栄町ヤマト薬局 - 2014/06

漢方薬局の日常の出来事




2014年06月30日(Mon)▲ページの先頭へ
勝負
今年も学校保健委員会の季節が始まった。今日参加した学校がちょうどインターネット環境について取り上げていたので持論を述べてきた。
一言で言うともう勝負はついている。何をどう父兄や学校ががんばろうが、勝てるわけがない。片や優秀な頭脳の集まりだし、片や個人だ。
インターネットで食っている人たちは、それこそたくさんの頭脳を集積して出来るだけ収益を上げようとする。それには中毒患者を作り出すことが重要だ。ネット環境がないと生きていけないような人間を作れば作るほど経済的に潤う。これは他の業種にもいえる普遍的なことだ。酒だって、タバコだって、医薬品、麻薬だって覚せい剤だって、車などの物だってそうだ。いくら学校や家庭で、ゲーム時間を減らしましょうなどといっても、面白いソフトをこれでもかこれでもかと供給してくるのだから、それから逃れることは出来ない。
 それにしてもこの世は終わりだ。わが子には絶対させたくないものを懸命に企業で作っているのだから、親と企業人の2つの顔を使い分けている。巡りめぐってわが子が被害を受けるのに、そのことに気がついているのかついていないのかわからないが声を上げることをしない。なんだかんだと言われても結局は居場所を見つけたファーストフードしかり、インターネットは負の効用には目を瞑り、多くの依存症を作りながらも、社会の最重要部分を占めるのだろう。


2014年06月29日(Sun)▲ページの先頭へ
徳俵
パソコンを変えてから返信が届かないことで悩んでいるが、最近は機種の問題ではなく相談してくれた方がパソコンからの着信を拒否していることが多いことを知って、若干「返信が届いていないかもしれない病」から解放されてきたが、それでも相談メールが僕のところに届いていなかったと言うのは初めての経験だ。ひょっとしたら、迷惑メールと一緒に削除してしまったのかもしれないと、新たな緊張の種が生まれた。ただ今回そのような経験をしたが、送り主が不審に思い電話をくれたので、メールが届いてないことを知ることができたし、何よりも電話で直接相談を受けることができた。そして彼女が、電話のほうが圧倒的に情報を多く伝えることが出来てよかったと評価してくれたことはうれしかったし、この経験を僕の返信が届かない(僕は何度も何度も返信しているのだが)まだ見ぬ人に伝えたい。(最初の相談から住所を入れておいてくれたら郵便でも接触できるのだが)
一度電話で話したことがある人はご存知だが、自分で言うのはなんだが、僕はおそらく話しづらい人間ではないと思う。顔は水も滴らないし、きりりとしまらないし、紅顔でもないし、知性は枯れているし、言葉は訛るし、およそ薬剤師からぬおじさんだ。ただ一つだけ皆さんにとって役に立つものがあるとすれば、青春時代を同根のトラブルで自滅し無駄に過ごしてきたってことだけだ。いわば共通の土俵に立てることだけだ。もしあのことさえなければ、周りの大人に相談して対処していたらと、後悔ばかり・・・・ではないが、もしあのことさえなければ今頃は銀幕で渋い演技を見せていただろう。
 特に過敏性腸症候群で悩んでいる皆さん、理不尽なことで青春や人生を無駄にしないで。悩んでいる間に世の中がそれこそ理不尽な人たちで支配されようとしている。気をつけないと病弱な人など非国民とののしられる時代が来てしまう。自由は今まさに徳俵の上で、やっと踏ん張っている。


2014年06月28日(Sat)▲ページの先頭へ
記事
仕組みがよくわからないから諦めているが、最近、インターネットに接続すると一番に出てくる画面がとても下品だ。戦争でも煽っているのかと思うくらい下品な言葉で近隣の国を侮辱している。記者が書いているのか、その手のライターが書いているのかわからないが、毎日毎日そんな記事を読まされたら、あたかも近隣諸国は悪で、自分たちは善みたいに思ってしまうかもしれない。
この手のことを言える人たちはよほど自信があるのだろう。普通の人は恥ずかしくて口に出来ないと思う。それだけのことを言うにはかなりの人間力がないと、他を圧倒するだけの人間力がないとおこがましくて口には出せれない。
 ところが最近はやたらその手の文章が目に付く。煽った挙句に何を期待しているのか下々にはわからないが、結果だけは見えている。田舎者と貧乏人が死に、金持ちがまた財を築く。延々と繰り返してきた人間の性だ。こびることで上手く立ち回る人たちがお天道様の下に出てきたら危険水域は近い。
誰もがこの世にはわずか何十年しかいないのだから、人を大切にして生きてみたらいいのに。庶民にあの国もこの国もない。毎日を懸命に生きているだけなのだから、煽られて身包みはがれて土にまるでごみのように捨てられたらかなわない。


2014年06月27日(Fri)▲ページの先頭へ
二束三文
早起きは・・・二束三文。
昨夜寝る前に一人でテレビを見ながらスイカを食べた。喉が渇いていたから結構食べたような気がする。スイカの利尿作用を見直した一夜だった。と言うのは朝までに3回トイレに起きた。そして4回目が5時だったので、もうその時点で起き上がった。
いつものように新聞を20分くらいかけて読み、その後は駐車場で草を抜く。さすがに今日はいつもより30分くらい早いが、おおむねこのような生活を繰り返している。
結構草取りは邪念から解放されて気持ちがいい。夢中になって時間を忘れることもあるくらいだ。だから一台のオートバイが静かにそばを走り去ったのはわかったが、それがUターンして戻ってきたのには気がつかなかった。オートバイの主が声をかけてくれて初めてわかった。彼は近所で寝具やカーテンなどを販売している男性だが、小さなバケツを持っていてその中の獲物を見せてくれた。大きな貝が二つと、にょろにょろと動いている蛇みたいな魚が一匹だ。結構大きな貝だったので「アワビ?」と尋ねると「ダテ貝(忘れた、こんな感じだった)」にょろにょろまだ十分生きがよいほうは「うなぎ?」「アナゴ」と、まるで外れた。「大和さんと話していると都会の人と話しているようじゃなあ」と笑っていた。この垢抜けた僕の風貌と品を見ればそれが冗談には思えないが、結構かつての潮の香りは僕の頭からは消えている。彼は夜のうちに網を仕掛けて、早朝上げに行くそうで、それが何よりの楽しみといっていた。海辺の生活を十二分に楽しんでいる。そう言えばオートバイに仕掛けも積んでいて、それを見せてくれた。誰にでも作れて、どこででもしかけれるんだとそれを見て思った。だって、彼が昨夜仕掛けていた場所は数分で歩いていけるクルーザーを販売している会社の堤防だったのだから。
彼と数分間の会話を楽しんで家のほうに帰ろうと道端に立っていると、一台の軽四が止まった。見ると、法務局に出張を繰り返した僕の友人だ。車の中から僕に「早いなあ」と声をかけてきたが、彼のほうが早い。どうしてこんなに早くから行動しているのかと思って尋ねると「邑久町に仕事に行く」と言った。この前まで自転車だったのに、車に乗って仕事に行く?友人の僕としてはうれしいことだし安心だ。僕が昔となんら変わりなく楽しく付き合うことが多くの住民にとっては不思議らしく、怪訝な顔をよくされる。ただ僕はそんなことはまったく気にならないから、今でも親友だと公言する。
 実はこの朝出会った二人に共通するものが一つだけある。まじめに家業に専念している人も、道を踏み外して法務局に長期出張を繰り返す人も、並外れたギャグ名人なのだ。一緒にいると機関銃のように笑わせてくれる。テレビに出てくる能無しタレントたちより何倍も面白い。いわば草野球が大リーグに勝つくらいの話だ。いや草サッカーがメッシに勝つようなものだ。いや、ヤマト薬局がマツキヨに勝つようなものだ。とにかく人の何倍も僕は(いや牛窓の人たちは)この二人のおかげで笑いあふれる人生を送れた。どれだけウツウツとした僕に健全な免疫を与えてくれただろう。感謝感謝だ。なんでもないような日常も積み重ねれば、とても大きな力になる。僕ら田舎で暮らす人間は二束三文かもしれないが、健全さにおいては負けないかもしれない。たとえ法務局に出張を繰り返していても。


2014年06月26日(Thu)▲ページの先頭へ
屈辱
「思わず、先生のところに行くように言おうかと思いましたよ」と嬉しいことを言ってくれるが、病院のスタッフがそれを言うわけにはいかないだろう。ただ彼女も数年前に、途方にくれてやってきて、以後漢方薬で見事に社会に復帰できたからつい紹介したくなったのだろう。さすがに病院に勤めているだけあって、患者が飲んでいる抗鬱薬のことも理解しているし、経過がまったく思わしくないことも知っているから、僕に紹介したほうがいいのではないかと誘惑に駆られたのだと思う。
僕のところにやってくる人は現代薬を飲んでいる人が多い。そして僕はそれらの薬を当然今までどおり飲んでもらう。飲んでいると言う前提で漢方薬を考える。僕に言わせればいいとこ取りでいいのだ。要は患者さんが治ればいいのだから、漢方薬の自然治癒力を惹起する力を利用して、早く社会復帰できることだけを考える。漢方薬が一番なんて考えたこともないし、こだわりもない。体調が戻れば現代薬はやめれるし、漢方薬もいずれ必要なくなる。
心のトラブルから脱出するのに薬以外で必要なことがある。それはいい人に接することだと思う。偉い人ではなく、いい人にだ。心地よい人間関係ほど、それはすこぶる難しいが、人から警戒心を取ってくれるものはない。人と接するときにまったくの無防備でおれるなら、これほど心が休まることはない。戦わなくてもよいと誰かが言ってくれるなら、自ずと力も抜ける。脱力することが許されないこの時代に、そのことを許してくれる人が近くにいたなら、心は折れない。 
僕にはウツウツと暮らしている人が病人には見えない。むしろ被害者に見える。働いて懸命に働いて、蓄えることも出来ずに、どうして健全な精神でおれようか。僕は彼らに言いたい、病人にさせられてなお貢ぐような人生だけは送らないでねと。屈辱はいつか必ず晴らしてねと。


2014年06月25日(Wed)▲ページの先頭へ
意図
熱狂的なファンには申し訳ないが、所属するチームの欧州での試合にもフルに出させてもらえないような選手がエースなどと言うのでは、この程度の試合内容は想像できていた。だからもともと期待などはしていないし、負けてがっかりとか悔しいとかの感情はまったくわかない。だから僕はどことどこが戦っていようが、勝ち負けにはまったく興味がない。ただし、外国の選手がやたら上手いので、見ごたえは十分ある。
オリンピックのときも感じたが、日本人はとても煽られやすい。どうみたって、勝てそうにないが、テレビで朝から晩まで見せられると、なぜか勝つのではないかと思うみたいだ。オール楽観主義に陥っていたように思える。
これがスポーツくらいならまだしも、こと政治の場面でこれでは悲劇だ。一部の金と権力を独占しているやつらの思う壺にいとも簡単にはまってしまう。何の利益をこうむらない人間が、利益を独占するやつらを守ると言う、古来から繰り返される悲劇を、平成の世の中で経験しなければならないのか。
何の意図が隠されているのかわからないが、ヒステリックなテレビ番組からやっと解放される。僕にはいつか来る日のために訓練しているようにしか見えないのだが。


2014年06月24日(Tue)▲ページの先頭へ
うしまろ生活
どう見ても僕らしくないから手を出さないし、そうする技術的な裏づけもない。ひたすらつたない文章を書いていればいいのなら出来るが、こと写真をホームページに載せるなんてできやしない。もっともカメラ暦ゼロの僕だから最初から門外漢だが。
 誰かしてくれないかなと以前から思っていたが、ついに姪がやってくれることになった。今日漢方問屋の専務さんに教えを請うて出来るようになったみたいだ。ちなみに数日懸案だった改行の件も解決してくれた。嬉しくて改行しまくってやろうかと思ったりしている。
 僕の希望を姪には伝えている。牛窓に住んでみたいという希望を最近耳にする機会が増えた。そうした人たちに土着の僕が何か発信できないかなと思っていたのだが、一つ出来ることに気がついた。「うしまろ(昔の呼び方)」の生活ぶりを背中から紹介しようと思ったのだ。さあ来て下さいとか、これでどうだは真正面から牛窓を見せている。それは訪れるための視線で、住むための視線ではない。訪問者に見えるものではなく、すんで見て見える景色を紹介してみたいなと思ったのだ。姪が僕の意図をどれだけ理解してくれたかわからないが、そのポイントでのみ僕の存在意義がある。
 専務さんに教えを請いながら早速ひとつホームページにアップしたみたいだ。予告編と言うか試作品と言うか、その手のものだから明日以降に本物がアップされると僕自身も期待している。


2014年06月23日(Mon)▲ページの先頭へ
紅参
やはり、そうは問屋が、いや電話をした相手は問屋ではなく、製薬会社だったが、降ろさなかった。せっかく、その生薬を飲んでいる多くの人の役に立てると思ったのに残念だ。この1年くらいの間に見る見る値段が上がった生薬の中でも「紅参」は筆頭かもしれない。もう優に2倍以上にはなっているだろうし、まだまだ上がらない保証はない。すでに庶民には高嶺の花になってしまった。僕はもう何十年もこの薬草を使っているが、今までこの生薬を選択するのに何のためらいもなかったが、今ではつい相手の経済を考えてしまう。お金がある人だけが健康を買える、もうずっと若いときに感じていた危惧がかなり現実味を帯びてきた。
 何気なく見ていた薬価表(厚生省が保険で使える薬の値段を決めたもの)で、紅参を見つけた。そしてその値段が僕が今仕入れているものの半値なのだ。これならたくさんの人にまだ紹介できると思って早速製薬会社に電話をしてみた。学術の女性が電話に出てくれて、紅参は現在経過措置中で品物がないと教えてくれた。専門用語でわからないと思うが、僕が彼女に言った言葉をそのまま載せれば容易に理解できると思うから、再現する。「結局、あの値段では儲からないからもう扱わないんじゃろう?」大正解だ。あっさりと彼女も認めた。国が定めた薬価と言うものは2年間変えることが出来ないから、売れば売るほど損をするってことだ。仕入値段が倍以上に上がって、同じ値段で売っていたら当然と言えば当然だ。かくして僕の希望は一瞬の幻に終わった。善意も意外と実現しないものだ。いや、善意だから実現しないのか。
 番外編・・・気がつかれた方もおられるかもしれないが、一太郎からワードになったせいで、段落がうまく出来ない。出来ないから連続で最近は一気に最後まで書いてしまう。仕方ないから今日は、一段空白を作って段落を変えてみた。こうすれば段落が作れた。漢方問屋の専務さんが来て教えてくれるまで、こうした段落作りしか出来ないかもしれない。読み苦しくてごめんなさい。
 もうひとつついでに番外編・・・返信してもメールを受け取っていただけなかった人の一人が解決。あと二人、携帯電話の着信拒否を解除して!返事をもう何回も送っているので。


2014年06月22日(Sun)▲ページの先頭へ
入場券
近くに島がないところを走っているときは、ゆっくりとしたスピード、まるで人間が歩いているのと変わらないのではと思っていたが、いざ港に入ってみると結構なスピードだったことに気がつく。比べるものがないところでは、実際を知ることは意外と難しい。僕が宇高航路で一番好きなのは、まさに高松のビル群が間近に迫ったときだ。港に入る前辺りだろうか。今日もかの国の女性を7人連れて四国に渡ったのだが、なんとなく一人で風景を楽しんだ。何から発想したのかわからないがデッキで景色を眺めながら、人生なんて、ふと上陸した島のようなものだと感じた。無限の時間の中で瞬きするほどの瞬間、この世に顔を覗けただけのような気がした。本来は無限の中の無の存在でしかないのだ。だからこの一瞬なんてほとんど意味を持たず、嘆いたり悲しんだりしなくてもいいのではないかと思った。今日の高松行きは、自衛隊のコンサートに応募して当選したから、ぎりぎりいっぱいの8枚の入場券をもって、穴吹ホールとやらへ行った。例の三宅由佳莉さんは出演しなかったが、僕ら素人には十分すぎるくらい上手で、かの国の女性たちも心から楽しんでくれた。ちょうど巷では自衛隊をめぐって胡散臭い、きな臭い話題で持ちきりだが、演奏している彼らや、ホールでとても丁寧に応対してくれた自衛官を見ていて、アホノ何とかに殺されないでくれと何度も思った。守るべきは不平も言わずに、黙々と働いている多くの国民で、決して、何様かと思わせるように反り返ったやつらではない。殺さないで、殺されないでと、演奏を聴きながら思っていた。


2014年06月21日(Sat)▲ページの先頭へ
人生相談
数年前に初めて薬局にやってきたとき、入り口の辺りからもう泣いていた。昨年、いや一昨年になるかな、車の免許を取るときに、教習所で教官や他人と一緒に狭い車に乗らなければならないことや、学科の勉強で教室に入らなければならないことが苦痛で泣いていた。ところが今回、彼女は涙を流すどころか、時に笑い声をはさんで、「明るく」嘆いていた。この間にずいぶんと大人になったものだと思う。立派な大人とまでは形容できないが、そしてゆっくりとした歩みだが、着実に大人になっている。生活費を稼ぐために2つのアルバイトを、それも本来一番苦手とする接客の仕事をしている。11、いや21、あれっ31だったかな、いやもっと多い数字だったかな、どうでもいいや、要は今風のアイスクリーム屋さんで働いているそうだ。その店を僕は当然知らないが、最近モダンなアイスクリーム屋をよく見かけるから同じようなものだろう。この機会に言わせてもらえば、もう僕の世代では近寄ることが出来ない。たかがアイスクリームなのに、どれを買えばいいのかわからないくらい種類が多いし、そもそもどう言って注文したらいいのかわからない。相談電話なのにここぞとばかり、アイスクリーム屋さんについて僕の感想をぶつけてみた。すると彼女は相談なんかほっといて親切に教えてくれた。それによるとお客さんの中には結構年配者が多いらしい。おじいさんなんかもやってくるらしい。もっともお金と時間はたくさん持っているから、さもありなんとは思うが。そして案の定、勝手がかなりわかりにくいらしくて、買い方の質問をよく受けるらしい。いったい、買い方もわからないような商売があるのかと思うが、実は最近多い。お金を持っている世代をみすみす失っているようなものだ。こんなときおそらく彼女は俄然力を発揮するだろう。青春の一番いいときを、いわゆるガス漏れで棒に振ってしまったのだから。ただ彼女は、ことおしゃれにおいては結構洗練されているように僕には見えたので、かつての夢をかなえるように、自分自身が輝ける場所を求めて挑戦したらいいのにといつも思っていた。だから今回せっかく完治していたものがぶり返したと相談してきたが、僕は逆に思い切ってその場所に出て行く機会にしたらいいのにと思った。症状がぶり返しでもしないと僕と接触することもないだろうから、僕の従来の考えを伝えた。健康相談が人生相談になってしまったが、僕の心の中では、彼女もまた大切な若者の中の一人であり続ける


2014年06月20日(Fri)▲ページの先頭へ
感謝
珍しく息子に感謝された。なんでも、最近他の科に紹介することが少なくなったらしいのだ。今までは畑違いだと思ってすぐに紹介していたものが、自分で治すことが出来るようになったとのことだ。主に婦人科や心療内科の分野のことだと思う。基本的にはお互い仕事の話はしないが、偶然健康番組などにチャンネルが合わさっているときになんとなく、それに話題が行くことがあり、漢方の処方を僕が口にすることがある。僕ならこうして治すと。それを聞いていた息子が実際に応用したらしい。すると結構たくさんの方に喜んでもらえて、反響がいいらしいのだ。
おそらく彼が使っている漢方薬は、どこかの村と言うような名前のところのものだ。僕は煎じ薬がいいよと言うのだが、それは出来ないらしい。それならせめて、「困ったろう」と言うように聞こえる漢方薬のメーカーのものにしたらと助言するが、彼に裁量はないらしく、前任者の選んだものを仕方なく使っているようだ。それでも喜んでもらっているのだから、煎じ薬にしたらどれだけ人助けが出来るだろう。生薬が先進国で取り合いになり価格が高騰している折、確率高く使われて、資源を守るべきだ。ただ点数を上げるために使われている様な処方にしばしば遭遇するが、せめて息子にだけは無駄遣いさせたくない。そして、もっともっと自発的に漢方薬について探求してほしいと思っている。


2014年06月19日(Thu)▲ページの先頭へ
問診
今日はこの場を借りてお願い・・・なんて言うと、不祥事を起こした会社やタレントの謝罪会見みたいだが、結構僕にはストレスだから、この場を借りまくる。パソコンをいやいや新型に買い換えさされて、結局はうまく使えなくて毎日悪戦苦闘している。その際たるものが、新たにメールで相談してくれた人に返信が出来ないことだ。最初はドコモ経由で相談してくれた人だけに返信できないのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。僕は極度の「返信していないかもしれない」病だから、毎日20人くらいに日付が変わらないうちに返信する。しかし、最近に限って、その中のいくつかがメールが届かなかったと言うメッセージとともに帰ってくる。パソコンに関してのトラブルにすべて対応してくれている漢方問屋の専務さんに、急遽遠路はるばる来て貰って対処しているが、それでもなお解決しないことが多い。いろいろ手を尽くしてくれた挙句「先方の携帯が着信を拒否しているのではないでしょうか」と言う結論に落ち着くことが多い。そこで、僕の返信が来るはずなのに来ないと不快?不信?に思っている人は、まずその着信拒否の解除をしてくれること。その上でまだ返信が来ないなら電話で相談してほしい。僕は田舎でしか薬局をやったことがないから、うまく振舞うなんて到底出来ないのだ。等身大でぶつかり、裏表のない仕事をしてきた。出来れば縁あって、こんな田舎の薬剤師に救いを求めてきた人を、希望するレベルまで押し上げてあげたい。だからただ一人のためだけでも、気力と体力と知恵を使う。僕の返信が届かないなんて僕には耐えられないのだ。僕は今3人の方の連絡を待っている。返事が来ないと不愉快に思っているだろう3人が今日のブログを読んで、僕が返信で送っている問診に答えてほしい。


2014年06月18日(Wed)▲ページの先頭へ
臨終
よく医者が原作者になってドラマが書かれることがあるが、息子の話を聞いていて、なるほどネタには困らないんだと思った。薬剤師みたいに、物(薬)相手だとなかなか面白い話には遭遇しない。なるべく仕事の話はしないようにしているが、昨夜の夕食時間に面白い話をしてくれた。テレビで病気を扱った番組をしていてその話の延長で出た話題だった。
 先輩から教訓として教えてもらっていることがあるらしい。その先輩が、大学病院で働いていたとき、ある患者の臨終に立ち会った。大学病院だからこその話だが、亡くなったら献体していただけないかと、枕元に集まっている家族にお願いしたらしい。すると家族ではなく、今まさに亡くなろうとしている病人が「よろしくお願いします」と答えたと言うのだ。何でも、人間の六感で最後まで機能しているのは聴覚らしくて、その人はまだ耳だけは機能していたのだ。だからまさに亡くなろうとしている人の前ですら、いや、前だからこそ、細心の注意を払えって言う教訓だ。当事者でない僕にはまるで笑い話だ。若干ホラーっぽいが、また不謹慎かもしれないが、大声で笑った。吉本新喜劇がまさに現場で行われていた。


2014年06月17日(Tue)▲ページの先頭へ
限界
「先生の漢方薬で何とか乗り切っています」若い女性がそう言ってくれても、背景が解決しない限り、その家族に安泰が訪れないことがわかるから、喜ぶことは出来ない。家族中の多くの不調は取ってあげれるが、それは家族の周辺症状でしかない。本丸は漢方薬でお世話できるものではない。僕がお世話し始めて、少しずつ本丸の事情が漏れ伝わってきて理解できるようになったが、懸命に生きているごく普通の家族に襲い掛かる得体の知れない不幸は、現代社会ではどこの家でいつ起こっても不思議ではないくらいありふれている。いつのころからそうした人を家庭が抱えるようになったのか知らないが、そんなに昔からのことではない。ひょっとしたらこの数年、いや10年くらいと言ってもあながち間違いではないような気がする。
何が間違ったのだろう。多くの若者が、そして今や元若者が失意のうちに時間を見失っている。使うべきものから呪縛されるものに変わっている。まるで無限に、圧迫感を持って続く見えない障壁に、どれだけの人がもがき苦しんでいるだろう。そしてその周囲で右往左往する多くの家族が見える。誰かのせいに、何かのせいにしてでも早く呪縛から解放されてほしい
漢方薬の、僕らの限界を突きつけられる日々だ。


2014年06月16日(Mon)▲ページの先頭へ
案の定
案の定とはまさにこのことだ。
1週間前に岡山道を通ったとき、トンネルが多くて、その中のいくつかがかなり長いことが気になっていた。橋も多くて、その中のほとんどが結構高いところを走るので、車高の高い車をやめて高速道路に適した車で走ったのだが、その安定した性能をしてもまだ、トンネル内の単調な景色は危険だと感じた。どこを走っているのか、どの程度壁とはなれて走っているのか、スピードはどの程度なのか、感覚が麻痺するような気になり、良くぞこれで事故が起きないんだと感心ながら、自分を戒めながら走っていた。よく利用する人たちにとっては気づかないかもしれないが、1年に一度、合計でも片手で収まるくらいしか走ったことがない人間にとっては、あのトンネルは危険極まりなかった。急ぐ必要がなければ、僕だったら津山経由でゆっくりと県北には行く。
今朝のニュースでまさにあのトンネルで死亡事故が起こったのを知った・80歳代の老人が運転していたみたいだ。側壁にぶつかってなくなったらしいのだが、ニュースを聞いてやはり事故が起こったのだと、悪い予想が当たったのだと思った。おそらくかなりの人が危険を感じているのではないか。ただ今まで当事者にならなかったので大きな声にはならなかったのだろう。ただいつ誰が当事者になるかもしれないのが交通事故だ。知恵とお金が必要とされてい


2014年06月15日(Sun)▲ページの先頭へ
睡魔
 2時間懸命に食らいつこうと思って臨んだのだが、半分以上は睡魔との闘いだった。そしてほとんど負けていた。
 どうして中医学というものはあんなに難しいのだろう。医学か哲学かよくわからないが、漢方薬を科学的に?客観的?に解釈するためにまとめられた医学なのだろうが、科学的に客観的にわからないときたからいよいよ僕にはあっていないのだろう。どうも僕の印象だと、よく言えば理論的な人、悪く言えば、むしろこちらのほうがあたっている印象は受けるが、理屈っぽい人が多い。僕みたいに「効きゃあ、よかろうが」なんて品のない輩は会場の中にいない。
 それにしても講師の中国人女性のパワフルな講演には恐れ入る。その昔このようにあの国にはいっぱいお世話になった。沢山の知識をもらった。近代になって一瞬立場は逆転したが、ほとんどの歴史の中ではあの国から多くを授かっている。いたずらに煽って何を得ようとしているのか知らないが、今煽っている人たちを覚えておくべきだ。いつかそれを断罪する日まで。
 日本漢方を何か補完できたらいいなという、僕の得意のいいとこ取りで出席したのだが、実際に明日からの仕事に生かせることが出来るものはなかった。医師相手の講演会だから当然だが、多くの出席している医師達はどうなのだろう。明日から早速今日の内容を生かすことが出来るのだろうか。講演後に質問を受け付けたが、何を聞いていいのかわからないくらい難しかったから、質問は出なかった。
 尖閣も異常接近も、こと漢方の世界では関係ない。何十人の出席者が一人のかの国からやってきた女性医師に教えを請うている。政治という胡散臭い場所以外ではおそらく同じ光景が広がっているだろう。


2014年06月14日(Sat)▲ページの先頭へ
掃除
漢方薬の勉強にやってくる薬剤師は、朝一番にトイレの掃除をしてくれる。掃除といっても簡単にほうきで掃くようなものではなく、しゃがみこんでブラシで磨いてくれる。おかげでもうずいぶんとたっているトイレが光っている。黄ばみもなくなってしまった。娘が「きれいだったんだ」と言うくらい実際に光っている。
勉強にやってくるたびにお土産として古新聞を持って帰るが、それは保護した捨て犬たちの粗相のために大量に必要なものらしい。何よりも彼女はそのお土産を喜んでくれる。ボランティアで捨て犬の世話をしているから、薬局のトイレ掃除などなんでもないかもしれない、
彼女は獣医さんのところにもお邪魔して、動物の病気についても勉強している。実際に患者?患犬?がやってきて獣医が診察し薬を決めるところまでの一連の流れを見せてもらい勉強しているらしい。彼女の唯一の目的は、人間の都合で犬たちが虐待され、そして捨てられることを防ぐことらしい。その犬の好きようが半端ではないと思っていたのだが、犬を救うためという固い信念で漢方や獣医学を勉強している。
数ヶ月前に愛犬チワワを救えなかったのが、今のポテンシャルの高さの原因になっているのかもしれないが、なんとなくチワワに顔が似てきている。愛情が深すぎて乗り移ったのだろうか。僕の知識がどのくらい役に立てるのかはわからないが、愛情深い薬剤師の、いや捨てられ傷ついた犬たちの役に立てれればと思う。


2014年06月13日(Fri)▲ページの先頭へ
道路を挟んだ向かいにある駐車場に軽のバンが止まったのを何気なく見ていた。すると若い一組の男女が降りてきて薬局に入ってきた。すぐに誰だかわかった。
ありがたいことにこの二人は牛窓に住みたくて東京から空家を物色しにやってきている人達だ。もう2回目か、いや3回目かな。ただ待てよ、東京からあのバンでやって来た
の?。挨拶もそこそこにその疑問を彼らにぶつけてみた。「あの車で東京から来たの?いったい何月に出発したの?」と。すると彼らは笑いながら13時間で、それも途中で休憩した時間を含めて、やって来たと教えてくれた。信じられないけれど高速道路を利用してきたらしい。確かに時々僕も高速道路を利用するが、勇敢にも軽が走っていることもある。ただ僕の印象では、やむなく高速道路を利用しなければならない地元の人が、限られた区間いやいや走っているものと思っていた。ところがどっこい、あの車でいくつかの名前が変わる高速道路を走り続けてきたのだ。詳しくは知らないが、東名、名神、山陽などではないか。
 若いということは勇敢でいい。年とともに、実はどうでもいいようなものなのに守るものが増えて臆病になる。守る価値もないものを後生大事にしているのかもしれないが、とにかく危険なことは避ける傾向にある。だから軽で100km近いスピードを出して東京からやってきたことに敬意を表したいくらいだ。その上縁あってこの町に住み、夢を実現してもらえれば、少しでもかかわったことが喜びとなる。「岡山県の他の町に来た人はいわゆる放射能から避難してきた人が多いが、牛窓に来る人は何かをしようとポジティブな人が多いです」と男性が言ってくれた。さすが軽で東京から来る人。それだけで十分ポジティブだ。


2014年06月12日(Thu)▲ページの先頭へ
不幸
覗いたのではない、見えてしまったのだ。好奇心はそもそもないから人の財布を覗いたりはしない。ただ、何気なく視線が行ったのに不思議とあるものに目がとまり、そこから男性が財布を閉じるまで動かすことが出来なかった。
財布のカード入れの中に若い男性の写真が挟まれていた。おじいさんが若い男性の写真を持っているから違和感があり、ましてその写真が特別な人を思わせるようなものでなかったから、目が釘付けになったのだと思う。そしてそのときに一瞬にして思い出したことがある。処方箋で調剤した人だから名前はわかっていたが、かつて交通事故で息子さんを亡くしたと風の便りで聞いたご本人なのだと。もう何年、いや何十年も前のことだと思う。人が生きていく上で最もつらい出来事の雄が子供を亡くすることだろう。片時も忘れることも出来ずに耐えて耐え抜く人生をこの方は送ってきたのだと思った。人にはそれぞれ背負って生きていくものがある。願わくばどなたも、その背負ったものが軽いことを願う。精一杯生きていくだけの庶民には特にそうあってほしい。悲しみはもううんざりだ。たった一人の不幸にも遭遇したくない。まして戦争とか原発とか、何十万、何百万という庶民の不幸には。


2014年06月11日(Wed)▲ページの先頭へ
寝返り
もしこの方の体に中心軸を描こうとしても出来ないだろう。いわゆる3Dプリンターでも駆使すれば出来るかもしれないが、おそらく直線部分などないのではないか。僕より何歳年上かわからないがそんなに差はないはずだ。嫁に来てからお百姓一筋だが、当初は車や農機具もまだなかったころだから、肉体を道具にして働きつめた世代だ。その付けが50年経って出ている。
老いるとは乾いて、縮んで、ゆがむことだと何かに書いていたが、この方を見ているとつくづくそう思う。長い間紫外線を浴び続けてきた皮膚は乾燥して皺を作り・・・いやいや、今日はそんな体裁の話ではない。骨格をゆがめるだけゆがめて働いてきたお百姓のことだ。ゆがんだ分、負荷がかかると支えることが出来なくなり痛みは余計ひどくなるだろう。お百姓は働き者が多いから、かろうじて痛みが少ない姿勢を見つけまた働く。そうしてどんどんと泥沼に沈んでいく。あるところは反り、あるところは屈曲し、あるところはねじれる。これが僕ら世代より上の人たちが労働の対価として得た報酬だ。体をぼろぼろにして家族を養い、そしてこの国のおなかを満たした。いったいそうした人たちにどれくらいの敬意が払われたのだろう。僕にはそうした人たちの過酷な労働の上に、一部の人間が富を築きいい目を独占している光景が見える。
ありとあらゆる関節を変形させ、痛みを訴え続けたその女性が昨日漢方薬を取りに来たとき「寝返りをうっても痛くなくなったんです。うれしいです。寝返りが出来るなんて何年振りかしら」と言ってくれた。下々の声はアホノ何やらには届くまい。                               


2014年06月10日(Tue)▲ページの先頭へ
空想
もう2年くらいになるだろうか、県北からわざわざ訪ねてきてくれた親子がいる。要望にはすぐに応えることができたから、それ以後は漢方薬を送っている。嫁にもらうなら県北の人とよく言われていたように、若いお母さんもなかなかできた人で、お子さんも甘えん坊で元気だった。
今でも、漢方薬を作って薬袋に名前を書き入れるたびに、決まってあることが頭に浮かぶ。なんとそのお子さんの苗字の画数が32で名前の画数が26なのだ。当時も思わず由緒ある家柄なのとお母さんに尋ねたほどだ。名前の画数に平均と言うようなものはないだろうから感じでしか判断できないが、明らかに多いような気がする。たとえば僕の場合、苗字は11画で名前は14だ。合計でもそのお子さんの名前と同じだ。苗字の分だけ丸々少ないことになる。
そのお子さんの苗字も名前もきれいだから何も僕がこだわる必要はないのだが、好奇心と老婆心をミックスして言わせてもらえば「テストのときにどうするんじゃい!」下手をしたら、名前を書き終わったころには他の人は試験の問題を解き終わって、提出の用意をしているかもしれない。明らかにそこにおいてはハンディーだ。ただそれをものともしない知性がその家庭にはありそうだから、部外者がとやかく言う必要はないが、立派なおじ以さまがつけた名前とか・・・その辺は定かではないが、名前を書くたびにこんな楽しい空想をする。


2014年06月09日(Mon)▲ページの先頭へ
解除
 セキュリティーが終了するからと言われて、いやいや買っていたパソコンを今日漢方問屋の専務さんが設定してくれた。設定が完了した後一応最低限必要だろうことを教えてくれたが、いざ一人になると心もとない。実際、彼が帰った後、広島の女性に返信メールを送ろうとしたのだが送れなかった。おそらくこの機械に慣れるまでかなりの人に迷惑をかけると思うが、決して悪意からでなく、機械音痴のせいだと許してほしい。
 それにしても変化と言うものにとても免疫がついてしまった。若者ならそれにこそ生きがいを求め喜びを得るのだが、僕の場合はもっぱら戸惑うことばかりだ。変わらないことに価値を置き、それを売りにする傾向も無きにしも非ずだが、この期に及んでそれはもはや通用しそうにない。もうこうなればなりふり構わず、指を横に大きく振ってページをめくったり、2本の指を大きく開いて、写真をこれ見よがしに拡大してやろう。禁断の携帯電話も、いやスマホも解禁だ。
 今書いているブログの原稿も、果たしてアップできるかどうかわからない。実は先ほどアップしようとして原稿が消えてしまった。この疲労感はなかなかほかでは味わえない。徒労といったほうがいいかな。同じ文章を書くことほどむなしいものはない。
 いや、いい手を思いついた。コードを古いほうにつなげばあの機械は生き返る・・・こうして結局僕の機械音痴は温存される。もう何年も前にセキュリティーを僕の頭から解除したのが間違いだった。


2014年06月08日(Sun)▲ページの先頭へ
スピード違反
 現行犯でないから言えるが、今日、僕は無意識のうちに120Kmで高速道路を走っていた。ゴールデンウイークしか走った経験がない岡山道は、今日は空いていて前にも後ろにも車がいない状態が随分続いた。だから何となく運転していただけなのだが、ふと気がつくと120Kmの所をメーターがさしていた。これは僕のすることではないからすぐに80Km台で走ることを心がけたが、それまでは完全に法律は犯しているは、同乗者を危険な目に遭わせているはで、随分軽率なことをしたなと反省した。
普段乗っている車は、8人乗りのワゴン車だから、空気の抵抗はまともに受けるし、横風には煽られるし、橋の欄干から谷底は見えるしで、岡山道を走るのに抵抗があったので、息子が乗っている車を今日は借りて県北の久世町に行った。その車は、まるで高速道路を走るかのように作られているので、安心して運転できた。その結果が冒頭のスピード違反だから、褒められたものではないが、牛窓から丁度2時間で行けたのには驚いた。車に弱いかの国の女性を3人乗せていたので、少しは気配りになったのかと思うが、下手をすれば命を奪っていたかもしれないから反省しきりだ。
 言わずとしれた県北まで行く理由は和太鼓だ。県北のグループが集まり合同で発表会を13年間続けているらしい。県北は県の中心部から離れているが為に、文化活動も独自で展開していて、結構どの町にも立派な文化ホールがあり、活動が盛んだ。こんな人や団を呼べたのと言うような驚きに溢れている。不便を逆手にとって文化活動を盛り上げている。子供達の活動も然りだ。過疎化していて後継者がいないみたいだが、どっこいそうではなくて、結構高度な技術を身につけた後継者が育っている。プログラムの所々で子供達の演奏が組み込まれていたが、感心しながら聴かせてもらった。
 それともう一つ気がついたことは、人口が少ないだろうに、都市部に展開されているような有名な店舗が随分とあった。岡山市まで出ていくのにとんでもない時間がかかっていたころからそれらはきっとあったのだ。その町で完結するようになっているんだと思った。寧ろ牛窓のように、岡山市の隣など言う立地こそ、何もなくてもすむ状況に甘んじるように出来ているのだろうなと思った。
 今日は音楽と社会の時間だった。


2014年06月07日(Sat)▲ページの先頭へ
裏目
 思わず「運がない人じゃなあ」と言いかけて言葉を飲んだ。冗談に聞こえてくれればいいが、とりようによっては真実のようにも聞こえるから。もっとも、そんな言葉をかけることが出来るのは、実際には運がない人ではなく、そこそこの人なのだが。さもないととどめを刺してしまう。
 何故か僕の漢方薬を飲んでくれている人は繊細な人が多くて、日常抱えている心や身体の不調を正攻法で解決しようとして、自らが撃沈しかけている人が多い。こんな人にも僕は真剣そうには応対しない。真剣そうに悲愴な表情で応対して漢方薬がよく効くのならそうするが、効くのは漢方薬の値段だけだ。真剣そうになればなるほど金額が上がっていく。僕はその理由もあって、全く脱力して応対する。
 今日相談に来た人にもその様な対応をした。色々な苦痛を訴えたから、これはきっと何かのたたりだと思って、その原因を探った。「白蛇を殺したんではないの」と言うのは定番過ぎて少し飽いてきたから、今日はひねりを少し加えた。折しも体操の日本選手権?が始まったから、ひねりを試すにはタイミングがいい。
 「カワウソに嘘をついたのではないの?カワウソのたたりじゃあ!」「鵜飼いの鵜が獲った魚を横取りしたのではないの?鵜のたたりじゃあ!」
 薬局の中が瞬く間に凍り付いた。たまには裏目に出ることもある。


2014年06月06日(Fri)▲ページの先頭へ
 蕁麻疹、めまい、動悸、息苦しい、ストレスで胃が悪い、頭痛がする。これは今日ある家族から頂いた漢方薬の依頼だ。家族3人が飲んでくれていて、どれも確実に効果を出し、病院とも縁遠くなっている。
 今日初めて相談のメールをくれた人がいる。病名を僕は初めて聞くものだったからインターネットで早速調べてみた。現代医学でも未だ原因は完全につきとめていないらしくて、難病と言えるのかもしれない。
 上の家族の病名はありふれていて、漢方薬で十分対処できる。自然の材料(薬草)を使うことで治すことが出来るから、患者さんには好都合だ。ただ下の病気に関して言えば、原因も分からないようなものを漢方薬でお世話できるはずがない。漢方薬には漢方薬の守備範囲があって、経験を積めば積むほどそれが分かってくる。期待してくれた御本人はもとより、紹介してくれた鍼の先生にも申し訳ないが断るのが一番誠実だと思う。
 これが若いときだったら一体僕はどう対処していただろう。答えは同じだと思う。若いときにもやはり断っただろう。理由は簡単だ。無知だからだ。無知はいいけれど無謀はよくない。あたるも八卦、あたらぬも八卦では申し訳ない。心苦しくて高くつく。それよりは無力を晒して気持ちが楽な方がいい。
 以前にも書いた記憶があるが、僕の先輩達も歳をとると処方が簡単になってくる。芸の道なら円熟味を増してきたとでも表現されるのだが、漢方の世界ではどの表現が正しいのか分からない。人格で治すことが出来る境地に達するのか、あるいは臆病になるのか、似て非なるものだが、何故か同じような傾向を目撃する。そしていずれ僕も同じ道を歩む。その時に答が分かるだろう。


2014年06月05日(Thu)▲ページの先頭へ
武器
 「ついに来たか、ついに決心したか」と胸が高鳴った。
 僕の漢方薬を利用してくれている若いお母さんが「1時間くらい後に相談に行ってもいいですか?」と電話で前もって連絡してくれた。僕の薬局が暇なことを知っているはずだから、また相談なんて堅苦しい言葉を使ったから、僕はきっと何かあると思った。それもただごとではない、しかし悪いことではなく、何かワクワクするような内容の相談だと勝手に決めた。それは、恐らく常日頃の彼女の屈託のない開放的な話し方に起因しているのだろうが、僕の勘に自信はあった。だから彼女が来たときにこちらから機先を制して「遂に決心したんだ。やはりオーナーになって頑張るんだ」とほとんど断言に近いような言い方をした。と言うのは、牛窓に2軒目のコンビニが出来るらしくて、その新店舗のオーナーに彼女が名乗りを上げるにあたっての相談だと思った。この出店話が耳に入ったころ、よその街に住む彼女に伝えたことがある。当時も今もコンビニで働いている彼女は、その出店の話をしたときに、さすが業界にいる人だと感心するような話をしてくれた。
 その話ぶりから、オーナーになることにほとんど価値を見出していなかったが、何か理由があって判断を翻らせたのかなと期待していたが、残念ながら相談は体調に関してだった。
 医者ほど知識も権威も金もないおかげで、結構自由に多くの人と話が出来る。性別も年齢も肩書きも経済も、僕にはほとんど壁にならない。人間みんな平等だというのを青年期からかなり意識して生きてきたおかげで、相手が善良なら飾らない、嘘のない会話が出来る。色々な生き様に触れ、年齢と共に人間が愛おしくなった。歳をとることで得る数少ない人間的な武器をフルに生かして生活できているように思う。今日の若いお母さんのように、ささやかな幸せと交換に、懸命に生きている人達のハッとするほどの魅力に気づくことが出来るのも、最近やっと手にした一つの武器だ。


2014年06月04日(Wed)▲ページの先頭へ
確信
 今度の日曜日は、県北の久世町に野外の和太鼓演奏を聴きに行く。嘗て妻と一度行ったことがあるのだが、どの道を通って行ったのか一向に覚えていない。覚えているのは、久世町に入ってすぐ真正面に、大きな山々が連なっているのが見えたことくらいだ。頂に未だ雪をかぶっていたから、早春だったのだろう。これが中国山地なのだと感動したのだけ覚えている。
 今回は岡山道を通ることにした。インターネットで調べると、岡山からは1時間くらいで行けるらしい。しかし、何となく北に向かっていくというのは慣れていないので不安で、あれこれと情報集めをしている。一人で行って一人で帰るのだったらここまでナイーブにはならないのだが、かの国の子達に日本の文化に触れてもらいたいから、数人連れていく約束をしている。事故など決して起こしては許されるものではないから、結構緊張する。 病院の処方せんを持って入ってきた老人は、軽四トラックでやってくる。「お父さんが亡くなってからどのくらい経ちますかな?」なんて毎回父のことを話題に出してくれる。余程好印象だったのだろう、父は毎回褒められる。結構親しくしていたみたいだから、年齢を尋ねてみた。すると91歳だという。その年齢で車を運転してやってくるのだから、そして到底91歳には見えずに10歳やそこらは若く見えるが、「元気な身体をもらって幸運ですね」と褒めた。「運転も牛窓の田舎道だったらそんなに心配もないでしょうから」と、ここは結構妥協気味に話した。本当は田舎道でも危険だと言いたかったのだが。するとその老人は「今日は軽四トラックで来ましたけど、普通車も持っているんですわ。それで岡山だって倉敷だって行きますよ」とびっくりするようなことを言った。岡山も倉敷も、僕だってたいぎになるくらい車が多いのに、91歳で1時間以上運転して行くのだそうだ。本人の体力は勿論素晴らしいが、そして判断力なども素晴らしいが、歩行者や車はどうかとなると、心から喜ぶことは出来ない。ただ、県北に行くことにストレスを感じている僕とは逆で行動的なのには感心した。
 生きていくのに繊細がいいのか大胆がいいのか分からない。職業柄繊細な人が多くやって来るが、長所と短所がせめぎ合っている場合が多い。僕は短所を少しでも多く長所にする仕事だと思っている。健康な体さえ維持していればそれは出来る。僕は長年の経験でそのことを確信している。


2014年06月03日(Tue)▲ページの先頭へ
保証
 さんざん相談したあげく処方を僕が決めた段階で「何か保証みたいなものがありますか?」と尋ねられたが、そんなものあるはずがない。恐らく30分近く喋ったと思うが、それは僕にとってはかなり異常な長さなのだが、そのあげくの言葉だから、僕の胸を深く・・・・実はなんとも思わなかった。電話での話し中、とても可愛い、誠意の感じられる子だったから、まして、悪意に満ちた商品を買わされ、又数多のドクターショッピングで、医療自体に不信感を一杯持っている女性だから、ここで一発逆転をし、漢方薬は勿論、医療に対しても不信感を拭ってもらおうと大それた考えも持っていたのだ。
 その関東の薬局が、がす漏れと言うことを本当に知っていたのかどうか、はなはだ疑問だ。どうでもいい栄養剤や考えられない漢方薬を何種類も買わせて、僕の漢方薬の4倍近い値段を取っている。プロが聞けば効くはずのない的はずれもいいところの処方だから、当然効いていない。もっと言うと、ある臓器の、それもメチャクチャ的はずれなのだが、病気みたいな脅し文句も駆使している。
 そのあげく今度は僕みたいな田舎の薬局に接触してきたのだから、彼女の不安も頂点だったろう。即座に保証なんか出来るわけがないと答えたが、心の中では「この整った甘いマスクとほとばしる知性、溢れる品性が保証」と答えたかったが、30分も漁師言葉で喋っていたから手遅れだ。
 ところがどう言った心境か分からないが、2週間僕の漢方薬を服用してくれて、昨日追加の注文をくれた。お腹の張りは勿論、がす漏れも6割くらい改善していて、電車に乗ってもパニくらなくなったらしい。後4割改善すれば、完治だ。フラダンスか阿波踊りかリンボーダンスか日舞か知らないが、舞台で踊ることが好きみたいだから是非夢を叶えて欲しいし、かなり近い将来に叶えられるような気がしている。
 立て板に水、尽きぬ専門用語、重病をにおわせる手口、どう見ても薬局のあるべき姿ではない。看板が違っているように思える。薬局や医療機関を選ぶなら、横板に油、すぐ尽きる専門用語、体調不良は生きるための体の防衛反応と理解すべきと勧めるところを選ぶべし。


2014年06月02日(Mon)▲ページの先頭へ
車輪
 「これでも中学校の時は車輪くらい出来ていたんじゃけど」という会話を聞いて、タイヤが出来る?なんて理解する人は潜りだ。少年時代の昭和の香りを理解できない人達だ。僕達が車輪といった場合は、鉄棒の大車輪か逆車輪のことだ。
 小学校の高学年になると、休み時間には鉄棒をしていた。それも高い鉄棒でだ。逆車輪は、鉄棒の上で倒立して前に回ることで、大車輪は後ろに回る種目だ。逆車輪の方が簡単で、大車輪まで出来るようになる人は、学年で山1人か2人だった。小学校でそのレベルまで達した人は、高校時代は体操部に入って結構インターハイや国体で活躍している。僕の友人の法務局に2回出張した彼も、実はその道のプロで、大学までやり通したから、知り合いにオリンピック選手までいる。
 話はそれたが、冒頭の言葉を吐いた人は、どこにもその面影が残っていないからはったりのように聞こえる。ただ、この町では実業家でボランティア活動も盛んにやっているような人だから、嘘をつくような人ではない。未だ三桁の体重はないだろうが、もう少し頑張れば大台にでも乗りそうだ。そんな人でも昔、車輪が出来ていたなんて言うから、こちらは安心して肉体の衰えを受け入れられる。
 そう言えば最近口笛を上手く吹くことが出来ないことに気がついた。まるで楽器のように吹けていたのに、音楽にならない。歯が一本欠けたからそこから空気が漏れて音になりにくいのかどうか分からないが、吹けないことを受け入れるのに随分と覚悟がいった。出来ないことを一つ一つ突きつけられてこれからは生きていかなければならないのか。下り坂の向こうに終点が少しずつ顔を見せ始めた。


2014年06月01日(Sun)▲ページの先頭へ
 こう言うのをなんて言うのだろう。共食いではなく、共聴きか。
 インターネットで見つけてとても楽しみにしていた。ただ、ちょっと変わっていて、ファンクラブ用の前売り券が売れ残った場合に限って、当日無料で入場できる。出るときに、カンパをすればいいとホームページには書かれていた。ユーチューブなどで何度もその演奏を聴いていたから、まさか当日券が残っているなどと思わなかったが、恥を覚悟で岡山市民会館まで行き、受付の人に「入れますか?」と尋ねた。するととても気持ちよくチケットを渡され、念願の「倭yamato」と言う和太鼓集団の演奏が聴けることになった。と言っても、僕は倭をやまとと読むことを知らなくて、会場に入ってパンフレットをもらうまで「わ」と呼んでいた。
 世界53カ国で演奏しているプロだけあって、観客を楽しませる、観客と一体化することにとても長けていた。最初、パフォーマンスに参加させられることに照れていた観客も、途中から、全員がノリノリで楽しんでいた。勿論僕も何の照れもなく、パフォーマンスのパーツになりきった。
 10数人の、比較的人数が少ないメンバーだったが、迫力も緻密さも申し分なく、鍛えればこんなことまで出来るのかと、まるでスポーツ選手を賞賛するかのような表現で、彼らを讃えたかった。僕が今日一つだけ彼らのことを表現するなら、2本のバチがあまりの早さで打ち下ろされるから、残像がまるでフラッグを振られているように見えることだ。線が面になるのだ。これには驚いた。一体1秒間にどのくらいの音を出すことが出来るのか分からないが、恐らくそれは想像を絶する数だと思う。素人には決して出来ないことだ。結成20周年を記念しての全国ツアーらしいから、少なくともメンバーの中心人物は20年はバチを打ち続けているのだろう。まるで格闘家のような腕の筋肉がそれを物語っている。
 僕は2時間、日本人であることの誇りみたいなのを感じていた。青年達の情熱も信頼した。ただ、僕ら庶民がこの国を誇りに思うのと、胡散臭い政治屋どもが口にする誇りが、まるで異なるものだと言うことは知っている。


   


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■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
[E-mail] ご相談はこちら
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