栄町ヤマト薬局 - 2015/12

漢方薬局の日常の出来事




2015年12月31日(Thu)▲ページの先頭へ
士農工商
 個人的には可もなく不可もない年が終わる。ただ、目を外に向けてみると、可はなく不可ばかりの年であったような気がする。 外国のことは実体験として知りえないが、聞こえてくるところはどの国も同じような傾向を強めているような気がする。社会主義を名乗ろうが、資本主義を名乗ろうが、一党独裁を名乗ろうが、民主主義を名乗ろうが、実態は同じような気がする。それが証拠にアホノミクスはプーチンと馬が合うみたいだし、有色人種のくせに白人におべっかばかり使っている。よほど自分の風貌にコンプレックスを抱いているのだろう。黒人歌手が体を漂白して白人に近づこうとして、薬中毒で死んだのがいるが、アホノミクスは心を白人にしたがっているのかもしれない。白人は狩猟民族だから戦うことを好むが、気弱な人間こそ人には強がるものだ。
 何処の国にも独裁者的な人間が台頭してきた年でもある。命を懸けて築いた地位というより、親の力や企業の御用聞きとしてなり上がった者が多い。だから見るからに頼りない。頼りないがその悪意はかなりのものだ。自分や応援してくれるパトロンには誠心誠意尽くすが、それ以外のものには目もくれない。目もくれないどころか、弱者を牛や馬のようにこき使う。生かさず殺さずの復活だ。いやいや若者は、金持ちやその企業を守るために「生かさず殺す」の運命を強いられることになるだろう。自由主義の中で生き、資本主義の中で生きてはいるが、実際には下層階級が固定化されている。生きていくためには言われたことは何でもすると言う、新たな階級の誕生だ。僕はそうした現代の流れを「死のう高尚」と呼ぶ。低俗が栄え、大手を振って歩く時代だ。



2015年12月30日(Wed)▲ページの先頭へ
牡蠣
 クリスマスを一人ぼっちで過ごすことをクリボッチというのをこの冬はじめて知ったが、大晦日を一人で過ごす人をどう呼ぶのだろう。ミソボッチ?正月を一人で過ごす人はショウボッチ?
 僕はたとえ家族がいても、多くの人がボッチではないかと思う。ボッチが必ずしも否定的な意味だけを持っているのではなく、家族とレベルが合わなければこれもまたボッチだ。
 今日何人かのウツウツ患者を応対した。どの人もウツウツの原因は配偶者だ。配偶者がいても実際はボッチで、助けにはなっていない。何人かに「別れたら」と提案したが、実際の行動にはなかなか出られないらしい。僕はこうした相談のときに声をひそめない。堂々と大きな声で相談に乗る。声をひそめる患者さんもいるが、そのうち堂々と話し出す。薬局に他の人がいてもお構い無しだ。悪いことをしているのでもなく、隠すことでもなく、日本中で無数のおなじような出来事が同時進行しているのだから、遠慮する必要はない。むしろつくろったりせずに堂々と笑い飛ばして自虐ネタにするのがいい。そもそも相談に来ている人は被害者だから、家にいる配偶者のほうが漢方薬を飲むべきなのだ。「アンタのじゃなくて、相手の漢方薬を作ってあげようか」と言うと、たいていの人に受ける。
 今日、殻付の牡蠣をバケツ一杯頂いた。子供達は今日から休みでいないし、妻は食べないしで、1人で頑張って食べ続けた。あまりにたくさんあるのでご飯は食べないようにした。妻は焼いてくれるのに付きっ切りで他のおかずを作る暇がなかった。そのせいで僕はひたすら牡蠣を食べ続けた。こういう食事を最近はカキボッチと言うらしい。


2015年12月29日(Tue)▲ページの先頭へ
家族
 「オトウサンジャナイミタイ」と言われて、答えに窮した。
 3女は1年前に来日して、僕の家には数回遊びに来ているが、ほとんど休日か仕事を終える時間帯だから僕がどんな仕事をしているのか見たことはがない。いつも事務所で話したり、2階で食事をとるくらいだから、僕のもっとも僕らしい?ところは知らない。語学学校が冬休みに入り、バイトが休みの日が昨日しかないということで、次女と2人でお昼ごろやってきた。クリスマスのミサで会った時に「姪が正月休みに入って人手が足りないから手伝いに来て」と半分冗談で言っていたら、半分冗談で手伝いにやって来た。
 昨日は、店頭での相談、県外の人への漢方薬の送り、息子の処方箋調剤、全てが多かった。朝の9時に僕が漢方薬を作り始めて、一応その日に作らなければならないものを作り終えたのが午後の6時過ぎだった。(これは勿論例外中の例外で、僕の薬局が31日まで仕事をするとは知らなかった人が集中しただけ)結局、ひたすら食事もとれずに作り続けたのだが、それをずっと見ていた3女が不思議そうに言った感想だ。
 「お父さんを、遊び人みたいに思っていた?」と言うと、笑ってごまかしていたが、それに近い感想を持っていたのかもしれない。何か頼めばほとんどのことをかなえてくれる便利なおじさんに思っていたのかもしれない。再来日の次女にくっついてきたのだが、弟を学校に行かせたいと言うけなげな目標を聞いて、それこそけなげに願いをかなえることを手伝うおじさんに思ったのかもしれない。
 2人も勉強をするチャンスに恵まれていたわけではない。あまり深く尋ねると顔が曇るので僕はことさら興味を示さないが、日本とはレベルの違う貧困の中で育ったみたいだ。でもそれは決して不幸とは違う。それを証明する2人の純情と愛情と知識欲を感じるし、2人の発する笑顔は、ただただ僕を癒してくれる。
 僕がお願いしたことを飲み込み早く、楽しそうに手伝ってくれる姿を見ていて、或いは声を聞いていて、嘗て僕は二人を世話することで心が満たされていたが、今は2人が存在することだけで満たされている事に気がついた。擬似家族かもしれないが、それもありと今でははっきりと言える。


2015年12月28日(Mon)▲ページの先頭へ
五郎丸選手
 起きていても寝ているような人もいるのに、僕は寝ていても起きているような人間かもしれない。特に昨夜がそうだった。
 ラグビーの五郎丸選手のお子さんを確かサッカーのスポーツ少年団で指導したことがある。試合会場に彼が昨日来ていたから直接本人に尋ねてみた。「確か五郎丸君のお子さんに僕はサッカーを教えていたよね」と。彼は微笑みながら肯定もせず否定もしなかった。僕は教えていたことに確信を持っているから、お子さんがどんな顔をしていたか思い出そうとしたが思い出せなかった。そうしているうちに目が覚めたが、その後も僕はしきりにお子さんの顔を思い出そうとしていた。
 これは昨夜NHKの夜の番組で五郎丸選手のインタビューが行われ、それを見ていたせいだと思う。
 砂浜から神社がつながっていて、足の裏に砂の感触が心地よい。参拝を済ませて帰ろうとしていたら、僕のチームでバレーをしていた人と会った。僕より随分若くて、岡山県の社会人チームで優勝するほどの実力の持ち主だ。久しぶりに再開して、軽く会話をした。どうしてこんなところにいるかと尋ねたように思う。いかにも不釣合いに思えたのだ。でも彼はっきりと答えなかった。ニコニコと笑っているだけだった。答えが聞けないまま目が覚めた。
 これは昨日。備中国分寺の五重塔にかの国の女性達を連れて行ったことが影響しているのだと思う。半年くらい前に、倉敷で早島太鼓を聴いたときに、会場でいかにも場違いな彼を見つけて少し言葉をを交わしたことも影響している。昨日の総社の第九のコンサートとダブったのだと思う。
 買い物の途中で雨が降り始めたので、仕方なくオートバイをスーパーの駐車場において帰った。雨が上がったのでとりに行かなければならないが、15kmくらいはなれたところだから歩いてはいけない。乗用車で行ってもオートバイは積めないしと思案していたら目が覚めた。目が覚めても当分考えていた。
 これは、昨日時々冷たい雨が降ってきて、彼女達を雨に打たれさせてはいけないとかなり気配りしていたせいだ。
 家に帰ってテレビを見ていると、横浜の姉と千葉の姉がテレビに出ていて、なにやらかけっこをしていた。横浜の姉が走り、千葉の姉がインタビューに答えていた。これは、昨日の第九のコンサートが夜のニュースで放映されたのを見ていて、僕は声援だけが放映されたことが影響していると思う。
 人生の夢は何もなくなったが、夜毎夢はよく見る。ここには書かなかったが、ある人の漢方処方まで昨夜考えていた。起きていても寝ているような人間になってみたいものだ。


2015年12月27日(Sun)▲ページの先頭へ
感謝
 一言で表現するなら「感謝」かな。
 タイトルからして謙遜だ。ただの第九ではなく「はじめての第九」だから。最初インターネットでこのタイトルを見つけたときには何のことかわからなかった。そのうち、総社市が初めて自前の第九のコンサートを開こうとしたのだと分かった。かの有名な備中温羅太鼓の地だから、文化の土壌はあり、その経験を生かして第九をやろうとしたことに抵抗は感じなかった。あの地なら出来るだろうなと素直に思った。まして主催がくらしき作陽大学と、作陽音楽短期大学だから、いわばプロの卵達ばかりだ。出来ないはずがないと思った。先週は香川県の綾歌で第九を聴いたが、最近来日したかの国の女性のうち数人がまだ聴いたことがないので、僕にとっては渡りに船だった。おまけに学生主体だからか、初めてだからかチケットが500円には大いに助かった。しかし、演奏のレベルは決して500円ではなかった。素人の僕でも高額の第九と比べて、丁寧さや迫力や音質やソリストのレベルなどの差は指摘できるが、感動を与えてもらったことにはそんなに差はないと思った。特にかの国の女性など、楽器を持って登場する演奏者の姿を見てすぐに「スゴイ」を連発するくらいだから、実際の演奏をどれだけ喜んだろう。まだ日本語で感想を表現できないが、鳴り止まぬ拍手のなかで彼女達も懸命に手を叩いていた。僕を見て両手でvサインを繰り返す姿を見て、第九を聴けた喜びが倍増した。なにやら総社市長がかなり力を発揮したらしいが、裏方の方たちをはじめ、出演者の全てに感謝したい。
 帰り道、折角だから備中国分寺の五重塔を案内して帰った。見学の途中で1年前に来日した女性が「オトウサン コンサートミタ サミシソウ」と言った。最初国に帰りたくて寂しくなったという意味のことを言ったのかと思ったが、僕が寂しそうに見えたらしい。でもそれは違う。僕は心底感動し幸せな時間を過ごした。ただ、演奏を聴いている間、いろいろなことを考えた。というよりいろいろなことが脳裏に浮かんでは消えた。浮かんできたことを深追いするわけでもなく、自然に泡のように脳裏から消えて行った。そうした横顔を見て寂しそうに見えたのかもしれない。偶然横に座って、何かの拍子に横を向いて僕の表情を見たのだろうが、「この感動を是非来年も味わいたい」と、どんな演奏会のときにも感じる深層心理に支配されていたのだと思う。無限に横たわる時間をもてあそんでいた頃には決して思いもつかない感情に最近支配されることが多い。そうしたときの表情は他人から見れば「サミシソウ」なのだろうか。今を大切にと、嘗ては考えられないようなことを真剣に思っているせいだろう。
 この年齢になると自分の幸せなど取るに足らなくて、追求する気にもならないし価値もない。欲深い大人たちによって食い物にされている青年達に喜んでもらえればそれでいいではないか。果実を分け与えられない青年達に寄り添うことが出来れば、僕の心が少しだけ幸せになれる。それで十分だ。


2015年12月26日(Sat)▲ページの先頭へ
正体
 ヒトは進化の過程で、高齢になっても精神機能を低下させないための遺伝子変異をもつようになったことが、米カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のAjit Varki氏らの研究で示唆され、論文が「Proceedings of the National Academy of Sciences」に11月30日掲載された。
原則として、脊椎動物では、生殖できなくなった個体は死ぬようにできている。しかしヒトと一部のクジラはその例外であり、そのため高齢者は重要な知識を後代に伝え、孫の世話をするといった作業を手助けできると、著者らは説明する。
研究では、アルツハイマー病に抵抗する遺伝子変異であるCD33の濃度が、ヒトではチンパンジーの4倍であることがわかった。また、APOE2とAPOE3と呼ばれる遺伝子変異も、認知症を予防するために進化したと思われることも判明した。Varki氏は、「期せずして、高齢者を認知症から守るのに役立つ遺伝子変異があることが判明した」と述べている。

 そうか、もし人間も孫の世代の世話をしなくてもいいなら、日本人なんて半分くらいの人口だったのだ。生殖不可能世代が今、日本から消えればこの国も随分広々としているかもしれない。その世代が消えれば、辺野古の海はきれいなままに保全されるだろうし、原子力発電所はすぐに止めて放射能汚染から自分達を守るだろう。まさに自分達が戦争に行く世代で、殺し殺されるのはまっぴらだから、戦争放棄の憲法は守るだろう。有り余るほど生産して、それを売って富を蓄積するために、空気を汚し、北極の氷を溶かして、海面を上げ、国土が減らすのはいやだから、そこそこの生産にとどめるだろう。穀物も肉も薬で汚染されたものを口にして寿命を縮めるのはいやだからアメリカ主導の経済圏には入らないだろう。白人が有色人種を爆弾で肉片と化すのを、黄色人種の日本人が白人の太鼓もちになって支持することはしないだろう。
 今の政治屋を見ると、人間か鯨以外ならもういなくなっているはずの人間達だ。孫の世話をするように命を与えられているのに、孫を、勿論それは自分の孫以外を、食うに困らせ、教育を受けさせず、あわよくば自分達の守衛にしようとしている。何が孫の世話だ、孫の生き血を吸って醜く太るのがやつらの正体だ。


 何回も同じ言葉を繰り返されると、最後には自分でも「そうだったんだ」と思えてくるから不思議なものだ。
 何の話でそんな話題になったのか、いやいや、かの国の女性達の話をしていて、自分達の昔話になったのだ。過去のことはほとんど思い出さない習性の僕だから、相手が9割喋ったが、それでも誘導されてなんとなく思い出すこともあった。
 僕より二つ年上のその男性は、前島で農家をしている。代々前島に暮らしていて、今でも楽しそうに野菜を作っている。そんな彼が、かの国の女性達の話を聞いて、「昔の日本と同じじゃ」と言った。
 「中学校の弁当のとき、卵焼きがおかずで入っていた家は裕福じゃ!」
 「ごめん、僕は入っていた」
 「中学校の弁当のとき、ウインナーソーセージが入っていた家は裕福じゃ!」
 「ごめん、僕のは入っていた」
 「中学校の弁当にスパゲッティーが入ってた家は裕福じゃ!」
 「ごめん、僕のは入っていた」
 「中学校のとき、弁当を隠すように食べていた家は貧乏じゃ」
 「ごめん、僕は堂々と広げて食べていた」
 「アキちゃんの家は薬局だから、裕福じゃったんじゃ」
 「そんなことはなかったよ。お袋は皆貧しかったからなんともなかったとよく言っていたよ」
 「そうじゃなあ、でも幸せじゃったなあ。今のほうが悪い気がする」
 薬を出し終わった後のたわいないお喋りだが、そうか僕の家は裕福だったんだと思った。当時の卵は高かったのだそうだ。卵の上が何かは知らない。梅干一個がおかずの弁当を隠しながら食べていた人が、同じクラスにもいたとは知らなかった。当時知識に隙があったのか、感性に隙があったのか、人格に隙があったのかわからないが、大いなる迂闊だった。








2015年12月24日(Thu)▲ページの先頭へ
適当
 「えらい適当やね」は笑顔で言ってくれたから、いやみではなく本心なんだろう。そう言われて反論する気概もない僕は「僕はすごい適当ですよ」と臆面もなく答える。
 都会から牛窓に越して来たその女性から受ける印象は、知性?自然?芸術?ヒッピー?職人?・・・他人のバックグラウンドにほとんど興味を示さない僕だから、数回来てくれたのにほとんど何も知らない。ただ、漢方薬の処方を指名で来るヤマト薬局にとってはかなり珍しい人だから、その印象だけが突出している。それも、嘗て漢方の専門家に教えを乞うていたらしくて、かなりの知識だ。
 何の話からそうなったのか忘れたが、僕自身がガチガチの漢方屋ではないこと、何が何でも漢方薬で他人や自分の病気を治すということがないこと、養生をほとんどしないことなどを話した時に思わず出た言葉が冒頭の言葉だ。僕は幸運にも田舎で薬局をやっているせいで、有り余るほどの資産を築けないこと、さばけないほどの患者さんが来ることなどありえないこと、競わなければならないほどの競合店がないこと、実力以上に振舞う必要が無いことなどで自然体で仕事が出来る。
 「ききゃあよかろうが(効けばいいでしょう)」と言うフレーズを患者さんによく使うが、それはどんなものを用いても効けばいい、効かなければならないという意味で、サロンパスでもリポビタンでも適しているときにはそれを勧め、僕の都合(経済やプライド)を押し付けないことをモットーにしている。文献や洗練された講演で人の病気が治るならそれは簡単でいいが、なかなかそんなにたやすいものではない。僕はこれまた幸運にも全く裏表がなく、常にどんなひな壇に上がっても普段着の先生から漢方の知識を頂いたから、そして本当によく効く処方を教えていただいたから、患者さんに対する姿勢まで真似ることが出来た。
 その神秘的な女性から漢方薬の講義をしてくださいと頼まれたが、僕が人様に教えることなど出来ないのだ。僕の先生が偉大すぎて、そこは真似てはいけないと思っている。いつまでも教えを請う立ち位置こそが僕の居場所だ。「えらい適当」でないと、僕は息が詰まる。



2015年12月23日(Wed)▲ページの先頭へ
 これはいい手だ。これからも再々利用しよう。
 昼過ぎから母の見舞いに出かけた。その時には既に雨が降り始めていたから、傘を持っていくことにした。車での移動だから何処に寄っても、歩く距離などしれているのだが、さすがに冬の雨は冷たくて体を冷やしてしまうから傘を持って行くことにした。車から降りたのは3箇所で、施設もコンビにも至近距離に駐車したから、傘は利用しなかった。もう一箇所は、ユメタウンと言う大きな総合スーパーで、駐車した場所から入り口まで数十メートルあったので傘を使った。
 スーパーの入り口には、傘を店内に持ち込むためのビニール製の使い捨てケースが用意されていた。多くの客がそれを使って店内に傘を持参で入っていく。ところが僕は入り口に持ってきた傘を立てて入って行った。店の入り口に無造作に立てかけられているのは僕の傘だけだ。店内はクリスマス用品を買い求める客もいて、いつも以上に混雑していた。僕は傘のことなど忘れて、パンと海苔と93円のリキュール酒を買った。どのパンを買うか迷ったのと、海苔が何処に陳列されているのか分からなくて探したのとで、20分くらいは店内にいたと思う。
 その後僕は店から出たのだが、すぐに傘があるかどうか確認をした。当然のことながらあった。ただ、僕は心配をしていなかった。確信があったから、恐らく100人か200人か、或いはそれ以上の人が傘の前を行き来するかも知れない場所に堂々と傘を置いて買い物をしたのだ。この結果に僕は自信を持った。そもそも傘をビニール袋に入れる作業が嫌いで、むしろ雨にぬれることを優先するくらいだから、傘を入り口に立てかけて店内に入れるのはありがたい。この手を使わない手はないのだ。
 ところで僕が今日使った傘は、いつ誰が買ったやつか分からないが、コンビニなどで売っている透明な傘だ。どのゴミの収集日に出していいのかわからないから、半年くらい行き場がなく雨ざらしにされているものだ。汚れてはいるが、ワンタッチ機能は健在だから便利だ。ただ一番の泣き所は、骨が2箇所折れていて、開いても半分だけが正常に開き、4分の1は地面と直角になっている。だけど、半分しっかりしていればかなり雨はしのげる。数十メートルの移動だから十分役目は果たすことが出来る。折りたたんで立てかけていても、骨が変形しているのはすぐに分かるから、盗られる心配がない。盗った人が処分に困るだろう。
 必ずしもいいものを持つ必要はない。無くしてもいいようなものばかりだったら気が楽だ。ストレス社会にこんなことで「楽」が手に入るなら実践しない手はない。





2015年12月22日(Tue)▲ページの先頭へ
返事
〇〇と言うのは初耳だったので、インターネットで調べてみました。
今は沢山に細分化して心のトラブルを分けて考えていますが、
〇〇は結局は社会不安障害に含まれるのでしょうね。
だけど、誰にだって少しはあることですから、僕はそうしたジャンルを作ることに抵抗があります。
食後に飲んでいただいているのが正にそうした人に飲んでいただくものですから、
お腹と一緒に治るのではないですか。
僕は、社会不安障害は現代の社会風潮によって作られた社会現象と思っています。病気だとは決して思えないのです。
今のように科学が発達したら不意の事故も莫大な事故につながります。
馬に跳ねられて死ぬ時代から、空からミサイルが降ってきたり、放射能が海を越えてやってくる時代です。
身を守る本能がよほど強くなければ生きていけません。
あなたはそうした先頭を走っている人類なのです。
決して欠点などではないと思うのです。
そうした貴女をを御主人は気に入って結婚したのではないですか。
今のままで十分あなたはいいのですよ。
それがあなたの最高の魅力ですよ。
ヤマト薬局

 わざわざ遠くから泊り掛けで訪ねて来てくれた女性だから、その女性の魅力はよくわかる。田舎者の僕には都会の人のように見えたが、何処に住んでいても同じなんだと思わせてくれた人だった。そんな女性が、自分でレッテルを貼るのは如何にももったいないから、上記のような返事を送ったら「それでも治りたいです」とメールが返ってきた。「そりゃあ、そうだろうな」





2015年12月21日(Mon)▲ページの先頭へ
関節
「指の関節がポキポキ鳴る理由を、放射線科医らが明らかにした。」なんてタイトルの文章が医学情報として送られてくるから、どうでもいいことを、本気になって考える人がいるんだと興味本位で読んでみると、素人にはまるで想像がつかないことが原因なんだと思った。やはり目を通してみる価値はある。なんでもないことを難しく言うのが学者かもしれないが、素人には到底行き着くことが出来ない領域だから、それに触れるのは価値がある
 特に後半の、指を鳴らすことが気分の高揚に役立つと言うところが納得だ。だから多くの人がやるのだ。もし気持ちがよくないならあんなことをするはずがない。ただ、僕は男がやるのはよく見るが、女性が指を鳴らすのを見た事がない。その理由は残念ながら解き明かされていなかったみたいだ。
 どうでもいいが、知っていればちょっと物知りになれる文章を勝手に要約したから披露する。
 
 米カリフォルニア大学デイビス校ヘルスシステム放射線医学教授のRobert Boutin氏によると、指を鳴らすとき、関節内では気泡が形成され、それにより超音波画像では「関節内で花火が破裂するような」明るい閃光がみえるという。しかし、関節の音がこの泡のはじける音なのか、それとも泡が形成される音なのかについては、これまで見解が一致していなかった。今回の研究では、超音波画像と音声をあわせて確認した結果、「どのケースでも、気泡が形成されることによる閃光がみえる前に音が聞こえた。関節の音は、泡がはじける音ではなく、泡が形成される音である」とBoutin氏は述べている。音が聞こえてから閃光がみえるまでの間隔はわずか10ミリ秒という。「関節音については以前からいくつかの説があり、相当の議論がされてきたが、われわれは、音と閃光が関節内の気泡による圧力の動的変化に関連するものだと確信している」とBoutin氏は話す。米マサチューセッツ総合病院(ボストン)のWilliam Palmer氏によると、この気泡は関節の潤滑液に溶け込んでいる気体から生成されるものだという。指を伸ばすことで陰圧が生じるために、泡が生じる。たくさんの微小な気泡が一気に融合して1つの大きな泡となることで音が発生すると、Boutin氏は説明している。さらに、整形外科医による診察の結果、被験者らが指関節を鳴らしたことによる有害な影響はないとみられ、鳴らさない人に比較して腫れや握力の低下は認められなかった。また、指を鳴らした後は関節の可動域が著明に増加する傾向がみられ、「指を鳴らすと気分がよいのはそのためだと考えられる。これは関節液に溶け込んだ気体による張力が軽減された感覚だ」と、Boutin氏は指摘している。


2015年12月20日(Sun)▲ページの先頭へ
真似事
 これには本当に驚いた。今までかの国の人が僕の車で何人も吐いたが、自他共に認める弱さを誇るその女性は、僕の車のドアを開けて乗り込んだ瞬間、ゲエゲエ言い出した。まだエンジンもかけていないのにもう酔うのかと、これには慌てた。念のため、ビニール袋を10枚くらい持って来ていたが、それでは足りそうにない。
 慌てて僕は窓ガラスを開けて走り出した。すると何故かゲエゲエが止まった。乗り込んだときのゲエゲエも結局は吐かなかったみたいだ。
 そんな滑り出しだから運転にはかなり気を使った。カーブではかなりスピードを落として車が傾かないように曲がる。信号で止まるときにはなるべく急ブレーキを踏まないようにする。発進は電車のように滑らかに速度を上げる。時に今日、綾歌のアイレックスで行われた第九のコンサートには、10月に来日した女性達を選抜して連れて行ったから、ほとんどの人が乗り物酔いの薬を飲んでの小旅行で、車に乗ればすぐ眠る。言葉も通じないので、観光バスの運転手さんみたいなものだった。ただ、四国フェリーによる行き帰りや、丸亀城、そしてうどん県のうどん、そして当然、第九のコンサートも想像以上に喜んでくれた。
 何でも、丸亀は太平洋戦争で捕虜になったドイツ人が中国から送られた収容所があった所らしくて、その捕虜たちが第九の演奏をしたのが、日本での第九の始まりらしい。そうしたゆかりを公演の前に聞かせてくれた。なんとなくバックグラウンドがあることだけで、聴きに行った価値が上がった。
 もう何回聴いたかわからないが、だんだん最終楽章以前の楽章の価値も分かってきた。今日はなんだか第3楽章までを理解できた気がした。少しずつ気がつかないが勉強できているのかなと、少しだけ嬉しかった。楽団やソリスト、指揮者、合唱の人たちに感謝だ。
 ところでかの国の人たちには昨夜、通訳を通じて演奏が終わったらすぐに席を立つと言っていた。駐車場から出るのに以前大げさかも知れないが30分近くなった経験があるので、一番に出るためだ。しかし演奏が終わると感動で僕も彼女達も、拍手や声援を送らないわけには行かなかった。彼女達も立ち上がり大きな拍手をしていた。2階席はかなり空いていたので自由だったせいもあるが、立ち上がって拍手していたのは僕らだけだと思う。彼女達の偽らざる評価だと思ってとても嬉しかった。
 ベートーベンと言う名前を全員知らない。クラシックの楽器の名前もほとんど知らない。指揮者の動きを真似しながら聴いている女性もいた。ほんの少しだけバスの運転手さんの真似事をするだけで、有意義な経験を積んでもらえる。職業以外で少しでも役に立てることがあるのは幸せだ。
 


2015年12月19日(Sat)▲ページの先頭へ
 TEDで脱北者の若い女性が、その苦難の行程を語っていた。話の全てに感動を覚えずにはおれなかった。その中で特に感銘を受けたのが、プノンペンでの出来事だ。どうやら後進国ではまだまだ賄賂が幅を利かせているらしくて、入管でも留置場でも賄賂を払ったみたいで、いよいよお金が底をついたときに、町中である男性に声を掛けられた。彼女は家族を救うために役人に渡す賄賂代が要ると説明すると、男性は彼女をATMに連れて行き、必要金額を卸してくれたそうだ。彼女がどうして見ず知らずの私にこんなことをしてくれるのか尋ねたら「私は、あなたを助けたいのではない。北朝鮮の人々を助けたいのだ」と答えたらしい。格好良すぎなどと単純に称えるレベルではない。もう一段深いところに男性の思慮が伺われ、見習いたいと強く思った。
 この歳になって初めて分かってくることが多い。人生がもう少しで終わると言う考えが毎日一度や二度は頭をよぎる。その都度どう生きるべきかを思案する。簡単に言ってしまうと、人生なんかたいしたものではないと言う印象を強く持ち始めた。人より勝るために懸命に勉強し、懸命に仕事をしても、行き着くところはほとんど変わらないのではと思えるのだ。道行く人たちの笑顔を見ていると、結構幸せそうな顔をしている。人それぞれに色々なハンディーはあるだろうが、それを何かで補ったり、何かで上回ったりして結構楽しそうに暮らしている。笑顔さえ零れれば、その人が求め手に入れたものなど案外と価値はないのではないかと思う。あの笑顔さえあれば、人生はまずまずだったのではないかと思うのだ。経済も学歴も、その他もろもろも、人を幸福にするには決定的な要因ではないような気がする。むしろそれらと縁遠い人で、素敵な笑みを浮かべる人が多い。
 人より勝り、多くを得ても、結局は何もかも置いていくのなら、はじめから多くを持たなくていいのではないかと思うのだ。身軽で旅立てるように、物も心も軽いのがいい。僕らは地球にとってはゴミみたいなもの、宇宙にとっては塵みたいなものなのだから。



2015年12月18日(Fri)▲ページの先頭へ
所得水準
 クロネコヤマトの運転手さんが、申し訳なさそうな顔をして「北海道は大雪で、空港が閉鎖されているから荷物が遅れるらしいです」と教えてくれた。牛窓はさすがに朝は冷え込んだが、昼にはエアコンを切って仕事をしているくらいだから、ピンと来なかった。北海道と言う言葉で、旅行か何かの話に一瞬聞こえた。そのうち昨日、北海道の患者さんに漢方薬を送ったのを思い出し、運転手さんがその荷物のことを心配してくれていることが分かった。
 気候があまりにも温暖すぎて、災害があまりにも少なすぎて、移住したい県のトップに岡山県は位置しているらしいが、なんとなく最近の気候は岡山県と言えども安穏と出来ないような予感がする。いつ大雨が降るか、いつ巨大な台風が来るか、いつ大地が揺れるかなどとふと頭に心配がよぎることがある。夜空を見上げ、星の間を器用にすり抜けて飛ぶ飛行機の灯かりを見ながら、次の瞬間、あの夜間照明灯が倒れ、テニスコートが割れ、僕は地面に這い蹲るかもしれないと思ったりする。僕はいつ起こっても不思議でない巨大地震を恐らく体験する世代なのだろう。宝くじは当たるもの、飛行機は落ちないもの。勝手な確率論を駆使して恐怖感をごまかして暮らすのが人間だ。強欲で塗りつぶされたこの国をリセットできるのは、国民の自覚でもなく、政治屋の改心でもなく、僕は未曾有の災害だと思っている。歴史どおり、来なくてもいいものが必ずやって来る。所得水準に助かる率が比例するなどとは言わせまいぞ。



2015年12月17日(Thu)▲ページの先頭へ
目論見
 表面上は無関心を装っていたが、実は結構関心を持って見守っていた。あわよくばと言う身勝手な発想で、どう見ても正統性はないから公言できる代物ではなかった。案の定、問屋が卸さなかったから、ひと時の夢で終わった。
 娘夫婦は車で30分くらいかかるところから仕事に通ってきている。さすがにそれが無駄に思えたのか、疲れだしたのか、牛窓に住みたくなったのか、やっと家を探すことになった。不動産屋さんがしきりに物件を紹介にやってくる。聞き耳を立てるのではないが、聞こえてくる内容から、なかなかよい物件はなさそうだ。ところがつい最近、娘夫婦も触手を動かされるような物件を紹介された。築35年のペンションだ。僕が牛窓に帰った頃丁度ペンションブームで、僕とオーナー達は期せずして同じ頃牛窓に住み始めたことになる。(勿論僕はUターンだが)だから、僕は多くのペンションのオーナーと交流があった。売り出しているペンションも知っていて、いわゆるペンション村全体の風景もよく知っている。ここが牛窓かと言うくらいきれいな眺めだ。娘達もそこが気に入っているのだろう。
 僕のひそかな目論見は、10部屋もある家のつくりだ。キッチンもダイニングも広く、風呂は二つある。それをただ住むだけに使うのはいかにももったいない。以前息子達が同居するまでは、多くの患者さん達を迎えていた。主に過敏性腸症候群のガス漏れの人達だったが、一緒に数日暮らしてみて悩みなどを聞きつつ、漢方処方を考えていた。3年前から三階の部屋を使うことが出来なくなり、それからは誰も受け入れていないが、もしペンジョン跡を使うことが出来れば、3年前より患者さんは、数段気持ちがが休まるだろうと思ったのだ。整った個室から見下ろす穏やかな瀬戸内海は、どれだけ心を癒してくれるだろう。気持ちが落ち着き、病気から脱出できるまでいてくれてもいい、そんな建物が欲しかったのだ。
 昨日、決断を迫って電話をくれた不動産屋さんに娘が断っているのを聞いて、かすかな望みが断たれた。35年経っているから修繕費がかさみそうなのと、隣の同じく廃業したペンションが廃墟みたいになっているのがネックだったみたいだ。お金の援助をすることが出来ないのに、皮算用だけして、それでなぜか充実した数日だった。僕はやっぱり人を治すのが好きだし、そのためには出来る限りのことをしたい、そんな田舎の人間なのだ。自信を持って自分を善人などと呼べないことを断言できるが、よいことなら総動員して治ってもらうと言うスタンスが好きだ。
 目論見は失敗に終わったが、今回のことは参考になった。ありふれた表現だが、勝手に「いい夢を見させてもらった」






2015年12月16日(Wed)▲ページの先頭へ
桶屋
 今カルテを見て、もう3年のお付き合いになるのかと、時の速さに改めて驚くが、途中1年間は来られなかったから正味で言うとまる2年漢方薬を飲んでいただいていることになる。
 最初に来られた時には、御主人を亡くしてから2年が経っていた。夜間口が渇いて2時間ごとに目が覚めるらしい。その都度湯を飲んだり飴を舐めたりしなければ耐え難いらしくて、それが2年も続いていたからかなり憔悴していた。病院では粘膜の薬と、熱を冷ます漢方薬と、睡眠薬と高脂血症(高コレステロール)の薬が出ていた。
 僕の漢方薬を飲み始めて2週間で症状が7割改善してずいぶんと楽になった。夜に目が覚めるのも減ってきて、お湯を口に含んだり飴を舐めたりする必要がなくなった。口の渇きをひょっとしたら作っていたかもしれない睡眠薬と粘膜の薬と漢方薬が必要なくなった。結局僕の漢方薬は10ヶ月飲んでやめた。それ以降は1年くらい来られなかったから、元気にしていたものと思っていた。ところが1年ぶりに来られたら、なんとなく力強さに欠けていた。80歳を超えても頭もさえて上品な方だったが、それなりの年齢になっていた。そこでコレステロールの値を聞いてみると、下がりすぎのような気がした。僕はコレステロールはある程度高くないと元気でおれないと思っているから、血管を守るために最近発売された魚油で出来ている薬に変えて貰ったらと提案した。出来るなら化学薬品ではなく自然な材料のものを体に入れて欲しかったのだ。先生は快く変えてくれてそれを服用していた。ところが最近ある先生にかわったらそれも必要ないと言われ結局一切病院の薬は要らなくなった。80を超えて薬が完全に切れたのだ。今は僕の元気になる漢方薬だけ飲んでいる。何処も不都合がないらしい。
 この経験で、もし全国の門前薬局が薬を減らすことに必死で取り組めば、日本の医療費などずいぶんと削減できるのではないかと思った。一目見て不必要な薬も出ているし、患者と真剣に向き合えば本当に健康になる方法を見つけることは出来る。ただ如何せん、患者が治らなくていつまでも薬を飲んでくれなければ医療人は食ってはいけないのだ。建前はともかく実際はきれいごとばかりではない。病気になってくれ、薬を飲んでくれて、医者も薬剤師も儲かるのだから他のどんな職業とも違いはない。風が吹かなければ桶屋は廃業だ。
 睡眠薬を飲まなければ眠れないと勝手に思い込んでいた。コレステロールは低ければ元気になると思っていた。口の中の熱をとれば渇きが取れると思っていた。粘膜の保護薬を飲めば口の乾燥感が取れると思っていた。全ていらなかったのだ。僕に言わせれば、体の中の水分が枯れていただけだ。その挙句心まで枯れてうろたえていただけなのだ。だから僕は潤いを得られる漢方薬と、潤いが得られる会話をした。ただそれだけだ。
 


2015年12月15日(Tue)▲ページの先頭へ
伊藤たかお
 いったん5000円札をくれていたのだが、やはり多すぎると思ったのか、1000円札3枚に換えられた。最近の歯医者代は結構高いからこれでは足らないこともありうるなと思ったのだが、もう少し要求すると何を言われるか分からないので不安なまま歯医者に行った。今日は一つの歯を治せば言い訳ではなく、3つの歯を連動して治すと説明を受けたときに、手持ちのお金が少ないことが気になり始めた。案の定、会計のときに3800円と言われて「すいません、取りに帰ってきます」と言わざるを得なかった。自分の金が600円あったのであと200円あれば恥をかかなくてすんだのだが、この200円の壁は高かった。何の気なしに、金額の覚えに領収書を持って帰ろうとしたら歯医者さんが「領収書はお金をもらってから渡します」と言われた。僕はルーズだから逆の立場だったら渡してしまうが、これが普通なんだろうなと納得してそそくさとドアを開けて帰った。
 考えてみれば僕はほとんどお金というものをもった事がない。学生の頃は仕送りもなく、アルバイトも最低限だったから、先輩達に食べさせてもらったりした。先輩も金がなかったから、どうして暮らしていたのか今になっては思い出せない。結婚してからは、必要なお金を妻にもらうようになった。ただ必要なお金自体がなくて、お金など持っておく必要もなかった。そんな時代がこの10年前くらいまで続いた。勉強会で県外に行くときも、旅費(これは薬局から出る)に1000円余分にもらうだけだった。その1000円はほとんど食費だが、それも使わずに帰って来ることも多かった。
 勉強会以外で出歩くことが増えたこの十年、長年の習慣で恥をかくことが多かった。特に教会に行きだして、急な寄付や食事会などでは手持ちがいつもなかった。本来なら屈辱なのだろうが、僕はそれには実は結構耐えられるのだ。恥と表現したのは一般的な表現にしたがっているだけで、僕は恥などとは捕らえない。学生時代からお金がない状態には結構慣れていて、それだからこそ築けた人間関係が好きだ。そしてお金も物もプライドも持たない自由さが僕には快感なのだ。逆の立場を経験したことがないし、知りたくもないから、こちら側の快感を大切にしている。持たないことや無いことは即自由なのだ。
 お金を入れたことも降ろしたことも無い。キャッシュカードを持ったことも無い。破れて小銭が落ちる財布を使い続けている。「自由って言うのは失うものが何もないことさ〜」二十歳の頃から全くこの考えはぶれない。ありがとう伊藤たかお。
 







2015年12月14日(Mon)▲ページの先頭へ
請求
 昨日、姉が母の見舞いに横浜からやってきたから、義兄のイタリアでの手術について尋ねてみた。世界一周の船旅でのハプニングなのだが、誰にでも起こりうることだから経緯を知りたかった。まして先日、海外で肺炎で入院した人の医療費が数千万円と言う記事を読んだばっかりだったので興味があった。
 兄の場合、意外にも安かったのだ。姉も値段を聞いたときに一桁違っているのではないかと思ったらしい。診察してすぐに手術だったらしいが90万円で済んだ。これは既往歴があるトラブルだから保険では全てをまかなえないが、恐らくその中の何割かの負担で実際にはすむらしい。何かの急病や事故だったら全て保険がおりると言っていた。要は日本で健康保険に入っていて、外国に行くときの保険をしっかり掛けておけばそれなりの負担ですむらしい。
 ところがだ、ところだが・・・・・何万トンもの豪華客船をわざわざ1人のために予定外の動きをさせてしまうととんでもない経費がいるらしい。病気などと言う理由は必要経費にはなんら考慮されないらしくて、全て自己負担なのだ。巨大な船は港に自力で接岸することが出来ないから、タグボートなどを頼むが、そんなものも含めると400万円に上ったそうだ。余談になるが、病院に付き添ってくれた人の食事代が数万円(実際には姉の前で簡単なものを食べていただけなのだが)小さな町で1600円あればどこにでもいけるはずのタクシー代が1万円などと、怪しげな数字も含まれていると姉が言っていた。日本の会社が企画しているのに結構年配の人間からは取るものだとあきれていた。若い人はずっと安いらしいから。
 なんだかんだで、姉も含めて経済的に余裕のある人達がそうした旅行を楽しんでいるのだから、関係ない僕にはどうでもいいことなのだが、数千万円の請求が来てそれで治して下さいと言える人など恐らく1%もいないのではないか。そのまま逝かしてくださいとお願いしないと、生きて帰ったりしたならその場で家族に殺されそうだ。どっち道、殺されるならせめて病気で・・・・


2015年12月13日(Sun)▲ページの先頭へ
口直し
 会場の市民会館から駐車場まで歩く間。いや席を立ったときから、いや演奏の途中からお互い顔を見合わせて落胆の色を隠せなかった。心の中ではブーイングのしまくりだ。理性を解き放つことが出来れば大声で「太鼓を聴きに来たんだぞ〜」か「金返せ〜」と叫びたかった。圧倒的多数の熱狂的なファンを向こうに回す勇気がないから、いつものように叫んで応援したりしなかったし、いや、感動しなかったから必然性もないが、拍手もしなかった。拍手をする価値もなかった。
 今日は6000円と言う高額なチケットだから妻と次女、三女で聴きに行った。二人を誘うときに「たぶん日本で一番か二番か三番くらいに上手いよ」と言って恩着せがましく誘った。ところが彼女達もあきれるくらい感動を呼び起こさなかった。もう何度か和太鼓のコンサートに誘っているから、その音楽性を理解しているし、日本の文化も嗅ぎ取っている。ところが今日は何も感じなかったそうだ。おまけに駐車場まで歩く間、そして教会までの車に乗っている間、たどたどしい日本語で「懲りすぎ」「モダンなものと太鼓は合わない」「テクニックだけで心がない」などと低い評価しか下さなかった、と言うよりあきれていた。勿論僕も妻も同感で、僕たちは牛窓に帰るまでその話を続けていた。
 鼓童のメンバーが読んでくれるとは思わないが、気がついたことを列挙する。僕はかなりの観客と意見を一にしている自信がある。太鼓好きには耐え難い今年一番の無駄金だと思っているから。
 舞台の上を演者がゆっくりと歩いたり、太鼓の皮を張ったり、立ち話をしたり、そんな光景で始まったが、なんとそれが10分以上続いたと思う。玉三郎の演出かもしれないが、幕を上げて早く演奏しろってところだ。人が歩いたり、太鼓の皮を張るのを見るために6000円も払ったのではない。用意なら幕が上がる前にしろ。
 車のタイヤを沢山並べてそれを太鼓のようにして叩く。音は小さいし悪いし、何のためにそんなことをするのか分からない。無駄な時間がこれもまた10分やそこらではなかった。タイヤを叩くのを聴くためにお金を6000円も払ったのではない。
 これは全く何かわからなかったが、妻に言わせればカップヌードルの蓋ではないのと言うのだが、そんなもので出す音を6000円も払って聴きに行ったのではない。
 フルートを吹くのだが、和太鼓とフルートの組み合わせになんら心が動かされることはなかったし、フルートならクラシックの音楽家のを聴きたい。素人のフルートを聴くために6000円も払ったのではない。
 ドラムを3台並べて悦に載って叩くのだが、早くたたくことと大きな音を出すだけで、なんら音楽になっていない。うるさいだけだった。ドラムならジャズドラマーが叩くのを聴く。ジャズドラマーが叩くのは音楽だ。騒音を聴くために6000円も払ったのではない。
 年間20回くらいは和太鼓の演奏を聴いているが、こんなにお金を取られてなんら感動せずに会場を後にしたことはない。素人でも、体力の限界まで叩き続ける姿を見せられれば数倍感動する。岡山県では備中温羅太鼓、香川県に行けば夢幻の会他一杯の実力ある太鼓集団がある。パホーマンスで人の気を惹くなど邪道でしかない。2月には温羅太鼓と讃岐太鼓のつどいがある。どちらもチケットを手に入れることが出来た。早く口直し、いや耳直しがしたい。


2015年12月12日(Sat)▲ページの先頭へ
山陰
 ああ、これもありなんだと思った。
 僕は山陰の女性には情が移りやすいと見えて、ぜひこの若い女性にも元気になってほしいと思っていた。ただ、処方した漢方薬が功を奏しないのか、すぐ諦めて、2週間しか飲まない習性があり、薬が効かないのか熱心でないのか毎回突然現れるその女性の効果の判定に戸惑っていた。あるセールスに、結婚するなら山陰の女性に限ると息子の件で吹き込まれて、全てが贔屓目で見てしまうのかもしれないが、実際僕がお会いした数人の女性は、どこか山陰の空のように秘めたものを持っていて、明るさだけを強調されて後ろに引く癖のある僕には心地よい人たちばかりだった。
 今僕の手元には、ベートーベンの第九のコンサートの2回分のチケットと和太鼓のコンサートのチケット3回分がある。3月分まで買い揃えている。かの国の人たちをどう振り分けようかと思っていたところ、山陰出身で岡山市に住んでいる女性が漢方薬を取りに来た。以前薬を作る間、ユーチューブで和太鼓の演奏を聴いていてもらったことがあり、かなり興味を持ってくれた事を思いだし、彼女を誘ってみた。するとすぐに承諾してくれて、総社の備中温羅太鼓に一緒に行くことが決まった。恐らく後の6人はかの国の女性だと思うが、人が苦手な彼女には、とても優しいかの国の女性達との交流が思い出深いものになってくれると思う。嘗て多くの心寂しい僕の患者さんを彼女達が救ってくれたから、それも期待している。ただ、前回作った漢方薬が、劇的に効きそうなので、その必要はないかもしれないが、遠い異国の地で懸命に働いている人達と接するのはいいことだと思う。
 僕は今までかの国の人たちだけをコンサートに連れて行っていたが、日本人で和太鼓が好きな人と一緒に連れて行ってあげればどちらもが心温まる経験をつんでくれるのではないかと思った。差別や垣根のない交流で、どちらも満足がいく日になると思う。 もっと早く気がついていればよかった。僕の漢方薬を飲んでくれている、今を生き辛い人に、和太鼓とかの国の人の魅力を伝えたい。


2015年12月11日(Fri)▲ページの先頭へ
芝居
 生鮮食品からとって、加工食品はとらない。いやいやどちらもとる。毎日うっとうしい映像を見せられる。選挙目当てのやつらが顔をしばしば出すから、僕はチャンネルを変えるのが忙しい。
 自分達の権力を手放したくないから、無知な国民狙いの大根役者が臭い芝居をする。どうせどこかでよい目をさせられれば、どこかでそれに見合うものをとられる。自分達が無駄遣いして積み重ねた借金の穴埋めを庶民から、何食わぬ顔をして巻き上げるのだからやりたい放題だ。皮肉にも、それを許す下層階級の人間が多いのだからうんざりして怒ることすら忘れてしまう。
 もうこれ以上作って欲しいものなどないのではないか。庶民が造って欲しいものって何なのだろう。道も橋もトンネルもこれ以上いらない。高校も大学もこれ以上いらない。食べ物も飲み物もこれ以上いらない。くいだらないテレビ番組も、くだらない週刊誌もこれ以上いらない。国を守るといいながら実は自分達を守っている戦車や戦闘機はもうこれ以上いらない。日本を守るといいながら、自分達が世界に物を売り込むための保障として駐屯している米軍などもうこれ以上いらない。世界中で何億の人間が今日も飢えているのに、沖縄に娯楽施設などもういらない。ましてそれが、沖縄の人たちを蔑んでいるアホノミクスたちの浅はかな企みだから、絶対いらない。
 僕は何処に行くのも基本的には手ぶらだ。こんなに自由なことはない。ただ、何も持たないように暮らしてきたはずなのに、意思に反して物が増えた。その分不自由になった。どうせ最期は手ぶらなのだから、ゆっくり確実に周りから片付けようと思う。さてその時は物か心か、どちらから捨てて行こう。


2015年12月10日(Thu)▲ページの先頭へ
南部
「ナニイッテイルノカ ワカラナイ」
受話器を片手に、笑い続けている女性がいた。僕と話をしている女性に{〇〇ちゃん楽しそうだね、誰と何を話しているの?」と尋ねると、答えがそれだ。どうして同じ国の人間同士言葉が分からないのか不思議だった。ふとしたきっかけでその謎が解けた。そのおかげで、寮の中がまるでいくつかの集団に分かれているのかと心配したり気を使ったりしていたのだが、その必要が無いことが分かってほっとしている。
 かの国は北部、南部のほかに、中部と言うのがあって、おおむね3つに分かれているのだそうだ。僕はホーチミンとハノイしか知らないから2分されているのかと思ったが、3つだそうだ。そしてなんと、その地域ごとに使われている言葉が違うのだそうだ。中国のように広大な国家だったらそれもありかなと思うが、日本と変わらない位の国土で言葉が違っては不便だろうし情けないだろう。そして面白いのはここからだ。中部の言葉はとても難しくて、北部や南部の人には分からないのだそうだ。丁度電話をしていたのが中部の人で、家族に電話していたから生粋の中部言葉だ。まったくと言って分からないらしい。ところが、北部と南部の言葉は「カンタン」だから、中部の人には容易にわかるらしいのだ。具体的な言葉が全く分からないから、このような紹介しか出来ないが、北と南の人は言葉にハンディーを負っているらしい。
 日本でも方言のことを考えればうなづけるのだが、日本にはそれを克服する共通語と言うのがある。そのことを紹介して「共通語はないの?」と尋ねると無いと言っていた。この辺りが国民性だろうか。不便を不便と感じないところがうらやましい。
 そう言えば、大学で日本語を勉強してきた通訳が、牛窓に来て苦戦している。生粋の牛窓弁の洗礼を受けるとは思ってもいなったのだろう。彼女は南部だ。


2015年12月09日(Wed)▲ページの先頭へ
品位
2014年度の海外旅行保険事故概況(ジェイアイ傷害火災保険調べ)によれば、事故発生率は3.53%(約28人に1人)に上り、その半数が治療・救援費用であること。また、最近、海外旅行先でシニアの事故が増加していると報告した(65歳以上と65歳未満では重症事故発生は65歳以上が約6倍)。そして、シニア旅行者が、旅先で入院など加療をした場合、治療費だけでなく、医療通訳や搬送費など費用がかさむことを指摘。たとえばシニア旅行者が、北米で肺炎に罹患し、約50日間入院・手術した場合、支払保険金額が約9,330万円に上った高額事例を紹介した。シニア旅行者の事故原因は、転倒による外傷のほか、脳疾患、心疾患、肺炎が多く、高額保険金支払い上位5つのうち、4つまでがシニア旅行者であり、原因疾患も肺炎だったと報告した。

世界一周クルーズの旅に出かけていた姉夫婦が、1ヶ月で帰ってきた。特別養護老人ホームで暮らしている母の思いが届いたのか、半年の計画を1ヶ月で終えて帰ってきた。ただ、実際には旅先で義兄が病気になり手術を受けたのだから、母の想いとは違う。一時危ないといわれていた母が俄然元気になったのは、姉が帰国するのを懸命に待っていたからだと思いたいが、小説のようにお涙ちょうだいではなく母が持っている生命力の賜物だ。何はともあれ母にとっては朗報だ。又娘に会えるのだから。姉にとっても同じことが言える。生きている母親に会えるのだから。
 丁度そんなことを思っているときに上記の文章を見つけた。薬局に送られてくる情報誌の中に載っていた。文章の主旨は、外国で一番罹患しやすい肺炎の予防接種を受けるようにというものだが、外国に行ったことがない僕には縁のない話で、従来なら目を通さないと思うが、余りにもタイムリーだったので興味深く読んだ。そして姉達の治療費はどうだったのだろうと心配にもなった。ただ昨日電話で話した時に、その話題が出なかったのでほっとした。
 アメリカで盲腸の手術をして200万円と言う話は聞いた事があるが、わずか50日の入院や手術で年末ジャンボとはあきれて物が言えない。色々と不快なことが多いこの国だがいいことも沢山ある。話が飛躍してしまうが、溢れる物ではなく、そうした価値観に親しみや尊敬を持って来日する外国の人間だけを受け入れるべきだ。安い労働力や暴買いなどと品のない次元にいずれ足をすくわれる。一度足をすくわれたら回復は不可能だ。そのためには、人道と言う言葉が全うできる品位が僕らの側にも大切だ。



2015年12月08日(Tue)▲ページの先頭へ
増殖
 関東のある女性が、テレビで見た牛窓のヨットハーバーを見て褒めてくれた後、「観光用の一部なのかもしれませんが…」と感想を述べてくれた。結構鋭い目をしていると思った。そこで僕が返信で送った文章が以下のものだ。

 まだ若い頃、町おこしのイベントを計画して、そのヨットハーバーで手作りヨットの大会を開きました。
ダンボールなどで作ったヨットで沖のブイを何周かしてくるものです。
楽しかったですが、周りは何千万円もするヨットが一杯係留されていて、そしてそのオーナオーは全部他所の人、
特にバブルの時代でしたから神戸や大阪の人たちばかりでした。
ベンツで乗り付けて、ヨットで遊び・・・
薬局の前にも高級車が横付けにされ、(なぜかこの人たちは横付けなのです。車が大きいせいもあるかもしれませんが、本当の理由は、人のことを思いやる気持ちなど訓練されていないのです。
ヤマト薬局の特徴はそうした人には絶対無礼に応対することです。二度と行きたくない薬局ナンバーワンを目指しました)地元の人がめったに買えないような高額なドリンク剤を飲んで行きました。
 翌年イベントをやめました。小手先の何かで町の窮状を救えるようなものはありません。
行政自体に救う能力がないのですから、庶民には無理です。
地元の人間は地道に生きていく以外ありません。
数年後、ベンツで乗りつけていたあるオーナーが、軽四トラックで乗り付け、
物欲しそうにヨットハーバーの金網越しに係留されたヨットを眺めていました。
 どこかでつじつまを合わせてくれる力が働くものだと思った経験談です。
その力をパワーアップして、引きずり降ろして欲しい奴等が今又増殖中です。
アホノミクスとか・・・
ヤマト薬局


2015年12月07日(Mon)▲ページの先頭へ
斡旋業者
 昨日の讃岐国分寺太鼓保存会の公演「鼓典 冬の章2015」の会場で思いがけず、隣の席のおばさん2人と仲良くなった。何のきっかけで話しかけてきたか忘れたが、人懐っこい2人だった。開演に先立って舞台で挨拶をした女性と顔見知りらしくて、地元の人だと分かる。えらくくつろいでいるから正に地元なのだろう。僕が牛窓の会場で聴いているようなものだ。ちょいと出かけて来れる人と、朝7時に出発した人間との差が、くつろぎ加減で分かる。八百屋で会った御近所同士が話している様なものだ。
 開会の挨拶をした女性はなにやら歯医者さんのお嬢さんらしくて、それがどうしたと思うのだが、手話を交えながらの挨拶は何度見ても、この保存会の質の高さを物語るし、挨拶を終えるとすぐに演奏に加わるのがいい。おばさん達はそのあたりを誇りに思って僕に教えてくれたのかもしれない。要は町の誇りなのだ。
 アンケート用紙に僕が記入していたのを見ていたのか、遠くから来られたんですねと驚いていた。もう3年くらい通っているから、わざわざ遠くにやってきている感覚は全くないが、ましてフェリーに乗れるのだから何度来ても楽しいのだが、県外と言うことだけで驚いたのだろう。やがて僕の隣に並んでいる7人の若い女性達が日本語を話していないことに気がついたみたいで、余計な興味も持ったのか、僕に「斡旋業者ですか?」と尋ねた。僕の品のない顔や服装がそう思わせたのだろうが、それを否定して、何故一緒に来ているかを説明した。僕の理由は簡単で一貫している。彼女達の勤勉さにしばしば心を打たれること。僕の母をとても大切にしてくれること。彼女達に日本の文化や素の日本人との交流を経験してもらう立場に僕しかいないこと。そして大企業のその会社がそれを許してくれていることだ。そして、その婦人たちが興味を持ったテーマ、「その費用は誰が出しているの?」の答えになるべく家族の協力があることだ。
 何を思ったのか演奏が終わって席を立とうとしたら、そのおばさん達が握手をしてくれた。年齢を重ねると角が取れるのか、人との付き合いが簡単になる。今だからこそ手に入るものが、青年時代に入っていたらどれだけ人生が変わっていただろうと思うが、不自由の中でもがき苦しみ、やがて脱出して行くのが青春だったのかもしれない。
 


2015年12月06日(Sun)▲ページの先頭へ
鼓典2015「冬の章」
 大太鼓のソロを聴いていて、この打ち手が讃岐国分寺太鼓保存会にいたかなと記憶を懸命に呼び起こしてみたが、心当たりはなかった。と言うのは、もう何度も讃岐国分寺保存会の演奏は聴かせて貰っているが、大太鼓がいまひとつ訴えてこないと記憶していた。ところが今日のソロを聴いていて、こんな言葉があるのかどうかわからないが、速打とも言うべき打ち方に感心したし、感動を与えてもらった。専門用語が分からないから正しくは伝えられないが、まるで小さな太鼓を打っているのと同じくらい速い回転で大太鼓を打っていた。それで迫力に欠けるのかと言うとそうでもない。十分大太鼓の本質は確保されていた。
 来年の春に3年間の研修生としての仕事を終えて帰る〇〇は好奇心が強くて、3年間僕と行動を共にすることが多かった。和太鼓のコンサートも10回以上連れて行ってあげていると思う。先ほど寮に帰って一休みしているときに彼女が今日のコンサートの感想を言った。それがなんと僕と全く一致した感想だったのだ。一つは例の大太鼓奏者の上手だったこと。もう一つは、小さな太鼓をひたすら一定のリズムで打ち続けた女性。この二人を上げて、今日のコンサートを聴けた喜びを語っていた。全く僕と感想が一致したのに驚いた。目の付け所が、いや、耳の付け所が同じなのには驚いた。耳が肥えるとはこのことだろうか。
 ついでにコンサートの途中で起こったハプニングを披露する。今日も7人かの国の女性を連れて行ったのだが、その中の3人は10月に初めて来日した人たちだ。僕の隣にいた女性は通訳としてやってきた。讃岐国分寺太鼓保存会の歴史を紹介する映像が流れたときに、すすり泣きを始めた。不覚にも僕は午前中訪れた四国村で風邪をひいたのかと思ったが、次第にすすり泣く声が大きくなった。そして彼女が「オトウサン、〇〇〇〇を思い出して寂しくなった」と言った。僕はまだ訪ねた事がないから想像でしかないが、映し出された田園風景、特に整備された棚田が山の上まで広がっている光景がまるでその国に似ているのではないかと思ったくらいだったが、案の定そっくりだったのだ。全員農村出身だから、ひょっとしたら全員が郷愁に駆られたかもしれない。日本の原風景と保存会の主旨が重なるのだろうが、にくい演出だった。
 ついでに素人が、えらそうなことを言ってみる。後継者になるべく子供たちの力も相当なもので、子供だからと演奏の完成度に甘えはなかった。むしろ僕はその実力を見せてもらったから、一人ひとりのソロをもう少し長くしてあげたらいいのにと思った。真ん中でリズムを刻む男の子と女の子は上手だったし、特質すべきは、こちらから見て舞台の左側で打っていた女のこの天性の笑顔が素晴らしかった。太鼓を打つのは、かなりのハードな作業のはずなのに満面の笑みが途切れることはなかった。高齢の方が多い聴衆が、どれだけ心温まっただろう。僕は勝手に、高齢の方が太鼓をよく聴きに行っているのは、「健康で暮らし、来年も必ず聴きにくるぞ」と言うモチベーションに和太鼓がなっているからだと思う。
 通訳の女性が「和太鼓は日本の文化ですか。素晴らしいですね」と言った。僕は恐らく今までに50人くらいはかの国の人たちを和太鼓の演奏会に連れて行ったが、今だ嘗て、「ツギモ イキタイ」と言わなかった人を知らない。日本の文化かどうか分からないが、僕にとって文化そのものであることは確かだ。


2015年12月05日(Sat)▲ページの先頭へ
世界
おそろしや、おそろしや。世界はもう忘れてくれたのか
ありがたや、ありがたや。
ナチスと帝国陸軍ふっかつだ
幾百万の死骸を築いた二つの国に こんなに寛容に接してくれるなんて
ありがたや ありがたや
こんなに早く忘れるなんて
おそろしや おそろしや
世代を二つ重ねれば 記憶から消してくれるのか
ありがたや、ありがたや
ひげを生やせばヒトラーそっくり、同じ血筋の東洋人
おそろしや おそろしや
原発ダメだとすぐ廃止 物理学者で牧師の娘
ありがたや ありがたや
異国の民の死骸の山に 物理学者で牧師の娘
おそろしや おそろしや
秘密警察上がりの柔道家 宣戦布告の勇ましさ
おそろしや、おそろしや
ナルシシズムもきわまりて 同じ血筋の東洋人 
おそろしや、おそろしや


2015年12月04日(Fri)▲ページの先頭へ
常識
 ああ、なるほどなと思った。その方の言うのが普通なのだろう。僕など普通を通り越して、良識のある人と賛辞を贈りたくなった。御本人にとっては当たり前のことなのだろうが、田舎の薬局にとっては至らぬところかもしれない。
 今日ある方が処方箋を持ってこられた。牛窓にはまずない姓だから他所の人だと思う。結婚してきたか、移住してきたか、単なる出張か分からないが、物腰から知的な方だと分かる。あいにく薬の数が不足して、不足分を来週取りに来てもらうことにした。よくあることだから「薬は月曜日に入ってきますから、火曜日以降に来てください」とお願いした。男性は快く受け入れてくれたのだが「なにか証明するようなものが必要ですか?」と尋ねた。その瞬間それはこちらが用意するものではないのと気がついた。何かを持ってきてもらい、それを引き換え券にするのが常識なんだとすぐ気がついた。そこで僕は慌てて・・・・何かすればいいのに「いいですよ。もう顔を覚えましたから。田舎だからこんなものです」と言ってしまった。一瞬戸惑ったみたいだが、なるほどと思ってくれたのか笑顔を残して出て行った。35日分の処方箋で全額お金を払って、10日分しか薬をもらって帰らないのに、こちらのほうが覚えておきますからと言うのはおかしい。こちらに薬が揃わなかったという非があるのだから、覚えになるものをこちらが用意すべきだ。
 田舎だから許したり許されたりすることは多い。人情が、実は単なるルーズだったりするのかもしれないが、今日のことで僕に悪びれたところはない。それどころか今日も僕は寛大なところをある人に見せた。その人間が僕のことを真顔で「イケメン」とか「ハンサム」呼ばわりするのを許してやった。


2015年12月03日(Thu)▲ページの先頭へ
一つ
コーヒーを愛飲する人は、飲まない人より長生きすることができ、心疾患やパーキンソン病などの神経疾患によって早期に死亡するリスクも低くなることがわかった。
(米ハーバード公衆衛生大学院(ボストン)栄養学・疫学教授のFrank Hu氏)の研究結果)
 この研究では、米国20万人以上を対象に約30年以上、繰り返し行った調査に基づいて解析を行った。この調査期間中に、約3万2,000人が死亡した。最初の調査時に1日あたり1〜5杯のコーヒーを飲んでいた人は、高血圧などの健康障害を考慮しても、調査期間中に死亡する危険性が低かった。特に、心疾患、脳卒中、神経疾患、自殺による死亡率が低かった。1日あたり3〜5杯のコーヒーを飲む人は、飲まない人に比べて期間中に死亡するリスクが15%低く、コーヒー摂取量が最も多い人(5杯以上)でも、12%低くなっていた。

 このところ僕は胃が悪い。いつも口の中が苦く、粘ついている。漢方的にはストレスの症状なのだが、僕のストレスなど今に始まったものではない。牛窓に帰った頃は、薬剤師でも町民の役に立てれないストレス。その後は習った漢方薬を実際に町民に試してもらうためのストレス。少し前はぼろもうけした東電のせいで放射能を吸わされ、食べさされているストレス。やつらが刑務所に入らないストレス。最近はアホノミクスのせいで、貧乏人がより貧乏になり、その挙句徴兵制でも何でも受け入れてしまうように誘導されているストレス。ストレスが途切れることはない。だから、最近の僕の胃の悪さは、ストレスが原因ではないのだ。上記の論文を読んでしまったばっかりに、長生きしてやろうと思って無理してコーヒーを飲んでいるせいなのだ。欲しい時に飲めばいいのに、余分に健康のためにわざわざ飲んだりしているものだから胃が悪くなったのだ。まるで長生きの為に病気しているようなものだ。せめてコーヒーを飲んだら、病気になりやすいと書いていてくれたらこんなに飲まなかったのに。いや飲まなかったら長生きできないのか。飲めば胃が悪くなって、それでも長生きできるのか。うーん、訳が分からん。
 結局どっちに転んでも飲む回数は変わらない。幕は上がった。恐る恐る飲むか、希望に満ちて飲むかだけの違いだ。もうこうなれば胃の一つや二つ・・・いや一つしかないか。


2015年12月02日(Wed)▲ページの先頭へ
疑似体験
 「私なんて、そんなことしょっちゅうです」と言われても、何の慰めにもならない。それだけ今日のある出来事には驚いた。
 調剤室で仕事をしているときに、燃えるゴミを入れる箱が一杯になっているのに気がついた。気がつくと言うより、1日何回かゴミ箱から市が指定しているゴミ袋に移すので、気をつけているといったほうが正しい。おおむねその作業は僕の担当になっているので、早速ゴミ袋をいつも収納している棚に取りに行った。棚は裏の事務室にあるので移動距離にしたら10メートルくらいだ。そしてその棚の前に行った時点で僕は何をするためにそこに立っているのか分からなくなった。本当に初めての経験だ。いったいなぜ自分がそこにいるのか分からなかったのだ。どのくらい考えただろうか。初めての経験に少しだけ恐怖を感じた。ただいくら考えても思い出せないから諦めて、調剤室にもどって、再び同じことをしてみた。そして再び棚の前に立つと、ゴミ袋を取りに来たことを思い出した。
 僕が少し狼狽していたのを近くで姪が見ていたから、冒頭の慰めの言葉をくれたのだが、いくら姪が僕の子供くらい若くても、自分で言うくらい物忘れしやすい女性だから、慰めにならないのだ。ただ、僕には分かる。これは物忘れの始まりなんかではないことが。恐らく僕は考え事をわずか10メートルの距離で新たに始めていたのだ。僕は、ひとつのことに集中するのが苦手だから一度に多くのことを抱えて、次から次へとこなすことによって、集中力を途切れさせないように工夫してきた。恐らくこの10メートルの距離も僕にはただ歩くには無駄に思えたのだ。恐らく頭の中で意識して無駄だとは考えなかったかもしれないが、身についた習性がそうさせるのだ。その時僕は、ゴミ袋を越える優先順位のものを思い浮かべたに違いない。
 僕にとっては珍しい興味深い経験だったが、おそらく僕の推理が当たっていると思う。ただ一瞬だけ擬似痴呆を経験したような気がする。そしてこの疑似体験は何かに生かせそうだ。本物の人たちの恐怖が少し分かり、その分少しだけ優しくなれるかもしれない。


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