栄町ヤマト薬局 - 2014/10

漢方薬局の日常の出来事




2014年10月31日(Fri)▲ページの先頭へ
微妙
 さすがに直訳は出来るだろうけれど、外国語ではこの微妙なニュアンスを伝えることが出来るのだろうかと思った。
 妻が配達の途中に柴犬を連れて散歩しているある男性に会った。その男性は、以前僕がここに引っ越してくる前にやっていた薬局の隣の御主人で、電気屋さんを営んでいた。数年前に引退して今は悠々自適に暮らしているのだろう、人が働いている時間帯に散歩している。柴犬だからどの犬もかわいいのだろうが、大の犬好きの妻ならどの犬もかわいいだろう。そこで犬と目が合ったから「ハンサムなワンちゃんですね」と声をかけたらしい。するとその御主人が犬の方に向かって「ハンサムって言ってくれているが、礼を言わにゃあ」と声をかけたらしい。妻が帰宅してから教えてくれた。
 その話を聞いて、心地よいがなんとなく違和感があった。普通なら「ありがとうございます」と男性が答えるべきところを、犬の口を借りて礼を言おうとしているのだ。もっとも犬に喋れるはずがないから礼など言えないのだが、「礼を言わにゃあ」と犬に語りかけたことで、妻に礼を言ったことになる。もともとシャイなご主人だから面と向かっては照れがあるのだろうが、こうした間接的な意思の伝え方は、日本人に特有なのだろうかと考えた。そしてこの微妙な心理を表現することが日本語以外でも出来るのだろうかと、素人なりに考えてみた。
 ことさら自国をよく言うようなタイプではないから、他国に勝るものをあまり探したこともないが、やはり漢字、ひらがな、カタカナを使い分けることができる日本語は素晴らしいと、とみに最近思い始めた。そして外国の人が日本語は難しいとしばしば口に出すのを聞いていて、なんとなくその気になったりもしている。又、日本声を話すことが出来る外国人は頭がいいということも聞いたことがある。
 自然に対しても人の気持ちに対しても、微妙な表現方法の違いを駆使して僕らは集団を作っている。美しい言葉を使い、自然を、人間を愛でたいと思う。


2014年10月30日(Thu)▲ページの先頭へ
仲間
 公務員は体制批判をしないのかと思ったが、心のうちは結構不満を持っているもんだ。もっとも今の政治状況を見て不満も不安も持たないのはよほど上手い汁を吸える立場の人だろう。場外に置かれている人間にとっては当分辛い時代が続く。
 薬局は守秘義務があるから、ここから話は出て行かないと信頼してくれているのだろう、ポロリと本音を話してくれる。これは治療にはとても重要な要素で、何かを治したい人が強がっても仕方がない。強がれば強がるほど治癒は逃げていく。正直に苦痛を訴えるほうがよほど治りやすい。体調はもちろんだが、環境や状況の不満も同じことだ。口から出して何かが変わるわけではないが、口から出せば出すほど苦痛は減っていく。捨てるって素晴らしいことだ。ひょっとしたら拾うより難しいかもしれない。
 「今の政権が代わらなければ僕の病気は治らないです」と自分の不調が長引いている理由を説明してくれた。僕を責めるのではなく、政権のせいにしてくれたのはありがたいが、彼だけではなく、日常的に今の雰囲気に窒息しそうな人は多いのではないかと思う。そして当然その日常を覆う不快さは体調にも大きな影響を及ぼすだろう。怒りか悲しみか失望か、どう転んでも良い心地ではおられない。
 その彼を治すのは僕の役割だと思っていたのだが、どうやら漢方薬では荷が重過ぎる。こういうときは昔なら必殺仕置き人、現代はイスラム国。これが結構彼には受けて。電話の向こうで大笑いしてくれた。1日中あの笑いを彼に届けることが出来たら彼にも快適な日々を取り戻してもらえるのだが、残念ながら声も届かないような奈落に庶民を落とそうかと言うばかりのあいつ等に去勢された仲間の中では笑えまい。


2014年10月29日(Wed)▲ページの先頭へ
天地創造
「今までもらった薬の中で初めてのヒットじゃ」と電話の向こうでいつものように減らず口を叩く。2週間くらい前に出した湿疹の薬が良く効いたのだろう。娘が東京で習ってきた処方でもう5,6年ヤマト薬局の主力商品だ。僕の薬局では、製薬会社が作った皮膚病の薬を使うことはめったにない。自家製だから半額くらいで作れる。
 話はそれたが、初めてのヒットと言いながら、もう10年以上僕の薬局を利用してくれる。会社の社長だから忙しくて常には来れないが、郵送を含めると毎月必ず僕の薬を手にしていることになる。それなのにあの減らず口は・・・、実は彼の大きな武器なのだ。
 建設会社を経営している部類の人とあまり仲良くなりたくはない。なんとなくその向こうに関わりたくないような人たちがいそうな世界だから。ただ彼の場合は決して「うまいこと」を言わない。カーブと見せかけて直球をいつも投げている。その逆は信頼できないが、自然体で投げる彼のそのボールはちゃんとグローブに収まる。
 正直言うと、恐らく彼が僕の薬局を利用していなかったら、とうに済んでいるだろう。今頃あの世でトランペットを吹いているか、クラッシックギターを弾いていただろう。エネルギーの塊のような人は、元気すぎるがゆえに人生を突っ走ってしまい、一瞬にして終わってしまう。それを僕は阻止する役目を辞任している。決して感謝されることはないが、貴重な性格の建築業者だから失うにはもったいない。
 ダンディーを気取っても決して似合わないが、あのときの手の湿疹では、商談にも差支えがあっただろう。きれいにしてもらったから礼のひとつでも言えばいいのに、暴投もいいところだ。そんな彼の招きで再来週ジャズのコンサートに行く。一緒に行くのが法務省に出張を2度もした男だし、招くのが暴投投手だし、演奏者はN響の人だし。もう天地創造だ。


2014年10月28日(Tue)▲ページの先頭へ
紫雲膏
 手作りといえば何か食べ物か工芸品みたいだが、僕の薬局の紫雲膏も完全な手作り品だ。ただし薬だから材料に決まりはある。成分や配合比率も決まっている。それなのに褒めてくれるのは、材料に最高級品を使っているからだろう。国産がいいとは限らないが、紫雲膏の材料に限っては国産品がいい。いみじくも今日二人の方が我が家の紫雲膏について話題にしてくれそれぞれコメントをくれた。
 初めて訪ねて来てくれたある男性は、結構遠くから来てくれたのだが、最近近所の薬局が廃業して買い物をするところがなくなり、わざわざ来てくれたらしい。ある買い物を済ませた後、紫雲膏の話題になり、何十年前に買った様な色の紫雲膏が最近はないから仕方なく色のうすいのを買っていると嘆いた。昔のは良く効いていたが最近のは効かないと、まるで通のようなことを言った。そこで我が家の紫雲膏を見せると「ああ、この色、これを探していたんですわ」と喜んだ。料理に使うにはもったいないくらいの値段のごま油をわざわざ買ってきて使っている。生薬の油性のエキスを存分に溶かしてくれているのだと思う。
 ある若い女性は、お母さんが我が家の紫雲膏をかかとの荒れに使っているのだけれど、飼い犬がぺろぺろなめるのだそうだ。「犬がなめるのだからよほど自然な材料で作られているんでしょうね」と言われた。そうなのだ、軟膏ではなく飲み薬の材料にしても差し支えないものでできているから、動物も抵抗なく口にするのだろう。ごま油に豚脂に薬草と来たら薬膳みたいなものだ。
 最近近隣の地域で薬局の廃業が相次ぎ、僕の薬局から一番近い「昔ながらの薬局は」ひょっとしたら20kmくらい離れているかもしれない。だから行き場を失った方々が良く来てくれる。ドラッグでも調剤薬局でも目的を達することが出来ない人は多くいて、従来薬局が蓄えてきた知恵を求めて訪ねて来てくれる。こんな田舎でなぜ昔ながらの薬局が生き残っているのか不思議に思っているかもしれないが、誰も代わりをすることが出来ない薬局を目指して努力してきたから、今でも残っているのだと思う。ドラッグや調剤薬局のように、誰がやっても同じ・・・は僕は苦手だ。


2014年10月27日(Mon)▲ページの先頭へ
土蔵破り
 掟破りだが仕方がない。何度も断ったが、家族の思いは真剣で、頼みに来た方も過去に漢方薬でお世話をし、いい結果が出せれているし、そのお子さんもあるトラブルを漢方薬で完治させれたしで、外堀は埋められていた。それらの経験があったから相談してくれたのだろうけれど、大病院に入院しているお父さんの漢方薬を作ってという依頼だから、二の足も三の足も四も五も踏んだ。これで薬を作れば親子3代と言うことになる。
 ある手術のあとが思わしくなく、化膿して熱が収まらないという。抗生物質の点滴をすると一時はいいのだが、止めるとすぐに元に戻ってしまい、退院の日がやってこないと相談を受けた。入院患者に、してはいけないというか、レベルが違いすぎて意味のないことは一杯ある。いや逆に出来ることといえば一つだけだ。元気にすることだ。そのあたりは天然材料を使うことが出来る僕らの薬局のほうが武器を持っているから、それなら協力しても許されると思った。そこで二つの武器を用意した。金額がかなり違うので当事者に選択してもらったら、効果がより期待されるほうを選んでくれた。そして今日・・・
 数日前に漢方薬を取りに来てくれた方が嬉しそうな顔で報告してくれた。あれだけ食べなかった病院食を食べ始め、翌日には倦怠感を訴えなくなり、化膿部位も消えたそうだ。そして今日退院されたらしい。早く退院させたいという家族の願いだったので、かなえられたということになる。
 家族の強い意思が貢献したのか、その材料を作っている製薬会社が貢献したのか、どちらでもいいが、家族のほんの些細な希望がかなった。この程度の掟破りなら紳士協定の範囲と勝手に理解しているが、本当は国という秘密の宝を隠している巨大な屋敷の土蔵でも破ってみたいものだ。救われる人がわんさと出るのではないか。


2014年10月26日(Sun)▲ページの先頭へ
副交感神経
 僕らが子供のときに習った教科書に出ているくらいだから、今さら児島湾干拓なんてのを意識する人は少ないかもしれない。しかし、今日の和太鼓のコンサートは「児島湾干拓和太鼓フェスティバル」と銘打つくらいだから、いやでも見渡す限りの平野や稲の香りが、かつての干拓事業を想像させる。それが世の役にたったのか、あるいは大きな物を失ったのか分からないが、少なくともそのことを共通の絆で集った5つの和太鼓チームの演奏を聴けたのは事実だ。よくもこの干拓地にそれだけのチームが出来たものだと関心したというか不思議な感覚だった。そして500円の入場料がとても安く感じるくらいどのチームも、練習を重ねていた。そして次世代を担う子供チームがほとんどのチームにあるのだが、その子供チームが今まで聴いた中ではもっとも力があったように思う。正確なリズムを誰もが刻めていたし、大きな音も出ていた。
 いつからどのチームが始めたのか分からないが、和太鼓をやっている人たちの演奏後の挨拶がとても気持ちが良い。整列して大きな声で「ありがとうございます」と挨拶するのが定番だが、それをしないチームを見たことがない。体育会系みたいに、やらされている感じではない。会場まで足を運んでくれて、演奏を聴いてくれてありがとうと素直に言ってもらえているように感じる。本当はこちらこそ「素敵な演奏を聞かせていただいてありがとう」なのだが、なぜか演奏者のほうが頭が低い。日本らしくて、思わずこの国が好きになる一瞬だ。
 演奏が終わって、というより最後の演奏は出演者全員が玄関入り口から外にまで人で通路を作り、太鼓の音を間近に聞きながら観客が二列で出て行く。心憎い演出で最後まで楽しむことが出来た。
 最近、交感神経バリバリの緊張状態で、体が弾力を失い筋肉が硬直しているのが自分でもよくわかっていた。結構日常が辛かった。早く仕事を終えて眠りたいと思うことが多かった。今日の和太鼓でどのくらい気持ちがほぐれたのか分からないが、出て来い副交感神経。


2014年10月25日(Sat)▲ページの先頭へ
時計
 あの大都会の神戸で、ホテルの部屋が一室もあいていないなんて考えられないが、そう言うのだからそうなのだろう。どこででも寝ることが出来る息子は後輩の部屋に転がり込むらしい。「それだけ医者が多いってことじゃろう」といわば自嘲気味に言ったが、確かにコンビにより多いというのだから、さもありなん。
 消化器学会では一番大きな大会らしくて内科と外科が集まるらしい。僕も牛窓に帰ってきた当初は勉強会に行くと言って、実はぶらぶらと岡山の街で遊んでいたようなこともあったが、さすがに漢方薬に出会ってからは、一言も漏らさないぞと、勉強会は皆勤で、講演の時間内はアンテナを張りっぱなしだった。人の行動で何よりも大切なのは動機だと思う。これさえはっきりと定まっていたら、ほとんどのことが苦痛ではない。ただこの動機に出会うのが僕は圧倒的に遅くて、多くの時間を浪費したと思う。その時間にどんな理屈を当てはめても、失った時間を取り戻すことは出来ない。
 今、多くの若者と漢方薬を媒体に繋がっているが、僕が陥ったような青春の落とし穴から、より早く脱出して欲しいと思わずにはおれない。そうでないと僕のあの頃が本当の無駄で終わってしまう。内面の深い穴に落ちてそこで何かをつかんで這い上がってくる才能の持ち主ならいざ知らず、僕と同じような普通の人にとっては、単に無駄で終わってしまうこともある。このような危惧は、何とか社会に役に立てる最後に差し掛かって思うことだ。多くの青年たちが、早く壊れた時計から解放されるのを祈っている。
 


2014年10月24日(Fri)▲ページの先頭へ
正直
・・・急こう配を心臓バクバク、太ももプルプル言わせて登り切り、少しクールダウンして降りてきます。怒り、疑問、迷い、うすら笑い…あらゆる感情が湧き出て1日の総括終了。あとスッキリです!ちなみに夕暮れ時ですので顔面七変化は気づかれていません。ご心配なく
 
 出来れば全部の文章を掲載したいくらいだが、御本人の許可を取っていないから一部だけ。漢方薬の注文をくれるときの文章だが、軽快で楽しく読める。恐らく何気なく毎回書いてくださるのだろうが、簡潔で、的を射てて、それでいてなおユーモアさえ感じる。そのユーモアも、結果的にユーモアになる、そんな感じだ。取ってつけた感が全くない。文章が正直だからだと思う。

 ・・・怒り、疑問、迷い、うすら笑い…あらゆる感情が湧き出て・・・このあたりは特に読み手を安心させてくれる。正直って気持ちのよいものだ。アホノ何やらが道徳とやらを復活させようとしているが、まずあんただろうと言いたい人は多いのではないか。見せ掛けの道徳なんかより、単純に正直のほうがよほど道徳的だ。道徳の真反対にいるやつらに、いやらしい教訓を押し付けられたくない。何も教訓めいたことなど一つない文章に癒されれば道徳などと大上段に構えなくても十分だ。最初から最後まで教訓付けの教科書やらを押し付けるやつらは、その魂胆を「どう説く」


2014年10月23日(Thu)▲ページの先頭へ
独壇場
 何が切っ掛けでヤマト薬局に来てくれるようになったのか分からないが、もし来ていなかったらこの方はどのくらい将来も医療機関を彷徨うのだろうと思う。
 沢山の不快症状で悩んでいる。上げればきりがない。10数年前からの不快症状だから解決しているのもあるのだろうが、現在進行形のものも両手の指では足りないくらいある。一つ一つの症状で病院に通い診断を受け薬を処方されるから、薬もおかずになるくらい飲んでいる。それでいて効果はほとんど感じていない。毎日出てくる症状がまるで日替わりランチみたいに異なるのだから、薬も的確に症状を追いかけることは出来ないだろう。ついつい安定剤や抗不安薬や睡眠薬になる。とりあえず寝させておけば安心なのだろう。多くの方が同じような内容の薬を飲んでいる。
 僕はそんな方の根本原因は「力み」だと思っている。毎日数人はそんな人を応対するから、それも30年くらい漢方薬をやってきたら、なんとなくそのあたりに収束されて来たような気がする。病気などとはかけ離れているはずなのに、病気と同じように辛くて、病気よりも治りにくい。昔なら一生に一度も会えないような美男美女、経営者、タレント、芸術家、スポーツマン、政治家、職人、働き者、頑張り屋さん、善意の人、宗教家などを色々な媒体を通して毎日のように目にするから、いわゆるごく普通の人たちが、彼らと同じようにあらねばと思ったりしてしまう。運動音痴は運動音痴だし、音の音痴は所詮音痴だし、人が苦手な人は所詮苦手だし、シャイは所詮シャイだし・・・・それを認めて受け入れて、そこそこ、ほどほどなどの言葉を覚えれば肩の力は抜けるのに、なぜか個性を否定的に捉えてしまう。まるでボクサーのように体を縮こめて生きている姿が見える。体も心も縮こまって見えない敵、本当は内なる敵なのだが、と闘い悲鳴を上げている。世間ではこれを心身症というのだろう。
 たった一つの煎じ薬でかたが着く人もいるし、複数の漢方薬を飲んでもらう人もいる。ただ薬草で両手では治まらないような不快症状が次から次へと消えていくのは、本人は勿論僕も嬉しい。表情が変わっていくのがみんなに分かる。体調や心調が良くなるってこんなに幸せなものなのかといつも感激を持って見ている。
 僕は心が作る体の不調は漢方薬の独壇場だと思っている。


2014年10月22日(Wed)▲ページの先頭へ
 背の高い人では、食道がんやその前がん病変のリスクが低いことが新たな研究でわかった。米フレッド・ハッチンソンがん研究センター公衆衛生科学部門のAaron Thrift氏らの研究で、研究論文は「ClinicalGastroenterology and Hepatology」10月号に掲載された。

よかった、どちらかと言えば背が高いほうに属するから、どうやら食道がんにはなりにくいみたいだ。ただ僕は、タバコを吸いながら酒を飲むようなことはしないし、カラオケでマイクを握って放さないような人間でもないから、そもそも食道がんにはなり難いのではと思っている。だからいまさらこんな研究成果を出されてもむちゃくちゃ嬉しいといった表現は使えない。

 Thrift氏は、「大腸がんや前立腺がん、乳がんなどの多くのがんは身長が高いほどリスクが高くなるが、興味深いことに、身長と食道がんでは関係が逆になった」と話す。

 ここまで読んで評価をすればよかった。いやここまで読むと心細くなる。食道がんごときで喜んでなんかおられない。僕には大腸がんや前立腺がんのほうがはるかに身近だ。家族歴はないが、男性というだけで前立腺がんを身近に感じてしまう。
 おりしも今日人間ドックの結果が送られてきた。基準値に収まっていないものが結構ある。辛うじてを含めると半分くらいが「危ない」。食べ物に卑しいことと、運動不足と、それになんと言っても遺伝だろう。基準値からはみ出るのは元気な証拠だろうが、健康とは縁遠い。元気と健康は似て非なるものだ。さてどちらを選択すればいいのだろう。


2014年10月21日(Tue)▲ページの先頭へ
格差
 シフト自由 日払いOK 面接者全員に2000円 面接時履歴書不要 入社お祝い金も・・・こんな言葉が並び、若い可愛い女性が数人でVサインしていたら、僕でもアルバイトしようかと言う気になる。いつからこんなにアルバイトがもてはやされているのか知らないが、疑い深い僕は、にわかにはこれらの言葉を信じがたい。
 心地よい言葉の裏には何か魂胆があるだろうと疑うのが本来の日本人だ。政治も経済も教育も、何もかも受身になって久しいから、胡散臭いものをかぎ分ける嗅覚をなくしてしまった日本人が多いが、僕はそこだけは退化させていない。
 かの国の女性二人のために、得意ではないパソコンを駆使して、やっと二人の働く場を見つけた。恐らくその間に僕の、アルバイトを血眼で捜している人間という情報がパソコンを通じてあるアルバイト斡旋会社に行ったのだろう。数日後からしきりにアルバイト情報が入ってくる。冒頭に記した心地よい誘いのメッセージとともに。
 何も持たずに面接会場に行くと2000円がもらえて、自分の都合の良い時間だけ働くと告げて、お願いしますといえば祝い金までもらえる。アルバイト代はその日のうちにもらえるから、遊ぶのにも苦労しない。健康だったら何とかやっていける。ひょっとしたらアルバイトをするよりも、毎日面接荒らしをしたほうが儲かるかもしれない。
 まるで安易の安売りだ。いや安易の垂れ流しだ。最初から使い捨てにする魂胆が見え見えだ。苦労を買ってでもするような青年を求めればいいのに、苦労を売ってでも遊びたい人ばかりを選択して募集している。耳元で甘い言葉をささやかれている間に、取り返しのつかないほどの格差が広がっている。経済だけではなく、人間としての尊厳の格差も。


2014年10月20日(Mon)▲ページの先頭へ
哲学
 日曜朝の限定ウォーキングはリゾートマンション前の岸壁だ。コンクリートで出来ていて、満潮の時には手を伸ばせば海面に届きそうだから、なかなか気持ちのよい場所だ。時折出かける漁船が波を立てるが、おおむね鏡のように眼前の湾内は静かだ。
 最近鵜が住み着いていて、行けば必ず見ることが出来る。それも楽しみにそのコースに決めているのだが、昨日は又、新鮮な体験をした。リゾートマンションと岸壁の間に数軒の新築の家がある。その一つを過ぎた所で岸壁に出るのだが、家を通り過ぎて視界が開けたところで昨日は先客がいることに気がついた。一瞬人かと思ったのだが、実は大サギだった。静かに海のほうを見ていたので人かと思ったのだ。勿論すぐに鳥だと気が付いたのだが、僕がゆっくり近づいても身動き一つしなかった。まるで物思いに耽っているように見えた。近寄りがたい印象すら受けた。
 しばらくの間、僕も気を使ってじっとしていたのだが、そのうちある興味がわいてゆっくりと近づいてみた。それはひょっとしたら、僕に敵意がないことを理解してくれているのではないかと思ったのだ。野生動物が、それも大脳など小さくて発達しているようには見えない鳥と、心を交流させようと思ったりしたのだから、僕こそ大脳が発達していない。案の定ゆっくり近づいたが、ほぼ3メートルあたりで飛んでいった。ただ、飛んで逃げたという感じではなかった。それが証拠に20メートルくらい離れた桟橋に降り立って、又同じポーズで静止した。いったいどのくらいがその鳥にとっての許すことが出来る距離なのか試したかったので、僕もゆっくりと桟橋のほうに歩いていった。そして結局は3メートルくらいの距離で又飛び立たれてしまった。
 夢想かもしれないが、なんだか僕は心が一瞬通じ合えたように思えた。2回目は遠く飛び立ってしまったが、野生の動物と3メートルの距離はかなり近いのではないか。僕が何か武器をもっていたら危ない距離だ。僕が飛べない動物と言うのは分かっていただろうが、危害を加えない動物というのも分かっていたかのように思えた。
 家に帰って妻にそのことを話したら「大サギが哲学をしていたでしょう。しばしば見かけるわよ」と言った。やはりあの姿は誰にでも印象的なんだと思った。
 日曜朝の楽しみが一つ増えた。


2014年10月19日(Sun)▲ページの先頭へ
無料
 人生は哀しいのか楽しいのか僕には分からない。色々な出来事がめまぐるしく通り過ぎるが、禍福は規模を変化させながら、故人のいうようにあざなえる縄のごとく2列縦隊でやってくる。
 ブローカーと言うような存在に2万円を払い、深夜のコンビニ弁当の製造工場に2時間かけて行き、電車賃は自腹。僕の娘にさせることが出来ないようなことを僕を頼ってわざわざ岡山県を選んでやって来たかの国の女性達にさせることは出来ない。これが今回の僕の最大のモチベーションだった。だから、どちらかと言えば苦手なことでも根気強くすることが出来たのだと思う。
 まずぱパソコンとかなりの時間格闘した。キーワードを色々変えて検索した挙句、誰もが知っている企業のアルバイトの募集を見つけた。しっかりと授業を受けた後、深夜にならないうちに寮に帰ることが出来、勉強も出来る最高の条件だった。そしてなにより、超有名企業だから、彼女たちの安全やプライドがかなり保証される。深夜に自転車で都会の夜を帰らせたくもなかった。
 1人は3年間日本に住んでいたからある程度は日本語を話すことが出来る。再来日の前1年間は、日本人相手の観光ガイドもしていた。もう1人は、英語が流暢で、ただ日本語の勉強は半年かの国でしただけだ。2人を超有名企業のある店舗に紹介したのだが、僕が懸念したように前者だけと面接をするとのことだった。それを聞いて以来、又もう1人のためにパソコンとにらめっこの連続だったのだが、今日昼2人に会った時に、2人で面接に行って、日本語が出来るほうがもう1人のこともお願いしたらしいのだ。そして今しがた電話があり、なんと2人とも採用になったらしい。結構したたかなんだと昼は感心したのだが、そのしたたかさ、本当は友情なのだが、を見せられて僕は涙が出そうになった。(2人はかの国でツアーガイドの専門学校の同級生で、1人は日本で研修生として働いて、1人はかの国の商社で働いた。1人が3年の日本での研修生活を送って帰国後、2人で同じアパートで暮らしていた)
 実は2日前から奈良県からやってきたかの国の女性が泊まっていた。遊びに行っていいですかと急に連絡があったのだが、ただ遊びに来るほど経済に余裕はないはずだから、何か相談があると予想していた。案の定、岡山県のある専門学校に入学したいとのことだった。どう考えてもその学校と彼女が結びつかないので尋ねてみると、学費が安いから、何とか日本に留まってまだ勉強する機会をつかむ機会にしたいと言うのだ。学びたい気持ちは尊重するが、あまりにもその女性と学科が結びつかなかった。単なる在留の手段に使うような気がしたのだ。そこでその道で日本で就職できているかの国の若い女性のことを思い出して(彼女はそのために来日し、とてもよく勉強をし、その職種に付くことができている、めったにいない人だが)今日会わせた。
 かの国の言葉でお互い話していたから詳細は分からないが、先輩格は「おとうさん、何をやりたいか大切ですね」と言い、奈良からやってきた女性は「おとうさん、私、心配ですね、考えます」と言った。恐らく正しい解決に導いてくれる答えが出るだろう。
 二人のアルバイトの採用通知の件を未だ知らされていない夕方寄ったコンビニで、タウンワークという雑誌を見つけた。店員さんに「これいくらですか?」と尋ねたら無料だった。良くこの程度の知識で二人に好条件のアルバイトを見つけることが出来たなと胸をなでおろしている。


2014年10月18日(Sat)▲ページの先頭へ
誤診
 「11月の勉強会には行きますけんね」と電話で言われて僕は大声で笑った。わずか2週間前に、あるガンが発見されて入院していた人がなんて意欲なんだろう・・・と思いきや、ガンが消えていたと言うのだ。2週間で消えると言うことは、いわゆる誤診なのだろうが、こんな誤診なら許すことが出来る。吉本新喜劇でもかなわないギャグだ。思えば他人の幸運をこんなに心から喜んだことはない。その方の人格ゆえだろう。
 漢方の研究会のメンバーを代表して見舞いに行かなければならなかったのに台風で行けなかった。お金を下ろして熨斗袋に入れて準備万端だったのだが、それが必要なくなった。「先生、もう見舞いには行かないよ。下ろしたお金もまた通帳に入れるよ」と正直に言った。「それはもうあなた、来ていただかなくて結構ですわよ」岡山弁にはない独特の抑揚で、いつもの会話が出来る。
 昨日とまったく同じ体だったはずが、今日はがん患者になり、2週間後、同じ体だったはずなのに健康体に戻る。まるで人の健康が、本人の自覚とは無関係に検査値によって支配されているようだ。病気になるのではなく、検査値で異常になり、病気が治るのではなく、検査値が正常な範囲に収まることが回復と言うのかもしれない。
 とんだ騒動だったが、結果が最高だったから、なんら不快感はない。当事者でさえなんらうらみを感じていないのだから、僕が笑い転げたのも許されるだろう。


2014年10月17日(Fri)▲ページの先頭へ
置き去り
 「なんとか心がつぶれないように頑張っています」電話を置く前にその女性は笑いながらそう言った。人はそうした時にも笑えるのだ。すごい動物だなと思うことがある。
 僕が出来ることは漢方薬で体調と心調を改善すること。それだけだ。ただいくらそれを高度に実現できても、根本解決には程遠いこともしばしばだ。特に最近そういったケースが増えているような気がする。僕に多くの時間があり、僕に多くの財があり、僕に多くの権力があり、僕に多くの優しさがあり、僕に多くのネットワークがあり、僕に多くの謙遜があって初めて役に立てることが多い。ただ残念なことに、凡人にそんなものが備わっているわけがない。歯がゆさの中で、薬を作り持って帰ってもらったり、送る・・・そこまで。
 アホノミクスは置き去りにすることをいとわない集団だ。置き去りにされることが見え見えだった人たちは選挙に行ったりしないから、案の定、何週も遅れてグラウンドを走らされている。やがて息が切れて走ることすら出来なくなるだろう。最後の砦の家庭でさえ、息絶え絶えの関係性の中で何の力も発揮できない。共倒れになるのが落ちだ。それを避けようとすれば犯罪者になってしまう。
 おもしろいなあ、この時代に天守閣から自嘲の海で溺れそうな人々を見下ろしているやつらがいる。 


2014年10月16日(Thu)▲ページの先頭へ
気配
 朝の散歩からの帰り、薬局の傍の路地に差し掛かったとき、頭上になんだか鳥の気配を感じた。見上げると、2階の窓のあたりで2羽の小さな鳥が戯れていた。一見ツバメに見えたが、ツバメが戯れるような場所でもないし、まだツバメがいるのかなと言う考えも頭をよぎったので、確認するためにしっかりと見た。すると2羽のスズメだった。スズメがいなくなった、少なくなった、見かけなくなったなどといわれて久しいが、最近は少しずつ数が増えてきたと思う。意図的なバードウォッチャーではないが、朝歩いていると鳥を見る機会が多いからなんとなく五感で分かる。見つけたスズメはどちらも丸々とふくよかで、鳴き声も、身のこなしも、とても楽しげだった。
 農業にとっては好ましくない鳥かもしれないが、スズメもいない、見ない世界がまともだとは思えない。怖さも、ずる賢さもない、どちらかと言えば陽気な鳥が遠慮なくさえずり飛び回る世界こそ本当の自然だと思う。


2014年10月15日(Wed)▲ページの先頭へ
手段
 もう何年も前に、過敏性腸症候群の女性をお世話して、その方が治った暁には、過敏性腸症候群の研究をする・・・とか何とか言っていた記憶はある。そう思うこと自体ありうることだから僕は別段気には留めなかった。そして完全に頭から消えていた。
 ところが最近その女性から突然連絡があり、その記憶を呼び戻された。その後女性はある有名大学の大学院に入り、過敏性腸症候群についての論文を執筆しているところだそうだ。その研究のために僕の薬局で治った人で、もし本人が許してくれるなら紹介してとのことだった。ただ僕にはそんな権利はないし、せっかく完治して平穏な暮らしを取り戻している人を、再びその道に引き戻したくないので断った。その代わりまさにそれで苦しみ、僕が沢山の処方を試すきっかけを作った娘を紹介した。
 はるばる東京からやってきたその女性を初めて見た時に、その眼光が輝いているのを僕はまず見つけた。自分のの強い意思を表すことができる、しっかりとした眼差しの女性だった。この女性ならあのように決意し、その道に実際に進んで、公言どおり研究をすることが出来るだろうと思った。
 はるばるやってきてくれたのは娘が目当てだったから、僕はインタビューが終わるまで介入しなかった。すべてが終わり、最後に挨拶代わりに少しだけ話をした。彼女は言葉で過敏性腸症候群を表現し、僕は生薬で表現する。同じものに対峙しているのに、手段はまったく違う。学問と技、僕はそんな言葉を浮かべながら彼女の目を見ていた。


2014年10月14日(Tue)▲ページの先頭へ
工場
 中国人らしき寮監先生は「よく勉強して、まじめに働きますから工場でたくさん雇ってください」と僕に言った。彼の職域の範囲なのだろうか、自分の学校の生徒を売り込んできた。
 たくさん雇ってあげたいが、なにぶん僕の仕事は一般的ではない。免許商売だから誰でもと言うわけには行かないのだ。能力的には誰でも出来るのだけれど、免許制度がそれを阻んでいる。僕が工場経営者でないことを告げると彼は残念がっていたが、自分でも工場経営者でないことを残念に思った。
 僕の住む岡山県に固執してやってきた2人がアルバイトを探している。彼らの定番は、コンビに弁当を作っている会社の夜勤だ。いくらもらえるのか知らないが、2時間かけて工場に行くという。電車代が自己負担で、斡旋してくれる人に2万円払うようなことも言っていた。片言の日本語だから真意は分からないが、あこぎなものだと思う。向学心に燃えてやってきている人たちを体よく低賃金で働かせているようなものだ。労働力の輸入だ。
 僕が薬局ではなく、町工場のようなものを経営していたら、迷わず彼らを雇うのだけれど、なにぶん薬剤師でなければ意味がないので、返す返す残念だ。「どんな仕事でもいい」と言う彼らに、いい仕事を見つけてあげるのが本当に正解かどうかは分からない。ただ、勉強時間を多くもてるようにはしてあげたい。毎日数時間パチンコ屋に入り浸り、まったく勉強をしなかったかつての不良学生がいえる言葉ではないが。



2014年10月13日(Mon)▲ページの先頭へ
天寿ガン
 あるガンの患者さん。病院で治療をするわけでもなく、ずるずる?ときていた。ただその間僕のガンの漢方薬を飲んでいたからか?まったく進行はなかった。なんか間延びした話だが、その間病院も患者さんもおおらかなものだった。ところが調子いいとみんな飲み続けるのが苦痛になるから脱落してしまう。この方も1年近く来なかった。それが先月、検診で再び腫瘍マーカーの値が増えていることを指摘され、転移先はガンマーナイフで手術したらしいが、もともとのほうが手術できない場所で手術の対象にはならないらしい。又、抗がん剤は年齢的に負担が大きすぎるから適さないし、結局は漢方薬を飲んでもらうくらいしかないと言われた。そこで患者さんは、何年間か僕の漢方薬を飲んでいてこの1年止めた経緯を話した。すると医師は、病院で出せるのはこれくらいなものだから、その薬局さんで作ってもらってくださいと言ったらしい。医師もおおらかだが患者さんも、その出された漢方薬を持ってきて、こんなもの効く気がしませんわといって、薬の袋からまだ出していない状態のものを見せてくれた。それはよくある処方で決して間違ってはいないがそんなレベルのものに身を任すのはさぞ心細いだろう。又以前の煎じ薬を作って呑むことにしたが、正直な先生もいるものだ。ただ、こんなに医学が進んでも、何も出来ない状況もあるのだと、そちらのことに驚いた。偶然不運が重なっただけなのだろうが、女性だと90歳以上のガンの発生を天寿ガンと名づけた先生がおられたが、まだその年齢には数年あるので、出来るだけ役に立ちたいと思った。



2014年10月12日(Sun)▲ページの先頭へ
打算
 息子と娘に感謝することがある。
 かの国から専門学校にやってきた二人の女性は、自転車を1台だけ買って、二人乗りで通学するつもりだったらしい。倹約だ。そのことが分かった僕は、翌日自転車を1台届けることにした。娘夫婦が昨年買ったままで、ほとんど使わないまま場所だけをとっているのがあったから、それを譲ろうと考えたのだ。娘は即答で賛成してくれた。
 二人は寮に入るのだが、勿論寮費をとられる。切り詰めた生活をしなければならないことが分かっているから、僕は心配していたのだが、もう一人、娘が心配していたことが分かった。兄が必要になくなった築3年の家が空いているのを知っているので、それを二人に無償で貸してあげようと考えていたらしい。その配慮が嬉しかったので兄に「○○は結構優しいよ、あの家を二人にただで貸してあげようと考えていたらしいよ」と言うと、「二人には優しいけれど、兄には厳しい(ローンのこと)」と言っていた。これはある理由で実現できなかったが、その発想はまったく僕と同じだった。
 今度の週末に奈良からかの国の留学生が遊びにやってくる。遊びというより岡山に越して来たいみたいで、その相談だと思う。土曜日に一泊したいみたいだが丁度捨てたところであまっている布団がない。すると息子が一つ貸してあげると即座に言ってくれた。これで解決。
 別に自慢できるところはない二人だが、そしてそもそも家族を自慢などすべきでもないのだが、無償で人の役にたとうとする心があることが嬉しい。二人とも力んで言うのではない。1秒で返事を返してくるからまったく打算の入りこむ余地はない、単なる人柄だろう。それが偶然備わっているだけでいい、それ以上望んだら望みすぎだ。


2014年10月11日(Sat)▲ページの先頭へ
言葉
 いつか偶然、マララさんが国連で演説しているのをユーチューブで見た。幼いのにしっかりしているなあと感激して数回繰り返して見た。今回ノーベル平和賞を与えられたのも納得がいく。命を懸けて教育の重要性を訴えたのだから、命もかけずに命をかけさすどこかの国の政治屋どもとは天地の差だ。受賞のコメントの端々に知性と謙虚と勇気がのぞく。どこかの国の政治屋どもが身につけていないものばかりだ。
 連休前だからだろうか、今日は漢方薬を1日中作っていた。もう閉店間際になって一人のお百姓さんが買い物に来た。先週も台風の心配をし、又明日あさってに大型の台風が接近する。当然台風の話題になった。先週津山に和太鼓を聴きに行く予定だったが、野外コンサートだったため、天気予報を信じて出かけるのを止めた。ところが岡山でもほとんど雨が降らずに、結局中止にはならなかったみたいだ。この1週間ずっと後悔している。中止を受け入れるには津山は遠いので、石橋を叩いて、結局渡らなかったのが裏目に出た。今回は同じ轍を踏まないように勇気を持って行動しようと思うと、そのお百姓さんに話した。すると彼はこともなく言った。「先週は雲が飛んでいなかったじゃろう。台風が来ん(来ない)ことは分かるじゃろう」僕はその雲が飛ぶと言う表現がとても格好良く思えた。思わず言ってしまった。「かっこうええなあ」と。代々受け継がれた知恵なのだろうが「雲が飛ぶ」はなんとなく分かるような気がした。低い雲が確かに飛んでいく。
 朝にはマララさんのすばらしい言葉を聞き、夕方にはアララさんのすばらしい言葉を聞いた。どちらも一つ一つの言葉が作品のようだった。


2014年10月10日(Fri)▲ページの先頭へ
弱点
 硬筆書写と硬筆習字が同じ意味を持つのかどうかわからないが、僕らの世代ではもっぱら硬筆習字と言う言葉を使ったと思う。だから昨日来た、ある建設会社の社長も、その言葉を使ったのだ。
 汚い手をしていた。接触皮膚炎だろう。僕は見てすぐ何かに継続して触っているせいだと考えた。ただ本人には思い当たるふしがないらしい。病院でも僕と同じようなことを言われたらしいが、本人は納得していない。そこで彼のために軟膏を3種類選んで使い方を説明しようと思ったのだが、どう見ても適当にしか聞いていないので、紙に書いて持たせようと思った。そして使い方を書き始めたのだが、僕の字を見て姪に「おじさんに硬筆習字を習いに行くように言われえ」と言った。実際、姪も僕の字が判読できなくて困ることが多いので本心は賛同したかったのだろうが笑ってごまかしていた。「なんと書いとるんかさっぱりわからんわ。自分でも読めんのじゃない!」そうなのだ、まず1日置くと自分でも読めない。記憶をたどってなぜそのような塊(字)を書いたかたどらなければ分からない。恐らく高校時代から下手だったから、もう何十年、ほとんど速記状態で来ている。「毎日習えとは言わんけど、週に3回くらい教えてくれる教室を探したら!」ひどく具体的だ。どこで覚えた言葉か知らないが最後には「医療過誤を起こすよ、こんな字じゃあ」と畳み掛けるから僕も蜂の一刺しで「自分みたいに、人生の過誤を起こしていないからええわ」と相手の一番の弱点を突いた。
 張り詰めた薬局の風景。


2014年10月09日(Thu)▲ページの先頭へ
昭和
 昨日の話の続きみたいな内容の文章を書こうと思う。
 会長の見舞いに行かなければならないと思いながらも、漢方薬の勉強会をかねて行くことができたらいいなと計算高く過ごしていたら、先生が一緒に行こうと声をかけてくださった。先生は義理堅い人だから、膳は急げなのだが、僕は合理主義者だから多面的に日程を考える。ただ、先生は講演活動で忙しいから、見舞いにいける日は限られていた。講演を早めに切り上げて何とか時間を作ってくださったのが13日だ。岡山でご一緒しましょうと言ってくださったのだが、始発から乗れる先生は恐らく席を確保できているはずだ。岡山でいったん降りたりしたら席の保証はない。
気の毒だと思いながら実は僕にはもっと深刻な懸念があった。岡山駅のプラットホームで落ち合うとしたら、先生が乗った新幹線の時間を教えてもらわなければならない。僕は携帯電話を持っていないから、もし家で待機していたら、1時間以上岡山駅までかかるから先生はとっくに岡山駅を通過していることになる。それどころか目的地についてしまう。そこで僕が駅から先生の携帯電話に連絡を入れて時間を教えてもらえばいいと考えた。ところがもう30年近く教えを請うているが、先生が携帯電話を使っているのを見たことがないし、恐らく僕が接する人の中で携帯電話が一番似合わない人だと思う。そこで電話で先生に携帯を持っているかどうか尋ねてみた。案の定先生は持ってはいなかった。「ドネンセイッて言うんじゃ」吉本新喜劇ならこんなせりふが飛び出すだろう。だが実際もまったくそのとおりだ。そこで僕は先生にお願いした。「先生、綿密な計画を練ってください」と。
 そのやり取りを電話の傍で聞いていた姪が「昭和の方法でいいじゃないですか」と言った。そうか僕ら昭和の人間には知恵があった。こうなれば糸電話だ。



2014年10月08日(Wed)▲ページの先頭へ
謙遜
 僕が今事務方をしている漢方研究会には、30代の頃入れてもらった。当時僕は一人だけ極端に若かった。紹介してくれた人が、僕が懸命に娘のために知識を得ようとしていたのを評価してくれたのだ。当時僕の先輩となった人は、最低でも10歳、上は30歳やそこら離れていたと思う。もう何人かは亡くなったがその穴埋めのように、僕より若い人も今では入ってくるようになった。
 設立当初からのメンバーである一人の女性薬剤師が今、会長をしている。もう80歳は回っていると思う。今回ある体調不良で入院を余儀なくされたが、見舞いを検討している過程で分かったことがある。そしてそのことを一度も口に出したことがなかったその方の謙遜な生き方に感動を覚えた。
 年齢のせいもあるが少し肩が曲がってきて、動作も緩慢になっている。それでも一人で漢方薬を中心の薬局を経営している。実際どのくらいの方の相談に乗っているのかは分からないが、貪欲なところはまったくないから、恐らくのんびりと営業を続けているのだと思う。今回入院を余儀なくされたときに、職業柄息子さんが勤務している病院に入院するのかと思ったら、あることが特別秀でている病院のほうがいいと言う息子さんの助言で、そちらのほうに入院することになったらしい。実は、息子さんは○○大学医学部○○○科の教授だと昨日僕は知った。
 医学部の教授と言えば、「泣く子も黙る」くらいの権威と権力を持っているはずだが、母親である会長はそのことを一度も口にしたことがない。いつも田舎の薬剤師もろ出しで、それでもなぜか品と知性はうかがわせていた。その人格ゆえに僕は事務方を負担なくこなせているように思う。いつも僕にねぎらいの言葉を忘れないし、大先輩でありながら、患者さんの処方が浮かばないときは助言を求めて電話をくれたりする。
 僕は研究会に入れてもらえて、漢方の知識は勿論、人としての心地よいあり方も教えてもらったような気がしている。僕ら会員が先生と慕う「本当の先生」の永久に及ばない知識や治験は勿論だが、身をもって生き方を教えてくれている先輩の存在が有難いと改めて思う。


2014年10月07日(Tue)▲ページの先頭へ
覚悟
 「ここは治安がいいですよ。外の人が全然入ってきませんから」と先生は答えてくれたが、「治安はどうですか?」と僕が尋ねたのはそういった意味ではない。
 先生と呼ばれている人は実際に教鞭をとっている人かどうか分からないが、日本で言う寮監も務めているみたいだ。日本語を流暢に話すが日本人ではない。名前もなんとなく日本人ぽっかったが、日本人ではない。昨日日本にやってきたかの国の2人の女性のために布団を夜運んであげたのだが、前日の下見のときに気になったさび付いた鉄筋の建物、当日寮に着いた時にたむろする若者たちと、懸念材料ばかりが目に付いた。せっかく僕を頼ってやって(僕は決して岡山を勧めなかったが、知っている人間がいると言うことは心強いのだろう)来てくれたのに、不安材料があれば申し分けない。そうした懸念を取り除くために、偶然会うことが出来た寮監に単刀直入に尋ねたのに、答えは単刀直入に的をはずしていた。
 ○○タウンと呼ばれるように、どこの国にもある外国人だけの共同体を見る思いがした。僕は気になったのは閉鎖された、日本人が寄り付かないような、又そう断言する空間だ。向学心に燃えた人たちが集っているような感じが伝わってこなかったのだ。まだ夜の7時過ぎだから若者だったら当然のことかもしれないが不在者も多く、恐らくアルバイトに精を出しているのだと思った。自分の青年時代を差し置いて、老婆心ばかりが芽生えるのを懸命に打ち消しながら再会を喜び、これからの支援を約束してきたが、かかわりすぎて自立を妨げてはいけないと、かつて我が子育てのときと全く同じような覚悟を呼び起こされた。


2014年10月06日(Mon)▲ページの先頭へ
武勇伝
 「そりゃあ、テレビに出んわ」と僕が言うと、娘は勿論本人も笑っていた。
 幸いなことに台風が今回も上手く逸れてくれた。吹き返しの風が少し強かったが心地よいくらいだった。雨も運動場に水溜りを所々に作る程度で、これくらいならお百姓さんも喜ぶくらいだ。牛窓は海岸線に延びた町だから、台風の浸水被害は珍しくもない。ただ、それが取り返しのつかない位の被害になったのは、僕の人生でも一度しかない。岡山県は災害が少ない県で有名だが、人生で一度浸水被害を受けるくらいならまずまずだろう。
 住人はいたってのんきだが、外から見ればやはり台風のたびに浸水する家屋がある町は、取材に適しているのかもしれない。台風の前日まさにそういった取材を受けた人が処方箋を持ってきた。娘が対応したのだが、薬の話ではないテーマでなにやら盛り上がっていた。僕も気になったので薬局に出て行くと、その大工さんが娘に話していた。「テレビ局の人間が、台風の前で気になりますね。準備は早くからされているのでしょうね?って聞くから、この辺の人間が、台風の準備なんかするもんか。みんなのんびりしたもんじゃ。被害なんてめった出んのじゃからと言うちゃったんじゃ」と照れながら、いや話したがりながら教えてくれていた。
「そんなことを言ったら没じゃろう?」と僕もその大工さんが期待しているように突込みを入れてあげた。すると「そうなんじゃ、全部ぺけじゃった。と、胸の前でクロスして見せてくれた。
 「そりゃあ、惜しかったなあ」と言うと、むしろ彼にとってはテレビに出ることに意味を感じているのではないことを訴える武勇伝のほうが大切だったのだ。メディアなどに迎合しない気骨こそ彼の誇りなのだ。職人のプライドが少しばかり覗いていた。





2014年10月05日(Sun)▲ページの先頭へ
下見
 決していい想像はしていなかったのだが、それでも想像以下だった。スラムとは言えないが、ほうっておけばスラムになっていただろうと言うような外観だった。若い異国の男性が数人で、バスケットボールらしきものをしていて、一人の女性が犬と戯れていた。日曜日の昼下がり、大通りから少し入った界隈は、妙に静寂で、車1台がやっと通れる道路を少しだけ登ったところに、寮と呼ばれる建物があった。
 明日、僕とかの国の若者を近づけてくれた原因の女性が再度来日する。なにやら寝具一式がないらしくて、かつての牛窓にいる同僚が、自分たちの寮であまっているものを使わせてあげるらしい。こんなことはかの国の人にとっては当たり前で、お金だって結構自由に貸し借りする。さて、その寝具を運ぶのはやはり僕らしくて、昨夜、国際電話で、かつて良く聞いたフレーズを復活させた。「オトウサン ヒマデッカ?」決して図々しいのではなく、人懐っこさがなせる業で、かの国の人はおおむね遠慮深い。
 教えてくれた住所に心当たりがなかったので、今日下見を兼ねて訪ねてみることにした。カーナビ便りに走ると、確かにその近辺までは連れて行ってもらえたのだが、番地が一致しない。仕方なくすれ違った方に教えてもらったのだが、こんな袋小路みたいなところに住宅が一杯建てられているんだと、今までの岡山のイメージを変えなければならないような風景だった。小さなアパートがいくつも連なり、その先に寮と思しき物を見つけた。
 5,6階立ての建物が数棟並んでたっていた。築どのくらいだろうか。恐らく昔は白い外観だったのだろうが、今はくすんでいる。そして一様にどの部屋の手すりも錆びていた。昔は公団住宅、あるいは市営住宅などと想像してしまいそうな画一的な建物で、解体する費用が出ないから仕方なく寮として学校に貸しているというところだろう。日本人なら敬遠するだろうが、外国人留学生にとっては文句を言うことができないのだろう。かの国に帰ってどのくらいの生活水準を保っていたのかわからないが。来るたびに国力の差が身にしみるかも知れない。決して個人の力の差ではないのに、理不尽が再現される。
 「オトウサン サベツッテシッテマッカ?」







2014年10月04日(Sat)▲ページの先頭へ
覚悟
 朝からずっと台風の予報を追いかけている。と言うのは、明日津山国際音楽祭の一環で和太鼓の演奏会があるのだ。今月半ばにかの国に帰る若者、特に最近知り合ったばかりでただ働きづめで過ごしてきた数人を連れて行く予定だ。ところが大型の台風が接近している。今回のコンサートは野外なのだ。和太鼓はとても高価なものだから雨に濡らすことなど考えられない。だから主催者に雨天の場合はどこでやるのですかと確認を取ったら、あっさりと中止と答えられた。あれだけのグループに出演を依頼し、雨に備えて室内の会場を確保していないことに驚いた。今頃は統計的に晴れる確率が高い頃だから、慢心していたのか、それとも他の理由かわからないが、一言で言ってショック。
 台風本体の雨に先立って前線の雨が朝から降るらしいから、ほとんど覚悟はしている。何度天気予報を見ても明日は早朝から雨みたいだ。2時間以上かけて行き、中止ですといわれて、他に、若者たちを満足させられるすべを僕は持たない。
 今ここまで書いて、自分ながらこの「覚悟」の軽いことに後ろめたさを感じた。この1週間、何度もニュースで耳にした言葉だ。軽トラックくらいの岩が頭上から飛んできて、何も見えないくらい視界を奪われ、息も出来ず、口の中にたまった火山灰を指で掻き出すような経験をしてはじめて使う言葉があの「覚悟」なら、僕などに使う資格はない。死を覚悟した若い女性がお母さんに「ごめんなさい」と最後に伝えたらしいが、亡くなる寸前にこんなに優しい言葉を口に出来る人間というものの崇高さを垣間見たような気がする。その女性がすばらしかったのか、そのお母さんがすばらしかったのか、あるいは両方かもしれないが、傑作と言われる小説一冊を読んだ以上に心を打たれた。
 不幸というものは、それが似合わない人たちの所ばかりにやって来る。


2014年10月03日(Fri)▲ページの先頭へ
尊敬
 例の薬剤師さんにモコの漢方薬を作ってもらってから、モコの人が変わった。いや、犬が変わった。
 あれだけ外に出ることが好きだったのに、この数ヶ月、戸をあけても後ずさりする。時に無関心も装う。トイレに行きたい時間帯でも、喜びもしない。従来なら、促すように戸に向かってジャンプを繰り返すのだが、物陰に隠れようとしたりする。僕は勝手に老化とか、戸外が暑いからとかの理由で済まして、特別の配慮をしてやらなかった。所詮犬に関して素人なのだ。
 ところが漢方薬を作ってもらい飲まし始めてからは、以前のように外に出ることを催促するし、戸をあけてやると、誇らしげに尻尾を左右に大きく振りながら、お決まりの道を歩き始める。跳ねるように歩くから、足取りがいかにも軽い。こんなに違うものかと驚きもし、反省もし、勉強もした。無知な飼い主で申し訳ないような気持ちにもなる。それに引き換え、さすがボランティアで磨いた感性は圧巻だ。商売ではなく、ただひたすら目の前で体も心も傷ついた犬たちを救うことに没頭してきた挙句に付いた知識や知恵なのだろう。いや、まったく経済を度外視して活動している人たちだから、信念が犬たちを救っているように見えたりもする。
 早く、犬専門の漢方薬を作るホームページを立ち上げればいいのにと思うが、なにせ、行方不明犬の捜索などが忙しく、パソコンの前に腰掛けてばかりはおれないらしい。人それぞれでいいし、人それぞれがいいし、人それぞれだからこそいい。個性に寛容な時代に少しずつ変わってきた。そして凡人には理解しがたい感性を、少しずつ尊敬出来るように変わってきた。


2014年10月02日(Thu)▲ページの先頭へ
登場人物
中国の三大紙は29日、前日に香港で起きた大規模デモを黙殺した。国営中央テレビもこのニュースにほとんど触れなかった。香港の民主派の動きが国内に広く知られ、陳情者や政府に不満を持つ少数民族関係者を刺激することを警戒しているとみられる。[記事詳細]
 上記の記事が、パソコンを開くと出てくる画面に出ていた。その画面は、なにやら胡散臭いニュースが毎回載せられているが、裏で意図するものが見え見えだから気持ち悪い。この記事にしてもよく言うと思う。言う権利などないだろうと言いたいくらいだ。毎日のように、よその新聞社の悪口をまるでどこかの権力者の代弁者のように報じている。一方で、原発の過酷な負の遺産で苦しんでいる人たちのことなど報じもしない。権力にめっぽう弱くて庶民にめっぽう強い。そんな新聞社や雑誌社が存在できることが不幸だ。そしてマスコミが権力と翼賛勢力を作り出したとき、貧乏人の若者が、金持ちの老人に殺される時代が又来る。すでに生かさず殺さずの前段階に足を踏み入れていることに気が付かなければ,あの時代の再来は時間の問題だ。その時になって慌ててももうどうにもならない。手先に成り下がるか監獄だ。
 そんなやつらが作り出した世論の巻き添えにはなりたくない。自由を奪われたくない。テレビニュースで見る北の将軍様に手を振り涙する登場人物にはなりたくない。


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