栄町ヤマト薬局 - 2014/04

漢方薬局の日常の出来事




2014年04月30日(Wed)▲ページの先頭へ
粉飾決算
 またまた目から背びれ、いや尾びれ、いや目からエラ、いや目から鱗だ。
 毎回毎回だと元々忍耐力に自信がない僕だから「いい加減にして」と言いたくなるが、そこは笑顔で「ご飯にみそ汁」とか「コーヒーにトースト」などと漠然とした返事をする。本気で答えるほどのものではないという気持ちもあるし、我が家が如何に粗食かも分かってしまいそうだから、当たらずとも遠からずってとこで答えている。
 かの国の子達は、朝会うと必ず「オトウサン、アサハ ナニヲタベマシタカ?」と聞く。確率で言うと90%は越えると思う。車に乗り込んで3分もたたないうちに必ずその質問が来る。僕は語彙が少ないからかと思っていたが、実はそうではないらしい。昨日の夜、食事をしているときに何の話題からそうなったのか忘れたが、息子が「東南アジアの人は挨拶代わりで食事を済ませたかどうか聞くよ」と教えてくれた。語彙が少ないわけではなく、好奇心でもなく、僕らの「良い天気ですね」に近い感覚らしいのだ。僕がもし食べていなかったらどうするんだろうねと尋ねると、実際に食べさせてくれるらしいのだ。どこからとなく、例えばそれが兄弟や近所などから調達してまで、ご馳走してくれるらしいのだ。日本でもいつの時代にかあった光景だろうが、勿論僕などはしらない時代の知らない地域の話だろうが、さすがに記憶がないのでノスタルジーは感じなかった。それと東南アジアは食材が豊富で安いから食生活にも結構気を使っているとも教えてくれた。だから食生活は結構豊なのだ。寧ろ日本みたいに、特に最近のファーストフード頼りの日本みたいに、食で命を縮めるようなことは未だしていないらしい。
 「朝ご飯くらい食べるわ」と最初のころは言い返しそうになっていたと息子も言っていたが、彼も又忍耐から笑顔を作っていたのだろうか。ただ彼の場合は日本にいるより遙かに落ち着くと言っていたから、粉飾決算は必要になくなったのだろう。


2014年04月29日(Tue)▲ページの先頭へ
砂漠
 一瞬、自分がどこにいるか分からなかった。
 今日は妻が教会関係の人と一緒に広島に行ったから、昼食も夕食も息子と「てんでこにしよう」と言っていた。昼食はいつものうどん屋さんですましたから問題はなかったが、さてスーパーの中に入ってから夕食の手当をするのが大変だった。一言で言えばレトルト名人の息子に夕食を頼めば良かった。店内を物色しながら後悔した。
 まず手っ取り早く弁当でも買えばいいと思ったのだが、どうも揚げ物が時間が経ちすぎているような気がして手が出なかった。どれもギトギトギッチャンに見えてしまったのだ。揚げたてでないと油が酸化して僕みたいな年齢の人間には胆のうは勿論血管にまでこたえそうに見えた。結局手が出なかった。電気釜にご飯が残っていたような気がしたから惣菜でもいいかとそのコーナーに回ると、10回のうち9回は買ってしまうマカロニサラダが目に入った。野菜が少ないなと思いながら、しかし、葉っぱばかりのサラダの値段と見比べて、少しは手間をかけているように思えたのでいつものように買った。肉コーナーは素通りだ。料理しなければならないからいつも選択肢の中にない。鮮魚コーナーは以前なら魅力的なコーナーだったが、あれ以来、どこでとれたのかを見てはため息をつくだけで、EPAやDHAの供給も出来ない始末だ。ただ、未だ外国にはあまり届いていないかと思いチリ産のウニを買った。ヨーロッパでは太平洋産のマグロの放射能濃度を調べているが、そして警戒しているが、当事者のこの国ではほとんどノーマークだ。
 ウニとマカロニでは何となく量が少ないと思えたので、ラーメンを買った。結局好きな物を、それも血糖値を上げる粉ものを集めただけで、何ら哲学はない。独り者でなくて良かったと思う。もしそうなら、延々と今日買った3点で暮らしているかもしれない。食べたい物だけ食べて命を削りまくっていただろう。 結局、これだけのことをするために30分以上スーパーの中を放浪したと思う。自分でも何でこんなに非生産的なことをしているのか分からなくなった。そしてふと気づけば「あれ、ここはどこだったっけ」状態だった。
 買い物嫌い、料理嫌いの僕にとって、今日のスーパーの中は砂漠みたいなものだった。いや、僕の心の中が砂漠みたいだったのかな。


2014年04月28日(Mon)▲ページの先頭へ
定義
 米国合同委員会の第8次報告として新たに発表された高血圧ガイドラインにより、成人の降圧治療対象者が減少し、目標血圧達成者の割合が増大することが判明した。この影響はとくに高齢者で大きいという。高血圧ガイドラインでは、60歳以上の血圧目標値を従来の140/90mmHg未満から150/90mmHg未満へと引き上げることが、また糖尿病あるいは慢性腎臓病(CKD)を有する患者についてもも130/80mmHg未満から140/90mmHgへと変更することが盛り込まれた。60歳以上では27.6%が降圧治療を受けてより厳しい目標値を達成していたことが示され、これらの患者は、高血圧ガイドラインでは降圧治療対象者とはならないことが示唆された。
 日本の検査値の値が厳しいのは以前から言われていたが、恐らくそれは経済優先で患者を製造する機関になっていたからだと思うが、上記のようにアメリカでも30%近くの高齢者が不必要で有害な化学物質を飲まされていたことになる。高血圧でもないのに薬と言う名の化学物質を体内に入れられていたことになる。それで暴利をむさぼってきた製薬企業や病院はどう弁償するのだろう。肝臓や腎臓が薬を代謝するのに無駄に働いていたことになる。肝臓に慰謝料を払ってもらいたいくらいだろう。これから血圧だけでなく多くの検査値が見直されると言うから期待せずに期待する。と言うのは彼らの視線の先に患者はいないから。共犯関係の職種にしか興味はないだろうから。
 検査値に疑義を唱えていた人の講演を聴きに行ったのはもう20年くらい前ではなかっただろうか。真実の声はなかなか届かなかったみたいだ。当時そうした理論を取り上げなかった権威達に今賠償の責任はないのか。
 食べれて、眠れて、お通じがあれば元気と言う僕の先生のシンプルな定義のように生きられれば良しとする社会が再びやってくるかもしれない。


2014年04月27日(Sun)▲ページの先頭へ
四国
 やはり尋ねてみるものだ。勝手な思い込みで知っているつもりでは発展性がない。
僕は今までかなり多くのかの国の女性達と食事をしたが、それも色々な料理を一緒に食べたが、おしなべて少食だった。今日昼ご飯を教会のおばさん達と一緒に頂いたのだが(中華料理)かの国の若い男性達も又少食だった。その後僕達だけで喫茶店で話をしているときに、この数年の僕の疑問をぶつけてみた。するとその中の特に日本語がかなり自由に操れる子が説明してくれた。
 実は決して少食ではないらしいのだ。寧ろよく食べると言っていた。そのスリムな容姿からその言葉は信じがたいが、2度3度その言葉を繰り返したから実際に良く食べるのかもしれない。彼らは結構健康に気を遣っていて、脂っこいものは避けているのだそうだ。特に中華料理みたいなギトギトギッチャンはマークしているらしい。確かに今まで会ったどの子達も野菜が好きでよく食べる。僕は失礼ながら、発展途上国でまだまだ所得が低くて野菜ばかり食べているのかと思った。実際は健康志向なのだ。ほとんどの若者が、男性も女性も自炊をしていて、自分で作ったものは一杯食べるらしい。そんな彼らがは日本料理をとても褒めてくれて、脂が控えられていて、そして何より安全だと言ってくれた。安心して食べることが出来ると言う表現も繰り返した。
 話は変わるが、一つ謝っておかなければならないことがある。特に四国に住んでいる人に。折角玉野まで来たのだから海を見せてあげようと思ってフェリー乗り場まで案内した。案の定とても喜んでくれた。母国で海の近くに住んでいた女性もいて、ここぞとばかり「懐かしい」と言う日本語を教えてあげた。そして目の前にいくつも重なる島々の向こうに「四国」があると言うことも教えてあげた。大きなフェリーが発着しているのを見ながら、「近い内に一緒に四国に行ってみよう」と誘ったら全員がとても喜んでくれた。ただ島々の向こうに大きな陸があって街があることがどうしても想像できないらしくて、一人の男性が「四国に人間、住んでいますか?」と僕に尋ねた。四国の皆さん、ごめんなさい。


2014年04月26日(Sat)▲ページの先頭へ
 「私らに嫁に来る女性は楽だと思いますよ」と言い切るから、余程自信があるのだろう。確かに、岡山県全ての市町村の首長と話をしているくらいだから、実績もあるのだろう。名前を出せば多くの人が分かる組織を再建した人だから、その筋では有名だ。長年そのトップを勤めた人だから経済的にも余裕があると見た。家の傍には果樹園が出来るくらいの庭もある。
 一方「僕らに嫁に来る人は苦労すると思いますよ」と言い切れるくらいそのことには自信がある。肩書きがある偉い人は嫌いだから避けるし、人より幻想を優先する組織という胡散臭いものからは遠ざかるし、経済も心も余裕がないから、建坪一杯に家を建て掌ほどの庭もない。
 「ご主人、どうしてご主人の所にお嫁に来る人は楽だと思うの?」まるで正反対の僕にもプライドがあるから尋ねてみた。「そりゃあ、私の嫁になる人は楽ですよ。姑もいませんしなあ」「それは結構売りですね」「ご主人は今年何歳になるんですか」「85です」 いる分けないじゃろう、われーっ!


2014年04月25日(Fri)▲ページの先頭へ
正真正銘
 「よう効くのを、作ってえよう!」この言葉をもう何百回聞いたか分からない。「よく効く薬を作って下さい!」標準語ならこうだろう。誰にもいつでもそのことしか心がけていないが、毎回必ず確認される。今はもう慣れてしまったから何ともないが、彼が突如僕の薬局に来るようになった当初は、かなり違和感があった。
 何の体調不良で最初やって来たのか忘れたが、恐らく当人にとっては予定外の薬を持って帰ったのだろう。普通の薬局に薬を買いに来たはずが、漢方薬を出され面食らっただろう。しかしよく効いたのだと思う。それ以来、本人は勿論、家族全員のありとあらゆるトラブルを相談してくる。内科は勿論、皮膚科、整形外科、耳鼻科、眼科、心療内科領域の不調を訴えてくる。僕は漢方薬オタクではないから、こちらもありとあらゆる種類の薬で対処する。勿論病気に関してとても神経質な人だから、病院にも良くかかるが、なるべくなら僕の薬局で解決したいみたいだ。自分や家族の体調不良が許せれないみたいで、かなり症状が軽いうちからやってくる。だから時としては薬を出せないときもある。早期の自然治癒が予想されることもしばしばだ。
 ただ、不思議なことにこの事だけは薬を欲しない。もう何十年も食事の度に大便が出るのだ。多いときは食後以外にも出る。不便だろうから治せばいいのにとこちらは思うが、神経質な割にこの事だけは気にならないらしい。
 今日昼過ぎの暇な時間帯にやってきたので(僕の薬局はいつも暇だが)相談事の他に雑談をした。そして以前から気になっていたことを尋ねた。「1日何回もお通じが出て不便じゃろう」と。すると彼は面白い返事をした。「不便じゃねえよ。ワシはウンチでトイレに入っても30秒くらいで出てくるから、小便と同じくらいじゃ」「そんなに早くすむんだったら、どんなウンチが出るの?」「バナナみたいな大きんが出る」
 そうか、彼はトイレに入って30秒で大便をすませ出てくることが出来るんだ。それだったらさすがに不便ではないだろう。僕に相談しないはずだ。毎回毎回爽快ならしいから何ら問題ではない。
 根底には癌恐怖症があり、どんな些細な不調でも「癌じゃなかろうな(癌ではないでしょうね)」と必ず質問する彼が頻便だけが気にならないのが不思議だが、良しにつけ悪しきにつけ、人の興味の対象の違いは面白い。
 「○○さん、ストレスはない?」と尋ねると「ストレスって何?ワシはストレスって何かわからん」と必ず答える。病気恐怖症と言える程の性格なのに自分では分かっていないらしい。いちいちの確認や頻便はストレスの塊の人の訴えなのにストレスがないと即答できる。相手をしているこちらは正真正銘のストレスの塊だ。


2014年04月24日(Thu)▲ページの先頭へ
顔色
 朝食が終わって出かける前に息子が「○○○○と○○○湯を頂戴」と言った。聞くと月曜日から風邪をひいていて、熱は下がったけれど昨夜は咳き込んで寝にくかったらしい。喉も痛いという。いつも薄着でいるから元気そうに見える。だから風邪をひいていることには気がつかなかった。症状を確かめると、くれという処方で勿論正しいが、咳に関しては少しものたりなかった。だから僕が併用するべきと思った処方を説明して作って飲ませた。
今し方帰ってきたから症状を尋ねたら、喉痛は完全になくなり咳もほとんど気にならなかったらしい。今夜もし咳き込まなければしめたものだ。向こうから漢方薬を希望してきたのだから、そして指名した処方がかなりいい線をいっていたから、少しは実力が付いているのだろうと思った。なかなか漢方薬を使うチャンスもないし、そんな余力もないみたいだが、こんな時に少しでも漢方薬の力を見直し、正しい使い方を覚えてくれたらと、親馬鹿を発揮する。所詮サラリーマンだから自分の裁量はかなり限られているみたいで、もどかしさもかなりあるらしいが、現代薬で救われない人を正しい漢方薬で救って欲しい。だが実はこの正しいというのが難しい。どの業界でも同じだが、企業などと言うものは決して国民の幸せなどを存在意義の上位になんか設定していない。オーナーやその仲間達の限られた集団の利益が最優先だ。どこで戦争が起ころうが、どこで疫病が流行ろうが、どこが天災に見舞われようが、そんなことは彼らの思いに何の影響も及ぼさない。金、金、金、銭、銭、銭だ。製薬会社だって同じだ。良質な薬草から良質な漢方薬を作り良質な値段で病者に提供する。こんな当たり前のことが出来ているところが一体どのくらいの割合であるのだろう。役人は政治家の顔色をうかがい、製薬会社は医者の顔色をうかがい、医者は役人の顔色をうかがい、薬局は病院の顔色をうかがい、誰が患者の顔色をうかがってくれるのだろう。
 韓国の水難事故で、高校生達に自分の救命胴衣を与え命を救ったと言うアルバイトの女性は、僕達が滅多に遭遇しない正義感の持ち主だから、希有の人だから感銘を与える。いじめのアンケートが国家機密だと主張する超エリート集団のニュースとの余りにも次元の違いに情けなくなる。この国で正義感などというものは、何処でどうすれば培われるのだろう。
 炎天下で、急斜面で、腰痛と闘いながら収穫してくれた薬草をせめて正しく使いたいと思っている。小さすぎる正義だが。


2014年04月23日(Wed)▲ページの先頭へ
教訓
 岡山県の東と西に離れているが、ほとんど年齢が近いためにまるで同級生のように会話をしながら漢方薬を送っている人がいる。ご本人には辛い出来事だが、余りにも大切な示唆を含んでいるので、プライバシーに配慮しながら披露したいと思う。きっとその方も許してくれると思う。
 いつものように楽しく話をしていたら、勿論表向きは問診だが、兄弟が自死を遂げたと打ち明けられた。日にちが少し経っていたのでそんなに打ちのめされたと言うほどではなかったので僕は救われた。自ら命を絶った理由は、術後の腹痛だったそうだ。腸の癒着で複数回手術を経験しているらしいが、今回は術後の痛みが耐え難いものだったのだ。救急で助けを求めたこともあるらしい。そして亡くなる前日、主治医に我慢するしかないと言われたらしい。それで亡くなったのだから忍耐の限界を超えていたのだと思う。
 この経緯を聞いて、僕は残念だった。もちろん遠くに住んでいる方らしいから、接点を持つことは難しいし、もし相談されて僕の漢方薬が果たしてどのくらい効くかも疑わしい。ただ、現代薬でお手上げの時にこそ漢方薬が真価を発揮できることは、30年の間に数え切れないくらい経験してきた。だから癒着の痛みを取る漢方薬を試してみたかった。結構漢方薬はその分野が得意だから、ひょっとしたらと、うぬぼれではなく思ってしまう。
 僕は今日の会話の中で2つの教訓を得た。「死んだほうがまし」と言えるほど辛いことって身の回りに起こりうる。他者には想像できないから、我慢してとつい言ってしまうが、我慢できないくらいの苦痛を持って暮らしている人がいるってことに思いを巡らさなければならないこと。そして現代薬以外にも救って上げられるものが存在しているかもしれないってことを知らしめること。
 未熟な僕が言うと説得力に欠けるが、少しばかり漢方をかじっている人間からすれば、本当に悔やまれる出来事なのだ。


2014年04月22日(Tue)▲ページの先頭へ
組み合わせ
 時に家族で相談に来たり、その後薬を取りに来るときも最初と同じ組み合わせで通ってくる人達がいる。そのグループに共通なのはいたって仲がいいこと。外面ではなく本当に仲がいいのが伝わってくる。そして有り難いことに、薬局の中で結構リラックスしてくれるから、応対していても気持ちがいい。そうした家族がどのくらいの割合でいるのか分からないが、決して多いとは思えない。その場から逃げ出したいような雰囲気の組み合わせもあるから、良い雰囲気を醸し出している家族と応対できるのは有り難い。
 組み合わせも色々なパターンがあるが、往々にして相性がよいのは母と娘だろう。母と息子もまずまずだ。時に父親と娘でこちらが感心するほど愛情深い親子もいる。ごく稀だが、父親と息子というのもある。こうなればほとんど尊敬に近い。どうしたらそんな関係を保つことが出来るのか教えて欲しいくらいだ。
 今、目をつむって指を折れば、両手ではとても足りないくらいの組み合わせが目に浮かぶ。具体的に披露できたら参考になることが多いのだが、僕の薬局を利用する人に特定されてしまいそうだから、それは出来ない。偶然居合わせた人が、恐らく僕と同じような感慨に浸っていたこともあるだろうから、こればかりは書けない。決して悪い話題ではなく心温まる話題なのだが残念だ。
 何でも簡単に手に入る超分業時代に、殊更家族の結びつきは必要ないのかもしれないが、自然体で繋がっている組み合わせを見ると、まだまだ捨てがたいものだと思う。


2014年04月21日(Mon)▲ページの先頭へ
写真
 自分のカメラを今まで持ったこともないので写真というものとは基本的には縁遠い。高校時代にクラス写真というものを撮るが、それ以外には記憶にないし、大学の5年間も数枚しか写されたものを持っていない。
そんな状況だから、嘗ての自分がどんな容姿だったのかあまり記憶にないが、最近、かの国の女性達がやたら写真を撮り、その都度フェイスブックにアップするので、僕も登場することが多いみたいだ。だから自分の写真なるものを時々見せられることがある。自分では全く興味もないが、妻が覗いている画面を見て自分が登場しているのが目に飛び込んでくる。正直我ながら、なんて見苦しいのだと思う。汚いの一言だ。20歳を少しばかり過ぎた子ばかりの中に入り込んで写されるから、あまりの生気のなさに愕然とする。唄の文句ではないがほとんど枯れススキだ。覇気も生命力もないし、美的感覚で言えば見るに耐えない。自分が見てそうなのだから他人なら尚更だろう。
 ほとんど動物としては終わっている。少しばかりの大脳の働き、それも経験を司るところだけが衰えずにすんでいるから、年配者でもまだ社会的に存在できる。何十年も積んできた経験を生かすことが出来なければ、動物としての終わりに人間としての終わりも重ねられる。
 僕は旅行でも写真を撮らないから、後で振り返ると言うことがない。せめて写真でもあれば色々と思い出すこともあるかもしれないが、切っ掛けがないから否が応でも先を見ることになる。時速100メートルで写真を撮りまくり、一体いつそれを見るのだろうと思うが、そんな時間があれば何か有効なことに使いたいと思ってしまう。見るに耐えない容貌になったから言うのではなくて、若いときでも同じように考えていた。昨日ではなく、明日だ。明日を写す写真があればさすがに僕でもカメラを買う。


2014年04月20日(Sun)▲ページの先頭へ
想い出
 こんな人選ミスはないと思いながら、断れないタイプだから引き受けてしまった。かの国の子達を連れて奈良に旅行に行き、彼女らのカメラを落として壊し、思い出を消し去ったとき以来「写してください」恐怖症なのだが、またまたやってしまった。
 今日の岡山教会は、復活祭と主任神父の転出式とが重なって、腰掛けれない人が出るくらい盛況だった。かの国の青年たちが記念にかの国の教会音楽で6年間司祭を勤めたことに謝意を表すと言うから、牛窓からも7人連れていって合流した。20人くらいの集団になり話をしているときに神父がやってきて、何故僕が目に付いたのか分からないが、岡山教会での最後のミサを記録してとアイフォーンを渡された。僕は手にすることも初めてだったのだが、神父はそれとは知らず使い方を慣れた手つきで教えてくれた。意外と簡単だったのでこれなら出来るわと思い、前述のように気安く引き受けた。練習を兼ねてかの国の青年たちを写したら、意外と簡単に出来た。
 ところが、いざ式が始まって撮ろうとしたら、さっきまでと違う画面になっていた。そこで目に付いたスイッチを入れたり切ったりしてみたが、カメラの画面にならない。慌てて色々なことを試みたがどうにもならない。慌てているのが分かったのか、隣にいたかの国の女性が挑戦してみてくれた。するとパスワードを入れてくださいという画面に出くわし、もうどうにもならないと言うことを教えてくれた。そこからはもう信仰もへったくれもなく、一生に一度の記念すべき日を、思い出0にしてしまった申し訳なささで、そのことばかりを悔やんでいた。皮肉なもので、今日の記念すべきミサは、力みもなく人情味が溢れた良い式だった。
 ミサの後、中庭で神父さんに謝った。神父はご自分の方に手違いがあったような言い方をしてくれたが、100%僕の無知が起こしたミスだ。この数年、ふとしたことが切っ掛けで、かの国からやってくる若者達によい想い出を持って帰国してもらうように僕なりの努力して来たつもりだが、どうも最近の僕は「想い出泥棒」になっているような気がする。どうか誰も僕に「すいませんが、ちょっとこのカメラで写真を撮ってくれませんか?」と頼まないで欲しい。


2014年04月19日(Sat)▲ページの先頭へ
出会いと別れ
 我が家は1階が薬局で、2階、3階が居住空間だ。その2階まで自由に出入りしていたかの国の女性が帰っていった。そこまで自由なのは、一昨年帰った女性と二人だけだが、帰っていった女性の仲間が後日、「○○さんは、オトウサンのことを本当のオトウサンのように言っていた」と教えてくれた。逆に僕はその女性のことを本当の娘のように・・・は思っていなかった。本当の娘なら感情が先行して過度に干渉してしまうかもしれないが、彼女には適度な距離感を保ち、家族を置いて単身過酷な労働に耐えながら暮らしている一人の尊敬すべき女性として接していた。
 丁度こうして書いているときに、かの国から電話をしてきた。電話代が高くて気の毒だからすぐスカイプに切り替えようとしたら、向こうが未だその準備が出来ていないらしい。今までなら明日の朝一緒に教会に出かけるところだから、里心がついたのかもしれない。日本に対して恐らく好印象を持って帰ってくれたのだろうと、今日の電話でも推測できた。
 出会いと別れを頻繁に経験するようになって、そのこと自体に淡白になりつつあるのを感じるが、思えば僕の職業自体が出会いと別れの果てしない繰り返しだった。相談に来てくれる人の多くが、治って、あるいは治らなくても去っていく。職業柄いわゆる常連さんというのは喜ばしいことではないだろうから、別れの連続だ。何十年も別れの訓練を積んだことになる。
 その時々の感情の起伏はあるが、振り返ってみれば結構人生と言うものは淡々としたもののような気がする。


2014年04月18日(Fri)▲ページの先頭へ
外圧
 厚生労働省は新年度から、抗不安薬や睡眠薬などの向精神薬を数多く処方した場合、診療報酬を原則認めない仕組みを導入することを決めた。薬物依存や重篤な副作用を防ぐ狙いがある。新ルールでは、外来診療で服薬管理などをする際、抗不安薬か睡眠薬を3種類以上、または、統合失調症の治療に使われる抗精神病薬か、抗うつ薬を4種類以上、1回で処方した場合、診療報酬を請求できなくし、処方箋料も減額する。また、入院患者に、副作用が少ないとされるタイプの抗精神病薬を処方する場合も、2種類までしか加算できないように改める。抗不安薬や睡眠薬としてよく使われるベンゾジアゼピン系の薬剤は、使用し続けると薬物依存になる危険性がある。
 
 僕みたいな人間でもその不自然さには納得がいかなかったのにプロの集団がよくぞ今まで野放しにしていたなと思う。最近、倫理的な問題を起こした会社の外国人社長が「日本の製薬会社は患者の方を見ずに医者の方ばかり見ている」と言っていたが(張本人なのに良く言うと思う)製薬会社どころか政治屋も役人も同じではないか。患者より医者(票)の方ばかり見ているに違いない。だから横流しするのが見え見えでも、何ら対策をうってこなかった。誰も損をしないのだから、問題視する必要がなかったってことだ。
 さすがにここに来て規制をし始めた。患者を薬の最終処分場みたいにして自分たちは富を得ていたのだから、恐らくこの規制も不本意だったに違いない。ただ、外国に比べると圧倒的に薬漬けにしているのを隠し通せなくなったのだろう。これ又外圧頼りか。外圧で歪み、外圧で矯正される。3流と呼ばれる所以だろう。漂流する価値感に翻弄される。


2014年04月17日(Thu)▲ページの先頭へ
軽薄
 仕事が終わったころを見計らって?モコが2階から降りてきた。モコはとても利口で、そのタイミングを理解しているみたいだ。そして昨夜はお目当てもあったのだろう、降りるやいなや夕方から漢方の勉強に来ていた薬剤師の所に尻尾を振りながら駆け寄った。その薬剤師は、殺処分される犬を引き取って世話をしているNPO法人の構成員だが、犬に対する思い入れは並はずれたものがある。ただ単に愛玩的に可愛がるのではなく、「責任を持って」と言うところをことさら強調するし、自分でも実践している。モコはそんな彼女の動物好きのところが分かるのだろう、一目散に駆け寄る。すると彼女は床に正座した。ミニチュアダックスだから小さくて、例えば彼女が腰をかがめてくれても、モコは彼女の顔には届かない。だから彼女が正座して低くなることによって、モコと同じ視線を作り出したのだと思う。モコは喜んで彼女の膝に乗りしきりに顔を舐めようとした。彼女がモコのために素早くその姿勢を取ったのに感動した。
 彼女が世話をしている犬のことを話すときにはまるで擬人化されていて、第3者が聞いたら人間の話をしていると思うだろう。例えば「あの人たち」も「あの子達」も犬のことなのだ。他の薬局で管理薬剤師をしていて信望も厚い人だから幼稚とか知性が劣っているわけではない。人格化するほど犬の命を大切に思っているのだ。勝手に飼い犬を捨てる人達のことを非難するわけではなく、自分の時間もお金も持ち出しで世話をしている。ただただ頭が下がるが、モコとの接し方を見ると、道徳とか正義感の前に「本当に犬が好き」なのだと思う。日本人には照れくさくて使いにくい「愛」という言葉を「大切にする」に置き換えれば彼女の行動が自然に理解できる。
 見かけとは違う彼女のしなやかな意志に、僕自身の軽薄さがあぶり出される。


2014年04月16日(Wed)▲ページの先頭へ
景品
 いつから始めたか記憶が定かではないが、毎月売り出し日というのを設けて、くじ引きで景品を持って帰ってもらうと言うイベントを去年の4月までやっていた。5月から市民病院の処方箋を受けることになってとても物理的に出来ないので残念ながら止めた。そもそも、楽しいとか明るいとかとても言ってもらえないこの業種だから、何かしら薬局にも楽しいことがあってもいいのではないかと思い企画したのだが、そして狙い通り結構楽しいものとして定着していたのだが、処方箋の人が押し寄せる時間帯はとても無理だろうと判断して止めた。
 ところが段々処方せんを持ってくる人の流れが読めるようになると誰からともなく又始めようかという声が挙がりだした。特に、一番忙しい目をしているはずの娘夫婦が言い始めたから現実味を帯び先月から復活した。復活してみるとやはり薬以外の話題で盛り上がり、嘗ての楽しい薬局を取り戻したように思えた。そもそも僕の薬局は相談に来られた人にも小難しい話をしないから、とってつけたような格調はそもそもなかった。病気や体調不良が理屈で治るなら僕もその手のものを少しは訓練するが、残念ながらそんなもの腹から1回笑うことには到底勝てやしない。
 景品を決めるのはずっと僕の係りだったが先月から姪がやってくれている。チラシもパソコンで綺麗なものを作ってくれる。「景品は華やかなものがいいですね。楽しいものもいいですね」と思案してくれているが「華やかなものもいいし、楽しいものもいけれど、うちには華やかな人も楽しい人も来ないから似合わん。やっぱり喜ばれるのは地下足袋か軍手か・・・」
 本当にその手のものを揃えそうな僕の先手を打って、娘夫婦がしゃれたものを慌てて買って来た。「しゃれたものもいいけれど、うちにはしゃれた人が来ないから似あわん」


2014年04月15日(Tue)▲ページの先頭へ
犯罪
 別に声を落とす必要もないのに、まして座り直す必要もないのに、かの国の若い子はスカイプのカメラの前であらたまった。そしていつからそんな質問を僕にしようと思っていたのか知らないが「オトウサン ホントウノコトヲイッテクダサイ」と言った後「ワタシノクニノヒトデ ワルイウワサ シッテイマスカ?」と尋ねられた。僕が知っているのは航空機を利用した航空関係者の衣類の密輸くらいなもので、後は関東の方で殺人事件を起こしたようなニュースも少し記憶があった。だけど所詮その程度で、どこの国の人間でも大なり小なりやることだ。ところが彼女は同胞が日本で事件などを起こすことに心を傷めている様子だった。なんでそんなことが気になるのかと、それこそ僕も気になったので理由を尋ねてみた。すると「ワタシノクニ マダキュウリョウヤスイデスガ ミンナホシイモノフエタ デモ オカネナイカラカウコトデキナイ ダカラワルイコトスル」と解説してくれた。
 夢を抱いて来日した人達が、家賃や食費の高さに苦しみ、所期の目的を果たせないことがある。体調を崩したりしたら瞬く間に生活できなくなる。そうしたときの選択肢に犯罪はいともたやすく加わる。多くのかの国の人と接していて不思議に思うのだが、日本に於ける犯罪率で一番がかの国らしい。純朴で質素で働き者の彼女たちからは想像しがたいが、統計は嘘はつかないだろう。願わくば、呼ぶ側が事前に必ずしも暮らしやすい所ではないことを周知させて欲しかった。窮するあまり人生に汚点を残してなんになるだろう
 一留学生があたかも国を背負ったかのように同胞を気遣う。そんな優しさを踏みにじる国であって欲しくない。経済で魂まで踏みにじる国であってほしくない。


2014年04月14日(Mon)▲ページの先頭へ
感想
 ただでさえ斜陽気味のドイツの森の肌寒い曇りの日曜日は、人影もまばらでほとんど貸し切りかというほど静かだった。3年間仕事のために滞在していた日本を今日離れるかの国の3人の最後の希望を叶えてあげようと訪れた。その中の一人を一度案内したことがあるから彼女の発案だろう。もっともかの国の女性はとても花が好きだから、彼女たちにとってはとても楽しい場所のようだ。案の定到着したときから興奮しっぱなしで、いつものように時速100メートルでポーズをとりながら写真を取りまくっていた。
 何回「オトウサン アリガトウ」の言葉を言ってもらえたか分からない。当日のことか、3年間のことか分からないが、「トウキョウニイキタイ」以外の望みは全て叶えてあげたから、僕自身に心残りはない。折角仲が良くなったのに別れなければならない寂しさはあるが、スカイプがある現在では、1km離れた寮にいても、かの国の首都にいても同じようなものだ。クリック一つでそこにいるかのように話すことが出来る。だから別れの儀式も随分と耐えられるものになった。知り合って3年で必ず帰っていくあの子達を見送ることにも多少慣れてきた。
 今夕方5時。そろそろ3人が揃って挨拶に来るだろう。深夜に牛窓を発ち、関空から朝には飛び立つ。夕方の4時には家族の迎えを空港で受けるのだから、本当に地球は小さくなった。僕に時間と体力があればいつでも会いに行ってあげられるのにどちらもない。ずっとこれからも僕は見送る側であり続けるのだろうか。
 3人の中の1人が言った。「オトウサン ツギノヒトモ ヨロシクオネガイシマス」交代でやってくる3人のことを言っているのだ。僕はその言葉で彼女の3年間を有意義に過ごす手伝いが出来たのだろうと思った。「オトウサンハ メズラシイ ニホンジン」それはかの国の若い女の子達を尊敬している僕に対する感想だと思う。「ごめんね、ごめんね。日本を代表して謝るね」と言う謝罪の回数が多かったことに対しての感想だとも思う。
 かの国の人達を福島で働かせるという話も聞こえてくる。恥ずかしさのあまりこれから何回彼らに謝らなければならないのかと思う。権力にとって都合の良い言葉「絆」に庶民が縛られている。かの国の人達にはその言葉を適用しないのか。都合の良い言葉は都合の良い人間が多用する。見え見えを許すな。


2014年04月13日(Sun)▲ページの先頭へ
ソロモン沖地震
 ここまで当たれば空恐ろしい。
 昨夜、パソコンの前で何枚もの写真を見さされた。妻が配達途中で写した雲の写真だ。僕には一見どこにでもある雲にしか見えなかったが、妻にとってはかなり異常なもので、近い内に大きな地震があると言っていた。一つ一つの雲の特徴を教えてくれるのだが、言われてみれば何となくカーブや広がり具合、紋様などが特徴がある。信じはしないけれど、30年薬の配達で空の下に出ることが多いので雲を確かによく見ている。その間、雲に対する観察眼が育っても不思議ではないが、記録に残していない分信憑性には欠ける。実験ノートが2冊しかない有名な女性と同じだ。妻曰く「この何枚かの写真のような雲が僅か8分くらいの間に変化していったのが怪しい」のだそうだ。そう言っている人自体が怪しいと思われそうだが、地震雲に関しては地震、いや自信を持っている。
 案の定というと妻が喜ぶかもしれないが、今朝のニュースでソロモン諸島辺りでマグネチュード7.6?くらいの地震があり、一時は日本にも津波の影響があるかどうか懸念されていたことを知った。驚いて寝ている妻にそのことを告げると、驚きもせず自説の解説を冷静に始めた。
 近い将来我が家もきっと震度6の揺れに見舞われる。心の準備は恐らくかなりの人が出来ているだろうが、実際の準備はしようがない。運任せだ。ソロモン沖の地震まで当てなくてもいいが、せめて南海沖地震だけは当てて欲しい。折角、実験ノートを作らない地震博士が我が家にはいるのだから。


2014年04月12日(Sat)▲ページの先頭へ
家島
 西日本の旅とかなんとか言う土曜の朝のテレビ番組で、姫路の沖にある家島の特集をしていた。その名前は時々牛窓でも聞くから、ひょっとしたら牛窓から見えるのかもしれない。特に海水浴場からは瀬戸内海の東の方がよく見えるから、耳にする機会があったのかもしれない。ただ具体的なことは何も知らなかった。遠くにかすんで見える島、それ以上のものではなかった。
 採石で有名ならしいが、番組の中で興味深い言葉を聞いた。家島には取れたての魚を道端で売る露天が何軒かあるらしい。日よけのテントくらいの装備だから簡単なものだ。そこで売られている魚は生きている。今し方取ってきたものばかりだ。露天の奥さんがアナウンサーに言った言葉が興味深かった。「この島では死んだ魚は猫でも食べん」気負った言い方ではなく、さらりと口から出た言葉だ。確かに買い物客が来たら器用に包丁の先で一気にしめていた。一瞬の早業だ。こうすれば生きているのと同じ味がすると言っていた。牛窓でもよく見る光景だから、恐らく家島の人と同じような魚の味を僕達は楽しんでいることになるが、となると都会の人はどうなんだと考えてしまった。
 都会の人がどこで魚を買うのかあまり分からないが、恐らくスーパーか魚屋さんだ。魚屋さんがまだ残っているのか分からないが、ほとんどこの2つのパターンだろう。水揚げされた場所からどの様に運ばれてくるのか分からないが、生きたままというのはかなり少ないだろう。運が良ければその日の朝、普通は前日くらいに水揚げされたものを冷凍で送ってくるに違いない。ひょっとしたら前日どころかそれ以前のものも考えられる。となると、都会で売られ、買われている魚は猫も食べない代物ばかりと言うことだ。そんなものを美味しそうに頂いているのだから、家島の人達にとっては考えられないことだろう。折角のEPAも台無しだ。
 都市部には都市部の、田舎には田舎の良いところがある。圧倒的に都市部の魅力がうたわれていた時代が過ぎて、両者が段々近づいてきたような気がする。一つ方向に向きやすいことであまりにも多くを失ってきたこの国にとって、そうした価値観の変化は好ましいことだ。アホノなんやらが出てきて生臭くなった今、鮮度抜群の魚を食べることが出来る幸せを大切にして欲しい。


2014年04月11日(Fri)▲ページの先頭へ
不安
 納車日を過ぎても娘夫婦の車が来ないから、結構ルーズなもんだなと考えていた。余りにも故障が続いたのが理由で、決して消費税を意識して買ったのではないけれど、時期が時期だけに、なかなか手元に届かないと聞いていたが、4月に入ったらすぐの約束のわりには、月が変わっても届かなかった。1ヶ月前にまるで関心がないが如くに依頼したのだが、いざ納車の日が近づくと本人達は気になりだしたみたいで、それまではほとんど興味を見せなかったのに、「まだかな」と言い始めた。そこで僕が会社に電話をして、具体的な日時を聞いた。すると「いつでも持っていける用意は出来ているんですけれど、来週の火曜日(8日)辺りは如何でしょう」と提案された。こうなれば早いほうがいいからそれ以前でもいいというと、8日にさせて下さいと言われた。手許にあるのに持ってこない、ピンとこなかったがこちらがもって帰るわけにはいかないので従うしかない。
 そんな話を偶然買いものに来た整備工場を経営している人に漏らすと「良い日を待っていたんじゃろう」と答えた。良い日と言われても誰によい日か何によい日か分からなかったので「良い日って何?」と尋ねると「カレンダーを見てごらん、8日は大安じゃねえ?」と教えてくれた。見るとなるほど大安だ。現代科学の先端を行っている車が、よりによって縁起を担ぐとは思わなかった。
 「我が家はそんなこと気にしないからどうでもいいのに。それよりも早く持ってきてくれた方がいい」と言うと、「結構拘るお客さんが多くて、今でも日を見るんじゃ」と教えてくれた。
 大安という言葉がいつの時代からあるのか知らないが、いつの世も心の奥底に不安を抱えて暮らしているんだと思った。


2014年04月10日(Thu)▲ページの先頭へ
 必要もないのに癖でいつも右手の親指と人差し指と中指の爪を伸ばしている。下手だけれどギターを弾く時に、それなりに必要なのだ。自分で楽しむようなことはもう何十年もないから、ある所で時に伴奏をするのに必要なだけだ。下手だから余計爪がないと音が出ずにその時は必需品なのだが、平生の生活では邪魔になる。それこそパソコンを打ったり、レジを打ったりするところからじゃまだ。
 ただ昔と違うところは、伸ばしていると結構あるところまで来たら自然に割れてしまうことがしばしばあることだ。何故か中指の爪が良く割れる。だから中指に限っては爪切りを使うことがあまりない。そんなことを考えていたら、ふと昔の人は伸びた爪をどうしていたのだろうと考えついた。長い爪が何かに引っかかったときの痛みは相当なものだから、古代人達はかなり痛い目にあっただろうと想像したが、何かしら工夫をして爪を短くしていたのではないかとも想像した。まさか伸ばし放題はないだろうとも思った。少しばかり考えてみたが、確信が持てるような答えは浮かばなかった。そこで、いくらインターネットでもそんな馬鹿な疑問に答えられる回答は載っていないだろうと思って、期待せずに「爪 古代人」と言うキーワードで検索してみた。するとなんてことだ、あるはあるは、僕と同じ疑問を持った人の質問と、その回答が一杯掲載されていた。僕は回答よりも、同じような疑問を持った人達が沢山いたことに驚いた。答えらしきものも一杯載っていたから、おいおい見ることにした。
 分からないものは何もないと再認識させられた一瞬だが、何でもありの負の側面も又大きい。安易に得られる知識に足を掬われた美人研究者もいるが、彼女は煎じる爪のあかの提供者を間違ったのかもしれない。


2014年04月09日(Wed)▲ページの先頭へ
国家試験
 本当に申し訳ないと思う。もう40年近く前だから時効だろうが、こんなニュースに触れると当時の学生を代表して謝りたいくらいだ。正確に言えば、当時の学生の一部を代表して、いや半分くらいを代表して、いや7割はそうだったかな。
薬剤師の国家試験の発表があったらしくて、なんと6年制になって私立の薬科大学や薬学部に入学した人のほとんど5割近くが、薬剤師になれなかったみたいだ。途中で留年して力つきた人と、国家試験に合格しなかった人を合わせた数字らしいが、とてももったいない。6年という歳月と授業料、生活費を合わせると、いや歳月はお金には換算できないから相当の損失だ。気力も知力も体力も充実した時期を無にするのは忍びないだろう。本人は勿論、経済的に支援した親も大変だ。恐らく夢物語を人参にして多くの受験生を集めたのだろうが、経営者側の無責任が甚だしい。もっとも、外国人留学生をまるで「輸入」するようにして集め、授業料を「集金」する大学も多いのだから、根っこは同じだ。所詮、会社?企業なのだ。
 僕は、僕の先輩や後輩達は、4年制大学の時代だが、念には念を入れて5年ないし6年大学に通った。いや大学の食堂に通った。一部の優秀な学生が授業を受けている間、学食でタバコを吸ったり、90円の定食を食べていたりした。一部の優秀な学生が午後から実験をしている間、柳ヶ瀬に出かけ、ロックミュージックがかかる喫茶店でコーヒー1杯を注文し、文庫本を読み、その後数時間パチンコに興じた。夜にはアパートの一室に集まり明け方近くまで麻雀をした。
 今の学生にとってみれば嘘のような話かもしれないが、事実なのだ。かなり多くの学生がこの程度の学生時代を送っている。僕が極端に劣っていたのではない。僕の大学の学生はかなりの人が医学部の受験で落ちた人だから、第一志望の学科でない内容を学ぶモチベーションを失っていたのだ。いわば抜け殻みたいな人間の集まりだった。それでも昔取った杵柄で5年も6年もダラダラと暮らしていながら、国家試験などは2ヶ月も集中して勉強すれば通るのだ。薬学を理解しているのではない。集中力とテクニックで合格するだけだ。こんな人間が上手く免許証をもらって、頑張ったであろう現代の学生が半分も免許証を手に出来ないなんて、「申し訳ない」と言うしかないだろう。社会に出てから活躍するのは私立の出身者が圧倒的に多いことからすると、それこそもったいない話だ。
 つい最近僕は、授業料が払えずに帰国を余儀なくされた外国人学生が、同郷の学生と思い出作りの京都旅行(日帰り)に出かけるところに遭遇した。その光景を今日の薬学生の記事ですぐに連想した。大人が作った社会秩序に抵抗する気概を失った青年達は、今やまるで羊の如くおとなしくなっている。大人達にとっては好都合この上ない。若者の間に社会正義を訴え実行する勢力が現れることを願っている。


2014年04月08日(Tue)▲ページの先頭へ
岐阜城
 このアングルはどこからなのでしょうね。40年も前のことだから、そしてどちらかというと忘れてしまいたいような日々だったので、記憶を封印していたように思いますが、岐阜公園の方向から写したのでしょうか。そんな名前の公園はなかったですかね。ただ岐阜城の下に公園がありましたね。僕は毎日柳ヶ瀬にパチンコをしに出かけていましたから、その前はバスで通っていたはずです。写真の左手には忠節橋があるのでしょうか。それとも僕の知らない全く関係ない辺りなのでしょうか。
 僕がその辺りを毎日通っていたころ、貴女は高校生、いや中学生?いや幼稚園、いや赤ちゃん、いや生まれていなかったのでしょうね。何の目的もなく日々を浪費していた、寧ろ危ういような生活をしていた青年が、その地で暮らす人の役に将来役に立てるとは思ってもいませんでした。
 貴女が縁を喜んでくださったと同じように、僕も嬉しいです。今まで何人か岐阜の人をお世話してきましたが、その都度封印を解いています。職業柄毎日新しいテーマをどんどん突きつけられます。1日はあっと言う間に、1年もあっと言う間に過ぎます。ひたすら問題を解き続けていますから、こうしたタイミングでしか過去のことなど考えもしません。
岐阜駅も新岐阜もまるで庭のように徘徊していたところですが、今はもうまだ見ぬ街になっているのでしょう。まるでヒッピーのような、いや浮浪者のような青年は、今は懺悔するかのように西の田舎で働いていますが、岐阜は僕の価値観のかなりの部分を作ってくれた街です。あの頃のまるで生産とはほど遠い、魂の彷徨こそ貴女の街の、僕に対する恵だったのかもしれません。
 貴女に快適な日常を取り戻して頂きたいです。
ヤマト薬局

 岐阜城の遠景写真を送ってきてくれた女性に返事を書いたのはいいけれど、記憶がこんがらがっている。写真を何度も見て、岐女短がこの辺りにあったよなとか、上流か左手だよなとか、今日の課題をそっちのけで考えたりした。 人生で一番頑張らなかった、それでいて精神だけはいつも刃物のようにとがっていた、自分でも時に評価が割れる5年間を1枚の送られた写真が掘り起こした。


2014年04月07日(Mon)▲ページの先頭へ
確認作業
 「聞いてくれる?」と言われて、幸せな内容の話を聞いたことがない。ほとんどは何か不安や解決できない問題を抱えたときの言葉だ。その女性も案の定、「いいよ」と僕が答えると堰を切ったように、不安や不満が口からほとばしり出た。僕には経験がないから、昇進がそんなにストレスになるとは思わないが、予期せぬ幸運もそれなりにストレス源らしい。
 課のトップが定年で辞めたから、その女性がトップになった。すると今まで一緒に上下関係がなく楽しく働いてきていた女性が、急に色々とクレームや問題を投げかけてくるようになったらしい。そのことに関して不満を感じているのだが、不満から少しばかり恐怖感も加わりつつあった。強迫観念に近い印象も受けた。ところが僕は話を聞いていてすぐに思った。「その女性って、上司が辞める前にはずっと上司にそんなことを言っていたんじゃないの。上司が辞めて、貴女が上司になったから、貴女に言うのは当たり前ではないの。上司と認めてくれている証拠ではないの。向こうはいつも通り仕事をしているだけだよ」一瞬の間をおいて、僕の言ったことをかみしめるように「そう言われればそうじゃな、私も同じようなことを上司に言っていたわ。先生いいことを言うなあ。相談に来て良かった。いつもの漢方薬を作って!」一瞬にして解決したみたいだ。第3者からしたら簡単にひもとけるようなことでも、当事者には難しい。悪い方向へばかり思考の回路は伸びる。
 ほんの少しばかり冷静になり考えてみれば分かることでも、当事者には分からない。一人で抱え込んでいたらそれこそ病気になる。彼女が漢方薬を2週間に一度取りに来るから、話す機会があった。あのまま一人悶々と考えていたら、もっと猜疑心に富み、やがてそれが自分に返ってきて、人も自分も苦しめていただろう。
 専門的に訓練を受けたことはないが、僕は最近、多くの心や体の不調は、生かされるための反応だと思えるようになっている。苦しい環境も苦しい体調も心も、どれも生きていくための現象のような気がして、生かされていることの確認作業のような気がしている。逆らうことも克服も、それだからこそほどほどでいいのだと思う。


2014年04月06日(Sun)▲ページの先頭へ
4カ国語
 今まで2度、遠くから見かけただけだから青年と思っていたが、なんと今日話をしてみたら少年だった。ただ少年と言うには、見かけはともかく会話の内容も随分大人に近かった。
 背丈は180cm以上、むしろ90cmに近いかもしれない。ルックスはそのままスクリーンに出たら俳優と間違えてしまうくらいハンサムだ。ドイツから来たと言っていたからドイツ人だと思っていたが、実際にはポーランド人だった。ポーランドの女性は極端に美しい人が多いから、男性でも整ったルックスの人がいてもおかしくはない。ただ彼と話していて心地よかったのは、白人特有の傲慢さはなく、とても謙虚だった。そのくせとても親しさを込めて話しかけてきたり、返事をする。内容も的確だった。ポーランド語は勿論、ドイツ語、英語、日本語が堪能で、どんな頭の構造をしているのかと思うが、「どうしてそんなに沢山の言語が話せるの?」と尋ねた僕の質問に対する答えは「努力」だった。せめて才能と言われると諦めがつくのだが、努力と言われれば話せない人間は努力をしていないことになる。残念だが、その通りで反論できない。もっとも、彼はそんな人を傷つけるようなことは言わなかった。日本で覚えた微笑みで上手くかわしてくれた。

 日本の大学に留学していますとでも言えばお似合いだが、なんと高校生だった。それも牛窓からも優秀な子が多く通う進学校だった。こんな子がクラスにいたら女生徒は勉強が身に付かないだろう。一緒にいたかの国の子達も彼が16歳ということが分かっても一緒に写真を撮っていた。そして片言も甚だしいのに懸命に彼に日本語で話しかけていた。僅か9ヶ月で何でも正しく表現できる彼に、果敢に日本語で挑戦していた彼女たちの喜々とした姿が印象的だった。
 久々に力みを解いた教会に行った。ベトナム人の新しい神父が赴任した。教会の中でしか通用しない価値観から、社会正義に基づいた価値観に帰って欲しい。疲れを癒すところで緊張を強いられるべきではない。力んで一つの方向へ向いた集団の怖さは歴史が何度も警鐘を鳴らしている。
 日本語の上質さに興味を持ち、それを生み出した東洋の精神に興味を持ち、勉学へのモチベーションを高く保っている好奇心溢れる青年の笑顔に、硬直で応えるべきではない。みんなでお茶を飲んでいるときに彼が言った。「雨が降っているかもしれませんね。本当かどうか分かりませんが。聞こえるような気がします」「実際にはない音が聞こえることを日本語で表現することが出来るけれど、知っている」「分かりません」「空耳と言うんだよ。空という漢字はカラとも読むでしょう。ない音を聞くからカラ耳、空耳と言うんだよ」海外青年協力隊に入って日本語教師になっていれば良かった・・・こんなことを日本語では空言と言う。


2014年04月05日(Sat)▲ページの先頭へ
宣伝
 アトピー性皮膚炎の治療に、広告と異なってステロイドが入った「漢方クリーム」を処方していたとして、○○医院が患者向け説明会を開いた。約900人の患者や家族が参加し、症状の悪化などを訴えた。医院側によると、クリームを処方された患者は東海や九州地方などにも及んでいる。医院側は、ステロイド混入の経緯について、「中国の医師からクリームを仕入れて処方したが、ステロイドが入っているとは知らなかった」と説明した。また、クリームに漢方成分が入っていなかったことも明らかにした。

 ステロイドが入っていたことと、漢方薬が入っていなかったことのどちらが悪いのだろう。どちらも悪いから重犯だが、いまだにステロイドを悪者にして稼いでいる人がいることに驚いた。それも○○医院と書かれているから医師が当事者と言うことか。医師だったら正々堂々とステロイドの効能を説いて使えばいいのに、どうやらプライドはどこかに捨てロイド。
 一応僕も漢方を標榜しているから、ステロイドを使わないなんて言えば営業上はいいのかもしれないが、僕は決してステロイドを否定したりしない。それで救われている圧倒的大多数を知っているから、それがなかったときの不幸を容易に想像できる。ただそれの不都合を悪戯に喧伝し、営業に結びつける業者が勢い発信力が強いものだから、そしていつも言う胡散臭いものを見抜く力が極端に落ちたこの国の人達は、容易に騙される。そして懸命に稼いだお金を彼らにお供えする。なんとも気の良い無知な国民だ。難知性の疾患を食い物にしている輩と同じことを医院がしていたら余計患者が路頭に迷う。受験に勝ち抜いて得た職業だが受験科目に倫理は必須ではなかったのだろう。「計算高い科」はあったみたいだが。


2014年04月04日(Fri)▲ページの先頭へ
口先三寸
 最近のNHKには不満を持っている人が多いのではないか。いつの頃からか僕も違和感を感じている。考えてみれば東北の地震の後かもしれない。東大の学者という奴がやたら出てきて、安全だ安全だと連呼していた日々からおかしくなった。その後、例の何かあると現場に飛び出していた若いキャスターが突然画面から消えたことが追い打ちをかけた。福島の事故について正直に疑問をブログか何かに書いたことで干されたらしいが、僕のお気に入りのキャスターだったからかなり不愉快だった。以来NHKを信用しないことにしているが、受信料を払わなくするにはどうすればいいのだろうと、新しい会長の暴言をいやと言うほど耳にするようになってから本気で思っている。
 こと漢方薬についてくらいしか僕には洞察する力がないが、「試してガッテンがいかない」と言う番組も事情通に言わせれば大手の漢方薬の会社が、ネタを提供したらしい。そうしないとあんな番組なんて素人に作れる分けないから、なるほどと頷かされたが、一種のやらせだ。「大手の政府」とつるんでいる最近のていたらく振りは、もうすでに番組の中に見て取れていたのだ。
 そう言えばこれも又それはないだろうと言う経験をした。悪意はないだろうし、こちらの知識不足かもしれないが「お値段以上の工賃」には参った。意を決して30年使ったキッチン用品も替えを買いに行ったら、17万円のシステムキッチンの取り付け費が19万円すると言われた。渋々買・・・わないところが僕のいいところで、今までのを工夫して根性で使う。 
 そもそもどこのキャッチコピーも嘘っぽくて、コピーライターにも連座制を適用して貰いたいものだ。口先三寸で生きている人が多すぎる。


2014年04月03日(Thu)▲ページの先頭へ
出世
 ハッキリ書くと特定されてはいけないから難しいところだが、もうつき合いは長いし、結構冗談も言い合える仲だから話のネタに書く。めでたい話だし、そんなに細かい女性でもないし。
 まだ何の肩書きも持っていないころから僕は彼女に「将来は婦長になる」としばしば言っていた。ほとんど冗談だったのだが、実際になるらしい。ありとあらゆる彼女の不調をお世話しているから、時に励ましのため、時に脱力を促すために多用した冗談だが、その都度彼女は「そんなことはありえん」と照れ笑いで返して来た。「まだ内定だから内緒にしておいてね」と、それこそ本当に内緒にしていればいいのに喋りたかったらしい。当然僕も嬉しかった。ところが、いざ決まってみるとその重圧で喜んでばかりはおれないらしい。色々と具体的に問題を上げて不安を訴えてきた。期待と不安とは良く言ったものだが、まだ期待がある分幸せだ。僕なんかには、期待と不安という相反するものは存在しない。ほとんど舞い上がって、どちらかと言えば奇態と不安だ。その点彼女は不安ながらも職場でのテーマを見据えて前を向いている。
 振り返ってみれば、ただひたすらに業務をこなしていただけの彼女だが、そのただひたすらにを評価してもらえたのだろう。無欲でお人好しで、田舎にはいくらでもいるような人だが、過酷な勤務をこなしてきた実績が報われたのだろう。その点だけに僕も陰ながら貢献しているから、喜びを分かち合える。「まかせておいて、又必死で考えて漢方薬作るから」とエールを送ると、嬉しそうな顔をして帰っていった。期待と不安の不安を僕の所に落として、期待を胸に、肩書きに恥じない仕事をして欲しい。


2014年04月02日(Wed)▲ページの先頭へ
実写版
 漢方薬を作って会計がすんだ後、その男性は帰ろうとしない。元々、ゆっくりとかみしめるように話す人だが、何か言いたげだった。当然僕はその間に耐える。
 「昨日、魔女の宅急便の映画を見に行ったんじゃ」と全く似合わないようなことを言うから「漫画が好きなの?」と尋ねると「実写版じゃ」とえらいモダンな答えを返してきた。僕よりは10歳は大きいと思うから、なんだか通のように聞こえる。何となく僕もテレビでそのことを聞いたことがあったから話にはついて行けたが、70を過ぎた人がわざわざ実写版と言えども映画館に足を運ぶことは考えづらかった。ここから先は、会話形式で再現する。
「あの映画は、うちの畑でとったんじゃ」
「ナンキンやスイカじゃないんだから、畑でとれる訳けないじゃろう」
「それがとれるんじゃ、会社の人が30人くらい来てとったんじゃ」
「白菜の話でもしているの?」
「映画の話じゃ言うとるじゃろう」
「そうなの?テレビで宣伝していたけれど、あの映画は牛窓で撮ったの?」
「去年うちの畑で撮った。30人くらいの人が畑の中を歩き回ったから、運動会の跡みたいに荒れた」
「それじゃあ、俳優か女優も来ていたの?」
「女の人がほうきにまたがっていた」
「サインでももらった?ご主人、魔女の後ろの方でVサインでもしていたんじゃないの?」
「いやあ、近づかないでくれと言われていたから、ほとんど見てねえ」
「地主に対して、えらそうななあ」
 僕は薬局の中に1日中閉じこめられているから、その様なことは耳にしていない。車で5分の所での出来事だが、噂にも乗らなかった。俳優達が人気がないのか、混乱を避けたのか分からないが、あるいは撮影が牛窓でしばしば行われるから飽きたのか知らないが、良くその男性は今までそれを口に出さないことに耐えていたと思う。「うちの畑じゃあ言うのはすぐ分かった」と誇らしげに言ったが、この一言を口にする最高のタイミングを見計らっていたのだと思う。
「お礼に何かもらったの?映画の招待券でもどさっとくれたの?」
「何もくれるもんか」
いくら許可したからと言っても、まるで運動会のように荒れさせて、何もお礼なしとは驚いた。部外者だが、そう言った人種の非礼を僕は良しとしない。
「撮影が済んだら、耕していけ!」
僕ならそう言う。


2014年04月01日(Tue)▲ページの先頭へ
消費税
 面倒で仕方ない。いっそのことそろばんで計算しようかと思ったくらいだ。
 1ヶ月近く前に消費税8%に対応できるレジを買っていたのだが、僕の常でせっぱ詰まらなければ行動しないから30日にやっと梱包を解いた。さて説明書を見ながら使い方を予行演習しようと思ったのだが、その前になにやら設定をしなければならないらしい。その設定のための説明書を読んだのだが、分からない点がいくつかあった。頭をリセットして再挑戦しようと思い31日は朝早く起きて挑戦したが、幾分理解は進んだものの、どうしても分からない、出来ないところが残り、使いこなすことは出来なかった。2日間で僕としてはかなりの時間を費やしたと思うのだが、と言うのは機械は苦手だから諦めは随分と早い、結局は姪に一から挑戦してもらうことにした。
 ところが出勤してきた姪に頼んで1時間もしないうちに、姪は使えるようになりましたと僕に報告してくれた。この差は一体何なのだろう。スマホなどに慣れていれば同じような操作で何でも使いこなせるのだろうか。それこそ、スマホなど触りもしない人間にとってはブロッキングの嵐なのかもしれない。やる気の前にすでに心は萎えてしまう。
 セットしてもらえれば使い方は従来のとあまり違わなかったから、朝から無難に会計はこなせた。ただ、その煽りで、値札の張り替えは全く準備できていなかった。そのほとんどを姪に依存しているのだが、僕が予定外の仕事を押しつけてしまったので、5%のままの値札がついている。ただこの準備不足は利用してくださる人には好都合だから、敢えて急がなくてもいいと姪には言った。おいおい変えていって、ある人は従来の値段で、あるひとは3%上積みの値段で買うことになる。
 役人か政治屋か知らないが、とんだ迷惑な話だ。庶民は外国に逃げていくことが出来ないから、取られ放題だ。貧しい人達は団結を知らないからやられ放題だ。いつの日か彼らが立ち上がって溜飲を下げる日が来るのだろうか、そんな日をこの国では飲み放題という。


   


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