栄町ヤマト薬局 - 2015/02

漢方薬局の日常の出来事




2015年02月28日(Sat)▲ページの先頭へ
勤労奉仕
 法務省に過去2回出張していた人が最近しばしば訪ねて来る。今日はお百姓にもらったキャベツを一つ持ってきてくれた。彼が最近足しげく通ってくるのには訳がある。それは秋に大和家の墓地の掃除をボランティアでしてくれたのに、肝心の僕が見に行っていないのだ。と言うことはお墓参りにも行っていないと暴露しているようなものだが、彼はそのことを責めているのではない。他人のお墓を掃除してくれるなんて、なんて殊勝な人だろうと思うが、その通りで殊勝なのだ。ただ酒で身上をつぶしたから法務局に出張する羽目になったが、本来は善人だ。その彼の懸念材料は、「本当に草一本残さずにきれいにした」ことの証拠が消えてしまうことだ。まだ寒いとはいえ、我が家の駐車場でも花が開き始めた。だから草はもう生え始めていると言うのだ。もし草が生えていたら、彼の勤労奉仕を信用してもらえなくなる。だから焦っているのだ。法務局帰りと言うハンディーを彼も知っているから、気を回しているのだ。
 ところが僕はそんなことで差別をしない。もっと悪いやつで、もっとたちの悪いことで、法務局に出張どころか、法務局を操っているやつらがいる。嫌悪はそちらには向くが、たった数千円で自由を奪われた小市民には好感さえ持つ。「ジャズのコンサートはねんかな(ないのですか)?」が唯一の報酬で他人の墓お掃除してくれる。草の生命力に圧倒されそうな年齢になったが、腐れ縁だけは続く。
 


2015年02月27日(Fri)▲ページの先頭へ
世も末
 興味ある人は,、今日この文章に目を通したのではないか。僕ら超庶民が、超素人が言うとインパクトはないが、そして信用もしてもらえないが、以下のような人物ならどうだ。一部の評論家や知識人もアホノが再登場してから警告しているが、多くのタレントもどき達は口をつむっている。それどころかマスコミの社長や論説委員が、アホノと食事会をしているからあきれたものだ。一緒に食事をした人間を批判なんか出来ないだろう。世も末、マスコミも末。信用しないのがいいし、そもそも近寄らないのがいい。

 20年間にわたり低成長にあえぐ日本。私たちはこれから、どうやって自分の資産を守っていけばよいのか。世界各国の情勢を独自に分析するカリスマ投資家、ジム・ロジャーズ氏に話を聞いた。

――アベノミクスは、日本にどんな効果をもたらしましたか。
日本の大きな問題は3つあると私は見ています。人口が減っていること、債務が天井知らずに増えていること、そして、安倍晋三首相がまだいることです。安倍首相は、株式マーケットにはよいことをしてくれています。日本株に投資している私も、メリットを得られています。今後も日本株への投資は続けると思います。でも、それが日本経済や日本国民にとってよいことかというと、それは別の話です。安倍首相が今やっていること、つまり紙幣の増刷によって自国通貨の価値を下げるということは、非常にお粗末だと私は思います。10年後、20年後になってみて、「あのとき、日本は終わっていたんだな」と気がつくでしょう。
――それでは、日本国民はどうすればいいのでしょう。
12歳以上だったら、即刻、日本から移住を考えた方がいいと思います。日本の株式マーケットを見ていると、いずれバブルが発生する懸念があると思います。日本の投資家の皆さんには、慎重な判断が必要になります。もしバブルが発生したら、日本を完全に崩壊させてしまう危険性すらあると思うのです。あくまでも、可能性としての話ですが。

 僕は指摘の12歳以上だから移住したほうがいいらしい。行き先はもう決まっている。かの国しかない。高音で早口で気の弱さを懸命に隠す、むくんだ顔の男の声が届かないところに行こう





2015年02月26日(Thu)▲ページの先頭へ
消耗戦
 いまだ不具合が残っていて、今NTTの方が帰っていった。僕のパソコンだけ動きがゆっくりで、次の画面に換わるのに数分かかったり、逆にギブアップの案内がすぐに出たりする。昨夜からの、ほんの少しの調べ物もマラソンをしたくらいの消耗戦だった。やっとこれでフレッツ光は完成した。
 以前のISLDとか何とか言うやつで全然困っていなかったから、この数日間の不具合はなかなか応えた。イライラすると言うより、このまま機械が使えなかったらどうしようと言う不安が強かった。それだけインターネットに依存しているってことだろう。
 機械類が好きでもない、進歩的でもない、新好きでもない、ないない尽くしの僕でさえこれだけ滅入ってしまうのだから中毒状態の人はそれこそ薬が切れたくらい苦痛なのだろう。(この場合の薬と言う字はヤクと読むらしいが)だが、最近のニュースに接してよくわかったことがあるから、ないないづくしはいいものだと思うようになった。何故ならどうやらインターネットで行きかう全ての情報が当局には筒抜けらしい。携帯電話も然り。要は全てお見通しだってことだ。見通されて悪いことは電話線を使ってはダメってことだ。どうりで力を持っているやつらの側にいる人間が最近えらそうだと思った。そして、そいつらに擦り寄る人間が多いと思った。情報が集まってくれば怖いものなしだ。
 経済的な二極化も情報の二極化も、同じ人間が同じ側に属するから性質が悪い。逆転のチャンスはますます遠ざかる。こうなれば合法的に殺されないように身を守るしかない。恐らく僕が、綾瀬はるかの隠れファンだと言うこともやつらにはバレていると思う。


2015年02月25日(Wed)▲ページの先頭へ
故障
 何のメリットがあるのかわからないまま息子に言われてフレッツ光に換えた。どうやらインターネット経由でカラオケができるらしいが、全く興味がない僕には、恩恵はない。また、インターネットが速いとうたわれているが、そもそも薬局の隣がNTTの中継局なのだから(距離にして10メートル)元々速くてこれも恩恵には浴せないと思う。
 工事をしてもらって1週間が過ぎた頃から、なんとなく調子が悪くなった。ある時間使えていたのに急に接続できなくなる。それも往々にして夜の間にその故障が起こり、朝から慌てて娘婿に直してもらうことが続いた。直してもらってもすぐ使えなくなるので最終的には、NTTに連絡した。すると、設置のときに来てくれた数人の中の二人が来てくれた。僕と一回りも違わないような方だが、てきぱきとパソコンや配線を扱う。あの年齢でよくもあんなことがわかるものだとほとんど尊敬の眼差しで作業を眺めていた。
 それにしてもやたら宣伝しているフレッツ光もたいしたものではないんだと落胆気味だ。「コレッテ光?アレッテ光?」と疑いたくなるくらいだ。傍で見ていて「ソレッテ光」と声をかけたいくらいだった。カラオケ大好き人間の息子はデレット光状態だし、敢えて換える必要がなかった僕はフレッツうっかりを反省した。傍で見ていた妻はどうも僕のフレッツゆっくりが許せないらしくて、フレッツ怒り状態で、フレッツしっかりと急き立てる。
 結局は2時間くらい色々な作業をしてくれて、納得が行く状態にしてくれた。そして帰る前に、以前インターネット用に配線をしてくれた2階を見せてくださいと頼まれたので案内した。すると2階で、ある機械を見つけた。専門用語が分からないので説明に困るが、恐らく無線で飛ばす道具が、有線と同じところにあって、機械が混乱しているのでしょうということだった。インターネットの不具合の犯人は、息子がカラオケをしようと四苦八苦したことだったのだ。NTTさんごめんなさい。
 実は我が家はNTTの大ファンで、少し前まで、数ある下請けが子会社を隠してまるでNTTであるかのような勧誘電話をしばしばよこしてきていたのに閉口していた。最近はその手の勧誘がなくなったのでわずらわしくなくなった。とにかく何か欲しいときも何か困ったときにもNTTしか相手にしないようにしているから、不都合なことに巡り合ったことはない。今回のことも何のいやな顔もせず、懸命に原因を探ってくれ、狭いところに体を入れ窮屈な体勢でよく仕事をしてくれた。帰るときに感謝の言葉を何回か口に出したが、果たして気持ちは届いているだろうか。今の僕の気持ちはフレッシュ光。


2015年02月24日(Tue)▲ページの先頭へ
善通寺龍神太鼓
 どうしても書いておかなければならない。昨夜はインターネットが接続できずに気持ちが萎えていたが、今日、娘婿に直してもらったので改めて挑戦する。・・・・と書いたところで又接続できなくて一日遅れ。

 ますます香川県が好きになった。今までも当然好きだったのだが、そしてその一番の理由は人が少ないと言うものだが、それに加えて昨日の讃岐太鼓の集いのトリをつとめた「善通寺龍神太鼓」の演奏を聴いてしまったからだ。和太鼓に関して僕は色々な表現を今まで使ってきたから、敢えて何か新しい言葉を用意することは出来ないが、とにかく圧巻だった。そして強いて使う言葉を見つけるとすれば「力強い」と言う表現だろう。撥が2本も折れるという光景を見たこともないし、大太鼓を強く打ちすぎて撥が飛んでいった光景も見たことがない。その物理的な力強さは単なる光景でしかないが、太鼓が発する音は、超人的な正確さで一部の乱れもなく会場の空気を破り、聴く人たちは圧倒されやがて歓喜し自然発生する拍手もまた鳴り止まなかった。どれだけ訓練しただろうかと思わせる打ち手の男達は、筋肉質でまるで格闘家を思わせる殺気さえ感じさせた。1曲が15分くらいのものを2曲続けて演奏したが、あの鍛えた男達でさえ肩で息をしていた。
 もう何回も和太鼓のコンサートを聴いているかの国の青年達も僕の声にあわせて大きな声を出していた。他の聴衆もさすがに歓喜の声をあちこちからあげていた。賛美の声をあげないのは失礼なくらい全員が感激し、感謝の意思表示をしたかったのだろう。そうだ、昨日のコンサートで一番適した言葉は聴衆が打ち手に対しての「感謝」かもしれない。あれだけの感動を日常で味わえることはめったにない。生きてこれからも何度も何度もこの感動を味わいたい、そのように思った人は多かったのではないか。
 願わくば善通寺龍神太鼓の方たちには毎年定期公演をしてもらいたい。このブログ読んでくれないかなあ。


2015年02月23日(Mon)▲ページの先頭へ
丸亀城
 昨夜パソコンが故障していたので半日遅れです

 僕は、無知から丸亀城を誤解していた。インターネットで調べた情報で、単に小さな天守閣が残っている城と言う印象しかなかった。だから丸亀で和太鼓の大会があることが分かって、どうして時間をつぶそうかと迷った挙句が、緊急避難用の丸亀城だったのだ。
 ところが会場の丸亀市民会館に着いて、丁度市民会館の通りから正面にそびえる城を見つけたときには、一緒に行ったかの国の青年達が歓声を上げた。僕も意表をつかれた感じだった。青年期毎日のように目にしていた岐阜城にはかなわないが、僕が目にしてきた他の多くの城とは趣を異にしていた。なぜならほとんど市街地にありながら、まるで山城のようにそびえているのだ。大きな門をくぐって、さてこれから天守閣まで上って行かなければならないと思った瞬間、その高さを恨めしく思ったくらいだ。案の定、僕だけではなくかの国の青年ですら、息を切らし始めた。地元の人だろう、一直線に上るのではなく。登り道を左右の道端を結ぶように斜め上、斜め上と上っている人もいた。ただ僕らの努力の報酬は大きくて、途中も天守閣があるところも、丸亀の街を360度見下ろせ、瀬戸大橋をはじめ、瀬戸内の工業地帯も、港も、手にとるように見えた。
 例によって写真を取り捲るかの国の青年ですら、景色を愛でる言葉を連発していた。まだ太鼓のコンサートを聴いてもいないのに「オトウサン キョウ タノシイ アリガトウ」と礼を言われた。でもやはり礼を言わなければならないのはこちらなのだ。日曜日に重い腰を上げてこうして遠くまで来てみようと思わせるのは、唯一かの国の青年達の存在なのだ。彼女達のおかげで初めて龍神太鼓の実力を知ることが出来たし、市民会館の中にあるたも屋といううどんのお店のスタッフの方々と心温まる交流もあったし、坂出の駅で愛媛から岡山に行くと言う二重に腰の曲がった耳の聞こえない老婆とハイタッチもした。恐らく以前の僕の日常の過ごし方では登場しない光景だ。やっと今になって、少しは心に余裕のある暮らし方が出来るようになったのかと、感謝している。


2015年02月21日(Sat)▲ページの先頭へ
不正義
 僕の印象では「正義」を軽々しく口にする人間は、およそその概念から最も離れたところでうごめく人間が多いように感じる。本当に正義を実践している人が敢えて、それを口にするだろうか。もしそれを実践していたら敢えて口に出す必要もないし、そもそも気恥ずかしいのではないか。
 このところ勇ましい言葉が飛び交うが、どっちもどっちのように聞こえてならない。特に特権に守られて何をしても何を言っても傷つかない立場にいる人間が言うのを聞くのは耐え難い。僕の印象ではそう言った綺麗ごとを口にするのは欧米の人間に多かったように思うのだが、今は東洋だろうが中東だろうがアフリカだろうが関係ないらしい。正義が氾濫して、まるで100円均一の店頭のようだ。
 爆弾を身にまといスイッチを入れる。わが身が一瞬のうちに肉片となって飛び散る。それでどんな正義を得ようとするのだろう。遠くから爆弾を発射し、あたりの人間を焼き殺したり肉片にし吹き飛ばす。それでどんな正義を得ようとするのだろう。人間はたった数十年しか生きられないのに、そんな動物なのに、誰に他人を抹消する権利があるだろう。殺し殺される現場にいる白も黄色も黒も哀れだ。どうして、底辺の人間達が殺戮に駆り出される不正義に気がつかないのだろう。


2015年02月20日(Fri)▲ページの先頭へ
無念
 当時の事件をまだ覚えている人は沢山いると思う。中年以上の方はその悲惨な事件に心を痛めたはずだ。若い女性達が無残にも殺されたのだから、そして犯人が捕まらないのだから、いやおうなく印象に残っている。永久に犯人は分からないのではないかと思っていたら、どうやら犯人らしき人間が特定されたらしい。ただその人間が死んでいるから、罪を償わせることは出来ない。こうした状況を遺族の人たちはいったいどう受け止めるのだろう。さすがにマスコミは断定調では伝えないが、そしてコメントする友人らしき人たちも、強い言葉を使わないが、赤の他人の僕はそうした真綿にくるんだ上品なコメントなど出来ない。
 犯人がもし病気で死んだりしていたら正に殺し得だ。それと同等の、いやそれ以上の苦しみを持って償わなければならないのに、仮に病院のベッドで手厚い看護を受けながら死んだなんてことになると、殺された人たちは浮かばれない。家族の人にとっては、むしろ犯人が特定されなかったほうがいいのではないかと思ったりする。もう手の出しようがない世界に犯人が行っていると知り無念さで苦しむよりも、まだ見つけて打ち首獄門にすると希望を抱いているほうが楽なのではないか。
 それにしてもこの世は理不尽だらけだ。何の落ち度もなく、懸命に生きている人たちがこのような犠牲になり、悪意の塊みたいな奴がのうのうと生き、いやむしろ幸せ多く生きている姿をしばしば目撃するのは、世の常と言いながら、耐え難い。下々からアホノ何やらまで、償わなければならない人間が闊歩する異常な世の中だ。


2015年02月19日(Thu)▲ページの先頭へ
確信
 僕ら自営には、出世も降格もないから、そのあたりの事情はよくわからないが、時に出世したばかりに心を病み、めぐりめぐって僕のところに相談に来るケースがある。
 この方もそうだ。最初は理由を言わなかったが、僕は話を聞いているうちに想像がついた。かなりの地位についたから、何か負担が増えているのではないのと尋ねると、ある企画を任されたらしい。それだけならモチベーションはむしろ上がるのだけれど、今までの仕事を全く削ることなくそのままプラスされたらしい。だから体がついていかずに倦怠感に襲われる様になり、脈が飛んで苦しく、悪夢に苦しめられるようになった。仕事に対して全くやる気が起こらずに、辞表も提出したらしい。「鬱じゃろうか?」と尋ねられたが、病院から出されている薬を見ると「そうじゃ」と答えるしかない。
 新たに得た肩書きにふさわしい仕事を任されたのだから、そして当初はそれをいきに感じていたのだからあながち仕事を辞めたいのではない。心を病みきって惨めな姿をさらしたくないだけの理由だから、それ相当の決断だったに違いない。鬱の漢方薬を作ってと頼まれたのだが、なんとなくピンと来ない。いい体格をしているから、こんな体調になる前はどうだったのか尋ねると、もう少し痩せていたと答えた。だから自分では鬱と思っているのだろうが、いまいち鬱の薬を作るのに踏ん切りがつかなかった。そこで一つの提案をした。「それなら脈が飛ぶのも心配じゃろうから、脈が止まる漢方薬を作ろうか」と。すると相手は「脈が止まったら困るじゃろう、死んでしまうが」と言いながら大笑いを始めた。「ごめんごめん、脈が止まったら困るな。不整脈が止まる漢方薬じゃ」と言い直したが、それでも笑いを止めなかった。何でこんなに受けるのだろうと言うくらい笑った。その笑う姿を見て僕は決めた。鬱の薬はいらないと。
 笑っている姿を見て相手の希望に確信が持てた。そこで「やる気が出る漢方薬を作ってあげようか」と提案すると「そう、それそれ、本当は辞めたくないんよ」とやっと本心を言ってくれた。
 たまには言い間違うこともいいものだ。洗練されたギャグより受けることもある。


2015年02月18日(Wed)▲ページの先頭へ
四国フェリー
 1年に数回利用させてもらっている四国フェリーの便数がこの春、減るらしい。便数どころか船の数も1つ減って2艘になるらしい。大赤字を出しながらの営業だから仕方ないといえば仕方ないが、フェリー大好き人間の僕には残念な話だ。
 乗るたびに確かにこれでやっていけれるのかなと思っていた。利用する側としては、いつも閑散として、4人がけのテーブルを一人で独占して1時間の船旅を楽しむことが出来るのだからありがたいが、営業的には持たないだろう。それが証拠に結構船は傷んでいる。安全には支障ないのだろうが、一抹の不安は感じる。
 22日にはかの国の青年を7人連れて丸亀に龍神太鼓を聴きに行く。ゆったりと行ける最後になるのかなと少し残念だ。瀬戸大橋を使えば丸亀には牛窓から1時間半で行けるらしいが、運転する僕はひたすら前を見続けるだけで、なんら楽しみはない。それよりも風を感じ、波を感じ、遠ざかる玉野の街、すれ違う漁船、頭上で遊ぶカモメ達を見ている時間のほうがはるかに価値がある。不思議なことにかの国の青年達も、瀬戸大橋よりもフェリーを好む。僕に合わせてくれているのではないと思うが、想像を絶する技術力より1時間の船旅を望んでくれる。
 四国フェリーがなくなることってあるのだろうか。自治体や県が補助しているらしいが、いずれ自然消滅させるのだろうか。合理性の追求だけが正解の世の中にあって、生き残れるのだろうか。過疎の町で消えつつある商店と同じ光景に見える。大手に駆逐され、ブルドーザーのように根こそぎつぶされて、そして何もなくなり、大手もやがて去っていく。残されたものたちはより不便を強いられる。戦闘機一機分で半世紀の航行を保証されるが、スパーリッチ達には、アメリカさんに物を買ってもらうことしか頭にないのだろう。そんな人種を支えている哀れな下層の人間だけが錆びたフェリーに乗る。


2015年02月17日(Tue)▲ページの先頭へ
悪夢
 今から思えば、危うい日々だった。今思えば、どっちに転んでもよい日々だった。忘れたい日々であったし、それだから今があるようにも思う。
 当時の僕を現代の若者の風景の中に求めるなら、さしずめインターネットカフェに通い、何時間も画面に向かっている青年だ。当時の僕と現代の青年は、向かい合っている機械が違うだけで、心象風景は同じのような気がする。バネで打ち上げられた小さな金属の玉が、たくさんの釘に当たり向きを変え、時にチューリップの中に入り喜び、だがほとんどは台の底に空しく消えていく。たったそれだけの単純な博打性のゲームを多いときには1日8時間くらいやり続けていた。僕の周りには、同じように登校出来ない学生や、仕事をサボっているサラリーマンや、身を持ち崩したおじさんおばさん達であふれ、そうした群れの中で孤独をかろうじてごまかしていた。
 大学に入って5月にはもうやる気をなくしていた。やっと大学に入った達成感で、まるで腑抜けになって、それから先が全く見えなくなっていた。元々なりたい職業がなかったので、親と同じ職業を選んだのだが、朝から晩まで化学の授業には辟易とした。次第に教室から遠ざかり、同じように授業を抜けて出てくる劣等生と学食でタバコを吸って時間をもてあますようになった。そして次第に学校に居場所もなくなり、学校近くのアパートに住んでいた僕は登校してくる学生が降りるバスで、繁華街のほうに出かけるようになった。
 ただそうした生活がいいとは一瞬たりとも思ったことはない。いつも深層では自分を責めていた。そして早くそうした生活から脱出しなければといつも思っていた。だが、そうした強迫観念にも似た葛藤から唯一逃げることが出来たのがパチンコだったのだ。現代版ではパソコンなどによるゲームと同じだろう。いわば僕は、現在ゲームで引きこもっている青年達の先駆者なのだ。
 僕はその後得た職業のおかげで、当時の僕とほとんど同じような心境で暮らしている青年を多くお世話することになった。色々な原因で僕と同じような日々を暮らしているのだろうが、僕と同じような、防ぐことが出来た単なるミスマッチで苦しんでいる青年も多いのだと思う。あの頃、僕が何か自分がやりたいことを持っていたら、毎日有り余る時間を無駄にするような生活はしていなかったのではないか。最終的な目標をうかつにも大学に入るところにおいてしまっていたから、その後がまるでなかったのだ。受験制度や受験屋さんのせいにするつもりは全くない。感性豊かに育ってこなかった自分のせいだ。
 恐らく本人が一番感じている「脱出できないはがゆさ」からの解放の処方箋を今の僕も持ってはいない。何故当時、結局、大学を卒業できたのか今だ分からないまま時に悪夢にうなされる。
 巷では、悩める青年達には到底手にすることが出来ないような享楽が日々喧伝される。富める者たちが幸せすら独占する時代に、何をモチベーションに生きろと言うのだろう。時代は今まさに悪夢の中にある。


2015年02月16日(Mon)▲ページの先頭へ
普通
 「この前、コンビニに行ってきました」たったそれだけでも、彼にとっても僕にとっても大変な成果なのだ。
 決して病気は見つからないのに、いくつもの不調に体中が覆われたら、何もする気にはならないだろう。まして現代医療の恩恵から取り残されてでもしたら、もう立ち直れない。医療だけではなく社会的な関係も八方塞になる。そんな環境の中で暮らす青年は多い。
 彼もその中の一人だ。彼にとっては外の世界は恐怖だ。そんな彼が希望の第一歩にでもなりそうな変化を自ら感じ行動できたことは、失われた歳月を取り戻す一歩でもある。今日彼が、体調とは関係ない人正論みたいなことを口にした。この変化も大きい。体調を克服することに必死で、そのほかのことに想いが至らないことは世の常だろうが、そこに一筋の光明がさしたとしたら、それもまた大きな希望だ。何かが変わる、彼は自分でそれに気がついた。苦痛だった体調が軽くなるにしたがって「普通に近づいている」と言った。悩み多き普通の青年が普通を意識しなければならない理不尽に、現代社会の病巣を見るが、そしてそれはますます深まりつつあるが、田舎の薬剤師の生きてきた証が少しでも役に立てれば嬉しい。
 「早くイオンモールに行って現場報告をして。僕も行っていないんだから」こんなたわいもない電話での会話で明日が開ける。


2015年02月15日(Sun)▲ページの先頭へ
備中温羅太鼓
 「オトウサン ワタシ シアワセスギデス」と一曲目から感動ともお礼とも取れる言葉を発してくれたのは、僕のおかげではない。幕が上がるとともに迫力ある演奏を披露してくれた備中温羅太鼓の童チームのおかげだ。童の演奏でこれだけ感動してくれるなら、その次からの大人のチームの演奏を聴いたらどういった言葉を発するのだろうかと思ったら、敢えて何の言葉も発することなくじっと聴いていた。心配になって数曲目が終わったところで尋ねてみると「オトウサン ワタシノウデ ブツブツイッパイ」と答えた。「それは日本語で鳥肌って言うのよ」と教えると「ソウ、ソレソレ」と答えると又、舞台に集中していた。要は備中温羅太鼓の迫力と繊細さ、又精密さに圧倒されていたのだ。
 この女性は、総社市民会館に来る前、吉備津神社に寄ったときに、荘厳な建物を前にして「コレハ アマノテラスデスカ?」と僕に尋ねた。少し不確かだったが、なんて言葉を知っているのだろうと思って尋ねると「子供のときから歴史に興味があって、秋に日本にやってくる前に日本の歴史について勉強したらしい。ただ日本に来てからひたすら働き尽くめで、折角の予習も役に立っていない。鳥居の前で「オトウサン ワタシ スカート キョウハ ジンジャ ハイレマセン ココデマッテイマス」と言ってぼくら7人だけで参拝してくるように言った。どうやらかの国では正装でないと神聖な場所には入れないらしい。「日本の宗教は寛容だよ」と言うと、こんな難しい日本語でも通じるらしく喜んで後の7人と行動をともにした。
 今日は全員、和太鼓のコンサートは初めての青年ばかりだったのだが、もう一人印象深い女性がいた。彼女は僕の隣の席だったのだが、演奏が終わると僕の掛け声を圧倒する雄叫びで?演奏をたたえていた。常に笑っているとても明るい女性だが、かの国の人には珍しく積極的で、日本人でもなかなか掛け声で応えることをためらうのに、彼女は根っから叫んでいた。
 牛窓工場の青年達はもう何度も和太鼓のコンサートを経験してもらっているから、ここまで喜びを表現してくれない。僕が一日感じていたことは「幸せってこんなことを言うのかもしれないな」と言うことだ。少し安全な車を持っていれば誰にでも出来ることだ。休日に時間がある人なら誰にでも出来ることだ。本人が好きなことや行きたいところに単に同行してもらっているだけだから誰にでも出来ることだ。こんな誰にでも出来ることをやっただけで、「幸せすぎる」ほど喜んでもらえるのだ。こんな幸せはない。特別な才能を持ち合わせてなくても、何十人の青年達に喜んでもらえている。そんな僕こそ「幸せすぎる」と一人牛窓に帰る車の中で考えていた。


2015年02月14日(Sat)▲ページの先頭へ
出来レース
 勝負は決まっている。勝てもしない戦いに善良な職員が立ち向かっているようにしか見えない。ただこの善良も、何にも担保されていない。僕はそれを担う人たちを知らないし、どのレベルのモチベーションを維持しているのかも分からない。所詮公務員だから、割り切りはお家芸だろうし。
 どの自治体も医療費の高騰には苦慮している。財政を圧迫している。それを何とかしなければと言うことで、患者データーを診療報酬から集めて病気の傾向を探り、それに対処することで医療費に歯止めをかけようともくろんでいるらしい。国の指導で、ネーミングがなんだかモダンな施策だった。ただそのデータを誰が解析して、誰が実践するのかと尋ねたときに、その答えでこれもまた国の得意なポーズだけだと分かった。予算を誰かが欲しがったのだろう。お友達の役人が考えてやったのだろう。
 データを解析するのはIT業者で、医療には無関係。そのデータに基づいて市民を健康で長生きさせる方法を考え実践するのは保健婦。これで高騰する医療費を何とか抑えようとするのから、出来るはずがない。なぜなら医療費を上げよう上げようとしているのは、優秀な知能が集まった製薬会社の集団だし、医師の集団だし、薬剤師の集団だ。それらの知能に田舎の小さな町の保健婦が勝てるわけがない。彼らはありとあらゆる知恵や資本を薬を消費させるために集中させているのだから、善意やそこそこの知識で勝てるはずがない。
 もはや勝負はついている。だから何年も医療費が膨張し続けているのだ。わずか数人の職員で何千人の指導など出来るわけがない。せいぜい頑張ってとエールを送ったが、その場にいるその道の責任者達のなんと無表情なこと。形だけの委員会に出席させられ、わけの分からない数字を並べられ、外国語かと言うような縁のない単語を羅列され、何のために自分がそこにいるのだろうと、空しさと歯がゆさが交錯する。
 国のレベルのこうしたものも全て出来レース。将来にわたって誰も責任を問われないよく出来たシステムだ。


2015年02月13日(Fri)▲ページの先頭へ
理不尽
 朝食を終え、なんとなくテレビの前にいたら、福島で子供の甲状腺ガンが一人見つかったと言うナレーションが聞こえた。画面を見るとそのほかに7人の子供が疑いありと書かれていた。えっ!何をいまさらと言う怒りがすぐにこみ上げてきた。なんと、その子供たちが1回目の検査では異常がなかったと診断されていたらしい。それはともかく、わずか数万人の検査でこの確率はどうだ。およそ最初から信用できないやつらのことだから都合の悪い数字は隠しているに違いない。実際の被害者はもっともっと多いだろうし、これから芋ずる式に被害者が続出するのではないか。チェルノブイリではこの時期から沢山の被害者が出たと付け加えていたが、マスコミがさらりと報道するあたりは共犯者であることを如実に物語っている。本来ならトップニュースだろう。50万から100万人に一人と言う確率の小児甲状腺ガンがこれだけ見つかって、アホノとか県知事とか福島医大の医者などがなんと申し開きするのだろう。またぞろ見え透いた言い訳をするのだろうか。
 被害者はこれからどうするのだろう。打ち首獄門にやつらをできるならそれが一番いいかもしれないが、それがかなわなければ賠償させるしかない。ところがわが子に値段などつけることができるのだろうか。無限遠点にも達する子供への愛に値段はない。その苦しみを、金に換える無情に又打ちのめだれるのではないか。被害者がとことん被害者で、加害者がとことん持てる者で、この理不尽をなんとする。


2015年02月12日(Thu)▲ページの先頭へ
移植
 大便を移植して、腸内環境をより健全にさせようと言う研究が行われているらしいが、理屈がすごく分かりやすい。これなら素人でも発想できそうだが、素人では説得力もないし、科学的な証明も統計も取れないから、所詮発想だけに終わる。
 現代人の腸が汚れるだろうと言うことは容易に想像できる。高タンパク、高カロリー、砂糖、少ない繊維など、本来の動物としての人間に照らし合わせれば、腸の中はかなり不自然だ。おまけに抗生物質信仰がいまだにあり、ちょっとしたことで抗生物質を飲み?飲ませ?腸内の善玉菌さえ軒並み殺してしまうから、細菌嚢はバランスを失ってしまうはずだ。現代の社会と同じで、また政界と同じで、悪がはびこる。
 さて、移植された有能な菌たちが、よその世界で活躍できるのだろうか。そして仲間を増やすことができるのだろうか。善良な人たちが作る小さな集団が似非メディアでいくつも紹介されるが、今だ悪がはびこる姿は変わっていない。腐敗した社会が、いや腸が孤軍奮闘で終わらなければいいがと、善玉なるものたちの負う宿命に思いをはせる。


2015年02月11日(Wed)▲ページの先頭へ
無理
 不本意ながら4月に帰国しなければならない青年が僕に名刺をくれと言った。僕は名刺を持ったことがないと答えるとノートを取り出し僕に住所を書くように言った。国に帰ったら連絡しますということだが、日本語を勉強して又日本に来ますということだった。それは失意の彼女に僕が言い続けていたことで、離れる日が決まって、やっとその気になってくれたのだろう。年末に僕を頼ってきた他の二人と最近渋川のホテルで食事をし、色々彼女達に日本の事情を教えてもらっていたから、何とかなると思ったのかもしれない。僕もその二人が日本でやっていける算段を色々とつけたから、もう後に続く人たちの世話はできる。最低限の生活費を稼ぎ、勉強を中心の生活ができる方法も見つけたから、留学と言う名の出稼ぎをさせる必要はない。本当に学び、その結果、やりがいのある評価の高い職業に就ければ、関わったものとしては喜びだ。僕はそうした手助けなら出来る。
 「オトウサン、ワタシカエッタラ ベトナムニ キテクダサイ」と言うから「行くから、ホームステイさせてね」と言うと、心から嬉しそうな顔をして、ユーチューブを操作し始めた。そして僕のほうに画面を向けると「オトウサン コレ ワタシノ フルサト」と言って、彼女もまた画面を覗き込んだ。遠くに低い丘が見え、その手前には延々と田んぼが広がっていた。そして次の場面では、牛が田を耕す光景、そして子供たちが川で遊び、漁師が川で小魚を網で取っている。庭先で鶏が遊び、男達は上半身裸で、寝そべったり椅子に腰掛けタバコを吸っている。牛窓でもこんな光景はない。僕らが子供の時よりももっと前時代的に思えた。
 僕が尋ねもしないのに「オトウサン オフロ ナイ」と説明してくれたが、何故唐突にそう言ったのか分からない。一緒に画面を覗いていた通訳の女性が「オトウサン蛭って知っていますか?」と尋ねるから身振り手振りで知っていることを伝えた。すると「あの川の中、蛭が一杯。あの川がお風呂です」と教えてくれた。丁度その時台所から一人の女性がウインナーソーセージを持ってきてくれた。妙に袋が赤かったが形も大きさも日本のものと同じくらいだった。市販のものだからきっと美味しいのだろうと思って安心して食べたら、パサパサして味は魚肉のように思えた。一言で言うとまずかった。何の肉かと思って確認すると豚肉で出来ているそうだ。到底豚肉には思えなかったが、そもそも塩気がない。ウインナーもハムも、塩気がないものはいただけない。臭みが強調されえずきそうだった。持ってきてくれた女性は絵が好きな女性で大原美術館の滞在記録を伸ばしそうなくらい熱心に鑑賞してくれたのだが、そしてたぶん、ソーセージはその時のお礼なのだろうが、正直に「オトウサン イラナイ」と答えた。一口食べた後、全部食べてと表情で促されたのだが、「無理!」
 気になったのでホーチミンからどのくらい時間がかかるのと尋ねると、車で8時間だと言っていた。向こうの8時間とこちらの8時間は全く距離が違う。しかしどんな道をどんな車が走っているかは想像つく。僕が大きく体を左右に倒す仕草をすると通訳が「そう、そう」と言いながら笑っていた。図星なのだろう。
 その後通訳の故郷付近のユーチューブも見せてくれた。同じような光景が映っていた。そして続々と集まっていた青年達の前で僕は言った。「オトウサン ベトナム イカナイ 無理!」


2015年02月10日(Tue)▲ページの先頭へ
悪夢
 僕はパソコンに向かって作業をしていたから、背後で娘と患者さんが話していることが断片的にしか耳に入ってこなかった。処方箋を持ってやってきた男性に、薬を渡しながらなにやら説明しているみたいだった。ほとんど僕にとっては音でしかなかったが、ある単語で突然振り返った。その男性が出した言葉が「水戸黄門」だった。
 最近水戸黄門を話題に出す人がいるのだろうかと思えるほど、パナソニックの決断から、その単語を耳にしなくなった。いまや死語になりつつある懐かしい言葉が僕の至近距離で発せられたのだから、振り返らずにはおれない。振り返ると小太りの男性が「早く帰らんと水戸黄門の再放送が始まるんじゃ」と娘に訴えて急かしていた。毎日4時から再放送されていて、僕も忙しくて運よく昼食がその時間になったら、水戸黄門を見ながら食事をし至福の時間を過ごす。学生時代一人アパートの狭い部屋で、米を炊き、塩をかけ、水をかけて、水戸黄門を見ながら食べていた頃からのファンだ。再放送でも、再々放送でも、再再々放送でも気にならない。お決まりの悪代官をやっつけてくれればそれで溜飲を下げ満足なのだ。今の政治屋も昔も同じようなものだから、とにかく悪いやつらが「懲らしめられる」のは気持ちがいい。
 その男性が帰った後、娘に男性の年齢を聞いてみた。すると僕より3歳上だった。なるほどその年齢ならまさに水戸黄門とともに育ってきた世代だ。彼が何と波長があってそこまでのファンになったのか知らないが、悪が栄えることはないという当たり前のことが心地よいのかもしれない。ただそれを映像で見ての満足で終われるほど今の世は安穏としてはいない。1%の人間が99%を支配するために着々と包囲網を狭めている。下々には知らしめず。知らない間に悪夢は始まっている。


2015年02月09日(Mon)▲ページの先頭へ
五感
 道路の向こう側にある廃屋を片付けてから、展望が一気に開け、体育館の広い駐車場やテニスコート、果てはイルマーレ牛窓と言う大きなホテルがある山まで見える。2年前まではその全てが見えなかった。2年間見続けてきた風景なのに、今日はなんとなく電信柱が目に付いた。今まで意識してみたことはなかったが。どこにでもある電信柱の上よりの辺りから、斜めに太い筒みたいのが地面まで延びていることに気がついた。倒れないように支えをしているのだろうが、下半分が太くなってその理由を、蛇が上がってこれなくするものだと考えた。
 昼前におばあさんを車で連れてきた若者が「電信柱が倒れているんではないですか?中国電力に電話しました?」と不思議そうな顔で言った。一瞬何のことを言っているのか分からなかったが、ひょっとしたら僕が今朝見た光景と関係あるのではとすぐに思いついた。青年は僕に教えるために薬局から出て、怪訝そうな顔で指差した。なるほど気がつかなかったが支柱のように見えたのは細い電信柱だった。と言うことは昨日まで立っていたのが倒れたってことだ。この辺りがなぜ停電しないのだろうと不思議に思って僕は道路を渡り、給食センターの敷地に裏門から入った。なるほど根元から完全に折れていて、太い電信柱に上手く寄りかかっていた。電線は地面を這っているが切れてはいない。だから停電しないし誰も気がつかなかったのだ。あれが薬局の駐車場のほうに倒れて直撃を受けたら車は勿論、人間も廃車だ。いつ倒れたのか分からないが、昨日は日が暮れてから帰ってきたので、暗闇なら避けようがなかったろう。
 給食センターに電気を引き込むだけのような細い電信柱の存在に今まで気がつかなかった。しかし、今朝は明らかに風景に違和感を感じていた。人間の五感って不思議なものだなあと、感じずにはおれない経験だった。


2015年02月08日(Sun)▲ページの先頭へ
好景気
 何で僕がこんなことをお願いしなければならないのかと思いながらも、余りにももったいないのでかの国の人だけのミサに参加した。そうした下心はあるものの、やはり外国に来てたくましく生きている青年達を見るのは気持ちがいい。ましてあの独特の抑揚の祈りの言葉?歌?は眠気を誘うくらい僕の緊張した日常を弛緩させてくれる。この緩んだ体のままで過ごすことができれば体調もずいぶん良くなるだろうなと、薬剤師ならではの発想をする。
 牛窓で働くかの国の青年達に和太鼓のチケットを3回分と、クラシック音楽会のチケットを買ってあげていたのに、なんと会社が好景気で忙しすぎて日曜日も仕事をしているらしい。来週の日曜日が総社で僕の大好きな備中温羅太鼓、その次が丸亀でこれは僕も初めての龍神太鼓、後は3月に入って倉敷で連続である。各々僕を含めて8人分チケットを手に入れていたのだが無駄になる。そこで思いついたのが、今日のかの国の人だけのミサに集まる青年達に「一緒に聴きに行って」とお願いしてみることだった。和太鼓もベートーベンの第九も理解してもらえなければ判断のしようがないので、パンフレットも持参した。そしてミサの後の談笑の席で皆に紹介した。案の定、和太鼓は勿論ベートーベンを知っている人もいなかった。そこでやはり役に立ったのがパンフレットだった。日本文化そのもののような和太鼓のパンフレット、壮観な第九の舞台の風景を見た青年達は、先を争って希望してくれた。20人くらいその場に残っていたが、日本に来て、日本の文化活動に触れた経験がある人は一人もいなかった。これでは、日本にいようが、ニューヨークにいようが、ホーチミンにいようが同じだ。毎日を生活の糧を得るためだけに消化するだけだ。
 お願いに行ったのだが、逆に限られたチケットの数では全員の希望に添えないことになった。それぞれが一緒に聴きに行きたい友人を持っていて、そのほとんどの人と僕は面識がないのだが、友情の掛け算に僕のチケットの数では間に合わない。でも正直肩の荷が下りた。一人で8人分の席に陣取る惨めさから解放された。


2015年02月07日(Sat)▲ページの先頭へ
悪夢
 僕は問診で夢について尋ねることが多い。その中であえて悪夢と言う問いかけもしてみる。単に夢を沢山見る人と、悪夢を見る人とは処方が同じでいい訳がない。悪夢を見る人のほうに薬剤師として、より気持ちを込めなければならない。
 そんな僕が昨夜悪夢を見た。2度寝だからほとんど今朝に近かったが、目が覚めると動悸がしていた。少し圧迫感もあった。息苦しさが目覚めてから1,2分続いたような気もする。もともと僕は、夢を見ない日はないのだが、悪夢はさすがにめったに見ない。悪夢は夢を見ているときも、目覚めてからも結構しんどいものだ。
 なぜか僕はグラウンドを走らされていた。集団で走っていたから出展は、恐らくプロ野球のキャンプレポートの中の一こまだろう。野球を見る習慣はないが、ニュースの後の流れで目に入ってくることがある。強靭な人間達と走っていたからとてもついていけなくて、夢の中であえいでいた。そんな僕をなんと家族の中の一人が、叱咤激励ではなくののしった。これこそ悪夢だ。理想の家族ではないがののしるようなことはない。それが夢の中で、ひょっとしたらこちらのほうが真実に近いかもしれない状況で僕はののしられた。これだけ尽くしているのに・・・とは思わなかったが、気持ちのよいものではなかった。
 毎日緊張の中で、それは決していやな環境ではないが、暮らしているので夢は必ず見る。寝ていても覚醒しているような生活だ。僕の頑張る理由だからそれはそれでいいのだが、10年位前に折れた、それこそ悪夢の再現だけは避けなければならないとゆるくブレーキは踏んでいる。ただあの頃より確実に僕の心身は中古車になったから、持つかどうかは自信がない。
 人生に夢をなくした頃から皮肉にも毎晩夢を見出した。被告席に立ち、深層心理にもてあそばれながら遅い朝を待つ。


2015年02月06日(Fri)▲ページの先頭へ
 数年前に、雀が減ったとか見なくなったとか、マスコミで騒がれたことがある。確かにそういった報道が盛んな頃僕の町でも消えた。その後、いなくなったことも次第に意識しなくなり、なんら違和感はなかった。ところが最近雀は帰ってきた。家の周りでも見かけるし、中学校のテニスコートでも見かける。例の鳴き声も耳にするようになった。農家にとっては好ましくない鳥かもしれないが、あのふっくらとした体つきと、チュンチュンと言う意外ときれいな鳴き声は愛らしい。だから雀が帰ってきてから、なんとなく戸外の風景が楽しげだ。1段ステップアップしたような感じだし、なにより役者がそろった感じがする。
 どうして雀がいなくなったのか、逆にどうして雀が戻ってきたのか分からない。何らかの理由があるのだろうが、素人はそこから先は考えない。ただただ自然の力、回復力とでも言うのだろうか、その強さに感心した。この調子で人間が滅ぼしたものを復活してくれればありがたいのだが、消滅に人間が介在したものが一番復活できないのかも知れない。貪欲の極みで最後の一つまで奪い去ってしまうのだから。


2015年02月05日(Thu)▲ページの先頭へ
おえん
年末におばあさんとお母さんが過敏性腸症候群の相談に来た。最初は僕の薬局を半信半疑で「過敏性腸症候群と診断を受けて治療しているのですが、そういった病気を御存知ですか?」と尋ねられた。色々努力をしていたみたいだから、行き着いたところがこんな田舎では、そんな疑問を持つのも当然だと思う。ただ二人が症状を説明し始めてすぐ「本当に困っているのは、自分の意思に反しておならが漏れてしまう症状ではないの?」と切り出すと、二人が驚いた。学校に行く前に腹痛がし、おならがお腹にたまりパンパンになり息苦しい、いつも肛門に違和感を感じる、げっぷを無理やり出し続ける、口の中に唾がたまる等と色々症状を教えてくれたが、肝心の症状は二人とも理解できなくて、それだからこそ不憫で、又医療機関でその訴えを無視されたこと、又恥ずかしいことなどで、僕に言うのをためらったのかもしれない。ただ僕は二人の深刻な表情で恐らくその問題が一番だろうと気がついた。案の定、電車の中で乗客が騒がしく、「臭い」などといわれると教えてくれた。とても勉強が好きで学校にも行きたいのだけれど、休みがちになっているらしい。
相談に来たのがまさに12月の31日で、冬休みからのスタートだった。だから2週間でかなり症状が軽減しても、休みだからと評価は低かった。ところが学校が始まっても症状が和らいだままで、2回目からはお嬢さんもやって来る様になった。家が遠いので閉店時間を過ぎてしまうが、本人と直接話し合えるのは僕にとっては価値がある。直接情報が相手の顔や態度を見ながらもらえるのは大きな武器となる。逆に彼女にとっても僕の経験を聞くことは大きな支えにもなるはずだ。こんな田舎の薬局が自分と同じような過敏性腸症候群の人を900人以上お世話してきたことに驚いていたから。遠路訪ねて来てくれたお嬢さんを見て、青年の能力がこんなことで花開くのを疎外されるのは「もったいない」と感じた。症状について本人から直接聞くことができたし、助言もできたから明らかに治癒のスピードは上がったと思う。
 昨夜遅くお母さんが漢方薬をとりに来たが、その前に電話でお嬢さんと話した内容によると、肛門の違和感が残っているだけで後は全部解決して学校も一日も休んでいないらしい。肛門の違和感は、煎じ薬が飛び飛びでしか飲めていないからだと教えると又まじめに飲むと言っていた。(煎じ薬のほうに肛門の薬は期待していたから、僕にとっては当然なのだ)あれだけ苦しんでいたお嬢さんが、僕の漢方薬を飲み始めて40日くらいでほぼ完治に近づいたことをお母さんがとても喜んで御礼を言ってくれた。そんなお母さんに僕が言った言葉は「田舎の薬局を馬鹿にしたらおえんよ(いけないよ)」


2015年02月04日(Wed)▲ページの先頭へ
洗脳
 小学6年生にもなると、大人に使うような単語を使って話しても結構通じるのだと言う印象を持った。だから懸念していた危険ドラッグの授業も、つつがなく終われたと思う。わずか6人の学年だから全員参加してもらって、思いを語ってもらった。僕は単なる司会だったのかもしれない。僕の思いは十分伝わったみたいで、最後に先生が全員の感想を述べる機会を与えてくれて、それを聞くことができたが、十分理解してくれているみたいで、達成感を与えてくれた。
 ただ、今日の貴重な経験から感じたことがある。それは子供って本当に染まりやすいんだと言うことだ。僕が期待していた通りの感想を全員が述べる。勿論それこそが僕の今日の実績なのだが、それが徹底されると少し気持ち悪いと言う感情も起こった。僕には何の私欲もないから、客観的な事実を伝えたが、若し仮に何らかの意図を隠して話しても、同じように全てを受け入れてしまうのだろうかと不安になった。日々子供たちに接している学校の先生の質の担保が本当に大事だと思った。まだ何も描かれていないキャンパスに筆を走らせる時のような緊張感を、授業を終えてから覚えた。
 子供たちを国が、組織が洗脳してしまうことは世界中で行われていることだ。民主主義を標榜していようが、共産主義を標榜しようが、独裁国家であろうが同じようなものだ。五十歩百歩、大なり小なり、どんぐりの背比べ。未来に責任をもてない大人は、未来に貢献できない大人は去れ!・・・・そして大人はいなくなった。


2015年02月03日(Tue)▲ページの先頭へ
授業
 なんでもない依頼なのに自分ではえらい手間取っている。アドリブで1時間くらい埋めることは出来そうだが、どうも自信がない。そこで薬剤師会が配布してくれている危険ドラッグのDVDを見てみた。一度見ても何もアイデアが浮かんでこなかったので、結局は3回見てしまった。小学生から高校生までどのあたりを対象に作っているのか配布された時に聞かなかったが、小学生には難しい。覚せい剤や脱法ドラッグや果ては麻薬まで、専門的な言葉と、隠語がいっぱい出てくる。僕にはどれも馴染みがないから初耳ばかりだ。ハーブや薬に似せた錠剤などの実際の写真が出てくる。そしてそれらの効果が列挙される。元気になったり、寝なくて頑張れる、やせる、色彩が鮮やかになったり、聞こえない音が聞こえるようになったりと、なんて素晴らしい、恍惚の世界が広がるのだろうと思ってしまう。僕が授業のために何度も薬局内で再生していると、姪や娘が、余り小学生には見せないほうがいいのではないのと言った。僕も全く同感だった。

 何も知らない子供たちが、世の中にはこんなに素晴らしいものがあるのだと知ってしまいそうだ。勿論薬剤師会の結論は、そうした素晴らしい世界は努力してつかみなさいと言う至極まともな結論だったが、ふとその結論部分で居眠りでもしていたら、その子は授業で得た知識でその道に入っていってしまうのではないかと思った。結局僕は、DVDを使わずに僕の言葉で話すことにした。ドラッグや覚せい剤や麻薬をイメージできるものは映像では見せまいと思った。
 ダメ、絶対ダメと薬剤師会のDVDは訴えているが、そしてそれには知識が一番大切だと言っているが、薬物の危険性について知らなくても、全うな生き方を知っていればそんなものに興味が向かないことは経験的にわかる。そして全うな生き方をしていれば、その筋の人間が近づいては来ないことも経験的に分かる。明日はその全うな生き方について喋り、いや生徒に喋らせ、その言葉通り全うな人生であれるような小さなヒントでもつかんでもらうことにする。素人教師だからこそ出来る授業にしてみたい。


2015年02月02日(Mon)▲ページの先頭へ
不憫
 不憫と言う言葉しか浮かばない。昨夜からその言葉が僕の頭の中を駆け巡り、眠りの浅い夜だった。
 和太鼓のチケットを3回分、第九のチケットを1回分、そのつど8人分ずつ手に入れたから、意気揚々と寮を訪ね皆を喜ばせてあげようと思っていたのに、一人だけどのコンサートに行きたいか言わない女性がいた。つい1ヶ月前、神経性胃炎を漢方薬で治してあげて、倉敷の大原美術館にも一緒に行けた女性なのに。元の状態に戻っているのかと思うくらい表情が暗かった。だけどそんなに突き詰めて原因を探ろうとは思わなかったので、他の14人の一応の希望を聞いて寮を出た。
 すると通訳が追いかけてきて、夜空の下で話をした。彼女いわく、落ち込んでいる通訳(交代要員としてきた)が会社で通訳ミスを起こし、作業に悪影響を与え叱責されたと言うのだ。おまけに、通訳の職を解かれ、まったく日本語の教育を受けていない女性に通訳の職務を与えたと言うのだ。即席に通訳を任命された女性も当然僕はよく知っていて、好奇心ゆえに僕としばしば行動を共にし日本語を実につける機会に恵まれた女性だ。しかし正式な日本語教育は受けていない。交代要員の通訳がどんなミスを犯したのか知らないが、処分はさぞ屈辱だと思う。そのせいで彼女は一人早く出勤し、一人遅く寮へ帰っているそうだ。仲間と顔を合わせるのが辛いのだろう。
 たった一度のミスか、それとも能力不足でミスが状態化していたのか、どちらにしても僕には全く介入できないところでの出来事だ。雇用主の会社が期待しているような仕事をこなせなければ、このような処置も当然と言えば当然だ。当事者になれない歯がゆさの中で耐えなければならないのかと昨夜は苦しんだ。
 「○○さん国に帰るかもしれません」と追いかけてきた通訳は教えてくれたが、僕には忘れられない光景がある。彼女が初めて日本に来た昨年の春、来日したグループを岡山城に連れて行った。日本語が堪能な彼女は目を輝かせ「オトウサン ニホンノブンカ イッパイシリタイ」と言った。来日する中では珍しく大学を卒業している女性に、僕はその好奇心を大切にするように、又僕がその好奇心を満たす手伝いをするからと約束していた。しかし、その後彼女は日本語の上達振りに満足出来ずに、いつも自分を責めていた。そして、それが体調不良を起こし食事を摂る度に吐いていた。それはさすがに漢方薬で治すことができたが、今回の問題に対しては僕の武器は使えない。
 もし本当に帰国を余儀なくされるのなら、僕はまだ果たしていない約束を果たさなければならない。日本を代表する文化の街をお土産に見せてあげたいと思う。冬の京都は想像以上の底冷えらしいが、彼女の凍った心よりははるかに暖かいだろう。


2015年02月01日(Sun)▲ページの先頭へ
振り逃げ
 あれだけの人格者だったら、さすがにイ国の人だって失うのは惜しいと思うのではないかと、確信に近い思いを持っていた。ただそれは僕ら情に流されやすいこの国の人間の特有の想いかもしれない。もはや彼の才能や想いを生かすことができないのだから、損失は大きい。戦闘機2機分よりもはるかに高価だ。
 まるで太平洋戦争中の侍日本のようなことを、砂漠の民がやっている。何でこんなに似ているのだろうと思う。特攻隊も首切りも日本特有のものかと思ったら、砂漠の民も全く同じことをする。まさか日本を真似たのではないだろうが、もともとそのような土壌があったとしたら不思議だ。
 その残忍さを物知り顔達は強調するが、空から闇雲に爆弾を落とし、子供まで吹き飛ばす先進国とやらのことは全く口をつむぐ。爆弾の下の光景はおよそ直視できるものではないだろう。どちらがより残忍で罪深いか数字を並べてみれば恐らく一目瞭然だろう。アメリカに擦り寄るアホノミクス、アホノミクスに擦り寄るこの国のメディア。真実などいいように捻じ曲げられている。僕らが信頼できる情報は、後藤さんのような方が発するものだけだ。胡散臭さをかぎつける嗅覚を磨いて、今を直視し、振り逃げして一塁へ走るやつらを忘れないことだ。


   


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〒701-4302
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