栄町ヤマト薬局 - 2015/01

漢方薬局の日常の出来事




2015年01月31日(Sat)▲ページの先頭へ
返り討ち
 かなりの難題だ。基本的には断らない性格の僕だから1秒で引き受けたが、いざ今日の土曜日を使って大まかな内容をまとめようとしたがアイデアが全く浮かんでこなかった。たとえば漢方薬について話すのだったら原稿なしでいくらでも話すことが出来るが、危険ドラッグについて話せとなると全く興味がなかった分ネタがない。まして相手が小学生だったら何を話せばいいのか想像がつかない。
 学校教育の一環で、薬についての授業が必須?推奨?らしい。そこで養護教諭に頼まれて1時間引き受けることになったのだが、2月4日と日にちを以前から教えられているのにやっと今日思い腰が上がった。何とか腰は上がったが気持ちは萎えていた。自分でも不思議なのだが、なぜかぴんと来ない。燃えるものもない。なんでだろう、何でだろうと一日中考えていたらやっとその理由がわかった。恐らく被害者の側に説教じみたことを聞かせ、それで莫大な利益を上げる側には、こうしたささやかな営みは見えないのだろうなと言う虚無感だ。何かと似ている、いやこの国を覆っている黒い雲と似ている。貧乏人が特権階級や金持ちを献身的に支えている構図と良く似ている。届かぬ善意が返り討ちにされる光景と良く似ている。
 危険ドラッグなんて単語を知らないほうが、将来安全なような気がする。なまじ知識を与えると子供のほうから近づいていきそうな懸念もある。人の命をもてあそんで大金を得る、危険○○は合法非合法を含めて百花繚乱だ。さて○○のところに何を皆さんなら入れる。僕ならアホノ何やらを入れる。


2015年01月30日(Fri)▲ページの先頭へ
苦手
 座ってばかりの生活は、肥満の2倍有害である可能性が新たな研究で示された。しかし、1日20分の早歩き程度の運動により、早期死亡リスクを30%低減することも可能だという。研究の筆頭著者である英ケンブリッジ大学のUlf Ekelund氏は、「運動不足の人は、運動量をわずかに増やす努力をするだけで大きな健康効果が得られる」と述べている。「集団の運動不足を解消すれば、肥満を解消した場合の2倍の死亡数を低減できると考えられる」と同氏は述べている。今回の研究では、1日に90〜110カロリーを消費する運動により、早期死亡リスクを16〜30%低減できると研究グループは推定している。「ヒトの身体をみると、骨や筋肉は不規則な変わった形をしている。この筋骨格の構造から、人体は動くためにできていることがわかる」と、米ニューヨーク大学メディカルセンターのSamantha Heller氏はいう。人体の運動への適応力は驚くべきものであり、有酸素運動は免疫系を刺激し、精神機能を向上させ、エネルギーを増大させ、筋肉や骨を強化し、心疾患、がん、糖尿病などの慢性疾患リスクを低減すると同氏は指摘している。

 これから防寒着を着てテニスコートに行き、早期死亡リスクを30%低減してくる。いやいやもう僕など早期死亡ではなくなったのかな。死亡適齢期に入っているのかもしれない。しかし1日20分早歩きをするだけで集団の早期死亡リスクを30%も低減できるなら、どれだけの医療費の倹約になるのだろう。若くして亡くなるのだからそれなりの病気にならなければ死ねない。どうせ大きな病気だろうから医療費は高くつく。国と言う巨大な集団を考えたときの30%はとてつも大きな数だ。こんなことで死亡率を低減できるなら国民こぞってやらない手はない。それなのに何故このことを誰も知らないのだろう。薬剤師のところには研究成果が届くが、そこから先の住民には伝わらない。恐らく薬剤師だけでなく全ての医療従事者のところには届きそうだが、そこから先に情報が流れない。製薬会社などは医療機関どころの情報収集能力ではないから、実際はもっともっといい情報は集まっているだろう。ただそれが住民には届かない。
 それはそうだろうなと思う。歩くだけで30%も死亡率が下がったりしたものなら、商売上がったりだ。薬も健康食品なる胡散臭いものも売れなくなる。病院にも来なくなる。健康は企業にとっては天敵みたいなものだ。うまい汁を吸い続けるには、国民が健康になっては困るのだ。いつも健康不安にあえぎ、医療に湯水のようにお金を使ってもらわなくては困るのだ。だから安くて体にいい情報などもみ消すに限るのだ。知らぬ存ぜぬで、ひたすら薬物療法を喧伝する。
 自然の法則に沿ってよく動き、よく休み、質素な食事に親しめば健康的に暮らすことが出来るだろうが、庶民なるもの、そのどれもが苦手ときている。


2015年01月29日(Thu)▲ページの先頭へ
負荷
 ほっとした。自分でも気がついていた。最近負荷がかかりすぎだと。望んでそうしている節もあるが、そもそも頑張る自分が嫌いではないのでブレーキを踏むのは苦手だ。ただなんとなく限界に近づいているような気配を感じていたので、一つ解決したことで負荷が減った。ただこれは僕一人の手柄ではなく、多くの方の善意で決まったものだ。恩恵を受ける二人は分かっているのだろうか。ただ採用が決まってすぐにお礼の電話をくれたから少しは想像してくれているだろうか。ひょとしたら僕ひとりの力と思っているかもしれない。だから、たくさんの日本人の善意のおかげだと言い聞かせておこうと思う。
 留学生と言いながら、実は単純労働者。学校が業者とグルになっているのではと思わせるようなところがあるから、そのルートの仕事にはつかせたくなかった。実際、あの二人以外はアルバイトを3つくらい掛け持ちでやっているのだから頭から勉強などする気はない。だから二人は交友関係で距離を保っていると言っていた。
 二人の希望を聞きながら、最低限の生活費と授業料を確保できるアルバイトを探した。条件で優先したのは、日本人と多く接し、社会の役に少しは立てること。二人と言うより僕の希望だったかもしれないが、以前母の入所している特別養護老人ホームに見舞いに行ったときに、二人がこんなアルバイトはないですかと言ったのを聞いて、この仕事ならと僕も思ったのだ。
 採用が決まった老人施設は、運のいいことに今住んでいる寮から自転車で10分らしい。コンビニ弁当の盛り合わせのアルバイトで深夜に自転車で帰っていっていたことを思えば、夜の9時の岡山市なら安全だ。送り出してくれたかの国の御両親も安心してくれるだろう。日本語の上達を至上命題としてやってきている二人だから、職場での日本語によるコミュニケーションも勉強の一環になる。日本語が上手になって帰国すればよい仕事に就け、収入も良いと誇らしげに語る二人の役に立ててよかった。そして僕は当分、苦手な職探しに時間を割く必要がなくなった。職探しなるものを一度もしたことがない僕だから良い経験にもなったが。


2015年01月28日(Wed)▲ページの先頭へ
 後藤さんは、実績を高く評価され、人望もよほど厚いのだろう。多くの国の人たちが助けて欲しいと、かの国にお願いしている。テレビで見る情報しか知らないが、かなりの人格者だったのだろう。一般市民がインターネットを通じて、弱き人たちの側に立ち続けていることを相手国に説明し直接懇願できるのだから、便利になったものだ。国などと言う権力の中枢にいなくても、一人の同胞として解放を懇願でき、それがその国の人たちにも伝わり心を揺さぶる可能性があるのだから。
 そうした市井の人たちの切実な訴えに反して、どうも合点が行かないのが、国が頼む相手だ。僕は素人だから全く分からないが、どうしてその国の人たちを殲滅しようとしている国(そのことは彼らには筒抜けだが)に頼むのだろう。その国と仲のいい国に頼めばいいのに、爆弾を落としている国に助けてと頼むのがよくわからない。言うなれば、ヤマト薬局が困窮しているから、マツモトキヨシに救ってあげてと頼んでくれているようなものだ。マツキヨがヤマト薬局を救う必要など全くないだろう。むしろもし僕の薬局が邪魔ならこことぞばかり潰しにかかるだろう。
 今しがた、ニュース速報で希望を持てるようなテロップが流れていた。彼はやはりこの国の人にとっても、あの国の人にとっても財産だ。たった2機の戦闘機で自由になれていたのに、たかが金属の塊2つで自由になれていたのに、何をためらっていたのだろう。もし後藤さんではなく、豊田さんとか柳井さんとか安部さんとかと言う名前の人だったらどうだったのだろう。名字によって国の対処に差が出るのかなあ。


2015年01月27日(Tue)▲ページの先頭へ
難点
 今日、もう数ヶ月、白ニキビの漢方薬を飲んでもらっている女性のお母さんから「ずいぶんときれいになりました。治るものですね。言われたように数個ずつ赤く大きくなって治っていきました」と礼を言われた。数えることができないくらいの小さくて白いにきびを顔一面に出している人が時々相談に来るが、僕は余りお相手するのが好きではない。当然処方を知っているし、治っていただいた人も多いが、治る過程に少し難点がある。大きくなるのだ。それは意図してそのようにし、最終的には爆発させて完治させようとしているのだが、服用している人や家族にとっては単なる副作用にしか見えないだろう。それを副作用ではないと説明するととってつけたようになるから僕は前もって言っておく。「少しずつ大きく赤くなって、爆発して消えるから我慢してね」と。このお母さんからもやはり途中で心配になったらしくて「このまま漢方薬を飲んでいて大丈夫ですか?」と尋ねられた。所詮漢方薬だから大丈夫なのだが、相手の越が引けることが間々ある。今回は大丈夫を信じて服用してくれたが、脱落する人も多い。最初から説明しておくのだが、やはり現実に遭遇すると心細くなってくるのだろう。
 健康食品を飲んでいると体に好ましくない症状が起こる。その場合、便利な言葉を誰が思いついたのか「好転反応」とごまかすらしい。それは単なる副作用なのだが、とってつけたような言葉で切り抜けるらしい。ニュースが伝えていた。僕の白ニキビの漢方薬は勿論好転反応などと言う怪しいものではない。患者さんを元気にして上げて、弱いニキビも元気にするという方法だ。元気なにきびなら成長して赤くて大きくなり、やがてつぶれて消えていく。要はニキビとしての全うな道を歩ませてやるってことだ。体に何かハンディーがあるからニキビが成長できないのだから。
 たかがにきびにも人生(?)がある。


2015年01月26日(Mon)▲ページの先頭へ
実店舗
 百聞は一見にしかず。ホームページは一味にしかず。ホームページは一歩にしかず。ホームページは十分(10分)にしかず。ホームページは一言にしかず。
 かの国の二人の青年がアルバイトを探していて、無料で配られる情報誌を見せて「コレ、ドウデスカ?」と尋ねた。自給が900円に目を奪われたのだろうが、全国チェーンの居酒屋で夜の12時まで働くような仕事内容だった。職種も時間も自分の娘にはさせられないような内容だったから、気乗りしなくてのびのびにしていたら、しつこく尋ねられるようになった。そこで仕方なく実店舗を調べることにして、その二人を誘って昼食を食べに行ってみた。前もってホームページでおよその事を調べていたが、それはそれは美味しそうな料理が並んでいて、働いている人の楽しげなコメントがちりばめられていた。ところがところが・・・
 かなりの料理の種類がホームページにも載っていたが、テーブルに備え付けのメニューにもたくさんの料理が載っていた。どれも美味しそうで、かの国の青年も僕も刺身料理を注文した。かの国の青年も日本に来てから刺身を食べられるようになったのはいいが、高いのでめったに口にはできない。そこで僕と一緒のときによく注文する。料理が運ばれてくるのを楽しみに待っていたのだが、10分たっても20分たっても運ばれてこない。僕らより先に席に着いていたグループが怒り出したから、覚悟して待ったが30分近かったのではないかと思う。案の定運ばれてきた刺身を、牛窓の肉がしまった魚の刺身を食べつけている僕ではなく、かの国の青年さえが残してしまった。あれだけ楽しみにしていたのに、何か不自然だったのだろう。当然、味噌汁も冷めていた。そもそも店に一歩足を踏み入れたときからいやな予感がしていた。受付に誰もいないのだ。中が暗くてよく見えなかったから、ためらっていたら若い店員が出てきた。広いカウンターに数人、奥の座敷に一グループ客がいたが、広すぎて何処に席をとったらいいのかわからなかった。店員に尋ねたが、なんだか答えが聞き取りにくくて、座敷の一角に席を取った。するとそこはダメと言われて移動した。移動したところも理由を説明されないままだめだと言われ再び移動した。結局始まりがこの程度だからその後は不快感だけが支配した。もし仕事が決まればこの店でどのようなことをするべきか二人の青年はまるで覗き見でもするように彼らの動きを見ていたが、テーブル越しに僕に顔を近づけて、覚えたての日本語を使った。「オトウサン コノミセ サイショデ サイゴ」


2015年01月25日(Sun)▲ページの先頭へ
胆嚢
 それで止めを刺されたから早々に「岡山で用事がある」と嘘をついて退散した。
 かの国の青年達が、県内のほかの町にある工場で働く同胞に会いに行きたいと言うから、7人乗せてその町に向かった。牛窓からだとバスや電車を乗り継いでいくから相当の負担になるし、僕自身も今日は予定がなかったので、ドライブ気分だ。もう20年位前にスポーツ少年団の子供たちを試合に連れて行ったことがあるが、記憶はほとんど消えていた。狙いを定めた辺りまでは近づいたはずなのに、肝心の寮と思しき建物が見つからない。そこで通行人に尋ねても、外国の人が住む寮は知らないといった。一緒に行ったかの国の青年が、会社のユニホームが干されている民家を発見し、結局はたどり着けたのだが、先ほど尋ねた若いお母さんがなんとその寮から50メートルくらい離れた所にある家に入って行った。牛窓くらいな田舎なのに、意外と隣人に興味を示さないんだとおのずと比較した。比較と言えば、周りにはまだ農地が一杯あるのに、青年達に近所から野菜などの届け物が一切ないそうだ。牛窓の寮にはいつも野菜や果物が一杯届けられ、僕がおこぼれに預かっていたくらいだ。同じ田舎なのに、思いやる気持ちは牛窓のほうが圧倒的に強いと、正直嬉しかった。
 かの国では来訪者には一杯料理を作ってもてなすらしくて、台所のテーブルの上は、所狭しと手作りの料理で埋め尽くされていた。いつものように、どれも茶色に染まっていて、なんとなく脂っこい。台所に充満する香りも、なんとなく胆嚢を攻め立てる。いやな予感がしたが、席を立つタイミングを見つけることが至上命題になった。そして最後に準備され並べられた料理がなんと皿に山のように盛られた鶏の足なのだ。足と言っても3本の指がかろうじてくっつくあたりで切り落とされているから、グロテスクこの上ない。強い火で焼いて色でも変わっていればまだ何とかなりそうだったが、ほとんどもとの色と変わっていないので、絶対に口にしないと決めた。下手に美味しいとでも言おうなら後々に響くから、最近は「ドウデスカ?」と聞かれると「まあまあ」と答えることにしている。ただこの足は結局口にはできなかったし、さすがにかの国の青年達も強要はしなかった。しかし、その足先を美味しそうに口に入れる若い女性の姿は「見ないほうが良かった」
 所違えば何とやらだが、所違って・・・良かった。


2015年01月24日(Sat)▲ページの先頭へ
胃カメラ
 取るに足らないことかもしれないが、余り知られていないことだろうから披露する。とにかく僕は、いや妻も驚いた。
 いつものように僕は早く起きて電気按摩器に身をゆだねて新聞を読んでいた。隣の台所でいつもなら息子が朝ごはんを食べ始めるのだが、今日は胃カメラを飲むから朝食は要らないと妻に言っているのが聞こえた。で、話はあっという間に飛んで夕食になる。
 胃カメラを誰にしてもらったのか気になったので「今日は誰に胃カメラをやってもらったの?」と尋ねると「自分でやった」と答えた。この答えは予想しようがない。自分で胃カメラを飲むなんて想像できないし、想像したら笑ってしまいそうだ。周りに人がいたら何をしているのだろうかと思うだろう。街中でやればまるで大道芸だ。投げ銭でも飛んできそうだ。だが息子はまじめな顔で言う。嘗て、歯医者さんにもし虫歯になったらどうするのと尋ねたことがある。信頼している友人にしてもらうと教えてもらった。さすがに自分では治すことができないんだと、感心した記憶がある。ただ今日の「自分でした」はかなりのインパクトがあった。「きれいだった?」と尋ねると鸚鵡返しで「綺麗だった」と答えた。こちらの興味とは裏腹に、答えるのも面倒くさそうだった。
 医者を主人公にしたテレビドラマは沢山あるが、こうした不恰好な場面をもっとちりばめると面白いかもしれない。いや今でも面白いのか。僕が見ないだけだ。


2015年01月23日(Fri)▲ページの先頭へ
死語
 頭ではなかなか説明できないが、肌ではずっと感じている。原発事故を受けての対応で、その本質が明らかになった通産省と、薬事行政を司る厚労省がとても良く似ているような気がしていた。いやいや本当は全ての役所が全く同じなのだろう。あまりにも関係ないから本当の情報を僕が知りえていないだけで、本質は同じだ。最近は余り耳にしなくなった天下りの温床を、自分で壊すはずがない。それを温存していれば政治家も役人の協力を得られるから、敢えてそこに踏み込まない。こうした持ちつ持たれつの構図のせいで、国民は不必要な税金と言う形で財産を巻き上げられている。その一例が今日インターネット上に出ていた。(下記の文章)もう何年も前から感じていたことだし、それゆえにワクチンなど打ったこともないが、人の体を最終処分場にして企業が莫大な利益を得る。原発と同じだ。漏れ出た放射性物質を人間が吸い、食べ、死ぬまで体内に貯蔵する。日本人だけではその貯蔵庫は足りないから、外国人を旅行者や研修生として仕立て、体を借りる。しこたま体に溜め込んで帰国してくれれば日本の土地は除染される。そこまでは考えていないだろうと思うかもしれないが、下のインフルエンザワクチンの記事を読めば、そこまで出来る、いや何でもできる人たちがいるってことが分かると思う。普通なら良心に恥じると言うこともあるだろうが、良心に恥じるはすでにこの国では死語になっているから自浄作用はない。行き着くところまで行かなければ何も変わらない、いや行き着くところまで行き着いても何も変わらない「美しい国」だ。


WHO、インフルエンザはワクチンで予防不可と結論 病院は巨額利益、接種しても感染多数
インフルエンザへの感染を避けるため、ワクチンを接種する人も多いが、実はワクチンは感染を防ぐ効果はほとんどないことが判明した。国立感染症研究所の調査によって、昨シーズンA香港型のワクチンを接種した人でも、A香港型のインフルエンザに感染した人が多くいたことが明らかになった。以前からワクチンの効果について疑問視する声は医師の間から上がっていたが、同研究所は、効果が低かった理由を製造工程にあるとし、見直しを検討している。
●ワクチンには予防効果がない
 その一方で、東京都内で内科医を開業する医師は、ワクチンそのものに疑問を投げかけている。「世界保健機関(WHO)のホームページを見ても、『ワクチンで、インフルエンザ感染の予防はできない。また有効とするデータもない』と書いてあります。「インフルエンザ予防にはワクチンが有効だと考えている人は多いですが、はっきり言って妄想です」(同)ではなぜ、効果がないにもかかわらず、ワクチン接種が定着しているのだろうか。その理由について前出の内科医は次のように述べる。「ワクチンは毎年約3000万本製造されています。また、巨額の税金をつぎ込み、輸入もしています。5年前、国内の在庫が足りずに慌てて輸入したところ、ワクチンが届くころにはインフルエンザが終息し、大量の在庫を抱えたことがありました。毎年一定量のワクチンを使用することで、備蓄量をコントロールしたいとの政府の思惑も働いていると考えられます。また、インフルエンザがはやる季節には、ワクチンだけで小さな病院でも数百万円、大病院では数千万円の利益になります。病院にとってワクチンは安定収入を得る手段になっているのです」


2015年01月22日(Thu)▲ページの先頭へ
 そのニュース(下段に抜粋)を見た人も多いだろうが、あまりにも遠い話だからぴんと来なくて、話題にも上らないのだろうか。あるいはそのおかれた状態に甘んじているのだろうか。あるいはどうにもならないと諦めているのだろうか。
 そのどれもが僕には当てはまっているように思えるが、ただ怒りは隠せない。その怒りは僕がその1%に近づくことができないと言うようなものではない。その1%の人間にとって都合の良い掟を、残りの人間がお行儀よく守らされているところが不愉快なのだ。あらゆる経済活動をはじめ、教育や医療まで、どう見たって1%の人間に都合がいい。原発事故で何十万人の人を自分の土地から追いやっても無実で、かまぼこ1個盗んだら捕まる。法律が如何に1%を守り、99%を支配しているかよくわかる。前線に送られ敵と対峙する兵士が守るものは自分の家族ではない。1%の人間の富を守らされているだけだ。
 そうしてみるとそんなにがんばって生きる必要はないのではないかと思ったりする。所詮「巻き上げられる」構造の中でしか暮らしていないのだから、命を削ってまで忠誠を誓う必要はない。庶民は庶民らしくつつましく暮らし、富の実態を変えればいい。金では買えないものを大切にし、金で買える物は極力欲しがらない。そうすれば貧しさとは縁がなくなる。買いたい物が買えないから貧しいのであって、買いたい物がなければ貧しくはない。

21日から始まる世界経済フォーラムの年次総会「ダボス会議」を前に、貧困の撲滅に取り組む国際NGOは、世界の人口の1%の富裕層が世界の富の半分以上を握る可能性があると指摘し、貧富の格差が広がるのを防ぐために速やかに対策を取るべきだと訴えています。国際NGO・オックスファムは、スイスの金融機関の集めたデータなどを分析し、19日に報告書を発表しました。報告書では、世界の人口を、富裕層、比較的豊かな層、その他の層の3つに分け、人口の1%に当たる富裕層の平均資産は1人当たり270万ドル(日本円でおよそ3億1600万円)で、人口の80%に当たるその他の層の平均資産は1人当たり3851ドル余り(45万円ほど)になると示しています。そして、富裕層が持つ資産の割合は、2009年は44%でしたが、去年は48%まで増え、富裕層がより多くの富を握る傾向が強まっているとしています。さらに、貧富の格差が一層拡大し、このままのペースが続けば、来年までに世界の人口の1%に当たる富裕層が世界にある資産の50%以上を手にすることになると指摘しています。報告書では、去年10億ドル以上(1170億円以上)の資産を持つ大富豪は世界で1645人と過去最多になっていて、このうちおよそ30%はアメリカ人で、富の集中を裏付ける結果となっています。オックスファムは、21日から世界の首脳や経営者が集まってスイスで開催される「ダボス会議」を前に、世界で貧富の格差が広がるのを防ぐために速やかに対策を取るべきだと訴えています。


2015年01月21日(Wed)▲ページの先頭へ
特権
 明らかに覗かれている。いや筒抜けと言った方がいいのだろうか。
 インターネットをしていると、薬剤師の求人がスポットでしばしば出てくる。念の入ったことに、その求人のほとんどが岡山県と来ている。どうして長崎県や岩手県が出てこないのか不思議だ。大都会のも時々出てくるから、「地元でも都会でもいいから薬剤師として働きたい岡山県在住の薬剤師」と僕のおよそをつかんでいるのだろうか。僕はカードなるものを持ったことがないから情報と言うのは余り漏れないと思うのだけれど、僕が考えるに、もし僕が検索しているものを機械が統計処理できるなら、僕がどんな人間かは容易につかめるだろう。
 そんなことに思いがいたったのはユーチューブの経験による。ユーチューブでしばしば見るのは小出先生や広瀬隆などだが、なぜかユーチューブを開くと、それらの映像がいくつも用意されている。まるで僕がそれらをこれから見るのが分かっているかのように。そしてその経験から分かったのだ、僕らは覗かれていると。
 最近スポットで入ってくるものが変化した。これまたなぜか岡山県ばっかりなのだが、アルバイトの情報が多い。それも清掃関係のものが多い。ホテルや店舗の清掃のアルバイトで時間給が720円から高いところで1000円だ。イオンが岡山駅の傍にできてから求人がすこぶる多いが、店舗スタッフがほとんどだから、清掃関係はなかなか見つからない。しかし親切にもインターネットにその情報が乱入してきてくれる。実はこのところ僕は、かの国の二人の青年のためにアルバイト探しに余念がないのだ。働ける時間帯と内容を吟味しなければならないから、結構労力を割いている。それを既に機械がつかんだのだろう、画面にしばしば現れる。情けないが僕はそれをクリックして開いてしまう。わらをも状態なのだ。
 それにしても便利で気持ち悪い時代だ。所詮僕など主義主張のないノンポリだが、主義主張を持っている人は気をつけなければならない。一庶民が一庶民を監視する。そして庶民も特権を与えれば権力と化す。


2015年01月20日(Tue)▲ページの先頭へ
 さてどうするのだろう。見殺しか、助けるのか。自分でまいた見殺しの種を、自分でまいた見殺しが助けることができるのか。ただもう一人は自分でまいた種ではないらしいから、どうしても助かって欲しい。
 およそ金持ちのお友達しか念頭にないから、助けることはまずしないだろう。気が弱いくせに、いや気が弱いからこそ虚勢を張る人間に、人を助けることなどできるはずがない。その必要もないのだ。他人の痛みなど想像もできない。そもそも痛みなど感じるチャンスもない人間関係のない世界でしか生活していないのだから、アメリカ様のご機嫌を伺うことくらいしかしないだろう。
 この国の人たちはこの不幸を見て何をどう考えるのだろう。自分も所詮虫けらのようにあつかわれる人間でしかないと思うのだろうか、それとも自分は守られる種に属すると優越感に浸るのだろうか。所詮末端でしかない人間が、そのことに気がつかないのが、今の何とも言えない不愉快な日常をかもし出している。


2015年01月19日(Mon)▲ページの先頭へ
青年
 ふと昨夜この言葉が頭に浮かんだ。僕はその言葉がにじみ出る姿に感動し、微力ながら仕事以外の部分で役に立とうとしていたのだと分かった。それまでの、何が僕を突き動かしているのだろうという疑問が解けたような気がした。
 昨日、教会でのパーティーの後、新たなかの国の青年を二人母の施設に連れて行った。毎日曜日の恒例行事を欠かしたくないことと、日本の現状を知ってもらえることのニ兎を追って、できる限りこのコースを欠かさない。
 まず施設の中に一緒に入り、大きな広間に沢山並べられたテーブルに分散し、車椅子上で身動きしない老人達の姿を見てもらう。居眠りをしている老人も多いが、しっかりと目を開けて虚空を見続けている老人も多い。動きがある老人に限って奇声を発し続けている。ほとんどの青年達はショックを隠せないみたいだが、僕の母だと分かると丁寧に挨拶をしてくれる。母はつじつまの合わない言葉を、それでも微笑みながら返す。その後僕は基本的には母を外に連れ出す。昨日もそんなに風が強くなかったので、外に連れ出すと、彼女達が僕が持って行っていたスポーツ用のガウンで母をくるみ、車椅子を押してくれた。既に面識がある他の二人の青年は母にしきりにたどたどしい日本語で話しかけてくれる。そのうち新しい青年が僕の耳元で「オトウサン オバアチャン ツレテカエル カワイソウ」と言った。その言葉は既に面識がある二人が、1ヶ月前に母と再会した時に言ってくれた言葉だ。同じ言葉をかけてくれた。彼女は1時間近い散歩の間、何度も僕に同じ言葉をささやいた。そう言えば面識がある二人が前の晩に電話をしてきて「パーティーノアト、オバアチャン イキタイ」と言ってくれたのだ。
 僕はこの4人を含めて現在30人くらいと交流があるが、ほとんど全員が良く働き、よく倹約し、常に明るく振舞い老人や幼い子供たちを気にかけ世話をする。深夜労働をこなし、1日500円で暮らし、それでいてすこぶる明るい。「オトウサン ゲンキ ダイジョウブ」が決まり文句の青年達の全ての日常を「けなげ」が包み込んでいることに昨夜気がついた。


2015年01月18日(Sun)▲ページの先頭へ
外国人
 2時間くらい、「コレハ ドウデッカ?」の質問攻めだった。小さな字を読むためにその都度眼鏡を外すから、途中からは首こり肩こりで辛かった。ただ僕の一時の不調より彼女達の抱えている不安のほうが大きいからそんなことは言えない。集中を切らさないように丁寧に募集内容を吟味した。
 あるホテルの喫茶コーナーで、コンビニでもらってきたと言うアルバイト情報誌を2冊テーブルの上に広げた。応募できそうな会社に印をつけていた。と言っても全ての漢字が読めるわけでなく、出てくる地名には疎いから、およそ可能性のないものまでひっかっかっていた。だから到底選択肢にもはいらないような募集先までチェックしなければならなかった。
 2時間かけて2つくらいに絞ると「オトウサン カイシャニ デンワ シテクダサイ」と頼まれた。たどたどしい日本語では、用件が通じないかもしれないので、僕はすぐに引き受けたのだが、実は前日、僕は痛い教訓を得ていたのだ。と言うのは偶然漢方薬を取りに来た方が、勤めているスーパーで人手が足らなくて困っていると言う情報を教えてくれた。渡りに船とばかりにすぐに僕は電話をした。受け付けの方に電話をするとすぐに担当の方につないでくれたから、そして思いのほか丁寧な応対だったので、これはよほど人手が足りないんだと内心ほくそ笑んでいた。なのに、その時に言った僕の言葉がどうやら適切ではなかったらしいのだ。一瞬にして断られたから。そしてそのことを受話器を置いて傍にいた姪に話すと「怪しい、おじさんに思われたんではないですか?」と笑われた。
 その経験でこれからは僕が電話で申し込むのではなく、姪にしてもらうことにした。ちなみに僕が人事担当の方に言った言葉は「若い女性が二人いるのですが、外国人でもいいですか?」だけだったのだが。


2015年01月17日(Sat)▲ページの先頭へ
犬種
 どんな犬種が猟犬に適しているのか知らないから、名前を聞き逃してしまった。とにかく大きな犬だったらしい。捨てられ処分される犬を助けているNPOの人が、偶然牛窓で飼い主に名乗りをあげてくれた人のところに連れて行ったが、お見合いは不成立だったと教えてくれた。希望者のおうちに幼いお子さんがいて、まだ危険だと考えられたのだろうと言っていた。で、その時についでに教えてくれた話の内容が衝撃的だった。
 この時期猟犬がたくさん捨てられるのだそうだ。素人にはその意味は分からなかった。猟の時期がすむからお役ごめん?などは素人でも想像出来るが、(実際どの時期が猟の時期かは知らない)正解は違っていた。老いた猟犬ではなく、その子供の若い猟犬を使うのだそうだ。だから親のほうを処分するらしくて、ひどい人間は猟銃で撃ち殺すらしい。猟犬を猟銃で撃ち殺すなんて洒落にもならないが、こういった人間をどう表現すればいいのだろう。
 僕のことだから「そいつこそ撃ち殺したらいいんじゃないの」と言うと、相手も「そうですよ、撃ち殺してやりたいです」と怒りをあらわにしていた。僕みたいな部外者でも不愉快になるのだから、保護し世話をしているボランティアの人たちだったらいたたまれないだろう。それにしてもどの世界も不条理なことが多いなとつくづく思う。一部の人間の快楽や営利活動の後始末を、善良な市民が無償でするのだから。
 その話を聞いた直後にやって来た夫婦にその話を早速披露した。小型犬を飼っているらしくて、朝の4時に必ず顔を引っかかれるらしい。それはコタツの火をつけてくれと言う合図らしい。コタツの火をつけてやるとそそくさと入るらしい。「あの馬鹿犬にはかなわんわ」と目を細くして教えてくれる姿こそ当たり前の人の姿ではないのか。当たり前ごときができなくてどうする。


2015年01月16日(Fri)▲ページの先頭へ
指摘
たとえ今は海・川・沼などが近くになくても、"水"に関係した漢字が含まれる地名は、水辺に関連した地質であり、地盤が弱い危険性がある。具体的には、「川」「河」「江」「沢」「瀬」「浦」「池」「沼」「袋」「泉」「井」「汐」「潮」「浜」「洲」「須」「田」や、その他の"さんずい"が付く漢字などで、これらが地名に含まれる場合、かつて水場だった可能性を排除すべきではない。
朝見つけたインターネット内の記事のコピーだ。地震の被害の規模が地名で分かると言うタイトルだったから、興味を惹かれ読んでみた。最初からしめしめと思いながら読んでいたのだがついにある字が現れた。「浦」だ。浦の意味は入り江とか浜らしいから、まさに海だったところだ。僕の薬局がある住所が紺浦で一つおいて東が綾浦で、その隣が中浦でその又隣が大浦だ。そして西に向かえば鹿忍中浦でその向こうが西浦だ。北へ向かえば北浦と言う知名もある。考えてみると浦だらけだ。それはそうかもしれない、牛窓は小さな半島だから3面が海に面している。北も西も浦だし、広い田んぼがあるところは大浦だ。もとは浜辺だったところを江戸時代に埋めたのだろうか。岩盤が堅いからと言う理由で買った土地だが、そう言えば土着の老人が道路の向こう側が丁度岸壁だったと教えてくれたことがある。僕の薬局からは2〜300メートルくらい行かないと海には出られないのに。隠すに隠せぬ真実を名前は伝えているのだ。
 と言うことはやたら名前は変えないほうがいいと言うことだ。何を思ってかひらがなで名前をつけているところがあるが、重みがないのもはなはだしい。親しみを覚えてもらうためと言う安易な理由かもしれないが、意味のない名前などに親しみは覚えない。名前にひょっとしたら命を救われる、現実味を帯びた指摘だ。


2015年01月15日(Thu)▲ページの先頭へ
熱湯
 正しいとか正しくないとかの判断は難しすぎて僕にはできないが、肌では感じることができる。ニュースで流れてくるのは、国内であれ外国であれ、強いほうが流したものが圧倒的に多いから、つい流されてしまいがちだが、なんとなく肌で感じる部分は違うことが多い。そして色々な機関を駆使して入れられた知識よりは、なんだかその原始的な方が正しそうな気がするし、後ろめたくもない。
 偶像崇拝しないと当事者が言っているのに、どうして外部が茶化すのだろう。自由と言う表現がしばしば登場するがなんだか単なる商売のような気がする。「茶化してでも売れればいい」が、どうして表現の自由と言う言葉で守られるのか僕には分からない。仮に僕の家族を冒涜されたら怒るだろう。ミニチュアダックスのモコでさえ悪口言われたら僕ら家族は不愉快なのに。
 世界史を習ったが、受験世界史だったので大学の合格発表の日に全部忘れた。だから今の中東の国々の混乱の理由はわからない。ただどうせ石油目当てに欧米の先進国と言われる国々が、その昔もいい目をしてきたのだろうとは想像がつく。そこで自分達につく一部の人々を優遇し、その他をまるで虫けらのように扱ったのではないか。あたかも自分達のほうが優秀などと錯覚して。南極で暮らすペンギンを瀬戸内海に連れてきて、さあ自由と平等なんて言われてもいい迷惑だ。
 僕は熱湯を入れて3分待ち出来上がったようなクリスチャンだが、それでもキリストを茶化すようなものを目撃するのは辛い。まして敬虔な信者だったらなおさらだろう。誰の声を代弁しているんだと言いたいような日本の週刊誌など、表現の自由ではなく表現の暴力だ。爆撃機でなんら危険な目にあわず、空高くから殺戮するのと、至近距離で殺戮するのと、どちらに正義があるのだろう。いやいや正義など、どちらも元々求めてはいないんだ。求めているとしたら、それがなければ生きる立ち位置を見出せない庶民だけだ。


2015年01月14日(Wed)▲ページの先頭へ
被害者
 そのコマーシャルに、なんだか違和感があったので、翌日回ってきたある漢方薬の会社のセールスに尋ねてみた。すると彼は調べてみますと約束してくれ、今日電話で僕の疑問点に答えてくれた。 
 僕は漢方薬の宣伝かと思ったのだが、彼は飴の宣伝だと言っていた。コマーシャルの中で漢方薬か薬草と言う言葉が出てきたから僕は耳をそばだてたのだが、秋田県で栽培していると言うようなニュアンスだったと思う。きれいな水が沸く秋田県で薬草を栽培したら、それが売りになるのだろうが、ちょっと待てよと言いたい。
 確か福島原発の事故の後、厚生労働省から、甲信越、静岡から東、北は青森までの薬草は使わないでくれと言うお達しが出たと思う。命令か自粛か知らないが厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課長通知と言うような長ったらしい名前の人からの通達だ。普通こんなに偉い人からの通達が出ればどの企業も守る。医療機関などは遵守だ。あれから4年近くなれば、企業などと言う巨大な営利集団ともなれば、役人まで馬鹿にして、いつものように奇声、いや寄生、いや既成事実を積み上げて、そんな制限などりんご崩し、いやバナナ崩し、いやぶどう崩し、いやみかん崩し、いやなし崩しにして、もうけに邁進しようと言うのだろうか。セシウムの半減期は30年くらいと記憶しているから、まだほとんど放射線量は減っていないはずなのに、もうけのためなら内部被爆で、何十年も被爆させ続けるなんてことなどなんら気にならないのだろう。わが子や、わが孫達には絶対させることができないことでも他人には平気でする。全ては営利、銭のため。血も涙もない経営者の為に、何処にでもいる庶民が血と涙を流すのだからおめでたいものだ。
 僕は製品化されている漢方薬は台湾の製薬会社から仕入れ、そこの会社では作れない処方を日本のある会社から仕入れている。その会社は放射性物質が未検出のものしか使っていない。勿論西日本で採れたものだ。いわゆる基準以下のものではない。基準など事故の後勝手に増やして生産者を守ろうとして作ったものだから、そんなものでごまかされてはかなわない。少なくとも事故の前と同じ、未検出な薬草しか口にすることは出来ない。なぜなら僕は物分りの良い被害者などにはなれないから。


2015年01月13日(Tue)▲ページの先頭へ
留学
 海辺の学校に国内留学しても「山村留学」と言うのだろうかなんてことを思いながら、機器を使って牛窓東小学校の環境調査を行った。
 先週後半から町内の学校を順番に回っているのだが、東小学校の環境は抜群だ。過疎の町には珍しく一昨年新築されたのだが、さすがと言えばさすがだ。何から何まで、と言っても僕が調べるのは、二酸化炭素濃度や気温湿度、照度、放射能くらいなものだが、放射能以外はとても考えられていて、非の打ちようがない。学校内での一日は快適に違いない。
 それに加えて、一歩校外に出ると漁港が広がっていて、漁を終えて一休みの漁船がたくさん係留されている。小さな人口島では水揚げされた魚が早速加工され芳しい香りが漂う。その沖には灯台、そしていくつかのまるで牛窓を守っているかのように配置された島々が浮かぶ。
 勿論これらの全ての光景と人々の営みは校舎の3階にでも上がれば手にとるように見える。おまけに前島にもたれかかるように見える小豆島や、遠く四国の山々も見える。
 水と空気と山々と島々、海に空に星に夕日に、段々畑に咲く花達、2メートルの接近を許す鳥達、自然を表現するパーツは整っている。後はそこで育つ新たな命だ。山村留学に対してどのような言葉が用意されているのか知らないが、海辺の学校に留学してもおかしくない。海浜留学、漁港留学、ママカリ留学、底引き留学・・・


2015年01月12日(Mon)▲ページの先頭へ
差別
 本来なら嬉しそうに人選を始めるのだが、その日に限ってなぜか行動を起こさない。その代わり数人が寄ってきて同じように「オトウサン サミシイ」と言った。その言葉が必ずしも正しい表現ではないことは、理由を教えてもらった後に分かった。日本語に精通していたら、いや日本人なら「空しい」だろうか。一連の説明を聞いて僕の口から出た言葉は「悔しい」だったのだが。
 今度の日曜日、玉野教会ですき焼きパーティーがあり、かの国の青年達を招いてくれた。車で連れて行ける人数分の募集をかけに寮を訪ねたのだが、冒頭のようになぜか気乗りしない様子だった。従来なら、誰かが中心になり、公平に人選をしてくれるのだが反応がいたって鈍かった。それはそうだろう、いわゆる泥棒呼ばわりされたのだから。それも会社に直接「野菜を畑から盗んだ」と通報されたらしい。
 新しい寮に引っ越したばかりで、そこの地は彼女達は初めてだ。当然受け入れる地区の人たちも初めてだ。だから先入観で、玄関先のダンボールに積み重ねていた大きな白菜を盗んだと思ったのだろうか。段ボール箱一杯盗んだと通報されたのだから。ところが僕はよく知っている。かつて3箇所寮を借り上げ引っ越しているが、そのつど近所の人から好感を覚えられ、特にお百姓の家の近くのときは野菜の差し入れがとても多かった。僕なんかその差し入れのおこぼれをしばしば頂戴した。このあたりの農家が野菜をくれるときはそれこそ大量にくれる。少しばかり上げるのは気が引けるのか、頂くほうにとっては市場に出荷したらと言いたいくらいくれる。だからかの国の青年達の寮にあふれんばかりの野菜があるのは、よく見かけた光景なのだ。何も確かめることなく通報した人間の了見の狭さを哀れに思うが、傷つけっぱなし、傷つけられっぱなしは何とも悔しい。的を射た表現方法を知らずに訴えてくる彼女達が哀れだ。
 この1ヶ月、僕は奈良に住む青年、この冬日本にやって来た青年、そして牛窓にいる青年達から同じような内容の話を聞いた。日本語に堪能な青年は「差別」と言う言葉を使い訴えてきた。この国の人はそれが得意で代々染み付いているという説明をしながら、ひたすら謝った。特に最近はこの国の人間の多くが、中流からやっと暮らせる層に追いやられ固定されているから、望まなくても吐け口を求めてしまう。弱い人の特性で、より弱い人を作ってしまいそれを攻撃する。自分をそこに追いやった人間を攻撃して、社会を自分達に適したように変えればいいのに、その選択肢をとった人を僕は見たことがない。
 国に帰ればごくごく普通の幸せな青年達を、泥棒呼ばわりできるほどこの国は、豊かで善意に満ちた国ではない。


2015年01月11日(Sun)▲ページの先頭へ
ワカサギ
 つい最近、テレビのニュースを見ていて「なんじゃそりゃあ」と「わかっとるじゃねえか」のどちらの感嘆詞を使うべきか迷う場面に遭遇した。恐らくその両方が正しいと思う。
 そのニュースをもう一度確かめたかったのでインターネットで探してみたらすぐに見つかった。そのテレビニュースを見たときから書きたかったが、あやふやな記憶で書くと問題だから、これでやっと今日書けることになった。そもそも、西日本に住んでいる人間に、関東や東北の地図を正確に書けと言われて出来る人は限られているだろう。だからあちら方面のニュースを見ていてもピンと来ないのだ。ただ、いくら地理に疎くても、腑に落ちないことくらいは分かる。見ていて違和感を感じたのだ。
 「凍った湖の上に張られた多くのテント。朝早くから集まった人たちの目当ては「ワカサギ」です。群馬県の赤城山にある赤城大沼では、氷の上のワカサギ釣りが解禁されました。赤城大沼のワカサギは、福島第一原発事故の影響で持ち帰ることはできませんが、訪れた人たちは、じっと当たりを待ち、冬の風物詩を楽しんでいました」
 まず群馬県、そして赤城山、赤城大沼とだんだんと知識に心細さが増すが「持ち帰ることが出来ない」のフレーズには万人が反応して欲しい。どうやら福島県の隣の隣らしいが、ワカサギの体内の放射能汚染が分かっているんじゃないの。口に出来ないほどの濃度ってことがお上も分かっているんじゃないの。福島の事故以前の濃度をもし基準にしたら1万倍ではきかないような濃度でも安全とごまかしているやつらが食べてはいけないと言うんだから、どれだけ危険なんだと想像してしまう。ありとあらゆる悪意に満ちた人間を動員して安全を演出するやつらをしても隠し切れない危険。いったいどれだけのものなのだろう。僕は当地の事情を全く知らないが、大きな池って結構水道水に利用したり、畑や田んぼに水を引く源だったりする。食べることが出来ないワカサギを育んでいる同じ水が稲や野菜を育んでいるとしたら、果たして口に出来るのか。ワカサギなど食べずに済むし、経済的な影響もほとんど無い。それに比べて農作物は、大きな経済的影響を及ぼす。だから安全でなくても安全と言い続けなければならないのだろう。
 今日やっとバターを探し当てて買ってきた。品薄が報じられ始められてからもこの辺りでは影響が無かった。ところが先月くらいからいつも買うバターが店頭から姿を消した。あるのは雪印の北海道バターだけだ。我が家は福島のあと、大山バターだけを利用している。それこそ東のほうの方には分かりづらいかもしれないが、鳥取県の大山と言う中国地方では一番高い山の麓で育っている牛から取れたバターだ。どう考えても北海道よりは汚染されていないだろう。ところが大山バターの姿を全く見なくなった。雪印のは一杯あるから、我が家と同じ価値観の人が意外と多いことが分かる。
 岡山に出て行くたびに数軒のスーパーを物色し続けて今日やっと安全そうなバターを見つけた。嬉しいことに大山よりもはるかに福島から離れたところで出来たバターだ。原産地を見て驚き、そして嬉しかった。買い物のときに値段を気にしたことがなかったから、大山バターがいくらしていたのか忘れたが、ニュージーランドのは明らかに雪印より高かった。でもそんなことどうでもいい。より安全なものを食べることしか僕には選択肢は無いのだから。ただその選択をしている僕や、他の多くの人がドライなのではない。放射能をばら撒いてもなんら罪を問われない人間と、それらの人間を利用している人間達の巨悪が断罪されなくて、民主主義とか先進国とか聞いてあきれる。もっともその際たる国がアメリカなんて思っている輩が現在のさばっているのだから、当面はどちらも手に入らないだろう。
 食べることが出来ないような魚がすむ場所は、本来なら暮らすことが出来ない場所。ニュースはそう伝えなくては。





















2015年01月10日(Sat)▲ページの先頭へ
人様
 世の中には親切な人がいるものだ。漢方問屋の専務さんが、スマホに対応できるようにホームページを改良しましょうかと提案してくれたのだ。若い人はパソコンではなく、スマホで僕のホームページなどを見ている人が多いはずだと言うのだ。携帯電話を持っていない僕にとって、そのことが何を意味するのか分からなかった。だから申し入れはありがたかったが、実はどれだけありがたいのか分からなかった。反応が余り無いのを察したのか。御自分のスマホを取り出して実演して見せてくれた。太い指で画面を伸ばしたり縮めたり、右に流したり上に流したりして、画面を読む操作を見せてくれた。本来の画面では小さすぎて読めないから、その操作を繰り返して読むのだが、傍で覗き込んでいた僕は酔いそうだった。まるで目が付いていかずに、思わず目をそらせてしまった。なるほど若い人なら大丈夫だろうが、中年以降は結構きついのではないかと思った。
 まさか同じ文章を2つ書くの?とかちんぷんかんぷんの質問をクリアしてくれて、近い将来スマホでも読みやすいように作ってくれるのだろう。僕がお世話している方の中で若者が占める割合は結構高くて、そう言った意味では「珍しい薬局」だから、彼らがアクセスできるようにすることは必須だ。社会から疎外され、集団から疎外され、運が悪ければ家族からも疎外されている青年達が、心の病と言うレッテルを貼られ、その種の薬を飲まされる「患者」に作り上げられるのは気の毒だ。少しばかり繊細で、少しばかり臆病で、少しばかり自意識が強くて、それで病気とは思えない。個性だと思えば評価され、病気だと思えば治療され、他人の都合を優先させられるのでは浮かばれない。
 圧倒されそうなくらいの優しさと寛容さで人のために自分をささげている人がいて、その1万分の一の志を真似て仕事をしたいと思っているが、当然1万分の一では足元にも及ばない。もう物は何一つ欲しいものがない年齢になったのだから、せめて人様を優先させて暮らしたいものだ。
 

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2015年01月09日(Fri)▲ページの先頭へ
納得
 もう30年近く続けているが、役に立つこともあるんだと、自分を納得させた。
 この時期小学校と中学校を回り、学校の環境調査をする。教室内の照度、気温、湿度、二酸化炭素濃度などだ。福島の事故以後、放射線量も測っている。岡山県で学校薬剤師が放射線量を測っているのはひょっとしたら僕だけかもしれないが、田舎の人間を「やられ損」にしたくないから、すぐに機械を買い調査に取りいれた。
 上記の検査項目など、結果は毎年同じようなものだ。去年のをコピーしてもほとんど通用する。それなのに毎年時間をとって同じ作業を繰り返すが、昨日ある学校の調査をしていたときに、養護の先生が「先生のおかげでカーテンがつきました。やはりデータを持って要求すると教育委員会もお金を出してくれます」と教えてくれた。それは直射日光が生徒の机まで侵入して、まぶしいいだろう、ひいては視力を悪くすると指摘していたものだ。照度計が振り切れるくらいだから、机や教科書が鏡状態になる。まぶしくて見ておれないかもしれない。それをデータで示したものだった。些細な実績だが、少しだけ報われたような気がした。
 話が変わりますがと断られて、その時に、生徒の前で薬と危険ドラッグについての授業をしてくれと頼まれた。僕はほとんど二つ返事をすることにしている。でふと考えた。僕は教科書的に生きていないし、教科書的な薬剤師ではない。どちらかと言うと危険ドラッグみたいなものだ。人選ミスは見え見えだが、子供相手でも「本当のこと」を話してみたいと思った。社会全体が危険ドラッグを吸引させられ、朦朧とさせられどこかへ連れて行かれているように感じる。思考停止した人間が増えれば増えるほど富も権力も少しの人間の下に集まる。決して危険なものには手を出さない輩が、危険を売る。どこの世界も同じようなものだ。


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2015年01月08日(Thu)▲ページの先頭へ
異物
 なんとなく違和感を感じる。と言うか興味がわかない。異物が混ざっていたと言う商品を全く食べたことが無いからだろうか。
 何の偶然か知らないが、有名な食品の中に異物が混ざっていたと言う報道が続いている。鬼の首を取ったかのようにトップニュースで高らかに伝えているが、所詮原発と同じで、いつスポンサーになってくれるか分からないような企業を責めきれるはずが無い。そのうちほとぼりが冷めるのを待ってからそっと退場するに違いない。それはそうだろう、生活費をくれる人の不始末を誰が糾弾するだろう。善人ぶってあるときはそれらしく振舞うが、落としどころを最初から探っているに違いない。 
 あるものはビニールの紐、あるものはプラスチックの破片、あるものは歯だったみたいだが、この歯以外は余り気にならない。異物が入らないなんて至難の技で、入って当たり前だと思ったほうがいい。偶然見えたものだから異議を唱えているのだろうが、どうして放射能の混入を指弾しないのだろう。プラスチックやビニールや歯より比べ物にならないくらい危険で汚いのに。僕に言わせれば一連のニュースは隠したいものから目を背けさせているようにしか見えない。もっともっと、庶民は悪意に満ちたものを異物として糾弾するべきだ。当然マスコミはしないから、一般市民がやるしかない。
 いやもう一つ巨大な異物がこの国で膨張していることを忘れていた。アホノミクスと言う異臭のする虫歯だ。


2015年01月07日(Wed)▲ページの先頭へ
無邪気
 僕ら凡人は、なんとなく感じる・・・程度で全てが終わってしまうのだが、頭のいい人は、それを数字ではじき出す。印象ではなく統計で主張する。結果は似ていても、信頼度が違い、そもそも格調が違う。表の部分は僕の技術不足のためここに表すことはできないが、評価の部分は必要なところだけ載せることができる。僕のパクリを参考にしてほしい。原発も薬も、もうけのためなら湯水のように宣伝費を使い、洗脳する。相手が巨大であればあるほど、無条件に信じないことだ。無邪気に殺されるような無様な姿は見せまいぞ! 

「・・・・これを見ると、高コレステロールは、男性ではリスク増加傾向、女性ではリスク低下傾向となっています。いずれも統計的有意差はなく、明らかなリスク上昇は示唆されていません。むしろ低コレステロールが死亡リスクと関連しているという結果も示唆されています。・・・・しかし、高コレステロールだからといって、11.9年後に明らかな死亡リスク上昇が認められないという一つの結果は、世の中の常識的価値観へのアンチテーゼ(反対命題)のように思えます。・・・日本人のような冠動脈疾患リスクの低い人へのコレステロール低下療法は、明らかな死亡リスク低下にはつながらず、むしろ増加に関連するという結果になっています。・・・コレステロールが高いことは不健康なのか。最後に、このような常識的価値観をもう少し掘り下げて考察していきたいと思います。
厚生労働省の人口動態統計年報を見ると、2013年の日本人の主な死因は、悪性新生物28.8%、心疾患15.5%、肺炎9.7%、脳血管疾患9.3%となっています。さらに、死因別の死亡率の年次推移を見ると、悪性新生物、心疾患、肺炎は増加傾向にあります。これらはいずれも、高齢化の影響が大きいと考えられます。一方で、脳血管疾患は徐々に減っていることが見て取れます。・・・・3大死因の年齢調整死亡率を見ると、死亡率は増加しているわけではなく、悪性新生物は横ばい、心疾患は減少、脳血管疾患に至っては、昭和40年をピークに激減しています。戦後、日本の食文化は欧米化したといわれています。食の欧米化、あるいは脂質摂取量の増加は、何となく不健康なイメージがありますよね。農林水産省によると、実際、脂質の摂取量は昭和40年から比べて、供給熱量構成比で16.2%から28.4%まで上昇しています。また、コレステロールが多く含まれる鶏卵の摂取量も増加しています。しかしながら、それだけ脂質やコレステロールの摂取量が増加したにもかかわらず、日本は世界最長寿国となり、3大死因の死亡率すら増加せず、脳血管疾患や心疾患も減少している。これはなかなか興味深い事実です。これらを総合して考えると、「総コレステロール値が、一般的な基準値よりも高いのは不健康である」というのは、イメージにすぎないのかもしれません。患者さんに、健康的な生活を送るために食事指導をはじめとする様々な生活指導を行うことは、それによって生きる楽しみを制限してしまう可能性もあります」


2015年01月06日(Tue)▲ページの先頭へ
保証
 「オトウサン シラナイコトニシテクダサイ」と言われてももう遅い。衝撃の事実でかの国の青年達の評価を変えることは無いけれど、かの国に対してはさすがに評価は落ちる。ただし大なり小なりどの国でもあることだから、決してそれだけで判断するようなこともしない。この国のほうがより巧妙に悪事を働いているかもしれないから。
 正月の間、長い時間かの国の青年たちと車で移動したから、いろいろと面白い興味深い話を聞いた。その中の筆頭は、交通違反をして警察官に捕まったときには「3000エンクライ、アゲテ、スグイク」だろう。警察官が要求する場合もあるというし、市民は既にそれが常態化しているから、ごく普通の行為らしい。「ケイサツ キタナイデスカラ スキデアリマセン」と言うが、自分も汚いのではないのと指摘しておいた。
 大原美術館でソファーに腰掛けてゆっくりと鑑賞していたときに、目の前を通り過ぎる若い日本人女性の肩から提げた小さなかばんが目に付いたらしい。そして「アレ、ワタシノクニデハ アブナイ」と言った。日本ではしばしば見かける光景だが、かの国では「オートバイデ、キテ、スグニゲル」と言っていた。それを聞いていた違う青年が「ユビワ イッパイ ダメ」と教えてくれたが、その理由はわからなかった。何故と尋ねると「ユビワ ホシイデスカラ ココキル」と言って、手首を切断するジェスチャーをした。「怖い」としか答えようが無かったが、生の声でしか内実は伝わっては来ない。
 もう何人も帰国した青年達から「キテクダサイ」コールを受けているが「これでは怖くていけない」と言うと、僕をしげしげ見ながら「オトウサン コノママクル アンゼン」と言った。僕が現地の人のように見えるのか、盗るものが無い人間に見えるのか分からないが、身の安全だけは保証された。


2015年01月05日(Mon)▲ページの先頭へ
感触
 正直うんざりするほど長い休日だった。身も心も休むのは苦手で、早く働きたかった。年末にどうしてもお役に立たたなければと思わざるを得ないような方が続いて、すでに気持ちは臨戦態勢だった。受験生が問題をあてがわれて、正月中は解かないようにと言い渡されているようなものだ。バイオリン奏者が楽譜をあてがわれて、まだ弾かないようにと指示されているようなものだ。氷の厚みは十分なのに、まだ釣り糸を垂れるなとワカサギ釣りの規則で縛られているようなものだ。
 自分に何か予定でもあって調べたのだろうけれど、息子が今年は2回4連休があると教えてくれた。そしてその次に「お父さんもいつ何があるかわからないのだから、早く技術の伝承を済ませて、かの国の若者達のところを訪ねてあげたら」と提案してくれた。不気味な指摘だが、それは認めざるを得ない。まだ第一線で漢方薬に関しては頑張っているので、自分で全て完遂したほうが能率的だしモチベーションも上がるが、ひょっと何かあったときには確かに大きな迷惑をかけることになる。
 4月から、新しい薬剤師が手伝ってくれるから、その時から漢方薬も皆で分担してくれることになった。ただ人生経験が、それも挫折の経験が必要なときは僕がお世話することになると思う。薬を飲むだけで解決するような人が少ないのがこの何年もの感触だから。


2015年01月04日(Sun)▲ページの先頭へ
危惧
 僕が唯一心配していたのは「リー、リー(行こう、行こう)」と仲間が急かすことだったが、全くの危惧に終わった。と言うよりもまたまた感動の場面に遭遇できた。
 秋に初めてやって来た、かの国の3人の女性の中の一人は、寮を訪ねる度に画用紙に絵を描いている。絵には全く才能がない僕にとってはずいぶんと上手に見える。おまけに北の町に和太鼓を聴きに連れて行ったとき、偶然待ち時間に会場の傍で展示されていた絵画展を覗いたのだが、とても興味を示したのを記憶していたので、正月休みを利用して大原美術館を案内してあげると誘った。もう一人とても興味を示した女性がいて、二人に世界の名画を十二分に鑑賞してもらう環境を整えた。ところが、朝迎えに行くと、7人が如何にも若者らしいおしゃれな服装で待っている。一緒に倉敷に行きたいのだそうだ。去年の正月に倉敷のイオンモールに行ったのを覚えていて、そちらのほうがお目当てらしいのは見え見えだった。絵を見た後、食事をかねてそちらに回ることは簡単だし、それで楽しんでもらえる人にはそれなりに価値はある。だから一つの約束事として、絵が好きな二人のペースで展示スペースを移動することを唯一の条件にして出発した。車中、素人なりに如何に大原美術館に展示されているものが価値があるものか説明したが、ピカソと言う言葉すら知らない、驚くことに全員だったが、人に納得してもらえそうな雰囲気は無かった。まあ、僕を含めて多くの入場者がそうであるように、大原美術館に行ったことがあることに価値を置いて、国に帰ってから自慢の種にしてもらうだけでもよいと考えた。
 ところがところがだ、絵が好きな二人の感動振り、全ての絵画の前でしばらく立ち止まり、二人で話し込んだり、筆のタッチを真似て、ゆっくりと右手を動かす動作は当然といえば当然だが、残りの5人も、とてもゆっくりと移動し、一つ一つの絵の前で立ち止まり、なにやら小声で話し合う光景が最後まで続いた。そして「オトウサン コレスキ、スゴイ」などと近寄ってきては評価を教えてくれる。結局は驚くことに3時間鑑賞したことになった。
 今まで泊まりに来た患者さんやかの国の人たちを沢山案内したが、こんなに熱心に観たグループは初めてだ。かの国では美術の授業も貧弱らしくて、そして美術館などに足を運ぶ機会も無いらしくて、予備知識は全くなかったが、素晴らしい作品を前にして、感性が一気に昇華したのを傍にいて感じた。機会さえあれば、一人ひとりがどんな才能を開花させるのだろうと思うことがしばしばなのだが、今回の経験も同じような感慨に浸されるものだった。
 二人は後ろ髪をむちゃくちゃ引かれながら後にしたのだが、いつかチャンスがあれば、鉛筆でしか絵を書いたことがないというその女性に、油絵の道具をプレゼントしたい。勿論安いものと言う条件付だが。夢も希望ももてなくなった世代ができることといえばその程度のものだ。


2015年01月03日(Sat)▲ページの先頭へ
約束
 やっと約束が果たせてほっとしている。岡山教会で知り合った女性達は、牛窓工場で働いている人達ではない。僕との唯一の接点は教会にお互いが属していると言うことだけだった。月に一度行われるかの国の人たちだけのミサに参加している異邦人の僕にその女性達は親切で、遠慮気味の僕をいつも輪の中に入れてくれた。
 彼女達と話していて気がついた。牛窓工場の人達に比べて、あまりにも行動範囲が狭いのだ。そして折角の日本滞在なのに、働くことと休息することしかしていない。休息は働くことの補完物だから、ほとんど働いているだけだった。それでは折角の日本滞在が、いや青春がと言ってもいいかも知れないが、もったいなさ過ぎる。そこでいつものように僕は発作的にいつかどこかを案内すると約束してしまった。そしてそのチャンスが正月中に訪れたのだ。
 得意のコースをいくつか提案したら、姫路城を希望した。もう何組か連れて行っているので僕自身の為に、今までとは違うコースを加えたかった。そして見つけたのが「太陽の国」と言うテーマパークだった。内緒にして出発したから、山頂にそびえるドイツ風の城を見つけたときの歓声はすごかった。そして城内で僕にとっては食傷気味に次から次へと現れるトリックアートを、ポーズをとりシャッターを押しと、いつものように時間を止めて楽しんでいた。おかげで石でできた歴史的建造物のエリアは、急ぎ足で、見たという実績だけを残す羽目になった。それだけ城での時間を楽しんだことになる。
 僕も年齢を忘れて・・・・・楽しむはずが無い。ただ、少なくとも知り合ってしまった集団が、牛窓に偶然派遣された人達より圧倒的に、喜び少なく帰国していくのが辛かったので、その差を縮めることができたのではないかと思っている。長時間そこで過ごした後、姫路城に回ったが、雪が舞う中、暑い国の人たちは冷たい風を我慢しながら、城と雪の両方を楽しんでいた。


2015年01月02日(Fri)▲ページの先頭へ
難問
 その後どうなったのか分からないが、人に被害が出ていなければ万々歳だ。
 姫路西から山陽道に入ってまもなく、前方にあたかも野焼きの煙が進入しているように見えた。近づくとなんと走っているバスの後方から煙を出しているではないか。結構遠くから見えたくらいだから、少しの煙ではなく、後ろ半分くらいが煙に包まれていたように見えた。助手席と後部座席に乗っているかの国の女性達は、僕の驚きの声にもめげず爆睡状態を維持したが、結構大きな声を上げてしまったのは覚えている。それはそうだろう、反対車線の僕の車にも煙が及びそうなくらいだったのだから。
 その後懸命に安全運転を心がけて、かの国の女性達を連れて帰ったのだが、ふと気づいたことがある。20分くらいは走っているはずなのに、なんと反対車線は渋滞でほとんど動かなくなっていた。確かに煙に驚いたのか、バスの後ろ100メートルくらいのところで後続車は止まっていたが、考えてみれば、僕が80kmで走るのより早く、渋滞が繋がったことになる。そんなことが起こりうるのだろうか。確かに正月二日目の姫路も街中は渋滞で、特に城あたりは大変な人出だったが、高速道路で車を連ねて少なくとも20km、いやもっとあるだろう、長い渋滞が時速80kmを上回る速さできるのだろうか。渋滞はほとんど岡山県境辺りまで続いていたのだから。
 素人の浅はかさで、全く考えられないことを目撃してしまったので頭が混乱している。どんな要素を加味すれば難問が解けるのかわからない。いややっぱり単に事実なのかもしれない。出かける回数が増えればこんなことにも遭遇するんだと、ますます緊張を強いられる。


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