栄町ヤマト薬局 - 2013/05

漢方薬局の日常の出来事




2013年05月31日(Fri)▲ページの先頭へ
粗雑
 パニック障害を完全に漢方薬で克服して貰った女性が久し振りにやってきた。念のために漢方薬をストックしておきたいというのだが、この種の事はしばしばあることで、良い手だ。その時に彼女が言ったことで、参考になることを思いついたので今日は披露しておく。
少し気持ちが変かなと思ったときに、どこかで漢方薬を買ったらしいのだが、飲んで気分が悪くなったのだそうだ。彼女にとってみれば僕が作る○○湯も、他の薬局やドラッグや病院で手に入れる○○湯も同じと思っていたらしい。ところが飲んでみて本来なら効くはずのものが、逆に気分が悪くなったのだから、彼女も驚いたらしい。
漢方薬が効くか効かないかを大きく作用するものに、使われている材料の質の善し悪しがある。粗雑で安価なもので作られれば効かないのは当然だが、売られるときにそれを表示するものは何もない。綺麗な箱に入っていればどれも皆同じと考えるだろう。考えてみれば簡単なことだが、部外者はそれには考えが及ばない。薬以外の分野で働いている人なら、自分の専門分野で考えてみれば容易に想像が付く。粗雑な材料で作れば船は沈むし飛行機は落ちる。
 近頃噂される「漢方は効かない」の大きな原因がこの粗雑な原料で作った漢方薬だと思う。健康も倫理も道徳も、全て金、かね、カネ。粗雑な人の心が織りなすこの社会こそ、不良品の最たるものだ。


2013年05月30日(Thu)▲ページの先頭へ
勘違い
 何を勘違いしているんだ、この恩知らずが。モコちゃんだっていつも気にして巣の下を通るときは見上げているんだ。いくら体型や色が猫そっくりだとしても、あの仕打ちは何だ。モコはモコなりにカラスから巣を守っているのだから。
朝5時には目が覚め、新聞を念入りに読み、生ゴミを出す。相変わらずゴミは漁られている。何がこんな狭い空間を通り抜けるのか分からないが、未だ完全には侵入を防げていない。それはさておき、ウォーキングから帰ると必ずモコが迎えに降りてくる。殊勝な性格故ではない、単に朝の用足しのためだ。用足しは隣の空き地で十分だ。250坪ほどあるらしいから、小型犬には充分すぎる広さだ。いつものようにモコが草むらを歩いていると、4匹のツバメがモコ目がけて繰り返し急接近しては飛んでいった。チキー、チキーという警戒したときの特有の鳴き声を発しながら数回威嚇を続けた。幸いモコは気がつかなかったみたいだから心が折れた様子はなかったが、一家あげてツバメを守っている家の主としては裏切られた思いだ。
 犬畜生にも劣ると良く言われるが、これが本当の犬にも劣るだ。もっともあの小さな頭の全部が脳みそだとしても、たかがしれているだろうから期待する方がおかしいが。ただ本能で敵か味方くらいは見極めろと言いたい。人間社会ではその本能をなくしたばかりに、貧乏人が金も肩書きも権力もある人間を卑屈にももり立てたりするのだから。


2013年05月29日(Wed)▲ページの先頭へ
ユンケル皇帝
 タモリがブレイクさせて、イチローが辛うじて持たせているドリンクにユンケルというのがある。バブルの頃、お金の使い道がない人が毎日のようにのみに来ていた。宣伝がうまかったのもあってよく売れて、その会社はユンケルだけで持っているようになった。ところがバブルの終了と同時に、節約思考に国民がなびくと、真っ先に倹約の対象になった。 今でもあれだけ宣伝しているのだから売れるのは売れているのだろうが、恐らくピークから言うと相当売り上げは落ちていると思う。それが証拠にもう薬局ではほとんど扱わなくなり、ドラッグストアで売られているだけではないかと思う。
 そんなユンケルに僕が救いの手を差し伸べるから、佐藤製薬の偉い人がその結果を見たら是非僕に、イチローに払っている出演料の半分くらい、いや1割くらいでも良いから、いやそれはやはり図々しいかな、100分の一くらい、やっぱり相手は有名な大リーガーだから、せめて1000分の一で良いから、いやもうまけて1万円で良いから支払って欲しい。ユンケルが沢山売れる方法を考えたのだ。
 冷凍庫に箱のまま入れておくだけでいい。そもそも量が少ないからすぐに凍る。そこでとりだして、まるでアイスキャンデーのように食べればいいのだ。ユンケルは量が少ないから、あっと言う間に何百円が消えてしまうが、こうして氷にしてしまうと、ゆっくりとしか味わうことが出来ない。溶けた分だけを吸うようになるが、こうすると数分あの味を楽しめる。特に最後の方はシャーベット状になるから、これから暑さ本番を迎えて一番美味しい。効果を心配する人がいるかもしれないが、凍っていようが液状だろうが胃袋に入れば同じだ。どうせ主成分はカフェインなのだから、そんなにもったいぶることはない。
 薬剤師がとんでもないことを言うと思うかも知れないが、放射能を食べても良いとか、笑えば出ていくなどと言う犯罪的なことを言って国民をあざむいた医者よりは数段僕の方が健全だ。これで明日から日本中でユンケルシャーベットを食べる光景が見られる。佐藤製薬のお偉い方、明日以降のユンケルの馬鹿売れは僕のおかげだって事を忘れないように。


2013年05月28日(Tue)▲ページの先頭へ
又会おう
「又会おうや」と言い残して一人の老人が先に帰っていった。実はこういった光景を唯一期待して、市立病院の院外処方を引き受けたのだ。病院が、連休後の混雑からやっと本来の患者数に戻ったらしくて、何とか従来の漢方の患者さんに迷惑をかけなくてすむペースになった。 ぽつぽつと処方箋をもってくる患者さんでも、結構重なって待ってもらうこともある。狭い薬局だが工夫して2つずつの腰掛けを4箇所に用意して、それぞれ人の目を気にしないで待てるようにしている。田舎だからお互い知っている人同志が薬局内で遭遇することもあるのだが、まだ薬局の中でゆっくりすることに慣れていないせいか、薬を受け取ると足早に帰っていくのがほとんどだ。従来の漢方薬を利用してくれている人達の落ち着きようとは対照的だ。それはそうだろう、その人達はお茶やお菓子を楽しんでから帰っていたのだから。
 今日薬局内で久し振りに会ったという老人が二人、テーブルの前に並んで腰掛けた。先に来ていた老人が後から入ってきた老人を見つけて、席を示しとなりに腰掛けさせた。薬の説明を聞いていたのにそこから俄然お互いの消息の話になり、こちらが入っていけないショータイムになった。姪が焼いてくれたクッキーとお茶で尚盛り上がり、どのくらい話していただろうか。次の一陣が来て居場所をなくして帰っていったが、その帰り際の二人が交わした言葉が「又会おうや」だった。
 1ヶ月、若夫婦が処方箋患者を応対しているのを見たり、妻や姪が薬を届けてあげた後の話を聞いたりして思うことは、孤独な老人が多いと言うことだ。他の共同生活者の存在が伝わってこないのだ。一体何を食べて暮らしているのだろうかと言う一番根元的な問いさえ妻はした。薬を飲むことが命の保証ではない。健康的な食事と人との交流こそが根元だと思う。そこが欠落している人の何と多いことか。そこに自然に介入できてこその分業の意義だと思っている。何かちょっとした栄養とくつろぎを与えられたらと、経済的な裏付けもないくせに考えている。


2013年05月27日(Mon)▲ページの先頭へ
一瞬
 それは一瞬のことだった。主役が男子中学生だから、少しくらいは持ちこたえるのかと思うが、よたよたする間もなく、道路上に自転車もろとも倒れた。
僕の前の前の車は、恐らく対向車をやり過ごすために、中学生を抜くに抜けずに徐行していたのだと思う。2台後の僕の車もほとんど徐行状態だったから、そのスピードも想像が付くが、そのおかげで目の前に中学生が倒れ込んできても、急ブレーキを踏むこともなく、何もなかったかのようにゆっくりと立ち去れたのだと思う。
 以前からその辺りの段差は気になっていた。舗装工事を繰り返したせいで、側溝部分からかなりの段差で道路部分につらなっている。だから道路と平行に段差が走り、自転車のタイヤをとられるなと感じていた。案の定それが昨日僕の目の前で再現されたわけだが、誰も犠牲にならず、誰も加害者にならなかったことが良かった。

 交通事故は全く悪意が介在しなくても、加害者と被害者が生まれる。そしてどちらもがあまりにも大きなものを失う。生涯そんなことと無縁で暮らしたいが、いつ誰が当事者となっても不思議ではない。行動範囲を狭め、臆病に暮らしていれば被害者にも加害者にもなることはないが、それでは人生は空しすぎる。
 その後赤信号を無失して走り去った中学生は、つい今し方短い人生がほぼ終わりかけていたことに気がついただろうか。


2013年05月26日(Sun)▲ページの先頭へ
休日
 5月に入ってからのからの僕の決意。休日に仕事をしない。仕事のことを考えない。
 30数年、働くことに快感を覚えてきたので、これはなかなか難しい。先週のように、小さな旅行でもすれば結構簡単なのだが、家にいながらその境地になるのはかなりハードルが高い。今日はそれに挑戦してみた。
 駐車場の小さな畑の草を抜き続けてみた。もっとも手作業だから腰の痛みとの戦いになることは分かっていたが、その兼ね合いも又修行だと思って計画し、実行してみた。折しも今日から瀬戸内市の市会議員の選挙運動が始まるので、やたら通過するだろう候補者の車に愛想を振りまいていれば気持ちも仕事からそれるだろうと言う目論見もあった。
夏を思わせる太陽の勢いに時に立ちくらみを起こしそうになりながら、それでも気持ちの良い空気の中で土や草の感触を楽しめた。使い古しのテーブルと椅子を、患者さん達に使って欲しくて置いてあるのだが、それに腰掛けて中学生がテニスをしている光景を眺めるのも又、心を落ち着かせてくれた。朝の9時頃から、妻が教会から帰って来た12時過ぎまでそんな嘗ての僕なら無意味と表現してしまいそうな時間を過ごした。
 昼過ぎにはハプニングもあった。ゆっくりと歩いてきた男性が、腰掛けさせてもらってもいいですかと言って、テーブルの上にビールとソーセージを並べ一時を楽しんでいった。少しだけ会話したが、地元の人のようには見えなかった。いつかこんな光景が駐車場で繰り広げられたらいいなとずっと思っていたので、このハプニングは嬉しかった。
 市民病院の分院の分業が始まって娘夫婦はとても忙しくなって、僕と入れ替わったように、休日もやってきては仕事をしている。二人の健康も気になるが、いつでも手伝えるようにとスタンバイしていなければならない自分の健康も気になる。休日、働かないことがそれに役立つのかどうか分からない。例えば今日なんか逆に疲労感が強い。今までの流儀を変えることで肉体的なストレスを抱えてしまうのかどうか、もう少し実験してみなければ分からない。
 寝ない、食べない、タバコ吸う、どうしてそれであの頃元気だったのだろう。


2013年05月25日(Sat)▲ページの先頭へ
家畜
 「研究員4人が内部被爆の可能性」こんなタイトルで以下のような文章が続いているのを皆さんも読んだだろうが、呆れてものが言えない。けれどものを言う。

 「日本原子力研究開発機構は25日、茨城県東海村のJ―PARCの原子核素粒子実験施設で、放射性物質が施設の外に漏れたと明らかにした。中にいた研究者ら少なくとも4人が内部被曝した。漏洩は止まっており、拡大の恐れはないという。被曝した4人のうち、最大の被曝量は1・7ミリシーベルトという。原子力機構は外部に漏洩した放射性物質の量を調べている。施設の汚染は最大で1平方センチあたり約40ベクレル。現在、施設内を立ち入り禁止にしている」

 おいおい、1.7oシーベルトで立ち入り禁止?40ベクレルで立ち入り禁止?福島は年間20oシーベルト以下の所に住民を帰らせているのではないか。100ベクレル以下の物を食べさせているではないか。職員は守っても住民は守らない。正体ますます見えたり。
 4人が内部被爆した?たったの4人で閉鎖?内部被爆なら日本中の人間が毎日している。1億の人間が毎日食べ物から放射性物質を取り込んで内部被爆をさせられているのに、御用マスコミは伝えない。今でも毎時1000万ベクレルの放射性物質が福島から出ていることを御用マスコミは伝えない。正体ますます見えたり。
 戦争も原子力も田舎の若者が死に、都会の年寄りが懐を肥やす。それなのに都会の年寄りの手先に田舎の若者が成り下がる。哀れこの上ない。無知なのか無知にさせられているのか。僕らは舎の中で餌に群がる家畜ではない。


2013年05月24日(Fri)▲ページの先頭へ
無知
 ああ、ややこしやややこしや。畔も畦も分からない人間が百姓など出来るはずがない。種をまいて水を撒けば作物は実り花は咲くのかと思ったが、それは甘かった。駐車場内の畑の一部(娘夫婦が中心でやっているので)に色々の種を蒔いたのだが、どうやら育っているようには見えない。ただ緑の濃い植物が数種類顔を出し、やがて辺り一面が緑の絨毯に、いやそれが所々で破れたものになってきている。
 その濃い緑色の植物は恐らく草と呼ばれるものだろう。まともに草を意識して見たことがないから、果たしてそれが本当に草かどうかは分からない。中には可憐な花をつけているものもあるから草に見えないものもある。だが仮に草であっても綺麗で可憐なものには違いない。草と花をこちらが勝手に区別しているだけだ。
 母を怒れない。1ヶ月以上前、気晴らしに草抜きを頼んだとき、調剤室の窓越しに祖母が草を抜く姿を見ていた娘が血相を変えて飛び出していった。何と母が娘達が植えて土からやっと頭を出してきた花を、草と勘違いして根こそぎ抜いていたらしいのだ。時すでに遅し、ほとんど全滅に近くて、娘達は決して怒らなかったが、相当残念がっていた。
 あの頃はまだ草もまばらだったが、それでも実もつけない花も咲かさない植物を母は草と判断したのだろう。僕でも同じ事をしていたかもしれない。ただ僕はあの時娘が慌てて飛び出していったのを目撃した分、下手に手が出せれなくなった。判断力も記憶力もその多くを失ってしまった母と争うくらいの無知が、事植物に関してはあるのだから。


2013年05月23日(Thu)▲ページの先頭へ
逆流
 大病院で思うような結果が出なかったので僕の漢方薬を選択してくれる人が時にいる。光栄だが、嬉しいわけではない。現代医学で難しいものは漢方でも難しいのだ。まして大病院と縁を切って僕の漢方薬だけとなると背負うものが重すぎて、こちらも苦しくなる。ただその結果がよいことも当然あって、そう言ったときは安堵する。しかし僕は仮に上手く言ったときでも大病院と縁は切って欲しくないのだ。検査という大きな武器もあるし、いざというときの救命はこれ以上のプロフェッショナル集団はない。だからできれば僕の漢方薬は補助というポジションにいつもおいていて欲しいのが本音だ。
その逆もある。漢方薬で結構上手くいっていた人が突然来なくなると言うパターンだ。僕の漢方薬でイマイチ満足できない人が大病院にかかる、こんな流れなら寧ろ安堵するのだが、全く方向が違うだろうと言うものだ。得体の知れない健康食品とやらにいつの間にかシフトしている人が時にいる。得体の知れない、訳の分からないものほど、雄弁という魔術に長けているから、いつの間にか引きずり込まれるのだろう。もうそれは慣れっこになっているから今更と思うのだが、逆流して自滅していく人達を目撃すると、心が痛むし、道徳心の全くなくなった、お金だけが動機の国になったことを思い知らされずにはおられない。
 謙遜で質素で、笑顔がこぼれ、思いやることが自然に出来る人達の中で仕事をしたい。


2013年05月22日(Wed)▲ページの先頭へ
金次第
 地獄の沙汰も金、いや芸術の沙汰も金次第って事か。
 薬局をよく利用してくださる方が、この数年でめきめきと絵の実力を上げた。ほとんど絵に関しては鑑賞する能力もない僕だが、上手になったくらいなら分かる。最近は自分で描いた絵を写真にして2度楽しんでいる。それが高じて個展を開いたりしていて、知る人ぞ知る田舎の有名な芸術家になった。しばしばその作品を写真に撮ってくれ、薬局の中で小さな額縁に入れて皆さんにも見てもらっている。「ご主人が有名になったらこれが高く売れるのに」は写真を貰ったときの僕のお決まりの言葉だ。
 今日、ある展覧会の案内状を貰った。70数名の方の絵を展示しているというのだ。会場は岡山県のその種のものが開かれるときには会場になる有名なところだ。「凄いではないですか、これでますます絵で食っていけますね」といつものように半分茶化しながら言うと、意外な実情を教えてくれた。
 僕は展覧会などに出品すると、報酬がもらえるものと思っていた。ところが実際は絵を出す方がお金を払っているらしいのだ。言葉を変えれば、お金を払って展示して貰っているだけなのだそうだ。だからお金さえ払えば、あんな有名な場所でも展示してもらえるのだ。おまけに、絵画教室、道具代、カメラやその周辺機器などを入れると、毎年200万円ほどの出費になるらしい。
 どうやら時間をもてあましている人達が、芸術という名で多くの出費をさせられている。もっともそれは悪いことではなく、精神にも肉体にも良い影響をもたらしているだろうからとやかく言うことではないが、ちゃんとその裏で経済が循環していることに驚いたし呆れた。
 現代は全てが○○の沙汰も金次第になっていて、物事の価値を簡単に下げてしまっている。本来ならお金など簡単に超越してしまうようなものが、従属の立場に甘んじている。分かりやすくて味気ない、乾燥した時代だ。


2013年05月21日(Tue)▲ページの先頭へ
 寧ろ僕は逆を考えていた。脳と腸の関係は何となく、体験的にも分かっていたが、全く逆だとは。多くの人も僕と同じような間違った考えを持っているのではないか。
定期的に送られてくる漢方薬の雑誌を読んでいて次のような文章を見つけた。ある大学の教授らしいが、漢方薬の権威でもあるみたいだ。
「・・・元々腸にあった神経が進化の過程で移動して脳になっているので、腸には嘗ての神経が残っているのです。それは腸疾患で鬱状態になることで分かりますが・・・」目から鱗とはこの様なときに使うのか。腸が脳の影響をもろ受けることは体験的に、あるいは患者さん達の訴えで容易に想像が付いていたが、寧ろ主従関係は逆で、腸の影響を脳が受けているのだ。腸こそ脳の親なのだ。
 腸を長い間、軽んじてきたような気がした。あまり格好の良い臓器ではないから、まさか脳の生みの親みたいなものだとは想像も出来なかった。従属する物としてなら何となくしっくり来そうだから。どのくらいの歳月を経てその様な移動を果たしたのか知らないが、そんな気の遠くなるような変化を考えれば、我が腸も、いや我が身も可愛くなる。
 教授の文章を読んで、多くの無知を五感で補ってきたような気がしたが、その五感がそろそろ怪しくなってきたので、また少しずつ知識を拾い集めようかと思うこの頃だ。


2013年05月20日(Mon)▲ページの先頭へ
森田薬品
 田舎の薬局にわざわざ来てくれるという感覚が強いからか、父の代から製薬会社のセールスの方はコーヒーやお菓子でもてなす。自然に受け継いだ習慣だから今もパーフェクトに実行している。こちらが客だから偉そうにしていればいいのかもしれないが、それは出来ない。人は皆平等なのだから、立場によってクルクルと優劣を競うようなことはしたくない。
 今日は森田薬品という福山に本拠がある会社の女性セールスがやってきた。昨日福山に行ったばかりだからその話題が出て、まさに山陽本線の大門というひなびた駅がある町に工場があることを教えて貰った。そんなたわいない会話。
「美味しいスイーツですね」
「自分これを知らないの、昨日自分の会社がある街で買ったんだよ」
「えっ!福山のお菓子ですか、?知らなかったです」
「福山駅で、連れて行っていたかの国の女性がお土産に買ってくれた。一緒に行っているからお土産とは言わないか。お礼かな」
「そうなんですか、知らなかったです」
「今度、会社に帰ったら福山駅で買ったら!」
 自慢だけして、果たして実際に美味しいものかどうか確かめておこうと思い、セールスが帰った後一つ食べてみた。一口サイズの小さな物だが、とても美味しかった。今日は朝から患者さん達にもどんどん食べて貰っているが、これなら喜んでもらえること請け合いだ。かの国の女性達が3箱も買ってくれた中の一つ・・・・と思っていたら、今月から薬局を手伝って貰っている○○ちゃんが「私が作ったんです」と言った。これには2つの理由で参った。一つは商品のレベルまで完成されている外観と味だったこと。もう一つは勿論、全く真実ではないことで話が進み完結したこと。特に後者は怖かった。単なる思い込みで間違ったことを簡単に他者に擦り込んでしまったのだから、同様のことが日常茶飯事に起こっているだろうことを考えると、空恐ろしくなった。たかがお菓子のことだったが、内容が重たい重要なことでもほぼ同じ容易さで伝搬していくのではないかと思った。それを意図的に利用している人間も、特に金や権力を握っている者を筆頭に多いのではないかと思う。
 運のいいことに、僕ら凡人はたわいのない勘違いで許されるが、意図された悪意にたわいもなく騙されるのだけは避けなければならない。


2013年05月19日(Sun)▲ページの先頭へ
福山
 行きとはうって変わって、帰りは誰一人喋らない。と言うよりも4人がそれぞれのくつろぎ方で居眠りしている。夜勤の連続だから疲れが溜まっているのだろう。懸命に僕は眠気と戦いながら、安全運転を心がけた。何かあったら国で待っている家族に申し訳ないから緊張を心がけてはいるが、静かな車内では条件は悪い。もっとも喋ってくれても言葉がそんなに通じないから、眠気覚ましにはならないのかもしれないが。
 それでも別れ際に一人の女性が「オトウサン ○○○○ニカエッテモ オボエル」と言ってくれた。「国に帰っても忘れません、良い想い出をありがとう」と言う意味だと理解している。しかし僕は大したことを今日してあげたわけではない。漢方薬をわざわざ関西からとりに来て下さる家族の方が大変な大道芸のファンで、いわゆる追っかけなのだろうが、その家族の方が今日福山で大道芸の大会があると教えてくれた。おまけにバラ祭りと重なっていて、かの国の女性を誘って見に行っただけなのだ。
 本来なら、出来れば新幹線を利用して体力を温存するのだが、4人を連れていかなければならないことと、無理をすれば福山くらいなら僕でも車で行けるのではないかと思ったので、明らかに倹約を目的に車で行った。
 テレビでしか大道芸らしきものは見たことがないが、自分でも恐らく好きなのではないかと常々思っていた。案の定、福山駅前の会場に着いてすぐに見たものから、驚き?感動?感嘆?で、僕を始め5人でその後も見入ってしまった。嘗てテレビで見たことがある幼い兄弟(ケントカイト)によるジャグリングも至近距離で見れば圧巻だった。街角で繰り広げられる小さなパフォーマンスに平穏という単語を思い出した。こんな単語が似合う空間があることに、如何にもそれを壊しそうな輩が極端に目立ちだした今だからこそかもしれないが安堵した。
 パレードが行われると言うバラ公園でいい意味でも悪い意味でも期待を裏切られた。パレードだから何かのパフォーマンスを期待していたのだが、行列は銀行の行員だったり、ドラッグストアの社員だったり、宗教団体の信者だったりで、およそ県外から人を呼ぶようなものではなかった。ただ、30周年?記念と言うことでディズニーランドからミッキーマウスとミニマウス?がやって来て行列に加わっていた。これはさすがに洗練されていて、日本中から見に行くのも頷けるような気がした。ただそれも縮小版だからほんの数分の出来事だったが。
たったこれだけのことであのような言葉を言ってもらえるなら、もう少し頑張って帰国までにサプライズを企画してみようと思った。3年間ただひたすらに働き続ける子達に、最高の笑顔をして貰いたいから。日本人は親切、そう思って帰国して貰いたいから。いやいや僕の乾燥した心を癒してくれたお礼が一番なのかもしれない。


2013年05月18日(Sat)▲ページの先頭へ
割合
 米疾病対策センターの「週刊疾病率死亡率報告」によると、1年間に精神疾患を経験する子どもの割合は13〜20%に上る。報告書は、若者の精神疾患は「その流行の度合い、早期に発症すること、子どもや家族、コミュニティーへの影響が大きいことといった点から米国における重大な公共衛生問題であり、年間で推定2470億ドル(約25兆5000億円)の損失を生んでいる」としている。それによると、若年層に最も多い精神疾患は注意欠陥多動性障害(ADHD)で全米の児童・若者の6.8%が患っていた。次に多かったのは行動問題(3.5%)で、不安(3.0%)、うつ(2.1%)、自閉症スペクトラム障害(1.1%)、トゥレット症候群(0.2%)が続いた。報告書は医療関係者に、「精神疾患の影響をよりよく理解し、治療と介入戦略の必要性を伝えて、子どもたちの精神衛生を促進する」ための「早期の診断と適切な治療」を行うよう呼び掛けている。

 見つけたこの記事に一度目を通すと、あの国ではありうるだろうなと思った。極端な貧富の差、人種のるつぼ、麻薬の蔓延、犯罪の多発、どれをとっても子供の精神にいいはずがないから。
 二度目を通すと、原因に何ら言及していないのが気になった。社会的な要因には外国の人間でも気がつくが、それだけならもっと環境が劣悪な国の子供達にはもっともっと精神的な病気になっている子が多いだろう。だけどその様なことは聞いたことがない。
 三度目を通すと、又得意の製薬会社による病人作りではないかと思った。5人に一人がかかる疾患なんてかなりポピュラーな疾患以外にはない。例えば花粉症みたいなものだ。他にその確率でかかるようなものを知らない。それなのに精神疾患が20%とは開いた口がふさがらない。「早期の診断と適切な治療」と言うくだりがどうも胡散臭くて受け入れ難い。
 子供の豊かな個性を本当に見極めることが出来る大人がいるのか、幼い子供まで薬物で治療しようと言うのか。適切な治療が具体的に何をさすのか知らないが、25兆5000億円が製薬会社に置き換わるだけでは、子供達は浮かばれない。子供達が不必要な薬の最終処分場にだけはならされないように見張っていなければならない。


2013年05月17日(Fri)▲ページの先頭へ
鋳型
 決して造り(構造)の話をするのではない。9割9分の人はどんなにあがいても福山雅治にもなれないし、能年玲奈にもなれないのだから。以下は表情についての話だ。
 時に、どんな環境がその様な醜い表情を成人してから作ったのかと思うような人がいる。持って生まれたものではなく、明らかに成人してからだろうと思う。余程のことがない限り、幼いときは、少年少女、いや青年と呼ばれる頃までは、人はおおむね美しいものだ。その後その美しさを奇蹟のように保つ人も中にはいるが、多くは次第に輝きを失っていく。ただ老化は決して醜いものではなく自然の摂理に従順なだけで問題はない。ところが冒頭で述べたように、驚くほど醜さを表情に漂わせる人がいる。そしてそのほとんどの成因は、心の卑しさだと思う。
猜疑心?卑怯?独善?偽善?狡猾?高圧?厚顔?どんな単語がぴったしなのかわからないが、恐らく列挙したような心模様のなせる技が表情に出ているのだと思う。いわば顔は心の鋳型なのだ。心の歪みの通り、顔の表情も歪んでしまう。
自分のことは棚に上げさせて貰うが、やはり表情の良い人、表情美人と日々関わりたいものだ。日常の質がさもないと劣化してしまう。如何にももったいない話だ。


2013年05月16日(Thu)▲ページの先頭へ
陽の気
 不思議なコメントだが、「長い間健康だったことがないので」とか「治るって事がどういう事かイメージできません」等と、過敏性腸症候群の方から言われることがある。20年も健康体を忘れていたら、そう言ったコメントも出るのかと驚きを持って聞いていたが、全ての過敏性腸症候群の方に是非健康体を取り戻して欲しいと思う。
今日ある方から頂いたメールを読んでいて、こんな感動こそが目標なのだと思った。使われている単語が漢方的に言うと「陽の気」を含んでいるものばかりだ。「陰の気」が全くない。添付された家族写真を見ても、ご本人は勿論、ご主人もお子さん達もとても良い笑顔をしている。この連休中に撮ったものらしいが、その写真を見るだけで改善ぶりがよく伝わってくる。
漢方薬を飲んでくれての変化(主に心)を報告してくれているのだが、具体的な変化を是非共有して欲しい。治るってこんなことなんだと。

あれから、さらに、明らかに症状が良くなって来ています!
> いつも心配していたことをしなくていいだけで、本当に楽になり、主人にも「余裕が出てきたね!」と、言われました。
> 今まではウジウジ考えていたことも、今では「ま、いっか!」と流せるようになってきました。見事に心が元気になっている実感があります。
> また、ガスの方も人前でほとんど出なくなり、なのでメキメキ自信も付いてきて。こんなにも効果があるなんて、こんなに早く普通になれるなんて、夢のようです!
> 今大和先生に出会えたこと、こうしてぴったりの漢方と巡り会えたことが、本当に嬉しくなんとお礼を言ったらいいかわかりません!!
> 今日は仕事を休んで、友人の新築祝いに行きますが、体は心配ないので、ただただ楽しみでいっぱいです!!
> すべては先生のお陰です。またこれからもよろしくお願い致します!!


2013年05月15日(Wed)▲ページの先頭へ
仕立て屋
 「米国精神医学会が近く公表する精神疾患の新たな診断基準で、子どもや配偶者などを亡くした後の気分の落ち込みを、安易にうつ病と診断する恐れのある改定がなされたことがわかった。うつ病は、「抑うつ気分」「興味または喜びの喪失」の一方または両方と、ほぼ毎日の「不眠や睡眠過多」など、計五つ以上の症状が2週間続き、生活に支障がある場合に診断される。ただし、死別の場合は、症状が2か月以上続く場合に診断できる、と規定されていた。新基準ではこの規定が削除された。背景には、うつ病を早期に治療することを重視する流れがある。だが、子どもや配偶者を不慮の事故などで失った時も、2週間で立ち直らなければ病気とされる可能性があり、日本の精神科医からも疑問の声が上がっている。」

 素人の僕に言わせれば、子供や配偶者を不慮の事故で亡くして2週間で立ち直れる人こそ病気だと思うが、精神科の医者の間ではそうは思わないらしい。特に子供を亡くした親が期限を切って立ち直れなどと言われる筋合いはない。一生哀しさの中で生活するに決まっている。そもそも誰のために立ち直らなければならないのかも分からない。
以前から僕は言っているが、どうも心の病気を増やしたい人達が一杯いて、スクラム組んで病人作りしているようにしか見えない。スクラムを組んでいるのは、製薬会社と医師達だ。恐らく製薬会社の意志が強く働いているに違いない。病人を作ってまで売り上げを伸ばそうとしているようにしか見えない。もっとも、世界的な大手製薬会社の会長が嘗て言っていたように、現代では難病と言われる病気以外の薬は完備されているのだから、もう研究さえする必要もないのだ。それでは売り上げが作れないから、心の病気を増やそうとしているのだろう。でもそれはもうほとんど踏み入ってはいけない領域まで踏み入っている。個人の尊厳を冒しているのではないかと思う。人の感情を化学薬品で左右しようと言うところに強烈な違和感を感じる。
 単なるウツウツを見事にうつ病に仕立て、次は死別までもうつ病にする。それが一巡したら何をウツに仕立てるのだろう。


2013年05月14日(Tue)▲ページの先頭へ
 盆地でもないし、川も流れていないから、霧が発生するのは珍しい。だからちょっと霧がかかっただけで1日中話題になる。
5時に起きて駐車場の落ち葉を拾い集めたりしていたから、かすかに霧がかかっていたことは知っていた。ただその頃は、一日中話題になるほど霧が深くなるとは思ってもいなかった。もっとも僕は8時半から仕事をしているが、外の景色は普段と変わりなく遠くまでくっきりと見渡せていた。同じ牛窓でも条件により差があったのだろう。ある人は、島が見えなかったと言ったから、かなりのものだったのだろう。
水蒸気が原因の霧ならすぐ晴れるし、そんなに質が悪いものではない。ただ、現在この国を覆っている霧は当分晴れそうにない。力を持っている奴らが、何食わぬ顔をして、自分たちの利益を追求しやすくする構図が強化されている。耳に心地よい言葉を並べ、マスコミに連帯を促すような雰囲気作りをさせ、本来虐げられている人達が、よりによって対立すべき力ある奴らの補完物質に成り下がっている。ほんの少々を与えられ、命する奪われていることに気がつかない。今も毎時1000ベクレルの放射能をまき散らし、何らおとがめのない、いやそれどころかますます税金を公然と食いつぶす奴らと、なけなしの金でその日その日を生きている人達が、同じ方向を見、同じ船に乗っている。哀れなものだ。 この国を覆っている黒い霧が晴れたとき、一体どのくらい時代が後戻りしているのだろう。年寄りの欲望のために若者が、それも田舎の若者達が、命や財産を奪われたあの頃が再現されているのではないか。


2013年05月13日(Mon)▲ページの先頭へ
狡猾
 単なる自然の営みなのに、その光景はおぞましくさえ見えた。弱い者に味方する人間の本性かと思うが、肝心の人間の世界では弱い者を虐げる風潮がますますこの国では増殖している。見るに耐えない光景が毎日見せつけられる。不愉快な時代に逆戻りさされているように見える。
 目の前の古民家を倒し駐車場にしたおかげで、僕の秘密のウォーキング場所から薬局がとても良く見通せる。テニスコートの中を周回しているから、ある辺を歩くときに薬局が目の前に見える。今朝何回めかのその辺を歩いていたときに、薬局の駐車場にカラスが降り立ったと思うとすぐに軒先にあるツバメの巣に垂直に飛び上がるのが見えた。そこには数日前に卵を狙うために自分たちが破壊した巣の残骸がまだあるが、又同じ行動をした。これでもかと言うくらいの執拗さを感じたのだが、同じカラスかどうかは定かではない。ただ同じようにしか見えないから、執拗という言葉を使いたくなる。巣の真下に降り立ち、すぐに巣を目がけて垂直に飛び上がった光景が頭から離れなかった。
残忍さと狡猾を備えた輩ばかりが目立つ時代になった。人間社会でも幅を利かせているのはカラスみたいな奴ばかりだ。烏合の衆とは良く言ったものだ。


2013年05月12日(Sun)▲ページの先頭へ
連鎖
 日曜日の夕方帰ると、妻が宅配便で届いた荷物を持って降りてきた。名前に心当たりがないらしくて、開けようにも開けれなかったのだろう。僕の名前の後に皆様と書いてくれていたので開ける権利はあったのだろうが、人物が特定できなかったので躊躇ったのだろう。
 僕も誰か分からなかった。開けてみようと言うことになって開けると、綺麗な箱に入ったチョコレートとミラノの絵はがきが入っていた。そして絵はがきの裏に書いてあった名前で初めて送り主が分かった。嘗て過敏性腸症候群の漢方薬を飲んでもらった女性だ。結婚したらしくて連休中の新婚旅行で訪ねたイタリアのお土産を送ってきてくれたのだ。どおりで名前が分からなかったはずだ。結婚後の名前だったから。カッコして旧姓を書いてくれていたので分かった。
 この女性は関東から訪ねてきてくれて、泊まっていった女性だ。関東に帰ってからこの女性はことある毎に人生相談の電話をくれた。漢方薬を飲んでもらった印象より、人生相談に乗った印象の方が強い特異な人だ。この女性は武術を習っている人でいわゆる体育会系っぽかったが、それだからこそ直線的な視野しか持たず自分を追いつめる傾向があった。カーブばかりの僕の助言が必要だったのだろう。そうしないと物事にぶつかるたびに心が折れそうだった。その折れ方がいわゆる体育会系の特徴なのだがポキッと単純骨折気味なのだ。簡単に折れてしまうのだ。
仕事のこと、恋愛のこと、僕の苦手な分野ではあったが、薬剤師だからこそ出来た助言があって、今日届いたお土産があるのだろう。「お陰様でよい縁があって・・・」の文章で、嘗て僕が美談に走らないようにと忠告したことを守ってくれたのだろうと想像できる。僕は彼女に幸せになって欲しいと思ったのではない。「幸せ一杯になって欲しい」と思ったのだ。薬剤師なら予測できる重荷を背負わせるのは不憫だった。だから僕としては珍しく忠告したような記憶がある。
 漢方薬の縁が切れて何年も経っているのに、気に留めてくれていたのだと思うととても嬉しい。チョコレートは勿論とても美味しくて、妻は止めるのに苦労していたが、家族と姪と明日来てくれる助っ人の薬剤師さんに一つずつ頂いて、後は明日来るだろう患者さん達に食べて貰おうと思う。10年前のカルテの中でピースをしている彼女の笑顔がみんなに連鎖して欲しいから。


2013年05月11日(Sat)▲ページの先頭へ
 僕の薬局が岬の上にあるような印象を持って訪ねてきてくれたのだから、意外と町の中心部にあったから驚いたでしょう。と言っても小さな町ですから、町全体が半島の中に収まっていますが。
 あの日、一緒に小旅行した人が、法務局からの出張帰りには驚いたでしょう。それも2回目なのですから。でも彼は唯一僕を楽しくしてくれる友人です。車の中で彼のギャグにあなたが後ろの座席で吹き出すのを僕は嬉しく聞いていました。貴女を僕の友人と紹介したので、彼もそれなりに気を遣い、普段の半分ほどのギャグしか発しませんでしたが、普段どおりならまるで機関銃のように出てくるギャグに、貴女も腹筋を鍛えられたかもしれません。今度会うときは彼も全開でしょうから、貴女もストレスを発散できますよ。ただし彼がいつまで娑婆にいるかどうかは分かりませんが。でも、娑婆にいれば貴女のような素敵な女性と一緒にドライブしたり、コンサートを聴けたり出来るって事を分かってくれればと願わずにはおれません。何十万人の土地や生活を奪い今なお凡人には手の届かない生活を持続できている輩がいて、僅か数千円のことで法務局に1年以上も出張しなければならない友人がいる。そんな不平等に怒りを禁じ得ません。
 貴女と岡山駅前で別れて僕が涙声になったのを気づかれてしまいました。そこで貴女が僕の若い友人ではなく、僕の漢方薬を飲んでいる人だと明かしました。でも彼は、貴女が何のトラブルで僕の漢方薬を飲んでいるのかさっぱり理解出来ないみたいでした。それはそうでしょうね。3時間近くも僕の拙い運転の車に乗って、まだ肌寒い中国山地の町で5時間も、最後は雨に濡れたりしながら唄を聴いたのですから、どこに不調を抱えているのだろうと思ったでしょうね。
 僕と同じ年の彼にとっても貴女は娘のような人です。父親世代の二人が、貴女の幸せを祈っていますよ。お子さんとも別れた彼にも、良い一日だったのではないでしょうか。貴女は僕にも彼にもとても心地よい一日を(僕には3日か)もたらしてくれました。自信を持って、人のため、貴女自身のために暮らしてくださいね。
 勉強会で○○に行ったら又会いましょう。○○には貴女ととても性格の似た素晴らしい女性が3人います。いつか会って、一緒に克服していってもいいかもしれませんね。それまでに貴女が治ってしまえば別ですが。
ヤマト薬局


2013年05月10日(Fri)▲ページの先頭へ
想定
  医師向けの文章だから長くて難解だが、医師がどの様に過敏性腸症候群を捉え治療しようとしているか良く分かるので抜粋した。これを読んで患者の側も考えて欲しい。

 過敏性腸症候群とは、腹痛と便通異常が相互に関連しつつ慢性に持続する機能的疾患である。先進国においては、IBSの発症率は人口の約10〜20%と高頻度である。IBSは良性疾患であるが、生活の質を障害する。IBSについては消化管生理学、脳画像診断学、免疫学、細菌学、遺伝学、臨床疫学、心身医学の集学的動員により、中枢機能と消化管機能の関連(脳腸相関)の病態追究と治療評価研究が進んでいる。しかし、その成因の全貌は、いまだ明らかにされていない。IBSの病態生理として、脳腸相関が重視されている。脳腸相関の病態の詳細は、(1)消化管運動の異常、(2)消化管知覚過敏、(3)心理的異常──の3つである。
 我が国の最近の研究で、IBS患者の生活習慣には健常者と異なる側面が多いことが判明してきた。IBS患者は健常者よりも不規則な食生活を送り、睡眠も不規則で、ストレスを多く自覚している。従って、IBS患者の生活習慣を考慮に入れた診療が重要である。IBSは、「腹痛あるいは腹部不快感が、最近3カ月の中の1カ月につき少なくとも3日以上は生じ、その腹痛あるいは腹部不快感が、(1)排便によって軽快する、(2)排便頻度の変化で始まる、(3)便形状(外観)の変化で始まる──の3つの便通異常の2つ以上の症状を伴うもの」と国際的診断基準のローマIII診断基準において定義されている。また、糞便の形状(外観)の割合で亜型を分類する。便秘型は硬便・兎糞状便が25%以上かつ軟便・水様便が25%未満。下痢型は軟便・水様便が25%以上かつ硬便・兎糞状便が25%未満。混合型は硬便・兎糞状便が25%以上かつ軟便・水様便が25%以上。分類不能型は便秘型、下痢型、混合型のいずれでもないものである。薬物療法が無効なら心身医学的治療も。医師が患者の苦痛を傾聴し、受容することはIBSの診療の基本である。その上で、病態生理について、患者が理解しやすい言葉で説明する。また、偏食、食事量のアンバランス、夜食、睡眠不足、心理社会的ストレスはIBSの増悪因子であり、除去・調整を勧める。以上を踏まえた上で、薬物療法を行う。薬物としては、消化管運動の調整のために消化管運動調節薬もしくは抗コリン薬を、消化管腔内環境調整のために高分子重合体を用いる。消化管に対する薬物療法によっても症状の改善が不十分であれば、消化管知覚過敏とストレス感受性改善のために、抗うつ薬や抗不安薬を必要に応じて用いる。抗不安薬については、ベンゾジアゼピン系の場合は短期間にとどめるなど、常用量依存に注意しながら使用する。薬物療法が無効であれば、心身医学的治療の適応となる。

 こんなに難しいことを本当に考えて治療に当たっているのだろうかと素朴に疑問を持った。又患者が過敏性腸症候群という場合、恐らく多くの場合、ここに書かれているような便通異常ではない。彼らが本当に悩んでいるのは、多くはガス漏れなのだ。それに加えるならお腹が鳴ること、張ること、その後に便通異常が来るだろう。医師の興味と患者の訴えが如何にかけ離れているかよく分かる。又これだけ理詰めで来られたら患者も後に引くだろう。
 患者の苦痛を傾聴しろと書いているが、なかなかそれは彼らには難しいようだ。忙しいと言うこともあろうが、元々そうした症状を想定していないから戸惑いがあるのだろう。僕は多くの過敏性腸症候群の人に会ってきたが、病気ではないことだけは断言できる。多くの好青年にこちらが癒されたり、希望を貰ったり、好奇心をくすぐられたり、色々な智恵も貰った。単なる個性を病気にした方が経済的な恩恵を受ける製薬会社が、ここ彼処で病気作り、病人作りを企てているように思えて仕方ない。
 過敏性腸傷痕群も、我が子にも飲ますことが出来る薬で治すべきで、我が子に飲ますのを躊躇うような薬で治すべきではない。


2013年05月09日(Thu)▲ページの先頭へ
果実
 東京都民はどうしてこんな下品で偉そうな奴を知事に続けて選ぶのか不思議でならないが、都は意外と頑張っている所はある。職員に高度な知識を持っている人が多いのだろう。薬業界でも都が調べたものを利用できることが多い。今日届いた資料も価値がある。国がすればいいことだが、業界からたんまり金を貰っている奴らのせいで出来ないことが多いのだろう。
「いわゆる健康食品」と言うものの実態調査をした結果を公表しているのだが調査した125品目の内、法令違反が実に107品に上った。法律を犯していないのは1割にも満たないって事だ。良くもこんな物にお金と命を預けるなと不思議でならないが、胡散臭いものを見抜く力を無くしたこの国の人間にはもう望んでも無駄なのだろう。福島のことでも憲法のことでも良いようにあしらわれて命や財産を、それよりも人間の尊厳までも都合良く奪われる環境を整えられている気配すら感じないのだ。いずれ自業自得だと言われる日が来るのだろうが、道ずれになるのはごめんだ。
 よりによって今日読んだ業界のニュースに「アルツハイマー病、46.8%で不適切な薬剤が処方」という大きな見だしが載っていた。フランスの話だったが、どこの国でも似たり寄ったりだろう。何処までが病気か何処までが老化か分からないのに、病名だらけになって、その病名に必ず薬がくっついているが、世の中の役に立っている実感がない。効果があったという話をこれほど聞かない薬もない。それなのに処方箋に書かれていない日はない。
 僕には、現代の多くの医療環境は、自然を不自然に置き換えて経済活動の果実しか求めていないように見える。


2013年05月08日(Wed)▲ページの先頭へ
判断基準
 直接薬局に来てくれる人に、僕がブログを書いていることを教えたことはない。読んで欲しいと思わないからだ。書いていることは薬局で喋っている事と重なる部分も多いし、僕の人となりなど数分も話せば分かってくれるから。
ついに見つかった。どうして僕のホームページやブログに行き着いたのか知らないが、数回内緒で登場して貰った若いお母さんに見つかった。これはやばいが、運がいいことに恐らく僕はそのお母さんをかなり評価しているから、不快になるような事は書いていないだろう。もっとも僕が忌み嫌う人間は権力欲むき出しで、弱者を虫けらのように思っている奴らだけだから、庶民を悪く言うことはほとんどない。ただし、揚げ足をとる習性がある人は庶民でも別だが。
このお母さんの特異なリアクションは、僕がブログに勝手に登場させているよと言ったら「それが楽しみで探した」と言うものだ。この手のことはたいていの人がまず警戒から入ると思うのだが、彼女は違う。楽しみからはいることが出来るのだ。そしてそれを口に出すことが出来る。彼女の特徴は、自分では気がついていないかもしれないが、朝の連続ドラマ(純と愛)の主人公そのままの「裏表のなさ」なのだ。何でもないような価値だが、僕はこれをかなり上位の人物判断基準にしている。実績も肩書きも、もっと言えば学歴や経済力なども、恐らく世間的に言えばかなり上位にくる条件だと思うが、僕はそれらの前提に「裏表がない」を満たさないとほとんど評価しない。
僕ら凡人が作る共同体には、彼女のようにごく普通のヒーローが一杯いる。こんなタイプの女性が息子の嫁になってくれたら・・・僕ら世代は、そんなことを思いながら若い女性に接することが多いが、書き順さえ忘れてしまいそうな「希望」という漢字を四国弁が織りなす言語風景の中に見つけることがしばしばだ。
恐らく彼女はこの文章を読んでくれるだろう。ただ残念なことが一つ。これで彼女をこのブログに登場させることが出来なくなる。明日から又、彼女以上の「裏表のない人」を見つけなければ。


2013年05月07日(Tue)▲ページの先頭へ
体感
 悪い意味で言うのではないが、重しがとれると言うことはこんなことかと実感させられたエピソード。
地元のスーパーが昨日閉まっているのを知らなかったかの国の女性が落胆していたので、夕方から一緒に岡山に出ていった。勿論行動するときは複数の女性と一緒と決めているから、誰かを誘うように言っておいた。すると二人のかの国の女性を連れてきた。二人ともこの4月に僕の家族ともっとも親しかった女性と入れ替わりにやってきた子達で、まだ日本に来てから1ヶ月だ。
帰国した若い子がかなり日本語が分かったので、この女性は口を利かなくてもことは足りていた。だから年齢が30歳を越えていることもあるのだろうが、日本語の覚えが悪く数少ない決まり切った言葉を交わすだけだった。意志の疎通に困れば「○○ちゃん、通訳」と言えば若い方が懸命に通訳してくれた。
ところが昨日はこの女性が喋るわ喋るわで、往復の道中も、夕食をしたレストランでも、お店の中でもひっきりなしに話しかけてくる。1ヶ月前までは若い方に隠れてただ笑顔で意志疎通をしていただけなのに、懸命に日本語を喋り意志の疎通を図ってくる。不思議なことに、ほとんど会話に困らなかった。新しい二人に僕が日本語で話しかけて「○○さん、通訳!」と言えば、すぐに通訳してくれて、僕の意志が伝わっているようだった。又向こうの言いたいことも良く分かりお互いが理解し合え、楽しい時間を過ごした。
 自立とはこうしたことを言うのだろう。僅か1ヶ月の間にこんなに変わるのだろうか。後輩の面倒を見なければならないことがモチベーションになって、一気に語彙を増やせるのか。必要とはこんなに強いモチベーションなのか。勉強より諦めの方が早く、日本語以外の言語は全く分からないが、およそモチベーションなどと言う言葉と接することなく生きてきた僕でも、もし30年以上前にかの国の女性達と出会っていればそのモチべーションとやらを体感できたのにと、少々残念に思う。


2013年05月06日(Mon)▲ページの先頭へ
君臨
 人間が君臨するのはあちらにとっては迷惑な話だし、お墨付きを貰っているわけではない。だから猫が生ゴミを狙って駐車場に忍び込むのも、カラスがツバメの卵を狙って巣を壊すのも、自然の道理でこちらにとって不都合だからと言う理由だけで、悪者呼ばわりは出来ない。それにしてもその二つがほとんど同時に行われたら結構頭に来る。
 どちらもこれでもかというくらい考えて方策を採っているが、一昨日どちらもやられた。まず猫の方だが、ホームごたつの天板、それも大きめのこたつのものだからかなり重いものを、入り口に垂直に立てているから、猫がそれを押しのけて侵入できるはずがないと思うのだが、結構な確率で中の生ゴミを入れたゴミ袋が漁られている。いったんゴミ袋に入れている残飯を破られ散乱したのを片づけるほど、いやなものはない。美味しく頂いた名残がある間は臭いとも汚いとも思わないが、日をおいてからそれを眺めると、臭いわ汚いわで息を止めながらの作業になる。
昨年はまんまとしてやったりだったので今年は僕も娘夫婦も慢心していたかもしれない。特許をとりたいくらいのアイデアが奏功してツバメをカラスから守ることが出来たのだが、今年は少し油断があった。すだれを利用してツバメの巣をまるで洞窟の中にあるようにしていたのだが、今年はカラスの方が考えたらしくて、うまくすだれの中に入り込んだらしい。もう少しすだれで作った洞窟を小さくしておけばカラスの巨体が入れなかったと思うのだが、後悔先に立たずだ。去年の成功例が仇になった。黄身の跡がコンクリートの上に染みついているのを見たときに、悪いことをしたと思ったし、娘の落胆振りは僕以上だった。
 カラスと人間との距離感のなさも、ペットも、どちらもすでに自然のあるべき姿から離れているような気がするが、それ故の不快に悩まされている。本来の関係を失ったものが迷惑な存在に変わる。鹿だの熊だの猪だのと次から次へと候補には困らないが、いずれにしたって憲法まで自由に操り、昔のように若者と貧乏人を体よく殺すことに美学を感じている奴よりはどの存在も迷惑ではない。


2013年05月05日(Sun)▲ページの先頭へ
ミルクミナリ
 朝、ウォーキングをしながら聴けるものがないかとユーチューブを見ていたら、原子力の内容のものから、ある音楽にたどり着いた。太鼓を抱えた若者の集団が、まるで四股を踏むように踊りながら演奏する内容だった。演奏者の前後には空手の演舞のような動きをする人や、旗を高く掲げて踊る人などもいて、自由でいながら統一されたパホーマンスに思わず見入ってしまった。歌は単調で力強くて、すぐに覚えられそうだった。ただなにぶん言葉が違いすぎるから意味はさっぱり分からなかったが、それでも伝わってくるものはある。
演者のほとんどは若いと言うより幼いと言った方がいいかもしれない。小学生から中学生が多いように見える。そう言った決まりがあるのかどうか知らないが、なるほどハードな動きだから、そのくらいの年齢の人達でないと踊れないのかもしれない。もし僕が幼い頃にそれに触れることがあったら、頭を下げて仲間に入れて貰っただろう。
 「ミルクミナリ」と言う歌の名前?は神様からの頂き物に感謝するというようなことらしいが、僕はそんな高尚なことより、沖縄の人って独立すればいいのにと思った。服装から楽器から音程から、こんなに個性的な固有の文化を持っているのに、日本にくっついている必要はないだろう。誰の都合で現在のようになっているのか知らないが、虐げられた歴史をこれからも繰り返すよりは、小さくても心豊かな国であったらいいのにと思う。ブータンの海洋版のように。そうすればジュゴンが泳ぐ海岸を埋め立てなくてもすむだろう。 朝から何十回再生したか分からないが、この国のつまらない奴らが寄ってたかっても勝てない文化がある。


2013年05月04日(Sat)▲ページの先頭へ
天気
 3連ちゃんになるが、こんな楽しい話題を放っておくことはない・
昨日、新見の城山で行われたコンサートでは、最後から2番目の歌い手(僕の友人の鍼の先生)の時に少し強い雨が降り出した。中国山地だから、瀬戸内の人間には不可解な天気だ。晴天の中、出かけてきた僕達にとっては雨だなんて聞いていないぞといわんばかりだが、実際に降ってきたのだから仕方がない。テントの中に駆け込んで、辛うじて雨の直撃は避けれたが、彼の持ち時間が終わっても雨は降り続いた。雨が激しくなる中を高速道路を帰っていくのは不安だったので、後一つの出演者を残して帰ることにした。ただ城山というだけあって、麓の駐車場まで結構歩かなければならなかった。牛窓を出るときも、天気予報も今日の好天を保証していたから傘など誰も持ってはいなかった。帰りたいし、大切な西の県から来た女性を雨に濡らすわけにもいかないので思案していたら、ボランティアで参加してくれていた店が目に入り、ビールや焼き鳥などを運んできただろうダンボール箱が積まれているのが見えた。そこで店主の人に一つ分けてくれるように頼んだ。すると店主は、3人分のダンボール箱をくれた。それを分解して拡げると少しばかり強い雨でも防げた。僕も、御法度の裏街道を歩いている友人も、西の県の大切な女性も両手で頭上に大きく拡げ、傘のように、いやまるでハングライダーのようにして坂道を降りていった。途中3人で何を話したか忘れたが、彼女も友人もまるで子供のように見えた。ひょっとしたらその日の中で一番楽しかった瞬間だったかもしれない。珍しそうに?気の毒そうに?見えたのか、いくつかの視線を感じたが、雨を防ぎたい一心でそんなことはどうでも良かった。ダンボール箱で暮らすのがお似合いの友人はさておき、僕と一緒に行動でもしない限り決して経験しないだろう「ワイルドだろう」を西の県の女性に体験して貰ったこともよい想い出になった。
 何気ない日常の、たわいない出来事を、心の底から楽しめるように是非彼女にはなって欲しい。いや彼女だけではなく、みんな、みんな・・・


2013年05月03日(Fri)▲ページの先頭へ
 助手席に腰掛けている友人は、僕の涙を不思議に思っただろう。岡山駅で彼女を降ろして車に戻るとすぐ涙が出だした。いや、彼女に別れの挨拶をしエールを送っているときから僕は涙を悟られないように必死で取り繕っていた。
彼女が牛窓にやってきたいとメールをくれたときから、今日の日を日程に組み入れた。彼女も快諾してくれたから、片道3時間の車の運転も苦ではなかった。もっともそんな姑息なことが目的ではなく、彼女の長年の症状を取り除くための良い舞台設定になると思ったのだ。
まず第一に、助手席の友人はとてもユニークな経歴を持っていて、僕を弛緩させてくれる才能の持ち主で、彼のおかげで活性酸素も除去出来ていると思っている。もっともこの数年は滅多に訪ねてこないから、僕の筋肉の弛緩もなかなか出来ないが、やっと2回目の法務省への出張が終わったので、これからは嘗てのように僕の緊張をとってくれると思う。そんな才能の一部を彼女体験させて貰って、くそまじめに力んで生きることの修正をして貰いたかったのだ。1日7時間働いて日当が50円の生活を犬以下の生活と表現し、塀のこちら側を天国と言っていた彼の劣化した生活から何かを掴んでもらえればと思ったのだ。 
 第二は、コンサートの出演者の中に二人のハンディーを持っている青年がいて、彼らがとても演奏が上手で僕がファンだってことを知って欲しかったのだ。あるハンディーを補うために与えられた、いや勝ち取った才能が、多くの人を楽しませてくれて、又自分たちも大いに楽しんでいる姿を見て欲しかったのだ。舞台の上で圧倒的な技術を発揮し多くの人を引きつける姿を見て欲しかったのだ。
 彼女が苦しんでいる症状を言葉で治すことなど出来ない。ただ、彼女が恐らく普段接することが出来ない、ごく普通の人の赤裸々な日常に接して完治のための答えを見つけられたらと思ったのだ。
 僅か二泊三日でその答えを掴み意気揚々と引き上げることなどできない。答えの片鱗でもいいから見つけて、謂われなきがす漏れの苦痛から全解放を勝ち取って貰いたい。今度会えるときは、この悩みを克服してもっともっと自由な女性であって欲しいと思ったのだ。
そんなことを考えていると涙を抑えることが出来なかったのだ。


2013年05月02日(Thu)▲ページの先頭へ
卒業
 なんて光景だ。春のまぶしい光よりも僕にとってはまぶしく見える。
 駐車場に作ったおもちゃのような畑に、不要品で作ったベンチもどきが置いてある。そこに西の県からやって来た女性と僕の母が腰掛けてなにやら話をしている。接近して腰掛けて、女性が母の顔をのぞきこむようにして見ているから、恐らくピントのはずれた母の話を懸命に聞いてくれているのだろう。
少し気弱そうなところも見せるが良く喋り、それもとてもゆっくりとした口調で話すからそれだけで癒されそうだ。一目見たときからその善良さには気がついたが、折角の連休も我が家に来て仕事を手伝ってくれている。僕の所に泊まりがけで来る人のトラブルはほとんどの人が共通だが、共通なのは症状だけではなく、気性までがよく似ている。男もこんな人を捜して付き合えばいいのにと思うくらい穏やかで、その女性から発するもの全てにとげとげしさがない。そう言った人と作る空間はとても居心地がよいのだが、えてしてそうした人の魅力に男は気がつかない。
 人間らしい「思い込み病」を治すのは難しいが、一杯話をし、いや寧ろ一杯一緒に時間を過ごすなかで当然彼女も単なる、いや、極度の思い込み病ってことが分かる。それを論理的に捉えてと彼女に要求することは難しいが、家族全員、いや夕食をわざわざ作って来てくれたかの国の女性までも感じることが出来なかったトラブルで、自分の日常を矮小にして欲しくない。
 明日は僕の友人と彼女の3人で、新見市という県北の町に行く。山深いところの景色を彼女に楽しんで貰いたいが、それ以上に過敏性腸症候群という如何にも作られた症状から卒業して欲しいと思う。


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〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

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