栄町ヤマト薬局 - 2015/09

漢方薬局の日常の出来事




2015年09月30日(Wed)▲ページの先頭へ
仮面
 肺炎が原因で急速に母の体力が落ちている。今日施設の医師から呼び出しを受け、母の容態やこれからのことについての説明をすると言われた。仕事中なので妻が行って説明を聞いてきた。その時に偶然兄が訪ねていっていたみたいで、兄、妻、いとこの3人が一度に母を見舞ったことになる。いつ最期を迎えてもおかしくないという状態なのに、今日の母は饒舌だったらしい。そして兄を見てとてもよい顔で笑っていたらしい。兄が誰であるかあたかも分かっているようだったと、いとこが電話で教えてくれた。帰ってからも妻が冗談半分に「お兄さんが訪ねると分かるみたいよ。お父さんには全然反応しないのにね」と言った。
 傍にいた誰も気がつかなかったと思うが、実はその時僕は一瞬にして涙を浮かべたのだ。いつも気にかけていた兄が見舞いに来てくれたのが分かったのだ。実際僕は数回兄と間違えられている。僕の名前は決して口にはしないが、兄の名前は時に口から出ていた。戦後何もない時に生まれ育ったのだから、当時は多くの子供が色々なハンディーを背負った。まるで今僕がお世話しているかの国の人達のような疾患だ。栄養が悪いせいで起こる病気だ。兄もそのうちの1人だった。恐らくかなり気を使いながら育てたのだと思う。おかげで今は兄弟でダントツ元気だが、母はいつも気にかけていた。
 息子が近に痴呆について講演するらしい。夕食時にポロポロとその話題が出てくるが、痴呆の方の、全ての記憶がなくなっているわけではない。昔の記憶は残っているのだから、失礼な態度をとってはいけないと看護師を指導しているらしい。確かに母は漢字のほとんどを読むことが出来る。仮面の下で、不憫な長男に責任を感じて、今もまだ母親をしているのだと思う。






2015年09月29日(Tue)▲ページの先頭へ
敷居
 漢方薬を作りながら思わず涙ぐんでしまった。薬剤師らしからぬ行為だが、少しくらい感情移入してもかまわないだろう。嬉しかったのだから。
 いかにも田舎のおばちゃんで、愛想は悪いが、心根は悪くない。僕が牛窓に帰った頃から薬局を利用してくれている人だ。もっとも、僕が帰って10年近くはごく普通の薬局だったから、手八丁口八丁で薬を売っていた時代だ。だから薬局を利用する人もそんなに何か大きな成果を得ることなどを期待していなかったと思う。マスコミで報じられたり、薬局で勧められたりしたもので、ちょっとだけ満足感を得ていたのだと思う。
 僕の薬局が俄然変わったのは10年位経ってからだ。漢方薬を勉強して毎日そうした対象者が訪ねて来てくれるようになって、僕の薬局は薬を買うところではなくなった。それでも昔からのお客さんは、以前のようにちょっとしたものを買いに来てくれた。その女性も正にそうした範疇の人だ。世の中が医薬分業に舵を切り始めて、その女性が岡山市の大病院に喘息治療でかかっている事が分かった。毎月処方箋を持ってきてくれるが、義務的な会話をするだけで、病気には立ち入ることは出来なかった。何年も何年もそうした関係(一般薬の買い物、処方箋調剤)が続いたが、気がかりだったのは、一向によくならずにむしろ症状が悪化していることだった。それなのに、与えられるがまま病院を信じて黙々と治療をしていた。次から次へと新発売される先端のステロイドの吸入薬を使っても症状は悪化し、来るたびに息遣いが荒くなっていった。そうしているうちに、御主人のほうが体調を崩して、岡山まで車で連れて行ってくれなくなった。あの喘息症状で1人で岡山まで出かけるのは、車を運転できないから至難の業に見えた。
 そうした懸念をこちらが感じていたときに、女性から、近くの病院であの薬を出してもらえるように出来ないでしょうかと相談を受けた。それは簡単なことだ。牛窓にも開業医が2人いるからどちらかの先生にお願いすればすむ事だ。ところが毎月大病院の専門医にかかっていながら確実に症状が悪化しているのを、田舎の開業医に紹介するのは躊躇われた。その時ふと頭に浮かんだのが、僕がステロイドが効かない喘息患者に使っている漢方薬を飲ませてあげたいと言う考えだった。となると、今までの処方内容に漢方薬を混ぜた処方箋を切ってくれる医者でないといけない。そんなことを頼んだら普通の医者なら越権行為だと怒るだろう。そこでやむなく息子に頼んだ。女性はとても喜んでオートバイで息子に勤める診療所に行き、その足で処方箋を書いてもらって帰ってきた。診療所は岡山市にあるが牛窓町と隣接していて、オートバイで10分でいける距離だ。そのことと、息子が意外と優しかったことで、とてもいい顔をして帰ってきた。あれから2週間が経って今日また処方箋を持ってきたが、あの荒々しい息遣いが今日はなかった。思わず「調子が少しいいんではないの?」と尋ねると「調子がいいんです」ととても楽そうな顔で答えた。
 想像の範囲でしか理解できないが、喘息はかなり苦しいと思う。不器用な生き方しか出来ず、いったいどのくらい味方をしてくれる人がいるのだろうと思える女性を少しでも楽に出来れば、患者を息子に紹介したことが最善の道だったと言うことになる。これが本当の医薬分業なのだろうけれど、普通の医者とはとても出来ない。僕の苦手とする敷居があまりにも高すぎるから。
 


2015年09月28日(Mon)▲ページの先頭へ
沸点
 水を差すのは盛り上がっている途中だろう。まだ演技が始まってもいないのに延々と自慢たらたらではうんざりする。言葉の分からないかの国の女性たちですら「何やら偉そうなお婆さんが自慢話を続けている」と感じたのだろう不快な表情を隠さなかった。言葉が分かる僕など沸点に達しかけていた。
 第19回日本太鼓全国フェスティバルが昨日倉敷の芸文館で開催された。6月にチケットを買って楽しみにしていたのだが、30分近く開会の挨拶をやられたのではたまったものではない。なにやらコンサートが太鼓の財団法人主催と言うことを延々と喋ったのだが、会長と言うオバアサンの偉そうな人を見下したようなしゃべり方が鼻についた。話の全てに拒否感を持ったが圧巻は、子供の太鼓の練習にモチベーションを与えるために賞を設けようと言うことで「無い核葬儀大臣賞」なるものを設けることが出来たと自慢たらたらだったが、よくもまあ、原発が安全だとか、沖縄の海を埋めるだとか、アメリカの手先に成り下がって自衛隊員を死なせるとか言えるやつの名前を使うことを誇らしく言えるものだと思ったが、ここもまたアホノミクスのお友達の世界なのだろう。所詮秘書くらいな仕事しかしたことが無い天才バカボンに良くぞついていける政治屋ばかりだとうんざりする。
 肝心の太鼓についてはさすが遠くからやってくるだけあって、各チームの実力はもろに感じた。特に山形県の太鼓道場「風の会」と宮崎県の橘太鼓「響座」のジュニアの演奏はすごかった。おとなしい岡山県の観客もさすがに光る演技の時には拍手を送っていた。僕はそれこそ声援を送っていたのだが、素晴らしい演奏に対する感謝の気持ちを込めている。ただそれがなかなか分かってもらえなくて、浮きまくっていたとは思うが、僕の声援で演奏に乗ってくれればいいなあと期待を込めている。
 オバアサンの怒り心頭演説を払拭してくれた各チームの演者にお礼を言う。


2015年09月27日(Sun)▲ページの先頭へ
応援歌
 倉敷であった和太鼓のコンサートから帰ったのが8時前だったのに、今10時過ぎまで2時間半、かの国の子の寮にいたことになる。そのことを特別許してくれている工場の責任者に感謝したいが、今夜の長居は結構深刻な内容だった。
 僕がかの国で薬局を開けば、あっという間に財を築きそうな今夜の状況だった。と言うのが、赤坂寮の女性の慢性副鼻腔炎、これは嗅覚を失う寸前だったが、これを漢方薬で治したのと、牛窓工場の子のお父さんの血圧の薬がとてもよく効いたことが評判になり、今夜かの国とスカイプで交信しながら10数人の健康相談を行った。痛みの病気が一番多く、慢性副鼻腔炎の病気も多かった。皮膚病も多かったかな。いずれも患者が僕の薬局に半月、いや1ヶ月に一度でも通ってきてくれればかなりよい結果をもたらすことが出来るのにと歯がゆくて仕方なかった。しかし言葉が通じないが、勿論通訳を入れながらだが、感性を済ませば、症状の羅列から病名に行き着ける。関節が痛いが、多くはヘルニアだろうし、目の上下4箇所が痛いは、蓄膿症だ。要するに栄養が少し足らない食生活の人間が、機械の代わりによく働いている、多くはこうした環境によって作り出された病気だ。何十年前の日本とまるで同じだ。
 今は日本で最低賃金並みの給料を稼いでいるが、本国に帰ればまた1日500円の稼ぎに戻る。また僕が作るだろう薬は現在かの国で暮らす人が飲む。慢性疾患ばかりだからある程度覚悟を決めて飲んでもらわないといけない。かの国の人が薬に費やせるお金がどのくらいなのか分からないが、かの国の人のプライドを崩さずに、僕の経済が持つような値段設定をしている。
 50年前の日本の医療レベルの国で暮らす人達に、縁ある子達を介して役に立てることが、嬉しい。家族思いの子達が、僕が漢方薬を作ることができると答えるとほっとする瞬間に見せる笑顔は、何にも変えがたい僕への応援歌だ。




2015年09月26日(Sat)▲ページの先頭へ
子供
 昨日の毎日新聞に修道院の記事が1面を使って出ていた。珍しいことだから記事を全て読んだ。その中で印象深い言葉があった。あるシスターの言葉だが、自分の子供を育てたいと思ったことはあるが、たくさんの子供を育てなさいという神様の声を聞いたというのだ。カトリックでは神父もシスターも結婚しない。だからシスターの道を歩み始めるということはわが子をもてないということだ。僕ら凡人にしたら結婚適齢期の頃にそうした判断が出来るのかと不思議に見えるが、やはり修道院の門をくぐる人は、崇高な決意を持っているものらしい。
 ただ、この年齢になって僕はシスターが言った言葉がすごく分かる。もう延べにしたらどのくらいのかの国の青年と付き合っているか分からないが、わが子にも負けないくらいの力を注いでいる。彼ら彼女達の、母国での生活ぶりがだんだん分かるにしたがって、僕の気持ちは強くなっている。シスターのように崇高な気持ちはないが、それでも凡人でも似たような心境になり、同じようなことは出来るものだと思った。
 赤ちゃんの頃の大変さは僕には無理だが、成人した人の世話なら出来る。愛情の余力はないから無償の愛とは行かないが、培った経験や思考する能力を生かすことは出来る。物質的な発達に目を奪われ、日本人と同じように消費しても許されると錯覚し、転落していく青年を1人でも救いたい。物ではなく、一杯のお喋りや、文化で日本滞在中の3年間を濃密にしてあげたい。
 「オトウサン イツマデモワスレナイ」と言ってくれるが、僕は最近こう答えることにしている。「空港についたら僕のことは忘れて」と。僕が出来ることは、目の前にいる若者を3年間見守ることだけだから。


2015年09月25日(Fri)▲ページの先頭へ
方程式
 東日本から牛窓に移住しようとする人はまだまだいるみたいで、牛窓の人も何とか空き家を見つけようと奔走している。親切だなあとつくづく思う。
 昨日、一昨年から僕の両親の家に住んでもらっている夫婦が、洋菓子を持ってきてくれたのだが、その時の話の中でなるほどと感心したことがあるので披露する。
 僕ら土着の人間は、空き家が目立つ故郷を痛々しく思っている。だから移住してこようとしている人を知ったら多くの人が一所懸命になる。素人が人脈を駆使して情報を集め、持ち主に貸す意思があるかどうか確かめる。都会では恐らく不動産屋さんが間に入るのだろうが、牛窓ではほとんどそんなケースはない。多くは町民の善意で、なんとなく貸借が成立する。事務的に物事が進むのではなく、人情が往復して結論に至る。匙屋さんの奥さんが「それだから牛窓の風情が守られている」と言った。従来なら不動産屋さんの介入がない分、物件が動かずに、ますます牛窓が廃れるとマイナスに考えていたことが、実は長所だと奥さんが言ったのだ。この考え方は僕にはとても新鮮だった。やはり華の都大東京を逃げてきた人達だけある。
 20代で牛窓に帰ってきて、薬局を継いで生計を立てることにハンディーを当時感じていたが、今は全くそれはない。欲しいものはほとんどクロネコヤマトが確実に翌日には運んできてくれるし、逆に僕の漢方薬の患者さんも全国にいる。同じ町内に暮らす人と、ほとんど遜色ないくらい治す事も出来る。そして牛窓に留まって仕事を続けた事の最大のメリットは、自分の気持ちに正直にあり続けることが出来たことだろう。生活の糧を得るためにいやな人との無理やりな関係を築く必要もなかったし、誇大な広告を打つ必要もなかった。全てが自然だった。
 失くそうとしても失くせなかったものに、壊そうとしても壊せなかったものに、都会から来た人達が惹かれ、その価値を再認識する。時代は既に方程式を失っている。


2015年09月24日(Thu)▲ページの先頭へ
太鼓もち
 食事の時にテレビのニュースのはしごをするのだけれど、今日の昼は困った。元プロレスラーのタラントが乳がんになったらしくて、そのことについての内容が、だらだらと続いた。日テレとフジテレビの番組だと思う。その時間帯にニュースをやるのは、その二つの放送局しかないから、そのどちらでも同じ内容のくだらないものをやられると見る番組がなくなる。もともとその二つの局は嫌いでほとんど見ることはないが、僕の昼食時間帯に世のニュースを知ろうと思えば、その二つしかないのだ。
 そもそもなんで一芸NO人ごときの病気を公共の電波を使って流し続けるのだろう。いやいや公共でもなんでもない。上記の放送局など、戦争法案を通した政党の手先だから公共とは言えない。太鼓もちみたいなものだ。先の戦争のときに同じように太鼓もちに成り下がった奴等は罰せられなかったのか。被害者面して打ち首獄門を免れたのだろうか。今度もまた同じように白を切るのか。
 放射能だらけの空気や水や食べ物を与えられ、全うな職業にも就けず、下手をすれば軍人と言う名の殺人者にもならされる。今の、これからの若者よ怒れ。テレビで威張りくさっている年寄りにいいように利用されるな。家畜ではないのだから。
 


2015年09月23日(Wed)▲ページの先頭へ
お土産
 その朝、テレビでおはぎと牡丹餅の違いを勉強したばかりだったのだが、結局妻が夢路と言うお菓子屋さんで買ったのは、その店でいつも買う定番のお菓子だった。僕は数年に一度くらい妻について入るだけだが、なかなか店員さんが教育されていて、感心した。わざとだろうけれどわざとらしくなくとても丁寧だった。声も大きくて分かりやすく、お勧めの商品を理由と共にさりげなく紹介していた。なにやら中秋の名月の時に食べるお菓子?お餅?と言うものがあって、その習慣がない我が家などは、知識を得て、買おうかと思ったほどだ。ただ中秋の名月がいつか分からないから、興味はそこまでだったが。
 店から出たところで、あまりにも印象がよかったので妻に「感じがいい店員さんじゃなあ!」と正に言おうとしたところで背後から「ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」と声を掛けられた。無防備なところに突然言われたので驚いたが、「いらぬことを言ってなくてよかった」と思った。ただ、今思えば言っていた方が良かったかな。
 そのお店は隣町に工場があるのだが、いつの間にか立派なお菓子屋さんになっていた。たぶん僕ら世代の人が頑張って、町の小さなお菓子屋さんから、何軒も支店を持つ店にしたのだと思う。我が家などは、おみやげ物にしばしば使いとても重宝している。出来ればこれが牛窓のお店で、牛窓名物ならもっと嬉しいのだが、牛窓何やらと言う商品は作ってくれているものの、牛窓には店舗はない。
 お菓子とパンが似て非なるものだと知らなかったので、懇意なパン屋さんに牛窓名物のお土産を作ってくれるように頼んだことがある。これさえ持っていけば相手に喜ばれるようなもの。そんな一品が欲しい。例えば北海道の「ひどい恋人」とか、京都の「八つ当たり」とか、名古屋の「WE LOW」とか。





2015年09月22日(Tue)▲ページの先頭へ
徹底
 次女、三女と会うときは、その時間のほとんどが日本語教室になる。三女は英語が出来るから、少しは英語教室をやってもらおうと英語で話しかけたりしたものなら「オトウサン、ニホンゴデ オネガイシマス」と徹底している。貪欲なまでの勉強欲だが、「よい生活」を手に入れるというはっきりとした目標を持って来日しているから、嫌味には感じない。彼女達が属している日本語学校で、同じ国からやってきた中で日本語検定試験3級に合格したのは次女だけだった。他の人達は明らかに学生と言う肩書きで働きに来ているだけだから勉強などはなからやる気がない。でも2人は明らかに日本語マスターと言う目標を持ってやって来ていて、アルバイトも制限している。
 分からない言葉を僕が口にすると二人はすぐにスマホを取り出して確認する。僕はスマホの画面なるものを昨日初めて覗いたのだが、ある仕掛けにとても驚いた。母国語と日本語を画面の上ですぐに変換できるみたいで、例えば漢字を指で画面に書くとすぐにその可能性のある漢字がいくつか並ぶ。そして僕が言った言葉を見つけることが出来なかったとき。「オトウサン、カイテクダサイ」と頼まれた。覗き込んでやり方を見ていたから僕も同じように画面の上に漢字を書いた。細い線で次女たちが書いていたから、ぼくも真似て爪で細い線を書いた。するとなぜか上手くかけない。と言うより爪だから横方向には上手く書けるのだが、縦には書けなかった。すると、三女が見ていて「オトウサン ユビデ カイテ」と言った。指の腹で書いてあんなに細い線が書けるものかと思ったが、やってみると不思議や不思議、細い線だった。
 「オトウサン スマホカッテクダサイ ベンリデス」と言われても、語学勉強の為に自由を差し出したくない。そしてさしあたって日本語を使えれば何不自由ない生活が出来ている。指の腹でなぞって辞書になる魅力は大きいが、彼女達も言うようにスマホで調べたものは「スグワスレル」らしい。


経済
 何とか日付が変わらないうちに帰ってくることが出来たが、それは呼松太鼓が30分も公演が延びたからではない。公演のあと妻、次女、三女と倉敷のファミリーレストランで遅い夕食をとったのだが、二人の身の上話を聞いていて遅くなったのだ。
 次女はナイーブな精神の持ち主なのに明るくて、誰にでも愛されるタイプだ。三女は僕が今まで会った女性の中で一番美人だと思う。別の意味で誰からも愛されそうだ。僕には僕のことをオトウサンと呼ぶ若者が数十人いるが、この2人ほど自然な感じの娘はいない。どんどん日本語の語彙が増えてゆっくり話すとかなり内容の濃い話もできるようになったことと、僕が職業的に人の話を引き出すのが得意なこともあって、2人が身の上話をしてくれた。ほとんど僕には初耳のことばかりだった。僕が偶然「〇〇の両親は離婚しているだろう」とジョークを飛ばしたことがきっかけで、「オトウサン ドウシテ ワカルノデスカ?」から始まり、延々と2時間、幼い時の境遇や心理状態を話し続けた。同じことが日本で起こった場合とは、問題となることが違うし、深刻さもまた違う。そしてその理由は圧倒的な貧しさだ。中学校を中退しなければならないような貧しさとは、日本ではどの程度なのだろう。そしてその中から学んだものの尊さこそが、二人の今の生き方の原動力になっている。
 当時の話をするときに目を充血させて涙ぐむ次女、当時の不幸こそが日本留学などをかなえてくれたと感謝する三女。2人ともたくましく生きぬこうとしている人間には見えない穏やかさや優しさを兼ね備えているが、いつ底をつくか分からない経済の影がいつも2人の後を追っている。直接援助をすることははばかれるが、片やサーカスのピエロ、片や薄幸の美女にはしたくない。



2015年09月20日(Sun)▲ページの先頭へ
移住
 牛窓に移住したいと言う人の希望に沿えるだろうと、鍵を預かって家の中外を見てもらった。家の中には何もなくて片付いてはいるのだけれど、それでも住んでいた人の意図みたいなものが色濃く残っていて、面白いものだなあと1人感じ入っていた。借りたい人と、紹介した人が友人同士みたいで、ハイテンションの話しぶりが面白かった。女性同士の友人ってこんな感じなのかと、そこもまた面白かった。
 どうしてそこに僕がいるのかふと自分でも分からなくなるような設定だが、望まなくても一登場人物になると見えてくるものもあり、少しは視野が広がる。それも恐らくこんなことでもしないと決して触れることがなかっただろう世界ばかりで、この年齢になって広がる分野もあるものだと感心する。
 放射能から逃れてくる人も、都会の喧騒から逃れてくる人も、不自然からの脱出だから意識が高い。それぞれが個性をまとっている。僕ら土着の人間も、彼らも地に足をつけてはいるけれど、どうもその地が少々違うかもしれない。僕らは明らかに土だが、彼らは知かもしれない。どうやら知にも足は着くらしい。
 


2015年09月19日(Sat)▲ページの先頭へ
逃避
 なんて優しい声で、なんて物静かなのだろう。恐らく今目の前にいるときも、想像が出来ない不快な症状と戦っているのだと思うが、気持ちをよくコントロールして紳士のままだ。もっとも、身なりはまるで反対で、経済的な苦労をしょっているのも想像つくが、それを態度に見せない。
 同じように生を受け、何でこんな目に合わなければならないのだろうと不運を一緒に恨みたくなるような人がいるのは何故だ。病院でなくても時に薬局でもそうした人と遭遇する。僕の薬局が漢方薬を多く扱っているからかもしれないが、そうした人に遭遇するとこの世の不公平に打ちのめされる。健康に恵まれ、勝気で強運の人種の横暴が目に付く昨今、こうした人達の様はなかなか目にすることも出来ない。どう説明されても納得がいかないその不公平に、たじろぎ自分の無力を恥じる。
 歳相応の衰えを体感する毎日が、理解と共感を促進することは確かだが、その種の不公平の存在自体が僕には許せないし受け入れられない。だから実在から逃避したくてクリスチャンになったのかもしれない。




2015年09月18日(Fri)▲ページの先頭へ
 「仕事や作業を順序立てて行うことが苦手」、「落ち着かない。タバコやコピーなどで頻回に離席する」、「思ったらすぐに口に出したり行動に移したりしてしまう」―。程度の差こそあれ、思い当たる人は案外多いのではないだろうか。近年、認識が広まりつつある大人のADHD(注意欠如・多動性障害)だ。(ケアネット 田上 優子)
 
 思い当たる、思い当たる、正にアホノミクスがこれだ。お腹が弱いチャンだけかと思っていたが、これも明らかにもっている。こんな人間に人生を決められたらかなわない。本来この症状を持っている人は「生きにくさ」で苦しんでいるのだが、アホノミクスは「生きにくさ」を撒き散らしている。地主金持ち以外は、使い捨てカイロみたいな感覚しかない人間を担ぎ出して、その挙句、やりたい放題を許している。自分の首を自分で締めた人間から報いを受けるだろう。地主でもない金持ちでもない人間が、底から底から苦しみ始めるだろう。
 どうして?と尋ねたいくらい心が傷ついた方が漢方薬を取りに来るケースが増えた。3人に1人はそうした関連の漢方薬だ。心のうちを教えてもらえば彼らこそが正常で、世の中の体制の方が病んでいる事が分かる。世の中と言うやつこそ薬を飲んで治せばいいのに、落ちこぼれた人が病人のレッテルを貼られたり自分で貼る。世の趨勢と異なれば、心も体も傷ついて消耗してしまうのだろう。
 原始の時代も縄文の時代も江戸の時代も、こんなに人は傷つきながら生きたのだろうか。もっともっと作れ、もっともっと売れ、もっともっと働け、もっともっと稼げ・・・誰の為に、何の為に、もっともっとに追い回されているのだろう。走り続けてもやがて塵になるだけなのに。





2015年09月17日(Thu)▲ページの先頭へ
劣化
 処方箋を持って来る人を法的に選別することは許されないから、来たものは拒まずだ。ところが招かれざる客は結構いて、楽しく働いているのに水を差す。もともと、来たい人だけ来る薬局を標榜し、ほぼそれが実現していたのに、2年前の市民病院分館の期限付き処方箋調剤の依頼以降、その原則が崩れた。
 どの職業でも同じだろうが、礼儀知らず、恩知らず、感謝知らず、礼言わず、謝れない、揚げ足取り・・・などの素質を備えた人間はなかなか受け入れられない。そんな人間と交わることで、こちらの生活の質が劣化する。僕は、自分の仕事の質やモチベーションを維持するために、そんな輩と迎合しない。来てほしくない人には徹底的にそのそぶりを見せる。切れて反撃することもしばしばだ。その切れる時間が歳とともに早くなって、今日など10秒も持たず反撃した。ただ僕はそんな輩の処方箋調剤の収入を必要としていないし、スタッフ全員の日々の心地よさを何とか確保しないといけないから妥協はしない。
 国の誘導で、昔ながらの薬局のままでは経営が成り立たなくなった。兵糧攻めのようなものだが、さすがに国も医療保険に群がる業種によい顔が出来なくなって、昔ながらの何でも相談できる薬局を作ろうとしている。でもそんなものに流されずに仕事はしたい。心から役に立ちたい人、笑顔を取り戻して欲しい人、黙っていても人に大切にされる人、そんな人であふれる薬局にしたいと思っている。


2015年09月16日(Wed)▲ページの先頭へ
加速
 「骨粗しょう症の予防と治療ガイドライン2015年版」と言う、3年ぶりの改定版が出た。今回の売りは、診断基準がとてもシンプルになったことで、「骨粗しょう症治療対象者が増えることも期待される」「現在、骨粗しょう症患者は1300万人と推定されるが、治療を受けているのはその2割程度」「骨密度測定装置を持たない診療所でも、新たな診断基準に従えば、骨粗しょう症を診断し、薬物治療を開始できる。今回の改訂は潜在患者の拾い上げにつながることが期待されている。」「薬局でも骨粗しょう症薬の処方箋を応需する機会が増えそうだ」
 さすが日経が作る薬局薬剤師のための情報誌だ。ここまで言って委員会並の本音が出ている。専門医でなくても簡単に処方箋が書けて、薬が患者と言う消費者に渡り、おまけにその消費を増やすことが出来て、薬局がおこぼれをちょうだいしたら万々歳って言う本音が書かれている。薬剤師会も日経もアホノミクスのおこぼれ頂戴グループだから、こんなあからさまな損得勘定くらい出してもなんら痛手をこうむることはないと高をくくっているのだろう。安全保障も医療も国民は安く見られたものだ。製薬会社や医師会や薬剤師会などに、患者のためなどと言う発想なんかないことが分かる。そもそも骨粗しょう症なんて、肉と小魚を食っているほうがよほど予防や治療になる。不自然な物質を有難がって体に入れるほうが怖い。
 どの分野にも少数派といわれる人たちがいて、息苦しい中でも主張を変えない人たちがいる。そうした人達の声に耳を傾けて、不正義を見抜く力を日々訓練したほうがいい。今この国は不正義の極みに向かって加速している。いつも言うが、貧乏人が金持ち達の奴隷となって、金持ちのために命を捨てらされる。そんな哀れな人生を歩んでいいのか。せめてプライドだけはあいつらより勝って欲しい。
 


2015年09月15日(Tue)▲ページの先頭へ
汚染水の海洋投棄
汚染水の海洋投棄
 東京電力は14日、福島第1原発の原子炉建屋周辺の井戸(サブドレン)からくみ上げた地下水について、初めて海への放出を開始した。放射性物質の濃度は、国と東電が定めた放出基準を下回っているとしている。海への放出基準は、セシウムは1リットル当たり1ベクレル、ストロンチウムなどベータ線を出す放射性物質は同3ベクレル、浄化装置では取り除けないトリチウムは同1500ベクレルで、世界保健機関(WHO)が定めた飲料水基準などよりも厳しい目標を定めている。
 
 いくらアホコミだと言っても、もっと詳しく書けよと言いたい。これではあの犯罪会社の広報ではないか。もっとも大口のスポンサーだろうから言えないのだろうし、もともとアホコミで働く人間の知能などその程度なのだろう。犯罪者達が決めた放出基準などを持ち出して、あたかも安全であるかのような印象を懸命に植え付けようとしているが、所詮限りなくゼロに近かったものがこれだけの濃度を含んだ水を海に捨てるのだから、安全などといえるはずがない。所詮自然界にはなかったものだ。そこを基準にしないで、犯罪者達が作った基準でものを言うアホコミの無能振りを問いたい。
 何処で採れたか、どこで作られたか、かなり意識しているから漏れは少ないとは思うが、外食などでは分からないものも多い。何かが報じられるたびに東日本のものは口にできなくなるが、僕はやつらの被害者にはなりたくない。1億の人間に不快感や不便を強いて、死刑にならなければどんな罪が成立すると言うのだろう。ありとあらゆる個人が犯す罪など可愛いものだ。ただ、それを裁くのはアホノミクスのお友達だから、100人戦争で殺せば英雄、普通の社会で1人殺せば犯罪者となってしまう。
 漁師も百姓も、下っ端厄人も工場労働者も、気概と言うものが無くなったのだろうか。権力に立ち向かう姿など見たこともない。恵まれたボンボンたちを、恵まれない「庶民以下」が懸命に支えている。哀れなものだ。



2015年09月14日(Mon)▲ページの先頭へ
役人
 テレビニュースを見ていた息子が「川は怖いな」と独り言のように言った。独り言かもしれないが、あの激しく堤防から流れ落ちる水の勢いを見れば思わず頷きたくなる。川に縁がない僕たちは、判断材料を何も持っていないから、恐れることもなかったが、あの映像を見てしまったから恐れないわけには行かない。
 あの映像と同じような経験をした僕だが、川の氾濫に比べれば海はおとなしい。チャポチャポと言う、まるで締め忘れられた蛇口から雫が落ちているような音で床下浸水を知ったのだから。窓を開けて外を見ると、バスが数台駐車出来る広場がまるで静かな池のように見えた。台風の強い風は吹き続け、波は堤防高く舞い上がっていたが、いったん陸に上がった海水は物静かだった。不思議な光景だった。
 結局は母を連れ高台に避難し、夜が明けてから帰ったのだが、物は確かに散乱していたが、破壊的ではなかった。恐らく水に浮かんで移動し、やがて干潮になって倒れたのだろう。それでも大きなものが移動して倒れていたからまるで爆撃されたように思ったが、今回の鬼怒川の惨事を報道で見ていて、そうした表現は適していないと思った。あちらの被害にこそ使える表現かもしれない。
 それにしても今回のことで責任を取る人間は現れないのだろう。良くぞこんなに責任を取らなくてすむようなシステムをこの国の役人たちは作ったのだと思う。政治屋とつるんでやりたい放題をして、作り上げたルールなのだろう。福島も今回の安全保障の問題も貧富の2極化も、強いものに巻かれまくる役人の責任は大きい。僕はそんな役人達を「厄人」と呼ぶ。
 




2015年09月13日(Sun)▲ページの先頭へ
一本
 「どうだ、参ったか!」剣道か柔道で一本取った感じだ。
 牛窓工場の人達はもう何回も和太鼓のコンサートに行っているが、どうも〇〇工場のかの国の女性たちは興味がないらしい。一人通訳の女性だけがとても気に入っているが、過去何度誘っても他の女性は遊びのほうがいいらしい。僕もさすがに日本の文化に興味を示さない人達のために出費できないから、もうあの工場の人は誘わないことに決めていた。と言うより接触するのも避けていた。
 ところが今日、赤磐市の普門院と言うお寺で行われたGONNAの和太鼓コンサートに牛窓工場の人を7人連れて行くはずだったのだが、急遽仕事が入って二人行くことが出来なくなった。そこで〇〇工場の女性4人を牛窓工場の女性がわざわざ誘って一緒にコンサートに行った。(僕が誘っていたら断わられたと思う)お寺の境内で演者ととても近いところで聴くことになるから、一挙手一動が見え、汗の滴るのまで見える。迫力と臨場感、それと山に抱かれた由緒あるお寺と言う舞台も整って、かなり衝撃を与えたらしい。演奏が始まってすぐ驚きと感動の表情をしていたし、途中、楽しい演出にもノリノリで応えていた。途中の休憩時間にはメンバーと一緒に写真を撮ってもらったり、来月帰る女性たちは、カメラにも心にも思い出を収めていた。
 コンサートが終わってから、寮に寄せてもらってカメラで撮った動画をコンサートに行かなかった女性たちが、顔をくっつけながら見入っていた。言葉が分からないから、参加した女性たちがどのように報告したのか分からないが、今年あと4ヶ月の間に5回分の和太鼓コンサートのチケットを8人分ずつ確保していると言うと「行きたい」「行きたい」と言う声が上がったから、「どうだ、参ったか」と言ってやりたい心境だった。
 日本の商品文化しか目にせずに帰ってもらっては、思い出が薄っぺら過ぎる。暴買などと言う下品な行為や言葉とは全く縁のない働き者たちに何年も残る思い出を作ってあげたい。


2015年09月12日(Sat)▲ページの先頭へ
 あれは幻ではない。1秒にも満たない時間かもしれないが、その光景に僕の思考は十分ついていっていたのだから。これは日本中で多くの人の目に留まって大騒ぎになっているのではないかと慌てて家に帰ってパソコンを立ち上げたのだが、その話題は皆無だった。となるとあれは単なる流れ星だったのだろうか。今まで流れ星を見たことは何度もあるが、あんなに大きなものはないし、形が卓球のラケットみたいなのも見たことがない。最初はいつものようにほとんど線のように流れたのだが、消える寸前に大きくなってラケットのようになった。そもそもなぜか高度もいつも見ている星のものではなかった。もっと低いように思えた。飛行機と見間違えたかなと思うくらいの高度のように見えた。僕の頭の中では飛行機?流れ星?の二つが浮かんだのだが、家に急ぐ間に、ひょっとしたら人工衛星が大気圏に突入して燃え尽きたのではないかと言う新たな考えも浮かんだ。もっとも僕はその光景を見たことがないから、単なる想像でしかないが、飛行機でもない、流れ星でもないとなると、少ない知識ではそのくらいしか思いつかなかった。
 夜空を眺めながらウォーキングをする利点は、何も考えないこと。無心と言ってもいいかもしれない。1日を終えたという安堵感もあるのかもしれないが、時折飛行機が通るくらいしか変化がないのがいいのかもしれない。その点朝のウォーキングとは異なる。そんな変化のないキャンパスに、星が飛べばすぐ気がつく。めったにないそんな瞬間に立ち会えるのが、夜空を眺めながら歩く意図しない楽しみかもしれない。


2015年09月11日(Fri)▲ページの先頭へ
腐敗
 職場の人間関係で被害者の側に立った人の抱えるトラウマはかなりのものがあるらしい。今だ買い物に行って出会いでもしたら、動悸がするほどらしい。もう会社を去って同じ社会人なのだから何の遠慮も要らないはずなのに萎縮してしまっている。僕はいつまでやられる側に立つのだろうと歯がゆくなるので「ぶっ殺すぞ、てめえ!」と胸座でもつかんだらと言ったのだが、根っからのおとなしい性格の彼女には到底できそうにない。ただ僕はこの考え方を変えるつもりはない。学校時代のいじめも、社会に出てから倍返ししたらいい。どうせ社会に出たらいじめられていたほうが社会的な地位を得ているほうが確率が高いのだから、ありとあらゆるネットワークを駆使して「教えてやる」といい。
 さてこの女性は、お腹の不調を相談してくれたのだが、本人が思っているほど深刻ではない。いわゆる過敏性腸症候群だと思っているらしいが、僕に言わせれば単なる腐敗だ。アホノミクス張りの腐敗だ。38.5℃の体の中に、肉や魚を閉じ込めていれば腐敗するに決まっている。真夏日に戸外に肉や魚を並べているのと同じだ。腐らないわけがない。僕はお腹の中が真夏の炎天下になっただけだと分かっているので、ややこしい漢方薬は作らずに、とてもシンプルな処方にした。ウンチも甘酒も味噌も納豆も発酵がいいのだ。腐敗とは似て非なるものだ。アホノミクスとヒトラーの関係ではない。あの2人は似て同じなのだから。
 長い間この仕事をしていると、医学の正論だけでは測れない事実を見つけることが出来る。専門家に言えば馬鹿にされそうなことだが、現実には多くの人の役に立てる。学術的には未熟でも、市井の人が健康を取り戻せばいい。命に関わることはお医者さんに任せ、日常を楽しく過ごすことが出来るお手伝いが薬局レベルだ。腐敗した腸を持った腐敗した人間が増殖しているのをひしひしと感じる今日この頃、熟成した心の持ち主と出来るだけ多く出会いたいものだ。


2015年09月10日(Thu)▲ページの先頭へ
移住
 二組の家族が牛窓に住みたいから、家を探している。何か良い情報はないですかと、その二組の知り合いから頼まれた。この町にとってはとてもよいことなので喜んで協力すると約束した。早速僕は来る客来る客、空き家の情報を持っていないか尋ねた。当然過疎地だから全国に負けないくらい実際には空き家は多いのだが、具体的な情報はなかなか集まっては来ない。幸い僕は薬局に来る人とはとても親しいので、誰もが親身に相談に乗ってくれる。その中でもかなり希望に沿えるものを紹介してくれた母娘がいる。漢方薬を作る前に体調の話しどころではなくなって、考えた挙句条件にうってつけの2軒の家を思いついてくれた。僕もその親子も同じ部落に住んでいるのだが、やはり土着の人の情報量はすごい。言われて初めて気がつく物件だった。しばしばその前は通っているのだが、家人が既にいなくなっていることには気がつかなかった。
 そこで早速僕の部落の一番の世話係に相談した。すると彼もまたよい事だからと言って家主にあたってみると言ってくれた。それどころかもっといい物件をも紹介してくれた。そこもついでに当たってみると約束してくれた。そしてなんと翌日には貸してもいいと言う家主の承諾も得てくれた。
 結局、僕が頼まれてからわずか3日で段取りの全てが終わった。後は家主と借り手との交渉だ。僕の役割はほぼ終わった。この一連の流れを見ていた娘が「上手くいく時は上手くいくもんじゃなあ!」と言ったが、そうではない。最後にあの世話役が登壇したからこんなに簡単に話が進んだのだ。彼がいなければいつものように四苦八苦していただろう。情報を集めるだけで終わっていたかもしれない。やはり彼が信頼されているから、家を貸したこともない人が決心してくれるのだ。なかなか経験がない人にとって家を貸すことは敷居が高いが、それを低くするだけの信頼を彼は勝ち得ている。それ以外に今回のとんとん拍子は考えられないのだ。
 今まで数組に牛窓に来てもらったが、僕の限られたネットワークが偶然上手く機能しての結果だ。だが今回頼んだ彼は僕どころのネットワークではない。実力があるのにそれを微塵も見せない、何処にでもいるようでどこにでもいない人物にこれからは相談を持ちかけて、もっと多くの移住希望者を受け入れようと思った


2015年09月09日(Wed)▲ページの先頭へ
救急
 嘗て薬剤師の講習会で訪ねた事があるが、記憶を呼び起こすことは出来なかった。恐らく30年位前に訪ねただろうから、建て替えられているのかもしれない。なかなか大きな総合病院だ。
 夕方施設から母を救急で労災病院に搬送したと連絡があった。高い熱と酸素濃度が70%台と言うことで、施設では対応できないから救急を依頼してくれたらしい。僕も病院に駆けつけるように依頼されたので、カーナビを頼りに駆けつけた。記憶ではずいぶんと遠くにあったように思うが、40分もかからなかったように思う。着くと既に母は色々な検査を受けている途中で、ずいぶんと長い時間待った。
 その後、処置室に呼ばれ母の容態の説明を受けた。だいたい想像はしていたが、軽い肺炎と、もともと心臓に水がたまっていると言う所見だった。行く前に息子が心不全が悪化したのではないのと電話で話していたが、やはり心臓に問題ありだった。入院が必要らしくて、色々な書類にサインを求められた。中には急に容態が悪化したときに、救命措置をとらないという誓約書があった。僕は当然それにサインした。お医者さんに「すーっと逝かせてやってください」と言うと、えらい受けていた。
 その後、母はストレッチャーに乗せられて6階の個室に入った。6階のエレベーターのドアが開くや否や、6階の看護師さんが3人やってきてストレッチャーを押してきた看護師と引継ぎをした。それからその3人のてきぱきとした動き、患者や家族に対する丁寧な態度に感心させられることしきりだった。
 やはりどの職業でも人材は大きな企業に集まるのだろうか。そもそも集まる人がよかったのか、後の教育がよかったのか分からないが、心地よい応対に患者も緊張感が取れるのではないかと想像に難くなかった。モンスター患者が増える御時勢に、ナイチンゲールでい続けることは難しいが、せめて演技でもプロフェッショナルを貫いている姿には頭が下がった。


2015年09月08日(Tue)▲ページの先頭へ
難民
行列をなしている人達は、プライド高き人達で、決して何かが劣っているわけではない。偶然生きている場所と時間が作った状況と戦いながら生き抜いた人達だ。その人達に必要なのは同情や哀れみではない。友情だ。同じ行為をしても、同情や哀れみと、友情とでは全く意味が違う。そしてそれは当然透けて見える。だから、市民が行列に向かって行っている行為に、ヨーロッパの良心を見た。
 ただ当然といえば当然だが、自分達の優越性にすがらなければ、彼らを脅威と感じてしまう人達が出るのも当たり前だ。人に心底優しくなるために一番手っ取り早いのは、自分が恵まれていると思えることだ。教育でも経済でも、社会的なかかわりにおいても、自分が相当恵まれていると感じることが出来れば誰にだって親切でおれる。ただ、自分のうちに劣等感を抱えていたら、やはり牙を剥かざるを得なくなる。誰かを見下し自尊心を満たすことでしか、自分の平静を保てない人達も当然多く存在する。アホコミがどちらに焦点を当てているのか知らないが、早晩この国もそうした選択から免れることが出来ない状況がやってくる。
 今、難民ではないが、研修生などと言うわけの分からない肩書きで人間を輸入しているが、それらの人達が何処の街でも溢れ返った姿を想像してみよう。友情を培う人になるのか、或いは彼らの勢いに不安を感じ排他的になるのか。僕が親しくしているかの国の人間が、どうも数人がかりで3人を死傷させたらしい。何が原因か知らないが、こうしたニュースに接すると、自分の国で起こっている年間数千件のこの種のニュースを差し置いて、彼らを蔑み恐れる気持ちが湧いてくる。あれだけ多くの友人を持っている僕でさえ不快になるのだから、一般の人達が距離を置くようになっても仕方がない。
 多くの人が自由に国境を行き来している現在、果たして国なる物が必要なのかどうか。ひょっとしたら、それが必要なのは国を食い物にしている人間達だけで、食い物にされている人間たちにとっては、さほど必要でないのかもしれない。
 苦渋に満ちた顔が一晩で笑顔に変わる、その逆ばかりだった人たちに幸せあれ。そして爆弾を落とす奴等に天罰よ下れ。


2015年09月07日(Mon)▲ページの先頭へ
萎縮性胃炎
 ある病気で紹介されて来た男性を問診していた。体格もいいしよく働くし、何処が悪いのかと思うくらいだった。良く話もするし、丁寧で気配りも出来る人だ。病院の薬も飲んだことがないくらいだが、ある一つの不調で日常がかなり憂鬱なものになっている。生来の頑張り屋さんが災いしているのはすぐに分かったが、どこかいまひとつ処方を決めるのにすっきりしなかった。そこで話題を変えて、正面からではなく横から観察してみようと思った。
 明るくて雄弁な人にストレスはありますかと聞き辛いが、敢えて尋ねると、ないと言った。即座に答えたから本当にないのかもしれない。でもあまりにも整いすぎている事が気になったので、出かける前の火の元の過剰な確認作業や鍵のかけ忘れの不安感や高所恐怖症があるかどうか尋ねてみた。するとすぐに高所恐怖症があると答えた。これは僕にはとても腑に落ちた。何かないと今抱えている症状が治らないはずがないと思ったのだ。これで恐らく相談された症状は取れると思う。
 そもそもその男性は高いところは先頭になって上っていた人らしい。ところがある時、15mの高さのところで足場が外れて、片手でロープを持ち片手で道具を持ってぶら下がったことがあるらしい。よほど大切なものだったらしくて落とすわけにも行かなかったらしい。で、結局は落ちずにすんだらしいがそれ以来高いところはダメになった。それだけの経験があればさすがにトラウマとなって、恐怖心で満たされるだろう。
 僕も高いところは苦手だが、僕は高いところだけではなく高尚恐怖症もある。これが結構トラウマになっていて知性の塊、宗教心の塊、道徳心の塊のような人を見たら萎縮してしまう。そして何も言えなくなる。医学の世界ではこの症状を「萎縮性言えん」と言う。


2015年09月06日(Sun)▲ページの先頭へ
一角
 ついに一角が崩れた。と言っても僕が勝手に三角を作っていただけなのだが。
 携帯電話を持っていないのは、漢方の先生と高山にいる僕の先輩、そして僕。3人で三角形を作っていた。三角形は安定するらしくて、僕は漢方の知識、と言うより薬局で人を治すための知識のほとんどを教えていただいた先生と、学生時代、ある価値観を一緒に行動することによって教えてもらった先輩とで、勝手な安定を満喫していた。こんな田舎の薬局でもやっていけるのは、治療の結果に満足してくれる人が多いのと、人を差別しなくて、むしろ虐げられている人に親近感を持てる価値観を学生時代に身につけたおかげだと思っている。この二つのどちらかが欠けても、今の僕の生活のスタイルはない。それどころか薬局もなくなっていたかもしれない。
 そんな一角の漢方の先生が今日講演の中で突然、携帯電話を買ったと言われた。正確に言うと買わされたと言うべきか。先日大阪大学のある施設を訪ねた先生がそこで迷子になって、目的の施設にたどり着くまでかなり苦労されたそうだ。そのことを家族に話すと息子さんが、携帯電話を今時持っていない人はいない。迷い子になるようだったら是非持つべきだといわれたらしい。そこでしぶしぶ買われたみたいだが、これで一角がなくなった。
 自分の意思で持たないと決めても、若い人達から見れば頼りなく、何か安全を担保するものが欲しいのだろう。確かに緊急を要する出来事が起これば便利この上なく、安心もこの上ないかもしれないが、やはり僕はまだ抵抗がある。四六時中、電磁波を身近に置くのも怖いし、自由を侵害されるのも怖いし、電車の反対側の座席の人間が全員携帯をいじっている都会の光景の中に自分が収まるのも怖い。
 三角がついに直線になったが、次は点になるかもしれない。その点に僕と先輩のどちらがなるのか分からないが、ことこれに関しては先輩はしぶといと思う。どう考えても先輩が携帯の画面をのぞいている姿が思い浮かばないのだ。自由とか、自然とか、優しさとか、そんな言葉しか思い浮かばない人だから。


2015年09月05日(Sat)▲ページの先頭へ
土曜日
 どうも留守番は年寄り?年長者がするのが相場みたいで、今夜も僕ら夫婦がするらしい。仕事が大好きだからそれは一向に構わないが、出し物の中に和太鼓があるとなると心は千々に乱れる。
 理由は知らないが、息子の職場で今夕花火大会があり、屋台は勿論、踊りやカラオケ、果ては備前長船太鼓の舞台まであるらしい。何時に和太鼓の舞台があるのかわからないが、仕事が終わってからでは恐らく間に合わないだろう。何処からそんな経費を捻出するのか知らないが、豪勢なものだ。周りが田んぼだから花火を打ち上げることが出来るのかもしれないが、周りの民家から苦情が出ないのが不思議だ。それだけ職場が信頼されているのだろうか。牛窓みたいに海上から打ち上げられる花火をもっぱらとしている「われは海の子」にとってみれば、いささか心配な花火だ。
 帰りは酒を飲んで車を運転できないからと、娘夫婦が送って行った。まだ明るいうちから、一人薬剤師はいささか不安だが
おかげでその後はほとんど漢方薬お患者さんばかりだった。処方箋調剤はかなりの作業をコンピューターに依存するからほとんどついていけなくなっている。ただ土曜日は多くの病院が休みだから処方箋が回ってくる確率は低い。土曜日大好き。昔は毎日が土曜日だった。 


2015年09月04日(Fri)▲ページの先頭へ
土鳩
 1枚の葉書が届けられた。全く予想していなかったもので、その施設の良心が伝わってきた。こうした何気ないサプライズに胸を打たれる。
 葉書には上下に2枚の写真が印刷され、上段は5月3日に傷ついて飛べなくなった鳩を段ボール箱に入れて持参し、保護をお願いした時の写真で、下段は施設の止まり木で羽ばたいている写真だ。そして手書きで各々に「保護当時」と「放鳥前」と記されていた。そして「2015・5・3に保護したドバトが野生に帰りました。これからも彼らが生きていけるような環境づくりにご協力お願いします」と添えられていた。
 近所の人が捨てる現場を娘が偶然目撃して連れ帰った鳩だが、3日くらい一緒に暮らすと情が移るものだ。特別鳥が好きなわけでもないが、飛べないから諦めてか、それとも人間に飼われていたのか、僕を恐れることなく、手のひらに載せた麦などを元気に食べた。だから、インターネットで見つけた岡山県鳥獣保護センターに持っていくとき、正直寂しかった。ただ、センターのドアを開け、中から出てきた若い女性を見た瞬間、この鳩が助けられるという確信を持って、寂しさが希望に変わった。その女性は、人間社会より、動物の社会のほうが居心地がよいのではと思わせる雰囲気を持っていた。必然的にその職業を選んだ人のようにさえ見えた。
 実は今朝、いつものように早朝テニスコートを歩いていると、頭上を2度一羽の鳩が飛んだ。そしてテニスコートの支柱に止まると、例のクークルクル、クークルクルと言う山鳩特有の鳴き声を上げ始めた。山鳩をこんなに身近に見ることは出来ないので、驚かさないようになるべく接近して眺めた。山鳩って全く模様がないのだ。下から見ると濃いねずみ色のように見えた。もしそうなら僕にとっては大発見だ。幼い時に預けられた母の里では毎日山鳩の声で起こされていたのに、決して姿を見ることはなかったから。
 何か今日の手紙を予感していたような朝の光景だったが、ひょっとしたらあの鳩は・・・



2015年09月03日(Thu)▲ページの先頭へ
乾杯
 咳が止まらないという女性が、漢方薬を作ってもらう間に、近所のドラッグストアに御主人の酒を買いに行ってくるといって出かけようとしたから、僕にも1缶買ってきてと頼んだ。僕が頼んだのはジュースのようなお酒で、毎日曜日1週間働いた御褒美として飲んでいるもので、分類が分からないから、女性に説明するのに苦労した。ジュースのようなお酒とか、カルピスにお酒を混ぜたようなものとか、酒飲みの御主人を持っている女性にはなかなか理解してもらえなかったが、結局10分後には僕がお願いしていたジャンルのお酒を2缶買ってきてくれた。お願いしていたのは1缶なのに2缶買ってきて、お金はいらないと言う。理由は、僕が平日わざわざお酒を飲む理由を話したら、自分と重なるところがあったと見えて、とても喜んでくれ、私からもお礼と言って、もう一缶をくれたのだ。赤の他人が、それも関西に住む見ず知らずの女性の為に、お礼を言ってくれるなんて不思議かもしれないが、心を病む苦しさを知っているからこその喜びの共有だったと思う。関西の女性が13年かかってやっと克服してくれた喜び、地元の女性が心からそれを喜んでくれた驚き。やはり僕はそういった意味では恵まれているのかもしれない。田舎の人に薬剤師として育てられ、田舎者のような都会の人にも利用してもらい、精神も処方も営業方針もいたずらに誰にも迎合することなく、薬局を営み続けられている。

 「おはようございます。お元気ですか?こちらは大変調子が良いです。出かける前の下痢なんかはまだあるんですけど、咳払いなどが聞こえなくなり気持ちがすごく楽になりました。なんかすごい不思議な感じです。病気の期間がすごく長かったので、ちょっと信じられないくらいです(笑)。お尻から臭いが漏れるっていうのは無いんだと思いました。でも急にお薬をやめるのは怖いので、またお願いします。土曜日着でお願いします。」

 午前中にこんなメールが入ってきた。勿論送り主を僕はよく知っている。幼いときからいわゆるガス漏れで、学校も途中から行っていないどころか引きこもっていた女性だ。僕がまだそんなに多くの過敏性腸症候群の患者さんを抱えていない頃で、一人ひとりをとても丁寧にお世話しながら、研究していた頃だ。カルテを見ると13年前から僕の漢方薬を飲んでいてくれている。13年目にして初めてガス漏れが完治したみたいだが、勿論途中は色々な症状は解決してもらっている。唯一残っていた症状が消えこれでほぼ完治だ。もろもろの症状が改善するにしたがって、外出、車の免許、就職、結婚、出産と全部を手に入れた。ここでPTAの役員などが回ってくる寸前での完治だから、「間に合った」

 「今作って送りました。待ちに待った報告です。とても嬉しいです。喜びをスタッフで共有しました。カルテを見ると13年間の付き合いですね。何も特定できる言葉を入れないから、この素朴な気づきをホームページにのさせてくれませんか。きっと多くの人が勇気をもらえると思います。さっきも学校に行けたとあるお母さんから電話をもらいました。皆治って欲しい。素直にそう思います。ヤマト薬局」
 
 僕はその女性をよく知っている。と言うのは、結婚式に招かれ、その後も、御主人とお子さんを伴って何回か訪ねて来てくれるから。そもそも最初は僕が電車で県外まで会いに行った人だ。最初に会って相談したときのことをかなり詳しく覚えている。過敏性腸症候群がこんなに人の青春を、いや人生を害するものかと驚かされたものだ。衝撃的な出会いは、僕に真剣に取り組まなければならないことを教えてくれた。

 「こんにちは。ホームページに載せてもらっても大丈夫ですよ。13年も経つのですね…大変お世話になりました。それにしても調子が良くなってから何か変な感じです…15歳の時から過敏性だったし、自分では今までと同じだと思うのですが、とにかく周りの人が気にならなくなっただけで全然世界が違います。本当に不思議な感覚です。この状態を維持していくために漢方薬はしばらく続けようと思いますので、よろしくお願いします。」

 彼女が許可をくれるとは思っていなかった。今までは警戒心が強かったから、絶対特定不能の内容でも躊躇って断られていた。でも、こうして許してくれたこと事態が、過敏性腸症候群の卒業試験に合格したようなものだ。もう大丈夫だ。理性が今やっと感情に勝った。これこそがガス型の目指すべき最終到達点なのだ。
 今夜は1人で「ほろよい、みぞれいちごサワー練乳仕立て」で乾杯。(商品名長すぎ!)


2015年09月02日(Wed)▲ページの先頭へ
自画自賛
 ひつこいようだが、アホノミクスのネーミングは僕が絶対一番早かったと思う。すぐに思いついて、頻繁に利用した。浜先生がアホノの前にドをつけたのにはなかなかやるなと競争心を煽られたが、アホコミで差をつけることが出来たと思っている。そして今日発表するネーミングは、オリンピックのエンブレムで盗用しまくりの人間など、よりつけもしないだろう独創性を誇るし、その前に権力にこびないところがいいと自分で思っている。そもそもヤマト薬局を利用してくれる人は、そんなに世の中で上手く行っている人たちではない。庶民の利用する薬局の中で生まれる言葉だから、発生自体が、権力にあがなうものになるのは当たり前だ。権力に擦り寄るあの巨大組織にささげる僕のネーミング。アホノミクスのあの抜け顔のお友達が威張り腐って、そしてすぐに組織も腐ってしまったあの巨大組織「犬あっち行けい」
 今日ブログで発表しようと準備をしているときに、インターネットで面白い記事を見つけた。同じように考えている人間は今、日本中でかなりいると思う。ただ、記事に登場する人達が実際に行動に移している事が痛快だ。小さな反撃でも積み重ねれば、いずれ打ち首獄門まで持っていける。


 問い合わせ殺到 「NHKだけを受信しない装置」とは、NHK放送の周波数帯のみを阻害する回路を加えたアンテナフィルター
商品名は「iranehk(イラネッチケー)」。これまで約250個を販売。周波数帯域が地域によって異なるため、現在は関東地域の地上波とBS波に対応したものだけだが、これまでに約250個が売れた。価格はいずれも約5千円。2014年7月からネットで販売を開始したところ、全国から「ほしい」との声が寄せられ、15年8月末から大阪版と中京版の販売も開始する。
(筑波大・掛谷准教授の研究室に所属する学生が開発)「NHKと受信契約しない自由を国民に提供するため」(掛谷准教授)
 市民団体「放送を語る会」が2014年8月末に公表した、集団的自衛権をめぐるNHKや民放の主な報道内容(5月15日〜7月6日)を比較したモニター調査では、「ニュースウオッチ9」で「政府与党の主張の紹介が放送全体のおよそ7割を占めている」という結果が。NHK報道スタンスに変化? 「政府寄り」怒る市民団体・・・「広報と報道は違う。最近のNHKの番組は、(政府の)広報番組」と視聴者。最近のNHKの番組は、広報番組だ」とする意見が聞かれた。


2015年09月01日(Tue)▲ページの先頭へ
食い物
 ほとんど実益よりも小さな旅行の意味も含めて、県外の医者対象の漢方の勉強会にもしばしば出席する。医者の世界は見ていて歯がゆいことが多い。立派な人が多すぎるのか、なぜかよそよそしい。形式ばっている。僕がお世話させていただいている薬剤師だけの勉強会など、そもそも先生がとても砕けた方なので、教えてもらうほうもそれにつられて砕けてしまって、医者が見ると許せない光景かもしれない。ただ正直、その砕けた先生に教えていただくほうが、堅苦しい先生方に教えていただくより、数段、いや比べ物にならないくらい価値がある。
 お医者さんの勉強会に出席していて、講師は毎回違うのだけれど、同じような嘆きを聞いた。それは漢方を標榜しているお医者さんの病院の前に開いている薬局が、煎じ薬を作りたがらなくて、粉薬に変えてくれと言わんばかりらしい。理由は簡単だ。薬価と言って国が定めた生薬の値段が、実際に問屋から購入する薬の値段より安くなったからだ。簡単に言えば以前同じ薬を作って貰えていた手数料が目減りしてきたってことだ。目減りしたといっても僕に言わせれば微々たるもので、目くじら立てるほどのものではない。今まで過分な報酬を頂いているのに、少しは世の中に還元しろといいたいくらいなレベルの話だ。
 粉薬も粉薬で僕に言わせれば疑問がある。どうしてどんな患者が来ても同じ包装(g)のものを出すのだろう。薬を何グラム使えば効くかとどうして考えないのだろう。年寄りでも若者でも、男性でも女性でも、太っていてもやせていても、夏でも冬でも、いつもあの光り輝く包装のまま患者に手渡す。僕も息子に「どうして包装のまま出さないの?」と尋ねられたことがある。その答えは2ヵ月後、実際の患者さんが彼に教えてくれた。数年間皮膚病で皮膚科にかかっていた患者さんに、息子が漢方薬を出した。少しは良くなったがそこから改善しない。僕は処方は正しいと思ったから、6g出していたのを、6.1gにしてみたらと助言した。すると数日後から、停滞していた皮膚病が一気に動き出し、ケロイド状態まで改善して1ヶ月で劇的にきれいになった。「0.1gで違うんだ」と息子は驚いていた。こうした作業は薬剤師だから出来ることだ。輪ゴムで止めて、分かったような指導をして、コンビニ店員が数時間も働かなければ手に出来ないような報酬をわずか数分で得る職業の人間が、仮にも処方箋を出す医師に損とか得とか言うべきではない。医師もまた患者さんのほうばかりを見ていればよいと思う。門前薬局と利害関係で結びついているからこんな話が漢方の講演の中でも出てくる。
 生薬と言う限りある資源がお金のために食い物にされている。


   


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