栄町ヤマト薬局 - 2013/11

漢方薬局の日常の出来事




2013年11月30日(Sat)▲ページの先頭へ
親近感
 「白人に多い症状なのですか!私はかなり鼻ぺちゃなんですけど・・・体質だけ一緒なんてなんだか割に合わないです。」
 症状を列挙してもらって、飲んでいる薬を尋ねたら、病院で逆流性食道炎の薬をもらって飲んでいると言う。しかし、どう考えても僕にはそうは思えなかった。実際、逆流性食道炎には簡単に効果が出る薬を病院でもらって飲んでいるのに全く効いていない。その点もふまえて僕は後鼻漏ではないかと推測したのだ。そしてそのことを彼女に説明しようとして、本来日本人には少なく、白人に多い症状だってことを説明した。その返事の一部に冒頭のような文言が書かれていた。
インターネット上での患者さんだから勿論僕は会ったことがない。ただ、結構筆まめに色々な症状を教えてくれる人だから、体調についての情報は多い。いや心調の情報も多いかも知れない。まだ見ぬ人を想像することは難しいが、まして性格ではなく外見を想像することは難しいが、薬剤師だから、それも漢方薬を30年近くやってきた薬剤師だから想像できる部分もある。後鼻漏の特徴から鼻筋が通って彫りが深い、まるでジュリアロバーツみたいな人を想像していたのだが、本人の自白にショック・・・ではない。このフレーズの中に僕はなんとも言えぬかわいさを感じる。僕の年齢になったらこの性格のかわいさは、外見なんかより数段価値があることが分かる。単なる遺伝の表現でしかない外見と、遺伝の上に後天的に身につけた多くのものとの合作に、数段の価値の差があるのは当たり前の話だ。
ずっと夫婦だけで暮らしていたから3階の部屋が空いていて、泊まりがけで過敏性腸症候群を治しに来た若者達が50人以上いたが、この女性のように、勿論男性も、誰もが愛おしく感じられた。ハンディー?を懸命に克服しようとしている姿に出来る限りの応援をしようと思った。そしてその様な人達が時折見せる上記のような言葉遣いや態度に心が和んだ。「いいめをする人達」とは無縁の人格にしか、僕は今も昔も親近感を持てない。


2013年11月29日(Fri)▲ページの先頭へ
数字
 調剤をした後、「何かあったら電話をして!電話番語は・・」「5466じゃろ」「よく覚えているね、その前に局番の・・」「34をつけるんじゃろ?わかっとる」まるで反射のように出てきたのだが、その男性は牛窓の人ではない。市外局番も全く違う所の人だ。もっと言えば、九州の出だから、この辺りのことには疎いはずなのだが、疎いどころか、まずほとんどの人が覚えてはくれない単なる薬局の電話番号をすらすら言ったのには驚いた。もっとも、岡山県にやってきて、あるところでそれはそれは熱心に奉仕活動をしているから、その延長で僕の電話番号も覚えてくれたのかもしれない。一見、威勢のいい九州男児そのものみたいだが、意外と繊細なところを持ち合わせているのだろう。そうしたアンバランスが往々にして人の魅力になる。僕のように見るからに容姿端麗で、知性と教養が溢れんばかりの人格者は魅力に欠ける。この長年の僕のコンプレックスを慰めてくれるのが最近は「アサヒ淡麗グリーンラベル」だ。
 この男性が僕の電話番号と同じように多くの人の番号を覚えているのかどうか分からない。尋ねてみれば良かったと今は思うが、恐らくまるで電話帳のように多くの人を覚えているのだろう。この種の人は時々いて驚かされることがある。
 僕の友人の法務局出張大好き人間はプレートナンバーを覚えるのが得意だ。どうも競馬競輪で鍛えたのだと思うが、かなりたくさんの地元の普通の人のプレートナンバーが出てくる。その才能を職業に使えばよかったのだが、賭け事の方が当然面白かったのだろう。
 数字にまつわる特技を持ち合わせていないので、と言うより、どちらかと言えば数字から逃げたい方なので、どうでもいいようなことに俄然才能を発揮する二人に、才能?を見出したりする。数字に長けた二人にそれによる損得はないようだが、偉人にも異人にもなれない庶民のなんと罪のないこと。


2013年11月28日(Thu)▲ページの先頭へ
採決
 「1票の格差」が最大で4.77倍だった7月の参院選を巡り、弁護士グループが選挙無効を求めた2件の訴訟で、広島高裁岡山支部28日、岡山選挙区の選挙を「違憲で無効」とする判決を言い渡した。

 おいおい憲法違反の議員達がなんやかんや決めるんかい。法律違反をすると懲役や死刑になるんだから、事の重大さから言えば憲法違反は打ち首獄門の上、市中引き回しくらいか。いやいやどうも憲法違反は罪に問われずにのうのうとのさばることが出来るみたいだ。とにかく罪を犯すなら、大きなものがいいらしい。このところうじゃうじゃとその手のものが出てきている。世界中くまなく放射能をばらまいても、むち打ち刑にもならず、何に使うのか現金で1億5000万円貸してくれと言っても、火あぶりにもならない。金持ちや権力持ちには、今の世の中天国だろう。好き放題、食べ放題、やりたい放題、ジブラルタル海峡の砲台。庶民が群がる偽装ホテルのランチとはけたが違う。
 こんなことを書いていたらいつ捕まるか分からない時代を、必ず捕まる方にしか属せない庶民が引き寄せた。哀れなものだ。ほとんどペットなみの生活しかできなくなるのに、それをこともあろうに庶民が引き寄せた。そんな人達の道連れはまっぴら御免だ。ひかえなすって、ひかえなすって、採決は「日変えなすって」


2013年11月27日(Wed)▲ページの先頭へ
牛窓東小学校
 「これは勉強のモチべーションが上がるわ」と足を一歩踏み入れた途端僕は口走ったが、結局100歩踏み入れた状態でも、1000歩踏み入れた状態でも、1時間後1歩踏み出した状態でも思いは変わらなかった。
 新築された小学校の教室内の環境調査を頼まれて今日、牛窓東小学校に行ったのだが、小学校とは思えない雰囲気に圧倒された。広い廊下、贅沢に設けられたそこかしこの空間、床や廊下や階段に木をふんだんに使い、ログハウスのようにも思える。又南側が大きく窓ガラスで開放され、視界を塞ぐものがないから、眼下に港、目を上げれば牛窓の島々、そしてその緑濃い島々の向こうに高松市の屋島、そしてその又向こうに薄青く四国山脈かと思えるような背景を眺めることが出来た。
観光地に行き、ホテルの部屋に案内され、そこから眺める景色に感動するような錯覚に陥った。養護の先生が、設備についても細かく説明してくれたが、先生も言うとおり少し贅沢かと思えるような設備に仕上がっていた。そうした設備はもちろんだが、至れり尽くせりの出来映えに、子供達の、そして先生方のモチベーションが上がらないわけがない。 決して余裕があるわけではない瀬戸内市が、よくこんなに素晴らしい小学校を創ってくれたんだと不思議にも思える。ただこの斬新な学校を上手く利用して、牛窓の子供達がゆっくりと成長してくれたらと思った。あの教室から見える眺望は圧巻だ。いずれ東の方で又あの時と同じような人災が起こるだろうから、いずれこの教室は都会から逃れてきた子供達で溢れる。その時、この眺めがどれだけの子供達の心を癒してくれるだろうと、一人考えていた。


2013年11月26日(Tue)▲ページの先頭へ
導火線
「最近、うつむいて歩くことがなくなりました」この言葉が出るようになるまで7ヶ月かかってしまったが、自虐的に生きていた女性が、何処にでもいる女性に戻ってくれた瞬間だ。一人の健全な人格の持ち主がどうして顔を伏せて歩かなければならないのか、その理不尽を説明できる根拠を僕は持たない。
 まだ見ぬ途方に暮れている人達のために少しだけ特異な彼女の症状を紹介させてもらう。ほとんど克服してきているから許してくれると思う。みんなで治る、僕の願いも込めて。
 鼠頚部でバイブレーターのような振動と音がする。がす漏れで臭いと言われたり、笑われたりした。不可思議な自覚症状と周囲の反応で追いつめられたのは転職の過度のストレスが発端だったらしい。誰にでもある人生の一こまが彼女をその不調に陥れた。恐らくその後からうつむき加減に歩くようになったのだろう。
 彼女とはいつも電話で話をするから、ゆっくりと、しかし確実にその不調から脱出しつつあることをその都度感じた。報告してくれる時に使われる単語が明らかに絶望を表す単語から希望を表す単語に変わっていった。徐々に人と接することが苦痛でなくなってきたことが報告されるにつれ、忌まわしいあの症状が消えていった。
電話の向こうの彼女はどこにでもいるいい人なのだろう。それを否定するニュアンスは全く伝わってこない。ごくごく普通の体調に戻り、普通の人が手にする平凡な幸せを手にしなくてはいけない人。僕はいつもそう思いながら受話器を握っていた。
 僕がお世話させてもらっている人のほとんどが、彼女に似た性格だと思う。彼女と話をしていて、今までの多くの人と重なる。理不尽な苦しみから脱出して、開花させるチャンスを逸していたそれぞれが持っているはずの才能を咲かせて欲しいと思う。僕にはもう咲かせるべきものはないが、咲かせる能力を秘めている人達の導火線にはまだなれる。


2013年11月25日(Mon)▲ページの先頭へ
もしも
 もしも僕が1円玉をもらえば、僕の破れかけた財布の小銭入れに入れるだろう。もしも僕が5円もらったら、御縁がありましたねと、5円しかくれることが出来なかった人をありきたりの洒落で気遣うだろう。もしも僕が10円玉をもらったら、捨て犬を世話しているボランティアグループの募金箱に入れるだろう。もしも僕が50円玉もらったら、惰性で続いてる、今や募金箱を各店舗に設置してくれるよう依頼され、結局は誰も入れない赤い羽根募金に入れるだろう。もしも僕が100円玉をもらったら、すって元々だから大きな気持ちでパチンコの台に向かうだろう。もしも僕が500円玉をもらったら、教会に行き献金箱に入れるだろう。もしも僕が1000円札をもらったら、かの国の子達にバームクーヘンを買って11個に切って分けるだろう。もしも僕が2000円札をもらったら、なるべく早く買い物をして手許から消すだろう。もしも僕が5000円札をもらったら、鍼の先生のところに行き、筋肉の緊張をとってもらうだろう。もしも僕が1万円札をもらったら、片道5000円で行ける勉強会を探して出かけるだろう。もしも僕が5000万円札をもらったら、片手をズボンのポケットにつっこみ、見るのもいやな下品な顔をして、病院経営者に出来るだけの便宜を図り、果ては欲の塊の経営者達のためにオリンピックという飯の種を引っ張ってくるだろう。


2013年11月24日(Sun)▲ページの先頭へ
 専ら音は静寂を破るものと思っていたが、世の中には静寂を創る音もあるのだと今日悟った。
備中温羅太鼓とダンスグループのジョイント講演が今日総社市であった。いくつかの子供和太鼓グループの演奏の後、備中温羅太鼓とダンスグループのジョイントが始まったのだが、目新しいものには必ず保守的な反応を起こす人がいて、案の定僕の席の後ろで幾人かのおばさん達がダンスグループが出てくるたびに失望感を露骨に言葉に表していた。熱心な太鼓ファンにとっては、太鼓だけ聴かせてもらえればその方がいいと言うのは説得力がある。僕だってそうだし、恐らく多くの聴衆が思っていたのではないか。
その上に今日は幕が上がってから、数組が幼い子供の太鼓演奏で、聴き手に緊張感が保ちにくかった。それらの後、待ちに待っていた備中温羅太鼓が踊りグループをサポートする形で演目が進んでいったから、熱心なファンにとっては踊りグループの方に非難が集中しやすかったのだろう。第二部がいよいよ始まろうとしても、いや始まってからでも聴衆は騒がしかった。携帯電話の電源を切らなかった人も数人いた。いつもならあり得ない騒々しさの中で幕が上がり、ダンスが始まった。それを追っかけるように備中温羅太鼓の力強い演奏が始まると、その音に消されたのではなく、誰もが演奏に圧倒され口を利かなくなった。正に圧倒されお喋りな聴衆を静寂の向こうに追いやってしまった。正に太鼓の正確で力強いリズムが、一つの言葉を発することなく喧騒を鎮めてしまったのだ。いやねじ伏せると表現したくなるほどの圧巻の演奏だった。
 備中温羅太鼓の演奏を聴くたびにどう表現すればそのすばらしさが少しでも伝わるかと頭をひねるが、演奏が汚い言葉が行き交う騒音を消した一瞬を体験したので今日はそのエピソードを紹介した。


2013年11月23日(Sat)▲ページの先頭へ
凶暴
 廊下ですれ違う人、エレベーターの中、ほとんどの人が車いすだ。中には松葉杖をついている人もいるが概ね車いすだった。老人も多かったが、中年や若い人もいた。僕の母のように単なる転倒で骨折したような人も勿論多いのだろうが、年齢から言ってその様なことは考えられない人達も多い。仕事中の事故か交通事故だろうが、見ていて痛々しい。
 脳外科やリハビリを標榜している病院だから、その様な患者が多いのは当然だが、そうした人が日々生まれているだろうことに心が痛む。文明がそんなに発達していなかった時代なら、こんなことで人生の重荷を背負う人などほとんどいなかっただろうなと、思いを馳せる。動物に噛まれる、落馬する、屋根から落ちる等、恐らく多くの人が一度に巻き込まれるようなことはなく、不注意からの個人の事故止まりだろう。それが文明の発達と共に、事故が多くなり、大きくなった。例えば車。何トンもの鉄の塊が毎日鉄砲の玉より凶暴に行き来する。これに何百人の人が撃たれる。
自動扉一つで、賑やかな祝日の光景と遮断され、ベッドに横たわり、車いすを押され、もくもくとリハビリに励む。こんなはずではなかったことがこんなはずになる。加害者も被害者も苦しむ。今日も明日も便利が凶暴に行き来する。


2013年11月22日(Fri)▲ページの先頭へ
白菜
 決して都会の人ではないけれど驚きようは都会の人並みだ。いや本当はタレントと言っても通るくらい美人だから、その驚きようはスクリーンを通してみているようだ。ただそこはさすが近隣の市に住んでいる人で、素朴さは十分残しているから応対するのも力が入らずに心地よい。
今日は人物の評価ではない。その人がいつものように漢方薬を取りに来たのだけれど、車の中にお母さんを待たせていると言う。お母さんと一緒に来たことがないから訳を聞くと、牛窓にわざわざ白菜を買いにお母さんは来たらしい。わざわざというのが理解できないから尋ねると、牛窓の白菜は甘いのだそうだ。そもそも白菜に甘いという味覚を適用することなど思いもつかない僕には少し奇異に聞こえた。しかし、牛窓の白菜を同じ言葉で何回も褒めてくれる。
 実はその数時間前に農家の方に6個白菜を頂いていた。6個と言ってもとても大きな白菜だから、少人数の家族で一つも食べることは出来ない。赤ちゃんを抱くより重いのではないかと思うくらいだ。6個ももらったからそのうちの一つをあげようと思って事務所から一つを抱いてでてくると「ワーッ、大きい」と驚きの声をあげた。僕もスーパーに白菜が並んでいるのを見たことはあるが、確かに4倍くらいあるのではないか。その大きな白菜をカウンターの上に立てると、女性が「牛窓の白菜はこの辺りまで甘いらしんです」と根本の白い部分からずいぶんと上の方まで指で示した。それがお母さんをして「漬け物を作るんだったら牛窓の白菜じゃないと駄目」と言わしめるらしい。塩辛ければなんでもいいという僕の味覚なんぞは及びも付かない舌の感覚の持ち主が、最高の褒め言葉を牛窓の白菜にくれたのだから、農家ではない僕でも嬉しくなる。
 牛窓の農家も高齢化していて重量野菜を作るのは大変だろうと思うが、遠くからわざわざ買いに来てくれることを思えば二重の腰も伸びるだろう。


2013年11月21日(Thu)▲ページの先頭へ
2カ国語
 2カ国語を話すことが認知症の発症を遅らせる可能性を、新たな研究が示唆した。バイリンガルの人は1カ国語しか話せない人に比べ、アルツハイマー病を含めた3種類の認知症の徴候が現れるのが4年以上も遅いことが判明したという。この報告は、「Neurology」オンライン版に11月6日掲載された。「バイリンガルであることが、脳を鍛え、認知的予備力(cognitive reserve)を高めることにより認知症の発症を遅らせている可能性がある」と、研究著者の1人である英エジンバラ大学のThomas Bak氏は述べている。

 今日届いた医学情報の中の一節だが、今更言われても困る。何十年前にこうしたことが分かっていたら、もう少し受験英語から喋れる英語にシフトしていたのに。合格発表の瞬間、全ての受験教科の知識は捨てたから、英語も又僕の頭の中から消えた。空いたスペースにその後何が入ったのか定かではないが、未だ多くが空き倉庫のような気もする。
 元々外国や外国人に興味がなかったから、英語を勉強する動機は受験以外にはなかった。そうした多くの人間が行き着く所が僕みたいなところだと思うが、今更痴呆を持ち出されても困る。地方でのんびり生粋の土着の人間に囲まれて生きていたら痴呆になるのでは、痴呆に、いや地方に失礼だ。もっとも僕は今まで2カ国語を話せる人の呼称バイリンガルは、和製英語だと思って「倍リンガル」と書いていたのだから、やはり僕の頭は所詮「半リンガル」だ。


2013年11月20日(Wed)▲ページの先頭へ
草根木皮
 「効いたらいけないの」と言いたくなる。「感謝しているのか不安なのかハッキリせい」とも言いたくなる。ただ子煩悩のその男性にとっては、2日という数字は期待以上で余計戸惑っているのだろう。
子煩悩と言っても程がある。息子はもう充分30歳を越えている。ただ、子離れできていない男性にとっては30歳の息子も幼いときの息子も同じなのだ。それは良く分かるが程度にもよる。その程度を彼は大きく上回っているだけだ。
 仕事の内容を聞いたら僕でもさすがに頭に来る。ただ雇われの身、雇用主に強くでられないのだろう。まして零細企業なら尚更だ。細身でか弱そうに見えるがさすがそれだけの労働に耐えられるのだから、若いって素晴らしい。僕なら即入院ものだろう。そんな彼でも数ヶ月に渡る超過勤務は体だけではなく心までも蝕んだのだろう。素直ないい子であることは幼いときから僕も知っているが、その長所が禍したと言える。潔癖に仕事をこなそうとしてどんどん自分を追いつめたのだろう。傍で見ていて痛い程イライラしているのが伝わってきたらしい。留めは家族で買い物に行ったとき、まともに車をまっすぐ走らせることが出来なかったらしい。慌てて注意したら、本人は白線に沿って走らせているらしかったが、実際には大きく蛇行していたそうだ。
ある体験から父親は心療内科の受診を避け僕に相談に来てくれた。ほとんど逆のケースばかりだからまず僕のところに心のトラブルできてくれる人なんか珍しい。それだけ症状が新鮮だから治り安くもある。2週間分漢方薬を作ったが、感触ではもっと早くイライラはとれると予想していた。2日前に2週間分漢方薬を渡しているのに、今日も2週間分作ってと言う。どうしてと尋ねると「奇蹟みたいに効いたから沢山キープしておく」のだそうだ。僕は有り難いが、そこまでしなくていい。「○○さん、沢山買ってくれなくてもいいよ。僕は手みやげで十分嬉しいから」と手ぶらの彼の手許をしげしげと眺めた。
 常日頃親しいことがもたらした好結果だ。まるで冗談のようにやりとりできるから内面が手に取るように分かる。分かれば処方は自ずと浮かび治癒の確率も高い。草根木皮がもたらす自然の恵みに秘めたる計算はない。人が力みを捨てて救われるように、人類も又力みを捨てれば大いなる恵を頂いて長らえるだろうに。


2013年11月19日(Tue)▲ページの先頭へ
達成感
 便秘と無関係の人からすれば、いや経験者にとっても20錠というのは驚異の数字だろう。ただ実際世の中にはそうした人も珍しくはないのだ。それでいて別段大きな病気を抱えていることもないのだから、人間って強いと思う。ただ将来どうなるかは、楽観的な予想は立てにくい。腸を痙攣させてやっと排便があるなんてのは、そしてそれがコーラックだとしたら、一番なりたくない病気の最短距離を歩む可能性も高い。
こうした人に最早地力で排便できる機能が残っているようには思えない。病院でもかなり苦労して、半ばお手上げ状態だと思う。だから市中に放り出されて手っ取り早くをモットーに刺激性の便秘薬をひたすらエスカレートさせる。よくあるパターンだ。
 ただこの人はその状態に危機感を持ったのだろう。だから1年以上、僕に猶予を与えてくれたのだ。もっとも他の症状がそれより早く改善してもらえたから、希望を託してくれていたのかもしれない。ただ、僕としては期待してくれている反応をなかなか呼び寄せれないことに申し訳なさを常に感じていた。僕自身もどうして反応が出ないのだろうと、不思議に思っていた。理論では治す自信はあったが、結果がなかなか出ないのだ。ところがこの秋から、数日経てば地力で排便出来るようになったと報告があり、直近の処方ではますます自然な排便の頻度が増え、排便自体が凄く気持ちよいものになったらしい。電話の向こうにとても幸せそうな女性の声が響く。達成感の共有だ。
ぶれることなく、ただひたすら機能を良くするだけの漢方薬を飲んでもらったことが功を奏したのだと思う。下剤ではなく機能を良くする。一見遠回りのように思うが、加えてとてもそんなこと出来そうには思えないが、そこはやはり自然の生薬の持っている力だろうか、実現不可能のようなことが実現しつつある。これが是非ぬか喜びで終わらずに、電話の向こうとこちらでもっともっと高い達成感を共有できたらと思う。


2013年11月18日(Mon)▲ページの先頭へ
遺言状
 いつ書いたのか分からないが、少し汚れた封筒の表書きに「遺言状」と書かれているものを妻が今日見せてくれた。母の家を片づけたときに見つけていたのだろうが、僕は今日初めて見せられた。内容は土地の相続と葬儀の段取り、お墓のことだけで凄く実務的なものだった。余分なものがないから感情をかき乱されることはなかったが、しかし昨日の「帰りたい」と言う訴えと重なって悲しみが襲ってくる。
 誰にだって等しくやってくるものだから、殊更騒ぎ立て嘆き悲しむものではないのだが、ましてそれが単なる庶民だったりしたら、すこぶる限られた範囲の出来事でしかないから、数日もたてば何事もなかったかのように日常は回り出すのだが、懸命に生きた後の旅立ちの覚悟は痛ましい。
 回りの星の存在を許さないかのように今夜の月は明るい。冷気が余計明るさを際だたせる。夜空を見上げることすら出来ないコンクリートの部屋の中で、長い夜をどうして耐えているのだろう。月明かりにでも消されてしまいそうな人生が、便箋1枚残して消えていく。


2013年11月17日(Sun)▲ページの先頭へ
権利
 「夕方に迎えに来るから、待っていてね」なんて嘘をしゃあしゃあと言えるのだろう。自分で自分がいやになるが、いやになるところがまだ救いなのかもしれない。
 差し入れたプリンを美味しそうに食べながら僕にも勧める。本来の母と何ら変わっていない。ただ変わったのは、僕が添付のスプーンをプリンに立てたまま渡したら、それをストローと間違ったのか、吸っていたことだけだ。それはスプーンだと説明したらすぐに手にとって美味しそうにプリンを食べ始めた。
 僕が施設に入ったとき、母は車いすに乗せられ頭をテーブルにつけたまま眠っていた。6人テーブルに母一人だった。いつからその格好でいつまでその格好でいるのか分からないが、時間は残酷に停止したままだ。コミュニケーションの唯一の手段としてお菓子程度しか思いつかないので、毎回些細なお菓子を持っていくが、喜んで食べてくれる。他の入所者の立ち居振る舞いに目をやりながら、最大公約数を懸命に探すが答えは毎回見つからない。
 いくつも言葉を交わしたわけではないのに、僕は席を立つ。いつものように「又来るからね」とありきたりの言葉でその場を離れようとすると母が珍しく「私は、帰りたいわ」と言った。なんてことだ、母の人格を痴呆という都合のよい言葉の中に全て詰め込んで、無視しているのだ。優しく遠慮がちに「帰りたい」と訴える母をまるで幼子のようにあしらう自分が情けない。
 直接の原因はアリセプトによる攻撃性という副作用だったのに、それが治っても入所以外の選択肢を探さなかったのか。僕にとって都合のよい慰めの言葉を拠り所に母を追いつめたのではないか。的がはずれた会話も、悪臭も、人格を否定するにたりる要因なのか。「帰りたい」を拒む権利が息子だからと言うだけであるのだろうか。姥捨てをする権利が息子だからと言うだけであるのだろうか。今日僕は、母が全てを承知で「施設に入ってくれている」ように感じた。


2013年11月16日(Sat)▲ページの先頭へ
専門馬鹿
 母娘で毎日泣いていると電話の向こうで訴えられても、僕には良い案が浮かばない。体調のことでもう随分とお世話させて貰って、かなり高い確率でお役に立てれているが、家庭が抱えている根本原因には良いアイデアが浮かばない。善良な家族でどんなことをしてでもお手伝いしたいが、薬剤師という職業と直接関係ない問題を解決できる能力は僕にはない。こんなことを言うと、いわゆる専門馬鹿のように聞こえるが、僕は所詮「専門も馬鹿」なのだ。
 どう言った人に相談したらいいのか分からない。どう言ったところに駆け込めばいいのか分からない。僕は当事者でなく、第三者なのに、冷静に考えても答えが見つからない。これが当事者だったらどれだけ心労が重なるだろうと容易に想像できる。だからこそお手伝いしたいが答えに行き着かない。漢方薬で出来るのは人の心までで、環境は変えられない。
 同じくらい深刻な悩みを抱えている人など一杯いるに違いない。表に出ないまま苦しんでいる人が実はとんでもない数いるに違いない。手が差し伸べられず、家庭の中で行き場を失った不幸が重たく沈殿しているに違いない。医療や薬などでとても解決できない苦しみは、深刻な病気に負けず重たく辛いだろう。想像し、理解できても、代わってあげることも出来ないし、何らかの力を行使することも出来ない。答えようのない歯がゆさの中で受話器を中途半端に置いたが、僕の頭の中ではまだその言葉が行き場を失い彷徨っている。


2013年11月15日(Fri)▲ページの先頭へ
発掘
 ・・・ 小学校の同僚の女性教諭に睡眠導入剤を入れたシュークリームを食べさせ、急性薬物中毒にしたとして、大阪府○○署は14日、傷害などの容疑で、○○を書類送検した。教諭は一時意識不明となり、入院を余儀なくされた。容疑は職員室で、市販のシュークリーム1個に睡眠導入剤を混入して女性教諭に食べさせたとしている。教諭は食べて間もなく意識不明となり、病院に搬送。9日間入院した。同署によると、女は家族に処方された導入剤の錠剤を持参。職員室での会議中に自ら買ってきたシュークリームを配り、教諭にだけ錠剤入りのものを渡した。「1錠を割って中に入れた」と供述している・・・

 よくある事件ではあるが、読み手によっては結構深刻な内容を含んでいる。まずこの事件で使われた睡眠薬が恐らくもっとも汎用されているものだと言うこと。名前を書けばびっくりする人が多いのではないか。僕の薬局でも処方箋でこの睡眠薬を飲んでいる人は一杯いる。ほとんどの人は何年も飲んでいる。次に飲ませた錠剤の数が1錠で、普通に処方される錠数そのものなのだ。一度に沢山飲ませて昏睡させたと言うなら分かるが、不眠のために飲むごくごく普通の錠数で意識不明になり9日も入院したというのだ。不眠を訴える人が毎日飲む量で意識を失ったのだ。恐らく何百万人もの人が毎日服用しているポピュラーな睡眠薬は、実はこんなことが出来る薬なのだ。習慣性はありません、翌朝の持ち越し効果ありません等と、よいことづくめの説明を信頼してみんな安心して飲んでいるのだろうが、実はこのくらいのリスキーな薬なのだ。
 そもそもこんなに睡眠薬が必要なのだろうかと、処方箋調剤を手伝いながら思うことはしばしばだ。いつからこの国の人達はこんなに眠ることにこだわり始めたのだろう。朝は朝星夜は夜星で寝る間も惜しんで働いてきた国民が、どうして眠ることに拘るのだろう。一所懸命働いて死んだように眠っていた国民が、どうして不眠に悩むのだろう。
僕はこのところ、薬が保険で安く手に入る構造こそがこの国に病人を増やしているのではないかと感じている。製薬会社の思惑が簡単に反映しているのではないかと思うのだ。単なる不調や老化が即病気にさせられてしまう。ちょっとだけ仕事を休ませてもらえば回復するだろう不調も、働きながらでは病気になってしまう。まるで病人を発掘しているような意図を感じてしまう。本当のことが表に出ない構図は原子力村と似ている。


2013年11月14日(Thu)▲ページの先頭へ
耳鼻科
 電話を受けた妻が対応に苦慮していた。そのうち手に負えないと思ったのか僕に振ってきた。電話の向こうでは老人が、一所懸命何かを訴えようとしていた。その訴えに悪意は全く感じられないから当然僕は理解しようと努力した。ただいくら僕のチラシを見てくれたと言ってもさすがに「三寒四温」と言う病気は載せていない。
 「三寒四温の薬がありますかな?チラシに載っていたんですけど」数回聞き直したが同じ言葉を繰り返す。僕もこうなれば国語の時間だと思って「三寒四温って、寒い日が3日あれば、寒い日がその後4日続くってことでしょう?冬のことを言ったり、春が近づくときにも言ったりするやつですよね?」と合っているのかどうか分からないが、どうせその道は素人だから知ったかぶりで説明した。すると老人は「天気のことではないんですら、耳の病気であるじゃろう。耳鼻科の先生に言われて2週間前に薬をもらったのに全然効かんのじゃ」ここまで自信を持って言われると僕もさすがに自分の不勉強を恥じた。「耳鼻科の病気で三寒四温ってのがあるんですか?」「2週間前から目が回って、耳鼻科へ行ったら先生がそう説明してくださったんじゃ。三寒四温が調子を崩しとるらしんじゃ。脳の方から来とるかもしれんから、脳の検査もしてくるように言われたんじゃけど、脳はどこも悪くないらしんじゃ。残っとるんは三寒四温だけじゃ。漢方薬で三寒四温を治してもらえんじゃろうか?」
 耳鼻科?目が回る?この2つのキーワードである言葉が浮かんだ。「三半規管ですか?」「そうじゃ、そう言っとった。難しいから覚えれん」
 入り口でかなり手こずったが、要は目が回るのではなくクラッとするトラブルらしい。
不安な気持ちが十分伝わってくる。とんでもない名前の間違いに心も和んだが、降って湧いたようなトラブルに動揺を隠せない老人の役に立てればと思わずにはおれない。楽しくてやがて悲しいのは祭りだけではない。


2013年11月13日(Wed)▲ページの先頭へ
説明
 不在の息子に代わって説明を受けたのだが、熱心な1時間にも渡る説明の後僕がそのセールスに言った言葉は「ありがとう、でも9割は忘れた」だった。「欲しい人があったら紹介してください」と言われても、ほとんどパソコン教室かと思われるような指導を受けなければ運転出来ないようなら、少なくとも僕の世代以上には勧められない。
安全のための装置が満載だからその車を選んだのだが、その装置を上手く使いこなせなれなければ、元々付いていないのと同じだから意味を持たない。手を離しても、アクセルを踏まなくても走っていけるし、後ろも前もぶつかりそうになると警告してくれるし・・・あれ、やっぱり忘れた。こんな説明なら5分ですんだはずだから、もっともっと僕にとって未知の内容はあったはずだ。うがった目で見れば、車代のかなりの部分がこの付録みたいな装置のために上積みされているのではないかと思った。そう言えば、ポケットに鍵を入れたまま車に近づくと勝手に鍵が解除され、離れると施錠されると言っていた。実演もしてくれたが、結局驚いただけでやり方は忘れた。ただ印象に残ったのは、「この鍵を無くさないでください、これだけでも8万円しますから」という言葉だ。何で鍵だけでそんなに高いのか分からないが、僕にとっては恐怖の付加価値だ。
 帰ってきた息子に操作方法を教えようとしたら、これ又1,2分ですんでしまった。息子は僕の受け売りを聞いていたのか聞いていなかったのか分からないが、キーを持って出ていくとそのまま車に乗って出て行ってしまった。「なんじゃこりゃあ」あの1時間はなんだったのだ。


2013年11月12日(Tue)▲ページの先頭へ
 夜のウォーキングの楽しみに一つ加わったものがある。以前は専ら録音していたテープを聴くことだったが、それも仕事とは全く無関係なものに限るが、最近は夜空を見上げ一際輝く星を見つめたり、飛行機の灯りを追うことだ。僕が歩く時間帯は殊更飛行機が飛んでいる数が多いのか、一度に4機の灯りを見つけることが出来ることもある。飛ぶ方向はまちまちなのだが、概ね高松方向か、岡山空港方向だ。ただ時には西へ向かってまっしぐらってのもあるから、九州や広島目がけてというのもあるのかもしれない。いやいや外国へ直行というのも想像するが、それだと直線距離でないから無駄が生じてしまう。やはり国内線か?
動いていれば飛行機だが、留まってキラキラ光るのは星だ。飛行機に負けないくらいキラキラと輝く星がいくつかある。あまりの輝きに僕も足を止めて、それが動いているのか静止しているのか確かめないと判断に迷うことがある。この年齢になってから星空に惹かれるのは我ながら面白い。幼いときから今まで星に興味があったわけではない。まじまじと見たこともない。だから星に関しての知識など小学生の頃から増えてはいない。星座はオリオン座と白鳥座と北斗の拳、星は「スイキンチカモクドテンカイメイ」と、巨人の星、県庁の星、地上の星のままだ。


2013年11月11日(Mon)▲ページの先頭へ
イグノーベル賞
 今年のイグノーベル賞はもらった。今朝それに匹敵する貴重な経験をした。
テニスコートを歩いていると急に上空をジェット機が通る音が聞こえた。そしてそれが又急に止まった。1秒か2秒と言ったところだろうか。それこそ急だったから空を見上げると、カラスの一群が通り過ぎた。テニスコートのナイター設備よりはるか低いところだからひょっとしたら5メートルくらいの高さだったかもしれない。さすがにジャンプして届く辺りとは言わないが、5メートルもなかったかもしれない。カラスの羽音は時々聞くことがあるが、空気を力強く押し下げる音だからブーンブーンと表現したくなるような音だ。ところが今日の音は明らかにゴーだった。正にはるか上空を、見えるか見えないか辺りを飛び去るジェット機の音そのものだった。
 ここは僕も「下学者」の一人として探求心全開だ。どうしてあんな音になったのだろうと不思議だったので飛び去る烏を観察したら、総勢7羽が、結構間隔の狭い編隊飛行のまま羽ばたきをせずに飛び去った。恐らく空気を切る音が重なってあのような音になったのだと思う。
その後10分くらいして、総勢10羽が編隊飛行のまま僕の頭上を南へ飛んでいった。その時はかなり高いところを飛んでいたから、何ら音は聞こえなかった。10匹と多かったから、低空を飛んでくれたら又あのジェットの再現かと思ったが、こちらの思うようには残念ながらいかない。イグノーベル賞をもらうには再現性が要求されるだろうから、まず烏を10羽捕まえること、そしてその次に狭い空間での編隊飛行をさせることが必要だ。
でも僕は出来ると思っている。だって、この国の人達は勤勉で従順で放射性物質を浴びせられ食べさされても、自分の秘密はさらけ出しても国(金持ち集団)の秘密には口を出させられなくても、自分より国(金持ち集団)を大切にすることを疑わないくらい頭が・・・いいのだから。


離岸
 このところ、出かけるときにはほとんど旗を持たない添乗員だから、今日の高松はよかった。家を出てから帰るまで単独の行動だから、時間に拘束されない自由が心地よかった。本来僕はこうした行動しかしたことがないのだが、ここ数年は、誰にともなく恩返しみたいな行動をとっている。
 今日僕は気がついた。フェリーに乗る楽しみは、前方に目的地、高松の一際高いタワーや玉野の工場の高い煙突などが、微かに見えて、それが次第にはっきりと見え始め、やがて街並みの全容が姿を現すドラマが好きなのだ。それが証拠に、何冊も平生読めない薬学の雑誌を持っていって、読み終えるたびにゴミ箱に捨てる作業を、離岸したらすぐに始め、夢中になって読んでいる。途中島々や、すれ違う船に目を向けることはあっても、身を乗り出すようなことはない。ただ、もうそろそろかなと言う時間帯になると血が騒ぎ始めて、3階のデッキに上がり、前述の展開を堪能する。今日は、デッキだと少し肌寒かったから他の人は上ってこずに、僕が独り占めしていた。贅沢な一時だ。
 今日の高松行きには漢方の勉強以外にもう一つ目的があった。フェリー乗り場のすぐ前に、アルファあなぶきホールという大きな建物があって、それが何か以前から気になっていたのだ。インターネットで調べると香川県の文化センターみたいなものらしくて、大きなイベントが行われるところだ。丁度今日は第九のコンサートがあるらしくて、大きな楽器を持った人達が集まってきていた。僕はそれを最上階にあるレストランから、フラッシュモブでも始めてくれないかなと、勝手な思いで見ていた。
 県庁所在地にはとても見えない人口密度の低さに毎回慰められる高松の休日?だ。


2013年11月09日(Sat)▲ページの先頭へ
廃車
 息子は「怖いなあ」と言うし、車屋さんは「あれで高松まで行くんですか?」と言うからさすがの僕も諦めた。明日を最後に17年乗った車を廃車にする。丁度明日が車検切れの最後の日で、正に乗り納めだ。二人が心配してくれたように、信号で止まるとエンジンまでが止まりそうになる恐怖と戦いながら高松に漢方薬の勉強をしに行ってくる。
息子が自分の車の車検が切れたので僕の車を代車として使った。帰ってから開口一番「お父さん、よくあんな車乗っているなあ、信号で止まるとエンジンが止まりそうで恐ろしかった」と言った。その後に「もう新しいのを買ったら」と言ってくれたので、やっと決心した。今まではもったいないという気持ちで危険を押しのけていた。僕は運転しているから聞こえないが、妻が駐車場から出すときなど大きな音がする。ひょっとしたらハンドルを切るたびに大きな音がしていたのかもしれないが、乗っている人間よりは道行く人達の方が怖かったかもしれない。
 月曜日からは息子のお古の車に乗ることになる。8人乗りだからかの国の子達を色々なところに連れていってあげるには都合がいいが、運転に自信がない。どんなことがあっても彼女たちを傷つけてはいけないから運転の練習をしてみようと思う。ただこれで僕の欠点がひとつ機械によって補われる。「オトウサン ダイジョウブ?」「オトウサン ヨク マチガエル」こんな会話がナビのおかげで車内から消えるかもしれない。ただ僕自身にはまだナビが付いていないから、これからの人生も今まで通り「オトウサン ヨク マチガエル」のままだ。


2013年11月08日(Fri)▲ページの先頭へ
電話派
 過敏性腸症候群の相談の方で電話派は2割くらいなものだろうか。多くはメール派だ。この方は電話派だから、メール派よりも少しはイメージできるところが多い。
5,6年前に色々なことが重なりおならが我慢できなくなった。そのうち漏れるようになって後は巷言われる症状のオンパレードだ。最初の相談で臭いと言われたり笑われたりすると言っていた。どれだけ毎日が辛いだろうと容易に想像できるが、電話の向こうにいつも僕は善良な女性を想像していた。だからどうしてもおならのことなど気にしないで毎日を充実したものにして欲しいと思った。
 実際この方の場合は、他の症状でガスが多く発生していることが分かったから、元々のガスの発生を押さえる処方と、5年も6年も越えることが出来ないがす漏れという壁を超える力、本当は寧ろ逆で脱力なのだが、をつけることが出来る漢方薬を飲んでもらうことにした。「幸せっ!」と言えるような大きな健康おならが出ることも完治には必須条件だ。
 この方の場合は、ガスによる不可思議な身体の症状がまず消え、そのうち会話の中で、あれだけハッキリと断言していたがす漏れ症状について、本当かどうか分からないと言い始めた。その頃から、会社で悪く言われることが無くなった。そして最近では、陰口は一切消え、仕事仲間となんと楽しく接することが出来るようになった。これは彼女にとっては革命的な出来事ではないか。仕事仲間という言葉が初めて現実のものになったのではないか。もっとも電話の向こうから伝わってくる善良や素朴から、僕は孤立は自分で作っているだけのものとは最初から分かっていたが、体調の改善に連れて、心まで安らかになって行った。
 ほぼがす漏れに関しては自分も完治と認めている。今ではなんであんな考えを持っていたのか不思議みたいだった。僕はこの女性の緩やかではあったけれど確実な回復を、実際の声で伝えてもらった。僕の過敏性腸症候群の考え方や漢方薬の選択が間違いではないことを今回も証明してもらった。「治らないはずがない」単純だけれど、それ以外の言葉は必要ない。


2013年11月07日(Thu)▲ページの先頭へ
手術
 「もう二度とこんな所には来んぞ(来ない)」と威勢よく啖呵を斬ったのに、もう戻ろうとしている。「殺してくれえ」と数時間叫び続けたくらい痛かったらしいから、気持ちは良く分かる。
何か重大な事態が発生すると息子さんが相談にやってくる。半年前に父親が癌の手術をしたときも、大きな病院を紹介した。最近また2cmの癌が見つかって、連続の心労に息子さんも参っている。相談しているときに前回の入院時のエピソードを教えてくれたのだが、手術はさすがに大変だったそうなのだが、何が悲劇と言って、麻酔が早く切れてしまって、目を覚ましてからの痛がりようが激しかったらしい。息子さんをして「手術なんかするもんじゃねえ」と言わしめるのも、あのエピソードの現場にいたからだ。息子さん曰く、痛いときには自分で操作して痛み止めの点滴が行われる装置があったらしいが、「痛いときにしたらいいと言うけれど、痛くないときがないんじゃから、どうしようもないが。無限にやっていいもんじゃないらしいから」と。又、医師や看護婦がなかなかやってきてくれなかった心細さも教えてくれた。
 いつもは親孝行のこの字もない彼だが、さすがに父親の不幸を前にすると優しくなる。来るべき新たな癌の手術などについても質問されたが、それは医師の領域で僕には分からない。僕に出来ることは、不安な気持ちを口から出させてあげることだ。気が済むまで喋って帰ればいいのだ。ただ僕は彼が無口なことを知っているから、気が済むまでが人様の何分の一しかないことも知っている。案の定、10分もしたら帰っていったが、後ろ姿は入ってきたときの何分の一の重荷しか担いでいないように見えた。


2013年11月06日(Wed)▲ページの先頭へ
牡蠣むき
 牡蠣の養殖をやっている漁師が、従業員の目薬を取りに来た。様子を尋ねると牡蠣むきをしていたときに破片が眼球に当たったらしい。痛がっていたので病院に連れて行ったら、処方箋のような薬が出たと言っていた。
 処方箋に記載されている名前が明らかに日本人の名前でなかったから経緯を教えてもらった。今はなかなかきつい仕事をしてくれる日本人が少なくて、外国の人の手を借りることが多いらしい。目を負傷した男性もその中の一人らしいが、去年は広島で同じ仕事をしていたらしい。そこで面白いことを漁師が教えてくれた。
 「どうやら、広島流のむきかたでやっていたらしんじゃ。だから殻が目を直撃したんじゃ」「広島流?お好み焼きなら分かるけど、牡蠣のむきかたにも広島流があるの?」「そりゃああるわ、所変わればなんとか言うじゃろう。広島流は叩いて殻を割って実をとるんじゃ。それに比べて岡山流は、殻をこじ開けるようにして実をとるんじゃ」
 なるほど、又一つどうでもいいことを知った。僕は食べれればいいくらいの関心しかなかったが、なかなか面白い。隣の県なのにこんなに違うなんて、まさか張り合っているわけではないだろうに。
 ついでと言っては何だが、以前から気になっていたことを尋ねてみた。それは実をとった後の大量の蛎殻だ。煎じ薬や漢方薬に必要なものだから是非有効に生かして欲しいと思ったのだ。少なくとも産業廃棄物にだけはして欲しくなかった。するとちゃんと、農業用に加工され有効に使われていると教えてくれた。自然からとれたものが又自然に帰っていく循環が完成されていることは嬉しかった。広島流も興味深かったが、蛎殻の行き先があることも嬉しかった。少し歩けば牡蠣むきの作業所に行けるのだが、そこでの営みには疎かった。それぞれがそれぞれの場所で懸命に生きている。それももくもくと。その様がいい。


2013年11月05日(Tue)▲ページの先頭へ
 この気温で花火は似合わない。ただこの時期にやるのには理由があって、当事者でない僕が憶測するのは良くないかもしれないが、恐らくあの京都の事故が引き金を引いたのだと思う。
 牛窓の花火大会は僕が小学生の頃始まったから半世紀続いていることになる。牛窓は小さな町だけれど海辺と言うこともあって花火には適している。だからこんなに長い間続いたのだと思う。当初は父などが頑張っていたから商工会が主催していたのかもしれない。 そのうち牛窓町の主催になって、その後合併して瀬戸内市のものになった。ただ御多分に漏れず自治体にお金が無く、花火大会も後援くらいの関わりにしぼんでいった。そこで俄然男気を出した集団があって、最近はその集団がボランティアの協力を扇いで花火大会を開催していた。
 ある日チラシが入って、花火をこの時期に打ち上げると言う。その理由は花火大会を残念ながら今年を最後にするからその記念らしい。8月に大会を終えて、少し予算が余っていたからそのお金で最後の花火をあげるというのだ。チラシには打ち上げ時間が書かれていただけだったので、どのくらいの規模の花火を打ち上げれるのか分からなかった。だから集団の世話人に尋ねてみたら、数十万円しか余っていないから5分くらいではないかという話だった。本番の時でも僕は見に行かないのだから、最後だからと言う理由で見に行くほどセンチメンタルではない。まして5分と言われれば、あっと言う間だから、わざわざ出かけるほどのものではない。
ところが息子は缶ビールを半ダース仕事帰りに買ってきた。ビールでも飲みながら我が家の2階から楽しもうとでも思ったのだろう。仕掛け花火は見られないが、普通に打ち上げられる花火なら全て見える。ところが彼が家に着いたときにはすでに花火は全て打ち上げられていて、牛窓に入る峠で少しだけ見えただけだったらしい。リビングで残念そうに冷たいビールを飲んでいた。
 不思議なことに、花火が終わった頃から牛窓を後にする車で薬局の前の道路が渋滞した。こんなに最後の花火を見に行っていたのかと驚いた。恐らく一人一人がそれぞれの想い出を持ち、感慨にふけりながら空を眺めていたのだろうと思った。人はそれぞれで、僕みたいな無感動の人間から、感激屋の人達までの幅があることこそ社会なのだと再認識させられた。振幅のあちらがいてこちらもいる。だから軸は概ねずれないのだ。


2013年11月04日(Mon)▲ページの先頭へ
置き去り
 僕がハッキリ時代についていこうとすることを諦めたのは、携帯電話からだ。その予想される便利さより常に人と繋がったり管理されたり、あるいは電磁波を脳の近くに集めるのを嫌ってからだ。いわば確信犯なのだ。
 昨日あるスーパーのリニューアルをつぶさに見て、2つのお店で時代の変化を又知った。嘗てならこんなものが店舗として、店内の一等地に展開されるようなことはないだろうなと思った。
 カフェと名が付いていたから当然僕はコーヒーの店かと思った。でも店内はがらがらで、若い女性が受付に一人いただけで、席も全くなかったし、カフェの必需品も全く見あたらなかった。仕切がないから当然香ってくるはずのコーヒーの香りもしなかった。看板を見直してみるとカフェの前にジュエリーとあった。で、宝石を高く?安く?買いとる店だと分かったのだが、何となくその手のものは裏通りの人の目に触れない場所にありそうなので、その出世振りに世の変化を感じた。ついていけないし、ついていかない。
 その隣の店も僕には異様に移った。1時間ぶらぶらして何回も同じ所を通ったが、隣のカフェに客が一人もいなかったのと同じように、この店もいなかった。いや帰るときに見たら一人カウンターに正に腰をかけようとしていた。この店は保険を見直すというようなことを標榜していたと思う。僕らが保険に入った頃、ほとんどの切っ掛けは、知り合いのおばちゃんというのが相場だった。簡単に保険のセールスは出来るみたいで、簡単になって簡単に辞めていた。だからこちらもほんのつき合いで入っていたものばかりだから、ほとんどすぐに解約していた。そうしてみると保険の見直しは需要が多そうだが、店舗を構えてまでして利益がでるんだと感心した。わざわざ店舗を出すような仕事かと思うが、周知させるには店舗展開は有効なのだろう。ただ僕としては保険の見直しくらい商売にせず、助言として全く好意の範疇に収めたらいいのにと思った。
時代は多くのもので僕を置き去りにしてくれる。ただその方が心地よいのだから、これからも選択的に、戦略的に、確信犯的に遅れをとってやろうと思っている。


2013年11月03日(Sun)▲ページの先頭へ
新装開店
 なんでこんな所で渋滞が起こっているのだろうと気にはしながらも追い越し車線を悠々と走っていると、午前中に時間つぶしをした新装開店のスーパーが原因だった。信号を2つ分占領していたからかなりの渋滞だ。ただ午前中1時間くらいみっちり見学させてもらった僕からすると、「そこまでして行くべき所か?」というのが本音だった
そのスーパーはこの数年、駐車場代わりや時間つぶしにとても重宝していた。と言うと全くお金を使っていないようだが、昼食を3階にあるファミリーレストランで食べるのも密かな楽しみにしていたから、少しは貢献していると思う。外食をあまり得意としない僕だがそこのレストランは珍しく居心地が良かった。理由はいくつかあったが、まず必ず広い店内の半数は席が空いていた。そしてファミリーレストランと名乗りながらも、うらぶれた初老、いや本老人達が結構いて、どう見ても家族がいないか冷遇されているように見えた。そしてメニューは無国籍ながらもどれも最低限の味の保証があった。食べることにあまり興味がない人間にとってはいたって好都合だった。名前を知らないようなメニューがないから、気がひけるようなこともない。
 ところが今日3階のそのレストランが、あるチェーン店に変わっていることが分かった。遠くから店を見つけたときにすぐに変わったことには気がついたが、なにやら僕には不都合な変化のように思えた。雑食の僕だからメニューは何でもいいのだが、注文の仕方が分かりにくそうだった。カタカナの羅列で店の外に大きな看板で周知してくれているのだが、ごく普通に店内に入って、ウエイトレスに注文し、料理が運ばれて来るのを待っていればいいという感じには見えないのだ。多くの人が皿を持って中央の島に集まり、野菜かドリンクか知らないがテーブルに持ち帰っている。何と何が○○で何をセットで○○でドリンクをプラスで○○でと、ポスターには書かれているが「どうせい言うんじゃ!」その大きな入り口のポスターと、店内の混雑と、入り口に出来ている行列で戦意は一気にしぼんだ。 これでどうやら僕の見えすぎの隠れ家がなくなったようだ。保守的と思われるかも知れないが、一消費者としては喜べない「真相」開店を分かって欲しい。


2013年11月02日(Sat)▲ページの先頭へ
関係
 片手を思いっきり天に伸ばして、「こんなに大きく成長するんじゃ、2メートル以上あると思う」薬を取りに来たおじいさんが牛窓では聞いたことがないような植物を育てていると言うから、薬の説明はそっちのけで話を聞いた。この辺りは畑どころで、白菜やキャベツ、カボチャや冬瓜など結構重量野菜が有名だ。だから耳慣れない名前が一体何のことか分からなかった。確かおじいさんは鉞(まさかり)、いや草刈り、いやうっかり、いや赤刈り、いや間借り、そうだユーカリを育てていると言った。薬を取りに来た理由が疲労だったから、如何にユーカリの世話が大変かを語ってくれたのだが、「ひょっとしてコアラの餌になるユーカリ?」と尋ねると、まさにそうだと言う。それも神戸の動物園と契約して栽培しているらしいのだ。
コアラが食べる部分は、ユーカリの先っぽの所だけらしくて、背丈が高く育つ植物の世話は、老人には大変なのだろう。ところが経営面ではとても安定しているらしくて、やりがいが伝わってくる。なんでも、ユーカリは風や湿気を嫌うらしくて、瀬戸内の温暖さが適しているらしい。働き者のおじいさんと、都会の有名な動物園との密かな関わりがなぜか僕は嬉しかった。同じような感動がもっと量産されたらいいのにと思って、牛窓の名産になったらいいねと言うとおじいさんは少しトーンを落として、コアラが輸出禁止になって、もう日本の動物園には新しく入ってこない、それどころか今、日本で飼育されているコアラはもう歳をとって繁殖する能力がないというのだ。すなわちこれ以上は減ることはあっても増えないと教えてくれた。なんとも寂しげな表情だった。いつからユーカリの契約栽培をしていたのか知らないが、何となくいつかやってくる縁が切れる日を覚悟しているようにも見えた。
 これは一つのエピソードだが、色々な人が色々な関係の中で生きているんだと、そしてその関係の中でお互い満たされて生きているんだと、とるに足らない発見かもしれないが・・・嬉しかった。


2013年11月01日(Fri)▲ページの先頭へ
幼稚
 「いつからこんなに悪い人間が増えたんだろう、昔もこんなに悪い人間が一杯いたんだろうか?」と思わずニュース番組を見ていて僕が言った。 息子は何となく頷いていたが、妻は「昔も同じでしょう」と言った。「時代劇でも悪代官がしょっちゅう出てくるではないの」と言うのが根拠なのだが、「それはそうだね、実際そうだったからあんな話が出来るんだろうからね」と僕もほとんど根拠がない言葉を吐く。僕の出典は、あの惜しまれつつ打ち切られた水戸黄門で、妻も僕に付き合って見ざるを得なかったから悪代官が余程印象に残っていたのだろう。
 現代にも悪代官は多いが、いわゆる庶民の悪事もあまりにも多すぎる。印象以外に根拠を持っていないが、悪意のオンパレードのような気がする。容易に人の命を奪うし、人を傷つける。容易に盗むし、容易に騙す。机の角で頭を打っただけでも痛いのに、比べものにならないくらいの苦痛を与え、懸命に働いて得たお金を口八丁手八丁で奪っていく。もし自分が刃物や鈍器で命を失うほどのダメージを受ければどれだけ苦しいか、もし自分の親や子がの財産を奪われたらどんなに悔しいか、置き換えて考えることが出来ないのだろう。 
 どの世代もおしなべて幼稚になったのだと思う。想像力を無くし、まるで幼子のようにただただ要求あるのみだ。与えることが出来ずに、奪い取ることしか考えられない。世の高きところで暮らす人間から、その対角線の人間まで、傷つけてまでして得ることに免疫を無くしている。生きるために仕方なく食べ物を盗み、その罪悪感から今懸命に仕事で罪滅ぼしをしている人を知っている。人が嫌がることを引き受けながら働いている。多くの感謝の言葉をもらっている今でも自分を許せなくて苦しんでいる。僕だけに打ち明けてくれた過去も現在も僕にはまぶしすぎるのに、未だ自分を許していない。そうした生き方が讃えられる世の中であって欲しいのに・・・。


   


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■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
[E-mail] ご相談はこちら
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カレンダ
2013年11月
         

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