栄町ヤマト薬局 - 2016/12

漢方薬局の日常の出来事




2016年12月31日(Sat)▲ページの先頭へ
訃報
 朝のニュースでその訃報を知ったが、岡山県版だけでなく全国版でも何度も放送されていたから、その功績が大きかったことが分かる。ノートルダム清心学園の理事長、ベストセラー「置かれた場所で咲きなさい」の著者として紹介されているが、そうした肩書きによる紹介が一番正しいのかと疑問に思った。
 こうしてみると僕が会ったことがある人の中で一番有名な方かもしれない。玉野教会の何十周年記念か忘れたが、その記念すべきミサに出席していただ時に、ほんの少しだけ会話を交わした。当時僕の漢方薬を飲んでいる女性がシスター渡辺の本を読んで救われたと言っていたことを伝えたのだ。それまでもテレビなどでは見ることが何度かあったが、目の前にしたらとても小柄な人だった。職業的に骨粗しょう症をすぐに疑った。シスター渡辺は、僕の話を喜んでくれ、何か伝言をことづかった。具体的な内容は忘れたが、その女性が回復したことを喜んでくれた。
 知る人ぞ知るだが、シスター渡辺は9歳の時に軍事クーデター「二・二六事件」で、陸軍教育総監だった父・錠太郎が凶弾に倒れた現場に居合わせ、無数の銃弾を浴びた父の最期を見届けた。その原体験が後のシスター渡辺の道を決めたみたいだが、ここまで強烈な事件でもないと、ああした生き方は出来ないのだろうか。一隅を照らすつもりでも千隅を照らしてしまうにはあれだけの原体験を求められるのだろうか。
 今年は多くの志ある人をなくした年だったが、最後の最後で又1人大きな存在を失った。川岸が水の流れで少しずつ崩れていっているように見える。それに危機感を持って立ち向かわないとやがて濁流が家々を流し命を奪う。シスター渡辺と呼ぶべき人を理事長とか著者としてしか紹介できないようでは護岸工事は任せられない。止むに止まれぬ肩書きもシスターと呼んだ時点で昇華する。僕らはそちらの位置に立つ。


2016年12月30日(Fri)▲ページの先頭へ
本丸
 怖い、怖い、聞いているだけで鳥肌が立つ。高齢者でもないのにマスコミを喜ばせそうなネタを提供するところだった。世の中ではよくあることのようだが、身近な人がそんな体験を語ってくれると怖さが身に迫る。
 職業柄県外に出張することが多いみたいだ。それも車での出張だ。ところがある頃から運転が怖くなったらしくて、特にある決まった箇所に来ると急に動悸がし冷や汗が出て、息がしづらくなる。いわゆるパニック障害だ。何が嘗てあったのかしらないがいわゆるトラウマなのだろう。
 先日いつものようにそこを通りかかると症状が起こり始めた。そこでこれまたいつものように不安時に飲むように処方されている薬を取り出して飲んだが何故か効かない。そこでもう一錠飲んだが期待した効果がなぜか出ない。こうなると効かないことに対する不安感も重なって結局4錠呑んだらしい。さすがにそれだけ飲むと落ち着いたらしいのだが問題はそこからだ。「良かったじゃないの。でも4錠も飲んだら眠くなるでしょう?」と尋ねると「意識が朦朧としてどうやってそこを通り抜けたのか覚えていない」と笑いながら答えた。照れ隠しなのか、甦った恐怖を隠すためか大声で笑った。
 恐らくその答えは誇張したものではない。僕など恐ろしくて1錠も飲めないような薬を4倍も飲んだのだ。まともに判断できるわけがない。多くの事故、多くの凶悪犯罪にこうした事実が隠されている。本人に全く悪意がなくても(過失はあるが)薬で脳の働きを抑えてしまうのだから、全うな判断など出来るわけがない。加害者もまた薬の被害者なのだ。この薬と言う字を「ヤク」と読みたいほどの使われ方をしている。この国では、心を病む人たちをコンクリートの中で薬で治そうなんてことをするから薬漬けになる。広々とした草原に山小屋風の施設を作り、動物が走り、鳥が飛び、虫が鳴けばかなりの人が復調するだろう。薬にそれだけの力があるというのだろうか。心を苦しめた情況を薬が解消できるとでも言うのだろうか。
 他の不快症状の多くは解決できた。後は本丸を落とすだけ。きっと落ちる。照れ隠しでもあれだけ大声で笑えれば十分だ。頑張りすぎ病蔓延の歳が暮れる。


2016年12月29日(Thu)▲ページの先頭へ
好奇心
 面白いものだ。本当の家族と一緒に食卓を囲むときは沈黙が支配し、テレビ無しではとても食事が喉を通るようなことはなかった。ところがかの国の次女三女と同居するようになって、テレビが必要なくなった。丁度壊れたのもあるが、むしろ会話の邪魔をするノイズでしかなくなった。以前は会える時間が限られていたので、用事が優先されていたが、今は有り余るほど時間があるので話す内容は多岐に渡る。昨夜も面白い話を食事中にしてくれた。
 「子供の時から、皆が言っていた」こういった場合の皆は怪しい。皆ではなく「ある人が」と言うのが正しいのだろうが、つい力が入ると皆を使ってしまう。だから僕は「こういう話を聞いたことがある」程度で理解することにしている。
 世界で一番幸せなのは「ヨーロッパ風の家に住み、中国料理を食べ、日本女性と結婚すること」なのだそうだ。かの国でそういい聞かされていたらしい。二人が敢えてこの話を持ち出したのは、一緒に台所にいても僕だけテーブルの前に腰掛け、手持ち無沙汰に料理が出来るのを待っているからだ。もう1週間近く一緒に暮らしてみると目にあまり出したのかもしれない。それで皮肉を込めて、又妻の味方だと言わんばかりにそんな話を持ち出したのだろう。ところが僕はそんなことで自分の流儀を変える様な人間ではない。「それならお父さんは幸せじゃ。鉄筋コンクリートの家に住み、ラーメンを食べて、日本人と結婚しているから。お父さんはこの幸せを壊さないようにするわ」と若干の居心地の悪さはあるが居直った。するとかの国では男女が家事を分担するなどの習慣を話し始めた。何故その事に拘るのか分からないが、彼女達にとっては異様な光景なのだろう。いや、許せない光景なのだろうか。そこでいたずらのつもりで、妻が作りかけていたインスタントコーヒーに湯を注いでみた。すると二人が拍手をした。おだてられて木に登るタイプではないが、所変われば・・・を日々経験する羽目になるスリルを、好奇心を持って楽しんでみようと思う。


2016年12月28日(Wed)▲ページの先頭へ
 どちらも一円もお金を払っていないから文句を言えた筋合いではないが、天国から地獄だ。折角喜んでいたのに、その音を聞くたびに気分が悪くなりストレスだ。
 僕は価値を知らなかったが、下さった税理士の先生によるとあの大きなプラズマテレビは50万円以上したらしい。我が家のテレビの悲惨さを目撃した先生が、新しいテレビを買ったときに下さった。リビングに置いて遠くから見ても十分楽しめる広い画面と音量を楽しんでいたが、つい最近壊れた。電気屋さんに頼んでも部品がないから直らないと言われた。そこで急に救世主のように現れたのが帰国するかの国の女性だ、なんでも、会社主催のパーティーの余興でテレビを当てたそうだ。ただ国に持って帰れないので躊躇することなくくれた。なんて欲のない人間だと感心していたが、昨日そのテレビをセッティングして初めて、期待しすぎだったことが分かった。小さな画面のテレビなのだが、映像もなるほどくれるだけのものはあると思えたが、音はかなりの忍耐がないと聴けたものではなかった。
 僕はテレビを、わずか2mくらい離れて見ているのに、音は数十メートル先から聞こえているように感じた。こもった音で音量を上げても何を喋っているのか聞き取りにくい。妻はお風呂の中で喋っているような音で聞こえると言った。例えは妻の方が数段旨い。なるほどと思える例えだ。片手で持ち運び出来るようなテレビだから、各部品のレベルは推して図るべきだから、スピーカーもおもちゃくらいのものが入っているのだろう。ただ、距離感が全くないあの音には耐えられない。テレビ離れするいいチャンスかもしれない。所詮ニュースと再再再再・・・放送の水戸黄門しか見ないのだからテレビもどきでいいのかもしれない。あまりにもちゃちなので、どこの国で出来ているのか確かめると、やはり軍拡華々しい国の製品だった。自分で金を出していなくて良かった。僕が払ったお金が、かの国の指導者や庶民の横柄な態度の維持に役立つのなら耐え難いから。
 


2016年12月27日(Tue)▲ページの先頭へ
努力
 短文だが、優しさがあふれ出るようなメールを6年間、2週間毎にくれた。その短い文章の中で彼女の心や体調の変化、或いは環境の変化まで読み取り、より適切な漢方薬を作り続けた。人生の基礎の部分を作り上げ、実社会に打って出る時期を過敏性腸症候群との戦いに費やしたようなものだ。ただ、克服は出来ていなかったが、本来持っていただろう優しさは持ち続けていて表情に十分表れていた。人を傷つけることなど到底出来そうもなく、むしろその逆で苦しむ人のように見えた。ただし、こうした人格の持ち主には必ず救いの手を差し伸べてくれる人が現れる。いや、とても大切にしてくれる人が現れる。何故なら手を差し伸べる人自身が救われるから、引力で同じような心の持ち主と出会わないはずがない。いみじくも、彼女が夢見た職業に最近つけたが、採用してくれた方や同じ職場の先輩達からとても大切にしてもらっているみたいだ。僕には当然のように思える。僕が採用する側に回っても一番にお願いしたいような人だ。
 完治の区切りに車を運転してお礼のスイーツを持ってきてくれた。あれだけバイパスを恐れていたのにバイパスを使ってやってきた。もっと驚いたのは、10年以上も行くことができなかった岡山駅周辺に車で出かけ、最難関のイオンモールに買い物に行けたことだ。県内では一番込んでいるところで駐車場に入るのも難しい。そこに行ければほとんどのところに行ける。見事卒業試験に合格したってことだ。
 全くの偶然でしかないが、丁度6年前の今日漢方薬を初めて飲んでくれた。6年のうちに、少しずつ行動範囲を広げアルバイトも始め、結果的には正社員として夢見た職種につけた。長い時間かかったかもしれないが、思い悩むだけの時間ではなかった。少しずつ前を見ながら上を見ながら努力した時間だ。そして素晴らしい結果を勝ち得た。決して否定される時間ではない。彼女の表情や物腰がそれを雄弁に物語っている。彼女は決して立ち止まっていただけではないのだ。これからの人生がどう展開していくか僕は楽しみにしているが、恐らく本人も同じだろう。愛されるべき人が再び街に出た。
 努力なくしてこれからの長い自由な時間は手に入れられなかった。手にするものの大きさに比べれば漢方薬を飲むくらい努力のうちには入らないのかもしれないが。


2016年12月26日(Mon)▲ページの先頭へ
牛窓北小学校
 先週、牛窓北小学校でタバコについての話をした。依頼されたのは岡山県の薬務課か保健所だったと思う。本来学校から来そうな話だが、県の出先機関からだったので、少し身構えてしまったが、僕に出来ることには限界があるのでいつものように「精一杯」で許してもらうことにした。これを機会に自分でも1度タバコの害についてある程度知識を蓄えておこうと言う下心もあった。おかげで僕自身の知識も増えたし、訴えるべきことも決まった。後はそのことを子供達の集中力を切らさないまま伝えきれるかどうかだが、その点は僕は恐らく得意としているから、結果、45分の授業時間中子供達を釘付けに出来たとは思う。
 思いもかけぬものを頂いて、その評価を知ることが出来た。担任の先生が子供達が書いてくれたメッセージを届けてくれたのだ。ただ僕は単なる役割を果たすという観点だけでかかわっていたから、正直子供達のメッセージには興味をひかなかった。だから頂いてから3日目に初めて目にしたことになる。ところが最初の子供のメッセージを読んで一気にひきつけられ8人のものを一気に読んでしまった。
 10聴いて10耳に残ることはありえない。だから僕はいくつかのキーワードを決め、それだけは成人になるまで覚えておいて欲しいと思った。子供達のメッセージを読んで驚いた。僕が伝えたいと思っていたことを、どの子もちゃんと理解してそれぞれのキーワードとして捉えてくれていたのだ。6年生にもなるとこんなに理解できるんだと驚いた。
 以下に子供達からもらったメッセージをそのまま披露する。僕ほど臨場感はないだろうが、こうした地道な努力が1人の人間を救うことだってできるのではないかと思わせてくれる体験だった。

大和先生へ
 先日は、いそがしい中ぼくたちに「煙草の害」について教えていただきありがとうございました。
ぼくは、煙草の煙に4000もの物質がふくまれている事におどろきました。その中に、毒ガスやはいきガスがふくまれている所にもおどろきました。煙草は、吸っている人よりその周りにいる人の方が危険なので、煙草の煙をさけていきたいです。「百害あって一利なし」を頭に入れて、煙草をすわないで健康な体と生きていきたいです。これからもお体に気をつけてお仕事をがんばってください。

大和先生へ
 先日は、保健でたばこの授業をしてくださってありがとうございました。
ぼくが、あの授業で一番印象に残ったことは、1本たばこをすうと5分も寿命が短くなるということです。ずっとたばこを続けていると、どんどん寿命が短くなるので、たばこはこわいなと思いました。また、たばこは人間の毒となる物質が200も入っているのにもおどろきました。あらためてたばこはすってはいけないなと思いました。 ぼくは、先生が言っていた「百害あって一利なし」という言葉をつねに頭に入れておいて、たばこなどの悪い物に手をつけないようにしたいです。

大和先生へ
この前は、煙草について教えてくださってありがとうございました。
改めて、煙草は吸いたくないという気持ちが高まりました。教えてもらった事で特に印象に残っているのは吸っている人より周りにいる人の方が危険だということです。今までは、自分がすっていないから大丈夫だと思っていたけど、周りで吸っている人がいるので近くに行かないようにしたいです。煙草には死亡率を上げる物がたくさんは入っていて、1本吸うと寿命が5分も短くなってしまうので、さそわれても絶対に吸わないようにしたいです。そして「百害あって一利なし」という言葉を思い出しながら過ごしていきたいと思います。

大和先生へ
先日は、お忙しい中、たばこについて教えに来てくださりありがとうございました。私は、煙草についてあまり知らず、考えた事もあまりなかったのでとても良い機会になりました。私が先生のお話の中で一番おどろいたことは、1本吸うだけで寿命は5分ちぢまってしまうことです。1本で5分。それを続けていけば、ものすごく長い時間の寿命がちぢまっていくと考えると、煙草というものはとてもおそろしいなと思いました。さらにおどろいたことは、煙草のなかには体にものすごく悪い物が7種類ほどあるということです。そんなにたくさんの毒がつまっていたものをわざわざ買うということは、先生も言っていたようにとても考えられないと思いました。本当に煙草は「百害あって一利なし」だなと話を聞いていくうちに思いました。私は、大和先生のお話を聞いて煙草は絶対に吸ってはいけないものだと思ったし、いつまでも健康でいるためにはしないということは大切だと思いました。これからも、このお話をしっかり覚えておこうと思います。

大和先生へ
先日は、「たばこ」の授業をしてくださりありがとうございました。
私は、たばこをすうとガンになりやすく体に悪い物だということは分かっていたのですが、そんなにくわしくは知りませんでした。けれど、たばこ1本すうにつれて5分寿命がちぢまるということや、たばこの歴史についてなどたくさんのことが分かりました。大和先生もおっしゃっていましたが、お金をはらって毒をすっていて「私の寿命を短くしてください」と言っているのと同じだということは、私も良く分かりました。私のお父さんもたばこをすっているのですが、そんな悪いことを早くやめてほしいなと思いました。そして、私が授業の中で一番おどろいたことは、ふた子さんなのにたばこをすうかすわないかで、お母さんと子供のようにみえるということです。だから、私はぜったいにすおうなんて思わないようにしたいです。おいそがしいのに本当にありがとうございました。

大和先生へ
 急に気温が低くなって来ましたがお元気ですか。以前は煙草について教えて下さりありがとうございました。私のお父さんも煙草を毎日吸っていますが、いつも煙草のくさいにおいなどでいやな気持ちがありました。煙にはどんなものが入っているのか詳しい事まで分かりました。他にも、今まで害があるのは吸っている人だけだと思っていました。しかし、周りにいる人の方が害の大きい事を知って煙草の恐ろしさを感じました。これから煙草の問題を自分でどうやってさけるべきかを考えて、みんなが明るい気持ちで過ごせたらなと思います。お父さんには煙草の害を伝え「百害あって一利なし」をしっかり理解してもらって、ニコチンガムを使うなど少しずつでもいいので禁煙をして長生きをしてほしいです。

大和先生へ
先日は、たばこについて教えてくださり、ありがとうございました。
たばこはあまり危なくないものだと思っていましたが、大和先生の授業を受けて考え直すことができました。おどろいたことがたくさんありました。一つは、たばこに入っているたくさんの物質。この物質は、人間に悪えいきょうをあたえるということ。二つは、たばこで寿命が短くなってしまうこと。この二つは恐ろしく思います。だから、たばこを遠ざけていきたいと思います。今回は、たばこのことについて知ることができ良かったです。ありがとうございました。

大和先生へ
 先日の保健の授業で、たばこについて教えてくださり、ありがとうございました。
すごくていねいに教えてくれてうれしかったです。私が一番知っておどろいた事は、たばこを一本吸うだけで5分も寿命がちぢむという事です。たった一本しか吸っていなくても命が短くなるんだな‥‥とおどろきました。脳卒中やガンになる可能性もふつうの人より高くなるという事も知ったので、家の人が吸っていたら注意したいです。私は、たばこが体に悪い事は知っていたけど、寿命がちぢんだり病気になりやすくなる事は知らなかったので吸わないようにしようと思いました。教えて下さりありがとうございました。





2016年12月25日(Sun)▲ページの先頭へ
出番
 繊細さも度が過ぎると欠点になる。その度合いが結構難しい。長所だけに留まっている人は幸運で、それが大いに身を助ける。だが繊細さゆえに、1の体調不良が10になる人もいる。病院に行くと大抵精神安定剤を出されるが、こういった人は薬がよく効くし又効かない。
 本人にとっては耐え難い不調なのに、病院では相手にされない。何かあると駆け込んでくるが、何もないときの疎遠さとはかなりのギャップがある。懸命に訴えるが、これでは医師に相手にされないのも分かる。医師は命にかかわるトラブルの専門家だから、それとは程遠い訴えにはおよそ付き合いきれない。医師と言う資源の浪費は国にとっても受け入れがたいだろう。
 何故かこういったときには僕を思い出してくれるみたいで、残務整理を任される。難病ではなく、複雑怪奇なものは漢方薬が対処しやすいので、出番が多い。今回も「それを治せと言うのか」と言うようなトラブルだが、断れないたちなので俄然頑張る。「こんな体では、健康食品など売れないから、是非治してください」と言われて、初めてどんな仕事をしているか分かった。それは確かに困るだろうなと思ったが、所詮健康食品の販売だから、そんなに気張ることはない。どうせ効果など期待できないのだから、財布に効けばいいのだ。まして医者でも病気になったり癌にもなるのだから、健康食品や健康器具を扱う業者が健康であらねばならないなんてありえない。生身の姿で、私体調がよくないのと正直に答えたほうがいいと思う。
 魚嫌いの漁師がいてもいいし、牧場を経営する菜食主義者がいてもいいし、虫歯だらけの甘党の歯医者がいてもいいし、金のために働かない政治家がいてもいい。もっとありのままに己をさらけ出し、楽に、らくーに生きて行けばいい。




2016年12月24日(Sat)▲ページの先頭へ
 キターッ!芸能第3弾。
 福山雅治、ジャニーズに続き追っかけ第3弾、それは嵐。年齢も何故か50代女性。不思議に一致している。そしてもっと不思議に一致しているのは、どなたも懸命に毎日を生きている人。だから僕は、それらの追っかけは良いことだなあと安心してしまう。どのような暮らしぶりかよく知っている人ばかりだから、せめてその程度のことは許されるし、そんなことでもないといつ緊張の糸が切れるかもしれないと心配だ。いわば安全弁だ。それをちゃんと持っていてくれることが嬉しい。
 今回の嵐ちゃんは、外で仕事はしていないが、家族4人の働き手を支えているだけではなく、実家の両親の介護まで担っている。実家からも頼り?にされていて、まるで両家の世話係だ。そうした状況に追いやられる人は意外といて、世話ばかりさせられたと訴える人を何人も知っている。しかし、させられたと言いながら、結構やり遂げた感はあって自信に溢れている人も多い。決してそれをアピールすることはないが、誰にでも出来ることではないことをやり遂げたときの自信って、結構その人の表情に表れるものだ。
 「当たったから、東京まで観に行く」この当たったを理解できる人はそんなにいないだろう。車にでも当たるのかと思うが芸能通ならこれは、あまりにもチケットの希望者が多いから抽選でしか手に入らないって意味だと分かる。何でも福山雅治など、発売1分くらいで売切れるなどと言う話も聞いた。嵐も同じだろう。
 姉妹で行くつもりだったコンサートの代役で行くらしいが、それを引き受けることが出来る体力と気持ちの余裕が少しはあったことが嬉しい。東京が、嵐のコンサートが、わずか2日間でも彼女の日常のコンクリートのように固まった時間を崩して、解放してくれればありがたい。アクセルを全開して無理やり走っているような車のままでいて欲しくない。とても仲のよい家族だから、いつまでも要として健康であってほしいと思う。




2016年12月23日(Fri)▲ページの先頭へ
修正
 こんなに狭い一部屋に2人で住んでいたのか?こんなに物を持っていたのか?小さなアパートが乱立して、どこの国の人間か分からないような浅黒い肌の若者をこんなに見かけるのか?こんなに無作法な日本人の客が集まるコンビニで買い物をしなければならないのか?
 次女と三女が今日我が家に引っ越してくるから、引越しの手伝いの為に初めて二人が暮らしている場所に行き、アパートに入った。2年近くこんなところで暮らさせていたのかと後悔した。もっとも、嘗ての僕のほうがもっとひどい環境だったから若い時には必要な洗礼かもしれないが、その2年間でもっと他の経験をつむことが出来る環境もありえただろうなと思った。引っ越している途中で他の部屋の住人が出てきて、2人が挨拶をしなかったことにも驚いた。そんなこと(無視)ができる2人ではないのだが、自然に防御の術を身につけたのだろう。
 岡山市のあまり評判のよくない所から、やっと日本人の情を感じることができる場所に来させる事ができる。もっとも次女は数年前に牛窓で3年間実習生として働いた経験があるから、いわば帰って来ることになるのだろうが、縁とは奇なるものだ。誰がこんなことを想像できただろう。4年前に実習を終えて帰国する次女が、帰国する夜にやってきて涙の別れをした。もう2度と会えないと当然思っていたが、その子と一緒に暮らすなんて。
 子供が育ち、何も手伝ってあげるものもなく、むしろ煙たがれている事が分かるから、何のために毎日頑張るのか、その理由探しに苦労していた。これで日々の頑張る理由が見つかった。職業的なことだけでは到底満たされない、バランスを欠いた日常が修正されるのではないかと期待している。



2016年12月22日(Thu)▲ページの先頭へ
帰省
 「900kmくらいですから」と笑いながら簡単に答えた。僕にはその数字を感覚では捉えられない。いつまで走ってもその数字は減らないのか、それともあっという間に過ぎ行く時間なのか。
 イメージできるとしたら新幹線を利用した場合に換算してのことか。岡山から東京まで時速200kmのひかりに乗って4時間、広島から岡山までと東京から茨城までの距離を加えると彼の言う900kmもなんとなくイメージできる。ただ、新幹線とローカル電車を乗り継いでその距離を移動しろと言われたら後にひく僕は、車で行って来いといわれたら、死んだ真似をして熊が通り過ぎるのを待つしかない。それも行けば必ず帰ってこなければならないので距離は倍になる。その距離と時間は僕にとってはもう月面着陸だ。無理無理無理を連呼しなければならない。
 若さか慣れなのか、そのセールスは広島から茨城県までの帰省を車ですると言う。お子さんが何人いるのか分からないが、確かに新幹線で往復すると戦前なら家が建ちそうなくらいの出費になるだろう。倹約をしなければ親孝行もできないのはわかるが、僕には命がけのように思える。
 ところが彼曰く、車も新幹線利用もそんなに時間は変わらないらしい。僕の1時間が彼の何時間なのか分からないが、むしろ車での移動を楽しむお子さん達のせいもあって、圧倒的に「楽」なのだそうだ。少しでも楽に走るコツとして、交通量が少ない夜間に走るらしいが、そうすれば高速料金も安いし渋滞にも引っかからないらしい。広島を夜に立つと中央道経由だと丁度富士山が見えるあたりで夜が明けるらしいから、それはそれは美しいらしい。
 彼の当たり前が僕には武勇伝に聞こえるが、心の底ではいつか挑戦してみたい気もある。ただしそのチャンスは、誰も僕がいなくなっても悲しまないこと、むしろ喜ぶ状況になった時だ。それは遠い将来のことではない。もうそこまで来ているかもしれない。いやいや、今も十分その条件を満たしているかもしれない。自分が気がついていないだけで・・・


2016年12月21日(Wed)▲ページの先頭へ
粟利郷
 粟利郷と言うところは、後ろに低い山、前に入り江、間は畑と言う、自然しかないところだ。ただ湾は締め切られ塩田に変わった。僕の世代が塩田なるものを見た最後の世代かもしれない。その後塩田は畑へと変わって行った。要は畑の中に家がほんの少しだけ点在しているイメージだ。
 長浜は牛窓町を構成している3つの地域の中のひとつだ。他に牛窓と鹿忍がある。牛窓町の中心の牛窓地区、長浜は完全に農村部、鹿忍は半農半漁の地区だ。
 牛窓町は瀬戸内市を構成している3つの町の中のひとつだ。市役所や市民病院など中心部が邑久町、電車の便がよく若い世代が住む町が長船町、そして自然を売り物に農業や漁業、それに観光を受け持っているのが牛窓町。
 瀬戸内市は県内でも小さいほうだ。数万人しかいないが、無理やり合併して市になったようなもので、今だ郡でもいいようなところだ。市としての魅力はほとんどないといっていい。岡山や倉敷、津山や総社、新見や玉野、それぞれの持つ個性には到底及ばない。
 岡山県は災害が少ない分、人情と言うか連帯感と言うか、そうしたものが育つ土壌がない。田舎の癖にクールかもしれない。嘗ては教育県と言われていたらしいが、僕に言わせれば自称だろう。何を根拠に言っているのだろうと当時から思っていた。これまたアピールできるものが少なく、僕は患者さんが来たときにはほとんど香川県を案内する。
 粟利郷で生まれ育った青年が嘗て僕のバレーボールのチームにいた。いつか試合の打ち上げをしているときに彼が面白いことを言った。「ワシらあ、馬鹿にされっぱなしじゃあ。小学校の時には粟利郷の人間か!と言われ、中学校の時は長浜の人間か!と言われ、高校の時は牛窓の人間か!と言われ、倉敷の工場で働き出したときは瀬戸内市の人間か!と言われたんじゃ」
 でも結局彼は、その粟利郷に帰って来た。


2016年12月20日(Tue)▲ページの先頭へ
駅員
 最近のJRはとてもサービスがいい。かの国の若者を連れて電車を利用するときに、販売機で買うのが面倒だから窓口で買うようにしているが、必ず回数券の利用を勧めてくれ運賃を安くしてくれる。1人分くらいが浮く勘定になる。数年前に偶然児島駅で経験してから、よその駅でも同じ対応をしてくれることが分かって、重宝している。
 この日曜日、いつものように児島駅の窓口で丸亀の往復を5人分買い求めようとした。その日の駅員さんは今まで以上に親切だった。かの国の女性達を待たせて僕だけで窓口に行き、丸亀との往復券5枚を注文した。すると中年の駅員さんが「お客さん、丸亀ボートに行かれるんですか?本日丸亀ボートは・・・・・・・・・特別お得になりますから、そちらにしておきましょうか?」と説明してくれた。この点線の部分は理解できなかった。恐らく競艇の専門用語なのだろう。ただなんとなく、特典があるのだろうなとは想像がついた。ただし、残念ながら僕は競艇には興味がない。だから、折角勧めて貰った特典も利用できないから丁重にお断りして、いつも通り普通の回数券を買い求めた。
 それにしてもこの僕が、競艇に通うおじさんに見えたのか。何処から見ても知性と教養に溢れているようにしか見えないのに。ただしその日の僕は、少し猫背で肩が揺れ、歩くたびに白い先のとんがった靴は外側に向き、耳に鉛筆を挟み、サングラスをかけ爪楊枝をくわえていただけなのだ。
 僕にもプライドはあるから駅員さんにお礼を言った後「丸亀には第九を聴きに行くんです」と説明した。すると駅員さんは分かってくれたみたいで「第九レースですか?」と笑顔で答えた。どこまでも親切な駅員さんだった。


2016年12月19日(Mon)▲ページの先頭へ
 何年か前に水素水なる名前を聞いたことがあったが、別に実害を感じなかったからいつもの金余り老人が、長年苦労して働いて得た金を吸い取られる社会現象として捕らえていた。いわば合法的なコレコレ詐欺だ。
 大体この手のものは、現代医学がなかなか解決できないものをうたい文句にして販売する。それはそうだろう、風邪とか水虫とかでは既存の薬で解決してしまえるから出番がなくなる。そこであたかもそれで解決するかのように嘘をつき、健康お宅から金を巻き上げる。ネット上には以下に示すような声が上がっているらしいが、なかなかユーモラスで核心を突いている。どれも面白いが、僕は最後の方の文章が現代では一番大切な指摘だと思っている。キャッチコピーで言うと3番と4番は秀作だ。

「そんなに凄い効果があったらコンビニでソフトドリンクと同じ枠で売られてねーわw」
「声出して笑った 」
「水分補給なら水道水でいいわ」
「ちゃんとした『ただの水』と証明されたね  よかったね」
「昔なら雑誌の裏に怪しいメーカーが載せてるようなレベルの商品なのに、景気悪化後は大手メーカーまでこぞってやってたのが 悪質だな」
 
 若い者達の食事が済んでから僕の番になるので、僕が昼食をとるのは午後2時頃から3時頃。何かの拍子で4時頃になることもある。その時間帯にテレビを見る人は少ないかもしれないが、その頃に流れるテレビコマーシャルはもうほとんど無法地帯だ。役人と企業が裏で取引しているのかと思えるほど巧妙な表現のオンパレードだ。効能をうたってはいけないものが、まるっきりピンポイントで効能が想像できる言葉で宣伝されている。サッカーのことを、11人で手を使わずにボールを蹴り合って相手ゴールにいれる競技と言っているようなもので、決してサッカーとは言っていませんと居直れるように出来ている。
 ただ、このようなことはそれこそ嘗ては胡散臭い業者がやっていたことで、いわゆる大きな企業が手を染める分野ではなかった。ところが最近はそんな胡散臭い業者に混じって、しばしば目にする大企業が同じような胡散臭いものを作り胡散臭い宣伝で金を巻き上げている。どうにも居心地が悪かったが、見事に同じ危惧を表現してくれた方がいて、若干溜飲を下げた。こんなものがそれこそ雨後のたけのこのように次から次に現れ、血と涙の結晶を根こそぎ奪っていく。そんなに金が欲しいのか。


2016年12月18日(Sun)▲ページの先頭へ
区切り
 連続3週の第九が終わった。堪能したかといえば、そうとは言えない。CDは何年も前から持っているし、ユーチューブで今ではいつでも聴けるのだが、3度も連続で聴くと逆にユーチューブなどで聴こうと思わなくなった。まだ何度でも会場で聴くことができそうな気がする。
 月並みだが、毎年この時期に第九を聴くと、この1年何とかやって来れたことへの何に向かってか分からないが感謝の気持ちが湧いて来る。安堵とも言える。そして願わくば来年も何とか無事に過ごす事が出来て、こうして再びこの席で第九を聴きたいと思うのだ。年の暮れに聴くから、ひとつの区切りになる。もう何回この区切りを迎えることが出来るのだろうと考えると、とても価値があるものに思える。若い時に何故こうした行動を取らなかったのかと若干悔やまれるが、そんなことに想いが至らないのが若さなのだろう。思えば随分無駄な時間を過ごした気がするが、それも若さゆえだろう。多くの物を手に入れようとして、結局は多くのものを失っていたのがあの頃かもしれない。
 丸亀市民会館あたりはいわゆるシャッター通りになっていて、食事に毎回困る。会館の中にあったチェーンのうどん屋さんが美味しかったが、数年前に閉店して以来困っていた。そこで今回インターネットで検索してあるうどん屋さんを見つけていた。シャッター通りの入り口にあるから、以前何度も選択肢から外していたのだが、インターネットの内容が結構良いような気がしたので入ってみた。確か「つづみ」と言う名前のうどん屋さんだったが、これが中りで、一緒に連れて行ったかの国の女性達が「イママデデ イチバン オイシイ」と口々に言った。岡山県のうどんしか食べていないからかもしれないが、僕も初めて「ぶっかけ」なる物を食べたが、確かに美味しかった。セルフでないのも好都合だったが、厨房の中が見えた時に、注文を聞いてからてんぷらをあげているのが分かって、最高の評価を彼女達がしたのもうなづけた。これでこれから安心して丸亀に行くことが出来る。唯一のネックが食べ物屋さんだったから。
 今日連れて行ったのは、牛窓で働いている女性二人と、玉野教会で知り合った姉妹だ。玉野教会の姉妹の日本語に対する貪欲な勉強欲とその実績に驚かされた。ただ、第九を聴いている時に偶然左右に席を取っていた姉妹が2人とも僕の肩に頭を預けてくる。丁度国に残しているおじいさんと同じくらいの年だから(親も祖母も10代で出産している)望郷の念が沸いてきたのだろうか。僕らの世代は恵まれた時代で外国で働くと言うような選択肢はなかったから、疑似体験も出来ないが、肩を貸すくらいで慰めれるなら簡単なことだ。
 「オネエサン ナニカモンダイデスカ?」「〇〇サン ナニカモンダイデスカ?」と言う言葉を一日のうちに何回か耳にした。懸命に異国で生きているからこそ覚えた言葉だろうが、その言葉が第九を聴いているときも何度も頭をよぎった。


2016年12月17日(Sat)▲ページの先頭へ
野菜
 少しは迷ったがやはり送ることにした。さすがに近隣の患者さんの中には農家の方もおられるし、農家の近くに住んでいる人も多いから、主に県外、それも大都市に住んでいる人に絞った。
 数日前に、農家の方が大きなビニール袋にキャベツを詰め込んで持ってきてくれた。この辺りのキャベツにしてはかなり小さい。「食べられますか?」と遠慮気味に言ってくれるのは、規格に達せず出荷できなかったからだ。「食べる、食べる」と言って僕は受け取りお礼を言った。食べるを繰り返すほど僕は正直嬉しいのだ。作った人から直接頂くのって理屈抜きでありがたい。幼い頃から農家の方がどのくらい体を酷使して働いているか見てきたから、ありがたみはそうでない(見たことがない)人よりはるかに感じる。僕がいつものように嬉しそうに頂くものだから、その農家の方は「車にまだ沢山積んでいるんじゃけど、食べてもらえる?」と言ってくれた。食べてもらえるではなく食べさせていただくから、僕は軽四トラックのところまで出て行って荷台を物ほしそうに覗いた。すると段ボール箱2個にキャベツが一杯入れられていた。「いるだけ取って!」と言われても全部もらうわけにはいかないので数個だけ残してほとんどをもらった。「もし僕が頂戴と言わなかったらこれどうするの?」と好奇心で尋ねると「近所の牧場の牛に上げる」と言っていた。
 「もったいない、もったいない」と言いながら頂いたものをせっせと運んだが、よく考えてみると2つ問題がある。ひとつは牛に食べさすようなものを漢方薬と一緒に送って食べてもらうこと。もう1つは牛が食べるものを横取りしたこと。いつもなら単純に嬉しい、ありがとうを口にするだけなのだが、下手に質問して知ってしまった分居心地が悪い。素人の僕には確かに小さかったがどれもきれいだし、新鮮だったから、きっと喜んでいただけると思ったが、もし荷物を受け取った瞬間、野菜にめっぽう詳しい方がおられたら、規格に達しなかった何かを察してしまうかもしれない。そこでこうして白状してしまい、事情を知って食べていただこうと思ったのだ。
 かの国の女性が、母国の来日予備軍に牛窓の施設を選択して欲しくて言った言葉が「近所のお年寄りが野菜をくれる」だった。
それにあやかって僕も牛窓を宣伝したい。「近所の牛が、野菜を譲ってくれる」



2016年12月16日(Fri)▲ページの先頭へ
語呂合わせ
 僕のかなり親しい人の中で異色の人間がいる。何回か登場してもらっているが、1週間前に5千円貸してと言ってきた。別に理由を教えてもらわなくてもいいのに、携帯電話が壊れたから買いに行くと言っていた。嘗ては機械は無料だったらしいのだが、現在は5万円位するらしい。ところが彼は僕と同じ歳なのに貯金ゼロの人だから、5万円は払えない。途方にくれていたときに助け舟が入って、知人が使わなくなった携帯電話をくれたらしい。機械を既に持っていれば契約だけでよいらしくて、それなら5000円もあればいいと言うことで契約しに行くらしい。「15日には年金が入るから返しに来る」と言っていたが僕は半信半疑だった。
 珍しく1日遅れでお金を返しに来た。古びた携帯電話を持っていたが通じるらしい。そんな物がいるのかと思うが、必需品らしい。「今の時代に持っていないもん(者)なんかおるまあ(いないでしょう)」と言うが目の前にいる。そして携帯電話の販売店での攻防を教えてくれた。
 「今度の番号は覚えにきい(にくい)。でもこれしかなかったんじゃ。向こうが言う他の番号が気に入らんかったから仕方ねえわ(ないわ)」そんなに拘らなくてもよいと思うが酒と博打で身を滅ぼすだけあって数字には拘るのだろう。「〇〇君、どんな番号があったん?」と尋ねると、4140じゃろ(だろ)2960じゃろ、2342じゃろ、それに0094なんじゃ。「別にそれでもええが(いいじゃない)」と拘らないタイプの僕には抵抗は全くなかった。すると彼は「おえるもんか(だめだよ)俺に酔いを知れじゃし、憎むわだし、兄さん死にじゃし、ワワ苦しいじゃもん」なるほど言われて見ると語呂合わせではそうなる。そもそも語呂合わせすら興味がない僕に彼は続けた。「だから残っとんじゃが(残っているのではないですか)」なるほど、確かにそうだ。誰でも簡単に思いつく語呂合わせだ。他の人が選択しないのも分かる。これらを避けて彼が選んだ数字は語呂合わせも出来ない数字らしくて、「覚えれん(覚えれない)」と言っていた。
 僕と同じ年齢で、酒、タバコ、博打に有り金の全てを使い貯金ゼロ。その勇気は相当のものだ。それなのになんで語呂合わせが気になるんじゃ!


2016年12月15日(Thu)▲ページの先頭へ
 「ここの草はよく伸びる」と聞いて、聞き返さない人はいないと思う。実際僕も数回聞きなおしたと思う。ただし都会の人には分からない、いやいや、そう言った人が京都から牛窓に移住してきた人だから、都会人ほど分かるのだろうか。
 草はよく伸びるもの、それも憎たらしいほど伸びるもの、迷惑なほど伸びるものだと先入観にしっかりと収めていたが、その定位置を脅かせそうな言葉だった。まして言った人がそれなりの知性をうかがる人なのでなおさらだ。
 京都のどのあたりに住んでいたのか分からないが、恐らくはずれではないはずだ。恒例のかの国の女性達を連れた京都旅行のヒントをもらったときにそう感じた。歌舞伎を見る南座?が近いとか言っていたから。
 なんでも京都では1年に2度草を抜いていればよかったらしい。ところが牛窓で生活してみて、もう数日したら草が勢いよく生えているのだそうだ。これはよく分かる。1昨年、道路の対面に畑を作ってから、結局は草山にしてしまった経験があるから納得だ。3日といわず翌日には既に元の木阿弥状態だった印象がある。草の生命力を感じ、分けて欲しいくらいだった。それだけ牛窓の土地に力があるってことだし、自然ってことだが、逆に都会の土には命をはぐくむ力があまりないんだと驚いた。同じ土に見えても全然違うんだと思った。
 この会話は、駐車場の一角に作った庭を褒めてくれたところから始まった。僕が作ったと勘違いしてくれていたから、駆け出しの庭師の作品だと教えた。何処の田舎も同じかもしれないが、「空き家、空き地対策としてこうした小規模の庭が牛窓の町に点在すると素敵でしょうね」とその女性が言った内容はずっと僕も心に秘めていたものだ。大きな箱ものは出来ないが、小さな庭なら作れる。同じような考えを他所からやって来た人も持っていることが嬉しかった。経済だけを追求していたらなんとなく満たされている時代は過ぎた。それについていけない人や、最初からその土俵が用意されていなかった人たちに、草花に囲まれ、太陽に見下ろされ、風の匂いをかぐことが出来る人生の腰掛を用意してあげたい。




2016年12月14日(Wed)▲ページの先頭へ
往診
 夕方ある老人から電話がかかってきた。息子さんの心の動揺が激しいから薬局に連れて行くと言った。老人の息子さんだから、既に壮年期に入ろうとしている。僕は仕事をしながら、やって来た時の対処の仕方をシミュレーションしていた。と言うのは息子さんは本当にガラス細工で出来たような心臓の持ち主で、傷つけないようにこちらも細心の注意を払わなければならない。と言っても僕が堅い話をするわけではない。うつむいて身動きしない彼を笑わせ、笑顔で帰ってもらうだけだ。
 待っていたが全然やってこない。薬局を閉める30分くらい前になって電話がかかってきて「先生、まだ来てもらえないんかな?」と催促の電話があった。その前の電話では息子さんを伴ってやって来るというものだったので、訪ねる事は頭に全くなかった。ただ、かなり2度目の電話は切羽詰っていたので薬局を閉めたら訪ねると答えた。訪ねて僕はいったい何をするのだろうと思っていたら老人が薬について質問をしてきた。それに答えると「そのことを教えてもらえばいいんです。わざわざ来ていただかなくてもいいですから」と言われほっとした。
 翌日老人が1人でやって来た。そして昨日は迷惑をかけたと謝った。「先生に往診を頼むなんてワシはどうかしていた。もう訳が分からんようになって、往診を頼んだりしたんじゃ。すみませんでしたな。先生は往診をするような仕事じゃないのに」と冷静に昨日の状況を教えてくれた。老いた男親が、ハンディーがある息子さんの世話をしている。よくあんなに出来るものだと感心していつも見ていたが、老人はこの数年で一気に歳をとったように見える。恐らく息子さんを世話するという一念で毎日を暮らしているものと思うが、日々の体の衰えには抗えない。嘗てはできたことが肉体的にも精神的にも出来なくなる。僕は老人の心が折れるのではないかとそれが怖い。そして心が折れたときに想像したくない最悪の方法をとってしまうのではないかと不安だ。多くの修羅場を潜り抜けてきたような人だが、実はその時も精一杯演技していたと嘗て聞いた事がある。皆が想像しているほど強い人ではない。
 今はマスコミが発達しているから全国の色々な出来事を知ることが出来る。多くの不幸が毎日生まれる。昔からこの国はこんなに生き辛かったのだろうかと考えてしまう。統計でもあれば説得力があるが、所詮なんとなくの世界だ。いつでもふとしたきっかけで立ち直れないほどの不幸と遭遇する。現代人は結構危うい毎日を過ごしている。共助の習慣が消え、国の支援が目減りし、どうやってまともでおれるのだろう。今この瞬間も、日本のどこかで家庭が壊れつつある。どうぞあの父子がともに笑える日々が来ますように。



2016年12月13日(Tue)▲ページの先頭へ
募集要項
 アルファベットで教えてくれたのだが忘れた。なんでも、かの国と日本で就業の為に取り決めた約束事らしい。その約束事によって二人は来ている。いわば選ばれた職業の人なのだ。
 向こうでは大学卒の看護師だったが、この国では介護士として働いている。日本語の1級試験に合格すれば看護師の国家試験の受験資格が得られるらしいが、なかなか漢字のない国から来た人にはハードルは高い。
 彼女達が働いている施設は偶然僕の薬局が薬を作っている施設で、百数十人入所者がいるからかなり大きい規模だ。御他聞に漏れずその施設も人手不足で常に職員の募集をかけているし、彼女達のように外国からの助っ人もお願いしている。
 毎年向こうで日本語の教育を受けてから派遣される仲間は60人くらいらしいが、それを全国の施設で取り合い状態だ。如何に自分の施設に来てもらうか腐心しているみたいで、おおむね、既に働いている人達の人間関係に頼るところが多いらしい。事実二人も、昨年背中を痛めて帰国した先輩に誘われて牛窓の施設を選んだらしい。「交通の便もよく自然に溢れて町もて近く便利」と言う先輩のうたい文句に騙されたと三人が楽しそうに話しているのを聞いた。
 今度は自分達が施設の為に騙す番に回るらしくて、この前インターネットで国の送り出し機関に牛窓の施設の募集要項を送ったと言っていた。どんなことを書いたのか興味があったので尋ねてみると3つ列挙したらしい。
〇バスは1時間に一本だけど、自然が多く、空気がきれい
〇近所のおじいさんやおばあさんが優しくて、野菜をくれる
〇お父さんがいる
 1番目は正直に書いたらしい。2番目は、寮の近所のお年寄りが野菜をしばしばことづけてくれるらしい。庭先の柿も自由にとって食べていいよとも言ってくれ、日本の甘い柿を楽しんでいるみたいだ。3番目はどうやら僕で、牛窓の自然や牛窓の人たちの優しさと同列に扱ってくれているんだと、少し嬉しかった。一角を占めることができるなら、もっと親切にしてあげればよかったと思えるほど恐縮ものだが、まだまだしてあげられることはあると智恵を絞っている。僕でなくとも日本人なら誰でも出来るちょっとした親切が、山を越え、海を渡り、はるか彼方の異国にいる人の行動に影響を及ぼす。1秒で何万キロを移動できる技術を獲得した時代ならではのことだ。



2016年12月12日(Mon)▲ページの先頭へ
混乱
 早朝電話がかかってきた。僕がウォーキングに出ている時間帯だったから、後ほど電話をと言うことになっていたらしいが、次にかかってきたのは12時を回ってからだ。急を要する電話かと思ったら、6時間も間を置くことができるのだからたいしたことはないのかもしれない。しかし電話では、それなりに緊迫感はあった。
 ただ、僕には訴えを聞いて緊迫感を共有しようと言う気持ちは全く湧いて来なかった。「前から言っていたじゃない!」と言ってあげたいくらいだ。でも僕がいくら力説しても聞く耳は持ってはいないだろうが。
 「今になって、病院の先生がデパスを飲まないほうがいいと言って、他の睡眠薬を渡されたんですが、昨日も今日も全然寝れないんです」と心配そうだ。10年以上も飲まされていて確かに今となってでは納得が行かないだろうが、国がそれこそ今となって向精神薬と言い始めたのだから医者もどうしようもないのだろう。当初は肩こりのために飲まされていたらしいが、睡眠効果が高いから睡眠薬の変わりとしても重宝していたみたいだ。元々アメリカには持ち込み禁止レベルの薬だが、日本では医者が簡単に投与していたから超普及品だ。商品名もその道の患者さんの中では有名だ。
 何か必ずきっかけがあってこの種の薬は飲み始めるものだが、こうした薬が必要となった背景をこの国では解決しようとしない。何かのきっかけは誰にでもあるはずで降って沸くようなものではない。そのきっかけを作った状況を解決、或いは克服しない限り根本的な解決にはならず、ついつい薬物に頼ってしまうのだろう。僕はこの種の薬を使うお医者さんが、どの程度患者さんに対峙してくれるのか知らないが、そんなに短時間で理解出来るものではないだろう。逆に患者さんはどのように要約して症状を訴えているのだろう。そしてどのようなケアをしてもらっているのだろう。
 恐らく長い間、なあなあですましていた医療者も患者も、それなりの付けを払わされるだろう。全国で言うと大変な数の患者が飲んでいた薬だ。自然治癒力を増そうとしない安易な対処の仕方の付けを、払わされていることに気がつけば、今回の混乱も意味がなくはない。何かがスコンと抜け落ちているのが日本の医療だと思う。製薬会社の力が強すぎるのかな。


2016年12月11日(Sun)▲ページの先頭へ
芸当
 今まで感じたことはなかったが、先週津山で第九を聴いたばかりだから、その差が際立ったのかもしれない。
 その差と言うのは器のことだ。街の規模が異なるから、オーケストラにしても合唱団にしても分母を無視して差を云々することは適切ではない。僕などそもそも差が分からないレベルだから聴かせて頂いて有り難いの一言に尽きる。
 今日、僕は、奏でられる音が「柔らかい」と感じた。そんな印象を持ったのは初めてだ。僕の患者さんで岡山シンフォニーホールの会員になっているクラシックファンの方がいるが、その方が常々シンフォニーホールは音が全然違うと、自慢げに言っていた。なんら本人の手柄ではないが、なんとなくそのことが判ったような気がした。演奏者の実力や個性かもしれないが、僕も器のせいのような気がしたのだ。設計しつくされたホールだろうから当たり前といえば当たり前だが、その当たり前にやっと僕の耳が追いついたような気がした。第九の追っかけでも、積み重ねれば少しはわかってくるもんだと言うのが最近の僕のひそかな自慢だ。「クラシックは分からない」と言う、まるで安全地帯に逃げ込んでからの言葉がいらなくなるような気がする。もうそろそろ肩の力を抜いて「分かる」「好き」などの単語を使っていいのかもしれない。
 演奏が終わって感激のあまり我慢できなかったから、いつものように大きな声を出したら、隣の席の夫婦がとても喜んだ。今終わった演奏に喜んでいるのかと思ったら、僕が大いに喜んでいることにも喜んでくれたみたいで「息子が2人、あそこで演奏しているんです」と種明かしをしてくれた。あそこと言われても困るが、「いい息子さん達をお持ちなんですね、ありがとうと伝えておいてください」とまるで期待されている通りに答えてあげた。僕が連れてきている、見るからに東洋人の女性達が気になったのか、英語で「どうでした?」と話しかけてきた。如何にも東洋人は日本語で「すばらしい」とか「感動しました」と答えていた。第九はクラシックの素人ファンにはうってつけだ。今までかなりのかの国の女性たちに聴いてもらったが、不評を買ったことがない。と言うよりかなりの高評価だ。年に一度の為に恐らく懸命に練習してくださっている人たちに感謝だ。いや本当はベートーベンに感謝なのだろう。
 来年も元気で絶対聴きに来る。コンサートの後で決まってこみ上げる感情だ。200年前に作られた曲で、無数の人が鼓舞される。極められた秀作にしか出来ない芸当だ。


2016年12月10日(Sat)▲ページの先頭へ
仕事
 一昨日登場してもらったセールスの、エピソードの続き。チベット以外に韓国にも行ったらしいのだが、そこでの体験談。
 今話題のカジノに行ったらしい。韓国には2箇所あるらしくて、そのうちの1つ。地名も教えてくれたが忘れた。彼はそこでの思い出はあまりよろしくなくて、具体的なことは一切話さなかった。彼が言ったことは一言、「もう二度と来るか」と思わせるほどの扱いを受けたらしい。むかつくような態度だったらしい。韓国旅行の経験がない僕にとっては日本人観光客に対してそんな態度を取る業者がいるのか不思議だったが、実際彼はそういった扱いを受けたらしい。ただし僕はカジノについて偶然いくつかの文章を読んでいたので、従業員がそういった態度を取ることは不思議ではなかった。
 数日前に偶然マカオのカジノについての新聞記事を読んでいた。それによると客は一晩で数百万円くらい使うらしい。彼がいくら持ってそこに行ったのか分からないが、恐らく丸が二つないくらいの額だと思う。僕と福山正治を比べているようなもので、問題にならないだろう。出直して来いと言われなかっただけでももうけものだろう。数百万円が平均的なお金だと彼に教えると、自虐的な笑いをしていたから図星だろう。それではいい顔をされるわけがない。ちなみに屈辱を受けた彼に僕は慰めの言葉をかけるのを忘れてはいない。「その男も心の中で言っているわ。もう二度と来るな!」って。
 ついでに新聞記事の中で気になるところがあったので、受け売りだが是非知っておいて欲しいことを書いておく。
 マカオの人口は約64万人。観光客は年間約3070万人で、うち中国大陸客が約2040万人と7割を占めるらしい。カジノの中はほとんどが中国人で、従業員も北京語で話すらしい。この光景を例えば大阪の街で作りたいのか。中国人でも何でもいいからお金を落としてくれるのならお構い無しか。何千万人と言う中国人が大阪の街を闊歩し、日本人が慇懃に頭を下げるのか。ギャンブラーが毎晩数百万円の博打をしているそばで、日本人の若者が自給850円で働いているのか。
 見るからに品のない顔をしているアホノミクスや異心の会の会長など、そのようなことに思いをはせることも出来ないのだ。お友達の鬼業家が儲ければそれでいいのだ。どんな育ちをしたのかわからないが、政治屋以外に彼らに出来る仕事?はない。




2016年12月09日(Fri)▲ページの先頭へ
 同じ日に2人の方から嬉しい報告を聞いた。1人は奥さんから、1人はお嬢さんから。前者は漢方薬を取りに来られたときに直接、後者はメール。
 こうした嬉しい報告が聞けるのは、父の代から薬局製剤の許可を持っていることと、医院の門前薬局でないことが大きい。薬局だけに許可された製剤を作るには許可証を県の薬務課からもらう必要がある。僕が牛窓に帰って来た時にはヤマト薬局には既にあったから、あるのが当然のものなのだが、処方箋だけを調剤していたらそんな面倒なことをしなくても利益は上がりすぎるほど上がるから最近の薬局にはそんなものは必要にないだろう。ただし、僕の薬局を利用してくれる人はほとんど、病院で治らなかった人だから、普通のOTCなんかでは最初から太刀打ちできない。そんな時僕の薬局では薬局製剤がフル出場なのだ。娘が帰ってきてから全国的な勉強会に参加して、今では9割近くの症状に薬局製剤を利用する。だから製薬会社との取引がほとんど必要なくなった。
 これは医院の処方箋を目の前で受ける薬局なら絶対出来ないことだ。こちらが勝手に薬を出したりしたら医院が怒るだろう。下請けが元受を越えてはいけない。ただひたすらにおこぼれをちょうだいする姿勢こそが生き残る道だ。でも僕はそれが出来ない。
 2組の家族の方の言葉を披露するが、僕は決してガンの漢方薬を作れるわけでない。その方がどうしてあげたら元気にガン治療を受けれるか、そしてガンを吹っ飛ばすような体力が作れるかを考えて調剤しているだけだ。薬局製剤が中心だが、さらに薬草を足すことがある。ただこれは法的に別個に販売することになっているから煎じるのが手間だが、得られるものの大きさから言うとたいしたことではないから全員がそうした不便を受けいれてくれている。
 最近、現代医学でも免疫に関して研究が行われ、薬も出来たが、漢方薬は僕が若いときから既にそれを始めていた。現代薬の研究成果のおかげで僕達がやっていたことが正しかったと自信を持てる。たかが薬局がこんな大変な病気のお世話は出来ないが、大いなる体力的な援助は出来る。それが2組の家族にこんな嬉しい事を言ってもらえた理由だと思う。
 家族の方も不思議がってくれるが、作っている本人はもっと不思議だ。「何で効くんだ」と。だた、田舎薬剤師の分際ではこうした良い出来事も科学的に立証することが出来ない。だからいつまでも「運がいい」で済まされるし、僕も済ます。



 6年前に相談を受けたときには、前立腺がんでステージ4。骨盤にもリンパにも転移していた。病院の抗がん剤治療と僕の癌の漢方薬を飲んでもらっていたが、1年位して、病院の先生があなたくらい抗がん剤が効く人はいないというくらい劇的に癌が消え始め、以来ずっと腫瘍マーカーに出ない。2ヶ月前に検査したらしいが、痕跡があるだけで、何も問題ないそうだ。段々漢方薬を飲むのを忘れ始めて、今は2週間分を2ヶ月で飲んでいる。勿論お医者さんには内緒で飲んでいるから、お医者さんは抗がん剤で治ったと思っているだろう。僕は両方で奇跡を起こしたと思っている。薬局製剤の許可を持っていて良かったと思える瞬間だ。
(薬局だけにしか作ることが出来ない処方で、薬務課に届け出て薬を作る許可を頂く)
 奥さんは僕のおかげだと言ってくれたが、この方はボランティアで忙しく飛び回っている。農作業にも励んでいる。その2つのおかげだと僕が言ったら奥さんが「私が良かったのかしら」と言っていた。実際どれかは分からないが、いろんな要素が作り出した奇跡だと思う。


父は前立腺の数値が前回 4でしたが今回 0.1まで下がりました。《前立腺癌は服薬と注射の治療でした。》泌尿器科の飲み薬は
父が数ヶ月前に飲みたくないと言うので止めてもらっていました。
もう1つビックリしたのは・・・悪性リンパ腫になった時の胃カメラで喉仏の側にポリープが見つかりました。場所が悪いので悪性か?良性か?調べるには全身麻酔で手術になると言われて、したくないので数ヶ月おきの経過観察でお願いしていました。2年間大きくならないので悪性ではないのかもしれませんが今日の診察でそのポリープが小さくなりほとんど分からなくなっていて耳鼻科の先生に.......『何か薬を変えた?』『何か飲んだ?』と言われたそうです。やはり耳鼻科の先生もビックリされていて《どうしてかなぁ〜〜〜〜?》と驚かれていたそうです。先生の癌の漢方薬、凄いです。!!!



2016年12月08日(Thu)▲ページの先頭へ
旅行記
 僕は漢方薬を3つの会社から仕入れている。1つは生薬の知識がすばらしい大阪の問屋さん。1つは漢方業界や薬局の情報が豊富な岡山県の問屋さん。そしてもう1つは台湾の漢方薬を扱っている大阪の企業。今日、その中の1つで最初に紹介した会社のセールスが月1回の定期訪問でやって来た。
 用意された情報をまず教えてくれた後は、いつものように雑談になる。今回の雑談内容がとても興味深かったので、いやそこまで高尚ではなく単純に面白かったので披露する。庶民にも人それぞれの面白い経験があるものだと思った。
 もう20年近く前になるが、チベットに仕事で行かされたらしい。「行かせてもらった」と言う表現をしたから、そのこと自体は彼にとっては有難かったのだろう。そもそもその雑談の入り口が、彼が持ってきた情報の中に久々に冬虫夏草と言う文字を見つけたからだ。一時ブームになったが久しぶりに目にした。彼はチベットにその冬虫夏草について調べにいったらしいのだ。もっとも冬虫夏草自体が非常に珍しいものだから、6人で10日間の日程だったらしいが、やっと1本だけ見つけることが出来たらしい。それで何をもって帰ったのかと興味があったので尋ねると、土を持って帰ったと言った。土に何かヒントがあると踏んだのだろう。
 その前に大切な話を書くのを忘れた。到着して知ったそうだが、チベットは富士山の山頂くらい海抜があり、空気がうすく苦しかったそうだ。土地の人は白酒?と言ってアルコール分が60%くらいある酒を飲むらしい。寒いからそのくらいのものを飲まないとやっておれないのだろうが、当然そんなものを飲んでは働けない。彼らは働かないのだそうだ。「60%だったら、ほとんどメタノールじゃない」と僕が驚いて言うと「だから40歳くらいで死ぬらしいですよ」と言っていた。
 ここで話を戻すが、帰国してから会社で出張の成果を社員の前で発表さされたらしい。僕はどんな成果を誇ったのか心配になったが、案の定上司から「お前のは旅行記だ」と言われたらしい。
 今だ彼は首にならずに回ってくるから、関西の企業は人間と同じでノリがいいのだろう。そんな彼から仕入れているヤマト薬局が不安になった読者の方もおられると思うが、人間関係も化学薬品のように精密機械で測られるようでは息苦しいから漢方薬程度でよいと思っている。


2016年12月07日(Wed)▲ページの先頭へ
刹那
 テレビが壊れたのを機会に、最近は夕食を済ませても下に降りてパソコンの前に腰掛け「フラッシュモブ」三昧だ。いつ誰がそうした形態のパフォーマンスを始めたのか知らないが、最初に考えた人はすごい。
 僕が最初に見たのは、第九と言うキーワードで検索していたときに偶然見つけたものだ。幼い少女が広場に置かれた帽子にお金を入れると、ベースを1人の男性が弾き始める。そして次から次へと、何処からともなく他の楽器が集まってきて、1つのオーケストラが完成する。そしてそのパフォーマンスはプロによるものだから、音楽としてもかなりの完成度だ。まさに驚きと音楽が一度に楽しむことが出来る。
 それ以来、フラッシュモブを漁り、良質(プロかそれに近い音楽だけ)のものを見ることが楽しみになった。戦争大好き人間のアメリカは嫌いだが、音楽となるとかなりレベルは高い。ヨーロッパは、やはり文化を育む血が流れているのか総じて品がある。南米は明るいが雑で、アジアのものは、パフォーマンスのあとの聴衆のリアクションが少なすぎる。あれだけのパフォーマンスをしてもらったのだから、それなりに感謝の態度は見せなければならない。
 最初は怪訝な表情の聴衆が、音楽によってぐいぐいとひきつけられるところは圧巻で、終わったときの聴衆の表情がいい。欧米では賛美の方法がとても素直だから演じる側にもそれが伝わり、両者の笑顔がまぶしい。10分足らずの刹那が又輝きを与えるのかもしれない。
 草の根ではこんな素敵な光景が繰り返されるのに、国レベルではどうだろう。強い奴がのさばっている。異を唱えない聴衆はやられっぱなしだ。ただいつまでもやられっぱなしだと、あいつらの欲望が留まるところを知らず、庶民は虫けらのように扱われ、まるで廃棄物のように道端に捨てられる。庶民は単なる消耗される道具に成り下がる。それも原材料はただ(無料)だ。そのうち今のままではこの国でも、70年前と同じように若者が戦うただの道具にならされる。
 でもなあ、戦争はいかんぜよ 人を殺してはいかんぜよ 鬼業家ごときの為に殺してはいかんぜよ。死んではいかんぜよ。殺されてはいかんぜよ。



2016年12月06日(Tue)▲ページの先頭へ
 今月の中ごろ、ある小学校で喫煙の害について話をするよう頼まれている。もうそろそろ話の内容をまとめないといけないのだが、ネタを考えていると憂鬱になる。理由は簡単だ。タバコを存在できないようにすればすむことなのに、おおっぴらに認めていて売り上げの上前を国が撥ねているのに、どうして子供にだけ正しくあれなんてことが言えるのだろう。子供の悪意などそれこそかわいいもので、大人の醜さに比べれば澄んだ空のようなものだ。講義を聞かなければならないのは大人だろう。それも吸う人間と作る人間と上前を撥ねる人間が。授業で啓蒙しなければならないほど悪いものなら、最初から作るなと、子供には言う権利がある。一方的な被害者だけがどうして喫煙についての教育を受けなければならないのだ。
 そんなことを考えていたら、例のアホノミクスがカジノ法案を国会で通すニュースを思い出した。これで日本でも大手を振って賭博が出来るようになる。もっと言えば、企業が大手を振って、市民から博打の金を吸い取ることが出来る。さらにもっと言えば、企業にこんなチャンスを作ってやった痔見ん党や異震の会には、ザックザックと汚い金が入る。上前を撥ねるやつらだけが確実に儲けるのが賭博だ。なけなしの金を賭けてすっからかんになり、それを取り返すために借金をしたり盗みをしたりして金を工面し又負ける。いずれ依存症になり経営者の餌食になる。身を滅ぼす人間が続出するだろう。
 名だたる鬼業家達が政治屋とつるんで、庶民や金持ちから金を巻き上げる手段を法律を使って作るのだから、やりたい放題だ。いつまでそんな大名みたいなことをさせるのか。足軽になって馬小屋にでも寝るような人間が、大名を養う。
 逆だろう!


2016年12月05日(Mon)▲ページの先頭へ
安全
 昨日の津山での出来事。来日してまだ1か月ちょっとのかの国の女性に思いもかけぬ素敵な体験をしてもらえた。
 津山城は天守閣を失っているから、わざわざ訪ねる意味を感じていなかったが、第九のコンサート会場のすぐ隣だから、時間を潰すのにはもってこいだった。駐車場が一杯になったら、土地勘が無いため代替の駐車場を探すのに苦労するから、何処の会場にも早く行くように心がけているが、そして到着してから開演までの行動もおよその計画は立てているのだが、津山城は「仕方なく」の選択だった。案の定、石垣めぐりをしたようなもので、辛うじて残っていた色あせた紅葉を彼女達がことのほか喜んでくれ面目を保つことが出来た。写真大好き人間達だから、服を脱いだり着たり、かばんを持ったり置いたりと、あらん限りのポーズを繰り返す。
 そんな写真好きが災いして、城から降りがけになって、一人の女性が慌てて走り出し、紅葉があるほうに消えていった。そこには公衆トイレもあったから、そちらの動機かと思っていたが、残りの3人も何故か落ち着きが無い。昨日の4人は3人が今年の秋に来日したばかり、1人は1年目で意思の疎通が難しいので、あえて僕は尋ねなかった。すると丁度その時に「ハンドバックを預かっていますから心当たりがある方は受付までお越しください」と言う場内放送があった。勿論彼女達にも聞こえているが意味が理解できなかったみたいだ。たださすがに僕はピンと来て、彼女達にジェスチャー交じりで確認した。すると一瞬にして顔に笑みがこぼれ、紅葉がある方向に走り出した。4人で帰って来たときにはうって変わって明るい表情を全員がしていた。
 受付で、落とし主の名前を尋ねたが、名前を名乗らなくてただ持ち主に返してくださいと言われただけだったらしい。なんて格好いいのだろうと思ったが、ここで日本の安全性を自慢したくなるのを抑えた。彼女達が日本で3年間働いて一番日本を好きになる理由は「安全」だ。そのことを知っているから、つい自慢したくなるが、その自慢もいつまでも通用するものでないことは日々のニュースや日常生活の中で分かる。どこかのお偉いさんの意図で「安全」を故意に強調しているのかと思うようなことに加担したくない。福島がアンダーコントロールと今世紀最大の大嘘つきは別として、日常でも欺瞞や危険は溢れている。偶然遭遇しなかった幸運はそれぞれだろうが、国中の不幸を集めれば決して自慢できる国ではない。ハンドバッグは返ってきたが、殺人や強盗や詐欺など不正義が横行している。政治屋や役人の金持ち優先の凶行は着々と進んでいるし、新しい士農工商も進んでいる。安全と言う国際的な評価を勝ち取った庶民の力は評価されずに、その純朴な良心の持ち主達を食い物にする奴らがいい目をする。
 落としたハンドバッグが返ってきたことを目の当たりにした彼女達には、来日前から聞いているだろう「安全」をいみじくも体験できたが、それは庶民が営々と築いてきたものだ。お上から降って湧いた様なものではない。そこのところこそわかって欲しい。
 


2016年12月04日(Sun)▲ページの先頭へ
 牛窓から津山まで丁度2時間かかる。だがその2時間の運転も、第九を聴けるならいとわない。
 津山の第九を聴くのは初めてだ。今までは8人乗りの車を使えていたから、2箇所くらいを第九のはしごをすれば需要に応える事ができていたが、今は5人乗りの車だから、回数で稼がなければなかなか要望に応えられない。第九は素人にはもっとも分かりやすいクラシック音楽だと思う。だから僕もいつまでも第九の呪縛にとらわれていて、なかなかそこから脱出できない。かの国の女性達にとっても僕と同じだ。いや僕以下かもしれない。今日来日して間もない女性達を連れて行ったのだが、第九どころかベートーベンと言う名前も知らなかった。そうしてみれば日本の義務教育も悪く無いと思った。少なくとも第九もベートーベンも習ってほとんどの人が知っているから。第九の前に演奏されたウェーバーの「魔弾の射手」序曲も、演奏が始まれば50年以上前に聞いた覚えがあり、それこそ日本の義務教育の質を再発見した。
 正しいかどうか分からないが、音楽は人それぞれに感じようがあるだろうから、あえて言わせてもらうと、第九はその楽章ごとに独立していても名曲だと初めて気づいた。今までかなりの回数聴いているが、第3楽章までは、第4楽章のための前奏曲でしかないと思っていた。第4楽章を待つような聴き方しかできていなかった。ところが今日は何故かそんなことは無かった。ただ純粋にどの楽章も楽しめたし、そのすばらしさを発見できた。
 ところで、津山は県北の小都市なのに、どうして第九のコンサートを34回も出来ているのだろうと疑問に思っていたが、そして今日聴いたときになんて完成度が高いのだろうと思ったが、今もらってきた冊子を読み返してみると、嘗て津山には作陽音楽大学と言うものがあったのだ。今は倉敷に移転していると思うが、当時は大学のあった街なのだ。それだからあの人口の街で、オーケストラも合唱団も編成できるのだ。舞台に上がっている合唱団員は僕なんかよりはるかに高齢の方も混じっていたが、恐らくそれこそ34年間歌い続けているのだろう。
 多くの人たちが共同で何かを作り出す作業は見ていて気持ちがいい。クラシック音楽などその際たるものだ。音楽を楽しませてもらうのは勿論だが、1つのものに皆が懸命の努力を重ねる。そしてそれが多くの感動を生む。僕らは受け手でしかないが、志は共有できているのではないかと思う。それは一にも二にも「平和であり続ける」と言う当たり前のことのように思う。ベートーベンもそんなことを考えて作ったのではないだろうか。


2016年12月03日(Sat)▲ページの先頭へ
労力
今から、あなたにたった3分の動画を送らせていただこうと思います。
その内容は中身を見ればわかるかと思いますが「今まで一切見たこともない」
と言い切れる驚愕の稼ぎの手法、そして実績です。

高収入モニター募集
パチンコ・パチスロを普通に打つだけで誰でも簡単に高収入が入る!平均時給が1万円以上、日給平均5万円以上も可能!!
初心者の方、女性の方、ご年配の方でも今日から簡単に稼げる!お申込みには簡単な必要事項を記入して完了です。

天使のお告げを聞くだけで年収1億円   投資の話

グレーなバイト
パチンコ関係者が優良台の情報を提供致しますので、その台をご遊戯していただきます。
基本的に勝ち分の割合が報酬となりますが、負けた場合にも日当をお支払いします。
軍資金は当然私共が支給致しますので、現在手持ちがないという方もどんどんご応募ください。

緊急速報
先週と今週はご紹介した無料配布中のソフトが特に好調で
使用中のみなさんは先週だけで資金を2倍〜3倍に増加させています。

30日以内にあなたの銀行口座に3万円〜30万円の現金が入金されますのでお急ぎください!無料登録だけでお金がもらえる

競馬のプロである以上負ける事が許されない極秘情報を公開します!

 あーりがたや、ありがたや、あーりがたや、ありがたや。
 亡くなった植木等の歌ではないけれど、何度でもありがたやを繰り返したい。今日1日で、上記のようなメールが届いた。毎日同程度の数が届く。ホームページを公開しているから仕方ないと、インターネットに詳しい人は言ってくれるが、僕は被害者ではなく、いい情報を送り続けてもらっているのだから、お礼を言わないといけないかもしれない。
 驚愕の稼ぎができる方法を教えてくれるらしい。僕ならそんな方法があるなら絶対に人には教えないが、この方はよほど心が広い方と見える。学生時代、毎日数時間を費やしていたパチンコをするだけで1日5万円ももらえるなら、明日から僕はパチプロに復活する。ゴスペルソングのタイトルかと思ったが、お告げを聴けば1億円なら、何度でもお告げを聞く。登録するだけでお金がもらえるなら、登録しまくる。競馬はしたことがないが、極秘情報をもらえるなら笠松競馬に通う。(大学生の頃、名鉄に乗ると笠松駅で降りるおっちゃん達に親近感を持っていた)
 まだまだ情報は一杯入ってきて消去するのが大変だが,こんなにお金が得られる情報を惜しげもなく下さる人の労力に感謝する。




2016年12月02日(Fri)▲ページの先頭へ
天晴れ
 お昼前に、駐車場にかわいい絵を描いた車が入ってきた。軽四トラックを改造したキャンピングカーみたいな構造だが、何か商売のためのもののように見えた。状況を理解できていないと思ったのか、娘が「モコの為にトリミングを頼んだ」と教えてくれた。その単語を知らなかったが、モコのためと言う言い回しでおおよその見当はつく。
 若い女性が車から降りてきて、モコを受け取ってくれた。娘夫婦と何か話していたようだが、1時間かけてモコの爪切りと、シャンプーをしてくれるらしい。僕は調剤室から眺めていたのだが、モコが抱かれて後ろの戸から車に入って行くのを見たとき、心細いだろうなとつい擬人化して考えてしまう。
 1時間後に抱かれて出てきたモコは、確かにさっぱりしていて、本人もまんざらではないみたいだ。抱くと、ついさっきまでのベタベタした感じではなく、人の脂が取れている。そして一番驚いたのは、あの悪名高い耳の臭いがなくなっていたことだ。ミニチュアダックスと言う犬種の宿命か、耳の中が臭いのなんのって、銀杏の臭いと同じなのだ。それが全くなくなっていた。女性もそのことにさすがに気がついてくれたみたいで、耳の中をきれいにしておきましたと言っていた。
 僕は、モコが綺麗にしてもらえたことにも好感を持ったが、もっと好感をもてたのは、その若い女性がトリミングの出張販売を思いついたことだ。郡部から市内のそうしたお店に行くのには時間をかなり費やさなければならない。だからモコにとっては初めての経験だ。と言うより、前の雑種のクリの時代からそんなことはしたことがない。勝手に高いと決め込んでいたのか、必要を感じていなかったのか知らないが、我が家にとっても初めての経験だ。
 女性にどうしてこんなことを思いついたのか尋ねてみた。それまでの経歴で発想したみたいだが、なかなか天晴れだ。犬が好きだからこそ、居心地の悪い仕事内容から脱出したかったのだろう。事務所も実家を当てているそうだから、お金もかからない。隙間産業にはこうした倹約はとても大切だ。まさかこの職業までグローバル化はないだろうが、個人で仕事を起こすのはなかなか難しい時代だ。多くの職業で全国展開する企業に吸収、或いは潰されている。ほとんどの人間が労働者として雇われ食っていく時代だ。そんなときに理想を求めて冒険をするアイデアと気概に感服した。父のあとを継ぐくらいしか出来なかった僕には、そうした発想や勇気が、立派に思える。


1 2    全31件


漢方薬を初め天然素材の薬を用いて、さまざまな慢性疾患の回復をお手伝いします。
お店のホームページ
お問い合わせフォーム

☆★汗・臭いの気になる方はコチラ★☆

☆★ FAXで漢方相談 ★☆
※漢方のご相談は「漢方相談FAX用紙」を印刷し、ファックスもしくは郵送でヤマト薬局までお送りください。

新着エントリ
回復力 (12/11)
不謹慎 (12/10)
老衰 (12/9)
結論 (12/7)
(12/6)
定義 (12/5)
通訳 (12/4)
圧巻 (12/3)
重複 (12/2)

新着トラックバック/コメント
アーサービナード (05:24)
(04:32)
迂回資金 (04:04)
定義 (03:03)
結論 (02:25)
通訳 (12/11)
老衰 (12/11)
9880円 (12/11)
笑い声 (12/9)
治療効果 (12/8)

■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
[E-mail] ご相談はこちら
[URL]

カレンダ
2016年12月
       

アーカイブ
2006年 (266)
4月 (25)
5月 (29)
6月 (31)
7月 (30)
8月 (31)
9月 (29)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (30)
2007年 (354)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (30)
4月 (31)
5月 (30)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (22)
11月 (29)
12月 (31)
2008年 (366)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2009年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2010年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (30)
11月 (30)
12月 (31)
2011年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2012年 (365)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (30)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2013年 (366)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (32)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2014年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2015年 (364)
1月 (31)
2月 (27)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2016年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2017年 (345)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (11)

アクセスカウンタ
今日:1,906
昨日:4,845
累計:7,528,494