栄町ヤマト薬局 - 2014/09

漢方薬局の日常の出来事




2014年09月30日(Tue)▲ページの先頭へ
玉野市東児町上山坂
 たったそのことだけで人柄と言うか、土地柄と言うか、間柄と言うか、絵柄と言うか、大柄と言うか、鶏がらと言うか・・がよくわかる。
 母がお世話になっている老健施設の傍は、野球のグランドになっていて、日曜日には少年野球が練習に使っている。ただ時間によっては人影がなく、広いグランドに僕と母だけのこともあり、贅沢な時間を過ごすことができる。
 先週の日曜日は横浜から姉が訪ねてきてくれたから、長い時間グランドの傍の駐車場にある木の下で時間をつぶした。僕と母なら交わす言葉は散発もいいところだが、さすがに姉となら会話になっている。僕はそれをいいことにアスレチック広場で遊んだり、小さな丘に登って景色を楽しんだりしていた。
施設に入るにはいちいち鍵を職員にあけてもらわないといけないから、グラウンドでトイレを探した。今まで死角になっていたところに見つけて使ってみることにした。大体がこうしたところのトイレは汚くて、使うに耐えれないのだが、いちいち鍵を開けてもらうは面倒だから、グラウンドのトイレを使うほうを選択した。ところがトイレに入ってみて驚いた。まず、ゴミが一切ない。トイレの黄ばみもないし臭いもない。タオルがかかり石鹸が用意されていた。グラウンドの隅にあるトイレのようにはとても思われなかった。悪趣味かもしれないが、これでくもの巣が張っていなければ完璧だと思い目を凝らして天井辺りを見回すと、さすがに少しだけくもの巣は張っていた。でも大きなくもの巣ではなく、目を凝らさなければ見えない程度だった。
 たったこれだけのことだが、たいしたものだと思った。もともとそのあたりは昔から少年野球が盛んなところだが(いとこが指導していた)作法まで教えていたのか、それとも熱心な親たちが感謝の意をこめてきれいにしているのか。僕も幼い頃、母の実家に預けられて野山で遊びまわっていて、多くの人情に触れた域地だから、濃密な共同体がなせる業なのだろうか。僕の精神構造に大いなる影響を与えてくれた土地が、今も昔も変わらずに良質なままであってくれることがとても嬉しかった。


2014年09月29日(Mon)▲ページの先頭へ
壮観
 えっ?何かいいことあるの?思わず口にしたのだが、こんな時しか、楽しい想像はできないので、強引なこじ付けでわが身を慰める。
 夕方の4時頃、妻が二階から降りてきて、僕を薬局の前につれて出た。そして上を見るように言った。すると建物から1メートルくらい離れた電線にツバメがいっぱい止まっていた。そしてなんとツバメが止まっている電線は1本だけだった。建物を出てまず見上げたのが東側だったのだが、およその勘で20匹くらいが並んで止まっているのが見えた。それだけでも壮観だったのだが、そのまま見上げながら視線を電線に沿って西側にずらしていくと、それは目が太陽に入ることも示すが、まぶしさと戦いながら見ると西側に圧倒的多数が止まっていた。こんな光景は見たことがなかったので、すぐに僕は姪に写真を撮るように頼んだ。そして電線の真下をうろうろするとツバメが怖がって逃げていくのではないかと思い、少し離れた駐車場に移動した。そこはさっきの電線が、電信柱から電信柱まですべて見通すことが出来る。そして興味がわいたのでツバメの数を数えてみた。すると106羽いた。途中で飛んで来たのも見たから実際はもう少し多かったかもしれないが、僕にとって具体的な数字は意味を持たない。「たくさんのツバメが・・・」でいいのだ。
 思えば今年は、ツバメの巣がカラスにずいぶん初期の段階で襲われるのを許した。卵をカラスに食べられたのだ。例年なら、それでも懲りずにツバメは挑戦するのだが、今年は我が家の巣での子作りは諦めたようだった。それなりに工夫して巣を守ろうとしたのに失敗したので、どこか申し訳なかったような気持ちで過ごしていたが、こうして106羽の大群が頭上の電線に整列して別れを言ってくれたのは意外だったので、とても嬉しくて感動した。まるで心が通じ合っているような気持ちになった。
 からすとの格闘で負け越しているかもしれないが、願わくば来年も挑戦させて欲しい。「なにかいいことがありそうな」そんな気持ちになれる様なものは他に僕にはない。経済の欲望、権力の乱用、襲い来る天災。死ぬべきやつらが栄え、善良な普通の人々が命を落とす。ツバメにでも救われないとやってはおれない。


2014年09月28日(Sun)▲ページの先頭へ
リンパマッサージ
 恐らく最高気温で言えば夏と変わりないくらい上がったと思うが、木陰にいれば気持ちよい風が体感温度を下げてくれる。寒がりの母には丁度よかったと思う。リンパマッサージなるものを習った?実践?している姉が、長い時間、母の足をさすってあげていた。その甲斐あって倍位に腫れていた母の足が少しだけ細くなった。母は気持ちよさそうに車椅子に腰掛け。日傘をずっと差したまま姉の施術に身を任せていた。
 一時表情が険しく、ウツウツとしていた面影は今はない。何を持ってかつての穏やかな人柄を髣髴させる表情が戻ったのか分からないが、訪ねる側が慰められる。例のアルツハイマーの治療薬の副作用から始まった人格崩壊は家族の多くの判断を間違わせた。こんな罪作りの薬に国は多くの医療費をつける。
 安らかな眠りを母に与えてください・・・数ヶ月前まで僕は毎晩このようにお祈りしていた。でもこの数週間は違ってきた。いつまでも長生きさせてくださ・・・と。
 姥捨ての施設の中で、痴呆症状は容赦なく進むが、それでもなお品位を保ってくれている母に感謝する。


2014年09月27日(Sat)▲ページの先頭へ
道の駅
 今、ある土地が売りに出されている。僕の日曜日限定の散歩コースだから、そのあたりに関しては熟知している。知っているからこその期待と、知っているからこその不安が同居して、それでも好奇心を持って売れ行きを見ている。いや、一向に売れている気配がないから、売れ残り振りを見ている。
 海岸沿いに300坪の整地された土地は、恐らくどこかの不動産会社が持っていたものだろう。分譲して1区画だけ売れて後は残っていた。そこを現在の不動産会社が買ったのだろうが、あまりにも海岸沿いというのが東北の津波のせいで裏目に出て、一気に売れ残ったのだと思う。あくまで推測だが、坪7万円に値下げしているが、たくさん立てていたのぼりが風で倒れ雨で汚れているから、見学者も少なかったのではないか。寂しげに現地事務所を兼ねたテントが週末だけの主を待っている。
 ある日曜日、その駐在員と目が合って、分割して住宅として販売するのではなく、一括販売して「道の駅」でも誘致してと頼んだ。グッドアイデアだとその人も褒めてくれたが、彼にとってはどんなに切り刻んでも売れればいい訳で、僕の話などお門違いだろう。
 目の前にヨットハーバーがあり、長く延びた堤防で釣り人立ちが釣竿を並べる。前島、犬島、小豆島、四国の屋島と、濃淡で島々が奥行きを作る。そうした海岸に海の幸を中心とした道の駅が出来れば素敵だと、資本力ゼロの人間に限って夢想する。貯金をはたけばこの僕だって道の駅の裏側に置く「ヨドの物置」くらいは買えるが、本体は建てれない。牛窓にも「お金持ち」はいるが、どうもその人たちはお金の集め上手だけど、使い上手ではないみたいだ。人のためなど、お金のない人の負け惜しみかきれいごとくらいにしか思わないだろう。
 又明日の日曜日、僕の巡回日だ。駐在員と目が合ってしまうかもしれないが、どうも最近、僕の目が興味本位から、物欲しげに変わってきていることに気がついたとみえて、僕と視線を合わさないようにしているのがよくわかる。最後に会った時「もう売るのを諦めて町に寄付して」と言ったのがまずかったかな。


2014年09月26日(Fri)▲ページの先頭へ
悪性リンパ腫
 この広い日本で、これだけの人口がいる日本で、今日の連絡を含めて2人の方が僕の周りで悪性リンパ腫を患うことになった。今まで運よくその種のがん患者さんと接する機会がなかったので、丁寧にその病気について調べたことはなかったが、今回のことで調べざるを得なくなった。
 御本人たちにとって思い当たることがないから無念だと思うが、改善する率も意外と高いようで、お二人とも復帰してくれることを祈っている。ただ治療は放射線か抗がん剤みたいだから辛いのだろうなと想像する。治療の暁の喜びを想像しながら、耐えてくれればと思う。
 癌の最大の原因は加齢だというから、お二人ともそれが原因だろう、と言うことにしておく。そう考えれば少しは救われるかもしれない。癌が出来るほど長生きをしたってことにもなるから。癌にもなれないくらいの早死には免れた人たちなのだから。
いまや薬局も含めて医療界は、介護、それも在宅介護が主流になりつつある。団塊の世代が対象の年齢になると施設が圧倒的に不足するのが理由で国がそのように誘導しているのだが、そしてだからこそお金も付いてくるのだが、娘はその方向に薬局をもっていきたくないと昨日話していた。理由はいとも簡単だ。死に行く人たちの世話より、元気で自立して暮らしたい人たちを手伝う方向に知恵を使いたいと言うのだ。僕もそう思う。健康食品という胡散臭いものがはびこったせいで、健康に本当に役立つものを選択することが出来る職業が消えつつある。以前は薬局がそれを独占的に担っていたのだが、調剤と言う、実入りのいい商売に誘導されて古風な薬局などなくなってしまった。気安く体調を相談できるところが消滅しつつある。
 ひつこく僕の薬局を生き延びさせて、本当の相談薬局を残したいと思っていたが、娘夫婦がそれを標榜してくれるらしいから、少しだけ安堵している。最後の最後まで我が家で誰の手も借りずに暮らす、そんな気力あふれる老人が暮らす牛窓の町にしてみたい。


2014年09月25日(Thu)▲ページの先頭へ
観光地
 来月、津山に和太鼓の演奏を聴きに行くから、ついでにどこか有名なところに寄ってみようと思った。インターネットで探してみたがどうもぴんと来る所がない。さらばとばかり、薬局にやってくる目ぼしい人に軒並み尋ねてみるが、いい返事はまったく返ってこない。県北の中心都市として有名だから何かあるだろうと思うが、天守閣のない城くらいしか名前が挙がらない。先日姫路城に行ったばかりで、この落差は応えそうだからあえて選択肢からはずす。順番が逆ならいいが。
 仕方がないから、僕の苦手なグルメででも行楽気分を味わおうとこれまた探してみるが、どうもぴんと来ない。グルメでぴんと来ないのはいつものことだからそれこそあまりぴんと来ないが、かの国の若い男女7人を連れて行くから、安くて美味しいが必須条件になる。僕一人なら安くてまずいでも平気なのだが。迷っている僕に息子が「ホルモンうどんを食べたけれど、ギトギトして残した」と教えてくれた。あの年齢で残すくらいだから、僕など匂いだけでもたれそうだと、これまた選択肢から除外した。
 実はこのような経験は珍しくなく、太鼓や第九のコンサートを求めていろいろなところに足を積極的に伸ばしているが、意外と訪ねるべき所をもたないところは多い。結局は単なる商業の集積地みたいなところが多くて、買い物をするだけの街が多い。買い物目的で訪ねているのではないから、結局は何もすることがないのだ。時間ぎりぎりに到着し、コンサートが済んだらすぐに帰って来る。まさにピンポイントで訪ねる場合が多い。
 恐らく観光地は観光地なのだ。何か見る物楽しむ物を持っているのだろう。商業の集積地とは明らかに持っているものが違う。となると僕の薬局は観光地の中にある薬局だ。道理で商業的には恵まれていないと思っていた。そのハンディーとの戦いが漢方薬を勉強することだったのかもしれない。海を相手に、丘を相手に、畑を相手に商売は出来ないものなあ。だけど、海が好きな、丘が好きな、畑が好きな人を相手に出来たから穏やかな薬剤師人生だったのだと思う。


2014年09月24日(Wed)▲ページの先頭へ
持病
 70を回った男性が20歳の頃から悩んでいると言うから年季が入りすぎている。持病と言うやつだろうか。50数年患って、本人が相談に来るのだから如何に命にかかわりのないトラブルかよくわかる。が、50年後にも当方の噂を聞いて訪ねて来なければならないのだから、よほど辛いのだと思う。
 症状はありふれている。今3人くらい同じ症状の人をお世話しているから珍しいものでも治りにくいものでもない。まして危ないものでもない。ところが本人は50年以上悩んでいる。そして今までどんな治療をしていたのかと尋ねてみると、いくつもの有名な病院や個人医院の名前が挙がってくる。70を過ぎてなお、僕の前でおどおどしているから、よほど心が繊細と見える。ただその繊細さは彼の人生に貢献せずに、むしろ苦痛を与えるものでしかなかったようだ。
 たったこの程度の症状で、それも有名な病院にたくさんかかっていて治らないのだから僕は何かあると思った。恐らく人に言えないような何かが。ただそれを言わない限り医師も理解できないから、僕が嫌いなような類の薬を出すことになる。案の定彼がかかっていた病院は、もっぱらその種のトラブルを専門にする病院ばかりだった。特に、言葉の表現がとんでもなく下手な人だから、医師も十分に話を聞いてはくれなかったのだと思う。だから安易に、その手の薬を出されて終わりなのだろう。僕に症状を上手く伝えられないから、果たして医師にはどのように訴えていたのだろうと好奇心も手伝って尋ねてみると、「喉が・・・・・つば・・・・・する」と言う結論ばかりを、いやその言葉しか伝えていないみたいだ。忙しい医師は勿論、暇な僕でも困った。僕は医師のように強烈な薬を出す権利はないからこの程度の情報では薬を出すことが出来ない。そこであの手この手でかたくなな男性をほぐした。そして家族も友人もいないと言う彼の口からこの症状が発症したきっかけを聞きだせた。それはあまりにも気の毒すぎてここでは書けないが、さもありなんと言う体験だった。僕ならわら人形に五寸釘か、イスラム国に頼むような感情の高ぶりを、彼は自分に向けたのだ。人間の出来すぎにもほどがある。聖人君子ならまだしも僕ら凡人が、出来すぎの行動をとる必要はない。自然に任せて怒り悲しみ、そしてその後に収まるところに収まればいいのだ。ほとんどの人はそうやってこの生きづらい世の中を、やり過ごしている。
 僕には恐らく彼を治すことはできない。肉親にも、近親者にも、医療にももてあそばれた彼が、僕ごときを信じるはずがない。猜疑心の塊のようになりながらも誰かを頼らざるを得ない人に勝る漢方薬を作る能力はない。


2014年09月23日(Tue)▲ページの先頭へ
秘かに
 秘かに狙っていた。それがついに実現した。
 アスレチック形式の遊園地や公園が出来たのはいつからなのだろう。少なくとも僕がそれらの主役でおれる時代にはなかった。だから利用するのがためらわれる頃に普及したのだと思う。ためらわれるくらいだからまさにためらってそれで遊んだことはない。一番人気は恐らく、僕の嗜好かもしれないが、長く張られたワイヤーを、滑車が付いたロープにぶら下がって滑空するものだろう。ぶら下がってよりロープの結び目に股を挟んで滑空するほうがより冒険的だ。
 母を車椅子で施設から連れ出すには日中はまだ暑い。だから午後の4時頃を狙って会いに行った。すると施設の下にある野球のグランドにも、隣接する公園にも誰もいなかった。いつもなら少年野球をしていたり、公園で幼い子が遊んでいたりしたのだが、珍しく人の気配がなかった。チャンス到来。
 誰も見ていないが、何食わぬ顔をして、親孝行な息子を演じながらグランドを横切ってアスレチック道具のあるエリアに行った。まず、お目当ての道具のロープに触ってみる。結び目もあるからここに股を挟めばいいのだろうとイメージングトレーニングをする。そして体重を全部預けてみて、強度を確認する。大丈夫だ、ワイヤーもロープも切れそうにない。そしてまずは安全のためにロープにぶら下がったまま出発台から滑空してみた。気持ちが・・・良くはなかった。結構腕力がいることが分かった。体重は若い頃から増えて、腕の力はかなり衰えて、当たり前と言えば当たり前だが、何かにぶら下がらなければならないようなシーンでは、いち早く落ちていくだろうなと一抹の不安が襲う。それでも強度は確認出来たから「夢の滑空」に挑戦してみる。子供用に出来ているには結構高い位置に結び目があった。さてはこそっと楽しむ大人も考慮してくれたのかと・・・は思えないが、高いと少しだけスリルが増すように思えた。股で挟んでの滑空はまったく力が要らないから、これは数秒の出来事ながらそれなりに楽しかった。長年のためらいから解放された。小さい達成感を味わった。そして何より嬉しかったのは、母が手を叩いて喜んでくれたことだ。その時母は美しかった30代に戻っていたのか、そのとき僕は汚れを知らない少年だったのか。


2014年09月22日(Mon)▲ページの先頭へ
 1分か2分の間、僕は子供を亡くした親だった。
 受話器をとると、聞こえやすい大きな声で「ハロー」と相手が言った。時々こういう輩がいて、実際には遠い関係なのに、近いことを演じなければ接触できない時に良く使う常套手段だ。だから僕は当然日本語で挨拶をし、電話の向こうの声の主を探し始めた。すると向こうが話を始めたのだが、これがすべて英語なのだ。照れ隠しかいたずらかと考えながら聞いていたら、突然息子の名前を言われた。そしてやっと聞き取れたのがフィリピンの空港から電話をしてくれていること、マニラとフィジーと言う地名だ。沢山向こうはしゃべったが結局僕が分かったのはこの3つだけだ。ああ、それとファーストネームを聞かれたから、大和と名乗った。
 まさに台風がやってきているときにフィリピンに留まっていることは知っていたから、何も起こらなければいいなと毎日思っていた。そのタイミングでこんな電話をもらったものから、僕はすぐに飛行機が落ちたと理解した。「どうしたんだ」とは英語で言えるが、その答えを理解することが出来なかった。血の気が引いて行くのがわかった。僕の英語力では9割9部伝わらないと思ったので、妻を呼んで電話を代わってもらった。すると妻は結構冷静に話している。その内容から、フィジーからマニラに向かう飛行機が飛ばなくなる可能性があるから、一つ前の飛行機に乗ってほしいと言う連絡を取ってくれということのようだった。海外にいる人間に電話をしたことがないのでそんなことが出来るものかと思ったが、みんなで手配して調べたら連絡方法だけ分かった。そしてその後実際に携帯電話に連絡をし続けたが留守電ばかりだった。でもテレビなどで事故の放送がないので、墜落の心配はなくなった。
 不幸は突然やってくる。あまりの衝撃に心が一瞬にして壊れそうになったが、でもどこかでそんなことはありえないと否定する気持ちも芽生えていた。人が誕生してから、数え切れない数の親たちが、子供を失う不幸を体験しているだろうが、その瞬間に、絶望と間髪をいれず奇跡を信じる気持ちがわいてくることも体験した。
 自分が、または子供がいくつになっても親心と言うものは変わらない。ただそのせいでつらいことが多い。もうそろそろ親をやめて解放されたいなと思った。


2014年09月21日(Sun)▲ページの先頭へ
無理難題
 早く気がついてあげればよかった。
 かの国の女性にしては、と言うより日本人でもあそこまで短いスカートをはかないだろうなというような服装による先入観で、僕自身が避けていたのだが、教会でかいがいしく同胞の世話をしている姿を目撃してから、考え方を変えた。同じ会社の他の地域にある工場で働いているから、接点は岡山教会だけだった。牛窓工場の女性たちは接点がありすぎるくらいあり、会社も僕に関して信頼してくれているから、日本にいる間に多くの文化や人に接してもらいたいと思い、一緒に多くのことを体験するようにしているが、さすがによその工場の女性までは思いが至らない。その女性の友人を介して知り合うことになったのだが、先入観を払拭するくらいの純情を持っていて、もち前の明るさとあの服装で僕に誤解を与えていたのかもしれない。
 帰りの車の中で彼女が言ってくれた。「ワタシ サイゴニ オトウサンシッテ イッパイノトコロイッタ マエハ ドコニモイカナカッタ」3年間の労働を終え来月国に帰ることを知って、僕は焦った。僕の体力と財布の中身を考えて、どうしたらこの国の良い印象と共に帰国してもらえるか考えた。数ヶ月くらい前から日本の文化と人に多く触れることが出来るように考えた。今日も朝8時に出発して、夜の10時までアッシー君に徹したが、これまた帰りの車の中で「オトウサン ワタシハ ガンバッテ マタクル」と言ってくれた。
 岡山駅で別れて帰りの車の中で僕は気がついた。僕がやっていることは、漢方薬で患者さんを治していることと同じだと。僕だけでなくすべての薬局の人も同じだと思うが、僕らは目の前にいる人が治ってくれることが一番嬉しいのだ。ただそれだけのために働いている。ところが治療と言うものは確立の仕事だ。10人お世話をしていったいどのくらいの人が改善して例を言ってくれるだろう。ところがかの国の女性の世話は、100%効果を出すことができる。みんなが毎回とても喜んでくれ丁寧に礼を言ってくれる。このことだけのためにと言う点で、薬局もかの国の女性のお世話も所詮同じなのだ。だから僕は続くのだと思う。悪気はないが結構無理難題をだされるが何とかすべてを満たそうとする努力は、患者さんと対峙しているときの心境とまったく同じだ。長い間体に染み付いた単なる習性なのだ。だから意外と僕自身が淡々としている。
 今日はフェリーと四国村。次回は津山の和太鼓だ。やはり僕が一番楽しんでいる。


2014年09月20日(Sat)▲ページの先頭へ
掃除機
 今朝も見たが、しばしば同じような番組は目にする。恐らく意図的にその種の番組を量産しているのだろうが、見ていてつらくなる。つらいからチャンネルはすぐ変える。
 シェフといえば格好いいが、要は料理人だろう。繁盛している店の料理人が、東北の魚を使っておいしいものを作って振る舞い、東北の漁師や水産業者と知恵を絞り産業を復活させようと言う内容が多い。時に若い女性がレポートしたりする。収録のためにその地を訪れ、収録のためにその地を歩き、収録のためにその地のものを食べる。しばしば登場するのが咲様だ。例のコロリが流行った時に仁先生を助けて活躍した場面は感動的だったが、今あの若さでかの地のものを口にするのはどうかと思う。マスメディアの仕事は勿論、金儲けのためにかの地を訪れる人は多いと思うが、利害関係なくて、そこにしか住めないからすんでいる人がまるでその地に漏れ続けている放射能を、食べ物や飲み物の形で体にせっせと毎日取り込んでいることが恐ろしい。今まで時速40kmでつかまっていたところを、時速1000km以内なら捕まえませんと言われているくらいの見境のなさと同じようなことが放射能の世界で行われている。原爆何百個分が撒き散らした放射能をかの地の人や、かの地から送られてきた食べ物を摂取する勇気ある人たちの胃袋で除染しようとでも言うのだろうか。大地にまかれたものを人間の胃袋の中に集めようとしているとしか思えない。テレビを見ていた僕が自然に口に出した言葉「まるで人間掃除機じゃなあ」何のためらいもなく出た言葉だ。直感的に出た言葉で、印象をよく物語っていると思う。僕にはあがなえない大きな力で操られている掃除機に見えた。いつ壊れるか分からない掃除機に見えた。


2014年09月19日(Fri)▲ページの先頭へ
苦難
ここ5年間における患者トラブルの経験の有無を尋ね、「経験あり」と答えた院長は全体の68.7%。20%超の開業医が「トラブルが現在も進行中」と回答しました。トラブルになった患者の中で一番多かったタイプが、「診断や治療方針に対し自分の希望を押し通す」というものです。患者トラブルの経験を持つ開業医の54.1%がこのタイプに遭遇していました。また、「待ち時間に対するわがままを言う」(32.7%)や「治療結果に対する文句を言う」(30.6%)
困った患者に関するエピソードを募ったところ、やはり治療方針に対する希望をゴリ押しするケースが多数寄せられました。「アトピー性皮膚炎の患児の父親が思い込みによる治療方針を押しつけてきた。合理的な方法でなかったので拒否したら激高された」「自分で自分の病気を診断し、『自分はこういう病気だからこの薬を処方せよ』と命令してきた」「睡眠薬の処方を強要する集団が受診してきた」

 お医者さんには苦難の時代が来た。今まであまりにもいい目をしてきたからやっと普通の関係になっただけだが、その関係に慣れていなかった人にはつらい時代が来ている。お医者さんも増えすぎて今ではコンビにより密度が高い。これだけ増えれば選択の自由は広がって、好ましくない医者にわざわざかかる必要はなくなる。気に入らなければ次もその次もその次もある。いやはや頭を下げる必要もなくなったわけだ。上記の文章は、ある業界紙に載っていた文章の抜粋だが、なんとなく判る気がする。やくざいし(ヤクザ医師)の僕には、患者さんの言い分と、医師の言い分の両方が分かる。鼻持ちならぬ患者の要求にうんざりしている姿も、鼻持ちならぬ医師の態度に忍耐の限界が来ている患者たちも両方理解できる。権威を失いたくない医師と、権利を手放したくない患者とのせめぎ合いだ。
 見える体調不良には俄然知識や権利を振り回す人も、見えなくてしかも最強の有害物質に関しては見てみぬ振りで、借りてきた猫も驚くほどの従順ぶりだ。毎日着実に蝕まれているのに、見ないように聞かない様にすることで苦痛から逃れている。些細なことで激昂する惨めな醜態をさらすより、もっと巨大な力にそのエネルギーはとっておいて欲しいものだ。


2014年09月18日(Thu)▲ページの先頭へ
探偵事務所
 漢方薬の勉強に来ている薬剤師が、今日は昼までで帰りますという。理由は、保護していた犬が里親に出した当日に、逃げたらしいのだ。だから探すと言う。前回は逆に迷い犬を保護し、飼い主を捜し当てたのだが、今回は逆だ。どちらが難しいのだろうと考えるが、今回逃げたのは岡山空港辺りらしいから、かなり森が広がっている。おまけに、その犬の親が野犬だったので、血が山に誘うらしい(犬にめっぽう詳しい薬剤師が教えてくれた)
どうやって探すのか分からないが、犬の習性について詳しいからあてはあるのだろう。それにしても、自分の時間や経済をかなりつぎ込むそのモチベーションはいったい何から来るのだろう。門外漢から見たら、単に犬が好きではない様に思う。漢方薬を勉強して、不調の犬を助けたいのだろうが、最近の様子を見ていたら「犬の探偵事務所」も併設したほうがよさそうだ。人探しの需要が探偵事務所にどのくらいあるのか分からないが、犬探しをたて続けに見たから犬に関しては需要がありそうだ。


2014年09月17日(Wed)▲ページの先頭へ
冷気
 この1週間くらい、僕は冷気に誘われている。遅い夕食をとり9時頃からウォーキングに出かけるが、裏の戸を開けたとたん冷気が僕を包む。歩くにつれて汗ばむ季節がやっとすぎ、今は冷気を吸いながら暗い中、学校のグランドを歩くことがいかにも気持ちがいい。健康のためと半ば義務のように歩いているが、最近は冷気に包まれて心地よい。
 眠るのも楽しみだ。本来僕は眠ることに興味がない。若いときは寝ることがもったいなくて、無意味に起きていた。さすがに最近は健康のことを考えてなるべく長い時間眠るようにしているが、それでも世の動きが気になってニュースのはしごを夜遅くまですることも多い。ところが同じくこの1週間は、早く布団の上に横になり眠りにつきたいと思う。なぜなら僕が寝る和室は、薬局が終わった時間に窓を開放しておくと、寝る頃にはすっかり冷気で満たされ、真夏に高山で眠るような気持ちのよさなのだ。それに誘われ、風呂上りの火照った体で横になり、深い眠りに一気に入っていく。もうこれはほとんど快感に近い。余談だが、深夜に決まってあまりの寒さに目が覚め、戸を閉めるのが日課になっている。自分でも不思議なのだが風邪を引かない。
 この誘いは1年のうちに今だけだ。地球の誘いを十二分に満喫しておこうと決めている。


2014年09月16日(Tue)▲ページの先頭へ
絶滅危惧種
 「普通の人ってこんなんですか?」如何にも普通の人が感激してこんな言葉を吐いてくれた。そうまさに普通の人は、朝大きなおならを一発して、日中調子が悪くても、もう一発か2発大きなおならをするだけだ。この女性はこの普通の範疇に入らずに苦労していたのだが、普通がどの程度のものか実感できたのだから、念願かなって普通にカムバックしたのだろう。
 僕が尊敬しているあるお母さんは、自分の不調を並べて「他の人もこのくらい病気があればいいのにね。分かって貰えるから」と素敵な笑顔で言った。誰も真似ができないくらいお子さんの世話をされていて、笑顔が絶えないなんてありうるのだろうか、いや現実に目の前に腰掛けている人が、そのありえないことをいとも簡単に否定してくれる人なのだと、やって来るたびに感心する。
 この仕事をしていてつくづく思う。普通の人になりたいとしばしば言われるが、普通の人は、お腹も弱くて、頭痛もして、食欲がなくて、腰や首が痛くて、ウツウツとして気分が優れず、お通じが悪くて、お腹が張り、寝つきが悪く朝けだるくて起き辛い。これが普通の人で、普通になりたいといっている人がイメージするのは、まったく健康な人だ。これは現代では、まずめったにお目にかかれないから普通ではない。どちらかと言うと絶滅危惧種だ。まともに生活していたら、ストレスによってかなり自律神経をやられるから、上に列挙したようなことは日常茶飯事だ。
 僕は普通と言う言葉を使う必要がないと思っている。現代は普通と言う概念は崩壊している。目指すようなものではない。為政者は多くの普通を作れば安泰なのだろうが、市民がそんな柄に収まる必要はない。己の得意とするところをまるでお宅になって極めればいいのだ。だからおならの一つや二つ・・・


2014年09月15日(Mon)▲ページの先頭へ
急ぎ足
 便利になったものだと感心するが、それを使いこなす人たちもまたすごいとアナログ人間は思う。
 祭日の朝、手持ち無沙汰だったので、薬局に下りて業界紙を読んでいた。そこに電話がかかって、薬を分けてほしいと言うことだった。シャッターを下ろしていたので、何時ごろ来る事が出来るかと尋ねたら、薬局の前の駐車場にすでにいますとのことだった。そこですぐにシャッターを開けて招き入れた。
 お母さんと中学生の息子さんが入ってきた。面識はなかった。お子さんが昨夜から風邪ぎみで体調が悪いからどうにかしてほしいと言う依頼だった。別段難しいことではないから簡単に済ませたのだが、お母さんが「ありがとうございます。旅行中だったので助かりました」と礼を言ってくれた。何気なく聞き流す程度の言葉だったが、僕には耳に残った言葉があった。
 旅行中?他所の人が急にお子さんの体調が悪くなりどうして僕の薬局の電話番号を知っているのだろうと不思議に思った。そのことをお母さんに尋ねると「牛窓町の薬局」と言うキーワードで検索したら、ヤマト薬局の電話番号と地図が出てきたと言うことだった。僕らの時代なら、町の人を見つけて尋ねることが当たり前の光景だっただろう。だから下手な説明にでも当たれば大変だった。それこそ、いとも簡単に薬局のシャッターを開けさせることができる機械を使いこなせれる人間に、急ぎ足の時間の流れを感じた。


2014年09月14日(Sun)▲ページの先頭へ
天秤
 確か今日行われた「晴れの国 和太鼓まつり」のパンフレットは、昨年の晩秋に県北の和太鼓コンサートの時に配られたものだ。ずいぶんと先のことと思っていたが、意外と早くやってきた。忙しく働いているからかもしれないし、積極的にコンサートを探しているからかもしれないが、待ちに待たなくても和太鼓を聴けるから飢餓感が若干薄らいでいるのだろう。
 県内の和太鼓集団、名前を知らないのも結構あったが、10団体がそれぞれ15分くらいの持ち時間で腕前を披露した。印象深かったのは「和太鼓 風人」の女性の打ち手が。圧倒的なバチさばきで他を圧倒していた。たった3人の構成だが、他の集団を圧倒して聞き応えがあった。それと「清麻呂太鼓」の若者たち。軽快なお囃子でそれまで硬かった観客を一気にノリノリにさせた。若い打ち手が多かったが、持ち前の身の軽さを生かし、笑いを取っていた。彼らがあの場面で登場しなければ、今日のお客さんは解放されては帰れなかっただろう。
 今日は、本来ならかの国の女性を7人連れて行く予定だったが、なにやら昨日会社の旅行で宮島に行ったらしくて、疲れて急遽キャンセルになった。残念とも思ったが、やったとも思った。と言うのは今日のコンサートはかなり混雑するのではないかと予想していたから。県内の10団体のほかに、ゲストとして、エグザイルなどと競演する東京のプロ集団「大元組」が1時間演奏することがわかっていたから。案の定、駐車場はいっぱいで、予備の予備で遠くに確保してくれていたところにやっとの思いで駐車できた。かの国の子達は結構おしゃれで、牛窓の女性では決してはかないようなハイヒールで来たりするものだから、長い距離を歩かせるときに気を使うのだ。そして無料だから席があるとは思えなかったが、これまた予想が当たって、ギュウギュウ詰めの通路に僕は4時間立ちっぱなしで聴いていた。僕は、明日休みだからいいが彼女たちは明日も仕事だから疲れさせることは出来ない。
 それにしても今日は久しぶりに一人でコンサート会場にいた。なんとも気が楽で、集中して楽しめた。かの国の子達と行くと、どうしても彼女たちの反応が気になってしまう。旅のガイドさんでもないのに、安全と反響を気にしている僕がいる。
 異国の文化を楽しんでもらえる喜びと、純粋に好きな音楽を楽しめないことを天秤にかけて毎回迷っている。


2014年09月13日(Sat)▲ページの先頭へ
冷凍庫
 歯医者さんで治療を終えて受付に出てきたら、知っている人が次の患者として待っていた。時々薬を買いに来る人で、僕より一回り以上は大きいだろうか。天候の挨拶を終えると歯医者さんで会ったのだから当然のように歯の話になった。
 お互い歯の手入れを丁寧にしてこなかったことを悔やんだのだが、彼の場合は僕と手入れをしなかった程度が違う。僕は1日3回歯を磨くように手入れはよくしているが、なにぶん甘党だから体の中から虫歯を作っているようなものだ。ただ彼は違う。理由を聞いて仰天した。そんなことが僕のちょっと上の世代ではごく当たり前のようにあったのだと驚いた。ほんの少しの差でこんなに生活の仕方が異なっていたんだと、歴史を少しばかり垣間見た気がする。
 彼曰く、若いときに歯を磨いたことはないのだそうだ。「歯を悪くする食べ物なんか当時は何もなくて、芋ばっかり食べていたんじゃから」とその理由を教えてくれたが、どこか後進国の話のように聞こえた。でもこれはなかなか示唆に富んでいる。驚いた僕に彼は続けた。「わしらが本格的に歯を磨きだしたのは50を過ぎてからじゃあ。時々は磨いていたけれど」と言う彼は、歯がかなりの数欠けている。「虫歯にはならなかったの?」と尋ねると「虫歯にはならんかったけど、歯槽膿漏でこれだけ抜けた」と口を大きく開けて見せてくれた。
 当然と言えば当然だが、砂糖を制限すれば虫歯にはやはりなりにくいのだろう。そしてブラッシングを怠ったり、タバコを吸うと血流が悪化して歯周病になりやすいのだろう。こんな簡単な理屈どおりの2人が、悔いても歯は戻っては来ない。もしやり直せるなら、砂糖を絶って健康な歯を維持したい。と言いながら今喉が渇いたのでアイスクリームを食べながらパソコンに向かっている。もう一つ冷凍庫にある。


2014年09月12日(Fri)▲ページの先頭へ
相談
 月曜日から泊まりに来ていた青年が今日帰った。帰る寸前になって姪が彼のところに行き、すこしだけ質問してもいいですかと問うていた。当然彼はいいですよと返すが、何かもったいぶった姪の聞き方だったので僕は少し意識的にそこから離れた。ほんの数分の会話だったと思うが、姪は何か得るところがあったのか丁寧に礼を言っていた。負うた子に教えられるとはこのことだろうか。いや、負うた青年に教えられる・・・だ。
 何をそんなに深刻に相談していたのと姪に尋ねると、知人のお子さんが長い間引きこもっているらしい。何とか手を貸してあげたいと思って思案していたところに、遠くから過敏性腸症候群を克服した彼がやってきたから、こことぞばかりに教えを乞うたらしい。彼もまたかつては引きこもり気味だったし、過敏性腸症候群がひどかった頃は、すれ違う人毎に「臭い」といやみを言われていたと信じていた。そうした状況からほぼ脱出してもらえて、今回はお腹以外のことで相談に来たのだが、5日間とどまっている間に姪は彼の人となりを十分つかんでいたから、帰り際に意見を聞いたのだろう。
 何回か書いたから知っている人も多いと思うが、僕の娘もガス漏れで学校に行けなかった。克服してから娘が僕に言ったのは「無駄なものは何もない」だった。苦しんでいたときに経験したことや想ったことが、後々に思わぬ財産になっていることに気がついたのだろう。京都から来てくれた彼も見違えるほどの落ち着いた青年に、いや大人になっていた。落ち着きがあり、礼儀正しくて、北海道や沖縄を自転車で一周するほどの体力や気力や勇気も持ち合わせている。おまけに彼女まで出来ていた。今のままでいいと諭す僕にまだ向上したいと言うような相談だったが、漢方薬でお世話するレベルにはもういないと感じた。
 相談に来た青年に相談に乗ってもらう。奇妙な光景だったが、僕にとってはとても嬉しい光景だった。


2014年09月11日(Thu)▲ページの先頭へ
BBキング
 仕事前と、仕事が終わって、どちらも薬局に一人でいるときに最近は、和太鼓の演奏やBBキングを聴いている。和太鼓はこの10年くらいの出会いだが、BBキングは僕の青春時代だからもう40年になる。ところが出会いと言っても、当時の僕にできることと言えば、1年に1枚のレコードを買うことくらいしかなかった。だからその1枚を後生大事に持っていたのだが、それから40年の間にまったく世の中が変化した。40年と言うより、むしろこの10年と言ってもいいのかもしれない。気がつかないうちにものすごいスピードで技術革新がなされたから、気がついたらとてつもなく便利な世の中になっていた。そのことをBBキングのおかげで気づかされた。
 パソコンの前に腰掛け、クリック数回であの憧れのBBキングがブルースを奏で歌い始める。オランダやアフリカで行ったコンサートしかり、あらゆる年代のあらゆるコンサートを見つけ出し、楽しむことが出来る。時間と空間を簡単に越えることが出来るのだ。狭い薬局が時空を越えてコンサート会場になる。世界の歴代の突出したアーティストが、クリック一つで行列でやってくる。いわば感動の洪水でもある。
 そのせいで、僕は素人のコンサートをほとんど聴くことがなくなった。かつては自分自身もそうだったように、突出した人たちの演奏に触れる間の穴埋めを素人の芸に求めていたが、現代ではそんな必要がなくなった。多くの音楽ファンにとっては、人生が一つくらいではとても間に合わないくらいの感動を簡単にパソコンから取り出せるのではないかと思う。いわば素人の演奏になど付き合ってはいられないくらい、傑作が待機しているのだ。人は残された家族の魂の中に生き続けるが、このままではせりふを変えて、「残されたパソコンの中に生き続ける」と言わなければならなくなる。


2014年09月10日(Wed)▲ページの先頭へ
準優勝
 一気にチョウザメした。いや、興ざめした。あの胡散臭いインターネットの表紙で見つけていたのだが、今朝新聞で見てやはり本当の話だったんだと判り一気に関心がなくなった。恐らく僕の性格だったらこれからずっとその手のニュースに気をとられることはないだろう。恐らく狭い日本で同じような考えや印象を持ち行動に移す人は少なからずいると思う。
 本人に罪はない。好きでひたすら練習を重ねた結果があの準優勝だったのだろう。むしろ美談だ。どのチャンネルを回しても彼の幼少時代の映像などが繰り返し流されていた。作った感じがなく素直に受け入れられる個性だった。あれだけ好意的な報道をシャワーのように浴びせられると多くの人がにわかファンになったのではないか。ここまでは良くあることで罪もないから問題はない。問題はこの後だ。彼が着ているユニフォームは例のハラクロという会社のものらしい。彼のおかげで名前が知れ渡ったお礼にかどうか知らないが、彼に1億円のボーナスを上げるらしい。会社が半分、オーナーが半分と言うから、さすがLサイズ、太っ腹だ。
 実はこの日曜日に初めて僕はハラグロと言う店でズボンを買った。と言うことは僕のお金の一部が彼の元に行くってことだ。時間700円台で働いている多くの若者や外国人がいる一方で、テニスをしていたら1億円もらえる人がいる。いやあげれる人がいる。この不条理が僕は嫌いだ。もう十分稼いでいる人ではなく、もう十分失望している人々に配ったらどうだ。それもその行為を公表するのではなく、そっと。自給750円で13万3000時間働かなければ手に出来ないお金を、1万6000日働かなければ手に出来ないお金を、55年働かなければ手に出来ないお金を、こともなげに差し出せれる光景を想像させるのは残酷だ。この国はどの分野でも、せめて取り繕うこともせず、金目当ての「表無し」のすさんだ時代に入っている。


2014年09月09日(Tue)▲ページの先頭へ
草抜き
 終わった跡を見て、ビフォーアフターで写真を撮っておけばよかったと悔やんだ。こんなに違うものかと感心した。それも都会の若者で、草抜きなどしたこともなかっただろうに。
 昨日から泊まっている青年が朝「何か手伝うことはないですか?」と言ってくれたので、僕は迷わず駐車場の草抜きをお願いした。駐車場の真ん中に花壇を作ったのはいいが、花よりも団子、草ばかりが生えて手の施しようがなくなっていた。毎朝少しずつ抜くのだが、その何倍も新たに生えてくる。見かねた僕の友人が抜いてあげようかと最近言ってくれたばかりだ。ただ僕の友人がやってくれるのはありがたいが、お礼のお金を取ってくれないから、ジャズのコンサートに一緒に行くことでお礼としている。ところが調べても近いうちに県内でコンサートはない。だから草ボウボウを諦めていたのだが、朝の彼の申し出にすかさずお願いした。
 ただ、結構広い範囲に、かなりの背丈まで成長しているから、並大抵のことでないのは想像していた。まして都会の子だからすぐ音を上げるのではないかと思っていた。ところが炎天下で3時間作業を続けた。途中で姪や妻が心配して覗きに行った位だ。ところが疲労の色も見せずにその後休憩も取らずに結局4時間続けて作業をした。そしてその結果が想像以上で、僕の友人、今は草抜きのセミプロみたいな人だが、にも負けないくらいの出来栄えだった。こんなに見晴らしがいいのかと思うくらい背後の中学校のテニスコートが見える。おまけに、畑の前列に何の花かわからないが咲き誇っていた。今までは草でまったく見えなかった。けなげに、草に囲まれて咲いていたんだとちょっと感動した。
 聞けば彼は牛窓に来る前に、16日かけて北海道を自転車で回ったらしい。舞鶴からフェリーで北海道に渡り、その後は自転車だ。そんな体力の持ち主だから4時間の草抜きなどなんともないみたいだ。かつて過敏性腸症候群で人目を避けて暮らしていたなど誰も信じられないかもしれない。昨夜僕とかの国の女性たち(12人で暮らしている)を訪ねて少しばかり話をした。今は帰ってしまったが、2年前に4人のかの国の女性たちが彼を孤独から解放しようとして一緒に四国に小さな旅をしてくれた。彼が人に対して警戒心を解くきっかけの旅だったと思う。それを懐かしんでの訪問だったが、もう気後れする彼はいない。
 今も多くの過敏性腸症候群の方をお世話しているが、こうした彼とのような出会いが僕にもあるから「のめりこめる」のだと思う。 


2014年09月08日(Mon)▲ページの先頭へ
裏返し
 読者も勇気をもってくれると思うし、過敏性腸症候群、とりわけガス漏れを治すと、こんなに日常が違うってことも分かってもらえると思う。2年ぶりに再会して、あまりにも大人になった彼を見て、プライバシーを守りながら紹介しようとすぐ決めた。
 まったくの偶然だ。今漢方の勉強にやってきている薬剤師が初めて患者さんを前にしたのが彼だった。2年前のことだ。薬剤師が当時、自分の漢方薬を取りに来ていた時、偶然彼が京都から漢方相談にやってきたから実地訓練となった。勿論彼にもそのことを伝えた。当時薬剤師に漢方の知識はなかったが、人を治すためにはここまでしなければならないと言うのを経験して欲しかったからだ。彼の相談内容は、自分のガス漏れのために、大都会ですれ違う人たちが「臭い」と言うものだった。そのために交通手段は自転車だけだった。だから2年前は新幹線1時間半、電車30分、バス20分で来れるところを、ほとんど20時間近く自転車をこぎ続けてやってきた。数日滞在し、かの国の女性たちと一緒に四国に行ったりした。彼女たちの純粋な心が治してくれたのか、僕の漢方薬が効いたのか分からないが、今ではほとんど気にならなくなり、アルバイトも接客業が出来るようになり、地元のスポーツクラブにも入っている。大学も2年後には卒業できるらしい。
 彼を2年ぶりに見た印象は、冒頭に書いたとおりずいぶんと大人びてきたなと言うものだったが、同じような印象は薬剤師も持ったらしくて、僕に伝えた。顔つきがしっかりしたこと、言葉のやり取りがずいぶんと上手になったこと、そして姿勢までが良くなりしっかりと相手を見ると言うところまで彼女は観察していた。
 あれからも僕は多くの方の同類の相談を受ける機会が多い。多くの経験をつませてもらったおかげでかなりの確立で改善してもらえると思うが、こうした人間関係がその後も築かれるのは、過敏性腸症候群が治りにくいトラブルであることと、多感な頃に多くを失う可能性があることの裏返しだと思う。まずければ青春を失ってしまいかねないトラブルから誰もが脱出する力を持っていることを信じて、漢方薬を飲んで欲しい。

(またまたこの場を借りて・・・・返信したのに届いていない可能性がある方が一人います。すぐ返事をしましたが届いていないようです。メール以外で連絡してください)


2014年09月07日(Sun)▲ページの先頭へ
良品
 薬剤師は一呼吸置いてから静かに答えた。「モコちゃんが、家でウンチやおしっこをするのを嫌がらなかったら、無理に外に連れ出す必要はないのではないですか」と。意外な答えだったのでその理由を尋ねると「モコちゃんには何か行きたくない理由があるんでしょう」とまるで人格を持っている対象のように言った。
 この1ヶ月ほど、モコがウンチやおしっこのために外に出るのを喜ばなくなったような気がしていた。その係りは僕だからよくわかる。以前なら、階段の所で僕の腕に飛び乗るようにして抱っこをせがみ、一緒に降りていくのだが、その途中でも待ち切れないように体をくねらせて喜ぶのだが、最近は手を伸ばせばむしろ逃げていく。家でされると不潔なので、と言うのは時に指定された場所以外でもやってしまうから、雨の日以外は外に連れ出していたのだが、そしてそれが犬にとって一番の愛情だといい気になっていたのだが、どうやらそれは正しくないらしい。犬の意思を尊重すると言う理解が僕にはなかった。当然と言えば当然だが、飼い主たる人間様の都合が最優先だと思っていた。ところが彼女たち、殺される運命の犬の保護や世話をしているひとたちにとっては、その価値観も御法度らしい。
 彼女は、まだ公に犬の漢方を立ち上げていないが、口コミで結構漢方薬を飲ませている。つい最近も癌の犬が元気になったとか、膵炎が治ったとか、なかなかの成果を出している。僕は30年漢方薬をやってきて、かなりの症例に出くわしてきたから、たいていの病気なら漢方薬を作ることが出来る。人間の処方を犬にも応用できるらしいから、薬剤師に活躍してもらうことは簡単だと思う。ただ犬に漢方薬を飲ませるのはかなりの工夫が必要らしく、僕もきめの細かい、添加物の極端に少ない良品をわざわざ仕入れてあげている。又生薬を粉砕したりして飲みやすく工夫することもしばしばだ。
 何でも一芸に秀でれば、意外と他のものにも能力が及ぶ。境遇に恵まれない犬達を思う心が彼女に漢方薬の実力をつけてくれるだろう。


2014年09月06日(Sat)▲ページの先頭へ
生計
 決して望んだものではないが、次々に傷んだものが出てきて、リフォームの真似事が続く。おまけに今日は、調剤で使うパソコンのソフトの保証期限が過ぎたと言うことで、新しいものに「変えさせられた」。パソコンの機械もそうだが、大切なのはソフトの方らしくて、それがべらぼうに高い。今までのソフトだったら請求事務に支障があると言うことで、訳がわからないまま変えさせられた。その金額が乗用車が買える額だからなんとも納得がいかない。見えないものに200万円。見える機械は10万円。まるで人格のようだ。
 なんだか現代の世界を象徴しているような出来事で(汗して働く第一次産業従事者の所得が低くて、コンピューターを駆使して稼ぐ人たちの収入がべらぼうに突出している)快い出来事ではなかったが、ただ作業に来てくれている社員には好感が持てた。契約している作業は勿論だが、例によって掃除しない片付けない我が家の伝統?のせいで、混線状態の幾本ものコードをとても気持ちよく整理してくれた。器用に数本のコードを一つの筒状態にしている作業を偶然目撃したので、近づいてみてみると、ちゃんと筒に出来るようになった小道具をもってきていた。便利なものがあるんだと、まるで子供のように興味深く見せてもらった。
 風呂とトイレを治すのに、いろんな職種の職人たちが来てくれたが、彼らを取り仕切っている人は偶然よく知っている人だったが、僕や家族が気まぐれに思いつくままの不都合を口にすると、ことごとく器用に実現してくれた。今日までの2週間、その道の地味なプロたちの仕事を見せてもらったが、総じて気持ちよかった。毎日バカコミでは華々しい話題ばかりが取り上げられるが、胡散臭い醜くて汚い隠れた本性が想像でき鼻につく。田舎で懸命に仕事を探し、期待に応えることで生計を成り立たせている職人たちの不器用な親切に感謝する。


2014年09月05日(Fri)▲ページの先頭へ
教訓
 うかつだった。もう3年くらいずっと足の親指の爪が、先端部分が壊死したようになり、後から生えてくる健康な爪に押しやられるようになり、重なって生えていた。いわば二重に、かつての爪と現在の爪が共存しているようになっていた。爪の厚さが倍だから爪切りで切るのが大変だった。見た目はグロテスクだが、実害がなかったので気にはしなかったが、この1ヶ月くらい、爪の横の肉が痛んで化膿するようになった。こうなればさすがに不便だから抗生物質を呑んだり塗ったりで治療していた。抗生物質を飲むのは好きではないが、この期に及んでは仕方ない。さすがに2週間くらい飲んだらかなり治ったが、なぜか完治しない。ずぼらに化膿した足を風呂につけたりしていたから治りが悪いのだろうかとか、歳をとって血流が悪いから自然治癒力が落ちているのだろうかと考えていたが、駐車場を片付けていてふと息子の夏用のサンダルを見つけた。僕がこの数年履いていたのは、つま先を丸く覆った流行のサンダルだった。一見オオサンショウウオのように見えるやつだ。ひょっとしたら、朝晩2回のウォーキングの度に、親指の爪を圧迫していたのではないかと気がついたのだ。朝晩20分づつ歩くことでいったい何千歩の歩数を稼いでいるのか分からないが、その歩数分だけ爪に先端から指の付け根のほうに圧力を加えていたことになる。さすがにそれを数年続ければ、さすがの爪の支持組織ももたなかったのだろう。僕が爪をあまり短く切るのが好きでないのが一番の理由だと言うことにも気が付いた。以来白い靴下に海水浴用のサンダルで一日を過ごしている。薬局の中でもそうだから足元を見たら、祭で神輿を担いる人を思いだすが、姪は御法度の裏街道を歩いている人のように見えると言っていた。
 サンダルに変えてから見る見る間に治って、今は肉の部分はなんら問題はない。風呂につけることも出来る。さてこれからかつてのまともな爪にどのくらいで生え変わるか分からないが、今回のことで教訓は得た。数少ない引き出しの中から答えを求めてはいけないこと。回答を追い求めるときには新たな引き出しを作る努力も並行して行わなければ進歩がないこと。些細なところにも正解は転がっていること。そして転んでもただでは起きないと言う、品を保った貪欲さ。この歳にしてそのすべてが欠けていた。


2014年09月04日(Thu)▲ページの先頭へ
牛窓・亜細亜芸術交流祭
 初老の男性が腕を怪我したらしくて、ネット包帯を買いに来た。あいにく腕のネット包帯だけなかったので、先月オープンしたゴダイドラッグさんを紹介した。おそらくネット包帯などたくさん在庫をしているだろうから、無駄足には終わらないはずだ。以前ならひたすら謝るか数日待ってもらうかで、どちらにしても不満が残る。でもゴダイさんが出来てからはそういった気まづさがなくなった。男性は気持ちよく「じゃあ、行ってみるわ」と言って、東のほうに自転車で向かった。断って何の気兼ねがないのはありがたい。
 妻はよく配達に出かけるが、そしてゴダイさんの前を1日に何回も通るが、男の老人が嬉しそうな顔をしてあのあたりで自転車をこいでいたら、たいていはゴダイさんに入っていくと言っていた。なんとなく僕もその光景が想像できる。今までなら、わざわざ車かバスかタクシーで近隣の商業集積地まで出かけていかなければならなかったが、時間を選ばずにいつでも気軽に買い物が出来るようになったのだからありがたいだろう。やっと牛窓でも日用品で,ないものがない状態になったのだから。そしてゴダイさんは不必要なものまで買ってしまわない規模だから、丁度いいのかもしれない。
 おりしも今、第2回の牛窓・亜細亜芸術交流祭というのが行われていて、新進気鋭の芸術家が牛窓界隈でパフォーマンスを繰り広げているらしい。その中心で世話をしている方がパンフレットを持ってきてくれた。出演者を見ても一人も分からないし、内容を見てもさっぱり想像できないが、とにかく時代を先取りしているのだろう。時代に取り残されている町で、時代の先端を行くアートが展開されるバランスが面白い。僕には繰り広げられるパフォーマンスより、企画した人たちのパフォーマンスの方が興味ある。田舎だから恵まれた資産を持っている人はいない。それでも何かの形でここに暮らした足跡を残したいと思う人は多いのだと思う。それが大きな足跡ではないとしても。


2014年09月03日(Wed)▲ページの先頭へ
父親
 意気揚々と・・・残念ながら不安感をぬぐえないまま出て行った。今頃、新幹線から地下鉄に上手く乗り換えられただろうか、もうホテルに着いて荷物を預けられただろうか、もうホテルを出発して京セラドームに着いただろうか、グッズは買えただろうか、まるで僕の子供たちが幼い時にディズニーランドに出かけたのを見送った時の再現をしているかのようだ。
 丁度今、奥さんが買い物に来て、無事着いたこと。席が舞台にすごく近くて幸運だったこと。兄弟グループも集結して喜びが倍増している・・・・などと教えてくれた。1枚12000円のチケットを親子分、新幹線代2人分で2万円、ホテル代2人分で2万円、僕へのお土産代が、出来れば2000円以上。合計すると7万円かけて、まったく似合わないお父さんが、大ファンらしいお嬢さんを連れて観に行った。「自分は京セラドームの外で待っていたら、一緒に入っていったら恥ずかしいじゃろう」と助言したのだがどうしているだろう。
 海の上なら誰にも負けない勇気と経験があっても、都会ではまるで去勢された犬みたいなものだ。ただお嬢さんを楽しませるため、お嬢さんを守るための一念発起はすばらしい。いいお父さんを演じている。まるで家族からの評価は低いが、客観的に見るとずいぶん良いお父さんだ。
 山登りのザイルかと思ったら、歌ったり踊ったりするザイルらしい。もし2時間のコンサートだったら1時間6000円。と言うことは1分が100円の価値。1秒が1.6円。恐ろしくて、もったいなくて余所見も出来ない。けなげな父親は、今頃どうしているのだろう。


2014年09月02日(Tue)▲ページの先頭へ
報酬
今日、僕は何人の人に同じ言葉をかけただろう。直接目の前で、電話で、メールで。僕の仕事が偏っているとは思わないのだが、その言葉をかけなければならない人が実際には多いのかもしれない。何でも屋を目指してはいるのだけれど。
 相談にやってくる方の話を聞いていて「がんばらないことは、ひょっとしたらがんばることより難しいのではないか?」と感じることが多い。僕の薬局の特性か、そういった人がこの国全体で増えているのかわからないが、「少し手を抜いたら」と言う助言ではなんら解決しない人が多い。むしろ症状を悪化させてしまいそうだ。がんばって、がんばって、体調崩した人に休養が必要なことはわかるのだけれど、休養なんてイライラしてそれこそ体調を悪くしてしまう人が多い。だから僕は、そういった人にがんばらないことを要求しない。がんばることが一番心地よい人たちにとって、そのがんばれる理由を作ることを手伝いたいと思っている。多くの人が過重な労働を強いられてまいってしまっているのだが、その労働が出来る体力を補ってあげれば、心の薬以上に心が強くなることを経験している。
 この国の馬鹿為政者や経営者たちが泣いて喜びそうな気質を実は多くの国民が持っている。がんばることこそが一番幸せな心の状態なのだから。ただその挙句の結果は、自分のためにまず利用して欲しいし。まず自分が有形無形の報酬を受けることが必要だ。そうしたら心を病まされる人間がもっと減る。


2014年09月01日(Mon)▲ページの先頭へ
第一声
 第一声でかなり分かるのだけれど、今回は名前を言われているのに分からなかった。数ヶ月前なら1秒もかからずに分かったのだが。まあ、薬局で名前がすぐに出ないことはいいことだけれど。
 話し方になんだか淀みがあった。僕はすぐ何かを迷っているなと思った。ただ当初相談を受けたガスが漏れているなんてレベルでないことは分かっている。彼女はどのように僕の漢方薬をきるか迷っているのだ。もうずいぶんとルーズになっていて、だからこそ、そろそろ必要ないだろうと本人も分かっていて、さて今日からゼロにしようかどうか迷っているのだ。そのことをぶつけてみるとまったくそのとおりだった。たとえば数日前にお腹がごろごろ鳴ったみたいだが、それは気温が低かったせいだと冷静に判断していた。誰にでも起こるごく普通の出来事だと言っていた。こうした判断は完治した人のものだ。もうすぐにでも止めていいのだ。
 僕はこういった場合にはいつも「好きなようにして」と言う。ルールなどはなく、不真面目な飲み方でいいのだ。気持ちが強くなれば薬を完璧に飲むなんてことがあほらしくなる。薬を飲むことなど目標でもなんでもない。単なる一つの手段だ。薬はいずれ止める為に飲み始める。こんな単純な道理をみんな忘れている。
 今日の女性も半月分が1か月分になり、いずれは2か月分になり、半年分になり完治する。ほぼ不条理なトラブルから解放された今、何倍も失った生活を取り返して欲しい。


   


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■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
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