栄町ヤマト薬局 - 2014

漢方薬局の日常の出来事




2014年12月31日(Wed)▲ページの先頭へ
愛媛
 車で1時間以上かけてやって来るある女性が、と言うより、もうほとんど娘みたいな存在になっているが、「男のゴマ醤」と言うドレッシングを持ってきてくれた。ここまで書くと福山雅治ファンの人は気がつくと思うが、コンサートで配られるものらしい。僕はコンサート会場で販売されているグッズなるものかと思ったが、さすが売れっ子らしく、お土産らしい。パニック障害を治す目的は本当を言えば、彼のコンサートに行くのが目的だったのかもしれないが、見事行って来れた。そのお礼なのだろう。
 偶然だが、彼女が出て行って数分後に、50歳代のこれまた筋金入りの福山雅治ファンが漢方薬をとりにやってきた。そこでそのドレッシングがコンサートの土産だってことを教えて、1万円で譲ってあげると吹きかけた。すると、「これがお土産?、私らはマヨネーズだったわ」と品物を比べている風だった。そこでうんといわない様子を見て「5000円でいいからどう?」と吹きかけるがびくともしない。「これはどこのコンサートの土産だったの?」とそちらのほうが気になるらしくて、僕が恐らく先月コンサートに行ったときの土産のはずだと答えると「だったら、愛媛のコンサートだわ」と断定した。そんなことまで分かるのと驚きだったが、筋金入りは何でも知っている。
 結局売れなかったから自分で使うしかない。でも後から来たファンに言ったのだが、これを僕が使うことには一抹の不安がある。福山雅治のドレッシングを僕が使ってしまえば「共食いじゃあ」


2014年12月30日(Tue)▲ページの先頭へ
最速
15年前に、娘のガス漏れ症状を治すために、その道を往復した。どうしても娘にそうした観念を植え付けた原因を探り当てたかったからだ。それから15年経って、同じ年齢の子を乗せて倉敷に車を走らせた。なんとなくかつて経験した光景だと、胸に迫るものがあった。本当は我が家に泊まりたかったのだが、お母さんが配慮してくださり、ホテルで一泊しての治療の旅になった。しかし僕はそうした堅苦しい事が苦手だから、彼女を知ることだけに努めた。この子には敵がいないと思わせるほど、ふくよかで優しい顔をしていた。はっきりとした将来への設計を持っているのに、それがガス漏れなどで頓挫しそうなのが痛々しかった。「どうしても治したいんです」とメールで訴えてきた理由が、目指している医療関係の仕事故と分かって、余計克服して欲しいという思いは強くなった。土曜日にお母さんと2人で薬局に来て、日曜日は倉敷観光と後楽園を3人で楽しんだ。彼女の悩みや人柄や環境をを知るには十分だ。そして何よりも完治して欲しいと願う僕の気持ちが強くなる。
 昨日お母さんからお礼のスイーツが届いた。今朝になって御礼のメールをしようと思っていたまさにその時、彼女から電話があった。そして「漢方薬を飲んで5日目に治りました」と報告してくれた。それはそれはとても嬉しかった。なんて素敵な報告で今年を終えることができるのだろうと感謝したいくらいだった。950人くらいは過敏性腸症候群の漢方薬を飲んでもらってきたが、そしてその中で10人くらいは2週間で完治した人もいたが、5日は最短記録だろう。青春前期の輝いて当たり前の世代の子を、あの忌まわしい不快な毎日から救うことができたのだから、達成感は大きい。特に顔も見て、一緒に2日間で恐らく10時間近く過ごしたのだから情が移ってしまい、頭の隅にいつも引っかかっていたから余計嬉しい。
 僕の気力体力がいつまで持つのだろうと、ことあるごとに自問する今日この頃だが、まだまだやれるのかと高揚気味の僕を見て、妻が即座に僕をクールダウンさせてくれた。最近、家庭内の僕の評価が一直線で下降しているのが僕の弱気の原因でもあるのだが、僕にはもう一人新しくどうしても手助けしたい少女ができた。薬剤師が祈るようでは頼りないが、祈るような気持ちで漢方薬を作った子がいる。ぜひその子からも今日の子と同じような連絡が来ることを祈っている。


2014年12月29日(Mon)▲ページの先頭へ
朝の楽しみ
 もう10年近く朝のウォーキングを続けているが、鳥のV字飛行を見たのは初めてだ。僕の縄張りから見える空は、北にオリーブ園があるので、4分の3くらいだろうか。と言うことは結構見えるって事で、特に南は海だから、遠く四国の山の頂より上が全て見えることになる。そんな広い空を毎朝見上げながらV字飛行を見ていないのだから、V字飛行自体が珍しいものなのかもしれない。
 何の鳥かわからないが、30羽くらいいただろうか、結構迫力のある飛行隊が西から東へV字を描きながら飛んでいった。それこそ縄張りからは初めての光景だったから、その飛行を感激気味で目で追っていた。すると今度はちょっとだけ小さい飛行体が、南寄りに、しかしはっきりと同じ目標に向かって飛んでいくのが見えた。まるで二等辺三角形の航路を頂点に向かって飛んでいるようなものだ。そしてこれはちょっと間をおいて、10羽くらいからなる小さなV字が、これもまた東に向かって飛んでいった。これで終わりかと思い空を見ていたら、なんと今度はたった3匹でV字を作って東を目指して飛んでいった。この間5分くらいの出来事だっただろうか。
 もう15年位前、娘を乗せて高校受験のために車を岡山のほうに走らせていた。ある峠を上って下り始めたとき、正面の空に鳥たちのV字飛行が見えた。「娘は合格する」あの珍しい光景を見て僕はすぐに確信した。そして結果は期待通りだった。当時僕はあの光景を幸せを呼ぶ光景に決めていた。ところが今朝は鳥たちの行動を見て、東に向かって逃げているように見えた。何か西のほうで起こるのではないかと思ったのだ。同じ光景を見て片や希望を感じ、片や不安を感じる。
 その理由は簡単だ。当時はまだ上り調子だったのだ。だから何かに付け希望を抱くことができたが、今は違う。今は全てにおいて終焉に向かっての下り坂だから、希望的観測などできないし、敢えてする必要もない。V字飛行がきれいだとか勇壮だとか、そのものの評価をすればいいのに、陰に隠れているものをわざわざ探したりする。
 こんなことを考えながら帰宅してテレビを見ていると、ある大学の教授が来年中に、九州と秋田県沖で津波を伴う地震が起こるといっていた。となると九州の説が僕の勘と一致する。確たる証拠を示されないと、一刀両断で切り捨てる合理的なところを持っている僕だけれど、年齢を重ねると不合理の中に何かを見つけようなどとする傾向が顔を覗かせるのだろうか。
 朝の楽しみが又一つ増えた。


2014年12月28日(Sun)▲ページの先頭へ
正式名
 こうなると、無くてもいいものではなく、無いほうがいいものだ。
 正式名を知らないが、報道の自由度をランク付けしたものがある。それによると、この国は59位だそうだ。世界中で国と言うものがいくつあるのか知らないが、ほぼ半分程度のところかな。と言うことはかの悪名高き国に近いのか、それとも欧州のほうに近いのか。雰囲気からすると北の将軍様の国のほうに近いような気がする。今の政府がやっていることはますますその国と似てきたように思われるから。
 だからこの国のマスコミが正義とか自由とか言うのはチャンチャラおかしい。自分たちは福島の原発が爆発したときは全員引き上げたのに、紙面や電波では「直ちに健康被害は無い」と検証もせずに、馬鹿の一つ覚えのような国の発表を繰り返した。そのせいでどれだけ多くの方が余分の被爆を強いられただろう。そのことに関しての謝罪など勿論無い。 自分で取材しないで政府の広報係りと化したのは、いつか来た道と全く同じだ。だから結局彼らは何も変わっていないのだ。所詮営利企業の会社なのだから、存在理由は全て「銭」それ以外に何もない。そんなものが垂れ流し係として政治屋や役人を補完しているのだから、あほらしくて聞いてはおれない。
 不愉快な年が終わり、より不愉快な年が来る。そんな予感が僕の心に重たくのしかかる。個人の些細な楽しみと、社会全体の穏やかな公平感、それが無くてどうして心優しく暮らすことができるだろう。


2014年12月27日(Sat)▲ページの先頭へ
車輪
 なかなか手ごわかったが、ほぼ心療内科の薬とはバイバイ出来ていた・・・・と思っていたら、急に悪化したらしい。最初相談を受けたときほど状態は悪くはないが、2年ほどかなり快適に過ごしてもらっていたからショックだったのだろう。完治ではなかったから再発と言う言葉は用いられない。ゴールに手が届かなかっただけでスタートの位置よりはぐんとゴールに近いから、再挑戦すれば又ゴールに近くなる。案の定、今回は3け月くらいで再不調に陥った辺りまで戻して、仕事も趣味も復活できている。
 成人病の薬は原因が加齢だから止めることは難しい。一方、心療内科の薬は本来は症状が治まれば止めれるものなのだろうが、実はなかなかやめることは困難だ。下手をしたら増える方向にしか車輪は回らない。飲めばよほど脳のほうが嬉しいらしくて、体が、いや心が欲してしまうのだろうか。肥満の人は甘いものに対しての欲求を抑えにくくなるらしいが、脳に働く薬も同じようなことを起こすのだろう。漢方薬のハーブ効果との競争だけれど、脳内にまで届く物質を作ってしまった学者や企業の犠牲になっているとしか思えない人の為に、負けるわけにはいかない。


2014年12月26日(Fri)▲ページの先頭へ
誤解
 今帰ってきた。午後の11時を回っているが、こんな時間に外にいたのはかなり珍しい。ひょっとしたら、いやいつからだろうと考えても思い当たる記憶にたどり着かない。僕にとっては珍しいところで時間を過ごした。7時半に薬局を閉めてから2箇所回ったのだが、かつての記憶やテレビなどで見た映像とかけ離れていたので、誤解だけは解けた。
 脂っこいものを食べると決まって深夜に背中が痛くなって目がさめるのがいやで、自然と控えるようになっている。おかげでそういったものを若い時のように食べなければ不快症状で深夜目覚めることはなくなった。だから今日も焼肉店に誘われたときにはどうでもよかった。常日頃から焼肉を食べたいとは思わないのでモチベーションは低かった。ただ実際目の前に美味しそうな肉が運ばれ あの例の男性的な香りが鼻くうを満たし始めると、俄然動物の血が大脳を駆け巡り肉食獣と化した。なんとなく油が壁や床やテーブルにこびりついた様子を想像していたが、店内はきれいで洗練された若いウエイトレスが活躍していた。
 その後向かったのはカラオケ店だ。初めて足を踏み入れたのだが、ここもまたきれいで不快なことはなかった。従業員も洗練されていた。ただ僕はカラオケそのものがいやだから、いくら想像していたよりもきれいだったとしてもテンションは結局は上がらずじまいだ。とてつもなく上手な人の唄も聞いたし、とてつもなく下手な人の唄も聞いたが、やはりプロの唄にははるか及ばなくて、それをじっと聞き入るとか、拍手をするとかは耐えられなかった。カラオケは人に聞かすところではいと言う持論は帰りがけにも崩れなかった。部屋の中の簡素な調度品がまるで刑務所の中のように見えた。
 敢えてしようと思わないことは敢えてしなくてもいい。飲みたくない水を「空桶」に満たしても、それで満たされたとは言うまい。


2014年12月25日(Thu)▲ページの先頭へ
挙句
 実は、母を見舞った施設から出た時に、僕は結構きつい質問を浴びせられた。「お父さんが、おばあさんの歳になったら、家とここ、どちらがいいですか?」と言うものだった。僕が彼女たちを面会室だけでなく施設の中まで案内したのは、日本の実情を知ってもらいたかったからだ。大きな広間に老人がすることもなくテーブルに配置され、あるものは居眠りをし、あるものは虚空を見つめ、あるものは若い介護職員とボールを投げあい、あるものは奇声を発し続けていた。一日中、流れない時間に抗うように孤独がためらい続けている景色だ。
 その質問に、かつて母が僕に言っていたと同じ言葉をためらうことなく繰り返した。「若い人の迷惑になってはいけないから、お父さんは施設に入ってもいいんよ」と。2年前最後までためらい続け、そして辛い決断をしたけれど、それしかなかったと今は思っている。今いる6人で、薬局業務以外に母を気遣い続ける余裕はない。一人も抜けることができないぎりぎりのスタッフなのだ。転倒、骨折、下手をしたら転落の危険と四六時中向き合っている状態を、介護素人の家族では管理しきれないだろう。そこは感情がむしろ阻害因子になってしまい、業務で管理するほうが安全はむしろ保証される。快適と安全が時には相対し、時には止揚し、それだからこそ下した判断に脅迫し続けられた。
 かの国の場合はどうなのかと二人に尋ねた。「余りない」と言う返事がめったにないのか、一つもないのか分からなかった。そこで具体的に尋ねてみた。日本語がまだできない女性は「キョウ オバアサン ゲンキ アシタ オバアサン シヌ」と答え、もう一人は「私のおじいさんも同じ。元気だったのに、1日で死んだ」と答えた。伝わったかどうか分からないがゼスチャーを交えながら「脳梗塞か心筋梗塞だろうね。そんな死に方を日本ではいい死にと言うんよ」と説明すると二人は頷いていた。確かに今奈良にいる子が牛窓で体調をくずしていたときに「〇〇〇〇人は吐いた時と倒れた時にしか病院に行かない」と言っていたがまさにその通りだ。長患いしない国に確かに特別養護老人ホームなど必要ないだろう。日本は健康寿命と本当の寿命に10年前後の開きがあるから、「いい死に」はもはや高嶺の華なのかもしれない。貪欲の挙句が悲惨な最期と言うことになる。
 永遠に続くと思われた時間の中で溺れていた青春時代に、少しばかり想像力を働かせておけばよかったと、虫のいい想いが頭を持ち上げる。


2014年12月24日(Wed)▲ページの先頭へ
十八番
 僕は患者さんの応対中だったから電話に出ることが出来なかったが、奈良県で勉強しているかの国の子が、クリスマスケーキを贈ってくれ、近くの山崎パンに取りに行くようにと言われたらしい。クリスマスケーキを買うような習慣はないからありがたく頂くが気持ちは重い。どうしてこんなことをしてくれるのと言うのが本音だ。
 大学の転入のことを妻が尋ねると言葉を濁したらしい。かなわなかったみたいで恐らく次に挑戦中だろう。費用の足しに少し融通をしてあげているから、望みがかない笑顔を見たい。日本の大学で勉強しようとしてやってきたのに、実際には夜のアルバイトばかり。勉強など授業中以外はできるはずがない。そこから脱出しようともがいているのだが、どこまで手を貸してあげればいいのかわからない。睡魔と闘いながら、疲労と戦いながら稼いだお金が、我が家の胃袋に消えるなんてのは耐えられない。授業料の足しか生活費の足しにならなければ苦学の意味がない。
 多くの留学生と言う名の青年たちが、実は就労の偽装であることは周知の事実だ。最初から企てている人もいるだろうし、途中で経済的な理由で転向した人もいる。運のいいことに、僕が知っている青年たちは向学心に燃えて、アルバイトをかなり自制している。目的どおり日本語をマスターすれば良い仕事に就けるから、お金はそのときについて来ると言っている。だから勉強を頑張るとしばしば口に出す。「ジュギョウリョウ タカイデスカラ ベンキョウシナイト モッタイナイ」と日本人の十八番を奪う。
 勉強と言う名の記憶競争に敗れたり嫌気がさしてこの国の子は、学びから遠ざかる。もともと勉強などと言うものから遠い後進国の子達は、勉強にあこがれる。いつか国力は逆転するのだろうなと容易に想像できる。それもまた平等だ。いい目を永遠にすることなど許されるものではない。禍福は個人だけではなく、国にとってもあざなえる縄の如くなのだ。


2014年12月23日(Tue)▲ページの先頭へ
感謝
 車中の話しぶりから彼女は2年ぶりの再会をとても楽しみにしているみたいだった。お互い駆け寄りハグでもし合うのかと言わんばかりだった。あまりの落差に落胆するのが落ちだったから「おばあちゃんは、〇〇チャンが帰ったときとはもう違っているよ」と予備知識をおせっかいかもしれないが与えておいた。でもそれは正解だったような気がする。
 昨夜遅く電話がかかってきた。アルバイトの話しかと思ったら、僕の母に会いたいという。日本にいる3年間、しばしば遊びに来て母とも多くの時間を過ごしていたから、当然会いたいに決まっているだろう。ただ、かの国にはない特別養護老人ホームなるものに入っているから、元気でないことは知っているが、どの程度なのかは想像できないだろう。
 施設のホールにたくさんの机が並べられていて、各机には数人の老人が椅子をあてがわれている。僕が母を見つけるより早く彼女が見つけて近寄って行った。そして椅子の前にしゃがみこんで母と視線の位置を合わせ、なにやら語りかけたが母は目をつむったままだ。意味不明の言葉は発したが、目を開けなかった。戸惑っている彼女を制して僕は母を施設の外に連れ出した。少しは風があったが、それを見越していて暖かい服をもっていっていたので、それを母にかけてあげて車椅子を押した。外にでてからは、実際に押したのは僕ではなくて、〇〇チャンに今回日本で勉強することを誘われて一緒に来日した〇〇〇さんだ。外にでるとは母目を開けて、「気持ちがいいな」としっかりとしたことを言った。それを見ていた○○ちゃんがもう一度母の前で姿勢を低くして「○○○○人の○○です。覚えていますか?」と母に大きな声で尋ねた。すると母は笑いながら支離滅裂なことを言った。それから車椅子はゆっくりと施設の周りを回ったのだが、○○チャンは終始車椅子の前2メートルあたりを一度も振り返ることなく歩いた。僕にはすぐに分かった。変わってしまった母を注視出来ないのだ。2年前、帰国する夜、彼女が我が家にやってきて母にお別れの挨拶をしたのを良く覚えている。母は彼女をねぎらい、彼女もまた母に元気でいてくださいと言っていた。その時、「涙は国に帰ってから流します」と気丈に言ったのを覚えている。わずか2年で、こんなにも変わってしまったことを悲しんでくれたのだ。
 その後施設の中に戻り大きなテーブルを囲んだ。彼女はそこでも母に背を向けて、ティッシュで涙をしきりに拭いていた。彼女の友人もまたもらい泣きで、二人してティッシュを取り合っていた。そこで写真を撮ってもらうように○○○チャンに頼み、母を囲んで3人が収まった。そしてスマホの写真を母に覗かせながら、やっと楽しい会話が始まった。と言うのが母がとてもその写真に興味を示し、頷いたり笑ったりを繰り返し、一気に饒舌になったのだ。すると本来とてもシャイなくせに陽気な〇〇ちゃんが本領を発揮しだして、優しくかつ楽しく母に話しかけてくれ始めた。すると母の答えがだんだんと的を射たものに変わってきて、最後には奇跡が起こった。「これはだれですか?」と〇〇チャンが写真の中の僕を指差すと「それは彰夫に決まっているじゃない」と2年ぶりに僕の名前を言った。この2年間僕の名前など分からなかったし、いや僕自身が息子だと言うことも分からなかったのに、名前が間髪を入れずに口から出てきた。
 これは明らかに〇〇効果なのだ。姉の場合も少しこれと似た効果を目撃したが、今日の比ではない。彼女たちの純粋さに引かれ付き合う中で、多くの喜びを今まで得てきたが、そしてそれに応えられるように努力してきたが、やはり僕のほうが圧倒的な喜びを得ている。何物にも換えがたい感動を得ている。
 他人の母親に対してまるで実の祖母のように、優しく接してくれ、哀れみの涙を流してくれる。こんな人たちがいるのだろうか。感謝と感動の一日だった。


2014年12月22日(Mon)▲ページの先頭へ
 僕がかの国の青年達と懇意にしているのを姉も知っていて、知人に、かの国の子供を里親として立派に育て上げた人がいると教えてくれた。もう成人らしいから、今のようにかの国の人を見るのが珍しくない時代ではなく、物凄く珍しい時代にやってきたと言うことになる。立派な方だよと姉は褒めていたが、僕も話を聞いていてそう思った。何か特別な理由で日本に来た子供かもしれない。
 欧米では結構あるし、日本でも心優しい人たちが里親になって見ず知らずの子供を育てている話は良く聞くが、いわば全く関係のない世界、いや決して僕などにはできないから、遠い世界の話のような気がしていたが、かの国や、その以前のあの国の青年達との交流を通して、決して遠い世界の話でもなく、崇高で手の届かないような話でもないように感じ始めた。いつも彼らのことが気になる、そう言っても過言ではないくらい僕は今かの国の青年達のことが気になるし、日本に来た喜びを感じ、果実をつかんで声高らかに国に帰っていって欲しいと思っている。 今でこそ3階が息子に占領されたから僕の漢方薬を飲んでいる青年達を呼ぶことができないが、50人くらいがかつて泊まりに来、短い時間だが一つ屋根の下で過ごした。いわばミニ里親だった。妻は青年達が来るまでは気持ちがいつも重そうだったが、なぜか彼らが来るとハッスルし、結構即席の母親を上手く演じた。意外な特技だと常々感心している。
 置き去りにされ苦しんでいる人たちが増えているはずなのに、そうした人たちに注意は払われない。驕れる人たちばかりが脚光を浴び、その人たちのために社会の富や機関は機能する。多くの見捨てられた人たちが、外洋を知らない養殖マグロのように、網に中を休むことなく泳ぎ続けている。皆の力を集めれば破ることができる網なのに。


2014年12月21日(Sun)▲ページの先頭へ
序章
 二人には言わなかったが、くしくも20年近く前に僕は娘を助手席に乗せてこの道を通った。今日は遠路はるばる関東から来てくれた、当時の娘とほぼ同じ歳の女の子を助手席に、その母親を後部座席に乗せてかつて娘が通っていた高校の前を通って倉敷観光に向かった。
 20年の時を経て、二人が全く同じ悩みを抱えている。当時僕は娘に届いたあるカウンセラーの助言を偶然見つけ、娘がいわゆる「ガス漏れ」で悩んでいることを知った。当時、過敏性腸症候群を治すことは、そんなに難しいこととは思っていなかった僕に「ガス漏れ」と言う単語は衝撃的だった。医学書には恐らくでてこない、患者さん達が作った造語だと思うが、それだからこそ新たな切り口を探さなければならなかった。3日分とか1週間分とか、まるで人体実験のように処方を考え飲ませた。娘はそのうち薄皮をはぐがごとく回復し、大学受験にも間に合って結局僕と同じ志で毎日薬局で働いている。
 そのときの処方が今生きているのではない。人にはそれぞれの気質があり、環境があり、発症の理由がある。だから処方が皆同じなんてのはありえない。娘の経験で唯一生きたのは、本人の訴えを忠実に処方に反映させることができればガス漏れも治るってことだ。以来、僕は900人を超える人の訴えを聞いてきた。今日のお嬢さんはその中で一番新しい人ということになる。
 昨日数時間話をしたから、そして表情やそぶりをつぶさに見せてもらったから、僕のテーマは定まった。後はどうしても治したい僕と、どうしても治りたい彼女との共同作業だ。暖かくなれば今度は一人か、友人と訪ねてきてくれるらしいが、体調だけではなく、人間としても脱皮して、自由に創造的に生きて行って欲しいと思う。人間として最終章に入った僕から、人生の序章で躓いている若い人たちに対する願いだ。


2014年12月20日(Sat)▲ページの先頭へ
希望
 息子が台所から慌てて出て行ったかと思うと、携帯電話を持って帰ってきた。誰かに急な用事を思い出したのかと思いきや、それをテレビ画面に近づけてなにやら操作していた。テレビ画面の右側に最近よく目にする正方形の中にぐちゃぐちゃに線が引かれているやつ(正式名を知らない)にかざしていた。何をしているのかと思って尋ねると、テレビのクイズに応募しているらしい。丁度姉たちが来年予定している数ヶ月の世界旅行クルーズの船の番組をしていたので、そしてペアで一組招待と言うのをやっていたので、その狭き門を目指してテレビ画面に携帯をかざしていたのだろう。思えば簡単にクイズに応募できるものだ。親孝行も楽チンだ。僕らの世代では、少なくとも郵便局に葉書を買いに出かけ、ボールペンで宛名と回答とこちらの住所をしたため、その後又ポストにまで走る。これだけの作業をしないと親孝行の真似もできなかったが、最近は超便利だ。親を飛鳥に乗せてやろうと、今も昔も子供として同じように発想するかもしれないが、行動に移す労力が全く違う。軽くて簡単。まるで新たに開発された器具の宣伝文句みたいだ。
 便利の影に置き去りにされているものが最近は目に付く。完全に遅れをとっているから、ほとんど部外者としての視点で客観的に見えるからかもしれない。例えば、LEDで世の中を照らし、特に後進国の人たちに電気を届けることは素晴らしいと思うが、僕も含めて、網膜まで届く青色の光を見続けることの弊害は語られない。不安定な椅子の上に立ち、背伸びしながら切れた電球を交換する労くらい、目を守れることに比べればなんでもない。
 現代人は、あまりにも多くの未知との遭遇で、どのように変わっていくのだろう。誰も予測できない、いやしない。行く先はほとんど博打の世界のように思える。棄望、忌望、奇望


2014年12月19日(Fri)▲ページの先頭へ
底冷え
 牛窓にも多くの人が移り住むようになったが、外国人が一番訪れたい街京都から来て、高評価を下してくれるのはことさら嬉しい。勿論、外国人どころか、日本人でも憧れの街、訪れたい街でもある。僕など、かの国の人たちが帰国する際、記憶のお土産として大いに京都の街を利用させてもらっている。
 その方が牛窓に来てよかったことに温暖な気候を上げられた。京都の底冷えは僕らが想像する以上に厳しいみたいで、体調にさへ影響するらしい。牛窓に住むようになってその不調が改善されたのだから、体への影響はかなりのものなのだろう。
 北国の表現の「凍てつく」も京都の方の「底冷え」もなんとなく分からないでもないが、やはりなんとなく分からないのだ。どこからどこまでが「凍てつく」で、どこからどこまでが「底冷え」でどこからどこまでが牛窓弁の「さみいー」と重なるのか分からない。ただ僕が想像するに、1秒でも顔を見るのが耐えられないあいつが、権力欲むき出しに、庶民を監視し、庶民を企業家を守る軍人にし、憲法さへ蹂躙しようとしているのが「凍てつく」で、一部のお友達企業家ばかりにもうけさせて、庶民に正社員の資格さへ与えず、多くの庶民が窮乏状態に陥るのが「底冷え」で、あと4年もむくんだ醜い顔を見るのが「さみー」だと思う。


2014年12月18日(Thu)▲ページの先頭へ
豪華
姉夫婦が来年、4ヶ月かけて世界一周の船旅をするらしい。豪華客船によるもので一人が200万円必要だといっていた。義兄のたっての希望に姉が同行するらしい。姉が「あんたも行ったら」とパンフレットを送ってくれるそうだ。いくらフェリーが好きな僕でも4ヶ月も薬局を空けるわけにはいかない。引退してもいいような状況だと気兼ねなく行くこともできるが、気兼ねばかりで精神が1日ももたないことは容易に想像できる。
 今朝テレビを見ていて、JR西日本が、豪華列車を来年から走らせると発表していた。JR九州の2番煎じだが、それを見ていた妻が「世界一周なんてしなくてもこれでいいんじゃないの」と言うから、僕も「そうじゃが、この程度でいいよ」と答えると「珍しく意見が一致したね」と妻が言った。確かに珍しいと思った。が、その後、費用の予想が出ていたが、2泊3日で70万円くらいだったように思う。その値を聞いてすぐに「もったいない」と二人が言ったから、今日は珍しく意見があう日だと思った。「二人で150万円払うなら、かの国の人たちを8人ずつ100回くらい和太鼓や第九のコンサートに連れて行ける」とそろばん一級の僕はすぐに暗算で割り出した。妻ならそのお金を何に使うのか知らないが、恐らくその使い方はしないだろう。3回まで意見の一致があれば奇跡的だが、そこまで一致すればむしろ息苦しいからこの程度で十分だ。
 結局は今までどおりひたすら働いて、ほとんど何もせずに終わるのだろう。何でもできるほど元気がなくなったおかげで旅行などに未練は全くないが、時には鼓童や倭やTAOを一人でこっそりと5000円出して聴きにいってみたい。


2014年12月17日(Wed)▲ページの先頭へ
危険
 一言で言えば逃げてきた。身の危険を感じて逃げてきた。なぜか頭に浮かんだのは、東北で津波に飲まれた人たちのことだった。今日の寒さを未知の土地のそれと比べることはできないが、この辺りでは珍しい、耐え難い寒さを感じたので、もしこのまま海に落ちたりしたらと想像した時に、実際海水に飲まれた人たちのことが頭をよぎったのだ。温暖な土地に住んでいる人間の、想像力のなさを恥じる。
 テニスコートを1周した時に、朝の氷が解けていないことに気がついた。暗いからよく見て歩かないと滑って転びそうだ。でも怖かったのはそのことではない。テニスコートを吹き抜ける風の冷たさに、交感神経が反射的に反応をし血管を細くして身構えていることが手に取るように分かったのだ。情けないけれど「危ない」と思った。毎日歩くことと決めていて、それを潔癖に実行することに美学を感じる傾向がある僕だが、さすがに命とは交換できない。本末転倒も時にはいとわなくなる僕だが命までは差し出せない。
 雪の降る丘に立ち、押し寄せる巨大津波をどんな気持ちで当事者の人たちは見ていたのだろうと、後ろめたさの風に追われ、すごすごと帰ってきた。


2014年12月16日(Tue)▲ページの先頭へ
火傷
 笑うに笑えぬが、やはり笑う。自分のことだから遠慮せずに笑う。
ありがたいことに11月に沢山作っていた紫雲膏がもう底をついたから今日慌てて作ることにした。処方箋の患者さん達は、冷たい雨が降っていてもいつもどおり来るだろうけれど、OTCの患者さんはそんなに来ないだろうと踏んでいた。だから雨が降っている間に作っておこうと取り掛かったのはいいが、雨のせいで薬局に来るのが大変な患者さんが多くて、配達の依頼が相次いだ。紫雲膏作りは油を使い、最高170度まで上げるから、料理をしない僕は結構緊張する。だから二人で作るように心がけているのだが、配達の依頼で妻も姪も出て行くばかりだ。そこで独りになった僕は、トウキとか紫根とかを揚げたり灰汁を取ったりで、付きっ切りでガラス棒を駆使する。火が心配で気持ちばかりが焦り、どうしてもかき混ぜるスピードが速くなりすぎて、時々油がはねる。そして手の甲に当たる。その度に「あつっ!」と声を上げるが、それでも丁寧にしようとか、何か防護の策を考えようとはしなかった。早く作って今日のテーマを一つ片付けたかったのだ。油が跳ねて手の甲に恐らく小さな火傷をいくつか作っているだろうが、そんなときにこそ紫雲膏が良く効く。在庫が一つもないから皮肉なことに塗ろうに塗れない。火傷の薬を作るために火傷をするなんて・・・笑うに・・・笑う。


2014年12月15日(Mon)▲ページの先頭へ
逆手
 「なんじゃこりゃあ」周りに人がいなかったから思わず本音のあまり美しくない言葉が出た。クラシック音楽界の常識を知らないから驚くことを許して欲しい。
 岡山駅に隣接する場所にイオンが開店したから、車であのあたりに近づきたくない。田舎者は渋滞と言うのをほとんど経験しないので、車がなかなか動かないなんてのは耐えられないのだ。だから母を見舞いに来てくれた姉たちを駅には迎えに行かず、少しだけ歩いてもらってシンフォニーホールの下で待ち合わせすることにした。少し約束の時間より早く着いたので、なんとなく辺りを見回していた。するとチケット売り場の窓ガラスに、「当日券あります」と案内が張られていた。14日に当日券となるとすぐに「第九?」と頭に浮かんだ。見ると確かに第九のポスターと一緒に貼ってある。で、冒頭の「なんじゃこりゃ」が出たのだ。
 僕の疑問は、さすがシンフォニーホールで行われる第九のコンサートでも売れ残りが出るのかと言うものと、あるいは必ず当日券と言う物を残しておくものかと言うものだ。我先にと今まではチケットを買ってきていたので、拍子抜けした。拍子抜けと言えば赤穂のチケットを申し込んだときに、係りの人がどうせ満席にはならないと言って、郵送してと頼んだのに断られたことも驚いた。まあ、その緊張感がないのが赤穂の第九のいいところだが。
 何せ、クラッシックのにわかファンの僕だから分からないことばかりだが、歳を重ねたことを逆手にとって、図々しく楽しんでいる。


2014年12月14日(Sun)▲ページの先頭へ
真っ平
 英語も分からないのに僕はこの数日、まるで音楽を聴くかのようにマララさんの演説をユーチューブで聴いている。あの力強い語りと内容に勇気をもらえるような気がする。若干17歳の少女に人生を鼓舞されているような気がするのだ。持って生まれた才能が、不幸な事件をきっかけに目覚め、大きな力を与えられたような気がする。
 恐らく今日からは選挙違反だろうからそれはありえないと思うが、マララさんのユーチューブの前に必ず、ひげを描けばヒトラーにそっくり、いややりたがっていることもヒトラーにそっくりな奴が出てきた。一番似合わなくて、一番出てきてはいけない人間が出るから、その厚顔さにはあきれる。恐らく今夜の報道番組では、そのむくんだ顔でほくそ笑むのだろう。1秒でも見たくない顔だから、苦労した。
 どこまで若者が搾取され、どこまで農民が馬鹿にされ、どこまで小企業が見殺しにされ、どこまで田舎から人が消えれば気がつくのだろう。どこまで放射能を吸い、どこまで放射能を飲み、どこまで放射能を食べ、どこまで体を蝕まれれば気がつくのだろう。
 あちらもこちらも、道連れは真っ平ごめんなすって!


2014年12月13日(Sat)▲ページの先頭へ
期待
 日本イタリアンの巨星、岡山に降り立つ!!!
〇〇〇 イタリアンファンを自認している人ならば、東京のみならず全国にその名を知らしめ、ファンを獲得していた正真正銘の天才シェフ!!天才、鬼才、求道者‥‥‥この偉大な料理人を形容する言葉は、この〇料理に感動した人の数だけ生まれてきました・・・
 大げさなタイトルだから何事かと思って読んでいたら、最近薬局の中でも時々耳にする人物のことだった。オリーブ園の国際交流ビラでイタリア料理のお店を開いていて、それが噂されているのを何度か聞いた。とても美味しくて高いと、田舎町ではあまり聞かれない評価のしようだった。田舎なら、さしずめ安くてい美味しいが褒め言葉だが、高くて美味しいはやはり東京ならではの評価だろうか。
 僕とはどうも縁がなさそうだが、娘夫婦は果敢に挑戦したそうだ。なかなか予約も取れなくて、つい最近やっと願いがかなったみたいだ。当日のことを色々教えてくれたが、牛窓の魚や野菜を使っていてくれて、素材のうまみが出ていてとても美味しいと言っていた。「お父さん連れて行ってあげる」と言う言葉はついぞ出なかったが、ちょっとした?贅沢を堪能したみたいだ。
 娘が教えてくれたエピソードを一つ。最近のブログで偶然取り上げた「ゲタ」と言う、この辺りでは庶民の魚、僕が刺身にして食べていたのを息子が食べたら、意外や意外、高級な魚の刺身と間違えるほど美味しいと言った魚のくずしをその人が見つけてイタリアンに早速利用していたらしい。プロの手にかかるとこんなに変身するのかと言うくらい斬新な食べ物になっていたらしい。
 「窓を開けると隣の家の壁状態の東京生活から、窓を開けると丘の上から瀬戸内海の穏やかな海が広がる景色に変わったその人が、どのような料理を創作するのか、期待している」と料理評論家なら書きそうな環境の変化も楽しんでいるらしい。僕は香りが尾根を駆け下りてくれればいいのにと期待しているのだが。






2014年12月12日(Fri)▲ページの先頭へ
お世辞
 お世辞かもしれないが、中四国地域を回っている漢方問屋の専務さんが「私が知っている限りでは先生のところが一番安くて効く漢方薬を作っておられます」と言ってくれた。どうもどこの薬局に行っても同じことを言っているような気もするのだが、褒められて悪い気はしない。これが中四国、近畿地方と言ったら絶対信じないが、近畿地方を抜かせてくれたので、少しは信憑性がある。と言うのは、近畿地方には僕を100人並べてもかなわない先生がおられる。僕が属している勉強会のグループの全員がいつまでも謙虚でおれる理由なのだが。
 「安くて効く」のどちらに彼は重点を置いて言ったのか分からないが、後者の「効く」の部分は明らかに僕らの先生のおかげで、前者の「安くて」の部分は、僕の立地が田舎にあることが最も貢献している。農業、漁業、リゾートの3本柱の田舎だが、いわゆるお金を出して遊ぶところなどないから、生活費がとても安くて済むのだ。今日も大きなキャベツ3個、大根3本、キウイ20個、白菜3個頂いた。とても食べきれないから3軒で分けた。毎日鍋物をしても追いつかないくらいの量で、肉か牡蠣か魚か、具を変えるだけで毎日おいしくいただける。
 僕の漢方薬を飲んでくれる人たちもごくごく普通の人たちで、めったにお金持ちなどいないから、牛窓値段にしておけば、多くの人に漢方薬も選択肢に入れてもらえる。漢方薬でしか改善しない人にはやはり平等に飲めるようにしておかなければならない。
 意識したことがなかったので言われて初めて気が付いたが、よく考えてみれば安くも効くも僕にとってはとても大切なことなのだ。どちらの評価も得なければ、若造の実験台になってくれた牛窓の人や、効く漢方を教えてくださった先生に失礼この上ないから。
 あれがお世辞なら「おこるで〜」


2014年12月11日(Thu)▲ページの先頭へ
マララさん
 今日世界で1億人?2億人?5億人?10億人の人がある女性の発する言葉を固唾を呑んで待っていた。その中の一人が僕だ。わずか17歳の少女が発する言葉は、凡人が思い浮かべるレベルをはるかに超えていて、マザーテレサの再来かと思わせる。今日はどんな言葉を並べても彼女の発した言葉の前では存在さえ許されない。
 朝、新聞に載っていた彼女のスピーチの全文を切り取りラミネートで加工してもらった。当分テーブルの上に置き薬を待っている間に目を通してもらう予定だ。いらぬおせっかいだが、あのスピーチに接する機会がなかった人は不幸だ。取るに足らない権利ばかりを主張して、人に与えることができない先進国と呼ばれている国にすむ人間に、まだ良心というものが心の中で優勢を占めているなら、スワート渓谷の破壊された校舎を思い浮かべるべきだ。
 本当は一言一句もらさずに書かなければならないが、恐らくインターネットの中にそれはすでに存在しているだろうから、僕が黄色のマジックで印をつけたところだけ書く。

 二つの選択肢がありました。沈黙したまま殺されるか、声を上げて殺されるか。私は後者を選びました。

 もはや指導者たちに教育の重要性を認識してほしいと訴える段階ではありません。彼らはすでに知っています。自分の子供は名門校に通っているのですから。

 どうして「強い」と言われる国々は、戦争を始めることには力を発揮するのに、平和をもたらすことには無力なのでしょう。どうして銃は簡単に与えるのに、本を与えることは困難なのでしょう。あんなにたやすく戦車を造れて、学校建設がこんなに難しいのはどうしてでしょう。


2014年12月10日(Wed)▲ページの先頭へ
 病気や体調不良を支配できている間はまだ、日常生活の質を落とさなくて済むが、病気や体調不良に支配されるようになると、生活の質は格段に落ちてしまう。支配している間は、やりたいことややらなければならないことに関心が向くが、一度支配される側に回ると、病気や体調不良を克服することが目的化してしまい、本来のやるべきことややれることが二の次になってしまう。まさに逆転してしまうのだ。東を向いて歩いている人が、西へ進路をとったようなものだ。
 多くの方の相談メールを読ませていただいたり、直接電話を頂いて相談を受けると、この逆転した方が多いことに気が付く。僕みたいな年齢になればそれもまた致し方ないかと思うが、相談してくれる人の多くは、生命力が本来ははちきれそうな世代であったり、社会の中枢にいるような方であったりする。それらの方にコントロールする側に帰ってもらうには、病気や体調を治すのが一番、いや唯一それが手段のような気がする。江戸時代ではないから意思の力でなんてのは、所詮無理で、科学の力を借りなければならない。やじろべいのように揺れる病勢を正常のほうに傾けるのが医療の仕事だ。抱えなくても良いものを抱えて生きなければならない時期は必ずある。誰もがそれらをコントロール下において、その後の人生の礎になればいいなと思う。


2014年12月09日(Tue)▲ページの先頭へ
引き出し
 電話の向こうの声が慌てている。いつもの漢方薬の注文ではないからどうしたのかと思ったら、本人が貧血気味なことを近所の人も知っていて、今日何人か集まって世間話をしているときに、おせっかい好きな人が「貧血は放っておくと白血病になるから急いで病院にかかったほうがいい(実際は病院で貧血を指摘されている)」と言われたらしいのだ。そこで心配になり電話をくれたらしい。両者の成り立ちの違いを説明した後に「年寄は皆貧血じゃあ。骨粗しょう症だから血は作れん」と優しく説明したら喜んでいた。
 病院の処方箋を持ってきた人が、薬をずっと飲んでいるのに下痢が止まらないと言った。「何か原因があるんじゃないの?」と尋ねると、「思い当たることはない」と言った。原因がないのに下痢が止まらないなんてありえないから僕は具体的に優しく尋ねた。「下痢の原因は、冷えか、ばい菌か、たたりじゃ。冷たい飲み物を飲んだり、果物を沢山食べたりしているのではないの?」と。すると「今年は柿が豊作で近所中からもらったから毎日一杯食べてる」と原因を思いついたみたいだ。「柿をやめたらすぐ止まるわ。税金の無駄遣いじゃあ」と優しく諭した。
 昔の薬局は、こんな相談は日常茶飯事だった。僕の薬局はその当時のスタイルを残しているから、今でもやはり日常茶飯事なのだ。プリントアウトしてマニュアル通りに説明すれば税金からお金がもらえる調剤薬局では、なかなかこんな知識は付かないだろう。昔の薬局は責任を持って患者さんに対処する軽医療と言う分野があった。養生法などは独壇場だった。何をどう用心したり節制したら治るか、経験で手に取るように分かっていた。今は正確に調剤する能力や、副作用などの情報を伝える能力などが求められているから、僕にとっては異次元だ。僕はもうその分野には付いていけない。今では、僕の経験を頼ってくる人たち専用のたんすの引き出しのようなものだ。僕の薬局にはそれを上手く引き出す人たちが結構沢山いて、いつまでも僕を現役でいさせてくれる。


2014年12月08日(Mon)▲ページの先頭へ
浮き輪
 溜飲が下がるとはこのことを言うのだろうか。以前から感じてはいたものの、いまひとつ声を大にして断罪する自信がなかったことを、外国の人が見事に指摘してくれた。素人の僕が何も足すこともないから、そのまま共感できるところを抜粋して載せる。抜粋だから前後の脈絡は完全に乱れていることを承知しておいて欲しい。

David Atkinson●1965年生まれ。オックスフォード大学で日本学を専攻。アンダーセン・コンサルティング、ソロモン・ブラザーズを経て、92年ゴールドマン・サックス入社。


例の「おもてなし」です。日本では財布を落としてもほぼ確実に戻ってくるってよくいうでしょ。でも警視庁の数字では、現金では届け出があった額の40%にすぎない。残り60%にはいっさい触れず、都合のいい少数を大げさに持ち上げる。サッカーW杯のとき、日本人観客のゴミ拾いが日本人の美徳として話題になった。なら、鎌倉の花火大会の後を見てください。ゴミだらけです。立派なおもてなしは確かに存在しても、それで日本が世界一のおもてなし国である客観性にはならない。・・・日本の鉄道は定刻運行、犯罪も少ないなどと自慢しますが、それは単なる住民目線でいいだけで、それがおもてなし? それを確かめるためにわざわざ外国から観光に来たりしないでしょ。本当に観光立国を目指すなら、住民目線で見た日本のよさと、観光の魅力とを結び付けるのは違う。・・・2000年の歴史がある国で感動したのが自販機、コンビニ、アニメ、それだけ? 日本の魅力ってこの程度? って思う。見てると悲しくなるんですよ。・・・京都に来た外国人観光客の不満は「英語が通じない」の次が「解説がなく何を見ているのかわからない」。ビザを緩和して1000万人を超えたという数字に意味はない。

アホノミクスの張本人とアホノミクスに浮かれている庶民に読んでもらいたい。パソコンを開いたら出てくる画面に出ていたから読んだ人も多いと思うが、アホノミクスべったりの表紙に間違って載せたのか、はたまた総選挙で圧倒的多数が取れると気持ちが大きくなったのか。いずれにしても、真実を隠された情報の中で溺れそうなこの国の人たちが見える。誰も浮き輪を投げてはくれないのに。


2014年12月07日(Sun)▲ページの先頭へ
サプライズ
 昨年は赤穂の第九のコンサートがない年に当たったので、仕方なく岡山のシンフォニーホールのコンサートに数人連れて行った。岡山のコンサートは赤穂のに比べて1.5倍くらいのチケット代なので、連れて行って上げられる人数に制限がある。だから今日赤穂に連れて行った7人は、去年選抜に漏れた人たちだ。もっとも帰国する人を優先すると言う暗黙のルールを彼女たちも良く守ってくれて、自己申告の選抜もほぼ公平に出来ていると思う。
 今15人、この春3人増えて18人になる。よその工場の子で教会で会う人が4人。僕を頼って再来日した子が3人。研修生として働きに来ている男性が3人。岡山のかの国から来た若者の中心的な女性が1人。つながりの強いこの子達にぜひ日本のよさを味わって帰国してもらいたいが、なかなか何を持ってそれらが達成できるのか分からない。試行錯誤を繰り返している。
 実は今日、テレビ番組ではないが、一つのサプライズを用意していた。と言うのは今日参加した一人の女性が最近元気がないことに気が付いていたのだ。小柄な子で決して強い子ではないから、疲労が重なっているのだろうかと心配していたのだが、意外にも第九に行きたいと言うので参加することは前もって分かっていた。必ず決められた期間は断食をするほど彼女は熱心な仏教徒で、偶然通りかかったお寺を見つけたらすぐに入って行って拝むほどの女性なのだが、赤穂の有名なお寺に連れて行ってあげたら喜ぶのではないかと思ったのだ。そこでインターネットで調べたら花岳寺?と言うのを見つけた。そして何も知らせないまま、コンサート会場に行く前に連れて行った。すると、この数ヶ月見せたことのないような顔の表情を見せ、一人で寺の中をくまなく歩き、色々な場所(僕には個別の重要さが分からない)でひざまづき、手を合わせ上下に動かす独特の方法で拝んでいた。
 多くの期待を背負い、多くの希望を持ってやってきた子達の中で、一人の脱落者も出したくない。仕事で辛ければ日曜日に、それを忘れるほどの楽しいことを経験させてあげれば持ちこたえられる。かの国の人でも日本人でも同じことだ。警戒する必要もないこのくらいの年齢になって初めてできることかもしれない。
 「国に帰ったら、12月になるたびに思い出してね。イケメンのお父さんとベートーベンを聴きにいったって」
さようならの言葉は残らないが、第九のメロディーならいつまでも彼女たちの心の中に残るだろう。


2014年12月06日(Sat)▲ページの先頭へ
哺乳類
 ふとしたことで、ずっと気になっていた疑問が解けた。それも「牛窓は進んでいますね」と東京から移住してきた若いお母さんに言われたのがきっかけだったのだからにわかに信じがたかったが、具体的に教えてもらって納得した。
 都市部から色々な形で移住してくるが、お母さんと子供と言う組み合わせは多い。今日来た女性もそのパターンなのだが、お子さんが病気の時はどうしているのだろうとずっと思っていた。仕事を休んで職場の評価を下げれば、片肺飛行だと致命的だ。評価が下がってもいいからお子さんの傍についてあげているのか、それとも鬼のようになって子供を家で寝かせているのか。その二つしか僕には考えられなかった。ところが今日薬を取りに来たときに、昨日の嘔吐下痢の漢方薬のお礼を言われた後、「昨日は1日預けました」と付け加えた。東京からお母さんにでも来てもらったのかと思って詳しく尋ねると、あいの光と言う山の上の病院が「病児保育」と言うのをやっていて預かってくれるらしいのだ。初めて聞く単語だったが、全く縁のない僕でも嬉しかった。一人でがんばっている若いお母さん達にちゃんとした味方がいるんだと思ったのだ。部外者の僕でもすごく安心な気分になれるのだから当事者にとってはなおさらだろう。都会にそうしたシステムがないことなどありえないが、車で数分も走ればそのような施設があることを特にありがたがっていた。
 僕はそれがどのくらいの費用を要するのか知りたかったので単刀直入に尋ねてみた。すると一日2500円だと教えてくれた。それが安いのか高いのか分からないが、働くお母さんにとって決して払えない額ではなく、職を失ってしまうかもしれない危うさの中でまさに助け舟だろう。その病院も実は土着の病院ではなく、岡山市にある医院の分院らしいが、ありがたいことだ。老人施設を併設しているので老人相手とばかり思っていた。牛窓に戻ったとき「若者の福祉が欲しい」と皮肉交じりに議員などに言っていたが、民間がちゃんとやってくれたのだ。出来ない、しない理由が得意の公よりはるかに体温が伝わってくる。僕らは哺乳類なのだ。


2014年12月05日(Fri)▲ページの先頭へ
 電話の向こうに広がっている光景を思い描きながら、なんとも言えぬ穏やかな空気に浸っていた。もっとも、電話の内容は、奥さんの体調不良の相談だから歓迎すべきことではないのだが、それを第3者には払拭してしまいそうなくらい、夫婦の思いやりが伝わってきた。
 ある方の紹介で電話をくれたのはいいが、奥さんが日本人ではないので、症状が僕に上手く伝わるかどうかを懸念していた。そこで考えてくれた方法が、専門用語を知らないが、受話器を通さなくても聞こえたり話せたりする方法だ。今の電話機にはかなりの確立でついている機能だ。僕の薬局の電話機にも付いていそうだが使ったことはない。音質は少し落ちるが、確かに便利だ。上手く僕に伝えられなかったことを、傍にいる御主人がリアルタイムでフォローしてくれる。又逆に僕の単語が専門的になると御主人が分かりやすく要約してくれる。そのやり取りがすべてこちらには聞こえるから、まるで手に取るように雰囲気が伝わってくる。箪笥があの辺りにあって、その前のホーム炬燵に入り、みかん篭の前に電話を置きなどと勝手に想像する。本当は洋間かもしれないが、なんとなくその想像はできなかった。それは奥さんが、20年前にかの国からやってきた人だと分かったからだ。今でこそかの国の人は沢山日本にきて働いたり勉強しているが、20年前は珍しい。 
 最終的には、僕自身も奥さんも、又御主人も納得する結論に導けたと思う。病院にかかっても言葉の壁があるのか、本人の訴えとは全く関係ない病気を指摘され、途方にくれていたみたいだが、この数年の濃密なかの国の人達とのかかわりが、こんな予期せぬところで生かされたと感慨深かった。
 労働力不足でやたら移民を推進する声が上がっているが、あの夫婦のように、よほど良質を選別しないと、失うものが大きすぎる。国というものは企業のものではないが、実態は企業の利益を追求するためにすべての公の機関が動いているような気がする。企業だって、公の機関だって、所詮ごく普通の人間の集まりなのに、餌に群がる池の鯉のように見える。


2014年12月04日(Thu)▲ページの先頭へ
歯磨き
 歯磨きのコマーシャルで聞き捨てならないフレーズが用いられていたので紹介するが、恐らくこの手のものは朝から晩まで氾濫しているのだろう。気をつけて聞いていれば不愉快きわまるものや、論理的でないものまで枚挙にいとまがないのだろうが、それが問題にならないのは如何に皆が聞いていないかだ。巨額の経費をかけてのコマーシャルも、実は自己満足の代物かもしれない。
 宣伝している歯磨きを使うと歯が白くなるとでも言うのだろうが「これで人前で思いっきり笑うことができる」とタレントに喋らせているのだが、「白くなければ人前で大きな口で笑えないのか!」と反射的に僕はすぐに思った。「それなら虫歯で歯が欠けている人間も人前で笑ってはいけないのか!」とか「八重歯で歯が出たり入ったりしていたら人前で笑ったらいけないのか!」とか、いくらでも反発したくなる。歯槽膿漏や入れ歯はどうなんだと段々エスカレートしてきそうだ。
 コピーライターなるものが突如現れた時代から、言葉だけが先行し、実態なんてどうでもよくなった。格好悪くても実用的でなくても、言葉一つで価値が変わる。実態より言葉のほうが優先するなんて全く軽薄な世の中になったものだ。企業の製品の売り込みは全てそうだし、より悪質なのは、政治屋がキャッチコピーに浮かれて、何にも責任を取らない役人の小間使いみたいに成り下がっていることだ。選挙前の言葉など、何の意味も持たない。少しでも良心とやらがあれば心神喪失にでもなるだろうが、あいつ等に限って図太いから精神も病まない。逆になんら悪いこともせず、どちらかと言うと懸命に働いている人達が心を病んでいる。これでは余りにも割に合わない。割に合わない人たちが団結すれば割に合う人生が送れると思うのだが、割に合わない人たちは欲がないのかお人よしか、割に合う立ち位置を得ようとはしない。このまま虐げられた人生を送るのか。もっともっと落ちていって、どうしようもない不運を背負わされる姿が僕には見える。


2014年12月03日(Wed)▲ページの先頭へ
お辞儀
 そもそも薬局に回ってきてくれるセールスの礼儀作法は平均よりかなり上だから、それ以上究めてくれなくてもいいと思うのだが、誰がいつ始めたのか、最近では用事が済んだときに挨拶し、出て行くときに振り返り又挨拶してくれる人が増えた。この光景で僕がすぐに連想するのは、新幹線の車掌さんの挨拶だ。彼らは車両から出て行くときに必ず振り返りお辞儀をする。いつからああいったことを取り入れたのか知らないが、僕は決して見ていて心地よくは感じない。自分がそこまでしてもらうほどの人格者ではないから、気恥ずかしいのだ。一杯の乗客の中の一人の立場でもそう感じるのだから、薬局にいるときなどなおさらだ。用事が済んだときのごく当たり前の挨拶でセールスの人柄くらい十分判断できるから、できれば出口での2度目の挨拶は省いて欲しい。もうどのセールスが2度挨拶をするか分かってしまったから、出口まで彼らが行くのを見送らなければならない。もし僕が引っ込んでしまうと、彼らは誰もいないところに向かってお辞儀をすることになる。そんなことはさせれない。
 薬業界だけでなく、他の分野でも同じようなことが浸透しているのかどうか分からないが、とってつけたような度が過ぎた礼儀を一般化すべきではない。人はみな平等なのだ。ただの人が儀礼だと分かっていながら2度も頭を下げられる必要もないし、ただの人が思ってもいない行動をする必要もない。何事もほどほどがいい。


2014年12月02日(Tue)▲ページの先頭へ
名付け親
 朝の番組で、最近の子供たちの名前が難しくなっていると言う内容のものが放映されていた。ある幼稚園に取材に行っているのを流していたが、本当に難しい。今ここで具体的な名前を挙げて説明しようと思ったが、結局は一つも覚えていない。それだけ難しいと言うことだ。名前自体はそんなに奇抜なものではないが、何せ使われている漢字が難しい。こう言ったものを当て字と言う風に僕など習ったような気がするが、それでも皆で渡れば当て字には思えない。
 どう見ても漢字が苦手そうな現代の親が、よくもこんなに奇抜な読み方を思いつくなと思っていたら、理由がわかった。というよりネタが割れた。多くの親が名前をつけるアプリを利用していたのだ。至れり尽くせりの内容らしく、漢字など覚えていなくても名前にたどり着ける算段だ。アプリの会社の社長が説明していたが、僕は操作方法のあたりで理解不能に陥った。
 でもそこでちょっと待てよと、ある疑問が浮かんだ。そのアプリで実際にはどのくらいの親が名前を決めたのか知らないが、50万件のアクセスがあったとか言っていたが、ひょっとしたら何千人の赤ちゃんの名付け親はその社長か?と思ったのだ。おじいちゃんおばあちゃんではなく、親類の立派な人ではなく、お坊さんではなく、姓名判断の先生ではなく、コンピューターが得意な社長さんか?これでは、なんとも有り難味がない名前だなと思った。せめて名前だけはと思い入れが強いのだろうが、独自性を大いに打ち出している割には、出典があのITの社長さんなら独自性どころではなく、ほとんど親族状態だ。
 大切な大切なわが子だから、他人がとやかく言うことはないが、名前をつけるのと同じエネルギーで、わが子を戦に行かせない努力もしてあげてほしい。


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■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
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