栄町ヤマト薬局 - 2015/05

漢方薬局の日常の出来事




2015年05月31日(Sun)▲ページの先頭へ
神庭の滝
 瀬戸内の正に海岸沿いに住んでいる人間にとって、この言葉を使うことなどない。自分でも一瞬どの言葉を使えばいいのだろうかと現場で迷った。なぜなら同行していたかの国の若き友人達には的確な日本語を使わなければならないから、使用頻度の低い言葉を頭の中で確認した。その結果「切り立つ」が一番フィットする言葉として思いついた。瀬戸内の景色の中ではありえない風景だし、それだからこそ使うことがない言葉でもある。
 久世のエスパスランドで行われた夏彩和太鼓フェスティバルが主目的だったが、折角2時間半掛けて北の方に行くのだから、どこか観光できるところはないかとインターネットで物色していた。するとすぐ近くに神庭の滝と言う、名前だけ聞いたことがある滝があることを知った。滝は岐阜の養老の滝以外見たこともないので、これ幸いに午前中のスケジュールの中に組み込んだ。あくまでメインは和太鼓演奏だから、いわば付録みたいなものだが、これは見事に裏切られた。
 町中から10分も走っていないのに、空を緑でふさがれたような森の中に入った。駐車場に車を止め、降り立つと、さっきまでの蒸し暑かった空気が、一瞬にして冷気に変わった。脇を流れる清流は、岩によって段差がそこかしこに設けられているために、白く勢いよく泡立つ。その清流に導かれて坂道を上がっていくと小さな淀みに出た。そこである若い男性がしきりに何かにカメラを向けていた。つられるように見ると、なんとオオサンショウウオがいるではないか。淀みといえども水は澄んでいてはっきりと見える。恐らく天然記念物だと思うが、こうして自然の中で見たのは初めてだった。同行のかの国の青年達に、僕の限られた知識の範囲で説明した。オオサンショウウオをカメラに収めていたが、果たしてこの幸運を分かってもらえただろうか。
 さらに清流に沿って上っていく。空は相変わらず緑で覆われているが、「カイジュウガデル?」と一人の女性が僕に尋ねたように、何かか圧倒的に違うのだ。そして足を止めてゆっくりと見回すと、その何かが分かった。そう、山が正に切り立っているのだ。遊歩道と狭い清流を挟んだ両側は、何の容赦もないく垂直の山なのだ。ここには尾根などない。遊歩道の上は見上げても先端が見えない、清流の上も見上げても先端が見えない。左右が垂直の緑の壁なのだ。
 そんな空の見えない遊歩道が急に明るくなったところで、思わず「あっ!」と声を出して見つけたのが神庭の滝だった。想像以上に高く、水量が多く、遠くから見ても雄大だった。当然と言えば当然だが、滝自体も正に切り立っていて、かの国の青年達も一様に驚きの声を上げていた。僕は記憶の中に収めようと心のシャッターを切ったが、彼女たちはお得意のカメラ三昧だった。ただ、本当に喜んでいる姿を見て、遠路はるばるやってきた甲斐があったと感じた。
 もし彼女達と知り合っていなければ今日の神庭の滝も訪れるようなことはない。懸命に毎日働いている青年達に精神のプレゼントと思って色々企てているが、どう考えてもプレゼントをもらっているのは僕のほうだ。100メートル以上の高さから飛び降りるあの水たちも、国を出て懸命に働く彼女達も、同じ気概を持っている。


2015年05月30日(Sat)▲ページの先頭へ
劣化
 何からこんな映像に行き着いたのか不思議だったが、見るにしたがってわかった。見始めは、ただ現代的な落語だな、そして笑いを取る頻度がとても高い落語家だなと感心していた。ところが話が、なにやら鹿児島の県知事選の話になったり、川内原発の話になったり、福島の話になったりするので、僕が見ていた一連のものと同じ価値観でくくられるものと言うことが分かった。こうした笑いから入って行くのもいいものだと思った。入り口は多いほうがいい。自分に合った入り口しか通れないのだから。
 三遊亭歌之助の講演と言う映像を見終えた後、興味が沸いたので、彼の落語をいくつか聴いてみた。現代落語の中では、時に笑いでごまかすことなく、きちんと勇気を持って訴えている場面がある。並のタレントや御用学者は絶対に口にしないことを堂々と喋っている。それによって失うことのわずかなことを知っているのだろう。いわば落語界の古賀さんだ。そう言えば古賀さんのユーチューブを見ていてこの落語家に行き着いたのだ。どの世界でも一人や二人勇気を持っている人間がいるものだが、それこそ一人や二人では多勢に無勢だ。阿呆面を並べているタレントやアホコミや政治屋のなかにきらりと光る者はいない。いやいや寄ってたかって光るものを消しにかかるのがあいつらだ。人間の劣化が何処に行きつくのか知らないが、またまた言う「道連れにしないで」


2015年05月29日(Fri)▲ページの先頭へ
写真
 恐らく僕のアルバムは、中学生くらいまでのしか載っていないと思う。それも新学期の始めに撮るクラス写真くらいなものと思う。もともとイベントなどなかった時代の子供だし、カメラを持っている人も少なく、被写体になるのも照れる時代の子供だったから、写真が少ないのも僕固有のものではないかもしれない。ただ、ひょっとしたらそれ以降の写真もほとんどないとなると結構珍しい人間かもしれない。
 かの国の若い女性と行動を共にして驚くことに、彼女達は写真を1枚撮るたびに写された人が集まりできばえを確認する。その作業を丁寧に繰り返すので、移動には思いのほか時間がかかる。もう何年も付き合っているから最近は織り込み済みなのだが、その理由が最近わかったような気がする。もっとも自国でも同じことをするのかどうか分からないから少なくとも日本にいる間のことと限定しての話だが。
 僕は、先祖の写真は勿論、自分の写真も子供たちの写真も、ほとんど見ることがない。もっともほとんど撮らなかったのだからそんなに写真が我が家にあるわけではない。見ない理由をはっきり自覚したことはないが、過去の写真を見ることに生産性を感じないからだと思う。過去の写真を見て何かを生み出すことが出来るなら見るかもしれないが、感傷に浸るだけのために僕はそんなことはしない。牛窓に帰ってきて、実力もないのに、体調不良の方の相談を受けることを生業と決めてから、僕には毎日解決してあげなければならない方のプレッシャーが途切れることはなかった。毎日難問を突きつけられ解いてみろと脅迫されているようなものだった。だから僕は自分のことを考える余裕などなく寝てもさめても問題を解き続けたのだ。熱心なのではなく、解けないことがいやだったのだ。その問題が解ける薬局があって、解けない僕の薬局ではプライドが許さなかったのだ。
 今目の前にいる人、1時間後に目の前に現れる人、そうした時間を追いかけるような生活が僕の日常だったから、時間に引き戻されるようなことがなかった。その一つの道具として写真と言うものがあるならやはり僕には縁遠いのだ。かの国の女性たちは、幸運にも若い時代の3年間、日本と言う外国で暮らすことが出来る。彼女たちは懸命にその3年間を映像として残そうとしているのだ。自国ではそれぞれ能力をもっているだろうが、この3年間はそれを生かすことはできない。労働の対価を数字で得ること以外に、映像を借りてこの3年間を持って帰りたいのだ。止まらない時間の中で止まってしまった時間を切り取って持って帰りたいのだ。
 そこが僕とは違う。僕には止める時間などない。与えられた課題を黙々と解いていく時間だけだ。それは未来からやってくる時間で、過去からやってくる時間ではない。だから僕は過去を映し出した写真に興味がわかないのだ。思い出すものも、思い出されるものも持っていない気楽さは何にも代えがたい。


2015年05月28日(Thu)▲ページの先頭へ
徳川
2003年から09年までイラクへ派遣された自衛隊員のうち、在職中に自殺で死亡したと認定された隊員が29人いることがわかった。27日の衆院の特別委員会で明らかになった。防衛省によると、うち4人は、イラク派遣が原因のストレスで自殺に至ったとみられるという。イラクに派遣された自衛隊員は陸海空の各自衛隊で約9310人。01年〜07年のテロ特別措置法にもとづくインド洋での給油活動に従事した隊員のうち、在職中に自殺で死亡した隊員は25人だった。こちらは、派遣が原因と認められる自殺者はいないという。この期間に派遣された海空の自衛隊員はのべ約1万3800人で、実数は明らかにしていない。
 
 本当の理由なんてわかるものか。複合要因だから、その全てに派遣されたことを含めるべきだ。それにしてもこの確率の高さはどうだ。親はこの数字を知ってわが子を自衛隊に入れるべきだ。わが子がこの中に入らない保証はないのだから。
 結局、不毛の地に派遣されなかったら生きていたかもしれない人たちだ。砂漠か海の上か知らないが、現代の若者がそんな生活に耐えられるはずがない。でっち上げの理由で当時派遣されたのだから、要は小泉に殺されたってことだ。あいつが勘違い、いや知っていたのかもしれないが、藪と言う苗字のアメリカ人に振り回されなかったら死んでいない人たちだ。
 今度、それに輪を掛けたような馬鹿が、青年達をもっと過酷な場所に派遣しようとしている。金持ちのお友達を守るために、青年達を自死か戦闘か分からないが死に追いやる。若者達、大金持ちを守るために犬死はしないで。国を守るのではなく、アホの何とかのお友達を守るために殺されたりしないで。
 福島で土地を、仕事を、家を奪った奴等が罪に問われない。中東で青年達を自死に追いやった奴等が罪に問われない。こんな不平等に家族たちは何故耐えるのだろう。徳川の世でもないのに。


2015年05月27日(Wed)▲ページの先頭へ
遭遇
 絶対二人は目を合わせている、ほんの0.何秒かもしれないがお互いの顔は見ているはずだ。カウンターを挟んで僕と話していた若い女性のほうが、薬局に入ってきた女性の気配を感じて振り向いたときお互いが顔を見合わせたように見えた。その場で僕はお互いを紹介したい誘惑に駆られたが、体調が完全な人はやってはこない僕の仕事だから、プライバシー保護のためにぐっと我慢した。僕の薬局を利用してくれている人は実際にはそんなこと気に掛けないだろうが、一応世の常識を優先した。
 若い女性はもうずいぶん僕の薬局を利用してくれているが、50代の女性のほうは去年からやってくるようになった。初めてその年配女性(僕よりずいぶん若いから気が引ける言葉だが、若い方の女性と比較して使わせてもらう)を見た時に、「なんて似ているんだ」と思った。僕は似ていると思ったのだが、妻は完全に間違った。僕みたいに相談机でゆっくり話をするようなことがなかったから、ちょっと見で間違ったのだが、それでも狭い薬局の中で見間違えるのだからいかに似ているかがわかる。この二人は遭遇することはないと思っていた。年配のほうは学校の先生だから土曜日しか来ることができない。片や若い女性のほうは仕事が終わってからだからほとんど夕方だ。ところが昨日は、学校の先生が運動会の練習で早く仕事が終わったらしくて、ありえもしない時間にやってきて二人がかち合った。もっとも二人は面識がないから、薬局で遭遇することに何の意味も持たないだろうが、あまりの似ていることに驚いた僕や妻にとっては2人の遭遇は願ってもない場面なのだ。と言うのは見間違えるほど似ている人がこんなに近くにいるってことを以前から教えてあげたかったのだ。どちらも岡山市の人だが、こんな田舎の薬局でピンポイントで出会うってことが面白い。
 結局は言えなかった。片や10数年後の自分を見ることが出来ただろうし、片や10数年前のまだ十分若かった頃の自分を思い出すことも出来ただろうし。僕が2人が顔を合わせたら面白いだろうなと以前から思っていた気持ちが、2人を引き寄せたのかどうか分からないが、お互い、見なければよかったと思うかもしれないから、これでよかったのかも。





2015年05月26日(Tue)▲ページの先頭へ
借金
 目を疑った。頭も疑った。ついでに品性も疑った。もっとも品性があればやらないことをやっているのだから最後のは確信済みだが。
 どこかの格安航空会社の借金を9割がたなしにするというような記事が新聞に載っていた。で、その数字はやはり庶民の借金とは桁が違う。300億と言うような数字を朝見たような気がする。そしてその中のほとんどを無しにしてくれるから、結局は10億円前後ですむと言うような内容だった。割合で言うと数パーセントで済ませてあげるってことだ。分けが分からない。普通ならこんなにまけてあげると、まけた方がつぶれると思うのだが、別に響かないのか、そんな話は過去の良く似たケースでも聞いたことがない。持っているところは持っていて、何百億円の損失くらいなんでもないのだろうか。経済についてなんら知識がないから不思議な話としていつまでも僕の頭に残る。
 田舎では、一つの全国版のスーパーができれば根こそぎ辺り一面の商店を潰す。で、借金経営だった店が、それを棒引きにしてもらったというような話しは聞いたことがない。会社が大きければ、潰れない、潰されない。借金までなかったことにしてくれる。これって、あの分かりにくい経済の常識なの?それとも政治屋のお友達の救済なの?あたかも法律か何かで守られているかのように装飾した金持ち連中の合法的な横領なの?
 今朝の毎日新聞に社会学者の上野千鶴子が投稿していたが、彼女の文章の最後に「戦犯の孫が総理をしている」と言うような文章があった。本来生まれてこれなかった奴に牛耳られているおめでたい国民だ。70年前も今も平等など幻想でしかない。僕の友人は12000円で法務省の塀の中に1年半出張した。


2015年05月25日(Mon)▲ページの先頭へ
孝行
 大体パターンは決まっている。あえて自分で決めたわけではないが、毎度おなじみのことをしているのだから寸分たがわずとはいえないまでも同じ行動を僕は取っている。
 昨日は広島の漢方研究会が早く終わったので、結構まだ太陽が高いうちに母を散歩に連れ出せると勇んで施設を訪ねた。天気予報で午後から雨のようなことを言っていたから、天気が崩れない間にと広島を後にした。それが原因ではないと思うのだけれど・・・・・。
 玄関で受付を済ますと、うがいと手の消毒をし、簡易マスクをつけて施設内に入る。扉にはいつもロックがかけられているので、受付の女性に頼んで開けてもらう。施設に入ると体育館くらいあるホールに向かい、いくつも並んでいるテーブルから母を捜しだす。ただ最近は、いつも同じ席にいるから探す必要はなくなってきた。昨日もいつもの席にいつものすすけたようなピンクの服を着て、こちらに背を向けて腰掛けていた。8人くらいが一つのテーブルを囲んでそれぞれが無気力に頭を垂れている。僕はまず両肩に手を掛け「お母さん来たよ、天気がいいから外に出てみよう」と声を掛けた。母はいつも的確ではないが、何か言葉を返す。その日も何を言ったかわからないが、なんとなく嬉しそうな雰囲気が伝わってきた。そしたらおもむろに車椅子のロックを解除する。そうしないと動かない。ロックを解除し、後ろ向きに引っ張って、それからユーターンする。出口のほうに車椅子を向けると、他の入所者で比較的しっかりした人たちが羨ましそうに見る。恐らく家族の人があまり面会に来てくれないのだろう。母一人を連れ出すから若干の後ろめたさがよぎる瞬間だ。
 昨日は車椅子がいつもと違っていた。足を乗せる板がないのだ。それで車椅子を動かすと、足が床との間に食い込んでしまう。下手をしたら骨折でもしてしまいそうだ。そこで職員の方に理由を尋ねてみると、急に立ち上がることが多いので、足載せがあるとその上に立ってしまうんですと教えてくれた。何回か骨折している母だからその程度のことはやりかねないと思ったが、なんとなく元気になっているんだと喜んだ。その喜びをもっと実感させてくれたのが、いざ前方に車椅子を押し始めると母がなんと腹筋を利用して足を地面からかなり離したところで止めているのだ。これなら危なくない。僕は安心して押しながら玄関に向かった。母には「今日はいい天気だから外に出て太陽を一杯浴びよう」とか、「少年野球をグラウンドでやっているから見よう」とか「花がきれいよ」などといつもの決まりきった言葉を掛けていた。玄関は出るときも職員の許可をもらってロックを解除してもらわなければ出れない。だから事務室のガラス越しに職員に開けてくれるように手振りで要求した。すると職員が事務室の窓ガラスを開け僕に「〇〇さんですか?」と尋ねた。あまりよく聞き取れなかったので「えっ?」と聞きなおした。すると事務員は又同じ名前を口にした。この事務員とは面識がなかったことに気がついて、「いいえ大和です」と答えた。すると丁度その時後ろから数人の職員があわてて走ってくるのが視界に入った。そしてその職員と受け付けの事務員がほとんど同時に「この方は大和さんではないですよ」と言った。一瞬何を言っているのか分からなかった。いつもの席でいつもの服を着て、いつもの白髪でいつものやせようで、僕は正面で足を持って足載せを懸命に探したりしていたのに。「違う人?」覗きこむ僕だが、覗きこむ途中は完全に母だ。ところが正面に回って見ると明らかに別人だ。恥ずかしくもなんともなかった。とにかく面白かった。大爆笑だ。職員の方たちも大笑いだった。「こりゃあ、誘拐じゃ!」は僕が発した言葉だ。これが幼子だったら明らかに事件だ。
 いくつの条件が重なってこんな間違いを起こしたのだろうと思うが、間違わないほうがおかしいくらい条件が重なっていた。でもみんなが楽しくなるような出来事だったから、それはそれでよかった。僕が色々語りかけたお婆さんもいい表情をしていた。久しぶりに家族が来てくれたと喜んだのかもしれない。偶然がもたらした擬似家族でも楽しければそれでいい。実際の家族よりもっと幸せで楽しい関係を他人と作ることが出来ることを、僕はこの数年かの国の若い友人達で体験した。その逆があっても不思議ではない。
 母は結局その時熱があって医務室にいたことが分かった。気分が悪かったのか、手には嘔吐してもいい器を持っていた。こんないい天気の日の太陽にも当たれなければ病気になると外に連れ出して、さっきお婆さんに言った言葉を繰り返した。孝行を2倍したような気分になった。
 そのことを家に帰って妻に話すと「お父さんが施設に入ったほうがいいんじゃないの」と言われた。話すんではなかった。


2015年05月24日(Sun)▲ページの先頭へ
広島
 何じゃこりゃあ!僕は遡上している鮎みたいなものだった。こんな光景は見たことがなかったから、なるほどこれが熱狂的なファンと言われる広島の人たちかと思った。
 珍しく午前中に漢方の研究会が広島であったので、1時前に帰岡すべく広島駅に徒歩で向かった。駅に近づいたところで、前方からまるで美空ひばりのように、いや間違った、川の流れのように人々が押し寄せてきた。僕と同じ方向に歩いている人はほんの少数だから、川の流れに逆らって上流を目指して懸命に泳いでいる鮎みたいなものだ。いやそんなに血統書つきではないから、鮎もどきみたいなものだ。押し寄せる人の多くは、老若男女、赤いTシャツを着て、手にはボーリングのピンをひっくり返したようなものを2本持っている。恐らくあれを叩きながら声援を送るのだろうが、待ちきれなくて歩きながら叩いている人もいた。手には買い物のビニール袋をぶら下げた人も多くいて、おやつか弁当か飲み物が入っているのだろう。道には駅まで店が並んでいて、それこそ弁当かおやつか応援グッズか分からないが売られていた。なるほどこれだけの人が大移動するのだから経済効果は大きいだろうなと感心した。それにしてももう分からないくらいの回数、広島を勉強会で訪ねているが、こうした光景に遭遇したことはない。これは勘だが、行きがけの新幹線が広島駅に滑り込む頃南側に球場が見えた。ひょっとしたらあれが新しい広島球場なのかもしれない。もしそうなら広島駅に隣接していることになるからこうした光景とはしばしばバッティングするかもしれない。
 天気予報が外れたのか今日は日差しが強かった。熱を地表に降り注ぐ太陽の下、いかにも健全が川の流れを作っていた。その中で僕はまるで逆流性食道炎のように、流れに逆らっていた。昔から僕は流れに逆らうほうをなぜか選択してしまう。強いものになんとなく違和感を覚えるので常に亜流だった。判官びいきなど死語になってしまったこの国で、胃袋から重力に逆らって胃酸を吹き上げるつわものは出ないのだろうか。みんなみんなテレサテンになってしまったのだろうか。川の流れに身を任せ・・・・・


2015年05月23日(Sat)▲ページの先頭へ
高所恐怖症
 まさかニュースだから、ギャグではないだろうが、思わず笑ってしまった。ギャグに限りなく近い真面目な話だ。高所恐怖症の僕としたら溜飲が下がる思いだし、今まで以上にそれを売りにして色々なものから逃げようと思う。逆手に取るのもいいし、自信を持って、震えながら高所に立つのもいい。
 今問題なのは「高所平気症」らしい。マンションなど高いところで育った子は、自分より高いものと比較することがなく育ってきたので、高いところからの距離感がないらしい。低所で暮らしている人は、見上げることで高さの概念を覚えるらしいが、それが日常生活にないのだから高さを観念で捉えることが出来ない。だから高層マンションからの転落事故が多いらしい。実際にアンケートを取ったら高層で育った子は高さの対する恐怖の指数が低かった。
 高所恐怖症は何かと不便だが、それで命を失うことはない。むしろ命を守りすぎているのかもしれない。それに引き換え、高所平気症は、楽しいことも多いだろうが命を落とすことがある。どちらがいいかわからないが、出来れば無駄に命を落とすようなことはしたくないから、高所恐怖症のほうがいいかもしれない。
 ところで、僕にはまだまだ沢山の高所恐怖症がある。学歴高所恐怖症に経済高所恐怖症にモラル高所恐怖症にプライド高所恐怖症に、鼻高所恐怖症に、地位高所恐怖症に・・・・所詮凡人はこれらはほどほどがいい。不釣合いなことを望めば痛い目にあう。



2015年05月22日(Fri)▲ページの先頭へ
残念
 思わず僕はその女性に、今喋ってくれたことを文章にしてと頼んだ。そのくらい彼女が教えてくれたいきさつは、生々しくて説得力があり、かつ面白くて当事者でないと浮かばない単語も豊富に出てきた。思い出しながら書けるものではないから、残念のほうが勝っている。
 この女性は、いったいどういう関係が一番適するのだろうと思うことがある。現実どおり薬剤師と患者さんの関係がいいのか、親子の関係がいいのか、兄弟姉妹の関係がいいのか、夫婦がいいのか、嫁と舅がいいのか、おじと姪がいいのか、夫婦がいいのか、恋人がいいのか・・・・答えは今のままが一番いいのだろう。一番よいから僕は心地よく、彼女の役に立ちたくて懸命に知恵を絞っているのだと思う。
 もう長い間色々な体調の困りごとで来てくれているが、さすがにこのトラブルはかなり親しくなるまで言えなかったのだろう。と言うか、そのトラブルが漢方薬で治るとか、僕が多くの患者さんを世話しているのを知らなかったのかもしれない。でも、さすがに新しい職場で不都合が極まったから思い切って相談してくれた。いつも底抜けに明るくよくお喋りする女性だから、まさかと思ったが、過敏性腸症候群の方は意外とそんな人が多い。いい人だから頑張りすぎて、むきになって頑張りすぎて、自分の体を犠牲にする人だから、さもありなんと思った。よくよく考えれば腑に落ちるのだ。
 一日何十人のお客さんと応対するのか分からない職場で、ガスが多く発生し、お腹が張り、それが逆流し、又度々便意にも襲われるのは辛いだろう。仕事中も実は、心はいつもお腹やお尻に向かっている。頑張りやだからそんな体調は歯がゆかったと思う。でも頑張れば頑張るほど症状は悪化するのだ。
 ただ、いざ治療を始めれば今まで築いてきた関係がものを言う。僕は彼女の多くを知っているし、彼女はもう隠すこともないから天性のお喋り術で症状を的確に教えてくれる。その挙句が、僕の残念を演出した。
 覚えていないのが残念だが、記憶では「すごく調子がよくて、過敏性腸症候群のガス型だったことを忘れるくらい」「もう漢方薬を飲み忘れそうになる」「なんだろう今までは、今日も何もなく終わりすごいなあ」「生活がガラッと変わる」「何でも食べられる、食べものをいちいち気にしなくていい」「お腹が不快でも出せば終了」などと教えてくれた。ただ今でも残念だ。彼女の喜びようを、文章で表すことは難しく、録音か、いやいや動画で見てもらうのが一番だと思うから。繊細なくせになぜか明るい機関銃のような会話は、ユーチューブで100万回くらい再生されそうだ。タイトルは「ガス型治してみた!」


2015年05月21日(Thu)▲ページの先頭へ
当たり前
 アメリカの医師が若いドクター向けに書いた名著『ドクターズルール425 医師の心得集』(クリフトン・K・ミーダー編、福井次矢訳/南江堂)には、医師が持つべき「薬に関する心得」として次のような提言が出てきます。

(1)4剤以上飲まされている患者は、医学の知識が及ばない危険な状態にある。
(2)薬の数が増えれば増えるほど、副作用のリスクは加速度的に増す。
(3)処方を中止しても、患者の状態が悪くなるような薬はほとんどない。
(4)可能ならば、薬の処方を全部やめる。それができないなら、できるだけ薬を出さないようにする。
(5)効いているのか疑問に思った薬は、たぶん効かない薬だ。
(6)「患者は処方通りに薬を飲まない」

 この文章を今日インターネットで見つけた。目を通した人も多いと思うが、頷ける人もいれば、否定したくなる人もいるだろう。僕は当然前者だ。良くぞ言ってくれたと思うし、製薬会社の力が強いアメリカでこう意見を表明するのは圧力がかかって大変だろうなとも思った。あの手この手で便宜供与を怠らない製薬会社が、医師を自由に操っているのは見ていて分かるが、気骨のある医師も時にはいるものだ。テレビでタレント同然に振舞う医者を見ていたら分かると思うが、所詮企業の手のひらで飼いならされ踊らされているレベルだ。スポンサーとして権力を行使する製薬企業にたてつく勇気があるような人物はテレビなどに出ない。製薬企業も東電と同じ穴の狢だ。
 どの番号の内容も腑に落ちるが、特に5番がいい。僕も薬局製剤の漢方薬を作ることが多いから、効かなければ製薬会社のせいに出来ない。何かを売るのなら企業が悪いと言い逃れできるが、薬局製剤を選択するのは全て薬局の意思だ。言い逃れなど出来ない。だから僕は2週間分だけ基本的には呑んでもらうことにしている。そこで効いているか効いていないか判断する。効いていなければ当然処方を一から考える。効いていれば同じ処方で攻める。当たり前と言えば当たり前だが、この当たり前が医師の世界でも難しいのだろう。




2015年05月20日(Wed)▲ページの先頭へ
解説
 昨日、脊柱管狭窄症の漢方薬を取りに来たばっかりなのに又今日来たから何かあると思った。案の定「先生、昨日の煎じ薬は2週間前のと大分内容を変えた?」と、開口一番尋ねられた。こんな聞き方はどちらかと言うと不都合な症状に遭遇したときのものだ。「先生、2週間前は背骨の神経の薬を作ってくれたんじゃが、昨日のは、ワシの頭の神経の薬を作ってくれたんじゃないの?」とジャブを出してくる。そして「昨日の薬を昼から飲んだんじゃが、なんだか眠たくなって昼寝をしたんじゃ。体もだるーくなって。じゃから、今日、西大寺に行こうと思っとたんじゃが居眠り運転をしたら怖いからやめたんじゃ」と具体的な招かれざる症状を列挙した。要は、今回の漢方薬をこのまま飲み続けてもいいかと言う質問だ。
 僕は漢方薬の構成成分を知っているから、男性が気にしている症状を作れるわけがないことは簡単に分かる。漢方薬とは全く関係のないことなのだ。その上男性が陥った急激な体調変化の理由も簡単に分かる。もっとも、超神経質な男性が、眠たくなったりだるくなったりするのは歓迎すべきことだから、茶化して「本当に御主人が真昼間から眠くなれるような人になったら僕は嬉しいけれど、残念ながら漢方薬のせいではなく、昨日からの急な暑さじゃわ」と答えた。この解説で男性は安心して一瞬にして笑顔が戻り、そこからは自慢のカメラの話題になって、終始にこやかだった。
 80歳を過ぎて、腰痛を抱えながら、お子さんと奥さんの世話をしているから、自分が常に健康でなければならない。そのためにとても繊細になって、ちょっとした不都合も許せない。この国で歳をとるのは難しい。つい2年位前までは決して病院の薬以外は口にしなかったが、二人の介護疲れで倒れそうになったときに、僕の薬で救うことが出来、以来信頼して漢方薬や天然薬を上手く利用している。病気は現代薬で何とかなるが、老いは自然薬でないと太刀打ちできない。お子さんより長生きしなければならない老人の祈りがかなう手伝いが出来ればと思わずにはおられない。


2015年05月19日(Tue)▲ページの先頭へ
湿度
「今日は漢方薬作れますか?」と薬局に電話をしてくるのだから、よほど知識がない人かと思うが全くその逆なのだ。その人は今朝からの湿度の変化を見ているのだ。そしてある湿度を割った時点で電話をしてきたのだ。食べ物の世界ならいわゆる「通」と呼ばれる人に当たるだろう。
 僕がもっぱら使っているのは台湾の漢方薬だから、混ざり物が少ない分湿気をよく吸う。だから今日みたいに夜明けごろまで雨が降っていた日には、湿度が高く、まざりっけのない原沫などは使えないから(湿って分包器に薬がくっついて袋に落ちない)代替品としてエキス製剤を使うことをよく知っている人なのだ。朝の湿度が75%、その後天気の回復にしたがって65%あたりになった頃そのお母さんから電話がかかってきた。彼女の息子さんのニキビの漢方薬を作ってあげているのだが、65%では原沫はまだ使えない。そこでお母さんに、「もう少し待って、いい天気になってきたから次第に下がっていくよ」と言って、湿度が50%を割るのを待ってもらった。その時間はそれから2時間くらいでやって来た。そこでおもむろにニキビの漢方薬を作り始めた。案の定、漢方薬は分包器からきれいに袋に移行し、お母さんにも息子さんにも喜んでもらえる。
 ひたすら勉強した漢方薬を飲んでもらうのだから、どうせなら効く確率が高い製品を使いたい。処方が正しくても漢方薬の質の悪さで効かないなんてことがあると、折角の努力が水の泡だ。だから僕は湿気やすくて調剤しにくい台湾の漢方薬をわざわざ使う。間違っても薬の成分よりトウモロコシでんぷんなどのほうが圧倒的に多い日本の有名な会社の漢方薬を使ったりしない。
 最近処方を教えてと言う依頼が時々あるが、僕が処方を教えても、日本の有名な漢方薬を使われたのでは効かないから、あたかも僕が実力不足のように映ってしまう。だからなるべく尋ねてほしくない。効果だけに注目して評価して欲しい。田舎の薬剤師なんて、治ってもらうのが一番うれしいのだから。


2015年05月18日(Mon)▲ページの先頭へ
明太子
 これは迷う。まだチケットが手に入っていないから、皮算用かもしれないが、迷う要素がたくさんありすぎる。
 会場の詫間と言う町が意外と不便なところにあることが分かった。香川県は狭い県なのに、予讃線で丸亀から30分もかかるのは予想外だったし、駅から会場まで徒歩で20分以上かかるのに、バスの乗り方が分からない。時刻表が添付されていたが、会場がどのバス停か分からない。途中丸亀城を案内し、その入り口辺りにあるうどん屋が美味しかったから御馳走しようと思うが、途中下車しなければならないから予定が立ちにくい。かの国の人は写真魔が多いから予想以上に時間を食うことは間違いない。チケット代を含めれば一人当たり4000円くらいの接待になる。これで和太鼓を聴きながら居眠りでもされたらかなわない。
 その日は日本語検定の試験の日だ。牛窓工場の通訳も受ける。この秋に帰るからなんとしても1級の証書を持って帰って欲しいが、かなりの難関だ。そうした知性の持ち主にこそ、この国の伝統文化に接して帰って欲しいが残念ながら日程が合わない。となると人選が難しい。4級5級を受ける人もいて、向学心に燃えている人こ限って連れて行けない。
 電車賃を倹約するために車で行けばいいのだが、道のりを見たら気持ちがなえる。昨日福山に行ってきただけで疲労感がすごいのに、なんとなく四国に渡るということだけで疲れてしまう。フェリーを利用したり、瀬戸大橋を利用したりしなければならないから心理的に遠いのだろうか。
 もうこうなればこそっと1人で楽しんで来ようかと意地悪な考えも頭に浮かぶ。そうすれば行き当たりばったりの電車に乗り、丸亀城も見る必要もないし、昼ごはんはコンビニの明太子のおにぎりでいい。(この明太子には拘るが)往復の道中で普段目を通すことの出来ない薬学の雑誌を2冊は読めるだろうし。
 うーん、本当に迷う。


2015年05月17日(Sun)▲ページの先頭へ
落胆
僕の気持ちを萎えさせないで。
 関西から時々やってきてくれる家族の影響で、僕も大道芸が好きになった。3年前に福山のバラ祭りの中で行われる大道芸大会を見てから、わざわざ訪ねて行きたい位好きになった。大道芸の魅力は勿論だが、花大好き人間のかの国の女性達を連れて行かない手はない。そこで福山はどうせ駐車場が空いていないだろうから3駅手前の笠岡駅まで車で行って、そこから山陽本線で福山に向かうことにした。わずか10分電車に乗るだけで着く。
 僕の若き友人たちは子持ちもいるのだが、概して天真爛漫だ。笠岡駅のホームでも大きな声で話す。僕は悪いことではないから、と言うより彼女達がなんら臆していないことが嬉しいのだが、注意することはしない。ある1人の青年が、スマホに夢中になっていたが、騒がしかったのか「中国人か!」と捨て台詞を残してその場所を離れた。その言葉は彼女達も分かるので「オトウサン コワイ」と口々に言った。本当に怖かったのは、彼女達ではなく、その青年だったのではないかと思う。今の日本人がようやく気がつき始めたことを彼は口に出しただけなのだと思う。ただ相手は中国人ではなかったが。
 彼が感じていることと同じような気持ちに実は僕もなりかけた。ただ相手は中国人ではなく今僕と一番親しいかの国の人たちに対してだ。牛窓工場の女性たちは別としてと自信を持って付け加えるが。
 笠岡駅の次の駅は大門?とか言う広島県の駅だ。そこからたくさんのかの国の青年達が乗ってきた。僕ももうだいたいかの国の人間は見ただけで分かるようになったが。僕の友人達がはっきりと教えてくれた。ただ、その風貌や態度は僕が今まで接してきたかの国の青年達とは全く違った。男も、茶髪に後頭部にかけたサングラスにイヤリングに、まるで日本の低級な若者のコピーみたいなのばっかりだった。その似合わさなさが余計低級を強調していた。女性達もしかりだ。同じ国のよしみで、牛窓の女性達と会話でも始まるのかと思っていたら、牛窓の女性たちは完全に無視した。福山は3年前に訪ねて、異常にかの国の人間が多いことに気がついていたが、今日はその何倍も密度を増しているように感じた。下手をすると、ある空間をもぎ取ってみると、他国の人間のほうが多いのではないかと言うようなところもあった。どんな仕事を押し付けているのか知らないが、犯罪率が一番高い国の人間がもっと分母を大きくしたら、とんでもない住みにくい国にこの国も変わるだろうと思った。結局企業が金欲しさに、低賃金労働者を輸入して秩序を破壊しているのだ。どこの国でも同じだが、自国を食い物にするのは経営者達、そしてその手先の政治屋だ。決して外国ではない。
 何があったのか、かの国の友人達が勤めている会社が規則を厳格にした。僕はとてもいいことだと思う。牛窓工場の友人たちはもう何代にも渡って親密にしているが、本当にルールをよく守り禁欲的に暮らしている。そのおかげで僕も特別許可をもらえて、この国の文化や人柄を学んだり感じてもらったりするお手伝いが出来るのだが、それこそ価値ある彼女達の自制だ。恐らく他の工場のとばっちりを受けたのだろうが、もともと厳密に規則を守っている彼女達には影響はない。今までどおりでいいのだから。今日も福山に行くことを許してくれているし、再来週は、メンバーを変えて久世町の和太鼓を聴きに行く予定だ。神庭の滝と言う有名な滝もあるらしいから少し足を伸ばしてみようと思っている。僕は岐阜に住んでいたから養老の滝は見たことがあるが、それ以外は見たことがない。同行するかの国の若き友人たちは滝なるものを見たことがないらしい。和太鼓に滝、まずまずの内容だと自負している。
 去年の暮れに来日した3人を加えて、かの国の青年が17人になったから、表を作って、誰がいつ何処に行ったかつけている。そうして公平に3年間のうちに色々な知識や思い出を作って帰ってもらうことにした。牛窓工場の友人達、今までどおりよく働き、よく喋り、よく規律を守って、僕を落胆させないで。


2015年05月16日(Sat)▲ページの先頭へ
刈り上げ
「第1書記への不敬罪に問われ、4月30日に数百人の高官が見守る中、対空砲で処刑されたと、韓国の情報機関・国家情報院が韓国国会の委員会で明らかにした。韓国・聯合(Yonhap)ニュース」

 信憑性は定かではないが、あの国だったらこんなこともありかと思う。やたらニュースで繰り返していたから、視聴率を稼ぐにはもってこいのネタだったのだろう。この時代に将軍家が存在している国があるのが不思議だし、それに抵抗しない国民も不思議だ。将軍様がまさか病気で死ねるなんて思ってもいなかったが、2代続けて病死だから、3代目は辛かろう。そこまで国民が奴隷化されて歳月が経つのを許されるわけがない。最期は打ち首獄門か。
 ところでこの国にも同じような将軍様が生まれているのではないか。同じ3代目ではないか。刈り上げてはいないが反り返った姿勢はそっくりだ。血糖値が高いかお腹が弱いかの差はあるが、なんとなく似ている。そしてそれを支える側近達も似ている。そして物言わぬ国民も似ている。そのうちマスゲームの練習でもさせられるのではないか。僕も花束持って円形に走る練習でもしておいたほうがいいのかもしれない。片手を上げて「出るヒットラー」みたいなことを叫ぶ練習も必要だ。忙しい、忙しい、自分を押し殺して偉いやつらのために懸命に尽くす日が来る。個人の権利なんて簡単に奪われる日が来る。、


2015年05月15日(Fri)▲ページの先頭へ
大百姓
 いわゆる大百姓。広い土地を持って、一所懸命百姓をやって来た。家は栄え次の世代も良く働き、専業農家で生計を立てている。こんなお百姓ばかりだと日本の農業も衰退しないのにと思うが、なかなか多くはない。よほど肥えた土地を持っていれば別だが、多くは兼業農家で、そのうち嫌業農家になって土地を荒らす。
 大百姓なのにお金には細かくて、よほどのことがない限り使わない。自分で「来年はもういないじゃろう」と言うくせに、来年いるためにほんの少しばかりの健康投資もケチる。眼科の処方箋を持ってきて、100円台の料金を払い、自分の体調不良を嘆く。脊柱管狭窄症に、不整脈に、便秘。どれも漢方薬でお世話できる。ところがそれは倹約の対象で、飲むつもりもない。だったら口に出すなと言いたいが、挨拶程度なのだろうから我慢。でもそれが毎回だとさすがに僕もストレスで不整脈になりそうだ。
 市民病院に頼まれて2年間処方箋調剤をしてきたが、こうした以前ならありえない会話をしなければならなかったのが大いなるストレスだった。僕の薬局には絶対来なかった人たちが、1日何人もやってくる。僕は処方箋を見ながらこれは漢方薬で治すことが出来るのにと反射的に処方が浮かぶが、それを口に出すのは御法度だし、飲む気もないのに、僕の薬局に来たから興味本位だけで漢方薬の話をする患者達の相手をするのも空しかった。
 最近は、合理主義か、利己主義か、権利主義か、恩知らずか何かよくわからないが、僕の知識だけを上手く盗もうとする人が時に紛れ込む。何十年懸命に勉強してきたことを、いとも簡単に盗もうとする。ことさらこの国の美徳をある種の人たちは美化するが、僕にはそんな郷愁はない。毎日数え切れない犯罪が行われ、その何倍もの法律では罰せられない悪意が行われている。
 娘夫婦がこのところ薬局の雰囲気を大きく変えている。それに気づいた人たちが良く褒めてくれる。嘗てのように、善良な人たちが、目的を持って訪ねてくれる薬局にしたいのだ。僕も、いつまでも田舎の心を持った薬局にしたい。


2015年05月14日(Thu)▲ページの先頭へ
ベニイモタルト
 何の根拠もないが、紅芋と言えば徳島県が有名だと思っていた。妻が近所の八百屋さんで買ったことがあるから、そんなに遠くのものではないと言うのと、テレビで鳴門海峡の映像と共に見た記憶があるからだ。
 昨日、ある女性から紅芋で出来た「ベニイモタルト」なるものが送られてきた。見ると沖縄のお土産だ。そう言えば彼女には、2週間くらい前に社員旅行にぜひ参加するように促したのだが、勇気を出して参加したみたいだ。飛行機での旅行、恐らくバス、そしてホテル、全て集団行動だが、彼女は楽しかったと言うお礼の手紙を同封してくれていた。
 思えば彼女は学生のときバスに乗るのが怖いと言う相談から始まった。でも結局彼女は段階を踏みながらも、障壁となるものをほとんどを克服して、外国への留学、その後、県では有名な会社への就職を果たし、本人の口から「運がいい」とまで言わしめるほどの青春を送っている。今は困ったときだけ連絡をくれるが、漢方薬を2週間分送ってあげれば、又次なる挑戦まで音沙汰がない。躓きながらも、いやもう躓いていないから、ためらいながらも果敢に青春を生きている。漢方薬を始めた頃一度だけ遠くからわざわざ訪ねて来てくれてことがあるが、とても好感が持てる青年で、もったいないもったいないと僕は心の中で思ったものだ。
 治るのが少しゆっくりタイプの人だったが、それはそれでいいのではないかと思える。なぜなら結局は彼女はやりたいことややらなければならないことから逃げていないから。スマートに対処したとはとても言えないが、遣り残して後悔するよりは挑戦して失敗したほうがいい。ただ彼女は失敗していない。運のいい結果をことごとく手に入れている。
 効率や結果を執拗に要求され、とても動物としては存在を許されない環境で取り残された人たちが、体のどこかを犠牲にして、それでも懸命に要求にこたえようとしている。僕は現代人の理不尽な体調不良はそういったところが原因だと感じている。持てる年寄り達が経済も政治も握っている。持たない若者たちは、押し付けの秩序に懸命に沿おうと努力して自爆する。この国の若者は自分で自分を傷つけるだけだから、持てる者達はいつも高みの見物。決して傷つかない。
 沖縄のベニイモタルトは自然の甘みでブラックコーヒーととてもマッチングした。どうぞ辺野古の海を死守して。


2015年05月13日(Wed)▲ページの先頭へ
呪縛
 ニュースを大阪まで見に行きたいと言われて、わざわざそんなところまで行かなくても家にいれば朝から晩まで見えると助言する。NHKから、民放まではしごをすれば、いくらでも見ることが出来る。もっとも、最近は、アホノ何とやらがアホコミを恫喝しているから、ニュース自体も見る気もしないし、民放はふざけすぎて話しにならない。
 ニュースと聞いてこのような発想しかできないから、僕もかなり後れをとっている。なんでもアイドルグループの名前らしい。アイドルならもっとまともな空っぽの名前をつけろと言いたくなる。しっかりしているのかと勘違いしてしまうではないか。
 さてこの分不相応な名前のグループをわざわざ大阪まで見に行くと言う女性は、数ヶ月前までは、隣の市にある家から僕の薬局に来ることもできなかった。車で20分くらいなものだが、いわゆるパニックで、行動が極端に制限されていた。ところがまじめに漢方薬を飲んでもらったら、ひょっとしたら大阪までいけるのではないかと思い出した。僕はパニックは現場でしか治らないと思っているから、当然大阪行きを勧めた。迷った挙句ホテルで1泊してコンサートを楽しむことになった。行く数日前に薬を取りに来たときにはまだ若干不安みたいだったが、実際はホテルもコンサートも問題なくて、驚いたことに大阪の街歩きも楽しんだらしい。帰ってから漢方薬を取りに来たが、表情は全く変わっていた。やり遂げた自信が表情を柔和にさせたのだと思う。
 どうしてこの女性もまた自身に対する評価が低いのだろうと思う。応対していてもっと自由に羽ばたけばいいのにと思う。それが出来ない人ではない。ただ家族の呪縛を正当化して自身で自由を奪っている。だから体や心が悲鳴を上げるのだ。その挙句の症状でしかない。まともな人が陥るトラブルだ。いや、まともすぎるのかもしれない。ニュースでも天気予報でもジャパニーズでもいいから、好きなものを利用して治ればいいのだ。それ以上の治療法はない。あのコンサートの楽しさに(本人談)比べれば、漢方薬の力など微々たる物だ。


2015年05月12日(Tue)▲ページの先頭へ
自尊心
 「台湾は東京電力福島第1原発事故後に福島、茨城、栃木、群馬、千葉の5県からの食品の輸入を禁止したが、15日からはさらに日本から出荷されるすべての食品に都道府県別の産地証明を義務づけると発表している。また、一部の産品については、放射線検査証明が必要となる。林農相は「台湾に対し、規制強化の撤回を強く申し入れしながら、具体的な進展が見られない場合には、WTOへの提訴も含め、しかるべき対応を検討したい」と述べた。
 
 馬鹿なやつだ。台湾ではない、林と言うやつだ。国民を守るとは、そういうことだろう。台湾のやっていることは当たり前だ。逆を考えたらいい。放射能が降り注いだ、いや今でも降り注いでいる国の食べ物を誰が輸入するだろう。狂牛病や農薬問題で輸入制限をした国が、それ以上の毒を振りまいて、神経質になっている国を非難するなんてほとんど言いがかりだろう。知性が無いのか品が無いのか恥ずかしくなる。いったいあいつらは誰を守っているんだ。何を守っているんだ。いい目をしているお友達か。それとも大好きなアメリカ様か。
 よその国が警戒しているものを、この国の人間にはほとんどノーマークで食べさせる。命は自分で守るしかない。金と権力で安全神話を押し付けられているのだから、よほどの信念が無いと太刀打ちできない。合法的に真綿で首を絞められるように殺されたんでは、賠償もされないし、そもそもあいつらが罪に問われて打ち首獄門になることもない。安全神話を流布させている奴等が決して口にしないものを、庶民がまるで廃棄物施設に成り下がる必要はない。
 この国が北の将軍様の国になんだか似てきたような気がする。自尊心が欠如したいきがるだけの国だ、いや国民だ。


2015年05月11日(Mon)▲ページの先頭へ
睡魔
 目が覚めてから布団の中でまどろむようなことは学生時代までで、牛窓に帰ってからはすぐに布団から出る。浪人時代を含めて6年間(当時薬科大学は4年生だった)怠惰に過ごした罪滅ぼしみたいなところもあるが、本来の自分は、牛窓に帰ってからの方だろう。
 このところ夜が明けるのが早いので、自ずと布団から出るのが早い。最近は5時前には起きて、新聞を読み、駐車場の片づけをしたり、倉庫の片づけをしたりで、仕事を始める8時半を待つ。と言うことは、仕事前までに既に3時間以上動いていることになる。全開とは言わないが、半開以上だと思う。そのせいで、夜睡魔が襲ってくるのがすこぶる早い。遅い時間にブログを書く事が困難になった。頭までがしどろもどろになってしまう。早寝早起きもここまで来ると健康的と言うより、歳のせいになってしまう。5時過ぎに駐車場の草を抜いたり、枯葉を集めたりするが、同じような早起きの方と顔なじみになる。どう見ても僕より歳が上の人ばかりだが。
 今午後9時。さっきからあくびの連発だ。まるで小学生のように9時になると睡魔が襲ってくる。なかなかの上質の睡魔だ。上質と言えるようなものが他に何もないから、これだけは手放したくない。



2015年05月10日(Sun)▲ページの先頭へ
不便
 人に紹介はよくしているのだが、実際自分でまだ行ったことはない。家族も僕に声をかけてくれないし、かの国の青年達を連れて行くには理由もないしそもそも高すぎる。と言うわけで開店以来、皮肉にも覗いていない。あれだけ建築中は頻繁に様子を見に行っていたのに。
 イタリアンのその店の立地は、地元の人間でも素晴らしいと思う。特に窓越しに鏡のような瀬戸内海が広がり、ヨットや漁船が行きかう姿は何とも長閑だ。朝には鵜達が魚を求めて何度も海面下に潜る姿は、長良川の鵜飼をただで見せてもらっているようなものだ。当時はお金がないから、折角岐阜に住んでいたのにニュースでしか見たこともなかったが、今は毎朝でも会える。そんな素晴らしいロケーションで働いている若い人達が、隣の邑久町に家を借り、通ってきていると聞いて、何とももったいない話だと思っていた。瀬戸内市の庁舎がある町ではあるが、邑久町などいわば何もないところで、駅があるくらいなものだ。そんな無味乾燥の町から通ってきて果たして牛窓で商売を続けられるのかと心配していた。ところが昨日薬局に来た人から、スタッフの青年達が牛窓をすごく気に入って、牛窓で借家を探していると教えてもらった。
 僕は今の時代、不便と言う概念を経験する機会は圧倒的に減ったと思う。日常で不便を感じることなど一切ないのだ。あれもない、これもないと列挙すればきりがないが、それでも手に入らないものなど何もないのだ。1の便利を手に入れるために、10の不都合を享受しなければならないくらい便利に価値がない。
 貸家の情報を集めるのがいいか、しばしば食べに行って売り上げに貢献してあげるのがいいか迷うところだが、頼まれてもいないのだから後者かな。


2015年05月09日(Sat)▲ページの先頭へ
忍耐
 イギリスで予想を覆して保守党が過半数の議席を獲得した。もっとも、やることはアメリカ追随で労働党と大した差がないから、何がどうなろうと知ったことではないが、あの国でも又日本と同じような人間が多数を占めるのだなと単純に軽蔑しただけだ。
 かりにも労働者の意見を代表すると言う党と、企業の経営者たちに支持されている党が拮抗すると言うこと自体がおかしい。なぜなら企業の経営者など数で言えば圧倒的に少ない。1%の富める者と99%の貧しい人たちとの比率で示せば、労働党が99%の支持を得られるはずだ。ところが実際はあの通りだ。同じようなことはこの国でも言えるし世界中でもきっと同じような傾向なのだろう。人が何故そのような思考に陥り、そのように行動するのか僕には理解できない。おこぼれで生きていることを知っているからか。何か給料以外に得することがあるのか。福島の事故を見れば一目瞭然だが、社会の成り立ちのほとんどが、金や権力を持っている者達のためにあることをまず悟らなければならない。何十万人の家や土地や仕事を奪って何の罪にも問われない権力の側にいる奴等に対して、庶民はパン一つ盗んでも罪に問われるのだから。
 ありとあらゆる媒体を利用して、洗脳し続けられた挙句が、イギリスもまたこの国も今の政党バランスだ。富めるものたちが莫大な資金と能力を動員して、作り上げた無知国家だ。従順で気概に乏しい国民をまるでベルトコンベアで作っているようなものだ。原発が吹き飛んで、遺伝子をかく乱させられてもなお従順なのだから、製品としては完成度が高い。この国の最も得意とするところだ。「まあまあ」のラベルを貼られ、生かさず殺さずで体温のあるロボットで生涯を終える。「まあまあ」以下が多ければ多いほど「まあまあ」が頑張って1%を支える。この国の人々も、イギリス人も忍耐にもほどが・・・・無いらしい。


2015年05月08日(Fri)▲ページの先頭へ
草刈り
 猫の額ほどの広さでも、猫の額を200個位集めれば結構な広さになる。ましてそこに放置した草が奔放に生えているとしたら、否が応でも広く見える。
 戦う前から戦意を喪失していた。去年までは雨で土が緩んだ日を利用してそれでも草を抜いていたのだが、今年は数本抜いただけで諦めた。駐車場の中の花壇の筈だったのだが、「もう、車を乗り入れて、駐車スペースにしよう」と言い出す始末で、娘の不評を買った。
 ところが今年は娘婿が俄然頑張ってくれ、調剤の合間を縫って釜で草を刈っている。抜くのはさすがに不可能と見たか、しゃがみ込んで釜を使っている。これが結構効率的なのか、1週間もすればかなりきれいになってきて、前の持ち主時代から毎年咲いていたアヤメが顔を出した。今までは草のほうが丈が勝っていて、見えなかったのだ。
 それにしても少しの努力の積み重ねが、出来ないと思っていたことをやり遂げるのを目撃した。ヤマト薬局を利用してくれる人たちの為に、少しでも心地よい空間と時間を提供したいと若い2人が努力しているが、薬局の中も外もずいぶん変わったと、久しぶりに訪れる人によく言われる。変わらないのは・・・


2015年05月07日(Thu)▲ページの先頭へ
巣窟
 いつから始まったのか知らないが、この数年、木曜日の午後8時を楽しみにしている。それはNHKのテレビ番組で「木曜時代劇」と言うのが放送されているからだ。7回から10回くらいで物語は完結するから、飽かないのもあるが、一番の魅力は時代考証が、いやその時代を復元する小道具さんの器用さが素晴らしい。
 高松市にある四国村と言うところには、江戸時代の民家が幾棟かある。実際に四国地方から集めてきたものだから、当時のそのままのものだ。それを数回見たことがあるから、NHKの小道具さんがつくっているもののリアリティーが半端ではないのだ。正に江戸時代にスリップしているように感じられる。人の歩き方、喋り方、立ち居振る舞いの全てに当時を忍ばせる力がある。物語以上に僕はひきつけられる。
 こんなに素敵な番組が作れるNHKなのに、このところタクシーチケットが何とかと言うNHKの会長とかの権力にこびている姿勢や、経営委員の出てくるところが違うだろうと言うくらいの存在感しかなかった。何処まで権力にこびれば気が済むのと言いたくなるようなやつ等の巣窟に成り下がるのか今が正念場だ。


2015年05月06日(Wed)▲ページの先頭へ
 本来なら昨日は倉敷のアイビースクエアで数組の和太鼓の演奏を聴くはずだった。そして今日は姫路のアマチュアのジャズバンドの祭典に行くはずだった。ところが一昨日丸亀から帰った後、かなりの疲労感に襲われた。このまま無理をすると病気になると思うくらいだった。以前の僕ならスケジュールを確実にこなすことを優先しているが、10年以上前にそれで失敗してからは、そんな潔癖さは捨てた。その素質は持って生まれたものだから完全には僕の中から無くなってはいないが、あのことがトラウマになって、それなりのブレーキにはなってくれている。
 昨日は、突発性難聴を発症した女性のところに漢方薬を届けた。車で40分くらいかかるところだが、倉敷に行ってなくてよかった。突発性難聴は時間との勝負だから郵送では遅い。今日は過敏性腸症候群(郵送)の漢方薬を5人分作った後、母の施設に行った。五月晴れで気温も上がり、手に届く場所に咲いている花々や、南部にしては珍しいとんがった山々でなる緑の屏風の中で、母に思いっきり美味しい空気を吸わせて上げれた。
 連休は音楽三昧と決めていたが、3勝2敗だった。連休をフルに楽しむなんて僕の体力では出来そうにない。外国旅行などもってのほかだと悟った。長期滞在なら可能かもしれないが、休みに入るとすぐ出かけ、仕事再開の直前に帰ってくるなんて不可能だ。皮肉なことだが、過敏性腸症候群の漢方薬を朝から連続で作っていたとき、体調が回復してくるのを感じた。やはり働き続けて来たから、その状態が一番体に負担がかからないのかもしれない。健康のために働くとしばしばテレビのインタビューなどで耳にするが、僕も確実にその部類に属し始めたのだろう。人の健康のために働いてきたが、それが自分のになるとそれこそ人様には迷惑だ。そのことだけは肝に銘じておこうと思った。


2015年05月05日(Tue)▲ページの先頭へ
夢幻の会
 年齢のせいか、職業のせいか、相手が普通の人なら簡単に声をかけれるようになった。普通の人とは、御法度の裏街道を歩く人や、その予備軍以外とイメージしてもらっていい。いわゆる理性が通じる人ってことだ。
 昨日、丸亀で声をかけたのは、普通の人であって普通の人ではない。夢幻の会は、小学生から高校生くらいの子を中心に編成されている和太鼓集団なのだが、いわゆる「大人顔負け」ではない。大人と比べては失礼なくらい鍛錬され、自称、和太鼓お宅の僕の経験でも、アマチュア集団ではトップクラスだと思う。卑近な例で言えば、今活躍している女子中学生の卓球選手を思い浮かべてもらえればいい。決して彼女は子供の大会で活躍しているのではない。世界のランキング選手と戦っているのだ。既にれっきとした選手で、大人顔負けの選手ではない。
 3時間かぶりつきで演奏を聴いた僕は、かの国の青年達を連れて会場を後にしようとしていた。すると丁度夢幻の会のメンバーが片づけをしているところに通りかかった。そしてまず目に入ったのが、さっきまでの舞台でとてもリズミカルに手拍子を演奏していた少女だ。あどけない、屈託のない、いや穢れないと言う表現が適するのか、とにかくその子の演奏にどれだけの観衆が拍手を送っただろう。僕もまた感動を与えてもらった一人だ。数メートル先にいたので、声をかけてみた。何年生か知りたかったのだ。すると4年生だと教えてくれた。同じく手拍子の同年代の少年と二人で、見る者の心を清めてくれたような気がした。すると僕と会話している様子に気がついたメインで演奏する少女が、少し聞こえづらいと思ったのか、4年生と言うのを僕にはっきりと教えてくれた。この少女、見かけは高校生くらいだが、ひょっとしたら中学生かもしれない。中学生だったら奇跡の中学生と呼んでもいいくらい上手だ。春先の丸亀市民会館でのコンサートで初めて夢幻の会の演奏を聴いたが、少年少女の演奏でこんなに完成されるのかと度肝を抜かれたのだが、中心を担う3人の少女の1人だ。他の少年や少女も並みの技術ではないが、この3人は恐らく日本中を探しても中高校生でトップクラスに入るのではないかと言うくらいそろって上手だ。その中の一人と話が出来たし、会話が聞こえたのかもう一人もこちらを見て挨拶をしてくれた。僕の話した内容は、とにかく感謝だ。こんなに素晴らしい演奏を聴かしてくれ、この国に希望をもつことをかろうじてつなぎとめてくれる若者への期待の多くを、和太鼓の演奏者から得ているのだから。日々の絶え間ない鍛錬、一糸乱れぬ集中力、礼儀正しさ、謙虚、日本人が捨ててしまったよい所を残してくれているように感じる。
 別れ際に「あなた達は、プロになるべきだ」と大きな声で言うと、笑顔で答えてくれた。既にそれは射程距離内に入っているかもしれない。ホームページを見ると、あの素晴らしい「志多ら」から演奏の指導を受けているらしいから。志多らのメインの女性と1週間前にツーショットで写真を撮らせてもらったが、いずれ昨日会話した少女達とツーショットで写真に収まるようになるかもしれない。そのことが十分実現する素質を持った子供たちの集団が夢幻の会だ。


2015年05月04日(Mon)▲ページの先頭へ
丸亀
 「丸亀まで往復8枚お願いします」とだけ言ったのに、駅員は「ボートですか。よく行かれるなら回数券がお得ですよ」と親切に教えてくれた。このあたりの人でなければこの会話がどういった意味を持つのか分からないかもしれないから、丸亀について説明する。
 今日、かの国の青年をつれて丸亀を訪ねたのは、丸亀城祭り(丸亀お城村)の出し物でなんと和太鼓合戦が3時間に渡って繰り広げられるからなのだが、このあたりで丸亀と言えばほぼ100%丸亀競艇を連想するだろう。秋に初めて丸亀を訪ねて、城の素晴らしさを知ったのだが、それ以前は僕もまた競艇の街としか認識していなかった。だから駅員が僕を見て、その競艇通いを連想したのも無理はない。自分で身なりがいいとは思っていないが、まさか競艇通いに見られるとは想像していなかった。だから自分自身でも結構受けて、大笑いした。駅員に座布団でも上げたい気分だった。ただ、冷静に見ると、白衣を着ていないときの僕はその程度なんだと言うことがよくわかった。上から下までさすがに身だしなみは無茶苦茶だから、それには頷ける。
 学生の時、名古屋の駅でよく「兄ちゃん、いい仕事あるよ」と声をかけられた。仕事が充実してからも車屋さんや住宅展示場で決して声をかけられなかった。そして今、競艇場通いの遊び人に見られる。本当に実際より何かよく見られた経験はない。だから気が楽と言えば気が楽で、それがだんだん高じて、何処まで落ちるのだろうと楽しみだ。


2015年05月03日(Sun)▲ページの先頭へ
岡山県鳥獣保護センター
 まるで工事現場のコンテナハウスみたいな建物に、娘が保護した鳩を小さな段ボール箱に入れて持ち込んだ。机が一つ置かれただけの、わずか3畳位の部屋に誰もいなかったので声をかけると、奥から若い女性がすぐに現れた。昨日電話連絡をしていたのですぐに理解してくれたみたいで、混雑していた池田動物園の駐車場が使えたかとか、無料にしてもらえたかとか、昨日僕に教えてくれていたことを確認してくれた。予備知識をくれていたので、スムーズに岡山県鳥獣保護センターまでたどり着けた。実は、薬剤師から池田動物園は休日にはかなりの渋滞を起こして車が進まないと教えてもらっていたので、昨日の助言はとても役に立った。(鳥獣保護の用事のときは、警備員が優先して車を通してくれる)
 おもむろに箱の蓋を開けようとすると、女性が「後ろの戸を閉めてください」と言った。今日は備中国分寺のライトアップを見に行くために、かの国の女性6人と一緒に行動していたのだが、彼女達を締め出す格好になった。でもすぐに僕にもその言葉の意味が分かった。鳩が飛んで逃げるかもしれないと言うまことに単純な懸念でそう指示したのだ。でもその簡単なことすら僕ら素人には分からない。そうした当然の配慮は勿論だが、その後鳩を取り出して1分もしないうちに、的確な判断(僕には本当は的確なのかどうか分からないが、納得するしかない)を下し、状況を教えてくれた。
 我が家に保護されたときには、バランスが取れずに横になるような体制がほとんどだった。それがだんだんバランスよく座れるようになって、今朝などは立ち上がることも出来るようになった。足を触って「これは足が折れていますが、時間がたってしまっているので不自然な格好でくっついています」と診断してくれた。もう正常な状態でくっつけることは出来ないが、結構それでも支えにはなり、自然に返しても生きていけると言われた。「岡山駅に住みついている沢山の鳩の中にも同じようなのは結構います」と教えてくれたのは結構勇気を与えられた。「ああ、生きていけるんだ」と安堵した。と言うのは4日も一緒にいると情が移る。その若い女性が指摘してくれたように、鳴き方がまだ幼い鳩の特徴だから、なおさらだ。
 「少し訓練をした後、自然に帰します」と女性が言ってくれて、この数日の懸念が全て払拭された。たった幼い一羽の鳩の保護でもずいぶんと達成感を感じることが出来た。どんな小さなことでも全力を尽くすのはいいことだ。
 それにしても対応してくれた若い女性の印象は、「とてもその仕事に合っている」に尽きる。物静かだけれど、的確な指示や診断が出来る。反面とても細やかな配慮をしてくれる。その全てがわざとらしくなく、その女性の個性そのままなのがよく伝わってくる。どういった肩書きか知らないが、何軒かそれまでに相談した獣医のけんもほろろの応対に比べれば、動物の世話をする人たちが備えて欲しいものをすべて備えているように思えた。彼女もまた獣医かもしれないが。


2015年05月02日(Sat)▲ページの先頭へ
路頭
10年前ではない。恐らく20年にはなるのではないか。いやそれ以上かな。まだ若くて体力にも自信があったから、ありとあらゆる勉強会に出席していた頃だ。ところがやっとその当時に教えられたことが主流になって、コレステロールの食事制限が解除された。それも御他聞に漏れず、アメリカ様の追随で。歴代の日本の内閣が、アメリカの要求を実現させるために存在しているのは多くの方の指摘があるが、コレステロールごときでもアホの何とかはいきがっているくせにお墨付きが欲しいのだ。食事由来のコレステロールなど微々たる物で食事制限など必要ない。コレステロールはある程度高い人のほうが元気で長生き。製薬会社の策略はもう通用しない。儲けるだけ儲けたから、もうこの辺であくどいことは止めておこうとなったのか。
 このようにいい加減なことを信じさせられて、無駄な労力やお金を吸い上げられていることは多いと思う。こと健康面に限らずありとあらゆる分野で同じことが起こっている。薬の世界でもこの程度なのだから、健康食品とやらや、機能性食品とやらはこのレベルではないだろう。嘘の塊みたいなものだ。嘘をカプセルに充填しているようなものだ。
 耐震ゴム、原発の絶対安全と言う大嘘、御用学者やアホコミを総動員しての洗脳に対して、庶民は自分の感性を磨いて胡散臭いものを見抜かなければならない。さもないと着ぐるみ剥がされて路頭に迷わされる。、


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