栄町ヤマト薬局 - 2014/01

漢方薬局の日常の出来事




2014年01月31日(Fri)▲ページの先頭へ
1秒
 1秒で急ブレーキがかかってしまった。僕にとってはいつもの良くある風景だが。
見るからに芸術家という風貌をしている。髭ぼうぼうだから見方によっては胡散臭く見えるが、僕は素性を知っているから後者の見方はしない。
彼に僕の薬局の2階を作業所?工房に使わせてくれないかと頼まれた。以前僕の友人が喫茶店をしていたのも知っているから、空いていることは分かっていたのだろう。どんな作品を作っているのか尋ねたことがなかったからいい機会だと思って作品を見せてもらった。その作品を作り販売する工房を牛窓の主要道の路面でやりたいのだそうだ。今まで牛窓の山奥?にこもるが如く暮らしていたのだが、何を思ったか我が身と作品を人目に触れさせたいらしい。作品も経済に支えられなければ意味がないので僕も当然だと思った。そして同じように牛窓に移り住んでいる芸術家?職人?が結構いて作品を展示するところを欲しがっていると言った。
 彼の話を聞いているうちに、「よし、そう言った場所を作ろう」と思い始めた。そして彼が帰る頃にはもうイメージが出来上がっていた。駐車場にログハウスを建て、2週間毎漢方薬を取りに来ているパン職人の女性に独立してもらい、カフェとパン屋を併設し、店内に作品を展示する場所を作り、2週間毎に作品をローテーションする。考えただけでもワクワクし、その後数時間インターネットでパン屋さんの開業について調べまくった。経済的にそんなに大きな報酬を得る職業ではないかもしれないが、好きという要因が大きな位置を占める職業らしい。
 よそから来た人も、土着の人も、美味しいパンを食べコーヒーを飲みながら楽しい時間を共有してもらえれば・・・などと夢想に・・・いや、やる気満々で考えを練り上げて妻に構想を伝えると「お金はどこにあるん?」、娘に伝えると「コンセプトが無い。そんなカフェ、どこにでもある」さっきまで高揚していた僕の気持ちが1秒で萎えた。


2014年01月30日(Thu)▲ページの先頭へ
 「よく見る光景だけど、ペットに芸をしつけているんじゃないんだから」笑いながらそう僕は答えた。
 又新しい介護の極意を教えてもらった。牛窓の火事で亡くなった方の様子を教えてあげたら、彼もやはり火の元が一番心配らしくて、ガスも灯油も一切使っていないらしい。全て電気器具でまかなっているのだが、ただ電気だから火事を出さないと言うこともないので、使い方を丁寧に痴呆の母親に教えているらしい。使い方と言うよりも使わない方と言ったほいうがいいのかもしれないが。
 例えばストーブなども自分で点けて暖をとろうとするらしいのだが、出かけて不在になる彼にとっては心配だ。寧ろ暖を電気ストーブでとってもらわない方がいい。だから出かけるときには、布団の中にくるまって暖かくして寝ていてもらった方がいいのだ。そこで彼は、自分が布団に入って暖まる格好を実演して、その真似を母親にしてもらうらしい。そして母親が布団にくるまり、同じような格好が出来たらおもむろにポケットからあめ玉を一つとりだし、お母さんの口に入れてあげるらしいのだ。その様子を身振り手ぶりで教えてくれるが、お母さんが犬か猫、いや猿か馬か・・・・いや何でもいい、餌が欲しくて芸をする動物に見えた。彼は毎日10個くらいあめ玉をポケットに入れているらしいが、毎日補充しているとのことだった。 何かが出来る度に大きな声で褒めてあげてあめ玉を一つ口の中に入れる。彼も僕と年齢が近く、母親同士も年齢が近いせいで、他人事には思えない。まるで幼子のようにあめ玉をもらっているだろう姿が母と重なり悲しくなる。僕達は大声で笑いながら話すが、本当はやるせなさをお互い隠したがっているのかもしれない。


2014年01月29日(Wed)▲ページの先頭へ
春風亭昇太
 糖尿病や耐糖能障害例では運動療法が推奨されているが、本研究は「運動療法が心血管イベントを減少させる」というエビデンスを世界規模のコホート研究で実証した点で価値がある。NAVIGATOR試験は、高リスクの耐糖能障害例において、1)インスリン分泌促進薬であるメチグリニド系血糖降下薬ナテグリニド と、2)ARBバルサンタン が各々心血管イベントを抑制するか否かを検討した2×2の介入試験であり、いずれの薬物も心血管合併症を抑制するという結果をもたらさなかった。しかし本研究では、日常活動度と心血管イベントの発症との関連を観察するという検討も行っており、これはその成果である。
万歩計での歩数が2,000歩上がるにつれて心血管合併症発症率は10%づつ減少し、1年の間に運動量が減少すると心血管イベントは増加、逆に運動量が増えるとイベントは減少するという負の相関を示した。

 それじゃ駄目じゃん、春風亭昇太ではないが、やはり「それじゃあ駄目じゃん」
 処方箋でしばしば見かける代表的な糖尿の薬と高血圧の薬が、心筋梗塞その他、心血管系の病気の合併症を抑制できないそうだ。むしろウォーキングの方が確実に危険を減らすことが出来るというのだから、「ブルータスおまえもか」だ。このところ医療用の薬も、ポリグリップに成り下がったようで、しばしばテレビで患者の開拓にいそしんでいる。ほとんど形を変えた脅迫ではないかというような内容の宣伝をしている。ウツのコマーシャルで日本中でウツ病患者が増えたし、逆流性食道炎のコマーシャルで胃酸が出ているのかというような老人までが逆流性食道炎になった。どうも日本人は薬の消費者、いや産廃業者に成り下がったようで、あたかも健康が薬を飲めばて手に入るかのような錯覚を植え付けられている。本人のためではなく、医療従事者や製薬会社の為にせっせと病気を作り薬を飲んでいる。
 何千億円売り上げている薬か知らないが、ただで出来るウォーキングに勝てないようでは価値がない。その価値がないものに何千億円?「それじゃあ駄目じゃん」。


2014年01月28日(Tue)▲ページの先頭へ
黒煙
 山の峰の向こうから黒煙がもくもくと上がり、消防自動車が薬局の前を勢いよく通り過ぎた。何となく僕にはその火元の家が分かった。あのお家でなければいいのにと思ったがやはり当たっていた。
 実は昨日その家に妻が薬を届けた。主はストーブをつけっぱなしで出かけていたから危ないなと感じたらしい。主の帰りを待ってやんわりと注意を促したらしいが、結果は今日の通りだ。
 妻にも僕にも頭をよぎることがあった。少し前の母とその家の主が重なっていたからだ。母にも火の管理が出来なくなるときが必ず来るからと、随分前からガスや油は使えないようにしていた。それでも何かの不始末を起こしかねないと心配はしていた。痴呆が始まってもいざ家族の前では結構しっかり振る舞えるもので、僕はまだ大丈夫だろうとたかをくくっていたが、母の近所の世話役の方が、母の日常のレベルを教えてくれた。それで引き取る決心をしたのだが、今日の出来事を見て、その役員の方に感謝の念が再び蘇った。言いにくかっただろうに、本当に良い助言をしてくれた。あの助言がなければ、謝っても許してもらえないような迷惑を地域にかけていたかもしれない。
 判断力をかなり失いかけていたあの主が、その現場を見てどう思うのだろうと不憫でならない。立派な肩書きを持ってかくしゃくとしていた頃から知っているから、そして衰え方をつぶさに見ていたから、現場で気弱にたたずむ姿を想像したら、そして後ろ指でもさされていたら哀れで仕方ない。いっそのこと完全にあの領域に入っていたらどれだけ救われるだろうかと考えたりもした。
 老いることの残酷さを思い知らされた今日の出来事だった。 


2014年01月27日(Mon)▲ページの先頭へ
犠牲
 2週連続で、かの国の若い男性達と過ごしたので、この国の多くの中小企業が、安い労働力として大いに重宝していることが良く分かった。数年付き合っている若いかの国の女の子達が、牛窓にも工場を持つ結構大きな会社に勤めているのとはうって変わって、下手をしたら僕の薬局くらいの規模の工場ではないかというような規模の所ばかりだった。仕事の内容は自ずと、きつくてなんとやらのお決まりの3Kだが、国民性なのか、彼らは結構明るくて、聡明そうで、誠実さがはみかみの中に醸し出される。
 僕が薬局をやっているってことが分かって、2人の男性がそれぞれの医療に関するエピソードを語ってくれた。一人は虫歯で歯医者さんに行ったら結局、2万円以上とられたと言っていた。一度に治してくれずに少しずつ治してくれたと言っていたが、その少しずつと2万円以上が彼にとっては驚きだったようだ。「オトウサン タカイデスネ」が彼の印象だ。もう1人の男性は、「チョット アタマイタイデスネ ビョウインイキマシタネ カミモッテ クスリモライマシタネ タカイデスネ」と言った。要は頭痛がしたから病院に行って診てもらい、処方せんを持って調剤薬局に行ったのだが、2回料金を払いその都度高く感じたのだろう。かの国が医薬分業になっているのかどうか知らないが、頭痛ごときで2箇所も回り、その都度お金を払うのはこたえるだろう。
 今度調子が悪ければ僕に連絡するように言った。僕はかの国の子達には、是非沢山のお金を国に持って帰って欲しいから、薬代はもらわないようにしている。元々、外国で働こうと言うくらいな人達ばかりだから元気なのだ。だから1服で治ったりする。値段を付けようがなくて面倒になってお金をもらわないようにしたという側面もあるのだが。
 ビニール袋に入りきらないくらい薬を持って帰る老人が、保険で1000円未満の支払いだったりするからしわ寄せを受けて、かの国の、いや日本の国の若者も、「タカイデスネ」になってしまう。老化を病気にして国からお金を巻き上げようとする製薬企業の犠牲に、東南アジアからの若い助っ人達もなっている。


2014年01月26日(Sun)▲ページの先頭へ
最上級
 又、居眠りをしていたなどと言うとそこの場所に一番似つかわしくない輩に文章を消されるかもしれない。低レベルの検閲に甘んじるほど、僕は時間をもてあましてはいない。
 毎日緊張状態で11時間働いている。せめて日曜日くらい緊張から解き放たれたいと思うが、平日緊張もしていない人達の束の間の力みに付き合うことは出来ない。中庸を重んじる医学をもっぱらとする僕には脱力こそが最高の養生なのだ。
 祈る場所で許されるのは今日のような歌だけだと僕はずっと思っていた。案の定、洗練はされていないが、歌い手の純情が前面に出て、喜びのうちに歌う姿は居眠りを誘う程、僕のアルファ波を引き出してリラックスさせてくれた。年末に第九を聴きに行ったとき、指揮者が言っていた。眠ってくださいと。闘争心をなくし、完全に無防備になるほど人を安らかにすることが出来たとしたら、それはやはり音楽の勝利だ。第九のように洗練された音楽家達の作品ではないが、ハーモニーは聴いていてとても心地よかった。平生のミサでみんなで唱える言葉が、音楽に生まれ変わった姿を聴くことが出来たのは、とても興味深かった。
 歌っている中の一人のおばちゃんの表情が、一際目立って良かった。笑顔が、それも決して作為的ではなく常にこぼれ続けながら歌っている人がいた。一皮むいても二皮むいてもきっと同じ笑顔が出てくるに違いない。胡散臭い人間ばかりが増えてきて、その体臭に嘔吐しそうな今日この頃、その対角線上で生きる人達の小さくてか弱い、それでいて希望に溢れた最上級の笑顔だった。


2014年01月25日(Sat)▲ページの先頭へ
 個性と言えばそれまでだが、なかなか面白い眼をしている。全くの素人なのに何処でどう観察したのか、発表の場があれば提供したいくらいだ。もっとも、そんな観察力に驚いて感激するのは僕くらいなものだから、3畳ほどの発表の場が確保されれば十分だ。
 現代人の、それも若者の足が大きくなっているというのが彼女の研究成果だ。手で自分の目の辺りを示しながら「これくらいの背の人だって、足はこんなに大きいんですよ。なんちゅう足の大きさなんや、言いたくなりますわ。私なんかサイズが23.5なのに、27cmなんてざらですよ」と目を輝かせて言うから説得力がある。
 そうしてみると、生きるとか生活するとかが、カメラの3脚をどこに置くかで、なかなか興味深いものになる。他人様を良い意味で観察して、人生を何倍にも豊にすることが出来る。一人の頭や体で得られるものなどしれているから、他人様を利用しない手はない。良いところを出来るだけ多く見て、頂いてしまえばいいのだ。
 若いお母さんの目の輝きを見ながら、こうした人達が僕らの世代と同じように、戦争を知らない稀な世代でいてくれたらと思う。我が子を殺し殺されるところに送らない稀な世代であって欲しいと思う。


2014年01月24日(Fri)▲ページの先頭へ
イ行
 あー、じれったい。うー、じれったい。えーい、じれったい。おー、じれったい。イ行がなくても、兎に角じれったい。だけどじっと我慢の子。暗黙の了解は守る。
 うぬぼれではなくて、漢方薬ならもっと楽にさせてあげられる、ひょっとしたら治してあげれると思う人が、熱心に病院の処方せんを持ってくる。ところが来るたびに薬の名前が変わっている。医師が手を尽くしているのだろうが、思うほど薬に反応していない。試行錯誤が処方箋からにじみ出る。
 ウツの薬が入れ替わり立ち替わり処方されるから、その分野で困っている患者なのだろうが、どうも僕にはウツのようには見えない。病院で医師と対峙した時に、その人がどのような様子を見せるのか分からないが、少なくとも僕の薬局にいる間は、極めて正常だ。少しイラだが、何十年も前からその様な人だった。日常的な話題を少し楽しんで帰っていくのだが、何ら不都合は見あたらない。性格そのもののような気がするのだが、診察室では病人に見えるのだろうか。どこをどう治してもらいたくて通院しているのか、僕には分からない。
 こんな時に具体的に処方を提示できるのが本当の分業なのだろうが、まずそんなことが出来る関係を作っているような薬局は少ないだろう。僕なんてそんなこと全く禁句にしているから分業の風上にも置けない薬局の代表だ。病院派、薬局派と僕の薬局を利用してくれる人は完全に別れているから、薬局派の人には昔からのなあなあの関係で全てが回っていくし、病院派のに人は薬を間違いなく渡すことに専念しているから、処方提示どころか養生の一つも言えない。
 ある消化器系の漢方薬を息子に教えたら「あれは、よく効くなあ」と言っていたが、実際にしばしば利用しているみたいだ。例の患者さんも一言声をかけてくれれば息子と同じ言葉をかけてもらえるのにと「いやー、じれったい」
イ行もあった。


2014年01月23日(Thu)▲ページの先頭へ
靴底
 「厚生労働省は17日、重い生理痛の治療薬として処方される低用量ピル「ヤーズ配合錠」(バイエル薬品)について、2010年11月の販売以降、副作用とみられる血栓症で3人が死亡したと発表した。最初に報告があったのは昨年6月。20代女性の脳に血栓ができ、薬を飲み始めて13日後に死亡した。2人目は死亡後に肺に血栓が見つかった10代前半女性で、今月には肺と足の血栓症による40代女性の死亡が報告された。低用量ピルは生理痛の治療や避妊目的で利用者が増加。ピルは血栓が起こるリスクを3〜5倍引き上げるとされ、厚労省によると、ヤーズ以外のピルでも04年以降、因果関係が不明なものも含め10人の死亡が報告されている」
 10代、20代と言えばまだまだ人生を謳歌していない助走期間だ。まだ飛び上がっていない人が、眼下の景色を見ることなく急に亡くなる。40代の人だって、まだまだ山登りの途中だ。山頂からの景色を知らずにこれ又予期せぬ死を迎える。薬を研究し、薬を製造し、薬を処方し、薬を飲んだ。どこにも悪意は存在しないのに命を失う。世の中には、社会には、人生には不条理が大きな口を開けて待っている。
 「歯がゆいでしょう」僕が皆さんと話をしているときによく使う言葉だ。意図しているわけではないが、相談者の表情を見ていると自然に沸いてくる。体調の不愉快さにみんな耐えているが、どうして私がと思ってしまう。その思いが顔に出て僕にあんな言葉を選ばせる。痛み、倦怠、痒み、消化器系、呼吸器系・・・どんな症状でも何故私がと思ってしまう。つい思ってしまうのだ。その極めて人間的な感情を僕は症状を消すことによってとってあげたい。そう思うことを否定するのではなく、原因をとってあげたい。懸命に精神を崩さないように強く明るく振る舞ってしまう人達の歯がゆさをとってあげたい。医師ではないから命は救えないが、日常の歯がゆさ程度なら軽減してあげれる。庶民の歯がゆさを靴底で踏みにじるような今の政治屋のように無知で残酷にはなれない。


2014年01月22日(Wed)▲ページの先頭へ
寸止め
 「寸止めってご存じですか?」と尋ねられたが、目の前で空手の型を繰り広げた後だから素人の僕でも想像が付く。それにしてもさすが若いときにやっていたとあって、手の動きは結構早かったし、格好がそもそも良かった。恐らく僕より数歳しか若くないはずだが、型にはまった動きは目を見張るものがあった。
なんで薬局の中で、それも漢方薬を取りに来ただけの人が空手の格好をするのかと言えば、介護している母親の話になってからだ。母親は次第に痴呆が始まっていて、彼もなかなか苦労しているが、時に忍耐の限界を越え始めてきたらしい。「ボケ、カス!と言いながら、突きを入れたり、蹴りを入れたりするんですわ」と笑いながら言う。「我慢できん時があるんですわ、悪い人間でしょうかね」とも言う。言葉と動作がとても面白く僕は笑いをこらえることが出来なかった。
 「オタクは、岡山県で一番介護を立派にこなしている男性だわ」と僕は彼が来るたびに褒める。突きでも頭突きでも蹴りでもいい、何をやってもいいと思う。下の世話を一人でしていて、その奮闘振りを具体的に話してくれる。下着をあげたり降ろしたりしているときにおしっこのシャワーは珍しくないし、浣腸で出してあげたものが目の前に降ってきたりする。排便の度にお尻を拭いてあげる。夜は寝付くまでベッドの傍にいてあげる。こうして印象に残った出来事は寧ろ彼の介護生活の一部でしかないのだろう、もっともっと尽くしていることは、彼が母親のために取りに来る漢方薬の要望で想像が付く。どんな些細な不調でもとってあげようと、遠くからやってくるのだから。だから彼がふざけて空手の真似をしても構わないのだ。そうすることで二人で笑いあえば、一瞬でも彼の交換神経が落ち着く。亢進し続けている交換神経を沈めてあげないと、彼自身が本当に参ってしまい「寸止め」ではきかなくなる。


2014年01月21日(Tue)▲ページの先頭へ
新幹線
 「新幹線に乗れた」初めてのお使いではない。田舎の人の話でもない。後進国から来たいわゆる研修生の話ではない。れっきとした若い日本人女性で、おまけにかなり優秀な人で、ひょっとしたら将来大学の先生にでもなるかもしれない人だ。(それは僕の希望かもしれないが)そう言うと本人も否定しなかった。研究者か高校の先生くらいなら確実になれるだろう。そんな彼女が体調を報告してくれたときの言葉なのだ。
過敏性腸症候群の人にとって、新幹線に乗ることは高い壁なのだ。そうでない人にとってはなんでもないこと、いやむしろ楽しみなことなのだが、彼ら、彼女らにとってはなかなか越えることが出来ない壁なのだ。実際僕の漢方薬を飲んでくれた850人くらいの過敏性腸症候群の方の中で、新幹線には乗れないと言っていた人は結構いる。それが治るにしたがって、座席に腰掛けて旅行をしたなどと報告してくれる。敢えてそんなことを教えてくれること自体が、高い壁だったことを余計伺わせる。
 人にはそれぞれ立ちはだかる壁があり、多くは青春期に遭遇し、ある人は克服し、ある人は一生それと付き合う。僕の仕事はその壁を克服することを手伝うことだが、体調はもとより心の持ち方まで及ぶから、自然の力を借りることなくして目的を達することなど到底出来ない。職業柄漢方薬を大いに利用させて貰っているが、自然はそれだけではない。空気も水も食べ物も、又空も海も川も草原も、田畑までも利用し、笑うことも泣くことも怒ることも、尊敬することも軽蔑することも、人の心の自然な営みとして利用している。心?の病気は不自然の中ではなかなか克服できないし、不自然な心では克服は出来ない。分不相応の仮の姿で治るはずがない。強さも弱さもほどほどの軟体動物でいい。鋼のような精神や肉体は、ポキッと折れてしまう。折れるよりは撓(しな)りながら、生きていきたいものだ。


2014年01月20日(Mon)▲ページの先頭へ
自問自答
 娘の高校入試のために車で朝送っているときに、フロントガラスの正面の空高く、鳥がVの字を形作って集団で飛んでいるのを見た。大切な日にまるで祝福されているかのような光景に、根拠もなく娘の合格を確信した。案の定娘はその高校に合格したが、以来僕にとっては、集団でV字飛行をする鳥たちは幸運の印のようになった。
 その光景を昨日の朝、いつものテニスコートのウォーキング中に見た。一体どんなに幸せなことが起こるのだろうと勝手な想像を働かせていたが、結局は何も起こらなかった。と言うより寧ろショックで落ち込むような報告が夜メールで入っていた。
 ある方が亡くなったという連絡だったのだが、漢方薬を頼まれてまだ数日しかたっていなかった。随分前にその症状で質問されたような記憶もあるが、頼まれたわけではなかった。ところがかなり症状が悪化されたみたいで、今回はハッキリと依頼された。薬が役に立つ前に亡くなくなってしまわれたが、果たしてどの時点で依頼されていれば少しは役に立てたのだろうと、昨夜は自問を繰り返すばかりだった。その病気をかなり専門的にやっていた息子に数日前に聞くと、かなり悲観的な指摘をした。専門家には分かるのだろうが、こちらにはそれを判断することは出来ない。よかれと思い手伝っても、奇蹟としかいいようもない確率でしか期待できないものに挑戦していたのかもしれない。
 どんな病気でも、診察をする医者と情報を交換しながらお世話できたら、治癒の確率も上がるし、無益な負担を強いることをしないですむことを昨日は知った。
 漢方に興味を持って通ってきてくれる薬剤師さんの親族の方の不幸にお役に立てずに、彼女の漢方に対する信頼を下げてしまったかなと、これも又、自問自答の大きなテーマだった。 


2014年01月19日(Sun)▲ページの先頭へ
 たったそれだけでこんなに喜んでもらえるんだと、逆の立場だったら何に当てはまるのだろうと考えてみた。
 岡山教会に県北の方から礼拝に来た人がいたのだろうか、僕の車を止めた傍にうっすらと雪が屋根に積もった車が駐車していた。それを見つけたかの国の子達は一斉に歓声を上げ、人の車ってことはお構いなしに、屋根や窓枠から雪を集めては、お互いに投げ合ったり、花吹雪のように高く投げたりしていた。50年ぶりにかの国で雪が降ったとニュースが先日伝えていたが、20代の子達だから当然見たことはない。次の50年を母国で待てば、彼女たちは70歳を過ぎることになる。その年齢で雪を見ても感動は少ないだろう。犬は喜び庭駆け回る年齢でないと、どんな事象に対してもクールになってしまう。
 こんなに単純な物でここまで喜ぶことが出来るものって一体僕にとっては何なのだろう。牛窓に帰って来てからほとんど仕事しかしていないから、珍しいものだらけのはずなのに、経験していないことはイメージできない。またテレビなどの情報でほとんどのものは疑似体験しているから、なかなか歓声を上げるほどのものが思いつかない。
 雪道などは走ったこともないから、彼女たちを県北の雪景色に案内するのは僕には出来ない。今日の感動振りを息子に話したら、彼が連れて行ってくれるそうだ。あれだけで、あれだけの感激振りだったら、膝が埋まるような雪景色だったらどれだけ感激してくれるのだろう。恐らく想像以上の感激振りに感激する僕が雪の中にいるだろう。


2014年01月18日(Sat)▲ページの先頭へ
前提
 漢方薬を送っている青年の中で数人がすでに進学先を決めたのだが、喜びにひたすら浸り遊びほうけているのかと思いきや、不安感の方が優勢な人が中にいるので、僕のあの頃を少しだけ紹介する。もう何度も書いた記憶があるので、ほとんど箇条書き程度で書いてみる。

 入学後すぐ野球部に入ったが、1年でやめた。クラブ活動には真面目に参加していたが、クラブが始まる3時頃まではすることがなかったから?一応授業には出ていたかもしれない。問題は野球部を辞めた冬からだ。
 ほぼ毎日、お昼前に目が覚めて、おもむろに学校の食堂に直行し、120円で定食を食べる。気が向けば午後の授業の冒頭に出て、出欠をとる教授に返事だけしておき、教室の後ろからそっと抜け出し、又学食に戻り、同じように抜け出した奴らとお喋りをする。その後バスに乗って繁華街(柳が瀬)に出かけ、喫茶店でコーヒーを飲みながら、思想書を読む。夕方になるとパチンコ屋にしけ込み、最終のバスに間に合うように打ち上げてアパートに帰る。アパートに帰ると、みんなで集まってたわいもないお喋りをし、夜も深まる頃から麻雀を夜明けまでする。
 これが入学後9ヶ月頃からの僕の規則正しい?生活だ。当時僕の大学は薬大としてはそこそこの偏差値だったが、こんな学生がうじょうじょいた。薬大に行ったのに、薬の勉強はほとんどしなくて、思想書ばかり読んでいた。でもそれが結局はその後大いに役に立った。今不安に思っている人には、あまり前提をつけない生き方を勧める。望んだこととは何故かどの時点でも逆の方ばかり進んで来たが、結局は分相応の所に収まっていたことに今は気づいている。進学しても「今まで」がそのまま繰り返されるようなことはない。思いもかけぬ事に遭遇して、どんな展開が待っているか分からない。そのハプニングを楽しむことが出来るのは若い内だ。変わらないことで精一杯の僕達と違って、変わることで開ける青春期を思う存分スリリングに楽しんでほしい。


2014年01月17日(Fri)▲ページの先頭へ
深層
 僕が学生の頃は、丁度かの国がアメリカと戦っていて、国内の大学でもかの国の侵略に対する反対運動が起こっていた。あまり理解できないまま、それでも標準的な理解と義憤で僕も一連のうねりの末席を汚していた。
 当時同世代のかの国の人達は武器を持って圧倒的な力を誇るアメリカと戦っていたのだ。そしてその世代の子や孫が、皮肉にもアメリカに追従していた日本に働きに来ている。痛めつけられた国におべっかを使う卑屈さは、日本がすでに手本を示していて、誇りも尊厳も感じられない・・・が、腹を割って話せば、思いをじっと秘めている子もいる。
 この子は日本の大学に留学生としてきているから、かなり日本語を話せて、微妙な言い回しも理解できる。彼女が教えてくれたのだが、彼女のおじいさんは○○○○戦争を兵士として戦ったのだそうだが、現在のかの国の政府を嘆いているのだそうだ。アメリカと戦っているときは、かの国のリーダー達は立派だったが、勝利した後は変わってしまったと嘆いているのだそうだ。
 恐らく多くの国を愛する青年達の命と引き替えで得た独立を、その後の支配者と称せられる人間達が欲望の手段に変えたのだろう。どこの国でもいつの時代でも延々と繰り返される大罪だ。ただそれを暴き罰するのに気の遠くなるほどの時間を要し、結局は罰せられるべき人間がまっとうな最期を迎えてしまう。
 かの国では戦いで勝ち取ったはずの自由がなく、この国では負けて与えられた自由があり、そんな似て非なるものの両方を見ているその子達が、心の深層に何を大切に秘めているのか、少しだけでも覗かせて欲しい。


2014年01月16日(Thu)▲ページの先頭へ
汚言症
 ○○症候群は小児の約100人に1人が罹患し、通常は幼少期に発症する。青年期になると脳の構造や機能の変化により患者の約3人に1人はチックが消失し、3人に1人はチックの制御に改善がみられる。しかし、残りの3分の1はチックがほとんどあるいはまったく改善せず、成人になっても持続するという。チックは咳払いやまばたきがよくみられるが、患者によっては同じ言葉を繰り返す、身体を回旋させる、まれに下品な言葉を口走る汚言症[おげんしょう]などの症状があり・・・・・
 ○○症候群と言う言葉も初めてだったが、汚言症[おげんしょう]と言う言葉も初耳だ。汚言症なるものは○○症候群に特有ではない。テレビを見ていたらその症状の人間ばかりのように思えてくる。先日も元首相が都知事に出るという映像の後、辛いか甘いか知らないがそんな字が名前に付く大臣が得意顔で「殿 ご乱心」と言っていた。そんなコメントしかできない政治屋が、PTAかなにか貿易に関する交渉の前面に立っているというのだから、空恐ろしい。どんな人間の手先か知らないが、結果は所詮庶民泣かせだ。 
 やたら近隣諸国の嫌悪を煽る週刊誌もその汚言症の重症患者だ。売れるから汚い言葉を使う。もし単純に煽られた人間達が何かの罪を犯したら共犯で断罪されるのだろうか。経済のためならどんな汚いことでもする会社が、ますますはびこる。悪意に善良が無意識のうちに従う、そんな時代が来て悔しがってももう間に合わない。家族や財産を奪われ、やっと気がつく。そんな道連れは御免だ。


2014年01月15日(Wed)▲ページの先頭へ
違和感
 出来れば一年前に結果を教えていて欲しかった。病院の処方せんを持ってくる方の多くは、薬局では買い物をしない。病院のシステムだから仕方なく処方せんを持ってきているだけだ。再び病院の中で薬がもらえるようになると、一体どのくらいの人が歩留まりするだろう。1割でも残れば大したものだ。
 丁度1年前、風邪をこじらせたのだろう彼は処方箋の薬が出来るまで、兎に角咳続けていた。医院で書かれた処方箋を数日毎持ってきたのだが、結局1月近く通って来たと思う。その間症状が進んで、薬局にいる僅かな時間にも100回やそこら咳いていたのではないかと思われる。居合わせた人もかなりいやだったのではないか。彼は薬を待つ間に、僕の薬局の本来のファン達の行動を見ていたに違いない。彼にとっては不思議な光景、色々な病気の人がやってきて、それぞれに適した薬を持って帰る、そんな光景を何度も見たはずだ。1ヶ月も苦しんだあげく彼はやっと僕に漢方薬を作ってと言った。処方箋の患者さんは、医師が治療しているのだから薬局が何か他の治療法を提案したりは出来ない。もしそんなことをしたら紳士協定に反する醜い行為だ。だから気の毒にと思いながらも僕は知らん顔をしていた。
僕は1ヶ月の間、彼の咳を聞いていたから、対処方法も処方もすっかりイメージできていた。だから1ヶ月咳いている人に、地元と言うこともあって3日分だけ漢方薬を作って飲んでもらった。すると4日目に来たときに「少しはいい」と言った。少しはいいでは気の毒だから、2回目は工夫したものを4日分作った。ところがその後音沙汰がなかったのだ。そして1年が過ぎた。
 数日前、1年ぶりにまたもや風邪の処方せんを持ってやって来た。娘が薬を作っている間、僕は昨年治してあげることが出来なかったことを詫びるつもりで「去年の咳は結局どうなったの?」と尋ねた、すると彼は笑いながら「2回目の薬を飲み終えた頃完全に治ったんですわ」と言った。彼の症状にあわせて漢方薬を作ったのだけれど、あまりに症状が激しかったのでやはり効かなかったのかと思っていたのが、効いたと言われて嬉しかった。が、それ以上にもっと早く教えてくれていれば、あの処方を他の人にも応用できていたのにと悔やまれた。効かない薬は2度と作らないように、効く薬だけを目指すのが僕のモットーだから、早く教えてくれて自身の手引き書の中に入れておきたかった。
 ほとんど奇蹟に近いことをしてあげたのに、今年も風邪くらいで病院に行っている。今日も又、風邪の処方せんを持ってやって来た。昨年を思い出すような咳が少し出始めているのに、やはり僕には相談しない。これがいわゆる病院の患者さんなのだ。仕方がないから薬を取りに来ている人達なのだ。割り切ってはいるが何となく違和感がある。


2014年01月14日(Tue)▲ページの先頭へ
 処方箋を持ってきた男性が「昼は家で水戸黄門を見ている」と言ったから、これはかなりの通だと感じた。再放送を毎日見るのは余程好きなのだ。その勘は当たっていて「今のは里見浩太朗だから面白くねえわ、西村晃や、東野英治郎がやはりええわ」と言った。これはやはりかなりの通だ。
 以前から僕以外の人で試してみたかったことがあったから、これはよい機会と思い質問してみた。「ご主人は正義感が強いんじゃないの?」と。「悪い奴らを見ていたら許せれないのではないの?」と続けるとさすがにそうなんだとは答えなかった。しかし、この辺りの漁師特有の返事をした。「パチンコ屋で昨日、怒鳴りあげたんじゃ。2台占領しとる奴がおったから、1台にせえと言うたんじゃ。ちゃんと決まりがあるのに守らん奴おるんじゃ」「やはり正義感が強いんじゃないの」と持ち上げても、決してそうとは言わない。肯定がまるで恥かのような答え方をする。ハイなどとは決して言わない。「そいつは何回言ってもするんじゃ、だからどやしつけてやったんじゃ」「でも勇気あるじゃない、水戸黄門が好きな人は、悪い奴らが嫌いなんだと思うよ。そいつらがやられるところを見て、何とか自分を慰めているんだと思うよ」「だけどワシも相手を見とるんよ。そいつは年寄りじゃもん、若い奴だったらぶすっとやられる」この人がもう70を過ぎているのだからひょっとしたら相手は80歳代かもしれない。80を過ぎた老人が楽しんでいるのだから黙って見過ごしてあげたらと思うが、ここで持ち上げていたものを又降ろすわけには行かない。そこで僕は優しく言った「それは正義感ではなく、単なるお節介じゃ」


2014年01月13日(Mon)▲ページの先頭へ
時間給
 僕がかの国の子達に親切に出来るのは、自分自身の帰国後の学資、子供の教育費や家を建てるための資金などに充てる為に低賃金で懸命に働いていることを知ったからだ。ハッキリとした目的を持って来日しているから、彼女たちはほとんど贅沢をしない。深夜働いて、時間給が○○○円くらいらしいと息子に言ったら、彼は日本人でもそんな人は一杯いると言った。例を挙げて教えてくれたが、なるほどと頷かされた。僕の方が明らかに情報不足で、過度な同情は(僕は友情のつもりだが)逆効果かなと一瞬思った。
 処方せんを持ってきたある女性と話をしていて、同じ数字で会話が弾んだ。彼女は、そのうち日本人の給料があちらの国の人達に近づくだろうと言った。僕はその逆で、早く追いついてくれれば彼女たちになんとも言えぬ後ろめたさを感じなくてすむだろうと思っていた。全く逆の発想だが、何となく彼女の方が説得力があるように感じた。資本家や肩書きを与えられる人達と、そうでない底辺労働者との差が、最早それは差別にあたるかもしれないが、格段に開くだろうと彼女は予想しているのだ。持てるものだけが富み、持たざる者達は、いや持てざる者達はいつでも使い捨て労働力として低賃金覚悟で海外からやってくる人達と置き換えられる存在になるのだろう。敢えてそうした日本人に、嘗ての日本人並の給与は保証しなくていいと経営者達は考えるだろう。
 母が何十年使っていたか知らないが、錆び錆びの火ばさみに今日お暇を出して新しいのをホームセンターで買った。まだ使えるからもったいないと思っていたのだが、298円だったから、思い切って買った。何人の労働者がそれを作るために関わり、どれだけの材料を使い、どれだけのコストをかけて店頭まで届けたのかと想像してみるが、寧ろ一体どのくらいの報酬を得ているのだろうと空しさだけが残った。安いのはそれはそれでいいのだが、安すぎるのは如何にも居心地が悪い。レジで精算するときに女性が言っていた給料のことを思い出した。
 ものを作る人の報酬が極端に減り、金で金を生む現場の人だけが豊になる。いびつな世がますます歪んでいく。


2014年01月12日(Sun)▲ページの先頭へ
軟球
 牛窓に帰ってきてすぐに若い警察官達と親しくなり、警察の野球部に混じって練習をしていた。それ以来のことだろう、軟球を投げたのは。30年近く投げたことがないからどうだろうと思って投げてみたら、思いの外投げれた。長い間球を投げるような動作はしていなかったから、どの程度出来るのかと思ったが、恐らくフォームなどはかなり昔に近いような形で出来たのではないか。
と言うのは、折角の日曜日だから、朝のウォーキングは日が昇って温かくなってから始めた。いつもは狭いテニスコートを巡回するのだが、今日は運動場を歩いてみることにした。幸い中学生のクラブ活動はまだ始まっていなかったので、広い運動場を独り占めに出来た。フェンスに沿って歩き始めて、丁度バックネットの裏にきたときに、籠の中に沢山の軟球が入れてあるのを見つけた。いつもそこに保管しているのか偶然か分からないが、あたかも僕に投げて見ろと促しているかのようだった。お言葉に甘えて?バックネットのコンクリート目がけて子供がするように投げ、その跳ね返りを又子供のように華麗なる?動きで捕球する、それを何度も繰り返した。朝起きて1時間もしない内の運動だから、肩が気になって最初は軽く投げていたが、そのうち意外とまだ投げれることに気がついて、どのくらい速い球が投げれるのか、どのくらい遠投が出来るのか試してみたくなった。立ち位置を次第にバックネットから離して挑戦したが、けっこう投げれた。色々と体力や能力が落ちているが、このことに限ってはあまり落ちていないと自分では判断した。どの位時間が経ったのか分からないが、汗が出始めて息も上がり始めた。又尻タブ辺りに痛みを感じ始めた。恐らく日常では全く使わない筋肉を使っていたのだろう。
 予期せぬ朝の出来事のおかげで、今日は昼からの漢方の勉強会も、その後の新年会もとても充実したものになった。筋肉を動かし、その結果熱量を発生する。当たり前のことがなかなか出来ない日常の中で、ちょっとした工夫でより健康的に暮らすことは出来る。頭で理解していてもなかなか実行には移せない。やるかやらないかでとてつもない差が生まれることは分かっているのに。目の前のグランドに用意されたかのようなボールをもっと早く見つけて、筋肉の退化を防いでおけばよかったとしみじみ思った。この30年僕が投げ続けたのはボールではなく、匙ばかりだった。


2014年01月11日(Sat)▲ページの先頭へ
福袋
 毎朝多くの荷物が届くが、今日は大きな箱で花が届いた。娘夫婦が中心で薬局の中を切り盛りするようになってから、花が届くことはしばしばだから驚きはしなかったが、今日の花はちょっと違っていた。と言うのは花自身が珍しいのではなく、買い方が珍しかったのだ。箱の上部はセロハンテープで封をしていたから中は結構見えるのだが、娘が「福袋が届いた」と言ったのだ。福袋と言えばあの赤い袋に白地の大きな文字が定番の印象があるが、ダンボール箱にセロファンでは福袋と言われてもぴんと来ない。が、僕はぴんと来た。中身が何か分からないまま娘は買ったのだと。それを娘に確かめると正にその通りだと言う。しばしばテレビニュースなどで見かけるあの熱狂振りが信じられない僕だから、花を福袋の形態で買うことがほとんど理解できなかった。
 楽しそうにダンボール箱から一つずつ花や鉢を取り出す娘を見ながら、そしてその取り出したものを見ながら、結構いいものが入っているんだと感じた。特に器が面白いものが多かった。金額に見合うのかどうか僕には分からないが、損はしていないように感じた。福袋は、服や家電などの定番のものから、今やその他の多くのものに波及しているのだろうが、そこでふと僕は閃いた。来年は薬の福袋を作ればいいんだと。そうしたら我も我もと飛ぶように売れ、オリンピックを東京から横取りして福島で働く人達を東京が引き抜くるのを防ぐことが出来る。
 さてどんな福袋が喜ばれるかな。痔の薬に、水虫の薬に、下痢の薬に、浣腸に、便秘の薬に、脱腸帯に、偏頭痛の薬に、しゃっくりの薬に・・・・・うーん、夢がふくらむ。


2014年01月10日(Fri)▲ページの先頭へ
優勝
 何がどう繋がっているか分からないものだ。ただ間接的に繋がっている人が余りにも違いすぎているので、特段興味が増したわけでもない。世間は狭いものだとあらためて感じたことと、人脈などというものはこうして作られたりするものかと思ったりした。
見たこともないから正式な呼び名は知らないが、クイズの王様を決めるテレビ番組があるらしい。それで優勝した青年が、僕の漢方薬を飲んでくれている青年と仲間らしい。勿論その青年は全く知らないが、仲間である青年は時々帰省したときにやってくるから、いや中学生の頃から知っているから、彼よりもっと知的に恵まれている青年がいたら優勝しても不思議ではないなと思う。彼自身が岡山県でも一人合格するかどうかくらいの難関大学の難関学部に進んでいるのだから。
 その優勝した青年が勉強だけに秀でているのなら、それこそ何ら興味を惹かないが、実は色々とエピソードがあって、それは消して悪いものではなく、そう言った一面も持ち合わせているんだと肯定的にとれるものなのだが、何処にでもいる青年と同じような、いやそれ以上に奔放な青春を楽しんでいると聞かされ安心した。およそ違う世界の人物のように見えて、人間やはり基本的なところは皆、同じなんだと思う。
 逆も又真なりだ。学びの機会を逃したり与えられなかった人が、とてつもなく輝きを放つこともある。何に裏打ちされているのか分からないような人が輝く。これも又感動的で嬉しい。何ら違わないところと、何ら違うところを併せ持っているから、人はそれぞれが輝く。


2014年01月09日(Thu)▲ページの先頭へ
今年一番
 まるで俳優のような迫真の演技だ。あたかもそこに倒れている人がいるように思えてくる。舞台設定は、自分が脳梗塞か脳溢血で倒れた時を想定しているのだが、あたかも倒れているだろう人の肩を持ち、大きく揺さぶる格好をする。舞台なら抱きかかえて、頑張れの一言でもかけるのだろうが、彼は寧ろ逆だ。
「俺が倒れたときは嫁さんに頼んでいるんじゃ、頭を強く揺さぶってくれって」
「出血でもしていたら危ないじゃないの」
「違うよ、寧ろ命が助かっても体が不自由だったら面白くねえから、頭を揺さぶってとどめを刺してくれと頼んどるんじゃ」
 これには参ったが、なるほどこういった手もある。人それぞれだから他人がとやかく言うことはない。後遺症を覚悟で生きたい人もいれば、完璧でないと意味を感じない人もいる。仮に命を救われても、それが価値観に合わなければより不幸になる。牛窓ならではの、漁師町ならではのジョーク?だと思うが、まだ始まったばかりだが、今年一番の面白いジョークだった。


2014年01月08日(Wed)▲ページの先頭へ
庶民
 遂に正義が行われる。待ちに待っていたことだ。些細な罪は起訴され裁かれるが、大きな罪は捜査さえ受けないことがあの日以来分かった。平等とか公平とかはこの国にはないんだと、あの時以来確信していた。
 具体的な数字は忘れたが、基準値の260万倍の値が出たらしい。本来出てはいけないものが出るのだから、基準値という言葉自体が怪しいが、それでも260万倍は凄すぎる。田舎の片側一車線道路をジェット機が飛んでいるいるようなものだ。捕まらないのがおかしい。そのおかしいことが2年以上堂々とまかり通っていた。それが遂に捜査を受けたのだから溜飲がやっと下がった・・・
 だがテレビで捜査員が列をなして粛々と進んでいる映像の背景ががどうもおかしい。爆発で無惨な姿を呈しているはずなのに、大きな看板にきれいな工場。パイプも壊れた様子はなく、あれでは放射能も漏れまい。看板をよく見ると○○フードと書かれている。何これは原子力発電所ではなく、コロッケやピザやコーンフライを作るところ?だけどアナウンサーは260万倍と言っていたではないか。260万倍もの基準超過をするとあのように警察がすぐに調べにはいるのではないか。すると3年前に同じく何百万倍の毒を世界にまき散らした会社はどうなったのだ。たかだか数十人が被害にあったところが捜査を受け、世界中の人間の健康被害をもたらしたところが何のおとがめもなし。どう説明を付けるのだろう。パン一つ盗めば犯罪人。放射能で何年もかけてゆっくりと殺せば無実。レトルトなんか無縁の人間には嘔吐すら起こさせられない。
 どんな事故でも事件でも、苦しむのは庶民ばかりなり。その制度を支えているのも又庶民ばかりなり。


2014年01月07日(Tue)▲ページの先頭へ
先輩
 お店を始めてからまだ25年なのですね。記憶が定かではないので、何となく高山に行って間もなく始めたような印象があります。と言うことは10年くらい高山で何か他のことをしていたことになりますね。僕が最後に訪れたときはお店を訪ねたと思うのですが。
 そう言えば薬剤師をしていたのですよね。先輩にはメチャクチャ不釣り合いな大きな病院でしたっけ。その不釣り合いさを餌に、後輩達で面白おかしく語っていました。何十年も前の、決して日常に出ては来ない光景が少し、今僕の頭の中で復活しました。
 アナログもここまで極めたりと、○○が言っていましたからまさかお店のホームページなどないだろうと思って、それでも先輩の顔でも載っていたらと思って検索してみたら、なんと動画付きで出て来るではありませんか。まさか先輩が作ったホームページではないでしょう。その筋に詳しい誰か助っ人がいるのでしょうね。
 内容の評価は別として、ライブ映像が多かったですね。僕など典型ですが、才能もないのにただクールに好きだっただけなのに、よく初志貫徹していますね。そこが先輩の立派なところです。大いなる才能を持っていればその道もありでしょうが、その道のほとんど凡人レベルの人で、人生をかけてこだわれるのは、それこそ才能なのでしょうかね。もっとも嘗てのような緊張感はなく、脱力した生き方が出来ているからこそ、ずっと続けられているのかもしれませんが。
 年賀状で「健康第一で乗り越えよう」とエールをくれていますが、健康第一は先輩には何となく似合いませんね。そうしたエールのやりとりをするような年齢に僕らが達したと言うことでしょうか。健康を犠牲にしても拘ろうとか、生活を犠牲にしても拘ろうが先輩には合っているように思います。又、「乗り越えよう」も分かりませんね。個人的には乗り越えなければならないものは寂しいけれどもうないのです。誰にでも簡単に乗り越えられる障害物レースしか参加資格はありません。乗り越えなければならないのは僕ら世代ではなく、一部の金持ちのために命まで差し出さされる、それは戦争だったり原発だったりしますが、そんな時代が再び来るかもしれない今、力を持っている奴らが作った障壁を乗り越えなければならない若者世代のことでしょうか。
 何かが変わるかもしれないと万に一つでも期待していたあの頃よりも、何倍も窮屈な時代が来ようとしています。自分の首を絞めるのが得意な人達の道連れは御免です。せいぜい我慢できるとしたら靴擦れまでです。凡人が不器用に人生を精一杯歩んだ証として。
 区切りをつけるのがとても難しい仕事を選んでしまいました。いつか又そちらを訪ねることもあると思います。その時は瞬時に又あの頃にタイムスリップしましょう。コード進行はAm Dm Am Em7 Am あたりでどうでしょう

大和


2014年01月06日(Mon)▲ページの先頭へ
悲鳴
 「薬の量が多いから恥ずかしい、恥ずかしい」と言いながら服用している薬を見せてくれたのだが、本当に恥ずかしいのは処方している医師か、それに異を唱えない調剤薬局かもしれない。
 正月明けに相談にきた親子が、現在服用中の薬を見せてくれた。相談の主なる目的が口の渇きの方は、全13種の薬の中、口の渇きの副作用がある薬が4種類ある。耳鼻咽喉科で唾液は十分出ているとの診断を受けているのに、漫然と内科と心療内科で薬が出ている。うつ病の薬も3種類飲んでいるが、険しい顔で入ってきたのに、1時間後に帰るときはとても自然な笑みをこぼしていた。
 もう片方は、色々な訴えを持っているのに、痩せたいと言う。しかし薬を見てみると15種類の中安定剤や欝病薬が5種類も出ていたら、脂肪の代謝が悪くなって太るに決まっている。
 「こりゃあ、なんぼなんでも多すぎるじゃろう」薬剤師の言葉ではないが、正直な僕の気持ちだ。これでは治しているのか悪化させているのか分からない。なるほど、飲んでいる本人はらちがあかないから相談にやってきたのだろうが、どの薬が必要でどの薬が不要なのか分からないのだろう。ただ恐らく医師も薬剤師もそれは分かっている。それだけの薬を医師も薬剤師も果たして自分の家族に飲ませることが出来るだろうか。余程の勇気がなければ家族には飲ませることが出来ないだろう。
 昨年突然市民病院の分館の処方箋を受けてくれないかと頼まれたが、僕にとって(実際は若夫婦が全部作っているが)幸運だったことがある。医師が公務員だからかどうか分からないが、全く無駄な処方がないのだ。薬で利益を上げようとか人気をとろうとかの意図が働きにくい公立のメリットにとても救われている。調剤をしていて全く後ろめたさがない。公立病院の不要論も多く聞かれるが、意外とクールな処方が、製薬会社のいいなりのような薬の消費行動にブレーキをかけているのかもしれない。
 100点以外は皆病気のように洗脳が進んでいる。あの手この手で、色々な業界が税金を狙っている。なけなしのお金を差し出して、健康まで持って行かれたらかなわない。薬を無毒化して排泄する臓器が悲鳴を上げている。


2014年01月05日(Sun)▲ページの先頭へ
写真
 どこで見つけたのか白黒の古い写真を持ってきて「コレ ワルイヒトデスカ?」と聞かれた。なるほど写真には人相の悪い若い日本人男性が写っているが、悪い人かどうかを印象だけで判断するのには無理がある。髪が胸の辺りまでぼさぼさに伸びて、コートを、いや布切れに近いように見えるが、腕があるから、襟もあるし、やはりコートだと思うが、一応着ているし、その上一応微笑んでもいる。
 かの国の若い女性にとって、写真の男は一目見て悪人なのだろう。日本が安全な国という高い評価は来日してますます実感するらしくて、夜遅く帰っていくときでも、勿論単独では行動しないが、恐怖心を持っている様子はない。寧ろこちらの方が過剰に心配して5分の距離でも何もないことを祈ることが多い。
 向こうに帰った子とスカイプで話をすることが多いが、首都である○○○○○市でも日本人が一人で行動するとしたら危険だろうと言っていた。二人なら安全と言うから、ちょっと日本で暮らす人間には治安をはかりかねるが、危険という言葉が出ること自体がこの国では考えられない。(もっとも最近は違ってはきているが)
 向こうの国の「ワルイヒト」がどの様な顔つきや態度をとるのか分からないが、今日会ったかの国の若い男性3人はとても柔和な表情をしていた。1時間くらい話をしたが、日本語をよく勉強していて、仕事に誇りも持っていた。それに比べたらやはりあの写真の日本人男性は見るからに「ワルイヒト」だろう。
 「この写真、お父さんの、昔の写真」大掃除、頼むんじゃなかった。


2014年01月04日(Sat)▲ページの先頭へ
年賀状
 賀状の中から幸せがにじみ出ていますよ。宛名書きの方からもそれが見えます。全てが順調にいっているみたいですね。と言いながら僕は最近何がよくて何が悪いのか、と言うより、何に価値があり、何に価値が実はないのかあまりハッキリとした確信は持てていません。嘗て追いかけていたようなものはすでに十分色褪せていますし、これから追い求めるようなものは全く見あたりません。朝の散歩で、頭上数メートルのテニスコートの支柱に白鷺がじっと留まっていてくれたりしたら、又夜空に東から西に、北西から南東に赤い光を点滅させながら飛行機が星を避けるように飛んでいるのを見るときに、それ以外が心の中に占める空間がない一瞬が、安らぎの脱力状態だと思うのです。
 牛窓に帰ってからは、怠惰を極めたあの岐阜の5年間の罪を償うように働いてきました。どちらも僕の中にある一面だと思います。ただこの両極端の次が現れないのです。次はどうなるのだろうとふと考えることもありますが、心地よい光景が控えているようにはとても思えません。今を延長して朽ちてしまうのだろうかと、磨りガラスの向こうにいる自分を捜してじっと目を凝らしたりします。
 強いて言えば、たった一つだけ学生時代に意味を持っていたあの価値観が、今になっては自分の人生の免罪符でしかありませんが、ますます遠ざかっています。この息苦しさを受け入れてしまう習性からこの国の人達が逃れられていないのも、今の僕を悶々とさせている理由かもしれません。
 日常が白鷺より、飛行機の灯りより感動的でないとしたら、日常こそ仮の営みのようにも思えてきます。そろそろ帰っていくべきところの懐の広さに救われ始めているのでしょうか。


2014年01月03日(Fri)▲ページの先頭へ
不便
 おかげで活溌に動けた3日間だったが、僕はひとつ気がついたことがある。以前からどうしてかの国の女性達と行動を共にすると、時間の使い方が不合理になるのだろうと思っていが、それが解決した。必ずいつどこで何をしても大幅に予定の時間を超えてしまうのだが、その理由が分かった。彼女たち固有のものか、あるいは日本の若い女性達と共通のものか興味はあるが、後者の行動を試すチャンスはない。
 元旦は、四国にフェリーで渡り、瀬戸大橋を車で渡って帰ってきた。早島のインターを降りる頃妻が、倉敷にも連れて行ってあげたらと提案してきたので、倉敷の正月の風情を見せてあげることが出来た。フェリーも瀬戸大橋も倉敷もどれも初めての子が多かったので、とても喜んでくれた。
 そして今日は別のグループを、服を買いたい?見るだけ?と言うそれぞれの理由で、倉敷のアウトレットモールと美観地区に連れて行った。8人乗りの車に変えたけれど、それでも12人の集団だから2つのグループに分けなければ平等に喜んでもらえない。もうこうなったらバスでも買おうかと思うほどだ。
 彼女たちの時間食いの理由がこの二日間で良く分かった。僕は自分が写真を撮られることも撮ることも嫌いだから、彼女たちのその手の行動には全く無関心だった。だからその場を離れていることが多かった。ところが一度に連れていく人数が増えたので、学校の先生ではないけれどとても気を使って引率している。事実時々点呼もしている。傍にいて良く分かったのだが、彼女たちは写した写真をその場で必ず確認する。それも例えば5人の集合写真を撮れば、必ず5人がカメラに駆け寄って、画面を点検するのだ。何をチェックしているのか分からないが、恐らく自分の映りしか確認していないと思う。昔なら現像してからでないとそんなもの確認できなかったが、今では一瞬にして確認できる。もし不満だったらどうするのだろうと考えたりするが、未だ誰も抗議しているのを見たこともないから、結構ナルシストっぽいのだろうと思っている。勿論本人には言わないが。
 一体あれでどれだけのものを心に焼き付けているのだろうと思うが、どうやら彼女達の心にはフィルムはないらしい。パネルに触れるだけで自由に映像を操れるのだけれど、不便なものだ。僕なんか言葉だけで一瞬にして再生が可能だ。


2014年01月02日(Thu)▲ページの先頭へ
問題
 今日は少しはまともな息子でいることが出来たのかなと思う。
 我が家の軽四には車いすを積むことが出来る装置が付いているが、幸運にも買ってから10年近く、その装置を荷物を積むこと以外には使うことがなかった。 だが昨年当たりから時々母を乗せるために使い始めた。使わないにこしたことはない装置だが、いざその時になると確かにとても便利だ。
 今日はたっぷり時間をかけて母を施設から連れ出そうと以前から計画していた。どこか公園にでも連れて行ってあげれば喜ぶのではないかと思ったのだ。母が世話になっている施設から一番近い公園は玉野市にある深山公園だ。名前の通り、瀬戸内海のすぐ傍にあるのに 結構山奥っぽい風情を醸し出している。何度か訪れたことがあるのだが、名前の由来通り奥深いところまで入っていったことはなかった。ほとんど入り口にある整備された芝生でせいぜい寝転がるくらいなものだった。今日は母の車いすを押して評判の森林浴をしてみようと思ったのだ。
 期待通りの気持ちよさだった。圧巻は大きな池で群れる鴨や白鳥にほんの数十センチの所まで接近できたことだ。その気になれば手で触れるのではと思うくらい人間を恐れない。もっともパンくずを多くの人がまいていて、それを食べようとして寄ってくるのだが。そうした光景を証明しているような看板が面白かった。「白鳥がじゃれてくるから注意してください」と言うものだった。白鳥が人間にじゃれる?注意?どうされるのか、どう注意するのか分からなかったが、それはそれで心温まる看板だった。
 山だから当然と言えば当然なのだが、坂道になると車いすは結構重たかった。道と並行になるくらい前傾しないと上ることが出来なかった。そして上るより、下る方が力がいることも体験した。加速がつきそうになる車いすを引っ張るのは押すより力も必要だったし何よりも気を使った。車に戻ったときは背中に汗をかいていた。
 深山公園よりももっと急なのは、母の実家の墓地だった。山の上にあるのだが、近くまで車で上がってから10メートルくらいが、心臓破りの坂だ。そこはさすがに一人では無理だったので妻と二人がかりだった。ただ、朝迎えに行ったときは表情もなく口数が少なかったが、夕方近く、お墓参りの頃になると、モコの名前を自然に口から出していたり、墓参りに連れてきてくれたことを感謝してくれたりした。両親や兄嫁などが眠っている墓なのだが、分かっているのかどうか確かめる勇気はなかった。
 介護という正解の見つかりにくい問題に挑戦することを避けている自分を恥じ入ることが時にあるが、今日はそうした気持ちから少しだけ離れることが出来た。


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