろう。早く出れば最後に倉敷観光も組み込める。
 庶民が年齢を重ねていくといいことも少しはある。その1つが我欲が消えること。行動の理由がいかにも単純化されてくる。今流行の将棋のように、なんて先どころかすら読まない。





2017年06月29日(Thu)▲ページの先頭へ
 世の中には元気すぎる人がいて、そういう人はほとんど高血圧、高血糖、高脂血症、高尿酸だ。もしこれで神経質な人なら病院に行き、それぞれの症状に合わせた薬を飲む。薬を飲めば飲んでいる間は数値が下がるから安心する。ただ、こうした症状の人たちは基本的には元気だから、体調は絶好調だ。だから検診で指摘されても気にも留めない人のほうが多い。自覚症状がなく、働いても遊んでも充実しまくりだから余計なお世話なのだ。
 ある方の御主人もこのタイプだ。奥さんが心配しても何処吹く風だ。毎年腎臓が少し怪しいと出ても病院に行かないのだから、元気過ぎ病の典型だ。しかし奥さんの熱意が通じたのか、病院に行ってくれた。病院と言っても、僕の息子が勤めている病院で、生活習慣病全てをまかなえるような煎じ薬の処方箋を切ってもらうためだ。一つ一つの病気に対応する現代薬を飲むとかなりの量を飲まなければならない。だからむしろ基礎を整える薬をまず飲んでみたらいいのではと思ったのだ。所詮生活習慣病なのだからベースは同じだ。食べ過ぎの運動不足だ。(陰の主役は遺伝のような気がするが)その行き着く先は分かる。その欠点を漢方薬で補えばまだまだ自力で体調を戻せるかもしれない。
 御主人が煎じ薬を飲み始めて10日くらい経った頃だろうか、奥さんが自分の用でやって来た時に、御主人が、あんなにしんどかったのに体が軽くなったと言って喜んでいると教えてくれた。煎じ薬の中に体力を増す薬は入っていない。どちらかと言うと体の中のゴミを捨てる処方だ。すなわち体の中の滞りを取る薬だ。それを飲んで体が軽くなったと言うことは、余程体の中にゴミが多かったのだろう。
 そう教えてくれた時に奥さんが印象的な表現をした。「煎じ薬を作ることが楽しくなった」と。これは現代薬では使われない言葉だと思う。薬が飲んでいる時間だけ数値を下げて、血液中から薬が消えれば体はすぐに元に戻る。化学物質が体の中で懸命に働いてくれているイメージは起こるが、体が綺麗にかつ元気になっているイメージはない。それがイメージできるのはやはり薬草から出来ている漢方薬だろう。クツクツと煮詰める作業が御主人に貢献しているという感覚もあるだろうが、自然の命を頂くって感覚もまたそうした表現を導いたのだと思う。
 田舎の薬局だからか、田舎の薬局のくせにか分からないが、僕の薬局は処方箋調剤、老人施設の入居者の調剤、漢方薬、昔からの薬の4部門で成り立っている。前の二つはもう付いていけない。毎日のように新薬が出る。辛うじてあとの二つで居場所を確保しているが、病院の治療で救われなかった人のお役に結構立てる。これは僕の力でなく、薬草に備わった自然の力、惠だと思う。


2017年06月28日(Wed)▲ページの先頭へ
刑務所
 運転中の車のテレビだから画面は見えなかったが、ある少女がシリアの内戦状況をツイッターで世界に知らせているらしい。恐らく小学生くらいだと思う。目の前で友人が爆撃で殺され、家々が破壊されるのを目撃し、ついには自分の家も破壊されてトルコに脱出したらしい。その間の状況を映像とともに発信している。印象深い話が沢山あったが、一番耳に残ったのは次の言葉だ。アサド大統領とロシアのプーチン大統領に宛てた手紙で、シリア軍やロシア軍による空爆を非難するもので、「爆撃をやめて、私の友達を殺した責任を負って、今すぐ刑務所に入ってください」と書かれている。
 環境しだいで幼い子供がここまで正義感を発揮できるのだ。決して望ましい環境ではないが、地獄がこんなに人を成長させるのかと驚いた。一見豊かな国ではありえないことだ。大人になっても世の不条理に気がつかないようなこの国とは全然人の心のありようが違う。今の若者にも中年にも老人にも正義感などと言うものはあまりない。世の理不尽を見て見ぬ振りをするしか能がなくなっている。臆病で怠惰だ。
 アサドとプーチンに今すぐ刑務所にと、とても短い言葉で、しかしその言葉以外に彼らを表す表現はないくらい的を射ている。命中だ。あれだけの人間を殺して生きているなんて許されるはずがない。一瞬ですんでしまう刑では軽すぎる。ニシキヘビを首に巻きつけるなんてのはどうだろうか。今まで殺した人たちの怨念を全て受け止めて逝かなければならない。スッとなんかありえない。ゆっくりゆっくり窒息を。
 あの少女に是非日本向けに情報を発信して欲しい。この国にもプーチンやアサドと同じレベルの人間がいるから。アホノミクスと言う平成の天皇になったつもりの人間だ。「100億円もの住民の土地や税金を自分の友達にただで差し出させ、書類はなにもないと疫人に言わせている責任を負って、今すぐ刑務所に入りなさい」


2017年06月27日(Tue)▲ページの先頭へ
 僕は時々、母がお世話になっている特養にかの国の女性たちを連れて行く。目的は、日本の隠れた日常的な光景を見て欲しいからだ。近代的な表の景色だけではこの国を理解できたとは言いがたい。日常延々と続いている営みも知ってほしいからだ。今まで延べにしたら30人は連れて行っていると思うが、どの女性も施設に入った瞬間目を見張る。そこには多くの老人が車椅子に腰をかけ、無言で広い空間に集められているからだ。お互い話をするわけでもなく、ただひたすらうつむいて惰眠をむさぼっている。
 先日、3ヶ月に期間を区切られて応援に来ているかの国の女性5人を連れて行った。いつものように初めて見る光景に驚き、いつものようにまるで本物のおばあちゃんのように優しく接してくれた。まだまだ老人を大切にする国の人たちは、老人との接しようがこの国の人間とは異なる。それこそ言葉が分からない分スキンシップで愛情を伝えようとする。痴呆だと途中で気がつくが、それで態度を変えることはなく、余計深く愛情を注いでくれる。
 昨夜寮に薬を届けに行ったときに、なぜおばあちゃんを施設に入れているのか問われた。来日してまだ2ヶ月の女性たちだから言葉は全く出来ない。通訳としてきている女性が必ず傍にいてくれて、僕の言葉を伝えてくれる。彼女は今度日本語の1級試験を受けるくらい日本語には堪能で、おなけにかの国の女性としては珍しく大学を卒業していて、見るからに賢明そうな顔をしている。彼女の夢は母国に帰って、生活が苦しくて、まともに食事を摂れない人の為に施設を作ることだ。心まで純粋な女性だ。
 僕が一区切りごと喋ると彼女が訳し、リビングに集まっている他の女性たちに伝える。10秒くらいかかるがほぼ完全に伝わっていると思う。「もう5年くらい前に、おばあちゃんが、何も分からなくなったんで、仕方なく施設に入れたんだよ」「本当は家でお世話したかったけれど、目を離す事が出来ないからそれは出来なかった。」「施設に行く日に、お母さんに頼んで、おばあちゃんをだまして連れて行ったんだよ」「でもおばあちゃんは分かっていたのか分からなかったのかしらないけれど、何も言わずにお母さんを見送ることもなく向こうを向いていたらしいよ」「家に帰ってからその話を聞いて、お父さんは涙が止まらなかった」「お父さんが決断したのだから、その後おばあちゃんが怖くて施設に会いに行くことができなかった」
 この辺りまで喋ると、僕はフラッシュバックして涙が出そうになった。それにつられたのか、或いはおばあちゃんを哀れに思ってくれたのか、通訳の女性は声が出なくなり、涙を流し始めた。その光景を見て他の女性たちも涙を流し始めた。「自分達が泣く必要はないじゃないの!」と言ったけれど、心の中では母を大切にしてくれる彼女達の純朴さに圧倒されていた。
 「3ヶ月くらい経ってから、ようやく決心しておばあちゃんに会いにいけたんだよ」「でも会いに行くとおばあちゃんはとても清潔で、これでよかったんだと思った」「今は、何も後悔していないよ。日本人は長生きだから、不健康で暮らす期間が男は9年、女性は12年だから、施設に入れるのも仕方がないんよ」僕が後悔していないこと、おばあちゃんがとてもよく世話をしてもらっていることを言うと、彼女達も笑顔を取り戻してくれた。それにしても見ず知らずのお年寄りにここまで自然な愛情を注いでくれるようなことがあるのだろうか。いつかそういう人の暮らすところで生活してみたいが、その頃には、僕が母のようになっているだろう。


2017年06月26日(Mon)▲ページの先頭へ
手抜き
 およそ芸術など理解できる感性を持ち合わせてはいないこちら側に問題があるのだろうかと自虐してしまいそうだ。こんなに相性の悪さを感じるものも滅多にない。何かしらの感動を得るものだが、今だ嘗て感動を覚えた記憶がない。自分の好きなジャンルなのに。
 実は昨日、さぬきの鼓響の出演者で1つだけ敢えて抜かしたものがある。それはあの天下の鼓童だ。「女流和太鼓 響音」「仁尾竜翔太鼓」「鴨川福神太鼓」「和太鼓集団 響屋」「大野原龍王太鼓」「和太鼓集団 夢幻の会」「善通寺龍神太鼓」の熱演の後、特別ゲストとしてトリを任された鼓童メンバーが、夫婦で歌や太鼓や笛を披露するのだが、なんとも省エネで、2時間続いた熱演の後にはもう耐え難いテンションの下がりようで、途中で会場を抜け出した。女性が佐渡の民謡を歌い、御主人が太鼓を軽く打つのだが、とても会場を沸かせるものではない。もり下がるとはこのことだ。僕はネームバリューに媚びて演奏順を間違えたのだと思う。あの日の実力なら当然トップバッターしかありえない。最初から身を乗り出すようにして聴き続けていたかの国の女性たちも、全員が椅子に深く沈み込むような姿勢になっていた。見るからに退屈そうで、これなら終了を待たずに出ても嫌がられないと思った。案の定「リーリー(行こう)」と声を掛けると全員が分かっていたように席を立った。会場に出て「ゴメン」と謝ると「ニホンゴワカラナイ」と言っていた。
 一昨年にもうなると思うが、岡山の市民会館で行われた鼓童のコンサートは、坂東玉三郎の演出とうたわれていたが、それはそれは芸術と言うより単なる手抜きにしか思えないほど低次元のものだった。その時の記憶が甦り「また、だまされた」状態だった。この不快な経験が一度だけなら自分の芸術を理解する能力がまだまだだと自分を責めることも出来るが、連続だし、僕と同じ経験をした太鼓集団のお世話をしている人と話す機会があって確信した。
 ネームバリューがある分風当たりは強いと思うが、その風をまともに1度受けてみてもらいたい。円熟がどうも手抜きに見えるのは僕だけではないみたいですよ。


2017年06月25日(Sun)▲ページの先頭へ
点数評価
 よかった、よかった、今年も「さぬきの鼓響」は期待通りの演奏の連続だった。主催してくれた「日本太鼓財団香川県支部」の皆さんや出演してくれた「女流和太鼓 響音」「仁尾竜翔太鼓」「鴨川福神太鼓」「和太鼓集団 響屋」「大野原龍王太鼓」「和太鼓集団 夢幻の会」「善通寺龍神太鼓」の皆さんに感謝だ。僕は勿論、3ヶ月の応援部隊として来日している女性たちも、とても喜んでくれた。特に彼女たちは恐らくもう日本に来ることができないから、楽しみようも濃密で連れて行く僕もモチベーションが上がりっぱなしだ。しかし、そうしたことが、僕自身にも多くの果実を与えてくれる。
 実は今日の会場が香川県の詫間だから、瀬戸大橋を渡っていかなければならない。どうにか工夫すれば電車でもいけるのだが、歩くのがめっぽう嫌いなかの国の人達を連れて行くから、丸亀駅から丸亀城まで、詫間駅からマリンウェーブまで歩かせるのが気がひけた。特に今日は小雨だから傘も持たなければならない。(実際は、念のために傘を5本車に積んでいたのだが、一人も傘を持ってきていなかった)と言う理由で、あの嫌な瀬戸大橋を車で渡る方を優先してスケジュールを考えた。高所恐怖症の僕にとっては結構あの高さとあの長さは難関なのだ。以前なら計画を立てはときから常に頭からはなれず、考えるたびに動悸がしそうだった。しかし、僕は多くのパニック障害の方を世話している関係で、現場から逃げ出すことは出来ない。現場でしか治らないと常に言っている立場上、逃げることは出来ない。何回も挑戦して克服するしかないと言い続けている。だからあえて車を選択することが多い。そして最近は、手に汗を握ること少々、橋の途中で急に不安感に襲われること少々までこぎつけていた。
 ところが今回は、数日前に車で行くことに決めてからも頭に浮かぶこともほとんどなく、だから当然動悸がすることもなく当日を迎えることが出来た。そして何となく何も起こらないのではないかと言う予感がした。案の定、瀬戸大橋がトンネルを抜けた瞬間見えても何も動揺しなかった。むしろ彼女達が写真を撮りやすいように、追い越し車線ではなく欄干よりをゆっくり走ってあげる気配りも出来た。以前なら追い越し車線をがむしゃらに運転して一刻も早く橋から出たかったのだが、今日はそういった発想は全く影を潜めた。しばしば僕が患者さんに点数評価してもらうが、それに準ずれば10が2くらいまで改善したのではないか。もう1,2回挑戦すれば0になるかもしれないと思った。もっとも今回は、3日前から高所恐怖症の漢方薬、今朝出かける前にパニックの漢方薬を飲んだからドーピング気味ではあるが。
 なにわともあれ、今一緒に頑張っている「出来ないことがある」人達に僕の処方や取り組み方が正しいことは証明できると思う。この歳になって敢えてむきになって解決しなければならない問題かとも思うが、そのあたりは潔癖だから挑戦し続けたいと思う。







2017年06月24日(Sat)▲ページの先頭へ
新型うつ病
 毎月送られてくる薬学雑誌の今月号の特集はうつ病についてだった。最近の傾向についての考察が面白かったので披露する。

 定型うつ病(以前から言われているうつ病)は、気分が落ち込み、楽しめなくなる、食欲低下、不眠、外出をしなくなるなど、その症状はすべてマイナス傾向にあらわれる。また、真面目で几帳面、トラブルを恐れるあまり他人に気を使いすぎて精神的に疲れてしまう性格が特徴的。片や新型うつ病は、以下のような5つの特徴を持っている。
@自分の好きな仕事や趣味・旅行などの時だけ元気になる
A定型うつ病の患者は他人にうつ病を隠す傾向があるが、新型うつ病の方は、うつ病を公言する傾向がある。また、病気を水戸黄門の印籠のように使う。「この紋所(うつ病)が目に入らぬか!」
B家庭内でわめきちらかしたり、急に泣き出す感情の浮き沈みが激しい。何事も悲観的にとらえるため、些細なことで家族や友人に避けられたりとか、嫌われていると思い込んで傷つく。
C倦怠感や疲労感などの不調を伴い過眠になる。とくに仕事のある朝、疲労感や倦怠感がひどく、憂うつな気分。 そのため、なかなか布団からでることができず、「行きたくない!」とか「ダメだ。行けない!」など悶々と考え続けギリギリまで動けない。いくら寝ても眠れてしまうといった過眠傾向がある。
D女性は生理前にうつ症状が悪化する。

抗ウツ薬はほとんど効果が無い。主治医を信頼せずに良好な関係が築けない。
 
 正式名称ではないらしいが、何となく新型といえば、新人類がかかりそうな病だ。ただ、抗ウツ薬が効かないとなると、むしろウツと言う言葉を使わないほうがいいのではないかと思ったりする。なるほど上司は怠け者の烙印を押して責めるから、そういった病名をつけてあげて守ることは必要かもしれない。素人には病的なのか、単なる横着なのか分からないから、人格を否定してしまい傷つけることもありうる。
 僕は以前からうつ病と言う言葉があまり好きではなく、と言うのは抗ウツ薬を飲んでいる人が結構多くて、何となく治療成績が低いことが気になっていた。素人だから、処方箋を持ってやって来る人を判断できないが、本当にこの薬が必要なのだろうかと思いながら、投薬していた。
 もう随分前から、世の中では当然うつ病と診断されているような方が漢方薬を希望してくるようになった。そうした方と話をしていて、僕のギャグで笑う人を「ウツウツ」と名づけた。ウツを2回繰り返せば、深刻さが消え、誰にでも起こる単なる落ち込みや動揺と捉える事が出来るようになった。また僕のギャグにニコリとも反応しない人を、定型うつ病だと思うようになった。随分乱暴な根拠だが間違っていないと思う。笑える人は漢方薬で復活する人が多い。笑えない人は僕の力では無理だからお医者さんにかかってもらう。
 正義を行う人がとても少なくなった時代は、まじめで几帳面な人は生きづらい。そうした人が責任を是が非でも果たそうと頑張り、その結果自分をいたわることを忘れて自滅する。そうした人たちを踏み台にして私欲を満たす奴らが国を動かす。傷つかなくてもいい人たちが傷つき、傷つくのが当然の人間が栄える。この理不尽を逆転させなければ、僕らは新型うつ病になって身を守るしかなくなる。


2017年06月23日(Fri)▲ページの先頭へ
本丸
 ある男性から、電子タバコがあるかどうか問い合わせがあった。勿論そんなものは扱っていない。その男性は、僕が牛窓に帰ってくる頃に、牛窓の工場で働き始めた人だ。大阪からやって来て、知人もいなかったので、時折利用する薬局の若い薬剤師の存在が何かと便利だったのだと思う。しばしば訪ねて来る様になり、土曜日には午前中僕とお喋りを楽しんだ。そんなことが20年以上続いた。ある時、20歳以上年下の恋人が出来、その女性を喜ばせるために会社を辞めて退職金を使い果たした。そして転落。経済と人格を使い果たした。
 次の男性は、大きな使命をもって大阪からやって来た。牛窓の開発に携わるために牛窓に住居を移し、町民と親しくなりながら開発を進める。牛窓の情報が集まりやすい薬局は便利だったのかもしれない。田舎の人間を馬鹿にするようなところもあったが、実は本人はもっと田舎の出身だった。田舎の人を利用することはめっぽう得意だった。多くの善良な人たちが協力した。ほとんど訳も分からず協力した。ところがその男性は人にたかるばかりで、与えることをしなかった。そのうち家族にまで見放されて1人暮らしで酒びたりになった。アウト。あわただしく人生を終えた。誰も悲しまなかった。
 3番目の男性は、僕の話にしばしば登場する人。酒と博打の自爆型人間。2回既に法務局に出張に行っている。いくら諭しても病気だからやめれない。3回目も危なかった。ある宗教家に救われたから今回は辛うじて出張はなかった。ただ、今でも多くの人をだまして寸借を繰り返す。この町でまともに会話してくれる人はいない。僕とその宗教家くらいなものだ。もうほとんど終り。
 今日娘にしみじみ言われた。「お父さんは人を引き寄せる力がある」そう何故か、こんな人ばかりが集まってくる。実は4番目の人間、5番目の人間もいるが、どれも身を持ち崩した人ばかりだ。身を持ち崩して牛窓に来たのではない、牛窓に来て僕と知り合い身を持ち崩した。
 不思議と僕はそうした人たちに感化されない。恐らく一番の理由は働くことが好きだったってことだろう。中心にはいつもそれがあったから、それを阻害するものは避けた。楽しげな諸々のものは僕にとっては単なる周辺でしかなく、本丸の楽しさに比べれば取るに足りないものだった。本末転倒した人たちが次から次へと社会から脱落していった。社会的動物の人間が社会から脱落するのは本当に哀れだ。生殺し状態で生きていかなければならない。最善を尽くして転落してしまった人達とは随分質が違う。目つき、顔つき、運のつき。


2017年06月22日(Thu)▲ページの先頭へ
必然
 韓国の文在寅大統領は、東京電力福島第1原発事故を教訓に、原子力発電に関する政策を全面的に再検討する方針を表明、新規原発建設計画を全面白紙化し、原発の寿命も延長しないと述べた。また現在稼働中の原発の安全基準も大幅に強化すると強調した。国民の安全向上を優先課題に掲げる文大統領は、原子力政策の根本的転換に乗り出した。大統領は、「(福島の)事故は原発が安全ではなく、低価格でもなく、環境にも優しくないという事実を明確に示した」と指摘した。さらに、昨年9月、南東部・慶州で、過去最大規模となるマグニチュード(M)5.8の地震が発生したことに言及、「韓国はもはや、地震の(起きない)安全地帯ではないことを認めなければならない。地震による原発事故は致命的となる」と訴えた。

 原発が安全ではなく、低価格でもなく、環境にも優しくない?言い換えると、危険で高くて環境を破壊する?そんなものこの世の中にあったらだめだろう。普通この3つの条件を並べられたらみんな逃げるのではないか。蛇を見たって逃げるのに、どうして放射能から逃げないの?高いもには手が出ないのに、どうして原発には手が出るの?安い安いと洗脳されているから?環境を破壊するなと国を挙げて努力をしている振り?実は日本も本音はカルタと同じ。企業の業績が何にも優先する。
 あの国でも台湾でもドイツでも出来ることがこの国は出来ない。恐らく日本人ってまだ解放されていないのだ。江戸時代と精神は変わっていないのだ。金持ちに弱く貧乏人に強い。上に弱く下に強い。平成の世になってますますその傾向が強まった。日本人が変われるチャンスを決定的に失ったのは福島の原発事故のときだ。あれだけ何十万人の健康と時間と財産と自由を奪いながらなんら罰せられない事実を作ってしまった。あれを見て多くの金持ちや政治屋は、日本では何をしてもかまわないと思ったに違いない。あのときから庶民は奴隷になったのだ。精神的にも肉体的にも。抵抗の歴史がない国の必然か。



2017年06月21日(Wed)▲ページの先頭へ
平成35年
 薬局は開設許可を6年に1度更新する。それをしないと営業できない。薬局には他にも許可をもらわなければならないものがある。毒物劇物販売業、麻薬小売業、薬局製剤製造業 、薬局製剤製造販売業などがそうで、僕の薬局でも一応全部要件を満たして許可をもらっている。
 毒物劇物販売業は今ではあまり薬局での需要はないが、塩酸や苛性ソーダーなどが該当する。昔はトイレをきれいにしたり油を落とすために使うことが多く結構需要はあった。今はほとんど必要ない。逆に最近必要なのは麻薬小売業だ。これは別に麻薬の密売人をするために必要な免許ではない。病院から時々痛みをとるために麻薬に指定された薬が処方箋で出ることがある。そのために取っている許可だ。薬局製剤製造業 、薬局製剤製造販売業は僕の薬局にとってはとても大切な免許だ。薬局だけに作ることが認められている処方で僕が作る漢方薬の多くがこれに依拠している。煎じ薬はエキスの倍くらい効くから、この免許は不可欠だ。また娘が勉強して作っている薬局製剤は、今は僕の薬局には必需品で、メーカーの薬はなくても薬局製剤だけでかなりの病気に対応できる。それが証拠に多くの方が毎日色々なものをとりに来てくれる。今の時期一番多いのは、腋臭や汗のにおいを消すローションタイプの塗り薬だ。
 つい最近これらの許可書の更新があって、役所から新しいものが届いた。そしてそれを何気なく見ていてある衝撃的な発見をした。次の更新が当然6年後なのだが、もしかしたらその時僕はいないのではないかと思ったのだ。6年後は70歳を回っている。薬剤師として役に立てるかどうかと言う懸念より「その時僕はまだいるの?」と言う不安のほうが勝った。ひょっとしたら僕は既にこの世の人間ではないかもしれない。まだ生きていると言う前提がまるで根拠のないもののように思えたのだ。はっきりと数字で表されると、次の更新年月ははるか遠くの、辿り着けそうにない目的地のように思えたのだ。
 僕ら世代や少し上の人たちは毎日どのような気持ちで暮らしているのだろう。ずっと生きると言う前提で揺らぎもないのだろうか。日常の忙しさにかまけてそんなことを考えてもみなかったが、青年の頃は遥か遠くにあったゴールがもう手の届くところにきたことをあの許可証で思い知らされた。僕はそろそろ1つの接頭語を捨てなければならないかもしれない。「この先」と言う。




2017年06月20日(Tue)▲ページの先頭へ
生花
 「マムシや猪、蜂にも注意してください」と言われて牛窓のこととは思えない。どこの山間地域の話かと思うが、紛れもなく海岸沿いに広がる牛窓東小学校での校医の言葉だ。
 学校保健委員会に医師と歯科医師と僕が招かれて少しだけ話をするのだが、平和でのどかな牛窓の小学校で健康上の問題点などはほとんどない。そこで医師が、健康上の問題ではないがと前置きして危険動物が牛窓にも出没していることを教えてくれた。色々な観光地へ行くとマムシ注意の看板をよく見かける。少し草むらが広がっていたら大抵その看板が立っている。木が生い茂っているところなどなおさらだ。だから僕は夏はドイツの森にも四国村にも行かない。医師は、家の庭にも出たりするから気をつけるようにと言い、学校でマムシの標本か、写真などでマムシを見分けられる知識を与えておくべきだと助言していた。
 また夜には猪が出没していると言っていた。僕の薬局は牛窓では最も住宅が多いところだが、ここでも夜には猪が出ているらしい。僕は毎晩テニスコートを歩いているから、ひょっとしたら猪と遭遇するかもしれないとその話を聞いていて思った。「猪は怖い」とその医師は言っていたが、確かに噛まれたら大変だ。痛いだろうし、どんな細菌を持っているかわからないから、感染病が心配だ。蜂に関しては都会も田舎もないみたいだが、救急車を呼んで迅速に対応するようにと助言をしていた。
 これで終りかと思っていたら、歯科医師が鹿をつい最近見たと言っていた。勿論僕は地元だから何処で見たかすぐに分かった。そんなところまで人間に近づいているのかと少し驚きだった。そしてもっと驚いたのは、僕の大好きな鳶どころではない貴重な鳥を最近見たらしい。それは雉だ。これには驚いた。「雉が牛窓にいるの?」と保健委員会とは思えないような声が出た。
 僕はこの1、2年、急激に鳥が増えたと思っていた。僕だけでなく時々それに気付いた人がいて、喜ばしい変化だと喜んでいる。ただ喜んでいるのは農家以外の人だ。農家の人は死活問題だ。猪や鹿とは共存できない。作物の被害が半端ではない。僕がもう少し若かったら猟銃の免許でも取って招かれざる客を退治してくれるのだが、今はもうそんなことは出来ない。この歳で取れそうなのは生花くらいなものか。 


2017年06月19日(Mon)▲ページの先頭へ
武器
カルテの保存を始めてから1100人くらいの方を世話していますから(8割くらいがガス漏れかな)
症状や苦痛はかなり理解できていると思います。
僕は実際にガス漏れの患者さん50人以上、お尻から10cmくらいのところに僕の顔を持っていき臭っていますから、ガス漏れは実際にはないと信じています。
息子も消化器内科の専門医ですが、ガス漏れが実際にあるとは信じられないと言っています。
僕のところにはほぼ100%病院にかかって後、長い年月を経て相談してくれる人が多いですから、治しにくいというハンディーは負っています。
それと僕が使うことが出来る武器は漢方薬だけですから、余程集中力を保ちながらお世話しないと効果を感じていただけることは出来ません。
僕の武器は漢方薬と沢山の方を世話してきた実績です。それがあるからこそ、ぶれることなくお世話できているのだと思います。
いたずらに患者さんに迎合しては、よい結果に導くことは出来ません。
僕は、自身のいろいろな体験から、それらの人たちを病人だとは考えません。
ただ、こだわりから解放されずに苦痛に満ちた青春を歩んでいる事が不憫です。
御法度の裏街道を歩く人達やアホノミクスがその種のものに陥るのならまだいいのですが、多くは善良で繊細な人ばかりです。
余計哀れです。自律神経の過緊張を取り、肝っ玉をつけてあげれば300人くらいが治りました。
でもそれに含まれない人のほうが多いです。大病院をはじめ、ありとあらゆることをして効果を体感できなかった人たちですから、
僕の漢方薬を飲むのも2週間が限度の方も多いのです。
そうした方を除外すれば実際にはかなりの確率で症状の軽減は図れています。
過敏性腸症候群のガス漏れに関しては、薬を飲むほうも作るほうも歯がゆさとの戦いだと思います。
僕は頑張りすぎの自律神経を抑えて心も内臓も正常な動きをするようにします。
また、アンテナを上げて周りの情報ばかりキャッチしようとしている気持ちを強くします。
漢方薬で何事にも動じない力を作って欲しいのです。
こうしたことでしか完治は望めないと思っているのです。
本人も親御さんも不安だと思います。ある日ふと「ガスなんて漏れるわけないよな」と気がついた瞬間に治るのですが。

ヤマト薬局


2017年06月18日(Sun)▲ページの先頭へ
偏差値
 僕と同世代の男性が特別養護老人ホームから出てきて車に乗った。そして10台くらいしか置けない駐車場から出て行く時に窓を開けて手を振った。珍しい光景だから目に付いた。そして手を振っている先を眺めると、玄関で手を振っている老婆がいた。
 ほとんどの人が痴呆のその施設の中では一際しっかりしているおばあさんだ。僕が施設のロビーに入って行くと必ずそのおばあさんは僕を物色する。僕は勝手に、しばしば施設に親を訪ねてくる息子がいることが妬ましいのではないかと勘ぐっていたが、そのおばあさんにもちゃんと訪ねてくる人がいるんだと安心した。それも別れ際まで手を振り合える息子さんが。
 その後男性が予期せぬ動きをした。僕は母を連れ出して駐車場の木陰でかの国の女性たちの力を借りて親孝行をしていたのだが、その光景が丸見えだったのだ。男性は車を数メートル動かすとすぐさまゆっくりとバックしてきた。と言うのは、ほんの数メートル車を動かせば玄関からは見えなくなってしまうのだ。だから当然息子さんが帰ったと思って施設に入っていくだろうと思うが、息子さんはそれが心配だったのだ。僕にとっては不可解な動きに思えたが、男性は母親が施設に戻ってくれるかどうかが心配だったのだ。男性が車をそっと後戻りさせたときには、母親は既に背中を向けて施設に入ろうとしていた。それを見届けた男性は今度は本当に車を運転して駐車場から出て行った。まるで映画の一シーンの様な体験をした。
 いくつかの偶然が重なって目撃できた名シーンだが、この国では今この瞬間でも繰り返されている光景だ。さまざまな感情が交錯して、正答がない問題を人は解き続けている。僕もその中の1人だが、今日素敵な解答をカンニングできたから、もう少しでも偏差値を上げれたらと思っている。


2017年06月17日(Sat)▲ページの先頭へ
 赤穂第二弾
 赤穂第二弾。
 昨日赤穂について書いたら、偶然赤穂から漢方の相談に御夫婦がやって来た。僕だと1時間くらいかかるが、慣れた人ならもう少し早く来れるかもしれない。今日で3回目だから、相談が終わったところで雑談タイムだ。
 僕が赤穂が好きな理由のほとんどは、ハーモニーホールと言う立派な文化施設があるからだ。奥さんもその施設はありがたいと言っていた。小都市でも結構有名なアーチストがやってくるから市民の評価も高いのだろう。ただその奥さんは、赤穂は食べるものがまずいと言っていた。確かに僕も、かの国の女性たちを連れて行っても昼食には苦労した。ただ、僕の苦労とその女性の苦労は質が違う。奥さんは話によると神戸で育って赤穂に嫁いだ人だ。だから舌はあくまで神戸だ。そもそも基準が高すぎる。あれだけの大都会だと、超有名店がひしめくだろうから、体重別の試合でもしなければ勝負は最初から決まっている。腕に自信がある料理人は人口密集地に出るだろう。その選択肢がない料理人が小都市で開業する。腕も店構えも当然劣る。ところが僕の場合、そもそもの基準が極端に低いから、そう牛窓基準だから、美味しいかどうかはさほど問題にならない。ただ入りやすくて出やすければいいのだ。清潔であればいい。無防備に入っていけれる店が少なかったような気がする。 
 そんな都会育ちの奥さんでも、最近は東のほうには行きたくないと言っていた。「ごちゃごちゃ」と言う表現を使って、大都市神戸を表現した。赤穂の人間になったと言っていたが、そうなると嘗て、「ちょっと用事で神戸まで行ってくるわ」レベルのことが億劫になるらしい。
 その代わりかどうかしらないが、最近は岡山県、特に倉敷にはまっているらしい。もう何度もご主人と訪れたらしい。あの落ち着いた町並みが好きらしい。そこで僕がこの日曜日に訪れた尾道の印象を話した。倉敷の風情が好きだったら、まず尾道も気に入る。同じように落ち着いた町だし、風情を楽しめる範囲が倉敷よりも広い。じっくり楽しもうと思えば2時間では足りない。奥さんは最初から興味深く聞いていたが、途中からご主人のほうも興味を持ったのか、所要時間などを尋ねられた。
 僕が訪れたらいいところを紹介するなんて10年前までなら考えられないことだ。漢方薬の勉強会のために色んな開催地を訪れたが、勉強が終わればすぐ新幹線に乗って帰っていた。勉強以外のことがまるでもったいないことのように思えていた。ところが今になって初めて理解できたのだ。そのもったいないようなことは営利活動には全く寄与しないが、人として生きるうえで必要な精神状態を整えてくれるってことを。そのことにもっと早く気が付けばよかった。もったいない。


2017年06月16日(Fri)▲ページの先頭へ
感性
 確かにそう言われれば、微妙に違うから、迷って二人で考えた。
 2年半前に、初めてお母さんに連れられて過敏性腸症候群の相談に来た時はさすがに会っていると思うが、記憶がない。と言うのはよく効いたから、それ以降はお母さんだけがやって来た。それも体調を崩した時だけ。何の話の延長だったか忘れたが「息子さんは繊細な子なんでしょう?」と僕が言うと、お母さんは首をひねって「繊細ですかね?」と言ったまま言葉が続かなかった。そして暫くしてから「生真面目ではあるんですけれど」と言った。お母さんには繊細と言う評価はピンと来なかったみたいだ。どこか違和感を感じたのだろう。そこで行き着いた言葉が生真面目だった。どちらが的を射ているかと言うともちろんお母さんだ。僕は多くの過敏性腸症候群のお子さんを知っているから、一般論で繊細と表現した。繊細と言う言葉の奥に、他意が混ざる余地は少ないと思うが、生真面目の奥には何か別のニュアンスも潜んでいそうだ。お母さんは恐らくその隠れたもう1つの意味を含めて表現したのだと思う。生真面目で何が悪いと言いたいくらいだが、もう少しおおらかにと言う希望が隠されているに違いない。あまりにも杓子定規だと自分も他人も傷つけてしまう可能性をお母さんは気がついているのだ。
 繊細と生真面目の意味の差をとっさに答えるのは難しいと思う。こうして文字で表すと、そしてじっくり考えると分かるが、会話の中に出てきたら、日本人の肌に染み付いた印象でしか分からない。理論よりニュアンスで理解するしかない。手触りや舌触りのように。ただ僕の感性はどちらかと言うと手触りや舌触りよりも差し障りだ。


2017年06月15日(Thu)▲ページの先頭へ
赤穂ハーモニーホール
 「船から、海浜公園が見える?」その後にはいいなあと言う言葉も心の中では続けていた。
 話していたのは若い漁師だ。恐らく牛窓の漁師では一番若いと思う。僕が知っている限りでは3代目だ。彼のおじいさんもお父さんも薬局を利用してくれているから3代が揃って利用してくれていることになる。なかなか漁師もハードな仕事だが、3代がそれぞれ船を持ち頑張っているのはすごい。3代目など生まれたときから薬局に連れられて来ているから、僕は彼の成長をずっと見ていたことになる。ただ彼が赤穂の海にまで行って漁をしていることは知らなかった。海には海のルールがあり、岡山県の漁師が兵庫県の海で魚をとっていいとは知らなかった。僕の顔の表情で分かったのか「兵庫県の許可を取っているから魚をとることが出来る」と教えてくれた。
 「海浜公園のゴンドラが見えるの?船をつけて遊びに行けばいいじゃないの!」と言うと「そんな暇はないし、一人で行っても面白うねえ(面白くない)」と答えたが、当然といえば当然だ。2時間かけて辿り着き、それから1人頑張るのだから無駄な時間などないだろう。彼にとっては単なる仕事場なのだ。ところが僕は結構赤穂には思いいれが強い。それは初めて第九を聴いたのが赤穂のハーモニーホールだったからだ。新聞折込でコンサートを知って、何を思ったかチケットを手配して初めてクラシックを生で聴いた。初心者の僕は多いに感動した。そしてそこから病み付きになった。そうした想い出の街なのだ。
 赤穂の第九のコンサートは隔年開催だった。計3回聴いた。2回目からはかの国の女性たちを連れて行くことになった。午前中は例の海浜公園でくつろぎ、午後コンサートを楽しむ。僕にとっても彼女達にとってもすばらしい時間を過ごす事が出来た。ただ残念ながら昨年は開催されなかった。ホームページを今か今かと毎日のように見ていても、開催日時が告知されなかった。そこで直接電話で尋ねると中止を知らされた。理由までは尋ねなかったが想像はつく。あの規模の街で歌い手を集めるのは大変なのだろう。
 何故か赤穂からも漢方薬をとりに来てくれる。隣町の日生と縁が強くて、日生の人たちの紹介だと思う。牛窓、日生、赤穂と、海から見れば恐らくとなり町だ。牛窓も日生も、漁師町で文化の香りはしないが赤穂は少しだけ趣が違う。ハーモニーホールの1つ分の香りが漂う。


2017年06月14日(Wed)▲ページの先頭へ
修正
先日は子供のお薬ありがとうございました。
お陰様で元気になってきたようで今日は夕飯も作ってくれました。
本当に先生には親子で助けてもらっています。
トピックスの40歳代さん!全く私と一緒だぁ〜〜って思いました。
みんな切磋琢磨しながら前に進んでるんだなぁ〜〜って
また 元気をもらいました。私も少しずつですが後戻りしながらも
今は前に進めてると実感しています。
もっともっと挑戦して楽しめる人生にしたいです。
負けません(笑)
今日のブログも凄く参考になり勇気をもらいました。
週末は友達とランチしてみようかな



よかったですね。若いっていいですね。回復力がすごいではないですか。
人生に平坦な道はないから、時には落ちたり息切れしたりですが、その都度こうして修正すればいいのです。
ヤマト薬局で修正出来ている間は病気ではありません。調子を崩しただけです。
そんなこと人生では何度でも遭遇することです。そのたびに強くなったりしたらそれこそもうけものです。
転んでもただでは起きていないかもしれませんよ。
トピックスの40歳代さんは今日も挑戦したみたいですよ。今日はいまいちだったみたいですが、
挑戦しているところがいいです。嘗てのあなたのようなものです。
なんだかんだと言いながら苦手な現場に出る人は治っていきます。

「電車の中でも、みんなは平気な顔して乗っているのに、私はパニックの症状が出てつい人と比べてしまいました。
私も平気な顔して乗りたいなぁと。」

彼女の言葉です。面白いですね。彼女は僕なんかに言わせれば輝いているのです。
まるで自然体で、とてもいい笑顔をします。
僕ら世代から言うと未来を一杯持っていて、可能性を語る資格があるのです。
電車の中の人たちも恐らく多くの苦痛を抱えて生きているでしょう。
精一杯演技しているのかもしれません。痛くても、悲しくても。
僕も貴女も40代さんも、そして多くの人たちも一緒によりよく生きていけたらと思います。
ブログのメッセージは僕から皆さんへのエールでもあるし、皆さんから僕へのエールでもあるのです。
僕は人を導くことは出来ませんが、お互い肩を組み一緒に歩くことはできる職業だと思っています。
ヤマト薬局






2017年06月13日(Tue)▲ページの先頭へ
果実
 他の方から見ればなんでもないことかもしれないが、僕には少しハードルが高かった。と言うのは1週間前に笠岡に行った時の疲労感がすごかったのだ。理由は色々あるかもしれないが、ポピー畑で炎天下2時間くらい過ごしたことか。或いは、日本語が出来る人がいなかったので、1人黙々と運転したことか。はたまた昼食に彼女達が買ってくれたホルモンうどんがめっぽう脂っこくて、気持ちが悪くなったことか。帰りの道中は体は疲れているのに気分だけが妙に覚醒している不快な感じだった。家に何とかたどり着き、休憩を取って初めて正常に戻った。
 状況に応じて、いくつかのパターンを考えた。最悪、目覚めた時の体調が悪ければ邑久駅まで車で行き、そこから全て電車を利用する。2番目のパターンは、笠岡駅まで車で行き、海岸通の駐車場に車を置き山陽本線の電車を利用する。この2つのパターンでは、福山駅から会場のふくやま芸術文化ホール リーデンローズまで市内バスを利用することになる。3番目は、直接リーデンローズまで車で行き、そこから市内バスで福山駅に行き、山陽線で尾道まで行く。そして4番目が理想の尾道まで直接車で行き、尾道観光をした後福山に戻り第九を聴き牛窓に帰るというものだ。
 僕は福山まで車で行ったことがあるがそこから先は未知の所だ。尾道は1人で行くときは新幹線、かの国の女性たちを連れて行くときは山陽本線で行く。だからイメージとしては電車で行く所なのだ。だから車で行くには最初から抵抗があった。それに輪をかけたのが1週間前の笠岡行きだった。ただ、本来ならそんなに悩むことではない。電車で行けばいいのだ。しかし僕には迷わなければならない理由がある。
 僕がお世話している漢方薬の患者さんの多くが、日常生活の中で多くの「出来ないこと」を抱えている。人前に出られない、公共の乗り物に乗れない。美容院や喫茶店に行けない。PTAの会合に出られない。人前で話せない。バイパスに乗れない。高い橋を運転できない。人と一緒に食事が出来ない。映画館に入れない。ガス栓や火の元の確認が一度だけでは外出できない。その他、人それぞれに出来ないことがある。例えばバンジージャンプみたいに日常どうしても必要でないもので勇気を発揮して欲しいのではない。誰だって出来ることで物怖じして出来ないとあきらめることを避けれたらと思うのだ。普通の人なら必ずできるごくありふれた日常の行動を手放して欲しくないのだ。
 多くの方に漢方薬を飲みながら現場に出てもらうようにお願いしている。一人隔離された状態だとどの「出来ないこと」も不都合ではない。それぞれの現場に出て「出来ないこと」を「出来ること」に変えていくしかない。皆さんにそうお願いして僕が避けたのでは全く漢方薬にもこの治療法にも説得力がない。だから僕はどうしても車で全うしたかった。
 当日朝、少し寝不足気味で体が重たかった。偶然その日は地区の溝掃除の日で、早朝からスコップを持つことになった。その影響か体の重たさが消えた。そこで内心尾道まで行ってやると決めていた。ところが家を出て10分もすると急に眠気と倦怠感が襲ってきた。そこで、かの国の女性たちに指示していつも僕が頼り切っているアンプルとドリンクを取り出してもらい飲んだ。これは結構即効性があり程なく体力は回復した。これで行けると確信して、笠岡でも福山でも道を逸れずに尾道に結構簡単にたどり着いた。成功の理由はやはり同乗したかの国の女性4人の内2人が日本語が堪能だったことで、しばしば語りかけてくれたことだ。気持ちも紛れたし睡魔に襲われることはなかった。尾道観光をした後は、福山でコンサートを楽しみ、慣れた道を帰って来た。
 一言で言うと、とても楽しかった。そして尾道観光、ホテルでの食事、第九のコンサートを心から楽しんでくれているかの国の女性たちを見て、僕の心も満たされた。3ヶ月の短期の応援で来日している人たちに、良い思いでの一つを作って上げられたことが嬉しかった。
 僕が車で遠出できるかが本来の目的ではない。自国で電車にも乗ったことがないという人に、僕が出来る最高の思い出作りの手伝いが本来の目的だ。そのことを繰り返し確認しながら運転した。その結果僕は達成感と言う心地よい果実を頂いた。と言うことは、結局僕のは無償の愛ではなく、有償の愛なのだ。、








2017年06月12日(Mon)▲ページの先頭へ
田崎スシロー
 テレビを見るたびに、うっとうしい奴だなと思っている人間がいる。どんな人間なのかと思ってインターネットで検索してみるとと、2番目にでてきたのが「御用記者」と言うタイトルだった。正に僕が感じていたのがそれで、アホノミクスの飼い犬みたいな奴がテレビに出まくって「政府関係者の話によると」や「田崎氏の取材によると」などと冠を付けられもったいぶった話をする。何のことはない、政府がその男を利用して国民にアホノミクスにとって都合の良いことを垂れ流させているだけだ。こんな見え見えの男をよくテレビに出させるなと思うが、結局はテレビ局(TBSとフジテレビ)もアホノミクスの仲間だということだろう。もっとも、強姦記者を逮捕寸前で無罪放免にしたのだから、司法もアホノミクスもアホコミも同じ穴の狢ってことだ。
 何様と思えるような待遇をしているテレビ局の罪は大きい。もう10年もまともには生きておれない様な奴を重用して、若者達の未来を暗澹たるものにさせるのか。自分や子が、監視され、檻の中に入れられる階級には属さないとでも思っているのか。甘い甘い、奴等はあれだけ狂信的だった安倍友学園さえ自分達に火の粉が降りかかってこようとしたら、見捨てたのだ。自分にとっては「美しい日本」も庶民にとっては息苦しい日本であることに、底辺で暮らす人間は気がつかなければならない。大金持ち連中の誰が貧乏人を助けるだろう。もしそんなことをする人間がいたら、あの損ひとりで、何十万人の貧乏人を救える。彼がそうした人たちに興味を持っているとは聞いた事がない。
 それにしても今もう一度インターネットで田崎史郎と言う奴を検索してみると、出て来るは出て来るは、気がついている人は随分前から指摘していたのだ。検索の上位から途切れることなく批判ばかりだ。一番奴を表しているのが次の文章だ。

田崎氏は安倍首相と会食を繰り返していることからネット上で“田崎スシロー”と揶揄され、本サイトでも露骨な政権擁護解説をする田崎氏のことを「安倍応援団」と批判をしてきた。

旨く言い表すものだ。正にそのとおりで、内閣から機密費をもらっているとの憶測もある。それだけ露骨過ぎるのだろう。露骨は反対側から見れば見え見えだが、そんなことお構いなしだ。一緒に食事をするような人間のことを悪くは言えないだろう。そして見返りに何を得ているかだ。金だけか?
 これだけ批判される人間をテレビに出し続ける理由はテレビ局にはあるのだろう。ただ、テレビ局も新聞も、そこで働く若者達よがんばれ。このまま自由がなくなることに抵抗できるのは君達だ。失うことを恐れて本当に大切なものを失ってしまうな。恐らく今は最後のチャンスだ。


2017年06月11日(Sun)▲ページの先頭へ
真夏の備後「第九」
真夏の備後「第九」と言うタイトルに引かれてチケットを買ったのだが、チケットとパンフレットが届いてから悩んだ。何故なら、パンフの何処を見てもオーケストラの名前が出てこないのだ。僕はまだ決まっていないんだと勝手に解釈していたが、今日受付で正式なパンフレットを渡されて初めて気がついた。伴奏は恐らくピアノなんだと。
 3ヶ月の短期間の応援でかの国から来ている女性たちに、第九を聴いて帰ってもらえると喜んでいたから、幕が上がるのが怖かった。案の定、第4楽章から始まるのだが、伴奏がピアノ2台だけだった。こんな経験はないからどうなるか心配していたら、曲が進むに連れて、これもありかと思えるようになった。昔第九が好きになり始めたころは、合唱の部分だけが好きだった。第4楽章も小学校から口ずさんでいたから馴染みが深く好きだが、なんと言っても第九の醍醐味は合唱部分だ。オーケストラなしの第九に失望感から入っていったから、それほど合唱も期待していなかったが、合唱は上手だったと思った。毎年数箇所の第九のはしごをして、少しは耳が肥えてきたから上手下手は分かるようになった。パンフレットを見ると主催が福山シティオペラ合唱団をはじめ9つの団体からなっていた。間違っていたら申し訳ないが、歌が大好きなグループが集まった第九を歌う会なのではないかと思った
 勿論それはそれでよい。それに便乗して僕は楽しませてもらったし、かの国に3ヶ月で帰る子達にもベートーベンを聴いてもらうことができた。多くの観客も来ていた。
 予算の関係か、コーラスを際立たせるためか分からないが、もし許せばオーケストラで今日の歌声を聞かせて欲しい。県外の単なる第九お宅が言っても仕方ないが、もったいないような気がした。まして「千の風になって」の秋川雅史がテノールで参加するのだから。


2017年06月10日(Sat)▲ページの先頭へ
弛緩
 人は好きなことで身を立てるか、身を滅ぼすかどちらかだ。僕みたいに満遍なく出来ない人間は、身を立てようも滅ぼしようもない。だから平々凡々と生きていく。いてもいいしいなくてもいい部類だ。
 ところが彼は違う。好きなことで再び、いや三度法務局に出張に行くのかと思った。1度行くと1年半くらいは帰って来れない。3回目となると出張は少し長引くのではないか。彼に尋ねてみると「もう絶対行きたくない」と言うが、性癖は変わらないみたいで危ういところだった。
 ある宗教家に救われたみたいで、修行をさせてもらうらしい。住み込みで働き養ってもらうのだろう。そんな彼が「どこか紐がないかなあ」と言う。丁度その前に西の方で起こった事件の犯人探しの話題で盛り上がっていて「あれはお父さんだ」なんて推理を働かせていた。多くの人がそう思っているだろうから特別冴えているとは思わないが、彼が興味を持ったのは犯人ではなくロープのほうだ。僕は長年の付き合いからその意味がすぐに分かった。「なるべく強いほうがいいんじゃないの?」と尋ねると「ぶら下がっても切れん(切れない)くらいがいい。弱いのはいけん(ダメ)よ」と答えた。「もう未練はないの?」と尋ねると「そんなもん、あるもんか。後ろからきゅっとやってくれたらいいのに」とジェスチャーを交えながら答えた。
 身を滅ぼすほどに飲み、身を滅ぼすほどに打つ。傍で見ているとなんて幸せな人生なのだろうと思うが、そうではないらしい。何もかも失って、自立して生きていくことが出来ない。誰かの温情にすがるが、仇で返すことが多い。酒も博打も病気だ。「病気だから治らん」周りの人がしばしば口に出し、そうした人は手を差し伸べない。差し伸べないほうが彼のためだと、とても説得力がある言葉を口にする。好き放題が行き着いたところか、病気が行き着いたところか判断に迷い差し伸べる手が途中で止まるのだろう。
 僕はぶら下がるロープは貸せないが、よじ登るロープは貸してあげたい。僕の人生でもっともよく僕を笑わせてくれた人だから。職業的に緊張を強いられている僕を30年間目一杯弛緩させてくれた人だから。
 


2017年06月09日(Fri)▲ページの先頭へ
耳垢
 アメリカの耳鼻咽喉科・頚椎部外科学会が今年の1月に「臨床診療ガイドライン耳垢塞栓」において「過度の耳掃除を行ってはいけない」と強く呼びかけた。そのガイドラインにはしてはいけないことが記載されている。それによると痛みや聴力低下、耳鳴りなどの症状がなく外耳道をふさいでいない限り、耳垢を残すべきだと明記されている。
 さて、してはいけないこととは、過度に耳掃除を行うこと。綿棒、ヘアピン、爪楊枝などを耳に入れること。これらは耳を痛め、鼓膜などを損傷する危険性がある。イヤーキャンドルを使うこと。イヤーキャンドルは耳垢を除去する効果はなく、外耳道や鼓膜に重い損傷を引き起こすことがある。
 僕も初耳だがこのイヤーキャンドルなるものは、耳の中に特別なろうそくを立て火をつけ、その熱の作用で体の中の毒素を出すというものらしくてアメリカ耳鼻咽喉科・頚椎部外科学会は効果を否定している。そもそも耳垢は「外耳道と鼓膜の保護、乾燥防止、細菌、真菌に対する感染防止、昆虫の進入防止」と言う役割を担っていて、その役割こそ重視しろと言うことだ。
 さすがにイヤーキャンドルなるものはしないが、綿棒、爪楊枝などは常連組だ。ほとんど必需品に近い。さすがに若い時みたいにストレス解消で耳垢を取るようなことはないが、ついつい痒くなると簡単にそこらへんに転がっているものを耳かきの代用にしてしまう。こうして耳垢の効能を教えてもらうと、いたずらに清潔を競うことはないから、本来不精な僕には朗報だ。何もしないのは得意だ。これからは聞こえが悪くならない限り耳掃除をしなくてもいいということだ。
 それにしてもアメリカも日本と同じように胡散臭い健康方がしばしば流行る。何が共通しているのだろう。2極分化した経済の不安か、健康の不安か、生き辛い人たちが増えているのだろう。貧乏人がよりによって超富豪を大統領に祭り上げる国だから、所詮知的レベルなどしれていて推して知るべしか。


2017年06月08日(Thu)▲ページの先頭へ
抹殺
 普通僕らが毎日浴びる放射線の強さは、マイクロシーベルトで表される。その1000倍がミリシーベルト、またその1000倍がシーベルト。と言うことはこの作業員が吸い込んだ放射線の強さを表現するには、僕らの日常と比較すると1000000倍の単位が必要と言うことになる。100万倍といえばもう想像がつかないが、地球の1周は40mの100万倍。100万匹の蚊の重さがペットボトル1本分の水と同じ。富士山の高さの100万分の一は3.7mm。これは計算上のもので、実際にはイメージできない。結局想像もできないくらいの途方もない量ってことだ。その量をその作業員は浴びてしまったってことだ。今日になって浴びた量をもっと引き上げたが、元々分からないくらいの量を浴びた人にとっては同じことだ。恐らくこれからそれこそ想像もつかないような深刻な症状が現れてくるだろうが、それをまたあいつらは隠すのだろう。
 あいつらにとって大切なことは作業員の健康ではない。原子力の安全神話だけが大切なのだ。この神話が崩れると汚リンピックの正当性さえ崩れる。正常な神経の持ち主ならとうに神話は崩れているが、それで金儲けをする人間達にとってはまだまだ崩すわけには行かない。アンダーコントロールとアホノミクスが世紀の大嘘をついたが、それがばれることにもなる。僕は作業員が最高の治療が受けられるか心配だ。個人が抹殺される時代にもう入ってしまったから。


茨城県大洗町の日本原子力研究開発機構大洗研究開発センターで、ウランとプルトニウムが入った保管容器から放射性物質が漏れて作業員5人が被曝(ひばく)した事故で、原子力機構は7日、このうちの1人で50代の男性職員の肺から、2万2千ベクレルのプルトニウムが検出されたと発表した。暫定で1年間に1・2シーベルト、50年で12シーベルトの内部被曝をする値で、過去にこれほどの内部被曝をした例は、国内ではないという。


2017年06月07日(Wed)▲ページの先頭へ
雛形
 密告などと聞くと、北の将軍様かアホノミクスしか思い浮かばないのだが、アメリカ人は時として面白いことをする。権力を握ったと勘違いする人間のお家芸かと思ったら、何と正義の密告を奨励するらしい。究極のパクリだ。

 アメリカの映画監督マイケル・ムーアさんが、トランプ政権に打撃を与えるような情報を提供するよう呼びかける「密告サイト」を6日までに立ち上げました。内部告発サイト「ウィキリークス」になぞらえて、「トランピリークス」と名づけられたサイトでは、トランプ政権のスタッフを含む、あらゆる人々に大統領の犯した不正などの情報提供を呼びかけた上で、ムーア監督と接触が可能な電話やSNSなどの連絡手段が掲載されています。
 ムーア氏は、このサイトを立ち上げた理由として、「トランプ氏は自らを法を超えた存在だと思い込んでいて、2025年まで大統領に居座ろうとしている」「今、行動しなくてはいけない。それは愛国者としての務めだ」などと述べています。
 
 日本のいわゆる有名人の中に、こうした正義感を示す人物はいないのか。

アホノ政権に打撃を与えるような情報を提供するよう呼びかける「密告サイト」を立ち上げました。内部告発サイト「ウィキリークス」になぞらえて、「アキエリークス」と名づけられたサイトでは、アホノ政権のスタッフを含む、あらゆる人々に首相の犯した不正などの情報提供を呼びかけた。このサイトを立ち上げた理由として、「アホノミクスは自らを天皇陛下を超えた存在だと思い込んでいて、首相に居座ろうとしている」「今、行動しなくてはいけない。それは愛国者としての務めだ」などと述べています。

 もう雛形は出来上がっている。後は著名人が名乗り出るだけでいい。


2017年06月06日(Tue)▲ページの先頭へ
信用
 恐るべし情報量。財務省や文科省の疫人や内閣官房の疫人のことではない。奴等は国民の知るべき情報をアホノミクスの犯罪を隠すために隠蔽するが、この人はきわめてオープン。そして悪意が全くない。国の疫人たちに見せてやりたい。がんばれ日本、がんばれ検察、がんばれ霞ヶ関の若き戦士達・・・・なんて話が大きすぎるから、もっともっとローカルに。
 僕の薬局にはクロネコヤマトが1日3回来てくれる。朝開店してすぐに荷物を届けてくれ、昼の2時頃2度目の配達がある。そして3回目は午後4時過ぎに全国に配送する漢方薬をとりに来てくれる。だからもう顔馴染みもいいところだ。いくら顔馴染みでもアホノミクスと賭け学園みたいな癒着はない。二言三言雑談を交わすだけだ。向こうは忙しいからこちらから話しかけることはない。
 今日の二言三言で、彼らの情報の豊富さに驚かされた。実はこの前の日曜日に、ここ瀬戸内市で市会議員の選挙があった。直前まで定員ぎりぎりで無投票でほぼ決まりだったのだが、告示3日前になってある人が立候補することを決心した。当然その方に勝ち目はないのだが、無投票を許せなかったのか、こつこつと町おこしを続けてきたことに対する評価を当てにしたのか。当然無投票で胡坐をかいていた現職の議員達はあわてただろう。だが、現職には十分任期中に固めている支持票があり、誰がどう見ても慌てて立候補したその男性が落選すると思っていた。大阪から故郷の牛窓に帰ってきてから地道に町おこしに取り組み、地味ながら実績は残しているが、選挙中、そのことを評価する声は聞こえなかった。ただ、選挙に付き物の悪口がその人に対しては全く聞こえてこなかった。だから、ひょっとしたら当選するのではないかと・・・・は到底思えなかった。
 ところがなんと彼は、かなりの上位で当選したのだ。あの地味な活動がそんなに市民に浸透していたのかと不思議に思えるくらいの得票だった。今朝配達に来たクロネコヤマトの運転手さんが「選挙の後半になって事務所に人が一杯集まって盛り上がっていた。逆に落ちた人の選挙事務所は寂しかった」と言った。彼は今回の結果が分かっていたようだった。毎日牛窓を巡回するから知り尽くしているのだ。いつもその情報量に感心するが、まさか選挙結果まで予測し当てるとは。
 彼らが話してくれるのは、彼らが車の中から見た光景で、荷物に関してのものは一切ない。このことは是非言っておかなければ彼らの信頼を失う。政治屋は信頼を失っても生き残れるが、彼らはそれを1度失うと生き残れない。何故なら政治屋は最初から信用されていないけど、彼らは信用されている。


2017年06月05日(Mon)▲ページの先頭へ
民生委員
 女性の民生委員が訪ねて来て、緊急避難について調査しているので教えてくださいと言う。このあたりでその言葉が現実味を帯びるのは台風か。いやいや彼女らは南海沖地震を想定しているのかもしれない。過去、牛窓で津波の被害があったとは聞いていないから、恐らく大丈夫だとは思うが、僕が子供の時に比べて少し島が低くなったような気がするから、安心はしておれない。予想以上の津波がやってくることもありうる。
 民生委員は手に書類を持ち僕に質問をする。最初に聞かれたのは、住所だ。「今同居はされていないんですか?」さすがに田舎だ、施設に預けていることを知っている。「緊急の場合に連絡する電話番号を教えてもらえますか?」と次に聞かれた。僕は携帯電話を持っていないので薬局の番号を教えた。すると彼女は不思議そうな顔をして「やはり同居しているんですか?」とさっきとは逆のことを言う。「いや、もう3年位にはなりますよ」すると彼女は「あれ、最近帰ってこられたと聞いていたんですけれど」「いや、もう帰っては来れないでしょう。内臓は元気だけれど、頭がちょっと。僕の名前なんか分からないんですよ」
 このあたりで彼女は気がついたみたいだ。「すいません、緊急避難できるかどうか調べているのは、先生なんです」えらく神妙な顔で謝ってくれたが、確かにこれは結構ショックだった。僕が災害時に避難できるかどうか、避難を責任を持って誘導してくれる人がいるかどうかを調べているらしい。母のことを調べているのではなかったのだ。「不愉快かもしれませんが、65歳以上が対象なんです」と教えてくれた。
 2年くらい同居していた息子が出て行ったから、何となく話がかみ合っていた。心は二十歳、体は八十の僕が、まさか避難困難者かどうか確かめられるとは。嘗てと比べ出来ない事は高くジャンプすることと、懸垂と、早く走ること。どれも決して致命的とは思えないが、いざと言うときにはどれも要求されるのだろうか。今までは運よく大災害に遭遇することはなかったが、明日起こっても不思議ではないものに遭遇することなく人生を終えられるとは思っていない。


2017年06月04日(Sun)▲ページの先頭へ
雛芥子
 めっぽう車に弱い女性が秋に帰国する。京都にはとても行けないから、少しでも思い出を作ってあげようと、色々インターネットで検索した。とにかく花が好きな人だから、花で検索して見つけたのが、県西部の笠岡ベイファームのポピーだ。いわゆる道の駅だから、僕は花よりそのほうに興味があった。
 車で1時間半、まずまずの距離だ。到着して臨時の駐車場を利用した。正規の駐車場が既に満杯だった。結構人気があるのだと驚いた。県外ナンバーも見かけたし、観光バスも沢山の人を降ろしていた。花は興味の対象外で全く無知だったから、人それぞれ楽しみを持っているのだと再認識した。
 4人かの国の女性を連れて行ったが、着くなりすぐにポピーが満開の広大な畑の中に入っていった。ここからはお決まりの写真取り捲りの時間だ。もう慣れたから僕は全て織り込み済みで、ポピー畑の中のベンチに陣取って干拓地を吹き抜ける風に太陽で熱を帯びる体を冷やしていた。両者のバランスがとてもよくて、晴天に近いのに暑くもなく過ごせた。2時間近く彼女達はポーズをとりシャッターを切りまくっただろうか。
 ベンチの傍にあった説明書でポピーなるものが雛芥子(ヒナゲシ)であることを知ったが、考えてみれば僕は実際にヒナゲシは知らない。学生の頃、中国人の歌手が「ヒナゲシの花が〜」と歌って人気を博したから名前だけ知っていた。半世紀を経てその花に出会ったことになる。もう1つ出会ったのは、B級グルメでおなじみのホルモンうどんだ。津山が本場だと思うが、笠岡で売っていた。昼食を何処で何を食べようかと迷っていたら、かの国の女性たちがそれを買って来てくれた。もう1つはイカのから揚げ。食べてみたらイカと言うより牛窓ではベカと呼んでいる小さなイカだった。どちらにせよ脂っこいものばかりだ。特にホルモンうどんはひどかった。ホルモンはもとよりうどんも脂でギトギトでこの時間になっても気持ちが悪い。余程若くて胆汁が出る人でないと食べられないだろう。
 彼女たちが花を見ている間、僕は空を見ていた。牛窓は背後に小高い山があるから、空は180度だ。ベイファームから眺める空は360度だ。名前からも分かるように、湾を埋め立てて農地にしたのだろう。嘗て何をどう見積もって広大な湾を埋め立てたのか知らないが、今では広大な農地をもてあましているように見えた。ポピー畑もひょっとしたら苦肉の策なのかもしれないと、うがった考えが脳裡をかすめた。もしそうなら当時それを推し進めた政治屋や疫人に責任を問いたいくらいだ。もしここが昔のままの入り江だったらどのくらい綺麗で、どのくらい沢山の海洋生物を育んでいるだろうと思ったのだ。
 朝8時半に牛窓を出て、午後2時に帰った。帰り道眠気がかなりひどかった。日本語が苦手な女性ばかりだったことと、いつものように車の中ではよく寝ることとで、独り睡魔と闘いながら運転した。たかが笠岡まででこんなに疲れるのかと、我ながら情けない。来週は福山に真夏の第九を聞きに行くのに、これでは車では到底行けない。電車を利用しなければ彼女達を危険な目に合わせる。
 気が進むことでも、気が進まないことでも、気づきって一杯ある。そういうものにあたった時のワクワク感では体力の衰えをカバーは出来ないが、智恵を働かせてもう少し彼女達の思い出作りに貢献したい。


2017年06月03日(Sat)▲ページの先頭へ
思案
 娘が、昨日の夕方帰りがけに、AさんとBさんが交差点を肩を組んで歩いていたのを見たと教えてくれた。60代の男性二人が、まだ暗くなる前、誰からも見られる時間帯に肩を組んで歩く、それだけで異様だが、実際は片方は少し足が千鳥足ぽく、片方が支えながら歩いていたみたいだ。
 問題はこのAとBだ。どちらも僕、あるいはヤマト薬局と関係がある。ただ2人の接点に僕は関与していないから何故だろうと、娘たちとも話し合った。そして行き着いたのが「酒」だ。恐らく酒が2人を結びつけたのだろう。どちらも酒では苦労しているはずなのに、それから離れられず、再び新たなる苦労を呼び込んでいるように見える。ただそれは部外者からの勝手な想像で、2人とも幸せそうな顔をして歩いていたらしい。教えてくれた娘自身も楽しそうだった。
 Aとは結構深い付き合いがある。酒で何もかも失い、挙句の果ては御法度を犯し、法務局に延べ3年くらい2回に分けて出張した。次に犯すと3回目の出張になるから僕は年金の額以内で生活するように助言するが、金を借りに来たりするから、あぶないなと気を揉んでいる。
 Bは少しの間やって来なかったから心配していたが、これは法務局ではなく大学病院に出張していたらしい。これは長期ではなく1週間くらいだった。そこで肝臓の、ある病気を見つけてもらった。当然酒は悪い。「先生は酒についてどう言っていた?」と質問すると口を濁した。これは酒をやめる気はないなと感じていた矢先に、娘が嬉しそうな顔をした彼を見つけたわけだ。
 大抵の人は自分が好きなもので身を滅ぼす。最近では、アホノミクスをテレビで擁護し続けていた評論家気取りのガマグチなんとやらの強姦事件がそれだ。アホノミクスの息のかかった警察から揉み消しを図ってもらったみたいだが、これでもう奴は終りだ。いくら太鼓もちテレビ局でもさすがに奴を使えないだろう。こんな極悪人と比べるにはあまりにも人がよすぎる2人は、たかが酒で身を滅ぼしそうだ。僕を1000人並べても及ばない酒の量を飲んできた2人だが、止めることなど頭には毛頭ない。片や如何に金を工面して酒を買うか、片や、如何にしてお医者さんにばれないようにお酒を飲むかを思案しているに違いない。
 酒で身を滅ぼす典型だが、僕は2人を嫌いではない。むしろ好きなタイプだ。だからAには酒代を渡してあげるし、Bには肝臓を守る漢方薬を作ってあげる。男同士が、それも60を過ぎた男同士が肩を組んで歩く。何となく羨ましいような気がする。僕には出来ないことだ。そこまでの距離感の友人を持ってはいないから。彼らのようにアルコールの力を借りて知性や理性を破壊すれば出来るのかな。それもまたよし。


2017年06月02日(Fri)▲ページの先頭へ
支離滅裂
〇〇〇君へ

失敗体験しか役に立てるものがないのでまた続きを書きますね。
僕は彼女が出来て成績がどんどん下がりました。大学の試験場で問題を配られて見た瞬間、
ほとんど解けるような気がしました。ところがいざ解こうとするとどうにもならないのです。
ある時期まで一所懸命勉強した貯金で解けるはずだったのですが、試験場でその貯金が遊びまくった長い月日の間に底をついていたことに気がつきました。自業自得です。
無残なもので、現役のとき受けた大学は全て落ちました。
浪人して勉強する気が起こらなかったので、浪人仲間とサッカーのチームを作り、社会人の大会に出たりしていました。
お金がないので、グンゼの青色の下着を買って、それをユニフォームだと偽って試合に出ていました。
今思えば「悲惨」としか言いようがないです。結局皆現実から逃避したかったのだと思います。
1月になって後がないことを悟って一念発起しました。それまで勉強をしたくないために、母の実家から予備校にバイクで通っていたのですが、実家に帰り2階に引きこもりました。50年前のことですが今でもよく覚えています。睡眠時間は恐らく4〜5時間くらい。寝ても夢ばかり見ていました。そして初めての経験ですが、歯軋りをしていることに寝ながら気がつきました。追い詰められて焦って、そして頑張ったのだと思います。君は3時間くらいで目が覚め、その後2回くらい目が覚めるらしいですが、全く持って当たり前のことで無視してください。若いあなたなら十分の睡眠時間です。僕の尊敬する漢方の先生は2時間無意識の時間があればいいと言われます。あなたはその倍から3倍眠っていますから十分です。
 浪人してから僕は大学は何処でもいいと思い、受かりやすいところを探しました。東海大学の水産学部と高橋経済大学を今でも覚えています。何故そこを見つけたのか分かりませんが、入ればいいくらいの気持ちだったのです。もともと将来就いてみたい職業などなかったのでこりはなかったのです。たぶん文系の頭なのに、薬局を継ぎたくない一心で理系に変わり医学部を受けたりしたのですが、支離滅裂もいいところです。今思えば如何に理性を失っていたかよく分かりますが、理性などないのが青春です。破壊的に生きるのが青春期なのです。だから今のあなたの惑いを僕は全て支持します。迷って迷って生きてください。それがあなたの人生を紡ぎだすのです。あなただけの人生と言う作品です。そしていつか僕くらいの年齢になったら省みてください。「人生はだらだらと続いている冗談なのさ」と心から思えて力が抜けるときが来ます。青春時代は決して楽しい時期ではありません。くだらないことを言い、くだらないことをしなければ持たないほど辛い時期なのです。
あなたの住む所も田舎ですか?山があり、川は流れ、鳥が歌い、セミ達が鳴きますか?

                                               ヤマト薬局


2017年06月01日(Thu)▲ページの先頭へ
終活
 「これは飲めるじゃろうかな?」と言いながら差し出されたのは、正露丸の瓶だ。見るからに汚れたラベルで、年季がかなり入っている。「片付けていたらこれが出てきたんじゃけれど、もったいないから見て頂戴」といわれて手に取ると、ほのかに例のにおいがする。「もう私も年だから、色々片付けようと思っとんじゃ」と言うから「終活ですか?」と思わず聞き返した。ここで言わないで、そういったマイナスイメージは外で言ってという気持ちだったが、口には出せない。実際に男性は終活をしていたのだ。そして瓶の底に1段だけになっている正露丸を見つけたってことだ。
 念のため、使用期限を見てみると02/2と印字されていた。一瞬、いや二瞬くらい僕はそれがいつのことかイメージできなかった。西暦か平成か分からなかったのだ。西暦なら15年前、平成なら27年前、どちらにしても遜色ないくらい古い。古すぎる。間をおいて冷静に考えると、それが西暦だということが分かったが、さすがにここまでおおらかに振舞われると、こちらの判断力が鈍る。
 終活をしている割にはわずか数日分に未練がましい。もっと達成感があるようなものを見つけ選択すればいいのに、悩む対象が小さすぎる。蓋を開けてみると例の臭いが一瞬にして広がった。そのにおいに違和感は感じなかったがさすがに15年前のものを飲ませるわけにはいかない。「御主人、度胸があったら飲めばいいじゃない」と言うと、その言い方で分かってもらえたのか「悪いけれど、これ捨てといてもらえる」と瓶を僕に渡した。
 翻って我が終活もそろそろ始めてもいい。ただ僕はあまり物を持っていない人間に属すると思う。純粋に僕のものと言うのは、学生時代読んだ本、少しのレコード、そしてギター。後はほんの少しの衣類。軽四トラックの荷台に十分収まると思う。ああ、忘れていた。僕の思い出も終活で処分しなければならない。ただ僕の思い出は、ママチャリの前の籠で十分収まる。



   


漢方薬を初め天然素材の薬を用いて、さまざまな慢性疾患の回復をお手伝いします。
お店のホームページ
お問い合わせフォーム

☆★汗・臭いの気になる方はコチラ★☆

☆★ FAXで漢方相談 ★☆
※漢方のご相談は「漢方相談FAX用紙」を印刷し、ファックスもしくは郵送でヤマト薬局までお送りください。

新着エントリ
旦那 (8/18)
落馬 (8/17)
裏表 (8/16)
遺伝子 (8/15)
共鳴 (8/14)
習性 (8/12)
返事 (8/11)

新着トラックバック/コメント
ベース (05:35)
年下 (01:59)
後姿 (01:29)
写真 (8/20)
9880円 (8/10)
坂道 (8/7)

■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
[E-mail] ご相談はこちら
[URL]

カレンダ
2017年6月
       
 

アーカイブ
2006年 (266)
4月 (25)
5月 (29)
6月 (31)
7月 (30)
8月 (31)
9月 (29)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (30)
2007年 (354)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (30)
4月 (31)
5月 (30)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (22)
11月 (29)
12月 (31)
2008年 (366)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2009年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2010年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (30)
11月 (30)
12月 (31)
2011年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2012年 (365)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (30)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2013年 (366)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (32)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2014年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2015年 (364)
1月 (31)
2月 (27)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2016年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2017年 (232)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (20)

アクセスカウンタ
今日:2,219
昨日:4,933
累計:6,842,325