栄町ヤマト薬局 - 2014/08

漢方薬局の日常の出来事




2014年08月31日(Sun)▲ページの先頭へ
吉川錦太鼓20周年記念公演
 今日僕は認識を改めた。ずいぶんと長い間、間違った理解をしていた。別に人を傷つけていないから構わないが、和太鼓お宅としては許されない。
 10数人のかの国の女性たちが日本に滞在している間に、(と言っても3年ごとに交代するから延べで言うともう数十人になるが)日本文化に少しでも触れて帰ってもらいたいから、インターネットで始終、和太鼓コンサートの情報を集めている。県内のコンサートだけでは、10数人に平等に割り振り出来ないので、隣接している県も対象にしている。人数が増えたから、チケット代が安いと言うのも重要な条件になってきた。となると、今日兵庫県の三木市で行われた「吉川錦太鼓20周年記念公演」は最高の条件を満たしていた。第一に、公演会場が、吉川に住んでいる弟を訪ねて何度も訪れたところにあること。第二に無料であること。第三に、ゲストに有名なASKA組が呼ばれていること。特に無料でASKA組のコンサートが聴けるのはありがたかった。もし有料だったら、かの国の子達のチケット代だけでも3万円近くになってしまう。これに食費なども含めていたら、凡人の善意を超えてしまう。吉川の町には食事をするところがあまりなくて、コンビニで昼ごはんを調達したから、今日は経済的にも助かった。
 牛窓とほとんど規模が同じくらいの田舎の吉川に、和太鼓集団があり、それが20年も続いていることにまず驚いた。土建業や農協、漁協と行った営利をもろ目的に議員になり続けることを許した町には、文化など育つはずがなかった。個人の蓄財のための議員を選び続けたおろかさの代償を、今日吉川の町を訪ねて改めて思い知らされた。若者たちが満面の笑みをたたえ、太鼓を激しく打つ姿は、どんな箱物よりもすばらしく心を打った。驚くほどの予算を有志のために割いた当時の為政者たちの英断に感謝だ。物は朽ちいずれ滅ぶが、伝承され、より輝き続ける芸能に無形の強さを感じた。
 2部構成の後半は「あすか組」の演奏だった。吉川錦太鼓を感動を持って聴いたのだが、あすか組は想像をはるかに超えていた。上手く表現できないが、ただただ圧巻だった。和太鼓ほど素人とプロとの差がないなどとかつて公言していたが、今日の公演を聴いて明らかに間違いだたってことに気がついた。なるほど他の分野に比べれば確かに差は小さいように思えるが、ただ今日聴いた限りでは、圧倒的な差があった。強さ、正確さ、技、どれをとっても素人には及ばない。
 和太鼓の公演を聴いていて僕はいつも思う。懸命に太鼓を打ち込む姿は、懸命に人生を生きる姿に似ているのだと。だからこそ感動を呼び、僕をはじめ多くの人たちを吸い寄せるのだと。薄っぺらな人間の露出に辟易としている日々に投じられる清涼剤だと思う。


2014年08月30日(Sat)▲ページの先頭へ
上位
 28%、その数字を見てなるほどなと思った。
 東京など一部の地域の人を除いて、今年が如何に晴れ渡らなかった夏だという認識は共通していると思う。関東の相変わらずの最高気温合戦も、今年はマスコミで見かけることが少なかった。と言うことは東京辺りでも、晴れ渡った日は少なかったのか。
 朝のニュースで、今年の日照時間が平年に比べてどのくらい少なくなったかを数字で表していた。それによると中国地方がそろって上位を独占していたように思えたが、それは実感どおりだ。この前災害にあった広島もかなりの上位だが、晴れの国岡山も今年は天候の異変にいかんともしがたく、例年の28%しか陽が照らなかったらしい。ひょっとしたら岡山県は減少率日本一だったかもしれない。
 暑い暑いと顔を合わせる度に挨拶することもなかったが、体調が崩れる人も少なかったが、お日様も見ない、星も見ない日々は珍しかった。いわば風情というものがなくなっていた。一つの季節を消したようなものだ。恐らく自然相手の仕事にはかなりの悪影響が出ると思う。肉体的には、かなり楽に過ごせた人が多いと思うが、なぜかしら今年の天候を喜ぶ人はいない。きっと不自然の向こうに何かがうごめいているのが見えるからだろう・


2014年08月29日(Fri)▲ページの先頭へ
先入観
 93歳にして、自分で電話をしてきて、症状を説明して薬を娘に取りに来させる。症状を正確に説明してもらわないと僕も漢方薬の作りようがないから、若干不安だったが、下手な若者より語彙が豊富で分かりやすい。
 風邪を引いて病院にかかっているが、どうも痰が切れなくて困っている。声もかなりかすれていた。こんなときの病院の定番はムコダインだが、あまり効果が得られていないらしい。実際電話の途中でも喉が乾燥してふさがるのか、しゃべりにくそうだったし、咳払いばかりしていた。老人を治すときは潤いをもたせるようにすればいいから、そうしたことができる漢方薬を飲んでもらった。4日分ずつ薬を取りに来てもらって、3回で完治した。
 すると、実はもう一つ困っている症状があると後日相談された。この症状はずいぶんと長いらしく数年といっていた。その症状では何軒か医院を訪ねたらしいが、言うことがまちまちで結局どこの薬も効いていないらしい。最後には病気ではないから来なくてもよいといわれそのことで少しばかりショックを受けているとお嬢さんが教えてくれた。その症状は相談を受けたときに、確かにつらいだろうなと想像できた。「月賦が払えずに心苦しい」と言うものだった。いまどき月賦という呼び方は珍しいなと思ったが、お年寄りだから今風の呼び方は苦手なのだろう。また亡くなった御主人をはじめ厳格でよく出来たお家だから、月賦の支払いが滞れば心苦しいに決まっている。踏み倒せるような家庭ではない。「でも○○さん、心苦しいのはよくわかりますが、月賦の相談だったら銀行にでも行ったほうがいいのではないですか?」「銀行に行ったら胸苦しいのをとってくれるんですか?」「えっ、心苦しいのではなく、胸苦しいのですか?大体同じ目的のために使いますけれど、やはり人に迷惑をかけるときは心苦しいのほうが正しいですね」「私は人に迷惑をかけていませんよ、月賦くらいで」「でも月賦を払えなくなったらやはり相手は困りますね」「何で月賦を払わなくてはならないの、げっぷが出なくて困っているだけなのに」「げっぷが出なくてって、口から出る空気のこと?」「そうですよ、食後にげっぷが出そうなのに、出ないからこの数年つらいんですわ」「ひょっとしたら○○さんが困っているのは、げっぷが出ずに胸苦しいってことですか?」「最初からそう説明していますけど」
 先入観とは恐ろしいものだ。お詫びに漢方薬を根性で作った。2週間分で無理に月賦を、いや、げっぷを出すようなことを食後にする必要がなくなってくれた。やはりげっぷ(月賦)は払うものではなく、出すものだ。


2014年08月28日(Thu)▲ページの先頭へ
健在
 しばし、見とれた。何のなせる業なのだろう。自然のなせる業か、神のなせる業か。
 言葉で伝えるのはかなり難しいから、姪に写真にとるように依頼して、それをホームパージにアップするように頼んだのだが、今確認したらアップされていなかった。対象が対象だけに、はしゃいだのは僕だけだったのかもしれないが、その神秘性に「気持ち悪い」などという俗っぽい表現は御法度だ。
 今朝、シャッターを開けて薬局の中に入ろうとして、ガラス戸に小さな木片が付いているのを見つけた。小枝を2cmくらいの長さに切ったようなものだ。どうしてこんな小さな木片が、滑りやすいガラスにくっついているのだろうと不思議で目を近づけてみた。すると、木片から見えるか見えないかのような細い足が出て、しっかりとガラスにくっついていた。最初は2本しか見えなかったのでガラスの反対側に回ると6本、足が見えた。なんだひょっとしたらこれは蛾か何かがカモフラージュをしているのではと考えて、ほとんど顔をくっつけるくらいにしてみると、なんと木の断面にあたるところに目らしきものが二つ付いていた。10cmくらいに接近して眺めて初めて目が見えた。そしてその木片(蛾)は微動だにしない。動かなければ恐らく何にも発見されないのではないだろうか。人間には知識があるから見破ることが出来るが、他の生き物には難しいかもしれない。まさに3dプリンターでコピーして枯れかけた木の色をまねて作ったようなものだ。種を絶やさないために獲得した術なのだろうが、ほとんど神秘的としか言いようがない。
 捕まえて、どこかに発表すれば、有名になるのではないかと思うくらいの朝の出来事だったが、次々やってくる人たちが、なんら感動しないので、そのうちに僕の心は萎えた。ただ好奇心も、感動する心もまだまだ健在だと自分で慰めることが出来る朝の出来事だった。


2014年08月27日(Wed)▲ページの先頭へ
 県南ではかなり有名なある方に毎月DMを送っていたのだが、名前の字が何年もの間間違っていた。ついに堪忍袋の緒が切れたのだろう、奥さんを通じて訂正を申し込まれた。全と書くべきところが金となっていた。金は「キン」と読めば価値あるものの代名詞みたいだからそんなに不快感はないが、「カネ」と読ませばかなり品が落ちる。名前にお金のイメージが投影されるとさすがの人格者でもいやだっただろう。
 ところが今日はその立場に僕が立たされた。ある製薬会社から勉強会の案内をもらったのだが、そのあて先が大和彰夫ではなく、大和彰天となっていた。もうずいぶん長い間、数年ではきかないと思うが、同じ封書で案内をもらっているからずっと間違われたままだろう。最近は僕より娘婿宛の郵便物が多くて、宛名に目を通す習慣が出来たから見つけられたのだと思う。
 さて、名前の間違っている郵便物をもらうのは、別にいやではなかった。僕の頭にすぐ浮かんだのは「大和エビ天」「大和天丼」「大和昇天」と言う洒落だった。もうずいぶん前の宣伝文句ではないが、余裕の裕ちゃんだ。肩書きもたいしたものでなく、有名でもないから、むしろ語呂あわせをして楽しんだ。僕の名前を間違っていることを製薬会社に言うつもりはない。大切な郵便物が確実に届いているからなんら問題はない。それよりも「天はまだわれを見放さなかった」とばかりに、運を天に任せて気楽に暮らすことが出来たらと思う。


2014年08月26日(Tue)▲ページの先頭へ
気分転換
 気分転換で外に出てみると、日差しがまぶしくて、青い空に飛行機雲が一本の筋を引き、見上げる僕は一瞬のうちに汗ばむ。夕方には西の空が燃え、まるで絵画のようだ。当たり前の夏が、こんなに貴重かと思わされる。ところが夜になると、ほんの数えるくらいの星しか見えない。上空を又、雲が覆っているのだ。あまり経験のない、夏らしくない夏だ。
 地球からしたらこのような天候異変は蚊にかまれたくらいの出来事でしかないのだろう。ところが人間ときたら慌てふためいて、50年に一度だなんて毎日のように放送している。ほんの気まぐれに、季節まで塗り替えられる地球を前にして無力感に襲われる。いくら力んでも所詮土にしか帰っていけないのだから、悪事を嫌い、善良に生きるべきだと誓う。






2014年08月25日(Mon)▲ページの先頭へ
気配り
 姫路城は改修も大詰めだが、まだ本丸は城内を開放していない。呼び名は分からないがその隣の建物は入場料を取って解放していた。靴を脱いで決められた順路に従って見物するのだが、廊下が狭いために人の列が続きなかなか進まなかった。特に階段部分はとても急で狭いからそこで渋滞が起きてしまう。ただ用心して上らないと靴下では滑ってしまいそうで怖かった。老人には適さないかもしれない。
偶然だが、僕らの前になり後ろになってほぼ同じように見学した数人の外国人のおじさんグループがあった。白人は皮膚が汚く老けて見えるから実際は分からないが、僕よりは少し年上の人のように見えた。建物に入ってから出るまで話をすることはなかったが、見学が終わって建物から出て、ある門のところで例によってポーズをとりながら写真を互いに撮り合っていると、そのおじさんグループが近寄ってきて、一緒に写真を撮ってくれと言った。と書くと嘘になる。正しくは身振り手振りでその旨を伝えてきた。もとより被写体になることには慣れすぎているかの国の子達は喜んで一緒に写真に納まっていた。するとおじさん達はフランス人だと名乗り丁寧に例を言ってくれた。「アリガトウゴザイマシタ」
 結局、フランスのおじさん達は、日本人の若い女の子と一緒に写真に収まりたかったのだ。旅の記念にしたかったのだろう。ただ彼らは、結局はかの国の女性を日本人と間違ったのだ。それではどこを間違ったのだろう。帰ってから息子に話すと「ヨーロッパの人間にとってはアジア人はどこも同じに見えるんだろう」とそっけなかったが、僕は違う見解だ。もう何年も彼女たちと一緒に行動していると、彼女たちのほうがかつての日本女性に近いという印象を持っている。もっとも、かつての日本女性のほうが現代の日本女性より優れているというようなことは思ってもいない。懐古趣味は嫌いだ。アホノ何やらほど時代錯誤ではない。混雑した見学コースの途中で彼女たちが見せる陽気さと謙虚、礼儀正しさなどを好ましく感じたのだろう。そのどれも外国で暮らすには必要な手段だが、彼女たちは意図的ではない。そもそもどんなことがあっても3年間耐え抜くという決意が感じられる。そうした人間が放つ一種の美しさを日本女性の美しさと感じたのだろう。「ニホンジンジャ ナーイ」と言おうとしたけれど言わなかったと、通訳としてきている女性はお茶目に笑った。そうした気配りもまたかつての日本女性なら自然に出来たのかもしれない。
 フランス人たちが勘違いしたその顔をまじまじと見てみると・・・かの国評論家の僕でも間違えそうだ。


2014年08月24日(Sun)▲ページの先頭へ
秀明太鼓
カーナビを頼りに、指定された場所に着くと、係りの人が待っていて、数日前に確保してくれたと言うスペースに案内してくれた。おそらく1000人では収まらない観客の中の僅か8人のために、まさにピンポイントで駐車場を確保してくれていたのだ。日曜日の手柄山界隈は、いろいろな施設が集中していて、とてもイベントを開催して駐車場が確保できるとは思えないらしい。そのために県外から聴きに行くという僕たちのために、わざわざ数台だけが置ける駐車場を確保してくれたらしい。
 チケットも間に合わなかったので、受付に言っておきますと連絡をくれていた。まさにその通りで、受付に行くと8人分のチケットが輪ゴムでとめて用意されていた。そして受け付けはもとより、会場の中も若者たちが本当に気を配りながら、訪れた観客を上手く誘導していた。インターネットで偶然見つけた和太鼓のコンサートだったが、1ヶ月前に手配をお願いしてから、コンサートが終わって姫路の街を出るまで心地の良い経験をさせてもらった。
 ユーチューブでもしばしば和太鼓の演奏を聴くが、ある時、ふと耳にした秀明太鼓が上手なのに、あまりアップされていなかったのだ。この程度の実力だったら、ユーチューブにたくさんアップされていてもいいのにと不思議だった。そして何とか聴く機会はないかと探していたら、偶然今日姫路でコンサートが開かれることを知った。運のいいことに無料だから、かの国の女性たちを車に乗せれるだけ乗せて連れて行ける。午前中姫路城を見学して、午後は和太鼓と、まさに日本の文化を堪能してもらえる日になると思った。案の定どちらも楽しんでもらったが、僕の影響で、和太鼓が好きになってしばしば付いてくるかの国の女性も増え、なかなか耳も肥えてきて「オトウサン キョウノタイコキレイ」などと比較まで出来始めた。
 秀明太鼓は実験中ではないかと思った。あるいは結果は出ているのかもしれないが、初めて聴いた僕は挑戦中という受け取り方をした。パンフレットに「太鼓のオーケストラを目指す」と書かれていたからではない。拍子?リズム?の展開についていけないのだ。4分の4拍子か3拍子しか分からない僕は、色々な拍子に展開されることに付いていくことが難しかった。耳慣れているのは上記の二つだから、それから外れるとリズムがとりにくくなる。さっきまで4拍子だったのが気が付かない間に3拍子になり、時に2拍子になったりと、展開が速すぎてついていけなかった。打ち手の実力は相当のもので、古典的な曲で収めていれば容易に聴衆の感動を安定して取れるだろうが、恐らくそれに甘んじることを由としていないのだろう。僕は宗教団体が、そうした革新を試みることがぴんと来なかったが、むしろ新興宗教が生まれること自体がそもそも革新的なことなのだろう。
 それにしても僕が和太鼓に惹かれるのは、演者が全力投球だからだろう。毎日目にする素人芸人や、胡散臭い政治家や学者などの、吐き気がするほどの低俗性に辟易している心を浄化させてもらえるからだ。絶え間ない精進と礼儀正しさが見るものすべてに伝わってくる。嘘がないというより嘘などではあの音が出ないことは明らかだ。最初から最後まで微塵も宗教色を出さなかった自信に感謝。


2014年08月23日(Sat)▲ページの先頭へ
道具
 ただ読み上げられる数字を聞くだけでは実感はまったく伝わってこないが、顔写真やバックグラウンドや人となりが個別に紹介されると涙を禁じえない。自分の経験や誰か大切な人と重ねてしまうからだろう。被災者の前に5分いただけでそそくさと帰っていく市長や、別荘でゴルフをすることが出来るアホノ何やらにせめて庶民並の感性があればと思うが、そんなものがあればもとより選挙には出ないだろう。
 あの悲劇は全部自己責任なのだろうか。自分で買ったり選んだりして住んだ場所だから、本人以外に責任はないのだろうか。あんなに山に深く切り込んだ地に、それも急勾配の地に家を建てることが、危険だとは誰も進言しなかったのだろうか。宅地として売り出したり、アパートを立てるときの許可になんら制限はないのだろうか。もしないならせめて危惧でも伝えたのだろうか。
 僕は今度の惨事を見ていても、結局は東北と同じように誰も責任を問われず、罰せられず、何か心地の良い、たとえばキズナなどというものと引き換えに泣き寝入りを暗黙のうちに強いられるのだと思う。企業が倒れれば国から莫大な金が出るが、庶民の小さな家が流されてもすずめの涙だろう。政治と言う道具はいつの世も金持ちを守るためのものだ。ルールは彼らを守る為のものだ。


2014年08月22日(Fri)▲ページの先頭へ
空想
 本来なら一笑に付すのだが、この女性が言うことだから信じないわけには行かない。そんなこともあるんだ、そんな人もいるんだと受け入れている。
 本人が言うように、いつもならもっと早く治っている。1週間分を2回ほど飲んでもらえればほぼ解決してきた。ところが今回はすでに3回飲んでもらっているのになかなか改善しない。心からきている不調だと思って飲んでもらっていたが、ここまで改善しないと、僕のほうでも心ではなく本当に体が悪いのではないのかとかんぐってしまいそうになる。
 初心に戻って病因を考えようと言うことになったが、家庭も職場も結構平穏だ。現代人のほとんどはその二つにストレスを感じているから、どちらかと言うと恵まれているほうだ。肩透かしみたいだから僕が首をひねっていると「ひょっとしたら・・・」となにやら気が付いたみたいだ。「私、以前、霊感が強いといっていたでしょう。最近色々なことが続くからそれが原因かもしれません。一昨日も広島で大きな災害があったでしょう。テレビで亡くなった方の名前や顔が出てくるともうだめです」と言った。「どうなるの?」と尋ねると「胸が苦しくなってくるんです。向こうがやってくるんです」と答えた。その時僕の顔がどのように変化したのかわからないが、その表情の変化を見定めてから話題を次に進めた。「倉敷で誘拐事件があったでしょう、私は必ず生きていると思った。亡くなっていたら迫ってくるものがあるから」そしてこれはもっとローカルな話題だが、行方不明で捜索されていた老人の結果もすぐ分かったらしい。
 いつも笑顔が素敵な女性で、嘘やはったりを言う人ではない。治りたい本心で正直に教えてくれたのだ。彼女にしたって、他の方にしたって、僕の薬局ではかなりのところまで話してくれる。僕の治療成績を左右する大切なことを教えてくれる。
 近所のおじいさんがなくなったとき、葬式の間、そのおじいさんが屋根の上からずっと式を見下ろしていたと言う話を以前聞いたことがある。彼女の不調を作り出しているのが、毎日のように世間で起こる不快な事件や事故だったら、その能力を逆手にとって世直しをしてもらえないかなどと思うのは、何も感じない鈍感な人間の身勝手な空想か。


2014年08月21日(Thu)▲ページの先頭へ
物議
 昨夜、仕事を終えてシャッターを下ろそうと外に出たとき、大きな音がしてヘリコプターが近づいてきた。普段耳にするヘリコプターの音よりかなり大きくて重量感があった。2機のヘリコプターが結構近い間合いで西南西から近づき、北東のほうにまるで僕の真上を通るかのように飛んでいった。そして機体の前後に灯かりがともっていたが、点滅する光もつきっぱなしの光も結構大きかった。
 なんとなく僕はあることを思いついた。これがかの有名な物議をかもしているコスプレと言うヘリコプターではないかと思ったのだ。コミックのキャラクターで着飾ったヘリコプターで、しばしば落ちて乗員が死ぬから未亡人を作るヘリコプターといわれているらしいが、コスプレで戦争しても似合わない。平和のときにこそ楽しむことが出来るコスプレに戦闘機は似合わない。
 どうやら名前が違っているらしい。コスプレと聞こえたのだが正しくは、ヘリコプターにも飛行機にもなるその正体は、ゴスペルというらしい。奴隷としてアメリカにつれてこられて、キリスト教の福音と出会って生まれた祈りの唄だ。平和を祈る唄に戦闘機は似合わない。
 コスプレもゴスペルもどうやら僕の頭上を飛んではくれないらしい。恐らく昨夜飛んだのはオスプレイではないか。もっとも夜で見えなかったから断定は出来ないが、息子も異常に大きな音と表現していたから、そこらにあるヘリコプターではないだろう。こう推測するのにはきっかけがあって、昨日の朝、郵便受けにポスティングされていた共産党市議団のチラシに、瀬戸内市の上空を飛んだことに抗議したというような文章を見つけていたのだ。その時は何も感じることはなかったが、あまりにも大きな音でそのことを思い出した。
 望みもしないのに戦争が向こうから近づいてくる。若者から死に、貧乏人から死に、田舎の人間から死ぬことに耐えられるのか。それに耐えられる人間だけで盛り上がってくれればいい。


2014年08月20日(Wed)▲ページの先頭へ
手抜き
 まあよくしゃべる。手も動いているから別にかまわないし、いやな話でもないから別にかまわないが、それでもよくしゃべる。黙々と作業をする薬剤師からは到底考えられないが、職種によってこんなに違うのかと思う。もしこの職業で女性ばかりのチームだったらどれだけしゃべくるのか考えただけでも空恐ろしい。30年前に増築したときにも職人さん達の話し声を聞いたことがあるが、そのときと同じ経験をした。ただその時の話題は下品で聞くに堪えれなかったが、今日の職人さん達にはそれはなかった。もっともその話題の中心は、僕が親しくしている超お得意さんだから、その種の懸念はないが、職業によって仕事に対峙する姿勢がこんなに異なるものだと、改めて認識させられた。
 トイレをお客さん用に新しくしようと言うことで依頼したのだが、壊しているときに彼が驚くように、又あきれるように言った。「これ見てごらん、ねじが無茶苦茶じゃあ、正式なねじではなくて寄せ集めて使とっるわ」確かに、4本のねじに3種類使われている。見えないところだから手を抜いたのだろうが、当時、仕事をしながら低俗な話題で盛り上がっていたのを思い出すとさもありなんと思う。家を建てるのは一生に一度だから、もう注文を受けることはないと思って手を抜くのかもしれないが、それは甘い。家を建てるのが複数回の可能性もあるし、リフォームの可能性もある。30年前の不快なことなど昨日の事のように覚えているから、客を失うことなど簡単だ。気取る必要はないが、最低限の品は保たなければ失うものは大きい。
 


2014年08月19日(Tue)▲ページの先頭へ
一心不乱
 ほぼ諦めていたのだが、思いがけず電話で連絡をもらった。もう一月くらい前にインターネットで見つけて早速申し込んだのだが、又連絡しますと言う結構あやふやな答えだった。ユーチューブで偶然見つけた「秀明太鼓」はとても上手だが、なぜかアップされている本数が少ない。関係あるのかないのかわからないが、宗教団体の和太鼓グループだからだろうか。僕はその手のものに偏見はないし、偶然牛窓の黄島に神殿?を築いているから親しみはあった。聴く機会があればぜひ聴きたいと思っていたから、姫路の無料コンサートを見つけて早速応募したのだ。
 希望していた数の整理券を郵送してくれるらしいのだが、そのときにどんな手段で来るのか尋ねられた。何の意図があってそのようなことを尋ねられたのかわからずに少し戸惑ったのだが、その日は夏休みの後半の日曜日で、会場周辺は、プールや水族館があって、かなりの混雑が予想され、駐車場は恐らく使えないだろうと教えてくれた。そして姫路の街に詳しいかどうかなどを尋ねられ、最終的にはどこかを確保してみますと返事をくれた。それもある会社に頼んで8台のスペースが借りれるかもしれないと言う最後の望みみたいなことを言っていた。恐らく、普段近所の会社が使っている駐車場を開放してくれと頼むのだろうが、そんな細かいお世話をしてもらえるとは思わなかった。遠方から訪ねることが分かっているからだろうか、宗教団体ゆえだろうか、いずれにせよ心地よい応対を受けた。
 偶然だが今日もう一つ和太鼓関係の方に電話をした。9月に総社で行われる「晴れの国和太鼓まつり」の詳細について教えてもらいたい事があったので、お世話をしている方の携帯電話に連絡を入れた。尋ねたい内容はもとより、興味ある話題で話が盛り上がり少しの時間だったが楽しかった。これまたとても心地よかった。
 恐らくこうした光景も含めてこの数年僕を和太鼓の虜にしているのだろう。演奏中の真剣さはどの芸術にも負けないし、その後の観客への礼の尽くし方もどの芸術にも負けていないように思う。プロはともかく、素人のグループまで、僕のこの印象は当てはまる。純粋にお腹に響く音やリズムを楽しみに行っているのだが、それ以上の言葉では表現できない感慨をどの会場でももらって帰る。日本文化として恥ずかしくないものとして、又庶民でも楽しむことが出来るものとして外国の人たちに見て聴いてもらいたいと思う。一心不乱に打ち込む姿を僕は誇りに思う。多くの日本人が失った姿がまだそこにはある。


2014年08月18日(Mon)▲ページの先頭へ
仮眠
 連休明けの姪はやってくるなり「鹿児島まで行ってきた」と教えてくれた。彼女が行って来たと言うときは、ほぼ車でと言う言葉が省略されている。案の定車で行っている。そして彼女の場合は一人で運転すると言う意味も必ず含んでいる。まだお子さん達が免許を取っていないから、自ずと一人運転手と言うことになる。まだ話しの内容を聞く前から「死にそうだった」と何度も繰り返した。
 西は広島くらいまでならかなり具体的に想像できるが、九州となるとほとんど具体的にはイメージ出来ない。実際に長崎と大分にしか行ったことがないから、それも望んで行ったのではなく単なる用事で行っただけだから、ほとんど記憶にない。いわば未知なる土地なのだ。ただ、遠い、用事がないというイメージが僕の中を占めていて、実際の距離よりもっと遠くに感じるのかもしれない。悪意ではなく、大なり小なりそうしたイメージはあるかもしれない。どうしても人の足は、この辺りだと東に向くから。
 単純にしてそれですべてが推し量れそうだからありきたりの質問をまず最初にした。「どのくらい時間がかかるの?渋滞はないの?」この二つをクリアできれば僕でも何とかたどり着くことが出来そうだが、「17時間?途中休んだから18時間かな?」さすが度胸があるのだろう、慣れてもいるのだろう、自分が運転した時間を覚えていなかった。答えた数字も怪しいものだが、それでも僕の気持ちは一瞬にして萎えてしまって、クリアどころか考える余地もないことが分かった。
 それにしてもあの色白でスリムと言う、過敏性腸症候群になってもいいような彼女がよく行けるものだと思う。今までもどこどこに行ってきたと聞かされるが、僕なら新幹線しか考えられないような土地の名前を挙げるから、よほど運転が上手で好きか、命知らずかだと思っていたが、さてどちらだろう。若さゆえか、好きゆえか、往復で言うと1日半運転をしてきたと言う事実が、休み明けに平然と仕事をしている姿からは想像できない。「よくもつねえ?」と呆れ顔で言う僕に「途中で仮眠しましたから」とさりげなくニコニコしながら答えた。同じことをしたら、僕なら永眠しそうだ。


2014年08月17日(Sun)▲ページの先頭へ
穏やか
 目の前も、振り返っても、ぐるりと見回しても、ほとんど、数字で言うと95%以上は緑だった。上手な人ならこの景色を緑色一色で描くことが出来るかもしれない。この施設を何度も訪ねて来ていて、緑の多い空気のきれいな所だと気が付いていたが、1時間近く母と駐車場の木陰で過ごしていると、改めて緑の多さに気が付いた。今年の夏が、天候に恵まれないことが、母を施設から連れ出すことを後押ししてくれる。
 フェンスの下にグランドが広がっていて、スポーツ少年団が野球の練習をしていた。最初はキャッチボールの指導を大人たちがやっていたが、そのうち試合が始まった。なんとなく見ていたのだが、そのうち興味を持って見始めた。大人をそのまま小さくしたような感じで目の前に野球の光景が展開される。未熟ながらも、一つ一つの動作が意味を持ち、やがて魅せるプレーが出来る若者に成長していくのだろうと、想像を掻き立てる。この地区は甲子園にも時々出場する玉野光南高校のお膝元だから、指導や練習にも力が入るのだろう。かつて僕の義理のいとこが熱心に指導していたからもう数十年の歴史があるスポーツ少年団だ。
 よくこんな田舎でこれだけの少年を集めたなと思うほど、子供たちがいた。小高い施設から眺めても数軒の家の屋根しか見えないのに。思えば僕が半世紀前に預けられていた頃から、ほとんど変わっていないのではないかと思えるほどだ。夏休みになると必ず母に連れてこられ、40日母の実家で過ごした。グラウンドの下を流れる小川でめだかをよく取って遊んでいた。それこそ野山を駆け巡って地元の子供たちと遊んだ。何の心配もない幸せな日々だったと思う。当時の僕みたいな少年たちが汗を流して野球をしている。それを老いた母親と僕が眺めている。珍しく今日だけは時間がゆっくり流れてくれた。多くの言葉を交わすことは出来ないけれど、二人並んで一つの方向を眺めていた。何が分かって何が分からないのか、いやいやほとんど理解できないのだろうが「男の子ばかりじゃな」と言われたときには淡い希望を抱いてしまった。もう痴呆が改善するなど期待もしていないはずなのに。穏やかな表情だけでいいと納得しているはずなのに。
 帰り道、ある橋を鷹を腕に乗せて渡っている青年を車中から見た。訓練しているのだろうか、その手の人が意外と近くにいることに驚いた。テレビの中の話くらいの認識だったから。世の中には色々な人がいると言う場合、あまり好ましくない人に言うことが多いが、今日の青年はよい意味でその言葉を使いたいと思う。夏の休日、穏やかなり。


2014年08月16日(Sat)▲ページの先頭へ
執念
 なんて執念だろう。薬剤師は1週間かけて、路上で保護した犬の飼い主をついに見つけた。昨夜飼い主の元に届けてきたとメールで知らせてきた。たいしたことをしたはずなのに、わずか1行の報告ですますところが、本物のボランティたるゆえんだろう。なんら昂ぶりを感じさせなかった。
 そのことは今朝薬局に来てからの態度でも分かった。飼い主のところに届けると、犬がとても喜んで飼い主にじゃれ付いたらしい。そ

のことで、飼い主に可愛がられていたことを知って嬉しかったと言っていた。薬剤師にとっては、飼い主よりも犬の表情のほうが大切だ

し、真実も見えるらしい。あくまで犬目線なのだ。低俗な僕はその感動yの場面で飼い主がどのように反応したか知りたかったので尋ねてみた。だが特別驚くほどの感動の場面も、繰り返される礼もなかったらしい。僕は手を握り締め何度も何度も頭を下げるような光景を期待していたのだが、そうではなかったらしい。勿論礼は言われたらしいが。僕など高島屋のお菓子でももらってくるのかと思ったが、手ぶらだった。もっとも薬剤師がこの1週間どのくらいの労力を費やしたか飼い主に分かるはずがないから、ありきたりの挨拶程度で済んだのだろう。ただ、僕たち家族はその労力をつぶさに見せてもらえて、ボランティアという人たちの志の高さを知った。このことで僕の家族は大いに勉強させてもらった。
 薬剤師が保護した場所は、飼い主の家からわずか150m位のところだったらしい。見つかった方角には散歩に行ったことがなく迷ったらしい。わずか150mのところで迷子になる?犬の片隅にも置けないから薬剤師に尋ねてみた。「ひょっとしたら犬はその時、我が家に帰ろうとしていたのではないの?あなたがいらぬことをして問題をややこしくしたのではないの?」と。するとプロはこう言った。「犬は目的を持って歩くときは颯爽と歩くんです。野良犬だってそうでしょう。まっすぐ前を見て歩いているでしょう。あの犬は尻尾を丸めて、その辺りをぐるぐるおびえるように回っていただけなんです。だから迷い犬とすぐ分かりました」
 素人の浅はかさだ。なるほど説明を受ければ納得できる。だが説明を受けても納得が出来ないのは「どうして犬のためにそこまでするの?」の回答だ。幾度か尋ねて今だ理解できないでいる。


2014年08月15日(Fri)▲ページの先頭へ
出番
 病院の薬を処方箋によって調剤することが増えるにしたがって、特に外科、整形外科領域において、違和感を持つことが多い。多くの方に共通して処方されるのは、ロキソニンと胃粘膜保護剤だ。それに張り薬が付いている。ほとんどがこの処方で時に重症患者と思われるような人に、リリカが出る。脊椎間狭窄症には血流改善剤が出る。大げさに言えば、これでほとんどの症状をカバーしている。だから整形外科の門前薬局なんかどれだけの在庫ですむのだろうかと思ったりもする。
 処方箋をもってくる人の症状のほとんどを漢方薬はお世話できる。もっとも頼まれもしないから会話には出さないが、僕ならこうするとつい思ってしまう。西洋医学も東洋医学も長所短所を持っているが、漢方の優れているところは、本治、標治と言って、必ず体質を改善することと不快症状を取り去ることの両方が同時に進められていくことだ。漢方薬は自然治癒力を導きながら不快症状を如何に早く取り去るかを考える。現代医学は、その人がその時点でもっている自然治癒力で治す。現代医学では、自然治癒力を増強出来ないから、その時点での治療が限界になる。
 たとえば腰痛でも関節痛でも、漢方薬だったら必ず血液循環を改善することを本治(体質強化)とし、筋肉や腱の緊張をとることを標治(不快症状をとる)とする。そうすれば治ってしまうから薬を飲む必要がなくなり、いわゆる完治の状態になる。無駄な化学薬品を体に入れ続けることもなくなるし、医療経済にとっても貢献できる。
 こんなことを考えながら患者さんに投薬指導など出来ないから、なるべく出しゃばらないようにしている。ありがたいことに病院派と薬局派の両方がやってくる薬局だから、僕の出番もかろうじて残っている。


2014年08月14日(Thu)▲ページの先頭へ
脚色
 正直、これはかなりこたえた。なんてうかつなことをしてしまったのだろうと悔やんだが、悔やみきれないし、ただ、何でそんなミスをと考えるが、うかつ以外の原因を見つけられない。
 新しく買い換えた車はまだ半年くらいしか乗っていないような気がするが、それを河川敷に置いたまま離れて帰ってきたら半分以上水に沈んでいた。雨も降っていなかったので、なぜ水かさが増したのか分からない。ただ目の前に起きている光景を受け入れなければならない。すぐにレッカー車を手配して水から上げてもらった。これで動けばもうけものだ。一か八かでエンジンをかけてみた。するとすんなりとエンジンがかかった。天井近くまで水没していたのにエンジンがかかる。ああそうか、これは海の水ではないからダメージが少ないのだと納得した。不幸中の幸いだった。こんな幸運なこともあるのだと、あざなえる縄を喜んだ。
 結局は車が動き、又車を買うと言う大きな出費を免れたところで目が覚めたから、最終的にはそんなにいやな夢ではなかった。終わりよければと言うやつだ。なぜこんな夢を見たのだろうと考えると思い当たることがあった。昨夜、ニュースで、どこかのキャンプ場で3人が流されたニュースを見た。キャンプ場のオーナーが映し出されていた。終始不愉快な内容だったが、恐らくそれが脳裏に焼きついて、夢で脚色され再現されたのだと思う。最近の決してこの国を誇れないような多くの出来事が、結構人の心に投影するのだなあと改めて影響力を考えさせられた。よいニュースであふれたら、こんなつまらないおもぐるしい夢などみずにすむのにと残念に思う。
 平気で殺したり、平気で盗んだり、平気でだましたり、とても自慢できるお国柄ではない。バカコミが軽蔑するあの国達よりどれだけ勝っているのだろう。


2014年08月13日(Wed)▲ページの先頭へ
ちばける
 「ちばけとらなあ」「ほんとじゃ、確かに、ちばけとる」
 この会話が分かれば、岡山県認定試験の一級をもらえそうだ。僕自身も久々に口にした。幼い時にはしばしば口から出していただろうが、さすがに成人してからは出すチャンスがなかった。岡山弁か牛窓弁か分からないから、岡山の高校に行った時にも使わなかったし、まして大学以降は使った覚えはない。ただ買い物に来た漁師が使ったから、おうむ返しのように僕も繰り返した。
 彼が軽トラで買い物に来たときには先客の車が店頭の駐車場にあり、それがなんと横付けにされていた。店内に入ってから先客をまじまじと見、その人が出て行ってから、冒頭の言葉を吐いた。名前をあげればこの町の人なら誰でも判るからここでは上げれないが、ある職業の人だ。かなり勉強をしなければなれる職業ではない。そんな人が他人への迷惑を想像することなく、よりによって駐車場を占拠するような止め方をしたのだから面白いわけがない。この光景を見なければ彼もかつてのようにその老人を尊敬していたのかもしれないが、化けの皮ははげたようだ。だからこの辺りでは軽蔑の意味がこめられている「ちばける(ふざける、図に乗る)」と言う言葉を使ったのだ。
 勉強とはまるで縁がない生活を送ってきている彼が、勉強だけで地位をつかんだような人を、一刀両断で否定する。僕は長年色々な人と接してきて、地域で生きるのに必要なものの筆頭に肩書きなどは取るに足らないものだと痛感している。いい仲間がいて、対等に付き合い、時にまじめに、時に脱線して助け合いながら暮らす術の方がよほど大切だと思っている。


2014年08月12日(Tue)▲ページの先頭へ
群れ
 やたら日本人の優位性を誇張する週刊誌や新聞が目に付くが、それと表裏一体で、周辺国を侮辱するようなことを書くが、そもそも本当に自信がある人は喧嘩しないのと同じように、自信を喪失した人たちが陥る悪癖だ。それがメディアと言う一種の力を持っている集団だから余計たちが悪い。売れればいいの一点でなりふりかまわずと言うのだろうが、その罪は大きいし、何しろ品がないから目にするのも不愉快だ。
 僕はこの国の現代人が何を誇れるのか、誇るのかあまりピンと来ない。漫画とかカワイイ何とやらはまさか誇れるものではないだろう。日本食なんてものは現代人が作り出したものではなく、時代をさかのぼる。科学も医学も、最近の醜聞に接すると意外と頼りないものだと気がつく。まるでオリンピックやワールドカップで独りよがりな煽りのせいで、本質を見ることなく無知をむしろ晒しているようなものだ。
 まさかこの期に及んで、日本人の精神を誇るなんてことは間違ってもないだろう。公衆道徳なんて地に落ちているし、正義や勇気は探すのに苦労する。福島に目をやれば、愛なんて存在しないことが分かるし、絆なんてのは、為政者が自分たちの特権を守るために持ってきた言葉だ。にやにやしながらオリンピックの招致会場で「お、もっ、て、も、い、な、い、し」と言った口が渇かない間に東北人は見捨てられた。
 知性のかけらも感じられない着飾った若者たちの、非生産的な生き様に比べて、発展途上国と言われる国の若者たちの生きていくためのエネルギーや知的な好奇心や、礼儀作法にむしろ精神の優位を感じる。とうに精神面では追い抜かれていると思う。近い将来、あらゆる生産活動でも追い抜かれ、日本人の若者が彼らに養われるようになるだろう。多くの無機物に囲まれ、無機質な関係の中で、庇護の下で遠吠えする非力な群れにしか僕には見えない。


2014年08月11日(Mon)▲ページの先頭へ
国籍
 ミサの間、後ろの席から聞こえる小さな声は、御堂に集まっているかの国の青年たちとは、30人くらいいたと思うが、微妙に違っていた。チャンとか、チョイとか、間に小文字を挟まなければ表現できないような音に聞こえるかの国の言葉と違って、滑らかな音に聞こえた。なんとなく気になっていたので、ミサの後にその二人連れに尋ねてみた。見るからに外国人なのに日本語で尋ねることができるのは僕が歳を寄せたおかげだ。図々しくなったことと、英語が話せなくても恥ずかしくなくなった居直りと、日本語の美しさにますます誇りを持ったことによる。
 二人の若い男性は、顔つきも明らかにかの国の青年とは違っていた。偶然かもしれないが二人ともハンサムで、見るからに知性があふれ出ていた。何人かだけ気になったのでそのことを尋ねたのだが、答えた後「それでは失礼します」と言って先に御堂から出て行った。ぼくは100%言葉が分からないかの国のミサが好きだ。偶然かの国の神父が玉野に赴任して、月に1回だけ岡山教会でかの国の青年たちだけのためのミサをたてる。まるで歌うように式が進むのを子守唄のように聞くのが好きだ。そんなミサがすんだ後、ヨーロッパ人の神父がやってきて、なぜか僕に感想を言い始めた。「いいミサですね。ベトナム語は、本当の(イスラエルの)言葉に近いのでしょうね。その昔、上手く訳すことが出来たんでしょうね。日本語は、仏教徒が訳したからその影響が出ています」と教えてくれた。これは偶然広島教会でかの国のミサに初めて参加したときに僕が得た感触と同じだ。「ああ、同じ感慨に耽られたのだ」と、あながち僕の感性が的外れでなかったことが嬉しかった。
数分遅れて御堂から出て行ったら、さっきの青年がかの国の一人の女性から、彼女は姉をシスターに持つ敬虔なカロリック信者で、ミサも仕切っているのだが、パーティーに出席するように請われていた。二人連れは困惑していたが、僕も出席するからと言うと、ためらうことなく会場についてきた。同じ東洋人でも言葉が通じなければ、打ち解けようがない。ましてシャイな若者が多い東洋人は難しい。そういった中では図々しいおじさんは接着材として重宝なのだろう。
 二人の男性は、どちらも岡山大学の留学生だった。工学部に属しているらしいが、まだまだその分野の差は大きくて、学ぶべきところはいっぱいあり、それを国にもって帰りたいと言っていた。留学生だから生活費はすべて奨学金でまかなっていて、沖縄旅行に行ってきたばかりだといっていた。日曜日も働いているかの国の若者とは雲泥の差だ。おまけに日本語試験の一級を持っているから、いよいよ僕がいないと接点が生まれなくなってしまいそうだ。片や国のエリートとして責任感と期待を胸に来日し、片や生活水準の向上のためにただひたすら働くために来日し、それが教会と言う接点で集った。双方をつなぐのは信頼できる神父か、得体の知れないおじさんしかない。
 「自分達の国は幸せいっぱいの国なの?何の不安もないの?」と尋ねると、少しの沈黙の後「飛行機がよく落ちます」と答えた。「なんだ、自分たちはマレーシア人か?」


2014年08月10日(Sun)▲ページの先頭へ
土葬
 台風が、自分が住んでいる所の西を通るか東を通るかで、影響は数段の違いがある。
今日は牛窓の東を通ってくれたから、まずまずの影響ですんだ。床下浸水した地区もあるがおおむね幸運だと言ってよいと思う。
ただ気はかなりもんだ。10時前の満潮の時には、駐車場の傍を流れる山からの小さな川、それは普段、水深が数センチでしかないのだが、恐らく2メートル近くなって、道路からわずか15cmの所まで迫っていた。駐車場のフェンス越しに眺めていると、時には川下に、時には上流に向かって流れを変え、一進一退だった。恐らく水門を閉めてポンプで水をはかしているのだと思う。ポンプが勝てば何も起こらず、ポンプが負ければ、一帯が軒下まで浸水の被害に会う。我が家は違うが、すぐ近くの一帯はそうした低地だ。
 雨がかなり激しく振る中、一人フェンスにもたれて川を眺めていた僕を見つけて、一人の消防団員が近づいてきた。今朝の4時に召集を受け、以来あちこちの警戒に当たっているらしい。丁度その4時は県内で牛窓が一番雨量が多かった時間らしく、2時に寝たのに4時に起こされたと言っていた。ただ僕はそれをねぎらうことはしない。彼は結構ハイで、たまの活躍を楽しんでいた。「たまにはこんな緊張感もいいなあ」と彼自身も分かっている風だった。
 小川、コンクリートで3方を固めているから用水路と言った方がいいかもしれないが、は山から土をいっぱい溶かして運んでいるから、茶色に濁っている。それを見ながら消防団員の彼が言った。「ここにうなぎを取る筒を仕掛けたいわ。絶対いっぱい獲れるよ」なんでこんなに汚い、流れの急なところで獲れるのかと尋ねてみると、山からミミズが流されて、それをうなぎが追いかけてきて食べるのだそうだ。だから「今夜は中銀の前の入り江に人がいっぱい集まるよ」と教えてくれた。中国銀行の前の入り江はそうした小川が何本か集まっているらしい。地元の僕でも知らないことだ。「○○君、今夜まで待たずにすぐ帰って仕掛けをもってきたら?」と提案すると、「さすがに、今日は消防団で出ているからためらうわ」と言っていた。と言いながら「天然のうなぎで、こんなに大きいのがいっぱい獲れるんよ、1本3000円よ」お互い台風警戒よりも、そちらの話題に力が入る。海の恵みに詳しく楽しんでいる彼は「牛窓に済んでいたら仕事以外が忙しいのなんのって」と笑いながら困っていた。
 もう30年以上前に、それこそ今だ経験したことがないような大雨を経験したことがあり、僕は雨に関する危険の判断基準をあのときの経験に置いている。それを彼に切り出すと、今日の雨でも崩れたところがあると教えてくれた。それは同じ地区の砂利会社の裏山で、急斜面もいいところだ。その通報を受けて駆けつけて彼も手伝って土砂を取り除いていたらしい。すると作業中の彼の前に土砂が再び崩れ落ちて、危機一髪だったらしい。そのときの様子を彼が教えてくれた。「もう少しで土葬にされるところだった」


2014年08月09日(Sat)▲ページの先頭へ
犬畜生
どんな道でも究めると、部外者には輝いて見える。
今日は行けないと薬剤師から連絡があった。その理由が、犬を保護したからだと言うのだ。保護すると言うくらいだから、放浪している犬を捕まえて自分の家につれて帰った・・・と素人なら考える。実際は・・・まさにそのとおりらしい。
 まず、その犬が放浪していたかどうかを見極めるのが僕らには最初の難関だ。そのことを尋ねると、雰囲気で分かるとなんとも頼りない答が帰ってきた。しかしそれはひょっとしたら長年ボランティアをしていた人たちが積み上げた嗅覚で、一番の武器かもしれない。又首輪の傷み方、千切れ方で、その犬が家出したのか、置き去りにされたのかが分かり、毛並みの整い方で、どのような境遇にいたか、又、足の裏の肉球からも、どこで飼われていたかなどが推論できると教えてくれた。実際は、もっと教えてくれたのだが忘れてしまった。まるで探偵が事件を解明していくようなものだと思った。話の中の要所要所に飼い主に対する強い批判が覗くのは、捨てられた犬たちの保護を目的に作られたNPO法人で活動しているからだろうか。
 この1週間で、癌の犬と、まだエイズを発症していない猫の漢方薬を尋ねられた。愛情あふれる飼い主から相談されたらしい。僕の漢方薬の知識が役立てるのか興味を持って眺めているが、人間と同じように大切にされる動物がいることは、人間そのものに対する評価があがる。なにしろ、最近目にしたり耳にしたりするのは、犬畜生にも劣る爬虫類レベルの連中ばかりだから。


2014年08月08日(Fri)▲ページの先頭へ
皮肉
 薬剤師はいつその衝撃的な事実を知って、その上でなぜ僕のところに勉強に来ているのだろう。
 台風前ということだろうか、それともゴダイさんが昨日オープンしたからだろうか、それとも単にいつもの光景なのだろうか、午後暇だったのでコーヒーを飲んでいると、薬剤師が思い出したように言った。なんでも以前勤めていた薬局のオーナーは、僕の後輩で、同じ時間を大学で過ごしていたらしいのだ。だから当然、県人会で一緒に酒を飲んでいたはずなのだが、まったく記憶がない。恐らくまじめな学生で僕とは磁場が違っていたのだろう。その彼が薬剤師に言ったそうだ。「大和さんは、まだ大学にいるの?」と思っていたって。何年下の学生か知らないが、当然いなくなる年にまだ僕がいたってことだろう。僕自身は100年経っても卒業できないだろうと思っていたが、いや、どうやら他の学生もそう思っていたらしいが、当時面と向かって言われなかった分、陰ではもっぱらのうわさだったのだろう。もっとも、入学して5月にはもう力尽きていたのだからそう言われても仕方がない。それ以降モチベーションを維持できずに歳月だけがむなしく過ぎたが、ただの空白にはしなかった・・・と思う。
 多くの人たちの期待を裏切って、国家試験もパスし薬剤師になった。当時の空白時代に接した価値観を今だ大切に生きている。なんら生産的な活動をしなかったのに、なぜかその価値観にだけは出会えた。それがなければ今の僕を説明することは出来ないし、それがなければ薬剤師が僕のところに、特に勉強ばかりしていたという人が、勉強に来るはずがない。当時、夢もなく、目標もなく、することもない空虚な日々の連続が、生涯かけがえのない価値観を与えてくれた。皮肉なものだ。


2014年08月07日(Thu)▲ページの先頭へ
人情
 町民待望のドラッグストアが今日牛窓にオープンした。商売敵であるはずの僕も待望していた。現代ではドラッグストアがない町は、ドラッグストアも来ない町と同義語で、取り残された町と言う解釈が成り立つ。その点で進出してくれたゴダイさんに感謝する。僕がまだ若かった頃、姫路に講演に行ったとき、ゴダイさんの社長に御自分の薬局を案内してもらった。その頃から倍々ゲームで大きくなったゴダイさんと、そのまんまの僕が、小さな町で相対するとは当時は思いもしなかった。確か社長は僕と同じ大学の先輩だったと思うから、天と地の差だ。ついでに言うと、天どころか、宇宙と地の差の人物がいてスギ薬局の社長とその夫人だ。二人は僕の1級先輩と1級後輩だ。同じ教室で学んで、どうしてこんなにも差が出るのだろう。いや、この言い方は正確ではない。僕は教室にはほとんどいなかった。もっぱら柳ヶ瀬のパチンコ屋と喫茶店で過ごしていた。
 何でなのと言いたくなるようなことが、だから牛窓が好きと言いたくなるようなことが今日僕の薬局であった。開店セールに人が押し寄せているだろう時間帯に、僕の薬局はいつもと変わりなく淡々と仕事をこなしていたのだが、ある人はサロンパスを買いに、ある人はキンチョールを買いに、ある人はキャベジンを買いに来てくれた。恐らく我が家の仕入れ値より安いような値段で売っているはずなのに、平気な顔をして買いに来てくれる。さすがに漢方薬や込み入った病気相談の人は、僕の薬局を利用してくれると確信しているが、こんなどこにでもあるような薬まで買いに来てくれるのかと思うと感激ものだ。思わずゴダイさんを紹介しようかと思うくらいだが、そんなことは期待もしていないのだろう。田舎ならどこにでもある人情に久々に心を動かされた。


2014年08月06日(Wed)▲ページの先頭へ
祝福
 僕の感触では回復のスピードが遅く、家族の方に申し訳ないなと会う度に思っていた。
勿論、本人にも申し訳ない気持ちでいっぱいで、僕自身がめげそうになるが、当人のほうが何百倍もつらいに決まっているから、懸命に知恵を絞っている。そうした中、家族の方に思いがけない言葉をもらった。「いつも母の話を聞いてくださってありがとうございます。先生のところに来て話をすると気分がとても楽になると言って喜んでいます」
 何も不足がないような人だったが、やはり癌と言う病気は本人にとってはショックだったのだろう。それを現代医学のおかげで無事乗り超えたのに、不安はぬぐえないらしい。まるで別人のように体力も気力も衰えて相談に来た。そうしたトラブルに漢方薬は適している。役に立てる自信があるから引き受けたが、回復のスピードは僕の想像以下だった。本来もっていた美貌も、笑顔が消えたら、余計悲しげだ。僕はいつものように漢方薬と、何気ない、とるの足らない会話でお世話している。まったく笑顔が消えていたのに、今は僕のくだらない冗談によく反応してくれて笑顔も家族が認めてくれるくらい出だした。もうここまでくればしめたものといつもなら思えるのだが、今回はここでスピードダウンした。だから本人にも家族にも申し訳ないなと思ってしまう。それを知ってか知らないでか、お嬢さんが前述のような感謝の意を示してくれたので救われた。たかが薬剤師が抱えられる症状ではないのかもしれないが、たかが薬剤師だからかなりの同病の人を救うことが今まで出来た。願わくば、心の病気とちゃんと向き合って治すのではなく、斜に構えたまま不真面目に治ってほしいと思ってしまう。繊細や、品性や、努力や、知性や、本来備わっていることが祝福されるようなものが、刃を自分に向けているのだから。非力なくせに、そうした善良な人たちの役に立てたらと、田舎薬剤師だから思ってしまう。


2014年08月05日(Tue)▲ページの先頭へ
犠牲
 もったいない。僕の頭を100個集めてもかなわないような人が命を絶った。例の張ったり女性の犠牲になったのだろうが、心療内科に通っていたらしい。そのニュースを見てすぐ感じたことは、100分の一の頭脳しかない僕が言うのはおこがましいが、何で僕に相談しなかったのだろうかと言うことだ。家族やスタッフと話をしていて実際にその言葉を口に出した。心療内科にかかっていたら、恐らく抗鬱薬などを処方されていたのだろうが、その薬自体に自殺を誘引する傾向があることは周知の事実だ。あの女性の犠牲になり、あの薬の犠牲になり、そんなときは田舎に来て、頭が少し足りない薬剤師と馬鹿話をして、緑あふれる丘を眺め、光り輝く瀬戸内の鏡のような海面を眺め、欲望渦巻く都会の偽りに満ちた人間関係を忘れればよかったのだ。忘れられなくても、いくつかの馬鹿笑いをして、鬱積した心を解放してやればよかったのだ。恐らく周りにいるすべての人が華麗なる経歴と実績を持っている人たちだろうから、ただその日その日を何とか生きている人間などと接することは生涯なかっただろう。そうした別世界の人たちの中にこそ人間らしい血が流れていることに気がつくべきだった。


追記 「同僚によると、最近は服用していた薬の副作用で、会話がはっきりできないこともあったという」あんな立派な先生が。結局は張ったり女性に殺され、アホコミに殺され、製薬会社に殺されたのだ。


2014年08月04日(Mon)▲ページの先頭へ
原始的
 隣町に帰省した人が、持薬の便秘薬を忘れてきたと電話をかけてきた。あいにく同じ漢方薬を在庫していなかったので、
症状にあわせて漢方薬を作れますというと、わざわざ取りに来てくれた。その方が薬局に入ってくるなり「大きな薬局なんだ」とつぶやくのが聞こえた。東京に住んでいるらしく、懇意にしている薬局で便秘薬をもらっているらしいが、その薬局と比べてそう思ったのか、あるいはもっとたくさんの薬局を見て来てそう思ったのか分からないが、僕の気分が悪いはずがない。
ただそういった評価は初めてだから、大きいと言う意味が今だ分からなかった。東京は地価が高いから、薬局も無駄な土地を持たないだろうことは分かるが、それでも薬局の実力があれば広い土地を得、大きな建物も作るだろう。牛窓みたいな坪10万円を切るようなところで広い土地をもっていても都会の人から見れば、些細な価値でしかない。だから大きな薬局と言う感想にどうしても違和感を持ってしまう。実力もないのに「口が大きい薬局、大口を叩く薬局」と言う評価ならすんなり来るのだが、どうもそうではないらしい。「態度が大きい薬局」と言うのも認める。自分では一所懸命勉強してきたから「患者さんの見返りが大きい薬局」を自負しているのだが、初めてお会いする方には当てはまらない。
 何代か前の岡山県の薬剤師会長が「大和さんのところのような薬局が本物でないといけないんだよ」と堅苦しい代議委員会がすんだ後わざわざそばにやってきて言ってくれたことがある。その時も僕は何を言ってくれているんだろうと狐につままれたような気分になったが、漢方薬も含めて何でも屋さんであるべきだと言う意味だった。医院の前で処方箋に特化した薬局を彼は好ましく見ていなかったみたいだ。ただその本物は、なかなか存続が苦しいみたいで、どんどん市中から消えている。
 僕や娘夫婦がやりたい仕事には丁度よい大きさなのだが、この建物を建てたときに「大は小を兼ねる」と言う教訓を意識しておけばよかったと時に思うこともある。新しい試みに挑戦しようと思っても場所がなければどうにもならないという、きわめて原始的な障害に遭遇してしまうことがあるから。


2014年08月03日(Sun)▲ページの先頭へ
温羅
 僕が目指している商店街のアーケードの下辺りから、スピーカーで叫ぶ大きな声が聞こえる。近づくにつれて大きくなる。なんだか青年期のデモを思い出した。当時は日常茶飯事の光景で、目的を本当に理解していたのかどうか今では疑わしいが、シュプレヒコールの声を街中に轟かせていた。政治に興味があろうがなかろうが、なんとなくでも参加できた垣根の低い行動だった。
 僕が見たのは、似て非なるものだった。結構強い雨だったので、今日岡山市で大きなお祭りが行われていることを忘れていた。多くの若者たちの団体が、うらじゃ踊りに参加して、その出来栄えを競う日だ。恐らくずいぶん練習してきたのだろう、その装束はもとより踊り自体もなかなかたいしたもので、雨をよけてアーケードの下で繰り広げられている幾団体の踊りはそれぞれ圧巻だった。
 ただ僕は立ち止まってそれを見る気は起こらなかった。誰が音頭を取ってこんなことをやらせているのだろうと思ったのだ。若者が楽しそうに踊っているのを否定するものではないが、僕は本来の若者が使うべきエネルギーが、何か違うものに使われ、意識を本質からそらされているのではないかと思ったのだ。大人たちがお膳立てしてくれた中で騒いでも、所詮世の中も自分も変えることは出来ないのではと思ったのだ。
 まるで老人たちが経営する会社の中で、安い給料に甘んじ、過労死寸前まで働かされている若者に見えたのだ。まるで老人たちが己の欲望を満足させる手段に遣っている政治の場で、無関心を逆手に取られ、生かさず殺さずの時代に引きずり込まれているように見えたのだ。いつ誰がどのような手段を使ってそうしたのか、青年たちは記録しておくべきだ。そしていつか必ずやって来る断罪の日に備えるべきだ。若者たちがいつか本当の「温羅」になって、自分たちを守って欲しいと思う。
 


2014年08月02日(Sat)▲ページの先頭へ
返事
 いつものように返事を差し上げた方から、「素敵なお話をありがとうございました」と言うような返事を頂いた。過敏性腸症候群のお世話をさせていただいている人によく飲んでいただいている僕のある二つの処方(肝っ玉を強くする処方と、どうしても超えることが出来ない壁を越えることができるようにする処方)の違いを教えてくださいと尋ねられたので、具体的な例を参考に(登場人物は必ず許してくれる)書いただけだ。数日前に頂いた返事だったのだが、誉められたので読み返してみると、他の人にもこの説明をしておくべきだと思ったので、この場で披露する。

 高速道路やトンネルを運転すると血の気が引いて失神しそうになるお母さん。PTAの会合などにも出ることが出来ませんでした。勿論仕事も出来ません。薬局に来ても目はキョロキョロ、態度はオドオド、この人に使ったのが肝っ玉をつける処方です。今は一人で遠くから薬を取りに来ます。念願の○○の仕事もしています。人生相談にしばしば来ます。いまはまるで娘みたいです。彼女のエピソードですが、コンビニの前でしゃがみこんでたむろしている若者たちに、注意したらしいです。その時にいった言葉「先生、肝っ玉がつく漢方薬はもういいです」

貴女みたいにいろいろなことができている方に、この処方は必要ないかなと思ったのです。むしろただ一つのことを超えることが出来なくて苦しんでいる、それは心の中の壁ですが、それを違う角度から眺めて解決できる柔軟さをつけることが出来たら治ると思うのです。いわば思い込みを解決する処方と言っていいかもしれません。これで解決できた人もかなりいるのです。人前で話すときも「緊張しない人のほうがおかしいだろう」と思えるような処方です。
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〒701-4302
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