栄町ヤマト薬局 - 2013/01

漢方薬局の日常の出来事




2013年01月31日(Thu)▲ページの先頭へ
経験
 他の職業でも同じかもしれないが、年齢を重ねて得なことが一つだけある。頭も体もなかなか健全ではあり得ないが、経験だけは知らない間に積んでいるのだ。その経験が意外と大きな力を持つ。
こと僕の仕事で言うと、相談者が訴える体調不良のほとんどを理解できるのだ。若いときなら文章で読む程度の理解度でしかなかったが、今なら自分自身の体験や、多くの同病者の体験から、詳細に苦痛を理解できる。そしてそれに対する処方も、多くの成功体験の中から選択すればよいだけの簡単な作業で見つかることも多い。それこそ若いときなら色々な資料に目を通して答えを見つけださなければならなかったし、答えに到達できないこともしばしばだった。その上、相談者に選択した漢方薬を飲んでもらって、功を奏することの確率の低さに落胆の連続だった。
僕の大先輩達を見ていても、年齢が上がるに連れて使われる処方が段々蛋白になっていくような気がする。恐らく多くの経験によって、自然治癒力をうまく導き出すことに長けてきて、簡単な処方で効果を出すことが出来るようになるからではと思っている。僕はまだまだそこまで到達できないから、研ぎ澄まされた処方ではなく、鈍器のような処方しか考えられないが、効果だけはしぶとく7割以上をキープできていると思う。
 僕が漢方薬を勉強し始めた頃は、今のように大手製薬会社が「売れればよい」漢方薬を作ったりしなかった。ほとんどが目の前にいる人のために懸命に知恵を絞っていた。ところがあの限りある資源を、企業が消費者の胃袋に捨てて巨万の利益を得るようになった。自然の恵みを採りつくして後の世に残さない、これは裁くことは出来ないけれど立派な罪ではないか。


2013年01月30日(Wed)▲ページの先頭へ
そこまで
 タンポポかユタンポか知らないが、これでは病院なんて、それも高度な治療をする大病院なんていらないではないか。
不妊に効くから取り引きしてくださいと飛び込みで入ってきた女性の説明によると、もらったパンフレットにも同じことが書いてあるが、タンポポのある成分で、糖尿からリウマチからアトピーから多くのものが改善できるらしい。もっともそう断定すると薬事法に抵触するから、薬理作用があるなどと水を濁しているが、要は世の難病と言われているものには何でも売れってことだろう。
 こうしたものは世に溢れていて、眉唾物ばかりだから僕は全く興味を引かれないが、いわゆる治りにくいものを列挙し、それらに売るという商売は、笑いが止まらないのだろう。何故なら自然治癒したものを手柄にすればいいのだから。「治らなくて元々」のものに売りつけ、自然治癒でタイミング良く治れば効きましたなどと宣伝する。政治家が守るのは献金をわんさとくれる支援者だから、こういったものが世にはばかってしまう。もうこうなると胡散臭いものを見抜く能力がなくなった日本人には手に負えない。やられる一方だ。必死で働いて得た生活の糧を根こそぎ持って行かれる。
 こうした薬局がすでに頑張っていますとパンフレットに名前が載っていたが、名前を聞いたことがある薬局はたった一軒だった。それは安心した。もし僕が知っている薬局がそれに手を染めていたら、それこそショックだから。そもそも不妊などを薬局ごときが標榜するのはおかしい。体調を改善してあげたら運良く妊娠できた。そこまでだ。


2013年01月29日(Tue)▲ページの先頭へ
封印
 驚きの後に又驚きだ。
 100歳を越えているのに、ただ一つのことを除いて何処と言って不都合な所はない。そのただ一つのことのために相談に来てくれたのだが、それ以外は一体何歳の方と肩を並べるくらいの健康度なのだろう。見た目にも当然100歳を越えているようには見えない。相談してくださった不都合に如何にお役に立てるか分からないが、あやかりたい気持ちを抑えて、偉業に貢献したいと思った。
 付き添ってくださった息子さんの手助けなくほとんど必要な情報はご本人から頂いた。僕は基本的にはどなたもご本人と話をしたいから、なるべく通訳を介せないようにする。通訳がいるのは英語と○○○○語だけだ。
 通訳をする必要がなくなった息子さんが何かの拍子に75歳と、ご自分の年齢を言った。100歳の方の息子さんだからその数字はいたって自然なのだが、僕にはとても違和感があった。「えっ、どなたが75歳?」と即座に僕は聞き返した。「私、私」と指でさしながら答えたのだが、どう見ても75歳には見えない。背筋が伸びて、髪は黒々とし、体の筋肉も落ちていない。僕より少し年上に見える程度だ。「信じられない」と僕が声で出して言ったのか、顔の表情だけで分かったのか忘れたが「今でもビルの3階くらい駆け足で上がってもへともないよ」とさらりと言ってのけた。それは自慢でもなにでもなくご自分にとってはごく当たり前のことなのだ。
お父さんの偉業に近い遺伝子を貰っていると僕が言うと、ご本人もそれを自覚していてて、超長寿は当然のような自信を見せていた。75歳まで、100歳までほとんど病気を知らない幸運は、何に比べればいいのだろう。それに優るものがあるのだろうか。職業柄健康な人とお会いする確率は低いのだが、ここまで幸運な人はそんなにいないのではと思う。
 本末転倒のあやかりは、職業上の意地で封印。


2013年01月28日(Mon)▲ページの先頭へ
価値観
 原発で関東から避難、いやもう牛窓に永住すると言っているから避難ではないか、引っ越してきた若いお母さんに、家を貸してあげようと提案していたが、結局はもう少し良い空き家が見つかりそうだ。母の家は専門家に診てもらったら柱がしっかりしているから、耐震工事は必要ないらしいが、小さいお子さんがおられるのでせめて屋根だけは瓦をとって軽くしてあげようと思っていた。ただ構造的に若いお母さんにはイマイチだったのかもしれないが、僕は僕が先頭を切ってその様な行動に出ることによって、全く不動産が動かない状態を打破してみたいと思っていた。何の得にもならないのに、ただひたすら先祖からの土地と言って手放さない人がまだまだ多いから、所詮土地なんて流動的な物だという印象を与えたかった。
彼女には母の家の裏の空き地を無料で駐車場として使ってもらっている。近所の人も勝手に使っているが、彼女には正式に使ってもらうことにした。今日彼女が漢方薬を取りに来たついでに、楽雁なるお菓子をお土産にくれた。なんでも本人お勧めの物らしい。包装紙は三越の物だったから、有名なのかもしれないが、なにぶん三越も楽雁も縁がないからただ単純に、かすかに栗の味がする和菓子を堪能した。僕はその味よりも若いお母さんの気配りの方が余程美味しかった。
 幾多の禍をもたらした輩が罪にも問われず政界や財界で生き延びている。いやまだ増殖していると言った方がいいか。この若いお母さんのように、誰も責めずに懸命に追いやられた地で生きていこうとしている姿を見て何もしないなら、かの断罪されるべき輩と同族になってしまう。それは決して絆などと呼ぶ類のものではなく、寧ろ価値観に近い。


2013年01月27日(Sun)▲ページの先頭へ
昼食
 手頃な食事を楽しむことの多い娘をして「気の利いた器に盛ると、即カフェをオープン出来るのではないの」と言わせた。最高の評価に本人達も喜んで「オトウサン、オネガイシマス」と、いたづらっぽい笑顔を僕に向ける。
丁度妻がいない日、家族4人分の昼食をかの国の二人の女性が作ってくれた。前日から分かっていたから準備万端で作ってくれたのだが、かの国仕立てのサンドウィッチとハンバーガーとスープと食後のスイーツで、昼食フルコースだった。どれも野菜がたっぷりで、とても健康的なことに驚いた。その上、僕が次第に慣らされたのか、全く味に関して違和感がないのだ。せっかくの好意もいつもありがた迷惑の域を出ないのだが、意を決して食卓に腰掛けた僕は、十分かの国の料理を堪能した。余りにも抵抗なく食べることが出来て、なおかつ余りにも美味しかったので「これは○○○○料理?それとも○○ちゃん料理?」と尋ねてみた。かの国の味付けなら今すぐにでも永住できそうだが、僕用に特別アレンジしてくれた物なら、やはり日本料理店がないと訪ねることも出来ない。すると、料理を運ぶ係りの女性が「オトウサンノタメ ツクッタ」と教えてくれた。どうりで抵抗なく食べることが出来たと思った。
 スープの中には沢山の鶏肉と2種類のタケが入っていた。サンドイッチやハンバーガーの中には、3種類の野菜が入っていた。スイーツは緑豆の何かだと教えてくれた。僕が見つけることが出来ただけで6種類の野菜を食べたことになる。我が家の食事より断然種類が多い。経済的にまだまだ日本には及ばないから、如何にも粗食に甘んじているように見えるかも知れないが、結構豊かな食事をしていると思う。もっとも○○ちゃんが料理が上手すぎると言うこともあるが、店屋物をほとんど食べない彼女たちは、全て材料から調理し、経済と健康を同時に満たしている。
「オトウサン、オネガイシマス」の半分くらいは本気が入っているのだが、僕にはどうしてあげようもない。経済的に支援できるなら牛窓に○○○○を標榜する店があっても面白いのだが、残念ながら僕にはその方面の力はない。ひたすら牛窓にいる間、出来る限りの親切を尽くすしかない。
二人が少し照れながら「オカアサンイナイトキ デンワ ゴハン モッテクル」と言ってくれた。こんな親切を今の時代に体験できることをとてもあの子達に感謝している。あの子達とだけではなく、偽らない気持ちのやりとりを職場(薬局)でも私生活でも出来る幸せを思う。


2013年01月26日(Sat)▲ページの先頭へ
止めて
 あれも止めて欲しいけれどそれも止めて。
 折角の便利という存在価値が見え透いた接待で台無しになる。度を超すと、無くてもいいものになってしまう。元々僕の町には数年前まではなかったのだから、無くなっても何ら不自由はない。寧ろ90を過ぎた老母に添加物満載のご飯を食べさせるような罪なこともせずにすむかもしれない。
日曜日の昼食だけはどうしても利用しなければならないから、コンビニに行く。行くたびに必ず不快な気持ちで帰ってくるのは、例のワンパターンな応対のせいだ。相手の目も見ずに「何円になりま〜す」が大の苦手なのだ。顔も見ずに話しかけられる筋合いもないし、まして崩れた訳の分からない日本語を使われたくもない。
最近それにもう一つの見え透いた所作が加わった。誰がいつ教えたのか、あるいは覚えたのか知らないが、いやいやもっと言うと、他のどんな業種の、どこの地域から伝搬してきた病気?か知らないが、お釣りを手渡してくれるときに、お金を持っている手の反対の手を、僕が差しだした手の下側にもってくるのだ。お金を落とさないようにしているのか、接近させた手で親近感を表しているのか分からないが、正直言って「気持ちが悪い」。以前からガソリンスタンドなどでもやっている記憶があるが、業態を越えて拡散していったりしたら、見え透いたものからの逃げ場が無くなる。
 やらせる方の質の低下も甚だしいが、強要される側の質の低下も甚だしい。そんな見え透いた所作で何のメリットがあると思っているのか知らないが、レベルの低さを安直な所作で覆い隠しているとしか見えない。わざとらしい所作をすればするほど質の低さを露呈しているようなものだ。そんなもので購買意欲をかき立てることが出来ると経営者に思われていたら、消費者も軽く見られているものだ。もっとも、何百年も放射線に晒される過酷な運命を背負わされても、何ら断罪しないどころか、飼い犬宜しく尻尾を振り続ける国民性だから、反骨などと言う気概は望みようもないが。
いくら若い女性でも相手構わず媚びを売られたら「気持ちが悪い」。あたりまえの感性を備えた99%の人を見くびらないで欲しい。


2013年01月25日(Fri)▲ページの先頭へ
我慢
 いくら牛窓の魚が美味しいからと言って、刺身を普通の醤油で食べるのは美味しさも半減だ。いや半減どころか9割減だ。だから薬局を閉めた後に刺身醤油をコンビニに買いに行った。どうしてコンビニで刺身醤油を売っているのか分からないが、我が家みたいな家が他にもあるってことだろう。
 刺身醤油は妻に場所を教えて貰っていたからすぐに見つけることができたが、幸いにも僕の他に客がいなかったので、久々に食べてみたかったものを買った。それはインスタントラーメンだ。学生時代ほとんど主食に近く、毎日のように食べていたが、さすがに結婚してからは片手で数えることが出来るくらいしか食べていない。ただ昔と違ってかなり高級感があり、美味しそうに見えるのでいつか食べてみようと思っていた。しかし、職業柄、それもかなり食養生なども日頃話しているせいで、僕がインスタントラーメンを買っていたなんてことがバレルとまずい。見かけはともかく、田舎の町ではそれなりに知名度もあり、内実を知らないから健康にはかなり留意して暮らしていると勘違いされていると思う。薬局を利用してくれている人達には正直になにでも話すから、僕が健康に悪いものばかりが好きってことはみんな知っているが、一応営業上のバリアを作っている。
目新しいものばかりの中で結局選んだのは、元祖インスタントラーメンのチキンラーメンだ。誰にも見られることなく買えたので、喜んで帰った。夕食の中の一つのメニューとして食べようと思っていたが、刺身がおかずだったのでご飯のお代わりをしてしまった。炭水化物が多すぎると思ったので我慢した。夜のウォーキングの後ならお腹が少しは軽くなって食べたくなるだろうと勇んで散歩をしたのだが、折角カロリーを消費させてすぐに補給ももったいないと思って我慢した。ブログをこうして夜に書くからその時の夜食にと思ってとっていたが、寝る前に高カロリーなものは良くないと思って我慢した。我慢3兄弟のあげく、それに何となく不健康なものを口にするという後ろめたさで結局その日は食べることが出来なかった。
 翌朝は早く目が覚めたので、散歩の前に食べてやろうと思ったが、折角の朝食が食べたくなくなったらもったいないので、またまた我慢した。そしてついに朝食後に、お腹は満足しているのに気持ちだけで食べた。本当に久々のインスタントラーメンだったので、ワクワクしながら食べた・・・・のだが、お腹一杯で全く美味しくなかった。待ちに待ったものがこれでは待った甲斐がない。職業的に決して勧められないようなものを食べた後ろめたさを吹き飛ばす位美味しくなかった。当時の貧乏学生は、それを米にかけて食べ、贅沢と感じていたのだから、その後の不健康ぶりも想像が付く。そんな学生の行き着いた先がこの僕だから、どうやら体だけでなく頭の方にも影響を受けていたのかもしれない。何を考えても本物ではなくインスタントな答えしか導き出せないのだから。


2013年01月24日(Thu)▲ページの先頭へ
同級生
 ある年齢に達すると老け具合は上下10歳くらい違うと言われるが、まさに今日そんな見本を見た。
近所にあった薬局が廃業してから、時々見知らぬ地元の人がやってくる。とりとめのない買い物だったが、老人が使うものだった。何気なく応対して何気なく帰って頂いたのだが、その方が薬局から出たところで高級外車から降りてきた女性となにやら話をしている。牛窓には滅多にない高級な車だから、僕の薬局ではその女性を○○○の奥さんと苗字より良く分かるニックネームで呼んでいる。
 「まあ、全然分からなかった、同級生なんよ」という言葉で僕は、全然どころかよく分かった。片や80歳が近いと思われるような覇気のない人と、片やまだ60歳代と思われるような覇気のありすぎる人が同級生だとは本人達以上に傍で目撃した僕の方が驚く。「気の毒に、あんなに老けて。私は母親に感謝するわ」と真顔で言う。僕はいつも和服で高級車に乗り自分の店に出かけるその女性に、わざとギャグで応対するのだが、ほとんどギャグも介入できないような現実を見せつけられたような気がした。老けて見える人がおおむね不幸で、逆に若々しい人がえてして幸せだとは限らないが、少なくとも外見と体の中は同じように老けたり若々しかったりするのではないかと想像が付く。体の内外が異なるスピードで老化するとは思えないから。
高級外車の女性によるとその女性は農家に嫁いでいるらしい。昔の農家だから相当働いたに違いない。重労働の上に紫外線の暴露をかなり受けているはずだ。その上にタバコでも吸っていたら老け具合は相当なものになるだろう。片やお客さんに一日中接し、趣味の絵は展覧会でしばしば入選するくらいに腕を上げているのだから、心地よい緊張にいつも晒されているだろう。風邪くらいひけよと思うが風邪も引かない。「幸せを地でいっている」と言う僕のギャグもギャグでなく事実にしか聞こえない。
 無限の要素が絡み合い人は皆それぞれの人生を送るのだが、人生の評価を伺わせる風貌にこうも差が出るのかと、改めて驚かされた出来事だった。


2013年01月23日(Wed)▲ページの先頭へ
ただ者
 決して有名ではなかったのだろうが、県内では実力に於いて上位を占めていただろう漢方薬局の名前がボンボン出てきたから、ただ者ではないなと思っていたら、ただのただ者だった。僕の薬局は、ただ者でないような人が決して来る薬局ではないから安心したが、ただ者でもそこら辺りにわんさといるただ者とはただ者のレベルが違う。
ただのただ者なら痴呆気味の母親のために漢方薬を取りに来ない。さっさと施設に入れて後は無関心でおればいいのだから。しかし、この人は男手一つで面倒を見ている。徘徊したり感情の起伏が激しいと、付き添って優しく言葉をかけ続け、体をもみほぐしてあげる。ウンチで汚したオムツをはずした後には必ずお尻を拭いてあげている。その献身ぶりにただただ驚くばかりで、それこそ僕も爪の垢を煎じて飲めばいいのだが、そこは悲しいかな漢方薬局だから爪ではなく、徘徊や奇行に効く煎じ薬や不眠に効く煎じ薬でこらえて貰った。するとそれがどちらもとてもよく効いて、介護の負担がとても楽になってくれた。公の組織の役員を引き受けて大変忙しい方だから少しでも負担を軽くすることに役に立てれば、僕の免罪符にでもなるかもしれないと都合のいいことを考えている。
介護の様子などとても詳しく話してくれる人で、冒頭の情報通などを含めて一体どんな人かと思っていたら、僕を漢方の世界に導いてくれた人の薬局の常連さんだったみたいだ。だから薬局の情報、それも実力者揃いの薬局のことを良く知っていて、実際に利用もしていたらしい。逆に僕がその人達を知っていることに驚いたみたいだが、その人達全員が亡くなったり廃業したりで、行くところがなく仕方なく僕の所にやってきたのかもしれない。 嘗てなら、圧倒的に若造だった僕は見劣りするだろうが、幸い今は嘗てのその人達の年齢に近づいていて、多くの漢方薬に於ける経験を積み重ねてきた。僕が幸運だったのは田舎の人達が寛容に新米の僕の漢方薬を飲んでくれたことだが、30年も経てば十分お返しが出来ていると思う。
 嘗て先輩の漢方薬局で居心地が良かったように、僕の薬局でも接待してあげたいが、先輩の個性とは真逆の僕だからそれには自信がない。ただ漢方薬でなら期待に応えられると思う。ただ者同士、一隅の又一隅、いや又その一隅程度を照らすことが出来れば十分だ。


2013年01月22日(Tue)▲ページの先頭へ
生き証人
 駐車場の整備を頼んでいた会社の社長が帰る前に「お嬢さんいる?」と言って、わざわざ娘を呼んだ。僕は娘夫婦が主導して依頼した工事だから、その事についての話かと思っていたら、話題は全く違っていた。
 調剤室に消えた僕にも次のような話し声が聞こえた。「工事代を少し安くしておいてあげるから、そのお金で、お父さんに鞄を買ってあげて。服装は仕方ないにしても、あのボロボロの鞄みたいなものとコンビニ袋じゃあ恥ずかしかろう」
 日曜日に漢方の勉強会に急いでいる時にあるラーメン屋の前で会って、ほんの1分くらい言葉を交わしただけなのによく観察していたものだと驚いた。建設業の割にクラシックギターを学んだり、トランペットを吹いたりする何処か不釣り合いな繊細さは持っているのだが、観察力もなかなかなものだ。そうした性格が不況の時代でも生き残れる会社にしているのか分からないが、ただ話の内容は僕にはありがた迷惑だ。
 あれを鞄というのかどうか分からないが、本の様に開いたり閉じたりして、ホックで留める紙で出来たものだ。厚紙だから強いのだが、さすがに30年も使っていればそれこそボロボロになり、ホックは辛うじて止まるが、それでもゆがみが激しく、強く両手で押さえつけていないと中のものが落ちてしまう。勉強会の会費などを入れているときは結構緊張して、時々まだ落ちていないか確かめなければならない。厚さ3cmくらいのものだから、それに入らないものはコンビニ袋に入れて持ち歩くようにしている。このスタイルは県外に行くときだって同じだ。コンビニ袋に必要なものを詰めていく。かさばらないから結構便利だ。
僕にとってはどちらも勉強会グッズで、30年の努力の生き証人みたいなものだ。まだ使えるから使っているだけだが、本人は勿論漢方薬を飲んでくれているが、多くの患者さんを紹介してくれる社長にとってはなんとも見たくなかった光景かもしれない。僕の性格は熟知しているから、想定外のことではなかったと思うが、薬局の外で、それも全く無防備な僕を見たのは初めてだろうから、さすがに驚いたのかもしれない。
娘への提案は有り難いが、鞄で病気を治す力がアップするようにはとても思えないので辞退した。もしよい鞄にすれば漢方の力が付くのなら、さすがの僕だって迷わず愚痴、これは空しいな、グチ、これは頭に石があって今の僕の歯茎の状態では食べづらいな、そうだ思い出した、グッチの鞄でも買いあさる。
厚紙で出来た鞄を持って30年間勉強会に通い続けた。今では鞄を追いかけるように僕の体も心もボロボロになってきた。どちらかというと僕は鞄よりこちらの方を取り替えたい。


2013年01月21日(Mon)▲ページの先頭へ
 言葉の壁をもろともせず、持ち前の明るさでいつも回りを明るくする。貧しさのせいで両親と別れて祖母に育てられて掴んだ処世術とはとても思えない。きっと本来備わっている気性だと思う。
 そんな彼女が憔悴しきった声で電話をくれた。片言の日本語で説明してくれるのだが、こと体調などの専門的な情報に関しては圧倒的に語彙は貧弱だ。仕方ないから妻を迎えにやらせて連れてきて貰った。身振り手ぶりで症状を聞きだし、実際に見たり触ったりして情報を集めなければどんな体調で1週間も不快に暮らしているのか分からないと思ったのだ。元々病気知らずだから、頭痛がしてもすぐ治ると思っていたらしい。ところが1週間近く経っても一向に改善しないから会社から病院に連れて行って貰った。そこではハッキリとした病気を告げられずに、鎮痛薬と解熱剤をくれて週明けに検査をしようと言うことになったらしい。
 リビングのテーブルで僕の正面に腰掛けたが、いつものように背筋は伸びず、視線が伏し目がちになる。声は小さくて、作り笑顔が痛々しい。彼女の心配は恐らく病気になって本国に帰されることなのだ。自分の意図に反して本国に療養のために帰されることは、国に残した家族のためにも避けなければならないのだ。決してその事は口には出さないが、恐らくそれこそが一番の心配事のはずだ。それが証拠に特異な頭痛を我慢しながらも1週間働いている。
週明けに検査をすると言われて彼女は憔悴しきっている。「オトウサン、ドウシテナオラナイデスカ?」と自分でも歯がゆいのだろう、同じ質問を数回された。本人の苦痛とは裏腹に、僕は大した病気ではないのではと思った。Tシャツ1枚で母国では暮らしている筈の若いスリムな女性が、毎朝凍り付くような国で寒空を突いて仕事に通っているのだから、筋肉は緊張して悲鳴を上げるだろう。いわゆる筋緊張性頭痛だと思ったが、病院の検査待ちにして、何気ない風を装い続けた。妻がしばらくマッサージをしてあげて送っていったが、帰る頃には少しだけ言葉数が増えて安心した。
結局今日の検査で、僕の予想どおりの結果が出たが、今回のことでとても不思議な経験をした。僕はかの国のその女性のことを、まるで娘と同じレベルで心配している自分を見つけたのだ。娘の不調に接したときと何ら変わらない真剣さで向かい合っている自分を見つけた。これは意外だった。情が移るとはこういうことを言うのだろう。
「ハルマデ、ガンバル」と電話をくれたが、異国で健康を害する心細さが想像できるだけに痛々しい。もう少しだけ健康でおれて、多くの経済と人生を決めるくらいの想い出を持って国に帰って欲しいと願わずにはおれない。


2013年01月20日(Sun)▲ページの先頭へ
空席
 さくらと言うからには、車体に桜の絵が一杯描いてあるか、寅さんの妹が乗っているか、不人気のためJR西日本の社員が一杯乗客を装って乗り込んでいるのかと思ったら、ごく普通の見慣れた新幹線がやってきた。強いて言うなら車両の数が少なくて、以前のレールスターを思い出させた。今でもレールスターがあるのかどうか分からないが、電光掲示板の時刻表にレールスターの名前は見なかったような気がした。
正月にかの国の女性達を神戸に連れて行ったことに味を占め、いや、元町の本格的な中華料理の味ではなく、結構ハードな移動に耐えた体力のことだが、今年から又県外の勉強会にもできるだけ参加してみようと思った。その再出発の日が今日で久し振りに広島に行った。数年前までは毎月2度くらいは県外に出かけていたのに、この数年教会に行きだして勉強会の出席は県内に留めていた。今日ある勉強会に出席して、それなりの気付きを貰ったが、一体僕は数年間でどのくらいの知識を得るチャンスを失ったのかと少し残念に思った。
 自分で勝手にイメージしていた教会とやらに行けば心が洗われ、ひいては患者さんにとても良い影響を与えられると勘違いしていた。特に心の病気などはより治してあげやすくなると思っていた。ところがそこは教えとは裏腹に、単なる勝ち気な人間が信心を逆手にとり自分たちに居心地の良い空間を作る場所だと分かった。恐らくどんな宗教でも同じではないか。宗教どころかあらゆる組織に於いて同じことが言える。
 きれい事にうんざりしたから、これからは再び実践に戻る。勉強会で得た知識で、次の日にはもう人助けが出来る可能性があるのだ。そんな感動をみすみす失う必要はない。僕にあるかどうか分からないが、正義とか優しさとかを実践できるチャンスをより多く得たいと思う。
それにしても新幹線の自由席にこんなに空席があたっけと言うのが、神戸と広島に行った印象だ。僕の記憶ではほとんどデッキに立っていたように思うのだ。それがいやでこだまを出来るだけ利用していたのだが、この2回に限ればその必要はなかった。乗客が減ったのか、運行回数が増えたのか分からないが、大いに歓迎だ。薄っぺらい専門誌一冊読む間に着いてしまう。


2013年01月19日(Sat)▲ページの先頭へ
覚悟
 その女性は帰る前に微笑んで「頑張りましょう」と言った。知らない人が聞くと何のエールかと思うが、最近同じような連帯感の表明を多く経験する。
 痴呆が日々進みつつある母と同居しているお陰で、痴呆についての理解が深まり、薬局に紙おむつ等の介護用品を買いに来る人と対等に話が出来るようになった。以前は、聞きかじりの知識だけで、如何にも分かっているような素振りをしていたが、今は訴えのほとんどが実感を込めて理解できる。同じだなあと感慨に浸ることさえあるし、同じ症状でありながら耐えている人達に勇気づけられることもある。
職業的に患者さんの家族と同じ地平に立てる条件を貰ったことが唯一母の介護をしていて良かったことだろうか。もっとも僕がしているのではなく妻が全部してくれているのだが、その様子も含めて、色々気付きは多い。
 もう僅か何十年後かの僕の姿なのだと言い聞かせながら日々対峙しているが、数年前には「ありえない」母の姿に戸惑いながら、自分も覚悟を問われている毎日のような気がする。


2013年01月18日(Fri)▲ページの先頭へ
 話の中に何度も「クリ」という言葉が出て来るが、どうもその意味を前後の文脈で推測できない。最初は我が家の死んだクリのことを言っているのかと思ったが違うし、僕の好きな栗のことでもなさそうだし、真面目な人だから「○○してくり」なんてギャグを飛ばしそうもない。もう終いには恥も外聞もなく「教えてくり」なんて言おうとしたが、そこは相手の人格に合わせた。
いたって正統派で「クリってなんですか?」と尋ねた。するとお坊さんが住む住居のことだと教えてくれた。そう言えばクリ(庫裏)という単語は聞いたことがある。ただ滅多に耳にしない言葉だったから、すぐには分からなかった。
 面白いのは、何度もクリという言葉を出しているのがブラジル人だってことだ。流ちょうな日本語を喋るから、およそ話し方だけではブラジルの人とは分からないが、確かにブラジル人なのだ。彼が日本語以外を喋るのを聞いたことがないから、ネイティブのポルトガル語を聞いてみたい気がするが、別にタレントではないのだから興味本位なことは慎みたいと思っている。
日本の神社仏閣にとても興味がある人で、僕なんかの知識をはるかに越えている。そんな彼が面白いことを言った。「牛窓の良い所は全部お墓が建っている」と。なるほどそう言われてみればそうだ。南向きのなだらかな斜面は幾箇所も墓地になっている。古人が死んだ人を丁寧に弔ったと言えばそれだけだが、まさか将来よその土地の人がそんな景色の良いところを好んで越してくるとは思ってもみなかっただろう。観光地として、保養地としていくらでも開発できる所がお墓では手も足も出ないだろう。特に足は出ないかもしれない。
職業や興味などによって人それぞれの見方があるものだ。日本人が失ってはいけないものをポルトガル語を母国語にする人が懸命に守っているのだから、頭が下がる。いや、前に揃えた両手が下がる。


2013年01月17日(Thu)▲ページの先頭へ
古着
 冬に戸外に長い時間出ている可能性はほとんど無いから、とりたてて冬用の服を持っていない。外出はほとんどがドアからドアだから、重い冬服は肩が凝るだけで寧ろ避けていた。ところが正月に従姉妹の家に行ったときに従姉妹が彼女の息子の着古した服をいくつかくれた。嘗て何度も貰ったのだが、その都度重宝している。今回くれた中にかなり重たい、見るからに冬用というのがあって、折角くれたものだから神戸に行くときに着てみた。さすがに電車の中では重たさばかり、いやかさばりようも気になったが、確かに暖かかった。
 もう一段評価をあげたのは、朝夕のウォーキングの時だ。ここ数日毎朝のように氷が張っているが、その服で覆われている部分は外に出た瞬間からも寒くはないのだ。他の部分は歩くにつれ筋肉が熱量を作り始めてやっと暖まってくるのだが、その服で覆われた部分は筋肉に頼ることなく最初から寒くないのだ。正直言って不思議な感覚だ。僕にとって冬は寒いもので、衣服に覆われていても寒さは防げないものだった。
 去年か一昨年か忘れたが、教会の庭で何かをしているときに、僕の余りにも薄着を見て神父さんが自分が着ている服を僕に貸してくれたことがある。僕にとっては長年の習慣でいつものようにジャージで真冬の行事に参加していたのだが、人様にとってはほとんど秋の服装に見えたのだろう。確かに無造作にタンスの中に丸めている僕の服の全ては秋のままだ。1日中薬局の中にいるのだからそれはそれで何ら不都合はないし、休日も車か建物の中にしかいないのだから秋物でいいのだが、今年あの重たくて暖かい真冬用の服を貰ったから、久し振りに県外に勉強に出てみようと思ったりした。向学心からでなく、服のために、いや服のおかげで遠出が出来る。
 街を歩けば多くの方が同じような見るからに軽くて暖かそうな服を着ている。服無し人間にとっては贅沢に見えていたが、あのマックロなんとか言う会社の服も結構貢献しているんだと認識を新たにした。でも僕は買わない。だって、もらい物ばかりで後100年は着られそうなのだから。


2013年01月16日(Wed)▲ページの先頭へ
のぞき見
 日曜日、漢方の勉強会に急いでいた時、ある有名ラーメン店が目に入った。テレビで行列が出来る店と紹介されたチェーン店の一つらしいが、実際に行列が出来ているのを見たことはない。もっとも、僕がその店の前を通るのは必ず日曜日だし、城下から駅までの電車通りも最近はそんなに人が出ていないから、行列が出来るほど繁盛はしていないのかもしれない。ただ名誉のために付け加えておかなければならないが、ひょっとしたら平日は勤め人の昼食などで行列が出来ているのかもしれない。
その日初めて僕は店の前で待っている数人を見た。行列まではいかないが確かに5,6人が待っていた。やはり人気があるんだと興味を引かれながら前を通り過ぎようとすると、その中の一人の男性が目に留まった。同時に彼も又僕が分かったようで、お互いに近づいた。
 嘗て僕のブログにも登場したことのある会社の社長なのだが、奥さんと二人で店の前に立っていた。結構寒い日だったが、そこまでして食べたいのかとおかしかった。職業柄や経済力からすると何でも食べられそうな人なのだが、まして肉食系を地でいくような人だから、生肉でも食っていれば良さそうなのに、ラーメン屋の前で寒さに震えながら待っている姿の余りにも風景に溶け込んでいないのが滑稽だった。寧ろ草食系に見える僕の方が、待ってまで物を食べることに耐えられずに、まずくてもすぐ食べられる所に行くか、食べないで我慢するかなのに、じっと我慢の彼の不釣り合いさが印象的だった。
 丁度薬局の前の駐車場の工事を彼に頼んでいたので、その話題を少しだけして別れたが、完全に仕事から離れた人を偶然見つけるのは、何かのぞき見のような気がして、そんなに好きではない。やはり人はどことなく神秘に包まれているのがいい。仕事が出来る人などは特に。


2013年01月15日(Tue)▲ページの先頭へ
沈没
 どうして僕がこんなことを応対中に喋らないといけないのかと考えると空しくなってくるが、一つ一つの積み重ねで少しでも生薬の枯渇を防げるかなと、はかない夢を抱いたりする。
 はたしても例の葛根湯を買いに来る。4日間飲んでいるが全然風邪が治らないと言う。何処で買ったのか勧められたのか知らないが、葛根湯が風邪薬だなんて考えない方がいい。誰がいつ儲けるためにそのようなことを流行らせたのか知らないが、いい加減罪なものだ。無駄な生薬資源が胃袋の中に捨てられる。
 全く効果を感じていないのに葛根湯を買いに来るから、葛根湯は風邪薬ではないと説明した。ましてダラダラ飲む薬でもない。あなたがこの先風邪をひいて葛根湯を飲めば、将来漢方薬を飲める人が減る可能性がある。ただでさえ資源不足なのだから、正しい使い方をしてと頼んだ。そしてその日の症状を尋ね、ヤマト薬局で作っている風邪薬を渡した。3日分で900円。これで治ると思うよと言葉を添えていたら、4日目にその男性が再び来た。そしてその日のうちにどっと楽になったそうで、自分が移してしまった家族の分を取りに来たらしい。
 いちいち処方の批判をすると何か僕がひねくれているように思われてもいけないから敢えて黙っていることが多いが、これからは間違っている人にはこの手に限る。将来のためにと言うとっても美しい心の持ち方を全面に出せば、多くの人が納得してくれそうだ。これだけ漢方薬を使ってきたら、世間で流通している処方が正しくないことなんて透明ガラスのように見通すことが出来る。メーカーや同業者の悪意や胡散臭さなんて嗅覚で分かる。 法律でさばくことが出来ない悪意に、いつかこの国も又沈没するのではないかと憂う。


2013年01月14日(Mon)▲ページの先頭へ
親切
 世の中には親切な人が多い。今日も朝から親切の洪水だ。その親切を一つずつクリックしながら消していく作業をしなくてすむ親切が現れたら世の中の多くの人がかなりの負担を軽くすることが出来ると思うのだが。
そんなに宝くじがあたるなら、人に教えず全部自分で買ったらいい。超億万長者にすぐなれる。BSなど有料放送がただで見られる方法を知っているなら、寝るのも惜しんで自分だけで見ればいい。医者も薬も利用しなくて腰痛を始めありとあらゆるものが治るなら病院に売り込めばいい。マンションを買ってそんなに利益が出るのなら全部自分で買い占めればいい。彼女が簡単に出来るなら、それでさらに小遣いまでもらえるなら、全員を彼女にすればいい。
 どうしてこんなに親切なのだろう。働いたり勉強しなくても何でも手に入れられる魔法を教えてくれる。普通ならそんなにいいものは内緒にするのだが余程人間が出来ているのだろう、広く公募してくれる。
 その努力を何かに使えば人の役に立てると思うのだが、人に感謝されたことがない人はその喜びが分からないらしい。どんな物やそれこそお金よりもありがとうの言葉の方が貰ったときに気持ちがいい。その心地よさを経験したことがない人が、あの手この手で親切ぶるのだろう。
強い者に都合の良い政治が益々加速される。庶民まで居直って後を追う。時代にどんなしっぺ返しをくらうのか考えもせずに、振り袖だの袴などで未熟を晒す。


2013年01月13日(Sun)▲ページの先頭へ
鈍足
 悲しいかな、一度にいつもの昼食の10倍くらい高価な食事を頂いてもそんなに感慨はない。余程食べ物に興味というか好奇心がないのか、次から次に出される料理を口に運んでいるだけだった。ただ同席の漢方の仲間は、先生を始め皆謙遜な方で、心の穏やかさは他の勉強会では味わえない雰囲気だ。唯一脱落せずに30年近く続けられたものだから、余程その雰囲気が僕に合っているのか、僕に合うように幸運にも変わってきたかなのだろう。寧ろ後者かもしれない。僕が入会させて貰った頃は多くの女傑がいて、決して居心地がよいとは言えなかった。それが次第にそうした方に限って退会していったので、穏やかで誠実に仕事をしている人達だけが残った。先生以外決して有名店にはなれないが、少なくともなくてはならない薬局には皆さんなっていると思う。
高邁な講演をして煙に巻くようなことは一度もなく、地域に帰ったら早速必ず誰かを助けることが出来る知識を頂き続けたから、色々なハンディーを持ちながらでも皆さん長く薬局を経営してこれた。僕みたいに極端な田舎で営業している人はさすがにいないが、それでも羨ましいような環境の人はいないと思う。経済的に大きな見返りを求めれば余程のカリスマでない限り見抜かれて信頼を失う。一人ずつ誠実に向き合い、より良い結果を求め続けたおかげで、皆さん又こうして新年を迎えることが出来る。
 食事の時はさすがにとりとめもない話になるが、それでも誰かが頑張らなければ効く漢方薬が伝承されないから、話の端々に小さな自負とか決意が聞き取れた。この年齢になって、明らかに頑張る理由が嘗てとは変わったことに気がつく。鈍足の僕が、時や年齢にやっと追いついたのだろうか。


2013年01月12日(Sat)▲ページの先頭へ
Uターン
 このままでは薬局の前がUターンのメッカになりそうだ。
 以前からそうだったが、土日に中学校でスポーツの試合や大会があると、体育館に沢山の車がやってくる。車が進入する入り口は薬局から見て道路の向かい側の右側にあるのだが、そこの進入路がカーブの途中にあり意外と見にくい。だから初めての人はほとんどが見落として、薬局の前の車3台がやっと置けるような駐車場で、何度かハンドルを切って引き返すことが多かった。列を連ねてやってきた車が、何台も同じことを繰り返すこともたまにはあった。
それが今は様相が一変した。薬局の前の古民家を倒したおかげで、体育館の全貌が道路から見えるから、通り過ぎる途中で気がつく。ただそれでも、初めての人は迷うらしくて、迷っている間に僕の薬局のちょうど前にやってくるみたいだ。ただ、今は道路の向こう側が広い空き地になっているから、片側1車線の道路が、片側2車線以上の広さになっている。だからハンドルを切り直すことなく、余裕で大きくUターンできるのだ。空き地に遠慮無く入っていけるようにしているから、スピードを落とすことなく空き地内で方向転換して出ていける。数台連なってきても何ら問題はない。
別にこんなことを目的に手に入れたわけではないが、この使われ方がダントツ多い。本来なら漢方薬を作る時間をゆっくりしたいために、駐車場が広ければお客さんが重なっても心配ないから手に入れたのだが、そちらの方には全く貢献していない。まあ、元々そんなに忙しい薬局ではないから、交通事情に貢献できればそれでいい。交通事故なんかで人が不幸になる必要はない。どれだけ安全の確率を上げれるのか分からないが、目の前で不幸を見たくはない。そう考えればUターンのメッカになることもまんざらではない。人のお役に立てれるなら何も職業だけでなくてもいい。いや寧ろ職業以外の貢献の方がワクワクする。


2013年01月11日(Fri)▲ページの先頭へ
ライフワーク
 この時期にしてもう今年の流行語大賞は決まった。そんな面白い言葉を今日聞いた。電話中に聞いたときはふと笑いがこぼれただけだが、受話器を置いてから思いだす度に笑いが込み上げてくる。なんて上手いことを言ったのだろうと感心した。
こうして書くと楽しいことのように聞こえるかもしれないが、実は本人にとってはとても辛い出来事だった。良く知っている方の妹さんのことだから、こうして書かせて貰う。 不妊治療を手助けする漢方薬を飲んでもらっていたが、妊娠の報告の後すぐに子宮外妊娠だと分かって本人は勿論お姉さんや僕までもが落胆した。その処置が今年に入ってから無事行われ、久し振りに電話をくれたのだが、これからも漢方薬を飲むと言うから、まだ頑張るのと僕は尋ねた。何故なら彼女には一人お子さんがいるから、そんなに高額な費用を払ってまで頑張る必要があるのかと思ったのだ。僕は知らなかったが、体外受精の費用は1回で50万円くらいするそうだ。その僕の質問に対して彼女が言った言葉がまさに流行語大賞候補なのだ。「ほとんどライフワークみたいなものですから」
 本当に彼女は不妊治療に熱心なのだ。お子さんがまだいない人にも負けない熱心さだ。その事がこの1年くらいのお付き合いで良く分かっていたから、あの言葉が実感を込めて伝わってくる。ただ笑いながら言ってくれたからこちらも笑いを誘われたが、ユーモアで包んで返す機知が有り難い。本質を疑いたくなるような硬い表現よりはるかに説得力がある。


2013年01月10日(Thu)▲ページの先頭へ
違和感
 その女性は終始表情が硬く、ついぞ笑顔を見せなかった。僕にはある意味屈辱のように見えた。
正直僕にはもう自信がない。その場で行われる多くのことが違和感を持ってしか見られないのだ。自分がひねくれ者なのではないかと思ったりするが、その場以外では全く何の障壁なく物事を受け入れられているのだから、まんざら僕が悪いようにも思えない。 
 あの国を台風が襲い、多くの人命と家屋を奪ったのはつい最近のことだ。教会にはまさに当事者がいて、実家を流されたらしい。そこでみんなに声をかけてカンパを募ったのだが、目標の10万円が1週間で集まった。ここまでの話なら教会に相応しい心温まる展開なのだが、最終段階でかなりの違和感を感じた。
 ミサが終了したとき、寄付金をその国の女性に渡すセレモニーが行われたのだ。その女性は突然のことで理解できなかったみたいだ。促されてみんなの前に立ち、表彰状宜しく神父さんから渡された。そこで参列者の拍手が起こり、マイクを渡され感謝の言葉を述べる。最初言葉が出なかったが、それは感動の余りでは絶対無い。僕には分かる。大いなる戸惑いだったのだ。だから表情は硬いままで、出た言葉は「半分は村の人達に分ける」と言うものだった。僕はとっさの判断でそう言う言葉を出したその女性を尊敬するが、その言葉を出すときの表情は自尊心がにじみ出ていたように見えた。
 実はその数分前に、僕はたった二人のその国の人のためにギター伴奏をした。たった二人の、それも全くの素人がアカペラで荘厳な式を盛り上げられるはずがない。恐らく惨めなものだろう。僕の拙いギターでもあれば迫力だけでも違う。だから歌い手にとってはとても楽だ。伴奏を終えてギターを片づけているときにその女性が小さな声で「ありがとう」と言ってくれた。僕は何気なくかけてくれたその言葉がずっと耳に残っていた。そんな彼女が、列席者の前でお金を貰い、礼を言わなければならない。とってつけたような、いや貰う人より、あげる側を際だたせてしまう企画にとても違和感を覚えた。
 誰がこの様な発想をするのか。日本人なら相手の立場を思いやり、ましてそれがハンディーを持つなら余計に思いやり、自らは謙虚に目立たないように行動すると思うのだが、その日も又、違った。教会では、何を言っても僕の考えは通らないから、残念な気持ちでその落ちを見ていた。
 その時の僕の感じ方がまんざら間違っていなかったのではないかとその後確信した。コーヒーを飲んでいるときに、その女性が、かの国の女性に名刺を渡していた。それによると彼女のご主人は、かなり大きな会社の役員だった。寧ろ教会に来ているどの人よりも地位があり、その分経済的にも恵まれているだろう。その女性がみんなの目の前でお金を貰うという行為を本当に「有り難い」こととして受け入れたとしても、如何にも弱者のように、又こちら側が如何にも恵まれている人達のように見えてしまうのはどうだろう。本当に困窮した人でももちろんのことだが、衆目に晒される屈辱をほんの一瞬でもこちら側が頭によぎらせただろうかと疑ってしまう。人の目に付かないところでそっと手渡すくらいの配慮があっていいのではないかと僕は思った。
 考えすぎだという反論もあるかもしれないが、考えて考えて手を尽くす職業を30年もやってきたら、そして毎日10人くらいの悲鳴をメールで読ませてもらえば、反射的に上記のような判断をするようになる。何気なく「ありがとう」と小声で言える女性に相応しいのは、もったいぶった式ではなく何気なく「どういたしまして」と言える小さな声ではないだろうか。さもないと善良で謙遜な信者の何気ない優しさが色あせてしまう。


2013年01月09日(Wed)▲ページの先頭へ
放送
 都会の人が偶然その放送を聞いたら、戦争でも起こるのかと思ってしまうだろう。三陸の大津波で少しは知名度が上がったかもしれないが、田舎には放送施設があるところが多い。特に海岸沿いの町には必需品かもしれない。と言ってもいつもそんな物騒なことに使われるのではなく、日常の伝達手段として普及している。
 朝早く放送されるほとんどは訃報だ。今朝もそうした知らせがあった。昨年からそれを担当している地区の一番の世話役は僕より一歳年下なのだが、なかなかヒューマニティ溢れる放送をする。嘗て何代の世話役が放送を担当したか分からないが、彼ほど私情をにじませる人はいなかった。寧ろ徹底した事務的な語り口こそ良しとされる土壌の中で、彼の個性は光っている。勿論かなり抑制はしているがそれでも感情が漏れ出る。悲しいときには哀しさが、嬉しいときには喜びが、選んだ言葉からこぼれ出る。恐らく意図的に放送形態を変えたのだろうが、その効果は十分出ている。言葉の向こうにある感情が静かに伝わってくるのだ。オーバーなものは頂けないが、抑制された語りの中に十分気持ちが込められている。そしてそれだからこそ朝早くから、穏やかな気持ちで訃報にも接することが出来る。 決して変革を買って出るような人ではないが、きらりと光る知性に感心しながら放送を聞いている。


2013年01月08日(Tue)▲ページの先頭へ
返還
 「さすがに野ウサギを見るのは珍しいですね」と言う言葉自体が珍しい。この辺りだとあり得ない会話だ。ただその方の住む所は牛窓よりかなり北、それも山里?を連想するような土地だからありうるのかも知れない。
 「猪と遭遇するとさすがに恐いですね。結構大きいんですよ」も又さすがと言うしかない。なんでも愛犬と散歩していたらしいのだが、結構猪と近づくまで犬が気がつかなかったらしい。室内犬だから自然の能力が欠如してきているんだろうとは僕の意見だが「でも犬だったら気がついてよと言いたいですよね」と彼女は笑いながら答えた。「猪は夫婦だったんですよ。本当に恐かったです。犬を抱いて必死で走って逃げました」とまるで目に浮かぶ狼狽ぶりを教えてくれたが、2匹を夫婦だと断定したところが少しだけ気になった。大きな猪が2匹いたらしいが、それだけで夫婦と決めつけることは出来ない。兄弟かもしれないし、姉妹かもしれない。従姉妹かもしれないし近所の連れかもしれない。恋人かもしれないし敵どおしかもしれない。
 こうして笑い話に出来るのは彼女が無事だったからだが、今地方は時代を何歩も引き返している。嘗て開拓されたところを自然に返還しているようなものだ。それはそれでいいのではないかと思う。悪戯に人間様だけが縄張りを広げてきたのだから、そろそろ他の動物に返しても良い。特に福島などはいやがおうにも全面返還しなければならないのではないか。やはり住むことは出来ませんでしたと、数年後に実例を持ってみんなが悟るようなことがないように祈っている。


2013年01月07日(Mon)▲ページの先頭へ
老婆心
 男でも老婆心と言うのかどうか知らないが、全くの老婆心だった。
過敏性腸症候群が完治した人で、今はほとんど必要ないのだが、恐らく高級な胃腸薬程度の積もりで半年に一度くらい漢方薬を頼んでくる人がいる。半年ぶりに電話をくれたから体調を尋ねると、1日に18時間くらい働き、食事はカップラーメンやホカ弁くらいらしい。それでまずまずの体調なのだからそれはそれで凄いことなのだが、僕の老婆心を吹き飛ばしてくれたのは、18時間も働かなくては仕事が追いつかないその超繁忙ぶりだ。巷では先生と呼ばれるある職業なのだが、それもかなり難しい試験に合格しなければとれない肩書きらしいのだが、漢方薬を送っている頃に開業するという話を聞いた。全く僕などとは分野が異なるので、詳細は分からないが、しかし自分で仕事を開拓する難しさは共通していると思うから、何となく気になった。敢えて困難な環境に飛び込まなくてもと、冒頭の老婆心が頭をもたげてきたものだ。なんとか軌道に乗って能力がいかせられたらいいなと、漢方薬を送る度に思っていたが、今日の会話で忙しさが伝わってきたから安心した。独立した人が忙しすぎるのは幸せだ。その逆はそれこそ心も身体もしんどいだろう。一所懸命働いているときにはよい循環をするから、それこそ心身共に心地よい。まして若い彼だから尚更だろう。
 過敏性腸症候群でいろいろなことを諦めている青年は多いと思うが、そんな必要はない。能力不足や環境に恵まれないで諦めるのは仕方ないが、この忌まわしい病名?では諦めて欲しくない。それが証拠に、僕の所には彼を始め沢山の夢を掴んだそのトラブルの人達がいる。もう数年も経てばこの世からいなくなるだろう一部の老人ばかりに富や権力が集中している世の中で、後何十年も生きていかなければならない若い人達が、ほんの少しの喜びも享受せずに耐える必要はない。その溢れる生命力を生かさない手はない。専ら創ることよりも壊すことが得意な世代がいつの世にも必要なのだ。壊すからこそ創れることに気がついて欲しい。


2013年01月06日(Sun)▲ページの先頭へ
迷い
 珍しく帰ってきたから、すぐ懸案の人の検査データを見てもらった。すると3行しかないデータなのに、少し考え込んだ。よその病院と表記方法が違うのかと思って待っていたらおもむろに「この人、だいぶ悪いよ」と言った。そして次に「この人肝臓が悪くなったことある?」と僕に尋ねた。偶然その話は家族の方が昼に来たときにしていた。嘗てある皮膚科の薬で劇症肝炎をやっているのだ。全身に湿疹が出て顔が腫れてもお医者さんは大丈夫と言い続けて、結局は劇症肝炎だったらしいが、その時の経緯などを詳しく聞いていた。「それとこんなに急激に値が変化するときは膵臓を調べた方がいいよ、癌があるかもしれないから」と続けた。
折角帰ってきたのに職業の延長線の話をして悪いと思ったが、これで僕もより深く、より効率的にお世話できる。この方にとっては、現代治療のお手伝いとしての漢方薬だが、息子が心配しているようなことを払拭しておかないと、努力の方向性が全く異なってくる可能性がある。
 いつからこんなに酒が強くなったのかと思われるほどよく飲み、それでいて全く顔色も態度も変わらない。自分で酒を解毒する酵素が多いかどうか調べて、どうやら多いらしくて、いくら飲んでも食道や膵臓の癌にはならないなんて言っていた。折角の休みなのでそちらの方面の会話はしないように努めたが、それでも時にはなかなか興味深いことを言う。大きな病院に勤めていたからこその経験も多いが、時にはマイナス面も経験したようだ。色々なことを感じながら仕事をしているんだなと冷たいビールを飲みながら僕も考えていた。
 息子に教えて貰ったことを、その検査データの家族に言うべきか朝から迷っている。そこまで薬局に期待などしていないだろうが、知ってしまったからには黙っておくのもどうかと思う。とても献身的にお世話をしているお嬢さんだから、主治医をさしおいても許されると思うのだが。


2013年01月05日(Sat)▲ページの先頭へ
もし
 彼は浪人中に過敏性腸症候群の相談にやってきた。予備校の授業は勿論、運良く合格してから後も不安だったのだろう。漢方薬が奏功して見事大学に合格したのだが、5月の連休にはもう辞めてしまった。入学したのは第二希望だったが、辞めるほどのレベルではなかった。関西に住んでいる人間にとっては馴染み深い大学だった。余りにも唐突だったので理由を尋ねたら、お母さんの体調が悪いと言うことで、彼が家に帰って手伝うと言うことだった。何の病気か尋ねたけれど確か「悪い病気」とかなんとかごまかされたような記憶がある。
あれから数年経っているだろうか、彼の口から今もお母さんの体調が思わしくないと聞いた。そのせいで眠りが浅く、料理も自分が作っていると聞いた。それだけ聞けばおよその見当は付くし、実際に当たっていた。彼のように若い男性が、家事の真似事をしなければならないほど、お母さんの体調が悪いのだから、自分の体調管理もままならないだろう。 不幸とか不運とか、平等に巡ってくるならそれはそれでいいが、どうもそうは見えない。いくつものそれらに同時進行で襲われている人もいるし、順繰りに絶えることなく押し寄せられている人もいる。だから不運というのだと言ってしまえばそれまでだが、その逆も多いから受け入れることが出来ない。もし母親が元気だったら、もし父親に理解があったら等といくつもの「もし」を重ねなければ辿り着けない平凡に見放されても尚、懸命に生きる若者達が愛おしい。


2013年01月04日(Fri)▲ページの先頭へ
残高
 正直その態度の悪さ、いや恐らく悪意はないのだと思うが、余りにも愛想のなさに応対するのがいやになる人物だ。だけど何故かもう10年やそこらやってくる。薬局に入ってきてから出ていくまで口を利かないこともしばしばだ。ほとんど物体に向かって応対しているようなもので、その屈辱はいつになっても耐えられるものではない。ただその人の親がもう30年は足繁く通ってきてくれているのでなんとか耐えられるのだと思う。
いままでは100%親の遣いだった。自分のものを求めたことはない。ところがその日は違った。自分のための薬を要求した。それどころか自分の症状を尋ねもしないのにしゃべり出した。ある苦痛を訴えたのだが、その時点で僕はそのやつれ具合から想像できていた。
 職業的には恐らく落ち度無く応対できたと思うが、やはり経緯があるから、プラスして何かを与えようとは思わなかった。養生を始めアドバイスできることはいっぱいあるが、とてもその気にはなれず、必要最低限の相手をしただけだ。窮地に陥ったとき、いくら態度を変えても、それはもう通用しない。余程寛容か修行者でない限り、掌を返されても同じように掌を返すことは難しい。強がりもせず、いきがりもせず、ごく普通に接していれば多くの援助を得られるだろうに、中年になってもガキ大将みたいに振る舞った付けは大きい。
 いつ何時、誰だって弱者に陥る可能性はある。その時は恐らく多くの援助無くしては生きていくことすら難しい。その時のために、心の貯金を他人様にしておかないと、引き出そうにも残高はない。低金利の時代を生きるには低姿勢が必要だ。


2013年01月03日(Thu)▲ページの先頭へ
3連休
 思えばこの3連休中、とても良い人達に出会えた。予期せぬ人達ばかりだが考えてみればそれだけ多く外出していたことになる。そして全く仕事をしなかったことも珍しい。と言うより初めてかもしれない。記憶を辿りながら経時的に書く。3日間ともかの国の女性達と行動を共にしたから、しばしば登場するかもしれないが、ご容赦願いたい。明日からはいつもの薬局の光景について書けると思う。
 シスターと言うのは一生をキリストに捧げると言う職業?なので見かけどおり堅苦しいものと思っていたが、元旦に会ったシスターは僕の先入観を完全にうち消した。生身の人間で、キリストに全てを捧げるという一点以外は僕などと何ら変わらないのだと思った。ただちょっと上品と下品の差はあるが、こと世の中の見方などはすこぶる似ていると思った。福島で働いているらしいが、マスコミなどで隠し続けられていることを誇張無く教えてくれた。決して高尚ぶる事なく素直な表現だった。謙遜を本当に身につけているからわざとらしさが全くなく、こちらの緊張感を自然にとってくれた。調子に乗って僕は年上のおじさんとして彼女に自分の身の安全も守ってねとお願いしたし、献身もいいけれど、放射性物質をまき散らした犯罪者が今でものさばっている状態を決して容認することもないようにともお願いした。教会でこのテーマで話し合えた最初の人になった。
 このシスターを、彼女が幼い頃から知っているという夫婦と寒空の下で色々話をしているときにシスターがご両親と一緒に帰って行った。まるでその頃の関係のまま話しかけるその夫婦やシスターのご両親やいつも顔が笑っている老人、いわゆる長崎県から移り住んだ人達のりきみのない教会との接し方に救われた一日だった。
 目的地までに4回も乗り換えをしなければならなかったので、正直かなり負担だったのだが、加古川辺りで乗り込んできた若いお母さんに手招きして席を譲った。ベビーカーで赤ちゃんを、そして手つなぎで幼い子供を連れていたので、ごくごく当たり前の行為なのだが、当のお母さんが本当に気持ちの良いお辞儀をしてくれた。その光景を見ていたかの国の女性達も席を立って、他の親子連れに席を譲った。すると又その女性もとても気持ちの良い笑顔で礼を言ってくれた。そして僕達が降りるときには顔を見合わせお互い会釈をして別れた。
 「次は須磨」などとアナウンスされれば、須磨水族館の最寄りの駅だと県外の人間だったら思うだろう。当然僕もやっと着いたかという安堵の気持ちで電車を降りた。かの国の女性がトイレに行っている間に、改札を出てから左右どちらに行けばいいですかと駅員さんに尋ねた。すると最寄り駅は「須磨海浜公園駅」だと教えてくれた。歩いてもいいが30分くらいかかりますよと言いながら、観光地図をくれた。おかげですぐ次の電車に飛び乗り遅れをとることなく、スケジュールどおり行動できた。同じように元町駅でも駅員さんにその界隈の地図を頂いた。
 「オタク本当に神戸の人?」と皮肉ではないが尋ねてみたくなった。実際地元の人だったのだが大都会ともなればやはり全てを把握するのは難しいのだろう。決して穴場的なところを尋ねているのではないが、懸命に携帯電話を操作してくれる割には、なかなか結果が出てこない。じれったいのをこらえて寒い店の外で彼の親切に付き合ったが、結局アクセサリーを物色していたかの国の子らが出てきてしまったのでねぎらいの言葉を残して去った。
 いつもの僕なら退散間違いないのだが、折角有名なエリアに案内しているのだから、ここで中国料理をあきらめる手はないと、人でごった返している通りをかき分けて、なんとか席がとれそうな店に入った。だがさすがに甘く、2回の席まで全て埋まっていた。ここを出ても同じことの繰り返しだと分かっていたので腰を据えて待とうと階段の踊り場にいたら、それを見つけた5人ずれの家族が、慌てて席を立ってくれた。そしてすれ違うときにお母さんらしき人が「どうぞ」と声をかけてくれた。中国語訛りのスタッフばかりだったから、そしてその家族の顔つきがそちらの方のように見えたから、その親切がとても嬉しかった。政治家同士が保身のために鋭利な言葉を使いたがるが、庶民レベルではそんなこと所詮どうでもいいのだ。
 そんな親切を受けたから、僕らが食事をしているときに男女二人連れの同席を頼まれたが、気持ちよく同意した。先に食事を終えて席を立つと、二人が有難うございましたと礼を言ってくれた。まるで田舎の人と接しているときの光景が都会の人との間で再現できたので、当たり前の挨拶でさえ特別耳に心地よかった。こうした喜びに優るものはなかなか無いが、それが連続して起こったことに、そして一瞬心と心を通じ合わせられた人達に感謝。
極めつけは今日の出来事。かの国の人で神父になろうと勉強している男性と、かの国の女性二人と僕、勿論神父さんの5人で昼食を頂いた。勉強中の男性の手作りなのだが、料理は勿論、3時間もの間何ら修飾されない話が出来て良かった。わざとらしさが一切無い会話をひょっとしたら初めてその教会で出来たかもしれない。そのお陰なのかもしれないが、男性を岡山教会に送ったときに、つなぎの服を着て寒空の下一生懸命駐車場を掃除している人が目に付いた。僕が嘗て一番○○教会でお会いし続けたいと願っていた家族の方ではないかと気になった。教会に来られなくなって、そして僕も又行けなくなって以後お会いすることは出来なかったが、いつも気になっていた。マスクをしていたので顔は分からなかったが、僕は「今この時点で一人もくもくと駐車場を掃除している人」と言う事実だけできっと彼ではないかと思った。すると僕の視線に気がついてくれてマスクをはずしながら挨拶をしてくれた。少しだけ近況を話し合っただけだが、僕など足元にも及ばない善良を持ち合わせている人との再会に感謝した。
明日から又仕事が始まる。僕の気持ちはうきうきしている。少しでもお返しすること。その為なら何でもする。そうした高揚感をもたらしてくれた3日間だった。


2013年01月02日(Wed)▲ページの先頭へ
福袋
 嘗ては、何度も何度も繰り返していたことだが、3年も間が空くと全てが新鮮に思えた。 僕は勉強を兼ねないと余程のことがない限り出歩かなかった。まして県外となるとほぼ100%近くその原則を守っている。だから今日のように勉強会や講演会の出席を兼ねない出歩きはとても珍しい。ただ僕にはやはり大義名分が必要でかの国の子の希望を叶えるという理由を確実に準備していた。
 最も親しくなった子がこの4月に帰国する。後進国の人が一度帰国して再入国するのは難しいと教えられたことがあるから、それが本当かどうか分からないまま、何か願い事を叶えてあげると言ったら、イルカを観たい、新幹線に乗りたいの二つを答えたから、一挙にその二つを叶えてあげられるコースを考え今日実行した。毎月のように神戸に行っていたから、須磨水族館と元町辺りの散策で両方の希望が簡単に叶えられると思った。案の定、簡単に立てていた計画よりももっとスムーズに内容も濃く楽しむことが出来た。
車窓の景色も駅の構造も3年前とは何ら変わらなかったが、その場に立ちながら復習しているようなもので前もって想像することはほとんど出来なかった。目の前に現れる景色を一つずつ確かめてかの国の子達を案内するのがスリリングで楽しかった。彼女たちはどうして僕が大都会の路地まで案内できるのか不思議がっていたが、当時何年も、僕は手本になる薬局を神戸を訪ねるたびに探し回った。その甲斐があって地理は自然に覚えることが出来たのだが、悲しいかな、参考になる薬局など1軒も見つけることが出来なかった。それどころか今日など大手のドラッグストアは見つけることが出来たが、個人の薬局など見つけることすら出来なかった。最早あのように地価が高いところではやっていけれないのだろう。いくら肩がぶつかり合うような人の波でも、素通りされては成り立たない。
この3年間毎日曜日を教会に費やして、ほとんど県外での勉強会出席を取りやめた。県外の勉強会出席は趣味と実益を兼ねて、又その結果が人を救うことにも繋がっていたのだが、何故か教会に通えばもっと多くの人を救うことが出来ると錯覚していた。今は教会は人を救うためにあるとは思えなくなったから、過剰な期待を寄せてはいない。だから嘗てのように知識に飢え、飛び回ってみたくなった。
「幸せ」と顔を紅潮しながら言ってくれたこの子の笑顔に優る福袋は延々と続く商店街の何処にも売ってはいなかっただろう。


1 2    全31件


漢方薬を初め天然素材の薬を用いて、さまざまな慢性疾患の回復をお手伝いします。
お店のホームページ
お問い合わせフォーム

☆★ FAXで漢方相談 ★☆
※漢方のご相談は「漢方相談FAX用紙」を印刷し、ファックスもしくは郵送でヤマト薬局までお送りください。

新着エントリ
本丸 (6/23)
必然 (6/22)
生花 (6/20)
武器 (6/19)
偏差値 (6/18)
感性 (6/16)
修正 (6/14)

新着トラックバック/コメント
沈黙 (6/23)
(6/23)
友情 (6/23)
成長 (6/23)
奇跡 (6/23)
普通 (6/23)
平穏 (6/23)
緊張 (6/23)
接点 (6/22)
禅問答 (6/22)

■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
[E-mail] ご相談はこちら
[URL]

カレンダ
2013年1月
   
   

アーカイブ
2006年 (266)
4月 (25)
5月 (29)
6月 (31)
7月 (30)
8月 (31)
9月 (29)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (30)
2007年 (354)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (30)
4月 (31)
5月 (30)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (22)
11月 (29)
12月 (31)
2008年 (366)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2009年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2010年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (30)
11月 (30)
12月 (31)
2011年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2012年 (365)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (30)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2013年 (366)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (32)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2014年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2015年 (364)
1月 (31)
2月 (27)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2016年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2017年 (174)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (23)

アクセスカウンタ
今日:621
昨日:5,202
累計:6,567,987