栄町ヤマト薬局 - 2016/06

漢方薬局の日常の出来事




2016年06月30日(Thu)▲ページの先頭へ
ガス漏れ神話
 こんなにガス漏れだった人の誠意あるお礼の言葉をもらったことがないので、紹介したくて許可をもらったら快く許してくれた。今現在ガス漏れで僕の漢方薬を飲んでいる人、嘗て漢方薬を飲み始めてすぐに結論を出して脱落した人、そしてこの方のように僕に接触するかどうかで迷っている方に読んで欲しい。僕は「ガス漏れ神話」なるものを崩したくてずっと努力している。悪意に満ちた創作を漢方薬で否定したい。人生のある時期をこんなことで無駄にして欲しくないし、悪意に満ちた営業の犠牲になって欲しくない。実際に克服してくれた人の肉声は、僕の書く文章の何十倍もの説得力がある。なんら注釈をつけることなくそのままを読んで欲しい。 


やまと先生、お久しぶりです。
長文になってしまいました。お時間のある時でかまいませんので一読頂けると幸いです。
 〇〇〇〇です、私のことを覚えていらっしゃいますか?ありがたいことに、ぱっとは思い浮かばないはずです。なぜなら私が先生に助けを求めたのが2009年の5月…ですからもう7年(?)も前のことになります。久しぶりに先生のブログを拝見し今も沢山の方を救っておられること、とても嬉しく、尊敬いたします。
 先生のおかげで、一度お薬をいただいただけにも関わらず、長い苦しみから開放されました。しかも、実はいただいた分を飲みきってないのです。飲み切る前に治ってしまったので!本当に、先生には感謝しても感謝しきれません。ありがとうございました。
 今回私がこうしてメールを書いていますのは、報告したいことがあるためです。この度外国人の男性と結婚し、外国に住むことになりました。
不思議ですね、先生。とても不思議な気持ちです。8年前は死んでしまいたいとさえ思っていた人間が、こうして良い人に出会い結ばれて、しかも子孫を残そうとしています。それもこれも、先生のお陰です。
 高校生の頃、毎日辛くて辛くて仕方ありませんでした。おならが頻繁に出るのです。今思うと本当に出ていたんでしょうか?しかし、皆、私がおならをしていると笑っているんです。いつも息苦しくて、逃げるように下校していました。電車なんか怖くて乗れませんでした。笑い声も、咳払いでさえ、すべて私に向けられているように感じました。
 ある日恥を忍んで親に手紙を書きました。おならが出て困るから医者に行きたい、と。その手紙を、両親はどんな気持ちで読んだのでしょう。わかりませんが、近所の診療所へ連れて行ってくれました。お薬をもらって飲みましたが、イマイチ効き目はありませんでした。何も変わらないまま、やっとの思いで登校し、卒業しました。
 私はしぶとい所があるようで、辛いながらも医療系の専門学校を受験し無事合格しました。新しい場所で、また辛い思いをしたくないと、椅子に分厚いクッションをひいておならが出てもわからないようにしたりと様々な工夫をしました。新しい友人は私に良くしてくれましたし、誰もおならのおの字も私に言いませんでした。しかし、私ひとり、いつおならが出ていることがバレるか、あの笑い声は私の事をいっているのではといつもヒヤヒヤしていました。今はおならおならと書き連ねていますが、当時は本当に、おならと書くことすら苦しかったのです。
 おならをどうにかしたくて、毎日毎日ネット検索する中で、先生の事を見つけました。初めて見た瞬間、もうここへ行くしかないと決心したのです。当時はバイトもしていなかったので、少ないお小遣いをコツコツ貯めました。出発の日まで、何度も先生のブログを読みました。当日、両親には友達の家に泊まりに行くと言い、電車に乗ること自体、あと電車賃とお薬代にヒヤヒヤしながら(笑)先生の所へ向かいました。
 先生の所へ行った後、私の人生は随分変わりました。良くなったというのでしょうか、それとも普通に戻ったというのでしょうか。学校も実習等辛いながらも友人に支えられ無事卒業し、国家試験にも合格しました。外出さえ怖かったのに、ライブやコンサートなど人の多い所にも頻繁に行くようになりました。電車にも乗れなかったのに、飛行機で海外旅行に行くようになりました。そして今、外国に住んでいます。
 今住んでいるところで、とても面白い事があります。みんな平気で人前でおならをするんです。私の夫なんか、特別大きな音で。私が驚いた顔をすると、何がダメなんだ?という顔でこちらを見てきます。そのたびに笑ってしまいます。もし最初からここに産まれていれば、私の昔の悩みなんて無かったのかもしれない。なんて思いましたが、この苦しみが無ければきっと、別の苦しみがあったに違いありません。ただ、皆しているから、おならをしても大丈夫なのですが、今はもう別にしたくないのです。おかしいですね。今はっきりとわかります、おならは出ていないと。人のおならを聞くたび、おかしな、不思議な気持ちになります。
 昔のことは、実はほとんど思い出せません。特に嫌な記憶は、脳が自分を保つために思い出せないよう蓋をしてしまうんだそうです。あとは、私の記憶力が悪いためか、良いこともすぐには思い出せません。先生の所に伺ったのはいつだったかも覚えていませんでした。ただ、あの日先生と奥様にお世話になったこと、夕食のお魚、船から見た夕日ははっきりと思い出せます。とても優しい時間でした。
 長くなってしまい申し訳ないです。日本語で長文を書くのは久しぶりです。読み辛い部分も沢山あると思いますが、どうぞご容赦下さい。先生に沢山お話したいことがあったのと、先生と奥様が一人の人間を救ったことを、どうしても報告したかったのです。私は今とても幸せです。本当にありがとうございました。


2016年06月29日(Wed)▲ページの先頭へ
番外編
 昨日行われた東小学校における保健委員会の内容の番外編。
 校医が議題から外れるのを断りながら、注意喚起をした。と言うのは、自身が数日前に牛窓神社の石段を上がっていたところ、マムシに遭遇したらしい。その医師の立派なところは、そのまま逃がしてしまえば危険だから、なんとか捕まえようとしたことだ。マムシは御存知の方も多いと思うが、目をそらすとその隙に逃げてしまう。だから医師はマムシとにらめっこをしながら、携帯電話で知り合いのお百姓さんに来てもらい、めでたく捕まえて駆除したらしい。このエピソードの中でなるほどなと思うところが二つある。ひとつは、マムシ退治に長けているお百姓を知っていたという人脈の広さ。もうひとつは、マムシ退治を頼まれて本当にやってくるお百姓の人のよさ。どちらが欠けても危険な生き物を野に放っていたのだから、たいしたものだ。さすがと言うほかはない。
 仮にその場で遭遇したのが僕だったら、ないない尽くしだ。まず見つけたらすぐに逃げていただろう。逃げなかったとしても携帯電話を持っていないから、のろしを上げるために薪となる枯れ木を探さなければならない。それ以前の問題として、僕のために身の危険を冒してくれるような人は1人もいない。だから眞逆の結果が待ち受けることになる。持つべきものは携帯電話とマムシ取り名人。
 田舎には、このように都会では決して問題にならないことが問題になることがある。マムシの毒は強烈だから見つけても手を出すなと言うのが校医の助言だったのだが、都会にはもっと強烈な毒を持った生き物がいると聞いている。なんでもマムシのような目をして、マムシのように低体温で、毒牙でいつも弱い生き物を狙っているらしい。へび科マムシ属の巻き添えとか、アホノミクスとかと言われている生き物らしい。





2016年06月28日(Tue)▲ページの先頭へ
 耳を疑う。大都会の父兄の会に出席しているのかと勘違いしそうだ。
 今日は牛窓東小学校の保健委員会に出席した。会議の前半は夏休みのプールの使用に関しての話で、僕には関係ない話だった。遠い昔の話のようにまるで無関心にその場所にいて、話し合いが終わるのを待っていた。耳に入ってくる内容に特別興味はなかったのだけれど、何故か違和感があった。夏休みのプールを地区に開放して自由に泳げる日が少ないのだ。監視の父兄が4人そろわなくては使用の許可が下りないらしいのだが、そもそもプールを使用出来るのは7月一杯だけだ。僕らの時代には8月31日までは必ず海で泳いでいたから、8月に入ってからどうするのだろうと気になった。
 そこでおもむろに居合わせた父兄にそのことを尋ねてみた。プールをもっと使わせて欲しいとお願いするより、海で泳いだらどうかと尋ねたのだ。牛窓の地形上、海岸線に住んでいる子供はかなりいるはずだし、海水浴場だったら、4人も監視に父兄がついていく必要が無い。さすがに僕らの時代のように子供だけで海で泳ぐと言うのはないかもしれないが、泳ぐことが出来る大人が1人いれば十分だ。すると母親から「ここは東京か?」と言うような子供達が海で泳がない理由を聞いた。「海水はべたべたして気持ち悪いって言うんです」「海の水は汚いって言うんです」命の源である海のことをよくそんな言い方が出来るなと唖然とした。同じような表現を報道番組の中で聞いたことがある。都会の人間が言うのならまだ分かるが、身近に海がありその恩恵を受けている人達が言うのは情けない。「そんなこと聞きたくなかった。今日出席するのではなかった」と言うと出席者は大きな声で笑っていたが、僕としてはまんざら冗談ではなかったのだ。
 あるお母さんが「海の水がにごっているでしょう。だから嫌がるんです」と教えてくれたが、僕はすぐに答えた。「都会の空気はもっとにごっているよ」と。連日伝えられるニュースは、そのことを象徴している。地球上の命を育む海が、こともあろうに地元の人間に、とても軽くあしらわれることに僕ら海の子達は心を傷める。



2016年06月27日(Mon)▲ページの先頭へ
 その女性を仮にTと呼ぶ。Tは風を受け何度も「気持ちいい!」と繰り返した。梅雨の間に久しぶりに強い太陽が当たって暑かったのもあるだろうが、それだけではないように思えた。さわやかな風は心にも吹いてくれていたのだと思う。
 5月の連休中に丸亀城を訪れたときの風はこんなものではなかった。風上に顔を向けているのが辛いくらいだった。丸亀城の天守閣はかなり高いところにあるから、風で体を持っていかれることもあった。案の定瀬戸大橋が通行止めになりとんだとばっちりを受けたのだが、昨日の風は彼女が言うように気持ちの良い吹き様だった。
 介護職員として来日したのだが、あの仕事で体を壊して離職している人はとても多い。日本人が離職する大きな理由だ。かの国の女性達が特別健康であることはない。お金を稼ぐために決意して来日しているが、それと体が強いと言うことにはなんら関係はない。日本人と同じように体を傷め、毎日何とか修復しながら働いているのだ。だから昨日みたいに名所を訪ね、和太鼓のような日本文化に触れてもらうと、心が安らぐのだ。そして心の中まで心地よい風が吹いたのだ。
 車の中で初めて知ったのだが、彼女達3人は、かの国では看護師だったのだ。法律の壁があり日本で看護師で働くことが出来ないから、やむを得ず介護士を目指して働いているのだ。どうりで他の女性達に比べて日本語の能力も高く、人と接するのが旨いと思った。通訳としてきている女性と同等の会話力もあり、機知に富んだ会話も出来る。そして何よりも健全な好奇心がある。お金だけが目的で来ている人はこの好奇心がない。
 3人のうちの1人が、股関節と背中を痛めている。日本人が嫌がる時間帯を受け持って、何処までモチベーションが維持できるか陰ながら心配している。難しいかも知れないが日本の看護師の試験に挑戦して欲しいとエールを送ったが、漢字がない国からの人たちにとってはあまりにも高い壁があることも知っている。
 僕に風を起こすことは出来ない。ただ、風に当たりたいときに、風が吹くところに連れて行くことは出来る。さわやかな風を心の中に届けることも出来る。丸亀の町並みを見下ろす後姿に幸あれと祈る。


2016年06月26日(Sun)▲ページの先頭へ
第8回さぬきの鼓響
 今日も香川県の和太鼓の実力を見せ付けられた一日だった。「第8回さぬきの鼓響」を聴きに、三豊市まで行って来た。瀬戸大橋を利用すれば1時間半でいけるから、地図上の距離と実感はかなり違う。地図上ではあそこまで行かないといけないのかという印象だったが、日本語が特異なかの国の女性と妻がずっと話し続けていてくれたので、あっという間に着いた感じだ。県北に行くより随分と近い。今日は7つのグループが出演したのだけれど、その中で3つだけ取り上げる。
 「和太鼓集団 夢幻の会」は小学生から高校生が主体のグループだけれど、その実力は周知の事実で、曲が始まる前に拍手が起こったのはこのチームだけだった。もっとも僕が最初に拍手して仕掛けたのだけれど、あっという間に会場から拍手が巻き起こったのは皆実力を知っているからだ。小学低学年のかわいらしい子が鐘を踊りながら打つ姿はなんとも言えず心を優しくしてくれるが、なんとその女の子が今日は太鼓3つを並べて、腕を交差しながら打つようなアクロバットな技術も身につけていた。立派な太鼓打ちになっていたのだ。まだ小学生にしか見えないのだけれど、着実に、と言うより奇跡に近いスピードで上達していた。指導者の力が並大抵ではないのだろう。
 2つ目のグループは「大野原龍王太鼓」だ。このグループの一番の見せ所は、鬼の面をかぶった打ち手が最後に大太鼓の上にまたがり、長い撥で打つところだ。外国人に一番受ける場面だ。案の定、今日一緒に行った、かの国の女性も食い入るように見て、大きな拍手を惜しまなかった。単なるパフォーマンスならあそこまでの感動は与えられないだろう。太鼓の技術もどんどん上達していて、パフォーマンスとの相乗効果で、今では香川県の和太鼓の大会では欠かせないものになっている。
 そして今日出かけていってよかったとつくづく思わせてもらった団体が、愛知県大治町から来たゲストの「大治太鼓 尾張一座」だ。初めて見た団だが、毎年10回以上は確実に和太鼓のコンサートに行っている僕が、今まで聴いたグループの中でトップクラスの実力だと感じた。なんと300年前から続いている伝統芸能に、現代のエキスを加えたもので、圧巻だった。とりを勤めたのだけれど、それまでおとなしく礼儀正しく聞いていた聴衆が、彼らの舞台になってからは惜しみない声援を送り始めた。
 人の心を打つようなものが少なくなった現代に、貴重な文化の担い手としての和太鼓奏者達の存在は大きいと思う。


2016年06月25日(Sat)▲ページの先頭へ
 次元が違うからとても真似はできないが、せめて真似る努力くらいはしなければならないと思った。
 薬剤師向けの雑誌に、ある小児科医が連載をしている。その女医の所にある大学からきてくれる神経専門の先生がいるらしい。あるとき看護師が目撃した話を披露していた。
 小児科と言っても、神経の病気は長期にわたるから大人になっても通ってくる患者が多いらしい。ましてその先生が有名な医師だからよけいみたいだ。あるときお子さんの症状を母親が涙ながらに訴えていた。丁度その時蚊が医師の手に止まった。手は机の上に置かれていたので蚊が止まっているのは分かるだろうに、医師は蚊を払うことも手を振ることもなく、母親の不安、哀しみを聴き続けたそうだ。自分が動くことで一生懸命話している母親の腰を折りたくなかったからだそうだ。
 こんな人もいるんだと驚いたが、救いでもある。人間性を疑われる医師は受験勉強のせいか、高額な収入のせいか分からないが結構いる。およそ魅力を感じない人も多い。ただ、こんなエピソードを聞かされると、中にはいるんだと安心する。僕ならこんな場面だと、片一方の手で叩いて蚊を血祭りに上げる。ただ最近の蚊はすばしっこいのか、こちらがドン臭くなったのか分からないが、なかなか叩けない。一度逃がすと何度でもやってくるので、患者さんそっちのけで、部屋中追い回すだろう。それでもやれなければキンチョールだ。そこかしこに噴霧して窒息死させてやる。
 この対処の仕方の差は何なのだ。持って生まれたものか、育ちの差か、知性の差か、理性の差か、収入の差か、肩書きの差か・・・人間性の差か?と言わないところが、僕に一番欠けているところなのだろう。


2016年06月24日(Fri)▲ページの先頭へ
勝負
 なかなか僕の先見の明もたいしたものだ。大学教授をしのいだことになる。まして全く専門外だから自信を持ってしまう。
 今日から恒例の学校保健委員会が始まった。3つの小学校と1つの中学校を回ることになる。そして今日の西小学校が皮切りだ。テーマは保健の先生が決めていてくれ、僕らはちょっとした助言をする。学校ごとに割り振られた医師と歯科医師と薬剤師が出かけることになる。
 この数年決まってテーマに取り上げられるのは、メディアとの付き合い方だ。テレビなどが嘗ては中心のテーマだったが、今ではスマホなどが父兄にとっては最大の関心ごとだ。すでに小学生から親は苦心しているみたいだ。そして中学校ではお手上げになり、高校では野放しだろう。
 僕は助言を求められても、まともに答えるだけのものを持っていない。そもそも携帯電話さえ持ったことがないのだからピンと来ないのだ。ただ、毎年毎年同じテーマで解決策を話し合わなければならないのを気の毒に思う。僕らの子育ての頃にはこんなことに苦心することはなかった。全く余分なストレスだ。そこで僕は常にもう勝負はついていると訴えてきた。何故なら、多くの優秀な頭脳を集め、多くの金をかけて彼らはユーザーと言う消費者を懸命に増やしているのだ。できるだけ中毒まで持っていって、ヘビーユーザーにするのが目的だ。それがかなえば、多くの報酬を得るのだから彼らは必死だ。知恵もいっぱい出てくるだろう。仮にそうした社員に小学生の子がいたとしても、やはり懸命に知恵を絞るだろう。わが子が中毒になって四六時中スマホを握り締めていて耐えられないとしても、彼らは作品を作り続けるだろう。そんな集団に、父兄が勝てるわけがない。子供は、いや大人でもそうだが、楽しいことが一杯の世界から逃れるのはかなり難しい。最大公約数みたいな解決方法はない。「勝負あった!」毎年僕はそういい続けて来た。
 今日の会合の冒頭、教頭先生が挨拶をした。その時に披露してくれたのが、講演に来られたある大学教授の話だ。メディアについて講演されたみたいだが、その先生が、今回でもうその種のテーマの講演は最後にすると言われたらしい。理由は、もうどうしようもないところまで来てしまったと言う事らしい。その話を聞いて僕は「遅い」と思った。僕は数年前にはその結論に達し、分かった振りをして助言などをすることをやめた。勝負はついているという結論だけをいい、各親がどのくらいの覚悟を持つか、そのきっかけになればいいと思っていた。
 同じ判断を下したのだが、明らかに僕のほうが早い。ただし、僕のは直感でしかない。その辺りが大学教授とは雲泥の差だ。あの単純なパチンコで青春の多くを無駄にした半世紀前、僕も勝負はついていた。中毒を逆手にとってパチプロになっていればよかった。そうしたら今頃は・・・・どこかで野垂れ死ににあっていただろう。


2016年06月23日(Thu)▲ページの先頭へ
 歯に物が挟まった言い方・・・では、なんだか悪い印象だが、実際はそうではなかった。ただ単刀直入には聞けなかったのだろう。その後結構盛り上がったから話題としてはよかったのだが。
 ある女性セールスは、花や犬が好きで、僕の娘と趣味が合う。我が家の駐車場に庭を作ったことで、その距離が一段と縮まったようだ。お母さんを連れて休日にやって来るくらいたから、お母さんもガーデニングに興味があるのだろう。
 先日牛窓のイタリアンレストランへ食事に行ったとき、母娘とも牛窓の海辺の景色がとても気に入ったようで、土地を買い、家を建て引っ越してこようと言うことになり盛り上がったらしい。丁度レストランの横が1区画空いていて、不動産屋さんに尋ねてみたそうだ。残念ながらそこは既に売約済みだったのだが、道路を挟んだ3区画は売れ残っている。僕の散歩コースだから、もう10年くらい見続けている。つい最近入ったチラシによると、60坪が400万円を切っていた。そのことを彼女に言うと驚きの声を上げていた。自慢ではないが、恐らく牛窓では僕の薬局があるところ辺りが一等地だろうが、それでも坪当たり10万円くらいだと思う。都市部の人間なら安過ぎて驚きを隠せないだろうが、バブルがはじけてからと言うものはそんなものだ。彼女は都会の人間ではないが、牛窓が映画のロケ地としてしばしば利用されることなどを知っているから、よい誤解をしてくれていたのだと思う。バブルの頃はそれこそ30万とか50万とか、考えられないような数字も提示されていたが、所詮バブルで、今は分相応で落ち着いている。恐らく、その頃の数字が耳に残っていたのだと思う。
 いっそのこと3区画全部買ったらと、提案すると「1区画は英国風の庭園にして・・・」と夢を膨らませていた。「海が目の前に見えるところが素敵ですね」と言う彼女の実家は後ろに山が迫っている田舎で、大雨のときには怖いそうだ。とても良心的な女性だから家族を伴って牛窓に越してきてもらえれば、町のためにもなる。隠れ不動産屋の僕としたら、欠点も伝えておかなければならないから、台風に備えて基礎を高くしなければならないことは伝えた。海は川と違って流れないから、気がつかないうちに音もなく水が上がってくる。だから歩くことも自由だ。海面から2mも上げておけば津波も大丈夫だ。
 実際に彼女がどんな選択をするのか分からないが、この世はいろんな縁で動くものだと思った。願わくば良い縁ばかりであってほしい。


2016年06月22日(Wed)▲ページの先頭へ
正直
 「この患者さえいなければ」。詳細は書けないが、正直な面白いタイトルだから一気に読んだ。お医者さん向けの文章のタイトルだ。どの仕事にもこうした人はいるのだろうが、お医者さんも例外ではないらしい。お医者さんも最近は権威が崩れたから、患者様などと屈辱的な表現を強いられているが、本心はこんな患者も多いのではないか。権利意識が強すぎる人間が増えたから、お医者さんも大変だ。
 元々薬局には権威がないから、こんな人は割合からしたら低いのだろう。幸運にも僕の薬局には数年に一人くらいの割合だ。食うに窮していないから、いやなものはいやとはっきり顔に出すから、向こうから来てくれなくなる。たった一人のために、仕事のモチベーションを下げられたら馬鹿らしい。
 しかし、今僕にとって「この人間さえいなければ」と言うのは結構いる。筆頭はなんと言ってもアホノミクス、全てが不愉快だ。金持ちのお友達だけを優遇するせいで貧乏人が路頭に迷っている。次はやたら原発再稼動の許可を出す無表情の男。事故があったら命で罪を償うのだろうな。次は巻き添の後釜を狙う低脳人政治屋気取りの奴等。クイズ番組にのうのうとして出ている品性のない奴等がまたぞろ復活か。都民に尊厳はないのか。次は・・・次は・・・次はトンイの命を狙うヒビンとチャン・ヒジェの兄妹、いやいやオテソクも許さん。



2016年06月21日(Tue)▲ページの先頭へ
違和感
 僕が喉に違和感を覚えている頃、姪が急に咳き込みだした。わざわざ裏の駐車場に出て行って咳いていたからよほど辛かったのだろう。なんとなく通常経験しないような臭いがしていた。その臭いが喉を刺激していることは想像に難くない。僕は鈍いから喉の違和感ですんだのだろうが、敏感な姪は咳をしてその正体を気管から排出しようとしている。これが毒だったら僕のほうが早く逝っている。毒と察知して排出する能力が低いのだから。
 違和感を感じて姪とその正体を突き止めるべく話をしていると娘がなにやら筒のようなものを持って入ってきた。1リットルくらいの黄色い大きな筒だが、その筒に面白い名前が書いてあった。「ヘビレス へびUターン」
 第2陣のツバメがこともあろうに、外階段の天井に巣を作った。それを見つけた娘夫婦が、巣を何とか蛇から守ろうとして購入したのがその黄色い容器で蛇の忌避剤らしい。そんなものがあることを知らなかった。手に取ってみると、蛇のほかにトカゲなども大丈夫らしい。どの位の効果があるのか分からないが、もしこれがうたい文句のとおりなら有り難い。今まではカラスだけ相手にしていればよかったが、今回は蛇も考えに入れなければならない場所に巣を作っている。蛇から巣を守る術はさすがに知らなかったから、強力な助っ人だ。雨にも強いとしていたから、かなり強烈なのだろう。それが証拠に、撒いたばかりで既に大の大人が二人反応している。特に姪など苦しそうだ。そこで彼女に尋ねてみた「〇〇ちゃん、蛇年なの?」「はい、そうです」「どおりでよく効くと思った」


2016年06月20日(Mon)▲ページの先頭へ
句読点
 僕でなくとも、同じ内容のことを吐き出す対象がいれば、同じだけ気持ちは楽になります。
思いを溜めてはいけませんよ。溜めていいのはお金だけです。
ただ、僕の場合、職業的に傾聴に慣れていますが、一般の方はなかなかそれはできません。
慰めてはくれますが、治してはくれません。
だから遠慮しないで、あなたの心が解放されるまで僕を利用してください。
ところで、あなたはもう少し自信を持ったらいいと思います。と言うか、実績を正しく評価したらいいのです。
お仕事をし、〇〇を育てて、それで十分なのではないですか。
それ以上って、僕ら凡人が出来るわけもありません。
もう十分やってきたのだから、〇〇さんが就活が終われば心理的に自分を解放したらいいです。
僕もそろそろ精神的には終活に入ろうかと思っています。
もうがんばることに疲れてきました。これ以上自分を叱咤激励しても結果がそんなに出るわけでもないし、
自分の心を傷つけそうな気もするし。
就活と終活、似て非なるものですね。
ヤマト薬局

 今日ある方に返したメールなのだが、読み返していて、僕と縁がある方のほとんどの方に言えることではないかと思ったのだ。だからこうして披露させてもらう。
 僕が幸運だったのは、薬を作らせてもらう人たちが、ごくごく普通の人、それもまじめに生きている人であるということ。多くの人が大成功を収めたわけではなく、ささやかな幸せを何とか見つけて暮らしている。だから道を踏み外すこともない。僕らは所詮皆凡人。表紙を飾れるような人間ではない。何百ページもある本の中の1行の存在。だけどその1行がなければ本は完成しない。1行が一杯集まって本は成り立つ。自信を持って!僕らは本(ある社会)を完成させるためにはなくてはならないのだ。だから堂々と素の自分で生きればいいのだ。行にもなれずに、単なる句読点の僕が言うのだから確かだ。


2016年06月19日(Sun)▲ページの先頭へ
父の日
 僕がデパートの地下に行くのは年に1度か2度だ。場所柄、野菜を下さる農家の方が沢山おられて、お中元とお歳暮の時期にまとめてお返しをすることにしている。どなたに頂いたか記憶しているのは僕だから、この買い物だけは僕の役目になっている。
 いつもはなんとなく居心地が悪いので、適当に選んですぐ出るのだが、今日は妻が僕の役割をしてくれたので、ゆっくりと店内を見て回った。すると今まで目に止まらなかった売り場が一杯あって、とても新鮮に見えた。気がつかなかったのか、新たに出店したのか分からないが、多くのコーナーがとても魅力的に見えた。惣菜もメチャクチャ垢抜けていて、もし近所に住んでいたら毎日調達に来るだろうと思った。とても家庭では出来ない代物ばかりで、もしそれらが健康にも良いとなったらもうかぶり付だ。経済そっちのけで通うだろう。
 バームクーヘン専門店があって、ショーウインドウを覗いていたら、若い店員が説明してくれ始めた。僕が興味を惹いたのは、本物の材木かと思わせるものだった。高さ30cmくらいの丸太を模していて、切り株も演出していて見とれていた。彼女いわく非売品らしいが、僕と同じように勘違いして値段を尋ねる人がいるそうだ。彼女は「食べてみますか?」と試食品をくれた。あまりに優しそうな子だったので、珍しく僕は口にしてしまった。こうなると僕はもうだめなのだ。妻を呼びに行って、大事な方への中元の一つに利用してくれるように頼んだ。試食の時に「僕は買うことが出来ないけどごめんね」と言いながら食べたのだが、彼女は「かまいませんよ」と笑顔で答えてくれた。その答えこそが僕に行動を起こさせたのだ。彼女の今日の成績に上積みしてあげたいと思った。そして妻に一番高いものを買ってもらった。丁寧に礼を言われ、丁寧に礼を言って妻とその場を離れた。
 出口のほうに歩いていると、シュークリームみたいなものが目に付いた。同じように覗き込むとすかさず若い女性が「後3つで売り切れです。父の日にいかがですか?」と声を掛けてきた。デパ地下の店員さんは皆、質が良くて心地よい。ただ疑問は残った。後3つを何故僕があわてて買わなければならないのか。「今日は父の日なの?だったら僕は今日もらう立場だよね。でも、ひとり父の日だから丁度いいか!」昨年、ひとりクリスマスという言葉を覚えたから、今日はとっさにアレンジしてみた。その店員さんは、その言葉を聞いてもう勧めてこなかった。自虐ネタだったのだが彼女にはそうは聞こえなかったのかもしれない。自虐を客観が追いかけてきて、追いつかれそうな今日この頃だ。
 


2016年06月18日(Sat)▲ページの先頭へ
病原体
 今日、ある学生から完治のお礼の電話をもらった。すんでのところで心療内科の患者になるのを防いだ女性だ。もちろんそんな意図は僕にはなく、予約を入れていたのを取り消して僕の漢方薬に掛けてくれたのが効を奏しただけだ。何も僕は心療内科に否定的ではない。その重要性は十分知っているし、助けられた患者さんも職業柄よく知っている。ただ残念ながら、何が何でも薬物で治そうとする姿勢、いや、逆に、安易に薬物で治そうとする姿勢が目に付くことも多い。だから、できれば自然に治らないかなといつも考えている僕とは相容れないところもある。又、医師の後方に控えているいわゆる製薬会社にはかなり不信感を持っている。「それは鬱かも知れません」などとコマーシャルを流し患者を作るようなことも金に任せてやってしまう。
 その女性は、自称過敏性腸症候群で悩んでいたのだが、そうでないことは会ってすぐに分かった。胃腸科では治らないある症状を僕が偶然得意としているから割と早く治ったが、その後3つの症状も全て治ってしまった。若いから治りやすいのだ。僕の経験では計4つも不快症状を持っていたら、4つの病院にかかって薬だらけになっていたところだ。そして恐らくかなりの年月薬を飲む羽目になっただろう。僕は全てを5ヶ月で治してしまったから、日本の健康保険にも貢献した。
 漢方薬だからだらだら飲むことはない。治ればやめられる。自然治癒力を利用したマイルドな治療法だから薬からの離脱はいとも簡単だ。本人が決断すればそれで終わりだ。
 「あってはいけないことだけど、僕がお手伝いできることがあったら連絡してね」と最後に言っておいた。できれば自然な薬で自分の持っている治癒力で治してほしいこと、製薬会社を儲けさせる為に、何でもかんでも胃袋に入れないようにして欲しいことを伝えたかったのだ。
 2月まで全く面識がなかった若い女性が、呪縛から解放されて自由を得た。折角手にしたその自由を、次は国という最大の病原体に奪われないように知恵をつけて欲しい。
 


2016年06月17日(Fri)▲ページの先頭へ
吉田拓郎
 目を疑うのか、耳を疑うのか分からないが、頭は疑っていない。こんなに時代は変わったのだと感慨深い。
 朝のニュースかワイドショーか分からないが、(ニュースのつもりで見ていても、突然低脳人の話題になる)吉田拓郎がコンサートをすると告知があった。僕らの時代の大スターだ。御歳70歳らしい。
 最近牛窓に来た「いとうたかお」のライブに行って相反する二つのことを感じた。一つは、あの年齢で曲を作り、ギターを弾き、歌うことが出来ることへの畏敬の念。もう一つは、あの年齢でお金を取って唄歌いでいられることの違和感。プロだから上手に決まっているが、やはり年齢には勝てずに、嘗てのように声は出ない。10の能力が8くらいに下がっている感じだ。今でも肯定と否定が入り混じって僕の中で評価が定まらない。
 拓郎も同じではないかと思う。心優しいファンばかりだから70歳の声量でいいのだろうが、嘗てコピーで楽しんでいたファンとしては、あまり衰えた姿は見たくない。ドキドキ心配しながら聴かなければならないのでは楽しさ半減だ。
 そもそも、あの年齢でコンサートを開くなど嘗て誰が想像しただろう。僕ら素人は、大学を卒業したら音楽などにかまっていられないと思っていた。だから音楽(フォークソング)をやるのはせいぜい大学時代と決めていた。ところが最近の老人はすこぶる元気だ。フォークソングどころか、収賄しても睡眠障害と言って人前に出ないし、家族連れの旅行を重要な会議と見え透いた嘘をつくし、暴力は振るうし、万引きはするし、ストーカーはするし、人は殺すし。
 嘗て僕は「よしてたくろう」と言うコンサートを、大学祭の時に開いた。学外から本物の吉田拓郎と間違えて客が来た。今思えば壮大なギャグをやってのけたものだ。何故あのときに誰にも責められなかったのか不思議だが、まだ人に余裕があったのだろうか。今はもう「よしたたくろう」になってしまったが、本物がコンサートを開くと聞いて、40年前のことを思い出した。


2016年06月16日(Thu)▲ページの先頭へ
投降
 なんて洞察力なのだろう。驚いたと言うより、あきれたと言うほうが正しい。もうそこまで見透かされたら、両手を挙げて投降だ。
 煎じ薬をとりに来た女性が僕の顔を見て「疲れていますね」と言った。僕は取り繕うタイプではないので「めちゃくちゃ疲れている、ぐったり」と正直に答えた。女性は僕の疲れが肉体的なものでないことを悟っているみたいでニコッと笑った。スタッフや家族、患者さんが周りにいたのでメモ用紙に「心」と書いてそっと見せた。すると女性は、当然のように頷き、一段といい笑顔で笑った。自白した僕もその笑顔につられて思いっきり笑った。ところがその女性がすごいのは「人生最高の辛さの次くらいのことを抱えているのではないですか?」とピンポイントで強烈な質問をしてきた。「そう、全くその通り」と完敗だ。
 その女性を僕は尊敬している。僕よりは一回りは若いだろうが、僕の1000倍くらいつらいことを抱えていると思うのに、僕の10000倍くらい明るい。そのギャップを作り出すものは何なのだろうと、話しながら答えを探すがいまだ分からない。「カウンセリングしましょうか?」といたずらっぽく笑うが、本当ならして欲しい。ただ、仕事中の僕が患者になる訳にも行かないから、丁重に断った。
 薬剤師だから、白衣を着ているから、漢方薬で多くの人のお世話をしているから、心身ともに健康に見られるが、そんなことはない。心も体も結構疲れている。こじつけのような理由を探して日々モチベーションを保っているが、危ういものだ。特に最近二番目に大きい悩みに日々翻弄されている。この頃は解決方法を探したり、そのために何かをしようとする気力も萎えて、おそらく今日見抜かれた表情が定着しているのだろう。人には人の背負える重量があり比較は難しいが、きっと僕は過積載で黒い煙を吐いていたのだろう。
 1000倍の重荷で10000倍の笑顔ができる女性に今日は少し勇気をもらってモチベーションに変えた。悲しみも苦しみも、そして喜びも、キャッチボール出来る人がいたらもっと人生は安らかなのに。


2016年06月15日(Wed)▲ページの先頭へ
 朝の8時から9時まではトンイが待っているから、テレビの前に陣取る。おかげで本来ならその貴重な時間に片付けられることのしわ寄せを、それより前の時間帯が引き受けることになる。
 下手をすると、早朝5時前から始動するが、十分明るいのも手伝って得した気分だ。新聞を読み、ウォーキングをし、食事をとったらすぐ薬局に下りて、メールを点検して1日の大まかな仕事の流れを決める。それがすむと再び外に出て、娘夫婦が本職に造ってもらった庭の草むしりをする。つい最近抜いたはずなのに、3日もあれば草は復活する。きりがないけれど、きりがないから毎日草をむしる。娘夫婦は仕事で手が空いたときにしゃがみ込んで懸命に草を抜いているが、僕は朝7時から8時までを割り振っている。人海戦術だが勝負は永遠につかない。
 しゃがみ込んで毎日至近距離で草を見下ろしていると、草と言う一言で片付けられないくらいの種類の多さに気がついた。そして一つ一つがかなり個性を持っていることにも気がついた。表面だけ派手で全く地に足がついていないのや、葉っぱは蜘蛛の足みたいに醜いのに小さな可憐な花を咲かせるものや、茎のいたるところから根を出し、土の表面に芝生のようにくっついているものや、針金のような葉っぱを一杯空にむけて伸ばしているものなど、なかなか面白い。遠くから眺めると「草」でも、色々な種類の命が競い合い棲み分け合って生きていることに気がつく。 
 ところがそうした懸命の命を見たくせに、僕は草を抜く作業に没頭する。ゴム手袋を両の手にはき、効率よく草を抜く。どうもきれいな花を咲かせないから草と呼ばれているような気がするのだが、もしそれが正解なら、僕は命を選別していることになる。きれいときれいでないの単純な線引きで。実はこのところ、草を抜きながら後ろめたさに襲われることがある。人間社会なら決してしてはいけないことだ。美しくないものを間引いているようなものだから。
 たかが草のはずなのに、毎日至近距離から眺めていると情が移る。感性は決して若者の特権ではない。


2016年06月14日(Tue)▲ページの先頭へ
 「放射線と健康」と言う本を書いた小児科医の黒部信一さんが毎日新聞の記者に打ち明けた内容が新聞記事に出ていた。以下抜粋。
 「実は今年に入って、福島県在住者で白血病により2人が亡くなったとの報告を受けました。成人ですが闘病中の方もいます。白血病は年齢にかかわらず被爆の3年後から増え始めるので心配しています」
 「影響が大きいので、個人情報を盾に統計上からも隠すのではないですか」
 チェルノブイリで大量にばら撒かれた放射性セシウムでいまだ子供の甲状腺疾患が後を絶たないらしいが、オーストリアの調査ではその80%が汚染された飲食物の内部被爆だったらしい。
 ベラルーシの医科大学学長バンダジェフスキー医師「放射性セシウムがわずかでも生体の臓器に取り組まれると、疾患が悪化したり、他の疾患との合併症を引き起こしたりする危険性が非常に高くなる」
 
 放射性物質は今でも排出され、塵となり空中を浮遊している。それを吸い込み、甲状腺はもとより骨格筋、小腸、心筋、脾臓、脳などに取り込まれ毎日被爆している。毎日超至近距離でレントゲン撮影を受けているようなものだ。原発で儲けた奴等は、例の犯罪をなかったことにしようと「俺んピック」で国民をごまかし、又その上それで儲けようとしている。どこまでも庶民は奪われる対象でしかない。納めた税金か、健康か、命か、果ては人間としての尊厳か、何処までお人よしなのだろう。悪人が栄えるのに手を貸している。


2016年06月13日(Mon)▲ページの先頭へ
堪能
 大の大人が鳥の鳴き声を聞いて家から飛び出すのも滑稽だが、もうほとんど条件反射みたいだった。他の鳥の鳴き声に反応する僕ではないが、鳶(とんび)だけは別だ。まして物悲しげにとても近いところから聞こえてきたので、何か悪いことでも起こったのではないかと心配になったのだ。およそあんなに至近距離で鳶の鳴き声を聞けるはずがないから。
 裏の駐車場から外に出るまでに2回鳴き声を聞いた。外に出て、一応上空を見たが飛んではいなかった。鳴き声が止んだので探しあぐねていると、それこそすぐそばで鳴き声が聞こえた。上空でも山でもないのが分かっているから、がけ下の民家のほうを見ると、そのそばに立っている電信柱の上に止まっていた。電信柱までの距離は10メートルくらいだ。電信柱の上に止まっている姿は威厳があった。恐らくこの辺りでは鳥の頂点に立っているのではないか。天敵もいないだろう。僕が見つけて数秒もしないうちに、例の物悲しい鳴き声を残して悠然と飛び立ち、家の屋根をかすめて南のほうに徐々に高度を上げて行った。
 鳥の名前を知らないから正確ではないが、最近戻ってきたり新しく暮らし始めた鳥達は、すずめ ツバメ、ドバト、ムクドリ、鵜 サギ、そして鳶。実際にはいくつも落としているのだろうが、これだけの鳥が毎日入れ替わり立ち代り僕の周りに現れてくれるのだから楽しい。田舎に暮らしていて良かったなあと思う瞬間でもある。
 昨夜関東地方に住む姉と電話で話したときに、姉がかわせみを実際に見たと言っていた。都会の川岸で見たらしいが、やはり感動していた。僕らみたいな年齢になると懸命に生きているものたちが、人間であれ動物であれ、とてもいとおしくなるのだ。高校から大学の9年間だけ都市部で暮らしたが、田舎で育ち、田舎に帰り、田舎で暮らすことが出来てよかったと思う。インターネットや交通手段の発展で田舎のハンディーがどんどんなくなって、田舎でしか手に入らないものを、それはものでもあり精神でもあるが、堪能できるからだと思う。
 半世紀以上昔、僕は家の前にある広場から天高く円を描いて飛ぶ鳶を何度も見上げた。そのことを鮮明に覚えているのだ。鳶に特別な感情を持つのはその記憶のせいだ。人生が始まる頃と、人生を終える頃に、同じものに感動するのが面白い。


2016年06月12日(Sun)▲ページの先頭へ
郷愁
 「生きていたら家族に迷惑になるとずっと思い悩んでいました」などと聞くと、大病を患っている方のように思ってしまうが、そんなことはない。この僕でもお世話できて、2つの症状が随分と好転したのだから。具体的な病名は控えるが、どちらも致命的なものではない。一つは不自由、一つは悪い病気を予感させるだけで、日常生活は自力で十分送れている。漢方薬も2週間に一度車を運転して遠方から取りに来る。ただ、その二つとも現代医学が苦手としているものだから、治りにくかっただけで、漢方薬ならかなりの確率で解決できるものだった。
 この人は「子供に元気になったと伝えてくれませんか」と僕に言った。この人が漢方薬の相談に来たのは、子供の不調を僕がお世話して調子がよくなったから僕を信用してくれたからだ。私も治してほしいとの依頼だった。子の不調の原因は親の不調だったのだが、親の不調も子が原因だと知った。お互いがお互いの不調の原因を作っているわけだが、ただこの親子は、よくある世間の関係とは逆で、心からお互いを心配しているのだ。今の時代にこんなに良い親子関係を築いている家庭があるのだろうかと思わせるほどだ。ただ、旨く行っているときはそれがエネルギーにもなるのだろうが、いざ躓いたときには、足かせになるのだろう。伝言は、お互いを心配しながら、お互い心配をかけまいとして平静を装っているから、僕を通して安心させようとした親の配慮なのだ。
 家族関係がとてもクールになっている時代に、こうした愛情でつながっている関係を見ると郷愁をそそられる。ただ不調を治す薬剤師としてはついクールな関係を勧めてしまうのだが。


2016年06月11日(Sat)▲ページの先頭へ
京大
 京都大学総長の山極壽一と言う人がどこかで講演した録音を朝のNHKの番組で放送していた。ウォーキング中の放送なので、最初は興味はなかったのだが、ものの数分もしたら話に引き込まれていた。メモでも取れる状態だったらよかったのにと後悔するくらい面白かった。印象に残った話の羅列に過ぎないが披露する。
 霊長類の研究を彼がするのは、人間を研究する為なのだそうだ。まさか700万年前の人間のことを調べることが出来ないから、人間と同じ種で分化したサルやチンパンジーを調べるらしい。化石以外当時を伝えるものはないのだから、当時からほとんど進化をしていないそれらを調べるのは納得がいく。
 サルと言う生き物は最初から強い弱いが決まっているらしい。だから強いものが弱いものを目で威嚇すると弱いものは目をそらすらしい。そうして争いを避けるという知恵が備わっているらしい。人間でも時々眼をつける人がいるが、サルと同じで威嚇しているのだ。ただサルはそれで争いを避けるのだけれど、人間はむしろそれで暴力を振るう。だからサル以下の馬鹿が多いってことだ。(これは僕のコメント。京大の総長がこんな下品なことを言う筈がない)一方ゴリラは負けず嫌いで謝らないらしい。これだと争いになる。ところがゴリラの世界には仲裁役がちゃんといるらしい。それは子供だったり異性だったりするらしいが、ゴリラの世界はちゃんと争いを起こさせないシステムを持っている。ゴリラには仲裁役がいるから至近距離で顔をお互い見つめあうことが出来る。顔を見つめ合うことが威嚇にはならないのだ。サルとは大違いで、人間はやはりゴリラに近いらしい。ところで白目があるのは人間だけらしくて、だからこそ相手の表情が読めるらしい。それはそうかもしれない、白目がなければどちらを見ているかすら分からない。サルやゴリラを見ていてなんとなく違和感があったのは、白目がないから表情を読み取れなかったからかもしれない。納得。
 本当はもっともっと沢山興味深いことを言っていて、とても勉強になったのだが、とてもここで要約できるほど簡単なものではない。先生の本を買って読むしかない。それか京大に入って直接講義を受けるかだ。20年くらい浪人すれば僕でも入れたかもしれない。



2016年06月10日(Fri)▲ページの先頭へ
大量
 「65年分の漢方薬処方箋・・・調剤報酬を架空請求 薬局経営者逮捕」と言う業界ニュースの見出しを見ても何の意味か分からなかった。1965年に何かあったのかなと軽い気持ちで本文を読んだ。ところがその記事がずっと気になっていたことと結びついたような気がした。確かめる術がないから断定は出来ないが、やはりとんでもない量の生薬を処方する医師が世の中にはいるんだと納得した。
 ある薬局の経営者が従業員を仮病で病院にかからせ処方箋をもらった。2年間で24回病院にかかりその都度処方箋をもらったが、実際には調剤していないのに、調剤したようにして国に請求して1400万円あまりをだまし取った。「他の病院で大量に薬を処方してもらった。飲むと全身が良くなった」と言うのが常套文句みたいだが、これで処方箋を書いてしまうと言うことは、実際にそんな処方箋が実在するからだ。単純に割り算をすると1回の処方箋が50万円にも上るのに。
 僕も数年前にそんな処方箋を調剤させられたことがある。漢方のことを知らない薬局なら抵抗なく作るだろうが、僕はその処方箋の生薬のg数に驚いた。例えばオウギと言う生薬が、1日分80gだった。僕はオウギの効果を出すには4gでいいと思っていたからびっくりした。他の生薬も同じように考えられないような多さで、思わず医師に電話で尋ねた。医師は漢方薬を標榜している人で自信を持ってそれでいいと答えた。医師の確たる自信処方だから薬局に拒むことは出来ない。なんとなく違和感を持ちながら作った。その後数人が同じように大量の生薬が処方された処方箋を持ってきたが、作りながら後味が悪かった。特注の袋に入れて患者さんに渡したが、よくこれが保険で認められると不思議に思った。
 ひょっとしたら関西の今度の事件は、そうした大量に使うことを良しとしている医師の処方が模倣されたのかもしれない。普通の医師がそのような処方箋を発行したらすぐに社会保険事務所から調査されるだろう。それがなかったってことは、日常の診療でごくありふれた処方だと思えるような実績があるところの出だってことだ。生薬が地球上から枯渇しているときにもったいないと思っていたが、それを悪用して国からお金を巻き上げる知恵者もいた。どの業界にも東京の「巻き添え」みたいな奴はいるものだ。


2016年06月09日(Thu)▲ページの先頭へ
 「最も入手しやすい抗うつ剤は、深刻なうつ病を患う子どもや10代の若者に対して効果がなく、一部は安全でない恐れもあるとする研究論文が9日、発表された。英医学誌ランセット(Lancet)に掲載された論文によると、有効成分を含有しない偽薬と比較した際、より高い抗うつ作用がみられたのはフルオキセチンのみだったという。一方、ベンラファキシンは、偽薬や5種類の他の抗うつ剤と比べて、自殺願望や自殺衝動のリスク増加と関連性があると指摘した。さらに、これらの薬剤が若者に及ぼす影響について適切に計画された臨床試験が十分に行われていないと警告。国際研究チームは、若者が抗うつ剤を服用する場合、特に治療を開始したばかりの時期には、薬の種類を問わず若者から目を離さないよう勧告した。論文によると、抗うつ剤を服用している子どもや10代の若者の割合は、2005年から2012年の間に、米国では1.3%から1.6%に、英国では0.7%から1.1%に上昇したという。」

 若者に抗うつ薬を飲ませたときの弊害は随分前から言われていた。自殺願望が高まると言うものだったと記憶しているが、実際にはそれどころではないだろう。そんな経験をこの2週間のうちにした。
 僕のところに2ヶ月前に抗ウツ薬と安定剤2種類の処方箋を初めて持ってきた子は、もう3年くらいその種の薬を飲んでいる。就職して早朝出勤は3時くらいの日もあるらしいが、1年前に人身事故を起こした。居眠り運転だ。それなのに今だ3種類も精神病薬を飲んでいる。処方する医師も医師だが、そのままなんら注意することなく調剤する薬剤師も薬剤師だ。僕はその子にこの薬を飲んでいたら何かいいことがあるのと尋ねた。するとその子は、分からないと答えた。分からないって、それでは何ためにこんな薬を飲んでいるのと尋ねると、字を人前で書くときに手が震えるのを防ぎたいかららしい。どのくらい人前で字をかく機会があるのか分からないが、そのために毎日毎日3年間も抗ウツ薬などを飲んでいたのか。しかしその努力も空しく今だ人前で字を書くと震えるらしい。要は全く効いていない薬を飲み続けて、人身事故を起こしてしまったのだ。これでは自殺どころか他殺になってしまう。
 僕はその子に、漢方薬を飲んでみないか提案した。明らかに医師との紳士協定に反するが、会ったこともないその医師に任せてはいけないと思った。その子が漢方薬にしてくださいと言うので、息子を紹介した。
 以前飲んでいた薬をすぐに止めることはできないから、漢方薬と併用して2週間、今まで運転して眠たかったのが全然眠くなくなったと喜んでいた。なんてことだ、事故後も眠気と戦いながら通勤していたのだ。その言葉を聞いてぞっとしたが、良かったと思った。製薬会社の思惑通り、ちょっとした不調を頭の病気にされたらかなわない。悲しい時、辛い時に、食べられない、眠れない、ウンチが出ないなど当たり前だ。それを、脳を守る関所を破って入りこむ化学薬品で治そうとするほうが不自然だ。
 手前味噌ではない。企業とはそんなものなのだ。車の不正でも分かるように、超有名企業でも所詮「銭が全て」の汚い世界なのだ。


2016年06月08日(Wed)▲ページの先頭へ
 今日、涙をぐっとこらえる人を見た。
 御自分が飲んでいる高価な薬を親に飲ませて、自分の薬を効果の低いものに変えると提案されたから「あなたが若いのだから、今までどおり良いほうの薬を飲むべきではないですか。親御さんには僕が考えられる限りの処方を年金で飲むことが出来る値段で作ります」と答えたときだ。一瞬にして目が充血し涙がにじみ出るのを見た。懸命にこらえて涙が溢れるのは我慢していたが、人前でなければ溢れさせていただろう。自分の体を犠牲にして親を優先する子供、そんな関係を築いている親子が一体どのくらいの割合でいるだろう。その逆さえも少なくなってきている世の中でとても珍しい。「まるであなたの家庭は江戸時代だ」と僕は場を明るくするために冗談を言ったのだが、結構家族の方が頷いていたから、あながち間違ってはいなかったのだろう。ただ照れくさいのか、その方は「わたしは、かわいそうがり屋なんです。同じ病気の苦痛が分かるから可哀想なんです。それならむしろ自分が苦しんだほうが楽です」と言った。かわいそうがり屋とは初耳だが、と言うよりその方がとっさに作った言葉なのだろうが、正にぴったりの言葉だ。親を、よそ様がそうであるより何倍も好きなのではない。その病気になった親がかわいそうなのだと、薬を変えてくれと申し出た理由を教えてくれた。
 僕にはその方の選択は、その方のおうちでは当たり前のように自然なことのように思えた。そして造語を照れ隠しに使っただけのように思えた。僕が生きてきた年月の間にも、家族と言うものは崩壊とは言わないが着実に分解されてきた。その流れに乗らずに守り続けている価値観を垣間見た。それだからこそ滲む涙なのだ。
 お役に立たなければ。


2016年06月07日(Tue)▲ページの先頭へ
大統領
 日本の医者は放射線で儲けているから言いにくいのか、それとも受験勉強ばかりして常識を身につけていないのか、福島の事故に関してもだんまりを決め込んでいる。もっとも薬剤師はもっとひどいが、そんな中で真剣に心配している医師の記事を読んだ。一瞬にして目を引いたのはその記事のタイトルが、日本の原子力について言い当てていたからだ。僕もずっと感じていたことを、とても簡単なタイトルで言い表してくれていた。「放射能の完全犯罪を許すな」と言うものだ。以下は「未来の福島こども基金」代表の小児科医の黒部信一さんのインタビューの中から拾った言葉。
〇関東以北の子供の健康を案じている。自然の中で食物連鎖を繰り返すたびに動物の体内で放射能は濃縮され、体内にある放射性物質がまるでレントゲンのように四六時中細胞を攻撃する。
〇放射性物質は最近やウイルスと違って化学物質で、免疫システムで殺したり弱めたりすることは出来ない。尿や便で排泄して何とか濃度を減じるしか手はない。
〇101人の乳幼児の尿を紙おむつから摂取して、放射能を調べた。すると37人(36.6%)から放射性セシウムが検出された。「時間の経過で内部被爆が進んでいるとしか解釈出来ません」
〇内部被爆などの低線量被爆による「晩発性障害」は放射能の影響だと認められないケースが多い。喫煙やウイルスの影響と区別がつきかねるからだという。これが放射能で儲け、放射能で海と土地を汚し、放射能で人を追い出し、放射能で仕事を奪ったやつらが詭弁に使う文言だ。体調が悪くても、発ガンしても他の要素でそうなったんでしょうと居直れるのだ。強盗に殺人に、そんな規模ではない犯罪を犯したやつらが、何の罪にも問われない。これを黒部さんは「放射能の完全犯罪を許してはいけません」と言っているのだ。こうなったらもう、次期大統領になるフィリピンの大統領を1ヶ月くらいレンタルで借りるしかない。


2016年06月06日(Mon)▲ページの先頭へ
座礁
 こそっと漢方薬でも作って飲んでもらおうかと、つい魔がさすが、ここは我慢、我慢。紳士協定を破るわけにはいかない。
 「その皮膚病はいつから?」と尋ねると「もう、10年とは言わん」「今日、処方箋をもって来たお医者さん以外にもかかったことがあるの?」「あるある、〇〇先生に10年位前にかかったけれど、もう漁師辞めいって言われた。簡単なもんじゃ」「漁師辞めたら、生き甲斐がないじゃろう」「そりゃあそうじゃ、何をすんなら(するんだ)」
 手首から先が両手とも象さんの皮膚みたいに硬くなり、ひび割れている。この暖かさと湿度でひび割れるわけがない。よほど皮膚が変質しているのだろう。年寄りだからまだ精神的なダメージは少ないが、若者だったら耐えられないだろう。いたるところがひび割れて出血している。痒いより痛いのではないか。案の定本人も痛いと訴えている。
 処方箋にかかれた薬を渡しながらじっくりと患部を見せてもらった。見ながら漢方処方が反射的に浮かんでくる。調剤薬局でない昔ながらの薬局の習性だろう。昔はみんな薬局には「治しに来ていた」さすがに漢方薬がなかったから軽医療だったが、それでも相談されて「治していた」そんな父の姿を見ていた。
 僕の代になって、漢方薬を扱い始めたから、かなりの不調の人が訪ねて来てくれるようになった。今では2極化して、娘が作っている薬局製剤のファンで病気の初期で自己治療する人と、病院で治らなかったから漢方薬を求めて来る人に分かれた。日常遭遇する簡単な病気は、1000円札1枚で治るようにしている。漢方薬で慢性病をお世話するときはさすがにそうは行かないが、それでも若者でも飲める位を目指している。
 さす魔を撃退して、平穏に病院の薬を持って帰ってもらったが、僕の心中は穏やかではない。これからもずっと今の皮膚病を抱えて暮らしていくのかと思えば、そして他の選択肢を与えられないまま老いていくのかと思えば後ろめたくもなる。厚生省の制度設計になんとなく乗れないまま辛うじて座礁を免れているのが僕の薬局だろうか。


ツバメ第2弾
 毎朝不法侵入して周回ウォーキングをしているテニスコートに、1ヶ月前に小さな窪みができた。恐らくテニスコートの土の入れ替えを図っているのだろうが、何故か途中で頓挫している。そこに雨が降ったのが溜まり、今は池のようになっている。直径2メートルくらいの窪地に、直径1メートルくらいの池が出来ているから、小さな窪みの周囲はあたかも砂浜のようになっている。
 僕がウォーキングする時間帯には、その池に20羽くらいのツバメが集まる。何をしているのか分からないが、周回する僕が近づけば一斉に飛び立ち、僕がそこから離れれば一斉に戻ってくる。数分毎にそこを通るから、数分ごとに同じ光景が繰り返されることになる。
 1ヶ月近く繰り返されていることだから、もうそろそろ僕を覚えてくれてもいいのにと思う。だからツバメ達が一斉に飛び立つのは僕がどのくらい接近したときなのだろうと気をつけている。もしその距離が縮まるようであれば、ツバメが僕の存在を許容してくれ始めたことになる。あの小さな頭で僕を認めてくれたりしたら感激だ。本能以外に知恵が働くのか知らないが、同じ生き物として意思の疎通が出来たら面白いと想像してみる。
 ツバメ達が何故執拗にその水溜りに集まってくるのかふと知りたくなって、今日しゃがみ込んで見てみた。すると砂浜の部分、実際には泥んこ遊びの現場みたいだが、そこに沢山のかわいらしい足跡がついていた。まるで判で押したように。ひょっとしたら水を飲んでいるのではなく、その泥を運んでいるのだろうかと思ったりもした。それが証拠に、ツバメ達が水際にいるのはほとんど見たことがない。結構はなれたところにいるのだ。雛が育つ時期だから巣を作るタイミングではないだろうし、ビフォーアフターに応募したわけでもないだろうに。無知過ぎて申し訳ないが、ツバメ第2段も、理科というより国語の時間になってしまった。


2016年06月04日(Sat)▲ページの先頭へ
恩知らず
 もし僕がツバメと話す事が出来たらまず最初に言ってやりたいことがある。「この恩知らずめが」もしツバメが僕と話す事が出来たらまず最初に言っておきたいことがあるだろう。「この恩着せがましい奴が」
 娘夫婦は今年、一段と工夫をこらしてツバメの子育てを手に取るように見ながらカラスから守ると言う方法を作り上げた。元気に雛が育っているから大成功だ。恐らくこれからずっとこの調子でツバメを守ってやることが出来るだろう。数年かかってほぼ完全なものが作れた。種明かしをすると折角の努力の結晶のトウキョウトットトキャキョクを得られなくなるから気が進まないのだが、ここは世のため人のため種明かしをする。去年成功した巣の下に板を水平に垂らすという方法はホバリングができないカラスにはとても役に立ったが、見上げる人間には巣がどこにあるのかも分からない、雛がかえって巣立っていく達成感はあるが、結局雛を一度も見ることなく巣立ってしまった。
 今年は可視化されたものだから安心してツバメの子育てを見ているが、一つだけ釈然としないものがある。それは毎日午後7時半に薬局業務を終え、シャッターを下ろすために支柱を立てるのだが、その支柱を持って僕が薬局の前に立つとすぐに、ツバメがチキ、チキとけたたましく鳴いてあたりを飛び回るのだ。まさしくカラスが卵を狙って近づいたときの鳴き声と同じだ。そうだ、僕もカラスと同じ卵や雛を襲う悪党なのだ。結局シャッターを下ろし、僕がシャッターの影で見えなくなるまで鳴いている。
 毎日僕がどのくらい気を使っているか分からないのだろうか。あの小さな脳では僕が味方だってことが分からないのだろうか。もう何ヶ月世話をしていると思っているのだろう。毎晩同じ時刻に同じ行動をする動物をいい加減に覚えて欲しい。そして危害を加えることがない生き物だって覚えて欲しい。
 お礼はいらない。新しい命が生まれるのを見せてもらえるだけで十分だ。ツバメが沢山舞う町の住民は優しいに違いないと言う理由で牛窓を選んでくれた、ある賢人がいたが、実感で分かる。恩着せがましいくらい世話をしないと、カラスや蛇にやられるのだから。恩知らずと頭にきながら、今日も早朝のカラスの見張りに立つ。


2016年06月03日(Fri)▲ページの先頭へ
融通
自分の口から出た言葉に納得した。今まで自分で感じていたことと全く逆の言葉が出たのだが、僕の嗜好をよく表している。
 「僕は食べ物に関して融通が利かない」と妻に何気なく話したのだが、妻は0点何秒の速さで「そうじゃ」と返してきた。疑いの余地がなかったのだろう。ただ、僕は自分では色々な分野で融通が効くと自認していた。大まかなところや不精なところが多く、人生を変化球中心に組み立てていると思っていた。
 ところがこの10年くらい、フィリピン料理やベトナム料理を食べざるを得ない状況に陥ったことが何度もある。優柔不断で、その上いやしい僕のことだから何でも食べられると思っていたが、豈図らんや、食べられないのだ。無理をして愛想で当初食べていたが、むかむかして本当は箸もつけたくないくらいだ。折角作ってくれるものを美味しく食べられないのだから、もったいないから最近は断ることにしている。そして嗜好以上に気になることは、どうして平均寿命世界一の国の人間が、わずか50歳代で亡くなる国の料理を食べなければならないのだってことだ。向こうがこちらの食べ物を食べて長生きするのなら分かるが、こちらが向こうのものを食べて早死にするのだったら意味がない。まずいに早死にでは2重苦だ。
 「食べ物に関して・・・」と言った後、僕はあることに気がついた。僕はひょっとしたら食べ物だけでなく、ありとあらゆることに頑固なのではないかと思ったのだ。学生時代を自由に破壊的に暮らしたから、そのまま生きてきたように思ったが、実はそうではなく、あの頃つかんだ価値観を頑なに守っているのではないかと思ったのだ。金を使えず、物も持てず、強いものを見れば反抗し、落ちこぼれ同士で傷口を舐めあったあの頃と、何も変わっていないのではと思ったのだ。金は使わず、物は持たず、強いものを見れば皮肉の一つでもいい、落ちこぼれた人には笑って欲しい。ほとんど当時と変わっていないのだ。だから僕は大人になっても恥ずかしいくらいぶれてはいないのだ。ほぼ自分の価値観に沿って暮らせている。自由っていいものだ。
 


2016年06月02日(Thu)▲ページの先頭へ
 僕は問診の時に「夢をよく見ますか?」と尋ねることが多い。そしてよく見ると答えた人には「それは悪夢ですか?」と尋ねる。僕にとって漢方薬を作る時のある指標で、結構大切なものだ。夢を見ない人と、よく見る人、或いは悪夢を見る人では処方も若干違ってくる。なんとなく深層心理に抱えているものの重さがこれで想像がつく。
 そんな僕が二夜連続で悪夢=いやな夢を見た。昨日は、床下から煙がモクモクと湧いて来た。火の元はかなり気にするタイプだが、夢の中では結構落ち着いていた。パニックに陥るようなことはなく意外と冷静なまま目が覚めた。今朝は、中学校の運動場に沢山の人といたら、上空をコンコルドみたいな旅客機が飛んで来て、しりもちをつくように墜落し炎上した。逃げなければ危ないと言うことで少しの距離を走って逃げたが、これも意外とパニックに陥ることはなかった。
 僕が夢をよく見るようになったのは浪人をしてから、それも受験を3ヵ月後に控えた頃からだ。今でもよく覚えている。現役で失敗してから受験のモチベーションは一気に下がり、パチンコ屋に通うのが日常になった。勉強はほとんどしなかったから現役時代よりはるかに成績は下がった。これではいけないと気がついたのがお正月を前にした頃だ。そこからさすがに勉強した。そして夢を毎晩見始めた。よほど切羽詰って気が立っていたのだろう。その後大学でも勉強はしなかったが、さすがに受験とは心理的な圧迫感が違う。特に気にするほど夢が自分ではテーマにならなかった。それから再び夢と言うものを意識し始めたのはこの15年位前からだ。
 僕が年齢を重ねて、少しは実力がついたのか、或いは漢方薬を標榜する薬局がどんどん廃業して、おのずと商圏が広がったのか、田舎の薬局にしては多くの患者さんが来てくれるようになった。そして結構年季が入った患者さんが多くて、頭を悩ますことが多かった。そして感情移入をする癖がある僕は、効果を感じてもらえない方に対する罪悪感も後を絶たなかった。そんなこんなで多夢の復活だ。ただ、日々の仕事は僕には喜びだったし、今でも喜びで、幸運にも一度も嫌になった事はない。だから国家試験の夢くらいで他のパターンの悪夢は見なかった。
 それがどうして2日連続で嫌な夢を見たりしたのだろう。何が深層でうごめいているのだろう。あたっているかどうかは分からないし、原因を単純化してはいけないが、思い当たるもので上位のものを挙げれば、必ずやって来る南海沖地震。牛窓は震度6だと言われているし、津波も満潮なら1メートルはくだらない。次は、戦前回帰をもくろみ国民を奴隷のようにしか思っていない馬鹿が牛耳る政治。それに従順を決め込む国民。その次は・・その次は、トンイを殺そうとするチャン・ヒジェとヒビンの兄妹。「許さん!」


2016年06月01日(Wed)▲ページの先頭へ
舞台
 最近は朝が待ち遠しい。と言っても、元々6時前には起きているから、待ち遠しくて早起きするわけではない。ただ、目が覚めてからワクワクしているのだ。1日が始まることが嬉しくて仕方がない。
 嘗てNHKで日曜の夜11時から放送されていた「トンイ」が民放で再放送されているのだ。偶然知ったから、最初から見ることは出来なかったが、まだ始まったばかりだ。当初、一度見たものを再び見ても仕方ないと思っていたが、それがそれが再びはまってしまった。以前NHKで見ていたときは、1週間待たなければならなかったが、今は、月曜から金曜日まで連続だから、待ち遠しいことはない。それにしても、嘗て僕はかなりの忍耐力だったことが分かる。良くぞ1週間待って楽しんだと思う。選択肢がないときは、人は結構忍耐強くなれるのかも知れない。
 女優の美しさも売りの一つだろうが、もし多くのファンをつかんだとすればトンイという主人公の人間性だろう。理想とする個性を全部1人の登場人物に集めたらこんな人格になるのかと思わせるほどだ。さわやかな笑顔に隠された知性と勇気、それに正義感。謙遜と奥ゆかしさ・・・まるで・・・まるで・・・まるで・・・そんな人いるわけないじゃろう。いや一人いた、咲様じゃあ。
 現実世界では決して遭遇しないような人物に会いたくて僕は(僕らは)ドラマを見るのか。そしてその一瞬慰められているのか。でも僕は現実から逃避するために見ているような気はしない。むしろ少しでも近づいてみたいと、少年のような気持ちになる。台本で与えられるような舞台は僕たちには用意されないが、日常の観客のいない、或いは観客の少ない舞台で同じように振舞える自分になりたいと思う。
 「トンイ〜」


   


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