栄町ヤマト薬局 - 2014/03

漢方薬局の日常の出来事




2014年03月31日(Mon)▲ページの先頭へ
 珍しい経験だ。2日連続で虹を見た。
昨日は玉野の深山公園に母を花見に連れだし、その帰り道。施設にほとんど着いた頃、前方に虹の一部が雲間から覗いているのを僕が見つけた。折角の花見に母を連れだしたのに、小雨が降ったり止んだりで、風も強く始終天気ばかり気にしていたから、雲間から差した光の中に虹を見つけたときは思わず声を出してしまった。その声につられて姉夫婦とかの国の女性達も歓声を上げた。たかが虹で、それもかけらのような虹であんなに大の大人達が喜ぶのかと、今になってみればおかしくもある。ただ、恐らくそれは何かに託さなければならないほど、日々の生活の中に本当の希望がないからだと思う。だから虹ごときであんなに喜ぶのだ。母と過ごした2時間くらいの間、老いに対する無力感を味わった後だけに、余計に感傷的になっていたのかもしれない。
 今日は3時頃だったと思う。配達のために出ていこうとした妻が空を見上げて虹が出ていると、外から手招きをした。それこそ虹ごときでわざわざ出ていく僕にも、希望に満ちあふれた明日がないのだ。東の放射能、西のpm2.5。好戦的な政治屋ども、保身を旨とする官僚ども。守銭奴と化し品格を捨て去った経営者ども、太鼓持ちに成り下がったマスゴミ。上げれば限りなく劣化した組織が並ぶ。包囲された庶民は脱出の虹の橋を探しあぐねている。だからかけらのような虹を見つけても歓声を上げるのだ。


2014年03月30日(Sun)▲ページの先頭へ
写真
 姉が横浜から持参した幼い頃のアルバムを、母を中心に、義兄と姉が両サイドに、後ろ側に僕ら夫婦とかの国の若い女性二人が陣取って1頁ずつゆっくりとながめた。時に母は自分でページを捲り、姉の解説に頷いたり口を挟んだりした。最近ではあり得ない光景に僕は驚いて、正面に席を移し母の表情を見てみた。すると母の目は輝き、まるで子供のように写真に興味を示していた。嘗ての母の姿に戻っていたように思えた。
 恐らくその延長だろう。夕食の時間が来て僕達が帰らなければならないことを知ると、車いすから何度も立ち上がろうとした。明らかにあれは一緒に帰る意思表示だ。姉夫婦が迎えに来たと思ったに違いない。
 そもそも姉が会いに来てくれるよと母に教えたときに「まあ、嬉しい」と即座に反応した時点で今日の母はいつもと違っていた。姉や義兄に見せる笑顔、いやいやそれどころか往年の気遣いさえも復活していた。全て喜ぶべきことだが、当然何度も姉たちに今日の母は違うとお礼の意味も込めて繰り返したが、母の思考がしっかりしている分、別れのタイミングが難しいだろうなと思った。案の定母は帰れるものと思っていた。
 施設の人にいわば強引に車いすを押されて入居者の群れの中に入っていたが、その心中はどうなのだろう。姥捨てを恨むのか、あるいは諦めてくれているのか。いつものにらむような目つきでなかった分、心が痛んだ。この為に生まれてきたのではないだろう。懸命に働き、贅沢もせず、ひたすら子供のために生きてきて、これなのか。


悲鳴
 大和路快速で大阪の中心部が近づくと、まるで襲いかかるように建っているビル群が迎えてくれる。観光で疲れたかの国の女性達は疲れて居眠りをしているが、僕にはある想いが頭を過ぎった。それは人間は、と言うより人類は長生きをし過ぎていると言う考えだ。長生きをし過ぎた人達の欲望の果てが、この無機質な大都市を造っていると思ったのだ。もし昔のように人間がそこそこの年齢で命を終え、次世代にバトンを渡していたら、こんなとてつもない巨大な器は必要ない。嘗ての死に病まで治したりコントロールすることが出来るようになったために、人間という在庫が無限にたまりだした。それらに食わしたり、着せたり、住まわせたりするために、こんな巨大な倉庫が必要なのだ・・・と考えたりした。
 僅か何百年前には着物姿でちょんまげをした人達が、低い軒が連なった町中をのんびりと歩いていたに違いない。朝から晩まで働く必要もなかったのではないか。今では取るに足らない粗末なものを喜び、そこそこの暮らしをしていたのではないか。果てのない欲望も、果てのない陰湿さも、現代のようにどこでもいつでも、誰にでも関わってくるようなことはなかったのではないか。
 ホームも、電車の中も人で溢れかえる。この頭数を養うためにどれだけ人があくせく働かなければならないのか。どれだけの動物を殺し、どれだけの命を頂いて生きなければならないのか。いつまでも去らない人達のせいで街が悲鳴を上げているように僕には見えた。


2014年03月28日(Fri)▲ページの先頭へ
言葉
 牛窓のように沿岸部でないから、いや寧ろ僕らからすれば随分北に住んでいる印象があるから、「魚をよく食べる?」と尋ねてみた。お子さんの相談に来た人なのだが、その辺りは一体何から主にタンパク質をとっているのか知りたい気持ちもあった。
 案の定、魚は随分と少ないみたいだった。若いこともあるだろうがやはり肉が多かった。「やはり新鮮な魚が手に入らないの?」と一番無難な質問をしてみると、そうではなかった。そして面白い答えをもらった。「私、魚の目が苦手なんです」「目が出ているから?」「いいえ、なんだか、魚に見られているような気がするんです。目が会うといやなんです」これには参った、と言うかそのユニークさが興味深かった。お子さんのことをとても大切にしている、飾り気のない素敵なお母さんなのだが、目が会うのを嫌がって魚を食べないと言う珍回答は独創的だ。まるで大人のような繊細さを身につけているお子さんは母親に似たのだろう。
 薬局の中の気取らない会話の中にもきらりと光る?さらりと流す?ころりと参る?ぽろりと漏れる?ほろりとする?言葉がある。


2014年03月27日(Thu)▲ページの先頭へ
信頼
 隣の岡山市から、どんな些細なトラブルでもわざわざやってきてくれる方が夕方電話をしてきた。お孫さんが口内炎で長い間困っていると言う。口内炎で長い間というのはちょっとぴんと来なかったが、可愛い孫のことだから表現が少し大袈裟になったのかもしれない。勿論いくつもの口内炎を繰り返し出す人もいるから事実かもしれないが。
 いつもなら薬を作っておいてと言うのが常なのだが、今日はどうしたらいいでしょうかと変わった質問の仕方をした。電話の向こうが騒がしいからおかしいなと思っていたら、なんと東京から電話をしてきていた。東京にいるのなら僕には手が出ない。だからある薬の名前を言ってそれを求めるように言った。ちょっとマニアックな薬だが花の都大東京だから当然どこかで売っているだろう。僕の薬局では口内炎だけでなく、色々なトラブルの人が服用しているから目立つ場所に陳列していて見たことがある人は多いだろう。その女性も名前を言っただけですぐに分かったみたいだが「先生、そんな薬、東京にはなかろう」と即答した。「東京にないものはないでしょう」と答えると「なかろう」と素っ気ない。確かに100軒探して1軒の割合くらいだから余程運が良くないと難しいかもしれない。そこで次善の策としてある軟膏を紹介した。すると「それも東京にはなかろう」と同じような返事をしてきた。僕も「東京にないものはないでしょう」と同じ言葉を繰り返した。
 かなりの確率で手にはいるようなものを紹介したので、女性は納得して電話を切ってくれたが、薬剤師冥利に尽きる。こんな田舎の薬局を花の都大東京の薬局より信頼してくれるのだから。どこを取っても劣るはずなのに何故か信頼してくれる。自分でも不思議だ。強いて言うならば、この端整な顔立ちと溢れんばかりの品の良さしか優るものはないのだ


2014年03月26日(Wed)▲ページの先頭へ
地力
 誰にも1人や2人、回りにこんな人がいるのではないか。
 肩書きは勿論、学歴もない。ただ妙に説得力がある言葉を吐く。「けだし名言」とうならせられることがしばしばの人物。物事を論理的に説明することは勿論、人前で堂々と喋ることもできない、しかし何故か人に一目置かれる。
 もう数年定期的に通ってくる。術後尿失禁で紙おむつが必需品になっているのだろうが、その点を除けばまだまだ十分元気でよく働いている。ある日の夕方、買い物に来たその男性に妻が「日が長くなりましたね」と何気なく声をかけた。仕事帰りに買い物に寄る人だからやってくる時間はほぼ一定している。春になるとまだ少し明るい時間帯に買い物に来れるようになるから妻がその様に挨拶したのだろう。するとその男性は、「日は長くなったりしないんじゃあ。1日が短けえ(短い)とか長げえ(長い)とか、1年が長え(長い)とか短けえ(短い)とか良く言うけど1日や1年は決まっとんじゃ(決まっている)。1日は24時間じゃし、1年は365日なんじゃ。なんぼ説明してあげても誰もわからんのじゃあ」と言って首を傾げた。ほとほと分かってくれないことが困ったような仕草だったので、僕も妻も思わず大声を上げて笑った。
 なるほどそう言われてみれば確かにそうだ。どうあがいても時間の長さを変えることは出来ない。長いの、短いのと大騒ぎすることはない。余裕を持って悠々と生きろと言っているように思えた。
 人口が少ない分、田舎には突出した人物はなかなか出てこないが、こういった味のある人物を輩出することはしばしばだ。空が生むのか海が生むのか田畑が生むのか、それとも人が生むのか分からないが、それはそれで田舎の愛すべき地力だと思う。


2014年03月25日(Tue)▲ページの先頭へ
天災
 ど、ど、ど、どうしたんじゃ!いやこれでは足りない。ど、ど、ど、ど、どうしたんじゃ。
 しばしばやってくる漁師が心配顔で入ってきて「明後日、大きな地震が来るらしい、みんながそう言ようる(言っている)」と言うが、少なくとも僕は言っていないからみんなではない。僕はみんなが言っているというフレーズが嫌いで、その言葉を聞くたびに、あんたが言っているのだろうと思ってしまう。そしてほとんどの場合あたっている。
 ただ彼の場合はそれはあたっていない。口べたの人見知りを誠実さだけでカバーしているような人物だ。みんながは、回りの何人かがと言うことだろう。「高知が波にのまれるらしい」と本気で恐れている。もっとも牛窓は海沿いに町が広がっているから、高知ほどではないが、被害はあるかもしれない。まして漁師だから舟を守らなければならないから、僕らより繊細になるのも分かる。
 「みんな言うんじゃ、船で逃げれるからいいがって。だけど瀬戸内海で逃げたら津波に向かって逃げるみたいじゃからきょうていわ(怖いわ)」確かに、確かに、水深がかなり深いところだったら沖に出ることも一つの手段らしいが、瀬戸内海では波乗りをしに行くようなものだ。その選択肢はないだろう。
 みんなが言っている明後日の津波をインターネットで調べて欲しいと頼まれて検索してみたら、東大の名誉教授の予想がかなりの確率で当たっていることが出ていた。食い入るようにそれを眺めていたが、「いつかは来るんじゃろうな」と何を覚悟したのか、あきらめ顔で出ていった。
 天災は守るものの多さに比例した恐怖を伴って身を潜めている。


切符
 奈良駅で牛窓から連れて行っていた子達のキップを買った。それを見ていた奈良在住の女性が、どうして各々が2枚のキップをもっているのか理解できなかったみたいだ。「オトウサン ドウシテ2枚アリマスカ?」と尋ねられた。彼女たちが4人で牛窓に来たときは、山陽本線で来たから当然キップは一枚だ。新幹線に今まで一度も乗ったことがないからシステムがどうしても理解できないようだった。
 分かりやすく説明するとやっと理解してもらえた。2枚のキップのミステリーでしげしげとキップを眺めていた子がはたと何かに気がついたみたいで驚きの声をあげた後に又質問された。「オトウサン、シンカンセン タカイデスネ。ワタシ エンリョ」その女性は恐らく頭の中で計算をしたのだろうが、確かにアルバイトを3つも掛け持ちして学費や生活費を捻出している留学生にとっては高い。ただ僕が4時間も電車に乗って会いに行くのは至難の業だから新幹線ははずせないし譲れない。だから僕にとっては全く高くないのだが、若くて体力があるその子達には、新幹線は贅沢なのだろう。
 僕のことを心配してくれた子が「オトウサン ナンニチハタラケバ 4ニンノキップ カエマスカ?1カゲツデスカ?ホントウノコト オシエテクダサイ」と深刻そうな顔をして尋ねた。これには参ったというか、有り難いというか、思わず僕は笑った。そこまでしなくても買えるが返事に困った。恐らく彼女たちにとっては、僕の服装や風貌がみすぼらしく見えるのだろう。確かに彼女たちに会うときはいつもその様ないでたちだし、その逆を想像することの方が余程困難と見た。飾ることが苦手というか、嫌いというか、自然なままが好きな僕の性格が功を奏して異国の苦学生や苦労働者達と同じ地平でつきあえるのだと思う。
 結局最後の質問には答えることが出来なかった。


2014年03月23日(Sun)▲ページの先頭へ
先制攻撃
 ひょっとしたら何かしてあげれていたのではないかと残念で仕方なかった。折角の小旅行が後ろ髪を引かれながらの帰宅になった。僅か一緒にいたのは5分くらいだったと思うのだが、笑顔と礼儀正しさと、懸命に操る日本語に僕は吸い込まれた。
 スリランカという国がどこにあって、どの様な人が暮らしているのか全く知識がない。だからその国の若い女性二人を目の前にしても、どの様に関わっていいのか一瞬分からなかった。ただ、その中の一人が失意のうちに日本を去ることを教えられると、それもわずか1週間後ということを教えられると、何とかしたくなるのが人情だろう。理由を尋ねようと質問攻めを始めた矢先に、かの国の子が「オトウサン、クウキシンデスカ、ツヨイデスネ」と先制攻撃を仕掛けてきた。「好奇心」と訂正して正しい使い方をいつものように教えてあげたのだが、攻撃は功を奏して、僕の質問は答えをほとんど得られないまま終わった。
 二人と別れて、牛窓から連れて行った3人と向こうで合流した3人で奈良公園界隈を精力的に観光したり食事をしている時でも、彼女のことが気になった。そこでゆっくりと理由を教えてもらった。
 彼女は国でかなりのレベルの日本語を修得していた。今在学している日本の大学は本命の大学の橋渡しみたいな位置づけで、語学を極めるために入学した。ところが日本のその種の大学の授業料は彼女たちからしたらかなりの高額で、ほとんどの子が3つくらいのアルバイトを掛け持ちでこなして授業料を工面している。彼女もその部類だが、体力が少し不足していて(確かにスリムだった)アルバイトが十分に出来ていないらしい。大学はそんな彼女に授業料は大丈夫かと繰り返すばかりらしい。そうした圧迫感がいやで帰国を決めたらしいのだ。
 大学が牛窓に近ければ、体を害しない程度のアルバイトくらいしてもらって援助してあげることが出来るのにと残念だった。出会った人を全員助けることは出来ないことは良く分かっているが、経済格差を逆手に取っているような企業や大学の理不尽さをなんとか薄めることが出来たらいいなと思う。僕に孫さんほどの富をくれとは言わないが、1人か2人くらい援助できる余裕があればなあと思う。


2014年03月22日(Sat)▲ページの先頭へ
 この歳になって初めて入ったなどと言うと、何かいかがわしい所のように聞こえるがそうではない。逆に高尚な所でもない。正式な名称が分からないから間違っているかもしれないが、銀行のキャッシュコーナーだ。色々な所に設置されているから、しばしば目にするが利用したことは勿論近づいたこともない。全く無関係なところだ。
 日曜日に妻と息子と3人で出かけた時に、2人ともお金が必要になってある銀行に寄りキャッシュカードでお金を引き出すと言う。こんな機会はまたとないので僕は2人についてキャッシュコーナーに入った。そして2人の作業を見ていたがあっと言う間にお金が出てきた。何十年も前に最後に入った銀行での記憶は、カウンターで手持ち無沙汰に職員の行き交う姿を見ながら名前を呼ばれるのを待っている姿だ。それに比べればそれこそあっと言う間にお金が出てきた。どうしてそんなに早くお金が出てきたのかと思って機械を見てみると、新幹線の切符を買うのと同じようなタッチパネルだった。「これなら僕でも利用できる」当日の最大の収穫がその確信だった。
 思えばキャッシュカードは持たないし、現金も持たないから、そもそも関係ない場所であり機械なのだ。日曜日に出かけるときに妻から1000円もらい、それで昼食やちょっとした消耗品の購入に当てていた。そんな生活が30年くらい続いたが、かの国の若い人達と知り合ってそれではすまなくなった。そこで少しだけお金が必要になったから職業を生かしたアルバイトをしている。職業を生かしたアルバイトなら職業そのもののようだが、職業ではない。ややこしいからその話はさておいて、キャッシュコーナーの壁は取り払った。まるで技術のビッグバンに付いてはいけれないが、科学や技術では量れない精神の重さを知っているし、忘れないし、侮らない。
 あっと言う間に出てくる現金の価値よりも、それを自分の労働の対価として手にする過程や努力を評価する。機械から飛び出てくるものは目的でも評価でもなく、所詮道具でしか過ぎない。壁は取り払ったが、恐らくもう二度と入らない場所だと思った。


2014年03月21日(Fri)▲ページの先頭へ
買い物
 ゆとりを持って出かけようと思っていたのに、さすが休日の朝はコトリとも音がしなくて寝過ぎてしまった。いつもなら小鳥のさえずりで目を覚ますのだが、小鳥も休日だったのかもしれない。今日は以前から買い物をいくつかする予定を組んでいて、息子の車で出かけた。途中、警察車両に捕まっている車を見た。おとり捜査ではあるまいし、いわゆる覆面パトカーだった。
 お目当ての店は人工湖のほとりにある。豪華なホテルと見違えるような建物は看取りを専門にする病院で太り気味の看護師さんが四六時中入院患者さんの世話を献身的にしている。さすがに彼女たちの手取り足取りの看護は心がこもっていて、その質の高さから看護師界の名取と呼ばれている。その働きぶりや今では悟りの境地とも言われている。
 あれっ!今日、買い物に行った店の名前を忘れた。確かユトリ、いやコトリ?小鳥?オトリ?ミトリ?フトリ?テトリ? ナトリ?サトリ?確か全国チェーンの家具の店だったのだが。


2014年03月20日(Thu)▲ページの先頭へ
家庭
 電話の向こうから溢れんばかりの高揚感が伝わってきたので、良い結果を手にしたのだとすぐに分かった。本人は勿論、親としてこれ以上の喜びはないだろう。いや、彼女の場合は安堵と言った方がいいのかもしれない。
 お子さんが入試の4日前になって風邪をひいた。余程体力を落としていたのだろうか、インフルエンザでもないのに高熱を出し、布団に入っていると言う。病院で薬をもらって飲んでいるのに熱が下がる気配がなく、漢方薬を併用したいと言ってきた。体力(免疫)を上げる薬を飲んでもらったら幾分か熱は下がった。二日前になって、慌ててお母さんが又連絡してきた。完全に風邪から脱出できていないせいか、不安になって泣いているというのだ。なんとか試験を受けられるようにしてとの要望だった。そこでしばしば受験生に作る漢方薬を2日分渡した。結構過度の緊張感や不安感から解放される処方だ。
 もうそれでそのことは忘れていた。今日の電話で空白の日が埋まった。嘗てお母さんのパニックを漢方薬で治すことが出来たので、お母さんは僕を思いだしてくれたのだと思う。高熱と言い、極度の不安感と言い、急を要するトラブルだった。世間で言われている漢方薬のイメージなら、そんな急を要する場面で出番はないはずだ。ところが僕の薬局は違う。漢方薬も現代薬も基本的には分けない。同じように効いてくれなければ意味がないのだ。僕は漢方オタクなどではないから、とにかく役に立てる武器を使うだけなのだ。それは時として現代薬であったり、時として漢方薬であるだけの話だ。所詮田舎の薬局に大きなことは出来ないが、一人の少女が躓くことなく希望通りに進学した。「先生のおかげです」と何度もお母さんは繰り返してくれたが、それは間違っている。貴女のおかげでお嬢さんは希望を叶えることが出来たのだ。ほんの一瞬だけ関わった僕などではない。
 どこにでもある家庭で繰り広げられる、どこにでもある光景に関われる幸せを思う。


2014年03月19日(Wed)▲ページの先頭へ
商圏
 今日、神戸から漢方薬の相談に来てくれた女性が「18キなにやら」で来たと言った。最後の方が良く聞き取れなかったから、指輪を売って来たのか、若い人が見てはいけない映画を見ながら来たのかと思っていたら、なにやらとても安い運賃で乗り放題のキップのことらしい。飲み放題と言うのは時々繁華街を歩いているときに見かけるが、乗り放題というのは聞いたことがない。最近の与党の政治家が言い放題、やり放題なのは知っているが、乗り放題に関しては全く知識がなかった。
 彼女によると神戸からやって来て往復で電車賃が2300円ですむのだそうだ。片道の間違いではないかと思って確かめたらやはり往復なのだそうだ。僕が神戸にしばしば行っていた頃は恐らく1万円を少し出るくらいの新幹線代だったと思う。もっとも18キップとやらは新幹線や特急などには乗れないらしいから、長距離だと時間がない人には不都合だが、時間に余裕がある人には打って付けだ。まして今日尋ねたら神戸から邑久駅まで2時間でやって来たらしいから、岡山経由で新幹線で行くのとほとんど時間は変わらない。となると4分の1の費用ですむのだから利用しない手はない。
 そこで僕は決めた。来るのに2時間、交通費が2300円ですむのだったら、神戸を僕の商圏にする。彼女のようにオリーブ園をコースに入れておいたらちょっとした観光旅行にもなる。人口が何百万人あるのか知らないが、神戸の街を制覇する。その為に僕は明日から白衣の替わりに割烹着を着るし、壁を優しいピンクの色にする


2014年03月18日(Tue)▲ページの先頭へ
完治
今日は幸せな日だった。

大和先生、お久しぶりです!。
前に冠婚葬祭に行けるようになって、あとできないと思っていたことを実行してみました。半年以上行っていなかった美容室に行ったり、人が集まるイベントにも積極的に参加してみました。その結果何も緊張もガス漏れもせず過ごす事ができました!ここまで来れたのは、大和先生のおかげだと思っています。本当にありがとうございます!最近では、漢方を飲まなくても大丈夫な状態になっています。友達との食事会もまたまた参加しました。自分の中でよし大丈夫!って感じがしています。当分の間、いまのままのペースで様子をみてみます。また不安になったら大和先生の漢方をすぐ頼みますね!今まで我慢してきたことがたくさんあるのでこれから全部挑戦したいと思います。本当にありがとうございました!

 本当に良かったですね。丁度5ヶ月です。良く付き合ってくれました。沢山の方が僕に接触してくれますが、何故か過敏性腸症候群は最初の1回だけというのが多くて、あの深刻な相談はいったい何だったんだという場合が多いのです。貴女は、小さな希望を積み重ねていって、新しいスタートを勝ち取りました。現代医学で救えない人達の手伝いこそが漢方薬の醍醐味ですが、貴女は僕に喜びを与えてくれました。僕の方こそ感謝です。(毎日のように、引退して若い世代に譲った方が彼らが成長するのではないかと迷っているのです。僕はまだ仕事をしたいのですが)たとえ又何かの切っ掛けで再発しても、カルテを大切に保管していますから、今度はもっと簡単に治ります。安心してもっともっと大胆に色々なことを楽しんでください。
                                  ヤマト薬局
追伸・・・お願いがあるのですが・・・貴女は理想的な治り方をした人だと思います。皆さん色々な治療で裏切られ続けているので治ると言うことが信じられないみたいです。もし良かったら、この文章と最初の相談時の症状をブログに載せることを許可してもらえませんか。治らないと諦めている本人や家族にとても勇気を与えてくれると思います。

大和先生、ブログに載せて貰っても大丈夫です!私自身も、大和先生のブログに載っている他の同じ症状の方が治ったという記事を目にしてすごく希望がもてましたから!漢方をお願いするまでは、インターネット上の情報などを見て「この商品がよい」などの情報を鵜呑みにして試したりしていましたが、全く意味のない事をしていたなと思います。漢方を飲み始めてからはそういう情報は一切見ないようにしていました。ずっと見ていたら人の意見に左右されてもっと悪化していたかもしれません。今思えば、おならっぽい臭いがしたら自分のせいだと思い込んでいたのかもしれません。ゆでたまごや大根おろし、風向きによっての肥料の臭いなどおならに似たような臭いも全部自分のせいだと思っていましたから。今まではレジなどに並ぶ時も後ろを気にしてキョロキョロしたりしていましたが、よく考えればそんな事している方が他の人からしたら変ですよね。今では人目を気にすることは無くなりました!
 私と同じ症状の方が大和先生のブログをみて、一人でも多く先生に相談してくれたらなと思います。あと今頑張って漢方を飲んでいる方も全員治ってくれたらいいなと心から思います。漢方を作ってくれた大和先生や他の薬剤師さんにも本当に感謝しています!また調子が悪くなることがあったらお願いしますね。長文になってしまいすみません・・
個人的な意見ですが大和先生はまだ引退しないでください(笑)本当にありがとうございました!では失礼しますね。

(附)5ヶ月前に初めて相談を受けたときの症状
10年前からガス漏れ。人が後ろに来ると5分に1回ガス漏れ。人前で緊張すると肛門が勝手に動き便臭がする。背中や太股からもブクブクガスが出る。


2014年03月17日(Mon)▲ページの先頭へ
大事
 悪く言うつもりはないが、医者も尊敬できる人ばかりではない。もっともクラシック音楽の世界も先端医療の分野も嘘だらけだから、政治の嘘ほどそれは危険ではないが、営業にばかり注力している医者がいても、結構多いが、不思議ではない。
 この女性は下肢が痛いという相談でやって来た。体重は言わなかったが相当ある。息づかいが荒かったので、その時点で処方はすぐ浮かんでいたが、念のため糖尿について質問してみた。すると治療中なのに、食後血糖値は200近くあり、ヘモグロビンA1Cは8台だった。医者はなんと言っているのと尋ねると、何年も同じ薬をくれるだけだと言っていた。「門前の薬局は何か言った?」と尋ねても、ただ薬をくれるだけだと言った。そこで糖尿病の煎じ薬もついでに飲むことを勧めたが、美味しくないのは嫌だと断られた。あまりの「ほったらかしにされ過ぎ」が気の毒になって「僕が忠告したことだけは覚えていて」と強く言って、念のため1日分だけ煎じ薬をプレゼントした。どうせ美味しくないと文句を言うのが落ちだと思っていたら、翌日飲むと言ってきた。そこで最初の足の痛みの粉薬と糖尿の煎じ薬を2週間飲んでもらえることになった。
 一昨日丁度2週間目にやって来て、足の痛みは9割くらい治ったそうだ。息切れもしていなかった。少し役に立てたから、ついでに医者に糖尿の薬を再考してもらうように助言しておいた。門前薬局は医者の下請けだから、患者にとって不都合があっても医者の機嫌を損ねることを避ける方を無意識に優先してしまう。当然のことだ。僕もその様な営業形態を取れば同じことをすることが分かっているから今まで避けてきたし、これからも自由に仕事が出来るスタンスを崩さないつもりだ。娘夫婦も同じ考えだから安心している。世の中で分業が始まった頃、ある老人に言われた言葉が僕をそうさせた。
「薬局言うもんは、医者が大事なんか、患者が大事なんか?」


2014年03月16日(Sun)▲ページの先頭へ
年上
 まるっきりの想像だが、年上の女房というのは、結構いいのだろう。男性が社会的に成功するケースをしばしば耳にする。それよりも何よりもよく世話を焼いてもらえるのではないか。だから男性にとっては居心地がよいと見える。
 その男性も社会的にかなり成功した人だ。ほとんどの県を講演で回っている。年上の奥さんの力か本人の努力か分からないが、いずれ又違うテーマで全ての都道府県を回る予定だと楽しみに話してくれる。
 そんな男性が奥さんを亡くしてから再婚した。今度は真逆の10数歳年下の女性だ。年上の女房も芸能人的だが、10数歳年下(どちらかというと20歳に近い)というのも芸能人的だ。結構堅い仕事をしてきた人なのに、この事に関してはおおらかだ。ところが最近別れたと言ってきた。10数歳も年が離れていたら、話題が合わなくて、会話がかみ合わなかったらしい。
 その男性は又結婚を考えているらしくて「やはり女性は年上がいいですわ。前の女房と同じ4歳上の女性にします」と言った。僕は気になることがあるので思わず尋ねてみた。「ご主人は今何歳なの?」と。すると男性は「85歳になりました」と答えた。
 その夜、息子にその話をした。すると息子が言った。「施設で探さないといけないなあ」


2014年03月15日(Sat)▲ページの先頭へ
恐怖
 岡山県に住んでいたら幸いにも滅多に地震に遭遇しないから、それに対しての知識はあまりない。記憶にある地震の回数は、片手があれば数えることが出来るのではないか。だから一昨日の地震は、岡山県で震度4だったのだが、それなりに緊張した。揺れが収まるとテレビを点けて、震源地がどこか確かめたが、愛媛県辺りだというのには驚いた。僕はどこか遠くで巨大地震があったのではないかと思ったが、巨大でなくて助かった。ただあの震源地の近くには伊方原発があるからぞっとした。もしあそこがやられれば東にある牛窓なんか住むことは出来ないだろうし、関西圏も総崩れだ。巨大な無人地帯が出来る。
 昨日一人、今日一人、漢方薬の注文電話の時にお見舞いを言われた。一人は東北の女性で、地震があった日に漢方薬の注文をしていいのかどうか躊躇ったと言っていた。大変でしょう、大変でしょうと、とても気を使ってくれたが、まったく大変ではなく、いつもと変わらない気持ちで仕事を黙々とこなしていた。東北の大地震を経験したその女性には、とても他人事には思えなかったのだろう。自分の経験がフラッシュバックしたのかどうか分からないが、その気の使いようは、体験者でないと出来ないレベルで、とても嬉しかった。
 もう一人の女性は関東に住んでいるのだが、地震の本場と言ってもいいような所だろうから、僕の安否を尋ねてくれた後に、地震について少し智恵をもらった。彼女曰く、震度5弱なら大丈夫というのだ。これは面白かった。ピンポイントの数字を上げてくれて教えてくれた。彼女の体験から割り出したものなのだろうが、まるで学者のように自信に満ち説得力があった。地震が少ない地方に暮らす僕は、生きた知識をもらったような気がして、少し安心した。
 共通の原体験は人と人を結びつけるのにはとても有効な要素だ。お互いを理解するのにはこれが一番だ。一昨日程度のことで東北の人が経験した恐怖を理解できるとは思えないが。二歩か三歩は理解への距離が近づいたかに思えた。


2014年03月14日(Fri)▲ページの先頭へ
凶行
 クリとモコのおかげで犬のかわいさは良く分かるのだが、猫も又それに劣らず可愛いらしくて、多くの人が飼っている。ところが猫も又犬と同じように、虐待を受けたり捨てられたりして悲惨な状態にいるものが多いらしい。どうしようもない人間の性か、犠牲になるそれらの数は数えきれない多さなのだろう。
 2週間に一度やってくる薬剤師は犬のシェルターの世話をしている。とても熱心な女性で、そのことに関して以外にも一つ一つの動作に優しさが醸し出される。どことなくボランティアなどをする人は違うんだと、その薬剤師を見る度に思うのだが、単なる買いかぶりかもしれない。恐らく本人はもっと力を抜いて励んでいるのだと思うから。
 最近処方箋で薬を取りに来た夫婦が、薬剤師が置いてある犬猫の募金箱を見つけて話しかけてきた。いつもなら薬を手にするとすぐに帰るのだが、若手ではなく僕が応対したから、お喋りをする気になってくれたのかもしれない。
 「こんなものを見てしまうと駄目」とシェルター運営の寄付を仰いでいるパンフレットを見ながら奥さんが言った。その夫婦は嘗て住んでいた都会で捨て猫の世話をしていたらしい。牛窓に引っ越してきて、自分たちの住環境もとてもいいらしいが、野良猫にとってもいいと言っていた。危険な目にあったり、あわされたりすることが無いというのだ。猫の目線から判断するようなことは普通の人間はしないが、長年世話をしていたら自ずとそうなるのだろう。
 猫に対してまったく知識がない僕に、あるエピソードを教えてくれた。野良猫は勿論人間にはなつかなくて、下手をすると引っかかれてしまうのだが、愛情をかけてやると、段々と接近してきて、頭や体を撫でることが一度でも出来たら、後はすっかり身を任せて、すり寄ってきたり、仰向けに寝ころんでお腹を撫でさせたりするらしい。餌をやったり、避妊手術をしたりとなかなか出費も馬鹿にならないらしいが、それを止める気配は全くない。
 僕は猫の話を聞きながら、人間のことばかり考えていた。凶行に走る若者達のことを考えていた。幼い時に、思いきり大切にされた経験が少ないと、どうしても甘えベタになり孤立を深めていってしまう。そうした人があまりにも多いような気がする。愛され大切にされた経験がなければ、他人を愛したり大切になんて出来ない。見よう見まねの原体験がないのだから不可能だ。いつの日か、孤立が狂気に変質してしまわないかと気がかりだ。


2014年03月13日(Thu)▲ページの先頭へ
 平生から一度に沢山の湿布を買う人が、今日はいつもの倍下さいと言った。本人のではなく姑のものなのだが、月に一度は代理で取りに来る。7枚入りのものをいつもは20個買うから今日は40個だ。ただ、いつもの倍と言われるととんでもない数になるので、一応確かめた。すると間違いではなく、40個いるらしい。40個と言えば2万円を少し超えるのだが、これだけ湿布にお金を使うのは余程の痛みを抱えているのだろうと尋ねてみたら、膝が痛くて必需品らしい。
 会計をすませて帰っていった後、沢山湿布がいる人なんだなあと独り言みたいに言ったら、娘が消費税が上がるからまとめ買いしたのではないのと言った。消費税が上がることなど全く気にもしていなかったから、そうした行動に出る人が薬局にも来たことが意外だった。2万円の湿布代が3%上がれば600円の余分な出費だ。600円くらい何かを倹約すれば取り返せれると思うのだが、ありとあらゆるものを計画的に買って、寧ろ得を積み重ねていくのだろうか。
 漢方薬を標榜している僕としたら、湿布をまとめ買いするよりも、寧ろ膝関節炎を漢方薬で治させて欲しいと思うのだが、そう言った選択肢はない家らしい。膝の上から湿布を貼っていったいどのくらい痛みが軽減されるのか僕には分からないが、血流を盛んにし、腱を柔らかくしていった方がはるかに痛みも治まるし、生活の質も上がってくるだろう。湿布代に2万円も使うくらいなら漢方薬を飲んでみればいいのにと、少しばかり残念に思った。
 何の中身もないアホノミクスに踊らされ、金、金、金の嫌らしい時代が又来た。物、物、物の空虚な時代が来た。政治も医学も音楽も科学も嘘、嘘、嘘の罪深い時代が来た。・・・次は何だ!


2014年03月12日(Wed)▲ページの先頭へ
特技
 父の代からずっと通ってきてくれているその女性は、必ず毎週火曜日にやってくる。隣接している町の人里離れた藪の中に家がある(本人の弁)そうで、健康でないと暮らすのに不安なのだそうだ。健康が最低条件なのだ。だから僕が店頭に立って40年近く彼女が病気をして薬を出した記憶もないし、医者にかかったことも聞いたことがない。それでも当然体は衰えるから、最低限ではあるが熱心に衰えに抵抗する漢方薬を飲んでくれている。漢方薬だけではなく、来るたびに養生法やテレビで得た健康情報の解説を求められる。昨日やって来たときに、その健康への拘りよりももっと興味深い話を聞いた。
 5歳違いの妹は、急速に発展した町の中心部に住んでいる。牛窓に隣接するその町も長い間田圃が広がる長閑な町だったのだが、ここに来て、都市部を追われるように大型店がいくつも進出して、不揃いに勝手気ままに店舗を展開している。その煽りで妹が通っていた店舗が次から次へとシャッターを下ろし、買い物ついでの会話がなくなったのだそうだ。そしてその妹が「私は後10年は元気で生きられるような気がする」と言った姉の言葉にとても驚いたのだそうだ。実は妹は他人(主に商店主)と会話をする機会がめっきり減ってウツウツとしていて姉が心配しているのだが、5歳も年が下の妹が後10年も生きる自信がないらしいのだ。女性は「私は、ヤマト薬局に毎週やって来て色んな話が出来て幸せじゃ」と妹と比較して言ってくれた。職業柄お喋りに付き合うのは簡単で、仕事の延長くらいな感覚だが、その女性には僕の薬局は井戸端だったのだ。薬での貢献だけではなく、何気ない世間話が彼女を健康にしていたのかと教えられた。
 人里離れた所に住む素朴な田舎の一女性にとって、話を熱心に聞いてくれる存在は僕だけだったかもしれない。親切でもない、優しくもない、そんな僕が何故人の話を忍耐強く聞いてあげれるのか自分でも分からないが、ひょっとしたら数少ない僕の特技なのかもしれない。


2014年03月11日(Tue)▲ページの先頭へ
置き去り
 思わず笑ってしまったが、当事者も笑っているのだから構わないだろう。若干の後悔はあったみたいだが。
夕方、ある女性が消毒薬を買いに来た。指名してきたからそれを買って帰ってくれればそれでいいのだが、やはりそこは薬剤師、何に使うのかは最低限尋ねる。すると女性は「100円均一で消毒薬を買って傷につけたんじゃけど、気持ち悪いから消毒するんです」と答えた。消毒薬を消毒するってのはなかなか面白いネタで、薬局以外で発表できていたら、きっと大受けで人気者になっていただろう。残念ながら僕一人しか聞けなかったネタだが、考えさせられる内容も含んでいた。
 100円均一の店で、消毒薬なるものが売られているのだろうか。売る権利があるのだろうか。このところの、特権階級は影響を受けない規制緩和で何でもありになったが、薬を100円均一で売ることが出来るとはまだ聞いていない。どうもこの規制緩和は、政治屋が業界から集金するための道具のような気がして仕方ない。大企業が根こそぎ小さな商店を破壊していく最終手段のような気がする。いずれ商圏は更地になり、大企業が唯一存在するようになるだろう。弱いものの規制はますます強くなり、強いものに対してはますます野放しだ。意図は透けている。
 強いものを崇める風潮は本来動物が持っているもので仕方ないと思うが、そこまでやるかの段階に達している。とても人間扱いされていないレベルの人間でもあがめ奉っている。いや、それだからこそ崇め奉っているのだろうか。哀れとしか言いようがない。尊厳を置き去りに毎日が輝くのだろうかと問うてみたい。


2014年03月10日(Mon)▲ページの先頭へ
優先
 来月、かの国の女性3人が、3年間の仕事を終えて帰国する。その中の一人は甘え上手で、僕がかの国の女性全員を平等に接待するきっかけを作った女性と仲良しで、その恩恵で一番日本を堪能してもらえた女性だが、後の二人は四国フェリーと第九のコンサートと備中温羅太鼓のコンサートくらいしか楽しんでもらっていない。二人はなんとも思っていないらしいが、僕はかなり心残りなので秋から、帰国する直前に奈良への旅行を約束していた。奈良には学生としてきている親しいかの国の女性達が5人いるので、その上お互い面識がある人もいるので丁度良いと思って奈良行きを選択していた。
 当然という言い方がいいのかどうか分からないが、奈良の5人は苦学生で、学校と寝る時間以外はアルバイト漬けだ。激しい時は16時間連続で働いたりしている。勿論日曜日も働いていて、僕が奈良を訪ねるに当たっては恐らく時間を、いや疲労をやり繰りしているに違いない。それが証拠に数回連絡をくれ、都合の良い日をころころ変えた。ところが僕が行ける日が限られていて、その上連れていく3人も夜勤の連続だから、相対的に疲労が残らない日を選んで23日と決めた。奈良の5人にとっては一番都合が悪い日だったらしいが、僕は帰国する3人のための旅行だから、5人が揃う必要がないことを理由に23日を変更しなかった。広島の漢方講演会、横浜から来る姉夫婦と一緒に母を見舞うこと、僕の一番大切な漢方の勉強会と連続することも伝えた。すると2回に渡り奈良から「ごめんなさい、ごめんなさい」とまるで連呼するかのようなメールが届いた。理由は、奈良の5人が自分たちのことを優先して、僕の忙しさや「帰国する3人のための思い出作りの旅行」と言うことに想いを致さなかったことに対する懺悔の言葉だった。恐らく彼女たちは無理をして5人揃って僕達を迎えてくれるに違いない。相手のことを思いやる心が十分あることは僕には分かっている。それだからこそ、何度もごめんなさいを繰り返してくれたことが胸を打つ。
昨日、広島、神戸、京都など一人極端に想い出を作ってもらったその女性が突然「ごめんなさい」を繰り返し始めた。えらい「ごめんなさい」が流行っているんだと思ったが、理由は奈良に行けないと言うことだった。23日に日本にいる間に優しく温かく接してもらった神父の最後のミサがあるという理由で奈良に行かないと言うのだ。僕はそれはありうるしかまわないと思った。ところが彼女が行かないと言う理由で他の二人も行かないと言う。二人だけでもいいから行こうと誘っても、その女性が行かなければ行かない言う。ひつこく誘ってもがんとして首を縦に振らなかった。僕は3年間、ほとんど牛窓を出ずに過ごした二人こそ日本のよい想い出とともに帰国してもらいたかったので残念でたまらなかった。僕は数年間、数十人のかの国の人達の希望を叶えるためにかなり智恵を絞ってきたが、今回はいい智恵が浮かばなかった。一人を置いて奈良には行かないと言う友情の前で為す術がなかった。僕が一番尊敬している先生の講演会は絶対譲れないが、いや姉夫婦が最後となるかもしれない母との花見をお膳立てしているのにそれを邪魔することなどできないし、広島は医師の漢方の研究会だし・・・珍しく思案にくれていた。すると突然ある女性が大きな声で何かを喋った。日本語ではないから僕には分からなかったが、その後、行かないと言っていた女性が突然「オトウサン、ワタシ、イク、ゴメンナサイ」と予定を変えた。それこそ一瞬で考えが変わった。するとそれまでうつむいたままだった他の二人が笑顔を取り戻した。2人にとっては3人が一緒に行けることが楽しい旅を保証する全てだったのだ。
 僕はかの国の言葉は分からないが、一瞬にして考えを変えさせたその女性が言っただろうことは想像が付く。恐らく数ヶ月から、何人もの人が自分の都合を犠牲にしてもてなそうと計画してきたことを、その日急に得た情報で自分を最優先した翻意を戒めたのだと思う。意見したであろうその女性は、どこに連れて行ってもお寺を見つけたら喜び駆け寄り手を合わせる人で仏教の断食も必ず守るような人だ。その時の彼女の目は鋭くて知性に満ちていた。
 僕はしばしば人としての倫理が、神との約束によって踏みにじられるのを体験してきた。昨日の夕方繰り広げられた狭い寮での人間模様を、僕は何よりも優先したい。


2014年03月09日(Sun)▲ページの先頭へ
錦海湾牡蠣クルージング 2
 「来週、もう一回乗りに来たら笑われるかもしれんな」と照れて言うと、前島フェリーのスタッフが「大和さん、笑わんから乗りに来て」と言った。今日僕は2週続けて前島フェリーの錦海湾牡蠣クルージングに参加した。
 船上からのレポートは先週したから今日は省く。今日は帰りの船上で牡蠣の詰め放題についての印象を書く。そもそも今日の参加者は個人やカップル、若い家族連れが多かった。先週は大阪のママさんバレーの人達が大型バスで乗り付けていたから、さながら彼女たちの貸し切りの様相を呈していたが、今回は小さなグループがそれぞれに船の上で場所をキープしていた。
 案内があるとそれぞれが普段は車を載せる場所に降りてきて、ブルーシートの上に所狭しと並べられた殻付きの、それも海から上げられたばかりのものを、配られたビニール袋に詰め始めた。軍手とビニール袋を渡されるのだが、このビニール袋が意外と小さい。普段殻付きの牡蠣を手に取ったりしないから一見10数個でも入るのかなと思うが、意外や意外、20個は入ると思う。係りの人の説明によると上手に入れれば40個入ると言うが、どう見てもそれははったりに聞こえる。実際先週妻と二人で参加したときには、頑張って一人20個くらいだったと思う。
 今日僕は秘密兵器と一緒に参加した。かの国の若い女性4人、それも選び抜かれた詰め放題の精鋭部隊だ。彼女たちは、スタートの合図とともに戦う女性の表情に豹変し、精密に計算され尽くした無駄のない動きで、恐らく前島フェリーの言う限界(40個)まで詰めたと思う。あまりの凄さに日本人も見とれていたくらいだ。僕は自分で詰めるのを止めて袋を渡した。先ほど夕食で食べたが、息子と二人でやっとの思いで間完食出来るくらい多かった。
 参加者がしゃがみ込んで一所懸命袋詰めしているのを僕は立って見ていた。スタッフでもないのにまず人数を数え、一人一人の表情を見せてもらった。こうした何々し放題というのを経験したことがないので、多少僕など照れもあるのだが、まして地元の人間で牡蠣など珍しくもないから、出来るだけ多く持って帰るというのに抵抗があったが、ほとんど全員と言っていいほどとても熱心に袋に詰めていた。それで、その時、初めて分かったのだ。牡蠣という海の幸はとても愛されている食べ物なんだと。好きな人が多いのだと。僕は牛窓の魚介類が愛されることも嬉しかったが、参加者のすがすがしい表情がそれ以上に嬉しかった。そして風はまだ冷たいが、海の上を渡る澄んだ空気を一杯吸って、自然に包まれる瞬間を力まずに楽しんでいる人達の醸し出す柔らかな雰囲気を共有できたことが大きな収穫だった。
 来週は最期のクルージングで、本当なら「笑われても」参加したかったが、広島で漢方薬の勉強会がある。僕の代わりに参加してくださる方は・・・

錦海湾牡蠣クルージングと牡蠣の詰め放題
3月16日(日)
12時 牛窓港出港
牛窓県営桟橋(ファミリーマートすぐ南)
予約 問い合わせ 瀬戸内市緑の村公社 前島フェリー
TEL 0869−34−4356
FAX 0869−34−5231
http://www.maejima-island.info/


2014年03月08日(Sat)▲ページの先頭へ
評論家
 いわゆる鉄筋コンクリート建ての薬局なのだが、2階で大工さんが仕事をしているのが結構階下の薬局部分に響く。もっとも大工仕事だからものを打ちつける作業が多いのだろう、コンコンとかゴンゴンとかコツコツとかコトコトとかの心地よいリズムが多い。何故かそう言った音を嫌がる人はいない。好奇心が強い人は「直しているの?」と話題に出す。余所の普請でも興味深いのだろう。大袈裟なことは勿論していないのだが、「物置を造ってもらっているんです」と適当に答えておく。
 決して明るい性格とは言えない、寧ろ理屈っぽいお百姓が薬を取りに来た。漢方薬が出来るまで時間がかかったから例の音をしばらく聞いていた。会計がすんでから彼が言った。「2階を直してもらっているの?」と。そこまでは誰でも気がつくことだが彼はそこからが違った。「大工の○○さんが来てやっているんじゃないの?」これには驚いた。「どうしてそれが分かるの?」と尋ねると、「あのトントンというリズムは○○さんのものじゃ」もうこうなれば左甚五郎か右にならえの世界だ。「金槌をたたくリズムで誰のものか分かるの?」大工さん本人よりも、にわか大工評論家の方を尊敬し始めた。傍にいた僕の家族も話を興味深く聞いていた。ところが彼の期待以上に受けたのが心配になったのか「音で誰だか分かるもんか。駐車場に止めてある軽トラで○○さんと分かったんじゃ。うちも○○さんに直してもらったから、あの車をしょっちゅう見ていたんじゃ」と白状した。
 うっかり、大工評論家の弁を信じるところだったが、でもそれもないことはないなと言う感覚があったから、嘘でなかったらどれだけ素敵なことだろうと少し残念だった。嘘をバラされて残念がってはいけないが、無口で理屈っぽい人の渾身のジョークでしばし副交感神経の恩恵にあずからせてもらった。
 今度立て替える時は、2階の音が響いたりしない頑丈な、それこそ筋金入りの鉄筋コンクリートにしなければならない。それを建築業界では「鉄金」コンクリートと呼ぶらしい。


2014年03月07日(Fri)▲ページの先頭へ
果実
 彼女は電話で、職場でがす漏れが原因で人に迷惑をかけていると悩んでいた。陰口もたたかれているとも言っていた。仕事時間や休憩時間もいつもそのことが気になって、どちらも集中出来ていなかった。全ての行動や思考がそのことを中心に回り、どれだけ生活の質を落としていただろうかと想像に難くない。数日前に漢方薬の注文を受けたときに「おならが出そうになる時に一瞬過去のことを思い出すけれど、すぐ忘れます」と言っていた。数値で示せば、もう95%くらい改善していると思う。いやもう完治宣言してもいいと僕は思うが、本人はまだ長い過去のトラウマからそれはしないのだろう。でも1日の内で、何秒か頭を過ぎるだけだろうから、日常生活に対する影響は限りなく0に近い。
 10ヶ月間、電話で月に2回ずつ話をしたが、おとなしい性格のようには感じたが、彼女にはがす漏れを治し生活を立て直したいという強い意志があった。漢方薬を飲みさえすれば治るなんて安易な考えではなく、漢方薬を飲んで治すという意志があった。言葉で表せば似ているが実際はかなり違う。受け身と能動ではまったく行き着くところが違うのだ。果実は能動でしか得られない。
 治るから治すへの転換は、なにも過敏性腸症候群の人だけのものではない。食べれて、出せれて、眠れれば、後は如何に生活の質を立て直すかだ。その為に現代薬も漢方薬も存在する。目的は病気を治すことではなく、如何に内容の濃い、喜びに満ちた日々を暮らすかだ。与えられる偶然を待つのではなく、漢方薬を利用して質の良い日々を掴んで欲しい。


2014年03月06日(Thu)▲ページの先頭へ
天敵
 20年もほとんど同じ薬を飲んでいる老人が、薬を止めないといけないから先生に頼んで薬の量を少し減らしてもらったと言う。なるほど処方箋を見ると微妙に減っている。でも僕はそんな努力はもうしなくていいと感じている。だから当人に、「今更そんな努力をしなくてもいいのではないの。これだけ長年飲んできて、そんなに元気なんだから、今更副作用なんて考える必要はないよ。今の体調の良さを楽しめばいいんじゃない」と答えた。例によって数種類の安定剤を飲んでいる人だが、今まで何度も薬の量を減らすことに挑戦して、そのたびに返り討ちにあっている。若い時ならその努力は価値があるが、80をかなり回って今更そんな努力をする必要を感じない。それよりも以前のように又減量によるしっぺ返しで不調になり、身体中の不快症状を訴える方が辛かろう。これから先がない人が、これから先ばかりの人と同じことをする必要はない。
 この人もそうだが、長年病院通いしている人のほとんどは、僕に言わせれば元気な人達だ。薬を一杯飲んではいるが、買い物にも出かけ、美味しいものを食べ、コーヒーや酒を楽しみ、パチンコにも行き、旅行などは年中行事だ。暴飲暴食は日常で、スポーツもする。これで病人だから国の財政は破綻する。死に病や事故の後遺症、難病の人を除けば、後進国だったら元気な人だ。元気な人の不摂生に税金を湯水の如く注ぐのだから、若い人の将来の経済的な社会基盤が失われるのも無理はない。もうこうなれば若者の天敵は、マムシでもなければワシでもなく、ワニでもなくライオンでもなく年寄りだ。
 僕の先生が言われたように「食べれて、出せれて、眠れれば元気」しばしばこの言葉が必要な場面に最近出くわす。単純な言葉だが、僕らの職業にとっては奥深い言葉だ。


2014年03月05日(Wed)▲ページの先頭へ
階段
 「なんてことでしょう」ってナレーターのわざとらしい声がが流れるほどではない。処方箋の薬を取りに来た老大工さんに発作的に僕が頼んだくらいだから、計画性がない犯行で執行猶予が付きそうだ。今風の建物のように収納を重視して建てた家ではないから、収納場所が極端に少ない。だから家中が雑多で困っていた。ある日ふとリビングで上を見上げると、大きな空間が吹き抜けのまま残っていることに気がついた。そこを倉庫代わりにすればなんとか家中が片づくと、ビフォーアフターファンの僕としては学習の成果を発揮できる機会を作った。
 あそこに荷物を置ける空間を作ってとだけ依頼して、後は何もお願いしていない。日数も費用も聞かないし、向こうも確かめようともしない。ある日ふと完成して、ある日ふと請求が来るのだろう。時々材木屋さんが木を運んでくるが立派なものではないから、そして素朴な大工さんだから、不自然な請求はないものと・・・期待している。
 その大工さんが珍しく今日、僕の意向を尋ねに来た。それはロフト?屋根裏?物置?に上がる階段の数をいくつにしようかという相談だった。彼が高さから編み出した数は8段ということになったのだが、偶数になってもいいかと念を押されたのだ。僕は偶数でも奇数でも良いのだが、不思議な質問だったので理由を尋ねると、偶数は割り切れるから、嫌う人が多いらしいのだ。当然僕にとっては初耳で、迷信なんか全く気にしない僕にはいらぬ気配りだ。安全で使いよければ何段でもいいですからお任せしますと答えた。
 どの世界も外部のものにとっては奥深い価値観が埋もれているのだ。多くの物に接して人生を豊にするチャンスはいくらでもあっただろうに、パチンコ屋の喧騒の中で、喫茶店の薄暗い片隅で時間との消耗戦を挑んだ僕には何も残っていない。偶数で割り切れて何が悪いのかと思うが、今となっては浪費した時間の多さに割り切れぬ思いは残る。


2014年03月04日(Tue)▲ページの先頭へ
提言
 病院の処方箋を受けている身で言いにくいのだが・・・言う。言うだけでなくポップに書いてみんなの見えるところに置いている。現代医学から言えば逆賊だ。でもなんだか製薬会社の経済が医療の全てを誘導しているように見えるから、敢えて反発する。蜂の一刺しにもならないが、抵抗をしなければいけない時にはやはりしなければならない。言葉遊びかもしれないが「ならぬものはならぬ」日本人が長い間忘れてきたもの、そして苦手なものだ。
 病院の薬を渡すテーブルに元気で長生きの方法としていくつか提言しているが、その中の一つとして「コレステロールは少し高めに、男性は250から260が長生き」と書いた。もう20年くらい前にある勉強会に出席していたときに演者から聞いた内容だ。当時どこかの医学部の教授だったように思うが、その後本などでその持論を展開している。いわば出来たての理論を当時聞かせてもらったことになる。
 ことある毎にコレステロール値も血糖値も、なんでもが基準が下がってくる。下がれば当然患者が増える。昨日まで正常と言われていたのに、今日から病人にだってなりうる。いわば正常値が病人作り機になってしまう。自然な老いを認めずに意地でも病人にして過剰な治療を施し、経済行為の対象として、いつまでも死なせない環境が整備されているような気がしてならない。いわば順調に老いることを懸命に阻止しているのが今の医療制度だ。


2014年03月03日(Mon)▲ページの先頭へ
避難訓練
 昨日初めて地区の避難訓練に参加した。海辺の町だから地震による津波を想定したものだった。開始のサイレンも、東北であの日鳴り響いたものと同じだったから、訓練と言えども恐怖を少し覚えた。
 サイレンとともに集合場所になっている薬局の駐車場に人が集まってきた。区長から訓練に貸してくださいと頼まれたのだが、広い駐車場を手に入れていて良かったと少しばかり町に貢献出来たことで朝から気分が良かった。
 30人以上人が集まったのになかなか山に向かって出発しない。僕はウォーキングも兼ねての不純な動機による参加だから早く出発したかった。町のイベントに参加すると必ずご褒美にジュースやパンが出るから「先にジュースを飲んでおく?」と世話役に提案したのだが、今日は出ないらしい。そこへやっと責任者が自転車でやって来た。そして着くなりやおらポケットからタバコをとりだし一服し始めた。事前の予想では、と言うより以前の実績から言うと、訓練に数人でも出席してもらえれば十分と思っていた世話役が今日の多さに驚き喜んでいた。そして僕の所に近寄ってきて「70歳以上は足手まといになるから置いていこうか?」と提案してきた。そこで融通が利かない僕は「置いていったら何が起こるか分からないから、フェンスに縛り付けていこう」と模範解答をした。
 やっとの事で出発しようとしたとき、慌ててある男性がやってきた。模擬のサイレンが鳴ってから15分くらいはゆうに経っていると思う。恐らく足が少し不自由だからサイレンとともに避難を始めてやっと集合場所にたどり着いたのだろう。彼は山の中腹に住んでいて、これからみんなが避難訓練で目指す辺りと標高が同じくらいだ。「○○さん、死にに降りてきたようなものじゃが(死ぬために降りてきたようなものではないですか)家にじっとしていた方がいいんじゃない?」またもやここで僕の模範解答。低い方に逃げてきてどうするの。
 「板底一枚で命がけ」の漁師町の可愛くない避難訓練の実況中継。 


2014年03月02日(Sun)▲ページの先頭へ
錦海湾牡蠣クルージング
 迂闊だった。何十年も無駄にしたような気がした。これからでも遅くないかもしれないが、これからでは遅すぎる。
 前島フェリーには、10年に1回も乗ったことがない。どうしても出席しなければならない人の葬儀くらいなもので、住人でもない、島で釣りを楽しむでもない僕にとっては用途はない。ところが僕は大のフェリー好きだから、わざわざ玉野と高松間のフェリーに四国での漢方薬の研究会やかの国の女性達の接待などと言う理由をこじつけてしばしば乗る。
 前島フェリーが今日、1時間の遊覧を企画したのを知ったから、これを逃す手はない。前島フェリーは、本来前島の住民のための足だから、片道5分の運行を繰り返す。僕みたいに、ちょっとした船旅を楽しみたい人間にとってはなにぶん時間が短すぎる。それが丁度いい1時間の旅と言うことだから願ってもないことだ。虫明と言うところの沖で営まれている牡蠣の養殖を生で見学するという目的だが、僕には牛窓を海の側から1時間近く眺めることが出来ることの方が有り難かった。と言うのは、前島に渡る5分の間に見える風景でも、普段とは全く異なって見えることに感動するくらいだから、それ以上の発見があることが容易に想像できたからだ。
 案の定、景色は全く違っていた。いわば今までは絵画を裏から眺めていたようなものだった。僕は今日発見したのだ。牛窓は本来海から人がやってきて、又海から出ていった町ってことを。僕が郷土史でも書ける人間なら声高らかにこの発見を公表したいくらいだ。何故なら僕は驚いたのだ。牛窓にあるお寺、例えば山の中腹にある本蓮寺や東寺は、海からまっすぐに石段が上っているのだ。普段下を通っている道路から見たらそんなこと気付きもしなかったが、海から見るとそれは計算されているかの如く本堂へとまっすぐ続いていた。そしてお寺の建物も堂々として威厳を放ち、昔の海人達を守っていたのだろうと思った。
 お寺に引けをとらないのが、至るところにある神社だ。牛窓神社という山の頂にある神社は別格として、小さな町単位で小さな神社があり、海からいくつもの鳥居が見えた。そして僕が気がつかない間にそのほとんどがかなり整備されているように見えた。近い内に自転車で牛窓をくまなく回ってみようと思った。
 今でもそうかもしれないが、牛窓は日本のエーゲ海として売りだしている。でも僕は今日確信した。牛窓は古来より海とともに生きてきた町だ。嘗て朝鮮からの使節が立ち寄る町であったし、瀬戸内海の海運が盛んな頃は風待ちの港としても有名だった。牛窓は古く栄えた日本の港町でいいのだ。こんな小さな町に立派なお寺が6つもあり、至るところに神社がある信仰の町なのだ。「板きれ1枚下が地獄」(船で働くこと)で働いてきた人間の恐怖を仏や神に護られてきた町なのだ。
 僕は今日の感動をとても言葉では表現できない。僕の文章力で僕が見た光景を伝えることは出来ない。そこであらかじめ妻に頼んで写真を撮ってもらった。ただ撮ってもらったはいいがそれを見て頂く手段がない。フェリーの楽しいイベントの他に牛窓で個々に頑張っている人達の情報を一つに集めたようなものが出来ないかと今日船上で強く思った。取材と編集、僕の一番苦手とするところだが、誰かその分野に秀でている人がいたら是非作って欲しい。

錦海湾牡蠣クルージングと牡蠣の詰め放題
3月8日(土) 3月9日(日) 3月16日(日)
12時 牛窓港出港
牛窓県営桟橋(ファミリーマートすぐ南)
予約 問い合わせ 瀬戸内市緑の村公社 前島フェリー
TEL 0869−34−4356
FAX 0869−34−5231
http://www.maejima-island.info/


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