栄町ヤマト薬局 - 2016/07

漢方薬局の日常の出来事




2016年07月31日(Sun)▲ページの先頭へ
判断
 その言葉を思いついて指を折ってみたら、すぐに両手では足りなくなった。そのくらいこの言葉が正しいのではないかと言う裏づけだ。
 弱肉強食そのものの現代社会のせいか、精神病薬をやたら飲ませる現代医療のせいか、それとも僕が同様の素質を持っていて理解しやすいためか、長い歳月をかけて、心のトラブルの患者さんがヤマト薬局には増えた。自律神経の乱れが原因のトラブルを含めると、もうほとんどの人がその範疇に入ってしまう。ただ僕のところに来てくださり、僕の漢方薬を飲んでくれる人にはそれ以上はという境界線がある。頼ってきてくれる人のほとんどは病院で治らない人がほとんどだから、全ての人のお世話をしそうだが、そこは専門家ではないから、厳格に守らなければならない限度がある。
 躁の患者さん、これは僕らには手に負えない。逆に自殺志向の患者さん、これも論外だ。この2つは理解してもらえるが、問題は次。笑えない、笑わない人も、たかが漢方薬局がお世話すべきではない。僕らの実力(武器)では手に負えない。逆に一瞬でも問診中に笑う人はむしろ漢方薬のほうが適していると思う。最初は頑なに垣根を作っている人でも、打ち解けてくるとよく笑う人、この人たちは単なる「話し相手がいない病」ではないかと思うようになった。僕と話していると、何処が病気なのと確認したくなるくらい楽しんでくれる人が結構いる。わずか薬局にいる数十分のうちに劇的に変化するので、家族の方が毎週連れてくる人も数人いる。僕はそうした人には1週間分しか薬を作らないことにしている。以前は家族には手に負えないくらいだった人も、近所でも評判のよい人に復活した人もいる。一杯話をして、精神病薬を徐々に減らして、漢方薬で心身ともに強くする。それで元気な頃に戻った人も多くいる。
 つらいこと、苦しいことが続けば、心は落ち込み自律神経は乱れ病気のようになる。ただ多くのそれは命を守るための防御反応だ。だからそれを個別に薬で攻めるのではなく、体も心も元気にするような生薬を服用してもらうと元に帰ることを多く目撃した。身を守るために当然起こるべき反応を病気にしてしまうと、本質を見失ってしまうような気がする。
 こんなことを考えたのは、今日母を見舞っているときの静寂の中でだ。山を背に丘に立てられた特別養護老人フォームからは眼下に僕が嘗て過ごした田園地帯が見下ろせる。時折り車が通るがその音は聞こえない。聞こえるのはただ1つ蝉の声だけだ。今が盛りにけたたましく鳴き続ける。運よく雲に太陽の光をさえぎられていたので、1時間くらい広いグランドを何週も車椅子を押して回ったが、ある木の下に来れば突然に鳴き声が大きくなり、ある木の下では小さくなる。何も話さない痴呆の母と、気のきいたことが言えない息子との沈黙の時間だった。しかし、とても心が休まった。普段患者さんと1日中喋っている僕には至福の沈黙の、いや静寂の時間に思えた。けたたましい蝉の鳴き声は、日常から僕を隔離してくれる音のカーテンのように思えた。あの鳴き声がなければ僕は静寂を堪能できなかったと思う。そして僕はそこで確信したのだ。田舎の小さな薬局にしては、そして僕が決してそのような患者さんを標榜していないわりには、難しい患者さんが多い。それなのに今だ僕が精神を普通に保っておれるのは、実はそうした人達を含めて話し相手が多いからではないかと思ったのだ。1日何人の人と、何十年喋り続けただろう。そのおかげで僕は孤独にはならなかった。そして当然孤立もしなかった。
 僕は目の前で、笑いを取り戻す光景をみたいがために毎日頑張っているような気がする。内臓の病気だって、笑って副交感神経優位になれば治りやすいに決まっている。僕ら末端のたかが薬局では、理論を確立する術はないが、長年の経験でたかが「話し相手がいない病」なのに、立派な病名を付けられそれに納得し、不本意な薬を飲み続けている人を沢山見る。来月には恐らく3階が空く。かつてのように、出口をいまひとつ見つけることが出来ない人たちのために、「話し相手がいない病」の人たちのために、開放しようかと考えている。それは自身がこれからどう生きるかの判断にも影響する。このまま能力が維持できる間は薬剤師で生きるか、それとも体力が残っている間にかの国に行き、自分が一番苦手な「ボー」として1日を無為に過ごすことに挑戦するか、それともタレントになって白痴集団の中に入るか、それとも政治屋になって、貧乏人を大量に作って金で操れる飼い犬にするか。 判断を迫られている。


2016年07月30日(Sat)▲ページの先頭へ
解釈
 奥さんが、「又、ヤマト薬局に行って漢方薬をもらってきたら!」と言ってくれたらしい。さて、この優しさをどう取るか。
 半年くらい仕事が原因でウツウツとしていた。集中力がなくなって、以前は家に持って帰ってやっていた仕事が全く出来なくなった。そのせいで家でもイライラして、懸命に抑えている。だから夜横になっても寝ているのか寝ていないのかわからないくらい眠りが浅い。当然朝は疲れが取れていなくて、仕事に行くのに気合がいる。営業に回る車の中で落ち込んでいらぬことばかり考えてしまう。
 こんな症状が1週間の漢方薬で8割くらい改善した。その後もう一度1週間飲んで完治した。ところが昨日やって来て又症状が復活したみたいで漢方薬がいるらしい。その時に彼の口から出たのが冒頭の言葉だが、本当に彼の体調を心配してくれているかもしれないし、家で不快そうな雰囲気をかもし出されたら「うっとうしい」からかもしれない。ひとつの言葉を二通りに解釈できる。ご主人のことを本当に心配したのか、あるいは自分のことを心配したのか。自分のことを心配した場合でも、同じフレーズだと言うのが悩ましい。
 ただこの場合は、世の常とは逆に本当に御主人の体調を心配してくれている。彼のウツウツの表情に時々笑顔が混じるのだ。元々柔和な表情なのだが、笑顔が又いい。心から笑っている。こうした方は奥さんから疎まれにくいだろう。家庭と職場が現代人の一番のストレスの場所。生真面目にその場所を往復している人にとっては交感神経が休まる暇がない。
 アクセルにいつも足を載せている人にブレーキを教える。ブレーキを踏んでばかりの人間には、アクセルを教える。薬局って自動車学校か。


2016年07月29日(Fri)▲ページの先頭へ
尊厳
神奈川県相模原市の障害者福祉施設で19人が殺害された事件で、容疑者の男が今年2月に措置入院をしていた時、「ヒトラーの思想が2週間前に降りてきた」と話していたことがわかった。

たった一人の、それも本来無力な人間でもヒトラー化すると、こんな悲惨な事件を起こす。それではこんな男が2人揃えば、3人揃えばどのくらいの悲惨な事件を起こすのだろう。
 こんな男が政治の舞台にいたらどうなるのだろう。80年前のドイツの悲惨な歴史を繰り返すだろう。こんな男を二度と輩出しないために世界は英知を絞ったが、時代とともに奴等の凶暴さを忘れるみたいで、世界各地でヒトラーもどきが出現している。プー沈、近平糖、エルドギャング、獅子、そしてアホノミクス。
 無教養の沸騰が奴等を崇める。そしてあの日の施設の悲惨さの天文学的な倍返しに合う。そして又息も絶え絶えから這い出すのか。なんと惨めな繰り返し。そんな歴史と一瞬でも交錯したくない。尊厳を奪われ牛や馬のようにこき使われたくない。
 ヒトラーは既に降りてきていたのだ。


2016年07月28日(Thu)▲ページの先頭へ
織田信長
 目の前で大人が泡を吹いて倒れたら慌てるだろう。そんなことに遭遇した翌翌日に話してくれたから、そんなには驚かなかったのかもしれない。ただ、同じテーブルを囲んでいた人だったみたいだから、そのことには驚いたみたいだが。それから何をどうしたのか分からないが、救急車を呼んで搬送してもらったことと、1人の男性がすぐに近寄ってきて「私は医者です」と言って手伝ってくれたことを教えてくれた。医者はそういった場合は必ず救命処置をしなければならないと決められていて、傍観したりその場を離れたりすることは許されない。だからその男性も忠実に決まりを守ったのだ。
 癲癇の既往がない人が泡を吹いて倒れたときには、多くの場合脳の中でよからぬことが起こっている場合らしい。その人の場合、脳の動脈瘤が破裂したらしい。しかし幸運にも翌日には意識が戻っていたと息子が言っていた。食事をとっていたところが市の中心部で、基幹病院への搬送も随分と早かったのが幸いしたのだろうが、どうして翌日のことまで息子が知っているのかとそちらのほうが気になる。
 成人した子供と一緒に暮らすのは何かと気苦労が多い。全く違う人格を持っているから100%自由だし、事実僕もそうしてきた。子供としての僕も自由だったが、親としての僕も自由を与えていた。ところがふとしたことで同居になったのだが、見なくてもいいものが目に入ってきて、僕が結構大切にしていた自由を侵しそうになる。理屈では完全に理解しているはずのものが、感情に追いやられそうになったりする。その都度自分との葛藤が起こり辛くなる。幸い、来月出て行くそうだから僕の信念を自分で放棄することから免れそうだ。軒先を貸しているツバメのように本能だけで子供を育てていた頃が懐かしいが、いったん巣立ってからは本能とは逆を通さなければならない。理解はちゃんと出来ているのに実践は難しい。そのことを、この3年間に勉強させてもらった。この本能に対しての対応の変化を心理学では本能寺の変と言う。


2016年07月27日(Wed)▲ページの先頭へ
手玉
 3つの分からないがある。
 以下のような案内が頻繁に入る。もう10年くらい前に辞めた薬剤師が僕の薬局のインターネットに関しては担当してくれていた。田舎でひっそりと漢方薬を勉強していた薬剤師を、外部に紹介してくれたのはその薬剤師だ。その薬剤師が働いてくれていた頃、楽天か何かにヤマト薬局の名前を載せていたのを覚えているが、ほどなく自然消滅したのだと思う。ところがいつの間にか、その薬剤師宛のこのような案内が来るようになった。薬剤師の名前をどのようにして知ったのだろう。僕の名前なら分かるだろうが、なぜインターネット部門を担当してくれていた薬剤師の名前が分かるのだろう。
 もう1つの分からないは、何故僕が何度メールを送られても開封しないことがわかるのだろう。僕は元々無関心だし、インターネットの操作があまり分からないので、何度送られてきても一度も開いたことがない。そのことがどうして彼らには分かるのだろう。最近僕も被害にあったが、勝手にウインドウズ10か11か12か知らないが、それにパソコンを書き換えられて、大切なものを失いかけたことがあるが、それと同じようなことが出来、いやそれ以上のことが出来、こちらは丸見えなのだろうか。僕が日々書いている文章も実は丸見えで、今の政権を楽しむ会の人たちにとっては要注意人物のリストに載っているのだろうか。
 最後の分からないは、以下のメールを何度も迷惑メールに指定しているのだが、迷惑メールのところに収納できない。いつも健全なメールとして送られてくる。僕にとっては健全でなく、迷惑そのものなのだが、どうして迷惑メールの設定にしても迷惑メールとみなされずにすり抜けてくるのだろう。インターネットなどプロ、或いはお宅と素人では圧倒的な理解度の差があるから、素人など簡単に手玉に取れるのだろう。手玉どころか、財産や命まで簡単に取れるのだろう。
 新幹線を歩いて追っかけているような僕らをクリック1回で削除できる奴等が、大手を振って歩き始めている。
 

「一度ご開封をお願いします
以前よりDeNAショッピングのご連絡をさせて頂き本当にありがとうございます。
弊社は創業より、ネットショッピングモールを運営しており、
貴社がスマホでの販路拡大をお考えであればと思いメールを送らせていただきました。
ぜひ出店をご検討頂けないでしょうか!」


2016年07月26日(Tue)▲ページの先頭へ
解決方法
 ある癌を患っているおばあさんの相談を受けた。既に4回手術を受けている。手術を4回も受けているって事はすぐに亡くなる様なものではないような気もするのだが、そこは80歳を過ぎているから詳細な情報はつかめない。膀胱の手術だと言うから僕はポリープのような気もするが、ポリープという言葉に反応しないから違うのかもしれない。最後の手術は全身麻酔だったというから、だんだん悪性になっているのかなと思う。まあ、こうして想像をめぐらすしかない。色々問診して情報を集めているときに面白い話を聞いた。
 おばあさんは癌が小さくなったり、進行を遅らせてもらえることを僕に期待していた。当然僕に言うくらいだからお医者さんにはとうに同じことをお願いしている。さすが昔の女性は今と違って、御主人に迷惑をかけたくないのだそうだ。だから自分は元気で長生きをしておじいさんの世話をしなければならないと強く思っている。その願いを聞いた医者がおばあさんにその問題の解決法を教えてくれたそうだ。「あなたがおじいさんより早く死ねばいいんです。そうしたらおじいさんに迷惑をかけなくてすみますよ」有り難い助言としておばあさんは「受け取れるか〜」
 この会話を交わしてから当然おばあさんは医師と意思疎通が出来なくなった。やり場のない不安感で僕を頼ってきたのだと思う。この話を聞いて医師っていい職業だなと思った。こんな暴言を吐いても患者さんがまだ来てくれるのだから。薬局だったら即、選択肢から外される。教育環境が整った世界に隔離されるがごとく受験競争を勝ち抜いてきたせいで、人間力競争のスキルは育たなかったようだ。こちらのほうの力こそが救うことが出来る人が多いのに。関東のほうでとんでもない事件が起きた。弱いものをまるで虫けらのように痛めつける。国が堂々とやっていることを、庶民がまるで模倣するかのように実行する。取り返しがもうつかないところまで来ているのかもしれない。


2016年07月25日(Mon)▲ページの先頭へ
連帯感
 さらっと聞き流したが、やはり確認してみたくなって、聞きなおした。
 ある体調不良で相談に来てくれた人だが、2週間で効果の兆しが見えていることで安心して、2度目の来店となる今日は、話が随分と早くから脱線した。僕の薬局では日常繰り返されている脱線だ。これがJRなら倒産しそうなくらい脱線続きだが、僕は薬局だから脱線で倒産はしない。ただ、脱線しすぎで信用は随分と失っているかもしれない。今日の脱線は、病気を治すために運動をして欲しいというところから始まった。たったそれだけですむ内容なのだが、運動を継続するのは難しいという話で、時々踊りに参加しているから、それで運動の代わりになるかって話しだった。踊りにも色々あるからどんな踊りか尋ねたら盆踊りだった。盆踊りだったらこの時期だけと思ったが、練習だから年中らしい。そして僕がさらりと聞き流してもなお聞き流せなかったのがその時に言われた言葉だ。「手をつなぐから、今時、ちょっといやなんですけれどね」
 「盆踊りで手をつなぐの?」僕らの子供時代には部落毎盆踊りは盛大に行われていて、一杯踊りは見てきたけれど、盆踊りで手をつなぐのは見たことがない。「それ、フォークダンスではないの?」と誰でもが思いつく質問をした。「マイムマイム ベッサッソンではないの?」と懐かしいメロディー付で繰り返してみたが、そうではないらしい。「盆踊りで手をつなぐのがあるんですよ」と真顔だ。病気の話そっちのけで、初めての知識に小躍りだ。なんでもないことだが、そうした初耳に素直に感動できる自分がありがたい。何かにかこつけてその日その日を肯定し続けないと、気力も体力ももたないから、日々の小さな感動はありがたいのだ。
 この女性はそれこそ20年か30年前に漢方薬を飲んでくれた人だ。まだ僕が漢方薬を勉強し始めの頃だ。当時未熟ながらもよく効いたみたいで、今回再び頼ってきてくれた。僕と同じように年齢を重ねているのが又嬉しい。同じ時代をそれなりに懸命に生きてきたんだと、僕の勝手な連帯感を押し付けている。


2016年07月24日(Sun)▲ページの先頭へ
分譲地
 何故か知らないが、玉野市は県南なのに山が険しい。同じ県南の牛窓みたいに、丘と呼ぶほうがふさわしい景色ではない。母の施設に行く道中も玉野市に入るとすぐに切り立った山間を抜ける道になる。くねくねと曲がった道を渓流もどきと並行して走る。
 今日、毎週日曜日恒例の玉野詣でだったのだが、道中明らかに一区画が変化していたので目に留まった。道路沿いにピンクののぼりが3本立っていて、その様子からすぐに分譲地だと分かる。案の定スピードを落として通り過ぎると、夢何とやら分譲地と言う看板が見えた。聞いたことがある会社名だったように思う。今まで何十年その道を通ったが、そこが更地になっていた記憶はない。だから古い家を壊したか、雑草を刈ったかして突然現れた土地だと思う。50坪あるかなしかだと思う。元々狭い道と渓流もどきに山が迫っているところ。もしかしたらその昔山を削って作った土地かもしれない。その証拠に山側は、石崖になっていた。それも結構荒い石崖だから、中からマムシでも出てきそうな雰囲気だった。ここに家を建てれば雨の日には避難しておかないと怖いなと、直感で分かる。時速30kmくらいに落として横目で見ただけだが、マムシと土砂崩れ、その二つを連想した。
 一体こんなところが売れるのだろうかと人事ながら心配になる。売る方も売る方だが、買う方も買う方だ。何を気に入って売るのか買うのか想像がつかない。もしそこに近い将来家でも建っていたら、こんなことを言った責任を取って僕はジャニーズに加わる。
 日本中で何百万の家が空き家になっているらしいが、そんな時代に崖の下に家を立てる必要があるのだろうか。南海沖地震でもくれば裏山が崩れそうだ。いつ何が起こっても不思議ではない時代とは、正に現在のことだ。戦争も大震災も経験することなく安全な時代を幸運にも生きることが出来た僕らは幸せだ。でも、それはもう終わった。大災害が日常茶飯事のように起こって、沢山の命や財産や、子供達の将来が奪われている。戦争もアホノミクスでは起こりかねない。
 はためくピンクの宣伝文句。売れればいいでは夢の文字が泣く。


2016年07月23日(Sat)▲ページの先頭へ
現在進行形
 最初にやって来たのは2月だから、まだ半年は経っていない。ただ、きっちり2週間毎に来るから、薬局の1つの風景になっている。彼が来た理由は、10年来の心臓の異変だった。平生でも脈が早く打ち、なんとなく胸の辺りが不愉快らしい。坂道を登るのがしんどくなり、最近では仕事をするだけでも胸のあたりが苦しくなるみたいだ。顔を一瞬見ただけで、大酒のみってことが分かる。そのせいでもあるのか黄班変性症も患っていた。僕より2歳上だから、それらの症状があっても不思議ではないが、酒がどのトラブルにも影響しているのは分かる。ただ、顔色がくすんでかなりしんどそうなのに僕のところにやってくるのは、病院にかかって酒をやめるように言われるのがいやで、病院に行けない人だからだ。案の定、この男性も僕に治してくれって頼みこむ。狭心症か心筋梗塞か、何が待ち受けているのか分からないが、酒を飲みながら治してくれってことなのだ。
 こんな小心にして大胆な患者は僕は得意としている。酒は今までどおり飲めばいいから、僕の漢方薬も欠かさず飲んでもらうようにお願いした。すると2週間目には心臓の苦しさが変わってきて,仕事がしんどくなくなってきた。そして来るたびに顔が白くなり、背筋も伸び若返った。本人も満足がいく体調だった。ところが今日は「疲れが取れない」と珍しく訴えた。処方に反映してくれってことなのだ。頼まれたからには何とかしてあげたいから問診を始めた。すると、前の土曜日から日曜日に掛けて、しまなみ海道の生口島に釣りに行ったらしいのだ。生口島まで車で行き、そこから船に乗るらしい。そして夜を徹して釣りを楽しみ翌日帰って来たらしい。
 実は同じ日僕は、岡山市に出かけ、その後玉野市に行った。たったそれだけなのにぐったりとした。そのことを例に出して「メチャクチャ元気ではないの!」で済ませた。単純明快、薬はいらない。飲むんだったら僕の方だ。がっかりしたのか安心したのか帰ろうとして、これから「かまぼこを買って帰る。牛窓に来る度に買って帰るんです」と言った。僕の薬局から車で5分くらい走ったところに那須かまぼこと言う老舗があって、そこの昔ながらのかまぼこを買って帰るらしい。なんでも県北の有名な凱旋桜を見に行ったところでわさびを買ったらしい。そして家の庭に植えたら、4本が立派に育ち、那須かまぼこを食べるときに添えるととても美味しいらしいのだ。「本当の酒飲みは立派な肴は食べん。かまぼこくらいなもんですわ」と照れる。自分で育てたわさびでかまぼこを食べ酒を飲む、大酒飲みには至福の時間なのだろう。
 ところで最初にやって来たときは軽四トラックだったのだが、その次からは似合わないくらいの高級車でやってくるようになった。いや、顔からどす黒さが消えて、今にも倒れそうな様子がなくなれば、むしろ高級車のほうが似合っている。桜を見に行くなどと最初の時点で聞かされていたら、笑い転げそうだが、今ならなんとなく腑に落ちる。外見で判断したらいけないが、職業柄、健康度で人を判断することを許して欲しい。血液の滞りを改善し、血液の質自体も改善すれば、人が変わる。そんな興味深い体験を現在進行形でしている。


2016年07月22日(Fri)▲ページの先頭へ
3原則
欧州心臓病学会は現在、冠動脈疾患患者への長期スタチン治療ではLDLコレステロールの目標値を70mg/dL未満とすることを推奨しているが、至適値は実際にはもう少し高いことが新たな研究で示唆された。研究者らは、これらの結果は「2次予防においてLDLコレステロール値がより低いことがすべての患者にとってより好ましいという一律な原則を支持するものではない」と記している。一番伝えたいのは、「“lower is better”という考えはすべての患者に対して容認すべきではないということだ」と述べた。

環境省は22日、東京電力福島第1原発事故で発生し、千葉市が保管する指定廃棄物7・7トンの指定解除を、同市に通知した。全国初のケースで、放射能濃度が基準を下回った廃棄物の指定を解除し、一般ごみと同様の処分を認める国の新ルールに基づく手続き。環境省は4月末に放射性物質汚染対処特別措置法の施行規則の一部を改正。放射性セシウム濃度が基準値(1キログラム当たり8千ベクレル)以下と確認された指定廃棄物の指定解除が可能となった。これを受け、千葉市は新港清掃工場(同市美浜区)で一時保管している指定廃棄物(7・7トン)の濃度を再測定。8千ベクレル以下であることを公表し、先月28日に指定解除を申請していた。

 この二つの数字に平凡であるはずの一日を台無しにされた。上はあいもかわらずのコレステロールの値。下はあいもかわらずの放射能の値。金と権力を握っている奴等にとっては、数字など何とでも自分に都合の良いように書き換えられるってことを表している最近の出来事だ。
 コレステロールは体の中の重要な物質を作る材料になるから、チョイ高めが一番元気で長生きってことは最近わかってきた。もっとも僕は20年以上前にそうした学術発表を聞いたことがあるから、厳密には最近初めて現れた知見ではない。コレステロールの推奨されるべき値をだんだん下げてきたから、そのたびに患者が増える。例えば100にしていた上限を90に下げれば、一晩で患者は何十万人も増える。それを繰り返していくから、元気な人まで病人になり、不必要なコレステロールの薬を飲まされる。かくしてこの国は1億高脂血症時代だ。血液ドロドロ時代だ。製薬企業や病院はたまらんだろう。国が勝手に患者を作ってくれる。雇われ学者は次に下げる理由を懸命に考えているだろう。
 放射能の値は、嘗ては恐らく0、〇〇小数点の世界だっただろう。福島の事故の後、犯人達の身の安全をはかるためにとんでもない値を許容できる値と決めてしまった。恐らく福島の前までの値に比べれば10万倍くらい放射能濃度の物を口にするってことだ。生ゴミや缶と同じようにごみ収集車に集められ町中を走り回るってことだ。そうすれば埃となって町中をさまよい、結局は人が吸い込み、体からちょっとやそこらでは出て行かない。その間毎日朝から晩まで、レントゲン撮影をしてもらっているようなものだ。そんな度胸がある人がいるのか。レントゲンを内蔵しているようなものだ。
 お上や政治屋の言うことはまず信じない。テレビコマーシャルはまず信じない。アホコミの言うことはまず信じない。全うに生きていこうと思えばこの3原則は必須だ。


2016年07月21日(Thu)▲ページの先頭へ
君臨
 昔の薬局は、毎日やってくる人が何人かいた。そのほとんどはリポビタンを飲みに来る人で、1本飲んですぐ職場に急ぐ人もいれば、10分も20分も話し込む人もいた。1年364日(僕は牛窓に帰ってから10年くらいは元旦しか休まなかった)同じ人と会話をするのだから、会話力は鍛えられた。少しの出来事でいくらでも会話をすることが出来た。もちろん多くの知識も得た。
 この男性もその中の一人だ。珍しく立派な肩書きを持っていた。飲むドリンクもさすがに高額なものだった。肩書きは家の中でも通用するみたいで、奥さんや子供に対して君臨していた。平気で家族を人前で馬鹿呼ばわりできる最後の世代だったのかもしれない。
 薬局が病院の薬を作るようになって、のんびり世間話が出来る時間や雰囲気がなくなって、「毎日組」は次第に居場所を失って一人もいなくなった。遊びのないハンドルの様に薬局の中も随分と無機質になった。その男性は、ヤマト薬局でしか手に入らない薬を必要としたときだけやってくるようになった。もっとも牛窓にある会社を定年退職したから、用もないのに岡山市からやってくるのも無駄足だ。年に1度か2度の来局でもなんとなく様子は分かる。リタイアしても嘗ての栄光は維持していた。ところが数年間顔を見せなかった。
 昨日久しぶりにやって来て分かったことだが、自身の癌の発症と、奥さんの死に見舞われて、あまり外出しなかったらしい。最近になって心の喪があけたのか以前のように外出は出来るようになったが、ゴルフ三昧も、自身の所有する船での釣りもやめたらしい。年齢も重ねてすっかりお爺さんになって、以前の勢いもない。柔道で鍛えた肉体も見る影がない。今は自称「独居老人」で自炊をしたりスーパーで買ってきたものを食べたりしているらしい。職業柄付き合い酒も多かったが、誘ってくれる人もいないし出かける体力もない。自慢の庭も、植えていた木が大きくなりすぎて、3メートルの脚立でも届かない。もっとも怖くて脚立にも上れない。先日訪ねて来た息子さんが、「庭が汚いから、ブルできれいに整地しよう」と提案したらしいが「わしが死ぬまで待ってくれ、わしが死んだら更地にしてくれればいいから」と待ってもらったらしい。家族に「何ぬかす!(なんてことを言う」が口癖だった面影はない。
 久々に自虐ネタで話が盛り上がったが、やはり僕は薬剤師だから薬局を出て行くときには希望を持って出て行ってもらわなければならない。そこでお別れを言って出て行くその男性に優しく声を掛けた「〇〇さん、絵に描いたような不幸じゃが!」


2016年07月20日(Wed)▲ページの先頭へ
一喜一憂できるようになりましたかね。
一喜十憂の貴女をこの半年見てきましたから、肩の力が抜ける一瞬がどれだけ貴女を解放してくれるでしょうね。
職業柄、それと年齢を積み重ねてきた分、多くの人の人生を見てきました。
本当に恵まれすぎている人、本当に恵まれすぎない人、そして禍福をあざなえる縄のごとく暮らしている人。
自分の立ち居地でそれらの風景も移ろいます。
「人生って疲れるから未練なく終えられるのかなあ」
最近しばしば僕の頭によぎる思いです。
自分なりに頑張った、その挙句の感慨です。
あなたはまだまだ現役。荒波に翻弄される姿が見えます。
でもそれは今の僕に感想を述べさせていただけば、幸せの風景でもあるのです。
貴女には愛情を注ぐことが出来る対象がいる。
それに勝る生きがいを僕は知りません。
もう数年の間で世の常のように、その生き甲斐からも身を引かなければならなくなります。
時には帆を揚げ、時には帆を降ろし、貴女の船が水平線の彼方まで進んでいくことを願っています。
ヤマト薬局


2016年07月19日(Tue)▲ページの先頭へ
成長
 僕が牛窓に帰った頃には、近所に協和カーボンと言って大きな工場があったから、多くの労働者が通勤するのが見えた。その後その会社は斜陽になり工場は閉鎖された。それに替わるように2社が牛窓に進出したが、薬局があるところとは遠いので通勤している姿は見えない。労働者が門の中に消えていくような光景は長いこと見ることはなかった。
 そんな頃と言っても10年位前にはなるが、同じ作業服を着て同じ帽子をかぶり、同じマスクをして1列になって自転車をこぐ若い女性達が時々目に付くようになった。その人たちが2社のうちの1つの工場で働いている外国の人たちというのは風の噂で聞いていたが全く興味はなかった。ただ若い、いかにも労働者ですと言わんばかりの人の姿を見るのは過疎の町に希望を感じさせ心地よかった。その程度の関心でいたある日、時々目にしていた集団が薬局に入ってきた。体調を壊して薬が欲しかったのだが、通訳だと言う女性の日本語の質に驚いた。病気の相談そっちのけで何故そんなに日本語が上手なのか尋ねた記憶がある。彼女達もそうなのだが、日本人はシャイでなかなか話しかけてくれなかったところで、僕が興味津々で話しかけたから驚いたみたいで、その後何度も訪ねて来る様になった。後に分かったのだが、彼女は特別優秀で、漢字がない国の出身者にしては珍しく日本語能力試験の1級を所持していた。そこらあたりの日本人よりはるかに漢字を知っていた。僕のアジア人に対する先入観を一瞬のうちに壊してくれた人だった。
 彼女の通訳のおかげで。他の女性たちとも話をするようになって、彼女達が現地の日本の工場で選抜された人達だと知った。3000人の中から日本に行くことができる人が選ばれるのだが、さすがに性格や体力や道徳観が優れている。僕は幸運にも3年ごとに交代するその人たち全員と接することができたから、良質の交流が出来ている。この良質がなければ今の関係はありえない。今や、かの国の人たちが日本で犯す犯罪率が一番だと聞いて、なるほどなと頷くような光景を最近目撃することが多くなった。何でもかんでも招き入れた挙句が、ヨーロッパやアメリカだ。庶民が招き入れたのではない。安い給料で雇い大もうけが出来る鬼業家がたくらんだことだ。成長成長と馬鹿の一つ覚えのように今だ唱える奴等に良質な社会など無縁だ。身も心もずたずたのこの国の人間をこれ以上作ってどうする。ボーダーラインからも遠ざかるような人生を誰が強いる事ができるのか。


2016年07月18日(Mon)▲ページの先頭へ
射程内
 かの国の女性は総じて少食だ。この2人もそうだ。なのに、僕より速いスピードでどんぶり物を平らげた。僕が慣れないナイフとフォークで苦戦していたこともあるが、僕より早く食事を終えるのを今まで経験したことがない。もっともホテルで、どんぶり物を注文するのも珍しい。今日会いたいと言われたことと関連があるのかと思い、懸念を切り出してみた。「元気でやっている?」
 4月に専門学校に入学してから、今日が初めての休みだったらしい。平日は学校が終わり次第、介護施設で2時間アルバイト。週末は朝から晩まで同じ介護施設でアルバイト。向こうから連絡してきたと言うことは恐らく僕に何か要求があるのだ。僕と会うという口実で特別休みをもらったらしい。授業料などを施設に援助してもらっているから、国家試験に合格し、卒業後は働きながら返さなければならない。日本語のハンディーを覚悟で介護の学校を選んだが、疲労のために勉強がはかどらないみたいだ。ただし、これは弱音ではない、2人の覚悟にはいつも驚かされるくらいだから。
 相談事は何か内職が出来ないかというものだった。内職と言う日本語を知っている事が危機感を感じさせる。学生ビザで来日している人はアルバイトの時間が決められていて、それを超えることはできない。だが、決められた範囲の稼ぎでは生活が成り立たない。どのくらい食事代にまわせれるのか尋ねてみたら、月2万円らしい。僕はそれがどのくらいのレベルか分からないのだが、健康保険代の12000円や家賃を合計すると、確かに切り詰めざるを得ないし、切り詰めようもないのかもしれない。
 経済まではかかわるべきではないと思っていたので、この内容は初耳だった。ただ、心に温めていたことがあったので提案してみた。「お父さんの家に来て、一緒に暮らす?」
 と言うのは、息子が来月家を出ることになって、3階が以前のように空くことになったのだ。息子が帰ってくるまでは、多くの過敏性腸症候群の若者が泊まりに来ていたが、この3年間それは途絶えた。ところが来月からいなくなる事を聞いて、すぐに僕は漢方薬を飲んでくれている人たちに再び開放しようと考えた。そしてその延長で2人に部屋を開放しようと考えついた。そして今日2人の話を聞いて、単刀直入に提案した。当然彼女達は喜んだ。
 その後母を施設に訪ね、2時間くらい母の相手をしてくれた。新しく始まるかもしれない生活に思いをはせながら楽しい会話が続いたが、帰路、車から降りるときになって2人が真顔で話しかけてきた。2つの気がかりを正直に僕に伝えたのだ。1つは、家族全員に快く迎えてもらいたいこと。僕が立場を利用して独断しないでくれってこと。もう1つは、今は時々会ってよい面ばかり見せ合えるから幸せだけれど、一緒に暮らし始めると欠点が見えてつらくなるかもしれないこと。外国語でよくそのことを表現できたと思うが、その懸念を持てる2人の人格を又評価した。
 2人は僕にとっての次女、三女。「お父さんは今まで〇〇ちゃんと〇〇ちゃんの世話をしてきたけれど、お父さんやお母さんはこれから歳を重ねていくから今度は2人がお父さん達の世話をするかもしれないんだよ。それでもいい?」と尋ねると「そのために介護の学校に行ったんです」と答えた。そうか僕も妻も「射程内」か。


2016年07月17日(Sun)▲ページの先頭へ
誕生日
 自分のはいや、家族のは流れで、他人のは興味なし。「これ、なーんだ?」カルタなら一瞬の神業芸で取っているだろう。それは誕生日。
 そんなに冷めた僕なのに、よりによってお祝いをしてくれるとかの国の女性達が言うから、約束の時間に大きく遅れて寮に出向いた。いつもは閉じられている玄関のドアが開いていて、二人が外で待っていてくれた。そして案内されて中に入ると、暗い部屋から一斉にクラッカーの破裂音がした。そして日本語でけたたましく「おめでとう」の合唱が響いた。恐らく近所の人は驚いたと思うが1分間くらいの出来事だったので許してくれたのだと思う。
 長いテーブルの上に一杯の果物や手作りのスイーツや料理が並べられていた。僕を入れて19人だが、見ただけで食べきれるとは思えなかった。作りすぎとすぐに気づく料理は、かの国では当然のことらしい。お祝いのときは食べきれない量を並べるのだそうだ。何度も「もったいない」を繰り返す僕に何度も「モッタイナクナイ」を返してきた。
 食べ物を口にしたときに、大音量で音楽が流れ始めると、かの国のこっけいな踊りが始まった。いつ練習をしていたのだろうと考えてしまう。そもそも僕の誕生日ってことも言っていないのにどうして知ったのだろうと、そこから不思議だ。若い女性が18人も集まると、会話も笑いも機関銃どころではなく、大砲のように飛び交う。以前から請われていた「なだそうそう」をギターで歌ったときにも、最初は一緒に歌っていたが、途中からは、歌声はもちろん、ギターの音も聞こえなくなるくらいお喋りが盛んになり、「聞かないなら、頼むな!」と言いたいくらいだった。そして何より驚いたのは、3曲くらいギターで歌ったのだが、勝手に傍に来て数人が踊りだすのだ。もっとも日本語が分からないから仕方ないが、僕が歌っていたのは例えばこんなフレーズの歌だ。「歩き疲れては夜空と陸との、隙間にもぐり込んで、草に埋もれては寝たのです 所かまわず寝たのです・・・・」や「ある日街を歩いていたら 年寄りの労務者が 倒れていた 冷たい歩道に仰向けになり 一晩以上もそのままらしい 労務者とはいえ 人一人死ぬ・・・」
 陽気なくせにシャイ。シャイなくせに陽気。どちらが正しいのか分からないが、これだけは言える。誰もが義理でそのパーティーに出席してくれているのではない。僕の誕生日を心から祝ってくれていたのだ。一人ひとりの表情がそれを物語っていた。国を離れている彼女達にとって、擬似父親である僕に今だ経験のない誕生日をプレゼントしてくれた。職業以外のところで、存在を喜んでくれる人たちがいることはありがたい。


2016年07月16日(Sat)▲ページの先頭へ
感受性
 今の薬局を建てたとき、2階で友人が喫茶店をするために外階段を作った。外階段と言っても、建物の中に全て隠れるから雨風は当たらない。その階段を上がった所に踊り場があって、今年初めてツバメが巣を作った。ここならカラスを防ぐことは出来そうだ。ただ、蛇なら上がってこれる。だから娘達は蛇対策をしていて、その甲斐あって5羽の雛が元気に育っているらしい。親が餌を持って帰ったときにけたたましく雛が鳴き声をあげることで分かる。
 薬局の入り口の上には違うツバメが巣を作っていて、ここは常設だ。ほぼ完全なカラス対策が施せたから、やっと安心して、子育ての全ての過程を楽しめるようになった。そうしたおかげなのか、最近ツバメが我が家に沢山やってくる。彼らの親類かご近所さんか分からないが、沢山のツバメが高速で我が家の周りを飛びまわり、時に家を1周したりする。それも数羽が競い合うように飛び回る。早朝モコと駐車場にいると、1メートルくらい離れたところを飛んで行ったりする。僕達が無害だと分かったのだろうか、羽のない動きの鈍い安全パイだと認識したのだろうか。そして飛び回るとさすがに疲れるのか、壁にある突起物、例えばすだれを止めるためのフックやクーラーの排気栓などに止まる。多いときには9羽そろって止まっていた。気がついたのだが、早朝は主に建物の西側に、夕方は建物の東に止まる傾向がある。暑いから日陰を狙っているのだろうか。
 こうした何気ない発見、たいしたことでもなく正しいかどうかも分からないどうでもいいことに喜びを感じたりする。年とともに鈍くなりそうなのに、どうも感受性が増しているような気がする。年齢とともに必ずしも衰えるものではないと今は断言できる。ただそれは自然に対しての感受性であって人工的なものに対してではない。理解と言う作業を伴う人工的なものに対してはさすがに若い人には劣るのかもしれないが、恐らく解釈なら負けない・・・・なんて、競っても仕方ないか。


2016年07月15日(Fri)▲ページの先頭へ
本当
 これは止まらない。途中で防ぎようがない。全く途中がない。気がついたら床に倒れていた。0.何秒の世界だ。崖から転落などとニュースで目にするが、同じようなことだと思う。ただ崖などでは高さがあるから恐怖を感じる時間があるはずだ。どれだけ恐ろしいだろう。僕は現場に立つ前にそんなことを考えてしまうから高いところは苦手だ。
 ただ昨日のことはそんな場所ではない。薬局から裏の事務室に移るために段差があるのだが、トイレに行く通路も段差の上になる。いわば交差点で左折する時に、道路が高くて交差点自体は低くなっている理屈だ。高さはわずか20cmくらいだ。本来なら直角に高いところから高いところへ無意識のうちに移動するのだが、昨夜は何がどうしたのか、足を踏み外してしまった。妻が僕のカレンダーを見ながら15日のところにある印について尋ねたから答えようとして足場のことを考えなかったのだろう。運の悪いことに僕はモコを左わき腹に抱えていた。そして床に激しく左側を打ち付けて倒れたのだが脇に抱えていたモコを手を伸ばして、自分の体の下敷きにすることだけは防いでいた。そしてミニチュアダックスという特長を生かして、何とか手でモコが床に落ちるのを防いでいた。すぐそばにいた妻はさすがに驚いて大きな声で叫んだ。「モコ、大丈夫?」
 モコはすぐに僕の手から離れて元気そうに尻尾を振っていた。まるで遊んでもらったかのように喜んでいた。自分はと言うと、床に当たったほうの腰が少し痛かったが、大事に至らずにすんだ。こんなことで骨折したり、神経をやられたり、不都合が起こることは多い。僕もかなり年齢を重ねてきたので、転倒には気をつけていたのだが不覚だった。結局僕のダメージについては一度も声を掛けられなかった。これが本当の「本末転倒」


2016年07月14日(Thu)▲ページの先頭へ
殺伐
 僕が牛窓に帰った頃は、牛飼いは沢山いた。どうして牛窓で乳牛を飼う家があんなに多かったのか知らないが、結構な戸数があったと思う。牛を飼っている人が買い物に来ると独特の臭いがして、職業を聞かなくても分かった。僕はその臭いは彼らの勲章だから全く気にならなかったが、自分の臭いを気にしている彼らのほうが嫌そうだった。
 市民病院の分院が廃止され、老人達は隣町の病院に行かざるを得なくて、不便を強いられている。無能な為政者は、弱者に犠牲を強いることしか発想できない。国も地方も同じだ。老人達は不自由な体で懸命に通院している。
 85歳になるこの女性もその中の1人だ。痛む足でバス停まで歩き、1時間に一本のバスに乗り病院に行く。帰りはそのバス停ではなく、2つ乗り越して僕の薬局の前のバス停で降りる。調剤がすんだら、息子さんに電話をして、迎えに来るのを待つ。薬局の中でいつ来るかわからない息子さんを待っている姿が痛々しい。邪魔にならないように静かに待つ。どなたに対してもすることだから特別ではないのだが、美味しいお菓子とお茶を出してなるべく気兼ねなく薬局の中におれるように演出する。用事が済んでも留まり続ける事に気兼ねしているのは痛いほど伝わってくるので、なるべく自然な形でいてもらえるようにスタッフにお願いしている。
 若いときにはどのくらいの身長の女性か分からないくらい腰は曲がっていて、やせて筋肉も落ち、歩くのも不自由、腰掛けて待つのも辛そうだ。なかなか息子さんが迎えに来なかったので、少し雑談をした。
 薬局で薬を受け取って帰り、食事を済ましたら牛舎に出るそうだ。そこでどんな仕事を担当しているのか分からないが「助けてやらにゃあいけん」と言っている。牛飼いの仕事内容がどんなものか想像がつかないから、腰が二重で、体重が30数kgの老婆に出来る仕事があるのかどうか分からないが、助けなければと言うくらいだから担当している仕事があるのだろう。
 冷蔵庫を開けて、牛乳パックから直接冷えた牛乳を喉に流し込む。暑い日に、その爽快さは格別だ。ただその爽快さを与えてくれる陰には、こうした老婆の存在が沢山ある。決してスマートな人たちの集団で僕達の命や生活が保証ざれているのではない。土になり、潮になり、風になった人たちの懸命の営みで僕らは養われている。そのことが想像できないから今の世は殺伐としているのだ。


2016年07月13日(Wed)▲ページの先頭へ
逆転
 青い空、青い海、緑の岬、白い砂浜、カヤックが一艘。それだけが映っているきれいな1枚の写真とともに、とんでもない事実を知らされた。知らないところでどうしようもない奴がどうしようもないことをたくらんでいる。全て金のため。多くの人間に苦痛を背負わせても違法でなければお構い無しだ。
 奄美大島に持ち上がった22万トン巨大クルーズ船寄港地建設計画によると現在建造中で2018年完成予定の世界最大級のクルーズ船が上海から九州に向かう途中で奄美に寄港する計画らしい。そのために奄美大島の浜に350mの桟橋を建造し、中国人観光客のために〇〇半島はテーマパークにするという。寄港を予定しているクルーズ船は、乗客が中国人5,400名(乗組員2,100名)で寄港日は建設予定地にいる人の半分以上が中国人になるらしい。
 この計画に反対しているグループの人によると、建設予定地とその周辺地域は”今の奄美が好き”な地元住民や観光客の憩いの場で静かな生活環境が人気のエリアらしい。僕はその反対者が言っていることで一つ気になることがある。「中国人の観光地”のイメージがつくと、日本人観光客や日本人移住者は必ず減少します。差別的な考えではなく、島の規模と対応力の問題です」この文章の中で差別と言う言葉の使い方だ。中国が世界で第2位の経済力を持ってきた時点で、日本人が差別をすると言える立場にはない。もはや彼らが日本人を差別する時代なのだ。日本人の意識の中にあるのは差別ではなく、嫌悪とか恐怖ではないか。個人の人格に対してのそれか、或いは集団としてのそれかは個人的な体験によると思うが、僕は中国人に対して差別なんてのはおこがましくてもう日本人には使えない言葉になっていると思う。既に立場は逆転したのだ。いや、昔に戻ったのだ。
 「 一部の業者のメリットが、その他大勢のデメリットの上に成り立つような計画はやめるべきです。」今の住みにくい社会を作ったのは、そう一部の大規模な業者なのだ。それが末端の零細業者まで波及したからもうブレーキはかからない。自分の企業の生産性を上げるために日本人を雇わずに、安い外国人を無尽蔵に入れてきたツケを、庶民が払っている。大金持ちの隣に彼らは住まないが、庶民の隣には住む。良質な人たちを選別して受け入れるのとは程遠いことが進行してしまって、取り返しがつかないところまで来ている。
 「この計画でブランド力がつくのは会社だけで、奄美のブランド力は低下します。」それはそうだろう、誰が好んで中国人だらけのところに行くだろう。ビックカメラに行っただけでもうんざりするのに。国民の意思とはまったく無関係に、政治屋と鬼業家が密室ですべて自分達の都合の良いように決めていく。いい人間を演じさせられて、大切なものを失わないようにしなければ、いつでも逃げれる奴らのために、失えないものまで庶民は失ってしまう。



2016年07月12日(Tue)▲ページの先頭へ
重み
 「こちらでは旧盆に向けてエイサーの練習のため、あちこちから音楽が聞こえてきて夏本番という感じですよ・・・」
 漢方薬の注文のメールに何気なく添えられていた文章だ。「あちこちからエイサーの音楽が聞こえる?そこは天国か?」と尋ねたくなる。僕はエイサーの演奏はまだ実際には聴いたことがない。インターネットで時々探してみるが、見つからない。僕は太鼓を打ちながら、足を大きく外に振る動作が好きだ。いつ誰が考えたのか知らないが、なかなかユニークな動きだ。少年少女が足を大きく上げ踊りながら太鼓を打つ姿はこっけいと言うかほほえましい。本土の和太鼓のように、寸分の狂いもない仕草や音を求めるようなことはなく、ゆっくりとした動きとおおらかな太鼓の音が沖縄の人たちにふさわしい。太鼓1つとっても本土との明らかな違いが、かの地がもともと独立国であることを示している。誰にどんなメリットがあって今のような関係になったのか知らないが、もったいないと思う。独自の言葉や文化がまぶしい。そしてうらやましい。いくら物を追求しても所詮刹那的なもの。悠久の歴史が積み上げてきたものとは重みが違う。大切に大切に、これからも伝承して欲しい。
 


2016年07月11日(Mon)▲ページの先頭へ
右往左往
〇〇さんへ
もう10年位前になるでしょうか。
薬剤師2人が急に辞め、娘夫婦もまだ帰っていなかったとき、2ヶ月の間、大げさではなく1日18時間くらい働きました。
今5人でやっていることを妻と2人でやったのですから当然でしょう。
その挙句が、パニックの発症と不明熱でした。車の運転はもちろん、薬局の前の僅か数メートルの道路を歩いて渡るのも怖かったのです。
時間をかけて、その後ほとんどの不都合(僕は自分では病気とは思っていません。頑張った挙句の苦しすぎる勲章でした)を克服しましたが、唯一残っていたのは瀬戸大橋を車で渡ることでした。
フェリーが大好きだから、残していても別に困らないのですが、心にひっかかるのがいやで克服したいと思っていました。
そこで最近挑戦しようと思って2度敢えて利用してみました。
きっかけは、僕の同級生で昔番長みたいだった人が買い物に来て話したとき、
瀬戸大橋を渡るのが怖くて時速40kmくらいしか出せないと言ったのです。
なんだ、あんな人でも怖いのかと思って、それでは僕も勇気を出して克服しようと思ったのです。
1度目は案の定かなり緊張して手に汗を握りました。
2度目はやはり慣れて、手に汗はかきませんでした。恐怖感もかなり減ったと思います。
大人は逃げることも挑戦することも自分の意思で決めることができます。
どちらもひょっとしたら大して差はないのかもしれません。
力んでどちらにしようかと悩むことでもないのかもしれません。
僕も完全復活(瀬戸大橋)まで10年かかりましたが得たものはたいしたものではなかったかもしれません。
みんなみんな悩みながら何とか暮らしているのではないですか?
一人ひとりの人生なんて、地球の営みからしたらゴミみたいなものでしょう。いや、塵かな?
力むほどの価値もないのかもしれませんよ。
当時僕自身のために考えた処方で、同じ悩みの人をかなりの確率で救っています。
貴女も右往左往しながら、結局は新しい貴女になっていくのではないですか。
ヤマト薬局


2016年07月10日(Sun)▲ページの先頭へ
鼓展-2016-
 さすがにこの季節のデッキは気持ちがいい。運よく太陽もずっと照り付けているわけではなかったので、潮風が気持ちよかった。珍しく30分くらいデッキに立ち続けた。色々と形を変える波を見た。前を横切る大きな船や小さな船を見た。浮遊するゴミも見たが、鵜が孤独を楽しんでいるのも見た。遠ざかる高松のビルを見たし、思いのほか船に接近する島々も見た。少しばかり過去も見たが、今日を重点的に見た。明日は見えなかったが、見るほどでもないことを悟った。
 讃岐国分寺太鼓保存会の鼓展-2016-をかの国の女性6人を連れて聴きに行った。香川県で独自のコンサートを開けるのは、この
讃岐国分寺太鼓保存会と僕の大好きな夢幻の会だけだと思う。もちろん讃岐国分寺太鼓保存会には感謝している。ただ1つだけ僕には不満があったのだが、なんとその僕の不満がかの国の女性達には一番受けた。やはり本来的に優しい人は違うんだと反省した。
 讃岐国分寺太鼓保存会では、コンサートの中で必ずある時間を費やして会場にいる子供達を舞台に上げて太鼓指導をするのだ。県外からわざわざ聴きに行っている僕としては、全く無駄な時間なのだ。そんなことをする時間があるのなら、1曲でも沢山聴かせて欲しい。ところが舞台に上がった幼い子供達が指導者の指示に従って、懸命に太鼓を叩き始めると、かの国の女性達が俄然元気になって、拍手どころか声援を送るようになった。6人のうち3人がかの国へ幼い子供を残してやってきているから、子供のことを思い出したのだろう。わが子と重ねたのだろう。優しいお母さんになって声援を送っている光景を見て僕も嬉しかった。来日してまだ3ヶ月の人たちだから、初めての和太鼓コンサートだったのだが、期待以上の喜びように接して僕も嬉しかった。
 デッキは1人でいるのがいい。少し低すぎるかと思える手すりにもたれ、己に不都合な点にも向かい合えるから。
 


2016年07月09日(Sat)▲ページの先頭へ
青春
 このなんともいえぬ心地よい笑顔が、人間が他者との敵対心を取り除くために作られたものなら、彼女のそれは天下一品だ。正面に対峙して体調を聞くのも心地よかった。ただ、そのことが僕の処方に決定的な判断をもたらしてくれ、結果的にわずか2週間でほぼ完治してもらうことができた。
 二十歳を少しばかり回っただけなのに、逆流性食道炎と過敏性腸症候群で苦しんでいた。前者は3年、後者は1年だが、服用している薬が僕には解せなかった。前者は、こんなに胃酸の分泌を抑制ていいの?後者は今日の下痢を物理的に止めて、明日も明後日もまた同じことをするの?と言う疑問だった。逆流性食道炎も過敏性腸症候群も治る治療など全く行われていない。これだと人生の素晴らしい時期を病人のままで過ごすことになる。
 漢方薬のいいところは、今現在の不快症状を取りながら、根本療法もできると言う点だ。これは現代医学と圧倒的な違いがある。現代医学は、不快症状を取ることには長けているが、病気から脱出するのはあくまで本人の残された力頼りだ。その力があれば根本的に治ってしまうが、それがなければなかなか完治しない。漢方薬は自然治癒力を増すような生薬が必ず入っているか、入っていなければ入っているものと組み合わせる。だからわずか2週間で完治した。
 2週間目に薬を取りに来た今日、7割くらい楽になりましたとすぐに教えてくれた。それだけでも嬉しかったが、念のため最初に相談を受けた症状をチェックすると全て治っていた。「治っていますね」と自分でも驚いた様子で訂正した。恐らく自分でこんなに早く治ると思っていなかったのではないか。そんな表情をしていた。いやひょっとしたらもう治らないのだろうかと諦めていたかもしれない。
 同じ県内の人が牛窓方向に来るのは難しい。いかにも田舎に行く方向だからだ。ほとんどの需要は県の中心部に向かって満たされるから、逆方向に勇気を振り絞ってきたのかもしれない。「あなたの笑顔はとても素晴らしいけれど、その笑顔のために、沢山の気持ちを押さえ込んでいるのではないの?」と僕が質問をした瞬間涙が溢れた。勇気を出して田舎の薬局に相談してくれたこと、僕に全てを悟らせる涙を隠さなかったこと、その二つが彼女の青春を取り戻した。


2016年07月08日(Fri)▲ページの先頭へ
案内状
「ジガク」「ジガク」と言う単語が飛び交うのだが、何の意味か分からないから話についていけなかった。年中行事の牛窓北小学校の保健委員会でのことだ。何でもそのジガクとやらで、児童に負担がかかり、宿題や遊びの時間がとられて良し悪しだという親の意見だった。僕はもちろん、医師も歯科医師も助言を目的で招かれているのだが、飛び交う言葉についていけないようでは存在意義がない。そこで僕がその「ジガク」たるものが何か尋ねてみた。すると出席していた先生が教えてくれた。ジガクとは自学という字を当てるそうで、なんでも自分でテーマを決めて家で勉強をすることらしい。多くの児童が宿題に時間をとられ、その上になお自分で決めたテーマについて調べなければならないから、大変なんだそうだ。ある子はその自学を熱心にやるし、ある子は限界説を唱えて旨く距離をとっているらしい。
 出席していた医師は、大学院で教えていたときに、何を勉強していいかわからない若い医師が多くて困ったから、そうして積極的に勉強する習慣をつけさせることは必要だと意見を述べていた。僕は、むしろ逆で、「多くの若者から、健康や人生相談みたいなのを受ける機会が多いけれど、気になるのは頑張らなかった人よりも、頑張った人のほうだ。児童が自学とやらに負担を感じているのなら、距離を保つのも必要。頑張った子が負担に耐えれなくなったときに起こすのがジガクテロだ」と答えた。
 来年はきっと僕には案内状が届かないだろう。


2016年07月07日(Thu)▲ページの先頭へ
説得力
 2件も続いたら言わなければならない。その道のプロではないから、どれだけの説得力があるか分からないが、親しい人がそうしたことにみすみす遭遇してしまうのを見るのは心が痛い。特に僕の薬局は、来てくれる人のほとんどが、ごくごく普通の人でそんなに経済的に恵まれているわけでもなく、トラブルを解決できる肩書きを持っているわけでもないから、予防できるなら予防したい。
 1人は若い女性、1人は僕ら世代の女性だが、2人とも安定剤を数種類飲んでいた。若い方でも3年、古い方は10数年。「効いていたの?」と二人に事故後尋ねたが、どちらも「分からん」と答えた。効果が分からないのに飲んでいるのが共通点だ。若い方の事故の大きさは本人から直接聞いていないからわからないが、母親は漠然と「大事故を起こした」と教えてくれた。古い方はよほど無念だったのか、かなり具体的に教えてくれた。朝出勤しているときに、居眠り運転でガードレールに突っ込んだらしい。運悪くそのガードレールが私有地のものだったので、自分の車代、ガードレール代を全部自費で支払ったらしい。若い方は夜勤明けで仕方ないかもしれないが、古い方は出勤途中で何故あそこで急に居眠りに襲われたのか分からないと言っていた。まるで意識を失ったかのようでしたと表現したから、睡魔のようなのとは違っていたのかもしれない。自分でも分からないと何度も繰り返していたが、こっちは余計分からない。
 薬の注意書きに「車の運転や機械操作に気をつけるように」とこの種の薬には書かれてあるが、車の運転を止めて生計が成り立つ人など少ないだろう。所詮無理な注文なのだ。もっともああいう風に書いておけばいざ何かあったときに、責任は免れる。患者を守っているのか自分を守っているのか分からない。事故を起こしたら、その個人の責任。製薬会社や医療機関が援助してくれるわけではない。起こしたら修羅場だ。個人で奮闘しなければならない。
 僕は経験的に「飲まなくてもいい薬を飲んでいる」人が多いように思う。そんなに薬なしでは生きていけないのかと思ってしまう。どのくらい薬が貢献してくれているか調べないまま、惰性で口から入れている人が多い。製薬会社の長年の努力が見事に花開いているのだ。「薬無しでは不安で不安で仕方ない」ヘビーユーザーを一杯作ることに成功した。同時進行で「薬無しでは不安で不安で仕方ない」ヘビーユーザーも作った。前者はクスリと読み、後者はヤクと読む違いはあるが。、









2016年07月06日(Wed)▲ページの先頭へ
疑問
 なんとなく見覚えのある光景が朝のNHKニュースで写し出されていた。インタビューを受けている若い女性のバックの景色が、正に我が家から車で1分くらいのところにある岸壁からの眺めそのものだったのだ。港を挟んで大きなホテルがあり、そのそばには小学校もある。牡蠣の水揚げに使う大きなクレーンも映し出されていたからもう間違い無しだ。ただそれがローカルニュースの時間帯ではなく、全国版の時間だったから何のニュースだろうと、より興味を持った。
 もう1つ興味をそそられたのは、ニュースの内容を表しているテロップに我が家と同じ名前が出たことだ。あちら様は診療所だから、我が家よりは数段格上だが、同じ名前だと言うだけで親近感を持ってしまう。浅はかなものだが、その診療所の特集を見ていて、同じ名前でよかったと思った。そのくらいその診療所がやっていることに賛同できたのだ。以前から思っていることをプロが実践してくれていると思ったのだ。あながち素人の感じたことも間違いではなかったのだと安心した。
 心を病んでいる人が2週間か4週間、或いはそれ以上の間隔で通院する理由は、病院側にある。そのことに気がついた医師が、患者さんのほうに出向くことにしたらしい。このことはイギリスに留学しているときに学んだらしい。イギリスでは心を病んだ人はなるべく地域に密着して社会生活を営みながら治療していくらしい。〇〇療法士などと言う多くの専門的なスタッフ総動員で患者さんをサポートするらしいのだ。テレビで映されていた光景は正に、患者さんを牛窓に連れ出して自然な景色を堪能しながら心を整える治療の一環だったらしい。
 心のトラブルが、化学薬品で治るのか、僕はずっとその疑問を抱いている。病院の処方箋を受けるときは、それらが多用されていることに目をつむり、漢方の患者さんには積極的に心も治していく。表と裏のように演じ分けている。我が家と同名の診療所が行っているように、積極的に社会と接点を持ち、喜怒哀楽の全てを動員し、嘗てのように生活できるようにならなければ治療とはいえないのではと思う。まるで隔離されたような環境で嘗ての心に戻れるのだろうか。多くの善人とほんの少々の悪人に接しながら、生活の場に戻る、それが治療と言う名に値するのだと思う。コンピューター画面に釘付けの医師に心は治してもらえないような気がする。
 その道の素人が言っても説得力はないが、漢方薬を扱っているせいで多くの心の不調の方と接してきた。おかげでその方面でも結構お役に立てれるようになった。先人達の智恵の深さに驚く。わざわざ牛窓の海を見につれてきてくれたその診療所のスタッフ達の努力や誠意を見習い、田舎に開局しているハンディーを逆手にとって、今まで以上にお役に立ちたいと思った朝のニュースだった。


2016年07月05日(Tue)▲ページの先頭へ
 日曜日の朝6時から教育ラジオで講演会の録音が流れる。今週は南海沖地震についての講演だった。6時を少し回ったところから聞き始めたので、講演者が誰か聞き逃したが、話の導入部分が面白かった。恐らく地震学者だと思うが、その後は緊張感を保って、1時間近く話し続けた。
 この世には3つの坂があるそうだ。その中の2つは見える坂で、1つは見えない坂だと言う。一つ目の坂は上り坂。努力しているときはしんどいが、常に高きに上る喜びは大きい。若者の特権だ。2つ目は下り坂。僕らの世代の宿命かもしれない。惰性に任せておけば自然と下れるから、しんどくはない。その代わり夢も希望もない。ただ下り坂は意外と危険だから目を凝らしていなければならない。そして3つめが「まさか」らしい。このまさかだけは目に見えないから備えることが出来ないと言うのだ。そしてこの「まさか」を聞く機会が本当に増えた。
 このまさかの最たるものが、東北地震の津波だっただろう。あの津波の高さはまさかの極みだ。ただ、福島の原子力発電所の放射能ダダ漏れはまさかではない。多くの人が懸念していた。これはけっしてまさかではなく予想通りなのだ。熊本の地震もまさかだ。地震が少ないと言うことで多くの製造業が進出していた。ポンポン痛いおじいさんが返り咲いたのはまさかだ。ただアホノミクスが憲法を変えたいのはまさかではない。尊敬するおじいちゃんの名誉を回復するためならなんでもする。超ボンボンに政治をやらせたりするから、国民はどんなまさかを次に味合わされるのだろう。ゲリラ豪雨に見舞われた人たちが必ず言う「まさかここら辺りで」凶悪犯罪が起これば必ず言う「まさかこの辺りで」つい最近では「まさかバングラディッシュで」
 講演では無自覚な国民に自覚を促していたが、このまさかに備えることが出来る人はそんなにはいない。天災にも人災にも人は楽観的だ。そうでないとやっておれないから、本来その楽天は身を守る反応かもしれない。まさかをまさか封印したりは出来ないが、まさかが溢れんばかりのヤマト薬局では、まさかを封印して欲しい。来る人来る人「まさかヤマト薬局で治るとは」「まさか漢方薬で治るとは」「まさかヤマト薬局でディーンフジオカに会えるとは」・・・もうまさかにはうんざりだ。


2016年07月04日(Mon)▲ページの先頭へ
闘争心
 学生時代、岐阜市の北端の新興住宅街に大学があったので、住民のほとんどが薬学生だった。おかげでその小さな町自体が大学の庭みたいなものだった。だからその空間の中では全く自由に行動できた。真夏以外は、大学の中でも外でも白衣で皆うろうろしていた。だから普段着には困らなかった。白衣が普段着であり又正装でもあったから。
 当然だが、洗い替えなどと言うものは持ってはいなかった。そんなお金があればコーヒーを飲むかパチンコをした。だから、白衣は洗わない。そのせいで白衣と言う名を返上したくなるくらい汚れていた。そして回生が進むにつれて、薬品や物理的な刺激にあっていたる所が破れだし、白衣の下半分は裾と前立てが残っているだけになった。それでも何も気にならなかった。白衣をきれいにすれば留年しないのならするが、きれいな白衣で何かが変わるとは思えなかった。
 その考えは今でも変わらない。大学時代の話を思い出したのは、姪が僕の白衣を見て笑ったからだ。「おじちゃん、裾がない」と驚いた後に笑っていた。笑顔を提供できるのだから僕にとっては歓迎すべきことなのだが、裾が残ることは経験済みだが、裾がないのは初めての経験だ。裾は重ねて縫ってあるから強そうなのだが、場合によっては先に傷むのだと、自分で確認してから分かった。姪にとって、裾のない白衣を着続けることは理解不能らしいが、僕の価値観からすると大いなる許容範囲だ。つい先日、義兄から頂いたアイスクリームを仕事中に食べていて、チョコレートが溶けて白衣に大きなしみが数箇所ついた。これはさすがに妻に見つかって着替えさせられたが、見つかるまでの数時間は全然気にならなかった。その白衣を着ている時間の中に2組、遠方からの漢方薬の相談者が来たが、果たして効果はいかに。「来なければよかった」を「来て良かった」に変える。これが僕のどうでもいい闘争心なのだ。


2016年07月03日(Sun)▲ページの先頭へ
結論
 さてどちらがいいでしょう。職業柄僕は、経験的に分かっていたことだが、研究機関がこんな結論を導き出したのだから、この結果を参考に行動様式を変えたほうがいい人も多いのではないか。実験では夫婦を対象に調べているが、同性でも上下関係でも、こと人間関係においては普遍的な結論だと思う。
 簡単に言えば、すぐ頭に来る人は血管系のトラブルで一瞬にして亡くなる可能性が高く、反論せずに黙り込む人は、死にはしないけれど、肩こりや首こり、或いは腰痛などを毎日のように訴え、ビヤビヤと長生きをするってことだ。痛いじゃ、凝ったじゃと、毎日不調を訴え、毎日が辛くて面白くないけれど長生きする。
 こんな言い方に変えるともっと分かりやすいかもしれない。これも長年漢方薬で沢山の人をお世話して得た結論だ。「怒ると顔が赤くなる人は一瞬芸で亡くなり、怒ると血の気が引いて青くなる人は、痛いとこだらけの体で永遠に生きる。さて、どちらがいいでしょう。
 

 夫婦の意見が合わないとき、怒りを表に出す人では心疾患リスクが高まり、感情を押さえ込んで対話を拒否する人では背中の痛みや肩こりなどの筋骨格系の障害につながる可能性があることが、米ノースウェスタン大学(イリノイ州エバンストン)のClaudia Haase氏らの研究で示唆された。
 研究では、異性婚の夫婦156組に20年以上、5年ごとに研究室にて楽しい話題と意見の合わない話題を話し合ってもらい、ビデオに録画した。試験開始時の年齢は、約半数が40〜50歳、残りが60〜70歳だった。行動コーディングの専門家が顔の表情、ボディランゲージ、声のトーンを元に対話を評価した。被験者は特定の健康障害の詳細を尋ねる質問票にも記入した。その結果、怒りと心血管の関係性が最も強いことが判明した。「怒りを強く表す」群の被験者の81%は、胸痛や高血圧などの心血管症状を20年間で1回以上経験していたが、「怒りをあまり表さない」群では約53%だった。「強く拒否する」夫の約45%では背中の痛み、筋肉痛または肩こりがみられたが、「あまり拒否しない」夫では23%のみであった。今回の研究は行動と健康障害の因果関係を証明するものではないが、特に夫では関連性が強くみられ、妻においても重要な関連性の一部が同様に認められた。「この知見から、怒りっぽい人は怒りをコントロールする練習が有益ではないかを検討し、対話を拒否しがちな人は湧き出る感情を押し殺さないようにするとよいことが示唆された」と、Haase氏は話している。



2016年07月02日(Sat)▲ページの先頭へ
不思議
 しまったと思ったが、もう後の祭りだ。「腰掛けさせてもらうよ」と言いながら薬局の中央にあるテーブルに陣取ったから、気持ちは萎えてしまった。悪いことにまだ薬局を開けたばっかりだったから、他の人に気兼ねをすることなく、独演状態になれる。ただただ嵐が過ぎるのを待つだけの状態で、御高説を聞いていたが、さすがに無駄なことは何もないと言われるように、教えられることがあった。ひょっとしたら僕のように「全く知らなかった状態」の人もいるのではないか。果てしないほら話も耐えて耐え抜けば知識になる。
 温州みかん以外は収穫してから寝かす時間が必要なのだそうだ。だから温州みかん以外は「みかん狩」なるものはないらしい。このことも知らなかったが、みかん狩りから話が発展して色々な果物の話になった。果物を話題に話しているのにしばしば「バラ科」と言う言葉が聞こえる。どうやらある果物も、他の果物もバラ科らしい。僕は全くこの方面の知識がないから白紙状態だが、妻も驚いたみたいで「今話している果物はバラ科ですか?」と質問をした。僕も聞きたかったが、妻が僕より早く質問をしたので、皆知らないんだと安心した。そこで確認してみると、 スモモ、サクランボ、ウメ、モモ、イチゴ、リンゴ、ビワなどがバラ科なのだそうだ。この果物たちとバラの花がくっつかないで理解できずにいたら妻が「そう言えばどれも花が似ていますね」と言った。その農家の男性が頷いてくれたから妻が言ったことは正しかったのだろう。
 それにしてもそうそうたる果物のメンバーが花で有名なバラ科とは。この不思議を何に例えたらいいのだろう。似て非なるものの逆だから、僕とディーン・フジオカの関係でもないし・・・


1 2    全31件


漢方薬を初め天然素材の薬を用いて、さまざまな慢性疾患の回復をお手伝いします。
お店のホームページ
お問い合わせフォーム

☆★ FAXで漢方相談 ★☆
※漢方のご相談は「漢方相談FAX用紙」を印刷し、ファックスもしくは郵送でヤマト薬局までお送りください。

新着エントリ
過激 (3/29)
窮屈 (3/28)
瀬戸際 (3/27)
晩熟 (3/26)
行動的 (3/25)
上郡 (3/24)
不快 (3/23)
狡猾 (3/22)
激情 (3/21)
手遅れ (3/20)

新着トラックバック/コメント
9880円 (3/23)
後姿 (3/22)
当たり前 (3/19)
勇士 (3/16)

■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
[E-mail] ご相談はこちら
[URL]

カレンダ
2016年7月
         
           

アーカイブ
2006年 (266)
4月 (25)
5月 (29)
6月 (31)
7月 (30)
8月 (31)
9月 (29)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (30)
2007年 (354)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (30)
4月 (31)
5月 (30)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (22)
11月 (29)
12月 (31)
2008年 (366)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2009年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2010年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (30)
11月 (30)
12月 (31)
2011年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2012年 (365)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (30)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2013年 (366)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (32)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2014年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2015年 (364)
1月 (31)
2月 (27)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2016年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2017年 (88)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (29)

アクセスカウンタ
今日:567
昨日:4,840
累計:6,151,557