栄町ヤマト薬局 - 2015/06

漢方薬局の日常の出来事




2015年06月30日(Tue)▲ページの先頭へ
なんとなく最近夜の散歩の時、気になっていたものがある。それは半端なく大きくて輝く星だ。大きいといってどのくらい大きいかと言うと、偶然傍にある星の、4倍から5倍くらいあるように見える。そして明るく輝き続けている。
 昨日の夜、丁度8時頃、モコに求められて隣の駐車場に出た。昨夜は星空でなく、月と数個の星しか見えなかったが、西の山の上に、対の星があって、右側の星が一際大きくて輝いていた。それを星と認識するまでにかなりの時間がかかった。僕は何か人工的なものだと最初勘違いした。隣の星とあまりにも違うから、星とは思えなかった。最初は飛行物体のように思えたが、後のほうではもう少し想像力を働かせてしまった。そして最後には、冷静になって、何か大きな星と周りを回る惑星かと思った。
 この現象の真実を知らない手はないと思い、モコを促して家に入り、すぐにインターネットで調べた。キーワードを「西の空、明るい・・・」と入れようとしたら、すぐにヒットした。西の空に明るい星と言うタイトルでいっぱい出てきた。と言うことは多くの人が、あの巨大な星を見て驚いているのだ。そして右側の巨大な星が金星、その左で小さく見えるのが木星だと知った。どちらも有名な星だからこんなに大きさが違うことに驚いた。
 時に流星群とかが話題になるが、それらに興味を持ったことはない。だからあえて眺めようとしたこともない。昨夜は全く偶然から見つけたもので、それだから驚き好奇心も刺激された。何か天変地異でも起こるのか、何か良いことが起こるのか、天が何かに怒っているのか、そんな非科学的なことを髣髴させる巨大な星だった。



2015年06月29日(Mon)▲ページの先頭へ
復活
 今日は仕事中の時間を縫ってブログを完成しておきたかったのに、結局はこの時間まで出来なかった。月曜日と言うこともあって、漢方の相談の方と病院の処方箋を持ってくる方が重なったので、全員が忙しかった。
 今日僕が急いでいる理由は夜の9時から水戸黄門があるからだ。今日一夜の復活らしいが、毎日夕方の4時から再再再再再?放送を見ている僕が見逃すことは出来ない。僕の水戸黄門好きは少しは認められているみたいで、復活を知らなかった僕に親切に教えてくれた人がいた。
 自己矛盾でもあるが、権力大嫌いな僕が、印籠と言う権力の象徴みたいな物でものごとを解決する番組が好きなのが歯がゆい。権力も嫌い、悪も嫌い、その両方を兼ね備えているやつは反吐が出る。ただそうした奴等が多い。アホノとか五反田とか、昔なら打ち首獄門になってもいいような奴等がのさばっている。情けないことに、一番に犠牲になるような、いやいやまるでゴミのように処分されるような人間がそれらを無関心と言う名の手段でのさばらせている。自分で自分の首を絞めているとは正にこのことだ。百姓一揆が起こらないなら、助さん角さんを連れた、いやいや風車の弥七や疾風のお娟を連れた黄門様に期待したくもなる。
 後1時間半で始まる。


2015年06月28日(Sun)▲ページの先頭へ
顛末
 僕がセブンイレブンの肩を持つ必要はないのだが、ある縁で初めて口にしたものがあるのでその顛末を報告。
 セブンイレブンに勤めている親しい女性が教えてくれたのだが、そしてその訳は今だ理解できないのだが、何でも新発売の製品は初日の売り上げが大切なそうなのだ。そして彼女がドーナツが新発売になると教えてくれ、そのパンフレットを見せてくれた。それはいつも僕が気になりながら決して買うことが出来ないミスタードーナツを髣髴させるものだった。その元祖ドーナツを食べたことがないから外見でしか言えないが、なんだかべとべと甘いものを塗りたくっているイメージがあり、如何にも「甘くておいしそう」だ。僕は甘党だから、健康志向ではない。それなのに何故買えないかと言うと、セルフか店員に頼むのか分からないことと、いつも行列が出来ていることと、僕ら世代の男性を見かけないことと・・・要は恥ずかしいのだ。食べてみたいけれど食べられない、それがミスタードーナツだ。
 そんな話をすると彼女が、実際には僕ら世代の男性が甘いものを良く買いにくると言っていた。如何にも似つかわしくないが、実際には結構な数らしい。だからひょっとしたらセブンイレブンは恥ずかしがり屋の世代を上手く取り込んで、予想以上の売り上げをするかもしれない。と言うのは食べてみてかなり美味しいのだ。姪はもちもちしていると表現した。僕は比較の対象を持っていないので、美味しいと言うしかないが、それよりも売れるだろう、そしてミスタードーナツが潰れるのではないかと経済評論家になっていた。
 我が家分と姪の家族分と、かの国の女性達の分合わせて31個買った。かの国の女性に夜、持っていってあげたら今まであげた物の中では一番喜ばれた。珍しくほとんどの人が僕の傍にやってきて、いちいち美味しいと報告してくれた。僕にはそのお礼の丁寧さが「マタ、オトウサンオネガイシマス」に聞こえるが、喜ばれたのだから嬉しいことだ。
 セブンイレブンのドーナツは、美味しい、恥ずかしくない、値段も安い、人に上げて喜ばれる。このキャッチコピー、買ってくれないかな!


2015年06月27日(Sat)▲ページの先頭へ
思う壺
 「親父が脚立に上って木の剪定をして困る。落ちて怪我をしても知らんぞと言っているんです」と、僕より数歳は上に見える男性が、あきれたように言うが、それは違う。5月の頭には「一日中痛い痛いと言っているのに、病院に行っても先生は相手にしてくれんから、親父がぼけてきて何にもしないんです。1日中寝ているし、飯もちょっとしか食わんし」とその男性はそれこそ心配そうに言っていた。わずか2ヶ月でこれだけ評価が違う。奇跡的と評価してくれるが、それもまた違う。
 息子がその男性の漢方薬の処方箋を発行し、患者さんが持ってきた。といっても本人は90歳を過ぎているから、息子さんが代理で持ってきた。おおむねいい処方だと思ったが、一工夫できるので息子に電話をかけ、ある生薬を足してもらった。それを飲んだ結果が「脚立に上る」だから、してやったりだ。これこそ漢方薬の力だろう。恐らく今までかかった医者たちは、老化だから仕方ないといってほとんど親身に接することはなかったのだと思う。息子が診察しているときに偶然やって来た患者らしいが、鍼を打ってあげて、漢方の処方箋もきったのだから、患者さんがすごく喜んだらしい。どうなってもいいと自暴自棄のような言葉を吐いて家族を困らせていたらしいが、以来前向きになって、次第に、いやあの年齢なら、見る見る元気になっていった。
 「昨日まで元気、今日死ぬ」かの国の女性達が教えてくれた、かの国の人死に方をこの国の人も見習わなければならない。そのためには「今日元気」が必須の条件だ。
 お年よりは、数ある病気を攻めるより、栄養失調を防ぎ、漢方薬で元気にしてあげたほうが生活の質は上がる。薬攻めでは製薬会社の思う壺だ。




2015年06月26日(Fri)▲ページの先頭へ
中毒
 もうこれで学校保健委員会に二度と呼ばれることはないだろう。
 今年も始まった。父兄の代表と医師、歯科医師、栄養士の情報交換の場だ。といいながら話の密度はとても低くて、こんな会あってもなくてもいいようなものだ。ただ、学校としては帳面を消したいのだろう。こんな会より、教育現場への不当な介入を糾弾する会のほうがよほど価値がある。ところがそこまで身を挺して権力から子供を守る気概が今の教師集団にはない。
 今日のテーマは、ソーシャルネットワークとの付き合い方と言うものだが、僕には助言できる資格がない。今のゲームを昔のパチンコに置き換えれば、一番危ない人間だったのだから。6年間パチンコ中毒状態で暮らしたが、良くぞ立ち直ったものだ。牛窓に帰って、偶然パチンコ屋が遠くにしかなかったことが幸いしたのだと思うが、自分の意思で何とかなるなど不可能なくらい脳みそは汚染されていた。そんな前科もちが親に説教できるわけがない。そしてこれは推測だが、親もそれなりに汚染されているのではないか。だから親自体も偉そうに言える権利はない。そこで僕が提案したのは、いっそのこと制限などせずに、とことんやらせたらどうかと言うものだった。現代で、多くの成り上がり者はコンピューターお宅ではないか。コンピューターを駆使できる人間が起業して大成功を収めているように思う。だから賭けてみればいいと提案した。あわよくば大金持ちの親になり、あわよくばネットお宅の親になる。
 何十万人ものブレインが、日夜子供や青年、いやいや壮年老人までをも中毒にしてお金を巻き上げようと虎視眈々と狙っているのだから、親が子供を守れるわけがない。勝負はもうとっくについているのだ。どうせならいっそのこと博打に出る、これが僕が提案したスタンスだ。まあ、1日6時間、6年間毎日パチンコ台とにらめっこして薬剤師になれたのだから、父兄に自信は与えることは出来ただろう。


2015年06月25日(Thu)▲ページの先頭へ
下流
「若者と国家−自分で考える集団的自衛権」とのタイトルで「憲法九条やまとの会」が主催、今月13日に市保健福祉センターホールで開かれた。イベントではアイドルグループが「諸悪の根源、自民党」「本気で自民党を倒しましょう!」などと自民党や安倍晋三政権を批判する内容を替え歌で歌ったという。
 

 この記事を読んだ人も多いだろうが、出来れば桑田何とやらの二の舞にならないで欲しい。もっとも、何とやらが同じような趣旨のことを口走っても所詮金儲けの手段だろうが、ことアイドルとか言う世代の人間ともなると、さすがにアホノミクスの低級な野心の犠牲者になる可能性を感じているかもしれない。もともと芸能界に入るくらいだから頭はそんなに良くはないだろうから、どの程度の理解力で言っているのか分からないが、所詮機械の部品みたいに磨り減るまで使われ、捨てられる存在でしかないのだから、パフォーマンスでも何でもいいから一矢報いておくべきだ。
 浜先生は僕より強烈でドアホミクスと言っているが、先の憲法違反だとダメ出しを出した小林先生もまた正にぴったりの呼称を使っていた。「バカ殿」がその呼称だが、見るからに抜けた顔をしているし、金持ちのお坊ちゃんらしく、相手の言うことを聞くことができずに、煙に巻く話法だけを身につけている。乳母か女中かに育てられた人間くらいでないとあんな支離滅裂な言葉で威嚇したりしない。
 ガキにもバカにされる程度の人間がもうすぐ持たなくなり、又お腹が痛いから辞めると言い出すだろう。中流階級から下が、もうすぐもっと下流に流される。その時にバカ殿は殿中でござる。


2015年06月24日(Wed)▲ページの先頭へ
鰹節
 まるで鰹節だ。叩けば金属音がしてきそうだ。そう言えば色も似ている。どれだけ紫外線に曝露されればここまで色が黒くなれるのかと思うくらいだ。強靭なんだろうなと思わず見とれていた。
 ある相談でやって来た男性だが、患部は明らかに負荷の掛けすぎだ。だからそれを病気とは言わない。無理のしすぎ、いや、無茶のし過ぎと言った方がいいかもしれない。自業自得、確信犯、どれもあたるが、本人にはそれをやめる選択肢はない。傷めた原因を毎日繰り返しながら治してくれと言うのだから、まるで少年のような回復力がないと難しい。
 当然僕は考える。効かないものは作りたくないから、何とかなると思えた時だけお手伝いをする。もし回復させてあげられたらかなり喜んでもらえる。人生をかけている事があり、正に邁進しているのだから、こちらもやりがいがある。自分がとても出来ないような活躍をしている人の手伝いは、その人を通して僕の行為が何百倍も何千倍にも役に立てれることになる。いわば便乗して喜びを拡大する。そんな出会いがあるのが漢方薬を勉強してきた最大の恩恵かもしれない。
 漠然とした文章で申し訳ない。わざとぼかして書いた。その男性が「実は僕は〇〇の日本チャンピオンなんです」と教えてくれたばっかりに、具体的に書けなくなった。とにかく、極めた人のすごさを至近距離で見せてもらった。と言うより触らせてもらった。まるで鰹節だった。


2015年06月23日(Tue)▲ページの先頭へ
時代遅れ
 漢方薬の処方箋を持ってきた方のために漢方薬を作っていたら、電話が鳴り、娘婿が出た。なにやら蕁麻疹の相談みたいだった。僕に振ってくるのかと思っていたら、自分で相談を受けていた。話の成り行きからストレス性のものだろうというようなことを言っていた。蕁麻疹を単なるアレルギー反応として捉えて治すのが一般的だが、原因を心因性のものに求めて治すのは誰もが出来るものではない。でも彼は、恐らく相談内容から類推したのだろう、精神領域の漢方薬で対処できると答えていた。主に病院の処方箋調剤を中心にやってくれているのに、いつ覚えたのだろうと不思議だったし嬉しかった。
 同じように僕が手を離せなかった時に、漢方薬の処方箋を持ってきた鼻炎の方がいた。薬を作って患者さんが来るのを待っていたのだが、運悪く患者さんがやってきたときに僕がまたまた応対できなかった。娘が応対したらしくて、その方の印象を教えてくれた。僕はその人の印象より養生法を教えて上げれなかったことが気になった。ところが娘がその後、こんなことを説明したと言って教えてくれた。その指導内容は僕がもし応対していても全く同じことを言うだろうというものだった。結局僕の心配は不要だったのだ。
 この2年間、市民病院の処方箋を受けたせいで、漢方薬は勿論、OTCですら応対するチャンスが激減していたのに、僕が応対するのを視界の隅のほうで捕らえていたのかもしれない。薬剤師だから基礎は分かる。応用部分は体験を積むしかない。自分達が直接応対していなくても、仮想空間で応対していたのかもしれない。
 7月から本来の薬局に戻る。家族一同で楽しみにしている。こんな薬局はいまどき時代遅れのようで、それでいてなくてはならないものを目指そうと思っている。何処に行っても治らなかった人を、少しでも改善に導く。これに尽きると思っている。


2015年06月22日(Mon)▲ページの先頭へ
金だらい
 その雲を見てしまったばかりに、結構プレッシャーになっている。携帯で写せば簡単にその時の雲の珍しさを共有できるのだけれど、なにぶん何も持っていないので貧弱な言葉で説明しなければならない。それが出来るかどうかかなり不安だ。素人だから出来ないことは最初から企てなければいいが、そこは潔癖症の僕だから、今回だけ文章にしないのは許せれない。へんなプライドがまたまた邪魔をする。
 実はその雲を見上げながら、どう表現したらこの感動を皆さんに伝えられるのだろうと考えた。狭いテニスコートを早朝何度も何度も周回したのだが、さすがに良いアイデアは浮かんでこなかった。北にオリーブ園が迫っているから、空の4分の3くらいを覆っている雲は一様ではない。恐らく僕が見ている雲のさまは無限のバリエーションで空を覆っているのだろう。それを無限の言葉で追いかけるわけには行かない。気弱になりながらも、何か表現できる言葉を捜していた。そして結局あるものを思いついて、書けるかな?と思うことが出来た。
 大きな洗面器、いやいや小さすぎる。僕らが子供のときは金だらいと言うものがあった。祖母や母がそれで洗濯をしていた。子供だったら水浴びが出来る。その金だらいに水をはり、墨汁を筆でたらしたらどうなるだろう。恐らく円形に中心部は濃く、先端に行くほどうすくなる。次に、筆を水の中で曲線を描くように動かしたらどうなるだろう。筆に近い部分は濃く、既に筆から離れたところはうすいだろう。そしてそれを人間の手ではなく、多くの筆で多くの場所で一斉に行うとどうなるだろう。幾重にも重なったところは濃く、又先端同士が重なったところはそれよりもうすく、その重なり具合は無数の組み合わせがある。そして形も。基本的には筆を曲線状に動かしているから、多くの曲線がなせる無数の形が出来るのだが、曲線と言う共通項を残しているから、あたかも統一が取れているように見えて、実はどれ一つ同じものはない無数の造形が金だらいを埋め尽くす。
 正にその造形が空と言うキャンパス一面を覆い尽くしていたのだ。今にも雨が落ちてきそうな雲と、軽くてずっと高い位置を泳いでいる雲とが、重なって奥行きも作っていた。驚いたことに、はるか低空を1人独立したかのような綿菓子雲が北から南へなびいた。
 僕は飽かずに眺めていた。こうしたことに興味を持つことが出来て、歳をとるのも悪くはないと思えた。ただこうした感情も、首や腰の重だるさに比べれば、些細なものであるといえるほど、歳をとるのは本当は辛いものだ。




2015年06月21日(Sun)▲ページの先頭へ
介護施設
 紐で首からぶら下げたエプロンは、魚屋さんで主に見かける。水仕事だから必需品なのだろう。そのエプロンを茶髪の兄ちゃんがしていた。魚屋さんのように黒くはなく緑色だったから余計似合っていた。
 今日は午前中に母の施設を訪ねた。母のところに行こうとすると、職員が丁度風呂に入るところでしたと言って、風呂場のほうから車椅子を押して母を連れて来てくれた。僕との戸外での散歩をよく理解していてくれて、母の風呂の順番を工夫してくれるそうで、ゆっくりお母さんと散歩してくださいと気を使ってくれた。
 早朝の雨が嘘のように上がり、夏を思わせる強い日差しがその時間帯には施設に隣接するグラウンドにも届いていた。少年野球のかわいい選手達の練習を2人でしばし眺めた。テレビでのスポーツ観戦が好きだった母だが、何を思って見ていたのだろう。
 練習を終え解散する子供たちに合わせて僕らも施設に戻った。約束どおり風呂場に母を連れて行った。そこでは椅子に腰掛け順番を待っているお婆さんが2人いた。そして奥で体を洗っている2人の老婆が見えた。一人はベッドみたいなのに横になり両側から職員が体を拭いていた。もう一人は腰を掛け背中に一杯石鹸の泡がついているのが見えた。寝ているほうはあまりよく見えなかったが、背中に石鹸の泡が一杯ついている光景は、安心の光景だった。そして感謝の光景でもある。母を我が家で介護していたときは、母の発するおしっこの臭いが、結構苦痛だった。いくら紙おしめと言っても、少しは肌に不快感があるのではないかと思うが、それを表現することは母には出来ない。介護するほうもされるほうも、この不衛生の壁は高い。素人には限界があるのだ。風呂場で見た光景は、プロの設備であり技だ。これだから母といつ会ってもなんら不快感が伝わってこないのだ。排泄をクリアすれば介護はかなりの部分が達成されることになる。まるで姥捨てだと自分を責めていたが、最近は母の清潔振りと、笑顔を多く目にするにつけ、介護施設にお世話になってよかったと感謝するばかりだ。
 日曜日の朝の10時過ぎ。あの若い青年は、仲間と遊びたいだろうに、緑のエプロンをし、手にはスポンジを持って、老人達の体を洗ってあげている。自分の親や祖父母には決してしないようなことを、まるで堂々とやっていた。介護職につく成年男子の上に、今日のように、まぶしい陽がさしてくれることを望む。


2015年06月20日(Sat)▲ページの先頭へ
壮絶
 とても良く効いている煎じ薬を取りに来るのが数日遅れているから、どうしたのかなと心配していたら、お母さんが亡くなり葬式などでばたばたしていたらしい。そのことを教えてくれたときに僕が最初に口にした言葉は「それはそれはおさびしいことで!」と言うような格式ばったものではない。そんなことを言うと舌を噛んで血だらけになってしまう。「本当?よう生きたな。骨と内臓しかなかったのに。僕は数年前からお母さんのことにすごく興味を持って見ていたから、すごいよな。人間って、内蔵と骨だけであんなに動くことが出来て、生きることが出来るんだものね。お母さんに教えてもらった!」と、こんなものだったと思う。お悔やみは言わない。ただお母さんが懸命に生きたことを知っているから、お嬢さん夫婦とこんな会話が出来る。二人も、お母さんをしきりに褒めていた。最期の数ヶ月はさすがにやっては来なかったけれど、それまでは本当に人間の強さを教えてもらった。体重が30kgを辛うじて上回っているくらいだから、肉も脂肪もない。あるのは内蔵と骨だけだ。こうした表現は不謹慎から出ているのではない。夫婦とこの言葉を共有している。そのための薬も飲んでもらっていた。治療と言うより補給に近い薬だが、それこそが手伝いになったのだと、お母さんの長生きが証明してくれた。何とかお母さんを元気にしたいと言う希望は病院の治療ではかなえられない。病院は死なないための医療をするところだ。僕は母の経験から、お年寄りはまず飢餓から救うことが大切だと思っている。まるで栄養失調で死ぬがのごとくやせ衰えるのを見てきたから。
 肉も脂肪も無くなった人の生き様は、壮絶と言う言葉が一番適している。身をもって教えてくれた人が苦痛から解放されたが、その方はまだまだ生きたがっていた。


2015年06月19日(Fri)▲ページの先頭へ
野生
 田舎の薬局だからか、全国同じか、我が家以外に薬局を知らないから、薬の配達をどの程度してあげているのか分からないが、僕の薬局は多いほうに属すると思う。それぞれに固有の理由があって薬局に来ることができないのだから、我が家では快く配達してあげている。いわば買い物難民の先進地みたいなところだから、早くから配達が多かったのも当然といえば当然だ。
 配達をしてあげてとても喜び、丁寧に礼を言われることがほとんどだが、時に何様かと思う人もいるらしい。僕が配達には出ないから実際のところはわからないが、堪忍袋の緒が短い僕が出かけて行っていたら、喧嘩になりそうな報告も時に紛れ込む。
 この女性の配達から帰った妻が様子を教えてくれたが、「おもしろてやがてかなしき・・・」の世界だった。まるでゴミ屋敷の中に上がりこまないと配達は完了しない。体調が悪くて玄関まで出て来れないのだ。家族もいるが無関心で、お金を手渡しする発想もない。恐らく数歩歩くだけで、商品もお金も行き来できるのだが、それすら手伝わない。もともとの能力か、日常の動きが減ったせいか、少しずつ言動が不安定になっている。そして今日ついに・・・
 ベッドのところまで商品を運んであげた妻にその女性が代金を払おうとしたのだが、どうやら財布が見つからなかったらしい。そしてその女性がとった行動が「おもしろて、やがてかなしき」の世界だったのだ。「奥さん、これでこらえてちょうだい」とお金の代わりに差し出されたのが、枕元にあった(と言っても何処から何処までが枕元か分からないらしいが)錆びたはさみらしいのだ。さすがに妻もはさみをもらっても仕方ないので、一緒に財布を探したらしいが、笑えたのは一瞬で、その後は有り触れたこの国の隠れた日常の風景だろうと想像して哀しくなった。
 一方では人の命をむさぼって巨大な富を築いている人間がいて、一方ではとことん落ちぶれている人間がいる。まるで野生の法則そのままに強者が弱者を食い殺す。巧妙に狡猾に。
 取り返しがつかない時代の一歩手前に僕たちはいる。



2015年06月18日(Thu)▲ページの先頭へ
不合理
 この雰囲気だと「えーい、らっしゃい」と声を掛けたいくらいだ。
 電話があるのが事務室で調剤室ではないから、電話注文を受けたら、黒板に人の名前を書き、調剤室で薬を作る。勿論、複数の薬の注文も結構あるから、商品名も書く。逆に調剤が終わり発送の用意が出来たら、黒板の名前を消しに行く。又途中で確認にも行くことがあるから、結構調剤室と事務室を往復していることになる。
 最近、この動きが気になりだした。どう考えても不合理なのだ。何とか工夫したいなと思っていたときに思いついたのが、レストランなどで注文を聞いたらメモらしきものを目の前に貼って、それを確認しながら料理を作って行く段取りのよさだ。丁度目の前の高さには金属製の棚があるから、磁石なら簡単にメモを挟むことが出来る。早速磁石を数個買ってきて今日からスタンバイした。
 朝から電話がひっきりなしに鳴る・・・・・様な薬局ではないから、いやどちらかと言うと手持ち無沙汰な薬局だから、能率など考えなくてもいいのかもしれないが、電話の内容を紙切れに書きとめ、それを持って調剤室に行き、目の前に貼って、それを見ながら調剤すると、結構能率が上がるような気がした。実際にどの程度貢献できているのか分からないが、レストランの厨房を想像しながら働くと、モチベーションが結構上がった。
 変化に乏しい仕事だから、こうしたちょっとした工夫を楽しむのは牛窓に帰ってからの習性だ。元手をかけずに創意工夫だけでやって来た。「えーい、らっしゃい」などと声を掛ける必要がない薬局を目指してやってきた。医者より患者のほうを見ることが出来る薬局を目指してやってきた。




2015年06月17日(Wed)▲ページの先頭へ
特許
 まだ改善の余地はあるが、東京特許許可局だ。
 今日か明日かと飛び立つのを待っているが、なにぶん姿が見えないので想像がつかない。ただ、親鳥が餌をくわえて帰ってくるといっせいにチーチーと鳴きだすので、雛があの憎きカラスから逃れて無事育っている事が分かる。昨年の失敗の教訓で、今年は初めての試みを娘夫婦がやった。それはいつもツバメが巣を作る店頭のひさしに下に、厚紙を針金でぶら下げておくのだ。天井と紙は並行になっていて、恐らくその間隔は20cmくらいだろう。ツバメが巣作りのために偵察に来ていた頃に試みに厚紙をぶら下げ、ツバメが警戒せずに巣に出入り出来る間隔を微調節して今の幅になっている。ツバメがぶら下がった厚紙に警戒しなくなってから次第に厚紙の数を増やし、今では50cmX1mくらいの大きさになった。いわば中二階が出来たようなもので、ツバメの大きさなら自由に進入できるが、カラスの大きさだと羽ばたくことが出来ない。おまけに厚紙の中二階に至るすぐ前に、針金で作った輪っかを下げているので、警戒心の強いカラスは余計近づけないだろう。見るからに罠なのだから。
 改善の余地とは、カラスを完全に遮断できたのだが、残念なことに一度もまだ雛を見ていないのだ。厚紙を透明なプラスチックか何かにすれば下から全てが見えたのだけれどそこまでは思いつかなかった。来年はきっと娘夫婦もそのあたりを工夫するだろう。僕はまだ一度も雛が見えていないので、自撮りのための棒で写して見せてと娘に頼んだが、いまだ実現していない。今度の攻防の為に大きな三脚をわざわざ買ったのだから、せめて一度でも見せてくれればいいのにと思うが、肝心の自撮り棒を持っていないのだろう。もっともそんなものを持っている娘だったら残念だけれど。


2015年06月16日(Tue)▲ページの先頭へ
食い物
 息子のところに、ある調剤薬局チェーンの薬剤師が、生薬のリストを持ってきたらしい。息子が煎じ薬を処方していると聞いて、処方箋を回してほしいということだ。息子はそのリストを「ふーん」と言って受け取ったらしいのだが、今日別ルートから面白い話を聞いた。
 ある漢方問屋に、急遽生薬の在庫が無くなって取引を依頼してきたらしいのだが、何を言ってきているのか分からなかったらしい。「シバコと、クズネ」が欲しかったらしいのだが、生薬にシバコと言う名前のものもクズネと言う名前のものもない。後で分かったらしいのだが、シバコはサイコ(柴胡)でクズネはカッコン(葛根)だったらしい。実は何も漢方薬のことを分からなくても、薬剤師なら材料さえあれば調剤できる。ただ、本当の分業と言うものは、薬剤師が処方にまで介入できて意見が言える位対等のものでないといけない。ところが日本の分業は、医者の機嫌さえとっていれば、お金がガボガボ入ってくるのが実情だ。患者の意向を尊重しなくても医者のご機嫌さえ損なわなければ高収入は保証される。だから1枚でも多く処方箋を獲得しようとするのだ。患者が治ろうが治るまいが関係ない。処方箋と言う名の金券を回収することが全てだ。
 若くして先生と呼ばれる薬剤師の人格は、いつ何処で鍛えられるのだろう。社会人1年目から高収入で、もし底辺を知らないとなると、本当に病んでいる人達の傍らに立ち、回復を手助けできるのだろうか。単なる白衣を着た集金マシーンではないのか。現場に立たずに薬剤師を雇うだけの薬剤師の高給もやっと問題になってきた。業界団体と政治屋の美味しい関係が物言わぬ庶民を食い物にする。



2015年06月15日(Mon)▲ページの先頭へ
自負
 僕の次女、三女が突然やってくるときには、必ずと言っていいほどお願い事がある。ところが今日は何度尋ねても、ただ遊びに来たを繰り返す。それでも信じられないから、3時間ほどの間で思い出したように尋ねてみた。夜の10時過ぎの邑久駅発の電車で見送ったのだが、その時間が近づくにつれ、今から問題ごとを相談されても時間がないと、楽しい会話の底で少しばかり身構えていた。異国の地で、完全には日本語を使いこなすことが出来ないのだから、正式な書類を書いたりするときには必ず僕の存在が役に立つが、珍しく何も相談されることはなかった。
 折角来たのだから、そしてこの2人は珍しく「にぎり」が好きだから近くの魚一と言う、鮮魚店がやっているすし屋さんでにぎりを取ってあげた。新鮮そのものだから美味しい。二人もとてもおいしそうに食べてくれた。そしてそれを食べ終わった頃、妻が立派なケーキを持ってきてくれた。僕は二人がやってきたときに丁度ある患者さんの相談に乗っていたので気がつかなかったが、二人のお土産らしい。ハードなアルバイトで稼いだお金でもったいないと思いながら頂いたが、そして申し訳ないが、美味しかった。
 僕が美味しいというと、彼女達が今日尋ねてきた理由を教えてくれた。それは一ヶ月早い僕の誕生祝と、父の日の祝いらしい。どちらも今日とはずれているが、当日にはやって来れないから今日来たらしい。それにしても僕の誕生日を知っていてくれたことには驚く。恐らく日本に最初に来ていたときに妻から聞きだしていたのだろうが、覚えていてくれたことに感謝だ。薬剤師としてのつながりは、かなり多くの人と持っていると自負しているが、薬剤師の肩書きを取ったときには、数えるくらいしかないのではないか。薬を介在しなければ、結構寂しい人間ではないのか。
 「オトウサン、〇〇〇〇デ ヤッキョクデキマスカ?」と尋ねるから、法律的に僕の薬剤師免許は外国で使えないから無理と答えると、「〇〇〇〇ジンノヤクザイシサガス」と言った。なるほど、それは可能だろう。現地の薬剤師を雇い、僕が指示すれば漢方薬局を開くことは出来る。こんなことをけなげに考えてくれる次女、三女を見ながら、この国も、あの国も、争いのない、悪意のない国であり続けて欲しいと思った。


2015年06月14日(Sun)▲ページの先頭へ
人体実験
 「ゲージに入れている犬を連れて入ってもいいですか?」と尋ねられたことで二つのことが簡単に分かる。ひとつは薬局に犬を連れて入ってもいいかと許可をもらう良識。もう一つは犬を愛する気持ちの深いこと。気温が上がって、車に残しておけば熱中症になるかもしれないと心配のあまり許可を願い出たらしい。即座に女性の人柄にうたれた僕は「放し飼いにしてくれてもいいですよ」と答えた。
 煎じ薬を取りに来た女性が面白い話をしてくれた。彼女が飲んでる煎じ薬はとても香りがよく、そのまま捨てるにはもったいないと最初から言っていた。確かに作っているときからいい香りがする処方で、僕も美味しいだろうなと思っていた。 彼女はもう一匹、老いた大型犬を飼っているらしい。大型犬だからとてもウンチガ臭くて、庭が臭うらしい。そこで彼女は煎じた後のかすを庭に撒いたらしい。すると彼女の考えたとおり、ウンチの臭いがずいぶんと減ったらしい。畑にまいて肥やしにする人はままあるが、消臭のために使った人は初めてだ。
 するとその撒いた漢方薬のかすを、大型犬がおいしそうに食べたそうだ。これも初耳だが、確かに薬草だし、いい香りがするから犬が好んで食べても不思議ではない。その上出がらしといえども、食べて健康になったら儲けものだ。犬が食べても胃腸が強くなり、免疫が上がり、菌やウイルスに強くなるはずだ。全く自然の薬草のみで作っているから、動物が自然に受け入れてくれたのだと思うが、願ってもない人体実験だ。いや犬体実験だ。
 日常のたわいない出来事の中に、耳を澄ませば真実の声が聞こえる。


2015年06月13日(Sat)▲ページの先頭へ
田植え
 「いつもお世話になっております。明日は雨が降らなければ田植えをする予定です。うちの地域も若者が少なくなったので、とうとう今年田植えをするのは我が家とあと1軒だけになってしまったようです。夏、一面緑の田んぼや、秋の金色の田んぼが見れなくなると思うと寂しいです…。」
 こんなメールをある若い女性から頂いた。去年、お家の周りを写した写真がメールで送られてきたことがある。だから、今回のメールで、僕にははっきりと明日の光景が目に浮かぶ。僕は小学校に上がるまで母の里に預けられ、正に戦後間もない頃の日本の農家で育ったことになるから、農家のことはほとんど分かる。牛も鶏も犬も猫もいたから、正に田舎の原風景の中で育ったことになる。唯一なかったのは、叔父(母の兄)の姿だ。本来なら、叔母と一緒に可愛いがってくれたはずなのに、日本の軍隊に殺された。南方に行かされ殺された。都会の金持ちが儲けようとした戦争で百姓の跡継ぎが殺された。どうしてこの家には僕の家のようにお父さんがいないのか幼心にも引っかかったが、いとこの底抜けの明るさに救われた。
 治水にも、生物の生命を育むのにも、勿論人間の命を保証するのにも欠かせない農業が、国の馬鹿政治屋どもに軽んじられ、彼女の言うように、寂しい光景に追い詰められている。土と共に生きることが合っている人達はいっぱいいるはずなのに、その人達には土地がない。食っていけない農業は、工場労働者を作り出すにはうってつけの供給源になる。車や船や工業製品が外国に売れるなら、日本の農業などどうでもいいのだ。資本家の手先の政治屋が、日本の農業を潰す。
 幼い時には目の前にいつもある山の緑も海の青も、まるでないのと同じくらい存在感がなかった。だけどこの歳になると
山の緑や海の青に感謝するようになる。まだ残念ながら、手を合わせるほど歳はとってはいないが、感謝の気持ちは芽生えてきた。彼女の家族がするだろう田植えの光景にも感謝できる自分がいる。 


2015年06月12日(Fri)▲ページの先頭へ
結託
 ある方に電話で相談を受けた。長年苦しめられているトラブルの相談。僕は今までどんな治療をしたか尋ねることはめったにしない。現在飲んでいる薬は併用注意のために必ず尋ねるが、過去のものは聞かない。それまでの治療が効かなかったから僕に接触してくれたのだし、先入観を持ちたくないからだ。白紙で臨むことをいつも心がけている。僕みたいな田舎の薬局に漢方薬を依頼してくれる人は、ありとあらゆるところで効果が無かった人たちがほとんどだから、全く新しい発想をしなければ期待に応えることはできない。依頼されたときには最大公約数の選択肢は既に除外されているって感じだ。自分の経験を唯一の武器にするしかない。
 と言うようなわけで、この方は僕が尋ねたのではない。自分で「〇〇湯を病院で出してもらってずっと飲んでいるんですが、全く効果が無くて苦しんです」と言った。病院でもらっている漢方薬のメーカーを尋ねたらかの有名な〇〇〇だった。あの会社は日本で使われている漢方薬の圧倒的なシェアを誇っているが、僕は使ったことがない。僕が若いときに漢方の研究会に入れてもらうときに唯一出された条件が〇〇〇の漢方薬を使わないことだったので、かたくなに守っている。電話の主が教えてくれた処方はどう見ても正しい。僕が考えてもその処方しか思い浮かばない。だから僕は、効かなかったという同じ処方を送った。ただし製薬会社は日本のではなく台湾のものだ。台湾の漢方薬はとても濃くて、エキス製剤でも煎じ薬に如何に効果を近づけるかで努力している。すると漢方薬が届いた翌日の夕方には効果が出て、今までの苦痛が何だったのかと思うくらい苦痛から解放されたらしい。
 あっという間に押しも押されぬ漢方の製薬企業になったあの会社も、製品自体はしれている。政治力に長けていたのか知らないが、いい目をしすぎではないかと僕は思っている。限りある資源の錬金術師だと思っている。それに乗らされている医療人たちが僕には残念で仕方ない。何処の世界でも同じようなことが起きているのだろうな。庶民には絆とやらを押し付け、自分らは似ても似つかぬ結託で暴利をむさぼる。


2015年06月11日(Thu)▲ページの先頭へ
 薬局に入ってくる瞬間にずいぶんと回復している事が分かった。2週間前、薬局に入ってくる瞬間に心を病んでいる事が分かったのとは対称的だ。今日もこうした心を病んだ人が、数人来た。僕が決して標榜しているわけではないけれど、そうした人が多い。
 その中で実際に心療内科の薬を飲んでいる人は1人だけだ。後の人は、漢方薬のおかげで必要に無くなった人、元から拒否して漢方薬しか口にしない人だ。僕はこの種のトラブルも漢方薬が得意な分野だと思っている。ハーブと言い変えてもいほどの漢方薬がたくさんあって、人を心地よくさせ、ストレスから解放してくれる。そして何より漢方薬が優れているのは、漢方が排泄の医学と言われるように、大便や小便を良く出すのと同じように、ストレスさえも体外に出してくれるのではないかと思われる反応だ。身も心も軽くなると言える。おそらく何千年もかけて、壮大な人体実験のおかげで生き残った処方なのだ。
 とってつけたような理論で使われる安定剤や抗鬱薬より、出来れば自然の恵みで治ったほうがいい。治るという言葉が使えるような経験を僕はいくつもしている。単に症状をマスクして、なんとなく無気力で生きていくのは本人は不本意だろう。窒息しながら生きていくことを強いられている現代人が、悲鳴を上げているのが心のトラブルだ。それを強いてわが懐を肥やしている人間達にこそ、化学薬品の最終処分場になってもらいたい。




2015年06月10日(Wed)▲ページの先頭へ
感謝
 「こんな音があるとは分からなかった」と娘が言ったが、実は僕も同じような印象を持ちながら聞いていた。2万円がもったいないと思いながら、こんなに違うものかと認識を新たにしながら、結局は諦めた。
 クロネコヤマトは毎日2度寄ってくれる。朝一は薬をメーカから運んでくれ、午後4時半は、僕が全国に発送する漢方薬を取りに来てくれる。今日の朝一は薬に混じってポータブルステレオらしきものが届いた。小さくて軽い。恐らく今使っているラジカセが、それは数年前に娘婿にもらったものだが、CDを聴く機能だけ残して後は総崩れ状態になっているから、若夫婦が買い換えたのだと思う。もともとは彼らのものだから僕が口を出すことは出来ないが、正直使えるものを捨てることが出来ない僕としたら「もったいない」とすぐに思った。だけど、どんなことも基本的には口をはさまないことにしているから、今回も傍観していた。
 所詮、意にそぐわない出来事だから頭の中からすぐにその出来事は消えていた。ところが仕事をしながらいつも聴いている曲なのにずいぶんと迫力があることに気がついた。小さなステレオなのに低音が空気を揺らしているのだ。柄に似合わず結構低音がお腹に響く。同じことを娘も感じたのだろう。だから冒頭のような言葉を口にしたのだ。
 パナソニックの箱に入って送られてきていたが、結構2万円で音って変わるんだと驚いた。たった2万円でステレオが手に入る時代も驚きの対象だったが、どんどん喜びの価値が下がっているような気がした。たった2万円でこの音が手に入ってはいけないだろう、価値を下げるななどと逆説的なことが頭に浮かぶ。
 円安のせいで、外国人観光客が大挙して押し寄せ、がま口のような顔をして闊歩する。僕はあの光景が嫌いだ。接待するこの国の人たちがさもしく見える。低脳政治屋はアメリカに媚を売り、商売人は東南アジアの人に媚を売る。2万円の音を聴きながら、人間除染機として来日してくれる外国人に、実は感謝している。


2015年06月09日(Tue)▲ページの先頭へ
相場師
 上には上がいるものだ。今日はあるおばあさんのことを書こうと思っていた。89歳で、免許の更新をするついでに隣町からやってきて寄ってくださった方だ。おうちの隣が薬局らしいが、なぜか30年近く僕の薬局を利用してくれている。ある薬を根気強く飲まれているおかげか、元気そのものだ。今でも20分くらい車を運転して買い物に来る。牛窓警察署が免許の更新の場らしいが、3年後の更新についてもう心配している。目が見えにくくなっていたらどうしようと言うのだが、それ以外を心配しないところがすごい。もっと心配するところがあるだろうに、目のことしか心配しなかった。3年後と言えば92歳だ。御主人がなくなって30年、息子さんが亡くなって数年、いつも緊張して暮らす環境の人は、モチベーションを高いところで維持できるのか、若くてしっかりしている。
 ところが、ところがだ。上には上がいる。
 息子がある方の漢方薬の調剤を依頼してきた。「明日の午前中着くように送ってあげて、仕事に行くらしいから」と言いながら仕事と言う言葉のところでくすっと笑い声を漏らした。理由は92歳のおばあさんが仕事に行くと言ったからだと思う。それは今日の午前中の話だったのだが、夕方になって荷物を発送したかどうかを改めて尋ねてきた。まだクロネコの集荷がないと答えると、明日は10時に出かけるから、10時までに届けてあげてと言うことだった。クロネコの午前の配達は、時間単位で区切られていないので、こうなれば配達してあげるしかない。岡山市でも、牛窓の隣の地区だったので妻が配達してあげた。そして配達から帰った妻が興奮気味に教えてくれた。漢方薬を届けた女性は92歳なのだが、70歳代後半にしか見えなかったと言う。そしてその女性が10時に出かけるというのは、あるものの買い付けに津山まで自分で車を運転して行かなければならないかららしい。津山まではそこからでも2時間以上かかると思う。それを1人で運転して往復すると言うのだ。あるものの買い付をし、値段の交渉をし、それをトラックで配達してもらい県南の商店におろすというのだ。現役バリバリの相場師だ。
 北海道で一家4人を殺したばか者達がいる。これから何十年刑務所に入り、何億の賠償を強いられるのか知らないが、若者の方が老婆達より醜くてどうするんだと思うが、これが美しい日本の現実だ。誰の都合でそんな醜い言葉を唱えなければならないのだ。


2015年06月08日(Mon)▲ページの先頭へ
兄妹
 娘が久しぶりに漢方の患者さんの相談に乗った。今月一杯で市民病院の分院が閉鎖されるから、2年ぶりに本来の形態に戻そうと気持ちを持っていっているところだった。そのために気持ちの準備が出来ていたのか、初めてやってきてくださった人を応対していた。牛窓に帰ってから僕がお世話している漢方の勉強会に出席しているし、僕の先生のところで直接教えも乞うたし、僕の薬局でも結構相談に乗っていたが、この2年は病院の薬を作る為に漢方の相談まで手が回らなかった。軒並み僕が応対したが、傍で見ていたから現場を離れたわけでもない。今日の患者さんに処方した漢方薬も、僕が応対しても同じ処方になるくらい一致していたから、ほっとした。
 息子も最近は1日に複数の患者さんに漢方薬を使っている。効果が出てとても感謝してくれる人も結構な確率でいるから、本人のモチベーションも高いみたいだ。不思議なことだが、漢方薬には医者しか使えない処方と、薬局でしか出せない処方があり、その両方を兄妹で作ることが出来るから、2人がそれぞれ勉強すれば、全ての漢方薬が作れることになる。兄のほうが大分スタートは遅れたが、そこはやはり患者数が多いから毎日が勉強になり、あっという間に妹に追いつくだろう。
 僕もいつまでも良いコンディションで仕事が出来るわけではない。そのために、次の世代に渡せるものは全て渡しておかなければならない。管理薬剤師と言う薬局の要は娘婿に渡したから、後は漢方薬くらいなものだ。
 僕が中心でやっていた頃とは見間違えるほど内装が気の効いたものになった。それに負けない漢方知識を陳列しなければ本当に役に立つ薬局にはなれない。


2015年06月07日(Sun)▲ページの先頭へ
記録
 朝、ウォーキングをしながら何気なくNHKのラジオを聴いていた。坂がつく名前の人だったが無意識だったので正確には覚えていない。ホサカかコウサカだったような気がする。その人は政治的な立ち居地に関わらず、昭和と言う時代を正確に記録しておく作業をしている人らしい。
 何気なく聴き始めたのだが、すぐに引き込まれた。録音の術を持っていないことを後悔するくらい知らなかったことばかりだった、特に印象に残ったことだけ書いてみるが、実際の講演は1時間近くあった。
 軍隊と言うのは、3分の1兵を失えばそこでもう機能しなくなるらしい。3分のT死ぬと言うことは、それに匹敵する負傷兵や病人が出ているはずだから。だからその時点で戦うことは無意味で、捕虜になって生き延びる方法をとる。要は兵士を殺させないためだ。ところが日本は、あまりにも兵士が捕虜になるので、上部はどうしたら最後まで戦ってくれるか考えた。そこで見つけたのが、どこかの藩の教訓「武士道とは死ぬことと見つけたり」と言う、支配階級にとっては都合の良い言葉だ。それまでは上層部も外国と同じように、捕虜になることを叱責したりはしていなかった。だからそれまでは全滅なんてことはなかったのだ。3分の1が死ねば降伏していたのだから。だから全滅などと言う言葉さえなかった。全員が死ぬまで戦わされたりしないのだから。おまけに全滅と言うような言葉では格好悪いから、玉砕などと言う格好つけた言葉も捜し出して最後の1人まで自分の国の兵隊を死なせた。
 特攻隊で命を落とした兵隊のほとんどは学徒だったらしい。その理由も腹が立つ。当時学徒の給料は45円くらい。それに引き換え空軍のパイロット一人を作るのに数千円必要だった。だからそんなに金を掛けて育てたものを簡単に殺すわけにはいかなかったのだ。45円しかかからなかった人間は、自爆してくれても惜しくもなんともないのだ。
 先の戦争を作戦面で指導したのは、士官学校の卒業生の上位5人の成績優秀な人間達だ。ところが彼らが暗記したのはドイツの兵法で既に時代遅れだった。日清日露では通用したが、太平洋戦争では既に時代遅れだった。徳川270年?の間誰一人外国人を殺さなかった日本人の底流に流れる気質(人口の1割いた武士に儀式を重んじさせ、戦意を失わせないようにエネルギーを発散させていた)を、成績優秀と言うやつらが踏みにじったのだ。
 この講演をしていた学者の客観的な話の内容に引き込まれながらも怒りが湧いてきた。折角の朝の美味しい空気も何やらきな臭く感じてしまう。それはそうだろう、当時の人間のそれぞれのポジションに、現代のアホノミクスを支えている面々を組み込むと、当時と同じジグゾーパズルが完成する。企業経営者やマスコミの経営者や御用学者が夜な夜な高級料亭で酒を飲みながら、貧乏人を使っていかに自分達が儲けれるかの話をしているのだから。今日新聞の記事の中でどこかの大学教授が書いていた。金がなくなったアメリカとアホノミクスの個人的な妄想がくっついて、メチャクチャな国になっていると。妄想人間を送り出した山口県の人を恨む。真っ先に殺される人間達を救って!



2015年06月06日(Sat)▲ページの先頭へ
連発
 アクセントは「ら」のところに置く。それで発音すると牛窓弁か岡山弁か分からないが、分かりませんのことだ。これを最近覚えたのか、ギャグのように聞こえるのか、やたらかの国の女性達が使う。外国人は共通語を勉強するから総じて言葉がきれいだ。まして通訳として来日し、日本語の検定試験で1級を受験する女性など、下手な日本人より数段日本語に精通している。漢字もかなり書けるから、無学な日本人より遥かに知的だ。又それ以外の女性達も、片言の日本語を喋るが、それでも共通語だ。
 通訳もそれ以外の女性達も最近になって連発する。ただその言葉だけが方言だから、とても印象深く聞こえる。そして何よりも聞いていてかわいいというか面白い。素朴ななりや性格とちょっとだけ相容れない語感が何ともこっけいな取り合わせで、それこそ可愛く聞こえる。車を北に向かって走らせた先週の日曜日も、後部座席で時々突然にその言葉が飛び出す。僕は何ともいえない柔らかな言い方に癒されながら、長距離を走った。
 「わからん」




2015年06月05日(Fri)▲ページの先頭へ
痴呆の薬
 こんな情報が、一般の方に入ったら、果たして自分で飲むだろうか。又、家族に飲ませるだろうか。今最も使われている認知症の2種類の薬が、ほとんど効かないばかりか、副作用のほうが大きいと言っているのだ。
 実際に処方箋で飲んでいる患者さんで、何かが改善されたと言う話を聞いたことがない。報告書で言っているように、飲み始めた一瞬は少しくらいよさそうな反応を訴える人もいたが、その後すぐに何の良い反応も口に出さなくなる。報告書で言っているように、ほんの少々何かが変化するかもしれないがそれは一時の話だ。何年、いや10年、20年にわたって進行する認知症を、3ヶ月くらい何かが良かったなどと言うのは、製薬会社の利益のためにこじつけで効果を作り出しているようなものだ。制癌剤の試験で、最初の頃の効果で判断するのと良く似ている。強力な毒性で攻めればがん細胞も死ぬが、そのうち人間のほうが攻撃され続けて生命が持たなくなる。
 痴呆の薬がいったいどのくらい売れているのか知らないが、恐らく何百億、いや何千億に既に到達しているのか。役人が将来天下るところの会社にいい目をさせるのはこの世界では周知の事実だ。僕ら庶民の税金は、大企業に収めているようなものだ。どうせ効かないなら、飲まさないのがいい。薬の最終処分場に痴呆老人をさせてはいけない。

 「認知症は治癒が望めない疾患であり、治癒または回復に向かわせる治療法は存在しない。現在の治療は、認知または機能的アウトカムの改善を目的としたものである。米国・ブラウン大学のJacob S. Buckley氏らは、認知症および軽度認知障害(MCI)の治療に関する研究をレビューし、治療のベネフィットとリスクを評価した。その結果、コリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)によるベネフィットは小さく、経過とともに効果が減弱すること、用量依存的に有害事象が増加すること、またメマンチン単剤療法はベネフィット、リスクともに小さいことが明らかになったと報告した。Drugs & Aging誌オンライン版2015年5月5日号の掲載報告。


2015年06月04日(Thu)▲ページの先頭へ
老婆心
 ある調査で医師会員を対象に、医師になってから抑うつ、うつ病症状を経験したことがあるかを尋ねてみたら、 調査期間中に回答した医師2884人のうち、37.1%(1071人)が抑うつ、うつ病症状を経験したことが「ある」と回答した。「ある」と答えた人に、症状を来したきっかけを尋ねたところ、「長時間労働あるいは過重労働」(40.9%)が最も多く、「執拗に罵倒されるなど、上司、先輩から理不尽な指導を受けた」(26.4%)、「職場の人間関係をうまく構築できなかった」(23.8%)、「リフレッシュする時間が取れなかった」(23.3%)と続いた(図2)。問題視され続けている過重労働がきっかけとなっていたことに加え、上司からの理不尽な指導や職場の人間関係が大きく抑うつ症状、うつ病発症に影響していることが示された。

 医者でもこれだから他の職業の人がウツウツになっても不思議ではない。いや医者でもと言うより、医者だからと言ったほうがいいかもしれない。
 僕は医者の世界をよく知らないから、息子を通してしか分からない。だから一般論ではない。息子を見ていてもウツウツなのではないかと思うことがしばしばある。もともと親の前では口数は多くないが、極端に貝になることがある。何の理由か詮索することは避けているが、一度だけ大丈夫?と声を掛けたことがある。アンケートを見て意外だったのは、患者に対してのストレスより同僚に対してのストレスのほうが大きいと言うことだった。クレーマーが一番ストレスだろうと思うがなんとチームのメンバーとは。
 朝は6時過ぎには出て行って、午後の7時頃帰るから、確かに良く働いているが、気分転換はもっぱら酒でしているみたいだ。もともと好きなのか手っ取り早いのか知らないが、僕にそのような習慣がないので違和感を覚える。今でこそ夜勤はなくなったが、24時間以上連続で起きていたりしたのだから、それで心うきうきは至難の業だろう。
 僕は就職したことがないからよくわからないが、職場ってあんなに飲み会や食事会があるのかと思うくらいある。薬剤師の職場でもそうなのか。患者が治るか治らないかの責任を全て負う仕事だから、オンとオフのけじめをつけたいのだろうが、もっと健康的な方法をとればいいのにと老婆心が頭をもたげてくる。
 医者が37%だったら薬剤師にアンケートしたらどれくらいになるのだろう。責任感や労働量に比例するだろうから、医者とは格段に低い数字になると思う。




2015年06月03日(Wed)▲ページの先頭へ
再始動
 「丁寧で、謙虚じゃな」と言われれば薬局を褒めてくれたのかと思うが、実は反対なのだ。昨日ある人を応対した後、妻がしみじみと言った。その相手は買い物をして出て行った女性のことだ。そして妻が言うには「皆そう」
 本来ならスタッフがそう言われる為に努力するのだが、僕の薬局は違う。勿論僕たちも失礼がないように気をつけているが、むしろ僕たちより利用してくださる人達の方が丁寧で謙虚なのだ。こんなにありがたいことはない。たまに異分子が混じることもあるが、おおむね善良な人たちに支えられている。市民病院の院外処方箋を受けて、2年、娘夫婦はそれこそ頑張ってくれていたが、この6月でそれから解放されることになり二人はとても喜んでいる。牛窓のためと思って引き受けたが、所詮公なんか責任を取る人間がいないから口からでまかせで、廃院にはしませんと言っていたが、新病院の穴埋めのために辺地を犠牲にする。ただ、そのことによって我が家のストレスは減る。それこそ、丁寧で謙虚な人ばかりが来てくれていたのに、2年前から権利を主張するしか存在を示すことが出来ないような人も紛れ込むようになった。暗黙のうちに僕は利用者を選んでいたが、それが2年前から出来なくなっていた。
 最近、息子が書いた処方箋を持ってくる人が少しずつ増えた。主にそれは僕が応対しているが、それこそちょっとしたスイーツを食べてもらいながら養生法まで話す。これは漢方薬の相談を受けたときと同じ応対だ。今まで処方箋を持ってきた人にこんなことをしたことはなかったが、これからはどんどん処方に介入して、病気が治ることに貢献してやろうと思っている。門前薬局と言う下請けの関係では絶対出来ないことだ。ゆっくりと確実に患者さんの希望をかなえる。そんな薬局の再始動だ。


2015年06月02日(Tue)▲ページの先頭へ
満身創痍
 色々な職業の人と話ができるのは薬局をやっていて面白いもののうちの一つだ。
 一昨日、牛窓の長浜ってところを車で通ったらローソンの建物が出来ていた。チラシで今月中旬のオープンを宣伝していたから建物が完成していてもおかしくはないのだが、なにぶん建物が出来るのが早すぎる。前回その道を通ったときには、まだ整地をしていたように思う。恐らく1ヶ月くらい前だと思う。と言うことは1ヶ月もしないうちに曲がりなりにも建物は出来てしまうってことだ。全国何処に行っても同じような建物だから、恐らく規格品があるのだろうが、あまりの早さに驚いた。
 その疑問を偶然やって来た女性にぶつけてみた。彼女は同じ業界で働いているのだが、何処も変わらないだろうと言う話だった。そして彼女が働いているコンビにでも華奢なつくりで張りぼてみたいなものだと教えてくれた。具体的に音や臭いの漏れ具合なども教えてくれたが、地震が来たら怖いという話でその話の信憑性が分かる。
 僕はこの話を聞いて長年の疑問が解けた。彼女にもそのことは伝えたが、テレビニュースでコンビニの駐車場から店内に突っ込んだ車の様子を見るが、どうしてあの距離のないところで、助走無しであれだけ車が突っ込めるのだろうといつも疑問に思っていた。アクセルとブレーキを踏み間違えたって、普通なら壁を破ったりは出来ないだろう。あの距離で、お年寄りの加速も知れているだろう。要は造りがハリーボッターなのだ。

 


2015年06月01日(Mon)▲ページの先頭へ
常套手段
 「オトウサン ホウシャ ッテ シッテイマスカ?」と言われてすぐに思いつたのは硼砂だった。昔は良く売れていたみたいだが、今は売れなくて記憶の中にしかない。「硼砂?」と聞き返したがなんだか違うように聞こえたのか「ホウシャ フクシマ」と今度はヒントを添えてくれた。これではっきりした。「放射能のこと?原始力発電所の事故のこと?」と尋ねると「ソウデス」と答えた。
 今になってなぜこんな話をするのか、不思議だった。言葉の壁によって、情報から隔離されているような彼女たちだから、やっと今頃事故のことが耳に入ったのかと思ったが、まさかそこまで時間差はないだろう。今度日本語検定の1級を受ける彼女は、ほとんどの日本語を理解でき書けるが、さすがに新聞までは読まない。ただ、「ホウシャノウ アンゼンデスカ?」と聞かれたので、何か彼女を不安にする情報に接したのだろう。
 恐らく、他の外国人同様、情報の外に置かれ、あたかも何もなかったかのように工作するこの国の魂胆の犠牲になっているのだろう。僕は「福島には本当は人が住んではいけない、福島の物を食べたりするのはもってのほか。お金持ちや意識のある人は多くが福島から逃げていると教えた。実際に我が家も静岡県から東のものはあれ以来食べていないことも教えた。
 「そんなに深刻そうな顔をして、どうして今頃になって福島の事故のことを聞くの?」と尋ねると彼女の答えがショッキングだった。「オネエサン フクシマニスンデイマス。10ネンマエニケッコンシテ、ツナミガキタトコロデ ノウギョウシテイマス」と答えながら表情が次第に険しくなってきた。単なる知識欲で質問されたと思ったから僕は常日頃思っていることを隠さずに話した。落胆の色が彼女の顔を覆う。
 あのあたりの農業の後継者不足を、かの国の女性で埋めているのか分からないが、あのあたりの放射能汚染をかの国の若者の力を借りて取り除こうとしているのではないか。危険な仕事は、言葉が通じないことを悪用して、彼らにやらせることはこの国の常套手段だ。
 昔戦争で命を奪い、今又放射能で命を奪う。戦争犯罪者の孫が同じことを繰り返す。戦争に加担した庶民が同じことを繰り返す。お世辞にも自慢できる国などではない。


   


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