栄町ヤマト薬局 - 2013/04

漢方薬局の日常の出来事




2013年04月30日(Tue)▲ページの先頭へ
向学心
 果たしていくらの余裕を持って日本にやってきたのだろう。恐らくギリギリのお金、ひょっとしたら数日分のお金くらいしか持ってこれなかったのではないかと思う。そこまでして再び日本にやってきたかったのだ。2年前日本で働いて得たお金は、国に帰ってから日本語学校で使い果たしているのではないか。あるいは日本の大学に入るために使い果たしているのではないか。いや、それどころか、かの国では日常的に行われる近所から借金をするという慣習を利用してやって来たのかもしれない。
 彼女が再び日本を選んでやって来たのは向学心だけだ。勉強を隠れ蓑に働きに来るのとは違う。ハッキリした目的を持ってやって来た。アルバイトをするための自転車を買うお金がなかったから送ってあげたら、夜の12時までアルバイトが出来ているらしい。今でも35℃以上ある国からやって来て、予想以上に寒くて布団が欲しいと嘗ての同僚達(牛窓)に言ってきた。使い古しの布団を何枚も自転車に積んでクロネコヤマトまで2kmの距離を運ぼうとしていたから僕が引き受けた。誰にだって出来る些細なことに再び感謝のメールが入ってくる。「お父さん 電話代高くて電話できません。許してください」
 この国よりもっと進んだ国がどのくらいあるのか知らないが、そこから来た人達に僕が心を動かされることはそんなにないだろう。彼らが手にしたものがどれだけの価値があるのか疑わしいから。創造の名を借りて破壊に手を貸していることの方が多いことをいやと言うほど見せつけられているから。形あるものを作ることには得てているが、見えないものを作ることにはいたって向いていないから。
 それに引き替え、かの国からやってくる女性達は、見えないけれど心でいくらでも感じ取れるもので僕を癒してくれる。どちらが僕にとってより価値があるか答えは明らかだ。


2013年04月29日(Mon)▲ページの先頭へ
長寿
 一体、今何が出来るのだろう。ほとんどのことが、それもかなり有能に出来ていた人が、食べることと、よちよち歩くことと、排便、いや小便にいたっては全敗だから、もうほとんど食べることだけか。無から生まれ、何でも出来るようになって、やがて全てをお返しして終わるのか。そんな気付きを迫られる毎日だ。
人格という最後の砦が崩れだした。笑みは引きつり、声は時に怒気を帯びる。妄想に支配され現実が影を潜める。慇懃を武器に食欲は留まるところを知らない。まるで餓鬼のように食べ物を視線が射る。
 下手な長寿は残酷なものだ。うすうす気がつきながらもどうしようもないもどかしさの中で、受け入れていかなければならないのだろう。食べることに執着し、声を荒げでもしないとバランスをバランスをとりながら失っていくことに耐えられないだろう。恐怖の裏返しが今の人格を作っているのだと思う。
 田舎では求人の半数以上を占める介護施設は、実はこうした不健全な長寿に保証されているのだ。


2013年04月28日(Sun)▲ページの先頭へ
墓掃除
 着くなり、一人はしゃがみ込んでバラスの中から顔を覗かせている草をむしりだし、一人は熊手で枯れ草を集め、一人は鍬で人が一人通れる狭い道に張り出している草を削りだした。打ち合わせをしているわけではないのに、あっと言う間に分担が出来上がってしまった。もっとも寮に迎えに行ったときにはすでに長靴に軍手、それとかの国特有の大きなマスクに麦わら帽で完全武装していた。やる気満々が伝わってきていた。
故郷はいつも綺麗に整っていて、親はいつも気品に溢れ健康でいて欲しい・・・と思うのは良く分かる。だがそのどちらも難しい。およそ2年ぶりだろうか。気になりつつも放っておいたお墓掃除に今日やっと行けた。山の中腹にあり、夏は高く伸びた草で鬱蒼として気持ち悪いので冬の間だと思っていたが、冬は冬で寒くて億劫だった。数日前にかの国の女性が遊びに来たときに、一緒にお墓掃除に行ってくれるように頼んでみた。すると即答で一緒に行ってくれることになった。日曜日は彼女たちにとっては休養に当てるとても大切な日なのだが、それは昼まで必ず寝ていることで想像が付くが、快く何も考えずに承諾してくれた。一人の女性に頼んでいたのだが、仲間を連れて3人で手伝ってくれた。
 彼女たちはかの国では首都に暮らしている女性達で決して田舎の人間ではない。大袈裟に見えるほど虫を苦手とするくらい都会の女性なのだ。なのにそんな彼女たちの作業はとても熱心で、丁寧で根気強かった。だから一人では見た瞬間諦めて帰ろうかと思うくらいの荒れた状態でも、小一時間もすればとても綺麗になった。そして作業が終わったときに一人の女性が「オトウサン タノシカッタデス」と言った。お墓掃除を、それも他人のお墓を掃除して「タノシカッタ」は日本語の間違いかと思ったが、他の二人も口を揃えて同じ言葉を発したので、本当に楽しんでくれたのだと思った。良く晴れて暖かかった上に、小高い所から、瀬戸の島々が見えるから、気持ちよかったのかもしれない。普段機械に一日中向かっているから戸外での作業が楽しかったのかもしれない。
 この数年明らかに僕の心を癒してくれているのは彼女たちだ。11人の2週間分の食費がしめて44000円の彼女達だ。極端に限られた語彙でしか意志の疎通は出来ないが、懸命に素朴に謙遜に生きている様子が何の装飾もなく伝わって来る。嘗て同じ年齢の頃、僕は懸命でもなかったし、素朴でも謙遜でもなかったが、少なくともその毎日の食費だけでは連帯できそうだ。意図した金無し生活の6年間だったが、その後の僕を決定づけた6年間だと思う。


2013年04月27日(Sat)▲ページの先頭へ
介入
 この体験を、多くの過敏性腸症候群の方に共有していただきたいから公表させて貰う。プライバシーは守られていると思うし、漢方薬というものだけではなく、僕という第三者が、それも過敏性腸症候群の方800人以上をお世話してきた若干のプロが介在することの意味もあると思う。いや、あったと思う。
あるお家でサプリメントを家族3人が飲んだ。そのサプリメントを止めてから2週間がたつのに、3人とも異様な臭いが体からでてくる。過敏性腸症候群にいいからと買い求めたものらしいが裏目に出た・・・ざっとこんな相談だった。その相談を受けて、当然僕はそんなことはあり得ないと答えた。相談者はその答えは納得できなかったみたいだが、僕は自分の考えを否定してまで、相談者にとって都合の良い人間であろうとは思わない。何かを売りつけたい魂胆でもあれば、その場で異様な臭いを肯定し、その解決のために○○がいいですよなんて、悪意の限りを尽くすだろうが、僕はそんな低俗な経済行為を働く必要はない。
 結局納得しないままに、ボールを投げ返していたら、2週間後に「あれは新しく買った柔軟剤の臭いでした」と回答があった。余程臭い柔軟剤だったのだろうが答えがハッキリして良かった。過敏性腸症候群、それもがす漏れタイプの人は、何が起こっても原因を引き受けてしまう。ある事象に対してあらゆる可能性を考え、それを出来るだけ科学的に判断する癖を身につければ、いとも簡単に自分を犯人に仕立てることはしないだろうに。
遠く北の町から温暖が売りの瀬戸内の小さな薬局にかかった電話で、家族全員が「引き受ける」のを防ぐことが出来た。
 第3者の介入が好結果をもたらした良い例なので公開させて貰った。


2013年04月26日(Fri)▲ページの先頭へ
合い言葉
 連休前だからだろうか、今日は薬局を訪れてくれる人も、漢方薬を郵送する人も多く、結局クロネコの集荷に合わず、1日遅れになってしまう人が数人出た。来月からの市民病院の調剤が重なればどうなるのだろうと少しばかり不安なのだが、同じ不安を持っていてくれる人が少なからずいる。
 ある若いお母さんが、近所のスーパーで娘に会って不安を口にしたらしい。分業が始まると、今までのようにゆっくりと相談に乗ってもらえなくなるから残念というのだ。僕はゆっくりと相談に乗っているつもりはないから、相手はそう感じてくれたんだと意外だったが、もしそのことに価値を置いてくれているならそのことは特に大切にしなければならない。もっとも僕のは相談なんて高級なものではなく、雑談レベルだから、いつ何時でもOKなのだが、そのいつでも暇状態がなくなれば、今まで利用してくれていた人達に大いなる不快感を与えてしまう。
 合い言葉は、今までの人を大切にする。それが出来なかったところは、自ずと業態が変わっていっている。僕が大切にしてきたもの、娘夫婦が大切にしていこうとしているものをゆめゆめ無くさないようにと肝に銘じているこの頃だ。


2013年04月25日(Thu)▲ページの先頭へ
美人過ぎる・・・
 美人過ぎる市議でもないし、美人過ぎる海女でもないし、そうだ、美人過ぎる女医だ。 観光地だから知らない人が買い物に来ることはしばしばある。ただ買い物に来た人が突然「大和くんのお父さんですか?」と尋ねることは滅多にない。だから僕は面食らった。確かに大和くんのお父さんなのだが、その女性の真意が分からなかった。もっともあちらにとっては真意もへったくれもなく、ただ大和くんのお父さんかどうか確認したかっただけなのだが。
名乗ってから逆にあちらの素性を尋ねると息子と同じ所で働いていた。大和くんという呼び方からして僕は同じ世代の方だと思った。すらっとしてとても美人で、医師のようには見えなかった。おまけに、話すときにいつも笑みを浮かべていてとても親近感が持てる印象だった。専門を尋ねると形成外科だと言っていた。外科と言うところばかりが耳に残ったので、見かけによらず血なまぐさい科を選択しているのだと勝手に理解した。ただ、あまり耳にしない科だったので帰られてからその病院のホームページにアクセスしてどんなことをする科なのか調べてみた。すると僕の勝手な想像とは違っていて、外見の病的あるいは美容的な不都合を治す科だと理解した。そしてスタッフ紹介の欄を見てみると、その女医さんの年齢が分かった。なんてことと驚かざるを得なかったが、息子の世代より寧ろ僕の世代に近い。見かけより数歳若く見える人はいるが、20歳も若く見える人は滅多にいないだろう。女性の年齢を当てるのは男にはなかなか難しいが、普通20歳も間違わないだろう。
 「説得力があるなあ」感心して何度もこのフレーズがその後浮かんだ。天賦のものか、職業的に築き上げたものか分からないが、あれだけ美貌と知性を誇ればまさにご自分が専門としている科の実力を証明しているようなものだ。まさに打って付けの科を選択したことになる。
 振り返ってみれば、僕がいくら漢方薬を懸命に作っても、見るからに元気になれそうもないし、見るからに美しくなれそうもない。このハンディーを何によって補おうかと思うが、このハンディーを逆手にとるしかない。多くの相談者が薬局から出ていくときに後ろ姿で語っている「あの人よりは私の方がまだましだ、良かった」と。


2013年04月24日(Wed)▲ページの先頭へ
往復切符
 さすが体験者しか分からない。身近にこんな人がいて良かった。
 長距離の運転には全然自信がないため、同乗者に免許を持っている?と尋ねることが多い。体力的に限界が近くなれば運転を代わって貰おうという魂胆だ。
 連休中に一度僕にとっての「遠出」がある。岡山県を対角線に移動しようと言うのだが、結構北に行くのは疲れる。高速道路はまだいいが、渋滞にはまって県道を行くことになったりしたら、落ちたら死にそうな川沿いを走ったりして神経をすり減らすことになる。
今度一緒に行く人は1年以上法務局に出張していた人だから、免許証が有効かどうか不安だった。だから免許がまだあるの?と尋ねると、持っているという。そうは言われても、出張中に免許の期限が切れることだってある。だから更新したのと尋ねると、丁度娑婆にいたときに免許の更新時期に当たり、忘れずに更新しているらしい。でもここからの答えがさすがに僕ら素人を越えている。「入っていても更新できるよ、そうしないと出てから仕事に就けないじゃろう」と言う説明だった。なるほどそう言われればその通りだ。ある分野の仕事を得るためには車の免許は必需品だろうから。
 無駄なことは何もないと言うが、娑婆と断絶して法務局の中に出張して覚えたことがこれでは割に合わない。やはり割に合うのはこちら側だから、心して二度とあちら側に行かないで欲しいが、自制と言うことがとんと苦手な人は往復切符をつい買ってしまう。


2013年04月23日(Tue)▲ページの先頭へ
貢献
 正直今日はメチャクチャ疲れた。と言うより、じわっと疲れがたまってきているのかもしれない。今朝目が覚めたときはすでに夜が十分明けていて明るかった。いつもはうす暗い時間に起きるのだが珍しく明るすぎるくらいの朝だった。
今日もあるメーカーが調剤室の機械を設置に来た。5月の院外処方が近づいてきて、それに向けての用意に追われるようになったのだが、用意だけで疲れる。予想以上に少ない患者さんだが、不自由な体の方も多くおられるようで、不便をかけないように万全を期すための器機を導入しているのだが、果たしてそれらが実際に必要なのかどうか分からない。あれもこれもと考えているが、中には無駄な出費もあるのではないかと危惧する。
5月から、妻の姪が薬局を手伝ってくれることになった。その子の放つ印象に僕が感心してお願いしたのだが、恐らく薬局の雰囲気が今まで以上に落ち着いたものになると思う。お年寄り達にも居心地の良い空間になって欲しいから、ありとあらゆる努力をするつもりだが、たぶん彼女の存在が一番それに貢献してくれるものと思う。
 調剤薬局を念頭に作られたものではない薬局が、どれだけその分野で貢献できるか分からないが、30年間漢方薬でお世話してきた経験はかなり生きると思う。寝耳に水から始まったことだが、市町村合併で周辺地域にされてしまった町の人達の役に立てたらと思う。


2013年04月22日(Mon)▲ページの先頭へ
京都
 おいおい大丈夫か。有り難いけれど心配になる。
かの国の若い女性達に何か日本での想い出を作ってあげようと提案すると、口を揃えて京都に行ってみたいという。中には富士山、東京などと言う子もいるが圧倒的に京都が多い。京都は僕にとっては勉強会で訪れる場所でしかないから、何十回も訪ねてはいるが、いわゆる観光などと言うものはしたことがない。だからあの子達を案内しようにも、困っている。例えば多くの子が口を揃えて言う金閣寺も、中学校の修学旅行で行ったきりだ。
今日関東地方のある女性からいつものように漢方薬の注文の電話を貰った。いつも楽しく長い時間話をするのだが、いみじくも彼女が京都の一人旅をし終えたばかりだってことが分かった。ここは渡りに船で、体調の報告などはそっちのけで、京都観光について教えて貰った。さすがほかほかの体験談で有り難かったが、イマイチ具体性に欠けた。やはり行ってみなければ分からないかと少しばかり不安になっているところに、彼女からメールが来ていることが分かった。そしてその内容がまさしく僕が知りたかったことで、アドレスを貼り付けてくれているホームページを見てみると100%僕が知りたかったことが掲載されていた。もうこれで安心してあの子達を連れていってあげることが出来る。
 このメールを見つけたのが1時半くらいだった。12時過ぎから30分くらい話をしているから、食事をする時間を計算に入れると、きっと仕事中にメールをくれたのだと思った。大都会の大きな会社に勤めているから、そして少しばかりベテランと言われる年齢層に近づいたから、堂々と?仕事中に私用のメールを送れるんだと感心していた。ところが今ふとメールの時間帯を見てみると、12時59分だった。彼女は休憩時間中にメールをくれたのだ。やはりとても真面目な女性だった。短時間のうちに必要な情報を選び出し、それを転送してくれるのだから、そう言ったことに得てているのだろう。
今まで沢山話をしているから、一度遠路はるばる訪ねてくれたこともあるから、彼女の性格や働きぶりなどはかなり分かるのだが、彼女を通して東京で働く全ての女性を理解しようとするなら彼女には負担だろう。林立するビルの中の一室から、電話をしてくれる姿は1000万分の1の東京でしかないのだ。


2013年04月21日(Sun)▲ページの先頭へ
身軽
 今日から僕も新学期だ。最も慕ってくれていたかの国の子が一人帰ったので、今日からは新しい組み合わせで新しいスタートだ。先月までのペアが甘え上手だった分、他の女性達は遠慮していた。不公平感は避けたかったが、実際にはかなりの不公平を強いてしまったと思う。
 ペアの一人が新しい子と一緒に岡山へ買い物に行きたいと言ってきた。実はその子とは昨年高松に漢方の勉強会を兼ねて一緒に行ったのだが、その後は遠慮して一緒に行動することはなかった。1年近く彼女は日本人と親しくなるチャンスと日本を見るチャンスを失っていた。初めて会ったとき日本語を勉強したいと言っていたが、結局そのチャンスはなかったみたいだ。1年前と同じくらいの日本語の能力だった。
前置きが長くなったが、今日その子が買いたかったのはパソコンのマウスだ。リトルカメラかなんとかという大型店舗に買いに行ったのだが、そこでその子が「オトウサン、ニホンノマウス、カイタイ」と言った。そう言いながら、一杯陳列しているマウスを一つずつ裏返しては何かを確認していた。日本の代表的なその種の店に来て日本のものを買いたいとは不思議なことを言うなと思っていると、その子が一つのマウスを僕に渡して裏に書いてある生産国名を見せた。見るとメイドインチャイナだった。それからどのくらいの数のマウスを裏返してみただろう、ことごとくチャイナ製だった。こんな有名店が日本のものを売らずに、あちらのものを売っているのかと残念だった。これらのものを日本の工場で日本人が作ればどれだけ日本に、地域にお金が落ちるだろうとふと考えてしまった。
一人で行動すれば決して近寄らないような所に行けるメリットが、彼女達と一緒に行動すればある。今日の小さな驚きも、又その知識も彼女たちあってのことだ。動かずの大和も立派な動機さえ与えられれば身軽になれる。いやそれ以前に薬剤師を離れることが出来るから気軽になれるのかもしれない。


2013年04月20日(Sat)▲ページの先頭へ
記事
 「上海市は16日夜、人への初めての感染例となった87歳と27歳の男性が3月上旬に死亡した病院の患者4人が感染し、このうち2人が死亡していたと発表。当時、この病院内で「人から人」への感染が起きていた可能性が浮上したが、感染ルート解明につながる情報は伏せたままだ」
 都市名、病名などをそっくり変えれば何にでも応用できそうな記事だ。古くは足尾水俣、最近では福島、全く同じことが繰り返されている。情報を出したくない理由は権力を持っている人間達、あるいはそれに群がる人間達を守るためだ。ほとんどの場合、被害者は庶民だが、それらをいち早く守ろうとする行動はまず起こさない。それどころか自分たちの非を認めないために、安全を強調し、科学的見地をねつ造するのは世の常だ。
最近やたら東北の映像が多い。もう全ては終わったと、人々の頭から消し去るチャンスとばかりに、東北礼賛の映像が多い。人々が笑顔で生き生きと暮らしている映像を垂れ流されると、多くの人は危険が去ったかのように錯覚してしまう。まさに思うつぼに落ちてしまいそうだ。ありとあらゆる手段を使って、もっともそれは庶民のなけなしの税金ではあるのだが、安全を吹聴されればかの地のものを食べたり飲んだりもするだろう。かくして犯罪者達は再び栄耀栄華を欲しいままにする。
 家に帰れば、子や孫を愛おしむごく当たり前の人間達が、集団になれば飛んでもない奴らの手先に成り下がる。そして裁かれない悪事の実行犯になる。国が違っても、時代が違っても、テーマが違っても。


2013年04月19日(Fri)▲ページの先頭へ
生業
 この女性の特徴なのだが、一つ一つ言葉を確認するように話す。机を挟んだ対面で「勉強しかしていませんでした」という彼女の言葉を「勉強だけしていなかった」僕が聞く。二回りほど若い女性薬剤師と僕は、まるで正反対の学生時代を過ごしているが、そんな二人が僕の薬局で机を挟んで腰掛けている。嘗て勉強していようがいまいが、同じ場所で同じ空気を吸っている。それならまるで勉強をしなかった僕が得をしている。
1年くらい前から彼女は漢方薬の勉強に来始めたのだが、結局はその漢方薬の道を僕が閉ざしたようなものだ。外部から見ていたら、漢方の世界は面白いのかもしれないが、実際に進行していることを知れば先行きに不安を持ち、調剤薬局勤務の薬剤師から進路を変えることを躊躇うだろう。僕はずっと漢方薬の現場にいるから、漢方の大きな流れを知っている。それはこれから漢方薬を勉強し、それを将来生業にしようとする人にとっては厳しいものだ。僕が今見知らぬ土地で新たに開業してもやっていくことが出来るかどうか自信はない。それが証拠に最近開業したところはことごとく討ち死にしている。
 漢方の知識だけではなく、患者の苦痛を少しでも軽減するために、ありとあらゆる持てる力を発揮しなければならない。それもかなり個性的に。その点は生真面目に過ごしてきた人には難しい。それを彼女は悟ったようだ。僕の薬局が変わっているとは思わないが、飾ることが苦手な薬剤師の前で飾ることを止めた患者さん達が、心を解放する瞬間に立ち会えるのは喜びだ。
 穏やかな表情、仕草、語り、どれをとっても申し分ないが、溢れるほどの善良も相手によれば時に息苦しさに変わる。壊れかけた危うさの中で光るものを身につけたとき彼女は生業を考えてもいいのではないかと思っている。


2013年04月18日(Thu)▲ページの先頭へ
絶滅
 ああ、やっぱりそうか。あの人口の多い国でむやみやたらに漢方薬を使われたら、あっと言う間に生薬資源など枯渇してしまう。素人の僕でも分かっていたことがやはり着実に、いや予想以上に速く進んでいる。値段が仕入れるたびに上がっているのに驚くが、値段どころか仕入れられなくなる可能性だってあるだろう。漢方薬が、病院でメーカーの口車に乗って安易に処方されるのを危惧していたが、病院どころか、3億人の人口を誇る国のことをこれからは心配しなければならない。と言っても、日本語が通じないから文句を言っても届かないが。
アメリカに住んでいる人が一時帰国したのに合わせて漢方薬を取りに来てくれた。ここぞとばかりあの国の医療について質問したら、医療制度のこと以外にも、漢方薬がとてもブームで多くの医師が処方すると教えてくれた。霊芝がブームだとも教えてくれた。霊芝は今では日本ではほとんど評価されていないから構わないが、正式な漢方薬がアメリカで汎用されるのは困る。贅沢を誇ったり、偏った食事しかできない人達を治療するのに生薬はもったいない。現代薬で十分対処できるものは現代薬で対処して欲しい。漢方薬は現代医療で落ちこぼれた人達のためにとっておくべきで、この後、百年、千年先の人間も利用できなければならない。僕達が絶滅させていいはずがない。頭の良い人間だったら誰にでも分かることだが、頭が良くて良心、いや倫理観が備わっている人間は、世界中の企業や役人の中にはいないらしい。


2013年04月17日(Wed)▲ページの先頭へ
鍵穴
 長い間治らなかったものが急に改善したりしたら、喜ぶ前にその改善振りを疑うらしい。ぬか喜びは絶対にしないぞと言う並々ならぬ決意が伝わってくる。僕がいつも言う、1割症状が改善しても随分と楽なのだから、半分以下に2週間でなったのだから、苦虫をかみつぶすような顔をせずに、ニコリくらいすればいいと思うが、帰るまで結局は頬の筋肉を緩めなかった。
僕は決して漢方オタクではないから、漢方薬が一番いいなどとは思っていない。何を利用してでも不調が改善してくれればそれでいい。ただ5年間も病院に通って治らなかった○○○が2週間でかなり良くなれば、漢方薬を褒めたくもなる。ところが本人にしてみれば、ぬか喜びで終わったら後のショックが大きいから、用心して成り行きを見ている。この調子がもう少し続いてくれれば信じてもらえるのかもしれないが、その頃には治ってしまうのではないかと僕は思っている。鍵穴にぴたっと合えばとてつもない効果を漢方薬も現すことが出来るが、その確率を高めるべく日々研鑽している。何せ薬局は現金商売だから、効かない薬を売りたくない。ただそれだけだ。ただそれだけでも、聞いたら礼を言ってくれとはいわないが、少しは喜んで頬の筋肉を緩めて欲しい。その表情こそが僕達の喜びでありモチべーションなのだから。


2013年04月16日(Tue)▲ページの先頭へ
先入観
 ハンドルにサドルにペダルにチェーンにタイヤにフレームに、もうそれ以上自転車の部品の名前を知らない。だからうまく伝えられるか不安だけれど、教訓に富んだ珍事件だったので取り上げる。
 5月から市民病院の処方箋を調剤することになったので、それも病院が遠い為、患者さんの家まで配達するケースが増えるだろう為に、自転車の出番が増えると予想している。ところが我が家の組み立て式の自転車がこの一月くらい前から、急に乗れなくなった。ペダルに足をかけて体重を乗せても全く動かないのだ。いずれ自転車屋さんに持っていって修理をしてもらわなければならないと思っていた。今日歯医者さんに行くついでに、近くの自転車屋さんに持って行ってみようとやっと決心して、車に乗せようとしていた。そこへ偶然やって来たある問屋のセールスの方が、自転車を抱えて歩いている僕を見て「どうされたんですか?」と尋ねてくれた。ことの顛末を話して「自転車に詳しいの?」と聞くと全くそうではないらしい。しかし彼は勇敢にも問題を解決してくれようとしげしげと自転車を眺め始めた。そしておもむろに「ブレーキがかかっていますね」と言いながら、ハンドルを持って前のタイヤを水平方向に一回転させた。そして足をペダルにかけると、自転車が一月振りに動き出した。僕は自転車がいとも簡単に動き出したことに驚いたが、もっと驚いたのは(ここからが難しい)前タイヤがまるでサーカスの自転車のようにハンドルもろとも水平方向に自由に回転したことだった。僕の今までの人生でまさか普通の自転車のタイヤが、アクロバット宜しくクルクル右にも左にも回るとは思わなかった。普通の自転車ならしっかりとフレームに固定されているから、ある角度以外には首を振れないものと思いこんでいた。その思い込みを彼は簡単に打ち破った。元々組み立て式の自転車の構造を知っていたのか、思いついたのか知らないが、一回転元に戻してくれたおかげで、ブレーキがしっかりとかかった状態を解除してくれた。ブレーキのワイヤーが自転車に巻き付いて、まるで人間の手がブレーキをかけたのと同じ状態になっていたのだ。
余りにも簡単に治ってしまったので、ただハンドルもろとも回転させ、ワイアの緊張をとっただけで治ってしまったので、僕の無知振りが際だった。それにもまして、決してある角度以上はハンドルを切れないと言う勝手な思い込みが情けなかった。もしあの時彼に会っていなければ僕は自転車屋さんに行って、とんでもない迷惑をかけるところだった。ハンドルを360度切れる自転車があるってことを今日初めて知った。そして何よりも、先入観というものの不自由さも大いに知らされた。


2013年04月15日(Mon)▲ページの先頭へ
魂胆
 「あんたが『きっと喜んでいただけますよ』と言ったから、又信じて飲むと言っています」としみじみ言ってくれたが、そんな言い回しの癖があるんだと自分で気がついた。経験上、漢方薬でないと効果が出ないと予測が付くことは沢山ある。効く確率が高い症状も分かる。きっと漢方薬の圧倒的な適応症の場合に、上記のような言い方を好んでするのだと思う。僕は基本的には自分から何も勧めない。頼まれたことだけやり、頼まれた薬だけ出す。ただ相談が多いので、最終的には相手の判断を待つのだが、その時にああ漢方薬を飲んだらこの人は救われると思ったときに選ぶ言葉だと思う。
この男性は、肺ガンの手術の後に咳が出て日常生活の質がかなり悪くて困っていた。2週間分の漢方薬でどっと楽になったから楽しみに2週間毎取りに来る。最近では用心のマスクさえはずしている。実はその方の奥さんが、これも又ある手術の後ヘルペスが出て、今は後遺症の痛みで苦しんでいる。これは僕は半年くらいかかると思っていたのだが、2週間で早々と諦めてしまった。病院の薬で1年半以上全く痛みが治まらないのに、僕の猶予は2週間だから、漢方薬局は針のむしろの上で仕事をしているようなものだ。それはさておいて、ご主人の調子がすこぶる良いので、僕が「奥さんも真面目に飲んで頂ければきっと喜んでいただけますよ」と言ったのを伝えたらしい。その結果が冒頭の奥さんの伝言なのだ。
 人は何か魂胆があればとても雄弁になり自信家になる。でも運のいいことに僕の薬局の全員は魂胆が必要ないのだ。法外の報酬を目論んでそれを得たとしても、正しい使い道を知らないのだ。まして正しくない使い道など余計知らない。だからそこそこでいいのだ。確率の仕事をしている以上 「よく効きます」なんて口が裂けても言えない。どんなトラブルでも1割症状が改善すればとても楽になる。そんな積み重ねの仕事を長年やっているから自ずと謙遜になれる。そんな僕が「喜んでもらえますよ」と口にしたら、一気に8,9割改善があるかもしれないから期待して欲しい。


2013年04月14日(Sun)▲ページの先頭へ
さりげなさ
 参った、そのさりげなさに負けた。
 移転したホームセンターは、岡山からの帰り道、県道沿いにあるからその点は便利になったが、何せその分入りにくく出にくくなった。渋滞気味になるから警備員が交通整理を開店当初はしてくれたが、今日などすでに客数が減っているのか警備員はいなかった。だから出るのに苦労するだろうなと思っていたら、案の定出口で何台かが列を作っていた。田舎で運転をする人間にとっては、割り込みなんかは苦手で、いやする必要がないから、縁のないことで、こうした状況はすこぶる苦手なのだ。ところが僕が出口の先頭に立ったとき、道路に大きなスペースが空いていた。恐らく大手の運送会社のトラックだと思うが、僕が出やすいように止まって待っていてくれたのだ。僕はお礼の挨拶をしながら出たのだが、ちらっと見たら運転手は僕とは反対の方向を見ていた。視線を合わすことは出来なかったが、ひょっとしたらその後こちらを見てくれるかも知れないと思って、タイミングをずらして再度頭を大きく下げた。
僕も結構脇道から出てくる車に道を譲るタイプだが、この運転手さんは職業的に倫理観が備わっているのか、あるいは運転席が高いから状況を把握しやすいのか、僕など足元に及ばないほどの運転をその後もしていた。混雑する道路をその後10分くらい僕の後ろを付いてきたが、僕が譲る必要がないと判断したケースで2度彼は道を譲った。ああ、あのケースではああして譲るのかと、まるで教習所で運転を習っているようだった。そしてまだまだ駄目な自分が未熟に思えた。
 渋滞した幹線道路に侵入するときに、道を譲って貰う嬉しさが田舎者だから余計分かる分、そのお返しを常に心がけているが、的確な状況判断が結構必要で、なかなか難しいこともある。それも経験だと思うが、的確性は別として、その気配りは恋人を選ぶとき、結婚を決めるとき、相手を簡単に見極めれる判断材料としては便利だと思う。


2013年04月13日(Sat)▲ページの先頭へ
科学
 別れる日が近づいてくるにしたがって僕は逆に寂しさから解放されていった。これが昔の別れだったら、二度と会えないという悲壮感の中だから、恐らく涙涙の別れになるのだろうが、今はいつでもすぐに会えるという環境だから込み上げてくるものも少なかった。おかげで涙を見せることもなかったし、涙を見ることもなかった。出発の直前まで僕の家族と食卓を囲んだが、本人の冗談に大いに食卓は盛り上がった。時折ふとよぎる寂しさを誰もがうまくカモフラージュしていたと思う。
 彼女が帰る前にある設定をしてくれた。スカイパか、スカイピか知らないが、テレビ電話みたいなものだ。何がいいと言って、無料なのがいい。実は彼女が帰ってから連絡は。電話をしてくれれば僕がすぐに折り返し電話をするからと提案していたのだ。かの国の所得レベルを見ると誰もが考えそうなことだ。そうした僕の懸念は後進国の若い女性が簡単に解決してくれた。こんなことも知らなかった僕の頭が実は後進国だ。
 別れた翌日にははるか遠くの国の人とテレビ電話で顔を見ながら話している。科学の力が別れを哀しさから解放した。別れから涙を奪った。止まらない涙を懸命に隠そうとする僕を科学は乾いた人間にした。


2013年04月12日(Fri)▲ページの先頭へ
転機
 彼曰く、20年振りだと言うのだからそうだろう。第一声の「年取ったなあ」も、それなら許せる。ただ逆も真なりってことは彼は気がついていないらしい。彼の場合、歳より体型の変化の方が僕には目立った。
会って1秒もしない内に話が弾んで、結局1時間くらい機関銃のように話したから、結構親密なんだと今更思った。学生時代に別れを告げて牛窓に帰ってきて知り合った若者が、ほとんど警察官だった。僕の薬局が警察署と近く、若い巡査が良くやってきた。警察官に成り立てと同世代だったので話が良く合い、警察の野球チームに入れて貰ったりしてよく遊んだ。今日訪ねてくれたのは、その中のもっとも親しかった二人の内の一人だ。レンタカーを借りて、高山にいる先輩を訪ねるのに誘ったりして、警察官としていいのか悪いのか知らないが一線を越えそうな関係だった。
実は昨日、警察官は地元の人と親しくなりすぎては業務に差し支えるから、距離を保つなんて話を妻としていた。その時上がったのが彼の名前で、あの頃の家族ぐるみの親密な関係は良かったのかななんて話をしていた。その彼が20年ぶりにふらっとやってきたのだから驚きだった。
 ある事情で少しばかり早く辞めたらしいが、さすが30年警察官をしていただけあって、僕の知らないことを一杯知っていた。肩書きを降ろした気楽さもあるのか、あるいは元々の陽気さか、まるでお互い青年のように話した。途中から話の輪に入った妻が「転機が来たのかもしれない」と言った。何となくそんな気もする。懸命に働いた青壮年期に僕らの仲間がそろそろお別れしているのだ。青春期までの責任のない軽い時代が再びやってくるのかもしれない。少なくとも僕にはその時の方が合っていたように思う。


2013年04月11日(Thu)▲ページの先頭へ
宣伝
 Hと言う八百屋さんは、そのご主人がとてもそろばんが得意で、牛窓の子供達の多くが習っていた。お嬢さんもとても上手で八百屋さんをしながら教えていたが、時代の波で店をたたんだ。Nと言う食堂は、バスの終点にあったから運転手さん達がいつも頻繁に出入りしていた。造りは良くなかったが味が良くて結構はやり、最近までそれこそ夫婦とも体が動かなくなるまで営業していた。Kという肉屋さんは、初めて僕がテレビを見させてもらった店で、力道山の試合の時間になると人だかりが出来ていた。何処にもテレビがなかった時代だったので、余程流行っていてお金があったのだろうが、随分前に店を閉めた。Uと言う服屋さんは、幼い僕には随分と高級な服を売っている店に見えた。案の定、何かを買って貰った記憶はない。息子さんは跡を継がなくて、お父さんの代で店を閉めた。Oと言う造船所は、それこそ桁違いの規模で、そのお家の人は僕らから言えば異次元に住んでいる人達だった。しかし、もっと大きな造船所との競争に敗れ造船から撤退した。Hと言う文房具屋は、僕が幼いときにはもうおばあさんに見えたような人が一人でやっていた。文房具と言うよりプラモデルが狭い店一杯に並べられ、少年にとっては夢のような店だったが、老いて店に立てなくなって、やがてひっそりと店を閉めた。Nと言う魚屋も又女性一人で切り盛りして、上品な感じのする人だったが、一代で店を閉めた
僕が少年時代を過ごした家の回り、恐らく200メートルの半径内でも、今思い出せば多くの店があった。個人の店がほとんどだったが、家族で懸命に働いていたと思う。きっと誰の力も借りることなく、懸命に働いたのだと思う。誰の支援も受けず、まして公の支援などなく、賢明に頑張っていたのだと思う。そして力つき消えていったのだと思う。
 今日は朝から何度もテレビやインターネットでこのニュースを目撃した。公共の電波を使ってただで宣伝してくれている。会社が大きいと、僕らの税金を一企業の売り上げを増やす宣伝費に使ってもいいらしい。「吉野家が牛丼を100円値下げして280円になった・・・」


2013年04月10日(Wed)▲ページの先頭へ
翻弄
 面白いなあ。考えられないことだが、恐らくほんの一握りの人間の強欲で、1億の人間をかなり自由に支配できるのだ。嘗ては多くの若者や百姓を殺したし、最近では多くの人達の仕事や土地や家族を奪ったし、次は、多くの人達の勤勉な精神をを奪おうとしている。僅か20年前に経験したことを再び夢よもう一度とばかりに、持てる者達ばかりが甘い汁を吸える世の中に再びしようとしている。
バブルがはじけたのはまだ十分頭の中に記憶している。ついこの前の話だ。田舎の薬局にも高級車で乗り付ける人間がいたが、応対するのもいやだった。その人間達が、あっと言う間に軽四トラックに乗っていた。ざまあみろと思うが、その陰で何の恩恵も受けずにコツコツと働き続けた人達のことは語られることはなかった。アワノミクスか、アホノミクスか知らないが、責められればすぐお腹が痛いという人間や、マスメディアが競って煽っている。まるで福島を忘れて浮かれろと言っているように僕には聞こえる。オリンピック誘致も胡散臭くて、恩着せがましい合い言葉の「絆」は何処に行った。
 何年か経てば、又一段と格差を付けられた人達が巷に溢れるだろう。利用され捨てられ翻弄されるだけの人生を強いられた人達が行き場をなくして彷徨うだろう。同じ時代を生きて底辺と呼ばれる辺りに居着く人達が増えるだろう。才能も良心も美徳も、生かされぬまま終える無念が町中を徘徊するだろう。抵抗を教わらなかった世代の悲哀が僕には見える。


2013年04月09日(Tue)▲ページの先頭へ
過敏性腸症候群
 その女性と話をしていてつくづく思った。20年前にただ単に検査結果を聞き、薬をあてがわれるだけでなく、その症状の成り立ちなどを医師から説明してもらえていたら、こんなに長く苦しまなくて良かったのにと。
果たして医師が告げた病名が正しかったのか僕には疑問だ。ややこしい訴えをしてきた人に簡単に納得してもらえるのにとても都合の良い言葉がある。時に乱用ではないかと思ったりする。今日の女性もその乱用の被害者ではなかったのではと感じた。もっとも専門家の診断に僕みたいな田舎薬剤師が口を挟むのは失礼かもしれないが、一人の女性が20数年を無駄な不安感の中で過ごさなければならなかったことを思うと、少しは批判をしたり口を挟んでもいいだろう。
新幹線を利用してやって来てくれた女性の帰るときの顔が全然別人だったと娘が言った。僕はずっと話をしていたので、表紙と裏だけを見た娘の方がその変化に敏感だったのかもしれない。自分の症状をひょっとしたら初めて理解してくれたかもしれない。医師の説明不足やインターネットによる虚偽情報の収集等で、もつれにもつれた糸をもう解くことができないくらい追いつめられていたが、平易な、いやもっと品のない牛窓弁で説明すれば分かってくれる。学問では僕ら凡人は治すことは出来ないけれど、難解とはほど遠い、笑いながらまるで冗談のように治すことは出来る。これこそが何の縛りもない凡人の特権だ。それを利用しない手はない。


2013年04月08日(Mon)▲ページの先頭へ
俗語
 高名な医師と評論家が対談しているのを聞いていて、面白い言葉を覚えた。どの世界にも、外部からは見えないものがいっぱいあるが、知らなければ良かったと思うことの方が多い。
 香典医療と言う俗語みたいなものがあって、死期が近づいている人に、これでもかと言うほど治療を施すのだそうだ。もし仮にそれが医療費を稼ぐためだとしても、医師は患者や家族のために出来る限りのことを施したと主張できるし、患者は出来る限りのことをしてあげたと悔いを残さない。両方にとって利害が一致している。ただその対談でその医師が、折角枯れるように亡くなっていこうとしている人に、あらぬ限りの点滴をし、まるで溺死のように水浸しにして苦しませていると言っていた。
僕はそうした現場を知らないから、そんなことがあのかと驚きながら聞いていたが、なるほど父の場合がそうだったのかもしれない。人工呼吸器で呼吸しているだけで、意識があるのかないのか、身体を動かすことも出来ずに、半年くらい寝たままだった。意思表示をすることが出来なかったから、確かめることは出来なかったが、ひょっとしたら味わわなくても良い苦痛を味わわせたのではないかと思った。
専門家というものが如何に胡散臭いか露呈したのが福島の原発事故だったが、同じようなことはありとあらゆる分野で行われ、そうした意味に置いては聖域など存在しないのだと確信できる。


2013年04月07日(Sun)▲ページの先頭へ
脱帽
 ニュースなどでは時々見かけていたから、知らないわけではないが、今日たまたま見かけたからこれが噂の「ひじ鉄」だと思った。いや、ひじ鉄ではなかった、何という名前だったっけ。きっと最近作られた造語だろうから、なかなか思い出せない。確か鉄がついたと思うのだが。錆び鉄?近鉄?砂鉄?いや生き物だったと思う。魚?両生類?ほ乳類?いや鳥類だ。そうだ鳥類の鉄だ。鳥鉄だ。撮り鉄だ。
 街中を走る路面電車を写す人達のことも撮り鉄というのだろうかと考えながら、初めて見るカメラを首から提げた集団をあちこちの電停で目撃した。時に橋の欄干に陣取っている個人もいたが、ほとんどは電停の少し離れたところからシャッターチャンスを狙っていた。不思議なことにと言うか、さもありなんと言うか、全員が男だった。それもほとんどの人が僕より年上のように見えた。そんなおじさん達が、同じものを持ち、よく似た服装で、同じ方向を向いている姿は、なんとも滑稽だ。服を替えればほとんど幼稚園の写生大会だ。
ひょっとしたら見かけだけではなく、心も幼稚園児と同じかもしれない。本当に電車が好きで、まるで幼子のように楽しめる人達なのだろう。健全な遊びだし、理解できる郷愁だし、好奇心が旺盛なのも良いことだし、何ら批判されることではないのだろうが、ただ端から見れば結構滑稽だ。ただその滑稽をものともしない飽くなき好奇心にはただただ脱線だ、いや脱帽だ。


2013年04月06日(Sat)▲ページの先頭へ
姿勢
 もう何年か前、その薬を扱ってくれとある会社のセールスがやってきた。名前は何処かで聞いたことがあるくらいで、ほとんど知識はなかった。朝鮮人参や地黄が入っていて身体にはいいのだろうなと思いながら、結局セールスの話を聞き終わってもどんな人に勧めたらいいのか分からなかった。漠然と身体にいいものという印象だけを持って僕は話を聞き終えたと思う。おまけに小さなスプーンでどろっとしたものを掬って飲む方法が僕には受け付けなかった。
もう何年か前、県外から漢方相談に来た人が、ある薬局でその薬を勧められて飲んでいると言っていた。もう半年以上飲んでいるが効果がないばかりか、経済が続かないと言っていた。具体的に解決しなければならない疾患を持っていたのに、その処方に対するものは何も出ずに、散弾銃みたいな「身体にいいもの」がお勧めだったらしい。真面目な患者のその人はそれを信じて半年飲んだが、何の効果も出なかったのでさすがに他の選択肢を探して僕の所にやってきたのだと思う。
この種のように漠然と「身体にいいもの」は経済の悪化と共にほとんどの商品が苦戦している。例えばこの会社はつい最近会社を閉じたらしい。僕は長野にあるから放射能の影響かと思ったが、単なる売り上げ不振だったらしい。それはそうだろう、身体にいいと言うだけで、何処がどの様に良くなるのか元々ターゲットが定めにくいのだから、バブルの時代で捨てるお金がある頃ならいざ知らず、不景気の時代に目的のない買い物はしないだろう。思えば嘗ては色々な会社がその種のものを商品として華々しく売りだしていた。その手のものを多く販売する力があるところがよい薬局と言われていた時代だった。知識より口の回りの筋肉が重宝する時代だった。そんなことに嫌気がさして漢方薬の勉強に参加させて貰ったのだが。
 嘗てのバブルの時代に全盛を誇ったどうでもいいものが、今や健康食品に名前を変えてはびこっている。節制も養生も鍛錬もしなくて何かに頼れば問題が解決するという姿勢は、今最大の問題にも共通している。胡散臭いものに懲りもせず食い物にされ続けるこの国の人達が本当は一番胡散臭いのかもしれない。


2013年04月05日(Fri)▲ページの先頭へ
この町
 このモチベーションの差はいったい何なのだ。同じ業務であるはずなのに、とてつもない差を感じる。
少しの差を置いて不整脈の方が二人来た。一人は数年来の不整脈で困っている方で漢方薬を希望してきた。もう1人の方は処方せんを持って来た。タイプは違うが好感度がとても良い二人だったので、どちらの方にも懸念を解決して欲しいと思った。ただし、接し方は自ずと違う。漢方を希望してきた方には、問診から始め、僕の常だがくだらない会話に発展する。処方箋の方は、最低限の会話ですんでしまう。とくに若い方は見れば分かるので、パソコンでプリントアウトした説明書で十分だ。下手にくどくど説明すると逆にお仕着せがましくなり不快感を与えてしまうことがある。
来月から始まる市民病院分館の院外処方でのスタンスに戸惑っている。30年薬局に立っていると色々な知識が身に付く。教科書に出ているもの、自分で掴んだものそれぞれだが結構役に立つものが多い。それを処方せんを持ってくる人に話して良いものかどうか迷っている。ちょっとした養生で病態が良くなることは沢山経験している。ただお医者さんはその辺りを評価していない。だから余計なお節介になってしまう危険性があるのだ。おとなしく無難にしていればよいのだろうが、それもかなり難しい。
「医者と患者のどっちが大切なん?」と分業が全国的に始まった頃ある老人に尋ねられたことがある。今だ忘れられない言葉だが、この国の分業を鋭く見抜いた言葉だと思う。もし同じ事を今尋ねられたら「この町が大切」と答えるかもしれない。


2013年04月04日(Thu)▲ページの先頭へ
にゃろめ
 「にゃろめ、目にもの見たか!」今朝は昔年の恨みをはらせてスッとした。
 月曜日と木曜日は生ゴミの収集日だ。薬局の前の収集場所は、長年カラスに荒らされて、収集車が帰った後を掃除するのは当番の役目だった。無惨に散乱したゴミの発する臭いに耐えながら当番がほうきを使うのは見慣れた朝の光景だった。我が家がこの辺りの世話役になった一昨年に責任感から、いくつかのすだれの使い古しで生ゴミを隠すようにしたらカラスがゴミ袋をつつかなくなった。収集場所の問題は片づいたのだが、その頃から猫が我が家のゴミを荒らすようになった。
廃材を利用していくつかの簡単なバリケードを作り猫の侵入を防ごうとしたのだが、敵はかなりの運動能力があるみたいで、ことごとく破られてきた。時に成功することがあったが、9割の確率でやられている。ほとんど目撃したことがないから凶行は深夜に行われているみたいだが、頭がいいのか筋力があるのか、あるいはその両方を備えているのかなかなかのものだ。飼い猫だったら褒めてやりたいくらいの能力だ。
いくら囲っても駐車場に置いておいては無理だと思い倉庫に置くようにしたのだが、不思議なことに戸を閉めているのに荒らされたりした。日中換気の為に戸を開けておかなければならないから、その時を狙われたのだと思う。夜行性だと思っていたのに裏をかかれた。神出鬼没とはこのことだ。
昨夜いいことを思いついて実行に移してみた。実は母はもう紙おむつにかなり頼らなければならなくなっている。日に何枚かが尿を大量に吸い込みゴミ袋に捨てられる。それ専用にトイレにゴミ袋を置いているのだが、結構なスピードで一杯になる。ただ尿を吸っているから目一杯入れるとビニール袋が破れるくらい重たくなる。いわば形は違っても尿の塊なのだ。だからいくら防臭機能が付いていてもそれはそれは・・・
昨夜如何にも漁って下さいとばかりに、そのオムツがつまったゴミ袋を2つ駐車場に置いて寝た。生ゴミは勿論倉庫に入れておいたが、おとりの二つは特売状態だ。今朝、夜明けを待ってワクワクしながら覗いてみると、口を締めていた袋の方が一部破られていたが、何も散乱していなかった。もう一つの方は形さえ崩れていなかった。まさに撃退だ。きっと猫の鼻がもげただろう。(もげるは歪むという意味、岡山弁?)これこそ僕が発明した「忍法紙おむつの術」やっと長年の宿敵に一矢報いることが出来た。あまりの悪臭に退散するところを見てみたかった。にゃろめ!


2013年04月03日(Wed)▲ページの先頭へ
特徴
 傍で見ていたらまるでサプライズが仕組まれたテレビ番組のようだった。淡いピンク色のズボンが代金引換で送られてきたから、当然娘のものだと思っていた。
 翌日、偶然かの国の女性二人が薬局に立ち寄った。その中の一人は来週3年間の仕事を終えて帰国するのだが、娘夫婦が思い出作りの為に日曜日に岡山の行きつけの美容院に連れて行ってあげた。その帰り道に寄ったお店で見たあるズボンをとても気に入ったらしくて、帰国するときに履く為に買おうとしたらしい。ところがスマートなかの国の女性に合うサイズがなくて、とても残念がったらしい。それを見ていた娘が、インターネットで彼女に合うサイズを探し注文していたのだ。背の高い女性だが、かの国の人はみんな細くてなんとSサイズだったのだ。
薬局に入ってきたその女性に娘がおもむろにズボンを見せると、それこそ絶句状態で、事態があまり飲み込めなかったようだ。あの店で試着して拳1個入るくらいグスグスの物を娘が買ってくれたと思ったのか、喜ぶ様子は全くなく、友人と顔を見合わせていた。娘が「○○ちゃん、履いてみて」と促すと洗面所に入って着替えてきた。彼女はさっきまでとはうって変わって歓喜の言葉を連発した。「○○、ウレシイ、○○、ウレシイ、○○」かの国の言葉と日本語が繰り返されるから、恐らく同じ意味のことを言っていたのだと思う。元々スタイルのいい女性だから本当によく似合って、故郷に錦を飾るときに履きたくなっても不思議ではないと思った。
少しして落ち着くと今度は「ドウシテデスカ?ドウシテデスカ?」と何故欲しかったものがここにあるのか飲み込めなかったらしく質問を連発していた。娘が、メーカーの名前を調べてSサイズを工場から直接取り寄せたことを説明していた。
 実はそのズボンが諦めきれなくて、もう一度店に行ってみるつもりだったらしい。そこまでして欲しかったものが目の前に現れたのだから喜びはどのくらいだろうと思うが、実は僕にはちゃんと分かっている。傍で一部始終を見ていた僕には分かる。本当に彼女が喜んだのは欲しかったズボンではなく、娘の親切なのだ。若いから物欲を否定はしないが、彼女たちは物より人の心を重要視する。これはもう20人くらいのかの国の女性と接してきて良く分かる。拙い日本語で「ココロ、ココロ」といいながら胸を指さす光景に何度遭遇しただろう。
ここにきて娘夫婦がとてもかの国の人達に親切になってきた。若い人の感性を満たすには、やはり若い人が相手するのが理にかなっている。相手が善人に限るが、誰とでも対等の立場で心を通わせることが出来る我が家の特徴は受け継がれていると思った。


2013年04月02日(Tue)▲ページの先頭へ
邪魔
 日本の汚いところか、日本人の汚いところか、日本の政治家の汚いところか、日本の経営者達の汚いところか。庶民レベルでも同じことをするのだろうか。
鍼の先生が、髭を書いたらヒトラーにそっくりな顔になると上手いことを言ったが、よく見てみるとなるほど似ている。ただ僕はその1回見ただけで、後はテレビに一瞬でも出て来ようものならチャンネルをすぐに変えて、避難することにしている。吐き気のするような不快なものからは目を逸らすのが一番だ。
放射能のゴミをモンゴルに捨てようと企んでいるらしい。相対的に金持ちは、相対的に貧乏人にいつの世も強い。自分たちで処理できない危険極まりないものを、他国に運び捨てるというのだから、虫が良すぎる。その時の謝礼に他国は喜ぶのだろうが、他国の民が本当に喜ぶのだろうか。なるほどゴミ捨て場から遠く離れた都会で暮らす金持ちには都合の良い金だろうが、ゴミ捨て場を提供する貧しい人達にはその金は届かない。金が届かないばかりか、高線量の放射線を日常的に浴びることになる。いつの時代にも、どこの国でも見慣れた金持ちばかりが得をする構図だ。
 僕ら一庶民がそんな話を聞けば恥ずかしくなり憤るのだが、そんな情報は有権者には届かないようになっている。誰がどこら辺りで邪魔をするのか知らないが、疑う癖がない人には届かない。知らないうちに貧しい国の尊厳を傷つけることに荷担したことになる。多くの過ちを重ねてきたのに学ばないのがこの国の人の特徴だ。
 ある若いお母さんに「先生はどうしてそんなことを知っているんですか?」と尋ねられた。若いときから生理的に、強い人達が弱い人達を支配するのが受け入れられなかったから、疑う癖がついたのかなと答えたが、本当は「どうしてあなたはそんなことを知らないんですか?」とこちらが聞きたかった。


2013年04月01日(Mon)▲ページの先頭へ
居場所
 居場所をなくした男達が入れ替わり立ち替わり裏門の外に出てくる様は寂しい。そこまでして吸わなければならないのかと尋ねてみたい気がするが、嘗てのヘビースモーカーにはその資格はない。
春休みの週末は、中学生のスポーツ交流に便利なのだろう、数台のバスが中学校の駐車場に止まっている。近くの学校らしき生徒達は父兄の車に便乗してやってくるのだろう、バスを囲むように自家用車が駐車場を埋める。かすかに体育館からのかけ声が聞こえるが、そこから逃げてくる父親達が、裏門を一歩出てタバコを吸っている。お互い会話することもなく、まるで釣り人達が護岸で一定の距離を保っているように見える。
タバコ吸いの居場所は段々狭くなっている。止めてからあの煙の臭さが初めて分かったが、長い間周りの人に迷惑をかけていたのだと反省しきり。それにしても昔は寛容だったものだ。吸う人の方が多かったから我が物顔だ。どのくらいの方に発ガン物質を吸わせたか分からない。
そこまでして吸うかと問いたくなるような追いつめられた環境で、徳俵に足をかけ懸命に耐えている男達の悲哀が紫煙と共に漂う。


   


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■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

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