栄町ヤマト薬局 - 2013

漢方薬局の日常の出来事




2013年12月31日(Tue)▲ページの先頭へ
大掃除
 「ウタヲ ウタッテモイイデスカ?」僕の薬局は寮から5分もかからないのに、車に乗るやいなやみんなで合唱を始めた。異国情緒な旋律が興味深かったが、それ以上にどうしてこんなに楽しそうに、僕の薬局の大掃除に来てくれるのだろうと思った。「ごめんね、ごめんね」と何度も繰り返すしかなかった。
 去年特別親しくしていたかの国の女性二人が、日本の大掃除と言う風習を覚えたのか年末に手伝いに来てくれた。僕らが仕事をしている傍で気がつくところをきれいにしてくれた。今年はそのことを言い残してくれていたのか、昨日になって11人が大掃除の手伝いに行くと言ってくれた。手伝いと言っても、大掃除の習慣がない我が家にとっては、中心になることは目に見えていた。 
 2台の車で迎えに行き、今パソコンに向かっている僕の傍で3人が、2階で5人、3階で3人が、それこそ熱心に、いや寧ろ本職のように掃除をしてくれている。我が家では挑戦する前から諦めそうな、何年も前のセロテープの残骸まできれいにしてくれている。階上では三脚に上がり、不安定な体勢で、むき出しの梁に積もった綿ゴミを時にモップで、時に掃除機できれいにしてくれている。下からでも見えていた綿ゴミが見えなくなっていた。
 3階では、長年使っていなかった部屋のガラス窓にへばりついていた黒カビを丁寧にふき取ってくれている。2階でも3階でも「ごめんね、ごめんね」を繰り返すが「ミンナ、オソウジダイスキ」ととびっきりの笑顔で返してくれる。
 恐らく会社では私語を禁じられているから、このかしましい○○○○語の洪水の中で、郷愁を断ち切って決意を新たにしているのだと思う。今日一人だけ大掃除に来れなかった女性は、国に幼い子供を残している。昨夜自分のパソコンが自由に使えだして、恐らく国に残した家族とスカイプで繋がったのだ。そのあげくのホームシックを薬で治るなら治してあげたいし、言葉で治るなら話を聞いてあげたい。見るからに優しすぎる女性が一人苦しむことだけは避けてあげたい。
 年末年始を覆う空虚なマスコミの演出よりはるかに格調高いドラマを、僕は毎日見させてもらっている。


2013年12月30日(Mon)▲ページの先頭へ
真顔
 今頃は怒り心頭、火を噴いているかもしれない。
折角年末年始の休暇に入っているのに、岩田天心堂の専務に大変なお願いをした。昨日かの国の来日したばかりの女性がそれぞれパソコンを買った。ビックカメラまでは連れていってあげたのだが、なにぶん全くパソコンが分からないから、初期設定やかの国の言葉で使うようにまではしてあげれない。そこでいつも困ったときには岩田天心堂の専務に頼むことにしている。
夕方、専務がやってきてくれた。丁度そのとき薬局内には時々漢方の勉強に来る薬剤師がいた。一度だけ二人は僕の薬局で会っているから面識はある。薬剤師はすぐに彼が誰だかわかったようだが、専務の方は首を傾げたままだ。僕が悪戯に「○○○○人のリーさんです」と紹介すると、彼は嘗て僕が一度パソコンのことで○○○○人の所に連れていったことがあるから「そうですよね、一度お目にかかったことがあるのは分かるのですが、名前まではどうも」と申し訳なさそうな顔をした。薬剤師は吹き出しそうになるのを我慢して、口に手を当てたまま笑い続けた。それを見て専務は尚「ごめんなさい、○○○○の方って言うのは分かるんですが、大勢いらしたのですいません」とまだ謝っている。専務は本当に困っているようだったので、もう限界だと思って「この方は時々勉強に来る薬剤師さんだよ」と種明かしをすると、まるでドッキリカメラの結末のように、照れ笑いをした。 専務は薬剤師の顔を見て以上のようなリアクションをしたのだから、見るからに○○○○人に見えたのだろう。別に○○○○人に見えることが屈辱ではないし、いや寧ろ美人も結構いるし、飾り気のない、いや、飾るのがまだ下手な女性は白人なんかより輝いて見えることも多いから誉れでもあるのだろうが、やはり日本人に見えなかったことはショックかもしれない。ただ薬剤師はとても奥ゆかしい出来た人だから、包容力のある優しさで専務の踏んだ地雷の処理をしてあげていた。
 ようやく全てを思い出し謝った専務も、そしてそれを楽しんだ僕も薬剤師も楽しい時間を過ごした。ただ専務が帰り際に「あの薬剤師さんは○○○○人だったのですか?」と真顔で聞いたのが未だ気にかかる。


2013年12月29日(Sun)▲ページの先頭へ
窒息
 県内でも玉野市と一二を争う温暖な牛窓でも、さすがに昨日からの冷え込みで今朝は氷が張っていた。日曜日だから朝のウォーキングも2時間遅れだったのだが、それでもしっかり氷が張っていて、水たまりに出来ている氷の上を歩いては、割れる音や感触を楽しんだ。
 ただ凍り付いているのは牛窓だけではない。国中や、沖縄ではもっと人の心が凍り付いたに違いない。何でもありの政治が、いつか糾弾されることもなければ、政治家が辞めた後でも糾弾されることがなければ、いつまでも強者の都合で全てが動いてしまう。そうでない時代を未だ見たことがないが、ますます遠ざかっていることだけは確かだ。科学が発達しても、多くの人はまだ精神的に小作なのだ。それを素直に受け入れているから、未だ江戸時代か。
 テレビも新聞も雑誌も、醜い顔のオンパレードだ。正義感に満ちたり、慈愛に富んだり、知性の塊だったり、一目見て分かるような顔が出てこない。悪と痴呆をまぜたような顔ばかりだ。そうした奴らに家畜のようにこき使われて、氷の割れ目からやっと息をしていることに気がつかない。僕の体重で割れるような牛窓の朝の氷ならいいが、そのうちきっと誰にも割ることが出来ない氷でみんな窒息させられてしまうだろう。巻き添えなんか、まっぴらだ。


2013年12月28日(Sat)▲ページの先頭へ
歌詞
 米ファストフード大手マクドナルドの社内サイトに、ハンバーガーなどのファストフードは食べない方がいいという助言が掲載されていたことが分かり、メディアに注目されている。今回注目を集めることになったのは、社内サイト「マックリソース」に掲載された写真。チーズバーガーとフライドポテトと赤いカップに入った飲料の写真には「不健康な選択」という説明書きがあり、その隣のサンドイッチとサラダと水の写真には「健康に良い選択」という説明が添えてあった。

 ヤフーに載っていた記事だから多くの人が読んでいるとは思うが、僕みたいな職業の人間にとっては、その手のものが国内で展開され始めたときから、口にするべきでないことは分かっていた。恐らく僕は一度しか食べたことがないのではないか。子供達にせがまれて一度行ったことは覚えているが、子供達さえも二度と行こうとは言わなかった。
 上の記事のマクドナルドの所に他の会社名を、ハンバーガーの所に他の商品名を入れたらかなり多くの記事が書けるのではないか。自分たちではとても怖くて消費できないようなものだって一杯出回っているのではないか。業界の人だったらそうした裏話に事欠かないだろう。いっそのこと暴露して首にでもなった方がいいくらい考えている人もいるのではないか。いやいやこの国ではそんな気骨のある人はいないか。
 僕の属している薬業界でも同じだ。必要のない薬がどんどん作られ、消費者と化した人間の胃袋の中に捨てられている。僕の先生が教えてくれた「食べれて、排泄できて、眠れれば健康」からしたら、又かの国の女性が言うように、倒れたときと吐いたとき以外は病院に行かないからしたら、ほとんどの人が健康だ。この国の人は朝から晩までマスコミに脅され、薬の廃棄物処理場に進んでなっている。一体本当にそれらを開発した製薬会社の人間が自分で服用するだろうか。自らが作ったキャッチコピーを本当に信じて飲むだろうか。
 経済最優先と言えば格好いいが、要はお金、金、銭。この国のトップ?からして品のない顔をしているが、それが下々まで行き渡ってきた。「ボロは着てても心は錦」誰かが唄っていたが、今では決して受けない歌詞だ。




2013年12月27日(Fri)▲ページの先頭へ
総動員
 「わしらみたいなコテにはどうにもならん」と言うから、剣道をしているのか、大阪のこてこてのギャグかと思ったが、前後のつじつまがそれでは合わない。分からなかったから「コテって何?」と尋ねると「大手の反対」と教えてくれた。専門の業者が言うから冗談ではなく正式な言葉かと思ったが、ニヤニヤしながら言ったから恐らく単なる洒落、それも口べたな土建屋だから精一杯の洒落なのだろう。
 風呂の改装を頼んでいる業者から何の音沙汰もないので、以前から気になっていたことを丁度よい具合に入ってきたその男性に尋ねてみた。僕が牛窓に帰ってからのつき合いで、牛窓では大手の建設会社の専務だった人だが、僕の得てていないところに滅法得てているので、何となく補完関係みたいな人間関係を保っていた。都合のよいことに薬が好きな人だったから足繁く通ってきて色々なことを教えてもらったし、実際に僕の薬局もそこの会社に建ててもらったりしていた。
 もう彼は引退しているので、今は娘夫婦と感性が合う業者に色々なことを頼んでいるが、10月に頼んでいる風呂の改装を未だ始めない。気になっていたのは、岡山駅の傍にイオンモールが出来るから、県内の業者はみんなそちらに行っていて、他の仕事には手が回らないと言ううわさ話だ。まさか一軒の建物を建てるだけで県内の業者が総動員なんて考えられない。
 そのことを尋ねてみると、噂ではなく真実なのだそうだ。どれだけ大きなものが出来るのか知らないが、県内の業者では手が足らず、県外からも引っ張ってきているらしい。ここからはやや専門的であまり理解できなかったが、大きな仕事になればなるほど手形の期限が長くて、余程しっかりした会社か、逆に現金でもらえる孫請け、ひ孫請けでないと難しいのだそうだ。その男性の小手発言は実は手形が落ちるまで待つことが出来ない会社の規模を自虐的に表現したものなのだ。
 それにしても一つの建物を建てるだけで県内の職人総動員とは。そう言えばその会社の息子か何かが政治家で結構な地位を占めていたような。庶民の風呂の改装さえさせてもらえないのだから、庶民のための政治など出来るはずがない。アホノミクスも何様かと思うくらいはしゃいでいるが、所詮どっちに転んでも同じ穴の狢だったのだ。


2013年12月26日(Thu)▲ページの先頭へ
お礼
 結構合理的な僕だから、奈良へは色々な目的を持って行った。その中の一つは、春に牛窓を訪ねてくれたかの国の4人の女性の中の3人が、かなりの体調不良を訴えていたからだ。
その中の1人は、いつも胃を押さえていた。折角牛窓に来たのにご馳走も食べれないのかと不憫に思い、ある薬を飲ませると劇的に効いた。この劇的というのは彼女にとってのことで、僕らの職業では当たり前のレベルの話でしかないのだが、とても喜んでくれた。話を聞いていると「胃が悪いのは遺伝で、お母さんも悪い」と言った。僕はその時深くは考えなかったが、その後息子に話をすると、東南アジアの人だからピロリ菌がいるのだろうと言うことだった。若い女性が潰瘍気味なのは、それも勝手に遺伝と思いこんでいるのは気の毒だから、出来れば岡山に呼んで息子に診せようと思ったのだ。
 恐らく井戸水を飲んで育ったのではと息子が言うのでそのことを確かめてみた。すると、井戸水は勿論、雨を集めた水を飲んでいたらしい。目の前にいる女性達は、ほとんど日本人と区別が付かないような顔つきで、よく喋りよく笑い、日本人以上に向学心に燃え、知的な香りさえ漂わせているのだが、そう言った人達がついこの前まで雨水を飲んでいたのだ。かの地に行ったことがないから想像する材料を持っていないが、彼女たちの今風の容姿と話の内容の乖離に驚いた。
 ピロリ菌という言葉のニュアンスが何か不潔感とか、ことの重大性を連想したのか少しだけ落ち込んだみたいが、治る病気と言うことを説明したら、希望を持ってくれた。折角日本に来ているのだから、そして折角僕と知り合ったのだから、根拠のない「遺伝」などと勘違いして持病として受け入れさせるのは気の毒だ。
 僕らが幼いときに接した人達と重なる純情さや向上心を持ち合わせている彼女たちの存在に、僕からのお礼だ。


2013年12月25日(Wed)▲ページの先頭へ
拷問
 もし1錠が636円するアリセプトを毎日飲んだとしたら1年で232140円。この人が5年間痴呆のまま生きたとすると、1160700円が製薬会社に入る。以下の情報によるとアルツハイマー病は鰻登りで増えていくから製薬会社に入ってくるお金が一体どのくらいになるのだろうかと思う。もう20年しないうちに7600万人だから116万×7600万で88兆もの金が会社にはいることになる。国によったら予算以上の金額になるのではないか。
 僕が暇に任せてこんな計算をするのは、母の経験で、又調剤薬局業務の印象で若年性以外を病気と呼んで治療するのが正しいのだろうかと思うからだ。母は静かに着実に老いていっていたが、勿論思考力も並行して、ただ一度だけアリセプトを飲ませたとき凶暴になった。その時の手の負えなさで施設を初めて頭に描いたのだが、薬を止めさせてからは又元の順調な老いに戻った。入所してからもその手の薬は断っているから、穏やかな表情を保っている。そして動きも言葉も少しずつ少なくなってきている。ただ見ていて、それがとても自然なように見えるのだ。外から何か介入しなければならないのかと思う。自然の流れに順調に乗っているのに。もう大往生しか僕には想像できない。
 もしあの手の薬が効くとしても、所詮岡山から東京に行くのに新橋で降りずに東京駅で降りるほどの差しかない。あの一駅のために116万円も使うとしたら、これから医療費を負担する次の世代の人達に気の毒だ。
 お腹を輪切りにし、それをお腹から取りだして如何にも脂肪がとれるように思わせるコマーシャルも法律では裁かれない罪に見えるが、この痴呆を巡る薬も同類に見える。単なる老いに経済上の視点で介入することは許されないと思うし、お節介も甚だしいと思う。何もかも捨てて去っていく人達の腕を掴んで苦しめてどうする。治療という名の拷問かもしれないのに。

国際アルツハイマー病協会(ADI)は、世界の認知症患者数が2050年までに3倍以上になる可能性があると、12月11日、ロンドンで開催されたG8認知症サミットで発表した。
現在、世界の認知症患者は推定4,400万人だが、2030年には7,600万人、2050年には1億3,500万人になると予測されるという。


語録
 昨日かの国の子4人と7時間一緒に過ごしたが、その間でもなかなか味わいのある会話が出来た。ひょっとしたら今一番真剣な内容で話が出来るのは彼女たちかもしれない。彼女たちといると9割は笑ってたわいもない会話をしているのだが、残りの1割は日本人ともなかなか出来ない内容の話になる。とても外国人と話しているとは思えない理解力に助けられて。
 かの国の名前を付けて○○○○語録としてとっておきたいくらいだ。思い出しながら書いてみたいが、1日あいたのが悔やまれる。もう頭からかなり?ほとんど?飛んで行っている。
 東大寺で入場券を買って彼女たちに配ると、「なんで日本のお寺は参るのにお金がいるんですか?○○○○では無料です」と言ったが、言われてみるとその通りだ。仏を拝むのにお金がいるのは矛盾している。何の抵抗もなく入場券売り場に向かう自分の思慮の足りなさを思った。
 人になついて向こうから近づいてくる鹿達は、近くで見ると結構毛が汚い。飼い犬くらいしか近くで見る機会がないので、そしてそれらは十分世話が行き届いて往々にして毛並みがいいから、鹿の毛の汚さが目に付いた。僕が「ブラッシングでもしてあげればいいのに」と言うと、一人の子が「それは鹿にとって気持ちのよいことかどうか分かりませんよ」と言った。「なるほど」と一瞬で脱帽。
 今回奈良を訪ねたのは、大学に留学生としてきている4人に会うためだったのだが、もう一つ重要な目的があった。この春帰国した子が、日本に来たがっているのだが、彼女が来ようとしている語学の専門学校がどうも腑に落ちないのだ。実際に訪ねたり、インターネットで調べた内容を持って彼女たちの意見を聞きに言ったのだが、一通り僕が説明をすると「あやしい」と一刀両断だった。どう見ても勉強の為ではなく、勉強を隠れ蓑とした募集のように見えるというのだ。
 来年岡山の別の外国語学校に○○○○人が大挙やってくるらしい。その学校は実績もあるし、200人という数字を聞いたから安心材料としてその説明をすると意外にも「だめ、そんなに回りに○○○○人ばかりだったら日本語ではなく○○○○語で会話をしてしまうから、日本語の勉強できない」と言うのだ。これは僕の発想にはなかった。安全で安心でいいだろうと思ったのだが、向学心旺盛な4人ならではの得難い助言だった。
 大学がある街の駅に早く着いた僕が彼女たちを待つ羽目になったのだが、一人が少し遅れてきた。聞くと17時間連続でアルバイトをしていたらしい。それだけ働いて、やっと授業料や生活費を捻出できる。そこまでして学ぶ彼女らの口から不満は出ない。学ぶこととはこんなに喜びなのかと、かの国の子達に接する度に思う。そして数十年前に授業にも出ずに、パチンコのバネばかり弾いていた自分を恥じる。僕が彼女たちに何でもしてあげたいと思うのは、自身の青春時代への懺悔の気持ちなのかもしれない。車窓から見える大阪の街の灯りを見ながら、空しい時間をただただ消化していた当時のうらぶれた自分の姿を思い出していた。


2013年12月23日(Mon)▲ページの先頭へ
後ろめたさ
 これで少しだけ後ろめたさから解放された。
 かの国の子達が3年間の仕事を終えて帰っていくときには必ず挨拶にきてくれる。涙を浮かべたり、実際に泣く子達に向かってかけてあげられる言葉は「お父さんが行くからね、又すぐに会えるよ」だ。恐らく多くの子達に同じ言葉をかけている。別れを惜しんでくれる彼女たちに、実際は見送る僕の方が寂しいのだけれど、決して軽い気持ちで言っているのではなく、条件が整えば実行したいと思っているが、条件は未だ整わない。結果的には僕が嘘をついていることになるから、僕なりの誠意を見せて後ろめたさから少し解放されたいと思っていた。特に今日訪ねた子達の中の一人は数年前に不本意に帰国を迫られ、それも僕と別れを言う間もなく、泣きながら帰っていった子だから尚さらだ。帰国した彼女に絶対会いに行ってあげると慰めの言葉をかけたのに、それよりも先に彼女が日本に留学生として帰ってきた。
 何年ぶりだろうと言う景色はもう新大阪で始まった。新幹線から在来線のホームに降りたとき、階上の混雑には似合わない、あたかもローカル駅のような雰囲気を味わった。学生時代、なるべく新幹線代を倹約するために、岐阜から新大阪まで東海道線を利用して帰っていた。このホームで降りてそこから新幹線乗り場に移動していたのだ。もう30年以上経っているのに「変わっていない」と感じた。同じことは奈良の大仏でも感じた。もう来日して2年にもなる彼女達は学費を稼ぐために、ほんの電車で10数分の所にある東大寺さえ見物していない。ならばと言うわけで久し振りに東大寺に行ってみたのだが、バスから降りるやいなや、嘗ての記憶が蘇ってきた。
 世の中の変化が色々な形容詞を使って表現されるが、僕は寧ろ意外と変わっていないんだと今日感じた。変わっているようで実はそんなに変化していないのではなと思ったのだ。
出来れば日本人の心の中も同じ表現を使うことが出来たらと思うが、残念ながら心の方はかなり変わって、強欲が支配し、損得が物差しの中心になっている。
 それにしても一人旅の疲れないこと。最近はほとんど引率者だからかなり気疲れしていた。往復6時間の移動も全く苦にならなかった。情報誌2冊完読のおまけも付いた。


2013年12月22日(Sun)▲ページの先頭へ
満面の笑み
 母だけの特徴か、それとも多くの老人の特徴か分からないが、テーブルを挟んで腰掛け、声をかけた僕に、目をつむったまま話し始めた。つじつまはあってはいないが、声をかければ返事が返ってくる。
 大腿骨を折って退院後、初めて施設を訪れた。入院期間中はベッドに横になっていただけだから、衰弱がどのくらい進行しているのか気になっていた。ところが外見は全く変わっていなかった。寝たきりを防ぐために敢えて行った手術が功を奏していて、以前と同じように車いすにしっかりと腰掛けていた。
 何分経っただろうか、母が急に目を開けた。そして僕の顔を見ると満面の笑み、嘗て日常的にこぼれていた笑みそのもので・・・・「まあ、先生来られていたんですか」と言った。続いて「よくこんな所まで来て下さって」「こちらではあんまり診てくれんのですわ」と間をおきながら話し出した。その後は再びつじつまの合わない内容の連続だったし、満面の笑みも次第に消えていった。
僕を誰と間違っていたのか分からないが、どうも学校の先生ではなく医師のようだった。かかりつけの先生と、以前の施設の先生二人ともとても親切で優しい方だったから、そのどちらかだと思うのだが、どちらにしても息子には見せない満面の笑顔だから完敗だ。最後まで僕は先生で通したが、着実にしかもゆっくりと最後の儀式に向かって進んでいると感じた。もう待ち受けているのは眠るようになくなる大往生しかないと確信が持てる。苦しむことなく眠るように、それ以外の方が難しいように感じる。眼を閉じて眠っている時間が圧倒的に増えたみたいだが、そのまま本当の眠りにつくのだろうと母を見ていて思った。
 取り寄せ品のバームクーヘンをほとんど口にすることなく、まるでおもちゃのように数十分遊んだ幼い母を僕はすでに神に委ねている。


2013年12月21日(Sat)▲ページの先頭へ
評価
 昨日もらったFAXにも、今日もらったFAXにも「こんな私に・・・」と言うくだりがあった。こんな私などと言う表現を使われると、どんな私だろうと思ってしまうが、実は素晴らしい人なのだ。勿論評価は肩書き等でしているのではない。ただひたすら人となりだ。基本的に凄く明るくて、なんと言っても笑顔が自然ですこぶるよい。なのに「こんな私に・・・」なんて謙遜されると、ますます評価が上がる。
 以前にも登場したと思うが、「お陰様で・・・」という言葉が頻繁に、まるで接頭語のように出てくる女性がいる。今ではほとんど、伯父と姪みたいな乗りで会話しているが、その女性も会話だけで相手を幸せにしてくれる。ほとんど要件しか伝えないような僕には珍しい話し相手で、ほんの一時の解放感に浸れる。
 こうした人達に触れると、その種の才能を先天的に授かっているのか、あるいは母親などの力で後天的に与えられているのか知りたくなる。とってつけたような言葉が行き交う昨今、自然さ故に一際目立つ。
 この二人までは行かないけれど、この国でも多くの人が善良に暮らしている。そうした多くの「こんな私に」をほんの少数の「どんな奴」が踏みにじっている。まるで風景でしかないように人権を踏みにじり欲望を極める。謙遜を知らない奴らに何を委ねようと言うのか。巻き添えだけは御免だ。


2013年12月20日(Fri)▲ページの先頭へ
日本のエーゲ海
 風が吹けば寒くて、無風なら冷たい。じっと薬局の中にいる僕は戸外の正確な情報がつかめないから、挨拶が正確ではないかもしれない。
日本のエーゲ海と銘打って観光客を呼び込もうとした頃もあったが、今は誰も口にしない。それはそうだろう、日本海のあの薄暗い冬の海でも日本のエーゲ海で売り出していたところがあったのだから、言ったもの勝ちでは価値がない。せめて牛窓くらい温暖な所なら許されるかもしれないが、雪で凍える町には似合わないだろう。
 「冬、千手の峠が凍るようなことはないんですか?来れないと困ります」と、初めての牛窓の冬を経験するくみちゃんが心配顔で言った。恐らく岡山県でも玉野市と並んで一番温かいだろう牛窓で、路面が凍るようなことはない。まして彼女が出勤してくる頃には、多くの車が通った後だから、氷も溶ける。
 経験すればすぐ分かることでも、未知なる分野を正確にイメージすることは難しい。しかし日本のエーゲ海と実際とかけ離れた冠でもつけられと、俄然想像力はかき立てられる。そう言えば嘗て、何々銀座というのがどこの町に行ってもあった。およそ銀座とはかけ離れた寂れた商店街でも名乗っていた。大風呂敷甚だしいが、錆びたアーケードの入り口に悪びれもせず看板が掛かっている。僕に言わせればこの誇大広告は銀座ではなく土下座だろうと思うのだが。


2013年12月19日(Thu)▲ページの先頭へ
氷川きよし
 先日は美味しいパンを有難うございました。作り手の顔がもろ至近距離で見られたので興味深く、勿論美味しく頂きました。みんなで分けたので、僕は恐らく米パン?粘着性が高く、頂上に程良くクリームが塗られているもの、を頂きました。僕はあのねちゃねちゃの感触が好きなのです。当たりでした。
 さて、CDの件ですが、奇遇とはこんなことを言うのでしょうね。二つ奇遇が重なっていますから偶遇と言うのかもしれませんが。
 一つ目は、貴女と僕の話を聞いていて、あのCDを娘がパン屋さんの店舗の中でも流すといいのにと思っていたそうです。二つ目は、あれは輸入物で、注文していたのになかなか届かなかったそうです。そこで娘は他の会社に注文したそうです。結局同じものが二つ届けられたことになります。(厳密に言うと日本版は最後の曲にサービスとして山下達郎のクリスマスイブが入っているかどうかの差はありますが)。貴女のFAXを見て娘が、差し上げてとすぐに言いました。そんな経緯を知らなかったので驚きました。娘は、あの時貴女に差し上げようかなと迷っていたらしいのです。娘は迷い子のCDの里親が出来て喜んでいます。今日発送しますから、心地よい時間を過ごしてください。

 心の中に入っていくことは出来ないが、薬局の中で待っていてくれるときの心を少しだけ垣間見ることが出来た。
 薬局で流れていたジャズを気に入ってもらえて、CDの名前を教えてとFAXが入ってきた。それに出した返事が上記の文なのだが、それに対して再びお礼のFAXが入ってきた。それによると彼女は薬局で流れているBGMとお茶でほっこりした気分になって頂けていたみたいだ。「いつまでもいたいなあ」と思っていてくれたみたいで、娘たちのこの数年の努力が認められたんだと、親として有り難かった。僕が中心でやっていた頃はフォークソングがかかり、いや最近はレげエなどもかかり、合理的なものの配置で、全く遊びの空間がなかった。掃除も行き届かなくて、全く男所帯そのものだった。娘たちが中心になってからは、ほとんど僕の色がなくなり、音楽も飲み物もイスもテーブルも床までも変わった。今では薬より店舗を褒められることの方が多い。
 「以前のジブリジャズも好きでしたが、クリスマスジャズは正直うるうるきてて・・・」僕はクリスマスはさすがに分かるが、ジブリジャズは分からなかった。娘に尋ねてみるとそうだと言った。薬局という場所は楽しい所ではないから、何とかして楽しい場所にしたいと思って若い2人も頑張っているのだろうが、その効果を客観的な評価として聞かせてもらえたのは二人の励みになるだろう。
 若い2人が朝くる前、夕方帰ってからが僕の嘗ての空間になる。その時だけ遠慮無く好きなCDを今までは聴いていたのだが、明日からは1日中クリスマスジャズだ。もう氷川きよしは聴かない。


2013年12月18日(Wed)▲ページの先頭へ
修復不能
 「あれっ、今の電話の方は○○さんですよね、まるで別人ですね」とくみちゃんが言ったが、恐らく多くの人が同じ印象を持っているのではないか。体調がよくなればこんなに話し方が変わるのだ。最初に相談に来たときは薬局の中でのやりとりを聞いていただろうし、2週間後の注文の電話を受けたのがくみちゃんだから、当時(数ヶ月前)と今日の電話の話し方の違いに驚いていた。
 しかし、えてしてこんなものだ。話し方がゆっくりとし、相手の言うことを遮ることなく最後まで聞くことが出来れば、心は落ち着いている。伝えなければならないことを
漏らさず伝えられるし、教えを請わなければならないことは素直に聞いて知識に変えることが出来る。こうしたよい循環がますます心のトラブルからの解放を早める。
 見るからに高級そうな皮の服。片手をズボンのポケットにつっこみ、斜に構え報道陣に北の将軍様かと思えるような尊大な態度を示す。これが僕の唯一持っている、汗をスーツに垂らしながら怯えたように答える男の過去の記憶だ。こんなやつを選んだ人達の程度を疑っていたし、こんな奴がひっぱてくるスポーツ祭りに胡散臭さを感じていた。そのスポーツ祭りどころかもっと次元の低いところで露呈された胡散臭さに、まだまだ自分の感性が衰えていなかったことを証明された気がする。
 多くを得て尚満たされない人間たちのせいで、ささやかな安心さえ得られない多くの人達が、命さえ奪われる時代が又来る。病気は治すことが出来るが、本性は修復不能だ。制御不能の人格が大手を振って歩いている。まるでゾンビの映画を見ているようだ。


2013年12月17日(Tue)▲ページの先頭へ
トッピング
 時に根っから明るい人っているもんだ。勿論生活者だからそれなりのストレスは抱えていたりするのだろうが、それが表に出ないのだから大したものだ。僕なんか感情がもろ出る方だから、そうした人の明るさが才能のように思えてしまう。
美味しそうなパンを5つ持ってきてくれた女性はそうしたタイプの典型だろう。いつも笑顔が絶えず、それが如何にも自然なのだ。作り事が彼女の言葉や態度の中にはない。それが相手にはとても気持ちがいいのだ。結構日常的に演技をする人がいて、それが見え見えだから余計不快きわまりないのだが、その対極にいる人となら、話すだけで気が休まる。
 持ってきてくれたパンは、実は彼女の作品なのだ。パン屋さんの仕事をしていて、自分で一から作ってくれた物だ。朝早くからの仕事で、男性に負けない力仕事をして・・・一般の人間からは見えない裏の仕事風景も教えてくれて興味深かった。幼い子供たちのなりたい職業の女の子部門で万年上位の仕事だが、実はなかなか大変というのも興味深かった。
 話が弾んで、折角だから独立して自分の店を持ったらと提案した。まんざらでもないようだがいくつものハードルはそれなりにあるのだろう。店の構造、必要な厨房器具なども例によって笑顔をたやさずに教えてくれたが、僕はその手のことはさっぱり分からないから、僕の才能を生かして店の名前を考えていくつか提案した。真面目に煎じ薬を飲んでもらっているから「べーカリー煎じ」ちょっとした素材を生地に練り込んで作れば色々なものが作れると教えてくれたから「ベーカリーお通じ」女性の話す内容によっていくらでも店の名前が浮かんでくる。あまりに楽しかったので笑いの壺に落ちそうで、姿勢を維持するので大変だった。まさか薬局の中で寝ころんで笑い転げるわけにもいかないので。
 僕らの世代から言えば今巷に溢れている美味しい手作りのパン屋さんなど夢のような存在だ。超贅沢だったものが今や100円ちょっとで手に入る。女性の話を聞いていたら安すぎるのではないかと思った。ましてとびきりの自然派笑顔がトッピングされているのだから。


2013年12月16日(Mon)▲ページの先頭へ
説明
 別に褒め言葉でなく自然に漏れた言葉だから、それもレジの時にくみちゃんに話しかけた時に出た言葉だから、これこそ漢方?薬剤師冥利に尽きると思った。
「漢方薬を飲む時間が待ち遠しいんですよ」とその女性は言ってくれた。粉薬でも決して美味しいものではないと思うのだが、早く次を飲みたいらしいのだ。それはそうだろう、元気いっぱいの方が、ある心労から目が回り、以来首から上の不調、又回るのではないかという不安、頭重、のぼせ、凝り等に四六時中つきまとわれてはたまらないだろう。特に首から上の症状は時として人を鬱々とさせてしまうから尚更だろう。どんな症状でも1割軽くなれば随分と生活の質は上がるものだから、その1割を何回か重ねたあげくが、あのどうしようもない絶望感(本人の弁)からの脱出なのだから、早く次を飲みたいのも良く分かる。くみちゃんに言っていたのが偶然聞こえたのが余計に僕を喜ばせてくれた。
 ある同業者が僕の薬局のことを不思議に思っているとある人から聞いた。誰が見ても不思議だろう。町の衰退に連れて、いやそれに先行して潰れてもいいのに、何故か持ちこたえている。だけど僕にしてみれば簡単だ。僕がやってきたことで潰れなかったし、僕がやらなかったことが、僕の薬局を潰さなかった。多くの説明はいらない。ただひたすら身の丈に徹しただけなのだ。


2013年12月15日(Sun)▲ページの先頭へ
ミカン狩り
 中学校の時、丸刈りはしたことがあるが、ミカン狩りなるものはこの歳になって初めてだ。ニュースなどで何々狩りというのを時々見かけるが、自分とは無縁のもので、興味の対象外だった。
 ミカン園の持ち主がみんな高齢になって世話が出来ないと言うことで、義兄がミカン園の世話を頼まれたらしい。ところがあまりに広くて、今鈴なりのミカンすら摘むことが出来ないと言うことだ。そこで僕ら素人までSOSを発して、少しでもいいから摘んで欲しいと頼まれた。実をとっておかないと来年木が弱るらしいのだ。
 実は、僕は柿刈りでもないのに渋々だったのだが、かの国の子達がノリノリだったのだ。僕の日本語を理解しているのか疑わしいくらいミカン狩りを楽しみにしていて、現地に着くまで心配だった。ところが、遠くから鈴なりのミカンを見つけた瞬間から全員がハイテンションになった。いつも控えめで、常に気を配ってあげないといけないような子までが、口数が一気に増え、かの国の言葉がミカン園を覆った。和太鼓も第九もドイツの森も須磨の水族館も、広島の原爆ドームも宮島も、四国フェリーも栗林公園も、全て全て喜んでくれたが、それらに劣らず喜んでくれた。日々の管理から解き放たれるのに、人為のものより、こうした自然の中で身体を動かす方がより効果があるのではと気づかされた。
 帰りの車の中で「オトウサン、ユキミタイ」と誰ともなく希望を言われた。北へ行くのは苦手だが、雪を見るなら入場料やチケットはいらないと一人ほくそ笑んだが、願わくばどうかこの冬、牛窓に雪が降って!


2013年12月14日(Sat)▲ページの先頭へ
前島フェリー
 これが本当の灯台もと暗しだ。
何もすることがなければ、フェリーに乗って往復高松まで行ってもいいくらいなフェリー好きなのに、牛窓の前島フェリーについてはあまり知らなかった。時々関係者の人が買い物に来たり、チラシを置いてと頼みに来たりしていたが、特別興味はなかった。その圧倒的な理由は、僅か5分で前島に着いてしまうことだ。四国フェリーで高松に行くには1時間かかる。と言うより、1時間乗っておれる。僕は毎回、一番読みたくなくて後回しにしている学術書を持ち込んで、往復2時間読むことにしているが、これがもし前島フェリーなら、巻頭書きくらいしか読む時間がない。時に景色を楽しみ集中を切らさないように出来るのには1時間は長くもなく短くもないのだ。何かの宣伝のように丁度いいのだ。今日、前島フェリーの関係者と話をしていて、僕がフェリー好きだということが分かると色々なことを教えてくれた。
 僕は僅か5分の乗船時間だと楽しむ暇がないことを理由に、もっと他の航路を作ったらと提案した。、それは恐らく法的に出来ないだろうと言う前提で。ところが、なんと規制緩和が進んで結構自由に航路を開拓できるらしい。もっとも経費とか保険とかで高いハードルはあるらしいが、やって出来ないことはないのだそうだ。
僕は今までいわゆる交通機関として前島フェリーを捉えていたが、観光資源として活躍しているらしい。なんでも今年は宮島の花火大会まで出かけていって、海から花火を楽しませたらしい。それと、いつだったかは忘れたが、なんと大分県まで出かけたこともあるらしい。フェリーを持っている自治体などあまりないから、そう言った需要もあるんだと、又それらの売り込みも努力していることを教えてもらった。
それに関連するが、実は驚きを持って聞いたのだが、例えば僕でもお金を出せば、貸し切りに出来るらしい。あの200人も乗れるフェリーを貸しきりにするのだから、1度借りれば僕の1年間の給料、いや今はもう年金生活者になってしまったから例えが悪い。普通の人の1年分の給料などではまかなえないのではと思ったが、意外や意外、1時間5万円くらいで貸し切りに出来るらしい。車が20台以上、人が200人乗せられる車に、僕一人で乗っても5万円出せば、きっと前島沖から犬島あたりまではクルージングしてくれるみたいだ。もし数時間借りれば小豆島どころか、高松にまで行って来れることになる。このお手頃感(僕にとってではなく企業や団体にとって)には正直驚いた。そしてそれ以上に何か牛窓を発展させるのにヒントになるのではないかと思った。いくら莫大なお金を積んでも、いくら豊かな都市でも海を作りフェリーを浮かべることは出来ない。海がある町だからこそ出来ることだ。
 なんでもない会話から目から鱗の情報を教えてもらった。その方面にも滅法弱い僕だが、何か僕の数少ない興味が役立ち実現したらいいなと思った。まず近い内に久し振りに乗ってみなければ話は始まらないし、灯台もっと暗しになってしまう。


2013年12月13日(Fri)▲ページの先頭へ
問題
 冬の間、一応改まった所、と言っても僕には漢方の勉強会くらいしかないが、に行く時に着る服が一着だけある。すこぶる地味な色(ネズミ色)で、素材の単語を全く知らないから表現に困るのだが、結構分厚くて重たい布地の服だ。前はチャックで合わすのだが、もう記憶にないくらい前からチャックが壊れていて、戸外では寒くて毎冬困っている。一見だらしなく見えるが、実は本当にだらしないのだが、合わそうにも前が合わないのだ。だから戸外ではチャックの代わりに両手で服を前で合わすようにする。
 どうやらこの冬は温かく過ごせそうだ。息子に何か冬物でいらなくなったものはない?と尋ねると二つくれた。一つは布地のもので、もう一つはツルツルの素材の服だ。どちらも前でチャックで合わすように出来ているが、壊れていない。だから戸外でも僕の両手は解放されることになる。どちらも結構きれいだから「悪いな」と言うと、実は買ってからあまり袖を通していないらしい。そう言えば何となく若者には地味だ。元々派手なものを着たのを見たことがないから不自然ではないが、寧ろ僕世代にあっているように見える。
 着てみるとまずまず着られる。180cmを越える彼の服が少し僕には窮屈のように感じたが、入らないことはない。と言うことは胴体は同じくらいの長さで、足の長さが違うってことか。まあひがみはその辺りにして妻が「長いこと着たね。○○が高校生の時に着ていた服だもんね」と言った。僕は知らなかったが、捨てようと決心した服は息子が高校生の時に母親に買ってもらったものらしい。となると、僕が異常に若いのか、息子が異常に老けているのか。それが問題だ。


2013年12月12日(Thu)▲ページの先頭へ
親近感
 薬局にやって来る製薬メーカーのセールスは、嘗てほとんどが男性だった。この人は女性セールスの走りみたいな人で、もう随分僕の薬局にも回ってきてくれている。途中何年かは、関西勤務に変わっていたが、最近また岡山県に復帰した。
 僕の薬局はセールスの人にもコーヒーやお菓子を出すが、女性だから一際お菓子やケーキを喜んでくれる。特に根っからの甘党らしく、毎回美味しそうに食べてくれる。今日は娘が他の問屋のセールス達のお歳暮にわざわざ取り寄せていたバームクーヘンを切って出してあげた。するとバームクーヘンに顔を横から近づけてしげしげ眺めていたが「貼り絵ですか?」と尋ねた。これが貼り絵に見えるとは、さすが男性に混じって毎日車で走り回っているせいで余程疲れているのだろうと思った。「大丈夫?これが貼り絵に見えるくらいだったら余程疲れているよ。単なるバームクーヘンじゃないの」と答えた。「いえいえ、貼り絵ではなく、クラブ貼り絵ではないですか?」やはり貼り絵が好きならしくて、どうしても貼り絵にしたいらしい。「いやいや、そんな子供みたいなクラブの名前を付けても流行らないでしょう。酒も飲まずに貼り絵をするの?」と僕が言うと、調剤室から娘が顔を出して「そうなんです、良く分かりましたね」と女性に言った。「そうでしょう、やっぱり、美味しそうですものね」と結局貼り絵で二人が落ち着いた。
 僕が怪訝そうな顔をしていたのか、娘がパソコンでそのクラブ貼り絵を開いてくれた。そこにはとても美味しそうな、もっとも昨日、その実物をいくつか見せてもらったのだが、バームクーヘンがいくつか載っていた。そしてその画面の表紙にはまるでヨーロッパの城を思わせるような外観のお店が映し出されていて、クラブハリエと店名が載っていた。
 僕は勿論全く知らなかったのだが、スイーツ好きの人にとっては有名なお店らしい。大都市にしか店舗を出していないらしいが、郵送で地方の人も食べることが出来るみたいだ。
なんでも本店が滋賀県の近江らしいから、田舎の人間にとっては親近感がある。まして実力で大都市を席巻しているとなれば尚更だ。同じ田舎に住んでいて、片や大都市を席巻しているお店、片や都会の垢を洗い落とす石鹸みたいな僕とでは大違いだ。


2013年12月11日(Wed)▲ページの先頭へ
 僕は東野英次郎か西村晃か、それとも佐野浅夫か石坂浩二か、いやいやもっと世代が近い里見浩太朗か。人をまるで水戸の光国のように思っているのか。僕のプライドが・・・許す。
 「インキョ」と言われれば僕らは職業柄すぐに「陰虚」を思い浮かべる。漢方用語で、体力が消耗している状態、あるいは枯渇している状態を指すのだろうが、哲学過ぎてあまり僕自身も分かっていない。分かっていなくても分かっている人以上に治したり出来るから、哲学でなく医学が漢方でも必要ってことだろう。
 すぐにそのインキョを想像したのだが、どうやら相手は隠居の意味で使ったらしい。久し振りに薬局に来た人だから、僕が店頭にいなかったのを不審に思ったのだろう。呼ばなくてもいいのに敢えて僕を指名してくれた。出ていくとこんな簡単なことかというレベルの内容だったが「インキョ?」と思いっきり語尾を上げた。薬のことより僕がいなかったことの方が圧倒的にテーマだってことが分かる。とっさに陰虚が頭に浮かんだが、素人が出す言葉ではない。分からない風を装おうかと思ったが、それでは本当の隠居おじさんになってしまうから、「まだまだそんなにのんびりはできないよ」とありきたりの言葉を返した。 隠居と引退にどのくらいの差があるのか知らないが、どうも隠居に次はなさそうだ。せめて「引退?」くらいがよかったのかもしれない。


2013年12月10日(Tue)▲ページの先頭へ
お洒落
「岡山のヤマト薬局でお話したときに、先生は覚えてらっしゃらないかもしれないけど、先生が、私の体は病みたがりなんだよーみたいに言ったのを思い出しました。お腹がちょっと良くなったと思ったら次はどこかが悪くなるみたいな。でもわたしは、お腹の悩みほど辛いことはないと思ってるので、これからどんなことがあっても(病気とか悩みとか)耐えれるような気がするんです。なんだか話が大きくなりました。(笑)」
 今日届いたメールの一部だが、思わず吹き出してしまった。数年前に他県からやって来たときには、薬局に入ってくるなり泣きだしたのに、今はこんなに成長した文章を書けるようになった。よそのお嬢さんなのに、まるで実の娘の成長を喜ぶような感覚だ。ベレー帽がとてもよく似合う子だったが、お洒落が台無しになるくらい涙を流した。何か悟りに近いような「大きな話」も彼女ならかわいく思え見守ってあげたいと思う。実は最近、過敏性腸症候群の方の治癒率がかなり高くて、僕自身も過度の緊張感から少しだけ解放されている。もっとも例によって、このトラブルの一番の特徴である「一度飲んでみる」人はまだまだ多いが、少しだけ続けてくれればかなりの確率で改善している。「どんなことがあっても耐えられる」というような言葉を、それは無駄なことは何もなかったという言葉に通じると思うが、成長の証として発してもらえる喜びを毎日のように感じている。
 辛い過去から脱皮できたときの喜びの瞬間に立ち会える臨場感は、何にも代えられない喜びだ。発する言葉が次第に明るくユーモアに富んできたらその瞬間が迫ってきていることが分かる。彼女は今でもきっとお洒落で通しているのだろうが、海の向こうで笑顔が素敵なお嬢さんになってもっと輝いているのだろう。


2013年12月09日(Mon)▲ページの先頭へ
バイキング
 岡山の街を眺望しながら昼食が食べられるので、僕はしばしば泊まりに来た患者さんや、かの国の女の子たちをホテルグランビアの最上階のレストランに連れて行く。食事を楽しんでもらうことと景色を楽しむことの二つを満足できるのはここしかない。極端に貧しい舌をしている僕だから何を食べても美味しいが、僕の好意を素直に、いやそれ以上に喜んでくれている人達を見ることは、食事以上に僕にとっては喜びだ。ただ最近は、僕の車が8人乗りになってしまったから、行動を共にするかの国の子の人数が増えて、燃費改善による効果をはるかに経費が凌ぐ。
 それはこれからの僕の課題として、色んな料理が、それも一定以上の質をタンポされているものばかりを楽しむ権利が1800円で90分間保証されるのは、接待としては安いのかもしれない。特にかの国の子達はそう言ったところに行ったことがないのか、精力的に動き、効率よく色々な料理やスイーツや果物や飲み物まで楽しんでいる。ところが僕と来たら毎回失敗するのだが、ビーフカレーがとても美味しいので、どうしても最初に選んでしまう。それも僕の癖で、何でも腹一杯食べないと満足しないから、大盛りのご飯をつぎ、カレーのルウをたっぷりかけてしまうのだ。そして当然だが、気持ちが悪いほど満腹になり、他のものが胃の中に入る余地を作るために仕方なくその後休憩に入る。でも90分の時間内にはなかなか腹一杯から脱出できずに、最後は不本意ながら、せめてコーヒーだけでもとなり、水分を胃の中に辛うじて流し込む。これが僕のほぼ毎回繰り返すバイキングでの光景だ。
 かの国の子たちは別として、僕自身にとってはこのバイキングは経済的にペイしていない。だから僕はこのバイキングを「倍金食う」あるいは「倍金愚」と名付けている。


2013年12月08日(Sun)▲ページの先頭へ
歓喜の歌
 訳もなく好きだから、この数年第九をこの時期に聴きに行くことにしているが、今日好きな理由が分かったような気がした。
 的はずれかもしれないが、最後の楽章がバスなどの弦楽器の重厚な低音で始まるのは、ベートーベンが感じていた当時の世相を表現しているのではないかと思ったのだ。長く続く低い音の後、軽やかな旋律が次第に大きくなりやがては僕の大好きな大合唱になるのは、それこそ革命の旗の下に集う大衆の歓喜の歌声だと思う。
 僕は今年初めてその低い重厚な調べに心を奪われた。それまでは合唱が始まるのを今かいまかと待ちながら聴いていたが、今年は違った。あの重厚な旋律が、現在の日本に正に打って付けの暗黒を予感させるものに聞こえたのだ。たった10数パーセントの得票しかない奴らが、好き放題をしている今に重なりすぎるのだ。荘厳な音楽に浸りながら一方では、沸々と怒りが沸いてきた。
 類い稀ない才能の持ち主が、何世紀にも渡って数え切れないほどの感動を人々に与え、片や何処にでもいる小心者が暗黒に導く。歓喜の歌をこの国の人々が高らかに歌い上げる日が来ることを望む。


2013年12月07日(Sat)▲ページの先頭へ
支障
 えらい遠慮気味に言うから何を言い出すのかと思ったら、やはり遠慮気味に言うべきことだった。
 ある難治性のトラブルで通ってきてくれていて、運良くそれはかなり改善してゴールも近いのかと思わせる女性が「先生又、以前のように戻ったな」と言った。何が以前のように戻ったのか分からなかったが、女性が髪を撫でるような仕草をしたので、僕の髪が伸びたことを言っているのが分かった。「前の方がいいんじゃない」とか「前の方が似合っている」とやんわりと今を否定してくれる。「そうなんじゃ、面倒くさくて散髪に長い間行っていないから、もう僕の髪はボサノバじゃ」と答えると「短い方が何となく品があるよなあ」とか「薬局じゃから、やっぱり清潔なほうがいいわな」とか、少しずつ言いたいことに迫ってくる。「自分でもうっとうしいんじゃけれど、若い時からの癖であんまり散髪屋さんには行かないんじゃ」なんとかうっちゃりをと考えたが、若い時ならいざ知らず、今は自分でも汚くて不潔に見える。この格好が営業上どのような支障になっているのか分からないが、好ましくないことは分かる。ただ僕は当初から田舎で薬局が存在し続けられるのは実績しかないと考えていたから、ほとんど外観は無視してきた。それを少しは補ってくれる若さという援軍もあったが、今はそれもない。 ただの無精では孤立無援の四面楚歌。
 よし、明日は髪をカットして、洋服の青山で半額セールのスーツを買い、爪にネールを施して「第九」聴きに行くぞ。1年待っていたんだから。


2013年12月06日(Fri)▲ページの先頭へ
勘違い
 仕事上の送られてきた情報は、一応全て目を通さないと気がすまないたちだから、あるものはゆっくりと、あるものは急いで読む。文末にコピーしている今日の記事は、急いで読んだから勘違いした。余りにも内容がおかしいから、もう一度読み返して意味が分かった。最初僕がちらっと目を通したときは「ナットを食べると癌などの死亡率が下がる」と読んだのだが、よく考えてみたら、ナットを食べたら、歯は折れて口の中は血だらけになるし、呑み込めば喉につかえて窒息しそうになるだろうし、もしかりに呑み込んでしまえばナットだけに締め付けられてしまいそうだ。
 詳細な記述の部分は割愛しているが、週7回ナッツを食べる人とそうでない人を比べてのものだから、毎日食べればいいことになる。基本的には美味しいものだからそのことに苦痛はないが、食べすぎて胃に来ないようにしなければならない。胡散臭い健康食品という名の防腐剤や着色料などの石油製品を飲まされているこの国の人達に教えてやりたい。自然食品とか健康食品というのは、畑や山、海や川にしかないのだと。手を加える毎に不自然になり思惑だらけになっていくのがあの手のものだ。

「ナッツ摂取頻度が多い人ほど、総死亡やがんなど特異的死亡リスクが低くなるという、逆相関の関連性が認められることが明らかになった。先行研究で、ナッツ摂取量が多い人ほど、心血管疾患や2型糖尿病など主要な慢性疾患リスクが低くなることは知られていたが、死亡リスクとの関連は不明だった。」


2013年12月05日(Thu)▲ページの先頭へ
諸刃
 今年一番美味しかった食事だと思う。有り難かったからではない、本当に美味しかった。妻が夕食までには帰れないらしくて、息子に夕食の用意を頼んでいた。息子は最近忙しくて、毎日100人近く診ているらしいが、文句も言わずに、途中で買い物をして帰ってきた。僕が薬局を閉める30分前に帰ってきていたから、30分で準備してくれたことになる。
 別に僕の好物を意識したのではないだろうが、2階に上がっていくと餃子を焼いていた。食卓にはすでにチャーハンと八宝菜が並んでいた。僕はどうせ弁当でも買ってくるのだろうと思っていたから、この手作り風に驚きもしたしありがたいと思った。そしていざ食べてみるとどれもとても美味しかった。余りにも美味しいので素直に褒めたら、全部レトルト商品らしい。息子が手を加えたのは、八宝菜の白菜だけだと言っていた。僕はレトルトというのが良く分からないのだが、とても自然なものに思われた。不自然さは何も感じなかった。栄養が満たされているのかどうか分からないが、味に関しては素晴らしいと思った。味を褒めると、例えばチャーハンは王将のだと言っていたから、美味しいのも頷ける。
 王将のだから、王将で買ってきたのかと思ったら、スーパーで買ったらしい。くどいが王将のだから一体どのくらいの値段か気になって尋ねたら、3種類二人分で1000円くらいと言っていた。となると一人分が500円だから、とても安く思えた。日曜日の僕の質素な外食でも500円は超える。この程度の金額ですむのなら、かの国の子達を10人くらい招いてもしれていると思った。最近人数が増えて、僕の財布では頼りなくなっていたので倹約できたらなと考えていたので朗報だった。
 男が、いや女性も一人で暮らすのは結構簡単なんだと思える。これだけの物が簡単に食べられるのなら、それも500円で食べられるのなら、家庭なんかいらないと考える若者が多くても不思議ではない。便利が一体どこに行き着くのか分からないが、便利は創りもするし壊しもする。創るのと壊すのとどちらの恩恵がより有益なのか分からないが、諸刃であることだけは間違いない。


2013年12月04日(Wed)▲ページの先頭へ
 確かにあの頃は今以上に僕の漢方薬の実力がなかったから仕方ないのかもしれないが、鼻であしらわれたらそれなりにプライドは傷つく。だから20年以上の前のことが鮮明に記憶に刻まれていて、時々ふとした切っ掛けで蘇ってくる。ただそれで僕が何らかの衝動に駆られることは勿論なく、頭から一瞬で消え去るのだが、昨日やっとこれで永久に思い出さないだろうと言う状況が生まれた。思えば長い歳月がかかったが、恐らくその女性のもっとも健康だった日々が終わったって事なのだろう
 僕は今も昔も、商品をこちらから勧めるようなことをしない。相談されて初めて僕の薬局は必要な薬を手渡す。簡単に言えば、物売りがいやなのだ。売るためのトークをしなければならないのならこの仕事をしていない。健康を取り戻すのに役に立てるものを提供しているだけだ。それも徹底して要求に沿ってだ。
 恐らく20年も前のことだと思うが、この女性に要求されて何か処方を決め漢方薬を作ろうとしたのだと思う。その時その女性が鼻で笑って人を馬鹿にしたような顔をした。当時の実力が今の僕の半分もあったのかどうか分からないが、鼻で笑われたのは後にも先にもその人だけだった。だからかなり僕はその時のその女性の印象が忘れられなくて、ふとした切っ掛けで思い出すことがあった。そしてその時の不快な思いを解決する唯一の方法は、その時以来一度も顔を見せないその女性にとって僕の薬局がなくてはならないくらい力を付けることしかないと思っていた。その為だけのために努力したわけではないし、その理由が僕の頑張る理由の1万分の1程もないことは分かっているが、昨日その女性が薬局にやってきた。僕は最初彼女だと分からなかった、と言うのは僕より数歳は若いはずなのに、随分年上に見えたのだ。と言うよりその顔を見るまでは老人が入ってきたのかと思った。割と大柄な人だったはずだが、圧迫骨折でもしたのか背中が随分と曲がって、顔も同じようにかなり老けていた。
 用事が済んで帰る時に、その女性がお礼の言葉を言った。それは僕にとっては予期せぬことだった。強気な嘗ての表情はなく、寧ろ弱々しく感じた。そしてその後ろ姿とともに、僕の2〇年にも及ぶ消しがたい屈辱の思いが消えた。20年前のあの出来事は、その女性にとっては悪意を込めたものでなく、何気ない仕草だったのかもしれないが、それを何年も引きずる人間がいるとは思いもかけなかっただろう。大きいにしろ小さいにしろ、力を振りかざすものは昔から大嫌いな僕だから、誰もが同じ地平に立つことを望んでいる。どうせみんな数十年経てば土に帰って、やがて土にもなれないのだから。


2013年12月03日(Tue)▲ページの先頭へ
仏教
 何気なく土曜日の朝のNHKラジオを聞いていて、面白いことを耳が拾った。本当に何気なくだから、どんな内容のものか定かではないが、恐らく仏教かなにかの話だと思う。勿論NHKだから怪しげな布教を目的にしていたのではなく、確か大学教授がどこかで講演したものを録音して流していたのだと思う。
 いくつか耳に残っているのだが、思い出すことが出来たものをアットランダムに並べてみようと思う。こんな内容の話に耳を傾けてしまうのは歳をとったからではない。アホノミクスを先頭に、あまりの現代人の精神の劣化に心が痛むからだと思う。
何時代か分からないが、昔僧侶は超が付くほどのエリートだったらしい。学問的に優れているのはもちろんだが、市中に出向きライ病の患者を世話したりしたらしい。肩書きに見合う仕事をしていたと言うことだ。
 それから昔の日本人は、ほとんどがのたれ死にだったらしい。この言葉の持つニュアンスは、否定的な意味を持って聞こえるが、天皇やほんの一握りの人を除いて葬式なんてやってはもらえなかったのだ。勿論医学も発達していないから、いつどこで死ぬか分からない、正にのたれ死になのだ。と言うことは死はいたるところにあったってことだ。今や犬や猫の死体さえ見なくなったから、死は神秘のベールに隠されてしまうが、そのせいで日本では死が極端に忌み嫌われるようになったらしい。
 写経したものを池の底に沈めておくと、6000年くらい後に仏様みたいな人が救いに来てくれるなんてことも言っていたが、その辺りは良く分からなかった。仏教徒は気が長いなんてことを講師が言っていたようにも思える。
 いざ書き始めると、ほとんど覚えていないことに気がついた。朝のウォーキングの途中に聴いたものだから、印象深かった単語だけが頭に残っていたのだろう。その中でも、のたれ死にが一番印象深かったのは、朝まだ暗い内に歩き始める僕自身に重ねてしまったのかもしれない。


2013年12月02日(Mon)▲ページの先頭へ
 どこの猫か知らないが、僕の数十メートル先の道路を一目散に走って渡った。辺りがやっと明るくなったばかりで、猫の向こう側100メートルくらい、こちら側数百メートル以上、車が近寄る気配はなかった。と言うより全く車の音はしなかったから、ゆっくり歩いて渡ればいいと思うのだが、わき目もふらず猫独特の横断風景だった。
 昔の猫もあのように道を渡るときに一目散で走ったのだろうか。どうもその光景が想像しにくい。腰を振りながらゆっくり歩いて渡ったのではないかと思う。猫でさえこうなのだから、人間の生活模様はもっと激しく変わっているのではないか。1ヶ月かけて行っていた場所に数時間で行き、1ヶ月かかって作っていたものを数時間で作り、一畝の広さに植えていたものを、数町の広さの畑に植える。天蚕糸で釣り上げていたものを根こそぎ底引きでとる。数着の下着、数着の上着ですむものを、家が狭くなるほどの衣服を揃える。 何をそんなに早く沢山得ようとしているのだろう。多くを手にして何が幸せなのだろうと思う。使い切れない、消化しきれない多くのものを所有するために、身も心も破壊して、いやそれどころか、人と人とのつながりまで鋭利な刃物で切断する。
 僕らはわき目もふらず、些細な目的の為に僅かな距離でも突進する猫だ。思いやる心や英知を持った人間様ではない。昔人間だった人間みたいなものなのだ。歯をむき爪を立てる猫なのだ。思いやる心をなくした猫なのだ。


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