栄町ヤマト薬局 - 2015/11

漢方薬局の日常の出来事




2015年11月30日(Mon)▲ページの先頭へ
犠牲者
 ある青年に返信していてふと気がついた。その青年に世の中の犠牲者になる必要はないと書いたのだが、病人と言う名に置き換えられた犠牲者が実は一杯いるのではと気がついたのだ。病気といえば、何かの不運とか、不摂生で片付けられるから、それをカムフラージュに利用されているのではないかと思いついたのだ。
 田舎で暮らしていると、正味の世界がほとんどだから、ブラックなどと言う言葉で表現されるものたちと接する機会は少ない。だからピンと来ないのが正直なところだが、マスコミなどで得た知識で判断すると、ブラックなにやらは企業は勿論あらゆる分野にはびこっているみたいだ。もっともブラックの最たるものがアホノミクスに象徴される国というものだから、ブラックがはびこるのも無理はない。ブラックが喜ぶシステムを根付かせるために政権があるようなものだから、そしてアホコミも又その手先だから、この世は正にブラック天国だ。
 そうした中で、体や心をすりきらせて働いて、病院のベッドに行き着けば、それは病気で片付けられる。でもよくよく考えてみれば実質は心身を傷害された被害者だ。体や精神で被害を表現しているからあたかも病気になった不運な人ですまされるが、実は経営者側による、業務上過失傷害だ。いや過失なんかではなく故意による確信犯だ。刃物で直接傷つけてはいないが、追い詰めて自滅させているのだから立派な傷害罪だ。時に過失致死まで行く。
 今の時代に搾取などと言う言葉を使ったら時代の遺物みたいに聞こえるかもしれないが、精神も肉体もそれこそ搾取され、ぼろぼろになり捨てられる。その数何百万人だ。たかが一握りのやつらの為に、心身を使い果たす必要はない。傷つけられてはいけないのだ。日々が茨の道であってはいけないのだ。あっという間の人生が、石ころのように無機質ではいけないのだ。犠牲者になってはいけないのだ。
 
 


2015年11月29日(Sun)▲ページの先頭へ
感性
 ツアーガイドをしなければ、気持ちが分散されないので、少しだけ感性が研ぎ澄まされる。
 母を訪ねる道中で、車のスピードが落ちるところで偶然一匹の犬と目が合った。首輪がなかったから野犬だろうが、彼らの持つ特有の獰猛な目つきではなく弱々しいものだった。毛並みは恐ろしく悪くて、すぐ傍に近づくまでまるで狐のように見えた。いやむしろ、何年か前に町中に増えすぎた狸を根絶やしにした伝染病が流行った時の、毛が抜けてやせこけた狸のように見えた。道路の左側で僕の車が通り過ぎるのを待っているようだった。そしてゆっくりと通り過ぎてバックミラーを覗くと、その犬がビッコをひきながらゆっくりと道路を渡った。そのあたりは金甲山と言って、岡山県の南部にしては山が深くて、昔から野犬が多いところだ。あのビッコは、犬同士の争いでやられたのか、人間のなせる業か知らないが、バックミラーの中の悲しさが、後ろ髪を引かせた。ただ僕にはそれをどうにかできる能力を持っていない。漢方の勉強に来ているあの薬剤師だったら、黙って通り過ぎたりはしないだろうとすぐに思った。殺処分される犬達を守っているNPOの人たちは、どうすべきか知っていて、その通りを実行に移す。目が合ったのが僕だったのが、その犬の不幸かもしれない。
 四国フェリーは、存続の危機にさらされていて、痛々しいまでの努力をしている。往復の金額がキャンペーン中ということで1340円が1000円だった。その上船内で食べるうどんの料金が100円引きだった。僕は今まで船内のうどんを食べたことがなかったが、協力するつもりで初めて食べた。うどん県の香川に行くのだから、それと同レベルのものを期待したが、それは酷だった。しかし、狭い厨房?狭いスペースで、簡単だが一所懸命に作り、丁寧に出してくれたおばちゃんは、礼儀正しかった。食器を返しに行ったときに狐寿司が一つだけ売れ残っていたので、それも買って食べた。えらい喜んでくれた。もっとも2つしか元々なかったのだが。
 もう10数年前にその先生の講演は聴いたことがあるのだが、今日は別人のように見えた。あまりにも華麗な経歴で、あまりにも洗練されていて生理的に好かなかったのだが、今日のその講師はそんな華やかなところがなくなってとても好感が持てた。医大で講師をしている先生だから僕らとは次元が違って当たり前なのだが、医師と薬剤師の差はあっても、権威で患者は治せない。そんなところが抜け落ちていて、これなら多くの人を救っているのだろうなと想像ができた。ある質問をしてみたのだが、漢方処方ではなく、人生論で答えてくれた。とても共感が持てる回答で、さすがに才能ある人は僕ら凡人の持つスピードなど比べ物ならないくらい加速度的に力を付けるんだろうなと感心した。
 講演会が終わって会場を出ると、遠くから大きな声と太鼓の音が聞こえた。僕はフェリー乗り場に向かって歩いていたのだが、音が次第に大きくなった。そしてある交差点の信号で待っていると、直角の方向から太鼓を叩き踊っている人を先頭に長い行列が見えた。旗やプラカードを持っているから何かのデモだとすぐに分かった。正体を知りたくて待っているとプラカードが見え始めた。伊方原発反対のデモだった。伊方は隣の愛媛県にある原発だから、香川の人にとっては他人事ではない。香川どころか岡山県も同じだ。いや愛媛から西はどの県も同じだ。西にある原発だから、あそこがやられれば近畿も中京も東日本も終わりだ。高松に来て、こうした光景に出くわしたのは初めてだ。こうした運動もあるんだと、ますますその街が好きになった。
 夕暮れに追いかけられるようにフェリーで玉野を目指した。宇野港に着く頃にはすっかり暗闇になったが、なぜか僕の心には小さな希望の灯かりがともっていた。演者の言葉が僕の頭の中に残り、明日から又小さな貢献が、頼ってきてくれる人や僕の家族にも出来るのではないかと思ったのだ。1人って、自由でいいものだ。


2015年11月28日(Sat)▲ページの先頭へ
正常値
 郵便検診の結果が送られてきて恐る恐る開けると、従来なら異常値を示す赤字が多いのだが、今回は一つもなかった。そこでやったと思ったのもつかの間、一つ一つを見てみると最初の総コレステロールがなんと9だった。従来ならここから赤字がスタートするのだが、標準より低いわ低いわで、ほとんど生きているのが不思議なくらいだった。そしてそのほかの値も軒並み高いのに何故か黒字だ。極めつけはクレアチニンでなんと22(基準値 成人男性0.66-1.13 mg/dl)。もうほとんど透析も通り越して、あちらの世界にいる数字だ。この一年、赤字対策として甘いものを控えウォーキングを欠かさなかったのに、この値はその努力を全部吹き飛ばすようなものだった。それもかなりの威力で、実は極度の不健康なのだろうかと、一瞬わが身体を疑った。
 喜びから失意へ一気に転落してそれでもかすかな望みを抱いて見直してみると、血糖値の値が載っていない事に気がついた。このところ、血糖値も甘いものの逆襲で基準をオーバーしていたのだが、値がないのはおかしすぎる。薬剤師会が毎年斡旋して行っている郵便検診で、信頼は厚いと思うがさすがに僕も、ひょっとしたら何か検査してくれる側に落ち度があるのではないかと疑った。そこで会社に電話してみると、電話に出た女性がコレステロール値が低くてよかったではないですかと言った。低くてよかったと言われても155から199といわれている基準と比較のしようもない。コレステロールは少し高めが元気だから、一桁ってどんな人間なんだろうかと思う。僕は間違えて蛇の血でも送ったのかと思った。他の値も告げるとさすがに何か気がついたみたいで、電話をいったん切って、その後まともな返事をくれた。
 検査自体は正しい値が出ているが、それをプリントアウトする時点でなんらかのミスがあってあのようなとんでもない数字が郵送されたと説明してくれた。正しい値を速達で送ると約束してくれて早速今日手元に届いた。そしてこれまた恐る恐る値に目を通すと、なんと、何十年ぶりに皆基準内に収まっていた。ただこれは素直には喜べない。受付の女性がお詫びの品も一緒に送らせてもらいますと言ったが、きっとお礼の品とはこの検査結果なのだと思った。何故なら僕が「お礼なんて要りませんよ。僕はそんな人間ではありませんから。ただ、もし検査数値で異常があったら、正常値に直しておいて。ガンでも健康と直しておいて」と頼んでいたから。


2015年11月27日(Fri)▲ページの先頭へ
後姿
 「ベトナムは非常に活発な印象でした。その中でも、繁華街を中心に、とにかくバイクの交通量が多く驚いたのですが、スマホをいじりながら走っていたり、信号無視など当たり前だったりと、とにかく乱暴な運転が多くて、彼らは刹那的な感覚で生きているのか??との疑問が絶えませんでした。」
 仕事でベトナムに出張したことがある女性が、漢方薬を注文してくれたときに添えてくれた文章の一部だ。僕はこの女性の洞察力に感心した。この刹那的に生きているという現実を、往来で発見したのだから。
 僕が多く接しているその国の若者達は、現地に進出している大きな企業の従業員だから、選びぬかれた人たちが日本に来る事が出来る。いわゆる日本人が嫌う3Kを押し付けるために小規模事業者にリクルートされた人たちとは全く趣を異にしている。日本にやってくる外国人の中で一番犯罪率が高いといわれる中で、彼女達はとても勤勉に毎日を過ごしている。でも、彼女達が認めるように、彼女達こそが少数に属するのだ。おおむね、メールを送ってくれた女性が見抜いた深層風景こそがよくその国の人たちを表している。
 実はつい最近、彼女が見抜いた国民性についての講演を聞く機会があった。演者の経験談だが、カンボジアとベトナムに工場を持っている経営者が、業績がよかったので特別賞与を出したのだそうだ。するとカンボジアの工場で働く人達は翌日誰も出勤してこなかったそうだ。お金をもらったから全員が会社を休んで遊びか何かでお金を使ったらしい。カンボジアの人たちの頭にあるのは、その日1日だけだそうだ。暗黒の軍事政権の下で暮らしてきたからそうなったのか、元からか分からないが、とにかくその日がよければいいのだ。ベトナムはさすがにそこまでではないが、演者は1週間と言っていた。具体的な事例は言わなかったが、1週間にも参った。青年達が平気で賄賂をいとも簡単に口にするような国だから、想像はつくが、僕達には想像できない刹那だ。
 僕はメールを読んで勝手に想像した。無数のオートバイが行き交う光景を唖然と眺めている1人の日本人女性の後姿を。


2015年11月26日(Thu)▲ページの先頭へ
高松
おしいですね。日曜日の午前中に荷物を受け取っていただくということは、日曜日には帰っているのですね。
と言うのは、今週の日曜日に僕も高松に行きます。漢方の勉強会が開かれるのです。
勉強会自体にあまり魅力は感じていないのですが、何せ僕が高松が好きなので、いろんなことにかこつけて行くのです。
なんと言っても高松の魅力は、フェリーに乗って行けることです。
宇野港から65分と言う時間もいいです。
それより長ければ、飽きますし、それより短ければ本も読めないし孤独を味わうことも出来ません。
全く知らない人たちと船に乗り合わせ、波や島、海鳥や行きかう船を眺めるのは至福の時間です。
日常から完全に隔離される貴重な時間です。
おまけに高松に着いても知らない人ばかりで、県庁所在地の割には閑散としている街が好きです。
勉強会のあるホテルの行き帰りに、長い商店街の中でイベントなどに出くわせばフェリーの時間を忘れて見入ってしまいます。
高松と言うか、香川県は、四国の玄関として栄えてきたところで、また本土から離れている不便さを懸命に克服しようとしているのか、文化的な活動や催しが盛んなのです。
実際僕も12月6日は国分寺に和太鼓を聴きに、20日は丸亀にベートーベンの第九を聴きに行きます。
そして何より有難いのが、結構入場料が安いのです。どちらもかの国の人を7人ずつ案内しますから助かります。
あなたが高松に来ている理由は仕事ですか、それとも好きな旅行ですか?
遠いから飛行機でしょうかね。新幹線などだったら又牛窓にも寄れるのでしょうが。
活動的な貴女だから、今の悩みなど克服できますよ。
何も臆することなく、自由に行動してください。
冷えに対する処方を少し強化しました。
うどん県のうどん、堪能しましたか?
高松と聞いたら、俄然力が入って漢方以外のことを書いてしまいました。
ヤマト薬局


2015年11月25日(Wed)▲ページの先頭へ
示唆
 過敏性腸症候群の漢方薬を飲み始めて2週間の女性から、漢方薬の追加注文を受けた。その時のやり取りが、今僕の漢方薬を飲んでくれている人や、将来飲むかもしれない人たちにとってとても大切なことを示唆していたのでここで披露する。一連のやり取りが僕が拘っている、「皆一緒に治る」に少しでも役に立ってくれれば、僕は勿論その女性にとっても喜ばしいことだと思う。何しろ僕らの人生は人のお役に立ってこそ価値があるのだから。

患)
メッセージ:
先週薬をすべて飲み終わったので、
また薬を出してほしいです。
薬が効いたのかはわからなかったです。

ヤ)
具体的に教えてくださいね。

登校しようとすると腹痛・・・これはどうでしたか。同じレベルですか?
座るとお腹が締め付けられ腹痛・・・・・・
便秘と下痢を繰り返す
残便感
気持ちのよい大きなおならは出ませんでしたか
イライラや不安はいかがでしたか
学校や人前での腹痛やガス漏れはいかがでしたか?


患)
腹痛の頻度は少しへったと思います。
学校ないではまだ腹痛がありますが、家では減りました。
便秘と下痢はまだ続いていますが、下痢の頻度は減りました。
残便感もないときがありましたが、食べ物を食べたらお腹が痛くなってすぐにトイレにいきたくなるときがあります。
大きなおならはでないです。
イライラや不安は人の声を聞くと湧き上がってきます。家の中でも怖くてイヤホンをつけて音楽をずっときいてましたが、
その時間は減ってイヤホンなしでも落ち着いて時間を過ごすことができるようになりました。
ガス漏れはまだあります。においもたぶんなおってないと思います。


ヤ)
よかったです。効果がなかったみたいなので他の処方を朝から考えていました。
ところがあなたの返事が間に合って、微調節ですむことが分かりました。
2週間でこれだけ変化すれば十分です。
今の処方が正しいことが分かります。
一つずつあなたの不快症状を潰して行けばいずれ完治します。
お腹以外のことで頑張って、おなかのことで頑張らないでね。

患)
はい、わかりました。
ありがとうがざいます。

 過敏性腸症候群の薬と言うものがあって、誰彼となくそれを渡して飲んでもらう・・・・そんな都合の良い薬はまだ存在しない。僕は、患者さんの不快症状を一つ残らず解決してあげれば、おのずと完治することを経験している。だから一つずつの症状報告に耳を澄ませている。苦痛に共感はできるが、それだけではお役に立てれない。冷静になって症状変化を僕に報告し、僕の知識と経験を利用してくれたらと思う。いわば皆さんが僕に症状を教え、代理で薬を作らせるということだ。それでこそ薬局製剤を作ることが出来る薬局の存在意義があると思う。


2015年11月24日(Tue)▲ページの先頭へ
安全
 僕の服を引っ張りながら「オトウサン コレ ナンサイデスカ?」と尋ねられて、「この服をもう何年着ていますか?」に取れなければ、外国人を世話する資格はない。知っている少ない単語を駆使して意思疎通を図ろうとする外国人を、自分に重ねればすぐ分かることだ。もし僕が英語圏に行ったときにどのくらい意思疎通ができるかを問われれば、その国の人の寛容や思いやりに依存するしか手はない。
 さて、その答えには正直窮した。分からないのだ。その時に彼女達が見た僕の服は、暑くなったから脱いで手に抱えていたジャージの上着と、長袖のシャツと毛糸のチョッキだった。勿論ズボンと。ズボンは股の部分が破れると買い替えることにしているからおよその想像はつく。恐らく3年くらいだと思う。手に持ったジャージの上着は、僕が牛窓に帰ってきてバレーボールのチームを作ったときのものだから、40年位前のだと思う。ズボンと違って上着は破れたりしないから、永遠に持ちそうだ。毛糸のチョッキは、父のものだからいつのものか分からない。父が亡くなって処分に困ったから母がくれたのだろうか。それとも、亡くなる前にくれていたものだろうか。どっちみち20年にはなる。シャツは磨り減って所々に糸が顔を出している。それを引っ張ればどうなるのだろうと思うが、もったいないからあたらず触らずで着ている。いつごろのものか分からないが、これもまた20年選手かもしれない。だいたいの返事をすると彼女達は一瞬驚いたみたいだが、なぜかそこで会話が止まった。何かを感じてくれたのだと思う。僕が折に触れ「もったいない」を繰り返すので、僕が実践していることに気がついてくれたかもしれない。
 そう言えば1ヶ月前に帰国した通訳が、僕なら〇〇〇〇に来ても泥棒に合わないと言っていた。治安がずいぶんと悪化して、腕時計欲しさに手首から切り落とされるらしいが「オトウサン アンゼン」と保障をしてくれる。それは盗るものがなさそうだからだ。腕時計しない、携帯持たない、カメラ持たない、服汚い僕は安全なんだそうだ。「ソノママ キテクダサイ」とよく言われていた。
 身軽は気軽で気楽だ。


2015年11月23日(Mon)▲ページの先頭へ
辻褄
 田舎の品のない薬剤師は、ずっと不思議に思っていた。年寄りがそんなに高率で胃酸過多の状態かって。僕らの常識は、若者は胃酸過多、年寄りは無酸症。大きくこんなわけ方をしていた。そして結構それで辻褄が合っていた。ところがいつの間にか、年寄りの胃酸の分泌を抑える処方が汎用されるようになった。最初はガスターみたいなH2ブロッカーと言われる処方、そのうち以下の文章に出てくるPPIが主流になった。ガスターが出てきたときでも画期的で、胃酸による障害がかなりの確率で救われるようになった。その後出てきたPPIは胃の手術をしなくてもすむくらい潰瘍を改善した。本来はその目的くらいに使われるものと思っていたが、今は処方箋を持って来るわ来るわ。多くは逆流性食道炎の患者が多いと思うのだが、胃酸が多いというより、加齢による前傾など胃酸をためてしまう構造に問題がありそうだ。ただでさえ分泌が減っているものを、胸焼けを治す為にそれ以上減らすと、本来の胃酸の役割(殺菌)が失われるのではと危惧していた。いわゆるものに中ったり、細菌に対して抵抗できなくなるのではないかと思っていた。
 今日届いた医学情報によると、医者の処方しすぎによる弊害は、それにとどまらないことが分かった。いや弊害としてはそれ以上だ。もうよかろうというくらい薬が開発されて、新たな患者も製造される。コマーシャルだけでは足りないらしくて、タラント(足らんと)を並ばせ恐怖心を煽り薬を消費させる。なんともはや、煽られやすい国民だ。


 胸焼けの治療によく用いられるプロトンポンプ阻害薬(PPI)と慢性腎臓病(CKD)の関連が、新たな2件の研究で示唆された。PPIは胃酸を減少させることで、胸焼けや胃酸の逆流を治療する薬である。
 慢性腎臓病は、腎臓が損傷して血液を適正に濾過できなくなる病態で、糖尿病や高血圧が一般的な危険因子とされる。
 Arora氏の1件目の研究では、2001〜2008年に慢性腎臓病を発症した2万4,000人を超える患者を対象とした。患者の4人に1人が過去にPPIを用いた治療を受けており、PPIを使用した患者は早期死亡リスクがほぼ2倍であることがわかった。
 2件目の研究は、オーストラリア、ロイヤル・ブリスベン・アンド・ウイメンズ病院のBenjamin Lazarus氏が率いたもので、腎機能の正常な成人1万人以上を1996年から2011年まで追跡。その結果、PPIを使用した群では慢性腎臓病を発症するリスクが50%高いことが判明した。Arora氏によると、短期的なPPI使用との関連が認められている急性間質性腎炎の発作を繰り返し起こすと、徐々に腎臓が損傷される可能性があるという。また、PPIが血液中のマグネシウム濃度を低下させることにより腎損傷を引き起こすとも考えられる。
 今。「米国のデータによると、PPIの処方の90%は米国食品医薬品局(FDA)が認可する適応症とは無関係である。むやみにこの薬剤を用いることが、多くの患者にとって逆効果となる可能性がある」と同氏は述べている。



2015年11月22日(Sun)▲ページの先頭へ
和気閑谷学校
 今年は温かいから、例年なら丁度見頃の筈の和気閑谷学校の紅葉は、盛りではなかった。かの国の女性7人を案内したのだが、僕の失望を彼女達は底抜けの「自然大好き」でカバーしてくれた。
 閑谷学校の駐車場から建物まで小さな団体と丁度一緒に歩くことになった。年配の方の団体だったのだが、彼女達が日本語で話していないのが聞こえたのか、1人のおじいさんが英語で、何処から来たか尋ねた。僕以上に英語が出来ない彼女達は、ニコッとしただけで答える事ができなかった。すると再び英語で中国人?と尋ねた。これは許せれる。再び彼女達はニコッで答えた。間違っていたことに気がついたのか、今度は「台湾人」と尋ねた。中国人と台湾人が人種的に違うのかどうか分からないが、確かに国は違う。まあこれは許せれる。そこで僕が〇〇人と代わりに答えた。アオザイを着た女性も混じっているのに、英語を使ってくる割には脇が甘い。すると僕を日本語が上手と褒めてくれた。これも許せれる。合っているのかどうか分からないが、僕は日本に住んでいると英語で答えると、再び英語で何年住んでいるのかと尋ねて来た。10歩譲って許す。63年日本に住んでいる。何故なら日本で生まれたからと英語で答えると、おじいさんやっと分かったらしくて、足早に建物の中に消えて行った。これも仕方ないから許す。
 外国人を見たら何人であろうと英語で話しかけてしまうのは、僕を含めてこの国の人の特徴かもしれないが、どう見ても白人みたいな僕をかの国の人間と間違ったのは許さん。


2015年11月21日(Sat)▲ページの先頭へ
天秤
 慌てた様子で「お風呂を綺麗にするものがありますか?」と尋ねる婦人に、近所のドラッグストアを紹介したが、彼女の意図するものと、ドラッグストアは結びつかないらしい。そこで、どんなものを期待してヤマト薬局にきてくれたか尋ねると、浴槽に溝鼠がいて、その痕をきれいに消毒したいらしいことが分かった。そうなると薬局の仕事だから、浴槽をいためないことを確認してある消毒薬を出した。
 「どうやって入ったのでしょうね。溝から進入したのでしょうか?」と尋ねられても分かるはずがない。と言うのは、なんとその鼠を区長さんが捕ってくれたと言うから、いよいよ分からなかったのだ。溝から進入したというからには、水抜きの栓は抜かれたままだったのだろうし、もし抜かれたままだったらそのまま来た道を帰ればいいだけの話しだし。もし上から入ったのなら、出ればいいだけの話しだし。ステンレス製の風呂の壁面はさすがの鼠も足が滑って上れないのかなどと、妙に理由に拘った。どうでもいいことなのだが、今だ結論は出ていない。それにしても、親切な区長さんだ。鼠を捕ってくれと電話がかかると、網を持って駆けつけ、見事すくい上げて海に捨ててくれたそうだ。70歳代とは言え、オートバイでやってくるような元気な女性だが、頼むほうも頼むほうで、それに応えるほうも応える方だ。田舎のなんともいえない人のつながりだ。
 こうした所だから40年も薬局をやって来れたのかもしれない。毎日のように人格が破壊されたような悪事がニュースに流れるが、そうしたものとほとんど無縁の暮らしやすさがどれほどの価値だろう。原発と引き換えの、基地と引き換えの箱物何十個の価値もそれには及ばない。そもそもお上から施しを受けた物に、天秤にかける価値もない。


2015年11月20日(Fri)▲ページの先頭へ
正義
 日本人間ドック学会の発表によると、基本検査の全項目で異常のない受診者は男性で5.5%、女性で8.3%しかいなかった(全体で6.6%)。「不健康」な人が増えているのか、〇〇大学教授の〇〇さんのコメント。(抜粋)
◇診断基準は正しいのか
 基本検査の全項目で異常のない受診者のことを“スーパーノーマル”と呼ぶ。スーパーノーマルの比率は下がり続けている。1984年には29.8%であったのが、今や6.6%である。下がり続けている原因として、生活習慣病関連の判定基準の厳格化も一つの原因として挙げられている。普通に仕事や生活をしている人のほとんどが正常でないとされる診断基準は果たして正しいのであろうか? 少し見直すことも考えた方がよさそうである。
◇うつ病から回復でコレステロール値が上がる
 「第12回欧州栄養学会議」で、うつ病患者さんの血液データを検討した結果が発表された。その内容だが、受診前は高コレステロールの患者さんは少なかった(約33%)が、3カ月以上治療して精神的に元気になってくると高コレステロールの患者さんが約49%まで増えてくる。うつ状態の患者さんの多くは疲労困憊(こんぱい)して食欲もなく、夜も寝られない生活が続いているから、生活習慣病関連の値が全く正常の方が多い。心身共に健康な中年男性は、暴飲暴食を繰り返し、適当な運動もしない人が大半だから、人間ドックにかかると何らかの検査で異常値が出る。
◇「ちょい悪」がちょうどいい?
 飽食の時代に、バリバリのサラリーマンが生活習慣病関連のデータ全てにおいて正常値である可能性は極めて低い。では、スーパーノーマルは本当に正常なのか? 私の個人的経験から、スーパーノーマルで食欲がない時にはうつ状態などの精神疾患を疑うべきであり、ある程度食事をしていても痩せてくるのであれば、がんなどの悪性腫瘍を疑うべきだと感じている。私が検診結果を判定する時は、「ちょい悪」くらいがちょうどよくて、スーパーノーマルに関しては注意深い診察が必要と感じている。

 少し長い引用だが、ずっと感じていることだ。学者ではないから上手くは言えないが、毎日何十人の人と接しているとなんとなく経験的に分かることが多い。チョイ悪の人たちが一番積極的で活動的で、病気が少ないことを知っている。理性もあり、朗らかで、人のためにも尽くすタイプだ。ついでに言うと、メチャクチャ数値が高い人は、常に動き回って、常に汗をかき、常にイライラし、常に食べ、常に排泄し、全てが行け行けどんどんで、ついでにあの世まで行け行けどんどんだ。金儲けが好きで、激情型でそばにいるだけでうっとうしくなる人だ。基準を超えるのも適度に越えるのを〇〇教授は勧めているのであって、極悪を勧めているのではない。
 何のための度重なる判定基準の厳格化だろう。僕に言わせれば患者製造装置みたいなものだ。昨日まで正常と言われていた人が、基準が変わった日から異常になる。病院に来なさい、薬を飲みなさいになってしまう。製薬会社のテロみたいなものだ。いや間違った。大企業だからそれは「正義」だ。



2015年11月19日(Thu)▲ページの先頭へ
反論
 自分でも心配になる。この集中力の切れまくり。
 今朝2人から電話があった。1人は粉薬が5日分足らなくなったから今度伺うまでの分を送ってくれ、もう1人は、粉薬を2ついつももらっているのに、今回は一つしかなかったというものだった。
 前者は聞き間違い、後者は完全に頭から消えていた。ただ漢方薬を渡すときにパンフレットを袋の中に入れたのだが、その動作がえらく簡単に思えたのを覚えている。いつもなら2つの薬を輪ゴムで止めるか、一つの袋に入れるのだが、簡単に渡せられるのにえらく違和感を覚えたのだ。
 2人の調剤が、1人かクロネコの集荷直前、1人が夕方で、どちらも気が焦っていたのだと思う。どちらのケースもままあることだけれど、短時間のうちに2つのミスをしたのは珍しい・・・と思う。全くの集中力の無さだが、自分でも不安になる。
 若くないのが理由なら反論できない。やる気が無いのなら反論できる。まだまだやる気満々だから。特に2人ともかなり親しい人だから、いや、それが原因だったのだろうか。私情を挟んだのだろうか。いや、私情は挟みまくりだ。頼って来て下さる人は気になって気になって仕方ない。特に波長が合う人はなおさらだ。ただ波長が合う人は幸運にも一杯いる。
 自分の引き際は、早いほうがいい。漢方治療に限って、息子が医者の世界で県内で最も頼られ、娘が薬剤師の分野で最も頼られるようになれば喜んで引退できる。早く引退できるということはそういうことだ。そうなれば若くないという理由にも反論できる。


2015年11月18日(Wed)▲ページの先頭へ
反響
 関節リウマチ治療薬として承認されているトファシチニブと、血液がん治療薬として承認されているルキソリチニブが、発毛を促進する可能性もあることがわかった。米コロンビア大学(ニューヨーク)分子皮膚科学准教授のAngela Christiano氏らの動物研究で示唆された結果だ。研究では、マウスに移植したヒト頭皮組織に対して局所使用したところ、毛髪の成長が促された。副作用として、クリーム剤などで局所使用をすれば患者への曝露を制限できるものの、感染症やがんを引き起こす可能性がある。また、現状では月額3,000〜9,000ドル(約36万5,000円〜約109万円)の費用がかかると想定される。

 血圧の薬を研究していて、ひょうたんから駒で出来たリアップどころではない。当時の狂想曲を目の当たりにした僕としては、今度の発見が公にされたときの反響が想像がつく。今は医学関係者しか目にすることが出来ないが、早晩製品となって登場するだろう。ただし、それまで待っておれない人は、ガンになる危険を犯し、一月36万円から109万円を払えば使える。ふさふさになる前に、金が尽きるか、命が尽きるか分からないが。
 開発途中の知識を得ていれば、それがどんな材料からできているのかわかる。ガンの薬の発ガン性は有名だが、まさかそれを頭に塗ろうとは思わないだろう。世界一の製薬会社の会長が数年前に言っていたが、難病以外の薬はもう開発の必要はないレベルに達している。不必要な薬をどんどん世に出し、患者を作り、売りさばいている。まるで、爆弾の売り上げの為に、こじ付けで戦争し、消費させ続けなければならない軍需産業のようなものだ。使い道がなく砲弾を積み上げるだけでは会社は潰れる。
 正義などと言うものは何処にもなくなったのだろうか。


2015年11月17日(Tue)▲ページの先頭へ
喉元
 事務所から薬局部分に移るときは、間口1間くらいの開口部を通る。そこには直径2mmくらいの紐で出来たすだれがかかっている。戸で区切ると閉塞感があるし、事務所が丸見えでも居心地が悪い。そこで娘が紐を何本もたらしたすだれを買ってきて暖簾代わりに掛けた。さすがにしゃれていて、奥が見えるか見えないか位で、狭苦しさを感じさせない。
 事務所は1段高くなっていて、降りる感じで薬局に出るのだが、急いでいたのだろう、手ですだれをかき分けることをせずに、顔で分けながら薬局に出ようとした。すると細い紐が何本も先のほうで絡まっていたらしくて輪っかになっていて、喉仏に紐を当てたまま、思いっきり後ろに引っ張られたような格好になった。のけぞるような感じだ。その一瞬だが、苦しいと思ったし、痛いと思った。一瞬だが息は止まっていた。
 喉に絡まっていた紐を取り払い、調剤をしたのだが、30分くらい違和感があった。紐を引っ張った首は痛かったが、なんとなく息苦しかった。そこで僕は水平方向の首吊りをやったのだと思った。首吊りのメカニズムを知らないし、知りたくないからあえてインターネットで探さないが、あれはきっと軽い首吊りだったのだと思った。あれが垂直方向だったら立派な首吊りだったに違いない。ニュースで首をつって死んだと報道されることが多いが、これなら意外と簡単で、子供でも出来るんだと思った。そして恐らく、想像したほど苦しまない。だから多くの国で合法的に古今東西採用してきた方法なのだ。
 ふとしたことで、珍しい体験をし、思いを巡らしてみたが、喉もと過ぎても忘れないだろう体験だった。


2015年11月16日(Mon)▲ページの先頭へ
線引き
御自分でも気がついているように、交感神経亢進状態です。
アクセルふかし病です。
折角得た免許で、折角得た仕事で、折角得たベトナム出張で、僕などうらやましいです。
僕は、ある縁で、ベトナムの若い子達とかなり深い交流があって、帰国した子達が「オトウサン来て下さい」としばしば連絡くれるのですが、休めないこと、体力に自信がないこと、べトナム料理が苦手なこと、そもそも行く理由がないこと(異国で頑張っている若者を助けることには努力を惜しみませんが、自分が観光を楽しむというタイプではないので)などで希望にこたえて上げられていません。
引退した時点で体力があればまだ何とかなりそうですが、そもそも体力気力がなくなるから引退するのでしょうから、
もう行くことはないのかなと思っています。
僕はあまり無意味な行動はしないので、あなたみたいに仕事で出張などが一番あっているのです。
あなたの資格では引く手あまたのでしょうかね。
体を痛めるほど頑張らなければならない仕事はありません。
取り返しがつく・・・・多くの事象でこの線引きは大切ですね。
若いときは、その線を引くことに潔癖になって躊躇ってしまうのですが・・・
若くないときは、その線引きに責任と言うものをかぶせてしまいがちになりますが・・・
所詮この国に住む人間は、よく頑張る民族なのでしょうかね。
それとも、よく頑張らされる民族なのでしょうかね。
お腹の中の空気に関しては煎じ薬のほうがよく効くので、煎じ薬にしました。
ヤマト薬局




2015年11月15日(Sun)▲ページの先頭へ
紅葉
 本当に行ったのだろうか。牛窓とほとんど気候の差がない岡山の後楽園に紅葉を見に。牛窓は温暖なところだから、まだ山は緑だ。岡山市も同じはずだ。
 「モミジ ミニイキタイ」とかの国の女性達が言うから、何とかしようと県内の紅葉情報を調べたら、まだ県南は紅葉は始まっていない。山を見れば分かるが、「コウラクエン モミジ キレイ」とあまりにも自信を持って言い張るから、ひょっとしたら同じ緯度でも後楽園の方が早いのかなと心配になって調べてみた。当然といえば当然だが、まだ牛窓と同じで、紅葉はこれから始まるって辺りだった。
 そこで、後楽園に行っても紅葉は見ることが出来ないと教えた。すると「ダイジョウブ モミジ キレイ」と頑として紅葉が見ごろであることを強調する。花を始め自然が好きな人たちだから、どうせならと岡山県の紅葉の名所を調べ、好きなところに連れて行ってあげると提案した。特に花が好きな数人が喜んで早速メンバーを募ったが、18人のうち14人が行きたいと手を上げた。その時点で、この話はなかったことになる。8人乗りの僕の車ではどうしてあげようもない。公平に拘る僕は人選などしないし、させたくもない。和太鼓などのコンサートは表を作って公平に聴きにいける様に調節しているが、こうした突発的なことは管理できない。そのことを伝えると「オトウサン ダイジョウブ ミンナデ デンシャノル コウラクエン モミジミニイク モミジ キレイ」とすぐに答えてくれた。これで和を乱すことはない。ただ、紅葉の見ごろだけは譲らない。何が彼女達に間違ったタイミングをインプットしたのか知らないが、久しぶりに太陽がのぞいた牛窓の昼下がり、山は緑を深くし、銀色のジェット機が2機、飛行機雲を作ることさえ忘れて青空を背に飛んでいた。


2015年11月14日(Sat)▲ページの先頭へ
ありがとうございます。
不安になったときや、症状が激しいときはどう考えればよいでしょうか?
気持ちの作り方がわかりません。
〇〇


なかなか難しい問題ですね。ただ、僕にも長年ぬぐいきれなかった思いで苦しんでいたので経験的に話します。
僕は高校2年生のときに、クラスの本読みのときに突然声が震えだし、それ以降、本読みがある教科は授業に出れなくなりました。(クラスに噂の美人がいて、格好付けていたのです)大学時代も同じです。社会人になって本読みのチャンスはないですから、1人心の中に封印していましたが、いつかきっと解決したいと思っていました。
ある時和田アキ子がテレビでしゃべっていることを聞いてはっとしました。
彼女は女傑で知られていますが、今でも舞台に立つ前は震えるそうなのです。
あの人がと、目からうろこです。皆同じなんだと気がつきました。
それから教会で意識して聞いていたらやはりほとんどの人が、緊張して声が上ずっているのです。
世界で僕だけの悩みと思っていたものが、「皆同じなんだ」と気がついた時、僕は嘗ての呪縛から解放されました。
元々、弁論大会などに出て人前が得意だった僕が落ちた青春の落とし穴です。
若いときは「皆同じ」と思えなかったのです。今思えば人間そんなに違うものかと簡単に理解できますが、やはり若い時には経験が足りないのでしょうね。
貴女と同じ症状の人が必ず何人か教室にいます。ガス漏れで苦しんだ娘が大学に入って話をすると「私もそう」と何人も言ったそうです。
貴女も皆と同じ。長所も欠点も同じ。こうしたことで悩んだことを是非、将来に生かしてください。
僕も娘も、毎日心を病んだ患者さんの応対をしています。
こんな田舎の薬局にたくさん人が来てくれるのは、そうした体験が人様のお役に立てているからだと思います。
貴女の今は、無駄な時間ではないですよ。人には影も必要なのです。僕も娘もそのことがあったから謙遜に生きていけるのだと思います。
ヤマト薬局



2015年11月13日(Fri)▲ページの先頭へ
実情
 まだ二十歳くらいの女性が母親に「〇〇させてもらった。〇〇もさせてもらった。楽しかった」と嬉しそうに報告した。そのことを母親が教えてくれた。現代っ子なら、いや、世代を問わず「〇〇させられた。〇〇もさせられた」が一般的だろうが、その若い女性は「させてもらった」と言う表現を使った。母親相手だから、心の中を素直に表現していると思う。
 さて問題は、この丸の中に何が当てはまるかだ。それによっては、評価が全く異なってくる。お嬢さんは介護の専門学校に通っていて、つい最近県北の施設で泊り込み研修をした。研修後帰ってから母親に報告した言葉は「ウンチやおしっこを換えさせてもらった。体位の変換もさせてもらった」だった。母親は単にお嬢さんの言葉を復唱しただけだが、僕には新鮮に響いた。「させてもらった?普通ならオムツを替えさせられた。体位変換もさせられただよ」とすぐに指摘すると母親も気がついたみたいで、「介護職が好きみたいですよ」と言った。「話も出来たって喜んでいましたよ。何を言っているか全然分からないそうですが」と、光景が浮かぶような内容も追加で教えてくれた。
 何かと問題が多い介護の現場に入っていくに最も向いている人だろう。人手不足をいいことに、とても資格がない人間が押し寄せているのが現実だと思う。あたかも福祉の現場のように映りながら、実は巨利を生む箱くらいの感覚の異業種からの参入者が多いのが実情だ。金の山分けをもくろむ政治屋や役人や事業者が群がる箱の中で、志ある人たちが想いを全うできる場であって欲しいと思う。


2015年11月12日(Thu)▲ページの先頭へ
銀杏
 笑点の何十年に渡るファンの僕だが、三遊亭 小遊三の下ネタと銀杏(ギンナン)ネタにはうんざりしている。だが今日はそのことについては触れない。飽き飽きした銀杏についての話題。
 三遊亭 小遊三は貧乏ネタで、銀杏の実を拾って食べるということだが、昨夜ネタ通りの息子がそのギンナンの実を沢山持って帰った。嘗て見たことがあるようなないような、外見はナッツみたいなものだった。「臭いよ」といわれると余計臭ってみたくなるのが人の常で、袋に鼻を近づけてみた。なるほど区分けすれば臭い部類に入れてもいいかもしれないが、僕はそんなに不快な感じはなかった。というより何か懐かしい、記憶にある臭いだと思った。何度か鼻を近づけたり離したりして記憶を辿り、やっと正体をつかんだ。そして勝ち誇ったように大きな声を出した。「モコの耳の臭いじゃ〜」
 僕は嘗て2匹の犬としかスキンシップが出来る位に親密になったことがないから一般論ではない。1匹は雑種の中型犬で耳は立っていた。もう1匹は今いるミニチュアダックスのモコで大きな耳がたれて、常に耳をふさいでいる。だからだと思うがモコの耳は臭い。なんともいえない腐敗臭がするが、可愛いからその臭いもまた心地よい。後ろ足で時々耳を掻く事があるが、その時など真上に臭いが上がってくる。一瞬だが強烈な臭いがするが、それが又愛おしい。正にその臭いと銀杏の実の臭いが同じだったのだ。
 大発見のはずなのだが、家族には受けなかった。どれどれと言って家族も嗅いだが、似ているとは言うが感動はなかったみたいだ。銀杏に似ていると言ったのが悪かったのか。
 何処で教えてもらったのか、紙袋に入れて電子レンジでチンすると銀杏の実は美味しく食べれると言って、息子がその通りにしたら、電子レンジの中で紙が燃え出した。紙袋と封筒を勘違いしたらしくて、結局は封筒で再挑戦して美味しく食べれたが、美味しいという形容詞を用いてもよいくらいに変身していた。
 銀杏の実だけで、話題にこと欠かなかった日だった。たわいのないことで言葉が行きかう、そんな珍しい日でもあった。


2015年11月11日(Wed)▲ページの先頭へ
悩み
こんにちわ。お薬がまだあるので、注文のメールではないのですが、最近の体調についてメールさせていただきます。お忙しいのにすみません。
最近より度胸がついた気がします。家族となら、それほど気を張らなくても外食ができるようになりました。また、お腹が「過敏」な状態からは脱したような気もしています。
先日、次の日は外にでないつもりで、お酒を飲みました。炭酸のお酒を飲んだ次の日に外に出るとあまり調子が良くないだろうと思っていました。ですが、次の日家族で外出することになりました。しかし、特に調子が悪くなることもなく過ごせました。
大和先生にメールしようと考えていたところ、今日母にも「薬があっているんじゃない?」と言われました。上から目線に感じたらごめんなさい。母もそう思っていたのかと驚きました。おならは、かなりよくなってきていると思います。
「元気になる」ということの大切さがだんだん身をもって、わかってきました。
かなり元気になってきたと思います。
先生、ほんとうにありがとうございます。
〇〇

 よかったですね。僕は、高校2年生のある瞬間から青春を失いそうになりました。いや半分くらいは失ったかもしれません。
その記憶を払拭するのに30年くらいかかったかもしれません。同じような経験をしている青年が一杯いるんだと、
インターネットが普及してから知りました。あの無駄な時間を何とか少なくしてあげたいと毎日薬を作っています。
そして結果的にはあの無駄な時間が大きくその人たちを育てることも知りました。そのことも是非伝えたいと思いました。
青春には青春の悩みがあって、青春には青春の悩み方があることを知りました。その悩み方を否定しないことが、本人も、他者もですが、必要なのだと気がつきました。是非あなたも完治して、いや卒業して、今までの辛かった時間を是非あなたの人生の糧として、多くの人のお役に立ってもらえたらと思います。
ヤマト薬局


2015年11月10日(Tue)▲ページの先頭へ
分類
中国、広州南方医科大学心臓病学部のYuli Huang氏らの脳卒中リスクに関する研究で以下のような結果が得られた。
同氏らは、裁量度および仕事の要求度・心理的負担度に基づいて、仕事を4種類に分類した。

 4分類は、要求度と裁量度がともに低い受動的な仕事(用務員、肉体労働者など)
要求度が低く裁量度は高い低ストレスの仕事(科学者、建築家など)
要求度が高く裁量度は低い高ストレスの仕事(給仕、看護助手、その他サービス業従事者など)
要求度と裁量度がともに高い能動的な仕事(医師、教師、エンジニアなど)

 ストレスの多い仕事―特に、要求は厳しいが裁量権がほとんどない職業に就くと、脳卒中リスクが高まる可能性があるという。高ストレスの仕事をしている人の脳卒中リスクは、低ストレスの仕事の人よりも22%高かった。特に女性ではリスク上昇が大きく、33%も上昇した。

なんとなく結果は素人でも想像できそうな内容だが、僕が興味を惹いたのは、要求度と裁量度というところだ。なんとなくその区分が「分かる分かる」の世界なのだ。世の職業を要求度の高低で分けられるのは寂しいが、現実と言えば現実だ。又裁量がある無しで分けられても納得せざるを得ない。実際には4カ国の人を対象に10万人近くをこの区分けで追跡したらしいが、果たしてそれぞれがどの区分に組み込まれたのか、本人達には知る由もない。ただ、研究者は冷静に一人ひとりを区分けして行ったのだろう。その見えないところでの行為に違和感は感じるが、現実を突きつけられているようでもある。ただ、こんなものを見せられて、他人に要求?期待?もされずに、自分で判断できる範囲も少ない人たちが、脳卒中のリスクが低いからと手放しで喜べるものでもない。
 要求度が低く裁量度が高くストレスが少ない職業に科学者や建築家などが含まれるらしいが、なんとも幸せな職業だ。ノーベル賞受賞者が続出しているから、なんとなくあの人たちを想像するが、なるほどと頷ける。隔離された空間で好きなものに何年もの時間を費やせる特殊な仕事だ。ノーベル賞をもらったときに突如と世間に顔を出すが、それまでは恐らくかなり自由に研究していたのだろう。
 それに比べ、給仕、看護助手、その他サービス業従事者などは大変だ。自分で自由に出来ないのに要求ばかりされる。血圧も上がるだろう。胃も破れるだろう。免疫も壊れるだろう。
 こうしてみると、それぞれがなんとなく自分に合った職業を選択しているのだろうが、何かを犠牲にして、何かをつかむ。まるでエネルギーの保存則が人の生き様にも貫かれているみたいだ。


2015年11月09日(Mon)▲ページの先頭へ
盗聴
英情報機関・政府通信本部(GCHQ)が墜落直後に傍受したシナイ半島の過激派グループの通信に、英国人なまりの発音で墜落を祝う会話が含まれていたと報じた。

 おいおい、電話って盗聴されているの?アメリカがドイツや日本の政治屋の盗聴をしていたのは知っていたが、アメリカがやっているってことは何処の国でもやっているってことか。果たしてどのレベルまで盗聴しているのだろう。イスラム国レベルなら分かるが、ひょっとして虫も殺せぬ僕ら庶民もその対象か。
 いやいや、虫も殺せぬ僕らに対して、虫の居所が悪いという理由で、虫けらのように扱う奴等は、日常のたわいもない会話まで盗聴しているのだろうか。アホノナンやらを連発するような人間や、国会を取り囲む若者や、原発再稼動を糾弾する人々や、沖縄の基地前で座り込む人間達の電話は盗聴対象の筆頭だろう。今この時間も、ヘッドホーンを付けて盗聴している組織があると思うとぞっとする。
 いい目をする一握りの人間達。それに媚びてお零れをちょうだいする人間達。全くニヒルにわが道を行く人間達。或いは敵対する人間達。尊厳を守らずして何を守る。


2015年11月08日(Sun)▲ページの先頭へ
質問
 毎回同じような質問をされるが、上手く答えられたことが無い。出来れば何も質問せずにさっさとやって欲しいのだが、取り返しがつかないものだから慎重になるのだろう。
 僕は散髪をしてもらうのが好きではない。学生時代4年間1度も散髪をしなかったくらいだから、いわばどうでもいいのだ。それなのに、散髪屋さんに行くたびに「どうしましょうか?」と必ず尋ねられる。どんな髪形でもいいから「お任せします」と言うのだが、必ず具体的な答えを求められる。ただその具体的な言葉を僕は持っていないから、口ごもると相手は「前髪は?後ろは、耳が出るか出ないか?」などと聞いて来る。「はい」とか「ふん」とか分けの分からない返事をするのだが、それからは物事が進んでいく。結局は向こうが提案するのを素直に受け入れているだけなのだが。
 先日も久しぶりに散髪屋さんに行った。この何年も1000円の散髪屋さんに行っている。そこで又若い男性店員さんに同じ質問をされた。又かと思いながら、歯切れの悪い返事をしていたら彼が「伸びたやつを短くすればいいんですね」と言った。僕の答えに痺れが切れて言ったのではない。悪意は感じなかったから。恐らく彼もまた僕みたいなこだわりのない人間の散髪にてこずっていたのかもしれない。僕はその言葉を聞いて初めてしっくりと来る言葉だと感じた。そこですぐに「そうそう、その通り」と感動気味に返事をした。やっとこれで次回から、髪を切る前のつまらないやり取り、相手によってはバトルから解放される。どうしてこの言葉を思いつかなかったのだろうと思うが、順番が僕の一つ前の若い客のように、完成したかと思えば又なにやら注文をするということを数回繰り返したこだわりの客もいるから、簡単に「伸びる前に戻せばいい」などとは言えないのだろう。それにしても僕の前の若者、あの顔で、それも1000円の散髪屋さんで、あれだけ注文を出すか。「元、取りすぎじゃろ〜」



2015年11月07日(Sat)▲ページの先頭へ
第1回岡山マラソン大会
 百貨店の社長上がりが県知事になったら目立つことがやはり好きなのだろう、明日マラソン大会が行われる。14500人くらい参加するらしいくて、どのくらい税金が使われるのか知らないが、参加もしない、見物もしない僕にとって、元を取ろうとすればこれしかない。今日はこれで元を取った。
 「今日は早く寝ないとダメじゃろう」
 「明日は雨らしいから、雨に打たれて風邪ひかないようにね」
 「いつ頃から練習を重ねてきたの?」
 「明日はフルマラソンを走るの?」
 「明日は何位くらいを狙っているの?」
 「家族が応援に来るの?」
 「グループで参加するの?一人で走るの?」
 「明日はぶっちぎり?」
 「岡南大橋で旗を振って応援しているから横目で見てね」
 「自信がないならドーピングしてあげるよ」
誰にどのフレーズを用いたか忘れたが、およそ上記のような言葉を来る人来る人に投げかけた。もっとも、あまりに高齢の人は除外したが、70歳代くらいなら今では平気で走る人がいるから対象に含めた。ほぼ全員が笑いながら、ある人は本気で、ある人はユーモアを混ぜながら答えてくれた。これだけ笑いが溢れれば、税金の少しくらいはこらえてやる。
 その中で1人、クロネコヤマトの運転手さんが「先生は走らないの?」と聞き返してきたから「僕は明日、血走るだけじゃ」と答えておいた。




2015年11月06日(Fri)▲ページの先頭へ
三つ巴
 確かに悩ましい問題だ。ただ、今までの痴呆問題が総じて家庭内に留まっていたから、一気に噴出した痴呆老人の交通事故については意表を突かれた思いだろう。時期が同じくして起こった93歳の暴走ばあさんは問題外で、それ相応の刑事罰が必要だろう。刑務所に入っている間に恐らく寿命が尽きるだろうが、被害者や家族にとっては、情状酌量は受け入れがたいだろう。。任意保険に入っていたのか、支払い能力はあるのかなどと心配になる。
 心配になるのは他人事ではないからだ。牛窓みたいに高齢者が多いところでは、高齢ドライバーは珍しくない。歩くことは出来なくても運転は出来る。そんな不思議な光景が日常茶飯事だ。そうした人が運転している車に跳ねられたら、目も当てられない。老人特有の温厚な表情と結果が結びつかずに、被害者は戸惑うだろう。責めるに責めれない、やり場のない怒りが被害者を襲うかもしれない。
 年寄りは人生と同じように暴走しないという前提は交通の面より他の場面で既に崩れていた。殺人に、ストーカーに、万引きに、言いがかり。世に存在する犯罪の担い手としてはどれも除外できない。今までは、年寄りは性質の悪い政治屋に納まって合法的に巨悪を働いていたが、最近は小悪人が巷に反乱している。生活困窮が大きな原因だろうが、貧しくてもダメ、ぼけてもダメなら、毎日が緊張の連続だ。巨悪と、痴呆と、小悪人、三つ巴のとんでもない時代が始まった。


2015年11月05日(Thu)▲ページの先頭へ
動機付け
 「忘れたいことは全部削除しました」
 なんて面白い表現だと思った。これはパソコン画面の文章を消去したと言うことではない。自分の記憶の中から消し去ったと言う意味で用いた表現だ。削除という言葉を選んだのがなんとも現代的で、ユーモアに溢れていた。普通の人よりずいぶんと重いものを担いでいるはずなのに、笑顔は天下一品だ。その理由を僕は知らない。天性のものか、悟った人のものか、それより他に答えの候補すら知らない。
 症状の点検はどのくらいの時間ですんだのだろう。その後は取り留めの無い話から、取り留めのある話まで多種におよび、1時間以上は話したと思う。帰った後で、白十字の牛窓パンプキンがあったのを思い出し、出してあげればよかったと思うほど長い時間話した。10歳くらい年下の女性だから、10年位すれば僕くらいに色々なところが衰えてくると言う予習をしているようなものだろうが、僕が現実を正直に訴えるものだから希望は見えないだろう。それどころか後で考えれば僕の不調を聞いてもらったようなものだ。なかなかこうした話を人様にする機会は無く、モコの優しさが身にしみた昨今だが、本来なら口から出て行くことが無いだろうものが珍しく吐露できた。
 「たくさん話してすっきりした」と言って帰ってくれたから、あながち僕の呟きが不快感を与えたのではないだろうが、本来聞く立場の人間があれだけ喋れば、普通の人ならしんどかっただろう。ただ彼女が負っている重荷(でも、当然御本人はそれを重荷などとは一切思っていない。むしろ頂いたものと幸せを感じている)からすれば、取るに足らない僕の嘆きなど、落ち葉1枚も吹き上げれない風ほどの価値も無いだろう。
 彼女が席を立ったときに僕の口から出た言葉が「よっしゃ、がんばるか〜」だった。それに気がついた彼女が笑っていたが、この年齢になると一番ありがたいのは、頑張るための動機付けなのかもしれない。あれだけ頑張ることが好きだった僕も、いまや動機付けが必要になった。


2015年11月04日(Wed)▲ページの先頭へ
犬語
 犬語を話せる妻が「モコは人間の病気が分かる」と常々言っている。勿論病名が分かるはずはないが、健康ではないことは確実に分かるみたいだ。そんなときは必ず舐めてくれるのだそうだ。足が痛いときは足を、頭痛がするときはおでこを、捻挫したら足首をと、首を傾げたくなるようなことを平気で言う。妻に対してだけではなく、僕の母がいたときなど頻繁に母を舐めていたそうだ。
 勿論僕は信じない。ガンみたいに強烈な臭いを発すれば別だが、ほかの病気でわかるだろう理由を知らない。だから僕自身が舐められるまで絶対信じなかった。と言うより、もともと犬が苦手だった僕は犬に舐められるのは好まなかった。アホノミクスに舐められるのと同じくらい耐え難い。
 ところが先日極度の倦怠感で仕方なく布団に入ったときに、モコが布団の傍にやってきて、手枕していた僕の手を舐め始めた。いつもなら汚いと言って、払いのけるのだが、そんな気力も無かったのかなすがままにしていた。ところが結構それが気持ちいいのだ。ざらざらした舌だけれどとても優しく思えた。薄目を開けてみると懸命に舐めてくれている。あたかも治れ治れと言っているみたいだった。結構長い時間なめてくれたような気がする。その後布団の中に入ってきて添い寝をしてくれた。片手でモコを撫でながら珍しく日中に深い眠りに入っていった。
 職業柄、僕が慰められたり、癒されたり、相談に乗ってもらったりすることはかなり少ない。この、相談に乗ってもらうこと以外はひょっとしたらモコは出来るのではないかと思った。僕にとってもひょっとしたら最良の存在なのかもしれない。幼い頃に母親にかけてもらった無常の愛の再来なのかもしれない。それも半世紀ぶりの。
 もうこうなったらモコを溺愛するぞ。かわいい服を着させて、道路は抱いて歩き、犬同伴のカフェでお茶をし、午後はドッグランでママ友と過ごし、夜は一緒に風呂に入り抱っこして寝る。




2015年11月03日(Tue)▲ページの先頭へ
和太鼓フェスタ夢幻
 和太鼓集団 夢幻の会 が素晴らしいのは、と言うか、そのコンサートが素晴らしいのは、如何に幼い子供達を舞台に上げても、要求されている水準を必ず満たしているってことだと思う。丸亀の市民会館、丸亀城、そして今日アルファアあなぶきホールでの「和太鼓フェスタ夢幻」と、今まで3回コンサートに足を運んだことになるが、一度も「こらえてちょうだい」の内容に遭遇したことがない。小学低学年と思しき子供達が、中学生や高校生、当然大人たちに混じって演奏しても、全く乱れることなく曲が完成する。目をつむって聴けば、そこに幼子が参加していることなど想像できないだろう。そこまで仕上げて舞台に立たせているから、こちらも無理な寛容の気持ちを表す必要が無いのだ。期待した演奏を享受して帰ればいい、ごく当たり前の欲求が満たされるのだ。
 いつも飛び跳ねるように鐘を鳴らし、恐らく僕だけでなく多くの大人たちを慰めたり鼓舞したりしてくれるみ〇〇ちゃんは、なんと今回は立派に太鼓を叩いていた。こんなに1年で成長するんだと、嬉しくもあり、逆に、こんなに1年で衰えるんだと自分をみつめて哀しくもある。一つの演奏会場で恐らく何百の想いが交錯するのだろう。
 それにしてもこの若き、いや幼き集団の個々の才能はうらやましい限りだ。常にベースのリズムを刻んでいる奥〇さんや、大人以上の腕前の藤〇さんや福〇さんのテクニックや笑顔、そしてソロを務める石〇君のクールさ、そして福〇君や平〇君がいるからこその楽曲の重厚さは、希望そのものだ。
 志多らの3人の熱情が噴出す演奏は勿論だが、僕は夢幻の会の「宇宙の石」と言う曲が大好きだ。打ち手がソロで演奏する部分が多くて、そしてその部分は打ち手が持っている最高のパフォーマンスが行われるので、いつも楽しみにしている。今まで2回はみ〇〇ちゃんの鐘を打つ姿に感動したけれど、今回は後ろのほうで太鼓を打ちながら、踊っていたのがとても可愛かった。僕は最初気がつかなかったのだが、一緒にコンサートに行ったかの国の次女、三女が教えてくれた。あまりにもかわいい仕草だったので、やはり多くの人の目に留まるのだと思った。
 気が早いが、来年の10月16日に「2016和太鼓フェスタ夢幻」が開催される。来年は志多らもフルメンバーで来てくれるらしいから、今から楽しみだ。今日は祝日だから4人しか連れて行けなかったが、来年は日曜日だから10人は連れて行ける。来年のコンサートまで元気で頑張るぞと会場で必ず思う。和太鼓の演奏を聴くことは、僕にとって日常を充実させる唯一のモチベーションなのかもしれない。道理で次女が言っていた「オトウサン タイコキクトキ イツモワカイ」


2015年11月02日(Mon)▲ページの先頭へ
煤塵
 焼却場の高い煙突を中心に、スポーツジムや誘致された工場群が一つの区画を占めている。元は豊かな田んぼが広がる田園地帯だった。現在はその一角でどの位の人数が働いているのだろう。大きな工場がいくつも撤退した牛窓から見ればうらやまし・・・かったが。
 そんな感想もその話を聞いたとたん一瞬にして吹き飛んだ。出来てからもうどのくらい経っているのだろう。もう10年は経っただろうか。焼却場のすぐ傍に住んでいるその家族は土着の人だから建設計画が沸き起こった頃からすべて知っている。これと言った反対運動も起きなかったらしい。よほど飴ばかり見せられたのか、お人よしかだ。ところが焼却場が出来てからとんでもない公害に苦しんでいる。それこそ煤塵(スス)が稼働中には降って来るのだそうだ。それも手で桟をぬぐえば黒くなるくらいに。あたかも雪の降り始めみたいらしい。と言うことはそれらを人間が吸っているってことだ。それが証拠に漢方相談に来た人も呼吸器の不調も訴えていた。
 当然僕は「訴えたら!」と言うが、相談した複数の医者が「大事になる」と言ったらしい。それでその女性はそういった行動はとんでもないことと思ったらしくて、今は頭の中にまるで無い。家があるから引っ越すことは出来ないと諦めている。
 傍から見ていたら羨ましいようなことでも、内実はそうでもないことは多いのだろう。その最たる例が原発で、飴の金額は桁外れだが、命の危険も桁外れだ。福島で経験したはずなのに、今又ぞろぞろと飴に働きアリ達が集まり始めている。こっけいで哀れだが、その飴をしゃぶる一部の人間の為に国中の働きアリ達が命を差し出すわけには行かない。尊厳を教わらなかった人たちの為に、尊厳を奪われるのは真っ平だ。


2015年11月01日(Sun)▲ページの先頭へ
 昔なら、いつもののどかな光景なのだが、ここ何年かはほとんど見ることがなかった。ところが最近は徐々に復活して、僕の気持ちを和ませてくれる。
 漢方薬の勉強会が終わったのが午後の4時半。それからすぐに岡山市を後にしたのだが、牛窓と岡山市の境辺りに帰ってきたのが5時過ぎだ。そのあたりは旭米と言うおいしい米が採れる田園地帯だ。稲刈りも終わって、切り株がどの畑にも整然と列を成している。道路の両側に広がるそんな景色のあちこちで白い煙が上がる。帰るすがら10箇所ではきかなかったと思う。風がなかったので白煙は空を目指して上るのが多かった。そのせいであの大好きな草が燃える匂いは車まで届かなかったが、幾箇所から昇る大小の煙を見て、幼い頃母の実家に預けられ、農家の子のように育った記憶が遡った。収穫の季節の大人たちの達成感に満ちた表情が思い出された。
 僕はよく知らない。誰もが詳しくは知らないのかもしれないが、いつからか野焼きが禁止されたようなことを聞いた。そのせいで僕もしなくなったし、近所の焚き火大好き爺さんもしなくなった。ただ、山の上から頻繁に煙が立ち込めるのを見る機会があったから、継続して野焼きをやっている人はいた。ただそれ以外には本当に見なかった。ところが最近あちこちで散発的に野焼きをする人を見かけるようになった。天高く上ったり、地を這ったりと、嘗ての光景が再現され始めた。そして今日だ。ついに解禁かと言う位、煙の競演が続いた。
 嘗てどうして禁止されたか、そしてどのように周知されたのか記憶が無い。集めた草を焼くくらいまさか二酸化炭素の削減を狙ってのことではないだろうと思った記憶はあるが、正解を知らない。あの原発の1秒間に何十トン?と言う熱水を海に垂れ流すのに比べれば、ほとんど意味を成さないのを知っているから、もし二酸化炭素排出規制のためなら意識的に決まりを破ってやろうと漠然と思っていた。いかにも国が環境に気を使っているかというパフォーマンスなら、受け入れがたいといつも思っていた。一抱えほどの草を燃やして何かの違反になるのなら、放射能を世界中にばら撒いて何の違反に問われないのは許せない。人を1人殺せば殺人犯、何百人戦争で殺せば英雄と皮肉ったチャプリンの指摘と一致する。
 今になってなし崩し的に野焼きが復活した理由を知らない。自由に目覚めたのか、権利に目覚めたのか、胡散臭さに気がついたのか知らないが、草の燃えるあの田舎の匂いが郷愁を誘ってくれる。いい秋が深まっている。


   


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〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

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