栄町ヤマト薬局 - 2013/08

漢方薬局の日常の出来事




2013年08月31日(Sat)▲ページの先頭へ
失格
 どう言った経緯があって、この男性が一人で老いた母親を看ているのか知らないが、立派と言うしかない。僕が褒めると「手を挙げたこともあるんよ」と正直に教えてくれた。その一言で親近感がぐっと増した。それまでは到底真似は出来ないと恥じ入るばかりだったが、誰にもそうした負の体験もあるんだと安心した。
幸い僕は直接世話をしていないから、手を挙げるような必要はなかったが、人格が破壊していくスピードに付いていけずに大声を上げたことは何回かある。その声に怯えたような仕草をしたときは悪いことをしたと反省しきりだが、何の反応もない時の方が寧ろ辛かった。もう何も感じることが出来ないのかと。
 姥捨てをしてから1ヶ月になった。母を目にしない分、生活は安定感を増したが、ふとしたときに思い出され自責の念にかられる。会いに行かなければならないが、もし思考力がまだ残っているなら見捨てた僕を恨んでいるだろうから、それこそ会わす顔がない。願わくば完全に思考停止して僕を認識できないで欲しいと願ったりする。そうすれば僕も施設に会いに行ける。こうした身勝手な自分の考えにぞっとすることもある。
 昨日は兄が、今日は娘が、もう会いに行ってもいいのかと尋ねてくれた。僕の後ろめたさを少しでも埋めてくれたらと思い、是非訪ねてとお願いした。人生のどの部分が幸せなのが一番なのかと考えても答えは見つからない。かなり長い間僕は母を幸せにしたと思うが、最後の最後で裏切ってしまった。せめて最期だけでもと言う表現を好む日本人の道徳観念からしたら、僕は明らかに失格だ。フライングという名の失格だ


2013年08月30日(Fri)▲ページの先頭へ
恐怖
 開店と同時に飛び込んで来るから何があったのかと思うが、本人にとっては大変なことがあったのだ。ただ僕にとっては日常良く遭遇する皮膚病で、一刻を争うようには見えなかった。一刻を争うようなものなら、発症の日から悪化の一途を辿っているはずだが、もう枯れてきているものもあるという。頼みもしないのに、患部を服をはだけて見せてくれたが、恐らく毒蛾か何かだろう。田舎ではよく見る皮膚病変だ。
不思議なくらい慌てていて、又僕の見解を述べると不思議なくらい安心したのには訳があった。本人が教えてくれたのだが、周りの人がそんなに身体中にブツブツが出来るのは癌かもしれないと心配してくれたのだそうだ。周りの人というのが一体どんな人かわからないが、帰るまで数回「最近、回りで癌になる人が異常に多いんよ」と繰り返した。正確には忘れたが、ほぼ国民の2人に1人は癌になる(生涯を通して)ご時世だから、回りに癌になる人が多くても不思議ではないのだろうが、気になりだしたらそれが増幅して洪水のように思いこんでしまうのが人の常だから、たかが皮膚病の、それもある瞬間に一度に発症したものであっても、癌と思ってしまうのだろう。それ程癌がいまでも怖い病気と認識されているのだろう。まして恐らくその女性は60歳を優に超えているだろうから、回りに一気に増えたのも分かる。
人は皆大なり小なり恐怖を抱いて生きている。その恐怖を意図するかしないかは別として増幅させる存在もいるし、癒してくれる人達もいる。出来れば生涯を通じて後者でありたい。さもないと自責の恐怖にさらされ続けることになる。これからはなかなか逃れられない。自分の心の中に陣取っているのだから。


2013年08月29日(Thu)▲ページの先頭へ
確信
 ・・・もっと早くヤマトさんを知っていればと・・・・とても悔やまれます。どうか、助けて下さい。。。このままでは、私はどうなるのかと・・・・

 どうか、助けて下さい・・・・どうにか助けてあげたい。僕にその力があるかどうかは別として、あなたのような方が治らないと言う事実を作りたくありません。人はとんでもない自然治癒力を持っていますから、まだまだあなたの年齢なら克服できるのではないでしょうか。そうでないと悲しすぎますよね。こんなことで悩む労力がもったいないでしょう。色々なことがその労力で出来ていたでしょうに。運動や食事や心模様などを自然に如何に近づけるかです。自然の恵みを貰って治すしかないと思いますよ。
ヤマト薬局

 今日、ある方とのメールのやりとりの抜粋。体がいくつあっても足りないと言われるが、暇な僕の薬局ではそんな事態は起こりえない。ただ、心がいくつあっても足りないとはしばしば思う。この方を含めて、気になる方の多いこと。実力をわきまえればそんなに気をもんでも仕方ないのに、改善して笑顔で自由に暮らして欲しい人が一杯いる。その人達に順列はつけていないが、どうしても調子が悪い人、僕の漢方薬が今ひとつ効果を現してくれない人に想いが行く。多くの人に拙い言葉をかけたいし、多くの人に笑って欲しい。どこででも得られない解放感を味わって欲しい。表裏がないこと、優劣がないこと、揚げ足をとらないこと。いくつかの最低条件を満たせば心は意外と簡単に繋がる。もっとも体調不良を媒体に同じ方向を見て共同作業が出来るのだから繋がらないはずがない。田舎の薬剤師に何が出来るのだろうと思う人も多くいるだろうが、僕は田舎の薬剤師だからこそ出来ると最近では確信している。


2013年08月28日(Wed)▲ページの先頭へ
 雲博士の妻が「お父さんちょっと見て!」と僕を外に連れだした。見ると空一面が、正確に言うと南の一部を除いて、鱗雲に覆われていた。その範囲も圧巻だったが、今朝の鱗雲の特徴は一つ一つがとても細かかった。無数の鱗雲が・・・と小説のように表現しても違和感はないくらいだ。余りにも細かい雲がそれこそ鱗の如く広がっていたので、綺麗とは思えなくて、寧ろ気持ち悪かった。手が届くなら、台所から刺身包丁を採りだし、それを空に立てて左右に動かし、鱗をとってやりたいくらいだった。
 秋は空からばかりやってくるのか、駐車場の草むらの上を赤トンボの群が飛び回っていた。まだどれも小さくて、秋の始まりを象徴している。この2日、窓を開けて寝るとあまりの寒さに震えなければならないくらい気候が急変したが、それを察知して回りのもの全てが移ろい始める。僅か数度の差でこんなに過ごしやすくなるのかと、待望の季節に感謝する。過酷の中で鍛え続けた嘗ての少年も青年もいず、今はひたすら穏やかな日々を追い求める僕がいる。


2013年08月27日(Tue)▲ページの先頭へ
農業
 問診の途中で出てきた言葉でこの女性が農業に携わっていることが分かった。相談に来てくれた不調の原因が仕事柄ってことが分かったが、主にそのトラブルで相談に来る人はこの女性より二回りは大きい人ばかりだ。若くしてそのトラブルに陥った不運は気の毒だが、30代の若さで農業に携わっている女性に会えたことは僕にとっては喜びだった。
 話しているうちに、勿論病因を探り、改善できる漢方薬を見つけるための会話なのだが、段々女性が美しく見えてきた。その女性は美を売り物にするような人とは全く違い、質素でただただ優しそうな印象だった。ところが話しているうちに、田圃で中腰になって働いている姿や、本人が教えてくれた苗床を中腰で作る作業などを想像している内に、美しく見えてきた。生きることの根本を支えている人達に対する畏敬の念がそうさせるのだ。幸い牛窓は、海と畑に恵まれているから、魚を獲る人達、野菜を作る人達の生き様を目の当たりにすることが出来る。多くは高齢の人だが、中に僕ら世代の人もいる。ところがその女性は、世代が一つ下くらい若い。
 例えばテレビなどで目にするのは、空虚に着飾った女性ばかりで、見るのも耐えられないような人物のオンパレードだが、幸運にも実際に薬局の店頭で見る人達は、外見は勿論内面までも飾らない素朴な人が多い。その上そう言った人達が生産活動に日々携わっていたりしたら感動ものだし、それが漁業や農業なら感動を越えて有り難い。僕は、僕らの日常の糧を与えてくれている人達がまず精神的にも満たされ、経済的にも応分の報酬を得るべきだと昔から思っている。
 その女性のように、美しい生き方を多くの若い人達が出来るように役人は環境を整えて欲しい。


2013年08月26日(Mon)▲ページの先頭へ
不動産屋
 今日は不動産屋さん。
放射能を避けて日本の東から牛窓にやって来た人は意外と多くて、それぞれが個性を持っている。その中で先駆的な位置を占めている若い夫婦がいて、時々牛窓の情報を集めるためにやってくる。
僕は病気の人以外とは深く関わらない主義だから、詳しいことは知らないが、一度都会に憧れてある県から東京に出て、あの忌まわしい原発事故を切っ掛けに東京を脱出したらしい。花の都大東京から一気に牛窓では、色んな分野でギャップがありすぎただろうと思うのだが、最近奥さんがこんな表現をした。「こんなに住みやすいとは思わなかった」と。
 こんなに住みやすいから学生時代の10年を除いて住んでいる僕としたら当然の評価だが、こと大東京から来た人がそう言うのは、余程あの街が住みにくかったのだろうと想像する。明をうち消して余るほどの暗もあるし、善を償っても償いきれないほどの悪もある。太陽の下で活躍する人も多いが、暗闇に生息する人も多い。そんなところから逃れてきたら「住みやすい」のは当たり前で、その住みやすさはいとも簡単に手に入る。多くの人が都市部に出ていき、家は勿論土地も農地も遊んでいる。どうして処分したらいいのか、考えただけでも頭が痛くなる土地の人は仕方なく「そのまま」にしている。簡単に、安全に人に貸したり売ったり出来るなら、そうしたい人は一杯いる。ただ小難しい書類に目を通すのが苦手なだけなのだ。
 明日、僕の知り合いがその若夫婦に家を見てもらう。東から逃れてきた人達の役に立てばいいと知り合いは言ってくれている。もてあましていたものが役に立てるならそれにこしたことはない。国がもてあましたものに追われ、小市民がもてあましたものに救われる。巨悪ばかりが栄える地の下を、ささやかな人情の水が流れる。


2013年08月25日(Sun)▲ページの先頭へ
進化
 もう15年以上車を買っていないので、最近の車がどの様な機能を有しているのかほとんど知らなかった。今日車のヘッドランプが切れたのを直しに行ったら、セールスの人が半ば強引に試乗車に乗せてくれた。まるで未開人が都会に出てきたのかと言うくらい、驚きの連続だった。細かいところは忘れてしまったから書けないが、3つだけ覚えている。自分にとっては衝撃的だったのだろう。
 まず最初の驚き。でもこれはテレビのコマーシャルで最近よく目にするから、そのもの自体はよく知っていたのだが、実際に衝撃を体験したのは初めてだったから、寧ろ体感したことに価値があった。時速6kmで試乗車を走らせていて、障害物にノーブレーキで迫った。すると突然あたかも人間が急ブレーキを踏んだ如く止まった。その時勿論安全ベルトはしていたのだが体にかかる衝撃は結構強かった。もしこれが数十キロでぶつかったらと想像すると怖かった。あちらの意図とは異なるがよい体験をさせて貰った。
次は、道路の白線を機械の目が追いながら、ハンドル操作を人間がしなくても走ることが出来る機能だ。勿論前の車を追尾して、アクセルもブレーキも踏むことなく走ることが出来る。極端なことを言えば本を読みながらでも勝手に車は走ってくれるって事だ。
 3つ目は、それこそ何もしなくても、手も足も一切使わずに、縦列駐車が出来るって事だ。これは苦手な人も多いと思うが、テレビ画面を見ていると、センサーを駆使して、車が勝手にバックで、前後の車の間に割り込んだ。圧巻だった。車庫入れでも難しいのに、縦列駐車を見事にやってしまった。
 車に詳しい人ならこんな事は当たり前の話かもしれないが、元々車に興味がない僕としては歓声を上げるしかなかった。何でも壊れるまで使う僕の性格をよく知っているセールスが仕掛けた罠にはまりそうになったが、そこは冷静にショールームを後にした。


2013年08月24日(Sat)▲ページの先頭へ
乗り換え
 パソコンは乗り換えるもの?
 ウインドウズXPが来年の4月にサービスを終えるから、新しいパソコンに乗り換えることをお勧めしますと画面にやたら表示される。まだまだ十分使えると思うのだが、勝手なものだ。使えるものを捨てろとは強気な会社だ。サポートを終了と一方的に宣言できるのだからさすが巨大企業だ。
 そのあっけらかんさにも驚くが、どうもパソコンを乗り換えると表現するのがしっくり来ない。世界の企業だから間違えるはずはないだろうが、その手の世界では乗り換えるという表現が正しいのだろうか。だとしたらパソコンは乗り物か?タイヤが付いているのか、水に浮くのか、空を飛ぶのか。
 恐らく誰かが最初に使ってそれが常態化したのだろうが、僕としてはハッキリと「壊れていないだろうが買い換えてくれ」と言うべきだと思う。乗り換えではなく買い換えだ。「もったいない」をたたき込まれて育った世代には受け入れがたい案内だ。ただそれに抗することが出来ないのが歯がゆい。


2013年08月23日(Fri)▲ページの先頭へ
連鎖
 この連鎖は何だ。この10日間くらいの間にとにかく物がよく壊れる。
 最初は天井に設置している業務用のエアコン。わざわざ200ボルトの電源を引いて設置している物だが、壊れたらなかなか手強いのか、最初は地元の電気屋さん。部品がないからと2回目は違う業者。結局それでも直らなかったので今日パナソニックから来てくれて直った。次が、娘夫婦の車。昨日の午後、施設に調剤した薬を届けに行こうと駐車場に出ていったのにすぐに帰ってきた。エンジンがかからないらしい。素人では手におえないので結局はレッカー車を予約していた。でもその日は都合が悪いらしくて、結局は僕の車で帰ることになった。夜キーを渡して帰っていく姿を見守っていたら、僕の車のランプが点灯していないことに気がついた。いつから切れていたのだろうとぞっとしたが、遠目にすれば点くのでそのまま帰っていった。日曜日は車屋さんに車を持っていかなければならなくなった。
まあ、このくらいの連鎖なら可愛いものだ。35度を超える日が続いたから、薬局の中にいても汗が噴き出て、一人応対するたびに、水道で腕の辺りまで水を流して少しでも汗臭さを防いだ。とは言え自分でもいやになるくらい汗臭さかったから、青春時代や牛窓に帰ってから30年続けたバレーのことなどを思い出した。汗のかき放題で当時、何故自分で気持ち悪くなかったのだろう。
ただ、次にあげる連鎖は可愛くもないし罪深い。この2年、化けの皮が禿げた奴らの連鎖にはうんざりしている。汗臭さどころではない。胡散臭さに耐えれない。資産家が喜ぶアホノミクス、東日本をレントゲン室の中にしてしまった東電。おすみつきを与えたお金大好き学者達、スポンサーには何も言えないマスコミと言う名の単なる会社、見ない振りが得意な国民。みんなみんな壊れているのだ。いくら隠したってもうそれはバレソニック。


2013年08月22日(Thu)▲ページの先頭へ
高校生トリオ
 最近一人完治したから、今パッと思いつく女子高校生が3人いる。偶然に3人ともメールによる情報交換ではなく実際に会話できる状態だから、毎回肉声を聞いている。症状も共通だが、個性もかなり似ている。過敏性腸症候群にとって、もっとも治りにくい環境(教室内)で努力してくれているから、効果がゆっくりしているのも共通している。
 どの子もとても優しい物言いをする。僕の粗暴と対照的だ。教室でも恐らく同じような印象を与えていて、本当に仲のよい人とは親しくなれるが、広く浅くと言うタイプではないだろう。僕は彼女たちに人間関係で安易に妥協して欲しくはない。今のままで十分魅力的だと思うのだ。肉食系の、体育会系のイケイケドンドンよりはるかに秘めたところがあり魅力的だ。その個性を生かすことが出来る進路や職業や人間関係を築いたらいいと思う。何も思い煩うことはないのだ。君たちの個性こそが、一見強面ぶった、実は気の弱い大人達の迷路を壊すことが出来るのだと思う。
 溢れんばかりの生命力を頂いて、何を悩んでいるのだろうと思うが、実は溢れんばかりの感性も同じ年頃に頂いている。是非、今しか使えない宝を生かして欲しい。内省に向けるのも良いが、その前に是非創造に感性を生かして欲しい。


2013年08月21日(Wed)▲ページの先頭へ
足下
 漢方薬を取りに来るときに、かなりの確率でお土産を持ってきてくれる女性がいる。職業柄もらい物が多いお家なのだが、今日のように明らかに買ってきてくれたものも多い。気持ちはとてもありがたく、毎回素直に喜んで頂いているが、申し訳ない気持ちもかなりある。疾患によっては漢方薬が高い金額になることもあるので、それ以上のものは頂けない。
 今日もシュークリームとロールケーキを頂いた。礼を言う僕に「気になるお店があったもので寄ってみただけです。良い機会でした。気にしないで下さい」と答えた。僕はこの女性を100%信頼しているから、その言葉どおりに信じるが、僕の恐縮振りを緩めてくれる優しさもこの言葉の中に秘めている。帰られてすぐにシュークリームを頂いたのだが、食べながらその言葉の言い回しを思い出して感心した。恐縮から一気に解放されている自分がいた。
 この女性はハンディーを持っているお子さんのお世話が出来る人だ。いわばもっとも崇高な職業かもしれない。その対角線上で生きる僕にとってはただただ尊敬するばかりだが、もし彼女のような人が社会に増えれば、置き去りにされる人達が減るのだろうなと思ってしまう。元々備わっている天性のものか、後天的に得たものか分からないが、どちらからも得られなかった僕は、足下にも及ばない。


2013年08月20日(Tue)▲ページの先頭へ
動機
 お子さんをもう20年近くお世話している方が、パニックみたいな症状で毎日辛いから心療内科にかかった。かかったと言っても医師の前には5分くらいいただけらしい。その時間に医師が積極的に情報を収集しようとしてくれたとは思えなかったらしいが、それでも薬が2種類出た。社会不安障害にも効く抗ウツ薬と安定剤だ。飲んだその日から気持ちが楽になって幸せだった・・・・ならいいが、飲む前よりパニックが激しくなって、一晩中じっとしていることが出来ずに、部屋の中を行ったり来たりして怖くて仕方なかったと教えてくれた。その後僕のところでパニックの漢方薬を飲み始めてまだ1回も発作が出ていない。初めから来ればいいが、そんな殊勝な人はいなくて、ほとんどの人が病院で治らなかったから来る。所詮薬局なんて次善の策なのだ。
 こんなことを考えていたら今日下記のような記事を読んだ。何を今更と思う。
「統合失調症で精神科に入院している患者の4割が、3種類以上の抗精神病薬を処方されていることが、国立精神・神経医療研究センターの研究でわかった。患者の診療報酬明細書(レセプト)から実態を分析した。複数の薬物による日本の治療は国際的にみても異例で、重い副作用や死亡のリスクを高める心配が指摘されている。これまでも精神科の治療では「薬漬け」を指摘する声が根強くあったが、一部の医療機関などを対象にした研究が多かった。今回の研究では、2011年度から、全レセプトデータを提供する厚生労働省のデータベースの運用が始まったことから、精神科での詳しい薬物治療の実態の調査、分析ができるようになった」
 そのお母さんは「もう絶対飲まない」と何度も繰り返した。恐怖が期待より数段植え付けられてしまった。僕のところでは少なくとも1時間は話をする。とてもユーモアがありよく笑う。裏表のない素晴らしい女性だといつも僕は思っているから、病気の話などほとんどせずに雑談ばかりだ。少しでも日常から逃れてほしいから、あればケーキ、なくてもコーヒーだけは楽しんで貰うことにしている。まるで喫茶店の中のようにくつろいでもらえれば幸せだ。僕の未熟な漢方を補うことも出来るし。
 だから僕の拙い漢方薬でも、時に心療内科の薬よりよく効くのだ。たかが葉っぱで出来たお茶程度のものなのに、パニックが治ってしまう。病気ではなく、半端なく頑張っているお母さんと理解すれば、自ずと対処の方法は浮かぶ。力を抜いてもらえるようにすれば解決する。僕はヤマト薬局ならこそ提供できること全てを動員してそれを追求しているだけだ。高度な医療に比べれば幼稚かもしれないが、彼女を「病人」には決してしたくないと言う強い動機がある。数分に1回くらい大笑いする人を心の病気にしてはいけないと言う強い動機がある。


2013年08月19日(Mon)▲ページの先頭へ
整理
 どうでもいいようなことが偶然解決した。処理能力にかなりの不具合が生じている僕だから、どうでもいいことでも未解決のまま残しておくことは精神的によくない。頭の中を出来るだけ整理して荷物を次から次に運び込めるようにしておかないと、トラックが僕の前で荷物を降ろすことを躊躇ってしまう。
 ほぼ毎晩、決まった時間にテニスコートを20分くらい周回するが、必ずと言っていいほど飛行機を見る。もっとも夜だから飛行機の灯りだけしか見えないが、微かな音を従えて北のオリーブ園の頂辺りから現れて、南の四国の方に飛んでいく。空に印がないからはっきりとは言えないが、そしてこちらも常に歩いているから、全く同じコースとは言えないが、それでもほとんど同じ直線上を飛んでいるように思える。一体どこからどこに飛んでいく飛行機なのだろうといつも思っていた。未解決のまま頭の隅に置いておくのは結構ストレスだ。でも積極的に解決しようとは思わなかった。
 日曜日の夕方、夜を待たずにウォーキングすることにした。勿論僕の馴染みのテニスコートだ。すると歩いている途中に、全く同じコースの上を一機の飛行機が微かな音を残しながら飛び去っていった。この辺りで飛行機を見るなら、せいぜい糸トンボを遠くから眺めているくらいの大きさでしか見ることは出来ない。ところがその日見た飛行機は、カラスくらいに大きく見え、それ故に着陸態勢に入っていることは僕でも分かった。
 そうなのだ、正に僕の頭の上を毎晩通過している飛行機は、高松空港に向かっているのだ。フェリーで1時間で渡れる瀬戸内海など飛行機だったら一瞬のうちだろう。だからもう牛窓の上では十分高度を下げ始めていたのだ。夜しか空を見上げることなどないから、小さなあかりだけで飛行機を認識していたが、本当はどれもが大きく見えるべきものだったのだ。
 何かの弾みで、夜のウォーキングを夕方に変えた。何の偶然か分からないが、そのおかげでどうでもいいことが一つ解決した。ゴミ箱に整理。


2013年08月18日(Sun)▲ページの先頭へ
分野
 ほとんどその日のことを後悔し始めていた矢先だ。かの国の女の子が突然歓声を上げて走り出した。さっきまで暑さにあごを出してゆっくりとした足取りでほとんど義務的に歩いていたのとは様変わりだ。何に焦点が合わされるのか分からないものだ。
栗林公園が日本庭園の中でも優れているものだと、僕でも分からないのだから、かの国の女性が分からなくても不思議ではない。口では「キレイ」を連発してくれるが、どうも僕への配慮のような気もする。暑さのせいもあるのだろうが、折角の小旅行を企画してあげたのに、ウキウキした感じは伝わってこなかった。もっとも、高松出身の若いお母さんや、高松に20年近く住んでいた姪に、高松の観光スポットを尋ねても、一押しがなかったので不安は最初から感じていたのだが、どうやら的中したのを悟った時間帯だった。
ところがコースの最終辺りの池に近づいたとき、一人の女性が何か大きな声を出したかと思うと急に走り出した。それにつられて後の3人も走った。そして指さして何かを言っている。見ると水面に浮かんだ大きな葉っぱの中に蓮の花が咲いていた。テレビなどで見たことがあるから僕は別に感動しなかったが、その僕に言わせれば異常なくらいの興味を彼女たちは示した。「○○ダイスキ、コレナニデスカ?」と言うから蓮と言う日本語を教えてあげると何回も繰り返して覚えようとしていた。
 水面にいくつか可憐に咲いていた蓮の花を見ただけで感激したのに、橋の向こうの池には背丈以上ある蓮が密集していて、どのくらいの数があるのか分からないくらいだった。あまりに伸びた蓮の背丈で、池の対岸はまるで見えなかった。
彼女たちが蓮を見て興奮したのは、蓮は全てを利用できる優れた植物だかららしい。かの国では葉っぱはご飯を包んで食べるため、種も食用、後は・・・これは日本語の語彙不足で僕には伝わってこなかった。要は、かの国ではとても大切で有用な食材を日本で見つけたからなのだ。
「コレ、トッテモイイデスカ?」異常な興奮は全てこの為だった。野生とでも思ったのか、僕が許可すればすぐにでも実行しそうな勢いだった。僕は蓮の葉っぱごときで明日の四国の新聞に載りたくなかったので、「駄目」と答えた。
牛窓に帰ってきて30年以上働き続けて、旅行も遊びもグルメも全て封印していた僕が若い女性を楽しませるのはかなり難しい。それらの分野の不器用さを今日も又思い知らされた。


2013年08月17日(Sat)▲ページの先頭へ
 外国の侵略を防ぐ事だけが唯一の役目のはずの軍隊が自国民に銃を向ける。見ていてとても痛ましい。鎮圧の現場にいる軍人も、同郷の人々や、同窓、友人、ひょっとしたら家族にまで銃口を向け引き金を引いていることを知らないはずはない。ただそれを拒否することは出来ないから、心を鬼にして、あるいは無にして現場に立っているのだろう。
独裁者からやっと解き放たれたと思ったら、その独裁者を支えていた奴らが全面に出てきた。同じように悪いのか、より悪いのか分からないが、一部の特権階級がまるで将棋の駒のように人間を使って、自分の意に添わない人間達を虐殺している。もうまるで人間ではないように見える。狙いを定めて撃つ方も、撃たれる方も。金持ちのために貧乏人が二つに分かれて、金持ちに飼われた番犬が、金持ちに飼われることを拒否した人達を殺しているように見える。
 哀れなのは敵味方に分断されているごく普通の人達。何の得もないのに、いがみ合っている。高いところで下界を見下ろしている奴らの姿を想像しないのだろうか。見下ろされ見下されている自分達の哀れに気がつかないのだろうか。
 たった一度のかけがえのない人生を、こんなつまらない理由のために失ったり奪ったりして空しくないのだろうか。遠い外国の地から眺めていても空しさが伝わってくる。不条理の池の中にこれ以上の血を注がないで欲しい。


2013年08月16日(Fri)▲ページの先頭へ
貢献
 やっとと言うか、偶然というか、仕方なくと言うか、他に選択肢がなかったからというか、何故手に入った資格か分からないが、唯一の資格薬剤師ごときが、近い将来多くの悩める人達を救い導く職業に就こうとしている人に意見するなど以ての外かもしれないが、僕の存在自体が以ての外だからその辺りは彼の職業柄の寛容で許して貰う。
 性格柄万全を期そうとするその人の、期せなかった部分が僕は寧ろ大いなる武器になると思っている。僕は、彼とは逆の自信に満ちた人達の美しい言葉に勇気づけられたことも慰められたこともないから、自信なさげな彼こそ多くの人達、それも苦痛を抱えた人達を
将来救えるのではないかと期待している。薬剤師が手助けできる分野で彼と接してきたが、思春期、青年期と悩み苦しんできた歳月こそが、他者を導ける力の源になるのではと思う。
 いつもの何も訓練されていない僕の話に頷いてくれる彼は、恐らく近い将来多くの人の前で道を説くのだろう。道を知らない僕が、道を究めようとしている人を少しだけ手助けし、その人が多くの人を助け導く。僕は小さな貢献しかできないが、僕の漢方薬を飲んでくれた人が大きな貢献をする。所詮田舎の薬剤師など、その程度のことしかできない。


2013年08月15日(Thu)▲ページの先頭へ
ぬか喜び
 「僕もぬか喜びではないかとびくびくしていました。貴女と同じように、勿論部位は違いますが、多くの人達と痛みの治療を共有しています。いや痛みだけでなく全ての疾患と言っていいと思います。そうした方の好転のニュースを頂くのは嬉しいのですが、時としてそれが一過性で終わってしまうことがあります。一緒に喜んだのにと言う想いで余計辛くなってしまいます。そうした経験から、最近はぬか喜びを自分でも戒めるようにしています。少し冷静に、これが最近の僕のスタンスです。若さを失っているのでしょうかね。
ヤマト薬局 」
 喜びも悲しみも・・・と言う世代ではないが、もともと喜怒哀楽が激しいタイプだから、治れば喜び、薬が効かなければ落ち込む。これを30年繰り返してきた。少々の朗報でも喜んでいたが、こちらが年季が入るに従って難しい患者さんが増えてきたから、少々の浮き沈みにその都度反応していたら、身が持たなくなってきた。「治りつつあったと思っていたら駄目だった」このパターンが一番こたえる。最初から薬に反応してくれなければ実力不足か、お門違いかだから諦めがつきやすいが、よい兆候が一転、停滞、あるいは後退なんて事になると、建て直しに相当の力を要する。
 ぬか喜びという言葉を最初に使ったのは僕ではなく、漢方薬を飲んでくれている人だ。その人自身が僕と同じ、いや当事者だから僕以上に祭りの後の寂しさに耐えられなかったのだろう、ぬか喜びという言葉を使った。以来僕は自分自身に対する戒めの言葉として使うようにしている。ぬか喜びなんて事で許されてはいけないと。


2013年08月14日(Wed)▲ページの先頭へ
酷使
 よりによってなんでこの時期にと思うが、多くの出来事はほとんどがよりによってなのだ。
 薬局のエアコンが昨日ダウンした。電気屋さんに早速来て貰ったら、部品が盆の期間中は入らないから、直すことが出来るのは早くても19日だと言われた。その日にもし直っても1週間エアコンなしの営業になってしまう。早速昨日からエアコンなしで業務をこなしているが、苦肉の策のおかげか、思ったよりは不愉快ではない。勿論あの心地よいひんやりした冷気は提供できないが、少なくとも戸外よりは過ごしやすいくらいには出来ている。だから意外とやって来た人が暑いと口に出さないし、人によってはエアコンがついていると勘違いしていた。
 裏の事務室のエアコンは新しいからそれなりによく冷える。そこで扇風機を2台使ってまるで空気のバケツリレーのように冷気を薬局まで送ることにした。見えないものだから上手く行っているのかどうか分からないが、少なくとも戸外よりは室温は低い。古い扇風機だから、その上11時間回しっぱなしだから火を噴くのではと心配になるくらいだ。
薬局のエアコンは天井に組み込まれたもので、業務用だからかなり高かった記憶がある。値段は三桁の大台に上ったような記憶がある。ただ、ただでは起きあがらない僕の性格で今回ある都合のよいことを学んだ。たかだか13坪の薬局を冷やすのに、200ボルト電源の業務用クーラーなんていらないってことを。少し広めの部屋を冷やす家庭用のエアコンで十分だって事を。小さなエアコンから吹き出る冷気をバケツリレーで運んだだけでそれなりの効果が出るのだから。
昨日エアコンがダウンしたという電話を3軒貰ったと、電気屋さんが言っていた。この田舎で3軒だから、確率は相当高い。暑さでエアコンを何処の家庭も酷使しているのだろう。よりによってにはほとんどの場合理由があるのだ。何の理由もなくよりにはよらない。


2013年08月13日(Tue)▲ページの先頭へ
陶酔
「憲法改正に向けて頑張っていく。これが私の歴史的な使命だ」例の男がこんなことを言ったらしい。気持ち悪いナルシストだ。よくもこんな男にその立場を与えているものだ。一体どんな人間がこんなことを考え口に出せるのだろう。歴史上の人物に並びたいのか。無菌室で育てられた人間だから謙遜と言うことを恐らく学べなかったのだろうが、それではすまない。嘗てのように不幸への道連れにされたりしたらかなわない。
 福島の海に垂れ流しにされている放射能を止めることすら出来ない人間が、よくも歴史なんて言葉を口に出すことが出来るものだと思う。やるべき事はいっぱいあるだろう。所詮田舎の人間はどうでもいいのだ。都会で暮らす企業家や資本家のお友達が幸せならそれで良いのだ。いずれ嘗てのように、金持ちの老人が戦争を始めて、貧乏な若者が殺される。福島も全く同じだ。都会の金持ちが富を吸い上げる傍らで、田舎の若者が放射能にまみれてスロウデス(ゆっくりとした死)の道を歩まされる。
 肩書きを持った奴らの陶酔に振り回されてはかなわない。そんな奴らを選んで、それでもうまい汁などすすることが出来ない哀れな人達の道連れになるのもごめんだ。


2013年08月12日(Mon)▲ページの先頭へ
長生き
 「原発周辺の被災者ら計約1万5千人は、入院患者が事故直後の避難途中に死亡し、住民が被曝(ひばく)して傷害を負ったなどとして、震災以降、断続的に告訴・告発した。対象は菅元首相のほか、東電の勝俣恒久前会長、清水正孝元社長、原子力安全委員会の班目春樹元委員長、枝野幸男元官房長官と海江田万里元経済産業相ら数十人で、検察当局は昨年8月に受理。東京、福島両地検に応援検事を集め、事情を聴いてきた。」
 そうか、どうやら罪には問われないみたいだ。たった数千円返せなかった僕の友人は1年近く高い塀で囲まれた法務局に出張していた。先の戦争に次ぐ罪を犯した奴らが、罪に問われないなんて。もうこの国ではなにでもありだ。悪いことをするなら、出来るだけ多くの人間を傷つけ、多くを奪い、立ち直れないくらいにするのが良い。そうすれば検察は見逃してくれる。こそ泥みたいなのは逆に捕まってしまう。大悪党にならなければ。
 高濃度の放射性物質を含んだ水が海にだだ漏れなのに、世界は何故騒がないのだろう。多くの国が臑に疵を持つ身だから黙っているのだろうが、どの国の国民も自分たちが口にするものに放射性物質を含まされたら構わない。ゆっくりと襲ってくる死の責任をとらせるために、奴らには出来る限り長生きしていて欲しい。


2013年08月11日(Sun)▲ページの先頭へ
矢面
 笑いながら教えてくれたが、解決するまでは笑顔など出なかっただろう。会社としてはとんでもないことをしてくれたと思いながらも、信用を失墜させないために懸命だったに違いない。矢面に立たされた人物はどうやら彼ではないらしいから、リポーターなみの雄弁さで教えてくれたが、あってはならない、ありそうな話だと思った。
 昔ながらの何でも屋さんの薬局はほとんど絶滅危惧種だ。残っている薬局の名前を辿ってもなかなか片手が埋まらない。成績不振で跡継ぎにそっぽを向かれ廃業の道を辿るのが一般的だ。何とか踏ん張っていた薬局の店主が、年齢は分からないが、30年前の薬をまだ後生大事に持っていたのだから、少なくとも僕くらいか、僕よりは上だろう。何か特別な薬、それも古ければ古いほど価値があるようなものならいざ知らず、単なる頭痛薬で30年前のものとなると、何でも鑑定団の世界だ。当時はピリン系の薬が主だったから本来ならよく効くはずだが、どうやら効かなかったらしい。さすがに30年も経てば劣化するのだろうか。製薬会社は10年やそこらは現物を保管して経時変化を調べるらしいが、そしてほとんど実は問題ないらしいが、さすがに30年は観察していないだろうからデータを持っていないだろう。頭痛薬みたいな簡単な薬でも効かないのだから、年月には勝てないと言うことか。買わされた人が外箱のシミで気がついたのか、薬自体の変色で気がついたのか分からないが、怒りが収まらなかったのだろう。何で警察か分からないが、さぞかし警察から電話がかかってきた製薬会社は驚いただろう。
 当事者の薬局は恐らく捨てるのを躊躇うほどの経営状態だったのだと思う。もったいない文化の日本人の美徳では説明できない。
 折しも日本人の7割が生活に満足しているという内閣府の発表があったが、その数字には違和感を覚える。何しろ決して食べてはいけないものを安全と言い続けている国の資料なのだから。


2013年08月10日(Sat)▲ページの先頭へ
浮き輪
 「私なんかいつも浮き輪をしている」と、牛窓出身で今は隣の市に家を建てて出ていった女性が言うから、第三者なら何か水泳の話題でもしているのだろうと想像するだろうが、そこが一筋縄では行かない漁師町の会話だ。
 僕の作ったお通じの薬でないと駄目らしいから、わざわざ定期的にやってくる。牛窓に住んでいた頃はもっと頻繁に来ていたが、遠くなってからは三ヶ月分くらいを買い溜めして帰る。そして来るたびに彼女が僕に要求することは「痩せる薬を作って」だ。お通じ以外はすこぶる元気な人だから、痩せる必要など無いし、今のままふくよかな方がはるかに魅力的だ。「自分、痩せた姿を想像してごらん、みすぼらしくなって醜くなるよ」とその都度断るが、僕が断るのを分かって尚要求を続ける。その時に出た言葉が「浮き輪をしている」発言だ。僕はその真意が分からなかったが、その後すぐに自分の脇腹を両手でつまみ前後にずらすような仕草をしたから、お腹のたるみを浮き輪に見立てての比喩なのだ。海水浴場を町内に二つも持つ牛窓ならでのジョークだ。テレビに出てくる馬鹿タレントよりはるかに面白い。ト書きの用意されていない平凡な日常に、野の草一本添えるくらいの効果もないかもしれないが、そうして生活を守ってきた人達の智恵だろう。上方のように過剰に露出されがちな笑いではないが、懸命に暮らしを立てる人達の智恵を感じる。
「自分、今日は浮き輪を三つもしてるんか」


2013年08月09日(Fri)▲ページの先頭へ
達成感
 これ以上の喜びがあるかというような電話を頂いたのだが、電話を切った後すぐにスタッフに披露したらそれぞれの反応で、結局僕の話題は出なかった。
クリスチャンの姪は「やはり仏教の方がいいのかなあ、仏教徒になろうかな」と言い、妻は「お父さんが、全部持っていってくれたんだわ」と言い、娘は「どれだけ漢方薬を飲んだかな」と言った。同じ朗報を聞いてもそれぞれが異なる反応を見せるのが興味深いが、共通して言えるのは、そこに僕がいないってことだ。
こんなに素晴らしい人がいるんだとずっと思っている女性のお父さんが急逝された。何年もあるトラブルを抱えていたお父さんをお母さんが懸命に支えていたが、不運なことにお母さんを癌が冒していて、夫のお世話を優先していてそれに気がつかなかった。最早転移もしていたが、抗ガン剤の治療をしんどいから止めると言われた。僕の漢方薬だけにすると言われて責任は感じるが、生活の質を極端に落としてそれが本人にとって幸せかどうか分からないから、決断にまでは介入できなかった。
 「癌が消えた」と連絡を受けた。とても喜ばしいことだが、所詮薬剤師でしかない僕の癌の方に対する仕事は「出来るだけ体調を良くすること」に尽きるから、これからだと身を引き締めた。病院の癌治療を自身の正常細胞を守りながら存分に受けることが出来る体にする、これが薬局の限界だ。そしてそれこそが薬局にしかできないことだ。優しいお嬢さんのおかげでも良い、仏教を職業としていたお父さんのおかげでもいい、勿論病院の治療のおかげでも良い、そこに僕の存在がなくても、あのお嬢さんの心が少しでも軽くなればそれでいい。
 嬉しい報告を受けながら、達成感の得られにくい病気であることも肝に銘じた。


2013年08月08日(Thu)▲ページの先頭へ
誘導
 なんてことだ、昨日紹介した自衛隊の歌姫こと三宅由佳莉さんは、この辺りで少し優秀な子がいく城東高校の出身らしい。僕の姪や甥も卒業生だ。牛窓中学からも毎年数人は進学するのではないか。このことを知り合いの音楽家夫婦がわざわざメールで教えてくれた。
三宅さんが何歳か知らないが、そうしてみれば必ず同級生だった人が牛窓にも何人かいるはずで、彼女の情報が今まで耳に入ってこなかった方が不思議だ。ただ、NHKであれだけ時間をとって紹介されたから、これからは動静が耳に入るようにはなるだろう。
 それにしてもこの距離で全く知らなかったのは残念だ。もし知っていたら、毎朝彼女が登校してくる時間帯には緑の服を着て、黄色い旗を持って横断歩道の傍に立ち誘導してあげたのに。
僕は素人とプロを次のように区別する。高音になっても尚うつむいて歌えるのがプロで、あごを出し天井を向くのが素人だ。訓練を重ねた人は高音になっても尚あごを引く。そうしてみればしばしばテレビで見かける歌い手などほとんど素人に毛が生えているようなものだ。いやいや素人以下も多い。
 初めて見た三宅さんに感動したのは、凛とした服装や姿勢で歌う姿もあったが、やはり一番はその歌の質だ。一瞬にして引き込まれた歌声だ。美しいものに出会ったときの高揚感を久々に得られた。願わくはいつまでもその凛とした歌い方を大切にして欲しい。


2013年08月07日(Wed)▲ページの先頭へ
三宅由佳莉
 その分野のことは何も知らないのに、思えば勝手に決めていた。半年くらい前にふとしたことを切っ掛けに知ったTime to Say Goodbyeは日本人には歌えないと。
半年以上前、ニュースを見ているときに偶然流れてきた曲が素晴らしいから調べたら、Time to Say Goodbyeと言う曲だった。そして Sarah BrightmanがAndrea Bocelliとデュエットをしているのを知って早速聴いてみた。ほとんど衝撃と言っていいほどの感銘を受けた。曲のすばらしさと歌う人の歌唱力に圧倒された。その時の印象で日本人には無理だと決めていたのだ。ところが今日その浅はかな思い込みを完全に否定された。喜ばしいことだが。
これも又、NHKのニュースで偶然見たのだが、自衛隊の歌姫という歌手がインタビューに答えていた。僕は途中からしか見なかったので、どんな内容か分からなかったが、とても姿勢良く答えている姿が印象的で、早速ユーチューブで検索してみた。すると驚いたことに「自衛隊の歌姫」と言うそのものですぐに行き着いた。ああ、場所によっては有名な人なんだと分かった。そしてなんと彼女が無謀にもTime to Say Goodbyeを歌っていた。そしてそれが本家の歌い手に引けをとらないのだ。スリムな体型からは考えられないような声量も一歩も引けをとらないように思えた。感情を込めた本家より凛々しく立ち歌う姿は神々しくさえ見えた。
 朝からもう何回も再生して歌声を楽しんでいる。決して華やかな舞台に立つことだけが人生の成功者ではないと教えてくれているような気がした。きっと心まで背筋が伸びている女性なのだろう。




2013年08月06日(Tue)▲ページの先頭へ
東京バナナ
 ある若いお母さんが、お子さん達の夏休みのために東京に家族旅行をした。そのお土産の東京バナナも嬉しかったが、立ち話で教えて貰った一つのエピソードも楽しかった。早速自慢げに夜、息子に教えたら、彼は知っていた。知らないのは僕と妻だけだった。
浅草に行った時にはとにかく中国人が多くて、その喧騒に圧倒されたらしい。それは世界のどこに行っても最早よく見かける光景だから仕方ないとして、話題が途端にトイレに飛んだ。それだけ強烈だったのだろうが、聞かされたこちらも早く誰かに教えてあげようと思うくらいだったから、やはり興味深い内容だった。
中国のトイレットペーパーは水に流すことが出来ないくらいまだ日本に比べたら粗雑なものらしい。だから中国ではトイレの中に使用済みのトイレットペーパーを捨てる容器があるらしいのだ。日本に来ている中国人は、本国と同じようにトイレットペーパーはトイレに流すことが出来ないと思いこんでいるから、当然容器に捨てる。本来なら「トイレに流せます」と中国語で案内すればすむことだが、そのことに気がつかずトイレの床に無造作に捨てられたりしたら大変とばかりに容器を設置したのだろうが、そのことでもう日本でもトイレットペーパーは流すものでなく容器に捨てるものになってしまった。「日本人は親切だから」と彼女は分析していたが、わざわざ必要のない容器を置いてあげるその親切さ故に、本国と同じ流さないシステムが完成されてしまった。
 郷に入ったら郷に従う習性はどうやらあの国の人には通用しないらしいから、自国にいてもこちらがあわせる理不尽さに残念な気はするが、そうした人達にも頼らざるを得ない現在の経済力のなさを嘆いた方がいいのかもしれない。嘗て日本人が外国でやって来た、札束で精神を踏みにじる行為を今日本人が受けている。因果応報と言えば言える。嘗ても現在もほとんど無関係に暮らしている僕としては「お互い静かに暮らそう」辺りで折り合いをつけたいところだ。


2013年08月05日(Mon)▲ページの先頭へ
総動員
 かの国の仏教徒は若いのにとても潔癖だ。せめて外国に来ているときくらい掟を破って自由にしたらと思うのだが、頑なに掟を守る。そこまでされるとこちらも協力しようと言う気になるから、色々知恵を絞ってみる。
年の何回か、1ヶ月間か2ヶ月間か忘れたが、肉や魚、卵、麺類を断つ。こうなれば食べれるものがかなり制限され、折角食事に誘っても食べられない物ばかりだ。昨日も4人のかの国の女性を「うらじゃ祭り」に連れていってあげたのだが、一人のその熱心な仏教徒のために苦労した。何でも、肉や魚と同じ皿に盛られた野菜は食べてはいけないらしくて、小分けしているものしか口にしない。だからなるべく後の4人が分けてあげられるように考えて注文する。汁も具を吟味して注文する。
 日本の肉はとても軟らかくて東南アジアの人には人気だ。彼女たちもとても喜ぶ。後の3人は美味しい美味しいと言って、フォークで器用にステーキを切り口に運ぶのだが、その傍で一人米と野菜を食べるのを見るのは痛々しい。勿論彼女にとっては幼い時からの習慣だから何でもないことなのだが、傍らで見ているその習慣を知らない僕にとっては辛いものがある。
せめて僕と一緒に過ごす時間だけでも、日本の心地よい部分を体験して欲しいと思い、僕には似合わないところに連れていくのだが、昨日奇妙な体験をした。ホテルのレストランでメニューを選んでいると、僕より年上のウエイターが(やっていることはウエイターだが、肩書きは本当は違うと思う)ニッコリと笑って会釈をしてくれた。僕は食べるところをほとんど知らないからいざとなればこのホテルに連れてくるのだが、顔を覚えられるくらい通っているのだろうか。それとも、自分だけはコーヒーですませ倹約しているのが見え見えなのだろうか。
 美味しいものを食べて本当に幸せなら僕も一緒に食べるが、かの国の女性達が喜ぶ姿を見る喜びを越える喜びを僕は食べることでは得られない。もっと言えば僕の漢方薬で治ったという報告を聞く喜びを越えることも出来ない。恐らくそうしたことで僕は食べることに淡白なのだと思う。
 「お腹が空いていない」「嫌い」「さっき、食べてきた」食べない理由を総動員する。


2013年08月04日(Sun)▲ページの先頭へ
視力検査
 今日、僕の漢方の先生が、その地域で嘗て90軒あった薬局が今では僅か10軒になったと言われていた。それに代わって門前薬局やドラッグストアが幅を利かせている。嘗てのような街の何でも屋さんが減ってしまったって事だ。
大都会に立地している先生の薬局とは正反対の地域にある薬局にそれの割合を適用すると、牛窓なんかにまだ薬局が存在していること自体が数学的でない。となると僕の薬局の存在はほとんど文学の世界か。ハンディーを抱えた薬剤師の苦悩を描いているのか、それとも一隅を照らすことに喜びを見出した薬剤師の一代記か。
 僕は今生き残っている薬局は、自然治癒力を増すことが出来る唯一の職業だと思っている。もっとも高額で怪しげなものを売る胡散臭い薬局は別として、ごく普通の生活者なら買うことが出来るもので、自然治癒力を増し、自分の力でまだ病気を治すことが出来るようにして上げれるのは、「今まであった」薬局しかないと思う。暗黙のルール違反だから一切していないが、処方箋を持ってくる人にも本当はもっと早く回復してもらえるような武器や智恵は一杯持っている。
 計算上牛窓には0.3軒の薬局が残っているべきらしい。視力検査ではないが1を目指して自然の恵みで病気を治すことが出来る薬局により近づけたいと思う。


2013年08月03日(Sat)▲ページの先頭へ
年の功
 僕は薬剤師だから基本的には薬を渡すだけなのだが、漢方薬を多く扱っているせいで、会話は多い。だが薬のことを喋っても、そもそも僕がそんなに分かっていないので説得力もないし、相手も別に聞きたいとも思わないだろう。ただ年の功で、何となく世の中のことで分かる事象が増えてきた。その知識は薬の知識なんかよりは役に立つことが多い。
ある人が僕に言った。「先生はハッキリ言ってくれるからどうしたらいいか分かる。カウンセリングの先生は、色々聞いてはくれるが答えはくれない」と。恐らくこんな比較が出来るのだから、その人はカウンセラーに相談に乗って貰ったことがあるのだろう。ただ僕みたいに答えをもらえなかったのだろう。僕はたいていのことはハッキリ言う。良いことも悪いこともグレーゾーンは苦手だ。だから今日も良い助言が出来た。

 ある介護施設で働いている青年が、年配の職員から理不尽な扱いを受けた。彼の方が寧ろ大人で、受け流すことによって施設内の秩序を保とうとした。ところがそうした気配りこそが彼自身の体調不良を引き起こし、僕のところに相談に来る羽目になる。そんな時に僕は、彼に堪え忍ぶようには助言しない。教訓めいたことはきらいだ。「もう少し待てばその人が施設に入る年齢になるからそれまで我慢して、是非自分の施設に入ってもらえ。そうしたら虐待しまくりできるじゃないの」と。彼は声を出して笑った。これで彼は治る。


2013年08月02日(Fri)▲ページの先頭へ
所有物
 人類はどうして毛皮を脱ぎ捨てて裸の猿になったのだろうかという疑問に、何世紀にも渡って研究者達が挑んでいるが、未だ確かな答えは得られていない。現在、一般的に言われているのが、サバンナの暑い大地に適応するために毛皮を脱ぎ捨てて体温の加熱を防いだと言う仮説だ。しかし、毛皮があった方が発汗冷却効果は大きいという報告もある。しかし人間は他の霊長類に比べて皮下脂肪が発達している。体温を保つ断熱材を持っていると言うことだ。となると、体温の加熱を防ぐ毛皮を脱ぎ捨てたことと、体温を保つ皮下脂肪を獲得したことが矛盾する。
しかし100年くらい前に提唱された、そして黙殺されたアクア説でこの矛盾が見事に解決する。アクア説とは「人類は半水中生活を送ることで直立2足歩行や無毛症を獲得したと言う仮説だ。
 干ばつで小さくなった森からサバンナに追われた祖先は、海辺や湖畔に生活の場を求め生活の大半を水の中で過ごす。その結果セイウチのように水の中では邪魔になる体毛を失った。又水の中では2足歩行が楽に出来、泳げない肉食動物から身を守ることも出来た。人が類人猿の中でも分厚い臼歯を持っているのは甲殻類や貝類を食べていたからとも言われている。
黙殺され続けていたアクア説が見直され始めたのは、2002年にチャド湖の湖畔で猿人の化石が発見された事による。

 今日読んだある薬学の情報誌の要約なのだが、まとめるだけで疲れた。内容が面白かったから是非披露したいなと思ったのと、さも定説のように言われているものだって結構怪しいと言うことも言いたかったのだ。福島の事故の後、学者というものが如何にお金に魂を売るものかと言うことも知ったし、最近では1兆円以上も税金を使って飲まされていた薬が怪しげなものだと言うことも知った。僅か3000円を返さなかっただけで1年も法務局へ出張を余儀なくされた僕の知人を基準に考えれば、懲役1万年でも足りない奴らが今でも「立派な人」でい続けられるこの国は、今も昔も所詮富める者達の所有物なのだ。


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