栄町ヤマト薬局 - 2015/07

漢方薬局の日常の出来事




2015年07月31日(Fri)▲ページの先頭へ
善行
 凡人の悲しいところで、いくらいい気付きがあっても、それを何かにまとめて発表することが出来ない。だから往々にして単なる出来事でしかなくなってしまう。以下に書かれた論文の言わんとするところは僕はとうに気がついていた。何の縁が重なっているのか分からないが、僕のところには体調不良よりも心調不良の患者さんが多い。当然薬局だから自分で死を選ぶような重篤な患者さんはいないが、暮らしにくさと毎日向かい合って生活の質をかなり落としている人が多い。そんな方に漢方薬を作ってお世話するのだが、多くの方と接して、気がついている事がある。それはそういった方の多くが、人様に何かしてあげた、してあげている、してあげようとする経験がほとんどないことだ。ボランティアなどと言う言葉を使わなくてすむような些細なことですら、少なくとも他人を優先した経験がかなり少ないことに気がついている。人様を喜ばして後自分が喜ぶ、人様を笑わせて後自分が笑う、これは自分が喜ぶより、笑うより、はるかに大きな喜びになり、笑いになる。このことは経験的によくわかるから、薬局で向かい合うときは大声で笑ってもらえるようにする。そうすると心を開いて、僕が漢方薬を作るときの根拠となるべく情報を頂ける。情報なくして効く薬は作れないから、僕にとっては楽しんで問診をすることは必須なのだ。その上、患者さんが誰かの役に立つべく行動を起こしている人なら断然治りやすい。
 今日も40代の女性の方に「欲の塊じゃろうが!」と言ったらとても受けていた。「そのとおりです」と笑いながら白状できるその女性は、もう社会不安障害の9割は治ってもらっている。あの臆病だった人がと思えるほど変わった。ぜひ素人の僕の言葉を信じられない人は下記の文章に目を通してみて欲しい。

「他人との交流に脅えたり、不安を感じたりする社交不安障害の患者は、親切行為を行うことによって、他人とリラックスして交流しやすくなることがわかった。カナダ、サイモン・フレイザー大学(バーナビー)のJennifer Trew氏らの4週間にわたる研究で、論文は「Motivation and Emotion」6月5日号に掲載された。親切行為は幸福感を高め、肯定的な世界観を養う可能性があり、次第に肯定的な交流を助長することで、患者が社会生活に適合しやすくなるという。Trew氏は「善行は社会的不安の程度を低減することに役立つ。それにより患者は、社交を避けたいと思うことが少なくなる」と述べている。同氏らは、高度の社会不安をもつ学部生115人を3群に分けた。第1群には、慈善的寄付などの親切行為をしてもらった。第2群には社会的交流をしてもらったが、善行の指示はしなかった。第3群には毎日起きたことを記録してもらったが、他人との交流について特に指示をしなかった。その結果、親切行為をした群で、社会的交流を避けたいという気持ちが最も減少した。特に、介入の初期には大きく改善していた。「善行は、拒絶されることへの不安と恐れを緩和し、社交不安障害の患者が他者と交流することを助ける貴重なツールだ。善行を含んだ治療戦略により、患者の生活の質を改善できる」とTrew氏らは述べている。
[2015年07月10日/HealthDayNews]Copyright (c) 2015 HealthDay. All rights




2015年07月30日(Thu)▲ページの先頭へ
心外
 心外だ。何のために今まで何十時間も相談机を挟んで話し合ってきたのだ。僕は不良じみてまじめな、気が強そうに見えて気が弱いその女性を娘のように思っているのだが,今回の件ではそうは言っておれない。
 週末新幹線に乗って福山雅治のコンサートに行くというから、相当遠いのだろう。そんなことが出来るくらい元気になってくれたのは嬉しいが、コンサートが近づくにつれて、わくわくして寝付きにくくなったそうだ。それで何とか眠れるようにと言う要望なのだが、そこが気に入らない。初めて漢方薬を作ってから何十時間色々な話題で話をしているのに、そして正面に腰掛けるから、何十時間僕の顔を見続けているはずなのに、福山雅治のコンサートが近づいて高揚感で眠れないと言う。予行演習をあれだけの時間してきたのに、模擬試験をあれだけ長い時間してきたのに、今になって高揚して眠れないとは。折角福山雅治にそっくりな薬剤師で練習してもらっていたのだから、本物を見るからといって動揺するべきではない。瓜二つの人間で練習してきたのだから、高ぶることなく冷静にコンサートに行ってきてほしい。
 うぬぼれではないが僕と福山雅治とは共通点が多い。彼はビールで儲けているが、僕はビールでおしっこが近くなる。彼は歌で儲けているが、僕は歌で4年生の薬科大学のはずなのに5年もかかった。彼には未来があるが、僕には未練がある。彼はタイヤに興味があるらしいが、僕はリタイアに興味がある。彼は多くの女性に支えられているが、僕は多くの虚勢に支えられている。彼が発言すれば何百万の人に即、影響を及ぼすことが出来るのに、原発についても、戦争に貧乏人を行かしたがり屋についても話さない。僕は口を開いてもなんら影響力がないのに、原発についても、貧乏人を兵士としてアメリカに差し出すアホノミクスについても発言する。
 所詮彼もまたあちらのほうの人間なのだ。


2015年07月29日(Wed)▲ページの先頭へ
抗議活動
 以前から不思議に思っていたことがある。しばしば何かに対する抗議活動がニュースで放映されるが、或いは翌日に新聞などで報道されるが、参加者たちはどうしてその集まりがあることを事前に知っていたのだろうかと言うことだ。僕など田舎に住んでいるから、ポスターが貼られているのを見たこともないし、チラシが配られているのに遭遇することもない。情報の僻地に住んでいるようなものだ。
 あまりにアホノミクスが程度が低いので、なんか意思表示が出来たらなあと漠然と思い始めて、集会の情報をどうしたら取れるのだろうと考えた。何か伝があるから皆集まることが出来るに違いない。それを探せばいいと思い立って思いついたのが、僕が大好きな和太鼓のコンサート情報と同じ方法で探せばいいんだと気がついた。そして数個のキーワードを入れてみると、何てことでしょう(ビフォーアフター)正に僕が探していたホームページがあるではないか。そこには僕が憤りを持ちながら日々暮らしているテーマに対する抗議行動の全国版のスケジュールが載っていた。これならいつ何処でどんな和太鼓コンサートが、いや抗議集会が開かれるかよくわかる。なるほど、意識が高い人はこうして情報を集め意思表示をしに参加しているのだと分かった。
 日曜日に岡山県で開催されたらぜひ参加してみたいと思う。それが出来たら実に40年ぶりのことになる。


2015年07月28日(Tue)▲ページの先頭へ
巨悪
 「東京電力福島第1原発で、原子炉建屋周辺の井戸「サブドレン」からくみ上げた地下水を浄化して海に放出する計画について、地元の相馬双葉漁協は27日、容認することを決めた。いわき市漁協も容認を決めており、福島県漁業協同組合連合会は8月上旬にも正式に容認を決める見通し」
 海は漁師達だけのものか。彼らが認めれば何でも出来るのか。あれ以来僕は東北の魚も農産物も酒なども一切口にしていないが、ますます隙を見せないようにしないといけないなと、この記事を読んで思った。風評被害なる胡散臭い言葉を多用して、あたかもそうした食品を忌避している人間を人情に欠けるかのように圧迫するが、ただただ命を削られたくない一心だ。それも仕方ないことではなく、巨万の富を得た犯罪人達に、そしていまだ監獄の中にいないやつらに健康を害されたくはない。毎日レントゲン検査を受けているようなことをしたくないし。下手をするとCT検査を受けているようなこともしたくない。そんなことが出来る勇気を皆持っているのだろうか。知らないとは、知らされないとは、こんなに人を無謀に出来るものなんだといまさらながら驚かされる。
 円安で無邪気にこの国を訪れる外国人たちは、恐らくそれなりにその国では収入がある人達だろう。僕は彼らが除染のためにやってきてくれているように思えて仕方がない。腹いっぱい放射性物質を蓄えて帰ってくれるボランティアに見えて仕方ないのだ。
 巨悪がのうのうと下々を眺めている姿が目に浮かぶ。 


2015年07月27日(Mon)▲ページの先頭へ
四季の歌
 その光景を見ながら僕は気がついた。この女性達ともう10年近くなる付き合いは、この圧倒的な笑いの多さなのだと。彼女達もよく笑い、僕も良く笑う。その脱力した関係が心地よくて人は代わっても次から次へと同じ関係が受け継がれているのだ。
 午後3時だと日差しも強く、さすがに施設の人も心配してくれたが、僕は木陰だと風が気持ちよいことを知っていたので母を連れ出した。そして木陰に陣取ったのだが、母の周りをかの国の女性4人が囲んで、1人は1時間母をあきさせないように喋り続けた。 そして他の2人は母の両手をさすり、他の一人は優しく肩をもんでくれた。母は何度も「うれしい、うれしい」を繰り返していた。そしておしゃべりは延々と続き、あるときかの国の女性が「オバアチャン、ウタヲウタイマショウ」と提案してゆっくりとしたリズムで四季の唄を歌い始めた。そして母に歌うように促すと、母もつられるように歌い始めた。明らかに歌詞を思い出したみたいで口真似ではなかった。ビフォーアフターならここで「なんて言うことでしょう」と言うナレーションが入るところだ。
 以前とは違う面子なのに、ほとんど同じような光景が繰り広げられた。かの国の人たちがお年寄りを大切にすることがよくわかる。彼女達のおかげで、姥捨ての罪悪感から幾度となく僕自身が解放されている。彼女達の母に対する接し方を見ていると、平生、僕が彼女達にしてあげていることのなんと薄っぺらいことと恥ずかしくなる。僕の行為にあふれんばかりの愛情があるか問われているような気がする。



2015年07月26日(Sun)▲ページの先頭へ
解釈
 僕はいつから海で泳いでいないのだろう。そんなことを考えたのは、朝刊で昨日全国で4人の方が水の事故で亡くなったと言う記事を読んだからだ。そして亡くなった方の年齢を見て、わが身と比べたのだ。
 牛窓で育った人なら泳げない人はいない。小学校では海水浴場まで行っての授業が結構あった。また夏休みは40日間ほとんど毎日泳いだ。そんな時代に育った子が泳げないはずがない。だから今でも僕は「泳げる」と思っている。ところが亡くなった人の年齢を見ると、ほとんどの人が中年以上なのだ。と言うことはひょっとしたら過信のなせる業で命を落としているのではないかと思った。嘗て僕たちは「何処までも泳ぐことが出来る」と信じていたが、ひょっとしたらある年齢を過ぎれば、いつまでも水の中で浮いている事ができないのではないかと思った。嘗ての僕らは、海面で休むことが出来たから、浮いていることは簡単だった。身体を消耗しない泳ぎ方も自然と身につけていた。早く泳ぐことを競った経験がないので、その物差しはないが、海面から深くもぐったり、沖に出ることには長けていたと思う。今日、かの国の女性達を連れて県内有数の渋川海水浴場に建つホテルに食事に行ったが、テラスから見下ろしても、水泳区域を示す部位があまりにも砂浜から近いのに驚いた。あれでは沖に泳いで出ることは出来ない。嘗ての牛窓の子に言わせればプールだ。
 筋肉も骨も、かなり衰えている人間が、嘗てと同じことが出来ると思っている事がそもそもの間違いだろう。確かに体重が浮力でかなり清算されるから、負荷はかかりにくいが、それでもって、かつてと同じことができるという根拠にはならない。泳いでみるしかないのだが、さすがに今日も僕みたいな年齢の人を砂浜で目撃しなかった。これで泳いでいたら珍しい人になってしまうのかもしれない。中年以上の人を海水浴場であまり見ないのは、ひょっとしたら暗黙のうちに危険を察知しているのかもしれない。うぬぼれや半世紀前の体験が何も役に立たないことを忘れていることが、危険を隣につれてくるのかもしれない。走れなくなった人が泳げるはずがない。走れなくなれば泳げなくなるのだ。都合の良い解釈が危険をつれてやってくる。


2015年07月25日(Sat)▲ページの先頭へ
自虐ネタ
 「福島や東北の町がオリンピックの海外チームの合宿地を誘致するといった動きが加速し始めている。福島県楢葉町と広野町にまたがるサッカー施設「Jヴィレッジ」。福島県沿岸部のいわき市の事前合宿誘致。宮城県石巻市では6月末に、旧国立競技場から貸し出された1964年東京五輪の聖火台に火をともすイベントが開かれた。・・・」
 僕には史上最高の自虐ネタにしか思えない。あれだけ苦しめられているのに、本来自分達のところに賠償金として回ってくるお金を、横取りされているのに、おこぼれをちょうだいなどと卑屈によくも言えるものだと思う。もらう権利がありながらどうしてそれを主張しないのだろう。他の県に住む人間だってそのことに関して異論はないと思う。自分が土地も仕事も家も家族も失ったことを想像すると、怒り狂って責任者を糾弾するだろう。糾弾どころか追い詰めてしまうかもしれない。ましてこれから何十年も放射能に細胞を犯されながら生きて、何処まで健康を害するか分からないのに、その責任と保証を今約束させておかずにいつそれを主張するのだろう。思い立ったときには、張本人たちは幸せな余生を送り、天寿を全うしてこの世にはもういないかもしれないのに。
 放射能だけでは飽き足らず、今度は銃弾の中をくぐれという。誰を守るために命を差し出さなければならないのだ。トヨタの社長か三菱の社長か。オリンピックが聞いてあきれる。貧乏人から集めた税金を、要は自分達が手にするためだけに誘致するのだ。だから施設は大きいほうがいい。お友達のなにやら建設が大もうけして、それをまた政治献金として回してくれる。
 金を搾られ、健康を害され、アメリカさんへの貢物として命を差し出される底辺だけが明らかに広がっている。底辺こそやつらには必要なのだから。


2015年07月24日(Fri)▲ページの先頭へ
栄耀栄華
 何かの間違いではないかと思ったが、あの汚い連中のすることだからさもありなん。
 オリンピックに要するお金が2兆円に達するとある新聞に書いていた。誰が喜ぶのだろうと思うが、そこはちゃんとアホノミクスのお友達に金がいくようにできているから、毎夜毎夜嬉しくて仕方ないだろう。庶民が立ち入る事ができないようなところで祝宴のあげっ放しではないか。貧乏人が与えてしまったお墨付きで、やりたい放題の極楽浄土。
 福島の人は何故怒り狂わないのか僕には分からない。東北の人がテレビで話しているのを聞く機会はあるが、おしなべて穏やかなように聞こえる。あの独特の方言のせいだろうか、それとも土を耕してきた人達に伝わる温厚さなのだろうか。自分達が当然もらってもいいお金が、ゼネコンに行くのを黙ってみているのだろうか。放射線を浴びせられて、土や社会を崩壊させられてなお栄耀栄華を極めているやつらのご機嫌を伺いながらこれから先も生きていくのか。
 もし僕に2兆とは言わないまでも、豆腐2丁分くらいのお金があったら、牛窓中の耕作放棄地を買う。もう草ボウボウ、いや大きな木まで生えているところを買い、人が苦手な、今の時代に生き辛い人たちに耕してもらう。土地には悪意がない。草にも木にも悪意がない。空は希望で雨は慈しみ。そんな中で生産活動に従事してもらいたい。食べ物を作り社会に提供する。能動的に暮らしてもらいたい。
 豆腐2丁がダメなら、出前一丁でもいいのだが。


2015年07月23日(Thu)▲ページの先頭へ
無味乾燥
 僕が腕時計と携帯電話と夢を持っていないのは周知の事実なのだが、もう一つ持っていないものに日曜日気がついた。
 ローカルの店なのか、全国版なのか知らないが、うさぎ屋と言う文房具店がある。文房具しか扱っていないのに、店も駐車場も広くて、いつ行ってもお客さんがたくさんいる。僕が欲しいものがそこにしか売っていないので、時々利用する。ただ僕は必要なもの以外には目も触れないから、用事が済んだらすぐに店を出る。その日も同じような行動を取ってレジに行くと、カードの有無を尋ねられ、カードを持っていないと言うと、なにやら会員になることを勧められた。利用するといっても数ヶ月に一度だし、1000円もあれば手に入るものだから、僕などいいお客にはならないだろうと思っていたら、携帯番号で簡単に登録できると気を使ってくれた。そこで僕が携帯電話を持っていないと言うと、珍しく若すぎない店員さんが、珍しいと言った。普通はその一言でいいと思うのだけれど「どうして持たれないんですか?」と興味深そうに聞いてきた。そこで僕は誰にでも答える言葉をその女性にも返した。「自由を失いたくないんです」すると女性は、接客用語だろうが「いいですねえ」と笑顔で答えた。
 その時に気がついた。僕はカードなるものも一切持っていないと。カードなるもので何が出来るのかも知らない。薬局で患者さんの財布の中が結構見えるが、皆さんカードで財布が膨れている。それこそうさぎ屋でもカード入れなるものを売っていた。最早財布とは別にしないと収まりきらないと見た。
 僕は買い物は全て現金だし、ポイントは面倒だからいらない。レジで毎回声を掛けられるのがかなりいや。電話は10円玉だし、乗り物は切符だし・・・このくらいしか分からない。おそらくもっともっと使い道は広いのだろうが、これ以上は分からない。不便が必ずしも便利の下流にあるとも思っていないし、便利が不便なのも知っている。カード1枚で何でも出来るような無味乾燥な生活はしたくない。


2015年07月22日(Wed)▲ページの先頭へ
ヒッピー
 先輩が、岡山と愛媛県のライブの間の日に、牛窓でライブが出来ないかと電話してきたときに、僕は最近フォークソングを聴いても感動しないと答えた。するとあれだけその中に浸かっているだろう先輩から「俺も同じだ」と意外な答えが帰ってきた。20歳前後の頃にあれだけ熱中したのに、それ以後の唄で僕を虜にしたり感動させてくれる唄には巡り合えなかった。特に素人のコンサートは聞いていてつらいものがある。何も伝わってこないのだ。だから懸命に歌う人達に心からの拍手も送れない。当然足は遠のき1年に1回の鍼の先生が出演する新見のコンサートを義理チョコにしているだけだ。
 だから僕は冗談に「〇〇さん、牛窓で歌って僕を感動させて!」と頼んだ。ところが牛窓のライブハウスでのコンサートを断られたから、聴く機会は無いと思っていたが、それとそんなに期待していないからどうでもよかったのだが、酔いに任せて息子が先輩に歌ってと催促したばっかりに、我が家のリビングでミニコンサートが行われることになった。最初は一曲のはずだったのだが、歌い終わると先輩がすぐに「もう一曲いい?」と次々と歌った。結局1時間くらい歌い続けたと思う。酔いが回っていたからしばしば歌詞につまり、声も出ていなかったが、なぜか僕は聞き入った。昔僕らが歌っていたものもあったが、最近のオリジナルも含まれていた。そしてオリジナルの歌詞は、僕が日常ブログで表現していることにとても近く、嘗て一心同体のような生活を送っていた理由が分かるような気がした。そして僕が気がついたのは、いい歌は、広がりを持っているってことだ。ひとつのフレーズを聴くとそこから一杯の連想が始まる。だからあれだけ短い詩でも人を感動させることが出来るのだと思った。僕はこうしてたくさんの言葉を使わないと気持ちを伝えることは出来ないが、唄はある言葉に吸い寄せられるように多くの言葉達が集まってくるのだ。だから僕たちは嘗て耳をすまして聴いていた。今はなんら思考回路を働かせることなく唄が終わってしまう。何も訴えてこないし迫っても来ない。ただの発射された言葉の残骸でしかない。
 浮浪者かヒッピーか分かりづらい先輩は日本のヒッピーの草分けみたいな人と知り合っていたらしいが、そしてその方は亡くなったらしいが、価値観を共有していたのだろう。僕みたいな堅気の人間には分からないから先輩に「ヒッピーって何なの?」と尋ねてみた。すると先輩は「権力にあがらう人」と言っていた。すると僕は答えた。「それなら僕なんか生粋のヒッピーじゃ。超ヒッピーじゃあ!


2015年07月21日(Tue)▲ページの先頭へ
晩年
 僕はこの歳になって初めて、リクルートされた。リクルートと言う言葉の意味を正確に分かっていないから正しいかどうか分からないが、要は、一緒に働かないかと提案されたのだ。
 提案してくれたのが、こともあろうにかの国の次女と三女なのだ。2人は今岡山の日本語の専門学校で勉強しているが、卒業して帰国したら、会社を興したいそうだ。そこで日本語が出来るスタッフが必要らしくて、僕に白羽の矢が立ったわけだ。もう何年も前から一度国に遊びに来てとひつこく誘われていたが、仕事を一緒にしようと提案されたのは初めてだ。僕が観光などと言うものにほとんど興味を示さないことがわかったからでもあるまいが、視点を変えてのアタックだ。
 僕が仕事好きなのをよく知っていて、仕事を与えれば長くいてくれると思ったのか、それとも安上がりな日本語使いに思われたのか。と言うのは、二人が日本に来る前に首都で3万円で暮らしていたと言うから、一人当たり1万5000円で済む計算だ。どうせ僕などすることもないから2万円も払えば十分位に思っているのかもしれない。まだ会社を興してもいないのに、金は知り合いに借りる、許可書は賄賂を払えばもらえるなどと、およそ日本では考えられないような内容で盛り上がっている。僕も給料をもらったらいくら国に送金しようかなどと、スリルを楽しんだ。
 研修生で働いていた3年間、学生として再来日を果たした半年間、願い事はほとんど聞いてあげたから、最後の願いもかなえてあげたい。擬似家族で僕をとても大切にしてくれる彼女達の役に立てるなら、晩年を何処で過ごしてもいい。


2015年07月20日(Mon)▲ページの先頭へ
拍手
 今日で3週続けて四国に渡ったことになる。今日を含めて丸亀が2度、高松が1度だ。今日の丸亀は陸上自衛隊第14音楽隊のコンサートで、僕は去年に続いて2度目だ。今回は僕の2女3女を連れて行った。2人はもっとも親しいかの国の女性で、アルバイトのせいで日曜日は一緒に行動できないから、祭日のイベントは全てこの二人を優先している。余談だが、息子は今日鳴門、娘夫婦は淡路島に行っていたらしい。3組がそれぞれの所に行っているのだが、えらい近いところをウロウロしていたことになる。誰も何処に行くと口にしないから結果論でしか分からない。何ともドライな家族関係だ。
 かの国の女性たちは、何でバイオリンなどがないのと、ブラスバンドとオーケストラの違いに戸惑っていたみたいだ。二人とも知的好奇心が強いから、すぐに気がつく。道中も日本語学校かと言うくらい質問攻めにあった。僕は日本語を教えるのが上手いとかの国の人たちには定評がある。身振り手振りで意思を伝えようとする気持ちが強いからだと思う。僕のように英語が出来ない屈辱感を彼女達には味わって欲しくないという親心からだろう。
 全部で10曲演奏をしてもらったが、断トツ受けたのは、ジョンレノンの「イマジン」だった。曲名紹介時点で僕が拍手の口火を切ったらすぐに会場中から拍手は上がった。それまでも力強い拍手を送っていたが、どこか儀礼的だった。あの拍手で、少し会場が和んだのか、サクソフォーンのソロには大きな拍手が自然に沸きあがった。
 それよりも驚いたのは、イマジンを選曲した理由を司会者が語ったのだが、ジョンレノンが世界から戦争をなくし平和に暮らそうと訴えていることを高く評価していた。普通の視点からすると、自衛隊員は好戦的な人間の集まりかと思うが、そんなことはないんだと思った。彼らこそひょっとしたら、殺し殺されることの無意味さを知っているのかもしれない。「国を守る」と言われる時の国とは、アホノミクスのお友達連中(企業家)のことで、国土でも庶民の命でもないことは明らかだ。
 サクソフォーンの澄み切った音色が聴衆を魅了し、楽器を操る自衛隊員が、工業製品の輸出と引き換えに全く関係のない戦に追いやられ命を失ったりすることがないようにと真剣に思えるようになった。そんな良き一日だった。


2015年07月19日(Sun)▲ページの先頭へ
人目
 岡山方面から牛窓に入った辺りに結構長い坂がある。峠を上ってからSの字に下っていくのだが、道路の左側、つまり山側は人の手が入っていなくて、草が道路上にはみ出してきて、視界をかなり奪う。もし左側を人が歩いていたら、直前まで見えないのではないか。幸い反対側に歩道があるから人はまず通らないが、牛窓を知らない自転車人なら、規則どおり草に身体を打たれながら下っていくと思う。
 これは牛窓だけの問題ではない。嘗ての手入れされた状態を知っているからその放置されようが手に取るように分かるから例としてあげただけで、日曜日、色々なところに出かけるが、同じような光景を目にすることは珍しくない。そしてその荒れようは一歩踏み込めばもっとすさまじい。畑が既に山に帰っているのだ。嘗ては段々畑だったところが、道路から山の頂まで、ふっくらと曲線を描いている。雑草や、いやいや木までもが十分成長している。夏など恐ろしくて足を踏み入れることは出来ない。
 これだけ荒らせば、けものや爬虫類の楽園になるだろう。それと同時に、人間の気持ちも並行して荒れているに違いない。その光景に何も感じないとしたら、自然と調和して生きることを既に放棄しているのと同じことだ。ロボットのような人間だ。
 この町でも、必要のない病院が建設される。国立競技場の愚行の田舎版だ。無能な人間を長に持つとろくなことがない。失政を理由に刑務所にでも入ってくれるなら何をやってもいいが、責任を取ったという人間をいまだ見たことがない。アホノミクスのように、憲法を破るような人間が、打ち首獄門にならないなら、わずか3000円で法務省に1年半も出張した僕の友人は、名誉を回復されてもいいくらいだ。わずか3000円で人目を気にしながら生きるくらいの誠実さを、馬鹿長達も持ち合わしてみろ。
 あの草に視界をさえぎられ、ある人は加害者に、ある人は被害者に。馬鹿長たちが被害者にならないと、草は刈られないか。アホ議員たちの息子の肉が砲弾で飛び散らないと、憲法は守られないか。


2015年07月18日(Sat)▲ページの先頭へ
免許
 子育て中に僕は絶対しないことを二つ決めていた。それは飛行機に乗ることとオートバイに乗ること。言い換えると事故では死ねないということだ。病気など仕方がないことならまだ諦めもつくが、防ぐことが出来ることで命を落とすことは許されないと思った。オートバイでは2度事故にあっている。いずれも被害者だったが、片や骨折で片や鞭打ちで、3回目は危ないと思ってオートバイは止めた。オートバイといっても原付バイクで、それも中古だったからよほどお金もなかったのだろうが、中古の車が買える様になるのを待って止めた。
 高山から先輩達が来て、お酒を飲みながら歓談しているときに、酔った勢いでほろっと出たのか、息子がオートバイの免許を持っていること、一時通勤に使っていたことだ。恐らく僕が遣り残したことを先輩達に話していたときだと思う。ただ、息子がその時に言った言葉が印象的だった。「あのまま乗っていたら命が危ないと感じた」と言うのだ。車を抜き去るオートバイを見ながら、僕は羨望のまなざしを送っていたが、その言葉を聞いて一気に今までの我慢が正しかったのだと思った。
 もう大人だから、いちいち親にお伺いを立てる必要がないから自由なのだが、息子は船の免許まで取っているという。「板切れ一枚下は地獄」と前島フェリーの船長が言っていたことがあるが、せめてプロ並の危険予知能力は身につけておいてほしいものだ。
 もうそんなに家族の中では役に立てない僕だから、飛行機でもオートバイでも口車でも何でも乗れるが、責任を持たされている世代は、少しくらい臆病でもいい。


2015年07月17日(Fri)▲ページの先頭へ
耳年寄り
健康に関する雑誌や、テレビ番組、勿論インターネットからも大量に健康情報が入ってくるから、多くの人が耳年寄りになっている。それはそれでいいのだが、なかなか本人にとって必要性がある情報かどうか見極めるのは難しいみたいだ。はやり廃りも激しくて、昨日の正論が今日のデマと言うようなことは日常茶飯事だ。
 最近来た若いお母さんも、体調不良がなかなかお医者さんで改善してもらえないから悩んでいた。そこで当然若いから自分で積極的に情報を集め何とか早い改善を目指している。そこで彼女が見つけたのが腸内細菌の環境悪化だ。何かの理由があって、それは当然食事やストレスだろうが、腸内の善玉菌が減って、悪玉菌が増えているのではないかと相談された。
 僕は見るからにスマートで色も白くお仕事もこなしているその女性を見て、腸内環境が悪いようには感じ取れなかった。もっと排便に不都合があったり、頭痛や肩こり、当然皮膚のくすみなどがあれば、それを疑ってもいいのだが、何も結びつくものがない。そこで僕は、その女性の身体に問題があるのではないと思った。むしろ新興住宅に念願の我が家を立てたばかりだから「町内環境」に問題があるのではないかと尋ねた。一瞬間は空いたが、しゃれに気がついた彼女は大きな声で笑った。笑い声が思いのほかに大きかったので、彼女の体調不良からの脱出がそんなに難しいことではないと感じた。


2015年07月16日(Thu)▲ページの先頭へ
羨望
 本人がそう言うのだからそうなのだろう。1999年以来と言うから16年ぶりと言うことになる。思えば卒業してから片手で収まるくらいしか会っていないから、10年に1回くらい会っている事になる。それでも僕にとっては一番大切な二人のうちの一人なのだ。そう言えばもう一人も大体同じペースでしか会っていないから、先輩がいみじくも言ったように「不思議な関係」だ。僕はいまだ嘗てこの2人の先輩を超える人間関係を築いていないから、恐らくこのまま一番大切な人達で終わるのだろう。
 高山から車で来るには体力が衰えすぎているから、若い同行者に助けられてやってきた。薬局に入ってきたとき、どこか面影はあったが、ひょっとしたら他人かもしれないと声を聞くまで迷った。さすがに声は嘗てと同じだったが、風貌はやつれて、真っ白のひげを蓄え、深く刻まれたしわが縦横に走る顔を隠していた。公園でダンボール住まいをしている人たちと間違われること請け合いだ。
 最近僕もずいぶんと老けたが、えらい自信を持ってしまった。僕より1歳上だけなのに、皮膚のつやはなく、しみが出来、皮をつまめるくらい筋肉が落ちていた。それに比べればまだ僕は外見はきれいだ。「変わってないじゃない」と先輩はお世辞みたいなことを言ってくれたが、彼に比べれば実際変わっていない部類に属するかもしれない。会いに来てくれたことに感謝したいくらいだ。
 ただ見かけの衰えとは裏腹に、先輩の心はやはり若くて自由だ。僕などお呼びもつかないくらい自由を謳歌している。ただ先輩の場合は、遊び人ではない。高山の文化の一端を担っている。それが証拠に、どんな水脈が日本中に張り巡らされているのか分からないが、多くの人が引き寄せられて訪ねて来る。どう見ても表街道と言う感じはないが、ある価値観を共通して持つ人たちのための旅の宿みたいな拠点になっている。
 彼がやってきた理由は、唄を歌うためだった。勿論我が家でではない。一昨日は、建部町と言うところの喫茶店で、今夜は愛媛県の道後温泉の喫茶店で歌う。本当は牛窓でも歌いたかったのだが、それを企画してくれる喫茶店がなかった。その代わりといっては何だが、夕食後、我が家のリビングでリハーサルを行った。40年彼の唄を聴いたことはなかったが、上手いというか下手と言うか、どちらでもいいのだが、訴えてくる言葉がちりばめられていた。これは本当に珍しい。軽い言葉を並べただけのような歌が氾濫していて、聴くに耐えられない唄ばっかりの時代に、歌われる言葉から想像力を働かせてもっと普遍性を持った思考ができた。
 そして何より驚いたのは、歌の中にちりばめられた言葉が、今僕が思考するときに必要な単語ばかりだったのだ。僕の人生を変えるくらいのインパクトで目の前に現れ、実際に変えてしまった人と、40年後にも又同じようなことで世の中を憂うのが興味深かった。僕も感じていたが、彼の口から「俺は25,6で人間性が固まって、以来全く変わっていないよ」と全く同感な言葉が出た。
 先輩も同行者も、一般の人から見ればそれこそ自由に生きている。夕食時いっぱい話をしたが、その輪の中に入っていた息子が「自由な人達だなあ!」と羨望のまなざしで言った。
 和太鼓ばかりに興味が行って、フォークソングは疎ましくなっていたが、まだ人によっては、歌う唄によっては感動を覚えるんだと先輩に教えてもらった。


2015年07月15日(Wed)▲ページの先頭へ
業界
 オランダ・アムステルダム大学医療センターのFrits Holleman氏らは、1993年から2013年までの血糖降下薬に関する論文の執筆者が、どの程度論文を量産しているかについて、PubMedで検索した。
血糖降下薬に関するRCTは、2001年には70論文だったのが、2013年には566論文と急激に増加した。1万3,592人の著者による論文(3,782本)のうち、論文多産トップ110人の執筆者だけで991本のRCT論文を出版しており、1人当たり中央値20本の論文に関わっていた。
そのうち、906本(91%)はスポンサー付きであった。しかも、110人のうち48人は製薬会社と雇用関係にあったという。そして、実はその439本(44%)は医学ライターにより執筆されており、そのうち204本はスポンサーが提供したライターであったという。
トップ11(10位は2人)の執筆者だけでみると、354本のRCT論文を発表しており、1人あたり42本に関わっていたというから、ものすごいエネルギーである。わが国でもRCT論文に関わることが大きな業績とされるようだが、企業とは一線を画した研究者は非常に少ないように思う。
著者らが、利益相反の面から検討した結果、企業とは独立した内容と考えられたのはたった42本(6%)にすぎないというから、RCT論文の3分の1は、製薬会社社員とお抱え医師によって執筆されていたというのは、いかにこの領域のRCTが企業誘導型であるかを如実に表している。高血圧や高脂血症治療薬をはじめ、ほかの領域でもおそらく同様であろう。

  一事が万事この有様なのだろう。天下り希望の役人と製薬会社が組めば、1のものが2にも3にもなる。正に薬九層倍を地で行っているようなものだ。洗脳され続けているこの国の人間は、権威に全くもって弱いからすぐに信じる。盲信とはこのことで、こと薬に限ったことではない。巨額の利益を上げることができる製薬企業に、障壁となるものはない。好き勝手だ。税金に群がるというより、税金の横取りみたいなことが日常茶飯事だ。悪意を持ってやっているのか、幼稚なのか知らないが、化学者が権力にすり寄ってどうする。
 難病以外開発され尽くされているといわれているこの業界で新薬が雨後のたけのこのように出てくる。本当はありがたがる必要はないのだ。今までの薬で十分長生きできているのだから、新しい薬など必要ない。それよりも使い古され、効能も副作用も信頼できるデータがそろっているもので十分だ。
 自分が属していながら言うのはおかしいが、かなりダーティーな業界だ。ブラックに見えないブラックだ。
 


2015年07月14日(Tue)▲ページの先頭へ
終生現役
 定期的に痔の薬を取りに来るおじいさんが、今日はタクシーでやってきた。いつもなら農作業用の服を着て軽四トラックでやってくるのだが、今日はいでたちも違う。おまけに肩から三角巾をかけて左腕をぶら下げている。石膏から指が覗いていたから骨折したのがすぐに分かる。
 どうしたのか尋ねると、最近行われた町を上げてのクリーン作戦に参加して、町内のゴミを拾い集めていたらしい。すると何かの拍子に転んでしまい手を骨折したらしい。財布を取り出すことも、そこからお金を取り出すことも困難で、僕は、彼が焦らないようにたわいもない会話で間を埋めた。
 最近頻繁に僕の薬局を利用してくれるようになった人で、名前も住んでいる所も知らないが、何度か来てくれる内に結構打ち解けて、健康以外の会話も交わすことが出来るようになった。それでも律儀なところがあって、必要以上に関係を崩さないようなところがある。そんな人物だから、任意の参加であるクリーン作戦に参加したのだろう。そして悲劇が起きた。良い性質が裏目に出たのだ。
 田舎では80歳を過ぎても貴重な戦力だ。1人住まいだからか、家族を代表してからか分からないが、地域を構成する大切な人材だ。遊んで暮らすような人はめったにいない。逆に、終生現役を目指す人もめったにいない。終生現役が回りにあふれかえっているので。


2015年07月13日(Mon)▲ページの先頭へ
頂き物
 本当にありがたい。丹精込めて作った大きなスイカを、10個近く下さるのだから。ただこれを一つの家庭で食べきることは出来ない。いくら果物好きがいても無理だろう。下さるほうも、恐らくそこは織り込み済みだろう、せっせと近所に配る。
 その折込どおり、食べてもらえる人に配った。我が家は2個もあれば数日楽しむことが出来る。小さく切って冷蔵庫に入れておいてもらえれば、喉が渇いたときに食べる。スイカは身体を冷やすのにも、口の渇きを癒すのにも最適だ。すぐに目的が達せられるから、薬並だ。古人もその効能を大いに利用してきている。
 一番なりとか何とか言われるように、今のは棚が全くなくて充実しきって美味しい。これが夏中維持できればスイカの需要はもっと伸びるだろうと思うが、2番なり、3番なり(こんなものあるのかどうか知らないが)になるにしたがって、食べる気がしなくなる。だから今頂くのが一番ありがたい。ただ、我が家になど持ってこずに、市場に出してくれればいいのにとも思う。1個だけ下さって残りを出荷すればそれは売り上げに上積みされるだろうに、気前がいいのが負担になる。炎天下で老いた百姓が腰を曲げて作業している姿を見ると、そう思わずにはおれない。
 今日は別口でも頂き物が多かった。トマトにきゅうりに、トウモロコシに、僕が知らない野菜に・・・親切がありがたい。何気ない日常の光景に救われる。


2015年07月12日(Sun)▲ページの先頭へ
潮風
 顔も頭も服までもべとべとなのは、今日の曇天のせいではない。確かに四国村を1時間半、写真ダイスキ人間たちを連れて歩いたときは汗はかなりかいたが、べとべとと言う表現が適しているとは思えない。明らかにその状態になったのは、帰りのフェリーに乗っているときに、40分くらい甲板のデッキにいたからだ。それも居たくて居たのではない。不吉な予感と責任感からだ。もっともそれは懸念に終わってほっとしているが、でもその40分は結構気をもんだ。
 和太鼓演奏が終わってから予約していたフェリーの乗り場まで行くと、さすがに便利になった。ちゃんと優先的に乗せてくれるのだ。ただ時間がかなりあったので、僕と飛び切り車に弱い女性が2人車外でフェリーの到着を待った。その間残りの6人はエンジンを切った車の中で寝ていた。それなのにフェリーに乗るとすぐにソファーに横になったりして眠り始めた。僕は手をつけれなかった情報誌を持って乗船するのが常だから、いつものように読んでいた。20分もたった頃だろうか、一区切りつけて眠り込んでいるかの国の女性達を見ると、一人少ない。彼女たちは基本的には集団行動をとってもらうから、少しあわてた。そしてデッキに上がってみると、その女性が手すりにもたれて物思いに耽っていた。なんと素足なのだ。もっともヒールの高い靴を履いていたから危険だと判断したのかもしれないが、なんとなく傍らにきれいにそろえた靴が置いてあるのは、日本の経験では不吉だ。その女性はまだ日本に来てから3ヶ月くらいしかたっていないから、日本語があまり話せなくて、その分接触が少ない人だ。ただやはり気になったので話しかけて客室に降りるように促し僕だけ降りた。ところが数分経っても降りては来ない。そこで気になって再び上がっていくと、結構強い風を受けながらデッキにまたもや物思いに耽るように立っていた。もうそこから目を離すことが出来なくなった。ひょっとしたらふるさと恋しさに飛び込むのではないかと本気で心配になってきた。だからいつでも腕を掴める距離に立って、お互い理解できない単語を時折交換しながら、玉野に到着をするのを待った。
 言葉が通じれば「心配させて・・・」と言ってやりたくもなるが、言葉が通じないからその女性には伝わっていないだろう。ただ、僕も少しだけ嬉しい気持ちもあった。と言うのは、色々な経験をさせてあげようと、もう何年も僕なりに企画して楽しんでもらったが、意外と僕の想いとは裏腹に、フェイスブックのネタ探しみたいな感じで接してくるのが、いまひとつ重みがないと感じていた。ところが今日のその女性は、本当に珍しく海をずっと眺めていた。きっと色々な思いで眺めていたと思うが、これこそ僕が提供してあげたい状況なのだ。僕のおせっかいが、何か思索のネタになればいいなといつも思っている。
 僕のべたべたは、潮風のなせる業だったのだ。デッキで姿を見失ったときに、フェリーが作る波間を懸命に目で探したことなど分かりはしないだろう。


2015年07月11日(Sat)▲ページの先頭へ
 これはいただけない。朝からいやなものを見た。今でも映像が頭の中に残っている。
 NHKの朝のニュースの中の企画だったが、アメリカのお墓事情をやっていた。あの広大な大陸でも墓地にする土地は不足しているみたいで、今では土葬一点張りではなくなったらしい。アメリカらしくてバカみたいに金をかけるのもあるし、逆に従来のお墓代が負担になっている家庭も増えている。そこで色々な葬儀を紹介していたが、いただけないものが一つだけあった。それは水葬だ。何かの袋に遺体を入れて船から落とすと一気に海底目指して沈んで行った。恐らく錘をつけているのだろう。遺体が腐敗してガスを含んでも浮かび上がってこない程度には配慮されていると思うが、それでもいずれ袋は破れて遺体は魚の餌食になると思う。この水葬は国に認められていて合法らしいから、これからも増えるだろう。散骨ならまだ分かるが、遺体を海に沈めてもいいという理由が分からない。何百体、何千体と増えていくだろうが、僕らはその遺体を食べた魚を食べるわけだ。放射能を含んだ魚も怖いが、人畜を食らった魚を食べることも怖い。
 まあ、アメリカ産のものなどめったに口にすることはないから、僕自身がそうしたことに遭遇することはないだろうが、とにかく金のためならなんでもする国だから、あまり信用しないがいい。そういった意味では中国となんら差はない。


2015年07月10日(Fri)▲ページの先頭へ
至近距離
 ただひたすら歩き続けるのも効果がどうかと思い始めて、最近は1周するたびに、放置された机の前に立ち止まり、ストレッチをすることにしている。といっても難しいことは出来ないから、相撲取りがしこを踏むように足を開いて腰を落とす程度だが、これだけでもなかなか気持ちがいい。変化にも富むから20分が以前より早くやってきてくれる。
 今朝、机の前で最初のストレッチを始めようとしたときに、テニスコートを囲んでいる網のフェンスに糸がほつれているところがあった。だが、よく見てみるとそれは糸ではなく糸トンボだった。別に保護色ではないのだろうが、緑色をしていたから正にほつれた糸に見えた。糸トンボとはよく言ったものだ。
 僕が子供だったら、必ず捕まえていただろう。僕が数十センチ離れたところで、ストレッチをするために、身体を上下したって微動だにしなかったから、捕まえるのは簡単だろう。ただそんな必要もなく、見ているだけでいとおしくなった。あの細い身体で生きていてくれたんだと、また生かしてくれている環境にも感謝したいくらいだった。年齢を重ねるとこんな感傷に浸ることが出来る。生命力が旺盛な頃にはとても味わえない感傷だと思う。
 何週目かにいなくなったが、どうして僕が恐ろしい存在に見えなかったのだろう。命を奪う危険な存在に見えなかったのだろうか。少しの間でも至近距離にいられたことが早起きの褒美のように思えた。


2015年07月09日(Thu)▲ページの先頭へ
神薬
 中国のインターネットが紹介してくれたおかげで、日本の薬がメチャクチャ売れているらしい。よほど日本の製品がいいのか、よほどあちらの製品が悪いのか分からないが、日本の人気の薬を「神薬」と言うらしい。売れているといっても秋葉原や心斎橋のドラッグで、地方はまったく関係ない。これらのドラッグでは、人気の商品が嘗ての5倍以上売れたりするらしく、1人が10万円近く買っていくのだそうだ。既に彼らの爆買いのトップは温水洗浄便器や炊飯ジャーなどに取って代わっているらしい。
 なんだかんだと言いながら、この国は中国に助けられているんだ。軽蔑しながら、恐れながら、それでも買ってくださいと頭を下げ、買ってくれれば嬉しいのだ。東シナ海もへったくれもない、薬が売れれば万々歳、車が売れれば万々歳、電化製品が売れれば万々歳。漁師が魚が取れなくなって困っても、工業製品に比べればたいしたことがないから、政治屋にとって痛くも痒くもない。口では勇ましいことを言っているアホノも企業家には勝てない。養ってもらっているようなものなのだから。結局政治などと言うのは、アメリカか日本の大金持ちがやっているのだ。手先になっている奴等がえらそうに言っているだけで、本当に偉いやつは表に出てこない。
 日本の大学で、熱心に授業を受けているのはアジアからの留学生。とりわけ中国人らしい。そのうち多くの日本人が、中国人の経営する会社で、中国人の上司を持ち、馬車馬のごとく働かされる。でもそれは自業自得だ。豊かさのせいで、こんなに醜い国にしたのだから。過去の栄光なんてものにしがみついているうちに、堕落に取り付かれてしまい、最早それを振り払うことは出来ない。この国にこそ神薬は必要だ。


2015年07月08日(Wed)▲ページの先頭へ
連発
 僕は精神的な病気の悩みで相談に来た人に、病院の薬をやめてくださいなんて決して言わない。その種の薬を急に止めると悪性症候群と言う副作用が現れる恐れがあると、息子にいつか教えてもらっているからそれを守っているし、そもそも病院にかかっている人をコントロールする権利はお医者さんだけにあって僕にはない。だから病院にかかっている人は基本的には元気にする漢方薬を作り、主訴はお医者さんに任せる。
 ただ、この方は勝手に自分で止めたのだから、僕が責任を感じることはない。そもそも薬を飲むかどうかは本人の責任範囲だ。2週間前に来たときは、後ろ頭がもやもやする、寝汗が出る、テレビも見られないなどと訴え落ち込んでいたが、今日来たときは感謝の言葉を連発してくれた。と言うのはわずか5ヶ月前までは元気一杯で有名な人だったのだが、股関節の手術で入院し、その時病院で眠れないからといってもらった睡眠薬が次第にエスカレートして、安定剤3種、睡眠薬1種を飲むようになったのだから本人としては返す返す悔しかっただろう。それまで薬なんか飲んだこともなかったのにと恨めしそうだった。
 だからその勢いで睡眠薬以外の薬を3種類止めてしまったらしい。幸いなことに副作用も出ずに、解決したかった症状の6割くらいが改善したらしい。今度はもっと改善するという自信があるのか3週間分持って帰った。
 偶然その女性が僕の薬局に相談に来なかったら、数種類の精神病薬を続けて飲んでいるに違いない。医者はそれらに罪悪感を感じないから、いつまでもその種の薬を飲み続けなければならない。と言うより下手をすると、薬は増えるは強くなるはで、生活の質は落ち続けるだろう。脳の中に入っていく薬から解放されるとそれだけで、気持ちいいらしい。何事も自然がいい。


2015年07月07日(Tue)▲ページの先頭へ
死活問題
 毎月、定期的に訪問してきてくれるあるメーカーの女性セールスが、「都会の薬局を訪問しているときに、お客さんに会うことはめったにない」と言っていた。逆に田舎の薬局はお客さんが店内にいる事が多いと言っていた。昔とは様変わりだ。僕などは、人口が少ないという田舎のハンディーと戦いながら懸命に勉強してきたようなものだ。人が少ないところで薬局を続けようと思えばよほど役に立たなければやっていけない。牛窓に帰ってすぐそのことに気がついたから、そのことだけに注力してきた。ここで言う薬局は門前薬局のことではない。昔ながらの、地域の相談所みたいな薬局だ。何もしなくても処方箋を持ってきてくれるありがたい環境の話ではない。自力で存在しようとしている薬局のことだ。
 都市部ではなかなか昔ながらの薬局を見つけることが難しくなっている。勉強会で都市部を訪ねた時の楽しみが、身分を隠して薬局に入り、勉強させてもらうことだったが、今はもうそんな薬局はない。だから勉強がすんだらすぐに新幹線に乗って帰る。空しいといえば空しいが、ないものねだりしても仕方がない。
 こうした薬局が消えることは、メーカーにとっては客が消えることだ。メーカーの客は薬局なのだから、それが消えれば死活問題だ。結構いい商品を持っているところが意外と商売が下手で、ドラッグストアなんかで売っているつまらない商品に負けたりする。悪貨は良貨を駆逐するなんて昔聞いた事があるが正にそれだ。薬だけではないのではないか。全ての分野で同じ現象が起きていることは想像に難くない。そのうち個性的な薬のメーカーが消えて、仕様もないテレビで宣伝をうっているようなつまらないメーカーしか残らないだろう。個性的で有用なメーカーがつぶれ、養生法など知識を積み重ねてきた薬局が消えてなくなり、消費者は路上に放り出される。ただその時に至っても、消費者は気がつかない。己の胃袋が消費者と言う名の、薬の産廃処理場だってことに。


2015年07月06日(Mon)▲ページの先頭へ
時速
 昨日、香川県の高速道路を利用して帰っているときに2度、危険を回避した。一度はなかなか本線に入れなかったこと。譲ってくれるのかくれないのか分からずに、速度を上げたり下げたりして、結局は先に行ってもらって入れたのだが、合流する道路にほとんど残りはなかった。合流する車に安全に入ってもらう習慣があったら、あんなにスピードを上げたり落としたりはしなかっただろう。
 もう一つのケースは、ごく普通に80kmくらいで走っていたところ、追い越し車線を追い越してきた車が、急に僕の車の前に割り込んできた。思わず僕はブレーキを踏んだが、高速道路で慌ててブレーキを踏んだ記憶はない。踏み込みすぎると怖いから、軽くしか踏めないが、僕を追い越し目の前にハンドルを切った車は、軽の商業用のバンで、良くこんな車で僕の車を追い越せれるものと驚きだった。その車から、なんとなく老人の運転ではないかと思ってヒヤッとした割には怒りは湧かなかったのだが、今日になってある人から香川県の運転マナーについて聞かされて、単なる運転の未熟ではなく、モラルの欠如だと知った。
 その方だけの印象かと思ったが具体的な数字を挙げたくらいだから何かで発表されたものなのだろう。元香川県民の男性は「香川県の交通マナーは全国ワーストワン」と言っていた。実際に今大阪を走っているらしいが、あの大阪の人間のほうが親切で当然のように本線に入らせてくれると言っていた。慣れているのかなとも言っていたが、あの田舎の香川県でと僕自身は合点が行かなかった。ただ昨日の2人を見ていれば合点は行き過ぎるくらいいくが。
 僕はフェリーで高松に渡るととても気持ちが落ち着く。県庁所在地なのに行きかう人の数は少なく、人にもまれる心配がない。おまけに絶対知り合いに会わない安心感で、本当に心が解放される。やはり昨日の経験で、行くならフェリーに限ると思った。赤字続きでフェリーの便数がかなり減ってしまったが、それでもフェリーの中で席に困るほどではない。4人テーブルを1人で独占も出来る。ひたすら前ばかり見ている車の運転に比べ、よほど心が洗われる。
 今度の日曜日は、サンポート高松で和太鼓の演奏会だ。8人乗りの車でも5000円少々で往復できるのがありがたい。午前中は四国村、午後は和太鼓。どちらも初めてのかの国の女性達を選抜した。時速50kmで十分だ。







2015年07月05日(Sun)▲ページの先頭へ
さぬきの鼓響
 香川県の和太鼓のレベルはかなり高いと思う。それが証拠に、今日詫間町で行われた「さぬきの鼓響」と言う和太鼓コンサートに出演した7つの団体は、どれも上手だった。もっとも持ちねたの最高のものを出してきたのだろうが、そのできばえはどれも素晴らしかった。言うなればどのチームも、岡山県で恐らくダントツで上手な備中温羅太鼓に匹敵するといっても過言ではなかった。印象をメモに取っておかなかったのを悔やまれるほど、どの団も上手かった。
 特に印象に残ったのは、「女流和太鼓響音」の女性二人による大太鼓の競演だ。大太鼓ともなるとやはり筋骨隆々の男性のものと思うが、そして実際にほとんどの団がそうだが、このチームの二人は決して男性に見劣りしなかった。女性でも大太鼓をここまで勇壮に打てるんだと感激した。
 「和太鼓集団響屋」の演出は、勿論太鼓の技術があってのことだが、優雅な華を思わせるもので、かの国の若い女性達がとても喜んでいた。視覚的にも大いに洗練されたものだった。
 力強さで言うと「善通寺龍神太鼓」が圧巻だ。だが力強さのほかに実は正確さと、技術もハイレベルで備わっている。聴き手を圧倒している。聴き手の全員が寄り切られている。
 僕は運よく会話を2度交わしたことがある縁も手伝って「和太鼓集団 夢幻の会」が大好きだ。少年少女で構成されているのに、テクニックは大人顔負けだ。迫力も十分ある。ソロをふんだんに取り入れ、演出も素晴らしい。中心でやっている数人はぜひプロに進んで欲しい。その素質は十分感じられる。おまけに小学生の小さな女の子と男の子が担当している鐘がまことにかわいい。飛び跳ねるように、リズムをとる姿が愛らしい。それらの総合力は、大人の集団に混じっても全く見劣りがしない。プロの「志多ら」の教えを請うているのが実っている。秋に行われる夢幻の会のコンサートが待ち遠しい。又香川県に行ける。
 さて、今日の圧巻はゲスト出演の「山部泰嗣スペシャルユニット」の演奏だ。太鼓の山部はプロはここまで出来るんだと驚愕の演奏だったし、普段聴いても耳に残らない尺八と津軽三味線も心地よかった。かの国の女性をして、「その音楽に恋をした」と言わせるほどのものだった。太鼓お宅の僕でも驚きの連続だった。
 朝7時半に出て、夜の7時半に帰ってきた。12時間の贅沢だ。あくびが止まらない位実は疲れているのだろうが、あの感動のためにはこのくらい。


2015年07月04日(Sat)▲ページの先頭へ
横取り
 違うところよりも似ているところを探したほうが多いが、今回は違うんだなと思った。
 明日、四国の三豊市と言うところで行われる和太鼓の大会を聴きに行くのだが、結構てこずった。遠いからかなり念入りにシミュレーションしてかの国の女性達に楽しんでもらおうと思っていた。行き方、途中の観光、昼食、勿論お目当てのコンサートと考えることは多かった。遠くてめったに行けないから、効率的な一日にしたくてあれこれ考え調た。
そして、いざメンバーを募ったら、なんとあれだけ和太鼓が好きな牛窓工場の女性達が参加しないと言った。その理由が僕には分からなかった・・・が・・・分かった。
 行かない理由が、同じ工場のメンバーだけで行くのではないかららしい。僕にとっては、同じ国の人たちで、工場は分かれているが、同じ会社の人たちだから、なんら隔てるものはないと思っていたが、それらは太鼓への興味をはるかに上回る壁になるらしい。
今、牛窓工場には17人いて、太鼓のコンサートに連れて行ってあげられる確率がかなり減ってきた。なかなか均等に誘って上げられないから、僕は選抜するのに苦労すると思っていたのに、不参加とは思いもよらなかった。チケット代が高いから今回は4人を誘っていたのだが、そして、そのうち2人を牛窓工場の女性に割り当てたのに、断られてしまった。日本人の発想では、「行きたくないけれど悪いから行く」を選択するのが普通のように思うし、僕だったら正にそれを選択する。一瞬身勝手と言う言葉もよぎったが、少し考える時間を置くと、それもそうだなと納得できるようになった。狭い車の中で知らない人との2時間は窮屈だろう。他の2工場から参加の二人は、日本語が堪能で、日本の文化に関して知的興味をかなり持っている。だからメンバーのメンツよりも好奇心のほうを優先させることが出来るのだ。
 こうしてみると日本人って結構生き辛いのかもしれない。何日も何日も考え、チケットを用意してあげて袖に振られ、それでも穴埋めを懸命に探そうとする。これは僕特有の動きではなく日本人なら多くが同じような行動をとるだろう。時にしんどく、時に空しいが、日本人の遺伝子は受け継がなければならない。日本人の長所を、アホの何とかみたいな口先だけのやつに、じじいの名誉を挽回するだけの為に横取りさせるわけには行かない。




2015年07月03日(Fri)▲ページの先頭へ
逆襲
 「われは海の子しらみの子」さすがに海辺の町で育ったから、泳ぐことは生活の一部で特別なことではない。プールなどなかったから、泳ぐのは海でだ。小学校の水泳の時間も海水浴場まで歩いていっての授業だった。もっとも、学校で水泳を学ぶ必要はなく、近所のガキ大将が夏休みには海に皆を引き連れていき、自然に水泳を教えてくれた。小学6年生のガキ大将が、幼い子を何人も引き連れて海水浴場に泳ぎに行くのだから当時の親は勇気があった。
 この風景は戦後の子供たちの風景だ。今日もう少し前、戦前の子供たちの風景を教えてくれた人がいて・・・完全に負けた。
 終戦前には前島にはもう持ち舟がなくなっていて、勿論当時フェリーなんてものはない、子供たちは夏には、頭に教科書をくくりつけ泳いで本土までやってきたそうだ。大井川の渡しではあるまいし、思わず噴出したが、よく考えてみれば噴出す距離ではない。前島と本土は、一番近いところが300メートル位だが、ただの300メートルではない。瀬戸だから流れが速く、時にサメ(この辺りではフカと言う)も出る。実際にお尻をかまれることもあったらしいが、サメといっても小さいらしく、怪我をする程度で済んだらしい。
 牛窓の子なら誰だって泳ぐことが出来るから、なんでもない距離だが、下手をすれば流されるし、サメにもやられる。僕が青年だって出来ない。それを少年達がやっていたのだから・・・いい時代だ。
 今僕がいるところから見回せば当時も、僕が少年の頃も無かったものばかりだ。パソコン、テレビ、CD、明るい照明、血圧計、車、エアコン、ボールペン、カッターナイフ、レジ、調剤機、FAX、コピー・・・上げればきりが無い。むしろ何があったのだろうと言ったほうが早い。でも不思議なことに「何不自由なく」暮らしていたのだ。心を患う人も少なかったし、学校や職場に行けない人も少なかった。果ての無いいじめも少なかったし、家族を殺したりすることも少なかった。物を手に入れるたびに不自由を手にしてきたのかもしれない。果てしない欲望の逆襲は既に始まっている。
 



2015年07月02日(Thu)▲ページの先頭へ
ユニットバス
 僕が生理的に絶対受け付けないのが、アホノミクスとユニットバス。正確な表現かどうか知らないが、僕の言うユニットバスとは、風呂の中にトイレがぽつんとあるようなものだ。僕のイメージでは、トイレは壁を背にしているものだし、そもそも風呂場にあるのがおかしい。あんなに広々としたところでの孤独な作業は似つかわしくない。
 こんな時代遅れの僕の考えを肯定してくれるような論文が発表された。以下に示すものだが、要はウンチのほこりが風呂の中を浮遊しているってことだ。いや、トイレの中を浮遊しているってことだ。いやトイレ付の風呂の中を浮遊しているってことだ。
 洗面所においている、いや風呂においている、いやトイレにおいている、いやその全てが一箇所になっている空間においている歯ブラシを調べたら糞便で汚染されていた。ウンチまみれの歯ブラシで歯を磨いているのだから、他者のウンチを体に入れることになる。後は論文に任せるが、お腹の中は他者との共存だ。便利とも、きれいとも、垢抜けているとも思わなかったあれがやはりウンチまぶれとは・・・何か変、何かおかしい・・・古今、人がそんな感情を抱いたものはほとんど怪しげなものだ。

ユニットバスを大勢で共用すると、歯ブラシに糞便物質(Fecal Matter)が付く可能性があることが、米クウイニピアク大学(コネチカット州ハムデン)のLauren Aber氏らによって示され、米ニューオーリンズで開催された米国微生物学会(ASM)年次集会で発表された。なお、データおよび結論は査読を受けて医学誌に掲載されるまでは予備的なものとみなす必要がある。
 研究では、平均9人以上が使用する共同バスルームを使っていた学生の歯ブラシを分析した。その結果、保存方法にかかわらず、60%以上の歯ブラシが糞便物質で汚染されていた。また、歯ブラシの糞便物質が他人のものである可能性は80%だった。歯ブラシの洗浄方法が、マウスウォッシュ、冷水、温水などのいずれであっても、洗浄の有効性に差はみられなかった。
 Aber 氏は、「主な懸念は、歯ブラシが他人の糞便物質で汚染されることだ。他人の糞便物質には、自身の正常な細菌叢には含まれない細菌、ウイルス、寄生虫が存在する。歯ブラシカバーでは細菌増殖を予防できず、むしろ歯ブラシの毛が湿った状態で保たれるため、細菌増殖にさらに適した環境を作りだしてしまう」と述べ、米国歯科医師会(ADA)の歯ブラシの衛生に関する以下の推奨に従うべきだとしている。
 ・歯ブラシを共有しない
・使用後、水道水で歯ブラシを洗い、空気乾燥させるためまっすぐに立てて保管する
・同じ歯ブラシ立てを使用する場合は必ず、二次汚染を避けるよう離しておく
・歯ブラシカバーを使用しない




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