栄町ヤマト薬局 - 2014/05

漢方薬局の日常の出来事




2014年05月31日(Sat)▲ページの先頭へ
造船所
 「瀬戸内海には防波堤がない」と大手の造船会社の所有者がテレビの対談で話をしていた。瀬戸内海自体が天然のドックのように穏やかで、波は島々が防いでくれるから、防波堤は必要ないというのだ。とすると、僕は瀬戸内海で、防波堤なるものを見たことがないことになる。ただ、海岸沿いを歩いたり車で移動すると、道路の海岸よりに明らかに高い塀のようになっているところが至るところにあるのだが、そしてその多くは、子供のスリリングな遊び場や釣り人の特等席になっているのだが、ひょっとしたら、防潮堤なのかもしれない。今までの概念から言うと、そして慣習から言うと、防波堤と呼んでいたように思うのだが。
 それがどうしたって事になるのだが、自治体や企業にとっては重要な問題らしい。防波堤を作る必要がないのだから、莫大なお金が倹約できることになる。だからこれからも瀬戸内は造船などを始め企業を誘致するのに適しているって事らしい。最近は企業の撤退はあっても進出はないから、ぴんと来ないが、何十年先、僕らがいなくなったころには想像も出来ないような変化が起こっているのかもしれない。さすが経営者で楽観的な予測をしているが、庶民にはそこまで待つ生活基盤はない。今日が、せめて明日が問題なのだ。  先先代が塩田跡地に造船所を作り、それが今や従業員3000人の企業城下町になっている。同じ瀬戸内で、塩田もあり、造船所もあった我が町とは雲泥の差だ。ただそれで逃したものより、それで失わなかったものを大切にし、多くを得るのではなく、多くを失わない生き方に身を委ねる町であればいいと思っている。


2014年05月30日(Fri)▲ページの先頭へ
望み
 ロト6のキャリーオーバーなんかいらない、1等の6億円でいい。宝くじの前後賞なんていらない、3億円でいい。三宅由佳莉が来なくてもいい、自衛隊の高松公演のチケットがあたればいい。山中先生ほどの知性はいらない、アノ方さんくらいの知識でいい。損さんくらいの資産はいらない、せめて損さんの時間給くらいを1年で稼ぎたい。福山雅治に似ていると言われなくてもいい、西島 秀俊に似ているくらいで我慢できる。世界一周旅行が出来なくてもいい、前島フェリーで島に渡って自転車で一周できればいい。拍手喝采を浴びなくてもよい。大きめの白菜をもらえばよい。ボルトみたいに早く走れなくてもよい、せめて桐生祥秀君くらいでいい。本田 圭佑ばりのビッグマウスでなくていい、アホノなんとか程度でいい。
 がす漏れをかなり克服した女性が今日、電話でつぶやいた。「後は昼食後に便意を催さなくなればいいのですが・・・それが、ささやかですが、最大の望みです」と。上記のような僕のささやかな望みとはだいぶ違う。


2014年05月29日(Thu)▲ページの先頭へ
無機質
 会社の好意で、「体がもつ時間だけでいいから来てくれ」と言われありがたがって復帰したが、今ひとつ体調は優れない。雨が降る前後は特に最悪らしい。仕事から帰るとそのまま寝てしまうのだそうだ。母親はそんな息子を心配して、もう仕事を辞めてもよいと決断を促すのだが、真面目な彼にはそうした選択肢はないらしい。
 本来体には恵まれているから、病気で倒れるまでは、文句一つ言わず残業をこなしていた。ところが遂に体が悲鳴を上げて倒れてしまった。本来なら目に見える後遺症が出てもおかしくないのだが、若いからだろうか、外見では判断できない。しかしなんとも言えぬ苦痛と戦っているらしくて、それが証拠に車には全く乗らない。運転する自信がまだ無いらしい。
 母親は息子が復職して以来携帯電話を片時もはなさない。何かあったらすぐに電話をするように、そしてすぐに迎えに行くからと言い聞かせているらしい。バタンキュウで帰宅後布団に直行する姿を見て、家中が暗い。時に夕食を食べてくれたりするとそれだけで家中が明るくなる。
 こんな話を息子さんの代理で漢方薬を取りに来たときにして帰った。どうしてあの若さで後遺症が残るような病気になったのか、母親としては歯がゆくて仕方ないだろう。どうして自分の息子が選ばれたのか歯がゆくて仕方ないだろう。その思いを吐き出すところがないから僕の薬局で遠慮気味に吐き出して帰るのだろう。母が子を思う心は痛いほど分かる。息子がどんなに大きくなっても母親の愛情がそれで変わるものではない。変わらぬ愛情を注ぎ続けていることは、どのお母さんを見ても分かる。受け入れがたい現実を受け止めて、必死の思いで生きている母親も見る。願わくばそうした人が出ないことを願うが、世が常に公平であるとは限らない。僕は寄り添うことは出来ないから、せめて話だけでも聞いてあげられるように、薬局の中を無機質にしないことだけは心がけている。


2014年05月28日(Wed)▲ページの先頭へ
転送
 転送されてきた郵便物は、父がやっていた薬局宛のもので、父の名前が書かれていた。もう亡くなってから10年は経ちそうなのだが、結構管理はされていないんだなあと感じた。もっとも父が亡くなり廃業したことなど日赤には届けていないから、分からなくて当たり前とも思うが、あんな大きな組織なら、庶民の情報など筒抜けのような気もする。もしそうでないとすれば、逆に信頼できるとも言えるが。
 全てお見通しの世の中になりそうで、いやもうなっているに違いないが、公には未だ言わないのだろう。不都合な人間の情報は磁石のように吸い寄せられて、お友達グループの安泰のために使われるだろう。
 父は不都合な人ではなく、好まれる人種だったから、日赤にも寄付をしていたのかもしれない。息子とは違っていた。いや、逆だ。息子は父に似ていなかった。寧ろ父を反面教師とし、お友達グループのおこぼれを欲しないことにした。だからその筋からおこぼれは何も頂戴できなかったが、いつも自由はあった。身の丈を自然体で演じることが出来たから、人生は楽だった。威張りもせず、卑下もせず、傷つけもせず、傷つけられもせず。
 死んでも尚いい人でいる父は家族には忘れられているのに、日赤ではデータとして生かされている。クリック一つで葬れるのに。


2014年05月27日(Tue)▲ページの先頭へ
常套句
 確かあっかんべー48とか言うグループだと思うが、メンバーの二人がノコギリで襲われたニュースをどのチャンネルも流していた。おかげで少し詳しくなった。学芸会みたいなステージの後に握手をするらしいのだ。そしてその握手をする権利をCDの中に挟み込まれた券を集めることで手に入れるらしい。自ずと沢山集めたら長い時間手を握っておれるから、競ってCDを買い集めるだろう。
 誰が考えたのか知らないが、上手い手を考えたものだ。青少年達の、それももっとも現代風の青少年達の、いや結構年の大きい人も多いみたいだったが、性癖を巧に利用した商売だ。誰が儲けているのか知らないが、テレビで取材を受けていた人みたいに2000万円もつぎ込ませるのだから、なかなかの才能だ。 その才能をもっと困っている人達のために使ったらと思うし、片や買う方もそのお金をもっと困っている人のために使ったらと思う。そんなことを思うのは、どちらも持っていない人間のきれい事でしかないのだろうか。ただ、世界が急にきな臭くなった今、もっと真摯に世の中を眺めないと、虎視眈々と自分たちに都合よいように世の中を変えようとしている奴らの思うつぼに入ってしまう。どこの国でも何故か同じような人間が指導者面をしている。この国の人も、北の将軍様も、ロシアの眼光鋭い人も、中国のやたら体格のよい人も似ているように思うのは僕だけだろうか。 一見、平和の象徴のようなあっかんべー48事件も、上手く利用されないように気をつけないといけない。「だから何とかだ」は力を持っている奴らの常套句だから。


2014年05月26日(Mon)▲ページの先頭へ
道具
 「福島第1原発事故で福島県内から京都市内へ自主避難し、東京電力に損害賠償を求めて京都地裁へ提訴した40代男性が賠償金の仮払いを申し立てた仮処分の決定で、京都地裁が東電に月額40万円の支払いを命じたことが25日、分かった。決定は20日付。東電によると、原発事故賠償で裁判所が避難者への仮払いを命じる仮処分決定を出すのは全国初」
 裁判所は、裁判官は、いつも国寄りの判断を下す。それはそうだろう、裁判官になれるような人間は、恐らく受験の勝ち組だから、幼いときからまるで隔離されるように同じ志の子供達、実際は親たちの関わりの中で育つ。余程異質な環境からその仲間に入れた優秀な子以外には、恐らく同じように環境に恵まれた人達の中で育つ。そのほとんどは、今の権力構造の支配する立場に近いような人が多いだろうから、逆の立場の人のことなどは理解できないだろう。僕が、庶民が、上流社会のことが理解できないのと同じだから、逆も真なりと言うことを庶民はもっと理解しなければならない。そうでないと、体よくあしらわれて、かけがえのない人生をまるで道具のように送ってしまうことになる。僕らは力を持っている仲良しグループの都合のよい道具ではない。
 そうしてみると、今日の判決は、いや数日前の経済よりも人格の方が大切だと諭した地裁の判決から、少しまともな判決を書く裁判官が出てきた。塾にも行けず、苦学して裁判官にでもなった人がいるのだろうかと思えるほどだ。恵まれすぎた少年期や青年期を送った人にあんなまともな判決は下せない。
 苦渋の選択をして福島を自主的に離れた人達の全員が裁判を起こして欲しい。今もぬくぬくと暮らしている加害者の前では人の良さは通用しないから。


2014年05月25日(Sun)▲ページの先頭へ
 一昨日からの熱の推移を詳しく教えてくれるが、そんなこともあるだろうと心配はしなかった。誰だって風邪くらいはひく。そして熱くらいは出す。これが家にいたなら適当に風邪薬を飲ませ、体力を付ける薬(これが最高の親孝行)を飲ませて終わりなのだが、施設では責任問題になるからその程度ではすまされないのだろう。ただ2回骨折しても全く非難するつもりもないから、おおらかに対処してもらっても一向に構わないのだが。もし家で介護していたら、2回どころの骨折ではすまないだろうし、こまめな性格の母だったら目に付いたことをやろうとするから、2階からの転落だってあり得た。
 ズボンのポケットに例の栄養剤を忍ばせて施設に行ったのだが、母は自分の部屋で熟睡していた。呼吸も乱れていないし、安らかな吐息で気持ちよさそうに眠っていた。未だ熱は少しあるみたいだったが、それでウイルスや細菌と戦っているのだから、仕方ない。未だ侵入者と戦う力が残っているのだ。
 こうして安らかな眠りの中にいる母をどうして家で見ることが出来なかったのだろうと思い返してみる。一番のネックは、尿漏れパットをトイレに流すことだった。どうしてもそれをしてはいけないことと理解できなかった。そのたびに僕はまるで大蛇を穴の中から引っ張り出すかの如く格闘した。水を含むとゲル状態に膨張して管にしっかりと密着した。 僕に関して言えば、それさえクリアしてもらえていれば家にいてもらってもよかった。ただ世話をするのは妻だから、簡単な話に集約しては申し訳ない。目にする多くの文章は現代の姥捨てではないと慰めてくれるが、祖父母をちゃんと家で看取った両親を見ているから、全てに同感することは出来ない。ただその選択以外に、利用してくれる人達に迷惑をかけないで薬局を続けることは出来ないだろう。
 今日は母が幼いときに遊んでいたであろう「番田の浜」に車いすを押して連れていってあげようと前から計画していたのだが、母の体調不良と僕のぎっくり腰で流れてしまった。折角二人だけでおれる上手い手を見つけたのに残念だ。


2014年05月24日(Sat)▲ページの先頭へ
意味深
 「先生の所にも、あるんですか?」と意味深な顔をして聞くからすぐに分かった。ただ僕はテレビで芸能人のことで話題になっていることは知っていたが、何で話題になっているのかは知らなかった。だから漢方問屋の専務さんに薬品棚を指さしながら聞き返した。「アンナンカ?コンナンカ?マンナカカ?マルナカカ?」と。
 有名人は辛いものだ。若いときの感性が何かを偶然生み出す事はままあることだ。ただ残念ながらほとんどの場合、創作のための感性は年齢と共にかなりのスピードで衰える。その衰えを何かでカバーしたくなるのだろうが、歌い手ならやはり誰かの歌でカバーしなければプロではない。薬で、この字をどう読むかでかなり内容は異なるが、カバーしたら歌い手の名が廃る。
 無名人は楽なものだ。若いときから感性などとは無縁だから何も生み出さない。傷をしても生みもしない、いや膿もしない。ただ残念ながら、元々ないところから衰えるのだから、徘徊することしばしばで捜索されることは多くなる。その衰えを何かでカバーしたくなるのだろうがアリセプトの副作用で時に凶暴になる。温厚な母親に飲ませ、その豹変振りに驚いて以来、患者さんが飲んでいるのを見ると心配になる。安心して飲ませるのが薬剤師の使命なら、そこで躊躇している僕は薬剤師の名が廃る。
 よし、アンナカ飲んで勉強するぞ。効果はドンナンカナ、アンナンカナ!


2014年05月23日(Fri)▲ページの先頭へ
危機管理
 いいことは単発でも滅多に起こらないのに、悪い事は重なるものだ。それがトリプルともなると結構問題だ。
 妻が2週間くらい足の肉離れで不自由にしている。安静にしていれば順調に回復するのだが、配達などもこなしているから結構回復が遅い。そんな時に母が入所している施設から電話がかかり、またもベッドから落ちて骨折したかもしれないと言われた。病院に連れて行ってくれと言うのだが、自分も足を引きずっている妻が母の車いすを押して病院に行かなければならないのかと、タイミングの悪さを恨んだ。
 今朝いつものように早起きして猫の額ほどの畑の草を抜いていた。すると過去何度も繰り返したぎっくり腰の痛みが走った。この数年、ある簡単なストレッチで腰痛から遠ざかっていたのだが、ついに来たかって感じだった。僕のはいつも症状が結構激烈で、歩けないどころか立っておれないくらいなのだが、辛うじて立っていた。道路を挟んだ駐車場の中の畑だが、すぐに果たして道路を渡って家まで帰れるかなと考えた。直立不動状態だと少し痛みが軽くなるので、まるで棒のように立っていた。焦らずに、これ以上無理をしないで回復を待とうと思った。いつもなら無理をして腰をひねったりして回復を促すのだが今日は敢えてじっとしていた。するといつもならどんどん悪化する症状が、今日は止まった。朝から妻は母を病院に連れて行くから不在で、僕まで仕事が出来ないとなると、薬局業務は破綻する。なんとかこの程度、直立不動のぎこちない姿勢でも仕事が出来る程度で収まってくれと祈る気持ちだった。いや実際に祈りを口走ったような気がする。
 結局、僕は夕方までフルに仕事は出来たし、母も何ともなかった。しかし3人が同時に体調不良を訴えるようなことが実際にあるんだと、今はやりの危機管理のミニチュア版を経験した。


2014年05月22日(Thu)▲ページの先頭へ
かの国
 先日行きつけのガソリンスタンドに行ったのですが、たどたどしい日本語で、でも顔には満面の笑みを浮かべながら、“レギュラーにしますか?ハイオクにしますか?”と。その笑顔がとても素晴らしく癒やされましたので、思わずどこの国の方ですかときいてしまいました。“ベトナムです”とまた満面の笑みで応えてくれました。大和先生がたまにブログでかの国とおっしゃっているのはベトナムの方々じゃないかと勝手に想像しておりましたので、自分の娘のように感じました。 帰りぎわに元気でねと声をかけるとまたまた素晴らしい笑顔で(*^o^*) その日一日中気分がよく過ごせたので、あの笑顔はどうすれば醸し出せるのかと、鏡の前で練習してみたのですが、全然ダメでしたね〜(^_^;) 足繁くスタンドに通い彼女を観察して学ばせて頂きます。

 そうなんです。貴女が経験されたと同じ事を、毎日のように、それも30人くらいからと想像してみてください。どれだけ日々が充実するでしょう。職業以外の分野も今満たされていることを実感します。その分野はかなり希薄な空間でしたから。
 この年齢になると、未来を自分に託することは出来ません。懸命に頑張っている青年達のお手伝いをしたいと思うのが人情だと思います。それに引き替え、もう10年もしたらきっといなくなるようなこの国の指導者?達は、何を焦って負の遺産を残そうとしているのでしょう。報道に接するたびに心が痛みます。いや怒りに震えます。若者を人殺しのマシンにしたくはありません。それも国という名の企業の利益のために。
ヤマト薬局


2014年05月21日(Wed)▲ページの先頭へ
茶番
 「東電によると、放出したのは、1〜4号機の山側に設けた12本の井戸からくみ上げてタンクに貯留していた地下水の一部。東電や第三者機関が放射性物質濃度を測定した結果、トリチウム濃度が1リットル当たり220〜240ベクレルなど、いずれも放出基準(トリチウムの場合で同1500ベクレル未満)を下回った。これを受け、地元自治体などが20日、放出を了承した。」

 よくもこの「東電によると」なんかで世の中が回っているものだと思う。1軒の家を壊し、その土地を奪ったら、一体罪人はどのくらいの刑を受けるのだろう。何億円賠償すればいいのか、何年刑務所に入ればいいのか。そうした事例を何万軒、何十万件おこした会社やその経営者、従業員は未だ刑に服していない。そうした会社の発表をまるで金科玉条の如く「東電によると」だなんて茶番も甚だしい。殺人を犯した犯人が、自分の裁判で裁判長になっているようなものだ。一体歴史上でこれほど罪に問われないものがあるのだろうかと不思議で仕方ない。
 元々あってはならないもの、近寄ってはいけないもの、口にしてはいけないものだから基準自体がこれ又茶番だが、その影響を科学で予測できるものではない。無数の条件をインプットしても現実には勝てない。しかし、壮大な人体実験が粛々と行われていると理解すれば今の世の中の流れは全て理解できる。まるでSF映画かホラー映画だ。
 健診による被爆でも気になってしょうがないのに、よくも桁違いの被爆に不感症でおれるものだ。ありとあらゆる機関を利用しての洗脳に見事にひっかかっている。敵も然る者、いや敵こそ然る者。


2014年05月20日(Tue)▲ページの先頭へ
心境
 こんな屈辱にあって、あの県の人達はどの様な心境なのだろう。
 ハッキリとした数字は覚えていないが、30万人近い青少年の甲状腺を調べて、癌の人が50人くらい。強い疑い、だからほとんど癌だと思うが、の人が40人くらいいるらしい。それなのに原発とは関係ないというのだから、そう言っている人間をハッキリと記録し、どの様に将来責任をとらせるかシミュレーションしておいた方がいい。何百万人も殺した戦争でも、責任を逃れた人間はいる。同じ轍を踏まないことだ。
 小児甲状腺癌の発生割合は50万人から100万人あたり1人というのが定説だ。それを彼らも知っているくせに、良くものうのうと原発とは関係ないなどと言えるものだ。言っている人間にも家族がいるはずなのに、家族はなにも言わないのだろうか。家族、あるいはもっと拡げて、一族で県民や国民を傷つけ裏切り続けるのだろうか。
 マスコミは僕らより遙かに情報を持っているはずなのに、相も変わらず広告主の顔色ばかり伺っている。甲状腺癌についても新聞の片隅に、公表された数字をそのまま載せているだけだ。何らコメントもない情けない話だ。
 日常から放射能の話は消えた。ここからが勝負だと僕は興味を持っている人には言うことにしている。いつまでも拘って身を守り続ける人と、見えない、匂わない、味がしないに麻痺して警戒を解いた人達の差は近い将来歴然と出てくると思う。だからいつまでも警戒して、東の方のものは食べない、行かないを愚直に続けていこうと思っている。
 溢れんばかりの富を手にしている人間達の欲望を、溢れんばかりの苦痛を抱えている人間が支えているのがこの国の現実だ。あんな事が起こっても未だ奴隷のように振る舞っている。


2014年05月19日(Mon)▲ページの先頭へ
 最近では、寝る前から翌朝の草抜きのことが気になりだした。しかし、それはストレスではなく楽しい朝の一時としての積極的な意味を持つ。まず駐車場の中の小さな畑だが、綺麗になること。そして腰痛と紙一重だが、普段とらない姿勢や、使わない筋肉を動かすことで、筋肉が落ちるのを少しでも防げるのではないかという淡い期待もある。筋肉の方は未だ効果は見えないが、畑が見た感じ綺麗になるのはもう結果を出しつつある。毎日抱えるほど草を抜いているから、結構綺麗になった。
 毎日の作業の中で気がついた。大したことではないが、何かを示唆しているようで、若干の後ろめたさも覚えている。その結果草抜きを止めようとはさすがに思わないが、草を何かに置き換えたときに果たして自分が許せれるだろうかと自問してみる。
 花を隠すくらいの勢いの草を僕が抜く基準に最近気がついたのだ。それは花だ。今咲いているものは勿論、咲こうとしているもの、咲いてしまったもの、ひょっとしたらいつか咲くのではと予想されるもの。それら以外が「草」なのだ。そして抜かれる運命にある。要は花が咲いていれば草ではなく、抜いてはいけないのだ。逆に、花さえ咲いていれば、それが実際には草であっても抜かれない。卑屈な言い方をすれば花があれば全て許されるのだ。同じ植物でこんなことが許されるのかとふと考えてしまう。恐らくそれは人間に例えた時だろう。
 華がある人、美しい人、そうした人は抜かなくて、不美人な人は抜いてしまう。こうした文章が果たして許されるだろうか。正に同じ事をやっているのではと空恐ろしくなった。人を見かけだけで判断しているのではないかと思ったのだ。名前は難しくて忘れたが、割烹着で実験をしているのが売りだった「オモッタカ」さん、いや「チチカタ、ハハカタ」さんも、あの愛らしい表情の前では糾弾を躊躇われる。僕にとっては抜かれない草なのだ。 どれも命を平等に与えられているのに、自分にとって不都合と思われれば抹殺する。今まで草抜きなど経験がないから、こんなことを考えるなんて思いもしなかったが、この歳になると草にまで命が宿っているように思えてくる。自分の花が枯れてしまっていることにも気がつかないで。 


2014年05月18日(Sun)▲ページの先頭へ
広島城
 3時半まで広島市のホテルで漢方の勉強をしていたのに、もう夕食を家で食べてしまった。丁度6時だ。なんてことだ、今日はみっちり下調べをして、勉強の後、広島城に行ってみようと思っていたのに。
 ホテルに一番近い電停から5つ目の電停で降りる。そこから徒歩で15分かかって城に着く。電車は入口から乗り、出口で160円払いそのまま降りる。釣り銭がいらないように、10円玉と50円玉は財布に入れていた。
 それがなんてことだ。先輩薬剤師の一言で気持ちが萎えてしまった。尾道から出席しているその先生は、僕が事務方を務めている漢方の勉強会の会長なのだが、「あなたねえ、広島城より岡山城の方がいいですわよ」だって。広島県の人だから広島城を良く知っている。もう岡山の勉強会も30年近くやっていて、ほぼ皆勤だから岡山も詳しい。その先生が自信を持って言われたから、その時点で僕の計画は終わった。慣れ親しんでいる岡山城より劣ると言われてその気にはなれない。もうこうなれば、姫路の白鷺城の修理の完成を待つしかない。さすがの?岡山城も白鷺城には勝てない。比べものにならないくらいの差がある。いくら郷土愛があっても太刀打ちできない。
 さて、今日の漢方の勉強はメーカー主催だったのだが、痴呆に効果がある生薬を見つけてそれを商品化したという案内だった。その研究に携わってきた大学の先生が色々教えてくれたのだが、僕の学生時代と同じ光景がそこにはあった。一言で言うと、「難しくてわからん」ただ当時と今で違うこともある。分からないけど懸命に聞いている僕がいた。当時は、返事をして教室を出るか、そもそも教室に入らないかのどっちかだったので40年近くなってやっとまともに近づいた。
「先生、新製品は自分が飲むためでないの?」と僕も一矢報いた。でも先生も堂々としている。「そりゃあそうよ、自分の身が一番だからねえ」なるほど、僕ももう10数年現役でいれば、あのように堂々としておれる。


2014年05月17日(Sat)▲ページの先頭へ
過去
 あまちゃんを1回も逃さず見続けてしまったことを教訓に、その後の朝の連続テレビ小説を見ることは止めた。思惑通り、朝の時間に余裕が出た。何をしていても連続ドラマを見るために中断されないのだ。それで何か成果が出せるわけではないが、余裕があることだけは確かだ。
 と言うわけで今日のテーマは、僕が今の連続テレビ小説をかじりついて見ているためではないと言うことを理解してもらえればいい。ほんの偶然その場面の時にテレビの前にいたことによる。
 今日はヒロインの卒業式らしく、外人の校長が卒業生に訓辞を述べていた。その内容で特に共感できた部分があったので取り上げた。白人の校長が、将来この学舎で過ごした数年間が、人生でもっとも輝いて楽しかったなんて言わないでくれと訓示していた。僕は全くの共感を持ってその下りを聞いていた。
 僕の大学生時代は、自身でも混乱の時代だったと思う。若者特有の正義感と受験の燃え尽き症候群と将来に対する無設計と、とにかく生産的なものとは隔離されて暮らしたようなものだ。だからといって真面目に暮らした高校時代までを評価し思い浮かべたりすることは全くなかった。いや現在でも驚くほど過去を振り返り感傷に浸ることはない。とにかく僕にとっては、牛窓に帰ってからは目の前にいる人のお役に如何に立てるかどうかだけが関心事だったし、これからもそうだ。別に職業的な範疇だけではない。今では日常生活で巡り会う人達の不都合を微力ながら取り除く手伝いをすることが日々を確かに生きる唯一のモチベーションだ。だから僕には「あの頃は良かった」はない。写真を撮らないのも同じ理由かもしれない。まず、写真を見ないことは確かだし、見て懐かしむなんてのも自分ではあり得ない。明日の写真があるのなら見るかも知れないが、過去はもういい。今現在も作られ続けている過去を追い求めるほど暇でもない。
 僕が現役でいる間、いや引退してからでも、ひょっとしたら目の前のテーマを探しながら、その日その日を精一杯生きているかもしれない。どんな非力な人間の回りにも、マッチ一本で照らせる闇はある。


2014年05月16日(Fri)▲ページの先頭へ
代官
 かの国の人達は半世紀前にアメリカと戦って勝った国の人だ。圧倒的な武器の劣性を何でカバーしたのか分からないが、それでも勝った。素人の僕がイメージできるのは、地の利を得たというところだろうか。嘗てのこの国のように精神論だけでは勝てなかっただろう。
 そんなかの国が、現代の超大国のあの国と対峙している。今度も又、どうみても勝ち目はないが、再びかの国を自分の土俵に引きずり込めば勝てるかもしれない。神出鬼没を得意とするのだから、相手を引き込まなければならない・・・こんなことをテレビを見ながら考えていた。とんでもないことが起こっても不思議ではない最近のアジア地域だ。あの国の膨張主義も、この国の懐古主義も政治屋や資本家の野望でしかない。岡山駅前のビックカメラに行けば、あの国や、かの国や、みんな同じような瞼をした国や、黒いスカーフをかぶっている国や、可愛くないのにカワイイを気取っている国の若者が、似たり寄ったりの顔をして、似もしない言葉をそれぞれ話し、似たり寄ったりのものを買っている。これらの若者に、対峙している国の若者を罵倒し襲いかかるようなことを強いることが現代の世の中で出来るだろうか。フロアやエスカレーターで触れ合う者同志を敵味方で戦わせることが出来るだろうか。年寄りの政治屋や資本家に命を差し出せと言えるのだろうか。 アホノなんやらが好き放題している。あの国も好き放題している。冬のオリンピックを開催した国も好き放題している。もし天罰というものがあるなら、なるべく早くオネガイシマスラア、お代官様。


2014年05月15日(Thu)▲ページの先頭へ
フジツボ
 僕は発見した。富士山は地球のフジツボだ。
 数日前に関東の女性が沖縄に行ったときに、機上から富士山を写した写真を送ってくれた。昔ならプリントして郵送してくれるのだろうが、なんて便利な世の中になったのだと思う。インターネットで送ってくれるのだからあっと言う間に想い出が届く。
 西に住んでいる人間にとって、富士山は滅多に見るものでないので結構珍しく、その女性はこうしたチャンスに写真を送ってくれる。何回か見直しているうちに、富士山がフジツボに見えてきた。上空から撮った写真だから富士山も小さく写っている。そして火口が正にフジツボの開いた口にように見えたのだ。そして地球にへばりついているようにも見えたから冒頭のようなフレーズが浮かんだ。
 実はこの前の日曜日に実際に沢山のフジツボを僕は見ていた。そんなものをしげしげと眺めたのはいつの頃からだろう。ひょっとしたら半世紀ぶりかもしれない。幼いときに海水浴場とか釣りをするための岸壁などで自然に目に入ってきたとき以来かもしれない。 
 日曜日にかの国の青年と日本人の若い女性をヨットハーバーとその横に広がる砂浜に案内した。ヨットを係留する桟橋に沢山の牡蠣がくっついていて、それをかの国の青年達が採った。その蛎殻に沢山のフジツボがついていた。又砂浜では貝の殻が沢山落ちていて、その貝殻にフジツボが約束されているかのように必ずくっついていた。
 フジツボの例えは、日曜日の記憶と、女性が送ってくれた写真が偶然重なって沸いてきたものだ。こうした小さなドラマを僕達庶民は紡ぎながら、そこそこに人生を楽しむ。


2014年05月14日(Wed)▲ページの先頭へ
節操
 【パリ時事】携帯電話で1日30分以上の通話を5年間続けると、脳腫瘍が発生する危険性が2倍から3倍に増えるとの調査結果をフランスの研究者がまとめたことが13日、分かった。AFP通信など仏メディアが報じた。仏南西部ボルドーの公共衛生研究所が2004年から06年にかけて、脳腫瘍の一種であるグリオーマや髄膜腫を患った約450人を調査した。他の健常者約900人と比較したところ、携帯電話の利用が少ない人ほど脳腫瘍の発生が少ない傾向が認められたという。調査に当たった同研究所のバルディ博士は地元メディアに「脳腫瘍の発生率の上昇は、携帯電話を最も頻繁に利用する人だけに観察された」と強調。電話を耳から離して通話できるハンズフリー機器の使用を勧めている。 

 今日多くの人が目にした文章だと思う。テレビや新聞では恐らく報道されないだろうな。僕は携帯電話を持っていないからメーカーの名前を詳しくは知らないが、どこもかしこもとか犬が喋る会社とかがあるらしくて、一日中宣伝を流している。そうした会社の宣伝費がもし入らなくなったら営業上の大きな損失だ。だから携帯電話に否定的な見識など報道するはずがない。嘗ての原子力発電と同じだ。危険性を訴える人の意見など公にはしない。寧ろ原子力を推進する意見を言う奴らのことばかり取り上げる。
 所詮営利事業だから金をくれるところにいつも尻尾を振っている。その程度の節操しかないのだ。原発が爆発してもうそぶいている奴らだから、携帯電話で脳腫瘍が増えようが増えまいが、奴らにとってはお構いなしだ。奴らは統計さえいじる力を持っているから、ここでも又庶民は泣き寝入りだ。
 お人好しにも程があるが、殺されるまでお人好しになる必要はない。法律に守られ好き放題をしている奴らを記憶に留めておくべきだ。いつまでも栄華が続くわけはないのだから。


2014年05月13日(Tue)▲ページの先頭へ
 週2回、ボランティアで殺処分を免れた犬猫の世話に行っている。いつも自分が一番早い。その朝、未だ薄暗い時間、施設の入り口にダンボール箱が置かれているのを見つけた。施設は公表していないから、一般の人には分からないはずだ。なんだろうと思って箱を外からたたいてみるが何の反応もなかった。そこで開けてみることにしたのだが、蓋は通気性の良いテープでとめていた。だから簡単に開けることが出来た。ただ、何となく気持ち悪かったので恐る恐る少しだけ開けてみた。すると箱の底に対になった目がいくつも見えた。
 怖いから先輩ボランティアを携帯電話で呼び出した。するとすぐに駆けつけてくれて、一緒に箱を開けてみた。すると生後1ヶ月は経っているだろうか子猫が9匹入っていた。どれもまるで死んだように動かないが、目は開けてこちらを見ている。ただどの猫も目やにで見にくそうで見えているのかどうか分からない。
 自分たちの手に負えないので又指導的立場にある人に携帯電話で相談をした。するとお湯に濡らしたタオルで猫を拭いてあげること、その後注射器でミルクを与えることなどを指示してくれた。こうした状況に遭遇した経験がないのでテキパキとした指示に勇気をもらった。その結果子猫たちは元気になった。
 これは僕の話ではない。時々勉強に来る薬剤師が話してくれた内容だ。素人の僕など、残酷なことをするなと単純に憤ってしまうが、彼女は違っていた。ダンボール箱に封をするテープがすこぶる通気性の良い物を使っていること、ダンボール箱の底に毛布を敷いていたこと、赤ちゃんがお乳を必要とする時期を過ぎてから捨てていることなどから、飼い主?捨て主?は優しい人という評価をした。殺処分をなんとか回避したい飼い主の意図が感じられるのだそうだ。
 教えてもらわなければこの様な日常が善意の人達の営みとして僕らのすぐ近くで粛々と行われていることに気がつかない。悪意に満ちた過剰な演技が幅を利かす昨今の政治状況の程度の低さとつい比べてしまう。どちらが檻の中にはいるべきか。


2014年05月12日(Mon)▲ページの先頭へ
法治国家
 業界関係者と話をしていて、思いがけないことを聞いた。田舎でのんびりとやっていたら蚊帳の外だから、驚きの内容だった。
 漢方薬のエキス剤(煎じ薬でないと言うこと)が1日分が600円くらいするらしいことは聞いていたが、そしてそれ自体もあり得ないと思っていたが、その時にしばしば併売される健康食品が、効果を期待したものでなく、漢方薬と縁が切れたときに引き続き消費してもらえるものとして勧めるらしい。もっとも健康食品に効能などないからそもそも病気の時に販売すること自体がおかしいのだが、そして買うこと自体がおかしいのだが、その真意が薬局と縁を切らせないためだと言うから、大した策略だ。いや才能だ。僕などしばしば薬は止めるために飲み始めると言って、治れば止められると説明し続けてきたけれど、その理屈から言うと、治れば患者さんが減って営業的には痛手だ。ただし実際には、治ってもらえればたいてい同じような病気の人を紹介してくれるから、増えもせず減りもせずで何とかやっていける。高額な、しばしば治療薬より高額なものを薬局と縁を切らせないために勧めるのでは、ぼったくりだ。そんなこと田舎では絶対出来ないし、そもそも健康食品なんてこの世になくてもいいと思っている僕には、縁のない話だ。
 ところが胡散臭いものを見抜く能力が極端になくなった現代人を相手に、暴利をむさぼって来たその手法も、そろそろ見透かされてか、あるいは健康食品会社に客を取られてか勢いがなくなったらしい。僕に言わせれば自業自得だとも思うし、墓穴を掘っただけだとも思う。僕なんかが追いかけてきた先輩達が消え、訳の分からないものや、胡散臭いものが隆盛を誇っている。それを支えているのは膨大な誇張された情報の前で固まっている無知な人達だ。合法という名の悪意に身ぐるみ剥がされる人達の姿が見える。この国は法治国家という名の呆痴国家だ。


2014年05月11日(Sun)▲ページの先頭へ
貢献
 備前市は牛窓を少し大きくしたようなものだろうか。何となくまとまりがなく、象徴的な一角がない。どこに行けばいいのだろうか、どこにいればいいのだろうかと居心地はあまり良くない。そんな町のお祭りをわざわざ見に行ったのは、岡山市に住んでいるかの国の青年達が、備前の祭りに参加する同胞を訪ねたいからと希望したからだ。そうでもないと僕がわざわざ聞いたこともないお祭りに行くはずがない。案の定そのお祭りは、例えば牛窓で言うと小さな部落単位の単発ものでしかなかった。どこかの部落のお祭り、その程度だった。ただそのお祭りを盛り上げる力の一端を、その町に住んでいるかの国の青年達がになっていたのは明らかだ。重たい御輿を担ぐ役割も然り、屋台でフォーとか春巻きを売る役割も然りだった。片言の日本語で呼び込みをし、良く流行っていたから貢献度は大きかったのではないか。
 地方都市の小さな工場の働き手としていなくてはならない存在になっているのは、60人くらい集まっていたことが象徴している。ただ最早それだけではすまず、文化の担い手としても必要とされつつある。そのうち本家本元に取って代わるのではないかと思われるくらいの勢いを感じた。○○村というのが、多くの地方都市に出来るのではないか。大都会にはエリートが外国から集まり、地方都市には肉体労働者が外国からやってくる。
 かの国の人に言わせれば、かの国は若者ばかり。この国は老人ばかり。頂点を極めたからには落ちるしかないから、それはそれでかまわないが、せめて安心して暮らすことが出来ると言うところだけは死守して欲しい。だって、徴兵制があるところから来る若者は軍隊で「殺し方」を教わりその技術を磨いてきた人ばかりなのだから。


2014年05月10日(Sat)▲ページの先頭へ
崩壊
 漁師が「逃げられた」と言うから、当然魚に逃げられたのかと思う。逃がした魚は大きいと言うから、さぞ大きな魚を逃がしたのだろうと思った。
 ところが逃げられたのは魚ではなかった。冬の間、牛窓では牡蠣むきが行われる。牡蠣は広島が有名だが、意外や牛窓もかなりの業者がいる。牡蠣むきは1日中腰掛けて、硬い牡蠣を開いて中の身を掻き出すのだから結構力がいる。そして何よりもあの生臭い臭いが衣服に染み付く。だから牡蠣むきの人が買い物にやってくるとすぐに分かる。勿論海育ちの僕達はそれが嫌いではない。ただ、海の人間以外には耐えられないかもしれない。そんな仕事だから、若い人は避ける。自ずと老婆の仕事になる。そこへ降って湧いたのが、あの国の青年達に働いてもらうことだ。間違えないで欲しい。専ら僕のブログに登場するのは「かの国」の人達で、あの国ではない。テレビで毎日のようにあの国の横暴が報道されているが、あの国の人達はよく働くらしい。しかし、今回「逃げられた」のも又同じあの国の人達なのだ。広島の入管に手続きに行った夜、集団でいなくなったらしい。勿論契約期間中だ。
 その話をしてくれたのは人の良い漁師で、この人なら逃げられると思った。何億の人間の中で生きていくのだから、向こうの人の生活力は半端ではない。そんな人を善良で不器用な漁師が上手くコントロールできる訳がない。日本の最低賃金で雇っていたらしいが、どこか給料のいいところを見つけたのだろう。いや、恐らく後ろで糸を引く人がいるのではないかと推理していた。
 あの国とかの国が争っているのがニュースでしばしば流れる。正直僕はかの国に部はあると思う。僕が実際に接した両国の人の人間性でも圧倒的にかの国の人が優っていたから。この国も、やたらあの国の人を入国させ、僅かばかりの経済的利益のために取り返しのつかない道徳の崩壊を招かないで欲しい。


2014年05月09日(Fri)▲ページの先頭へ
誠実
 体の何処に痛くない場所があるのだろうと思われるほどの苦痛を訴え、実際動作を見ていても日常の生活の質の低さは想像がつく。ところが処方箋を見てみると、1ヶ月に1度飲む骨粗鬆症の薬と痛み止めと多くの貼り薬だ。これで1ヶ月なんとか凌いでくださいというメッセージだろうが当事者としては治してもらいたいだろう。ただ医師も知識があればあるほどこの状態を維持することすら難しいことは知っている。だからあの程度の薬を出してよしとしている。
 僕に言わせれば、この老婆に出されている処方は自然治癒力が未だある世代の治療法だ。もう地力で組織を回復する力が残っていない世代に飲ませても恐らく何ら効果を感じてもらえないだろう。現代薬の正に苦手とするところだ。
 ただ、処方せんを持ってくる人に漢方薬を勧めるわけにいかないし、そもそもこんなに治らなくても病院に通い続ける人に薬局で相談するなんて選択肢はない。たまたま処方箋を出されるから仕方なく薬局に来ているだけだ。薬をもらえればそれでいいのだ。治そうとか治りたいとか、従来僕の薬局を利用している人から感じられる思いが全く伝わってこない。淡々と作業が、儀式が進むだけだ。
 健康寿命から本当の寿命まで男は9年、女性は13年。この歳月を楽に暮らすか、苦痛を抱えて暮らすか。選択できるなら全員が前者だろう。その手段として自然の恵みを利用した漢方薬があるのに、ドラッグストアや○○○のせいで価値をおとしめられている。誠実に与えられたテーマを解決するだけで良かった時代は終わった。もっともきな臭い政治の懐古主義とは全然違うが。


2014年05月08日(Thu)▲ページの先頭へ
潔癖
 歳のせいか、早寝のせいか、季節のせいか、恐らくその3つのせいで毎朝5時には目が覚める。布団の中でまどろむというのは好きではないので、目が覚めればすぐに起きあがる。それから新聞を読んで、野良仕事?に出かける。薬局の前の駐車場の一角に作った畑に生えた草を抜くのが最近の重要な朝のお勤めになっている。熊手、鍬、4本鍬を手に勇ましく道路を渡り1時間くらい作業をする。
 ところが、日を重ねる毎に腰痛が激しくなってきた。いざ始めると潔癖な性格のせいでやり残したところがまだらで存在するのが耐えれないから、結構中腰やしゃがみ込んで作業を続ける。そうした姿勢だと、ものの数分もしたら痛みを感じ始める。本格的に痛めたら仕事に支障が出るし家族にも迷惑をかける。そのことが分かっているからブレーキを早めにかけようとするのだが、実際にブレーキを踏み込むのは随分と後になってからだ。  この経験からお百姓さんの苦労の一端が少しだけ理解できたような気がした。今までは体調まで想いを致すことは出来なかった。実際に経験してみて僅か数分しか持たない僕の何十倍も作業を継続する農家の人達の凄さが良く分かった。
 その苦労を知らずに僕達は「耕す」という言葉をしばしば使う。農作業で使うのは当然だが、その言葉を専ら比喩として使う。ところが最近の僅かばかりの農作業の経験でその言葉を軽々しく口にすべきではないような気がして来た。何か不謹慎な感じがしてきたのだ。何の苦労もせずに言葉遊びだけで使うことに今では後ろめたさを感じる。
 毎日昼頃までは腰をかばいながら仕事をしている。でも一晩で景色が変わるくらい勢いがよい草たちの前で、敵前逃亡は出来ない。なんでこんなことだけ潔癖なのか良く分からないが、個性に苦しめながら、明日の戦いのシミュレーションのために目を閉じる。


2014年05月07日(Wed)▲ページの先頭へ
覚悟
 「ギンコウニ 500マンエン アル」と言うから、よく頑張ったんだと感心した。だから今度は学生としてやって来て、知識を得るのだと思った。決して賃金や労働条件に恵まれているわけではない研修生として3年間、牛窓で本当によく頑張ったと思う。嬉しそうな顔をした僕を画面の向こうから怪訝に思ったのかすぐにその子は付け加えた。「カリ アル」と。
 「なんじゃ、借金か!」ただ、かの国では借金というのはあまり珍しいことではなく、一緒に働きに来た仲間同士で簡単にお金の貸し借りをする。そうしないと生活が成り立たないのだと思う。傍で見ていると、又話を聞いていると如何にも国民性だと思う。見ていて美しいほどの相互扶助だ。ただ、500万円はかの国では大金過ぎる。庶民が返すことが出来るのだろうかと心配になる。彼女が日本で稼いだお金の多くを両親のために送っていたことは知っていたが、それだけの高額な借金とは思ってもいなかった。
 彼女が帰国するときに、又日本に来たいと言った。僕は半分冗談で「学生という肩書きで、本当は遊びに来たいんだろう」と言ってしまったが、そして彼女はそれに笑いで答えてくれたが、内心は秘めたる決意があったのだろう。それが証拠に、今かの国で働いて得られるお金の半分は家賃に消え、後の残りは食費と日本語学校の授業料で消えている。全然お金は残らないらしい。それでは借金の残高は減らないだろう。お父さんが懸命に働いているらしいが、未だ妹が幼くて大変だとも言っていた。
 「ワタシ オカネ タクサンモラエルシゴトスル」と言うのも頷けるし、是非その為に出来る手伝いはしてみたい。ただ彼女が上げた職業は看護師だった。教会でフィリピン人の看護師が日本の看護師を目指して頑張っているのを何人も見てきたが、結局全員夢は叶わなかった。本国では既にキャリアを積んでいるのに言葉の壁に阻まれた。言葉は勿論、専門的な知識もない彼女が果たしてその資格を得ることが出来るのかどうか分からないが、両親を助けるといういちずな思いを叶えさせてあげたいと思う。
 まるで娘のように振る舞い、まるで娘のように扱った子が未だ僕に話していなかったことを話してくれた。僕や妻を頼って再びやってくる子の覚悟に負けない覚悟が、僕にも必要なのではないかと思っている。


2014年05月06日(Tue)▲ページの先頭へ
散策
 ヤマト薬局には珍しい、大学の先生という肩書きを持っている方から、京都の和菓子をお土産に頂いた。どんな物なのか僕には分からないが、包装や手提げ袋からして高級そうだったから、有名なお菓子なのかもしれない。僕は頂いた瞬間から、母にお土産に持っていこうと決めていた。施設に入れた後ろめたさから、手ぶらでは訪ねていけない。と言って喜んでもらえるような物もないから、毎回些細なおやつを持っていくことにしている。 自分から評価を口にするようなことはもうできないが、こちらが「美味しい?」と誘導すれば「美味しい」と返してくる。珍しく1個を短時間で食べたから、本当に美味しかったのだと思う。美味しすぎてか、痴呆のせいか、和菓子を包んでいた紙まで口に入れ、余程しわかったのか、呑み込みにくくしているところで僕が気がついて、口から出した。その光景を見て別段悲しくなることもなかった。時に未だ正常な部分が残っているのに施設に入れてしまったのではないかと、折に触れ自分を責めてしまうが、こうした光景に遭遇すると少しばかり罪の意識から解放される。
 今日は晴天で、気温も高く戸外が気持ちよかった。施設を訪ねたときに丁度職員に車いすを押してもらい散策に出る入居者3人に遭遇したので、僕も母を連れ出したいと要望してみた。すると許可が出たので、早速戸外に出た。施設から山道を押して少しばかり上がると、ウグイスが鳴くのが聞こえた。母は口笛でその真似をした。そしてその後なにやら分からなかったが、鼻歌を歌い出した。五月晴れの、特に空気が綺麗な場所での2時間に及ぶ散策は、明らかに母の思考回路を修繕したと思う。
 又来て、外に一緒に出ようと提案すると硬い表情のままだったが頷いていた。上った坂道と同じ距離を後ろ向きで降りてくる。誰も登ってこない山道だから照れも遠慮もなかった。悲しかったわけでもなく、自責の念でもなかったが、何度も涙が込み上げてきた。


2014年05月05日(Mon)▲ページの先頭へ
連呼
 「あんな物いらないから、道の駅でも出来ればいいのにね」と言った女性は決して我が家の味方をしてくれているわけではないが、折角東京を離れて身も心も軽く暮らしているのに、都会の必需品みたいなものが追っかけてきたから不愉快だったのだろう。 
 工事が始まってから町民の話題に上り始めた。遂に牛窓町にもドラッグストアが出来る。日用品の品揃えがよい店がなかったので大いに便利になるから僕は大歓迎だが、本来なら一番来て欲しくない業種だろう。だが、僕は牛窓町の便利さが増せば、移住したい人が増えるから、僕の薬局が何らかの影響を受けるだろうことなど気にしない。元々僕の薬局は物販とはほど遠いから競合しようもないが。寧ろ、下手をしたら我が家は先方の結構な得意さんになるのではないか。
 その女性は自分の力でこの町で生きていこうとしている。才能ある女性だから僕は期待しているのだが、色々と壁にぶつかることもあるらしい。都会でも活躍できる人だから、その才能の半分でもこの町で使ってもらえれば、この町ももっと楽しくて、経済的にも充実した生活を提供できる共同体になるだろう。
 あんな物のためにヤマト薬局がいつ追い込まれ廃業するか、ひょっとしたら巷の話題になっているかもしれない。そう言えば何となく町民の表情が明るい。他人の不幸は蜜の味。
ただ残念ながら期待に添えそうにない。悩める人達を思いやる気持ちは店員教育で出来るようなもではない。天性のものか使命に燃えていなければ身に付かない。
 えらそうなことは言わない方がいいか。そのうち僕がそのドラッグストアのユニフォームを着て、「今日はシャンプーが安いですよ」と人の顔も見ないで連呼しているかもしれないから。


2014年05月04日(Sun)▲ページの先頭へ
不幸中の幸い
 予期せぬトラブルで、いや極度の機械音痴だから予期しなかっただけで、普通の人なら完全に想定内だろう。騒動中に珍しくアルコールの力を借りようとしてスーパーで酒を買った。買ったのが氷結なんとやらだから大したことはないが。余談だが、スーパーの食品売り場であんなに酒が簡単に買えるとは思わなかった。規制緩和とやらで何を狙っているのか知らないが、飲酒を奨励しているようなものだ。いやそもそも規制緩和の目的はそれだから、青少年に酒を、アル中に酒をと言う規制緩和だ。
 1時間くらいスーパーの中を物色して(例によって魚や野菜がどこでとれた物か調べる)いざ帰ろうとしたら、車のエンジンがかからない。バッテーリーが上がったのだ。この予兆は昼からあった。ちゃんと機械は教えてくれていたのだ。ただ僕が車を離れるときの警報音がライトをつけたままだという案内だとは気がつかなかったのだ。だから昼過ぎからずっとライトをつけていたことになる。
 夕方6時を回っていたので、車屋さんが未だ営業しているかどうか不安だった。何を思ったか保険証書を出してみると、こういった時の緊急の連絡先が書いてあった。初めての経験だが、保険は充分すぎるくらいかけているから、こうしたトラブルにも対応してくれるのではと考えてJAに連絡してみた。すると案の定、こうした事故以外のトラブルも補償対象になっていた。電話の向こうのJAの質問(確認)に答えると、早速手配をしてくれて、30分後にレッカー車がやってきた。車を持って行かれるのかと思ったら、その場で直してくれた。 現場ではてきぱきと事を進めてくれて、新しいバッテリーにも買えてくれた。普段お金をほとんど持たない僕だが、珍しくお金を持っていて、新しいバッテリーに変えてもらうことも出来た。作業中、色々話題を見つけては僕をもてなしてくれた。僕としては何度頭を下げても良いくらいお礼を言いたいのだが、向こうが何度も僕に礼を言ってくれた。確かに立場上僕が客だが、道義上はあくまで僕が礼を言う立場だろう。
 実はもう一つ、この中心となる親切以外に序章部分で人の親切を受けている。車が動かないことが分かって、早速電話で連絡しようとした時に小銭がないことに気がついた。そこでマツキヨで歯ブラシを買って小銭を作ろうとした。ところがいざ買ってみると298円で10円玉が1枚もなかった。そこでレジをしている若い女性にそのことを告げた。すると彼女は気を利かして10円玉でお釣りをくれた。ハプニングで理性に少し混乱を来しているときにこうした親切は凄く有り難い。
 僕の年齢になると、あらゆることに自信が無くなる。多くの親切や思いやりを受けなければならない世代にさしかかっている。そのことと取り引きするわけではないが、常日頃出来る限り、他者のために役に立つことを心がけている。そんな些細な努力に、何倍もの親切で返された、不幸中の幸いを地でいく1日だった。


2014年05月03日(Sat)▲ページの先頭へ
新見SONG巣城山うたの種コンサート
 このシチュエーションは何度経験しても苦手で、涙が溢れてくる。岡山駅の、それも連休中の夕暮れ時に、改札口で涙ぐんでいる中年男性など様にならないだろうが、やはりハンディーを抱え懸命に生きていこうとしている若者を見送るのは辛い。傍にいるだけでどのくらい力になれるか僕は多くの若者と接して分かっているから、一人荒海に帰すのは気が重い。
 ほとんど我が家が受け入れてきたのは過敏性腸症候群の若者だったが、今日の女性は違う。かの国からやって来て奈良県の大学で学んでいる。ただ、かの国と我が国とでは格段に貨幣価値が違うので、苦学を強いられている。勉強は授業中に全て頭に入れるようにして、その他の時間は授業料や生活費を工面するためにアルバイトに励んでいる。授業かアルバイトしか彼女たちにはない。特に貧しい家系の出身者はまさに身を削って働いている。そして彼女は本当に身を削ってしまったのだ。
 一つは一生薬で抑え続けなければならない病気。一つは国に帰らなければならないかもしれない病気。この2つを抱えて、それもどちらも日本に来てから発病したものだが、深夜のアルバイトを来る日も来る日も続けなければならない状況で回復するはずがない。一昨日急遽訪ねてきたいと連絡があった時、僕は帰国を覚悟して別れの挨拶をしに来るのだと思った。
 昨夜邑久駅の改札口で彼女を迎えたとき、僕と会った喜び以上に苦痛の表情が見えた。症状を聞いているうちに、それが今治療のために服用している薬の副作用ではないかと思った。そんなこと想像もしないその子は、又一つ病気が増えたと暗い気持ちになっていたのだ。言葉や習慣の違いで、又知識不足のために今の治療に主体的に関わることが出来ない。副作用と思われると書いた手紙を主治医に渡すようにその女性に持たした。もしそうならあの不愉快そうな表情が顔から消える。
 今日は偶然、毎年恒例の新見でのコンサートがあったので、その子も連れて法務局帰りの友人と3人で片道3時間半の距離を出かけた。本来なら2時間半くらいで行けるのだが、渋滞に巻き込まれその時間となった。昨夜大阪から山陽本線でやって来て、今日又6時間近く車にゆられた。体調を心配したが、昨夜の不快症状は全て消えていた。手を伸ばせば届きそうな新見の空が癒してくれたのか、山の向こうに又山があり、その又向こうに又山が見える、県南の人間には珍しい風景が癒してくれたのか、5回目を迎えた新見SONG巣城山うたの種コンサートの出演者達が随分と落ち着いた雰囲気を醸し出していたことに癒されたのか、道中法務局帰りのギャグ名人に癒されたのか分からないが、体が不思議なくらい軽かったらしい。そして昨夜は見ることが出来なかった以前のはにかみ気味の笑顔に沢山触れることが出来た。今夜は山陽本線で広島の友人を訪ね、明日は奈良まで山陽本線で帰るらしい。恐らく明日は8時間から下手をしたら9時間近く電車に乗ることになる。病気を二つも抱えてそんなことはさせれない。我が娘にさせれないことを大切な若き友人にさせることは出来ない。絶対新幹線で大阪まで帰ることを約束させて妻が切符代を包んでいた。プライド高い彼女たちだが、今回はこちらの心配顔に圧倒されたのか受け取ってもらえた。
 僕も友人も絶対に合わない岡山駅のレストランで夕食をとった。かの国の女性も、友人も「たのしかった」を連発してくれて今日一日が報われた。法務局帰り故孤立して暮らしている友人、病気と共存して懸命に働き学んでいる女性。どちらも存在に味を持っている。


2014年05月02日(Fri)▲ページの先頭へ
健康相談
 1日1杯以上のコーヒーを飲む人は、時々しか飲まない人に比べ、肝がんリスクが低いことを示す研究結果が、米国がん学会(AACR)年次集会で発表された。コーヒーを愛すべき理由がまた1つ発見された。
 1990年代に開始された今回の研究では、人種や民族的背景の異なる約18万人の成人を対象に、コーヒーの摂取やその他ライフスタイルについて尋ねた。現在まで18年間の追跡期間中、肝細胞がんの発症を定期的に監視した結果、これまでに498人がその診断を受けた。コーヒー摂取量が1日に1〜3杯の人は、週に6杯以下の人に比べ、肝がんリスクが29%低かった。また、摂取量が多いほど良好な結果がみられ、1日に4杯以上の摂取者では42%のリスク低減が認められたという。
 米国がん協会(ACS)によると、男性では81人に1人、女性では196人に1人が生涯に肝がんを発症するとされるが、29%のリスク低減により、その確率が男性で104人に1人、女性で253人に1人に低下することになる。コーヒーとがんとの関連を示した研究はこれが初めてではない。昨年「Clinical Gastroenterology and Hepatology」に掲載されたレビューでは、3,200人強を対象とする16件の研究を統合した結果、1日に3杯のコーヒー摂取で肝がんリスクが最大50%低減する可能性があると結論付けている。肝がんのほかにも、頸部がん、結腸直腸(大腸)がん、前立腺がん、膀胱がん、子宮内膜がん、食道がん、膵がんのリスク低減にコーヒーが関連することが複数の研究で示唆されている。
 
 ありがたや、ありがたや。口角炎(あくち)をつくり、胃がむかむかしても尚コーヒーを飲む僕としたら、救世主みたいな話だ。苦痛を伴うような健康法や、忍耐を強いられるような健康法は苦手だからまずしない。と言うより身体にいいことなどほとんどしていない。ただこんなニュースが飛び込むと、大した健康法をしていたことになる。
 僕は禁煙したから既に部外者になってしまったが、下記のように愛煙家にも朗報が届いている。

 日本における潰瘍性大腸炎の発症年齢は、欧米諸国と同様、青年期と中年期の二峰性分布を示すこと、また、禁煙は中年期(50歳以上)のUC発症を増加させる可能性があることが、福岡大学筑紫病院の高橋 晴彦氏らの研究により明らかになった。喫煙は、消化器系に悪影響を与えるという報告が多いが、UCに関しては、欧米において「喫煙がUCの発症抑制や病態改善につながる」、「禁煙がUCのリスク因子の1つである」といった報告がされている。

 さらりと読んでしまうと、禁煙と喫煙が混乱して使われているのではと思ってしまう。何故なら禁煙が良くない、吸えば改善しやすいなどと書かれているのだから、本来とは反対に使われているように思えてしまう。
 こんな文章を目にすると僕の学生時代が一番健康的に過ごしていたような気になる。タバコは金がないから麻雀しながら人が吸って短くなったのまで吸っていたし、食事代はなくてもコーヒー代はあったから、コーヒーでやる気を引き出していた。米に塩をかけて食べるのが常だったが、不思議と病気をしなかった。その理由が上記の新着のニュースで分かった。僕は40年先を行っていたのだ。僕は健康オタクだったのだ。
 「コーヒー飲め!タバコ吸え!」連休明けの健康相談が待ち遠しい。


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■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
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カレンダ
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