栄町ヤマト薬局 - 2016/05

漢方薬局の日常の出来事




2016年05月31日(Tue)▲ページの先頭へ
名前
 偶然北と南で、僕の苗字と同じ名前の2人が行方不明になっている。そもそも僕の苗字を名前に使った人を初めて見たのはいつの頃だろう。まさか名前に使えるとは想像しなかったので最初は驚いた。苗字でもめったに見ないのに、こんなにたて続けで名前に使われているのを見るとは思わなかった。南の不幸も北の不幸も記憶に深く刻まれる内容かもしれないが、僕にとっては、そして僕の薬局を利用してくれている人にとっては、リポーターやアナウンサーに繰り返し連呼される名前のほうが印象に残るみたいだ。
 僕の苗字で二つのことを連想する。一つは戦艦大和。もう一つは大和朝廷。どちらにしてもあたかもこの国を象徴するような苗字で、なんだか気恥ずかしくもあり、申し訳ない。いつの時代に誰がこのような名前をつけたのか知らないが、よくも許されたものだ。全くの平民がこんな大それた名前をつけることが出来たのは、よほど国が混乱していた時にどさくさに紛れてつけたのだろう。平時なら打ち首獄門だ。いや逆で戦時なら火あぶりの刑だ。
 最近は名前にも個性を重んじるようだが、たいていは名前負けしている。名をなした人は結構平凡な名前で、3面記事に登場する人は個性的な名前が多い。これは妻の洞察によるものだが、なんとなく当たっているような印象を持っている。名前をつけるときにも謙遜さが必要なのだろうか。目立たないように誰からも受け入れられるようにと、配慮が伝承されてきたのかもしれない。そうしてみると僕の名前(彰夫)も少し個性的過ぎたかもしれない。僕なんかもっと地味に「熊」か「与太郎」でよかった。


2016年05月30日(Mon)▲ページの先頭へ
注意力散漫
 僕は少し驚いたが、向こうはかなりヒヤッとしたのではないか。手を上げて謝ったが、車は速度を上げて立ち去った。
 朝早い駐車場に、見慣れない車が僕の車と並行して置いてあったので、それを見ながらつい道路を横断してしまった。いくら朝早いと言っても、道路を横断するときに左右を確かめない僕ではない。ところが何故か左を確かめた後右方向は、ずっと遠くまでは確かめなかったのだ。それと何故か良く分からないが、耳は澄ましたのだ。車はそんなには通らないだろうと言う勝手な思い込みで、車の音で安全を確かめてしまったのだ。ところが音を捉える事ができなかったので自然に渡り始めた。すると道路の半分がまだ来ないあたりで右側に車の気配を感じた。突然、視界に車が入ったのだ。慌てて右側を見ると恐らく10mくらいのところまで車が接近していて、かなりスピードを落としてくれていた。だから身の危険は感じなかったが、悪いことをしたと言う罪悪感は大きかった。大きく手を上げて謝ることしか出来なかった。
 自分でも珍しい体験だ。歩行者に原因がある事故は沢山あり、老人が安全の教習を受けるニュースを時々見かける。筋骨はさすがに衰えているが、注意力散漫になるとは考えたことはない。むしろ注意力散漫で、世の中のことや悪い奴らのことを考えずに暮らしたいくらいだ。昨夜息子が新しい車にしたって聞いていたから、車の外見を見入ってしまっていたのだ。
 以前の8人乗りから、7人乗りに変わったらしくて、それではかの国の女性達をコンサートに連れて行くのが1人減ることになる。そんなことを考えながら、道路を渡り始めたのだ。今回は安全運転の運転手さんに救われたが、これからも起こりうることとして肝に銘じた。


2016年05月29日(Sun)▲ページの先頭へ
外来種
 やっと見つけた。
 こんなことがあるのかと、初めてはっきりと認識した。それまでは鮮やかな黄色の花を楽しませてくれていたが、「きれい」以外の感情も関心もなかった。ところがふと気づいたことがある。と言うのは昨日まで鮮やかな黄色で隣の空き地を埋めてくれていたのに、今朝は、その黄色が全くなかったのだ。たった一夜で鮮やかに咲き誇っていたものが綿毛になってしまったのだ。その変化を妻に話すと妻はカーテンを開けて確かめていた。そして妻も驚いていた。ところが朝の9時頃出かけようとして外を覗くと、昨日と同じように何百本もの黄色の花が咲き誇っているのだ。まるで狐につままれたようなものだ。そこで初めてその花の生態に興味を持った。
 この花は、最近良く見かける、あたかも誰かが植えたように道路沿いや堤防に整然と咲き誇っている。ただ隣のNTTの空き地では整然と言うより群がって咲いている。花を売り物にしている公園の一角くらいな価値はある。卑近な表現を使えば、ただで楽しませてもらっているようなものだ。ところが最近新聞記事で、その花が外来種で、在来種を駆逐しながら勢力を伸ばしていることを知った。その時その花の名前を覚えていればよかったのだが、何気なく読んだ記事だったから、覚えていない。寄稿した大学の先生は日本から無くさなければならないと書いていた。まるでブラックバスと同じような話の内容だ。
 その花の特徴から、僕は勝手に「セイタカなにやらと名前をつけた。インターネットでそのセイタカで検索しても出てこなかった。一本の細い茎が高く伸び、その先にまるで菊のような花をつける。だから僕は先入観で「セイタカなにやらって花を知っている?隣のNTTの空き地に一杯生えているでしょう?」と薬局に来た数人に尋ねてみたが誰も知らなかった。僕がセイタカ何々と誘導したものだから「セイタカアワダチソウ?」と答える人がほとんどだった。でもそれとは明らかに違うから、休日の豊富な時間を利用して調べてみた。そしてやっとそれだろう代物に行き着いた。間違っているかもしれないが「オオキンケイギク(大金鶏菊」だと思う。
 娘達が新人庭師に作ってもらった庭にも、もう触手は伸びている。2本それらしいのが生えてきている。魚、植物、次は何だ。恐らく次なる外来種はヒト。


2016年05月28日(Sat)▲ページの先頭へ
 まいった、まいった、僕は120円も出して、ただの水を買ったのか。
 我が家には作り置きのお茶と言うものがないから、昨日みたいに急に暑くなったときは、冷蔵庫を覗いてもむなしく扉を閉めるだけだ。昨夜、喉の渇きが冷蔵庫を開けたときの冷気だけでは解消されなかったので、小銭を握って近所の自動販売機に行った。こうした行動はめったにしないのだが、昨夜は我慢できなかった。僕は健康のために口にするもので唯一避けているのは放射能だけだ。だから産地はかなりチェックする。放射能に比べれば、甘いもの、辛いもの、アルコール、そんなもの罪がない。美味しさ優先だ。だから昨夜も僕がイメージしていたのは、コーラかサイダーか、その他珍しいもの。喉の渇きを癒すという一番の理由も自動販売機の前に立つと美味しいものを飲みたいという欲求に順位を譲っていた。そこで目に付いたのが、テレビで宣伝されていて見覚えのある「ほへとす」と言う飲み物だ。いや「ちりぬす」だたっけ。いや確かあれは「よたれす」だったかな。なんだか昔覚えさされた「いろはにほへと・・に似ている名前だったのだが」そうだ「いろはす」だ。
 僕が勝手にイメージしたのは「ほのかに甘い炭酸飲料」だった。ところが家に持って帰り期待して一口飲むと「ただの水じゃあ〜だまされた〜」状態になった。甘くもない、辛くもない、全くの無味無臭。僕が砂漠で口の渇きで倒れそうならまだこれでも許せるが、折角楽しみにしていた飲み物が「ただの水か〜」
 僕は岡山県南に住んでいて、1級河川の吉井川から引いた水道水を毎日飲んでいる。岡山県東部は西部の水島工業地帯などと違って田舎だ。だから県北から牛窓まで自然に恵まれた環境だ。そこを流れる吉井川の水はきれいで美味しい。だから水道水で十分なのだ。そんな自然の恵みがほとんどただで飲めるのに、どうして石油から出来たプラスチックボトルに詰めた水が120円もするのだ。何処で取った水か知らないが、水はただだろう。採取する費用、瓶詰め費用、運送費、コマーシャル代など、材料費以外の値段だ。ただの水で、プラスチック容器を使ったりして環境を壊すなといいたい。
 水にしろサプリにしろ、大企業といわれるところが、胡散臭い会社もどきと同じことをする。資金力があるから余計たちが悪い。庶民をだまして巻き上げた金で、又自然を壊すのか。



2016年05月27日(Fri)▲ページの先頭へ
謝罪
 謝罪して欲しいとか、しなくていいとか、意見は割れていたみたいだが、オバマの傍にいるはれぼったい顔をした人間こそ謝罪しなければならない。原爆を落としたのはアメリカだが、落とされるようなことをした人間の孫が、どうして広島にオバマを案内できるのだ。いかにも平和を希求しているような態度で。(顔は下品だからそんな風には見えないが)
 A級戦犯容疑者として収監され、数々の政治資金疑惑が取り沙汰されたおじいちゃんを信奉するところなど、北の将軍様とそっくりだ。軍備を進めまたぞろ海外に出て行きたがるところなど北の将軍様とそっくりだ。どうして広島の人たちは、そんな人間を断罪しないのだろう。どうしてこの国の人たちは「掃除大臣」として仰ぐのだろう。
 この数日の出来事のためにどのくらいの金を使ったのだ。熊本で家を失った人たち全員に配れば、かなりの人が再び平穏な日常に帰ることが出来る。偶然活断層の上に住んでいたという理由だけで人生を破壊されてなお耐える人たちに、国などというものは無慈悲なものだ。彼らが資本家だったらすぐに国の金で援助するのに。
 僕は何度も行ったことがあるが、原爆資料館で原爆のことなど想像できない。きれいに陳列され過ぎている遺品からは悲惨さは伝わってこない。外国の人間も沢山連れて行ったが、案の定ほとんど興味を示さなかった。原爆ドームや資料館に行くことが目的化しているだけなのだ。本当に戦争の悲惨さを知りたければ今実際に自分達が手を下しているシリアやアフガニスタンに行けばいい。片手で武器を消費しながら、もう一方の手で慰霊碑に献花する。そんなショーはうんざりだ。


2016年05月26日(Thu)▲ページの先頭へ
返信
 もう10年以上前のことだが、統合失調症の若い女性をお世話したことがある。その女性は幻聴があったが、話を聞いているうちに僕とそんなに変わらないのではないかと思った。病院で幻聴と診断されているから、本来聞こえないものが聞こてしまう病気に思えるが、僕には彼女が言葉を紡ぐ能力が単に優れているだけのように思えた。何の理由も無く、ものが聞こえたり見えたりするのではなく、彼女はいつも心の中に多くの想いや言葉を持っていて、それがあふれ出しているだけのように思えたのだ。最初相談に来たときには、口からよだれを流してまるでだらしなかったが、次第にいろいろなことを考えている女性に見えてきた。それにつれて身だしなみも振舞いも女性らしくなった。何年笑うことから遠ざかっていたのかと思うほど表情は無かったが、やがて笑顔が出るようになり、他人への思いやりも復活し、ごくごく繊細な普通の女性になっていった。漢方薬を呑むにつれて病院の薬が減って、現代薬の効きすぎからも解放された。
 薬を作るたびに1時間は色々なくだらない話をした。僕はプロではないから、日常の些細な出来事をテーマにした会話しか出来なかったが、そんな話題で会話が出来る関係が良かったのかもしれない。当時、僕は彼女と話をしていて、僕にも同じようなところがあることに気がついた。僕は寝ているときに、多くは目が覚める直前だと思うのだが、頭の中にいっぱい話のネタが浮かんできた。まるで小説を書いているように次から次へと言葉が現れやがてそれが連なり話になる。書きとめておけば小説が書けると、何度寝ながら考えたことか。
 そのうちそんな芸当も次第に消えて行った。彼女が僕の薬局を卒業するとともに、僕自身の夢の中での作品作りも終わった。ところが最近又それが復活気味なのだ。取り留めの無い小説風ではなく、れっきとした返事の文章なのだ。毎日多くの方にメールを頂くから仕事の合間に返信をするようにしている。ところが漢方薬を作ることに時間を奪われ、なかなか当日中に返信が出来にくくなった。それに結構居心地の悪さを感じ、翌朝早くに返事しなければとプレッシャーを感じながら眠ることが多い。そんな夜は必ずと言っていいほど眠りながら返信の内容を考えている。
 不思議なことに、浮かんだ文章はそのまま使えると言うか、無駄なく僕の気持ちを表してくれるものが多い。だから今では、眠りながら、朝まで忘れまいと浮かんだ文章を復習する自分がいる。長い間、だらだらと生きては来たけれど、その挙句見つけたものも多い。それが少しでも役に立てればと、力むなと説きながら力む自分がいる。変われない自分を嘆くよりも、変わらない自分をいとおしむ、これもまた変異の脱力。


2016年05月25日(Wed)▲ページの先頭へ
食養生
 「割り勘だったら、もったいないから食べんわけにはいかんじゃろ!」と、僕には分からない理由で養生法を破ったことを自白した。
 僕は意外と食事療法を押し付けない。自分が守れないようなことは要求しないし、そんなことしなくても健康になってもらえる方法を考える。ただ、時に厳格に守ってもらわなければ漢方薬を飲む意味もなくなるような病気もある。彼は運悪くその「時に」に当たる。
 皮膚病では専門医も苦心する病気に襲われている彼は、2年前にまじめに取り組んでくれ本人はもちろん僕も満足のいく結果で終わった。僕のところに来たときにはもう皮膚科の治療を諦めていたから、お医者さんとは縁が切れていたが、あの改善振りを見たらお医者さんも漢方薬の実力を認めざるを得なかっただろう。そのくらいきれいになっていた。ところが1年位ご無沙汰していた彼がひょっこりやって来たから、不吉な予感はしたのだが、案の定再発していた。2年前に見せてもらったときほどではないが、一度きれいな皮膚を体験したら耐えられないくらいの症状だった。
 一度治れば又同じように努力すれば治る。案の定今回は2週間で、いや、本人曰く1週間くらいでよくなり始めたらしい。2年前に治した経験があるから彼自身もこれで又治ると思ったらしくて、口が軽くなった。そのおかげで、再発した理由が分かった。2年前に治療を開始してからかなり厳格に僕の要求した食事療法を守ってくれた。大好きな、そして頻繁に通っていた焼肉を絶ったのだ。ところが僕と縁が切れても皮膚病が再発しなかったものだから、あの大好きな焼肉を解禁したらしい。その結果、半年位してからポツポツと皮膚病変が現れた。そう言えばせっかくギトギトギッチャンの顔から脂も消え、お腹も引っ込んでいたのに、元の木阿弥の手前くらいに復活している。「割り勘だったら、もったいないから食べんわけにはいかんじゃろうと言うけれど、向こうが払うといったら食べんのか!自分が払ったら食べんのか!」一度治してあげているから僕も強い。どのパターンでも腹いっぱい食べるに決まっている。僕は治療に協力しない彼に留めの一発を食らわせた。「いい加減な言い訳をして食養生しないのなら、第三者委員会に調べてもらうぞ!こりゃ、牛窓の巻き添え!」


2016年05月24日(Tue)▲ページの先頭へ
中身
 外箱からして垢抜けているから、中身をついつい期待してしまう。で、中身は・・・・やっぱり垢抜けていて、彼が何処で買ったのだろうと想像してしまう。かの国の女性達が帰国するときに思い出旅行として年に2回訪ねる縁で、なんとなくその街の知識は増えては来たが、実際には大都市だから知らないところばかりだろう。彼と垢抜けたスイーツが結びつかないのか結びつくのか、恐らくそれを口にしたスタッフそれぞれで違うだろう。スイーツに詳しい娘や姪は違和感なく楽しんでいたが、僕は彼がこんな垢抜けたものを選んでくれたことが意外だった。少なくとも僕にこんなものを買って来いといわれたら断る。照れくさくて買えない。彼の若さか、克服した性格の賜物か、少なくとも僕などよりは数段勇気も行動力も持っている。
 長年多くの人と接して、人それぞれが特有の長所を持っていることに気づかされた。気づいていないのは本人だけと言うことも間々ある。情報の媒体が増えすぎて、皮肉にも真実に近づくことが難しくなった。実は真実は目立たずにひっそりと存在しているもので、アホコミニ喧伝されるようなものではない。僕ら凡人の薄っぺらに見える日常の中にも尊いものは存在する。とりわけ若者達は、自分の中の小さな能力に気がついて、ほんの少しだけその分野で秀でて、社会の役に立つことに喜びを見つけてほしい。金持ちの老人や、権力を握っている老人達が若者の前に立ちふさがり、若者はいつの世でも生き辛い存在ではあるが、自分の能力を卑下することなく、誰かを助けるために、ほんの少しだけ人より勝るものを見つけて欲しい。




2016年05月23日(Mon)▲ページの先頭へ
営業職
 お久しぶりです。一年くらい前までお世話になってた〇〇です。現在は通信課程の大学を卒業し、〇〇のメーカーの営業として働いてます。まさか自分が営業職につくとは思ってもいませんでした。正直今も相変わらず人前で話すのは苦手ですが、それを克服したいという思いの方が強くなり営業として働いています。こうして働けているのも本当に大和さんのお陰だと思います。本当にありがとうございました。先日初任給を頂いたので、拙いものですがお菓子を送らせて頂きました。よければ召し上がって下さい。
 
 この青年は2度我が家にやって来て数日一緒に過ごしたから、こうしてメールの内容を披露することを許してくれると思う。以前にも紹介したから、繰り返しを避けるが、大都会に住んでいて、繁華街ですれ違う人たちに「臭い」と罵倒し続けられた青年だ。そのせいで公共機関に乗ることが出来なくて、スポーツ用の自転車を21時間こいでやってきた。すぐに帰すには気の毒だから泊まって行く様に促し結局は数日滞在した。最初に来たときには、かの国の女性たちとフェリーに乗って高松に行き、2度目に来たときは、結構息子が親切にしてくれた。それらの力を借りながら漢方薬で治ってくれたのだが、今日のメールを読んで僕の家族が全員喜んだ。
 と言うのは結構好青年だったのだ。娘に「〇〇君はまじめだったから、よかったね」と言わしめるくらい、純粋な青年だった。ただただ人が苦手だっただけなのだ。それも家庭の事情でそうなっただけなのだ。「彼が治ればガス漏れの全員を治すことができる」くらい重症だったが、彼を治しても治すことが出来ないガス漏れの人がいっぱいいた。ただそれらの人と彼の違いは、僕のところにやって来ることを楽しみにしてくれるくらい我が家を好いてくれた事だ。3度目は、息子の家族が3階を占有したから泊めて上げれなくなって断ったが、我が家の敷居が彼にとっては低かったってことだ。だから色々な話をすることが出来た。興味本位で一度だけ注文してくる人たちとは圧倒的に治したい気持ちが違った。そしてそれに向かって努力もした。
 僕は年に2回かの国の女性達を連れて彼の暮らす大都会に行くが、それこそ岡山駅から新幹線で70分くらいかかる。牛窓からだと3時間かけていくところを彼は自転車をこいで21時間かけてきた。どうしても治したかったのだろう。敢えて、不得意な営業を選択したのも同じ気持ちからだと思う。自分の一番苦手な場所でしか治らないと言う助言を実行してくれたのだと思う。
 こんなメールをもらうとまたぞろ無料民泊を始めたくなる。実際に会って多くの言葉を交わし、少しずつ真実に近づく。そうすると青年達の貴重な時間が、彼ら自身のものになる。彼らには奪っていいものも、奪われていいものも無いのだ。虚栄を脱ぎ捨て、虚構を壊してありのままに暮らして欲しい。




2016年05月22日(Sun)▲ページの先頭へ
幼稚
 珍しくこの時間に帰って来た。いとうたかおのコンサートが牛窓であったから、何十年ぶりかにライブを聴きに行った。さすがに聴き手は僕世代の人たちばかりで、居心地はよかった。40年前にファンになって、口ずさんだ歌も多いが、今日は僕がその世界から遠ざかってからの歌ばっかりだったので、少し残念だったが、それはこちらの勝手な言い分だろう。歌い手としては新しい曲を歌いたいのは当然だ。
 コンサートの後、何人かが残って話をしたのだが、日常とは縁のない学生時代のような話題で盛り上がった。新しい人とも知り合って、まるで異次元の数時間だった。10代の最後から10年間くらいの暮らしぶりが一瞬復活したみたいだった。
 世代が同じと言うこともあって、いとうたかおが選ぶ言葉がすんなりと入ってくる。今僕がテレビなどで歌を聴くことはないが、その大きな理由が、あまりにも幼稚な言葉遣いなのだ。知性の片鱗、いやそんな言葉ももったいないくらいの歌詞にうんざりするのだ。若い人が年長者を惹き込むのは至難の業だろう。
 それにしても65歳になってなお全国のライブハウスを回る。こんな風景は僕らが若いときには想像できなかった。恐らく当時は30歳になったら引退くらいな感じだった。わずか数十年のうちに本当にいろんなことが変化した。恐らくこれからもっともっと急激な変化が日常茶飯事に起こってくる。そしてその必然として世の中のシステムの中に必ず異常な動きをするものが出てくる。そしてそれは体内の癌のごとく異常な増殖を続け、やがて社会を破壊する。僕ら世代の人が今だ歌っているなら、嘗て僕たちがそうしたように、力を持っているものに立ち向かえるようなきっかけを歌で表現して欲しい。


2016年05月21日(Sat)▲ページの先頭へ
焼肉
 「焼肉食べていく?」と尋ねると、とてもいい顔で噴出した。そしてその笑いが随分と長い時間続いたように僕には思えた。こんなにいい笑顔をするんだと嬉しかった。
 丁度いいタイミングだった。2ヶ月我が家に滞在していた子が帰国するから、最後の夜に焼肉をと、いとも安易に夕食を決めていたのを昼に耳にしていた。あの国の人間は、超食べず嫌いで、2ヶ月間日本にいたのにほとんど日本食を食べなかった。平均寿命が50歳代の国から80歳代の国にやって来てなお母国のものしか食べないのだから、「何しに来たんや!」と関西弁で言いたくなる。そんな食わず嫌いでも日本の焼肉はやわらかくて美味しいからよく食べる。不思議なのだが焼肉だけは何処の国から来た人でも喜ぶ。国で食べるのは硬くてまずいからだ。
 話がそれてしまったから元に戻すが、僕が誘った女性は正に数ヶ月前に胃の不調で相談に来てくれた女性で、最近はほぼ完治に手が届いている。病院の治療で改善しなかったので、僕のところに来たときはそれこそ表情が暗く辛そうだった。消化器系の不快さもあるのだが、病院で治らなかったことがかなりショックだったみたいで、必要以上に落ち込んでいるように見えた。幸い徐々によくなってくれて、今ではよほどの不摂生をしない限り調子を崩さない。そんな時に彼女の口から「以前のように何の心配もせずに焼肉が食べてみたい」と言う話が出たのだ。そこで間髪をいれずに彼女を誘った。僕の返事のタイミングのよさに、いや正に2階で焼肉の用意をしているという絶妙のタイミングが彼女には受けたらしくて、本当に心から笑ってくれた。
 こんな笑いを見せられると、漢方薬の勉強を続けてきてよかったなと思う。現代医学で治らないものは漢方薬で対処するしかない。僕は先生に恵まれたおかげでかなり効く漢方薬を作ることが出来るようになった。年とともに、引退がちらつき始めるのだが、何故か最近僕の仕事量は増えている。年齢でしか治せないものもあるのかと、嘗て若い頃先輩達を見てて思ったことが甦る。毎日毎日、40年間沢山の人と接した。肌で感じたことも多く、そうした公式では表せない機微が、処方の選択に反映されるのだろうか。そして年齢とともにとんがったところが無くなり、来て下さる人たちと大いに笑い合えるところも貢献しているのではないか。笑うことが出来る人は治る。僕の勝手な解釈だが、笑っているときの脱力感は薬なんかではとても作り出せない。
 結局その女性は焼肉を食べてはくれなかったが、僕は治ってもらえるなら、焼肉でもホルモンでも御馳走する。超早食いの僕が食べ終わって、じっと正面で見つめる中で美味しく食べることが出来れば完治だ。


2016年05月20日(Fri)▲ページの先頭へ
当事者
 僕の友人が、今あるレストランで手伝いをしている。何が出来るか知らないが恐らくかなりの下働きだろう。昨日西脇の海水浴場に配達に行ったそうだ。沢山の人がいて、誰に渡したらいいのかわからなかったから、近くにいた若い女性に尋ねたそうだ。「あんた、昼飯誰に渡したらいい?」と。するとその女性は分からなかったそうだ。そこで友人は「あんた、ここで何しょん(何しているの)?」と再び尋ねたらしい。するとその女性は映画のロケに来ていて、歌手か女優だと答えたらしい。名前を尋ねたらしいが彼は思い当たらなくて今日僕に尋ねに来た。「ミワと言う名前の歌手か女優を知っている?」と尋ねられたので、すかさず「
美輪明宏?」と答えたがもちろん違っていた。彼も「美輪明宏か高田美和しか知らん」と言っていたが、結局分からずじまいで話は終わった。
 この話で彼が配達や買出しの手伝いをしている事が分かった。それはそうだろう、卵焼き一つ出来そうにない。酒にタバコに賭け事に、体にいいことをひつもしないのに何故かまだ生きている。僕と同じ年齢なのに、10歳は年上に見える。もちろん不健康そうにも。ところが彼はそれを逆手にとって、たくましく生きている。なんでも、駐車場では必ず障害者用の場所に置くそうだ。するとスーパーやドラッグストアでは車まで荷物を運んでくれるそうだ。おまけに、気をつけてなどと親切な言葉を掛けてもらえる。不道徳極まりないが、彼の外見からは誰も嘘だとは気がつかないだろう。
 時々、電車の優先席に腰掛ける元気そうな人を見かけるが、気がつかずに腰掛けてしまう人もいるのではないか。特に外国人等は。駐車場でも同じことが言える。ただし、自分の風貌を逆手にとって確信犯的に常習的にやるのは珍しい。というか初めて聞いた。これが幼馴染でかなり気が合う友人なのだから僕の薬局の品のなさがよくわかる。ただもう少しだけ待てば彼も嘘つきではなくなる。正真正銘の当事者になっているだろうから。


2016年05月19日(Thu)▲ページの先頭へ
苦言
 キリスト教徒の何割かの人は耳が痛かったのではないか。
 ローマ法王が、ペットの犬や猫に注ぐ愛情を人間に向けるように苦言を呈された。隣人に向けられる愛がペットに注がれすぎだと言うことらしい。
 ペットに注ぐ愛情を人に向ければ、社会は格段に良くなる。犬嫌いの僕がひょっとしたきっかけで既に30年近く2匹の犬と過ごしてきたから、言われている事がよくわかる。この僕でもと言えるほど変わるのだから、元々好きだった人は、正に法王が言われたそのものではないか。ペットに注ぐ以上に隣人に注いでいる人もいるだろうが、それは少数派だろう。
 ペットといて気持ちがいいのは圧倒的にその従順性だろう。最初の犬は、僕が傍に行くと必ず起き上がり正座した。どんなときにでもだ。そのまま寝ていればいいのといいたくなるようなときでも必ずだった。その様は痛々しいくらいだった。これは人間相手では決して経験できないことだ。自分のことを最優先に考えてくれる人など決していない。以前は母親がそれに近い存在だったかもしれないが、今は母が子を殺す時代だ。
 前の犬は大きな雑種だったからいつもつないでいた。首に縄を付けられておとなしくしている姿を見るのは得意ではなかった。なんとなく居心地が悪かった。今の犬はミニチュアダックスだから、室内で自由にしている。屋外でも人に危害を加えないから自由にさせている、寝るときは必ず僕の布団にもぐりこんでくる。13年一緒に寝ている計算になる。そして何の習性か知らないが、必ず眠るときは僕の体に接触して眠る。最初は寝返りで押しつぶすのではないかと気が気で眠れなかったが、それこそ阿吽の呼吸で今では熟睡できる。これで情が移らないはずがない。
 もう一つの愛情注ぎ過ぎの大きな理由は、ペット相手なら究極の愛の形を体験できると言うことだろう。それはなんら見返りを求めない究極の愛だ。無償の愛だ。何から何まで全て与えることばかりだ。世話ばかりだ。返ってくることなど期待もしない。これは人間相手ではかなり難しい。どうしても見返りを求めてしまう。それがペットなら純粋な愛情の形を保つことが出来る。この喜びもまた大きくて感動的だ。
 人間が一番居心地が悪いのは、人間を相手にしているとき。人間が一番怖いのは人間。人間が一番信じられないのは人間。ペットと生きる人たちの心情はローマ法王でもなかなか変えることは出来ない。


2016年05月18日(Wed)▲ページの先頭へ
都知事
 何を根拠に、こんな男を東京に住む人たちは選んだのだろう。もっとも、前の奴も、その前の奴も、威張りくさって何様かと思うようなやつだったから、3連荘だ。あまりに人口が多すぎて、首長を選ぶといってもピンと来ないのだろうな。普通の人にとって、知事なんて誰でもいいから無関心だ。その空きに乗じて、誰でもよくない人間が必死で推す人間が当選する。選挙で得をする人間は頑張るから強い。おまけに、その得がほとんど経済的なものだからモチベーションも高くて、おのずと勝敗は決まる。
 東京都民以外が口を挟む問題ではないかもしれないが、やたらアホコミが、ここぞとばかりに正義ぶって放送するものだから目に付く。おまけに、細川なんかが当選していたら、原発は止まっていたかもしれないと考えたり、オリンピックは返上したかもしれないなどと思ったりするから、遠く離れていても喪失感の共有はある。
 それにしても最近やたら放送されるオリンピックが東京に決まったときの場面で、大喜びするアスリートたちの現在の心境はどうなのだろう。ドーピングに対して潔癖そうに見える彼らは、経済でドーピングしていたことが気にならないのだろうか。共犯者になったわけだが後ろめたくはないのだろうか。
 どちらにしろ、そろそろ日本人も経済経済と、いかにもおこぼれ頂戴みたいに卑屈な生き方を変えるべきだ。企業が儲けたらそこから雫のように金が落ちてくると言われ、1票を投じる。その挙句が今の底辺に暮らす人たちの窮状だ。これ以上あいつらの政治的快楽を許せば行き着くところまで行き着くだろう。それにはまずあんなふざけた名前の人間を引き摺り下ろすことだ。「巻き添え東京都知事」


2016年05月17日(Tue)▲ページの先頭へ
賄賂
 ニュースの原稿読みで人気を博した、いや物真似タレントに真似をしてもらって知名度を挙げたハーフの女性が、オリンピックのプレゼンで「お・も・て・な・し」ともったいぶって言ったのは、日本のお家芸であるおもてなしの精神を披露したのだろうが、実はそれが違っていたことが最近わかった。自国の事は皆贔屓目で見るから、悪いところに目が行かなくなるのが常だが、この国も決して清廉潔白ではない。この国どころか日本人も決して清廉潔白ではない。そもそも原発事故を完全にコントロール下においていると世紀の大嘘を吐いた人間を、掃除大臣にしているのだからそれだけでもレベルは分かる。それに輪をかけ、いかにも悪党にしか見えないアフリカのオリンピックの役員(陸連の役員?)に2億円くらい賄賂を送ったというのだから、汚い国の仲間に既に入っている。国民の金を勝手に賄賂として送ったのはどんな奴らか公にするべきだ。そいつらにも家族がいるはずだから、家族に恥ずかしくないのか問うべきだ。
 金がうごめくから、政治屋どもは企業経営者様様で、オリンピックを呼んでくる。自然をどんなに破壊しようが、福島や熊本の復興に回せられる金を好き勝手に使おうが、終わった後に莫大な無駄な施設を残そうが、作るときに莫大な利益が転がり込むのだから問題にならない。要は今すぐ手に入る金、金なのだ。10年後の日本人がどれだけ困ろうが知ったことではない。今の自分の懐だけが大切なのだ。だからこの国はこうなった。
 オリンピックを金で買う。こんな汚いことをする国だったのか、福島や熊本や、いずれ近いうちに必ず出来る巨大被災地の金を盗むがごとく自分達の懐を肥やす、そんな国だったのか。いいことだけは秘密保護法とやらで覆い隠し、旨い汁を吸う。庶民は哀れにも、そんな体制を支持し許す。おまけに飼いならされたアホコミから伝えられる真実はない。この国は放射能隠しと時を同じくして「表なし国家」になったのだ。


2016年05月16日(Mon)▲ページの先頭へ
花一輪
 そもそも茶事と言う言葉さえ知らなかったから、意図してその番組を見たのではない。偶然睡魔を待つためにつけていた教育テレビで見た番組だ。途中から見始めたので詳しくは分からないが、70歳くらいの女性が、ごく普通の人が暮らす田舎に出かけ、目の前で作った料理や目の前でたてたお茶でもてなすと言うものだ。1対1とか1対2とか、とにかく少人数の人をお茶と懐石料理でもてなすと言うから、僕らとは生きている空間が違う。所詮縁の無い話だ。それなのに僕が見続けたのは、茶事を行う老婆が、奥ゆかしくて、その個性に惹かれたからだ。
 あたかも悟りを開いているかのような女性にも悩みがあった。それを京都のお寺さんの住職に相談に行ったときに、その住職が
「花一輪に飼いならされてみなはれ」みたいなことを言った。正に禅問答みたいだが、恐らく仏教の教えの中にちゃんとある言葉だろう。話の前後からその謎めいた言葉の意味を理解できていたように思うのだが、一晩眠るとすっかり意味が分からなくなっていた。そこで、あれはどういう意味だったのだろうと、翌日折に触れ考えてみた。
 例えば僕が庭に花を植え、美しい花を咲かせた。あくまで僕が主役だ。ところがその咲いた美しい花のとりこになっていいのではないかと勧められているのだ。多くを望まずに、たった一本の花に真心を尽くしてみたらどうかと諭されているように感じた。物欲のみならず、あれもこれもと心の中で欲しがる現代人を戒めた言葉のようにとれた。茶事を行うその女性はその言葉の意味がすぐに理解できたみたいだったが、僕は時間がたつのに比例して、言葉のもつ意味から遠ざかっているように思う。その言葉を理解するにはまだまだ僕は、多くのくだらないものを持ちすぎているように感じた。



2016年05月15日(Sun)▲ページの先頭へ
福山バラ祭り
 今まで連れて行っていた女性たちと今日の女性達との差は、少し僕に配慮してくれたことだろう。今日も駅を降りて最初の大道芸を見ている時に7人のうちの1人が早速「リーリー」を口にした。僕はまだ、芸が終わっていないから立ち去りにくいし、面白かったから「オトウサン コレ ダイスキ」と言って「行こう、行こう」を拒んだ。実際、他の1人の女性はそのアクロバットな芸に強烈な声援を送っていた。まるで和太鼓会場の僕のように。
 「オトウサン バラ ミタイ」と言われたのは1ヶ月以上前のことだ。この季節に福山のバラ祭りに行くことを、覚えていたのだ。3年間の実習生生活を終え帰国する人を優先して連れて行くようにしているから、今年は自分に権利があると思ったのだろう。人選は声を上げた人にすべて任せることにしているが、この3月に来日した女性も1人含まれていた。幼い子供を国に残し覚悟の来日だが、好奇心が強く積極的に色々参加する。経済だけでなく、知識も持って帰れるのではないかと思う。
 彼女達にとって、福山のバラ祭りは、正にバラの花目当てだ。ところが僕にとってのそれは大道芸祭りなのだ。関西地方の熱狂的な大道芸ファン一家と仕事で知り合ってから、僕もその魅力が少し分かり、福山は年に一度のマイイベントに登録している。だからバラと大道芸のギャップがあり、立場上僕は遠慮して、バラだらけの公園に急ぐ。
 このバラだらけが彼女達にとってはたまらないようで、いつものように写真の撮りまくりだ。と言っても一歩下がって公園の様子を眺めていると、ほとんどの人が彼女たちと同じようにしている。日本人もそうだし、やたら多い東南アジア系の人たちもそうだし、白人も同じだ。
 バラが好きなのか、自分を引き立ててくれる背景としてのバラが好きなのか分からないが、今日は最初の僕の自己主張のおかげで、例年よりはゆっくりと大道芸を見ることが出来た。どのくらい練習を積み重ねているのだろうと思わせる演技ばかりだったが、非日常の一こまに心を瞬間的に軽くしてもらった。鍛え抜かれた彼らに感謝。


2016年05月14日(Sat)▲ページの先頭へ
遠回り
 学校保健委員会でも日常の薬局業務の中でも、子供達のゲームについてよく尋ねられる。具体的には目にしたことがないのだが、テレビのコマーシャルにやたら出てくるから今では想像はつく。その昔全くゲームを見たことが無かったときに想像していた内容は、現在毎日のようにテレビコマーシャルで見るものと全く違う。一言で言うと「こんなにつまらないことをしているのか」だ。ただ僕にはそのことを批判する権利は全く無いから決して口には出さない。
 僕の青春時代はパチンコ一色だった。浪人時代から大学を卒業するまでの6年間、多くの時間をそれに費やした。パチンコはゲームよりももっと単純で、お金も必要だ。時間と金と健康を犠牲にしないとパチンコなど出来ない。僕は6年間その全てを犠牲にした。授業は受けずに繁華街に行き、アルバイトで稼いだなけなしのお金をパチンコ屋さんに貢いだ。タバコの煙が充満する中で1日数時間を過ごしたから、副流煙の中で過ごしていたことになる。もっともその副流煙を作っているのもまた自分なのだから性質はかなり悪い。
 パチンコに熱中した理由は単純明快だ。浪人時代は受験勉強から逃げるため。大学に入ってからは、自分が選択した大学が間違っていたことに5月には気がついたからだ。と言うよりそもそも高校生の時に、将来自分がやりたいことなど全く考えられなかった。何をしたいかまるで考えたこともなかったのだ。ただ試験でよい点をとるなどと、恐ろしく無味乾燥の当座の目標で生きていただけなのだ。自分の個性に気がつき、それを将来の仕事にしようなどと考えなければならないことさえ気がつかなかった。今となっては痛恨の極みだ。多少の躓きはあっても、偶然普通の道に再合流できて救われたが、危ないところだった。
 僕がパチンコから足を洗うことが出来たのは、牛窓にパチンコ屋が無いと言う単純な理由だ。もし牛窓にあれば仕事が終わった後に、ずるずると通い続けていたと思う。近くにないのだからどうしようもない。もし近くにあったらそれではいったいどうしているだろう。恐らく僕は通っていると思う。罪悪感を感じながらもあのギャンブル依存症からは逃れられなかっただろう。今頃は、家族に逃げられ、家業を潰し、命も無かったかもしれない。
 ただスマホによるゲームは、僕のように「近所に無い」と言う脱出の決定打は無い。電波に乗ってやってくるのだから何処でもいつでもどっぷりつかることが出来る。そこが圧倒的に抜け出すチャンスが少ない理由だ。何かから逃げている状況で、忌まわしいものをより遠くに追いやってくれるものがあればそれに没頭するだろう。よほど興味を惹くほかのものがない限り。
 僕らは「よほど興味を惹くもの」を持ったとき初めてゲームと言う合法的な麻薬から逃れたり、距離を取ることが出来る。その合法的な麻薬に勝てるものはいくつかあるのだと思うが、誰にも共通して言えることは「将来の夢」だろう。具体的な夢をもし描くことが出来たら、僕はゲームと少なくとも共存できるのではないかと思っている。決別とまで言わなくても、適度な距離を保つことは出来る。
 子供は圧倒的に持っている知識と実体験が少ない。それをカバーするのが大人の役割だろう。受験勉強の段取りを整えるのは商業主義のおかげで簡単だが、生きた情報を与えるのは簡単ではない。多くを見、多くを感じさせてあげる努力こそがひょっとしたら「親の安心」にも一番効果的なのかもしれない。遠回りがだんだんしづらい世の中になってきているが、この遠回りはかなり重要だと思う。ただこの遠回りをもっとも苦手としている性格の人には、わが子の敵である憎きゲーム会社の責任者を打ち首獄門の末、市中引き回しにすることを勧める。


2016年05月13日(Fri)▲ページの先頭へ
質問
「宇都宮市は11日、市内の小学校で10日に提供した学校給食のタケノコご飯のタケノコから、基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超える放射性セシウムが検出されたと発表した。市によると、10日の給食で同校児童531人が食べたタケノコごはんを簡易検査したところ、基準を超える放射性セシウムが疑われたため、栃木県林業センターで精密測定。その結果、最高で234ベクレルを検出した。県環境森林部がタケノコの出荷者に事情を聴いたところ、出荷制限がかかっていない宇都宮市産に、出荷制限区域のタケノコが交じっていた可能性があるという・・・」
 驚きではない、表立って出ないだけで、裏では頻繁に行われている行為だろう。恐らくかなり安く入るからこんなに旨い話は無い。ぼろ儲け間違いなし。基準値などと書かれると、何かそれ以下が安心と言う風に読んでしまうが、そこはあいつらの狙うところで、そんなことで納得してはいけない。そもそも放射能なんて口に入れるものではない。それを入れたのだから犯罪だ。まして、福島以前の放射能の濃度なんて、0・00いくらの世界ではなかったのか。そうしてみればこれは何倍だ。県道をジェット機が走っているようなものだ。速度違反で捕まるのが当たり前だ。さて、この業者は捕まらないの?わが子の胃袋の中にもし放射能の塊を故意に入れられたら、保護者はどうするの?何もしないの?良識ある人なら警察に訴えて、捕まえてもらうのではないの?良識がない人なら、直接報復するのではないの?見えない、臭わない、触れられないものなら、これだけの毒を体内に入れられても関知しないの?子供は誰が守るの?放射能の最終処分場は、人のよい国民の細胞の中?


 


2016年05月12日(Thu)▲ページの先頭へ
内海
 「我は海の子しらみの子」と高らかに歌ったのだが、間違っていたことがあるので訂正しておく。5月4日は丸亀おしろ祭りのために電車で出かけ、帰りの瀬大橋線が通行止めになったために急遽、高松港からフェリーに乗った。波がとても高く怖かったのだが、その時の文章に、船首を波に向けるためにジグザグに航跡が残っていたと書いたのだが、実際は、船はまっすぐに走っていたが、航跡が風に流されてまるで、ジグザグに走ったように見えたのだろうということだった。プロが言うのだから間違いはない。
 買い物にやってきたのは前島フェリーのスタッフだ。4日に怖い目にあったと話しかけると、色々なことを教えてくれた。薬局の立ち話だけれどとても役に立った。
 瀬戸内海を走る船は所詮内海用で、波の荒い日に運行するようには出来ていない。四国フェリーの大きな船だって、港の風速が18メートルを越えると出港できないらしい。安全に接岸できないからと言う理由だ。そして、船そのものも大波を切って走るようには出来ていない。実際の話だが、古いフェリーを売却するためにフィリピンに向かっていたときに、太平洋の高い波を浮けて船体が割れたそうだ。浸水した場所が良くて沈没することは免れたらしいが、修理してからフィリピンに引き渡されたらしい。それだけ強度の設計が違うのだ。そして僕が恐れた横揺れは、外洋の船には飛行機の翼みたいなものがついていて、揺れをかなり防ぐらしい。そんなもの見たことはないが、波が強いと出てくるのだそうだ。それを使うとまるで飛行機に乗っているみたいだと言っていた。上下の揺れは仕方ないが横揺れはそれでかなり防げるらしい。外洋専門の船乗りでもさすがに大波は怖いらしくて、僕らが瀬戸内海の波に恐怖するのも仕方がない。
 ついでにもう一つ参考に面白い話を披露する。彼は一度海に落ちたらしい。その時に着ていたのは普段着ている作業着で、水に濡れると身動きがほとんど出来なかったと言っていた。落ちてから服を脱がなければと思ったらしいが、服が腕にぴったりとくっついてしまって、脱げなかったらしい。結局は浮き輪を投げてもらって助けられたらしいが、着衣のまま落ちればよほどの水泳の達人でないと助からないのかもしれない。我は海の子だから、浮き続けることは出来ると思っていたが、そんなことは実は出来ないのかもしれない。板切れ一枚下は地獄。よく言ったものだ。


2016年05月11日(Wed)▲ページの先頭へ
購買意欲
 ある漢方問屋さんから、朝鮮人参のいい物が入ったからどうですかと誘われ、沢山仕入れた。沢山仕入れたので調剤だけでなく健康維持のために飲んでもらおうと店頭に陳列することにした。僕の薬局は漢方薬を多く扱っているが、漢方薬を基本的には店頭に陳列していない。全て調剤用だ。薬局製剤を作ったり、息子が書いてくる処方箋調剤のために使う。漢方薬を店頭に陳列したら誰かが買ってくれるのかどうか僕は知らない。そんな経験がないから、わくわくするがたぶん99%徒労に終わるだろう。でも徒労でもいい。なんとなくそんな行為が楽しい。僕の世代の薬剤師はほぼ全員OTC薬品の販売に携わっていたから、物売りが本来は好きなはずだ。ただ時代の要請で処方箋調剤の比重が大きくなり、経済的には有利だが、なんとなく病院の下請けみたいで居心地が悪い。
 まず薬局に入ってきた方の目に止まるように陳列しなければならない。これは簡単だ、沢山仕入れたから山積みしておけば自然に目に付く。次はそれの説明のポップを考えなければならない。思いつくまま効果をメモ書きし、姪に渡してパソコンできれいに作ってもらうことにした。姪はなにやら僕のメモ書きを見て悩んでいるみたいだ。速記みたいな僕の字が読めないのかと尋ねると、「この人参の正式な名前は何ですか?」と迷っていた理由を教えてくれた。と言うのは、製品には人参としか書いていないのに、僕がメモに高麗人参と書いて、なおかつ口では朝鮮人参とかオタネ人参と言ったからだ。姪は分けが分からなくなったのだ。
 僕は名前には拘っていなかったので正式名を尋ねられても分からない。恐らくどれも正しいのではないかと思っている。ただ、ポップには正しい名前を書いて購買意欲を掻きたけなければならないから、姪にどれが一番目立つか考えてもらうことにした。。「どれも正しいと思うけれど、次の4つから決めて!」
「・・・・・」
「オッカネエ人参、こおりゃ人参、北朝鮮人参」
「・・・・・」
「売れそう〜」


2016年05月10日(Tue)▲ページの先頭へ
未熟
 己の未熟さを頓に意識し始めたのはいつごろからだろう。ずっと前からではない。むしろ最近になってと言っていいかもしれない。それまでは未熟さに気がつかないほど未熟だったのだ。年齢を重ねると、筋骨が衰え、不自由が身に染み出す。あらゆる器官が衰えているのが分かりだす。何をするのにも嘗てなら考えられないほどの労力を要する。ただ、最近気がついたのだ。意外と脳だけは衰えていないのではないかと。そして当然と言えば当然だが、毎日着実に経験を積んでいる。その中には延々と繰り返してきたこともあるし、まれなこともあるし、時と場合によっては初めてのことだってありうる。僕らはまだ日々の体験を積み重ねることが出来る進行形なのだ。そして新しい知識を得るたびに、それを知らなかった昨日が未熟に思えてしまう。僕らの年齢になってもなお新しい経験をつんだり、新しい知識を得ることができることをとても嬉しく思う。
 進行形を楽しむことが出来る限り、昨日は今日より明らかに未熟なのだ。


2016年05月09日(Mon)▲ページの先頭へ
老害
 安全保障法制を「違憲」として廃止を訴える憲法学者の小林節慶応大名誉教授(67)らが政治団体を設立し、夏の参院選に比例区から立候補する意向を固めた。「反安倍政権」を旗印に候補者をインターネットなどで募り、小林氏も含めて選挙運動が認められる10人以上を擁立する方針。新たな政治団体は政策として、安保法廃止▽言論の自由の回復▽消費増税の延期▽原発廃止▽「憲法改悪」阻止――などを掲げる。小林氏は昨年6月の衆院憲法審査会に参考人として出席し、集団的自衛権の行使を認める安保法制を「違憲」と指摘した憲法学者の一人。

 よかった、参議院選挙では誰に投票しようか迷っていた。消去法で選ぶしかなかったから、歯がゆさを覚悟していたが、上記の公約をもって立候補する集団が出来るならそこに投票する。上記の公約など庶民にとっては当たり前すぎて、普通の国民が自分の立ち位置をしっかり把握すればいとも簡単に実現するのだが、無知か無関心か、餌をぶら下げられてそちらをとるのか知らないが、何故か貧乏人のはずなのに、大金持ちが得する政治制度に賛成する。長年飼いならされてきたせいで政治的に去勢されているのだろうか。
 アメリカさんとの関係を良くして又儲けようとしている人間たちにとって、若者を戦争状態のところに行かせるなんて、気にも留めない。何故なら自分の家族や親類や仲間の子供達は絶対に行かなくてすむように出来るから。
 もうすぐ中国や北朝鮮みたいに言いたいことが言えなくなる。下手をしたら、知らない間に怖いところに連れて行かれる。まるで奴隷のようにこき使われても、何も言えない時代を今のやわな若者が耐えられるはずが無い。耐えられないならそれを阻止すべきだ。
 貯金ゼロの家庭が4分の一くらいあるこの国で、これ以上税金払えるのか。超大金持ちはパナマ文書で暴かれたように、税金払っていないではないか。江戸時代なら打ち首獄門だ。
 放射能を撒き散らされ、向こう何十年も健康を蝕まれて、奴等は何のお咎めも受けない。子供を作れといっても、放射能が降って来るところで育てられるのか。
 政治屋を縛る憲法を国民を縛るものに変えたがるのは、ロシアか中国か北朝鮮かエジプトか日本か?
 この国に蔓延している老害を正そうとして立ち上がったのが67歳。若者はもっと単純に怒るべきだ。怒らない若者だらけの国って一体どのようになるのだろう。


2016年05月08日(Sun)▲ページの先頭へ
孤独
 孤独感を抱えている人や社会的に孤立した人は、心疾患および脳卒中のリスクが高い可能性があることが報告された。研究を率いた英ヨーク大学健康科学部のNicole Valtorta氏は、肥満や運動不足などと同じように、孤独感や社会的孤立をリスク因子として捉える必要があると指摘している。今回の研究では、計18万人以上の成人を対象とするデータを分析した。対象者のうち4,600人強が心筋梗塞、狭心症を発症または死亡し、3,000人強が脳卒中を発症していた。統合したデータの解析から、孤独感および社会的孤立があると、心筋梗塞または狭心症のリスクが29%高く、脳卒中リスクが32%高いことが判明。研究グループによると、孤独感は免疫力の低下、高血圧、早期死亡にも関連することが明らかにされているという。

 孤独と孤立を分けて考えるなら、孤独は悪いものではない。青年期のなんともいえぬ孤独感は、アパートの一室にも存在したし、パチンコ屋の喧騒の中でも存在した。同級生が授業を受けている時間、繁華街のジャズ喫茶の薄暗い片隅で、およそや薬学とは関係ない文庫本を読み漁っていたあの頃、僕は孤独の極みだった。僕には尊敬すべき先輩達や、愛すべき後輩達がいて、多くの時間それらの人と行動をともにしたが、結局は孤独感から逃れるためだったのかもしれない。ただし、ひとたびアパートに帰ると、あっという間に孤独感にさいなまれた。たむろすることで解決できるものなどなく、1人アパートで思案した結果しか、行く道を示してくれなかった。孤独はそうしてみると、意外と生産性が高く、そればかりか感受性まで研ぎ澄ましてくれ、多くの言葉や多くの想いを与えてくれた。あの時期が無ければ僕には人様に語るようなものは何も無かっただろう。
 僕が今お世話している人の中に、孤立した人も結構いるが、意識してかしないでか孤独を楽しんでいる人も多い。僕は勝手に、無口なのに心の中に溢れんばかりの言葉を持っていて感性がとても豊かな人が孤独、雄弁なのに攻撃的な言葉遣いをし、相手を容易に否定し、揚げ足取りに終始する人を孤立と呼ぶ。だから孤立している人と話をしたり、メールのやり取りをするのは辛い。反対に孤独であろう人との会話やメールのやり取りは楽しい。
 孤立が健康に及ぼす害を研究した論文が発表されたが、当たり前と言えば当たり前だ。心も肉体も緩む時間がないのだから、緊張の連続だ。僕自身も含めて「脱力」勧めているが、プッツンしないためにも、時には孤独を深く味わいたい。




2016年05月07日(Sat)▲ページの先頭へ
御破算
 何処へ行っても、何をしても土産話などしない息子が、昨夜ちょっとだけ沖縄の話をした。
 ホテルが嘉手納飛行場の近くだったらしくて、戦闘機が間近を飛ぶらしい。その戦闘機の轟音を「雷より大きな音」と表現した。僕は嘉手納飛行場がどこにあるのか分からないが、ホテルのすぐそばというのだから結構町中なのだろうか。それとも風光明媚なところなのだろうか。どちらにせよ、折角の観光に行っているのに、雷の音と同じような音がしばしば聞こえるようではたまらないだろう。
 轟音の激しさを教えてくれた後に独り言のように「格好いいけれど」と付け加えた。子供なら、そのような感想を述べることもあるだろうが、大人がそう言ったので違和感があった。確かに僕もプラモデルなどで沢山戦闘機を作っていたから、格好いいことは分かるが、その前に殺人道具だと理解しているし、1機で熊本の被災者の多くを救えることも分かっているし、戦闘機が守るのは僕たち庶民ではなく、大企業の経営者や政治屋だと分かっているので、いい評価など決してしない。人殺し用の機械より、災害のときに活躍できる飛行機をそろえたほうがましだ。
 数日間、沖縄で何をしてきたのか知らないが、僕にとっての沖縄はエイサーだ。それ以外は何も知らない。雷より大きな音が毎日するようなところと誰が想像できよう。本土の人間が無関心なのは想像が実情にはるかに及ばないからだ。轟音の体験がない人間は、語る資格がないと言われるのは悔しいから、想像力を働かせようとするが、基準となるものが無ければそれも出来ない。息子が「雷よりも大きな音」と表現したことは参考になった。だから戦闘機が格好いいと言ったのは御破算にしてやる。


2016年05月06日(Fri)▲ページの先頭へ
急死
 そんなことが本当にあるのかと思うが、教えてくれる顔は真剣だ。
 ある製薬会社の女性セールスは大の犬好きで、我が家と同じミニチュアダックスを飼っている。毎月、自身の手作りの近況報告を薬局に置いて行くが、必ずその犬が登場する。我が家より1歳年上の14歳だから、もう老齢犬だが、ミニチュアダックスは小さいからいつまでも幼いように見える。
 その犬がこの連休中に急死したらしい。心の中では整理がついているのかついていないのか分からないが、気丈に振舞っている。「私は区切りはついたんですが、猫のほうがまだ尾を引いているみたいです」と言う言葉の意味が分からなかった。当然年齢的にも別れが近いことは覚悟していたから、いつまでもくよくよしませんと言うところまでは分かる。ただ猫のほうが途方にくれているのが分からない。猫って途方にくれるのだろうか。
 セールスの家では、8歳の猫と13歳の猫が仲良く同居していたらしい。8歳と言うことは、猫にとってはいつも犬はいて当たり前の話なのだ。それが急にいなくなったので、いつも犬がいたあたりをじっと見続けているそうだ。そして、犬がよくもぐっていたコタツの中を探したり、犬が休んでいた布団の匂いをかいだりしているそうだ。
 死んだ姿を見せなかったのと尋ねると、やはり見せてお別れをさせたらしいが、猫にとっては寝ていたとしか見えなかったのでしょうと教えてくれた。今まで3匹も犬を飼ってきた人だから、動物に関しては詳しいのだろう、そんなことが実際にあるのと思うような解説をしてくれる。
 急死と言っても、1ヶ月くらいは心臓の弱りから来る咳をよくしていたらしい。死ぬ前に焼肉を食べたと言う話を僕にも妻にも娘にもしたのは、自分を慰めたいからだ。人は各々苦しみや悲しみを薄める方法を知っている。その方法を知らない人が時に自分を責める。または自分自身を消す。
 1歳年下の我が家にもいずれ別れがやってくる。僕にとって「薄める方法」は何なのだろう。


2016年05月05日(Thu)▲ページの先頭へ
桁違い
 当然、宿泊は断ったのだが、1時間以上滞在して、遅い夕食を御馳走して出て行ってもらった。若い男女数人を一つの空間に泊めるほど僕は寛容ではない。ただその時に1人の男性が面白いことを口走った。その内容に考えさせられるものがあった。
 今回東京と大阪で暮らしているかの国の青年が訪ねてきたのだが、その中の1人が僕を慕って再来日した女性だ。彼女が国に帰って日本語学校に通っていた頃に知り合った仲間らしいが、彼女に全員が世話になったらしい。日本で暮らしていたから日本語が上手で、その知識の世話になったのかと思っていたら、どうやら経済的な面で世話をしてもらったらしい。どの程度の世話か分からないが、日本で3年働けば30年分の給料などと言っていたから、それなりのことをしてあげていたのだろう。屈託も無く「お世話になっていました」と明かしてくれた男性の父親は外科医で母親は内科医らしい。両親が医者で、まだわらぶき屋根の家に住んでいる女性からお金を融通してもらうのはおかしいだろうと言うと、「私の国は、医者は特別な仕事ではないです。普通の公務員です」と言った。その上「仕事が終わったら、全然違う仕事のアルバイトに行っています」と衝撃的なことを付け加えた。一瞬耳を疑ったが、ロシアの医者もそのような待遇であることをテレビで見たことがある。タクシーの運転手もしていると言っていた。社会主義国共通のことかもしれないが、だとすれば、医者になった動悸は何だったのかと思ってしまう。
 そう言えば先日、かの国の寮に遊びに行ったとき通訳が、僕の息子が医者であることを知って「お父さん、息子さんは給料いくらもらっていますか?」と尋ねられた。答えるのを躊躇っていたら「20万円くらいですか?」と追い討ちを掛けられた。さらに答えあぐねていると「それでは30万円ですか?」とあまりの高給にびっくりしていた。結局僕は答えることはできなかったが、かの国の様子がよく分かるエピソードだった。
 翻って、果たしてこの国で、他の職業と同じ給料だったら、どのくらいの人が医者になるだろう。薬剤師もそうだが、果たして給料以外のモチベーションを持っている人がどのくらいいるだろう。業界団体を作り、政権党に票を渡す代わりに、税金の一部を報酬としてもらう、こんなあくどい関係が作られている中で、純粋な医療が行える人がいったいどのくらいいるのだろう。正に桁違いの給料をもらい反り返っている人間に、算術以外が出来るのだろうか。
 人の上に人を作らず、人に下に人を作らずと、新しい日本を作るときに打ち出された崇高な理念は、守銭奴たちに踏みにじられ続けている。


2016年05月04日(Wed)▲ページの先頭へ
直撃
 瀬戸大橋線が運休になるくらいだから、四国フェリーもかと思ったが、親切な駅員さんが調べてくれて、運行している事が分かった。
 丸亀城の天守閣あたりを吹く風が尋常ではなかった。風下に向かって立つと持っていかれそうになる。その時ふと頭を掠めた。「瀬戸大橋線は動いているだろうか」と。案の定、風速20メートル以上の風が吹いているから、運休中だとのアナウンスがあった。何時に回復するか分からないと答えられたので、高松までマリンライナーで移動して、フェリーで帰ることにした。
 今から考えると、瀬戸大橋が通れないくらいの風だから、波も高いだろうと連想するのが当たり前だ。ただ、なぎの日しか乗らないので、イメージできなかった。ただJRで高松港に着いたときには、沖は白い波しぶきで埋め尽くされていた。
 僕らと同じ選択を余儀なくされた人たちが殺到したのだろう、まだ出発の30分も前だというのに乗船が始まっていた。僕は児島駅に車を置いて、電車で瀬戸大橋を渡っているので、フェリーは身一つだ。だからすぐに乗れたが、多くの車が積み残しになり、1時間半埠頭で次の便を待つことになっていた。車の積み残し、船室が一杯になって入れずに、風が吹きすさぶデッキで懸命に足を踏ん張っているような経験は今だ嘗て無い。僕がフェリーを好きになったのは、乗客が少ないと言う点が大きいから、今日の光景は好ましくない。
 高松港を出てから程なく、水しぶきを上げていた波の大きさに気がついた。波が船底を叩き、デッキまで響いてくるのだ。横波をかぶってはいけないからだろう、いつもの最短コースとは程遠く、波を正面から受けるように方向を頻繁に変えていた。船がどちらかに傾いているようにも見えた。船の真ん中に立ち両サイドを眺めると、明らかに傾きが違っていた。車の固定が外れたら、車が一方向に偏り転覆するのではないかと思った。
 何度も利用しているフェリーだから、救命の浮き輪やボードがどこにあるか知っている。全く泳げない同行のかの国の女性二人だけは何とか助けなければならないと、シミュレーションしていた。
 僕1人なら体温を奪われない限り波の上に浮かんでいることは出来るが、大人ふたりをなんとかできるかというと100%どうにもならない。「丸亀おしろ祭り」で僕の好きな「夢幻の会」や「善通寺龍神太鼓」が出るから、2人のかの国の女性と聴きに行ったのだが、そのことに関する後悔が頭をもたげてきた。
 恐怖という言葉の一歩手前くらいな気持ちで65分の船旅を終えた。宇野の港が近づいて、島々と接近して走り出しようやく波が収まったときには正直ほっとした。四国の人や頻繁に利用する人みたいに経験がないので、どのくらいの波だったら危ないのか、安全なのか全く知識を持ち合わせていなかった。まさか空高く晴れ上がった日に、急激に発達した低気圧の直撃を受けるとは思わなかった。全くの経験不足を嘆く。


2016年05月03日(Tue)▲ページの先頭へ
無傷
 実習生として日本で働いた後、帰国していたが、日本に再び来たいと奈良県の短期大学に入学した女性がいる。現在は、そこを卒業し大阪の専門学校で学んでいる。勉強熱心なのか、日本にいたいだけなのか今だ僕自身も測りかねているが、その女性が連休中に訪ねてきたいと連絡があった。なんでも4人でやって来るから泊めてほしいとのことだった。普通なら無理をしてでも泊めてあげるのだが、その中に男性が1人混ざっている事が分かった。依頼の電話は僕が不在時に妻が受けたので判断しかねていたみたいだが、息子に相談して結局は断ったらしい。息子は単に物理的な理由で断ったのだろうが、僕は一般常識に照らして即却下した。
 10年近く、かの国の女性達との交流を許されているのは、僕が徹底して雇用している会社の規則を守ってきたからだ。そしてそれに輪をかけて日本人が持ち合わせている良識を徹底して守ってきたからだ。元々現地の会社で選抜された優秀な女性達の集団だが、つまらない誘惑よりもはるかに意義深い日本の生活を送ってもらうように僕は心がけている。
 ふとしたきっかけで彼女達との交流を会社に許されたわけだが、長年の交流が僕にとって生活の中で一番幸せな時間と言い切ることが出来るのは、恐らく僕がなんら見返りを求めようと思わないからだと思う。見返りを求めないのではなく、見返りを求める気持ちが全くないのだ。いやいやもっと正確には、彼女達との交流に最初から、見返りと言う言葉は存在しなかったのだ。だから僕にとっては全く無重力の時間なのだ。
 これは子供達が幼かった頃の無償の愛に通じるかもしれない。いやいやわが子には期待するところがあったから、本当の意味で無償と言えるのは初めてかもしれない。
 今日2度の選抜に漏れた人たちを和気の藤祭りに連れて行った。1週間のうちに3度も訪ねれば僕も少しは藤のことが分かってきて、今日は遠くから見ただけで藤の色が褪せているのが分かった。案の定藤棚の下に立つと、低く垂れ下がっているところは新しい花だからまだ色鮮やかだったが、根元のほうは既に枯れかけていた。今日の同行者は満開の状態を知らないから結構楽しんでもらえたが、さすがに週3回はこたえて、出来れば無償で、いや無傷で連休を乗り越えたいと思った。


2016年05月02日(Mon)▲ページの先頭へ
重石
 寮を訪ねると、いつも親しげに迎えてくれ、ずっとそばにいて、通訳までこなしてくれた女性Rが帰国して、僕はいったい誰に向かって話せばいいのだろうと懸念していたが、面白い現象が起こった。もちろん専門の通訳がいるから、必要なときはお願いすればいいのだが、彼女の手をしばしば煩わせるのは忍びないから、なるべく自力で意思疎通をしようと決めていた。だから以前より少しだけ重い気持ちで玄関を開けたが、それは杞憂だった。
 いつもソファーに腰掛けるとそばにRが陣取る。そして数人のかの国の女性達が正面のソファーに腰掛け、多いときはソファーの後ろに数人が立つ。杞憂に終わったのは、Rの定位置に1人の女性が腰掛け、まさにRがしたと同じようなことを始めたのだ。「なに?自分、日本語がそんなに分かっていたの?」と思わず発した。「ワタシ ニホンゴ スコシダケ ニホンゴ ムツカシイ」と答えたくらいだから、かなり分かっているのだ。その上、他の女性達も片言の日本語で色々話しかけてくるし、僕の言うことを懸命に聞き取ろうとする。こんな光景は初めてだ。いつの間にそれぞれが日本語の力をつけていたのだろうと思わず感動した。
 まるで重石が取れたようだ。今まではRの日本語力に頼って僕と交流していたのに、これからは自分達の力で僕と結びつこうとしてくれている。懸命に知っている言葉を捜す姿は感動ものだ。人を理解しようとする姿、理解してもらいたいと努力する姿は美しい。どんなものでも頑張っている姿は美しいものだ。日常の一こまにこんな光景が存在することに感謝しなければならない。


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