栄町ヤマト薬局 - 2016/08

漢方薬局の日常の出来事




2016年08月31日(Wed)▲ページの先頭へ
自慢
 午前5時半。いつものようにモコを連れて隣の駐車場に出ると、西の空に雪をかぶった連峰が連なり、朝日に照らされ雪が焼けていた。手前の低い緑豊かな丘のはるか彼方に、青空を背後に抱えたその峰峰の眺望は圧巻だった。台風風(たいふうかぜ)の名残か、風が駐車場脇の木々を揺らし、大きな音を立て、上空では慌てたカラスの群れが鳴き声を上げながら山のほうに飛んでいった。
 もちろんこれは雲の芸術だ。一時の事とは言え、僕は十分に堪能させてもらった。少なくとも中国山地が迫るところまで北に行かないと見えない光景を、雲が作ってくれた。海に面し背後には丘が迫っている瀬戸内沿岸ではありえない光景だ。
 ただ、今朝見た光景と同じような景色を僕は、富山県に住んでいる患者さんから送ってもらった酒の化粧箱で見た。恐らく海から立山連峰を写している写真だが、海と、その雪をかぶった山脈が異常に近いのだ。こんな光景は見たことがない。北国にはひょっとしたらよくある光景なのかもしれないが、僕には衝撃的だった。中身の酒よりずっと僕を酔わせてくれた。
 狭い国土と言いながら、そのほとんどを訪ねた事がない。人々がそれぞれ自慢するふるさとを確かめもせず多くの人は我ふるさとを自慢する。比較に基準があるわけもなく、思い入れがまかり通るのがふるさと自慢かもしれない。



2016年08月30日(Tue)▲ページの先頭へ
友情
 父親に連れられて来た男性に「おじちゃんが・・・」のように、おじちゃんを1人称にして話していて違和感を覚えた。苦痛に顔をゆがめ、言葉を発することが出来ない男性が幼く見えたのだろう。息子さんを心配する父親がまるで幼子を世話するようだったから幼く見えたのだろう。ふと気がついて処方箋の生年月日を見てみると僕と一回りくらいしか違わない。それでおじちゃんは失礼だ。そこから〇〇君に変えた。
 精神の病気がどのくらい薬で改善するのか分かりにくい。日本は世界基準からいうと薬を飲ませる数が多すぎる。彼もまた精神病薬を6種類飲んでいる。それで効果が出ているかと言うと、なかなか分かりにくい。本人にも親にも尋ねてみたが分からないと言うし、むしろ薬を飲むとしんどいと言う。しんどいから又薬を飲む。悪循環だ。もう30年くらい飲んでいるから、薬に依存している。効かないけれど薬が切れると焦燥感で苦しむ。奇跡を求めて権威を渡り歩く。
 大病院の先生って一体どんな治療をしてくれるのと尋ねてみた。診察室に入って、本人とは好きなスポーツの話をして、あとは父親に最近の症状を尋ねそれで終わり。その間3分くらいだと言っていた。ゆっくりとかみ締めるように話す彼と3分間でどれだけの症状変化を読み取れるのだろう。忍耐強く待たなければ次の言葉が出てこないのだから、僕はいつも1時間くらい彼のために時間を用意する。もちろん美味しい飲み物とスイーツも。
 僕は運よく、権威に満ちていないし、牛窓弁だし、姿勢は悪いし、白衣は汚いから、思ったこと感じたことを素直に口に出せる。もう薬で治してもらうことに見切りをつけて、自然の力で改善してもらったらと提案した。折角牛窓みたいな田舎に住んでいるのだから、太陽の光を浴びて、風の音を聞き、虫や鳥が鳴く声に耳を傾け、畑に育つ野菜を眺め、砂浜を歩き海の中に立ってみたらと提案した。そしてわざわざタクシー代2万円と診察代を払うのだったら、そのお金で親子で温泉にでも行ったらと提案した。すると苦痛に満ちていた彼が口を開き始め、僕のギャグで笑い始めた。僕のギャグをここで書いたら権威筋からお叱りを受けるだろうが、治るどころかますます悪化をしている彼のためには、権威に遠慮はしない。ここが門前薬局でない強みで患者の側に立てる。
 ちょっと漢方薬も作って飲んでもらったが、翌日御礼に来てくれた。息子さんが今朝、必ず口走っていた苦痛の言葉を口にしなかったらしい。薬剤師の実力や社会通念も知っている。しかしみすみす手助けできるのに介入しないのは不義理だ。医者の機嫌をとることがもっとも確実な収入の手段になっている今、漂流している患者さん達が頼りにするのが胡散臭い健康食品とやらでは薬局の存在意義はない。
 「毎日話に来てもいいよ」と父子に言った。恐らくもっとも効くのは薬ではなく友情だと思っている。


2016年08月29日(Mon)▲ページの先頭へ
破綻
 国が破綻しているという状況を想像できない。ただそのようにタイトルを付けられると、何故か中東のコンクリートの建物が無残に破壊されている状況を連想してしまう。必ずしもその光景としかリンクできないとは限らないはずだが、浮かぶのは決まってその映像だ。
 世の中の目を汚輪ピックに釘付けにしている頃、「シリア東部の激戦地アレッポで活動する医師15人が12日までに連名でオバマ米大統領に宛てた書簡を公表し、現地の窮状を訴えて具体的な行動を要請した。涙も同情も祈りも不要。必要なのは行動だ」と。
 皮肉なものだ。戦争の当事者であるアメリカに頼まなければならないとは。「 15人の医師たちは、今もアレッポに残る30万人のために、負傷者や病人の手当てを続ける。書簡では米国の対応について、包囲を解除させようという努力も、市民を守るために影響力を行使しようという姿勢さえも見られないと批判した」
「私たちが最もつらいのは、誰を生かし、誰を死なせるかを選ばなければならないことだ。幼い子どもたちが重傷を負って救急室に運ばれてくれば、可能性が大きい方を優先せざるを得ない。助けるための機材がないこともある。2週間前、爆発で保育器への酸素の供給が断たれ、新生児4人が空気を求めてあえぎながら窒息死した。まだ始まったばかりの命が終わった。それでも私たちはここにいることを選び、助けを必要とする人たちを助けると誓った」
 僕は、シリアでどんな勢力が利権をむさぼっているのか知らない。ただ国家と言う名の殺人集団は知っている。一部の権力を握っている奴らが自分達の利益のために若者を使って人殺しをしている。自分が殺せば死刑だが、人を使って殺せば政治屋だ。
 「ロシア空軍が我々の頭上にいて、想像できる限りのあらゆる武器で我々を攻撃しているのに、人道支援や交渉や外交努力について語るのは大きな皮肉だ。ホワイトハウスは何が起きているかを知っているはずと批判した」
 ホワイトハウスにとって大事なものは、支持者達との約束だ。クリントン詣でする人間の半数以上に献金をさせているのだから、政治は商売なのだ。それもうんと儲かる商売なのだ。爆弾を作る会社の要求は呑むが、爆弾で体を引きちぎられる人間のことは考えない。地球上で生きている人間のおそらく99%は、この体を引きちぎられる側に属すると思うが、そんなまともな判断を下せないほど洗脳されているのか。まさか一庶民が権力を持っている奴等と同じ側に立っていると信じているのか。軍用ロボットと戦わされる哀れな奴隷でしかないことに気がつかないのか。
 僕が生まれる少し前、この国は破綻した。近い将来、破綻と聞いて真っ先にこの国の風景が浮かぶようなことが、今の政治屋の破綻した脳から生まれるかもしれない。

「   」内引用


2016年08月28日(Sun)▲ページの先頭へ
感謝
 かの国の女性達との交流は、きっかけが僕が彼女達の語学力に驚いたことから始まったので、9割が僕で残り1割が妻だ。そんな妻がさすがに今日は感動を新たにしたのか、帰りの車の中で、彼女達との出会いに感謝する言葉を何度も口にした。
 来春に3年間の契約を終えて帰国する女性が「オバアチャンニアイタイ」と言ってくれた。もう何度も見舞いに同行してくれているので、3ヶ月も会わなければ気になるのだろう。母を見舞ってくれたかの国の女性は10人以上になるがこの女性は特別だ。まるで天使のように接してくれる。天性の優しさ、純朴さ、信仰心を持ち合わせている女性で、痴呆の母に尊厳を持って接してくれる。楽しい話題を連発し、そのたびに母の反応を確かめ、母が笑ったりしたら、抱きしめて頬ずりし「オバアチャン オバアチャン」と繰り返す。国の誰をイメージしたり思い出したりしているのか分からないが、全ての言葉や行動に裏がないことの心地よさが伝わってきて、何処の誰よりも大切にされている母を見て僕を幸せにしてくれる。赤の他人に誰がこんなに親切にしてもらえるだろう。施設から母を連れ出し、木陰を見つけて2時間近く話が途切れることはなかった。台風の影響か風が吹いていて、太陽の光も雲でさえぎられていたせいでとても気持ちが良かった。
 気持ちよい風は妻の心の中も吹きぬけたみたいで「日本人では、あんな人に滅多にめぐり合えないでしょうね」と言った。僕は今までそれこそ巡り合ったことがないので「滅多にではなく、絶対ではないの」と言った。65年の人生で彼女のような人格に会ったことがない。日本人には天真爛漫などと言う言葉はなかなか使えない。もしそんな人格を持っている人がいれば、芸NO界にでも入ろうかと言う馬鹿の白々しい演技でしかない。
 僕ら夫婦に姥捨ての自責の念が無くなる事はないが、日本一母を大切にしてくれる若き友人を母に巡り合わす事が出来たのは僕だけではなく、妻にも救いだったのだろう。車中繰り返した言葉でよく分かる。



2016年08月27日(Sat)▲ページの先頭へ
失望
 毎土曜日の朝6時から、教育ラジオでは著名人の講演会の録音を流す。ウォーキングをしながら今日も聞いた。今日のテーマはアルツハイマー病だった。難解なテーマを素人にも少しは理解できるように教えてくれてとても役に立つことが多かった。唯一つ疑問に思ったことがある。そしてその疑問が以前から疑問に思っていたことを解決してくれた。出てくる多くの名詞は難しくて、不正確な用語を使うかもしれないが、それでもなお分かってくれるように書いてみたい。
 アルツハイマーの発症に欠かせないアミロイドと言うタンパク質の早期の蓄積を見つければ、打つ手は少しはある。そのためにはMRIとペットを併用すればかなりのことが出来る。ただし、ペットがある施設が圧倒的に少ない、検査の前の造影剤の体への負担がある、ペットをする費用があまりにも高額という3つの不都合で、実際には利用できない検査だということだった。
 そこで一瞬僕は今までの講演を全否定したくなるほどの違和感を覚えた。ペットで一番気になるのは被爆だろう。何処の場面でそれを口に出すのかと思ったが結局は触れずじまいだった。なるほど、彼らにとっては、被爆など取るに足らないものなのだ。研究の成果や営業のためなら患者の被爆など考えなくてもいいことなのだ。それとも、暗黙のうちに被爆については口に出さないという圧力を国から受けているのか。
 1回の検査で1年分の放射線を浴びる。CTなどと併用したら何十中年分の被爆をしてしまう。その影響は年とともに出てくる。研究者なら当然分かっていることを敢えて外す意図は何かと勘ぐってしまう。医学者だからこそ患者に知らしめなければならない。日本の医者が原発に反対しないのがよく分かる。医師会と言う業界の献金に見合う果実をもらうためには、国の政策を批判したりしない。所詮その程度の団体なのだ
 50分の講演だったが、このくだりに失望して、その後は聞く気になれなかった。あまりにもお上のご意向ばかり気にしていると医学どころではなくなる時代が来てしまうかもしれない。何せ今は政権の中にアルツハイマー病の2世ばかりいるのだから。








2016年08月26日(Fri)▲ページの先頭へ
物語
 電線に止まっている鳩を真下から見ると、ただの塊だ。あの独特のクークルという鳴き声を聞かなければ何の鳥かわからない。
 僕が毎朝となりの大きな駐車場に出るのは、6時前だ。6時に散歩に出かけるのだが、その前にモコの散歩もしておかなければならない。ミニチュアダックスだから散歩と言っても駐車場で十分用が足せる。それこそ用も足せるし、散歩もそれだけで十分だ。まして老犬だから、駐車場の端から端までも歩かなくなった。
 駐車場の真上を電線が2本走っている。中腹道から県道に延びる電線だから少し高い。ここ数日僕がモコを連れて駐車場に出ると1羽の鳩が電線に止まっていて、クークル、クークルと鳴いてくれる。まるで僕達を待っていて挨拶をしてくれているように。同じ電線の同じ場所で、同じように鳴く。僕はしばし見上げるのだが、下から見た姿がとても平和の使者のように見えなくて、なんとも気が和む。
 2年前傷ついて捨てられようとしている鳩を娘が拾ってきた。数日飼ってから京山にある鳥獣保護センターに連れて行った。おかげで半年後には元気になって自然界に帰っていけたそうだが、なんとなくその土鳩ではないかと夢想したりする。鳩は方向感覚が抜群だから、30kmくらい簡単に帰ってくる。土鳩がこんなに県道近くまで毎朝飛んでくるのが不思議で、とても山鳩のようには思えない。日常出くわすあらゆることを物語には出来ないが、めったに起こりえない当時の体験は、何ページにも渡る想い出本になっている。
 僕の両親の代には全く縁がなかった動物達との触れ合いを、動物好き達との縁で体験させてもらっている。大切にする対象、守ってあげるべき対象。教えられることは沢山ある。


2016年08月25日(Thu)▲ページの先頭へ
条件
 なんて親切なディーラーなのだろう。だから僕は、ここの車をもう3台も利用している。
 3週間前、その日曜日はすごく疲れていて、珍しく昼まで寝ていた。でも、午後約束していたところがあってどうしても出かけなければならなかった。その場所は以前から好きではない細い路地を通らなければならない。細い路地から出てくる車と、路地に進入しようとする車が鉢合わせしたら、かなり面倒だ。その日も運悪く鉢合わせしたのだが、出てこようとする車が躊躇っていたため、僕は何故か強引に進入した。すると車体が明らかに何かをこすった。そのことに気がついたらブレーキをかければいいのに、そのまま進んだ。普段気にならなかった道路標識のポールに左後方をこすったのだ。ポールを傷つけたら弁償しなければならないから、降りて確かめるとまっすぐ立っている。それに引き換え僕の車は、大きく後方のドアと車輪カバーあたりがへこんでいた。衝撃など全くなかったから少しは傷ついているだろうと思ったが、結構へっこんでいた。最近の車はこうして衝撃を吸収し人間を守るんだと、素人なりの解釈で納得した。ただ、今までの僕ならその程度(誰が見ても気がつくくらいのへこみようだが)の破損は気にならないが、今回はかなり気になって、集中心を切らしたことを後悔した。僕にとって初めての新車だったからだろう。と言っても実は買って1週間目に、コンビニの駐車場に突入してきた軽四自動車にぶつけられたのだが、僕はその時にいなかったので全く壊れたのを見ていない。相手が保険に入っていない、呼び出しにも居留守を使うと言ういわくありげな若い女性だったらしくて、保険会社が全て保証してくれてきれいになったが、今回の保険の請求で初めて知ったのだが、その時に実際にかかった修理費は245万円だったらしい。そして今回のが丁度100万円かかるらしい。
 そこで親切な車の会社は考えてくれた。この11月に初めての車検だから、この際修理せずに新しい車を買われたらどうですかと言うのだ。その時の理由が「修理に100万円かかる」だった。もちろん車検代もかかる。となると120万円くらいかかるのか・・・・と一瞬不安になった。でも、車を壊したときの保険には入っているはず。免責5万円は必要だろうがそれ以上は・・と考えて、「100万円も払うの?」と驚きの声を上げると、僕の不安を察してくれたみたいでやはり僕の負担は5万円ですむと教えてくれた。彼が、あえてこのタイミングで新車を買うように勧めてくれたのは、修理で350万円近くかかった車にもう乗りたくないだろうと気を使ってくれたからだ。もちろんそろばんもかなりはじいてはいるが。
 ところがそうした対処は僕の方法論にはない。5万円で直るなら僕ほその方法しか考えられない。まして壊れた場所が場所で板金と言うわけにはいかず、新しいものと取り替えてくれるのだからラッキーだ。新しくなる。そして何より今回の経験で得たことがある。僕は17年乗った車を買い替えるときに息子に頼んだ。「ぶつかっても死なない車を買ってきて」と。でも次回からはもう一つ条件を加える事にした。「ぶつかっても死なない車で、ぶつかっても惜しくない車を買ってきて」と。この条件を満たすのは戦車以外ないのだが。戦車の中古ないかなあ〜


2016年08月24日(Wed)▲ページの先頭へ
庶民
 岡山ブルーラインで一番景色がいいのは、恐らく日生インター手前の片上大橋だろう。備前市の片上湾をまたぐからそう呼ばれている。大橋と言う名が恥ずかしくないくらい高い。水面からどのくらいあるのだろう。長さも500メートル以上あるから結構立派な橋だ。ただ片側1車線で、車とすれ違うときは結構欄干近くまで寄らないと、正面から来る車が気になる。おまけに、何故か欄干が低くて、車高の高い車で渡ると視線がはるか欄干の上にあり、転倒したら軽く欄干を越え転落するだろうな等と想像してしまう。僕は高いところが苦手だから、片上大橋もかなり苦手だ。ただ、僕は出来ないことを残しておきたくないので、しばしば利用する。当然徐々に慣れて、眼下に広がる牡蠣の養殖いかだを横目で眺めたりも出来る。
 昨日偶然その橋の名前を出した男性は、70歳くらいだが、若い頃「暴走族」でならした男性だ。当時、オートバイが買えるような家だったから経済的に恵まれていたのだろう。今思いだせる人たちはほぼ全員が商売をやっていた家の息子さん達だ。その男性が「ブルーラインの片上大橋を初めて渡ったときに、怖くて、それ以来ブルーラインで東に行った事がない。遠回りでも国道を通る」と言った。思い出してもいかにも怖そうな表情をしていた。
 恐らく彼がブルーラインの片上大橋を最初で最後に渡ったのは30歳になった頃だ。さすがに暴走族から足を洗って堅気でまじめに働いていただろうが、気持ちは急には変わらない。そんな彼が、あの橋の恐怖で二度と渡らないと決意したのだから、僕ら元々なよなよしている人間が、あれが怖いこれが怖いといっても、不思議ではない。むしろ正々堂々となんら臆することなく何でも出来るほうが不自然だ。
 彼がこんな弱気を今まで誰かに漏らしたのかどうか知らない。泣く子も黙る嘗ての行け行けどんどんも、裏返せば、高いところ怖さに、渋滞と遠回りに耐えていたのだ。風貌や過去の実績と全く相容れない弱音に、人間らしさを見た。恐らく多くの人間が、実力以上のものを演じて生きているのだと思う。現代を生きる息苦しさは、弱音を吐けないことも一因になっているかもしれない。
 僕が生涯接してきた人の99,9%はいわゆる庶民だ。少しの格好良さと、多くの無様を演じてきた人たちだ。大きな手柄も大きな収穫も縁遠い、大きな詐取も大きな殺戮も縁遠い庶民だ。精一杯が精一杯の庶民だ。こんな人々を表せる言葉が何故か見つからない。


2016年08月23日(Tue)▲ページの先頭へ
宝探し
 1月4万円で暮らし。自分の小遣いとして1万円残し、後はすべて国の家族に送っている。娘から送られてきたお金を親は借金の返済に充てている。借金の理由は、娘の大学の学費だ。ベールに包まれていた彼女達の経済がやっと分かった。
 通訳として来日し、見るからに聡明そうな彼女は、その知性ゆえか好奇心が強く、僕と会うときはやたら質問が多い。だから僕も同じのりで、彼女達の経済について尋ねてみた。すると上記のように具体的に教えてくれた。ただ大学を出ているのは彼女だけだから、残りの17人がどうかは知らない。今までの経験で、聞くに堪えられないような話は無かった。むしろ、心温まるものばかりだ。
 日本で稼いだお金が借金を払うために使われるが、いくらかは残るはずだ。そしてそのいくらかは、彼女達が国で働いていたら到底貯まる額ではない。そこで、日本で働くことを決心した理由を尋ねてみた。すると彼女は、「夢は 貧しい人のために 食事を食べさせてあげる施設を 作りたい」と言った。かの国にはまだまだ貧しい人が多くいて、その人達のために食事を無料で食べさせてあげる施設が沢山あるらしい。それを友人と作りたいらしいのだ。今まで付き合ってきた多くの人が家族のためと口をそろえたのとは異質な目的に感動した。
 その施設を作るのにどのくらいの費用が要り、毎月どのくらいの経費がかかるのと尋ねると、大まかな数字を教えてくれた。すぐに数字が出たから恐らく彼女の夢は本当なのだろう。「私たち 皆 貧乏だから 40歳くらいになったらできる」と言っているから、手助けできるならそれもまたいいかと思った。夢を早くかなえてもらう手伝いなら出来る。僕ら世代になると、仕事以外で何か人様のお役に立てないかと思う人が多いのではないか。出来ることが毎日のようにオセロゲームのように裏返り、出来ないことに変わっていく果てしない喪失感の中で、手探りの宝探しが続く。



2016年08月22日(Mon)▲ページの先頭へ
暗躍
 「子どもの頃から親に言われるままに、歯と歯茎を守るためにデンタルフロスを使用する習慣を守ってきた人は多いだろう。しかし、AP通信による新たな調査で、フロスの効果を裏づける十分なエビデンスはないことが示唆された。AP通信は、過去10年間に実施された25件の研究のデータについて検討。対象とした研究の多くは、歯ブラシを単独で使用した場合と、フロスを併用した場合を比較したものであった。いずれの研究も、フロスの使用を支持するエビデンスは弱く、信頼性は極めて低いものであり、質も非常に低く、バイアスが生じている可能性が中程度または高度であるとの結論だった。」

 この報道を見て、良かったと胸をなでおろしたのは僕だけだろうか。以前からデンタルフロスを使うようにと暗黙のプレッシャーみたいなものはあったが、歯と歯の間に歯がある僕には、どうやって使うのか皆目見当がつかなかった。どうやって使うのだろうとずっと疑問に思っていた。歯がきれいに一列に並んでいる人にとっては使えるものなのかもしれないが、2列縦隊の僕には不可能だ。
 そんな時に使っても意味がないという結果が出されたのだから、有り難いというか、解き放たれたというか。それにしても如何に権威と言うものが実はいい加減かよく表している。企業や役所の隠し事には常に御用権威が暗躍している。世の中は権威に擦り寄る人間と、忌み嫌う人間と、どちらでもいい人間とに別れるが、一番生き易いのは擦り寄るタイプだろうか。今だそうした経験がないから想像の域を出ないが、おそらくそうした生き方はこれからも僕にとってはありえないだろう。こんな人間でも、安心して暮らせる時代であって欲しい。懐古趣味の人間達が息を吹き返した今を憂う。



2016年08月21日(Sun)▲ページの先頭へ
気づき
 3年間の契約が終わり秋に帰国するかの国の女性のたっての希望で、姫路の太陽公園に行って来た。2年前に帰国したあるグループを連れて行ったことがあるのだが、その子らのフェイスブックを見て、帰国するまでに是非行ってみたかったのだろう。
 スケジュールから言って、今日しかなかったので、最高気温35度超えを予測していたが決行した。その決意をあざ笑うかのように、山陽自動車道で事故による渋滞があって、急遽国道を走った。昔通った時ほど国道に交通量はなく、いたるところで道路の拡幅も行われていて、思ったほど負担は大きくなかったが、やはり高速道路を走るよりは気力体力を消耗した。
 25歳から32歳まで、子供がいる女性もいるし、結婚している女性もいる。それでもヨーロッパ風の城内の3Dアート(トリック)を見た瞬間から異様にテンションが上がり、母国語が氾濫した。2年間心に秘めていたものがかなったのだからそれはそうだろう。ただ、車で1時間ちょっとの公園へ連れてきてあげるだけでこんなに喜んでもらえるのだと再確認した。次から次へと連発する驚きと笑いに僕自身が慰められた。些細なことだが、人様に喜んでもらえるのは、自分の喜びよりはるかに嬉しい。
 城を出て、隣接している石の公園を巡り始めたらさすがに紫外線の攻撃をもろに受け始めた。細胞が破壊されるのか、極度に疲労状態になり、さすがのお喋りもなりを潜めた。それどころか被写体大好き人間達の運動量ががくっと落ちた。僕はがくっどころか日陰を探して横になりたいくらいだった。
 彼女達の喜んでいる姿を見るのが僕の喜びと言う理由以外に、実はもうひとつ大きな理由があるのではないかと今日気がついた。例えば、今日しか決行出来ないのなら断ればいいのだが、僕は自分で出来ないことをまだ作りたくないし、歳のせいにして消極的に生きていくことを良しとはしていないのだ。だから挑戦して「出来た」と言う結果を出し続け様としているのだ。そのためには、しばしば気力体力を試す機会がなければならない。その時、歳を忘れて役に立とうと懸命になる自分がいればそれで十分なのだ。それに勝るモチベーションはなく、彼女達の存在のおかげで、僕は「昨日出来たのだから今日も出来る」をこの数年実践している。
 西洋の城を模した建物の中の歓喜がまだ冷めないうちに姫路城に寄ったのがまずかったのか、10分もしないうちに「オトウサン ツカレタ カエロウ」攻めにあった。せめて、気温40度の国から来ている女性達に負けない体力がなければ、あの国で暮らすことなど出来ないと、これもまた気がついた。


2016年08月20日(Sat)▲ページの先頭へ
熱中症
 彼は本当に僕と真逆だから、顔は悪い、学はない、知性はない。その上色は黒いし、品はないし、肥満だし。最悪はタバコを2箱吸うし、コーヒーは10杯以上飲む。極めつけは、会社の社長で沢山の職員を雇っているし、ゴルフにクラシックギターにトランペットにオートバイに釣りにと趣味は豊富だ。
 そんな彼が昨日慌てて電話をしてきた。ある現場で2人が熱中症にかかり救急車で搬送されたって言うのだ。今の現場には30人以上いるらしいのだが、それこそ太陽の直射を受けながら高い湿度の中で働いているらしい。そこで彼が何とか職員を熱中症から守りたいというのだ。彼や彼の家族を漢方薬で世話しているから、すぐに漢方薬を思い浮かべてくれたのだろう。漢方薬で熱中症を防げないかと言う。
 漢方薬で熱中症を防ぐものはある。「30人が毎日飲んだら・・・・分からんけど、300回分くらい作って!職員に飲ませるから」なんとも大雑把な話だが、気持ちだけはよく伝わってくる。冒頭に書いたように、あんな人間なのに、人の面倒をとてもよく見る。ここもまた僕と真逆だ。鬼みたいな顔をしているのにとても優しい。
 「職員に取りに行かせるから作っておいて」と電話を切ってから10分くらいしてもう一度電話をしてきた。漢方薬で熱中症を防ぐことができると聞いてインターネットで調べたらしい。「牛黄というものが熱中症にいいらしいけど、ある?」当然あるけれど、牛黄を飲ませるタイミングは救急車を呼ぶ段階だから、牛黄を熱中症に売る勇気はないと断った。まして30人に、毎日飲ませていたら、僕はそれで車が買える。インターネットの世界がどんな世界か知らないが、僕の漢方薬なら、体調不良のときや、なんとなくおかしいという段階で飲むとかなり役に立てる。そして当然1回分が100円だから、社員にふんだんに飲ませられる。彼の善意を、社員を思う心をお金儲けには使えない。ここも真逆だ。
 屈強な男達が熱中症で運ばれる、そんなことが起こるくらい地球は変わってきたのだ。数字で言うと少しばかり平均気温は上がっているが、人間の体にとっては恐らく未知の領域なのだろう。過去の常識を破壊するのは権力を求める人間達の常套手段だが、自然相手では打つ手がないみたいだ。いや打つ気がないのか。手と気では大違いだ。


2016年08月19日(Fri)▲ページの先頭へ
選択肢
 家族旅行で大阪のUSJに出かけたいから、お腹が痛くならないような薬を飲んでいくという依頼で見事?行くことができた女性が、お土産を買ってきてくれた。当人は1つのアトラクションしか乗ら?なかったそうだが、家族が楽しむのを見てそれなりに楽しかったみたいだ。
 岡山市から往復6時間近くかかるところを元気にいってきたのだから、本人が自覚している以上に体力はあるのかもしれない。またアトラクションを楽しむためには2時間から3時間待たなければならないというのだから、根性もあるのかもしれない。ただ、さすがにその2から3時間をいくつもといういわけに行かず、1個だけ乗って?来たみたいだ。
 僕が京都に行くといつも感じることをその女性もUSJで感じたらしい。いや、僕よりもっと印象が悪かったみたいだ。観光地と言うより遊ぶところだから、より解放的になったのだろう。
 同じような顔をしているのに、言葉が違う人と言うから、大抵は中国人か韓国人だろう。御他聞に漏れず並ばない、割り込むだから、日本人には耐えられないだろう。そんな光景を見ればその日楽しかったことを全て帳消しにされそうだ。だから僕にはそういった娯楽施設の選択肢はない。
 どうしてこの国の人間は、あんな礼儀を知らないような人間に物を売り、観光してもらい、金をもらうのだろう。そんなにこの国の人間はお金に窮しているのか。魂や平安を売り渡し、混沌を押し付けられてそれで幸せなのだろうか。徴兵制がある国から来た男性は、殺し方を身につけている。そんな人間と接することが出来るのだろうか。
 日本びいきをする気はさらさらない。ただ僕は、日本人でも外国人でも、謙遜とか礼儀を知らない人間は大嫌いだ。


2016年08月18日(Thu)▲ページの先頭へ
未確立
 昨日の毎日新聞にほぼ一面を割いて「起立性調節障害に悩む若者」と言う特集が載っていた。サブタイトルは「不登校、進学に苦労・・・治療法未確立」だった。
 起立性調節障害は、朝具合が悪くて起きられない。立ちくらみやめまいをよく起こす。立っていると気分が悪くなり、ひどいと失神する。入浴やいやなことを見聞きすると気分が悪くなる。少し動くと動悸や息切れがする。顔色が蒼白。食欲不振。腹痛を時々訴える。疲労感がある。疲れやすい。頭痛。乗り物に酔いやすい。などの症状をいくつも持っている。これらの症状が日常いくつも同時に起こったとしたらその耐え難さは想像に難くない。
 体験談がいくつか載っていたが、進学を諦めた、留年したなど青春期をまるで破壊されたようなものばかりだ。ただ、僕が気になったのは「治療法が確立していない」と言うサブタイトルだ。確かに現代医療では確立していないのかもしれないが、ヤマト薬局では確立している。田舎の薬局が大きなことを言うと思われるかもしれないが、意外と昔から普通の薬局には起立性調節障害に有効な商材があり、それを利用すれば結構治る。そんなに難しく考えることはなく、元気にしてあげればいいのだ。そういった薬は昔からある。いや昔のほうがある。今は病院の処方箋を創ることが薬局の仕事になっているから、そういった商材を持っている薬局はほとんどない。
 記憶違いかもしれないが、もう何年も、起立性調節障害の少年少女をお世話して効果がなかった記憶がない。むしろご家族の方には奇跡みたいなことを何人も経験してもらっている。起立性調節障害の治療法は、僕の中ではとうに確立しているのだが、なにぶん僕には、学歴がない、品がない、コネがない、信頼がない、スタバがない、ミスドがない、丸亀製麺もない、マクドもない。あるのは五大様似の整った顔立ちだけだ。




2016年08月17日(Wed)▲ページの先頭へ
機知
タイトルの「暗めのメールです」と文中の「派手に落ち込んでしまっていて」はなかなか機知に富んだ表現で、
読み手としては楽しませていただきました。まだまだ余裕はあるように思いますがいかがでしょう。
職業柄、「暗めのメール」以外、あまりもらうことはありません。暗めのメールどころか、暗めの会話ばかりです。
でも、僕にはそれらが全て産みの苦しみのように見えますし聞こえます。
よりよくなろうとする力が湧いて来るのを、じっと耐えて待っている様に見えます。
2通目に頂いた情報は結構大切で、粉薬の処方を変えました。それと煎じ薬のほうも、あなたの派手に落ち込んだ状態を改善するように変えました。
どちらも味が異なっていますから、そういった理由があってのことですから安心して服用してください。
世は汚リンピックとスコップが壊れた話題ばかりです。まるで何かを覆い隠そうとしているかのようです。
幸せと不幸がお互い遠くのものになっています。ちょっとの努力やちょっとのきっかけなどでは到底飛び移ることが出来ない距離です。
そんな時代を僕もあなたも生きています。与えられた価値観の中で右往左往しないようにしなければ、人生が重荷になります。
私の価値観を持ち、私を大切にすれば人生のほうが従ってきます。少なくとも僕達は、人生を従えなければなりません。
威風堂々、取るに足らない僕ら庶民にも必要ですよ。
息子達が3階を片付けてもう荷物を少しずつ運び出しています。
意外と行動力のあるあなたです。もしもう一度来る機会があれば、国際ビラでなく、ペンション薬(ヤクではなく、くすりと読んでね)に泊まって頂いていいですよ。
日曜日なら僕の好きなコースを案内します。運がよければ和太鼓のコンサートにもいけますよ。
ペンション薬


2016年08月16日(Tue)▲ページの先頭へ
行動力
 5年前、かの国の女性2人を広島の原爆ドームに連れて行ったことがある。その中の1人が次女になったのだが、彼女がそこで言ったことをはっきりと覚えている。原爆ドームを見学した後に「ワタシ オネエサンツレテ ゼッタイモウイチドクル」
 彼女にお姉さんがいることは知らなかった。妹がいることはわかっていたが初耳だった。一度実習生で来た人はなかなか再び日本にやってくることは出来ないことを知っていたので、実現不可能だろうと心の中では思っていた。その言葉を僕は哀れに思いながら聞いていたのか、とても印象深く、その言葉を発した場所さえ覚えている。
 ある相談事で日曜日に1日中次女三女と行動をともにしたが、その時に1つの発見をした。専門学校とアルバイトで休みなく過ごしているから、いつか広島に連れて行ってあげると提案した。そして5年前に次女が原爆資料館前の広場で「オネエサント イッショニ マタクル」と言っていたんだよと、三女に暴露した。するとオネエサンと言ったのは、実は三女のことだったらしい。実際彼女にはお姉さんはいなくて、かの国の学校で三女が2年先輩だったことでそう呼んでいたらしい。だから次女はその時の決意を実現させたのだ。語学の専門学校に入るべく三女とともに来日した。なんて行動力だろうと改めて感心した。
 多くのかの国から来ている若者を知っているが、本当にぎりぎりの経済状態でやっていて、ひとたび病気でもしたら、何もかも失ってしまう危険を覚悟で暮らしている・・・様に見える。と言うかそんなことはありえないと楽観的過ぎる様に見える。健康など何も保証されていない僕らの世代から見たらまことに危うい。
 若いと言うことは、恐ろしさを知らないこと?思い当たることは大いにあるが。


2016年08月15日(Mon)▲ページの先頭へ
堀文子
 どうも再放送だったらしいのだが、偶然NHKの教育テレビで見て一瞬にして引き込まれ最後まで見てしまった。白髪の老婆だが、見た瞬間から人を魅了する何かを感じた。
 もちろんその人を知らなかった。画家だから僕の興味からかなり離れている分野だ。ただ放送内容が絵についてではなく、画家が青春期に体験した太平洋戦争の時代風景だった。226事件がつい近所で起きたというくらいだから、東京の中枢部で暮らしていたのだろう。少女がそれを目の当たりに見て、その後を信念を持って生きてきたことが分かる。
 多くを語ってどれも心に突き刺さるものばかりだったが、特に印象に残りこれから戦争を語るときには必ず使ってやろうと思った言葉がある。それは「戦争は他人を使って人を殺す」と言う表現だ。なんて的を射た言葉だと思った。僕も当然そんなことには気がついていたが、こんなに短い言葉でその本質を突く能はない。これなら短い会話の中でも戦争の本質を語れる。戦争で儲ける奴や企業が、自分や一族で戦争に行き戦うならまだしも、他人様を法律でがんじがらめにしておいて戦場に送り人殺しをさせるなんてことを、戦争に刈り出される側の人間が許してはいけないのだ。あいつらの儲けに対して何故何のメリットもない人間が最前線で命を捨てなければならないのだ。やつらの手先の政治屋が暗躍して法律を徐々に改悪しているのを今防がなければ、他人を使って人殺しをする奴らの、思うがままを許してしまう。
 現代の世情は、見事に太平洋戦争の頃と重なり、男女のスキャンダルやオリンピックに熱狂しているときに、その陰で着々と準備は進んでいると訴えている。彼女は体験的に、そうした暗黒時代の序章に気がつき食い止めることが出来るのは女性とアホコミだと確信していたらしい。ところが昨今の女性は、身を飾ることしか能がないのが増えていて、アホコミも政治屋の手先になっていて、どちらも防波堤にはなりえないと危惧している。
 こんな時代が再び来るとは思わなかった。作られた貧困階級が、軍隊しか食うところがないと率先して志願し始めたらもうおしまいだ。欲望のためにはしたたかな奴らの高笑いが聞こえる。


2016年08月14日(Sun)▲ページの先頭へ
提案
 なんていう提案だろう。ありえないくらい有り難い提案だ。今までの僕に恩返しではない。単純に母、2人にとってはおばあちゃんが、かわいいのだ。次女のほうは、まだ母が元気だった頃日本にいて時々遊びに来ていたから情が移っているのはわかるが、三女は痴呆が完成してからの母しか知らない。もう何度も一緒に母を訪ねているから、これまた情が移ったのだろうか、おばあちゃんを家につれて帰ろうというのだ。
 2人につまらないアルバイトをさせたくなかったので介護のアルバイト先を探した。そこの施設の計らいで今介護の専門学校に通っている。アルバイトで介護をし、その理論付けを専門学校でしているから、今日母を見て、家で介護が出来ると判断したらしい。母は一時ベッドから起き上がれなかったが、今は大食堂で車椅子に腰をかけ何時間も過ごすことが出来る。食事もゆっくりではあるが自分で食べることが出来る。そのことが二人の心を動かしたらしくて、清拭も出来るから家につれて帰っても大丈夫、訪問介護と両方で、私達がおばあちゃんの世話をしますと言うのだ。
 もしそんなことが出来たら、二人の姉が喜ぶに違いない。千葉と横浜にいて、時々母を見舞いに帰ってきてくれるが、施設に入っているのと弟の家にいるのとでは大違いだろう。車椅子が入ることが出来るトイレがあれば十分なんだそうだ。今だ姥捨ての呵責に苦しむ僕を察したのか、かの国の単なる価値観か、なかなか日本人にはありえない提案だ。
 岡山、倉敷、玉野、牛窓、岡山と場所を変え11時間行動をともにしたが、「お父さん、話したいです」と急遽昨日電話をしてきた不吉な予感をさておいて、いつもに勝る情の深さに感謝した。


2016年08月13日(Sat)▲ページの先頭へ
皮肉
「先生は働き者だから〜」今日、漢方薬を取りに来た若い女性がさらりと言った。あまりさらり過ぎてピンと来なかったのだが、0・5秒遅れて、褒めてくれたような気になったのでお礼を言った。ただ、「僕は働き者?」と尋ねない訳にはいかない。自分では決してそんなことを思ったことはないし、働くことが好きなだけだから。
 「私達にとっては助かります。いつ来てもいいんだから」とも言ってくれた。ただ、これに対しても言っておかねばならない「僕も助かっているのよ。暇で困っているときに話し相手に来てくれるから」
 万事こんな感じで進んでいく。雑談と問診が入り乱れて処方に近づいていく。決まりきった問診では真の処方には近づけない。その人となりをくだらない会話の中でつかんでいかなければならない。
 この女性はもう2年くらい来てくれているが、そのくだらない会話の中で、いや上品で知性的で、それでいてとても気持ちの良い笑顔をしばしば見せてくれるので、くだらない会話ではなく、砕けた会話の中で楽しい時間が過ぎていく。今はもう資格はないが、僕はこの女性を目の前にするといつも「こんな女性と息子が結婚してくれればいいのに」と思ってしまう。職業柄延べで何十万人もの人を応対し続けてきたから、人間の観察力はおのずとつく。だからこんな女性と結婚すれば多くの分野で恵まれるということがいとも簡単に分かる。ただ、それはあくまで僕の価値観で当事者のものではない。だから僕は子供たちの結婚には全く口を挟まなかった。今の時代に、結婚は何かを得るためにするのではなく、本人同士の愛情以外に条件はない。それはよく理解しているつもりでも、目の前にその女性を見ると未練たらしく一人苦しむ。
 子供が成人したらもう、次の世代に頼ってもいけないし、頼られてもいけない。そうした単純なことが意外と難しい。ただしそのことは守らなければならないことでもある。人間モニタリングを40年間続けてきた身としては、その経験が生かされなかったことが皮肉に思う。


2016年08月12日(Fri)▲ページの先頭へ
逆転優勝
 逆転優勝した内村に向かってどこかの記者が「審査員に好かれているのではないか?」要は八百長と言うことだろうが、と質問した時に、2位に終わったウクライナの選手が、どこにでもありそうな受け狙いの質問をいさめた。その時、恐らく同じ記者席にいた人たちが拍手を送った。
 僕はその場面を見て人間として大きな差を感じた。それは何年も過酷な訓練に耐えて試合に臨んでいる人間と、何の努力もなしに、舌先三寸、いやペン先三寸で生きてきた人間との差だ。人間業とは思えないパフォーマンスをやってのける人たちに向かって、ごくごく普通に大学に行き、ごくごく普通に就職した人間が、対等に向かい合えるはずがない。それをアホコミと言う職業ゆえに相対する事が出来るだけなのに、こともあろうにあたかもひいきで金メダルを取ったかのように偉業を揶揄する。こんな低俗な人間がマイクを握り、読み物を書く。聞かされ、読まされるほうはたまったものではない。こんな不快な奴が電波を使うことが許されるのだろうか。
 それに比べて、ウクライナの若い選手の正義感はどうだ。同じように肉体の限界に挑んだがゆえに出てくる言葉に世界中が共感したのではないか。僕は、スポーツマンのほうがはるかに正義感が強いことに大きな懸念を抱いた。このような低俗な人間が、低俗な趣味の代弁者としてメディアの手先になっている。恐らく金をはじめとする不純な動機でつまらないものを書いているのだろう。日本の滅ディアも同じだ。気持ち悪いくらい権力に擦り寄り、腰巾着として生きていくことが出来る人間の就職先が滅ディアだ。
 貧民窟と隣り合わせの宴。貧しき知性と隣り合わせの宴でもある。


2016年08月11日(Thu)▲ページの先頭へ
山の日
 カレンダーに載っているてことは去年から決まっていたことなんだ。春にかの国の娘達とスケジュールを話し合っていたときに次女が「山の日に会いましょうか」と提案した。僕は「そんな日はないよ。海の日だよ」と当然のように訂正した。そして海の日に会ったのだが、本当に山の日があるとは知らなくて、全く迂闊だった。昨日僕は山の日があるってことに気がついたのだが、今度会う時には必ず謝らなくてはならない。
 カレンダーに休みの日が載っていてもそれが何の日か考えたりはしない。だから当然今回も調べなかった。昨日インターネットに「山の日の経済効果が6500億円」とか何とか出ていたので、それで知った。ただ、何故今日が山の日なのか知らない。昨日ではいけないのか、明日でもいけないのか。誰がどのような発想で決めるのか知らないが、これもまた経済のためなのか。
 実は僕は薬大生の頃、山の神様と呼ばれていた。長距離マラソンは苦手だから箱根駅伝のことではない。山が大好きで、岐阜にいた5年間定期的に登った。結構険しい、命がけの山だった。集中力を切らさずに一歩間違えば人生を失うくらい危険な山だったし、実際に何度も人生を破滅に導かれそうだった。よくも無事に今薬剤師をしているのだと思う。山で全てを失いそうになったと言えるし、山に救われたとも言える。
 僕が山に登るのはいつも決まっていた。大学だから各学年の前期試験と後期試験、そして僕がもっとも忙しい追試の時だ。優秀な人間は追試の時は暇だったが、僕は一年で一番忙しい時期だ。そして山登りもその頃に集中する。
 授業には出ない、優秀な友人はいない、ノートを譲ってくれる先輩も留年して同級生になっている。最悪の環境の中で僕が出来ることは、数少ない資料の中から「山」をかけることだけだった。365日のうち330日くらいは遊んで、その残りの日々は、懸命に山をかけそれだけを覚えた。分析化学も生薬学も薬理学も、山、山、山、山。山が命、山こそ全て。
 山の日を設定したのが優秀な官僚だから今頃にしたのだと思う。もし当時の僕みたいな低空飛行で苦しんでいた官僚がいたら、山の記念日は当然7月か2月か3月に設定するだろう。そしてそれぞれ、小山の日、中山の日、大山の日と命名しただろう。


2016年08月10日(Wed)▲ページの先頭へ
 岡山大学の処方箋が出回り始めたのが、岡山県の処方箋時代の幕開けだろう。当時処方箋を調剤したことがなかった薬局がほとんどだったから、どの薬局もうろたえた。うろたえまくった僕も二人のパート薬剤師を雇った。家庭にいったん入り、子育てが順調に行きだしたから又現場に復帰したい女性薬剤師だ。また雑務をこなしてくれる女性も欲しかった。そんな頃患者としてやってきた若い女性が、とても印象がよかったので、それが治癒した頃働きに来ないかと誘ってみた。落ち込んだが故の症状だったが、そこから脱出したときの彼女は、とても好印象だった。照れ笑いを浮かべ、シャイではあったが、人に好感は持たれると思った。僕が人をお願いするときの一番重要なポイントをその女性は備えていた。もっとも、それだからこそ何かを客に売りつけると言うことは一切出来ず、働いていた何年間で一つの薬も推奨したことはないだろう。ただ、それは2人の薬剤師も同じことで、2人とも数年間で誰かの病気を治したこともなければ、健康のために薬を勧めた事もない。要は僕の薬局では誰も薬の推奨をしなくていいって事だ。何人スタッフがいたとしても、結局は僕が応対し薬を決めるから、薬剤師は薬を作ってくれればよかったし、スタッフは僕の事務作業を助けてくれればよかった。
 彼女が結婚して辞めてから10数年が経つと思うが、今日思いがけなく訪ねて来てくれた。「分かりますか?」と言いながら入ってきてくれたので余計分かった。当時も下の名前で読んでいたので「〇〇ちゃん?」と反射的に名前が出た。小学生2人のお母さんになっていて、筋骨たくましく見えた。聞けばそういった種類の職業についていて、体つきがとてもがっちりしていた。嘗てと同じようにシャイながら笑顔を絶やさずに30分くらい話をした。えてして、嘗て働いていた所とはいい関係は作りにくいものだが、この女性は、わざわざ訪ねてくれたことで、又嘗てと同じように接することが出来たことで、まずまずの評価をしてくれていたのだと思った。十分なことをして上げれたのかと、折に触れて後悔とともに思い出すが、こうして訪ねてくれるからには珍しく及第点だったのかと安心した。
 思えばこうした人たちに、転換点では大いに助けられた。分業が始まったとき、僕の漢方薬を当時働いていた薬剤師がインターネットに載せて多くの県外の人達に飲んでいただくようになったとき、市民病院の牛窓分院が処方箋を発行するからそれを受けてくれと頼んできたときだ。3回とも助けられたメンバーは異なるが、家族だけではとてもこなせなかった。多くの助けを借りて何とか要望に応えることができた。手伝ってもらった分のお返しが出来ただろうかと折に触れて思い出すが、一番悔やまれるのは、誰もがスキルアップしていないと言うことだ。昔ながらの薬局は、来る人を治さなければならない。そのためには漢方の知識と、処方に結びつける情報を如何に患者さんから引き出すかと言うテクニックが必要だ。これができる人を今だ見たことがない。長い間勉強している人でも、この技術は身についていない。はったりをかます似非相談薬局の口達者とは眞逆だが、真剣に人様を助けようと思うことが出来れば問診術は身に着く。教科書には出ていない、自分で身につけなければならない技術だ。
 よほど良い縁があって、そうした技術を伝えられる人が来てくれれば別だが、個性と言う名である時を持って一瞬にして消え去るものなのだろう。そうしてみると、残すことが出来るものなど何もなくて、残す価値があるものも何もなくて、庶民などと言うものはやがて野の水に帰るのだろう。


2016年08月09日(Tue)▲ページの先頭へ
集団
 いいことか悪いことかわからないが、最近家族を伴って相談に来る人が増えた。夫婦であったり、親子であったり、孫を連れてくる人だったり、様々だが、見ていてなかなか羨ましい。そうした人たちのほとんどはかなり深刻な病気で、僕を奮い立たせてくれる。
 そうした人たちを見ていると、ありきたりな表現だが家族愛を感じる。家族が愛で結ばれている事が分かる。まるで僕が育った家や、育てた家とは違う。家族と言っても色々な力学が働いていて、それぞれなんだとつくづく思う。そしてどれがいいのかはわからない。一人が心地よくても他の人間が居心地悪ければ、良い家族とは言えない。
 多くの健康面での災難を抱えた家族の愛を見せられて思ったことは、僕が育った家と僕が育てた家はともに、愛で結ばれたものではなくて同じ目標で結ばれた職業集団だってことだ。
 両親は正月も休みなく、朝7時から夜の9時まで働き続けた。薬局を休んだのを見たことがない。二人は80歳を過ぎるまで休日をとらなかったと思う。要は一生働き続けたのだ。それで5人の子供を大学に行かせた。両親はもちろん子供達も、薬局を維持するためにいわば一丸となっていた。親にどこかへ連れて行ってもらったこともないし、一緒に何かをしたこともない。ただ3食食べさせてもらって、迷惑をかけないように子供だけで時間を過ごした。親に何の要求もしなかった。
 そこまで極端ではなかったが、僕の子育ても同じようなものだった。父の時代、薬局は販売業だったが、僕は漢方薬を中心に「治す」薬局を目指した。勉強で日曜日出かけることはあったが、子供とどこかに行くというのは、結局僕もほとんど経験させてやらなかった。息子と娘は、それぞれ友達と関係を築いて勝手に育ったようなものだ。結局は薬局を維持発展させるために一丸となっていただけだ。だから僕の2代にわたる経験からすると、我が家は家族一丸となって目的を遂行する職業集団でしかない。それがいいとか悪いとか出なく、染み付いた生き方だった。
 息子が来月出て行く。同じような職業で一部協力し合っているが、会話は実務的なもの以外ほとんどない。娘夫婦とももう数年一緒に仕事をしているが、薬剤師同士の会話以外ほとんどない。ひとつの目的を持った単なる職業集団だ。
 最近の日常に追われた日々を振り返って僕はこのことに気がついた。確実に両親から引き継いで、確実に次の世代に渡した。クール過ぎたかも知れないが、他のパターンを知らなかった。


2016年08月08日(Mon)▲ページの先頭へ
組み合わせ
 僕は高校2年生まで文系を志望していたが、薬局を継ぐ人間がいなかったと言う理由で急遽薬学部を受けることになった。もし進路変更をしていなければ、訪ねてくれた二人の青年のように京大を受験していただろう。(合格するかどうかは別にして)進路変更にも、その後の挫折にも未練はないが、こうした出会いがあると、何もむきになって頑張らなくてもよかったんだと思える。この年齢になると自分の学歴なんかに興味はなくなるし、その無意味さにも気づく。
 過疎地の空き家について研究している京大の大学院生2人がある人の紹介でやって来た。今まで借り手について調べていたが、今回は貸し手について調べたいのだそうだ。2時間くらい質問攻めにあったが、果たして役に立てたかどうかは分からない。何せ僕はかなり特異だと思うから、参考にはならないのではないか。僕は借り手の職人か芸術家か分からないような人物の人柄に惚れて「住んでもらった」のだから。よそにも候補地があるというからその場で貸すことを決めた。家賃は要らないし、屋根も南海沖地震のために、軽いスレートに治してあげた。そこまでして牛窓に住んで欲しかったのだ。
 質問に答えたり、脱線した会話の中で、さすが京大と言う驚きはなかった。彼らがうまく爪を隠してくれていたのか、あるいはこちらが年相応に知識や経験をつんできたから、偏差値の高さでは驚かなくなったのか、何処にでもいる青年と、どこにでもあるような会話をしただけのことだ。それよりも後輩に当たる方の肩幅が異常に広かったので「何かスポーツをしているの?」と尋ねると水泳をやっていると言っていた。京大、水泳、肩幅、この組み合わせは面白かった。


2016年08月07日(Sun)▲ページの先頭へ
花火
 牛窓町が瀬戸内市に合併され、程なく市からの援助が止まりそれまで何十年続いていた花火大会が消滅しそうになった。そういったときに有志が集まり「花火打ち上げたい」をもじって「花火打ち上げ隊」というのを作って自前の花火大会を守り続けている。詳しいことは知らないが、市からお金や人員が期待できないから、自分達で寄付を仰ぎ、自分達がスタッフになって頑張っているみたいだ。僕は元々花火に興味がなかったので、毎年背中を花火に向けてテレビを見ていた。
 有志たちだからおのずと資金やスタッフ数に限りがあり、打ち上げられる花火も従来からはかなり少なくなったような気がしている。会場に行くには薬局の前を通らなければならないから、人気ぶりも交通渋滞の加減で分かる。やはり渋滞もほとんど気にならないくらいになっていた。ところが今年は、打ち上げられる2時間くらい前から薬局の前を通る車の速度がかなり落ちていた。そして1時間前には歩行者に追い抜かれるくらいのスピードだった。
 今年も背中で花火の音を聞くだけのつもりだったが、妻がかの国の女性を会場に車で運んで、迎えに行かなければならないが、恐らく車を駐車するスペースがないから、一緒に来て女性達を探してと言われた。そこで10数年ぶりに会場に行ってみた。あれだけの車が運んだ人たちを何処に収容して楽しんでもらうのかと思っていたら、市場のそばにある大きな桟橋がメインの観客席になっていた。桟橋だから海に当然突き出ていて、100メートルくらい沖の堤防から上げられる花火が真上に見える。音もその距離だから大迫力だ。僕はその雑踏の中でかの国の女性達を探したが、暗いのと、人が多すぎることですぐに諦めて花火を楽しむことにした。特別きれいな花火が上がったときに、声援と拍手が起こることを初めて目撃した。花火評論家を気取った酔客がやたら褒めていたのにも遭遇した。
 僕はこれだけ多くの花火を打ち上げるお金がよく集まったなと意外だったが、恐らく長年の努力を評価されて、市からの援助が出たのではないかと思う。それとスタッフの中に市の職員もいた。同じ日の同じ時間に岡山市の花火大会もあるのに、これだけ多くの人を引きつけるのは何故だろうと考えた。岡山市に比べれば圧倒的に少ない観客、沖の堤防から打ち上げられる花火を真上に見られる(かの国の女性達が首が痛くなったというほど)広大なエスイーシの会社の跡地を駐車場として開放しているから車で会場まで来ることができる。ヤマト薬局がある。
 僕は花火打ち上げ隊の中心人物を知っているが、自分の事業だけでなく、ふるさとの役にたとうと言う心意気に感服する。ほうっておいても膨張する大都会とは違って、危機感しか糧になるものがない田舎では、華の都大東京のように雄弁詭弁の人間はいらない。


2016年08月06日(Sat)▲ページの先頭へ
瀬戸際
 7月10日に投開票された参院選大分選挙区で当選した民進党現職らの支援団体が入居する大分県別府市の建物の敷地内に、同県警別府署員が選挙期間中、隠しカメラを設置し、人の出入りなどを録画していたことが、3日分かった。カメラの設置は無許可で、建造物侵入罪などに該当する可能性があり、県警の捜査手法に批判の声が出るのは必至だ。県警によると、カメラを仕掛けたのは別府署刑事課の署員2人。同署が設置を決め、場所は同課で判断したという。

 牛窓に帰って一番に親しくなったのは同じ年頃の警察官達だった。当時の薬局が警察署と100メートルくらいしか離れていなかったので、何かにつけて若い警察官が寄り、すぐに親しくなった。当時はちょっとしたことはほとんど薬局の薬で治していたから、来店頻度は高かった。おまけに夜勤がある職業だからドリンク剤などが重宝していたし、頭痛薬などが必需品だった。親しくなるにもほどがあるくらいの親密さで、僕は警察署の野球部に属して、一緒に練習をするくらいだった。又ある時は運転手代わりに飛騨高山の先輩に会いに行くのに付き合ってくれたりした。時には食事をともにし、すねに傷を持っている人たちと偶然鉢合わせになり、直接警察官を接待することが出来ないから居合わせていた僕の子供にお小遣いをくれる輩にも遭遇した。とにかく牛窓に帰って、仕切りなおしの僕には、かけがえのない仲間だった。そのうち段々と年齢を重ねるにつれ、まるで青年のような付き合い方はできなくなったが、なんとなく警察官とは今でも親しい。
 そんな中で上記のようなニュースを聞くと寂しくなる。僕は彼らがそんな仕事をして欲しくない。僕は牛窓の中でしか彼らの仕事ぶりを見ることは出来ないが、警察官を悪く言うような人はいないし、尊敬もしている。そんな彼らに、人間関係を壊すような命令を出して欲しくない。戦争中の特高警察のイメージを何十年も掛けて払拭し、尊敬され信頼され親しまれている関係を、一部の特権階級の利益のために壊したくない。今までのように庶民に味方する、庶民を悪から守る人たちであってほしい。理不尽な命令を出す奴らこそ、摘発する集団であって欲しい。70年懸命に積み重ねてきた信頼関係を一部の得するやつらのために壊さないで欲しい。二度とあの頃には戻ってはいけないのだ。
 このままでは早晩、北の将軍様や、近平糖やプー沈と同じ欲望を持った奴をのさばらせてしまう。警察官にも子供や親やいとこや姪や甥もいる。御近所さんもいれば友人も居る。恐ろしい世の中に自分達が率先してしないで欲しい。失うものがないくらい失った時代はついこの前なのだ。そんな時代にしないで欲しい。上記のようなニュースに触れると、いよいよ民主主義の瀬戸際だと思う。


2016年08月05日(Fri)▲ページの先頭へ
華政
 ついに見てしまった。あれだけ決意して朝の1時間を有意義に過ごそうとしていたのに、ほんの少し油断して、ある場面が目に入ってしまったばっかりに、そしてそれが不幸にも僕が一番好きなタイプの話の展開だったから、もうだめだ。3日目から見始めたのだがもう虜になってしまって、寝る前から楽しみにしている。そして今では最初の2回を見なかったことを後悔している。
 韓国ドラマが旨いのは「絞め殺してやろうか」と思う様な悪人が次から次に出てきて、主人公を痛めつけるところだ。その主人公を応援するものだから、悪人がいつかやっつけられるのを楽しみに待ち続ける。何週でもいい、いじめられればいじめられるほど主人公と同化する。特に今回は前回のトンイと全く逆で、王女が奴隷まで落ちてそこからまるで男のように這い上がっていく物語だ。前回は賎民のトンイが王妃になった。韓国の女優はまるで男のように、それも虐げられた階級の男のように力強く権力に刃向かうのをとても旨く演ずる。仮に、整形手術できれいな顔に作り直していても許す。
 僕が水戸黄門や韓国の時代劇が好きなのは、きっと殺してやりたいような悪の塊みたいな奴が最後にそうなるからだ。青春時代から、実社会で悪の塊みたいな奴等こそいい目をするのを見ていて、そしてそいつらが法の裁きを受けない仕組みを見続けさせられていて、劇中でそれを疑似体験し溜飲を下げたいためなのだ。「この紋所」でも「おおさま〜」でもいいから悪が滅びるのを見たい。


2016年08月04日(Thu)▲ページの先頭へ
先行
 製薬会社のあるセールスが、対面に腰をかけ、いつものように新しい情報をくれようとするのだが、やたら片一方の目に手をやる。瞼は腫れて赤くなり、痛々しい。涙もしばしば出るみたいでやたらハンカチで拭う。違和感を持ってしばし眺めていたが、本人が理由を打ち明けてくれた。
 熊本地震があって間もなく現地にボランティアへ行ったらしい。現地は僕らが想像している以上に悲惨らしくて、彼曰く「ニュースなどの映像で流してはいけない区画がある」らしいのだ。彼が僕に嘘を言うのはかなり勇気がいることで(薬のセールスが嘘をついたりすると取引はすぐに中止になる)恐らく見聞きしたとおりを僕に教えてくれたのだろう。こちら側はニュースで流してもいいが、あちら側は止めてくださいと言われるほどの、あまりにも悲惨な光景が広がっていたのだそうだ。「あんなものではないです」と何度も繰り返したからよほど悲惨な光景だったのだろう。
 そんなまだ混乱しているときにある感染症にかかり、数日後家に帰ってから40度の熱と戦ったらしい。何日後かにやっと熱は引いたけれど、それから片一方の目が、涙が止まらなかったり痛かったり、散々ならしいのだ。当然眼科には通っているが、思うように治ってくれない。最初にかかった医者からは免疫が落ちていると言われたらしい。完治しないのに、県外を車で営業に回るのは大変だろう。恐らく彼のように現地で体調を崩す人も多いのではないか。
 ボランティアに慣れているような口ぶりだったが、その経験が今回は生かされなかったくらい現場は過酷だったのだろう。「元気でないといけませんね」と反省とも後悔とも聞こえるような言葉を口から出していたが、気持ち先行の世代に差し掛かったことを彼も気がついたのかもしれない。それでも彼は立派だ、現場に立っている。一回りくらいの歳の差の僕だが、僕が彼の年の頃には、既に気持ち潜行状態だった。


2016年08月03日(Wed)▲ページの先頭へ
期間限定
 やっぱり もう重症ではない!と思えました。先生と話が出来て帰りは最高でした。忙しいのに本当ありがとうございました。先生は僕でなくても誰かに話を聞いてもらえばいい…って言いますが私は先生だから意味があるんだと思います。今まで先生のところにお世話になる前は内科 心療内科 産婦人科 色々 行っても自分はこんなに体調が悪いのに大した事ないみたいに言われたり,、毎回 毎回 つらくて変わらない症状を必死で訴えてるのに、なんの説得力もなく薬をもらうだけで帰りには自分は治るのか?大丈夫なのか?こんな薬飲んで大丈夫なのか?治す為の薬が不安材料になる!って安心させてもらうどころか不安ばかりでした。どんどん症状がひどくなってどうしたらいいのか…もう精神的にも体調的にも限界でした。そんな時ネットでみつけて先生の所に行ってみよう??と思いました。最初は先生のところまで行く自信がなくて電話でした。電話で初めて話をして…親切に対応してもらい、すぐに薬を送ってもらい、もしかしたらこの先生だったら治るかもしれない??って先生と話をする事で希望が持てました。この気持ちにさせてもらったのが本当に嬉しかったし救われました。最初の頃 本当にしんどかった時でも他の病院と全く違って先生と話すと今までどうしたらいいか絶望的で苦しんでた自分でも治るかもしれない??大丈夫なんだ??って思わせてくれて帰りには希望と安心が持て また回復に向けてガンバローって自然と思わせてくれます。私にとってはこれが先生と話す事の意味だと思います。最近は特に先生と話をするとき緊張も減って自分が出せるようになったのも大きいかもしれません。それに友達じゃ 心配はしてくれてもこの安心と希望が持てないんだと思います。また明日から私なりに頑張ってみます。希望と安心に感謝です。

 若い時にも色々考えていたのだと思うが、この歳になっても心は揺れ動くものだと知った。年齢を重ねれば、多くを経験しどっしりと構えておれるのかと思っていたが、意外や意外、心はもろいものだ。つい最近たどり着いた「話し相手がいない病」のジャンル分けも、上記のメールを頂いてから揺れ始めた。話し相手は僕でなくてもいいと言う結論だったのだが、正に現在進行形の方から、文章で冷静に指摘されると考え直さなければならないのかなと思う。
 僕は皆さんとどんな会話をしているのかほとんどノーマークだから分からない。その時々は懸命に話している。ただ、説得なんかではない。説得は不可能だと長年の経験で悟った。教訓は自分自身が何もつかんでいないから口から出ない。病態について少し、薬について少し、後は日常誰とでも行きかう言葉を往来させているだけだ。口から出しただけ人は楽になるから、多くを喋ってもらうが、僕も楽になりたいから多くを喋る。しいて言えば、目の前の人に楽になってもらう唯一の目的を達するために、僕は期間限定の友人になっているのかもしれない。ただちょっとだけ漢方薬に詳しい友人ではあるが。



2016年08月02日(Tue)▲ページの先頭へ
格言
 僕より一回り以上歳が大きい女性が、僕より一回り以上歳が小さい息子さんの相談に来た。息子さんにガンが見つかり、既に転移もしているらしい。最初の病院にかかったときにはグレーゾーンだったのか経過観察で、その後正式に診断が降りたらしい。本人の落ち込みようは相当なもので、母親もまた打ちひしがれている。ただ、母親の本性だろう、息子を守るために懸命に努力を始めている。
 僕の父の代からずっとヤマト薬局を利用してくれている人で、僕がガン患者さんのために漢方薬を作っているところも何度も見ていた。だから、迷わず相談に来てくれたのだが、母親と言うものを余すところなく見せてくれる。何度も「私が代わってあげたい」と繰り返した。ガンの漢方薬は決して安くはないが、ためらうことはなかった。長寿の国では、親が長生きをするから、逆さ仏になる確率も高い。順番ならまだ諦めもつくが逆は親にとって一番つらいことだ。
 子が親の相談に来ることは、実は意外と少ない。老人のトラブルは、多くは単なる衰えの場合が多い。それにいちいち病名を当てはめて、治そうとするのだが、老いは治らない。それだからか、或いは親子関係がこの国では崩壊しかけているからか、クールなものだ。親を思ってつれてくる人はそれだけでたいしたものだが、子が親のためにお金を出すのはほとんど見た事がない。貯金や株は高齢者が6割以上所有しているから、親が出すのは分かるが、経済的に余裕がなければ親孝行も中途半端になるのか。
 金は天下を回らないもの。そろそろ格言を変えるときだ。


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■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
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