栄町ヤマト薬局 - 2016/02

漢方薬局の日常の出来事




2016年02月29日(Mon)▲ページの先頭へ
選択
 高齢者が車の運転を止めると、精神面・身体面の健康状態が低下する可能性があることが、新たな研究で明らかにされた。「これは複雑な問題だ」と、米コロンビア大学医療センターのGuohua Li氏は話す。安全のためには、多くの高齢者がいずれかの時点で運転を諦めなくてはならないが、一方でその決断は大きな影響をもたらす。運転を止めた高齢者は、社会的な孤立を感じて気分が落ち込んだり、運動量が低下して身体の健康状態が悪化したりすることがあるため、ケースバイケースで判断する必要があると同氏は指摘している。高齢者が運転を止めると抑うつが悪化する確率が2倍になることがわかった。別の研究では、運転を止めた後に身体機能の悪化や記憶力・知的能力の低下の加速が認められた。さらに、運転を止めた人は3〜5年以内に死亡する確率も高かった。

丁度梅田で起こった事故の前にこの記事を読んでいたから、複雑な思いだった。全く悪意のない人でも、他者にあんな不幸をもたらしてしまうことを目撃したら、多くの高齢者が自分のことに置き換えて悩んだのではないかと思う。早速免許証を返納した人もいるかもしれない。
 片やこの報告でも分かるように、運転にはあらゆる体の機能を動員するというメリットがある。肉体も精神も両方だ。精神は常に緊張状態を維持しなければならないし、肉体はそれに瞬時に応えなければならない。そんな状況はあまり他にはないのではないか。年齢を理由に許されることばかりだから、どうしても甘えが先に立ち、精神にも肉体にも同情的だ。そして他人にも自身にも又同情的なのだ。
 昨日、倉敷で高速道路を降りて、バイパスを通って帰ったが、その道中で無謀な運転をいくつも目撃した。周りの人の単なる親切を自分の運転の腕と勘違いしている輩がいるものだ。恐らくその中の数人は、来年にはこの世にいないのではと思わせるほどの精神の未熟さだった。それに比べれば老人の運転などは逆に安全そのものかもしれない。スピードを出さないし、ひたすら決められた車線を一定のスピードで走るから、事故の確率はひょっとしたら低いのではと思ったりした。実際に高齢者の運転手が増え、若者の車離れが始まった時を同じくして死亡事故が減ってきているのではないか。
 色々なリスクや不安を抱えながら昨日もがんばって丸亀まで行ってきたが、僕はこの程度のことが出来なくなれば多くのことを失うのではないかと言う不安を漠然と感じていた。だから丁度この研究成果を目にしたときにはしてやったりだったのだ。梅田のことさえなければ今でもしてやったりが続いていたはずなのだ。
 自分の人生の質を落としたくない。人様を傷つけたくない。とても大切な選択をいずれ誰もが迫られることになる。


2016年02月28日(Sun)▲ページの先頭へ
石井響宇山
 何故、香川県の和太鼓の水準がこんなに高いのだろうとずっと思っていたが、その理由が分かった1日だった。
 思えば去年の「讃岐太鼓のつどい」にかすれた声で挨拶に立っていた人がいた。病気と戦っていると言っていて、惜しくも亡くなったらしいが、ひとえにその方の功績らしい。いわば、香川県の和太鼓を育てた人といえるのかもしれない。和太鼓の創生期に全国的に活躍された人でもあるらしい。今日はその方を偲ぶ大会にもなったみたいだ。6団体出演したが口々に業績をたたえていた。
 ライオンズクラブが主催と言うことで、毎年無料のコンサートだ。内容からしたら2000円以上は十分とれる。ほんの少し空席もあるから県外から、7人連れて行く僕にとってはこの上もない条件だ。今日、和太鼓が初めてという女性も数人いたが、「幸せ」を連発してくれた。かの国でコンサートなどと言うものはまず経験したことがないから、会場に入っただけで感激してくれ、まして質の高い演奏を2時間半に渡って聴けたのだから、その言葉は決して大げさではない。それが証拠に、もう何十回と和太鼓演奏を聴いている僕でさえ、幸せと思えるのだから。まして今回のように、ぎっくり腰上がり、風邪の治りかけ、睡眠不足、虫歯と4重苦の状態で無事に行って来れたのだから感激もひとしおだ。
 毎回コンサートのたびに是非来年も元気で来ようと思うのだが、なかなかその保証は得られない。ただ、コンサートのたびに心から感激することが、来年のスタートになることだけは確かだ。今日の6団体の演奏を聴いている間、4重苦が全て姿を消していた。どういったホルモンがその時の僕を支配していたのか分からないが、少なくとも快楽に近いホルモンだったに違いない。きな臭い奴のおかげで不快なホルモンに支配され続けている昨今の僕には救いの瞬間だ。



2016年02月27日(Sat)▲ページの先頭へ
魅力
 スタッフの女性が2人でお互いにシップを貼りっこしていた。2人とも首から肩に掛けて貼っていた。それを見た僕は「ヤマト薬局って、そんなに過酷な職場なの?」と冗談で尋ねた。
 とは言え、薬剤師は下を向く作業が多いから、首や肩こりは職業病に近い。又煎じ薬を作ったり、微粉末の現代薬を調剤する工程では喘息も職業病に数えられる。極端な例では、抗がん剤を調剤するときは、特に妊娠が予定される薬剤師は気をつけなければならない。なんとも皮肉なものだが、抗がん剤がガンの原因になると言う間接的な証明でもある。
 こうしてみると薬局の中も結構大変だ。健康を提供する職業が不健康まみれでは洒落にならない。特に僕など上から下まで、いや表面から内部まで不健康きわまるから、モルモットみたいなものだ。どんな薬がどのような期間でどのように効くか、効かないかを試す機会が多い。昨夜強烈な悪寒がした。どうして今になって珍しく風邪を引いたりするのかいやになるが、それでも猶予は30時間あまりだ。何故なら、明日は牛窓から5人、児島駅で2人拾って丸亀まで連れて行かなければならないから。昨夜は9時には寝たが、それが一応効を奏して今日は1日普段どおり仕事が出来た。ただし、これはかなり薬で人為的に抑えているだけだから、明日起きてみなければ本当に四国まで行けるかどうか分からない。
 決して重いものを持ったり、暑い所や寒い所で仕事をするわけではないのに、これだけ不健康では、他のどんな仕事も出来ないような気がする。決してなりたくてなった職業ではないが、これしか出来なかったのかもしれない。そんなに肉体労働でもない、そんなに知的な労働でもない、誰でも出来る仕事。これが薬剤師の魅力かも。







2016年02月26日(Fri)▲ページの先頭へ
現象
 一昨日の夜の雲に驚いたのは僕だけではなかった。テニスコートから走って帰って妻に雲を見てもらうと、雲博士の妻もさすがに驚いていた。そして翌朝だれかれとなく喋っていると、一人の女性が空の異様な光景を見てやはり見入ってしまったと言っていた。だから少なくとも3人は見たのだ。僕が慌てて家に帰って妻に告げたのは、明らかな証拠を写真に摂っておいてほしかったからだ。何枚か写してもらったが、生まれてこの方カメラと言う物を持ったことがない僕は知らなかった、夜の空など写らないのだってことを。見てみると、モニターはまっくらだった。こうなれば言葉で説明するしかない。
 真っ黒の画用紙を用意する。その上に筆に力を入れて太い線で白い直線の筋を書く。13本、ほとんど等間隔に描く。出来上がったのは、一定間隔に引かれた白い筋だ。実際の空では、ある白い線のところがひときわ明るくて、一瞬だけ月が見えた。星は一つもなかった。と言うことは、黒い部分が雲で白い線が雲の切れ間と言うことになる。晴れた空に雲が出ていると逆になる。13本の線が雲の切れ間だったのだ。空を南北に貫いていた。空は広いから南は四国、東は兵庫県まで延びていたのだろうか。テニスコートから見える空のほとんどを、そうした光景が覆っていた。
 これがもし南海沖地震の予兆なら僕は特種を逃がしたことになるが、起こる前に言葉で説明したのだから一応証拠として残せた。もし実際に起これば大々的に宣伝し、起こらなければ何もなかったかのように肩身を狭くしておく。自然現象にいちいち意味をくっつけていたのでは楽しめないが、それにしても見たことがない現象だった。
 


2016年02月25日(Thu)▲ページの先頭へ
体臭
お母様へ
 あの頃(青春前期)の体臭は誰にもありますが、自分では臭わないものです。僕は牛窓に帰って来た頃、当時冷房もなかったので、タオルを首にかけながら仕事をしていましたが、ある患者さんに「すっぱいよ」と言われました。僕は「よく働いている証拠だから、当たり前じゃあ」と言い返しましたが、自分では全く臭っていませんでした。
 その女性は20年にわたって親も子も、我が家のエチケットローションのヘビーユーザーです。自分の弱点に人は敏感で、その裏返しで攻撃的になるものです。恐らく〇〇さんは「繊細」の一言に尽きるのだと思います。青春の落とし穴に落ちたのだと思います。僕は「すっぱい」などと言われても当時全く傷つきませんでした。よく働いている人間の勲章だと思っていましたから。 僕もかなり繊細すぎるところがある人間ですが、「命に関わらない」分野では意外と勇敢なのです。だから、外見にしても中身にしても自然に自分を受け入れることができ、肯定的なのです。 〇〇さんと同じ年の頃、僕もかなり自分で自分を苦しめていましたが、今思えば哀れにも全くの一人芝居です。どうせ演じるなら猿芝居のほうが楽でした。劣ったり、負けたりすることに当時寛容だったら、青春の落とし穴などには落ちなかったのに。
 今までのように、いつも〇〇さんの味方でいてあげてください。
                                 ヤマト薬局


2016年02月24日(Wed)▲ページの先頭へ
決別
 まだ薬局を開けていない時間に妻が「お姉さんが来られているよ」と階下から上がってきた。まだ頭の回転はそんなに落ちていない僕だが、その状況を理解するには一瞬の時間差攻撃があった。どんな顔をしていたか我ながら見ものだが、恐らくボーッとしていたに違いない。元々がボーッとしているのだからそれに輪をかけたらどうなるのか恐ろしいくらいだが、およそこの世のものとは思えなかったかもしれない。
 と言うのは下の姉は横浜に住んでいて、横浜から突然訪ねて来るのは経験もないし、予想もつきづらい。ただ、僕ならやる。と言うより常套手段だ。それには二つ理由がある。サプライズで感動が倍になること、予定に縛られたくないこと。僕は1人で行動するときは行き当たりばったりが好きなのだ。自分の人生と同じだ。なんら計画を立てずに、行き当たりばったりで、最小の努力でやってきた。さすがに華々しいものを手にすることは出来なかったが、人生など力んで生きる必要はない、行くところは同じなのだからと言う冷めた人生訓は得られた。全てがうまくいき、多くを手にした人に比べて、なんて気軽だろうと最近は思うことが多い。この身軽さは意外と価値があるのではないかと思うようになった。
 僕たちが幼少から叩き込まれた価値観との決別がやっと今出来始めたってことだ。それらからの解放は心地よい。体が少し言うことを聞かなくなった分を補って余りある。人様を傷つけない、鳥や動物を傷つけない、海や畑を荒らさない。親切をしてもらえばありがとうと言い、悪いことをしでかしたらごめんと言い、朝はおはよう、夜はお休み、それで人生は楽しいものになるのだと分かった。満腹よりも空腹のほうが力が出ることも知ったし、満たされるより足らずを嘆いていたときのほうが幸せだと分かった。些細なことに感動して涙を流す、そんな自分がいとおしくもなった。姉がいみじくも言っていた「永久に続くものなんてない。必ず変化する」と。何を思って言ったのか分からないが、力まないことを覚えたら、人生は楽しいものに変わる。


2016年02月23日(Tue)▲ページの先頭へ
中止
東北地方などの魅力を紹介するため日本外務省がソウルで開く予定だった行事が、開催直前に中止になった。
このイベントは「Explore REAL JAPAN in ソウル」。ソウル市内のショッピングモールに、青森、宮城、福島、鹿児島各県の合同ブースを設置。菓子や日本酒の紹介、民謡ユニットによるパフォーマンスなどが行われることになっていた。これに対し、韓国の「市民放射能監視センター」など市民団体は19日に声明を出し、「福島、宮城、青森の各県は、(東京電力福島第1原発事故で)汚染の被害を受けた地域で、水産物の韓国への輸入が制限されている」と強調。「行事では福島県産の菓子も広報対象に含まれている」と指摘し、日本大使館に対し、行事の取り消しと謝罪を要求。韓国政府にも、日本側に中止を求めるよう訴えていた。韓国当局は市民団体の反発を考慮した可能性がある。

昨夜NHKのつるべ何とかと言う番組に間寛平が出ていた。僕は彼が好きだからつい見てしまったが、福島の食べ物を食べる時に「全然気にしていませんよ」というようなことを言っていた。福島の人が心配して、よその人間は気にしていないようなことを言っていた。うどんを御馳走になったからリップサービスかも知れないが、ひょっとしたらそのままでなんら気にしていないのかもしれない。アナウンサーも「むしろ検査しているから安全なんです」とフォローしていた。
 アホノミクスの手先に成り下がったNHKだから、アナウンサーも出演者も東電とずぶずぶなのかもしれないが、遠く離れた韓国の人のほうが冷静で、あの番組を見て何も感じない日本人のほうが異常だ。このところのアホコミを見ていると、アホノミクスの手先まっしぐらで、如何に奴らに不都合な情報を他の低級な番組でごまかすかに普請しているかのように見える。低級であればあるほど受けるみたいで、この世を謳歌する特権階級を貧乏人が懸命に支えている。甲状腺がんを発症しても耐えることを強いられるのがこの国の民度なのか。凍える冬を耐え抜く力があるなら、悪を許さない粘り強い力を見せて欲しい。のさばる前に除染しなければ。東北だけでなく、この国を救うことが出来るのは、あの善意に満ちた人々が目覚めたときの正義の力だと思うのだが。 




2016年02月22日(Mon)▲ページの先頭へ
代行運転
 昨日の備中温羅太鼓のコンサートに行くにあたって代行運転と言うものをインターネットで検索していた。今まで利用したことはないが、急に腰でも痛くなって運転できなかったら、かの国の女性達を連れて帰れないと思ったからだ。倉敷市と総社市の2箇所をピックアップしてメモしていた。そのことを話すと息子が、その距離ならかなり高いよと教えてくれたが、お金には変えられない。とにかく無事に連れて行き、目的のものを楽しんでもらい、無事につれて帰る。毎回かなり神経を使うが、これは必ず全うしなければならない必須のものだ。
 その意味で姪に、もし僕が体調不良だったら代わりに連れて行ってあげてと頼んだのを断られたのも頷けるのだ。姪はすぐに私の車は保険が最高保障ではないからと躊躇った。保険で補償するのはあってはならないことの最終手段だが、まず7人の命を預かるという心理的な負担が大きい。運転もかなり緊張を強いられ、楽しむどころではないのは毎回だ。ただ、その成果は大きい。何かで測る事が出来ないからどのくらいと具体的には示せないが、昨日でもうれしいエピソードが生まれた。
 先ほど、漢方薬のことで電話をくれた女性と昨日同行したのだが、初めての和太鼓のコンサートの印象は「心が躍った」だった。僕は時々漢方薬をとりに来る方にインターネットで和太鼓の演奏を聴かせるが、彼女は特に興味を示した人で、是非本物の演奏を聴いてほしかった。偶然備中温羅太鼓の公演が近かったので招待した。おそらく僕が嘗てそうであったように彼女も又衝撃的だったに違いない。喜んでもらえて僕も肩の荷が下りた。それから、彼女もまたかの国の女性達のことを気に入ってくれて、差し入れをしてあげたいとまで言ってくれた。それは丁重に断ったが、かの国の女性達も彼女のことが好きになってくれていたから、一か八かの賭けのような総社行きだったが、実り大きな1日だった。
 来週は丸亀で「讃岐太鼓のつどい」。もっと体調を上げておきたい。


2016年02月21日(Sun)▲ページの先頭へ
備中温羅太鼓40周年記念
まずは神様に感謝。その次はアスリート治療院の指圧の先生に感謝。そして最後に、備中温羅太鼓の皆さんに感謝。今日は最初から最後まで感謝の日だった。僕に何も出来ることはなく、全て与えられた恵だった。
 そもそも今回のぎっくり腰の治療で焦っていたのは、今日の備中温羅太鼓40周年記念のコンサートに行けなくなるかもしれないという懸念が一番の理由だった。年に1回だからこれを見逃せば来年まで待たなくてはならないというのではない。既にかの国の女性達に約束していて、特に4月に帰国する1人の女性がとても和太鼓のファンだったことがあり、どうしてもその女性に備中温羅太鼓のコンサートを心のお土産にしてあげたかったのだ。
 腰は治ったのだが、不自然な姿勢をしていたせいで背中の筋肉が痛くなっていた。今日、総社市の会場に向かう前に先生にお願いしてほぐしてもらったら、とても楽になり、往復3時間の運転と、コンサートの3時間腰掛けっぱなしも難なく出来た。朝出かける前に無事に彼女達を連れて行き連れて帰れますようにと祈ったが、その願いを十分かなえていただいた。
 備中温羅太鼓の演奏は壮観だった。40周年記念らしいが、40年の積み重ねで初めてここまで技術が極められるのかと思わせるほど完成されてきた。舞台に竹林をあしらい、幻想的な雰囲気の1部では、タイムスリップしたかのようで、ここは平安の都?安土?江戸?と思案した。
 パンフレットを見ながら聴いていなかったのを悔やまれるが、恐らく「動」と言う曲だったと思うが、会場が、全ての人が一つになり感動の渦に巻き込まれるのを初めて経験した。恐らく全ての人が正確で力強い、その上多彩な技術を駆使する演奏に吸い込まれて行ったのだと思う。明らかに空気が一瞬にして変わり、演者のパフォーマンスにその都度歓声が上がった。黙って聴いてなんかおれない感動が全ての人を支配したのだと思う。多くの人が珍しく歓声を上げ、拍手が何度も巻き起こった。
 正に今日の感動は恵だ。このお返しは、必ず明日から縁あって訪ねて来てくれる人達にお返しする。いただきすぎでは申し訳ない。


2016年02月20日(Sat)▲ページの先頭へ
合図
 処方箋の最後に、「話を聞いてあげてください」とプリントアウトしてくる。そういった方のほとんどは心身症の方だ。病院は忙しくて一人の患者に時間を取れないから、フォローしてくれって合図だ。そのフォローが、効きを左右するし、次回の処方変更の大きなヒントになるから、指示があろうがなかろうが省いてはいけない作業だ。薬を作って、ハイこれでは済まされない。僕の薬局では30年間当然のようになされていることだから、今更抵抗なく出来る。何処の医療機関に行っても治せなかった患者さんが、次第に集まって来ているみたいだから、息子も緊張感を持って患者さんに対峙しているものと思う。親としてそれを助けない手はないし、本当に効く漢方薬を作ることが出来る医者はまだ少ないから、ますます腕を上げて、製薬会社の出張所になることなく、患者さんだけの方を見て欲しい。
 4月から、かかりつけ薬剤師という制度が出来て、その基準を満たせば薬局の収入が増える。だから急いで薬局はその基準を満たそうと動き始めている。「私があなたを担当します」と言う挨拶がここかしこの調剤薬局で交わされることになるだろう。娘夫婦に「我が家はどうするの?」と尋ねると「細々とやっていく」と答えたので、従来のやり方で通すつもりだろう。僕の父の代からなんら変わることなく「出来ることはやる」でやってきたから、今更報酬をくれるから敢えて何かをするというスタンスは娘達にも馴染まないのだろう。
 それにしても政治とは金の取り合いだ。業界と言うものを作って政治屋に票を貢ぎ、その代償にいい目をする。僕は業界や組合に属していない人はいったい何処まで無視されるのだろうかといつも気になる。原発を推進しても、海外派兵できるようにしても、金のためならその政治屋を支持する。こんなことが営々と続いているのだ。とても精神を誇れる国ではないと思っている。



2016年02月19日(Fri)▲ページの先頭へ
ビタ一文
 意地でも以下のメーカーのものは買わないぞと決めて、一体どんなものを作っているのかと思ってみたら、直接買える様なものは少ない。僕の収入で買えるのはせいぜい、エアコンかテレビか車か船かタンカーかダムか発電所かロケットくらいなものだ。だが、もう決めた、絶対それらの会社のものにはビタ一文払わない。彼らが製造したもので戦争をし、金持ちが貧乏人を殺す。老人が何万もの若者を戦地に送り殺す。そんなことに加担したくない。
 アメリカや他の先進国の軍需産業は戦争が世界の各地で途切れることなく延々と続いてもらわなければ困る。だから政治屋を買収して戦争を起こさせる。今は中東のおかげで、爆弾が不足して大忙しらしい。自分達が作った爆弾で、頭が吹き飛んで空から落ちてきても、手足がちぎれて肉片と化してもなんら罪の意識は感じない。遠くの見ず知らずの国で、非白人の人間達がお互いに殺しあうのは単なる消費活動にしか見えないのだろう。自分の子供が転んで足に傷をしただけで慌てふためく人間が、遠く離れたところで爆弾が子供を肉屋に並ぶ肉のようにしてもなんら心を痛めない。
 貪欲が天井を知らないのだ。人一人殺した人間を何十時間ニュースのネタにする国で、外国で殺される何十万の人間達の痛みは伝えない。それはそうだろう、戦争をしないと誓った国で、今はそれすら破壊されたが、営々と軍需産業が生き延びているなどアホコミは報道しない。何故なら奴らにとって上お得意だからだ。
 絆などと言うとってつけた言葉で本質を見失ってしまうおめでたいこの国の、悪意に満ちた鬼業。


国からの軍需産業を主力とする現代財閥企業
出典
日本の軍需産業ベスト10 - イソップ通信 - Yahoo!ブログ
三菱重工業は(戦車、支援戦闘機、戦闘機、潜水艦、地対空誘導弾など)
川崎重工業は(輸送ヘリコプター、対戦車誘導弾中等練習機など)
三菱電機は(地対空誘導弾改善用装備品、中距離地対空誘導弾など)
日本電気は(音響信号処理装置、師団通信システム、ソーナーなど)
石川島播磨重工業は(練習機エンジン、戦闘機エンジンなど)
このほか、日立造船、三井造船、日産自動車、日立製作所、
新明和工業、ダイキン工業、IHIマリンユナイテッドなどが、
高額の受注契約をしているようです。


2016年02月18日(Thu)▲ページの先頭へ
環境問題
 「どうやって直すか分からないものを、壊し続けるのはもう止めてください、あなたたちは知らないでしょう」と12歳の少女が地球サミットで訴えたのが20年以上前。各国の参加者にその気はないから、ろくに聞いてもいなかっただろう。少女は、オゾン層に空いた穴をどうふさぐか、絶滅した動物をどう生き返らせるか、砂漠となった場所にどうやって森を生き返らせるか問うたのだ。普通ならその問いに答えられないことを恥じるだろうが、疫人にそんな倫理観はない。
 いみじくも同じ年に、ある大企業の経営者が「日本経済は強いものだけが評価され、品格が顧みられていない。強さだけでなく、謙虚さ、倫理にどれだけ重きを置くか問われている」と毎日新聞に投稿した。
 20年前からなんら進歩していないどころか、ますます疫人も忌業家も倫理から遠ざかっている。何十万人もの土地を奪い、何千万人もの空気を奪ってなんらお咎めを問わない疫人と、ますます庶民を馬鹿にしてのうのうと企業活動をする犯罪者が結託し、生かさず殺さずの封建時代そのままの権力構造を謳歌している。最低限のものしか与えられていないのに、貧乏人が大企業の経営者と同じ人間を支持する。アメリカで白人の貧乏人が、白人の超大金持ちを支持しているのと似たり寄ったりの構図だ。疑似体験さえしたことがない境遇などお互い分かるはずがないのに、それが結びつく。赤子の手をひねられていることに気がつかない。
 20年前の少女は長じて環境問題のスペシャリストになっているみたいだ。こうした強い信念を持っている人はこの国にはなかなか出現しない。権力に擦り寄りおこぼれちょうだいの人間ばかりが目に付く。疫人とアホコミによってとことん飼い慣らされた人間ばかりが目に付く。


2016年02月17日(Wed)▲ページの先頭へ
誠実
 初対面なのに「腰はもうよくなりましたか?」と尋ねられた。そんなに僕は有名ではないからどうして知っているのだろうと思ったが、ちょうど2週間前に初めて処方箋を持ってきた女性だった。産後の不調をうつ病と診断され、その種の治療を受けて、勿論全く改善していない人だ。
 産後すぐ動いた方はかなりの確率で、体調不良に陥る。身も心も弱ってしまうことが多い。そんな時、不調を訴えればうつ病の診断さえ下りてしまう。ところが実際は漢方的に言うと静脈血の滞りや自律神経のアンバランスだから、その種のお決まりの漢方薬で全て(レポート用紙1枚分症状を列記していた)改善する。丁度僕がぎっくり腰になった日に、息子に診て貰い、娘が調剤したらしい。
 2週間後に僕がその女性の前に現れたってことだ。2週間前の苦痛を10とすると4になったと報告してくれた。具体的に教えてくれたのだが印象に残ったことがある。それは今まで訪ねた病院では必ず「心の病気はあなたが悪い あなたの考え方が悪い 自分で作っている 考え方を変えないといけない・・・・」などと、必ず責められたのだそうだ。ところが生まれて初めて「あなたが悪いのではなく、あなたの苦痛を取り除くのは私たちの仕事です」と言われたらしい。「医療関係の人に責められなかったのは初めてです」とも言った。僕はそんなに格好いいことを言うのは息子ではないから、院長先生が言われたのかと思ったら大和先生ですと教えてくれた。そしてうれしいことに「処方箋を持ってきたときに、妹さんからも同じことを言われたんです」と教えてくれた。
 40年近く漢方薬を中心に仕事をしてきたことが報われたと思った。病院では決して解決できない不調を漢方薬なら解決できることが間々ある。そうした隙間を誠実に埋めることを生きがいに勉強してきたが、その精神は確実に2人に伝わっていたんだと思った。普段一緒に暮らしていると、ほとんど邪魔者扱いだが、精神(困っている人の役に立つ)だけは受け継いでくれていたんだと思った。これで本当にいつ辞めてもいいんだと思えた。
 高校入学とともに2人とも親元を離れてそれっきりだから、多感な青春時代を2人がどう生き、どんな価値観を手にしたのか分からないが、最低限のことは身につけていてくれたんだろう。僕等世代のかなりの人が青年期に手にした価値観、強きを憎み弱きのお役に立つを現代で実践するのは難しいかもしれないし、その強要は勿論出来ないが、ほんの少しだけ似てくれているところがあって・・・よかった。



2016年02月16日(Tue)▲ページの先頭へ
説得力
なやましや〜なまやしや〜
 以下の文章はある大学病院の精神疾患を専門とする教授の言葉。僕が言っても説得力は全くないが、超専門家が言うと説得力があり、巷の医療などと言うものは所詮この程度なのだ。勿論病気に対しての最高の権威のお医者さんを信頼するのは必要だが、目の前にいる医療関係者が決して100点などとは思ってはいけない。(医師の向こうには製薬会社が隠れている)かといって、胡散臭い不健康食品になどに走ってはいけない。お金を捨てるならもっと価値ある捨て方をすべきだ。経済の循環の外側にはじき出された人達のために使うべきだ。そのほうがはるかに健康になる。腰が痛くて日中テレビの前にいる事が多かったが、その時間帯のコマーシャルのレベルの低さには驚いた。法律違反すれすれでカスみたいな物を健康にいいなどとして売っている。無知な消費者は。何千円と言う、いや何万円と言う無駄金を払っている。こんなのを見たら消費税が少しくらい上がっても庶民は困らないのではと思ったりする。あれだけお金を捨てる余裕があるのだから。

「うつ病ではないかと診療を依頼された思春期から青年期の患者さんに通常の精神科面接を実施すると、統合失調症が疑われることが少なくない。高齢者では認知症や、電解質異常や内分泌異常、あるいは処方されている睡眠薬や抗うつ薬などの影響でぼーっとした状態になり、それがうつ病と誤診されていることがある。
 抗うつ薬が統合失調症患者さんに処方されれば、幻覚や妄想が増悪することが多いし、認知症や軽度の意識障害の患者さんでは認知機能が増悪する。後者では、抗うつ薬や抗不安薬によって精神症状が増悪しているのを、うつ病が増悪していると誤診して、さらに抗うつ薬を増量されていることもある。
 うつ病しか知らなければうつ病が増える
うつ病診断においてうつ病に関する知識と同じくらいに重要なのは、うつ病以外の精神疾患に関する知識である。極端に言えば、うつ病のことしか知らない医師は、うつ病症状にしか注目しないため、あるいはあらゆる精神症状がうつ病症状に見えるために、うつ病診断が増えるようである。うつ病に関する講習で、「これでうつ病が分かった」などと自信ありげに話す医師ほど、この傾向が助長されやすいのかもしれない。
 「精神疾患をうつ病しか知らなければ、メンタルな不調はすべてうつ病にみえる」は私がよく言う冗談であるが、抗うつ薬や抗不安薬の不適切使用が多い現状を見ると、本気で心配になる。この傾向がうつ病だけでなく、最近は発達障害や認知症でも気になるし、製薬企業のホームページなどで、宣伝したい薬剤が効く可能性のある疾患のみ強調して情報を伝えることも不適切な診断につながる。」


2016年02月15日(Mon)▲ページの先頭へ
置き土産
 1ヶ月以上寮を覗いていないから、心配になった一人の女性が様子を見に来てくれた。イベントなどに誘える機会が1月は全くなかったので、用事がなかったのだが、彼女達は僕が何か理由があって怒っていると心配したらしい。1人で来たから仲間に気を使わなくてすんだのか、あるいは結構親しく3年間を過ごしたから、4月に帰国する前に教えてあげようと思ったのか、示唆に富んだ話をしてくれた。
 僕はコンサートなどのイベントがあると8人分を一刻も早く手に入れようとしてきた。そして運よく手に入れば、寮に持って行き同行する7人を決めてもらう。なるべく気の強い人が優先されないように表を作って公平さを重視している。結構そのことは理解してもらって、重複を避けて人選をしてくれている。ところがその女性によると、コンサートなどのイベントが好きな人は半分くらいらしい。後の半分は実はコンサート目的ではなく、道中で見かける花や、帰りに寄るスーパーでの買い物が主なる目的らしい。正直これには驚いた。皆が皆、僕と音楽の趣味が合うとは思わないが、半分の人達がどうでもよかったのだ。インターネットなどの情報を検索し、必死でチケットを手に入れていた努力はなんだったのだろう。勿論チケットは無料ではない。高いのは3000円くらいのもあるし、安くても1000円はする。おまけに必ず食事をするからそれも上乗せされる。和太鼓や第九がそんなに好きでもない人にこれだけ投資していたのかとちょっぴり残念だ。夜に町中に出てカフェで過ごすのがもっぱらの娯楽の国から来て、観劇もスポーツ観戦も旅行もほとんどしたことがないらしいから、せめて牛窓にいる間に今までの人生分分を取り戻すくらいは楽しんでもらいたかったのだが、実はそんなに楽しかったわけでもないとなると寂しいものだ。簡単に言えば「いらぬおせっかい」でしかなかったのだ。
 文化の違いなどそんなに簡単に越えられるはずがない。どちらがいいとか悪いとかでなく、どちらもいいのだ。3歳の子供を国に残し、懸命に働き、好奇心旺盛に僕の紹介したイベントを楽しんだその女性は、勉強もしないのに日本語で僕とかなりの意思疎通ができるようになった。通訳としてやってくる女性以外でここまで日本語ができるようになった人は珍しい。その身につけた語学で僕に置き土産のように実情を教えてくれた事実を生かさぬ手はない。日本人からすると異常なまでの花好きに対しては花を目的に、買い物が好きな人には買い物を目的にアッシー君をすることにした。そして勿論一番力を入れるのは今までどおり和太鼓に第九。出来ればボレロを生で聴きたい。僕も今だ会場で聴いたことがないので。


2016年02月14日(Sun)▲ページの先頭へ
余力
 以前、岡山市に出かけて行った時にしばしば利用するスーパー内のレストランがあった。日本人が好きなものを雑多にメニューにそろえ、1000円出せばどれもおつりが来る値段設定で重宝していた。一番いいのは、小さなテーブルコーナーが10ほどあり、1人で入っていっても堂々と席を占有できることだった。どのくらいの人が利用してくれれば経営が成り立つのか分からないが、結局2年位前に撤退してしまった。僕は日曜日の昼利用するから、常に7割くらいの客の入りを見ていたが、それではダメだったのだろう。
 その後なんだかモダンな店が経営を引き継いだ。料理自体はごくありふれたものだったが、システムがややこしかった。まず店頭に掲げられた巨大ボードで注文の仕方を勉強しないと中でまごつきそうだった。案の定一度勇気を振り絞って入ってみたが、ウエイトレスさんにかなり説明をしてもらわないと料理が注文できなかった。自由に野菜などを取れるのだけれど、主なる食べ物は普通にオーダーするというものだったように記憶している。これは一度入ったおかげでやっと理解できたシステムだが、妙に理屈っぽい案内ボードを読んだだけでは分からなかった。これでは難しすぎて、僕ら世代は敬遠するだろうなと直感で分かった。
 案の定、今日1年ぶりくらいに覗いてみると、店頭の巨大ボードが下ろされていた。それに変わってメニューのポスターが、どこにでもあるようにわかりやすく何枚か貼られていた。そのメニューも嘗て僕がそこでよく食べていたようなもので、日本人が好きな雑種の集まりだった。取り払われていた2人がけの小さなテーブルも以前と同じ配置で復活していた。一瞬、前の店が復活したのかと思った。
 僕が嫌いなもの、いや苦手なもの。それは「隠れ家みたいなお店」わざわざ、不便な場所に分かりにくい店を作り、価値を見出してくれる人だけに来て貰えば良いと言う算段だろうが、その大上段で既に敷居ができていて、とても訪ねる勇気が出ない。入るのに勇気がいるようなところにどうして行かなければならないのか、僕には理解出来ない。店が隠れているのか、店主が隠れているのか、客が隠れるのか知らないが、僕は開かれっぱなしでないと扉を開ける勇気はない。食べ物だけでなくあらゆる業種でだ。だから隠れていない立地の店でも、外から店内が見通せないところは敬遠してしまう。おおむねそのような店は流行っていない様な気もするが。
 何はともあれ、あのスーパー内のレストランの転向は歓迎だ。おそらく僕以外にも多くの人が同じ印象を持っていたのだと思う。それが証拠に久しぶりに入った店には客が結構いた。斬新な形態をとっていた頃には、客はまばらだった。早晩行き詰るだろうと、看板を眺めるだけで帰っていった人達(そのような人を沢山見た)も思っただろう。これをもって保守的とは言わないで。あえて昼食ごときで挑戦する価値もないってことだ。そこそこにお腹が満たされればいいのだ。挑戦するもの、挑戦しなければならないものは沢山ある。力を分散するほど僕には余力はない。


2016年02月13日(Sat)▲ページの先頭へ
断罪
 昨夜、教育テレビの番組を途中から見始めた、白人の先生らしき人物が、学生を前に講義していた。この番組を毎週意識して待ち望んでいるわけではないが、何故か見始めるとなかなかチャンネルを変えるのは難しい。興味深いテーマを取り上げている事が多く、つい見続けてしまう。昨夜のタイトルは、画面の右上にずっと表示され続けていた「サイコパス」というものだった。僕はその単語を知らない。サイコロパスなら、博打かすごろくを想像できるのだが、そうでもない。柴胡パスなら煎じ薬に柴胡を入れないという意味でよくわかるのだが。
 なんとなく分かり始めたのは、歴史上の人物をサイコパスの上位から下位に並べた図を見てからだ。筆頭はヘンリー8世?で近親者を、妻ですら疑って殺した人間らしくて、2番目がヒトラーだったからだ。こうなればサイコパスなるものが何か知らないことは許されない。そしてインターネットで調べてみると

サイコパスは異常であるが病気(いわゆる精神病)ではなく、ほとんどの人々が通常の社会生活を営んでいる。そのため、現在では精神異常という位置づけではなく、パーソナリティ障害とされている。そのため、日本では反社会性パーソナリティ障害と名称されている。
エミール・クレペリン[4]によるとサイコパスのひとつに「空想虚言者」という類型がある。
1.【想像力が異常に旺盛で、空想を現実よりも優先する】 一見才能があり博学で、地理・歴史・技術・医学など、何くれとなく通じていて話題が豊富であるが、よく調べるとその知識は他人の話からの寄せ集めである。
2.【弁舌が淀みなく、当意即妙の応答がうまい】 難解な外来語や人を驚かす言説を好んでなす。
3.【人の心を操り、人気を集め、注目を浴びることに長けている】 自己中心の空想に陶酔して、他人の批判を許さない。自ら嘘をついて、いつのまにかその嘘を自分でも信じ込んでしまうのである。

 と記してあった。いるいるこんな奴。正にサイコパスそのものがいる。テレビに一瞬でも顔が映し出されると、早打ちマックでチャンネルを変えてしまわないと耐えれない奴がいる。髭を生やせば東洋人なのにヒトラーにそっくりな奴がいる。今日本はこんな奴を掃除大臣と呼んでいる。いずれ断罪される日が来ると信じている。


2016年02月12日(Fri)▲ページの先頭へ
読み方
 「おあまり」の賄賂の懐入れや、環境ナンやらの1ミリシーベルトの意味知らずや、北方領土ナンやらの読み方知らずと清原はどちらが悪なのだろう。前3人は欲の塊みたいな奴らだが清原はそうは思えない。本来なら気の弱い人間で、重圧に負けたという話がもっぱらだ。ヒットを打たなければ罵声が飛ぶ球場で耐えられなかったのかもしれない。スポーツ成金の彼の周りに、ごくごく普通の収入で、ごくごく普通の肩書きで、ごくごく普通の付き合いしか出来ない人がいなかったのだろうか。悪意の権力に擦り寄る人間ばかりの前者と、金に擦り寄る人間ばかりの差はあるが、「ごくごく普通」はなかったのか。清原だって、ごくごく普通の親に育てられたと思うのだが、分不相応はこんなにも人間を苦しめるものなのだろうか。清原は自滅した分、前の3人より悪意は感じないのだが。彼は馬鹿だがワルではない様な気がする。前の3人は馬鹿でワルのような気がする。
 僕のところに相談に来れば「力むな」って言ってあげたのに。世間はそんなに責任を感じるほど価値はないと言ってあげたのに。そうしたら薬(ヤク)ではなく薬(クスリ)で治ったのに。どうして僕と接点が出来なかったのだろう。収入の桁が丸が2つくらい違っていただけなのに。毎晩豪遊しているのと、毎晩夢遊病の違いだけなのに。足に刺青を入れるのと、足に冷えないカイロを貼る違いなのに。周りにセレブが集まるのと、薬を持って帰るときに捨てゼリフを浴びせられる違いなのに。野球の解説をするのと、お灸の使い方の解説をする違いだけなのに。薬(ヤク)を買うのと、薬(クスリ)を売るくらいの違いなのに。
 よかった、田舎でワルと接することなく油を売っているだけですんだ人生だから。いや油ではなく薬だ。いや薬だ。最後の二つはどう読む?


2016年02月11日(Thu)▲ページの先頭へ
 今日の空なら僕でも描ける。青色と白色があればそれで事足りる。後は僕の腕次第だが、それは全く持ち合わせていない。
 休日だがまだ積極的に動くことには不安があるから、今日もおとなしく牛窓に留まる事にした。お昼過ぎ、あまりの好天に誘われていつものテニスコートに出かけ、恐る恐るウォーキングを始めた。まだ体重を支えると筋肉の鈍い緊張を感じるが、歩けないことはない。歩けば血液循環がよくなり、しこった背中の筋肉もほぐれるだろうと見込んでいるのだが、やはりテニスコートまでたどり着く間は負荷を感じた。ただゆっくりと周回しているとさすがに背中の負担は減ってきて、幾分嘗ての歩くスピードに近づいたように思う。調子に乗って20分くらい歩き続けた。
 その間に何度も空を見上げた。これは僕の癖と言うか楽しみでもある。唯一変化するのが空だから思わず見上げてしまう。すると何本もの飛行機雲が空にたなびいていた。ついさっき通った鮮明なものから、かなり拡散気味のもあった。多くは東西に伸びるものだが、数本はそれと直角に交わっていた。数えてみると13本あり、数えているときも銀色の機体が2つ、飛行機雲を吐きながら西のほうに飛んで行った。あの2機の分を含めると、15機がおそらく短い時間に牛窓の上空を飛んだことになる。飛行機は海岸に沿って飛ぶと聞いた事があるからそれもありだろうが、でもこんなにたくさんの飛行機が飛ぶくらい需要があるのだろうかといつもながら不思議で仕方ない。飛行機は落ちるものと幼い時からインプットされている僕には、利用している人達にはその懸念はないのだろうかと不思議でならない。長い間日本では墜落していないから、若い人は飛行機が落ちるなどとは考えられないのかもしれない。楽観主義者が飛行機を作り、悲観主義者がパラシュートを作ったと言われているが、僕は明らかに後者だ。


2016年02月10日(Wed)▲ページの先頭へ
判子屋
 またまた、お得でしたシリーズ。ただし、町中から印鑑屋?、判子屋さんがなくなるのではと言う懸念も同時に感じた。既に僕の町でも、もう随分前に判子屋さんが消えているから想像はつくが、こんなに便利さを見せ付けられたら最早太刀打ちできないだろうと察しがつく。判子屋さんが生きる道はやはり、妻が僕のところに嫁に来たときに持参したような、何十年も使える印鑑を作る腕を持つことだけだろう。当時、印鑑など持ってもいなかった僕だから、用途別の真っ黒の立派な印鑑を何本か見せられて驚いたし、お嫁入り道具として持参する習慣にも驚いた。以来、印鑑を新たに作る必要は全くなく、一箇所も欠けることなく使えている。いったい当時どのくらいの値段がしたのだろう。材質は分からないが、象牙でないことは確かだ。
 ただ今回感激した便利さは、その種の印鑑ではなく、薬局業務用に使う判だ。処方箋の請求のために毎月必ず一度だけ使うもので、もう20年やそこら使っている。だからゴムか磨り減って、文字の太さがあるところは倍位になり、あるところは磨り減りすぎてインクがつかない。だから印鑑を押した後必ずボールペンで書き加える。毎回毎回不便だとは思っていたが、月に一度だけのことだから新しいのを作るのを躊躇っていた。正確には躊躇い続けていた。ただ、このところ、あまりにも磨耗して、修正が半分近くになったので、これで正式な書類として通用するのかどうか疑わしくなった。そこで若夫婦がしばしば利用している文房具の通販、キョウクル?アサッテクル?アサクル?ヒルクル?とか言う会社に注文を出してもらった。
 娘はなにやら僕の使い古した店判の長さを測っていたが、その他の手続きは分からなかった。だが翌日には僕がお願いしていたものが届いた。それも700円を切る値段だった。何処の判子屋さんに言えばいいのか、どの位するのかなどと悩み続けていた数年が馬鹿みたいだ。ラーメン一杯を数年間のうちに一度我慢すればよかっただけなのだ。僕は倹約と言うより行をしていたようなものだ。処方箋の請求事務がスムーズになったし、何より綺麗だ。
 ありとあらゆる普及品が安くなっている。贅沢も意味を失っている。簡素なものでいちいち感激する、それで十分だと思う。政治屋やアホコミや疫人の思う壺にはまらずにわが考えのとおり生きていく。それでないと人生は星のようには輝けない。


2016年02月09日(Tue)▲ページの先頭へ
哀れ
 島尻安伊子・沖縄北方担当相は9日の閣議後会見で、北方領土の一つである歯舞(はぼまい)群島の「歯舞」の漢字を読めず、秘書官に教わる場面があった。ペーパーを読む際、「千島、はぼ、ええっと、なんだっけ」と言葉を詰まらせた。
丸川珠代環境相が、東京電力福島第一原発事故に伴う除染などで国が長期目標として示している年間追加被曝(ひばく)線量1ミリシーベルトについて、「何の根拠もない」と講演で発言していたとして、9日の衆議院予算委員会で追及された。

 別にこの2人が特別馬鹿だってことではない。他のやつらも同じようなものだ。漢字一字で今年を振り返ってと言ったら、2回も2文字で返した馬鹿がそれらを入閣させたのだから察しはつく。僕がお願いしたいのは、そいつらを国会に送った御当地の人に、他所の県の人間まで奴隷みたいな境遇に陥らせないでってことだ。富や権力を持っているやつらばかりが得をする世の中になるのに加担させないで。あなた方の周りには恐らく救われなければならない人、救われて当然の人がわんさといて放置され続けているのではないか。次は自分だってことに早く気がついて、是非次の選挙では落として欲しい。
 縁も興味もないからあまり分からないが、どうやら経済も化けの皮がはげてきているらしい。実質的に何かの産業が芽生えたわけでもないのに、富が下層階級に回ってくるわけがない。なんら恩恵も受けられないのに、金持ちが支持するやつらを貧乏人が支持する。思えば哀れなものだ。今日の新聞に、知識人たちが命がけでアホノミクスの憲法改悪を阻止しなければならないと書いていた。普段尊敬している人達に従わず、普段どこか馬鹿にしている奴らに従う。これまた哀れなものだ。


2016年02月08日(Mon)▲ページの先頭へ
ヤングケアラー
 ヤングケアラーという言葉を今日ラジオで初めて耳にした。18歳以下の子供で家族の世話をしている人のことを呼ぶらしい。いみじくも一昨日、赤穂と言う、僕の好きな街でそのことが原因で殺人事件があったから、印象深く聴いていた。優しすぎるがゆえんで、おじいさんやおばあさんの世話をしている人、片親でどうしても世話をして上げなければならない人、パターンはさまざまらしいが、学業に支障を来たしながらも誰にも相談できずに、孤軍奮闘する子供達が、ある統計によると全国で18万人と言っていた。この数に驚いたが、さもありなんとも思う。
 こうした子供達の実態は見えにくくて、サポートする体制も整っていない。お友達内閣に、そうした下々のことは見えない。戦車一台、戦闘機一台でどのくらいのその子達を救えるだろう。それどころか戦地へやられる最初の人間に選ばれるかもしれない。 たった25%の支持ではしゃぎまくっている奴らに、社会の鉄槌がいつ落ちるのか楽しみだ。


2016年02月07日(Sun)▲ページの先頭へ
思案
 休日に牛窓町から出なかった記憶はこの数年ない。だから正直どうして一日過ごそうかと思案した。もっとも腰がまだ復調していないから、町外に出て行っても不安ばかりで楽しくないから選択肢はなかったのだけれど。
 腰を如何に早く治そうかと思っても、できることは既にやっているからこれ以上増やせるとしたらリハビリ位なものか。そこで久しぶりにウォーキングに出かけてみた。比較的午前中は暖かくて気持ちよかったが、なにぶん腰に負担がかからないように直立不動状態で背筋を必要以上に伸ばして歩くのでぎこちなくて、あまり筋肉のストレッチにはならなかった。
 プラスマイナスゼロで帰ってきたら、北朝鮮がミサイルを打ち上げていた。アメリカがその気になれば数日で壊滅させられるレベルの国のロケット一つにマスコミを総動員するのは、アホノミクスの差し金か。脅威を煽って、日本の軍備をアメリカの望むレベルに高めるのが狙いだろう。18歳に選挙権を与え、あんたらも投票したんだから、戦争に行くってのに反対する権利はないよ、そうした企みもあの選挙権の引き下げには見え隠れする。貧乏人がロボットのように消費される。田舎の人間がロボットのように消費される。何も考えない人間がアホコミによって作られ、便利な使い捨て人間が続々と生産されている。北の将軍様、日本の将軍様、ロシアの将軍様、中国の将軍様、お助けを。


2016年02月06日(Sat)▲ページの先頭へ
移住
 「仕事をやめたらぼけるよ」は心優しいエールなのか、それとも実利主義なのか。
 腰はまだまだ完全ではないが、2階で寝ていても別段回復が早まりそうにないので、今日は勇気を出して階下に降り白衣を着ていた。何かの役には立つだろうと思ったのだ。案の定、心臓病の初めての相談者が来たのが、丁度娘が漢方薬の患者さんの相談にあたり、娘婿が処方箋患者の調剤をし、手伝いの薬剤師が郵送の漢方薬を作っていたときだった。僕しかいないという状況を、まるで作ってもらったような瞬間だった。僕は何でも正直に話すタイプだから、初めて相談に来た方に「ぎっくり腰で腰が痛いから、そちらのテーブルに行くのに1分くらいかかるよ」と変わった挨拶をして事務室から相談コーナーに移動した。するとその患者さんもぎっくり腰を4回も経験しているらしくて、えらく同情してくれた。「4回くらいならまだまだ僕には勝てない」と僕が答えると、一気に緊張が解けたみたいで、その後の問診も打ち解けて、得たい情報を全部頂いた。恐らく腰痛を抱えていても、いい漢方薬を作ることが出来たと思う。(もっとも作ったのは応援の薬剤師だが)
 夕方まで結局階下で手伝い、半人前でも僕がいない状態だと気の毒だったなと思ったので、その旨を告げると、「お父さんがいなくてもやれるけど、しんどい」と言った。しんどいという言葉にえらく胸が打たれた。確かに、漢方薬局はしんどいのだ。人様の苦痛を理解し、それに対する処方を決め、服用していただいた結果に一喜一憂する。この果てしない繰り返しは結構しんどいのだ。調剤業務と言う肉体労働に関して発した言葉ではないと思う。それはみんなで分担できるが、患者の症状変化に対しての責任は1人で感じるものだ。恐らくそのあたりをしんどいと表現したのだと思う。そしてその後、冒頭の言葉を発したのは、少しは僕を評価しているのだなと嬉しかった。もっとも、今現在、僕から仕事を取られたら何もすることがない。ただ今回のことでいつ自爆するか分からない経験をしたので、僕もいつまでもと言うわけには行かない。冬がない国、そう「かの国」にひょっとしたら健康面の理由で移住しなければならなくなるかもしれない。引ったくりは多いが殺人はまだ少ない国、娯楽施設が整備されていないから、夜な夜な街頭に出てたむろする国、結婚すると親類縁者の家計を支えなければならない国、銀行に相手にされないから個人で貸し借りをして、貸すほうにばかり回るだろう国、何か行動しようとすると役人に賄賂が必ず必要な国、交通違反をしたらその場で警察官に3000円相当上げる国、女性は向上心旺盛で勤勉だが、男性は昼間から道端でお喋りばかりしている国・・・に。


2016年02月05日(Fri)▲ページの先頭へ
いとうたかお
 どうもこの歌手とは痛みの関係らしい。以前訪ねて来てくれたとき、カウンター越しに話をしていて、背中の痛みが見る見るうちに強くなったのを覚えている。それが僕が初めて経験した頚椎ヘルニアの痛みだった。その後結構な時間(2週間以上)をかけてやっと脱出した苦い思い出だ。
 今日何年ぶりかに夕方電話をくれた。僕はぎっくり腰で2階で休んでいたから、呼ばれても急には降りれなかった。だからこちらから電話を掛けなおすことにした。階段を下りながら、頚椎ヘルニアの痛みがフラッシュバックして、腰の痛みが増したような気がした。ただ、電話の内容はありがたいものだった。5月に牛窓の喫茶店でライブを行うことになったみたいだ。僕が学生時代雲の上の存在だった人で、今でも活躍しているみたいだが、恐らく今の若者にも共感してもらえる歌だと思う。むしろ彼の歌に接して、毎日を思惟のうちに暮らして欲しいと思ったりする。僕らは当時何も持ってはいなかったが、力には徹底的に反抗した。それを持っている奴等の胡散臭さにとても敏感だった。歌手達も、歌詞に思想や想いを込めて歌っていた。現代の低級さにはあきれるが、諦めたらあいつらの思う壺だ。
 誰を連れて行こうか、或いは1人思い出に浸ろうかと思案しているうちに、少し腰の痛みが減ったような気がして今階下に降りてきてこうして書いている。昨日から又ぶり返したが、それが昨夜階下に降りてきて長い時間体を冷やしたことによるだろうことは分かっている。どうも懲りない面々の仲間に入りかけている。意外と頑固なのかもしれない。病気もあいつらを許せないのも。


2016年02月04日(Thu)▲ページの先頭へ
淘汰
サギが22羽。サギ集団のアホノミクス達を見たのではない。新鮮な空気の中を悠然と飛来してきた大きな鳥の集団に、目を見張って思わず数えてみたのだ。確かに、陸上で目撃されるようになった鹿や猪のように空も変わったと感じていたが、この大きさの鳥達の群れは見たことがない。滑空しながら体育館の屋根や、野球ネットのポールの上に降り立つ姿は美しい。小さな鳥がせわしなく羽ばたいて飛ぶのとは対照的で、大きな羽が上昇気流を上手くつかんでいるのだろう。なにやらハングライダーで降りてくる姿を想像した。
 以前にも書いたが、陸も空も他の動物達に返せばいい。人間が盗り過ぎた。淘汰の摂理を食い止めた人間が増殖しすぎだ。そのおかげで悪がはびこりすぎだろう。戦争犯罪で本来処刑されるべきだった奴ら(政治家や役人)が生き残り、のうのうと白人の手先になり、それでいい目をしている。よほどおめでたいこの国の人間は今だ、そいつらの手下でしかない。鹿や猪が行き来する風景のほうがよほど道徳的だ。爆買いにへこへこする姿が「おもてなし」金をくれれば「おもてなし」政治屋は「表無し」田舎のオバチャンたちの本当のおもてなしを見せてやりたい。



魔女の一撃
 一昨日の昼過ぎ、患者さんと応対中に一瞬にして魔女の一撃を受けた。必死の思いで2階まで上がったが結局、40時間近く階下には降りて来れなかった。この短文を仕上げて又2階にもどり「寝る」。分速数メートルくらいで、何も持たずには歩けない。柱や手すりや物にまで寄りかかりながら歩く始末だ。
 思えば自信過剰だった。姪が驚くほど薄着で、寒い薬局の中で9時間くらい立ち続けだった。足も腰も背中も首も硬直しているのは感じていたが、数年間この持病を発症しなかったうぬぼれで油断してしまった。インフルエンザで寝込むのなら疲労困憊だからいくらでも寝られるが、ぎっくり腰だと痛みで頭がさえて、階下で仕事が出来ない歯がゆさでイライラしてくる。こうして次第に若夫婦に仕事が自然に手渡せるのだと、必死で言い聞かせて空しく過ぎる時間を恨んでいる。多くの人の電話に出ることができず、メールの返事もできないことを申し訳なく思うし、何より、ブログを開いて白紙だったことが申しわけなく思う。何でお詫びしようかと思うが、又一段とぎっくり腰の治し方が進歩した・・・くらいしかないのかな。今夜ブログが書けるかどうか分からないが、少しばかりお許しを。


2016年02月01日(Mon)▲ページの先頭へ
最後通告
 老けて見えるのか実年齢か分からないが、恐らく50歳くらいの人だと思う。ある有名な製薬会社のセールスとして数ヶ月前初めて僕の薬局の担当になった。その彼が先月訪ねてきた時にひどく咳き込んでいた。僕の前ではそんなに咳いてはいなかったが、話によると周りの人が気持ち悪くなるくらい咳き込んでいるらしい。2ヶ月くらいそうした状態が続いていると言っていた。当然製薬会社のセールスだから医療機関はよく知っていて、信頼する先生もいるらしい。そして当然その先生にもかかっている。又他の病院や薬局で色々出されたらしいが、特に病院関係ではこれなら必ず効くというレベルのものが出ている。ところが全く咳が収まらず、その信頼する先生に「もうこれは病院の咳止めでは治らないから、お前が回っている薬局の中で信頼できる薬局があればそこで漢方薬を作ってもらえ」と最後通告を出されたらしいのだ。そして彼が選んでくれたのが、ぼくの薬局だったと言う自慢話。
 彼の年齢だったら恐らく日本中、これは少し大げさかもしれないが、かなりの医療機関を回っている。その彼がこんな田舎の薬局を、それも初めて訪ねてきてからまだ半年しか経っていないのに選んでくれたのは嬉しい限りだ。調剤ばかりを専門とする薬局が乱立し、僕の薬局みたいな形態は時代の遺物みたいなものだが、こうしたときの選択肢として必ず存続していなければならない。彼は飲み始めてほぼ1週間で完治してくれたみたいだが、病院や他の薬局みたいに僕は咳を止める薬を作らなかった。僕は2ヶ月間も、おしっこをちびりそうになるくらい激しく咳き込む理由を正す漢方薬を作ってみただけだ。そうした発想も、医療機関の下請けみたいな仕事からは生まれない。
 4月から国は、調剤薬局の儲け過ぎを少しは正そうとしているらしい。オーナーは何軒も経営し、高級車を乗り回しているだけで高額な収入が約束される。全部税金だ。薬剤師が医者よりはるかに高給を得る。そんなことが許されるのか。命と向き合うために暗いうちに出かけて暗い時間に帰ってくる、そんな息子を見ていてそう思う。


   


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■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
[E-mail] ご相談はこちら
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カレンダ
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