栄町ヤマト薬局 - 2013/02

漢方薬局の日常の出来事




2013年02月28日(Thu)▲ページの先頭へ
2番手
 ☆ありがとうございました☆・・・・(中略)・・・そちらにお世話になってそろそろ1年。あまり真面目に服用するタイプではないのでしょうが何とかしがみ付いてて良かった〜!!
思わず声を出して笑ってしまった。朝一番に開いて読んだある方のメールの中の文章だ。症状変化を教えて下さった後に、この様に文章を結んで下さっていた。仕事柄多くは苦痛に満ちた内容を読むことが多いが、この様に思わず顔の筋肉が弛緩するような表現に出会うと、その日一日が楽しくなるような予感がする。そして一日の良いスタートが切れる。
彼女への返事でも書いたが、「しがみつかれた」僕も、ありがとうと言わなければならないのだ。自分の実力はさておいて、僕は治って貰いたい一心で処方を考えたり作ったりしている。何処の薬局でも、お医者さんでも同じだと思うが、それがないと仕事が空しいのだ。喜んで頂いたときの感激に優るものはない。それは又頑張れる最高の理由なのだ。だから僕は、最初に相談を受けたときに、当然最善の処方から始めるが、色々な方法を、まるで将棋で先を読むようにあの手この手と考えている。ところが、この方のようにしがみついてくれない人が結構多くて、2番手を繰り出せないことが多い。今まで多くの所で裏切られているから、信頼して治す努力をすることに疲れているのだろうが、それにしても奇蹟以外では応えられないような期待のされ方をする。
体調が少しでも良くなれば表現にも余裕が出る。毎日10人以上の文章を読ませて頂くが、行間は勿論、もろに文章にも変化が感じられる。多くの方がこの方のように素直で、力の抜けた、それでいて何か秘めたるものを感じる文章に変化していってくれたらと思う。


2013年02月27日(Wed)▲ページの先頭へ
奇蹟
 彼が県会議員になる前から知っているから、もう30年のつき合いになる。ごく普通の青年で、まさかそんな肩書きを持つような人間になるとは思っていなかったから、何の貸し借りもないごく普通のつき合いだった。勿論彼が県会議員になってからも、それこそごく普通のつき合いをしている。変わったのは、彼が忙しい身になったことと、肩書き上、色々な知識を身につけたってことくらいだろうか。ふと立ち寄ってくれての雑談でも、その片鱗はあちこちに伺われる。それと当然、何期も連続で当選しているから、威厳もそれなりに身に付いている。話の内容によるが、出来ないと言う言葉が出てこない。頼みもしないことでも先回りして、色々知恵をかしてくれる。
何の話題の時か思い出せないが彼がふと漏らした言葉が面白かった。「ヤマト薬局さんが今残っているのは奇蹟に近いですよ」と言ったのだが、世間の常識から言えばその表現は全く的を射ているなと思ったのだ。僕も思わず「ほんと、ほんと、僕もそう思う」と同調した。誰がこんな田舎の薬局が、それも昔ながらのスタイルで生き残れると想像しただろう。現に、僕の家から岡山駅まで車で1時間近く走っても、同じような薬局を見つけることは出来なくなった。以前なら車で数分走る毎に薬局はあったが、今ではドラッグとコバンザメ商法の調剤薬局とやらしかない。
奇蹟の一本松ではないけれど、いつまで僕の薬局が持つのか知らないが、残り僅かなような気もする。丁度今僕の薬局は、時代変化の津波に襲われて「奇蹟の1分待つ」まで追いつめられているのかもしれない。


2013年02月26日(Tue)▲ページの先頭へ
名前
 やたら色々なところで聞く名前だが、聞くたびに違和感がある。個人的に興味がないからどんな人でどんなことをしているのか詳しくは知らないが、でもその人のやっている事業にはほとんどの国民が組み込まれているのではないか。野球に関心がなく、携帯電話を持たず、銀行は中国銀行と決めて、インターネットもしない。そんな人は現代では希有な人種かもしれない。もしそのような人間ばかりだったらさすがの彼だって、日本で一、二位の資産家にはなれていなかっただろう。多くの国民が豊になり、娯楽や便利さに惜しげもなくお金を使い出したのに比例して彼の資産は増えていったのだろう。言い換えれば庶民の資産が彼の元に吸い込まれていっているようなものだ。勿論それでみんなが幸せなのだから何も問題にすることはない。ただ彼の名前から受ける語感が丁度反対のような気がして、聞くたびに違和感を持つ。できればこの際、聴き手が違和感を持たないように変えて欲しいのだ。損さんではなく得さんに。


2013年02月25日(Mon)▲ページの先頭へ
感嘆
 何処かで見た光景だが、そんなことを躊躇う僕ではない。まして一目見て、なんて知的な女性だと直感的に感じていたから断ることなど出来ない。
岡山から3人の若い女性を連れてきたこと。彼女たちの希望を全て叶えるには今日という日が都合が良かったこと等を具体的に喋った。僕の出来る範囲という条件付きだが彼女たちの希望を叶える努力はいくらでもすると言うと、6,7人の若い男性達が拍手をしてくれた。その光景を見て、岡山のオトウサンだけではなく、広島のオトウサンにもなって下さいと女性が言った。そこで又拍手がおきた。なるほど自己紹介を依頼されたときに「○○○○語でしましょうか?」と僕が尋ねたときに日本語でいいと言ってくれたはずだ。その地下にある小さな御堂にいたほとんどの人は僕の日本語が理解できたみたいだ。
ミサの後、広島在住の若い女性が二人話しかけてきた。とても人なつっこい二人で、日本語学校をこの春卒業して、日本の企業に就職できたことをとても誇らしげに又喜んでいた。連れていった女性が一人再び来日したがっていて、その方法を尋ねるというのも一つの目的だったから、大いに参考になった。それにしても二人の日本語の能力には感心した。話の途中で、凄いね!凄いね!と自然に合いの手が入る。若さと熱意とモチベーションと、何が揃えばあんなに外国語をマスターできるのだろうと、何も持ち合わせていなかった自分と比べて感嘆の連続だった。


2013年02月24日(Sun)▲ページの先頭へ
時速
 どうもかの国の女性は時速100メートルらしい。こんなことなら専門誌をもう一冊持って来ておけば良かったと後悔した。
そもそも朝6時に迎えに行くと言っているのに、待っていない。スタートから僕の計画は頓挫した。それでも途中の乗り換えや構内の移動などを急ぎ足でこなしたら何とか遅れは取り戻せた。
 ところが目的地の一つである原爆ドーム前の電停に降りて、原爆ドームを目の当たりにした時から速度が急にダウンした。象徴的な建物に最初は驚いたようだったが、時速100メートルになったのは違う理由からだ。まあ、写すわ写すわ、写真を撮りまくるのだ。それも原爆ドームなどを撮りまくるのならいいが、自分たちをお互い撮りまくっているのだ。自分を自分のカメラで撮ってもらい、又友人と一緒にとってもらい、3人の組み合わせだから何通りになるのか知らないが、場所と人間とのかけ算みたいに撮りまくる。おまけに、日本人の馬鹿の一つ覚えのようにピースサインをするのではなく、まるで女優のようにポーズをいちいちとるから始末に悪い。1枚の写真を撮るのに結構時間がかかる。僕は鎖を外された飼い犬のように、少し先を歩いては振り返り、まだ1メートルも動いてないことにいらだつが、その心を微塵も出すわけには行かない。終始笑顔で接し、心ゆくまで想い出をフィルムに刻むのを見守った。
 思えば僕は今まで一度もカメラというものを自分で持ったことがない。携帯電話も持ったことがないから、恐らく僕は一生カメラを持ったことがない希少な人間と言うことになる。フィルムに刻んだものをゆっくりと見直す、それは過去に思いを巡らす作業だから僕にはあり得ないことが分かっていることもあるが、自分でも思ったが、結構頭で印象を切り取っている。
 それが証拠に、広島平和記念聖堂でかの国の人達だけのミサに参加させて貰った後宮島に行ったのだが、彼女たちの切ったシャッターの数より多く僕は思考を巡らせたと思う。休日、勉強会でもないのに県外にやってきて、同じ瀬戸内で、同じ自然の資源を持ちながらこんなに生かしているところと、牛窓みたいに生かし切れてないところの差や、解決方法などをずっと考えていた。
カメラや携帯電話を手に撮りまくっているのはかの国の女性だけだはない。観光名所を巡ったせいもあるが、日本人もその割合の高いこと。多くの人が同じものを持ち同じことをしている。老いも若きも携帯を被写体にかざしている。いつかその姿勢でハイル何とかなんて叫ぶことがないように祈っている。


2013年02月23日(Sat)▲ページの先頭へ
参考
こんばんわ。漢方薬の注文をお願いします。
省略(季節の挨拶や最近の動向)

人が後ろにいるときに腹痛、がす漏れ→後ろに来たらガスが漏れそうになる、出ない時も                  ある
お通じが4〜5日に1回 コロコロ便→ほぼ毎日排便がある、たまに3日に1回になりそ                  の時はコロコロ便
下腹部痛があるかどうか      →ガス漏れを長く我慢した時にある
腹鳴、お腹のガス腫れ       →腹鳴はない、便秘になるとお腹が張り苦しい、便                  が出そうな時・生理の時ガスが出やすい
冷え               →お腹はハラマキとカイロをつけている、手足は冷                  えている
憂うつ 不安感          →美容院へ行きたいが不安である
入眠困難             →最近は入眠30分後、目が覚めまた入眠まで1時                  間位かかる、朝は目覚まし時計より30~50分早                  く目が覚める
疲れやすいかどうか        →少し疲れやすい
小便が1日20回         →1日10回位
残尿感              →なし
胃もたれ 胸焼け         →なし
首、肩の凝り           →首、肩少し凝っている

よろしくお願いします。

 過敏性腸症候群は治りにくいと思っているのか思わされているのか分からないが、そう言った傾向を否定したいので、ある方が下さった経過報告を利用させて貰う。この方の報告が僕にとって有り難いのは、次回何を工夫すればよいかが一目瞭然なのだ。効果があったものに関しては処方を変化させずに、なかったものには工夫を加える。当たり前のことだが、この様に分かりやすく変化を書いて貰うと工夫のやりやすさが違ってくる。と言ってもこの方が上記のように、ただ単に合理的なのではない。プライバシーに関するところを省略させて貰っているが、そこの文章には気持ちが込められていて、早く完治して自由に生きて欲しいといつも読みながら思ってしまう。誰一人落ちこぼれることなく忌まわしいトラブルから脱出して貰いたいが、お互いが参考になることは分かち合って欲しいと思う。


2013年02月22日(Fri)▲ページの先頭へ
気軽
 失敗した。もう少し演出しておけば良かった。でも僕が得たかった情報は体温だけだったから、体温を測っただけで何もしていない。
秋にヘルペスを発症したと言うおばあさんが、「病院にかかっているけれど、全然痛みが良くならん。どねんかして頂戴」と訴えてやって来た。胸を押さえたから肋間神経に沿って出たことは分かる。あるトラブルで昨年手術をしたことを知っているから、体力(免疫)が落ちていたことも分かる。後は体温さえ分かればヘルペス後遺症の漢方薬など簡単に作ることが出来る。体温も今はおでこに近づければ瞬時に測れる機械があるから大した作業ではない。しめて何分の出来事だったのだろう、2分?3分?それで終わり。「ちょっと買い物をしてきますわ」と言って出ていった。
 薬局にヘルペス後遺症でやってくる方のほとんどはもうかなりの年季が入っていて、この方のように半年以内なんてのはまれだ。だからその様なタイミングできたおかげもあるが、とてもよく効いて、2週間分で痛みが半分に、その後又2週間分で3割くらいに軽減した。この程度だと本人は全く辛くない。気になる程度らしい。
 短い立ち話で治ったから、本人の僕に対する態度は今までと何ら変わりない。ありがたく思っているのかどうかも疑わしい。風邪薬を買って、治ったのとあまり差はないみたいだ。この光景こそが僕をいつまでたっても田舎のおじさんにしてくれている引力だ。どうしても僕をそれなりには見てくれないし、意地でも見たくないらしい。こちらもそれが分かっているから、意地でも品のない態度で接するが、効果だけは大都会のカリスマたちに負けないように出す。どんな結果を出しても尊敬されない解放感は一度味わうと抜けられない。肩書きも評価もないない尽くしの気楽さは、何にも代えられない。田舎で仕事をする最大の恩恵かもしれない。地で行けばいいのだから気軽なものだ。当然財布の中身も軽くなるが。


2013年02月21日(Thu)▲ページの先頭へ
偶然
 いくつの偶然が重なってそんな言葉に行き着いたのか、予想もしない返事に、ただ謝るしかなかった。勿論老婆特有の温厚な言葉遣いで返してくれたが、本当の心の内は分からない。悲しい記憶を呼び戻させてしまったと、行き着いた言葉を恨めしく思う。
80歳代と言っても寧ろ90歳に近いのではないかと思う。数年前にすでに、高齢を押して車を運転するのに驚いていたから。それも隣の町から30分近く運転してやって来てくれる。田舎から便利な市内へ新築して引っ越したのはもう10年以上前になると思う。それも偶然薬局の隣だというからもう会うことはないなとその時思った。ところがそれからも毎月欠かすことなく薬を取りに来てくれる。
今日も軽四である薬を取りに来てくれたのだが、偶然くじ引きをしていたのでひいて貰った。するとLEDの可愛い外灯があたった。僕は他の方を応対していたのだが、LEDの使い方を教えていた娘が少し女性の理解力に戸惑っていたので横から口を挟んだ。「奥さん、息子さんにやって貰えばいいが。息子さんならすぐ分かるよ」と。ところが返ってきた返事は意外なもので「息子は死んだ」だった。これには驚いた。全くの不意打ちだ。校長を定年退職したのを機に便利な市内に新築して引っ越したのに。何で亡くなったのかを説明してくれたが僕は覚えていない。ただ「ごめんなさい、いやなことを思い出させて」と繰り返し謝っていたので。
 僕は薬を選ぶための問診はするが、いわゆるプライベートなことはあまり話題に上らせない。言いたくないことも多いだろうし、僕も興味がない。プライバシーと病気を治すのはそんなに重要な関連はない。くだらない話で笑いがこぼれ、緊張した筋肉が緩む方が余程治療には意味がある。今日の聞かなければ良かった内容も何の意図もなく行き着いてしまった。ただ僕が幸せなのは、本来なら空気が一瞬凍り付く場面も心穏やかな人達によってすぐに笑いが溢れる元の薬局の風景に戻してもらえることだ。
 現代人の病気はまるで冗談のように笑いながらでないと治らないものが多いと思う。ふざけたような結論で、ふざけたような方法論だが、僕はそこに行き着いた。


2013年02月20日(Wed)▲ページの先頭へ
打開
 ない知恵を絞っているが、元々ないのだから絞っても仕方ない。しかし諦めきれないから、一番苦手とする役人言葉の羅列を忍耐強く読んだりした。その結果分かったことは到底無理という残酷な答えだった。
 先進国の日本に何の特殊技術もない後進国の女性が再びやってくるなんてのは到底無理な話なのだ。こちらから向こうに行くのは恐らくかなり容易なことだからひどく不公平だ。この事実だけで居心地の悪さを感じる。こうした不公平を少しは改善しようと言う動きもあるみたいだが、目の前にいる子を救うにはまだまだ先の話らしい。
先に国に帰った子がとても日本語が上手で、日本で勉強したいと言っていたのを思いだして、留学という手もあるかと思いついた。そこでインターネットでその可能性を調べたら、僕の理解では可能ではないかと思えた。全く縁の無かった分野だから、単純にホームページを信用するようなことはしたくないが、何ら問題もないように思えた。働くための再来日が圧倒的に難しいのに比べて、かなり簡単なような印象を持った。何を持ってその様な差があるのか知らないが、可能性が少しでも出てきたことは嬉しい。親のために日本に働きに来て、日本人が避けるような仕事を嫌がりもせずこなし、給料のかなりの部分を仕送りしている。この単純にして清い動機の前に僕は多くの自省を強いられた。もう一度日本に来たいという希望に僕が傍観者ではいられない。
 ない知恵はこれ以上絞れないが、智恵の上積みなら出来る。ひょっとしたら、役人言葉を乗り越えようとした僕には珍しい気概が事態を打開してくれるかもしれない。


2013年02月19日(Tue)▲ページの先頭へ
二者択一
 僕は別に漢方オタクではないから、何を利用しても皆さんが元気になってくれればいいと思っている。このスタンスにブレは全くなくて、漢方を習い始めた頃も今も、OTC大好き人間だし、病院の薬も大敬意を払っている。
この男性を去年見たときは、今日の姿を想像だにできなかった。昨年相談に来た時には、痛い痛いと言いながらもこんなに体の機能を失ってはいなかった。歳も僅か一年で10歳くらい一気にとったように見える。老人と呼ばれるには少し早い人だが、今日見た感じでは老人そのものだ。
僕が漢方薬を2週間分しか作らないのは、もし効かなかったときに効かないものをずるずると飲んで頂くことを極力避けるためだ。効かないと言うのも立派な情報で、次の処方に生かせられる。ところが最初の2週間で効果を感じることが出来なかった人の多くは、漢方薬は効かないものと判断して薬を飲むことを断ち切ってしまう。処方など無限にあるのだから、可能性を探し続けるのが僕らの仕事なのだが、そのチャンスを奪われてしまう。これは現代医療の現場でも同じことがなされている。病院でもらった薬が効かないからと、安易に他の病院を点々とする。同じ治療を何カ所かで受けて効かない効かないと不満を言っている。医師もきっと2の手3の手を用意しているはずなのだが、そのチャンスを奪ってしまう。 
この男性も現代医学から漢方へ、漢方から現代医学へ、そして又漢方薬へと漂流している。どうして僕は二者択一なのか不思議でならない。現代医学の切れ味鋭い処方に、漢方薬の自然治癒力を増す処方を重ねればどれだけ体調の悪化を防げていただろうと残念でならない。
 我が家はいわゆる商売っぽいことをしない。経済を追求しなければ薬局はすこぶる楽しい仕事だから、そこまでしなくてもと家族全員が思っている。だから去る人を引き留めるようなことは絶対にしないが、今日の男性のようなケースを見たりすると、少し声をかけていれば良かったと悔やまれる。
 生薬の高騰がこうしたケースを自ずと増やしていくのだろうなと、あの国の経済成長をこれ又恨めしく思う。


2013年02月18日(Mon)▲ページの先頭へ
舞台
 舞台俳優や落語家などが良く口に出すせりふに「舞台で死ねたら本望」と言うのがある。自分の仕事に対する意気込みを表現した言葉なのだろうが、実際にそうした人をあまり見たことがない。意気込み倒れで、病院に長期入院してマスコミによって世間に晒されている方が圧倒的だ。あの時の意気込みはどうなったのと言いたくなるが、本人も回りもそんなことは忘れているし、元々考えてもいなかったことかもしれない。
人の数の割合からしたら当然かもしれないが、寧ろ一般の人の方がそうした自分の舞台で倒れる人の方が多い。そこは畑や船の上や工場かもしれないが、働きながらそのまま逝く人がいる。気をつけていないからなどと噂されるが、俳優などでも出来ないことをやってのけるのだから、大したものだ。日常に自分で幕を下ろしてしまうのだから潔いし、後腐れがない。なるほど俳優や芸人ほど注目された人生ではないが、己にとっては毎日が舞台だったはずだ。喝采も声援もなかったかもしれないが、一人で演じ続けた場所だ。人生の全てだった場所だ。そこで生を終える名演技を芸人などに独占させる必要はない。
 色々な健康法があるが、薬局の中で何十年も人を観察して思うことは、働き続けて世間との接触を断たないことが、後半の人生を健康的に過ごすことが出来る大きな条件だと思う。出来れば職業的に世間の役に立てること、それが無理なら無報酬でも世間の役に立つことが、心身の健康にとって重要だと思っている。健康的に生きることを目的にするのではなく、社会生活をそれも経済的な自立を目指した生活を送ることを目標にした方がいい。誰にでもあったはずの舞台にいつまでも立つ方がいいのではないかと思う。
 僕ら庶民が、降りように降りられない舞台で踏ん張っているのは、あながち不幸とは言えないのかもしれない。


2013年02月17日(Sun)▲ページの先頭へ
闇雲
 もし僕の性格を単語で現すと「闇雲」かもしれない。意外に思ってくださる人の良い方も多いかもしれないが、自分で言うのだから間違いない。嘗ての受験勉強などその典型で、やたら問題を解いていただけで、戦略とやらは全くなかった。偶然同じ種類の問題が出ればラッキーくらいなもので、そんなラッキーはあるはずないから、実力どおりの所に結局は収まった。そして凝りもせず何十年後の今日も又闇雲を地で行った。
 来週広島のカトリック教会にかの国の女性を3人連れていく約束をしているが、運悪く僕の勉強会は今日だった。2週連続で広島に行かなければならないが、その運の悪さを逆手にとって、教会を探しておこうと思った。今年国に帰る子が二人含まれているので、彼女らの希望を叶えて、原爆ドームと宮島観光を兼ねようと思っているが、昼の教会のミサを挟んでその様な日程が可能かどうか、実地で少し調べておこうと思った。結構時間にルーズな彼女たちが、果たして○○○○人が沢山集まってするかの国の人達だけのためのミサの後、すんなりと行動をとってくれるか心配なのだが、その心配を穴埋め出来るように教会から広島駅までの最短コースを調べておこうと思ったのだ。
 もっともその教会を知らないのだから、駅から逆を辿って教会に行ってみることにした。駅を出て右に行って、橋を渡ればすぐというのがインターネットで調べた僕の頭の中のコースだ。丁度漢方の勉強会の会場がその途中だったので、僕の頭の中では5分も歩けば見つけられる計算だった。勉強会が終わって意気揚々と歩き始めた。するといつか通った記憶があるところだった。数年前までそれこそ25年くらい、案内があれば可能な限り勉強会に参加していた。勉強会オタクの僕の唯一の楽しみは、勉強会が終わってからの闇雲に歩き回る時間だった。参考になる薬局を当初探し回ったけれど、いずれその様なものは何処にもないことが分かり、ただ知らない街を彷徨うだけになっていったが、何も考えずにひたすら歩き回るのはとても楽しかった。だから今日歩いてみて、所々記憶が蘇る場所があったが、いつ?と何故?がどうしても思い出せなかった。やはり何も考えずに歩き回ったところなのだろう。だから思い出したのは建物ではなく、小さな公園の碑であったり、つながれている船だったりした。
 今日の闇雲も随分と高くついた。結局予想の5分を10倍以上費やしてやっとたどり着いた。教会と言ってもさすが都会で、他に大きなものが2つ近くにあった。教えてくれた人達にはどれも同じように見えるのだろう、自信を持って教えてくれたが、その自信ありげがなんとも今になっては恨めしい。嘗ての僕の動物的な勘は今や植物状態だから一番あてにならなかったし、地元の人が意外に無関心だたりして、闇雲に輪をかけてくれた。ただそんな闇雲にも得るものは沢山あり、いやその得るものがあるから闇雲を止めれないのだが、道すがら、よく耳にする大学を見ることが出来た。広島国際大学と広島女学院だったと思う。駅から近く便利なところにあることが意外だった。
 夜のウォーキングがいらないくらい歩いたから結構疲れた。ただ来週の日曜日の行動は今日くらいではすまないだろう。たった一日の小旅行のために鍛えておかなければならないくらい体力には自信がない。やはり1日中口の回りの小さな筋肉を動かしているくらいが僕には丁度いいのかもしれない。


2013年02月16日(Sat)▲ページの先頭へ
寒霞渓
 小豆島は牛窓の前島越しに見える。大きな島だから、はるか彼方にあるのに前島に覆い被さっているように見える。牛窓からだと船を持っている人は直通だろうが、僕らはまず車で岡山港まで30分以上かけていき、そこからフェリーに乗って70分の旅になる。結構遠いのだ。今日、その逆を通ってある家族が訪ねてきてくれた。何度か会ったことはあるが基本は電話相談で、独特の話し方の印象深い女性とその家族だ。
最近「動かず」の僕でもさすがにかの国の女性達を連れていってあげられる所のネタがつきかけて、ちょっと珍しそうなところから来た人には穴場を尋ねる癖がある。今日訪ねてきてくれた人なんか最高のターゲットだ。小豆島と言えば僕らより上の世代の人には「24の瞳」と言う映画が強烈に印象に残っているから、人も景色も素朴で素敵な島なのだ。そして寒霞渓という有名な山があり、一番の観光スポットだと理解している。
 そこで夫婦に「寒霞渓っていいところ?何があるの?」とワクワクして尋ねた。これで又かの国の若い女性達を楽しませてあげられると思ったのだ。 すると二人は一瞬言葉を呑み込んでから、ご主人の方が「ただの山」と答えた。これには参った。期待が雪崩のように滑り落ちた。でもその単純明快な言葉が意外と僕に有名な観光名所をイメージさせた。頭の中に景色が一瞬のうちに浮かんだのだ。正しいのか、似ても似つかないのか分からないが、とにかく景色が浮かんだ。
さすがに僕の落胆ぶりをフォローしようとしてくれたのか「寒霞渓は紅葉の時だけ綺麗いで、後の季節はただの山」と教えてくれた。余程ただの山を強調したかったのか、照れか知らないが、地元の人ならではの評価にとても信頼感があった。それに輪をかけたような「クジャク館もあったけど、今は閉まっている。見に来る人がいないから」と言う奥さんの地元紹介も信頼感の塊だ。一部の都市だけが富や繁栄を謳歌しているこの国で、人情だけを頼りに暮らす人達が此処彼処でしなやかに織りなす連帯が嬉しい。


2013年02月15日(Fri)▲ページの先頭へ
 恐らく僕が小学生か、ひょっとしたらそれ以前だったかもしれないから、江戸時代だと思うが、いや安土桃山時代かな、三橋三智也という歌手がいて、「鳶がひゅるると輪を描いた・・・」と歌っていた。我ながら良く覚えていると思うが、幼心に歌詞が余程印象的だったのだろう。まさにその歌詞の通りの光景を昨日の朝目撃した。
テニスコートの中を周回していて、何かいつもと違う鳥の動きを感じた。カラスの鳴き声がけたたましかったのに加えて、カラスを少し大きくしたような鳥が羽ばたきもせず悠々と風に乗っていた。例えばカラスにしてもサギにしても、懸命に羽ばたきをしてある方向を目指して飛んでいるものなのだが、その鳥は羽ばたきをせず大きく輪を描きながら次第に上昇していった。その優雅さに僕は目を奪われ、例えば歩く場所によっては後ろ向きになって見失う恐れがあったから、後ずさりしながら歩いたりした。
その鳥はいったん上昇した後、ゆっくりと又輪を描きながらテニスコートすれすれまで降りてきた。人間とこんなに接近することをいとわないのかと驚いたが、近くで見られたことが嬉しかった。獲物でも見つけたのかと思いその瞬間を待っていたが、結局地面に降りることはしなかった。そして又例の、上昇気流を大きく広げた羽で掴んでの旋回を始めて、どんどん高いところまで上っていった。一体どのくらいの高さまで上がっていくのかと思い見続けていたが、結局は見えなくなった。とんでもない高さまで飛ぶことが出来るのだと感心した。
実はもう一つ嬉しいことがあった。鳶を目で追っている間に、近くでちゅんちゅんと懐かしい鳴き声が頻繁にしていた。気がつけば何ヶ月も見なかったすずめたちが帰ってきていたのだ。それも何故か丸々太って。日本中でスズメが減っていると聞いていたし、実際に会うことが少なかったので心配していたが、結構沢山の集団で遊んでいた。
 別に鳥に興味があるわけではないが、遭遇すれば自然の象徴みたいな姿にほっとする。人間は自分たちが作り出した不自然な環境に今逆襲されている。不細工な生き様を晒している人間どもが彼らにはどう映っているだろう。


2013年02月14日(Thu)▲ページの先頭へ
土産
 とんでもない事件が報じられた夜に本来は書こうとしていた内容だ。ただ余りにもタイミングが悪すぎて躊躇っていた。
あの事件の前の日に、二人の女性がお土産を手に、旅行に行くことが出来た礼を言いに来た。旅行に行けただけでお礼に来るのも大袈裟だと感じる人も多いだろうが、二人にとっては快挙なのだ。姑や舅との確執が強いある町に住む二人は、御多分に漏れずその渦中にいた。性格的に勝つことが出来ない二人は、心ばかりか体まで傷めていた。そう言った症状に僕の漢方薬が貢献できたから、二人はご主人と共に海外旅行に出かけた。行く間際まで心配していたが、お土産話に話を咲かせる二人は幸せ一杯の表情で、又自信もつけて帰ってきてくれた。
二人が帰って2日目に例の事件が起きたのだから、危ないところだった。恐らくあの繁華街も散策したに違いないし、夜が更けるまで楽しんだと言うから、どこから見ても日本人という二人に災難が襲っていた可能性はある。ただ、現地の風光明媚な景色を壊さないように、水着にだけはならないように、折角美しいものを見に来ている人達に醜いものは見せないようにだけは何度も繰り返し言っていたから、大通りを闊歩するようなことはなかったと思うのだが。
 さすがベテラン母さんらしく、僕のいつもの服装をよく観察してくれていて、お土産はチョコレートとTシャツだった。チョコレートは漢方薬が出来るのを待ってくれる人達にも食べて頂いて、とても喜ばれた。Tシャツは、年中僕の必需品だから有り難い。とくに新しいのを着るなんて数年に一度だから、何となく照れくさい。ただ、アメリカ人に合わせているのか、柄は派手だし、とにかく大きい。これでL寸かと思うくらいだが、ほとんど日本人にはLLだ。こぼれんばかりの笑顔で楽しそうに土産話をしてくれた彼女たちの想い出も又僕にはLLに思えた。


2013年02月13日(Wed)▲ページの先頭へ
舞台
 宮城道雄という名を知ったのは中学校の音楽の授業でだろう。間違っているかもしれないが「春の海」と言う琴の為の曲を作った人だと思う。何十年前の記憶だから全く定かではない。
そんな名前を意外な人から聞いた。来週と再来週、続けて広島に行かなければならないが、その時に訪ねる施設への行き方を、偶然漢方薬の注文で電話をくれた広島在住の女性に尋ねた。するとその施設の隣の音楽大学へ通っていたらしいのだ。残念ながら過敏性腸症候群で中退したらしいが、音楽だけは続けていて、今度岡山で行われるコンサートに出演するらしい。専門がなんと古式ゆかしい琴で、マニアックな上、岡山に知り合いがいないから有料の入場券を無料で10枚送るというのだ。
今ではかなり過敏性腸症候群を克服してくれているから、舞台に立てるが、以前なら恐らく躊躇っていただろう。学生時代に僕を知っていてくれたらきっと卒業してもらえたと思うが、過去を振り返っても仕方ない。寧ろ県外の舞台に立てる彼女を喜んであげればいい。
 会場が大きなホールだから、どの人が彼女か分からないが、是非聴きに行こうと思う。花束を持って会いに行く柄でもないし、札束を持って会いに行くほど経済的に恵まれてもいないし、どうも勝手が分からない。和服姿で恐らく演奏するだろうから、聴き手もやはり紋付き袴か。
 これが完治への大舞台になることを祈っている。


2013年02月12日(Tue)▲ページの先頭へ
刺身
 4月に、3年間働いたかの国の女の子が一人帰国する。岡山の街を歩いている時に突然「サシミ オミヤゲ カッテカエッテモイイデスカ?」と僕に尋ねた。ほとんどの日本食を食べることが出来るようになったが、刺身だけはまだ駄目な彼女が珍しいことを言うなと思ったら、お父さんのお土産に持って帰ってあげたいらしい。「オトウサン サシミ ダイスキ」らしい。かの国で刺身を食べる習慣はないと思うのだが、何処かで食べたことがあるのだろう。ただ、ざっと計算しても、刺身を買ってからお父さんの口に入るまで20時間近くかかる。素人の僕でもちょっと不安だ。「日本人 刺身 買ったら すぐ食べる」と教えてあげてもすぐには受け入れられなくて、何度も首を傾げていた。僕の言ったことに根拠がないから、それ故説得力もないから、高島屋の鮮魚売り場の方に聞いてみた。すると簡単に「それはあり得ないでしょう」と一刀両断に切って捨てられた。それで彼女もやっと納得してくれた。
 落胆している彼女に「○○○○では刺身は売っていないの?」と尋ねると「ウッテル」と答えるが「カウ」とは答えない。不思議そうに次の言葉を待っていたら「タカイ」と又顔をしかめた。「日本料理店で食べればいいじゃないの」と僕は追い打ちをかけるようについ軽率なことを言ってしまった。もっと高いに決まっている。
 こちらに暮らしていれば、刺身など簡単に買えてしまう。今夜も僕は298円と値段がついている刺身を食べた。ところが向こうではこれの10数倍はすると思う。いや普及していない分、もっと高価なものだろう。一皿がひょっとしたら月給の3分の一くらいの値段かもしれない。いい加減なことは言えないが、かの国で刺身を買うという選択はまずないと見た。日本人に比べればきつい仕事をしていても、それが何ら苦にならないくらいの収入を得る手段を4月から失う不安をきっと心の中に隠している。一度母国に帰ればなかなか日本に再び来るのは困難らしいから、国の人に比べればかなり豊かな生活を送った3年間の終焉を受け入れるのに苦しんでいる。時折見せる寂しそうな表情が物語っている。「オトウサン オカアサン オカネナイデスカラ」後部座席で一人つぶやいたあの日の光景を思い出す。
 仕送りを続けた心優しい青年の力になってあげられないのが口惜しい。


2013年02月11日(Mon)▲ページの先頭へ
通行手形
 今日は怪我人が良く来た日だった。つい後回しになる事務仕事を片づけるために、1日中薬局にいなければならなかったからシャッターを開けて仕事をしていた。寒いから体が固くて怪我をしやすかったのか、逆に少し暖かくなりそうな気配だったから、活動的になってしまったのかどちらかだろうが、今思い出すと全員が旅行客だった。
僕より少し若い位なのに半ズボン姿で入ってきた。どこから来たのか知らないが、自転車で転んで膝をすりむいていた。自転車みたいな黙々とする運動が好きな人はえてして真面目な人が多い。バンドエイドを買いに入ってきたのだが「良く怪我をしてくれました」と言っても全く受けなかった。このギャグで笑わない人はあまり経験がない。
母娘で入ってきた二人は緊張した顔だった。犬に2箇所噛まれて、少し傷口が見えるが内出血のほうが痛々しい。消毒薬と湿布薬を出したが、何となく僕は飼い犬にやられたような気がしたから「飼い犬に噛まれたのではないの?」と尋ねてみた。すると大阪からやって来たというお母さんが「そうなんです、恥ずかしいけれど飼い犬なんです」と答えた。僕は「そう言う諺がありますね」と軽く言うと、その言葉が二人の緊張を解いてくれた。噛まれたお嬢さんも素敵な笑顔で礼を言いながら帰っていった。
 お母さんがバンドエイドの大きなのを買いに来たが、手にしながら何か迷っていた。傷の様子を聞いて、特殊な大きな傷当てパットを紹介したら納得していた。なんでも男の子が堤防で転んで膝を広範囲にすりむいているらしい。日曜日なのに薬局が開いていて助かったと礼を言われたから「今日は誰かが堤防で転んで薬を取りに来そうだったから特別開けていた」と言ったら結構受けたが、お母さんが薬局から出ていくときに出た安堵の言葉の方が数段面白かった。「海に落ちなくて良かった」
 畑帰りか、宅配便の下請けかというような小型の古いワンボックスカーが道路の向こう側の駐車場に止まった。遠慮気味に止めたから薬局の駐車場とは思わなかったらしい。降りてきた青年は顔から腕から足から出血していた。深く傷ついている感じはしなくて、やはりすりむいたところが圧倒的だったが、びっこをひいている。必要な薬を出そうと問診をしている間、震えている。よく聞くと、つい今し方「何か」があったらしくて、足の指が折れているのではないかと思うと言う。おまけにやたら出血する口の当たりをのぞき込むと「歯が折れた」と言う。この時点で僕の出来る範囲を超えていることが分かったから、以前息子が勤めていた総合病院に電話した。ただ歯科は休日はやっていなくて、岡山市の休日診療の当番医を教えて貰った。そちらに連絡すると午後3時までですとテープが流れるだけだった。しょうがないから歯科は諦めてせめて怪しい足だけでもしっかり診察させてやろうと、瀬戸内市民病院に電話した。すると運良く外科の先生がいて診てくれることになった。その手配をしている間に運転していた若者も薬局に入ってきた。なんでも鹿児島にあの小さな車で行っていたらしい。大阪に帰る前に何故か牛窓に寄ってみようと言うことになって寄ったのが運の尽きだった。20歳前後に見えるから、又貧相な車で13時間ぶっ通しで鹿児島まで運転したというから恐らく学生だろうが、生粋の大阪弁ではなかったから地方から大阪の大学に行っているのだろう。「良かったね、あの世に寄り道するところだったね」と言うと、どうやらまだまだ大阪人としては未熟で、ボケでは返してこなかった。ただ本ボケかと思うような大受けがその後にあった。病院まで車で先導してあげるという妻が自分の車に行こうとしたら「その前に牛窓を観光してもいいですか」だって。とどめを刺してやろうか。
こんな感じで毎日仕事をしている。知らぬ人は一体どんな薬局かと思うだろうがこのスタイルを変えるつもりはない。調剤もし、OTCも販売し、漢方薬を作るという今では化石みたいな薬局形態だが、このバランスがとても楽しい。医者の方だけ、経済の方だけ見ていればいいのなら、後の二つはやめた方がいいのかもしれないが、それでは面白くない。利用してくれる人と何の隠し事もなく心を交通できるのは後の二つなのだから。緊張を強いられてなんとか生きている現代人が、病気と真剣に向き合っても治るはずがない。まるで冗談のように向き合ってこそ 、交換神経は緩み血液は循環し傷は修復されると思う。
一つ忘れていた。歯を折って震えていた青年に妻が「救急車を呼ぼうか」と提案したら彼は拒否しなかった。むしろ「一度救急車に乗ってみたい気もします」と言った。あれは結構本心だったかもしれないが、僕が友人の車で行くように言った。もしあれが大阪人になる通行手形だったら、とどめを刺してやろうか。


2013年02月10日(Sun)▲ページの先頭へ
高島屋
 間違えないようにしっかりと記憶に留めたつもりなのだが、余りにも僕の価値観と違うので間違ったことを書くかもしれない。
高島屋で僕が買い物をすることはまずない。高島屋でしか買えないものは僕には必要ないからだ。今日も僕の用事で行ったのではない。かの国の女性が国の友人に資生堂のクリームを送るから足代わりでついて行っただけだ。資生堂はさすがで、向こうの国の人にとっては最高級ブランドなのだ。普通の人はまず買えないような値段のものを送ってくれと言うだけあって、友人はかなりの高給取りらしい。僕も驚くような値段のクリームを二つ買った。
 と言うわけで化粧品のことを書きたかったのではない。その後地下の食品売り場に「見るだけ」の為に降りていったのだが、まさに見るだけで終わった食べ物が1つあった。美味しそうでも、高そうでも、高級そうでも、珍しそうでも僕はほとんど興味をひかれない。ただ何の気なしに魚売り場を覗いていて、小さなトレイの中に収まっていた一つの貝に目が止まった。日本人の多くは貝を好きだと思うが、御多分に漏れず僕も好きで、その生身の大きさにまず目を奪われ、10数センチあったと思う、その次にたった一つの貝のためについている値段に目を奪われたのだ。3380円だった。これはかなり意識して覚えたから間違っていないと思う。なるほど巨大な貝だが、値段も巨大だ。ほとんど買い物をしない僕が相場とか比較できる対象を知らないからかもしれないが、何かのフルコースが食べれそうな値段だ。たった1個の貝くらい、2分もあれば食べてしまう。2分で3380円かと下種な計算をする。こんなものが売れるのがさすが高島屋と思ったが、こんなに高い物を買って、味付けに失敗したりしたら目も当てれないなと、これ又下層階級の心配をする。上流階級の人は料理も上手だから、そんな懸念はないのだろう。
ただ驚くだけでなく嬉しい発見もした。そのアワビの産地が岡山県だったのだ。何故かその様な美味しいものは、東北や北海道を想像するのだが、嬉しいことに地元だった。漁師に何割が入るのか知らないが、多くの収入があればいいなと、途端に地元ひいきになる。朝早くから寒い中を出ていく彼らの仕事ぶりを良く知っているから、つい応援したくなる。北の海の物をあれ以来僕は口にせず、我が瀬戸内海の物を中心に食べているが、でもこれは高すぎて手が、いや口が出ない。
今日も足代わりで1日が終わったが、職業以外で少しだけでも人様の役に立てるのは嬉しいものだ。


2013年02月09日(Sat)▲ページの先頭へ
零細
 「わざわざ、○○町から来たんよ」と恩着せがましく言われる程の距離ではない。北海道から訪ねてくれる人があるくらいだから僕はそのくらいの距離では驚かないし恩にもきない。さすがに昔は遠いイメージをもっていたが、今は合併して同じ市になっていて、車で20分もあれば来れる。
シップ薬を買いに来たらしいが、会話が成り立たない。シップが効かないと言いながらシップをくれと言うが、それが僕に言っているのか、独り言か分からないのだ。付き添ってきた女性でも僕より年上に見えそうだから、恐らく80歳をかなり過ぎているように見える。それでも僕は気を取り直して、いつものように容体を尋ねた。すると内科で貰っているシップが全く効かないとか、○○と言うドラッグストアで買っているシップが全く効かないなどと、尋ねていることに答えることが出来ない。シップなど何処で貰っても同じようなものだから、敢えて今日僕が又シップを出す理由はない。何処が痛いのと質問方法を変えてみたら、腰から下を順繰りに色々押さえながら教えてくれた。「お姉さん、ここの人は違うよ」と付き添ってきた女性が老婆に言った。どういう関係か知らないが恐らく親類なのだろう。老婆の訴える痛い場所に特徴があるので「100メートルくらいは歩けますか?」と尋ねると僕の予想の通り30メートルが限度だと言う。そこで又付き添っている女性が「お姉さん、ここの人は違うよ」と言った。「足の甲までひょっとしたら激痛が走るのではないの?」と重ねて尋ねると「そうなんよ、いくら先生に言ってもシップと痛み止めをくれるだけで全然効かんのじゃ」と段々答えがまともになってきた。するとまた女性が「ここの人は全然違うよ」と言った。
 症状から推測すると脊椎間狭窄症だろう。年齢が年齢だから、かかっているという内科の先生もまともに相手をしてくれていないのだろう。余りにも痛そうなので漢方薬で少し改善できるかもしれないから、又その気になったら訪ねて来るように言った。すると老婆が電話番号を教えてくれと言うから、残っていた新聞折り込みのチラシを渡した。するとそれをカウンターまで取りに来た女性が見て「あれ、ここがあのヤマト薬局」と大きな声をあげた。「お姉さん、このチラシよく見るじゃろう」と老婆に見せると、老婆もよく見ていたみたいで驚いていた。
どうも話の内容からわざわざ来たようにはない。ほとんど通りがかりのように思えるがそんなことはどうでもいい。僕にとっては、又若夫婦にとってもごく当たり前の接客が「ここは違うよ」と思われるようではいわゆるOTCの世界は終わっている。多くの国民が恐らくろくでもないような薬の選択を強いられているのだ。悲しいかなそれが違法でもなんでもなく寧ろそちらの方があまりにも規模が大きすぎてまるで優れているように見えてしまう。本当は「ここは違うよ」ではなく「業界全体が違うよ」だと思うのだが、なにぶん当方は零細すぎる。


2013年02月08日(Fri)▲ページの先頭へ
居場所
 あるお母さんと話をしていて次のような数式を思いついた。「情報の質×量」
 僕らの時代の子供と現代の子供の知識を比べてどうなのだろうと質問をされた時のことだ。その種のことに関して何ら予備知識も、と言うより興味もなかったから、正面切って問われたときに答えに窮したが、日頃多くの青年から来るメールを読んでいる経験からその様な式を思いついた。
 容易に想像がつくのは、インターネットで検索できる膨大な情報とその安易さによる劣悪な質だ。対する僕らの時代は、もっと遡った時代も同じだと思うが、情報は活字しかなかった。勿論テレビやラジオも幾分かはその役目を果たしていたが、所詮娯楽でしかなく、情報源という取り方はしていなかったと思う。情報と言ってもうわべのハウツーではなく、思想書や哲学もどきなどを好んで読んでいたから、結構原則論の理解に励んでいた。すぐに何かの役に立つという実利的なものではなかったが、貧弱でも本質に迫る姿勢を知らず知らずのうちに訓練していたと思う。
 さてその情報の質×量の積が、現代と僕らの時代でどちらが大きいかが問題になるが、それは生き様で証明するしかない。個々の事例を比較しても仕方ない。戦争を止められなかった世代が、高度成長を担った世代よりましのようには思えないし、高度成長を担った世代が、原発を止められなかった世代よりましだとも思えないし、原発を再稼働させた世代が、生まれた時から窒息しそうな萎縮した社会で生きていかなければならない世代よりましだとは思わない。
脱落、放棄、逃亡、自虐、孤立・・・なんて優しい言葉達だろう。そこかしこで見られる現代の若者の居場所達だ。


2013年02月07日(Thu)▲ページの先頭へ
身の毛がよだつ
 身の毛もよだつような恐ろしい話を、どこにでもいるような謙遜で働き者の女性から3連発で聞いた。毎週、お母さんと一緒に漢方薬を取りに来て、ずっとお母さんに付き添ってくれている女性で、母思いの姿がごく自然に溢れ出ていて、とても好感が持てる女性だ。何かの切っ掛けで淡々と笑顔を交えながら話し出したのだが、その内容が世にも恐ろしい話なのだ。正確に書こうとして夕方の会話を思い出そうとするが、それだけで身の毛がよだちそうだ。
数年前、母方の祖母が、岡山市のある横断歩道を渡っていて車にはねられて死亡した。亡骸が家に連れて帰られたが、魂が帰っていなかったので、女性は車を運転してその現場に行き「おばあさん一緒に帰ろうな」と名前を呼んだらしい。すると一瞬のうちに体が重くなり、帰宅して亡骸に向かって「おばあさん帰ってきたよ」と言うと、これ又一瞬にして体が軽くなったらしい。
 これも10年くらい前の話。一緒に暮らしていた祖父が亡くなった。葬式の日、女性はふと屋根を見上げた。すると死んだおじいさんが屋根の上で下を見ていたそうだ。おじいさんは何を見ていたのと僕が尋ねると、「自分の葬式を不思議そうに見ていた」と教えてくれた。
 これは数年前のこと。職場の食堂である中年男性が腰掛けていた。その男性は遠くの病院に入院中だった。病院にいるはずで牛窓にいるはずがない。次の日男性が亡くなったと連絡があった。その時男性に話しかけなかったのと僕が尋ねると、「その人はとても自然な様子でそこに腰掛けていたから、別に何の不思議も感じなかった」と教えてくれた。
 まだ同じような体験があるのと尋ねると、まだまだ沢山あるそうだ。決して冗談や嘘を言う人ではなくて、この話題自身母親から出てきたもので、お嬢さんは最初躊躇っていたが、僕とのもう10年以上患者としてのつき合いがあるから、上記の体験を話してくれた。僕は非科学的なことは一切信じないが、彼女を信じる。彼女が体験したことを信じる。嘘偽りなく教えてくれたことを信じる。
この辺りではその様な霊感がある女性を「拝み手」と言い、色々なことを拝んで貰って判断の参考にする風習がある。職業として成り立っていて、遠くから参拝する人が多い。ただその人達のほとんどは亡くなっているから、後継者がいない。そこで僕は「開業したら?」と提案した。笑いながら「そんなつもりはないです」と言ったが、珍しい才能を生かさない手はない。「産業が乏しい町だから何でも起業しなければ」と提案したが、勿論その気は全くない。霊感など全くない僕は拝み手になれそうにはないが、この卑屈な揉み手なら何かに生かせそうだ。


2013年02月06日(Wed)▲ページの先頭へ
興ざめ
 出た、ついに出た。と言ってもロト6の当たりが出たのではない。僕が何度も繰り返し言っているように、いずれ漢方薬は金持ちしか飲めなくなると言う話を先取りしているような事例だ。大手の漢方問屋のセールスが教えてくれたのだから嘘ではないだろう。若干の尾ひれを差し引いても凄いから、こうして紹介する価値はある。
 花の都大東京のあるお医者さんは、診察をして漢方薬を1ヶ月分持って帰ったら実費で23万円だそうだ。保険診療ではなく実費だから腕に自信は相当あるのだろうが、23万円はそれにしても凄い。診察代や検査代がどのくらいかかるのか知らないが、それらを差し引いてもかなりの部分が漢方薬代と言うことになるのではないか。毎日漢方薬を扱っている僕からすると、一体どんな高貴な薬を使えばそんな金額になるのか想像もつかないが、それでも患者がやってくるのだから、東京人の所得の高さに驚く。高くても効けばいいと時に言ってくださる人も僕の薬局にもいるが、高くてものそもそもの値段が違う。丁度一桁は違うと思う。僕らの経済感覚から言うと、「高くても効く薬」を飲めないのだったら、安くても運が良ければ効く薬を飲むだろう。たかだか漢方薬のために首はくくれないから。 もう一つの凄いは、漢方薬を持って帰ろうが帰らまいが、相談すれば1万円というシステムだ。これは薬局でも採用しているところがあると言うから、それも又真似の出来ないことだ。田舎なんかでそんなことをしたら、町から追い出される。何でも教え合い、支え合って生活するのが当たり前だから、立ち話でもすむようなことにお金を要求でもしたら、代々呪われる。まるで八つ墓村だ。
 いくらきれい事を並べられても、最後は札束を要求されれば興ざめだ。それでも尚敬意を払ってお供えをするのは、やはり都会の人の収入の高さだろうか。それはそうかもしれない、都会人に似合うのは興ざめではなく、あの高価なチョウザメだから。


2013年02月05日(Tue)▲ページの先頭へ
愛好家
 不思議な経験をした。
 朝の7時過ぎに電話があるから何か急病かと思ったら、爪を強くする塗り薬がありますかという内容だった。なんでも爪が薄くなって仕事に差し障るらしい。僕の価値観から言うと緊急を要するようなものではないと思うのだが、本人にとっては今日の仕事が問題なのだろう。そうした商品を僕は知らないから「マニキュアでも塗ったら」と提案すると本人はすでに塗っていた。なんでもそれを標榜した商品があるらしいが、僕の薬局では扱いもないし、そもそも初耳だった。申し訳ないが扱っていないと答えると、それではバンドエイドを売ってくださいという、なんとも落差のある解決を見た。シャッターを半開きにして待っている間に、その人の言うマニキュアのようなものをインターネットで調べてみた。するとその人の言ったような商品が沢山でてきた。いくつもの会社から発売されているみたいだった。もっとも僕が知っているような製薬メーカーではなく、ほとんど異業種と言っていいと思う。
 不思議な経験とは、次から次にページを開いて画面のマニキュアを見ているときに、あの香しいシンナーの香りがしてきたのだ。香りだなんて書くとほとんど例の愛好家のように見えるかもしれないから、シンナーの臭いと書いた方が無難かもしれないが・・・いや結構僕はシンナーの香りが好きだからやはり香りと書こう。例の香ばしい香りがしてきたのだ。香りはどこからともなく・・・と書くと小説になるが、明らかに画面のマニキュアのボトルからしてきた。当然そんなはずはないから何回かクンクンと画面に鼻を近づけて臭ってみたが当然それで匂いが強くなるはずがない。画面から鼻を離してもかすかにシンナーの香りがする。その間1分くらいの出来事だったかもしれないが、明らかに僕はその短い時間シンナーの香りをかぎ続けていた。
あの鮮やかなマニキュアのボトルの絵を見続けたせいだと冷静に考えれば理屈は分かるが、これと同じことが、過敏性腸症候群のがす漏れタイプの人は毎日、それも四六時中起こっているのだと思った。多くのがす漏れの方の漢方薬を作ってきたが、そして10数年くらい前は、そんなことはあり得ないと声高に言っていたが、今は敢えてその事には言及しない。人間だからこその悩みを否定しても何ら解決しないことが分かったから。嘗て、落としたはずの腕が痛む病気(幻肢痛)を漢方薬で改善することが出来て、その処方を応用した漢方薬で肝っ玉をつければ治ることを多く経験してからは、焦らずに漢方薬を飲んで回復を待っていれば完治することが分かった。
 画面から香るシンナーもがす漏れも、所詮人間だからのことなのだ。首から上が異様に発達したおかげなのだ。その発達をもっと他の生産的な行為に使って欲しいと思う。繊細な心の持ち主にしか作れないものはいっぱいあると思うから。


2013年02月04日(Mon)▲ページの先頭へ
暴走
房総のあなたに
 さすが東京近郊ですね。色々な出し物があるのですね。笑いは大切です。僕などあの笑ったとき弛緩状態を如何に漢方薬で作り出すかをずっと考えて仕事をしています。緩めば過敏性腸症候群は勿論、現代人のトラブルなどほとんど治ってしまいます。緊張が作り出しているトラブルばかりですから。
 都会には教えて下さったような楽しみが沢山ありますが、僕の町など有名人による興業のようなことはほとんどありません。しかし、有り難いことに、住民それ自体が芸人のようでもあるのです。別に関西の影響を受けているわけではないのでしょうが、漁師の血をひく人が多いから、物事を真っすぐに直接的に表現しない人が多いのでしょう。そうした人のおかげで一日中笑わせて貰っています。だから熱心に働いている都会の人より良く笑っているかもしれませんよ。
 とくに僕の薬局なんか深刻な人にも深刻そうに話しませんから、結構笑いが溢れていますよ。深刻そうに話しでもしたら薬代が上がってしまうので、まるでどこにでもあるトラブルのように話します。洋服の青山を着て、北欧の家具の前に腰掛けて、「どうされました?」なんて言いわれるといくら薬代がいるのか心配になってきますよね。やはり漢方薬は、誰もが気楽に飲めるように、ユニクロを着て、アイリスオーヤマの前に腰掛けて「どねんしたんでぇ?」ででないといけませんね。
 牛窓も今朝まで暖かかったですが、さっき外に出たら結構寒かったです。少し暖かい目をさせて貰ったから又気を引き締めて、いやこれがいけないんですね、どうしてこの国の人間は引き締める方にばっかり頑張るのでしょうね。ますます緊張を解いて、人生を楽しみましょう。とくに貴女は若いのですから。
                            暴走のヤマト薬局より


2013年02月03日(Sun)▲ページの先頭へ
定番
 僕にとって赤穂市は第九の街だ。昔、子供会を引率して海浜公園という施設に行ったことはあるが、それ以外は第九を聴くためだけの街だ。恐らく車で駆け抜ければ10分もあれば中心街は抜けられるのではないかと言うくらいの小都市だが、その小ささがなんとも言えぬいい。1度か2度訪ねれば、もうほとんど征服したようなものだ。ほとんど自由に行動できる。
 牛窓から車で1時間くらいの距離で、兵庫県に入ってから初めてのそれなりの街と言うところだろう。そこからわざわざヤマト薬局特製の紫雲膏を取りに来てくれた女性がいた。この距離を来てくれたことも嬉しかったが、お楽しみのコースを一つ教えてくれた。地元の人だからこその情報だと思うが、いずれ訪ねることがかなうかかなわないかは別にして楽しそうに話してくれたのがとても印象的だった。職業柄多くの人と話をし、最近は県外、それこそ日本中の人と話やメールをすることが多いが、意外と我が町やわが県のお楽しみスポットを知らないのだ。自分の土地や県については謙遜かもしれないが、「これと言うところはない」と言う定番の答えが返ってくることが多い。よそ者からしたら考えられないような答えだが、意外と住むだけの街、買い物だけの街も多いのかもしれない。
御多分に漏れず僕も自分の町のことを尋ねられると同じ答えを返すかもしれないが、来訪者曰く「心が安まる風景」らしい。何処か特別なスポットがあるわけではないが、全体の醸し出す雰囲気が温暖な気候の助けを借りてそう言わしめるのかもしれない。照れや謙遜や自嘲をミックスして、うつむき加減で僕はその言葉を聞いているが。


2013年02月02日(Sat)▲ページの先頭へ
共犯者
 お世話になている税理士の先生がふとこぼした言葉が気になる。全く分野が違うから根拠は分からないが、何かその道のプロだからこそ感じるものがあるのだろう。
「首をくくらなければならない人が沢山出るんじゃないですか」と言った時の顔は、心配顔でもあったし自嘲気味でもあった。職業柄の無力感にも見える。
 彼の憂いは恐らく経済面のことだと思う。何不自由なく育った気の小さい男が、弱さを隠すために吠えまくっているが、そいつのせいでいずれ多くの失意の底に沈められる人間が出ることを予想しているのだ。いい目をするのは奴と同じ階級に属する者ばかりで、それ以外のほとんどの普通の人は恐らく恩恵を被ることがないばかりか、それ以下の人達は、着ぐるみ剥がされ路傍に捨てられるだろう。経済など何も分からない僕だが、奴のそもそもを見ていれば容易に察しがつく。
 本来手を差し伸べられなければならないところを切り捨て、何の手助けも必要ないところを優遇する。こんなことは最初から簡単に想像できていたことだが、何を期待してか、いやいやその前の悪よりまだましだと思ったのか、生き返らせてしまった。何かしらの餌で釣られた代償はいずれ近い内にやってくる。それが放射能だったり、首をくくる人の増加だったりしたら、国中が共犯者で溢れることになる。


2013年02月01日(Fri)▲ページの先頭へ
今日は薬剤師
 ストレスによって腸内細菌が変化することは1940年代から報告されていたが、最近は逆に腸内細菌が脳に影響を与えていることが明らかになりつつある。
身体的、あるいは肉体的なストレスによって大腸菌やブドウ球菌などの有害菌が増え、乳酸菌やビフィズス菌が減少する。そのあげく普通の体力さえあれば感染しないウイルスなどにもたやすく感染するようになる。例えば宇宙飛行士は飛び立つ前から有益菌が減少し始め、有害菌(ウェルシュ菌、大腸菌、赤痢菌、サルモネラ菌)が増える。阪神大震災の後には日和見感染の原因になるカンジタや緑膿菌が増えていたそうだ。最近は、ストレス時に消化管局所で放出されるノルアドレナリンによる直接的な影響が注目されている。実際に、ノルアドレナリンに暴露された大腸菌は増殖が活溌になり、病原性を高めるそうだ。すなわち、ストレスに暴露されると病原性感染を起こしやすくなるってことだ。
 僕が最近のこの様な研究発表に触れて一番参考になったのは、多くの過敏性腸症候群の人をお世話してきた印象から感じていたことと一致する以下の点だ。
 生体にストレスがかかると、視床下部から副腎皮質刺激ホルモンが放出されコルチゾールが放出される。これは急性ストレス時に於ける生命維持に不可欠なのだが、慢性時に同じようなことが起こると海馬での神経細胞のアポド−ジスが起こり記憶などの高次の機能が深刻な障害を受けることが分かってきた。すなわち急性のストレスがかかったときは恒常性維持に重要な役割をはたしているのに、現代のような慢性的にストレスがかかる時代には病気の発症や増悪に関与している可能性が高いってことだ。
 同じ遺伝子を持つ動物でも、発達期にマイルドでコントロール可能なストレスに繰り返し暴露された個体は、ストレスに暴露されない個体より成長後に於けるストレス耐性が強いことが知られている。マイルドにストレスに繰り返し暴露される際に活性化される脳の部位と腸内細菌によって活性化される部位に共通点があるらしいのだ、。腸内細菌の定着や変動は宿主から見るとマイルドなストレスに他ならないから、脳に生存競争にうち勝つ様々な恩恵をもたらせていると考えられる。
 難しいから簡単な例で言うと、お腹の中で色々な菌がせめぎ合いするのは、歓迎すべき良いストレスってことだ。無理にスポーツやしつけで鍛えなくても、お腹の中を綺麗にするように心がければ、成人して心の強い人になるってことだ。僕がウツウツや過敏性腸症候群の方にほとんどその手の作用を期待したものを飲んでもらっていることの正当性が、はからずも証明された文章だ。僕は自分で理由づけることは出来なかったが、いつか僕の漢方の先生がふと漏らされた言葉で思いついた。その年から恐らく多くのウツウツや過敏性腸症候群の方の治癒率が上がったと思う。ウツウツや過敏性腸症候群の方は、腸内細菌の環境を整えることも同時進行でやっているから、「試してみる」だけは止めて欲しいと思う。ほとんどの方にどの段階かでは効果を出せるはずなのだが、「試してみる」人にはやはりのっけから無理なのだ。
 大学の先生が発表された文献を要約したから、うまく伝えるのは難しかったかもしれないが、僕の漢方薬が、心の不調に関してよく効いてくれている理由が自分なりに分かって、とても嬉しい日になった。


   


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〒701-4302
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