栄町ヤマト薬局 - 2013/06

漢方薬局の日常の出来事




2013年06月30日(Sun)▲ページの先頭へ
内実
 僕の薬局をご存じの方はよく分かると思うが、決して漢方専門薬局ではない。だから漢方薬が鎮座ましているわけではなく、一般のOTC薬品(サロンパスやリポビタン)が多くを占めている。病院の処方箋も調剤しているし、特別養護老人ホームの薬も調剤しているから、いわば何でも屋なのだ。何かに特化した薬局を作りたいとは思った事はないから、当然と言えば当然で、この町に1軒しかない薬局だから、何かが不得手では申し訳ないのだ。田舎に住んでいる人達に、こと薬に関して不便やハンディーを負って欲しくない。寧ろこと薬に関しては圧倒的な恩恵をもたらしてみたいと密かには思っている。
 漢方薬局ではないごく普通の薬局に、一体どんな人が漢方薬を取りに来ているか今日は紹介してみようと思う。漢方薬は奇跡を起こすものではなく、しかしかなりの確立で効くものと理解して頂けたら嬉しい。何ら特別のものではないから、値段も何ら特別の高額商品でないことも理解して欲しい。風邪薬など漢方薬で調剤すれば、パブロンよりもベンザよりも安くできる。逆を言うと、奇蹟のようなことをうたい、生活を切りつめなければ払えないような値段は作為以外なにものでもないって事だ。
 昨日僕が漢方薬でお世話した不調の種類を列挙してみる。所詮漢方薬の守備範囲なんてこんなものだ。難病奇病は商売としては魅力があるが、それは大病院の専売特許だ。薬局ごときがうたってはいけない。最小単位は1週間分。最長は一人だけ1ヶ月分だった。
世に言ううつ病。僕に言わせばウツウツだ。ほぼ完治。過敏性腸症候群6人。これは下痢型、腹痛型、ガス型それぞれだ。肥満。ヘルペス後遺症。一人はほぼ完治。一人は昨日から始める。起立性調節障害。青春前期のとても大切な時期だから絶対治してあげたい。漢方薬が得意な分野だ。アトピー皮膚炎。一人は45日で7割治った。もう1人は始めたばかり。心臓病のお年寄り。10日分ずつ楽しみに取りに来る。シミ。もともと美しい人だがそんな人に限ってもっと美しくなる。心ウキウキ。二人。病院に行くと安定剤が出て眠くなってから飲まない。漢方は安心して飲めるらしい。何かあると取りに来る。過活動性膀胱。よく効いたから絶対私の処方を覚えておいてとひつこく頼まれた。もう1人ウツウツ。完治後、漢方薬をもっておくだけで再発しない。
これが冬だったら、風邪薬の3日分なんてのが多いのだろう。春なら花粉症か。要はどこにでもあるようなものしかお世話していないって事だ。いやお世話できないって事だ。漢方薬の原料が枯渇し、高騰している今こそ、効くだろうものだけに使って是非資源を守って欲しいと思う。


2013年06月29日(Sat)▲ページの先頭へ
敷居
 別に今日の僕を予想してのことではないだろうが、いやそんな予想をする人などまずいないが、二人が助っ人に来てくれた。おかげで母も幸せ、僕も仕事に専念できた。
裏の引き戸から入ってきたその女性(僕が幼いときから住み込みで働いてくれていた女性)に母が先制攻撃をかけた。「まあ、なんちゅうお腹をしとんじゃろう、よう太って」間を空けずに「まあ、そのズボンがええが、汚らしい」さすが自分の姑を何年も世話した人だけあって、その程度ではひるまなかった。ひるまないどころか、結局8時間近く母の傍にいてくれた。階下で仕事をしている僕にも、トイレの世話までしてくれていることが分かった。その上、昼過ぎに近所の寿司屋が寿司を配達してきたからどうしたのだろうと思っていたら、その女性が母だけではなく、僕ら全員のも含めて注文してくれたものだと分かった。
 昼前に、かの国の女性が一人でやって来た。手には僕の家族全員が昼食として食べるに充分な量の料理を持っていた。独特のかの国の香辛料が香るが、その気持ちはいつもながら有り難い。結局二人の来訪者の食事を頂くことになったのだが、食事だけではなく、例えばかの国の女性は母に手作りのすだれを作るのを教えてくれたりして、長時間一緒にいてくれた。次から次へと溢れ出る意味のない言葉を延々と聞かされるのはかなり苦痛だろうが、よくぞ辛抱してくれたのだと思う。帰り際、僕はもちろんだが、娘もかなり深々と頭を下げてお礼を言っていた。
とにかく仕事ばかりしてきたので、日常の敷居のないつき合いは誰ともほとんどしてこなかった。ところがかの国の若い女性達が「勝手」に2階まで自由に上がってくるようになって、その敷居はなくなったような気がする。そのおかげでこうした人達の飾り気のない親切に出会うことも出来だした。
 実は今日何の偶然か、昼ご飯の10分くらい以外は漢方薬の相談を受けたり調剤したりしていた。二人のおかげで家族全員が仕事に徹することが出来たが、二人に助けられたのは実は僕だったのかもしれない。


2013年06月28日(Fri)▲ページの先頭へ
脚本
 顔をくしゃくしゃさせて終始笑い続ける表情は勿論覚えがある。幼い時の可愛らしいあの顔を老けさせるとこうなるのかとしばし見入っていた。感慨にふけっていたのはこちらだけで、向こうは迷惑だ。本題を脚本風に再現してみる。地元の人間の漢方相談なんてこの程度だ。勿論、カウンターを挟んでの立ち話だ。

「久し振りじゃなあ、大きくなったが」
「そりゃあ子供もおるんじゃから。ところで今日来たんは漢方薬を作ってもらおうと思って来たんじゃ」
「どうかしたの?元気そうだし、幸せそうじゃない」
「もう半年くらい下痢ばかりするんじゃあ。毎朝4,5回は必ずする。仕事に行っても結構するし、待ったなしじゃから会議なんかがあるとかなり怖い」
「何か思い当たることがあるの?大酒飲んでいるとか、ストレスとか」
「別にないんじゃけどなあ」
「幸せ一杯?」
「そんなことはないと思うけど、不幸だとは思わんなあ」
「絞め殺したい奴でもおるの?」
「いや、そんな人はおらん」
「しゃあけど(だけど)自分ちょっとイライラしてない?歯ぎしりくらいしているんじゃないの?」
「そうなんじゃ、よくわかるなあ、嫁さんが歯ぎしりをしていると良く言うわ。訳がわからんけど、イライラもするんよ」
「自分、お腹がひょっとしたら鳴らない?」
「ものすげえ(とても)鳴る。困っとんじゃ」
「だいたい分かった、近いから10日分だけ作る」

10日後に来た彼の言葉。「9割くらい治ったと思う。もう10日分作って。それだけのみゃあ(飲めば)10割になると思う」

 難しく考えなければ過敏性腸症候群なんてこんなにたやすく治る。下手に病名を告げたりもったいぶった応対などしようものなら本物に移行してしまう。もっともそれを期待している業者が鵜の目鷹の目で待ちかまえているらしいが。


2013年06月27日(Thu)▲ページの先頭へ
副作用
 有名なアルツハイマー型痴呆の薬は濃度が薄い順に、1錠が238円 356円 636円する。毎日これを1錠ずつ飲むのだけれど、それを飲むには医師の診察を受け、薬局で調剤されてでないと飲めない。となると薬代に医師の診察代、薬局の調剤代が加わるから、1日あたり一体いくらになるのだろう。果たしてそれだけの税金を費やして、どれだけの人が恩恵にあずかっているのだろう。僕は処方箋上でその処方をよく見かけるが、効果を喜んでいる人や家族を未だ見たことがない。
 アルツハイマーの症状は進行する認知障害(記憶障害、見当識障害、学習障害、注意障害、空間認知機能や問題解決能力の障害など)であり、生活に支障が出てくる。重症度が増し、高度になると摂食や着替え、意思疎通などもできなくなり最終的には寝たきりになる。アルツハイマーは徐々に進行する点が特徴的。症状経過の途中で、被害妄想や幻覚(とくに幻視)が出現する場合もある。暴言・暴力・徘徊・不潔行為などの問題行動(いわゆる周辺症状)が見られることもあり・・・主な副作用として、興奮、不穏(落ち着かないこと)、不眠、徘徊(あてもなく歩き回る)焦燥感、攻撃性・・・・
なんじゃこりゃ、アルツハイマーとその薬の副作用がよく似ている。これだと症状が進んでいるのか副作用か分からない。
 この2週間、93歳の母が人格を急ピッチで破壊し始めた。デイケアで通っている施設から暗に退所をほのめかされるくらいだ。施設にいる間、誰かれ無く指でさして悪口を言うらしい。勿論家でも途切れることなく寝るまで続く。せめて最期は祖母と一緒に過ごしたいと言って帰ってきている息子も、祖母の急変に驚いていたみたいだが、取り敢えず薬を止めさせようと言うことになった。92歳まで薬なんか飲んだこともない母だが、介護認定で医師の診察を受けなければならなくなって、以来その薬を飲んでいた。勿論家族としては何ら期待していないが、医師との関係を切らさないためだけに飲ませていた。早速効果が現れたみたいで、もっとも夕方ある薬を息子が飲ませ始めたのも功を奏したのだと思うが、今日は2週間前の状態に近かった。
笑えない話だ。アルツハイマーの攻撃性や暴言を治したかったのに、アルツハイマーを遅らせることが出来るという薬でより攻撃的になるなんて。一人の老婆の治らない頭の為に恐らく1日分1000円近い税金が使われていると思う。もし痴呆の老人が全国で500万人いたとすると、1000円×500万で50億。1年間で1兆8千億?ああなんて事だ。天文学的な数字のお金が効きもしないのに国民からむしり取られている。
 「可愛く痴呆になった方がいい」なかなかうまいことを息子が言った。職業柄薬物療法に走りがちな彼に何かしら最後の教訓を母が残してくれたら「恐ろしい夜も」家族で耐えられる。


2013年06月26日(Wed)▲ページの先頭へ
事実
 「世の中、何の病気もなく元気な人も一杯いるでしょう。どこが違うんでしょうね」と電話の向こうで言うが、あながち一人言ではないのだろう。ただ、そう言われても僕は答えることも出来ないし、答えを持ってもいない。他の人なら「たたりじゃろう」と答えるのが常だが、心が折れそうな人にそうした答えは許されない。まして、それ相応の年齢で、それこそ専門的な職業につき、それなりの知性を備えている人だから、ギャグで返したりしたら傷口を拡げてしまう。
 彼のその問は、多くの人が発したことがあるのではないか。病気に限らず、我が身の不運を嘆くときに良く用いる言葉だ。我が身の幸運に気がつき喜ぶことは滅多にないが、不運なら拾い上げる必要もないくらいストックがある。幸も不幸も、どうも絶対的なものではなく、相対的なものでしか測れないみたいだから、つい冒頭のような嘆きが出るのだろう。誰より幸運で、誰より不幸かも問題らしくて、「相対的」も普遍性より寧ろ個人的な関係こそが問題になることも多い。
 みんながさらけ出せば、そんなに差がないことは分かるだろうが、みんなが不調を隠して演技しているから、他人は健康で幸せそうに見える。華やかなスポットライトを浴びている若い人間達の体調不良がしばしば報道されるようになったが、舞台に上がる人間も、金を払って舞台を見上げる人間も、同じように悩み苦しんでいる。
 どこが違うんでしょうねと言う問に対して、どこも違わないでしょうねと返してあげれば良かったと思うが、恐らくそれでは何の慰めにもならないだろう。体調不良の人に朝から晩まで会う職業の僕だから言えることで、他分野の人には分からない。ただ彼らの唯一の救いは、目の前で汚い白衣に身を包んだ不健康そうな男が、健康相談をしているという事実だろう。


2013年06月25日(Tue)▲ページの先頭へ
本心
 午後2時頃は、2回目のクロネコヤマトの配送時間帯だ。その時間に今日も漢方問屋から荷物が届いた。ほぼ毎日問屋から漢方薬が入ってくるが、今日の荷物に僕は全く心当たりがなかった。朝すでに荷物を受け取っているから午後に荷物はないと思っていた。
それでも大きな荷物が実際に届いているのだから姪に開けて貰った。すると姪が商品を整理しながら、最近仕入れた荷物にとても似ていると言い出した。そして過去の伝票をとりだして比べていたがすぐにこれだと言って、ある日付けのものを僕に見せてくれた。なるほど2点の商品を除いて後は同じだった。姪が同じ荷物が2度届いたことを色々推理してくれたが、結局は問屋に直接尋ねてみることにした。受付の女性に間違ってはいないかと尋ねると、FAXのコピーを見ながら今日10時の日付で注文を貰っていると返事が返ってきた。FAX用紙にこちらが送った時間がしっかりと残っているらしくて、それ以上追求することは出来なかった。まるで夢遊病者のように僕は意識がないまま注文を出したことになる。ただ今日は若い2人が処方箋の患者さんで手一杯だったから、僕は漢方薬を作り続けていた。手を休めて漢方の注文をしたら当然覚えている。それなのに全く記憶がないのだ。
おかしい、おかしいと悩んでいる僕に再び姪が、「そのFAXのコピーを送ってもらったらどうですか」と助言してくれたので、もう一度問屋に電話して、その旨を伝えた。自信に溢れている先方はすぐ送ると約束してくれたのだが、FAXより早く電話が入って来た。何でも5日前に注文した僕のFAXを何かの偶然で九州の支店に流したらしい。それを受け取った支店は、間違って送ってきたから岡山の問屋に送り返してきたらしい。だから今日の日付の、実はすでに先週荷物が届いている伝票が復活したのだ。
 あれだけ自信を持って先方に言われるとさすがの僕も、ひょっとしたらと思い始めていた。不思議な出来事ではあるが、僕の仕業の確率を100%うち消すことは出来なかった。「わからん、わからん」を1日100回ではすまないくらい連発する母を最近見ているから、僕にもわからん病が始まったのかと少し心配したが、完全に相手の偶然の出来事のせいだった。「良かった、お袋より僕のほうが早く特老(特別養護老人ホーム)に行くのかと思った」と言うと姪にメチャクチャ受けた。さては本心ではそう思っていたのか。


2013年06月24日(Mon)▲ページの先頭へ
高低差
 ある女性から来たメールの中で使われていた部分「・・・ 羨ましい見事な辞めっぷりです・・・」を僕は羨ましい見事な書きっぷりと捉えた。短い文章の中でその様がとても良く表されていて、光景が浮かぶようだった。巷の一人の女性の書きっぷりに比べて今の世で言うエライ奴らの○○っぷりの何と貧弱なことか。
 原発事故の死者は一人もいないと言った奴が発言を撤回するだと。それですむ世界の人間の謝りっぷりの貧弱なこと。米軍に風俗を売り込んだ奴の言い逃れの軽さっぷり。アホノミクスで庶民から金持ちへ金をシフトする奴のはしゃぎっぷり。どいつもこいつも中身のない阿呆振りをさらけ出している。彼女の足元にも及ばない。
 庶民ていいなとつくづく思う。肩肘張らずに身の丈で生きていけるから。こんな楽な生き方はない。およそ地雷を踏むのは、身の程知らずのうぬぼれからだ。身の丈がそもそもいたって低い僕らは、少しくらい踏み外しても高低差がないから傷つきようもない。どんなに頑張っても所詮僕らは些細なことの褒めっぷりくらいしか上手にはなれない。


2013年06月23日(Sun)▲ページの先頭へ
宅急便
 「魔女の宅急便の実写版のロケをオリーブ園でやっていますよ」と教えてくれたのが、クロネコヤマトの宅急便のおじさんだから面白い。さすが毎日くまなく町内を回っているだけあって、ハンドルのついているインターネットだ。 魔女の宅急便とやらを見たことがないので、実写だなんだと言われても興味がないが、町の人の噂にも上っていないところを見ると、出演者がそれほど有名ではないのではと思った。事実運転手さんも俳優の名前を挙げることは出来なかった。
 早速その手のものに興味津々の漢方問屋の専務さんに連絡したら、俳優が買い物に来たら是非教えて下さいと頼まれたが、その俳優を知らないのだから手の打ちようがない。先週、隣町の西大寺と言うところに、暴雨風の、いや台風の、いや間違った、嵐の一人が来て見に行ったらしいから、追っかけも堂に入ったものだ。男優でも女優でも良いらしいから余程芸能人が良いのだろう。僕など最近のテレビなどで低能人のオンパレードに閉口しているので、その気持ちが理解できない。ただし能年玲奈は別だ。彼女のおかげで月曜日から土曜日まで仕事が頑張れる。その穴を埋めるべく「トンイ」が何故今晩無いのだ。都議会議員選挙なんてどうでもいいのに。20数パーセントの投票率で全てを決められるのか。年寄りが若者を支配する構図はこれで又変わらない。


2013年06月22日(Sat)▲ページの先頭へ
不思議
 ○○では僕などは生きづらいかもしれませんね。何せ、僕は船専門の鉄工所をやっていた祖父の孫で、物心ついたときから漁師の中で育てられましたから、まともな会話など出来ません。漁師はさすがに命をかけているからでしょう、物事を正面から捉えたり、語ったりしません。ほとんど逆の表現を使うのです。彼らが右と言えば本当は左を意図していたり、美味しいと言えばまずいのです。それでも会議で物事が決まっていったりするのですから、不思議です。主題について一言も言わなくても、決を採れるのですから不思議です。もともと彼らは人が苦手で口べたですから、何事も冗談にしてしまわなければ話しかけたり、言葉を返したり出来ないのです。外から見ていると気が荒いように見えますが、特に子供の時などは大人のケンカをよく見ていましたから、実は結構内気な人が多いのです。これは牛窓に帰ってから気がついたことで、それだからより一層漁師達が好きになりました。
 変ですが、今ふと思い出したのです。僕は○○薬科大学という所に願書を出していました。運良く?その前に、ある大学に合格しましたから、結局は受験しなかったのですが、今思えばそこの大学にいって毎日○○を眺めていれば良かった思います。大学なんてどこも同じって、今の僕なら言えます。まして市中の薬剤師になるのなら、それこそどこでも良かったです。
 あなたの属している認知症介護の会の文章は色々示唆に富んでいてとても参考になります。時に薬剤師として、時に息子として立場を変えながら対処していますが、現在机上の論理の修復中です。どの時点で罪悪感を飛び越えなければならないのか、その時が差し迫っていることを毎日感じています。


2013年06月21日(Fri)▲ページの先頭へ
動物
 そうか、テレビや新聞は情報を正確に知らしめる手段ではないのだ。寧ろその逆で、権力を握っている人間達に都合の悪いことを隠す手段なのだ。国民に目覚めて欲しくないから、朝から晩までつまらない番組を流し、注意を余所に向けているのだ。端的に言えば、権力が隠したいことをカモフラージュするための目眩ましなのだ。
 権力などと言うと時代錯誤に聞こえるから、もっと分かりやすく言えば金持ち集団だ。時の金持ち集団が時の権力だ。単純な話だ。金持ちの集団が政治家を作り、役所を支配し、情報を独り占めにする。都合の悪いことから関心をそらせるために、朝から晩まで低俗でつまらないことを流せば、関心は大切な方に向かなくなる。刹那の快楽の方に人は簡単に流れるから。
 金持ち集団の欲のためなら、原発の一度の事故なんてなんとも思わないだろう。何十万人が土地を奪われ、何百万人が、いやもう一つ上の桁の人間の数が健康を奪われても、どうせ裁かれないことを知っているから、気にも留めないだろう。プラカードを掲げてシュプレヒコールを叫んでも、痛くも痒くもないのだ。被害者達の考えられないほどの寛容は、決して彼らを改心させたりはできない。目にするもの、耳にするもの、誰が何を企んでいるか、をまるで動物のように感じ取らなければならない。


2013年06月20日(Thu)▲ページの先頭へ
美学
 その男性は空を見上げ詩を読んでいたのだろうか。頬を撫でる風に語りかけていたのだろうか。それとも何度も目の前を飛び交うツバメの羽音を見つけようとしていたのだろうか。
一度薬局に入ってきた男性が、すぐに外に出て、薬局の駐車場に立ち空を見上げ、なにやら喋っている。まるで吟遊詩人のようでもあり、悟り人のようでもあり、芸術家のようだった。
 彼が数分経ってから再び薬局に入ってきたから「何を感じていたの?何に感性を揺さぶられていたの?」と尋ねると「いえ、会社に連絡を入れていたんです」と答えた。「でも、自分は今空に向かってずっと話していたではないの?」とたたみかけると「いや、調剤器機の修理方法について上司に聞いていたんです」と答えた。「でも自分は携帯なんて持っていなかったではないの」とほとんど詰問調になる僕に向かって「これが携帯です」と見せてくれたのは、補聴器みたいなものだった。「それなら聞くことは出来そうだけど、マイクはどこにあるの?」と尋ねると、マイクも補聴器みたいな所にあって、骨電動で口から音を耳の所まで伝えるらしい。
これには驚いた。マイクもいらないんだ。でも、せめて何かの道具らしき物に向かって話をして欲しい。そうしないと、春先に駅の中で喋り続けている人達と同じに見られてしまう。公衆電話がなくなってから路上で、あるいは群衆の中でプライバシーをかなぐり捨てて話している人が増えたが、それでも携帯を持っていれば電話の相手に向かって話しかけているのが分かる。ところが補聴器タイプだと、完全に独り言に聞こえてしまう。だから詩を詠んでいる人に見えたり、虚空に向かって喋り続けている人に見えるのだ。
 技術の進歩についていく必要を全く感じないから、どんな革新的な物にも驚くほど冷静だが、せめて電話する光景くらい、美学とまでは言わないが、秘めたるものを残しておいて欲しい。


2013年06月19日(Wed)▲ページの先頭へ
被害者
 今朝の毎日新聞に出ていたから読んだ方もいるだろうが、驚くべき事実だ。とは言え、僕などはずっとこの程度のことは予想していたから驚かないが、患者自身が被害者って事を認識した方がいい。このレベルのことは副作用と呼ぶべきではなく、ほとんど作為的に作られた病気と呼ぶべきだ。分業という名でこんな片棒を担がなくてすんでいることをありがたいと思う。門前に開業している薬局は「先生薬が多いのではないですか」とか、「診察せずに薬だけ渡していいんですか」なんて言えないだろうから、共犯者に自ずとなってしまう。なんでもベンゾチアゼピン系の向精神薬で、これは有名な薬が多く、とても沢山の人が服用しているが、依存症や乱用に陥った人の8割がなんとアルコール依存や気分障害、不安障害、睡眠障害の治療中らしい。要は病院にかかり治療中に依存や乱用者になるのだ。何と実際に診察せずに処方された人が4割もいるのだから、治す気があるのかどうかそもそもそれすら疑わしいが。
 患者は「不眠の解消」「不安、緊張の緩和」「いやなことを忘れる」為に乱用するらしいが、そのあげく6割の人は暴力をふるったことを忘れ、5割の人が過量服用で救急車で運ばれ、3割が交通事故や転倒で救急車で運ばれているらしい。元の病気も辛いだろうが、これも又辛いだろう。運が悪ければ他人を傷つけてしまい、自分も犯罪者になってしまう。
 僕は欧米の人間は、抗不安薬などをいとも簡単に飲む人種だなと思っていたが、実際には日本の方が6〜20倍多く飲んでいるらしい。医療機関も製薬会社も笑いが止まらないだろうが、薬物乱用者が巷にうようよしていることを考えれば危険で仕方ない。誰でも良かったなどと、昔なら考えられない動機もひょとしたら薬物のなせる技なのではと考える人達もいる。そうした指摘に耳を傾けるべきだが、原発事故で一人も死ななかったなどと、このところ調子に乗りまくりの政党の馬鹿が言う世の中だから、薬物依存など気にもとまらないのだろう。医療とは名ばかりで、所詮心の病は薬の消費者なのだ。


2013年06月18日(Tue)▲ページの先頭へ
木漏れ日
 ・・・そこまで自分の全てを客観的に分析、把握できているなら後はもう何もする必要はありません。僕もあなたと似たような所がありますが、僕が幸運だったのは、毎日目の前に体調不良の人がいっぱいやってくることでした。田舎に暮らす、そうした人の役に立ちたい一心で自分なりに勉強しました。
 大学では全く勉強せずに、今もって何故薬剤師の国家試験に合格したのか不思議ですが、
それでも牛窓に帰ってきて店頭に立ってからは、時間を惜しんで勉強しました。だから僕は全く後ろを振り向く余裕もなかったのです。
 社会に出て職業人になるのは結構面白いですよ。集団だから気の合わない人や、絞め殺したくなるような低劣な人間もときにはいますが、おおむね善良な人が多くて、人間が社会的動物だって事が、犬も同じですが、良く分かります。
 自分を探求するのはこのあたりで止めて、あなたが哲学者になるのなら別ですが、新天地を求めてみたらいかがでしょう。光溢れるところでなくても、木漏れ日くらいでもなかなか良いものですよ。ギラギラ燃えるように生きていける時代はこの国ではとうに終わっています。それにしがみついている老政治家どもが哀れに見えるし、彼らの存在自体が社会の迷惑です。彼らの恩着せがましい価値観に縛られずに、人生を楽しんでください。
ヤマト薬局


2013年06月17日(Mon)▲ページの先頭へ
冗談
 誰よりも僕が早く使ったから、僕に権利があるのかと思ったら、今朝の新聞の大手週刊誌のコマーシャルの見出しがそのまま僕の言葉をパクって使っていた。使用料をくれるならこれからいくらでも考えるのだが、どうやら連絡なしだから無断使用か、あるいは誰でもすぐに思いつくようなレベルだから、記者達も気がついたか。
庶民から税金や社会保障費の値上げでお金を出させ、それを企業や大金持ちに移行するのがアホノミクスの正体なのだが、その金の流れを収奪される側の人間が支持しているのだから笑えぬ冗談だ。原発で大儲けをしてきた奴らが塀の中に入らずに、住民が土地を奪われ、追われ、家畜みたいに閉じこめられて暮らしているのだから笑えぬ冗談だ。勇ましいことを言う奴ほど気が弱いのが常識だが、そんな奴のために、庶民同士が殺し合う戦いにかり出されたりしたらかなわない。貧乏人こそいち早く殺されるのに、最後の砦を変えることに抵抗しないのだから笑えぬ冗談だ。
所詮この世は笑えぬ冗談ばかり。弱者は自分の首を絞めながらいつまでもその位置に留まろうとし、強者は他人の首を絞めながらいつまでもその位置に留まろうとする。


2013年06月16日(Sun)▲ページの先頭へ
魅力
 その手の顔つきや態度には慣れている。その上で下手(へた)に迎合したり、下手(したて)に出ることもせず、35年この地で薬局をやって来た。県会議員をして「ヤマト薬局が今だ潰れていないのは奇蹟」とまで言わせた理由の一つにその態度を貫いたこともあるのではないかと今では思っている。
正に働き盛りという世代の男性二人が入ってきた。もうその時点で後に引いているのは分かる。僕が挨拶しても挨拶を返さずに、何やら商品を探していた。その時点で僕は冷めてしまったから、放っておいたのだが、逆に向こうがシビレをきらせて欲しいものを口に出した。頭痛薬が欲しいらしいが、それだけで薬を渡す僕ではない。当然症状を具体的に聞き、アレルギーなどもチェックした。その結果ある強い薬を3日分だけだした。相手はそう言ったやりとりが初めてらしくて、一瞬戸惑ったみたいだったが、僕の迫力に押されたのかその後は素直に、服用方法などを尋ねて、出ていった。僕にとってはごくごく普通の光景なのだが、余所からやってくる人にとってはそうした経験がない人が多い。
 翌日、二人が又やってきた。昨日頭痛薬を渡した男性が「あの薬、バッチリでした」と礼を言ってくれた。恐らくその言葉どおり早く快適になってもらえたと思う。それが出来る薬だから当たり前と言えば当たり前だが、たった450円でご自分が想像していた以上の効果を得られたから感激してくれたのだと思う。
翌日寄ってくれたのは、もう1人の男性の健康相談の為だった。髪がばさばさ、白衣は汚れ、Tシャツは褪せている薬剤師を信頼してくれたので、してやったりだが、あいにく相談してくれた症状はまだまだ焦って治療をする必要がないものだった。もっと悪化したら来て下さいと言ったら「3時間半かけてくるんですか?」と二人で笑いながら答えたが、3時間半かけても来た方がいいくらい、この国では潰れてはいけない薬局が潰れてしまっている。若い薬剤師を雇って自分は経営者でいたら庶民の何倍も稼げるようになってから、魅力ある薬剤師がどんどん少なくなっていった。国や病院に逆らわないことが高額所得に繋がるなら、長いものには巻かれ短いものには強く接するだろう。圧倒されるような魅力ある同業の人物には、僕の漢方の先生以外まだお目にかかれない。


2013年06月15日(Sat)▲ページの先頭へ
増殖
 同業者として良く分かる。その時の屈辱感はどれほどのものだっただろう。僕なら絞め殺しているかもしれない。
何が切っ掛けでそんな話になったのか忘れたが、いやセールスは喋りたくてうずうずしていて、計算どおりにその話題に誘導したのかもしれない。何か興味をひく話題を一つでも仕入れておかないと、セールスも売り込みのチャンスを作れないから必死だ。
 彼が毎月訪問しているある薬局?で、そこの店主が嘆いていたのだそうだ。ある方の健康相談にのっていて、最終的にお勧めの品に行き着いたらしい。レオピンという滋養強壮剤らしいのだが、あとはそれを渡すだけだったらしい。ところがその相談者は、やおら携帯電話?スマホ?を取り出すや、今流行りの指で画面を撫でる仕草を繰り返したあげく、「安い値段で売っている店が見つかったんで、そちらで買います」と言って出ていったそうだ。
 これには店主も開いた口がふさがらなかったらしい。人情もここまで落ちたかと思うようなエピソードだが、さもありなんと思う。大手電気店がショウルーム化して結局はネットで買われると嘆いていたから、着実にその様な行動パターンは進行しているのだろう。それが小さな個店で行われたから、そのドライさが際だち、セールスにとって、とっておきの話題になったのだろう。
夏に、ある夫婦に母の家を貸すことになった。先日下見に来たときに奥さんが、東京の最寄り駅まで歩いて5分の所に住んでいるらしいのだが、「駅までの往復10分の間に、必ず不愉快なことに出くわす」と言っていた。放射能のこともあるらしいが、幾多の便利では補いきれないほどの不快さが最早限界に達しているらしい。
 田舎だから人がよいとは必ずしも言えないが、比較するなら田舎の人間の不器用な善意は都市部の人間を圧倒すると確信している。それがあるからこそ田舎を離れない人達がまだまだ一杯いるのだ。
下手をすれば絞め殺してやりたいような人間に絞め殺される。繁殖力の強い未熟な生き物が増殖中だ。


2013年06月14日(Fri)▲ページの先頭へ
発覚
 思わずBGMで「風の中のすばる砂の中の銀河みんな何処へ行った 見送られる・・・」と流そうと思った。あの独特のナレーションで「○○だった」などとやられたら、それなりの番組に仕上がるのではないか。感動した僕は、黙っていられずに娘やクミチャンに今し方の出来事をすぐに披露した。
 市民病院の薬を作り始めて、同じ町内でも知らない人が僕の薬局を利用することが増えた。時に移動の手段が無くて薬局に寄ることが困難な人は、家まで薬を配達してあげるのだが、今日の出来事もその為に「発覚」したものだ。
僕以上に牛窓の地理に詳しくなった妻も、今日初めての処方箋の患者さんの家は想像が付かなかったみたいだ。地図を拡げて探し始めたとき、丁度いつもの集荷の為にクロネコヤマトの運転手さんが入ってきた。そこで妻が待ってましたとばかりに「○○町の○○さんのお家はどこら辺りなの?」と尋ねた。すると運転手さんは「○○さん?、番地は○○○○ですね。その家は・・・・」と教えてくれた。これには本当に驚いた。牛窓は田舎だけれどそれでも2000数百戸はある。まだまだ限界集落ではない。聞けばそのほとんどの番地を覚えていると言うのだ。僕にとっては考えられないことなので、驚きと賞賛の声をあげたのだが、彼曰く「もっと凄い人はいますよ。顔まで覚えていますから。どこどこに出かけていたことまで分かりますよ」だって。
 こうなれば歩く、いや運転する個人情報だ。パソコンどころか頭脳に保存している。元々の能力か、日々の繰り返しで訓練されたのか分からないが、いずれにしても大した能力だ。日々何気なく接している人の中にもプロフェッショナルは一杯いる。メディアへの露出狂にうんざりさせられる毎日だが、巷のプロフェッショナルの秘めたパフォーマンスに感動した良き日だった。


2013年06月13日(Thu)▲ページの先頭へ
予感
 「食べられるようになったのが嬉しくて、一杯食べてしまうんです。それで又調子が悪くなってきました」
 ほとんどの人は寧ろ食べ過ぎを警戒した方がいいと思うのだが、この方のように時に食べることが苦痛の人もいる。同じ食べることが出来ないと表現されても、食べたくても食べることが出来ない人もいるし、食べる気さえ起きない人もいる。この方の場合、若いのに胃ガンの手術をした後の不調だから、食べたくても食べられない方に属した。いや、その病気のストレスは計り知れなかっただろうから、食べる気も起こらなかったのかもしれない。
 こんな人を治すのに、胃薬はいらないし、胃薬では治らない。それが証拠に術後3年くらい経っているのに全く改善していない。病院の薬を飲んでいるが所詮胃薬だ。僕が作った漢方薬2週間分で少し、1ヶ月後でかなり、2ヶ月したら完璧に食べられるようになった。だから冒頭のような嘗てなら考えられないようなことも出来るし、それだからこその失敗も出来る。
実はこの方の場合、環境の変化も大きな改善要因なのだ。僕の薬局に来るきっかけを作ってくれた人の友情が大きな要因なのだ。ひょっとしたら漢方薬以上に効いたのかもしれない。それまでは、自分を極端に殺して他人をもてなす職業に就いていたのだが、それもかなり過酷なものだったのだが、その状態を本気で心配してくれ、解決方法を一緒に探してくれた人がいるのだ。僕は立ち入ったことは尋ねないが、断片的な二人の会話や仕草でかなりのことは察しが付く。恐らく大切にされた経験が乏しかった彼女が、本当に人の優しさに触れたのではないかと想像した。その結果、いつも戦っていたような鋭い、いや怯えたような視線が、それは心模様を写していたものだと思うが、とても優しげな目つきに変わった。
「食べられるようになった・・・」は単に消化器系の事だけではない。大切にされながら生きる新たな人生の始まりの予感を、本人が無意識になおかつ象徴的に表した言葉だと思う。


2013年06月12日(Wed)▲ページの先頭へ
偉人
 新聞の県内版に「牛窓の偉人(黙水さんに光)」と言う大きな見だしが載っていて、時実黙水さんの特集が組まれていた。嘗てしばしば薬局に来てくれていたその人が、なんでいま頃、亡くなって20年も経つのに特集されるのだろうと思い記事を読んでみると、寒風古窯跡群という国指定の史跡を発見した人なんだそうだ。
 「その人はいつも杖を片手に、たすきかけのカバン、ワンピースのような服を着ていた」と記事には書かれているが、もし僕が正確に書くとしたら「その人はいつも杖を片手に、たすきかけのボロボロの袋、ワンピースを着ていた」と書くだろう。そしていつも笑みをたたえていて、いや、これも正確ではない、いつもにたにた笑っていた。
 こうかくと何やら怪しげな人物を想像するかもしれないが、寧ろそれとは逆の人だ。僕は恐らく彼が80歳くらいから90歳を回るくらいまでつき合いがあったのだろうが、その年齢でもまるで少年のように純真だった。恐らく考古学少年がそのまま老人になったような人だった。考古学以外には見向きもせずに、興味も持たず暮らしたような人だろうと想像できた。
田舎の薬局にも色々な人がやってくるが、基本的には僕は症状以外には深入りしない。その人となりや背景を知ることと、治療効果とが比例しないことを知っているから、殊更尋ねないことにしている。黙水さんについても変わっている人という印象しか持っていなかったが、新聞を見て「黙水さんまつり」を開いてもらえるほど地域に貢献していた人だと知った。60年間で1万点以上の須恵器を発見したと言うから実績はその筋では大したものなのだろうが、何故か気に入られた薬剤師から見れば今で言うオタクだったのだろう。好きこそ・・・を地でいったような人だ。
 そんな黙水さんの誰も知らないエピソードを没後20年経って今明かす。彼は医者にかかると必ず僕の薬局に寄り、医者でもらった薬を僕にくれた。そして医者の診断を僕に伝え、その診断名に効く漢方薬を作ってくれと頼まれた。僕はその都度数日分を作り、医者の薬と物々交換した。当時分業が始まっていなかったのでそんな薬を貰っても捨てるだけだったのだが、断じて化学物質を体に入れない姿勢に共感して、楽しみかたがた漢方薬を作って渡していた。
一生を発掘に捧げた変わり者だけあって、生き方も他人の目など一切気にせず、経済も名誉も追い求めず、好きなことだけをすると徹底していたように思う。発見の業績はもちろんだが、その生き方も又お祭りで披露してもらいたい。


2013年06月11日(Tue)▲ページの先頭へ
違い
 一体この人達はどうしてこんな場所にある店を知っているのだろうと不思議でならない。インターネットで探して来るのだろうが、牛窓が目当てなのか、このお店が目当てなのか尋ねてみたい気がした。土着の僕が知らないのにと言うのは今の時代には通用しないのか。
オリーブ園のイベントの日、出店していた石窯ピザを食べる予定にしていたのだが、いざ食べる時間になると20人近い列が出来ていた。焼き上がりに3分かかりますと言う案内を見つけたので、そこまでして食べる必要はないと早々に諦めた。そこで牛窓の海が同じように見下ろせるイルマール牛窓と言うホテルに行くことにした。10分くらいの移動で着ける。ところがホテルは結婚式の貸し切りになっていてランチを食べることが出来なかった。
 かの国の女性にご馳走を食べさせてあげようと思っていたのに、これ以上つれ回すのは気の毒だ。そこでふと思い出したのが、ホテルの近くにしゃれた店があるという娘の言葉だった。娘夫婦は市民病院の院外処方が始まって日曜日にもやってきて仕事をしているが、昼になると牛窓のお店を回ってランチを楽しんでいる。だから僕などとは比べものにならないくらい詳しい。
もしあるならあのあたりと勝手に目星をつけてみんなで歩き始めた。道の両側にはしゃれた家が並び一見高級住宅地に見える。いや別荘地と言った方がいいかもしれない。岬の上に建ち、どの家からも海が見下ろせそうだ。
案の定岬の先端にそのお店があった。確かにしゃれた雰囲気と言っても良いかもしれないが、一番お洒落と思ったのはスタッフ達だった。どう見ても牛窓の人間には見えない。あか抜けていて都会の香りがする。このアンバランスが受けて、多くの人が(実際に沢山のお客さんが入っていた)やってくるのかもしれない。それも地元の人ではなく恐らく全員来訪者だと思った。
 晴天ではなかったからはるか四国を見ることは出来なかったが、日常のつまらない茶番を見ることもなかった。嘗てなら意識する必要もなかった澄んだ空気、広がる空、山を覆う緑、数十隻のヨットを抱く静かな海、どれもが愛おしい。その全てを奪われ、それでも尚犯人を追いつめない従順を旨とする東北に暮らす人達の失ったものの大きさに思いを馳せる。
 僕はパスタとスパゲッティの違いが分からないが、ひょっとしたら箸を下さいと言ってパンと一緒に食べたから、その日食べたのはスパゲッティだったのかもしれない。


2013年06月10日(Mon)▲ページの先頭へ
訓練
 最後に来たのは恐らく30代後半の頃だと思うから、もう30年近く登ってきていないことになる。毎日下から見ているが、どうせ何も変わっていない、寧ろ廃れているのではないかと勝手に思っていた。ところが駐車場から急な坂道を上りきった広場は一面手入れされた芝生が広がっていて、嘗て粗い砂の上で仲間とロックコンサートを主催したときとは大違いだった。とても落ち着いた雰囲気に変わり、ベンチでくつろぐ人達や芝生の上を散策する人達のゆっくりとした動きが印象的だった。
小学校の頃は遠足で登ってくるのが定番だったオリーブ園で、ガーデンマーケットなるものが行われているから、地元のイベントを見ない手はないと思って2回目の昨日かの国の女性3人を連れて登ってみた。最近はなるべく公平にかの国の人達に色々なものを楽しんで貰おうと思っているから、その都度メンバーが異なる。昨日はまだ来日して半年くらいの女性ばかりだったから、牛窓そのものもまだ馴染みが無くて、オリーブ園の頂にあるレストハウスからの眺望に「キレイ」や「キモチイイ」を連発していた。母国語ならもっと的確な表現もあるのだろうが、日本語の限られた語彙での精一杯の表現なのだろう。
日本語の語彙なら人並み持っているつもりの僕も、ほとんどその二つの言葉で全てを語れそうだった。瀬戸の穏やかな海の光はキレイだったし、丘に吹く風は「キモチヨカッタ」。その上、これは想像以上だったが、レストハウスやそこに併設されているお土産売り場はそれなりに整っていた。牛窓にこうして一ヶ所にお土産を集めたところがあったんだと再発見だった。訪れている人も多くて、結構混雑していた。
 スタッフの数人を良く知っている僕は調子にのって勝手なお願いをした。心地よいゆっくりとした時間の流れを楽しむのも良いが、折角広くて手入れされた芝生の広場があるのだから、イベントをして貰いたい、特に僕の大好きな和太鼓か、最近初めて目の前で見せて貰った大道芸あたりを招いて欲しいと頼んだ。全く僕の趣味だが、そう言ったものがあればもっと長い時間楽しむことが出来るのではないかと思った。
振り返る暇もなく、ただひたすら働いてきたおかげで大きな後悔をすることはなかった。それ以外の道で何か血湧き肉躍る展開があったとも想像しがたい。今になって休日を休日らしく過ごす訓練をしているが、まだまだかの国の若き友人達の協力が必要なようだ。


2013年06月09日(Sun)▲ページの先頭へ
首を絞める
 とても買う気がしなかった。と言うより買ってはいけないような気がした。
枯れ草を燃やしていて、小さな熊手で周辺部の燃え残りを燃えさかっているところに集めていたら、火の勢いが強くなったので喜んでいた。ところが何のことはない、竹で出来た熊手自体が燃えていた。気がついて慌てて火を消したが、半分くらいは爪が燃えて無くなっていた。それでも何とか用は足すから1ヶ月くらい使っていたが、今日ホームセンターに立ち寄る機会があったので買い換えようと思った。
探しているものはすぐに見つかったが、なにやら様子が違う。大きさの違いを含めて数種類が展示されていたが、どれも爪が金属で出来ているのだ。柄は金属から化学製品から木まで材料は違っていたが、爪の部分は全て金属だった。どう見てもこれが熊手だよなって感じで見てみると、そもそも商品名が熊手とは書かれていない。カタカナで書かれていて、それを覚えて帰ろうとしたが、今こうしてパソコンの前に腰掛けていても名前の断片すら出てこない。恐らく熊手の英語名が商品名になっていたのだろうが、初耳だったので最初の一文字も記憶できなかった。熊手のユーザーがどのくらいいるのか知らないが、みんなそのカタカナ名を使っているのだろうか。もしそうなら、携帯を持っていないどころの遅れようではない。
 あれだけ日本中で竹林が厄介者になっているのに、どうして竹で作ってくれないのだと思う。僕みたいなうっかり者はいないと思うが、使えなくなったらちゃんと灰に出来る。環境に優しいというか自然に帰っていける素材ではないか。金属製で作って何のメリットがあるのか分からないが、ちゃんと自然に帰っていける以上のメリットなどあり得ない。 人間という者はよくよく自分で自分の首を絞めるのが好きな動物だ。自然の材料を使い、職人の技術が伝承され、竹林が整備され、埋め立てゴミを作らない。どこか一つでも欠ければ首を絞めていることと同じだ。いみじくも今日福島のある施設が再開し、幼い子供達が川魚を食べている光景が放映されていた。放射性物質が検出されない安全なものと言うが、事故前でも検出されないものなど無かった。0.00の世界では必ず検出されていた。それが今?検出されない?
もうすでに不健康を一杯背負わされて日常を送っている人も沢山いるだろう。被害者が被害を意識しない、これ以上の自らの首の絞めようはない。


2013年06月08日(Sat)▲ページの先頭へ
条件反射
 ひょっとしたら午前中からその音は聞こえていたのかもしれないが、昼過ぎからはっきりと意識するようになった。我ながら結構仕事には集中しているのかもしれない。
あの音は、と言うよりあのリズムはきっと和太鼓の音だ。しかし、どうして中学校から聞こえてくるのだろう。土曜日だからどこかの和太鼓のグループが合宿にでもきているのだろうかと、希望的観測をしていた。ただ、何故か聞こえるのは一つの太鼓の音だけだ。そうなると誰か和太鼓が好きな人が個人で練習しているのかと、一気に希望はすぼんだが、それでも牛窓に一人でも太鼓を叩く人がいると言うことで慰められた。そのうち横笛の音もし始めたから、やはりグループで練習しているのだろうと希望が少しだけ繋がった。
 3時頃だったと思う。段々音が大きくなり、結構身近に聞こえるようになった。その頃から色々な管楽器が思い思いのメロディーを奏でるようになっていた。それで、希望的観測が所詮希望的観測でしかなかったことが分かった。
 バスやトランペットの音が優勢になったので、ブラスバンド部の練習なんだと分かったが、いつも聞こえてくるより近くに聞こえた。音楽室は校舎の3階にあるのだが、何故かもっと近くで聞こえる。
 薬局に入ってすぐの所にベンチを置いてあるが、そこに腰掛けて音がする方を見てようやくさっきからの微妙な距離感の違いが理解できた。本来なら中学校の体育館は見えないのだが、前の土地が駐車場になってからは、視界を遮るものはない。体育館が真正面に見える。玄関まで数十メートルだろうか。おまけに今日の暑さでありとあらゆる戸を開放しているものだから、体育館の中が結構見えた。開放された引き戸に次から次へと色々な楽器を持った生徒達が現れては消える。そうマーチングの練習をしていたのだ。
 テレビでしか見たことはないが、マーチングの根性物語には感動を覚える。それを生徒数が少ない牛窓の中学生が挑戦しているのかと思うと、応援したくなる。恐らくパーカッションが和太鼓に、ピッコロかフルートが横笛に聞こえたのだと思うが、その程度の実力かもしれないが、我が田舎町の中学生がマーチングに挑戦してくれていることが嬉しかった。
何時間も近くで未熟な音を出し続けていたが、不思議なことにうるさいなどとは全く感じない。教育という名のものなら何でも受け入れようとする大人達の条件反射なのかもしれない。寛容などと言う欺瞞の響きはそこには入り込めない。


2013年06月07日(Fri)▲ページの先頭へ
用心棒
 畑違いだが、田圃違いではない。
 慌てた声で電話があった。今し方カラスにツバメの巣を襲われて、地面に落ちた雛が4羽まだ生きていると言うのだ。どうしたらいいでしょうと言うのだが、まさか漢方薬を飲ませるわけにはいかないので答えに窮していたら、そもそも娘に電話をくれたものだった。娘がツバメに詳しいとは思わないが、気にかけていることは誰もが認めるところだから、薬局を利用してくださる人はツバメイコール娘だったのかもしれない。
ただ我が家では動物に関しては圧倒的に妻が詳しいから(動物と話すことが出来る。動物の声を代弁することが出来る)、娘はすぐに母親に振った。すると妻はすぐに獣医さんに電話をかけて指示を仰いだ。そしてその指示とインターネットからダウンロードした人工の巣の写真を持って出ていった。きっとこれで何とかなるのではないか、そんな予感がした動物好きの人達の連携振りだった。
 ところで今日、そんな憎きカラスを追いかけ回している一羽の鳶を見た。僕が何かの用事で戸外に出ていたとき、地面に大きな陰が走った。驚いて空を見上げると、1羽の鳶が勢いよく大屋根の向こうに飛んでいくのが見えた。慌てて表に回ってみると、鳶が1羽のカラスを追いかけていた。すぐに追いついてそれこそ至近距離をカラスが飛ぶと同じように飛んで追尾していた。恐らくカラスは逃げまどっているのだが鳶は全く離れない。そして最後には隣のNTTの建物の向こうに2羽で急降下し消えた。
その後どうなったかは分からない。鳶がカラスを仕留めたのか、追い払っただけなのか分からないが、ほとんど天敵がいなくなったのではないかと思われる昨今のカラスの横暴振りに一矢を報いてくれたのが嬉しい。願わくばこの辺りに住みついて、ツバメの用心棒になって欲しい。


2013年06月06日(Thu)▲ページの先頭へ
称号
 僕はこの福山雅治似の整った顔立ち以外自慢するものは持ち合わせていないと思っていたが、姪と話していてもう一つ自慢できることがあることに気がついた。
薬局を手伝って貰い始めて1ヶ月経つ姪が「足がむくんでだるい」と言った。なるほど彼女も立っている時間が長いからさもありなんと思う。娘も実は彼女のそれを心配していたらしい。立ち仕事をあまり経験していない人には確かに、重力の法則通りに体液が下へ下がるのは辛いと思う。で、僕ははたと気がついた。35年間、ほとんど立ちづくめだって事に。 20年間ほとんど毎日12時間働いた。今でこそ11時間に減らしたが、最初の10年間は元旦以外休まなかったのだから、ひょっとしたら僕は立ち仕事日本一くらい立って仕事をしていたかもしれない。それでもやはり若いのとやる気があったのとで、むくみやだるい感覚などはなかった。さすがに近年は嘗ての負荷がたたって、足に細い血管が浮くようになったし、だるさは、夏など半端ではない。余程耐えられないときは漢方薬を数日飲んで解決して、又懲りもせず立ち続ける。決して体力や体質に恵まれているわけではないが、立ち続けの仕事をこんなに長く、未だ現役でこなせられることに感謝だ。
これからどのくらいまで今と同じような内容の仕事がこなせられるのか分からないが、小学校や中学校の時から廊下に立たされ続けていた同級生などには、それだけ分遅れをとっているから、何としても遅れを取り戻さなければならない。日本一立ち続けている人間に贈られる称号は僕のものだ。これ以外とりたてて得意とするものがないのだから、しがみついてでも達成するぞ。


2013年06月05日(Wed)▲ページの先頭へ
夾雑物
 ・・・「食べている」と言えば、チリモン(チリメンモンスター)をご存知ですか?シラスやチリメンジャコに混じっている混入生物のことで、子供達にも人気です。なんと私達はタツノオトシゴまで食べちゃってます。その中でも私のイチオシはカニのゾエア期幼生、宇宙的キャラで他を圧倒しています!でも、味的にはこれらは取り除いたほうが美味しいらしいです。・・・ 
 東海地方のある女性とのやりとりの一部だが、これだけでは、僕ら以外には内容はちょっと理解できないかもしれない。ある人は熊もんなどのご当地キャラの話と思うだろうし、ある人は怪獣の話かと思うだろう。ただ、僕はキャラクターを見て可愛いなどとはまず思わないし、怪獣に関しては、子供の時から興味を持てなかった。今更という感じだ。
 単に想像だが、この女性は海洋生物を研究している人の助手でもしているのだろう。ひょとしたら顕微鏡を覗く毎日かもしれない。ユーチューブでお勧めのカニのエゾア期幼生とやらを探して見てみたが、「他を圧倒している」かどうかは別として、いやそのものに関しての評価より、そんなことをしている人の方に興味があった。僕らの全く知識の及ばないところで、色んな人が頑張っているんだと感慨深かった。
 ちりめんじゃこに酢醤油をかけてご飯を食べる。大根おろしがあれば十分だ。1回のおかず代が何十円ですむが、どうやらチリモンのおかげで栄養価はかなりあるらしい。特にミネラルなど宝庫に近いだろう。タツノオトシゴを始めどれだけの怪獣を今まで食べたのか知らないが、意外と元気にこれたのはそうした夾雑物のおかげかもしれない。人間社会でも同じだ。とるに足らない多くの人間のおかげで弾力は保証されている。


2013年06月04日(Tue)▲ページの先頭へ
問診
 主にプライマリ・ケアの外来患者を対象にした研究で、「問診で患者から詳しい情報を聞き出せば約86%は診断がつき、身体診察を行うと6%情報が増し、さらにX線検査や血液検査を行うともう8%情報が追加される」という報告があるそうだ。これは診断の9割近くが問診で付くことを意味する。診察や検査は問診で付いた診断を裏付ける場合がほとんどで、診断を変更するほどの情報をもたらすことは滅多にないということだろう。まれな病気が多い専門外来などでは、ここまで高い数字は得られないだろうが、問診がいかに重要かを裏付ける研究データである。

 上記のような記事を今日見つけた。なるほどそうだったのかと納得した。もし上記の記事が的を射ているなら、最近の医者は検査結果ばかりを信頼するという風潮が危惧される。問診を丁寧にしていないとすると、86%の診断の部分が欠落したことになり、残り14%に命を預けているとなると空恐ろしくなる。
 まあ、そんなことより僕達薬剤師にとっては朗報だ。医療器機をほとんど使えない僕達にとっては、問診は命綱だ。と言うより全てだ。これがなければ僕達は漢方薬を渡すことは出来ない。だから長い間とにかく相手に問い続けて、病気や人間の傾向を掴むことに努力した。多くを尋ね、多くの法則を掴み、その結果としての漢方処方を選択する技術を磨いてきた。本を見れば、病気と漢方処方をまるで問題と答えのように載せているが、実際に薬局に相談に来る人の苦痛を整理して処方まで結びつけるのは経験が必要だ。寧ろこここそが全てのような気がする。何の不都合が生活の中にあり、何の不都合が心や体に現れたかを見つけることが出来なければ本当に効く処方までたどり着くことは出来ない。歳はとりたくないが、歳をとらなければ分からないことがあり、それは決して教えられることではなく、患者さんの繰り返しの応対でつかめるものだと思う。
 僕を知っている人は驚かないかもしれないが、初めての人に「自分は・・・・?」と言った感じで問診をするので、信頼しづらいかもしれないが、毎日何十人と、30年以上話し続けた実績はほとんど無形文化財だ。どうぞお偉い方「表彰してけろ」


2013年06月03日(Mon)▲ページの先頭へ
上手
 薬局が魚の目、たこなら分かるが、鵜の目鷹の目は頂けない。本当は効果を出してから書こうと思っていたが、効果もへったくれもない。それ以前の問題だ。
数日前、ある皮膚病の電話相談を受けたが、以前世話?になっていた漢方専門薬局?で1日分が2000円のものを飲んでいたらしい。なるほど、その皮膚病は確かに手強いものではあるが、一体何を使ったら1日分が2000円にもなるのか分からない。そもそも1日分が2000円もする皮膚病で使う漢方材料なんてあるわけがない。困っている人の足元を見るのだろうが、それなら胡散臭い健康食品の販売と何ら変わりない。いや、恐らく漢方薬ではなく健康食品を飲まされたのだろう。さもなければ暴利だ。どちらにしても気の毒だ。願わくば、僕の漢方薬で改善して、半年間どぶに捨てたお金を取りかえして欲しい。
この手のことは、漢方とか薬局とか医療とかに特有のことではない。恐らくどの世界にもあることだろう。現代の多くの人が評価しているのは、評判ではなく宣伝なのだ。それを信じたら思うつぼだ。カモフラージュされた悪意が跋扈する汚れた国になったものだと、田舎の薬局の中にいても感じるのだから、都会にいたら尚更だろう。
 まあ、国を挙げて虚構の中に引き吊り込もうとしているのだから、庶民が騙されるのも仕方ないか。胡散臭いもので溢れかえれば、ますます彼らの思うつぼだ。見抜くことが難しくなるのだから。いつからこの国の人は上手く生きることがこんなに上手になったのだろう。


2013年06月02日(Sun)▲ページの先頭へ
家電製品
 2日連続で、家電製品の話。
昨日の年齢不詳のテレビもさることながら、小型のテープレコーダーもかなりの年齢だ。昔、勉強会巡りをしていた頃に講師の話を録音するために妻が使っていた物だが、ついに使えなくなった。と言うのも福島の事故以来小出先生や広瀬隆の講演を録音しておいて、朝夕のウォーキングの時に必ず聞くようにしていたから、結構酷使してきた。
 今日量販店で買ったのだが、2つのことに驚いた。いや3つかな。まず、未だ昔のテープをそのまま利用出来るテープレコーダーが売られていたこと。もっとも2種類しかなかったが、あっただけで嬉しい。沢山のテープにとった内容が無駄になるところだったが、これで安心だ。2つ目は、単に録音再生だけではなく、ラジオも聴ける優れものだ。3つ目は、おまけに家電製品を買うたびにいつも驚くのだが、とにかく安い。名前を聞いたことがない会社だったが、3480円だった。今確認したらやはり中国製だった。
 随分と長い間、給料が上がらないと言われ続けてきたが、こうして欲しい物が嘗てから言うと随分安くなったので、あながち生活の質が落ちたとは言えないのではないか。電化製品のみならず、かなりの分野で物が手に入れやすくなったような気がする。悪戯に成長を望まず、ましてアホノミクスのように働かずして金を動かすだけで巨万の富を得るような、金持ちのみを優遇するような悪政に惑わされずに、質素を心がけるべきだ。
 運動場より広いのかと思わせる家電量販店に一体どのくらいの商品が陳列されているのか知らないが、そんなものなくても豊に暮らすことは出来る。日が照り、雨が降り風が吹き、海は波を起こし、山は緑を蓄える。お尻をサドルから離し、全ての体重をかけて坂道を上る。半世紀を越えて今日僕は再び少年になったが、物で保証される生活の質には当時から懐疑的だった。手に入れた瞬間の喪失感にいつももてあそばれていたような気がする。


2013年06月01日(Sat)▲ページの先頭へ
足踏み
 10年以上前に、10年は使っていたテレビを貰ったのだから、一体いつの製品か分からないくらいだ。何インチか知らないが結構大きくて、横も縦も高さもかなりある。だから一人で持ち上げるのは難しい。ただ難点は、どうやら実際に放送されている画面よりかなり狭い範囲しか画面に映らないことだ。だから時間や、チャンネルなど、画面のすみに表示されるものはほとんど隠れている。ニュースなどの字幕も途中から読んでいることになる。
 ある用事で税理士の先生が2階に上がったことがある。そのテレビがあるリビングで妻と話した後、降りてきて、ご自分の家のテレビを買い換えるから差し上げましょうと言ってくれた。ただ顔にはためらいもあった。それはそうだろう、税理士の先生にとっては我が家は顧客でもあるから、経済状態は良く知っている。使い古しのテレビを差し上げましょうと言うのはひょっとしたら相手のプライドを傷つけてしまう可能性もある。でも敢えて提案してくれたのは、余りにも古いテレビを我が家が使っていたからだろう。さすがの僕でもそろそろ寿命かなと考えていたし、物に関してはプライドなんか微塵も持っていないから、喜んで貰うことにした。10年前に50万円で買ったものと教えてくれたが、何十年テレビを買ったことがないのでその価値が分からない。勿論高価な物だろうなとは想像できたが。
 とても乗用車には積めないと言われたので、クロネコヤマトに運んできて貰った。昔のように立方体ではなく薄いが面積はやたら広い。液晶画面という物なのだろう。ニュースが見られればいいくらいな気持ちで貰ったのだが、想像以上に画面が綺麗で、特に、街並みを上空から写したような画面は圧巻だった。街が一望できるような錯覚に陥る。近くで見ていたら、以前のテレビのように全体を見ることが出来なくて、画面の中の一部しか見ていないことが分かる。だからテレビを見ながら視線を動かしている。
 自分で買う事は決してしないような物を、僅かな運賃で譲って貰ったが、テレビとしての価値は認めざるを得ない。使う気はないが、録画を始め色々な機能も付いている。僕は消費に踊らされる軽率さを持ち合わせていなかったおかげで、時代にはついていっていないが、いつか時代がUターンせざるを得なくなるだろうから、得意の足踏みで地を固めることに勤しむ。 


   


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〒701-4302
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