栄町ヤマト薬局 - 2017

漢方薬局の日常の出来事




2017年12月10日(Sun)▲ページの先頭へ
不謹慎
 もし日本語がもっとうまく使えれば「なんとまあ、不謹慎なこと」とその顔は言っていた。日本語がまだ2級だからそこまでは言葉で言い表せれないが、顔は正にそう言い切っている。ただし、僕はそうは思っていない。今日シンフォニーホールで第九を堪能できたのは、母の愛情だと思っている。本来なら今日がお葬式に当たるのだが、このところの亡くなる方の多さで葬儀場やお坊さんが手一杯なのだそうだ。だから2日も葬式が延びた。もっとも家族葬だし、形式にとらわれない人間ばかりだから、そのあたりの気持ちの持ちようは臨機応変どうにでもなるのだが。
 母は、僕が1年間待っていた第九のコンサートに行かせてくれたのだと思う。そして、かの国の人たちにもっと親切にとも言ってくれているのだと思う。母の気持ちが通じたのか、来日して半年に満たない女性たちは、乏しい日本語を駆使して、どれだけ幸せな体験をしたか教えてくれた。その中の二人は初めて行動を共にする人で、まだ距離があったが、一気に親しくなったような気がする。遊びはともかく、日本の文化を紹介する、そのスタンスを母はいつも理解してくれていた。そして当然、感動的な演奏を聴かせてくれた出演者の方々に感謝だ。
 母が亡くなった事を伝えると、いっせいに多くのかの国の女性たちが目を充血させ、我慢できずに涙を拭い始めた。全員が母を見舞ってくれた訳ではないのに、涙を流してくれる。面識がない人の死をいたんで涙を流してくれるなど思いもしなかったので打ち明けなければ良かったと思ったが、打ち明けないほうが余計悲しませたかもしれない。
 生きているうちに出来る限りを尽くしたから母の死について悲しむことはない。正に後悔しないためのこの数年間だった。与えることしかしなかった母に、出来ることは、願うことはただひとつだった。安らかに、安らかに。そして幸運にもかなえられた。


2017年12月09日(Sat)▲ページの先頭へ
老衰
 何でも褒められれば嬉しいものだ。別に僕や僕の家族が何をしたでもないのに。してくれたのは、叔母の妹と従姉と老健施設のコスモスの先生やスタッフの人たちだ。
 打ち合わせに来た葬儀屋さんが「お母さんの着物は見事でしたね。あんなにしてもらっているのは見たことがありません」と言った。夜の12時過ぎに施設から連絡があり、母が亡くなった事を知った。覚悟はしていたが、眠りについて1時間辺りで起こされるのは辛い。ましてそれから1時間近く車を運転して施設まで行かなければならなかったのだから、体調的にはかなり負担で、吐き気もしてきた。しかし、施設に到着し母の姿を見てからは調子も上向いた。医師やスタッフの人の真摯な姿に頭が下がった。もともと母の実家近くで、過疎の村だから人はとてもいい。その村の人が多く介護職員として働いているのだから質が良いのは頷ける。
 葬儀屋さんが言った言葉は2つの意味に取れるから僕は質問した。「着物が見事とは、着物自体が高級と言う意味なの、それとも着物を着せてもらったことなの?」と。と言うのは、葬儀屋さんが到着して紙袋から浴衣を出していたから、着物を着せてくれていたことが見事だったのか確かめたかったのだ。すると彼は、着物自体の品が良かったことと、着物の着付けがとてもしっかりしていたとを教えてくれた。多くは、ただ着せるだけらしい。だからコスモスの職員が着付けを勉強しているかのごとく見事に着せていたことを褒めたのだ。もっとも、着物自体も、従姉の叔母、彼女はある町の町長の奥さんだった人だから恐らくいい着物だったろう。それを惜しげもなく母のためにくれたのだ。母の人徳に尽きると思う。
 全く、褒め言葉に我が家が関与していないのは明白だが、母の旅立ちに当たって、僕の家族への最高の慰めに聞こえた。亡くなるわずか数時間前に見舞った従姉に何か喋っていた母は、その後いつものように眠りながら亡くなった。死亡診断書には「老衰」と書かれていた。いつもの眠りの単なる延長。痛くも痒くもなく二度と目覚めぬ眠りに就いた。理想中の理想。痴呆も見方を変えれば救いになる。ただし、気高い痴呆なら。

この場を借りて・・・12月13日は人間ドックに行きます。当日は不在のため漢方相談は出来ません。御配慮ください。



2017年12月08日(Fri)▲ページの先頭へ
迂回資金
 「ジェイゾロフトをやめたところ、少し落ち着きました・・・・・・・」何の皮肉かと思うが皮肉ではない。落ち込みを治そうとして、その薬を服用し余計落ち込み、1ヶ月くらい混乱された。もともと聡明な人だから、この種の薬など必要ないと思うのだが、この種の薬に期待するところが大きいのが現代だ。以前は、この種の薬は避けてきたのだが、最近は安易に飲むようになった。薬が進歩したのか、ハードルを低くすることに企業が成功したのか分からないが、隠れたヒット商品だ。どうしてこの種の薬が「今年ヒットした商品」などと言うランキングに入らないのか分からない。若干の後ろめたさはあるのだろうか。
 医療と言う名で許されることがあるなら、痴呆の薬もそうだ。この数日BPSD(認知症に伴う行動・心理症状)について、ある大学病院の脳神経内科の先生の文章を読んだ。薬剤師の学術雑誌に投稿されていたものだが、理解にとても役に立った。専門的な知識、特に症状についての知識を増やしていただいた。難しい内容を読み終えて、知識を増やして、さて、これで少しは対象者に対して貢献できると思っていたら、文章の最後の締めくくりの欄で、「食行動の異常や徘徊に対して有効性を示す薬剤の報告は少なく、薬物療法の根拠は乏しいのが現状である」と結論付けられていた。
 安易に薬に頼るというか、薬に逃げるのは恐らく豊かな国に蔓延している行動だと思うが、薬を提供する側の宣伝や、それに加担する疫人の思惑に乗らないほうがいい。税金と言う名の迂回資金が彼らに流れていく。僕達が懸命に働いて得た金が流れていく。


2017年12月07日(Thu)▲ページの先頭へ
結論
 コーヒーは好きだが、1日3杯飲むことは滅多にない。ほとんど1日2杯のペースを守っている。3杯飲むとなんだか胃が重たくなり、交感神経優位か少し脈が速くなり気分も無駄に高揚する。
 しかし、今日目を通した情報だと、もう1杯頑張って飲んだほうがいいらしい。あんなに美味しい飲み物で癌の発生率が18%も下がるなら、利用しない手はない。ただ好きだけなのに、副産物が大きいのは幸運だ。まるで勉強しなくても成績が上がるといわれているようなものだ。嬉しい事に、癌だけではなく心血管死や心血管のリスクもそれぞれ19%と15%押し下げるらしいから、いいこと尽くめだと言いたいが、実は妊婦の出生時低体重のリスクが上がったり、女性の骨折リスクが上がったりするらしい。理由は分からないが、気の毒だ。
 僕も若い時はよくしていたが、あの至福のコーヒーとタバコとジャズの組み合わせは、このコーヒーの惠を相殺するらしい。もし健康のために呑むならタバコは止めるべきだ。それにこれはもろ僕に当たるのだが、ミルクや砂糖を使う人は。、その害については考慮しなければいけないらしい。要はブラックで飲めということか。甘党の僕にはこれはかなりきつい。ブラックで飲むくらいならコーヒーには拘らない。コーヒーの利点を砂糖やミルクで相殺し、プラスマイナスゼロ。さしずめ、このあたりが着地点か。
 なんだかんだと理屈をつけて、結局は甘くて虫歯を作りそうな美味しいコーヒーを飲む。なかなか結論を翻すのは難しい。特に最初から結論を持っている場合。
 

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2017年12月06日(Wed)▲ページの先頭へ
 就労目的の「偽装申請」が横行する日本の難民認定制度について、法務省は、申請6か月後から一律に日本での就労を許可する現在の運用を撤廃し、就労を大幅に制限する新たな運用を始める方針を決めた。早ければ11月中にも実施する。年間1万人を超す申請者の大半が就労できなくなるとみられ、急増する申請数の大幅な抑制が期待される。同省関係者によると、審査には平均約10か月かかっていたことから、新たな運用では、全ての難民申請者について申請2か月以内に「簡易審査」を行い、四つのカテゴリーに分類。「難民の可能性が高い申請者」については、6か月が経過しなくても、速やかに就労を許可する。同省幹部は、ここに分類される申請者は、全体の1%未満とみている。
 
 アホノミクスのやることなすことどれも受け入れられないが、これだけは評価する。どうせ疫人が提案したのだろうが、これは正しい。どうせなら日本語学校も潰してくれたらと思う。学校法人以外の設立校が多いとニュースで言っていたが、学校法人だからまともなんてことはない。働き手が来ない中小の企業と結託して、実際には労働者として日本に滞在させている。僕はその種の学校の寮を訪ねたことがあるが、まるで治外法権の外国人部落だった。ここで殺されたら見つからないだろうなと言う恐怖感があった。兵役についたことがある青年は殺し技を習得しているから僕など1分でやられてしまう。そうした青年が今この国にうじゃうじゃいる。
 岡山駅に日曜日の朝行くと、ここはホーチミンか北京かソウルかと言った具合だ。どこの人間でもそうかもしれないが、あのように白人が群れたのを見たことがない。アジア人の特徴なのだろうか。日本人も同じように外国に行くとあのように群れているのだろうか。
 詳しくは読まなかったが、介護職の人間は、日本滞在が無期限に可能になるらしい。日本人の働き手では足りないから、安く雇い収益を上げたいからと言う理由なのだろうが、これ以上アジアの人たちが増えれば、確実に日本人が作り上げた秩序が破壊される。所得の低い国からやってくる経済的欲望の固まりに、ぬるま湯に使っている日本人が勝てるはずがない。生きていくための動機が違いすぎる。
 外来種に乗っ取られた池が日本中にあるが、池だけではすまない。いずれ街もまた乗っ取られる。


2017年12月05日(Tue)▲ページの先頭へ
定義
 今日姉がFAXを送ってきた。日曜日に横浜から来岡し母を訪ねてくれたらしい。文面では、母が大広間で他の人と一緒に食事を摂っていたらしい。残念ながらいつものように会話は成立しなかったが、急に何かが起こるような感じはしなかったと書いていた。「どこも痛いところは無いみたいで、本当に有り難いです」とも書いていた。ここの箇所は、どこの家族でも同じ思いではないか。苦しんだり痛がったりするのを見るのは辛いが、そのどちらも母にはない。だから見舞いに行っても僕たちにストレスはない。元気な頃はひたすら子供のために働き、その後は孫のために働き、ほとんどの人生を家族のために尽くした。そして最期さえも子供達のためにただただ静かにしてくれているのか。
 つい最近、僕は一人母に別れを告げ、心からの感謝を口に出した。これなら再び、再会を喜び合わなければならない。こんな幸せがあるだろうか、この歳になっても母親がいるとは。無償の愛と言うものを僕は定義できないが、母から貰ったものが恐らくそれだと思う。僕は母に何も要求されたことはない。恐らく5人の兄弟姉妹全てがそうだと思う。母はただ働き、ただ食事を作り、ただ洗濯をし、ただ掃除をしていたように思う。92歳まで2kmの道を歩いてきて薬局の雑用をし、また1人で帰っていった。その後は急速に痴呆が進み施設に僕が姥捨てした。
 大正の最後の頃に生を受け、昭和の戦争で肉親を失い、戦後の貧しさを耐え抜いた世代が消えていく。消え行く人の数ほどの愛も消えていく。残されるのは、乾燥してとげとげしい殺伐とした景色。ものに溢れ精神が極端に退化した窒息した社会。喜び薄い仮面のような人の群れ。マンホールの中に吸い込まれる命。ありがとうも、有り難いもない。


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2017年12月04日(Mon)▲ページの先頭へ
通訳
 日本人なら「大阪のおばちゃんか!」の一言でわかるのだが、果たしてかの国に同じ意味の言葉を婉曲に言う言葉が存在するのかどうか分からない。だからより分かる様に「図々しいなあ!」と言った。当然来日してまだ1ヶ月の人たちだから意味を理解できない。ただ僕が噴出すように言ったから、後で説明する自分達の冗談が通じたものと思っていたらしい。帰り道もとても楽しかったから。
 全く日本語ができない3人とほんの少しできる1人の4人を乗せて総社に行った。その中の3人は先週、丸亀高松コースを案内した人たちだ。夕方フェリーで玉野まで帰ってから、眠気を防ぐために持参していたドリンク剤を飲んだ。ドリンク剤と言うのはかの国の人にとっては得体の知れないもののように見えるのか、誰もが怪訝な表情をする。好奇心の強い3人だからキャップに少しずつ汲んで飲ませてあげた。すると怪しげなものと言う誤解は取れたみたいだった。その後俄然、僕が牛窓まで元気に運転して帰ったのを見ていたのだろう、総社から帰り始めた頃に3人がやたら僕にドリンク剤を飲むように勧めた。ドリンク剤をしまってあるケースを指差して飲むふりをするから言葉は分からなくても気持ちは伝わってくる。気をつかってくれることは有り難かったが、コンサート会場で2時間半も和太鼓を楽しませてもらったので疲れは取れていた。何度も同じ動作をして僕に勧めてくれたが、僕は元気ポーズをして必要ないと言った。すると少しだけ日本語が分かる女性が「オトウサン ミンナ オカヤマイキタイ」と通訳した。そこで初めて、彼女達の優しい?意図が分かった。夕方の5時前で、もう暗くなり始めていたから僕は帰路を急いでいたが、彼女たちはまだ遊びたかったのだ。通訳してくれたのを境に3人が今度は何回も「オカヤマ」「イオン」を連発し始めた。
 心からおかしかった。なんていうユーモア?だろう。かの国の女性たちで今までこのようにぐいぐい押してくる人達を知らない。遠慮気味なところに惹かれてきたのに、まるで正反対だ。結婚して子供もいる女性たちばかりだったから、その上3ヶ月で帰る人達ばかりだから、またまたその上、僕と既に2回行動をともにして日本の魅力に実際触れてしまったから、大阪のオバちゃん丸出し状態になったのだ。ただ彼女達の運のいいことに、僕は大阪のオバちゃんが嫌いでない。親近感が一気に湧いて来た。
 第2寮に帰ってきてから、今日のこのエピソードを通訳に話した。すると通訳が3人に何か言ったかと思うと3人の表情が急に曇った。お父さんは今日楽しかったですかと、通訳を介して質問してきた。何を今更と不思議だったが、それ以上は気に留めなかった。
 その後第1寮に帰って同じことを報告すると、日本語検定試験の1級に合格寸前の通訳が「オトウサンが怒っていると心配してるよ」と教えてくれた。第2寮の通訳が図々しいを怒っていると訳したらしい。第2寮の通訳は3級だから、僕の冗談が理解できなかったらしい。まあ、何はともあれ、全く分からない言葉で僕を噴出させてくれたことには感謝だ。笑いほど自律神経を整えてくれるものはないから。


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2017年12月03日(Sun)▲ページの先頭へ
圧巻
 圧巻と言う言葉は、こう言った時に使えばいいのかな。
 今日、総社市で「和太鼓フェスティバル2017」と言うのが行われた。8チームが出たのだが、僕のお目当ては備中温羅太鼓とGONNAだ。県内では圧倒的な実力を誇っている備中温羅太鼓でも、プロの前だと、少し評価が落ちる。果たしてプロと競演するのがいいのか悪いのか、僕自身も迷う。それだけ今日GONNAの2番目の曲「迎え風」が素晴らしかった。太鼓が素晴らしいものであるために一番重要な条件は曲そのものの質によることが最近よくわかったので、「迎え風」の曲がまずよかったと言っておかなければならない。そして次が太鼓を打つ実力だ。力の限りの迫力と精密さの両立が人の心を打たないはずがない。それまでおとなしかった聴衆は一気に安全弁の栓を抜いた。
 もうひとつ、ファンとして書かせてもらうのが、備中温羅太鼓の「小さな雨」と言う曲だ。10年以上色々な太鼓を聴き続けているが、あの曲のリズムは初めて耳にするものだった。種類の異なるいくつかの太鼓が、まるで小川が流れるようにリズムを刻んだ。和太鼓の音を聞きながら僕は西洋の景色を思い浮かべた。大袈裟に言えば革新的な曲だと思った。あれは定番の曲にして欲しい。それこそ作品の素晴らしさと、演者の技量で出来上がった曲だから。
 今日はローカル和太鼓評論家。
 



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2017年12月02日(Sat)▲ページの先頭へ
重複
 所詮薬害師だから何を言っても受け入れられないが、40年人様と接し続けてきたから直感と言うものはある。今日もその直感のほうが莫大な知性と莫大なお金で作られたものより優れていたという経験をした。僕が学者ならこれを治験にまとめて発表すればそれなりの影響はあるだろうが、悲しいことに一庶民に過ぎない。影響は皆無。
 2週間前に冷えを主訴に相談に来た女性がいる。冷えだけでわざわざ来る人は少ないから、よほどの冷え性だろう。身体中の冷え、特に手足の末端の冷え、ごくごくありふれた症状だ。体全体と末端を温める漢方薬を2週間分だけ出した。2週間目の今日次の薬をとりに来たから経過を伺ってみると、服用し始めてすぐに体全体が温かくなったと言っていた。僕が作った煎じ薬は、胃腸を強くして体温を上げる薬だと言うと、「どうりで6年間の、胃がつかえたような何ともいえない気持ちの悪さが治ったと思った」と言った。6年間飲んでいたという薬を見せてくれたが、例の胃酸の分泌を強烈に抑えるやつだ。プロトンポンプインフィビターと言うやつだ。老いも若きもならまだしも老人で飲んでいる人がやたら多い。老人でそんなに胃酸が困るほど出るのかと思うのだけれど、今の老人は昔とは違うのか。僕が薬局に帰って来た頃、老人は無酸症で困っていたのに。わずか数十年で体が変るのか。
 最近送られてくる情報によると、プロトンポンプインフィビターの服用者は痴呆が促進されやすい、ピロリ菌除去後に続けてプロトンポンプインフィビターを飲んでいると癌の発生率が高まるなどと発表されているのに、医療機関が自重している風はない。日本は薬を飲ませて儲ける医療だから、症状が治癒した後もだらだらと飲むことが多い。そのだらだらを検証しない国も製薬会社も医療機関も薬局もおかしいと思うのだが、そう思うのはだらだら飲ませることによって利益を得られない薬局位なものか。僕が門前薬局をしていたら、いい薬だからずっと飲んでいていいですよと言うのだろうか。そうした後ろめたさを味わわなくてすむ独立を保っていてよかった。
 元々物には執着しないほうだったが、この年齢になると気持ちも随分と萎えてきて、意図しなくても断捨離出来るようになる。肩書きがなくても、こういった考え方もあると提案できるようになる。強いものや大きな流れに流されないようになる。力が衰えてから強くなるとは不思議なものだ。失うものがない人の強さと同じ土俵では語れないが、少しだけ重複するところがあると感じるのは僕だけだろうか。




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2017年12月01日(Fri)▲ページの先頭へ
アーサービナード
 御存知の方も多いと思うが、米国人なのに日本語で詩を書く人がいる。実際に僕は彼の詩を読んだことはないが講演ならたくさんユーチューブで聴いた。詩人らしくウェットに富んだ話で、難しいテーマを分かりやすく理解させてくれる。昨日の朝刊で彼のことが特集されていたから、その中で面白いところを抽出して披露する。

携帯電話を持ったことがない。「僕なりの抵抗、拒否運動なんです。米国人もそうだけど、日本人は生まれた時から広告を浴びせられている。昨日久しぶりに電車に乗ったら、気持ち悪くて。今は中(なか)づりだけでなく、画面で広告を流し、僕が一切興味のない、買いたくもない物を見せられる」。ここで言う「広告」とは宣伝だけではなく、わかりやすくまとめ上げられた「ニュース」も含んでいる。

「そもそも来日に意味があるかを冷静に考えた方がいい。トランプがハワイから米軍の横田基地に降り立ち、銀座でステーキを食べ、ゴルフをしたことに意味なんてあるのか」 アホノミクスとトランプ大統領の親しげな映像が流れたが、パフォーマンスに意味はない。トランプが去った後、今度は米軍と自衛隊が合同演習をして『北朝鮮をけん制』と報じていたけど、けん制できたかなんてわからないよ。それを『けん制』と言い切るのは広告でしょ。僕らは思考停止のまま、そんな結論をのみ込み導かれていく」。 どこへ。「日本はやはり属国なんだ」という達観へ?

 経済が日本語をどう衰えさせるのか。「来日以来、経済を語る言葉が劇的に英語、カタカナばかりになった。『先物』くらいは残っているけど」 デリバティブといった用語だけでなく、日常会話でアウトソーシングやインバウンド、デフォルトといった言葉を当たり前のように私たちは使う。経済だからいいかと思っているが、「米国の先住民の言葉が絶滅に向かったのは、貨幣から時間の表記、契約まで何もかも英語を強いられたから。

日本語が追いやられるだけでなく、人が自分の言葉で考えなくなるという危惧だ。

アホノミクスに対する日本人の反応にも属国らしさが表れているという。「安保法制などで国会を軽んじ、内閣で何でも進めようとするアホノミクスに国民がさほど抵抗しないのは、みな日本が米国から独立していないと思っているからですよ。アホノミクスはチェーン店の店長みたいな人だから言っても仕方ない、言うなら本社、アメリカだと思っているんです。プー沈らが日本の外交にあまり興味がないのも、日本を独立国家だと思ってないからでしょ。

日本語延命のもう一つの条件、民族のアイデンティティーもずいぶん衰えたとみている。10年ほど前、ある文字を見て、はっとした。「和のえほん」「和テイスト」。自分が日本に来た1990年代、普段使われる「和」といえば和の精神、調和が先に来たが、いつの間にか「日本」という国そのものを指すことが多くなった。ここは日本なのに、なぜあえて「和」と銘打たねばならないのか。日本人は自分たちの文化を「よそ者の目」で見始めたのでは。そんな仮説を立てると、いろんな事が納得できたという。

 着物ブームは一見、グローバリズムへの反動、伝統の見直しに映るが、あくまでもエキゾチシズム(異国趣味)であり、コスプレに近い感覚。外国人が見て喜ぶ東洋趣味に近い感覚になっている、と。「一方でハロウィーンが定着し、政府は家畜番号みたいなマイナンバーという言葉を喜んで使う。この前、区役所で、ホワッツ・ユア・マイナンバー(あなたの私の番号は何番?)って英語で聞かれて、本当に吐きそうになったよ」

 そして、文部科学省による小学校の英語教育。「英語を学ぶのはいい。でも僕が見るに、日本語は英語より劣っているという印象を子供たちに無意識に植えつけている気がする。文科省の英語教育は中高を見ればわかる通り悲惨だから、二流の英語人が育っていく。日本語力が弱まり、きちっとした言葉を持たない民があふれる。そんな愚民政策に対する議論がもっとあっていいのに、本当に少ない。

要は、自分たちの国を自分たちで好きなようにつくろうという真の意味での独立を日本人は諦めているのではないかということだ。「じゃあ、どうすればいいのか。そう言うと、みな足し算で考えるでしょ。アホノミクスじゃないけど、対案を出せと。でも引き算でいい。政治宣伝から普通の広告まで、垂れ流される映像、情報を拒否し、スマホも持たない運動を僕は広げたい」。そして静かに考えようと。

 アホノミクスと言う言葉は原文では勿論使われていない。僕が気分が悪いからわざわざ直した。こうした文章に触れるとなんだか希望が出てくる。今はあまり使われなくなったが、一時勝ち組負け組と言う言葉で人々を分断した時代があった。今は多くの人たちが負け組に移行しているからこの言葉が必要なくなったが、負け組の人たちに対する優しいまなざしとエールが彼の講演では聞こえてくる。そうした立ち位置の人が減ってきている。是非ユーチューブで彼の話を聞いてほしい。


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A href="https://www.youtube.com/watch?v=9wNYE-bgaAU"_blank">https://www.youtube.com/watch?v=9wNYE-bgaAU/A>


2017年11月30日(Thu)▲ページの先頭へ
ヤマト薬局 様
いつもお世話になっております。
昨日〇〇と電話で話したのですが、周りからこう思われるって思っていたけど、実際はみんなそんなこと気にしてなくて自分が思い込んでいただけだったって気付いたと話していました。あと外に出たい!とも言っていました。一人暮らしを始めた頃は無気力で何もできなかったのですが今では掃除洗濯、スーパーで食材を買って自分で調理もできるようになり、あんまり作り置きしなくて大丈夫と言われるようになりました。勉強はぼちぼちやってるみたいですが(笑)〇〇が元気になってくれているのが、何よりも嬉しい事なので。漢方薬と出逢えた事に心から感謝しています。ヤマト先生がブログを書いてくれてそこにたどり着けた事に感謝です!

〇〇さんへ
 良かったですね。過敏性腸症候群を克服した娘が「無駄なものは何もなかった」と言ったのを覚えています。もう10数年前のことですが今でもはっきり覚えています。息子さんも同じ境地かもしれませんよ。僕らも大なり小なりそうだったのではないでしょうか。今思い起こせば結構危うい青春を送っていました。どうして今ある環境に落ち着いたのか不思議でなりません。外見は崩れていても、何か懸命に捜し求めていたのかもしれません。青春特有の安易な低次元の手段だったのでしょうが。皮肉にも、そうした汚点のような僕の青春やその後が息子さんのお役に立てれたとしたら幸いです。だれだって、誰かのお役に立てれるという良い?例でしょうか。目指したことがことごとく裏目に出ての挙句なのに。そして辿り着いた最終コーナーもまた、目指したものとは全く違う世界です。今までの生活から生まれた多くの言葉以上にまた、これから生まれる言葉も悔しいけれど人様のお役に立てそうです。一生、口から出さなければ精神のバランスが保てられないような生き様だったのかも知れません。
 ブログを褒めて頂いたのは初めてかもしれません。ホームページもブログも、僕のところで働いてくれたある薬剤師の勧めでした。岡山県ではまずまずの規模の病院で働いていた薬剤師が、子育て後の復活薬剤師だったのですが、彼女が病院で治らなかった人が田舎の薬局に相談に来る異様な光景を目の当たりにして、牛窓の人以外に宣伝したらと言ってくれたのです。そして新聞折込を始めて、近隣の市町村の方が多く来てくれるようになり、県外の人にも訴えたらと言ってホームページを作ってくれブログも用意してくれました。僕は言われるままに毎日文章を書きアップしました。結構僕は潔癖なので、1度やりだすと、書かない日があるのがイヤなのです。だから毎日僕の心の健康のために書いています。
 読まれていて、僕の譲れない線が多いことに気がつかれたかも知れません。僕の漢方薬がお役に立てれそうな方々にとって、その線を突破されることは凶器を突きつけられるのと同じです。追い詰められるのが僕がお手伝いしているような方々だったら許せないのです。田舎の小さな薬局の風が吹かなくても飛んでいってしまいそうな人間ですらそうなのですから、全ての医療関係者は弱者の側に立たなければなりませんし、意識しなくても自然とそうなるものですが。それなのに、どうして政治の世界になると医療従事者たちは権力の側につくのでしょうね。患者の負担が増えるからと心配し、自分の報酬が減るからと心配し、矛盾していますね。
 こうした僕の心の構造は学生時代に出合った強烈な個性の先輩達の影響もありますが、働くことしかしなかった両親の影響をより受けているのではないかと最近は思えます。ひたすら働いた、当時はどの家庭も同じだったですが、その姿を見て育つことが出来たことのおかげだと思います。そのおかげはもう古臭いと嫌われるのが落ちですから口には出しませんが、僕の中では感謝の心とともに生き続けています。そのことが息子さんに飛び火ではなく、そよ風になって伝わってくれれば嬉しいです。 苦しかった日々が近い将来報われることを祈っています。
ヤマト薬局



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2017年11月29日(Wed)▲ページの先頭へ
遠志
日本医師会は会見で、厚生労働省が連絡した「オンジ製剤の広告等における取り扱い」に触れ、同製剤は認知症の予防や治療に用いるものではないことを改めて強調した。厚労省は「生薬のエキス製剤の製造販売承認申請に係るガイダンスについて」を発出し、オンジ単味製剤の効能効果を「中年期以降の物忘れ」とした。このガイダンスを受け、各製薬会社はオンジ製剤を「物忘れ改善薬」として次々と発売。クラシエ製薬の「アレデル顆粒」、小林製薬の「ワスノン」、ロート製薬の「キオグッド顆粒」などだ。こうした薬の広告を見て、患者が医師に「この薬を飲めば認知症が治るのか」と尋ねるなど、混乱が生じていたという。
 この状況を受け、厚労省は主に以下の項目について注意喚起した。
(1)オンジ製剤の効能効果は「中年期以降の物忘れ」で、認知症の予防や治療に関する効果は認められていない
(2)「脳機能の活性化」、「脳神経細胞の増加や再生」、「脳全体が活性化する」、「既に忘れてしまった記憶をよみがえらせる」など、効能   効果が承認された範囲を超えると暗示させる広告表現は、厳に慎む
(3)認知症の治療または予防に用いる医薬品ではない旨の記載または標榜を必ず行う
日医副会長の中川俊男氏は会見で、厚労省の事務連絡の概要を説明し、特に(3)の項目が重要と指摘。しかし「厚労省の指導後も、各社のホームページなどを見ると、懸念される表現が残っている」とし、引き続き状況を注視するとともに、改善の必要があれば適宜、厚労省に指導を求める姿勢を明らかにした。

 いつの頃だっただろうか、僕のところにも製薬会社のセールスが「遠志」を持ってきた。顆粒で飲み安く出来ていたが、何に使うのか判らなかった。するとセールスが物忘れとか認知症に使うと言っていた。僕も時々遠志が含まれている煎じ薬を作るが、物忘れのために入れるのでもないし、まして認知症の為にも入れない。僕が作るのは、1人思い悩んで出口が見つけられずに心身ともに弱った状態に使う。だから体も心も弱っていなければ使わない。漢方薬は、基本的には何種類かの薬草を組み合わせ、目的の処方を作る。ひとつの薬草を飲んだりすることは滅多にない。
 「遠志」をもし分けて下さいと言ってきたら1日分20円ほどいただくことになるが、小林製薬の「ワスノン」、ロート製薬の「キオグッド顆粒」などはこんな値段ではない。もっとも箱代、瓶代、運送費、人件費などが生薬の値段に加えられるから1日分が100円以上するのだろう。煎じ薬の半分くらいしか効果はないと思うが、果たしてそんな「遠志」なるものが効くのか。
 大企業の不正が昨今華々しく報道されるが、遠志のように法律的にぎりぎりのところで勝負する商品も多い。上記の製薬会社などはその代表かもしれない。いつからこんなにテレビで誇大宣伝が許されるようになったのだろうと思うが、きっと疫人の天下りを沢山受け入れているのだろう。その時々の、一人ひとりの小さな欲望が、大きな汚い川の流れを作る。清流にしか住めない魚は行き場を失いさまよっている。


2017年11月28日(Tue)▲ページの先頭へ
格言
 朝刊を読んでいて、次の言葉だけが印象に残った。アラブの格言らしくて「もしも神が許さなかったら天国は空っぽになる」と言うものだ。アラブだからアラーなのだろうが、この格言?皮肉?はどの宗教でも通用しそうだし、どの地域でも通用しそうだ。肝心の記事の内容は全然覚えていないから、よほどこの格言がピンと来たのだろう。
 神様は罪人ほど許してくださるらしいから、天国はもう満杯だろう。むしろ天国に入りづらいのはこの世での善人なのか。悪の限りを尽くして来世で天国が約束されるなら、死ぬ直前まで極悪人でいればいい。最近は、老人の犯罪が増えているから、何歳になってもなかなか改心とやらは出来ないらしい。ただ、悪い者勝ちでは割に合わないから、せめてこの世ではしっかり塀の向こうにい続けてもらいたいものだ。
 ただ最近は、裁く人間と裁かれる人間がつるんでいる事が増えた。片や刑務所で片や国会でのらりくらり。どちらがより悪党かほとんどの国民にはわかっているが、そんなのお構いなしに司法は力のないものをより悪人に仕立てる。よほど国民は馬鹿にされているが、そのことに気がつかないのだから、おめでたいにもほどがある。まさか1庶民が、権力を持っている側の人間だとでも思っているのか。一瞬にしてひねり潰されるのに。虫けら同然にしか思われていないのに。
 

https://www.youtube.com/watch?v=9wNYE-bgaAU


2017年11月27日(Mon)▲ページの先頭へ
不得手
〇〇さんへ
昨日は、インプラントの手術だったのですが、3ヶ月の応援組の残りがどうしても紅葉を見たいというので、体力と相談しながら近水園へ連れて行こうと考えていました。手術は2時間以上かかり、その上血液も少し抜くので、体力が心配でしたが、いつものサービス精神を抑えることは出来ませんでした。
 手術を終えたのが、1時前だったので、頭の中でおよその計算をすると、瀬戸大橋で丸亀城に行き、そこの紅葉を楽しんでもらい、その後高松まで行き、フェリーで帰る事が可能だと判断しました。そうなればかの国の人たちの喜びは倍増するでしょうから、そちらを選択するのが僕の性です。でも不思議ではないですか?瀬戸大橋を車で走ることを考えたら、1ヶ月前でも手に汗が滲んでいたのに、今では瞬間的に人のためにそちらを選択することが出来るのです。なんら不安もありませんし、なんら気負いもありません。この状態になるのに2年くらい要したかもしれません。高所恐怖症を治したいという欲求もありましたが、それ以上に、瀬戸大橋を経験させて上げられないことのほうが僕には辛かったです。かの国のテレビ番組で、瀬戸大橋が出来るまでの記録映画が放映されたらしくて、意外と来日前から知っている人が多いのです。ただそれが、自分たちが配属された工場に近いということまでは誰も知りませんから、彼女値達の驚きと喜びの表情の両方を瞬時に体験できるのは楽しいです。だからどうしても僕は克服したかったし、実際にできたのではないでしょうか。他の高いところの乗り物もかなり楽になりました。ただ、それは元々興味がないから挑戦もしませんし、確かめもしませんが。
貴女もいったんはほぼ克服しそうになった人。多少の揺らぎはあっても大丈夫です。治したいと言う強い意思と現場があれば治ります。一番苦手な場所でしか克服できないのですから、ジャニーズのコンサートを逆手に取り続ければいいのです。考えてみれば貴女の場合は贅沢な現場ですね。
 岡山県から、いやほとんど瀬戸内市から出られなかった人がついに大阪に行き「私、大阪があっている」と言った女性が、僕が正月に13人のかの国の人間を連れて神戸に行くことに興味を示します。「自分、行きたいんじゃろう!僕と半分ずつ監視して!」と頼んだのですが、嘗てなら絶対秒殺で断ってきたのに、色々へ理屈をつけて断ります。きっと彼女は、神戸にも挑戦してみたいのです。迷っているのです。「あと2週間待つから返事を頂戴」と結構上から目線で言っておきました。僕は彼女がこの機会に大きく飛躍して自由の身になってほしいのです。10代後半から30年の付き合いですから。苦労ばかりしたのもよく知っていますから。
 僕は何故か心の病気を頼まれることが多いのですが、心の病気などと言うのは実はほんの一部であって、単なる得て不得手だけの場合も多いのではないかと思っています。苦手なことがあったら病気ですか?
ヤマト薬局、
 

https://www.youtube.com/watch?v=GLcjIHKaL9I


2017年11月26日(Sun)▲ページの先頭へ
説教
 僕はフェリーファンなのに、その態度はいけないな。なるべく利用するように心がけている人間にあの態度はいただけない。いやいや、誰にもダメだと思う。
 高松発17時5分だと、日没後だから、景色はほとんど楽しめない。しかし、3ヶ月の応援部隊として来日した第3陣の女性達を丸亀城の紅葉を見に連れて行った帰りに、フェリーに乗せてあげたくて、あえて香川県を横断して高松まで行った。便数は減るし、発着場も変わるしで、まだ僕は慣れていない。新しい発着場になって2回目だ。以前なら、真正面に乗るべき船を見ながら待てるのだが、今は壁で視界をふさがれた駐車場で待つことになる。その上、同じ駐車場で、宇野行きの人も、小豆島行きの人も待つので果たして待ち方が正しいのか心配になる。
 指示された所に今日も車を止めて待っていたのだが、出発の時間が迫っているのに乗船を待っている車の半分くらいしか動かない。そして定刻の17時5分が来たときに放送で「17時5分発の宇野行きが出発します」と切符売り場からの放送があった。前に10台くらい待っていたが、てっきり僕はその車が小豆島行きを待っているものだと思った。僕は宇野行きの車の列に並んでいたつもりだったのだが、実は小豆島行きに並んでしまったのだと判断した。そこで慌てた。何故ならかの国の女性達には門限があるから、それを破ると志半ばにして帰国させられる。家族の期待を背負ってやってきている彼女達の夢を破っては申し訳ない。もしフェリーに乗れなければ、2時間半かけて瀬戸大橋をぶっ飛ばして帰らなければならない。
 僕は列から抜け出して、先頭付近まで車を走らせた。そこには車を誘導する人がいることを知っていたから。すると誘導のおじさんが、如何にも僕が割り込みを図ったように見えたらしくて、僕に説教をした。放送の係りが定時に出航の宣言をしたけれど、現場ではまだ車が乗り込めないでいた。今まで20回くらいは利用したことがあるが、出航が遅れるなんてことは初めてだった。だから僕は乗るべき船ではなかったと考えてしまったのだ。
 自分たちのほうが悪いことに結局は気づきもしない人間の為に、フェリー好きを変えるつもりはない。同行した女性たちが、今回はほとんど子供がいる世代なのだが、まるで童心に返ったように振舞うのを見たら、些細な不快感は忘れることは簡単だ。ただ、いいスタッフを雇わないと企業は潰れる。規模の大小は関係ない。

https://www.youtube.com/watch?v=fJZB5mDTyYQ




2017年11月25日(Sat)▲ページの先頭へ
個性
 今日ある女性と話していて、面白い個性に気がついた。指摘されて気がついたのか、自身も大笑いをしていた。身体を折るようにして笑えることは幸せだ。この笑いが一日何回かあれば病気など治ってしまうのだろうが、なかなかそんな環境に居続けることは出来ない。多くの人が、とんがった空気の中で何とか暮らしているのが現実だ。
 漢方薬を遠くからとりに来るくらいだから、完璧な体調とはとても言えない。それなのに彼女は二日連続でお昼休みに岡山駅傍のイオンまで行って来たそうだ。彼女の職場からそんなに近いかなと思ったので尋ねてみると30分から40分かかるらしい。と言うことは昼休みが2時間らしいから、用事はあっと言う間に済ましたに違いない。案の定そのことは自分の口でも言っていた。なんでもどうしても欲しいものがあり、それが最後の1つだったらしいのだ。そしてその後もそれが入荷する予定はないらしい。次の日に同じように2時間でとんぼ返りした理由も「最後のひとつ」の商品を手に入れるためだったらしい。僕はその話を聞いていて思った。彼女は「最後のひとつ」と言う言葉に弱いのだと。それを言うと自分でも認識したのか身体を折りながら笑った。
 昼食をとるために僕が2階に上がるのはみんなが食べ終わってからだから遅い。その頃のテレビと来たら、通信販売の手先かと思うようなくだらないものが多い。そしてそこで飛び交う殺し文句が「限定何個」とか、「締め切りは何時まで」とか如何にも品薄のような言葉を並べて、考える時間を作らせないように追い込む。ちょっと冷静になれば必要ないもの、誇大広告などと見破ることが出来るのに、せかされると判断力を失うのだ。なかなか練られた手法で昔なら通用しただろうがさすがに今は・・・と思っていたら、若い彼女が正にそのタイプだった。
 僕は彼女にとって漢方薬局のおじさんだが、彼女の応援者でもある。長い付き合いだから彼女をよく知っている。そういった患者さんが僕には一杯居る。「最後のひとつに」めっぽう弱い彼女の個性もまた僕にはまぶしい。いろいろなことを経験しながら、それでも懸命に生きていく、そうした人たちで社会は成り立っている。そうした人たちの為に政治は機能しているか。「生かさず殺さず」で来た戦後から「生かさず」に変りつつあることに、真っ先にその対象者になりそうな人たちは気がついているか。


https://www.youtube.com/watch?v=HB86D-xajyI



2017年11月24日(Fri)▲ページの先頭へ
希望
 ある町から漢方薬を取りに来てくれる人が、牛窓に住みたいと言う人を連れてきてくれた。東京の人だが、いつかモーターボートの故障で立ち寄った町が牛窓で、その印象がよかったので引退後は牛窓に住もうと決めていたらしい。何がきっかけになるかわからない、面白い経緯だ。
 その方の希望を聞くと、海は見えるに越したことはないが、海岸近くでないほうがいい。小高いところがいい。平屋の古民家を買い取りたい。土地はある程度の広さが欲しいが馬鹿広くないほうがいい。
 この程度の希望だから恐らく簡単に手に入るだろう。東京でマンション暮らしだから、そこを貸して引っ越してくる予定らしいが、つい最近僕が手に入れた土地と建物を見せてあげた。小高い丘の上にはないが、古民家だけれど2階建てだが、土地は馬鹿広いが、取得する金額的な目安になるだろうと考えたからだ。数字を教えると東京の方も、紹介してくれた方の奥さんも驚きの声を上げていた。そう、あまりにも安いから。東京でこの土地を手に入れようと思えば当然数億円だろう。だが今や牛窓をはじめ多くの田舎は、主をなくした家や、都会から帰るつもりのない主などの理由で、土地も家も余り放題だ。手放したい人は一杯いる。僕は偶然近所の気心の知れた人から手に入れたから、手続きなど簡単で和気藹々と進んだが、そこさえクリアすれば手放してよいと思っている人は一杯いるはずだ。
 ずっと暮らしていれば華の都大東京も老人にとっては負担がないのかもしれないが、この青い空の下で綺麗な空気を吸いながら、ゆっくりと自然の刻む時間に従って生きるのもいいのではないか。命が、健康寿命が延びるのではないか。肉体も精神も酷使しながらではしんどいだろう。人間の作る時計に従うのは現役のときだけでいい。晩年は自然が刻む時間に従ってみてはどうだろう。生かされている事が実感できるのではないだろうか。

https://www.youtube.com/watch?v=y8-NEcRkcxM


2017年11月23日(Thu)▲ページの先頭へ
機会
 前々から気になっていたのだが、訪れる機会がなく今日までお預けしていた。葉書大の案内にシュークリームの3日間限定販売の文字を見つけたので、かの国の女性達を誘って行くつもりだった。ただし、祭日の今日は彼女達は仕事だったので僕1人で訪ねた。
 まず入り口から変っていた。東京のさじ職人夫婦に工房として使ってもらうまで、すなわち物心ついてから数年前までずっとガラス戸だった。ひょっとしたら1世紀近く同じ戸だったのかもしれない。夜になると鉄工所をしていた祖父の代わりに戸締りをするのが楽しみだった。かつては引き戸だったが、ノブを回して開けるドアに変っていた。
 一歩足を踏み入れると右側に畳の間が二つ連なっていたが、さじを作るための工房に変わっていて、沢山の工具と材料の木片が一杯部屋の中にあった。ひょっとしたら手狭なのと思うほど多くのものがあった。
 生まれたときから大学生まで上り下りしていた階段を上ると再びドアがあり、2階の空間が目隠しされていた。目隠しを外すと、それは全く想像していたものとは異次元の空間で、驚き以外の何物でもなかった。「どうせ壊す以外ない」と決めていた古民家が見事に生まれ変わっていた。それもほぼ手作りで。
 この手のものに疎いから表現に限界を感じてしまうが、表題的には「住めなくなった古い家が、魅力的な空間に変った」と言うところだろう。天井板を取り払い天井が随分と高くなった。壁は漆喰を塗ったように清潔感と安定感がある。そして一番のヒットは何と言っても窓だろう。祖父母が暮らしていた頃は、1間くらいの引き戸の窓だったのだが、今日見た窓は、南側全部に広がり、港と遠景の半島が、まるで絵画のように見える。そうまさしく絵画だった。フェリーが発着し釣り人がさおを投げ、小さな漁船が行き交い、沖にはヨットが浮かぶ。むしろ絵画と言うよりは、映画のシーンのようだった。よく晴れて、空が青く半島の山々が少しだけ紅葉しているのも美しかった。自分のふるさと、生まれ育った家、すべてが新鮮だった。懐かしいのではなく新鮮だった。そこにあったのは過去ではなく未来だった。
 こうした職人や芸術家といわれている人たちには濃密なネットワークが出来るみたいで、カフェ風の店の中に数人の作品がまるで日常に存在しているがごとく陳列されていた。ガラス工芸、織物、ドライフラワーで作ったリース?焼き物?・・・わからない、表現できない。
 今日は、東京から若い女性の方が来られていて、その女性がシュークリームを作ってくれた。東京でお店をしているのかな。さじやさんの奥さんが「牛窓には生クリームを食べるところがないから食べたくなった」と言ったが、そんな理由で東京からわざわざプロが来るの?と思ったが、牛窓の飾らない風景を見ることが出来れば、それもありかと納得した。シュークリームを食べるのは少々テクニックが必要で難しかったがおいしかった。甘いものを極力我慢しているが今日は特別。僕とは全く感性の質が違うその女性や、さじやさんの奥さんと3人で話をした。たまにはこうした苦手な、疎い分野の人と話をするのもいいことだ。勉強になる。僕にとってAはAなのに、彼女たちにはBだったりする。
 娘が「お父さん、一度も行ったことがないんでしょう」と最近僕に言った。僕は自由に使ってもらいたくて遠慮していたが、僕の懸念など必要ないことがわかった。彼らは僕ら素人が考えられないような独創性を持って作品はもとより空間まで作ってしまう。良質であるという前提は必要だが、違うって言う事は、異なるって事は面白いものだ。



https://www.facebook.com/%E5%8C%99%E5%B1%8B-


2017年11月22日(Wed)▲ページの先頭へ
真逆
 犬を飼うことは心血管疾患や死亡のリスクの低下と関連がある――。そんな研究結果が、英科学誌サイエンティフィック・リポーツに発表された。1人暮らしの人の場合、犬を飼うとペットを飼っていない人に比べて死亡リスクが33%、心血管疾患に関連する死亡のリスクが36%低減する可能性があるという。(複数人の家族がいる世帯では死亡リスクは11%、心血管疾患で死亡する確率は15%低下)論文の著者であるスウェーデン・ウプサラ大の博士課程生は、今回の研究で非常に興味深い発見として、「1人暮らしの人を守る要因として犬を飼うことが特に顕著だったこと」を挙げた。
  犬を飼っている人は、天候がどうであれ犬の散歩に出かけるなど、一般的に肉体的な活動のレベルが高いという。今回の研究は、そうしたことが、心血管疾患や死から身を守る確率の増大につながっている可能性があるとしている。今回の研究では、スウェーデンの国家データベースや双子登録プロジェクトからサンプルとして抽出された40〜80歳のスウェーデン人340万人以上を対象に、12年間にわたり調査を行った。

 データの膨大さから信頼性は高いと思うし、体験からも頷ける。僕は1人暮らしではないがミニチュアダックスと、もう15年くらい一緒に暮らしている。小型犬だから散歩などと言えるものではなく、隣の駐車場に用を足しに連れて行くだけのことだ。彼の言う長生きの理由に関しては、別の考えを持つ。それは心の問題ではないか。犬は飼い主の心情をとてもよく理解できる。飼い主が健康なら喜び、患っていれば寄り添ってくれる。こんなに優しくて忠実な存在が他にあるだろうか。人間ではかなり難しい関係だ。犬には人間のように悪意と言うものがない。いずれ死語になるかもしれない家族以上に家族と言ってもいいのではないか。犬を飼う前にはとても考えられなかった心情だが今は全て受け入れることが出来る。
 ほとんど効果などない不健康食品とやらに、なけなしの財産を吸い取られるより、犬を飼ってともに暮らしたほうが健康にも良いし、社会のためにも良い。悪意の存在しない関係の中に身を寄せることが出来るのは何よりの幸せなのだ。悪意の固まりかと言うような不健康食品の法律ぎりぎりの宣伝を見ていて病気になりそうなのとは真逆だ。


https://www.youtube.com/watch?v=1Dg_f_fP5Ws


2017年11月21日(Tue)▲ページの先頭へ
農家
 たぶんお互いは知らないだろうが、今日二人の方から同じ内容の感謝の言葉を頂いた。
 牛窓町は岡山市と隣接しているから、結構岡山市からの患者さんが多い。牛窓は田舎だから、接している岡山市もまた田舎の部分で、中心地とは名前だけ一緒で、あえて岡山市を名乗るほどのところではない。一帯は広い田んぼが広がっていて、今でもほとんどの田んぼがあらされていなくて稲がたわわに実る。だからその辺りでは、結構広い田んぼの所有者がいて、専業で農家をやっている人もいる。今日の2人も正に専業の農家だ。
 いみじくも2人が礼を言ってくれたのは、無事に稲刈りが出来たことに対するお礼だ。1人は頚椎を患い重い物を持つことが出来ない。1人は脊柱管狭窄症で田んぼの中を歩きまわることができない。その2人が別々だったが漢方薬をとりに来て無事収穫作業が終わったと報告してくれた。農業だからどうしても重い物を持たざるを得ないが、1人は首にこたえる事がなかったこと、もう1人はコンバインに乗ると腰に負担がかかるから乗れないと思っていたが、何の心配もなく乗れたことなどを教えてくれた。2人とも僕より少し上の人、いや、農家の方は紫外線の影響で少し老けて見えるからひょっとしたら僕より若いかもしれないが、いずれにせよ、農業の従事者としては若い方に属するかもしれない。と言うことは、もっともっと深刻な体のハンディーと戦いながら農業に従事している人がほとんどだってことだ。それはそうだろう、まだまだ機械化されていない頃から農作業をしている人だから肉体の酷使のほどは尋常ではない。
 田舎に暮らしていると、僕らが口にする物を作ってくれる人たちの姿が見える。遠景ではなく全人的な存在として見ることが出来る。だから僕達は感謝することが出来る。おかげとか、おかげさまと言う言葉が自然に使える。決して派手ではなく、どちらかと言うと人間が苦手な人が多く、口下手ぞろいだが、信頼できる。土と触れ合う人たちだから悪意がない。悪意などが役に立つ場面がないからかもしれない。自然には自然な態度でしか向き合えない。それが身についている人たちだ。鎧を着ていない無防備な人たちだ。そうした人たちと共に暮らせる町に感謝だ。

https://www.youtube.com/watch?v=1Dg_f_fP5Ws


2017年11月20日(Mon)▲ページの先頭へ
大変
 昨日、息子の家族が母を見舞ってくれたらしい。見舞ってくれたのは、いつからだろう。1年?2年ぶり?それとも・・・。
 さすがに母の容態が不安定化し始めたからその気になったのかもしれないが、孫なんてのはこんなものなのだろう。多くを期待しても無駄だし、言えば嫌われるから黙っている。
 ところがその報告を聞いていて、思わず涙腺が緩んでしまった。勿論僕に報告ではなく妻に報告しているのを薬を作りながら聞いていただけだ。母は、最近何度訪ねても寝ているばかりだった。眠っているなら起こしてはいけないと思い数回耳元で大きな声で呼びかけるだけにしているが、それに答えてもらった記憶はこの数回ない。傍らで暫く様子を見たり本を読んだりして過ごすだけだ。ところが昨日は、息子の呼びかけに返事をしたり笑ったりしたらしい。本当はわかっているのに、姥捨てをした僕を許さないためかなどと一瞬考えたが、勿論そんなことをする母ではない。善良そのもので生きてきた人だから、痴呆状態になっても品は保っている。何年ぶりに訪ねた孫がわかったのだろうかと言う反応に嬉しくなった。そして、ひ孫が「おばあちゃん、がんばって」と言ったそうだ。日本語が苦手な孫がそんなことが言えるようになったのかと、これもまた僕には喜びだった。そんなことが一瞬にして僕の涙腺を緩ませた。
 最近、口の苦さが増してきている。僕は自分の精神状態を口の苦さで知ることが出来る。過去何度か経験したことだ。初めて借金をしたときにこれは何だと言うくらい不可思議で不快な期間が続いたことを覚えている。その後はストレスと口の苦さの果関係がわかったからあわてなくなって、気持ちが落ち着くまで待つ。それにしてもこの歳になって体に不調が現れるほどのストレスを抱えてしまうとは、いつまでも生きるって大変なんだと思い知らされる。
 


2017年11月19日(Sun)▲ページの先頭へ
奇遇
 奇遇もいいところだ。この奇遇を何か運のいいことに生かせれたらと思うのだが、そういった運には縁遠い。
 かの国の人たちは、来日する前から桜と紅葉はしっかりとインプットされていて、とても楽しみにしている。予定が詰まっているのでなかなか全ての子を連れて行くわけには行かないが、今日は第二陣として4人を連れて行った。毎回同じところでは僕が持たないので初挑戦の近水園に行くことにした。インターネットで調べると紅葉の名所らしくて、近くに足守と言う、昔の面影を残した町並みがあるらしい。運のいいことに今日はその足守で町おこしのイベントがありジャズのコンサートも行われることを知った。だから1時間ほど紅葉を眺めてその後コンサート会場に行けばいいと予定していた。
 ところが出かけてみると意外に近くて30分ほど早く着きそうだった。そこで機転?を利かせて吉備津神社に寄った。吉備津神社も結構かの国の人たちは喜んでくれる。あの長い下りの廊下が好きらしい。いつものように写真を撮り捲った。そのおかげで近水園は当初の予定通り1時間コースとなりそうだった。河川敷の駐車場に車を置いて近水園への道を歩いていると、向こうから結構大きな集団がやってきた。10数人いたと思う。5メートルくらいの距離に近づいたときにどちらからともなく歓声が上がった。そして数人が抱き合った。何と三原工場のかの国の人たちと、牛窓工場のかの国の人達が出会ったのだ。抱き合った子達は、かの国で一緒に働いていた人たちで、日本の数箇所の工場にばらばらに配属されたってことだ。だから長い人では3年ぶりの子達もいた。道端で歓談すること数分、ある女性がまじまじと僕の顔を覗きこんで「見たことがあります」と言った。僕はかの国の女性を100人近く知っているが、会っている人は必ずわかる。だから面識がないことを伝えると怪訝な顔をして考え込んでいた。そしてすぐに思い出したみたいで「〇〇ちゃんと〇〇〇さん知っていますか?」と尋ねてきた。当然一緒に暮らしているから知っていると答えると「おとうさんですね。いつも写真で見ています」と綺麗な日本語で答えた。なんと、かの国で2人と友人だったらしくて、1週間前にも電話で話をしたそうだ。だから僕にも彼女達と同じような偶然が起こったのだ。
 近水園はさすがに名所としてインターネットに載っていただけあって、池を中心とした庭園と紅葉が程よくバランスを保って美しかった。紅葉が景色に勝っていないのが良かった。なるほどこれなら広島県の三原からやってきても不思議ではないと思った。人が少ないのもまたいい。もっと言えば無料なのがいい。
 帰りは酒倉を改装したコンサート場でのジャズバンドの音楽を楽しんだ。至近距離で聴けて楽しかった。かの国の女性達は全員初めての経験らしく「ザズ ハジメテ」と何回も言われた。よほど楽しかったのだろう。
 帰宅し車を降りた瞬間からすごい倦怠感に襲われるが、あの喜ぶ姿を思い出すと、やはり余計なおせっかいをし続けないといけないかなと思う。


https://www.youtube.com/watch?v=egRX_YSYU7A


2017年11月18日(Sat)▲ページの先頭へ
瀬戸内海
 シルクロードの名付け親として知られるドイツの地質学者フェルディナント・フォン・リヒトホーフェンは、1868年、アメリカから中国への航行中、瀬戸内海を初めて目にしました。彼は「支那旅行日記」で、その美しさを世界に伝えるとともに今日の私たちに警鐘を鳴らしています。
「優美な景色で、これ以上のものは世界の何処にもないであろう。将来この地方は、世界で最も魅力ある場所の一つとして高い評判を勝ち得、沢山の人々を引き寄せることであろう。(中略)かくも長い間保たれてきたこの状態が今後も長く続かん事を私は祈る。その最大の敵は、文明と以前知らなかった欲望の出現である」
 
 恐らくまだ侍がうろうろしていた頃に、ドイツ人がアメリカから中国への途中に日本に寄った。このことだけでも驚きだ。どういった交通手段でその旅をしたのだろう。船に蒸気機関車に馬に人力車に駕籠(かご)に歩きに・・・瀬戸内海を船から見たらしいが、その感想の文を読んで同感だ。100年200年先まで洞察する能力は僕にはないが、綺麗でいつまでもこのままであって欲しいと願う気持ちは同じだ。
 上記の文章を書いた方が問題にしているのは最後の部分「最大の敵は文明と欲望の出現」と言うところだ。そして以下の文章につながっている。

 1934年3月豊島を含む備讃瀬戸は日本で初めての国立公園の1つに指定されました。つまり日本が後世に残すべき景勝地として指定されたのです。豊島は42年にわたって、有害産業廃棄物不法投棄事件と闘ってきました。かつてはごみの島と呼ばれたこともありました。この歴史は世界に知れわたることとなりました。

 よくもあんな予言が当たったと思う。当たってはいけないが、正に懸念したとおりになった。先を見通すことが出来る人っているものだ。今の政治屋に教えてやりたいくらいだ。そして悪いやつの後はこれまた不思議で、善良な人々が現れよき出来事が起こる。

 2017年3月、91万トンという廃棄物と汚染土壌の撤去が完了しました。これでごみの島という汚名を返上し、ごみを乗り越えた島として歩み始めることに確信が持てると感じ始めています。
 
 同じ瀬戸内に暮らすものとして喜ばしいことだ。島を削ってもいけないし、島を埋めてもいけないし、海も汚してはいけない。宇野から四国フェリーで高松に渡るときに、多くの島を見る。大きな船に混じって、蟻のような小さな漁船も横切る。海で暮らし島で暮らす人の息吹を感じる。フェリーを追っかけてくるウミネコの白さが気持ちいい。風に乗り、波に乗り、雲に乗る。


https://www.youtube.com/watch?v=egRX_YSYU7A


2017年11月17日(Fri)▲ページの先頭へ
生還
 処方箋を持って来た老人は、元大工さんだが今は遊び人だ。ところが急におとなしくなった感じがしたので、薬が出来上がるまで興味本位に話をしてみた。息子さんが運転する車で奥さんと一緒にやってきたのだが、奥さんは相変わらず元気だ。面倒を見ているのだろうが、どちらかと言うと従えているように見える。嘗てなら考えられないような逆転現象だ。僕の質問に奥さんのほうが痺れを切らして代わりに答える始末で、なかなか御主人とは会話が弾まない。でもこの辺りは結構僕は得意で、奥さんのほうを振り向かずにひたすら御主人の言葉を待つ。するとゆっくりとした口調で喋ってくれる。
 珍しい薬を飲んでいるからその辺りから尋ねたのだが、脳梗塞で入院していたらしい。発作がでる数時間前、ノミやかなづちが手から滑り落ちたらしい。「こりゃあ普通じゃねえと、今度はわかった」と言うところをみると、あちらに行きかけて生還したのは今回が初めてではないらしい。「御主人、同じようなことがあったの?」と尋ねると、奥さんがこことぞばかりに喋り始めた。今度は当事者が覚えていないのだから、奥さんの独壇場だ。ご主人は合いの手どまりだ。「2年前に主人が海に落ちたの知られない?」と尋ねられても知らないものは知らない。同じ部落だから耳に入りそうだが、生還したからそんなに話題に上らなかったのだろう。「朝の6時ごろ、岸壁から船に乗ろうとして落ちたんですわ。本人は全く記憶がなかったそうです」「御主人、何も覚えていないの?」「気がついたら病院だったから、覚えとらん」「運がいいことに、主人が海に落ちた音を先に乗っていたAさんが気がついて、縄を放ってくれたらしんです。ところが主人は意識が無くてそれをつかもうとしなかったらしいですわ。Aさんが海に飛び込んで片手で船に捕まりながら主人のあごを海面から出してくれたらしいです。ところがそのまま動けなくて叫んでいたらしいけれど、朝が早く通行人がいなかったらしんです。ところが神様っているもんですね。そこへ朝早く網を上げに行った親子の船が沖から帰ってきて二人を見つけてくれたらしんです」「命の恩人じゃないの、一生頭を下げ続けなければならないね」「そうなんです、その方々が携帯電話で119番してくれたんですが、救急車の人たちが主人を海から上げることができなかったんですわ。それで今度はレスキューを呼んでやっと引き上げられて救急車に乗って運ばれたんです。」「海から上げるなんて、服を着たままだと重たくてできないんだなあ。ところでご主人は落ちる前に意識が無かったのではないの?」「そうかもしれんなあ、何も覚えとらんのじゃ」
 あまりしたくない体験だが、海の傍で暮らしていると時々こういったニュースに触れる。生還しているから笑い話ですむが、海に沈んで数日後に見つかるようなこともある。
 その話の続きで、最初に脳梗塞を起こしたのが55歳と言うのも知った。30年近く結構幸せに暮らしているから現代の医療水準の高さが分かる。3度も生還させてもらっているのだから「御主人、牛窓町のために役に立たれよ(立ってよ)」と言うと返事が返ってこなかった。こんな時こそ釣り針のようにひねられて突き刺さるような漁師ギャグが炸裂するのに。「4回目も見事生還せられえよ(しなさいよ)」僕が代わりに言ってあげた。


2017年11月16日(Thu)▲ページの先頭へ
質問
 昨日ある方の質問に答えていて、伝えればよかったことがある。質問内容は、病院からか薬局からか分からないが、処方され飲んでいる漢方薬が正しいかどうかだった。正しいかどうかはわからないが僕とはかなり違うことだけは言える。その程度(鼻と咳)のトラブルで、わざわざ煎じ薬を出すのかと思ったし、そもそも説明が大袈裟だった。免疫が落ちていると言われていたが、僕は本人が言った言葉ではないように思った。たかが風邪を一回ひいただけで、そこまで深く考える必要は無いと思う。患者さん自身も薬を出したほうも。風邪は小さなものをひけば免疫がつくから、ひいてもいいのだ。少しひいて早く治す、これに尽きる。そうすれば天然の予防接種になる。
 東北や沖縄以外は、牛窓からでも翌日には荷物が届く。質問だけだったからあえて言わなかったが、後で考えてみたら、数日分漢方薬を作って送ってあげればよかった。翌日届くのだから直接来ることが出来る人とハンディーはあまりない。そう言えば、最近漢方薬を飲んでくださっている方が、急に起こった病気の薬を依頼してくるパターンが増えた。恐らく地元で調達するのと時間差を感じていないからだろう。よい薬が手に入るなら、翌日まで待ったほうがいい場合もある。
 思えば僻地の牛窓にいてもなんら不便を感じないのは、欲しいものは翌日には届くからだろう。買い物で不便と感じたことはない。最近娘に教えてもらって、ある譜面をインターネットで買った。これなどは以前なら岡山市の楽器店に行って買わなければならなかったものだ。そしてそれが必ずしも在庫しているとも限らないものだ。以来そのホームページを、あまりにも沢山の商品が載っているので面白くなって時々眺めている。
 田舎の小さな薬局だから、余損みたいなことは出来ないが漢方薬や薬局製剤に限れば小回りよく希望に沿える。だから僕は漢方業界の余損を目指す。名前は大損。


https://www.youtube.com/watch?v=d4Kijkkz4f0


2017年11月15日(Wed)▲ページの先頭へ
トップ10
 米国人が最も恐れている物事のトップ10は、1位「政治の腐敗」(74 %)、2位「医療)/トランプケア〕」(55 %)、3位「海、河川、湖の汚染」(53%)、4位「飲用水の汚染」(50 %)、5位「将来に対する金銭的な不安」(50%)、6位「医療費の高さ」(48%)、7位「米国を巻き込む世界大戦の勃発」(48%)、8位「地球温暖化/気候変動」(48%)、9位「北朝鮮による兵器の使用」(48%)、10位「大気汚染」(45%)。(米チャップマン大学「米国人が最も恐れている物事」に関する調査報告書より)
 日本でも同じような調査が行われているかどうかは知らない。アメリカのを見てなるほどなと参考になる。日本ではどうなのだろう。地政学的な理由や、環境問題など克服済みの問題もあるからアメリカとは異なるだろう。ただ日本独自のものもある。

日本版「もっとも恐れている物事のトップ10」
1位  アホノミクスの友人だけ優遇する政治の腐敗
2位  ちょっとの風邪でも病院に行く不思議な国日本。逆に安心材料でもある。風邪も自分で治せないような人間が軍人になって外国人と戦う    なんて絶対に出来ないから、これからも戦争は起こらない。
3位  福島原発の爆発による海、河川、湖の汚染
4位  福島原発爆発で飛び散ったセシウムが広大な森を汚染している
5位  企業は400兆円も金をためているのに、それを働いた我らによこせと言えない若者達の経済的脆弱
6位  何の役にも立たない不健康食品に金を巻き上げられる無知
7位  北朝鮮、中国、韓国、日本憎しの国々とのあまりにも近さ
8位  子供の時に見た前島と、今の前島では明らかに海面が高くなっている
9位  アホノミクスが国民に向かって銃を向ける可能性
10位 アホノミクスによる、この国の道徳の汚染


https://www.youtube.com/watch?v=4ELdjSPA760



2017年11月14日(Tue)▲ページの先頭へ
在来種
 「生まれてきてさえいなかったら・・・」岡山駅に隣接しているホテルの外階段の踊り場から下を眺めながら、こんな言葉が浮かんだ。3階建ての建物の上から眺めているような景色だった。駅の正面ではないから、目的地までの近道などの理由があって歩く人達ばかりだったが、まさか真上から覗かれているとは思わないだろうから自然な人の動きが観察できる。もっとも僕には人間観察の趣味などないから意図してみていたのではなく、単なる待ち合わせまでの時間つぶしだった。
 さすがに牛窓と違って若者が多い。ただし、都市部でも嘗ての若者がやたら目に付いた光景とは変わって、比較的多い状態と表現したほうが正しいだろう。行き交う人の特徴は、一人で歩いているのは、ほとんど日本人。3人以上は外国人。何処となく違和感があるのですぐに分かる。携帯電話を耳元に当て大声でしゃべる、足を外側に向け歩く、やたら靴が目立つ、勿論顔つきも。この中でいくつかあてはまればほぼ100%アジアの人だ。ひょっとしたら眼下を通っていった人達の20人に1人くらいがそれらの人だったのではないかと思う。平日の過酷な労働から解放されて岡山駅周辺に遊びに来るのか、また散り散りになって働いている人たちが集うのかわからないが、僕には好ましい光景には見えない。何故なら、本来なら彼らが就いている仕事は日本人のものだ。彼らの数だけ日本人の仕事が奪われている。彼らが持って帰る給料の総額も、本来なら日本に残るものだ。物言わぬ日本人は仕事を奪われ金を奪われ、おとなしく傍観しているだけ。
 鬼業家は目先の利益が大切と見て、給料が安ければ犬でも雇う。ところが鬼業家も安心しておれないだろう。会社ごと中国企業にのっとられる日が来ている。給与所得者だけを冷たい海に放り込み、自分達は豪華客船に乗っているつもりでも、すぐ傍に巨大ハリケーンは近づいている。船ごと海底に沈める力を持ったハリケーンだ。
 戦争を知らずに育った僕らは、戦争に行き殺し殺されることもなかった。高度成長を経験し、車も買えて家も建てる事が出来た。子供は大学にやれ、年金ももらえる。運のいい世代だった。ところがこれからの青年はどうだ。アホノミクスは自分の仲間にはぼろ儲けさせるが、庶民の給料は上がっているか。アジアの貧しい国からやってくる人間と競わされて、勝てるわけがない。憲法を変えて再び貧しい青年を軍人とし、自分達の意のままに動かそうとする。命を捨てて守るのは家族であって、政治屋や鬼業家ではない。スマホで去勢され無力化され、貧困と呼ばれる階層に甘んじる。
 僕が見たかったのはそんな光景ではない。僕が見たかったのは、眼下に見える光景ではない。ため池に放たれた外来種に駆逐される若き在来種の姿ではない。
 
https://www.youtube.com/watch?v=qzCS6Biazzg


2017年11月13日(Mon)▲ページの先頭へ
強面
 だいたい社会の静脈系の仕事をしている人は強面が多い。その昔、結構きわどい仕事をしていたような人も多く、叩けば色々なものが出てきそうだ。ただし僕はそういった人種が嫌いではない。むしろそこから一念発起して表の顔を立派にした人も多い。そういった人は人間としての幅を持っているから、結構馬が合うことも多い。
 今回隣家を買い、かの国の実習生の寮として使ってもらうにあたって相談した人もなんだかその種の人間だ。強面のくせに楽器を吹いたり弾いたり出来る人で、そのアンバランスが面白い。そんな彼が解体屋さんを紹介してくれたのだが、これが輪をかけたようなその種の人で、発注しているこちらのほうが恐縮しそうだ。ところがいざ作業が始まると意外に繊細なところがある。それが一番顕著に現れたエピソードを紹介しようと思う。
 明治時代の納屋を壊そうとしたのだが、その傍に井戸があった。僕は危ないし利用することもないから埋めてもらうように頼んだ。ところが解体屋さんも紹介してくれた人も何故か即答しなかった。そんなに技術的に難しいか費用がかさむのかと思っていたら、井戸を埋めると悪いことが起こるのだそうだ。解体屋さんは具体的に「腰から下の病気になって歩けない人が多い」と言った。だからもし埋めるならパイプを通して井戸が息をすることが出来るようにしたほうがいいと教えてくれた。僕にはまるで冗談のようにしか聞こえないが、2人とも真顔だ。紹介してくれた人は井戸を掘る会社を経営しているからプロ中のプロなのだが、そんな彼でも「何時代じゃ〜」と言ってやりたいような事を言う。「震災後、井戸を掘る人は増えたけれど、井戸を埋めてくれと言うような人はいない」とも言っていた。こちらのほうは説得力があるが、下半身の病気は信じがたい。ただ、ああいった自然相手の仕事をする人は、そして危険な作業を伴うような人は、そうしたことに拘るのかもしれない。何かあったら何かのせいにしないと辛いだろうから。
 結局その井戸は水道式にしてより便利になって復活することになったが、これで下半身の病気にはならなくてすみそうだ。それにしても最近の冷え込みで腰が痛くなることが多いから、慎重に体をほぐしてから行動するようにしている。これで痛くなったら「怒るで〜」





2017年11月12日(Sun)▲ページの先頭へ
 意外と充実していることに驚いた。何度も門のところまで行った事はあるのだけれど、お金を払ってまで庭を見る必要は無いと思い、ガラス戸越しに眺めていただけだ。今日、かの国の女性達4人を連れて深山公園の紅葉を見に行ったのだが、NHKテレビやインターネットで見ごろと出ていたのがまるで嘘だった。あれだったら「色づき始め」が正しいだろう。皮肉にも町中の街路樹のほうが鮮やかな紅葉だった。
 このままでは日本の紅葉に胸を膨らませて一緒に行った4人が失望すると思ったので、いわば苦肉の策でイギリス庭園の門をくぐった。ところがこの選択が大正解だった。期待していなかった分、規模といい整備のされようといい、そもそもの設計といい、感動ものだった。詳細は避けるが、外からでは想像できなかったくらい広かったし、石造や噴水、或いは錦鯉が泳ぐ池など、演出しすぎていないのが良かった。イギリス庭園と言う名前が、何を持ってそう名づけられる資格を得るのか分からないが、何となく手を掛けすぎていないような自然な感じがいいのかもしれない。僕は自信ありげに案内したのだけれど、内心はここで留めを刺されるのではないかと心配だった。
 ところが、彼女たちは、足を一歩踏み入れたところで既に感動してくれて、秋空の下結構ひんやりしているのに、上着を脱いで、半そで姿になって写真を撮り捲った。あっけにとられながらも、起死回生の逆転ホームランを打てたことを悟った。例のごとく毎回毎回、4人がモデルの様にポーズを取り写真を撮るだけで2時間くらい留まったから。
 うれしいことに深山公園のイギリス庭園の入場料は大人で200円なのだ。大の大人が2時間近く癒されて200円とは、どうみても公の施設でしかありえない。老後の資金に手をつけてしまって僕には言う資格もないのだが、かの国の寮の為に買った古民家付きの土地が400坪近くあるから、こんな庭を作って皆さんに提供できたらいいなと思った。ない袖は振れないが、せめて将来を楽しむネタの一つくらいは持っても良かろう。


2017年11月11日(Sat)▲ページの先頭へ
恩師
 初めて漢方相談んをしてくださった方へ漢方薬とともに送った手紙です。書きながら、他の方にも役立てるのではないかと思ったので披露します。プライバシーは保たれているから大丈夫だと思います。みんなで治って!

 煎じ薬で、立ちくらみとストレスをとります。坂道や階段も楽に登れると思います。疲れも取れるはずです。
食後の粉薬は、ストレスによる胃の痛みを改善します。寝る前の粉薬は、寝つきと中途覚醒を治すものです。夢を多く見て寝た気がしないのも改善できると思います。
 電話で話をしていて、これだけ症状が4年も続いていると言うことは、心の中に絞め殺してやりたい人間がいるのではと思いました。案の定あたっていましたね。でもそれは悪いことではありません。多くの人がそうした敵は持っているものです。実行に移さない限り自由です。長年漢方薬を作ってきて感じることは、これは僕の漢方の恩師がいみじくも表現してくださったのですが。心に敵がいる人と揚げ足をとる人は薬が効かないと言うことです。ただし、後者より前者のほうが救いはあります。後者の場合、周りに人がいなくなって全くの孤立無援になってしまうから、なかなか救いの手が伸びないのです。コンプレックスの裏返しで強い態度をとるから、ひとり抜け、またひとり抜けです。
 前者の場合、僕は漢方薬で十分フォロー出来ますが、1つ皆さんに実行していただいている事があります。それはホームセンターで麦わらと釘を買ってくるだけで実行できます。釘はなるべく5寸釘がいいみたいです。買って来た藁で人形を作り、毎夜毎夜、丑三つ時あたりに五寸釘を丁度心臓辺りに刺して深く打ち込むことです。そうすれば鬱積した気持ちが次第に晴れてきて、不快症状も消えてなくなります。向こうは胸のあたりが苦しいともがいているでしょうが。
 あなたは遠慮して自分の主張が苦手な人みたいですが、日本人はそうした人の方がむしろ好きみたいですから、あなたのファンも多いと思います。隠れファンかもしれませんが、貴女がいてくれるだけで心が安らぐ人も多いのではないでしょうか。自信を持って、貴女らしく振舞い生活してください。心身ともに元気になるような処方です。無駄な力みが取れると心も身体も楽になりますよ。

ヤマト薬局




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〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

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