栄町ヤマト薬局 - 2012/10

漢方薬局の日常の出来事




2012年10月31日(Wed)▲ページの先頭へ
垣根
 祭りの日に偶然僕はだんじりを出す3つの部落を車で走ったのだが、その間2kmの間に、カメラを抱えた沢山の人を見た。一人で歩いている人もいれば、数人で集団を作っている人もあったが、圧巻はバスガイドさんに旗で誘導されていた10人くらいの集団だった。僕は生涯カメラをもったことがないので詳しくはないが、一様に持っているカメラのレンズがとても長かった。
 そのほとんどがかなりの年配に見えた。だんじりや唐子踊りが目当てなのだろうが、テーマ自体が年配むきだからさもありなんと思ったのだが、何しろいでたちが尋常ではない。立ち居振る舞いもいっぱしのカメラマンだ。最早立派なカメラを持っているのは当たり前で、腕を競う段階に入っているのか。
 僕の薬局にも自分で撮った写真を額に入れて持ってきてくれる方がいる。個展を開いたりして知っている人は知っているという感じで、いつの間にか町のカメラマンだ。ついこの前まで普通のおじさんだった人がいつの間にか芸術家になっている。
 この様に恐らく現代は技術や作品を発表する環境が整っていて、誰もがいっぱしの芸術家やスポーツマン、歌手、俳優、タレント、小説家になれる時代なのだ。どの分野も垣根は限りなく低くなって、素人がプロに限りなく近づいている。余程のプロ中のプロでないと最早尊敬や羨望や驚愕は得られない。下手をすればプロの中の素人より、素人の中のプロの方がはるかにレベルが高い。
 ただそうは言っても洪水のように押し寄せる素人(の作品)ではなかなか感動は得られない。プロ中のプロ(の作品)に巡り会う機会は以前より減ってきているような気がするが、それを感知する能力は逆に高くなっているような気がする。


2012年10月30日(Tue)▲ページの先頭へ
弁当
 早朝来ればこんなに沢山の弁当の在庫があるのかと少々驚いた。何となく、コンビニ弁当でもいいかと投げやりになったときしか利用しないから、ほとんど売れ残りをあさるような時間帯にしか僕は利用しない。どれがいいかなんてこだわりが全くないから、一番に目のついたものを買う。ほとんどの場合、硬くなった揚げ物に若干手こずるのだが、空腹を満たすだけが目的だから元々それ以上のものは期待していない。寧ろ、酸化物や添加物を大量に体内に取り込むのを警戒して否応なく食べているのが本音だ。
日曜日の朝、僕はその弁当コーナーで3人の老女を見た。3人とも僕の薬局を利用してくれる人だった。揃って買い物にくるにしては住所がそれぞれかなり離れているから、恐らく偶然集ったのだと思う。それぞれが弁当を手に取り、如何にも物色している様子だった。何となく声をかけるのがはばかれたから、僕はいつものように最初に目に付いたものを手にとってレジをすませた。
 コンビニまで歩いて、又は自転車で来れるだけの体力がある人達だから、自分で食事くらい作ればいいのにと思うのだが、何かの理由で弁当を買っているのだろう。まさか独り者の男性のように常食にはしていないのだろうが、ひょっとしたら「たまに利用」を越えているのではないかと勘ぐったりした。別に悪いことではないが、やはり老人の食事は気になる。と言うのは、老人は病気で亡くなるよりも栄養失調で亡くなる確率の方が高いなどと言う一文を読んだことがあるからだ。信憑性がどれほどあるのか分からないが、何となく頷ける部分もある。家で質素なものを食べるよりは、コンビニ弁当の方が栄養価は高いかもしれないが、やはりあの油臭さと隠れ添加物と余りにも少なすぎる野菜のことが気にかかる。もし僕に経済力があれば牛窓町の老人に手作りの食事を低価格で提供してあげたいなどと殊勝なことを考えたりすることがある。いつかテレビで見た地産地消型で。
 そうだ、やはり僕の晩年はこの純粋な心を持ち続け、地域の老人の健康を食生活を通じて守ることに費やそう。よし明日は浄財を求めてロト6を買う。これしかない。働いていたのでは間に合わない。


2012年10月29日(Mon)▲ページの先頭へ
現場
 今頃日生の町は、その話題で盛り上がっているだろう。牛窓と同じようにひなびた瀬戸内の小さな町には降って湧いた出来事なのだ。
 「かきおこ」で有名になったその町が、再び瞬く間に脚光を浴びたのは、今をときめく猟奇的な事件のおかげだ。その事件のニュースをテレビで見るのも不愉快だから、ほとんど内容を知らないのだが、もっとも卑劣な事件だと思う。その卑劣さ故に話題には登りやすいのだろう。今日その町から漢方薬を取りに来た二人連れの女性達が何故か生き生きとしていた。バイパスを使っても30分はかかるのだが、同じ漁師町という似通った気質のせいか、僕はそこの町の人にとても親近感を持ち、逆にそこの人達もとても信頼して足繁く通ってくれる。
そんな二人が何となく高揚しているのは、今日からコンクリート詰めにされて遺棄された人の捜査が海岸で始まるらしいのだ。二人の散歩道がどうやら現場らしくて、しばしばワイドショウやテレビニュースに出てくる風景は全部分かると自慢げだった。折しも牡蠣むきの季節が始まるらしく、単調な作業を覚醒してくれるたわいのない会話が飛び交う。まるで映画の撮影のような賑やかさは打って付けの話題なのだ。
 長閑で裏表のない人達が多く住む町は、まるでスクリーンの中の出来事に無邪気に見入る。都会の狂気を別世界と確信できる安堵の中で暮らしている、まるで悪意のない人達は一杯喋って現場へと帰って行った。


2012年10月28日(Sun)▲ページの先頭へ
漢字
 さっき言ったことも、ついさっき言ったことも、この前言ったことも、全部忘れているのに不思議なことがある。母はテレビ画面に出てくる字は全部読める。朝から晩まで「もう何がなにやらさっぱりわからん(分からない)」が口癖なのだが、不思議なことに字は全部読める。医学的にはどう説明されるのか知らないが、傍にいるとなんとも不思議な光景に思える。
 脳の中で使う場所が違うのか、幼いときの訓練の賜か分からないが、他の人でも確かめてみたい気がする。長い間泳いでいない人でも無意識に泳ぐことが出来るのと同じように、いったん身に付いたものはそぎ落とされないのだろうか。そう言えば他人に対峙したときは、往年の接待癖で、結構相手に頭の老化を悟られないくらいの応対も出来る。
 そうしてみると僕の行く末は悲惨だ。母ほど徹底して身につけたものがないから・・・いやある。のめり込んで僕の血となり肉となったものがある。来る日も来る日も、雨の日も風の日も全身全霊を傾けて青春時代精進したものがある。軍艦マーチに鼓舞されて、右手の親指に全精神を集中させて、寸分の狂いもなくバネを弾いた。そのおかげで、僕はなけなしのバイト代をすり、 相手は益々豊になった。
 僕が母の年齢になったら、「訳がわからん、訳がわからん」と繰り返しながら、しっかり右手だけは固定しているのだろうか。 


2012年10月27日(Sat)▲ページの先頭へ
一点
すぐに理解できたが、意外と初耳だったのかもしれない。身の回りにそうした表現をする人もいないし、そうした状況にある人もいないから、縁遠い言葉であり実体だった。
ある親子の漢方薬を作っている。お嬢さんは結婚しているのにお父さんと同じ苗字だ。僕は人を詮索するのが好きでないから、病気を治すための情報以外にはいたって無頓着だ。この親子も1年以上漢方薬を飲んでもらっているのに、どうして苗字が同じか尋ねたことはなかった。もっとも、常識的には養子を貰っていると考えるからそれ以上の興味はなかった。妹と二人姉妹で長女だから、養子ってのいたって自然だ。
 最近何かの切っ掛けで養子なのと尋ねた。すると冒頭の耳慣れない「事実婚です」と返事が返ってきた。実際には一緒に住んでいるが、法律的な手続きをしていないってことらしい。法律的な手続きをとらなければ色々な社会保障を受けられないと思うのだが、よく考えてみればそんなに魅力はないだろう。寧ろ気軽さ身軽さの方を選択するのも理解できる。ダラダラと続いた戦後の政権が国民の財産を食いつぶし、生きにくくなった世の中で、国に頼るなんてことをもうとっくに放棄した人達かもしれない。その形態をとることはすこぶる理解できる。
 だがちょっと待てよ。事実婚なんてことを言ったらなんだか堅実で格好良く聞こえるけれど、ひょっとしたら僕らの青春時代の表現で言えば、単なる同棲ではないか。内実は全く同じで表現だけが異なっているのではないか。同棲なんて表現を用いれば何か不道徳の香がするが、事実婚などと言えば寧ろ時代をリードしているかのように聞こえる。この様に時代が生んだ言葉は結構あって、対象を日陰からお天道様の下に引っ張り出してくれたりする。生活むきは別として、他人に迷惑をかけないと言う一点で許される良い時代になったとも言える。


2012年10月26日(Fri)▲ページの先頭へ
芸名
 僕が漢方薬を作っている時に鳴った電話に出たのは娘婿だ。電話が長いから何の電話だろうと思っていたが、話の内容から過敏性腸症候群の相談だと分かった。結構長い時間かけて丁寧に症状を聞き取り漢方薬でお世話をすることになったらしいが、彼が主にお世話するのはこれで二人目だ。最初の青年は最近はバイトを始めているらしく、お父さんも一安心だろう。今日の遠くのお嬢さんも同じように改善してくれるのを祈っている。
 昼過ぎの電話は娘がお世話している女性で2回目だ。最初の2週間で充分手応えを感じている。治療する側は充分だと思っても、さてご本人の方はどうか。ただ、具体的に腹痛や下痢、不安感などが改善しているから充分満足できるスタートだと思う。どうしても過敏性腸症候群の方はドクターショッピングをしてしまうから、ただ一度で止めてしまう方は異常に多いのだが、少し付き合って貰えばかなり改善する確率が高いから、この女性も傍で見ていて楽しみにしている。
 この様に最近は僕が窓口にならない方が結構増えてきた。とても喜ばしいことだ。僕は漢方薬を殊更難しく演出して、意図的に付加価値をつけるのを好まない。泥臭くても「治ればいいだろう」でやって来たから、誰が応対しても治療できる処方を30年ノートに書き留めてきた。決っして格調は高くないが、よく効くはずだ。効く処方しか書き留めていないのだから。しばしばこの世界では学問に走り、ほとんどオタクかというような大家がもてはやされるが、患者さんにとっては迷惑な話だ。
このまま次の世代に漢方薬も途切れることなくバトンタッチできると思う。まるで白紙のところからスタートした僕とは違って、あるレベルからスタートした二人だから、いずれ僕なんかよりもっと高きに登ってくれると思う。その頃僕はきっと青春時代にやり残したことに没頭しているだろう。歌手になって全国をツアーで回っているに違いない。芸名はもう決めている「オゾザキ ムダオ」(遅咲 無駄男)


習性
 乳ガン手術後からお世話させて頂いている方が、傷跡辺りが毛細血管が浮き上がるようになり少し赤くなったらしい。丁度診察の日だったので医師にその事を報告したら、何か他の薬を飲んでいるのではないかと尋ねられた。その女性は何も飲んでいないと答えたそうだ。それはそうで、同時期に同じ手術を受けた年下の女性に比べても元気で、体重も増加傾向にあるような状態だから、下手に漢方薬を止められたら困る。どうしましょうと女性に尋ねられたが、漢方薬でその様な反応を起こすことも考えられないし経験もない。ただ、医師にその様な質問を受けたから女性もさすがに気になり、2種類飲んでいる僕の薬の中で一つを休んでみましょうかと言った。
 そう言った判断は良くあることで正しい。ただ僕はずっと引っかかっていた。何となく解せないのだ。ところが今朝中学校のテニスコートを周回しているときにふと気がついた。
お医者さんが女性に尋ねた「何か他の薬」は、恐らく風邪薬や頭痛薬、その他数多ある血小板を減少させる現代薬のことだ。何か他の病気で病院にかかっていないか心配したのではないか。昨日は、女性の医者に嘘を言った武勇伝ばかりが印象深かったが、ことの本質を今朝になって歩きながら思いついた。
 早起きは三文の得ならぬ、早起きは三問を解くだ。早朝何も考えなくても良い時間なのに、頭はすでにフル回転する。僕の悪い、いや損な習性だ。


2012年10月24日(Wed)▲ページの先頭へ
脱出
 僕はカウンセラーでなく漢方薬を使う単なる薬剤師なのだが、以下のような相談がきた。僕は言葉で人を治すことは出来ないし、導こうなどとも思っていない。僕にとって唯一の武器は漢方薬なのだから。返事をするべきか迷ったが、僕は寧ろ僕の漢方薬を飲んでもらっている人達にこそ読んで欲しいと思いその青年に返事を書いた。

 僕は人生の成功者でもなく、強烈な失敗者でもないので、あなたに助言できる立場ではありません。田舎で薬剤師をしているせいで、多くの方から相談を受けますが、それは基本的に体調不良に関するものです。青春や人生そのものを問いかけられても、期待に添う答えをお返しする自信は全くありません。だから今回は、あなたが教えてくれたあなたの最近の生活ぶりに対して、当時の僕を対峙させて書くに留めたいと思います。そうした青春を送ったあげくがまさに今の僕ですから。

「最近大学生活が少し不調気味で、朝起きても憂鬱な気分で日中はネットサーフィンばかりして気を紛らわしたりすることが多くなりました」

 僕は入学1ヶ月目にしてすでに授業に出る意欲を失いました。浪人時代からのめり込んでいたパチンコをすぐに復活させ、1日数時間はパチンコ屋の中で過ごしていました。授業に出なければと強迫観念みたいなものはありましたが、それに優るモチベーションを得ることが出来ずに、いつの間にか罪悪感も消え、真昼間から繁華街をうろつく学生に成り下がっていました。それを丸5年間続けました。(4年生大学ですが)

「4月の時は好きな人ができて(片思いでしたが)舞い上がっており」  

 僕の恋人は東京にいましたから、それは僕には幸いしました。敢えて恋人を作る必要が無く、いつも持てない男集団の中で、それも超落ちこぼれ集団の中で過ごせましたから。外見も内面も一切飾る必要のない5年間を過ごすことが出来ました。余りにも居心地が良かったので、そのときの自由さから未だ脱出できていません。僕は異性に持てるより、同性に持てる方が大切だと思っています。僕の人生を形作ってくれた日々でしたが、タバコ、コーヒー、麻雀、読書、フォークソング、デモ、バイト、それ以外は何もしていません。

「このままでは人に迷惑をかけてしまうから、などというのは方便で、ただ単純に自分自身のことばかり考えて悩んでおり」

 その年齢で、自分以外の人のことを考えたことはありません。当時、人を思いやったり人を助けたりする力は全くないから考える資格もなかったです。毎日如何にパチンコで勝つかだけを考えていました。

「人のために生きたいという気持ちもあります」

 学生の時、そんな高尚なことを考えたことは一度もなかったです。僕の仲間達の口からそんな言葉を聞いたこともありません。超劣等生の仲間達もその後は結構社会に貢献していると思いますが、恐らくかなりの歳月を経て、ようやくそうした考えにたどり着いたのではないでしょうか。人のために生きるにはかなり自分の生活を確立してからでないと難しいのではないでしょうか。
 あなたが自己否定しているレベルは当時の僕などよりはるかに高い位置です。悶々とした日々は青年にとっては必要なものかもしれませんよ。知らない間に脱出していたってのが本当のところです。僕は脱出のための努力など何もしていません。落ちぶれるのに飽きたってところでしょうか。
ヤマト薬局


2012年10月23日(Tue)▲ページの先頭へ
判決
 「イタリア中部ラクイラで2009年4月に死者309人を出した大地震で、事前に住民に警告しなかったとして過失致死罪で科学者ら7人が起訴された裁判で、ラクイラ地裁は22日、全員に禁錮6年の有罪判決を下した。科学者らの判断が「不正確かつ不完全、矛盾に満ちている」と指摘」
 なんて羨ましい判決だろう。地震予知でこの程度の罪に問えるのだったら、日本で、原発が安全だとうそぶいてきた御用学者達を無期懲役か死刑に出来るのではないか。御用学者達だけでなく、政治家やマスコミの人間も然りだ。何十万人の土地や仕事を奪い、何百万人を被爆させて、何の罪に問われないようなことが許されるのだろうか。ほとんど日常の中に放射能という言葉が流通しなくなった今、多くの人があの頃より寧ろ無防備に被爆している。
復興財源がおよそ関係ないところに使われていると言うが、ここは一つ巨大な刑務所を造って、嘗て栄光と富を欲しいままにした奴らにこぞって入ってもらいたいものだ。そして原発事故で職を失った人達を刑務官に採用して、奴らを鞭でシバいて欲しい。善良な市民達が浮かばれることもなく床に伏せて、堪え忍ぶ姿など見たくない。忍耐強いなどの美徳は捨てて、必ず一矢報いて欲しい。大企業を守ることを優先して、市民はまるで虫けらの如く扱われていることを忘れないで欲しい。


2012年10月22日(Mon)▲ページの先頭へ
弁護
 初回を見ただけで「なんじゃこりゃあ、めちゃくちゃ似てる〜」と大きな声をあげた。顔の造り、表情、話し方だけでなく、気性や仕草までがとても似ているのだ。設定さえ合わせてくれれば、ほとんど生き写しに近い。
まだ始まって間もないNHKの朝の連続ドラマのヒロインが、僕の漢方薬を親子3代で飲んでくれているお家の若いお母さんにそっくりだ。何度もブログにも登場して貰っているのだが、初めてやってきたときの「一度来てみたかったんです」と言う挨拶が忘れられない。今では「一度来てみたかった」が「50回は来た」になったが、当初の輝く目と裏表のない言動はさわやかそのものだ。適度な力の入れようで、いや抜きようで?うまくお子さんを育てている。
 そんな彼女にヒロインがそっくりなのだ。本人はその番組を見たことがないと言うから是非見てくれと頼んでいたら、それをお母さんに言ったらしくて、本人もお母さんも何となく僕の指摘を受け止めてくれている。そう、彼女を良く知っている人なら誰もが頷いてくれると思う。
 NHKの朝の番組には珍しく今回の「純と愛」はコメディータッチなのだ。熱心な朝ドラファンにはそれが不快らしいが、所詮いいとこどりの僕には軽いタッチが面白い。朝からうるさいと批判する人もいるが、朝から重いよりはいいような気がする。前作の掘なんとかという女優が完成されたしとやかな演技で魅了したから、今回の逆の設定が余計軽く見られるのだろう。
 僕が何もNHKの弁護をする必要はないのだけれど、彼女と余りにも似ていて親近感溢れっぱなしだから取り上げてみた。


2012年10月21日(Sun)▲ページの先頭へ
「鍼治療の慢性腰痛症への効果について、シャム対照治療との比較の結果、症状スコアおよび疼痛強度の低下がみられ、より良好な効果を示すことが示唆されたと、韓国・キョンヒ大学校のCho YJ氏らが報告した。鍼治療は慢性腰痛症に効果的な治療として知られているが、プラセボより優れているかについては依然として不明なままであった。Spine誌オンライン版2012年9月28日号の掲載報告。」
 まるでお墨付きを与える権威のような雰囲気が伺われ、読んでいて気持ちよくなかった。鍼治療が効果があるのは歴史が証明しているし、多くの患者も証明している。今更効果が証明されたなんて言われても何も変わらない。それよりも鍼に優る治療を現代医学は提示すべきだ。僕は整形外科分野で嘗て2度、診断で世話になったが、治療と言えば逆にお粗末で、こんなことで治るのかと心配になったし、実際にほとんど効果は感じられなかった。牽引などの理学療法も期待していたほどでなく、ある時には余計悪化した。不都合を訴えれば決して飲みたくないような薬を紹介された。結局、苦痛から解放してくれたのは、鍼灸だった。 以来漢方薬を飲んでもらうときに一言鍼灸も考えてみたらと助言するが、なかなか経済的な事情があって行動に移してくれる人は少ない。最近では九州の女性が、実際に行動に移してくれてその手の治療で随分と楽になって頂いた。
 近くにその手の先生がいれば、随分と共同して救える人が増えるだろうなと思ったりするが、なにぶんこんなに人口が少ないところで開業する勇気がある人はいない。都市部が必ず経済的なものを保証してくれるとは思わないが、何となくその曖昧な数式からはずれるのは勇気がいるのだろう。元々そんなことを考える余地もないくらい土着の僕は、都市部で開業していたらなんて空想には浸らない。どう考えても今、この地でしか通用しない形態しかとれないし、仕事をする上でのモチベーションはよりこの地に依存している。牛窓に急に増えた、隠れ家、古民家、1日何人限定・・・食べ物やさんだけでなく、鍼灸治療でもありだと思うのだが。


2012年10月20日(Sat)▲ページの先頭へ
酷使
 そうか、他人から見たらそう見えていたんだ。目の渇きと、肩こりに悩まされながら慣れないパソコンに向かっていたのだが「遊んでいるのかと思っていました」には参った。でもそれを言った人が、半年くらい前に越してきて、しょちゅう漢方薬を取りに来る人だから、おまけに笑顔がとても素敵な人だから許す。これが、人の揚げ足をとるような人物だったら、文句なしに絞め殺す。
 正直メカに強くないからパソコンで遊ぶような知識はない。ただひたすらにメールの返事を書いたり、ブログの原稿を書いているだけなのだ。その様子が如何にも遊びに見えたのは、余程嬉しそうな顔をしていたか、のめり込んでいる様子だったかだ。前者は考えられないから、何かオタクみたいな感じでパソコンに向かい合っているように見えたのだろうか。
 なるべく皆さんから頂いた情報を大切にしたいから、薬を作るたびに返事を書く。夜にまとめてと言うのは嫌いだ。ただ、立て込んでいるときは夜にまとめて書くこともあるが、それでは一人一人の顔?を想像しては書けない。実際に会った人は少ないから本来なら顔はないのだが、リアルタイムに返事をするようにすると何となく顔が定まってくる。改善傾向にある人の顔には笑顔があり、その逆はもの悲しい表情をしている。空想の顔は実は僕の投影なのだろう。嬉しい報告には顔が緩むし、そうでなければ責任を感じる。
 僕がパソコンを打つ姿は恐らくまるで似つかわしくないものだろう。それが証拠に身体中の無駄な筋肉の緊張を強いられている。やっとパソコンを使える世代に滑り込むことが出来た付けは結構体には大きい。右手の手首と指だけを酷使していれば良かった時代が、体には良かったのかもしれない。思考も右手の動き以上には働かされなくてよかったから。今じゃ、ない頭もブラインドタッチ並に酷使される。


2012年10月19日(Fri)▲ページの先頭へ
衝撃
 偶然見ていたテレビのニュースだった。ある女性歌手がロシアの宇宙船に乗り、宇宙から唄を歌うという希望が叶うことになったというニュースだった。インタビューに答えるその歌手の映像のバックである曲が流れていた。何処かで聴いたことがある曲だったが、勿論曲の名前も知らない。ただその曲がとても心の中に響いて、何の曲か知りたかった。変だけれど、ニュース記事からその後、曲にたどり着き、今では毎日何回も聴いている。
最初はその女性歌手の名前をユーチューブで検索してみた。するとあるコンサートがアップされていて、とても美しく又力強く歌が始まり、途中から長身の男性歌手がデュエットで加わった。最初、女性歌手の歌のうまさに驚いたのに、男性歌手はそれ以上だった。それは驚きと感動が絡み合い、お互いより高きを目指すような衝撃だった。
 フォークソング一筋みたいな青春だったが、他のジャンルが嫌いなわけではない。多くの素晴らしい曲に巡り会い、多くの曲を好きになった。ただその中で、全く素人の発想で言わせてもらえば、第九の合唱を越える歌はあまりないのではと思っている。何度聞いても飽きない、何度聞いても勇気をもらえる歌なんてそんなにあるものではない。100年単位で輝き続けるものなどそんなにあるものではない。
 第九は余りにも特別だから比較の対象にならないが、それ以外なら充分最高峰に位置する資格があるのではないかと思った。専門家の評価は知らないが、二人の世界的に有名なデュエットは圧巻だ。インターネットで調べるとこの二人の歌手は、イタリアのテノール歌手Andrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)とイギリスのソプラノ歌手Sarah Brightman(サラ・ブライトマン)と言うらしい。聞くところによると二人とも超有名らしいが、恥ずかしながら僕は初耳だった。唄う人のすばらしさもさることながら、この曲を作った人が素晴らしい。ボレロを思わせる太鼓の音が、明日への希望を抱かせる。英語のタイトルが
Time to Say Goodbyeだったから、別れの歌かと思っていたが、日本語訳を見てその歌詞の崇高さと曲の希望への高鳴りが良くマッチしていると素人ながらに感心した。
 難しいことは必要ない。原題は「Con Te Partiro(コン・テ・パルティロ)」と言うらしいが、言葉の全てを理解できなくても、歌唱力や演奏でどんどん伝わってくる。朝薬局に下りてきてすぐに、そして仕事を終えるときに聞いているが、計算ずくの軽薄な思惑が飛び交う今の世に、虜になるほどの素晴らしい音楽があろうとは。巡り会えたことに感謝。


2012年10月18日(Thu)▲ページの先頭へ
存在理由
 いったい、この人達は東京にいた頃どうしていたのだろうと思う。実績は勿論、肩書きや学歴も田舎では滅多にお目にかかれないようなものを持っているのだが、やたら僕の薬局を利用してくれる。3世代に渡って、色々な困り事を、多くは漢方薬でだがお世話させてくれる。
あちらでかかっていた病院の名前を聞いたらおこがましくてとても手が出せないような人なのだが、ほとんどの困り事を相談してくれる。最近では開口一番「○○も漢方薬で治せますか?」と尋ねてくれる。僕にとっては当たり前のことでも、その方達にとっては新鮮ならしい。恐らくどこにでもあるようなたたずまいの薬局で、それも半農半漁の田舎でどんなトラブルの相談にも一応応えられるのが物珍しいのかもしれない。
 都会の人達がどの様な治療形態をとっているのか知らない。大小の病院やドラッグストア、旧来の薬局などがひしめき合う中で、どの様に各々を利用しているのだろう。そのどれも最高峰のものが揃っている中で、何を基準に選択しているのだろう。
 田舎の人に出来ないと言うのがいやで、逆に出来ないだろうと言われるのもいやで漢方薬を懸命に勉強してきたが、今では利用してくれる人は都会の人が圧倒的に多い。相対的に人口が多いのだから、当たり前と言えば当たり前だが、交通や通信の発展が後押ししてくれた。それらはこの田舎で、この田舎の作法で仕事に打ち込める環境も残してくれた。何ら妥協も迎合もしなくて仕事が続けられるのは有り難い。存在理由を失ってまで仕事をしたくない。
折角牛窓に住んでくれている人だから、又不思議なくらい善良な家庭だから、花の都大東京の薬局には負けない漢方薬の力をお見せしたいと思っている。


2012年10月17日(Wed)▲ページの先頭へ
天は人の上に
 伝記少年だった僕は、訳も分からず手当たり次第小学校の図書館から借りて読んでいた。そのほとんどは記憶から消えているが、数日前ウォーキングをしていて、福沢諭吉が言ったとされる「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」というフレーズが突然浮かんだ。頭の中を空っぽにしたくて歩いているのに、何故かフル回転する。色々な想いが洪水のように押し寄せてくる。諭吉の言葉が浮かんできたのは、小学校の頃に勝手に理解した意味が、未だまだ実現どころか、ますます逆行しているように思えたからだ。本来の意味とは異なっているかもしれないが、幼心に人は皆平等なのだと教えられ、何となくそれはその後の僕の考えの底にあるように思う。
見渡せば現代は、人の上に人を造り、人の下に人を造っているように見える。江戸時代のように意図的に制度として定めてはいないが、何となくあうんの呼吸でそれが生きているように感じる。
 ある青年が東北にボランティアを兼ねたアルバイトに行くという。純粋な気持ちは良く分かるが、本来ならあの悲惨な状況を作り出した奴らがかかりきりで復旧の手伝いに行くべきだ。会社を挙げて懺悔の手伝いをしているとは聞いていない。未だ以前と何ら変わりなく、高給を取り安全地帯で暮らしているのだろう。不定期雇用に甘んじている青年を、甘い言葉で放射能の危険がまだ残る地域に呼び寄せることに、強い憤りを感じる。余命がが後20年くらいの世代の人間が粋に感じて行くのとは根本的に違う。遺伝子に影響をもろ受けやすい世代が、生活するために行くのだ。
年寄りが始めて若者が死んだあの戦争のように、年寄りが金儲けのために始めて、若者が被爆する。まるでそっくりな光景が繰り返される。何も抵抗しない若者は、抵抗できない若者達は、人の下にいる人のように見えて仕方がない。失うものすら持てない若者達から最後のものまで奪おうとしているのか。


2012年10月16日(Tue)▲ページの先頭へ
解説
 無事に家につくことが出来ました。牛窓に行って溢れんばかりの優しさにふれ心が本当に心が休まりました。先生方の話は本当にためになり牛窓に行ったことが今までのなによりもためになりました。先生との会話も勿論なのですがなかでも○○○○の方と少しでも関われたのは自分の人生を大きく変えるかもしれません。彼女たちの純粋な心に自分が恥ずかしくなりました。将来うまくいくかわかりませんが世界も視野にいれて人のためになるような仕事につきたいと思います。でもまずはバイトをしながら少しずつでも英語を勉強しようかと思っています。牛窓でお世話になったヤマトさん、奥さん、○○さん、○○さん、お婆さん、○○○○の方、薬剤師の方、すべての方に感謝します。漢方にはもう少しお世話になりますが真面目に時に不真面目に頑張りいい報告が出来るよう努力します。
本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

 お身体に気をつけて是非○○○○の方たちといろいろな所に行ってみて下さい。僕は京都に帰ってきてはやくも牛窓の風景が恋しいです。笑 完全に治っても一年に一回ぐらいはお世話になるかもしれません。

 京都に帰ってきたら戻ってしまうかもしれないという心配がありましたが全く問題がなく何気無い一日がすごく楽しく感じました。ボランティアをしてみようかと思いインターネットを開いたところ被災地復興応募バイト大募集というのがありました。お金を貰うので被災地のためになどとは言えませんがいってみようか迷っています。ただヤマトさんの話してくれた放射能が今も漏れ続けているというのが気がかりです。いろいろと考えて本当に人のためになるのだろうかという疑問をいだきました。ヤマトさんは率直にどう思いますか。

 自転車青年が京都にたどり着いたその夜から今日までくれたメールを経時的に並べてみた。解説は何もいらない。一人の善良な青年が生まれ変わる。苦しんだ数年が何倍にもなって濃密な青春として返ってくる。僕が溢れんばかりの優しさではなく、溢れんばかりの治したい気持ちになるのは、善良な青年にこそ萎縮を強いるとんでもない時代の共犯者になりたくないためだ。一部の年寄りに富が集中し政治も操る。そのあげく若者達が路頭に迷う。許されても許してもいけない。


2012年10月15日(Mon)▲ページの先頭へ
卒業試験
 彼が僕のブログを読む人かどうか分からないが、許可を貰わずに書く。プライバシーは全く侵害しないだろうが、敢えて書く僕の意図を彼は十分理解してくれると思う。(過敏性腸症候群は治るってことと、誰一人落ちこぼれることなく治って欲しいという願い)
この数日僕のブログに登場した自転車青年は、実は10日の水曜日に京都からやってきた。約束では一泊だったが、着いてすぐ机を挟んで話をしている時に、小声で良くは聞き取れなかったが「人生を終わりにしようかと思った」と聞こえたのだ。その瞬間僕は彼に「15日の日曜日に高松に漢方薬の講演会に行くから、一緒に行こう。○○○○の女の子も4人一緒に行くから」と提案した。これは以前から計画していたことで、僕自身がフェリーに1時間一人で乗ることが退屈だから、かの国の女の子を誘っていたのだ。その事もあって彼の過敏性腸症候群を治すにはまたとないチャンスだと瞬間的に思ったのだ。そして何よりも治してからでないと彼を京都には帰せないと思った。
 1年半前からお世話しているが、メールはいつも短く、体調を把握するのに苦労していた。ただ、いつの間にかバイトに行けれるようになり、なんとそのバイトが契約期間終了まで続いた。たかだかバイトなのに、バイトが終わったときには丁寧な礼を言われた。その後すぐ牛窓にやってきたいと希望を言われたので僕は快諾した。青年が人と接することに恐怖を覚え、行動を極端に制限していることに僕は耐えれないから。
 彼がはるか京都から牛窓まで自転車でやってくる最大の理由は電車にもバスにも乗れないと言う理由からだ。勿論自転車や自然が好きという理由もあるが、いわばそれは消極的な理由でしかない。人が多いほど、環境がうるさいほど、腹鳴がひどくなり10メートル離れた人にも、すれ違う人にも聞こえて嫌みな言動に遭遇するというのだ。
 僕はずっと彼の腸の動きを正常にする漢方薬と、肝っ玉がつく漢方薬を送っていた。ところが薬局に入ってきた彼は、スリムだが筋肉質で、運動神経がかなり優れていることを伺わせる体つきだった。要は内臓の働きを整える薬などいらなかったのだ。寧ろ小さな声で話す様子から、繊細さを捨てる処方の方がいいと感じた。その事だけでも実際に会えたメリットだが、実はそんなものより大きな効果を日曜日の小旅行に期待したのだ。
 彼は自分が乗用車の助手席に座り、後ろの座席には若くて綺麗な女性が二人乗る光景など、想像できただろうか。水曜日から土曜日まで薬局にやってくる人達を見ていて、誰もがハンディーに苦しみながらも、明るく?治そうとしているのを目撃したこと、又彼自身の症状をスタッフが誰も感じることが出来ない事実などから、かなりそれだけで改善しつつあったが、長年の過敏性腸症候群からの卒業は、この乗用車の中で全て決まると思っていた。彼にとっては「ところが」僕にとっては「案の定」何も不自然なことは起こらずに、どこにでもあるごく普通の若者達の光景が一日中展開された。圧巻だったのは、講演会が終わって高松駅にあるサンポート高松に帰ってきた時、ふと彼らが若者向けの喫茶店で途中から合流したかの国の二人を含めた5人で楽しそうに喋っているのを見つけたときだ。何かもう僕は必要ないような気がして、嘘をついて買い物をしてくると言ってその場を離れた。僕には彼がまるでリーダーのように見えたのだ。
その後牛窓に帰ってから娘が彼と話していた。自分がまさに高校時代体験したことを娘が積極的に喋るのは珍しい。どうしても彼に卒業して帰って欲しかったのだろうし、小旅行(卒業試験)の結果を確かめたかったのだろう。その場に僕はいなかったから詳細は知らないが、ほとんど彼の中でも解決しつつあることを彼の口から聞いたと妻が言っていた。
 計6日間いたのだが、長い間彼が悩んでいた症状など一度もなかった。僕はそんなことは最初から分かっていたが、最近は説得はしないことにしている。彼の生活空間では決してあり得ない濃密な人との関係で、実は心の中で作りだしていた症状だということに気づいてもらえればいいと思っていた。いつの間にか食事の席が決まり、僕の正面に決まって腰掛けていたが、自然体で瀬戸内の新鮮な刺身やエビなどをお代わりしながら美味しそうに食べる姿がまるで以前から繰り返されていた光景のように思えた。
京都に帰ってから、まるで人目を避けるような生活が恐らく一変するだろう。朝早く赤穂市まで車で送って行ったから今頃(午後5時)はもう大阪を抜けつつあるだろうか。かの国の若い女性達の純朴な友情をリュックに背負って。


2012年10月14日(Sun)▲ページの先頭へ
後ろ姿
 年齢と共に都会に出かけていくのが段々と億劫になった。そんな折り、香川県で漢方の講演会をあるメーカーが開いてくれると言うから、観光がてら出席した。観光がてらというのは失礼だが、実は何を隠そうもっと失礼で、観光ばかりと言っても過言ではない。どこかの田舎議員の視察みたいなものだ。
僕がこれをネタに企画したのは、かの国の若い女性達を連れていって、以前から頼まれていた約束を実現するという一石二鳥なのだ。何も切っ掛けがなければ腰を上げるのに力は入らないが、表向きとは言え漢方の勉強会ともなると、俄然力が沸いてくる。嘗ての生薬大嫌い人間が、今では漢方大好き人間に変わっている。
 彼女たちが働いている大きな会社の偉い人が僕を信用してくれて、彼女たちに自由な休日を与えてくれるのだが、こちらはそれなりにプレッシャーを感じる。極端に言うと、車の運転でさえ気を使う。無事に連れて帰ってこないといけないと言う一点で。
 漢方の講演が丁度2時間だったので、本来ならその時間は全くフリーになってしまうのだが、それも見知らぬ他県で。だけど今日は、例の自転車青年も一緒に行って貰ったので、安心して2時間は勉強に集中出来た。
 かの国の新しい女性達(以前このルートを一緒に辿った二人以外)や自転車青年は珍しそうに瀬戸内海の多島美を眺めていた。その景色が大好き人間の僕も勿論何度見ても飽きない景色と何度感じても飽きない潮風を堪能していたのだが、圧倒的に嬉しいのは、1時間の船旅を楽しんでくれている青年達の後ろ姿を眺めることが出来ることだ。例えば震災で苦しむ東北にボランティアに行くとか、福島から逃げてくる人達を援助するとか出来なくても、分相応のことなら出来る。現役の生活者として大きなことは出来ないが、僕しかできないことはある。田舎、薬局、挫折、権威嫌い・・・キーワードがキーワードだ。


2012年10月13日(Sat)▲ページの先頭へ
自転車
 35年薬局をやっているが面白い経験をするものだ。
 ある青年が漢方薬の相談に来てくれた。すでに長い間服用していて、もう一段のステップアップを狙ってのことだから、お互い知らない間柄ではない。と言ってもメールのやりとりだけだったから、顔は勿論声も風貌もほとんど知らない。詳しいことはプライバシーに関わるから、その面白い経験だけ書かせて貰う。
薬局で彼をちょろっと見かけた人に、「彼は自転車で来たのだけれど、どこから来たと思う?」と尋ねてみた。もったいぶった僕の尋ね方だから多くの方は恐らく自分の想像よりちょっとだけ遠くを答える。それでも多くは同じ市内(数年前の合併でずいぶんと広くなった)をあげ、時に岡山市をあげる人もいた。岡山市でも30Kmくらいあるから随分と遠くだが、正解は京都なのだ。
 この辺りの人が京都に行こうとすればほとんどが新幹線だと思う。車好きの人なら車もあり、時間を持てあまし体力に恵まれた人なら、山陽本線もありだが、恐らくもっぱらは新幹線だろう。その距離を自転車で彼はやって来た。京都を朝の5時に出て、隣町(備前市)のビジネスホテルについたのが夜の7時だと言うから、14時間かかったことになる。逆を言うと14時間自転車を漕げば、京都からやってこれるってことだ。もっとも二十歳の青年の、それもサッカーで鍛えた筋肉あってのことだから、僕らが同じ時間というわけには行かないが、それでも自転車で行ける距離と言うことが目から鱗だ。
価値観とまでは行かないが、少なくとも距離の感覚は変わった。車で県外に出ることすら構えてしまう僕でも彼のフットワークを見せられたら、なんだか今まで遠いと思っていた距離が随分と近く感じる。動くことが億劫な僕だから、あまり活動的に過ごしてこなかったが、今は若干後悔している。今更自転車はないが、せめて車ででももっととくまで出かけてみようかと、彼から刺激を受けた。
 人は色々、それぞれでいい。久々に広げた地図帳の上に億の人が住む。


2012年10月12日(Fri)▲ページの先頭へ
手提げ袋
 僕が分かるのは、高島屋と天満屋の袋くらいで、後は聞いたことがないお店のものばかりだ。高島屋は全国ネットだからほとんどの方に分かって頂けると思うが、天満屋は岡山県発祥の百貨店で広島県にも今はあるのかもしれない。県内では高島屋より寧ろ有名だと思う。ついでだが今度そこの社長が県知事選に出るという。大きな企業の社長が政治をして、誰のために役立とうとするのかは見え見えのような気がする。時代の逆行を無能な民主党が許してしまった。
例によって善意の紙袋が届いた。漢方薬を取りに来るときに両手でぶら下げて入ってきたのだが、その重たそうな感じもさることながら、横に大きくふくらんだボリュームの方が目に付いた。最近は娘がそれなりの紙袋を注文して揃えてくれているから、決して他店にひけはとらないが、僕が孤軍奮闘していた頃は悪い癖で、倹約の虫状態だった。だから薬を持って帰って頂く袋もビニール袋かメーカーが無料で提供してくれたものばかりだった。それを見かねてだろうが、ある親分肌の女性が、よそで買い物をしてもらった紙袋を、数ヶ月分まとめてくれるようになった。決して派手な人ではないが、くれた袋を見ると結構有名な店ばかりらしい。さすがに妻は店の評判くらいは知っているらしくて、「○○さんはいいお店ばかりで買い物をしている」と言っていた。決して贅沢をする人ではないから、恐らく必需品も製品の質を重視して買い物をしているのだろう。
 僕にくれなければ燃やされる運命の手提げの紙袋が、命を吹き返すのは心地よいものだ。土地柄色々なものを頂くが、こうした再生できる物を貰うのもまんざらではない。この女性は実は手提げ袋だけではなく、多くの患者さんを紹介してくれる。田舎というハンディーの中で頑張っている僕を評価してくれたのか、それとも気の毒に思ってくれているのか。ひょとしたら10年くらい前に僕はその女性に言っていたのかもしれない。「同情するなら、紙袋をくれ」と。


2012年10月11日(Thu)▲ページの先頭へ
両立
 時々漢方の勉強がてらにやってくる女性の薬剤師に昨日、ある青年を引き合わせた。県外から体調不良の相談に来てくれたのだが、僕以外の人間と接することで、新たな展望が開けないかなと言う期待と、薬剤師も勉強だけで実体験がないから、人の相談に乗って上げる初めての体験をしてもらいたかった。まさ二兎が追える状況だったのだ。その上、相談者と同じような体験を持つ薬剤師だから、余計青年の苦しみが分かってあげられると思ったのだ。
 丁度その時間帯に、僕も若夫婦もそれぞれの応対で忙しかったので、1時間余りとても助かった。と言うわけで僕は二人の話のほとんどを聞いていないし、聞くつもりもないし、聞く必要もなかったのだが、ただ一つ言えることは、僕や若夫婦の応対とはおよそ趣を異にしていたってことだ。僕の家族は、やって来てくれる人も含めて結構大きな声で話す。又、自分の症状が他人に聞こえてもあまり関係ないかの如くどなたも話してくれる。勿論結構広域から集まってきてくれるからお互いを知らないってこともあるのだろうが、誰もが悩みは抱えていて、それを口から出してしまうことで結構楽になれることを多くの人が気づいていることもある。それに引き替え二人は、声を落とし、他の人には聞こえないように話していた。元々静かな語り口の二人だから意識しなくてもそうなったのだろうが、まるで姉が弟の悩みを聞いてあげているような感じに聞こえたし、見えた。こんな光景もあるんだと、新鮮な印象を受けた。
 漢方薬を勉強してどの様に活かしたいのかハッキリと口から聞いていないから分からないが、薬局内にこうした光景もあってもいいのかなと思った。漢方薬局の多くが営業的に苦戦を強いられている時代に、時にカリスマを演じる経済至上主義者が闊歩するが、本当は治療の実績と適度の経済との両立を果たすべきだと思う。どちらが欠けても、どちらに傾いても駄目だと思う。えてして耳に届くのは、実績よりカリスマぶりばかりだが。
 白衣を着た優しい姉の想いが是非青年に届いて欲しい。


2012年10月10日(Wed)▲ページの先頭へ
 外出する時は裏の引き戸から出ていく。築25年にもなると鍵もあたかもさび付いた如く、実際には未だ辛うじて光沢を放っているのだが、動きが悪くて、外から鍵かけをするのが並大抵ではなく、運に任すくらいな作業だった。ある時内装を請け負ってくれた人に、ついでにこの鍵も治してくださいと頼んだら、何度かガチャガチャと鍵を動かしていると思ったら「KUREの油を差せばいいんじゃないですか」といとも簡単な答えを返してきた。「何、数年間外出時に時間をとられていたあの動かない鍵は、単なる油切れ?」これは心の中で自分に言った言葉だ。
数日後ホームセンターでその製品を買った。意外と安くて300円しなかったと思う。さすがプロの指摘通り、長年の懸案があっと言う間に解決した。鍵をやり直すといくらかかるのか知らないが、倹約した金額以上の価値をその内装屋さんに感じた。
 その後僕は我が家で多くのものを蘇生させた。トイレの開閉窓も数年ぶりに開けることが出来て、毎日新鮮な空気を入れることが出来る。風呂場の小窓も鍵をかけることが出来なかったのだが、今はスムースにかけれる。薬局のドアこそ全部作り直さないと駄目と言われたのに、油を差しただけで又自動扉の役割を果たしだした。次は何処にさしてやろうかと手ぐすねを引いて待っている。
たった300円足らずの油で家中が生き返った。まだ生き返っていないのはとうに油ぎれを起こしている僕だけか。いやいやもっと油ぎれを起こしているところがある。世間と言うところだ。人が無関心を装い、無関係というバリアを築かないと暮らしていけない世間と言う所だ。人と人との間の油が切れてぎすぎすと音がし、時に摩擦で発火し、お互いを傷つけあっている世間と言うところだ。


2012年10月09日(Tue)▲ページの先頭へ
驚き
 僕でももう30年近くなるのだろうか。だから僕の先輩達にとっては40年近く同じ先生に漢方薬を教えて頂いていることになる。僕にとってはほとんどの知識がその先生由来だ。他の先輩達も同じではないか。
 日曜日に隔月の講演会を先生を招いて行った。いつものように漢方薬の知識を授かったのだが、それにもまして興味を持った内容があった。
 確かシミについての話だったと思う。ある軟膏(僕の薬局では娘夫婦が作ってくれているが)を50回くらい擦り込むとシミが薄くなると言う内容だった。その軟膏を先生の先生(漢方薬の世界では超有名なお医者さん故山本巌先生)がレントゲンによる火傷の跡のシミ消しに使われていたと言うことだ。先生自身も腕をまくり上げてレントゲンによる火傷の跡を見せてくれた。
 僕にはその跡の成り立ちが理解できなかった。先生は山本巌先生の医院に調剤のお手伝をしに行き、処方を覚えて自分のものにされた方だ。その方がどうしてレントゲンによる火傷をしなければならないのだろうと、疑問に思った。だからその事を先生に質問してみた。すると、体が不自由な方のレントゲンの時には、先生が体を支えてあげたままレントゲン撮影をしていたらしいのだ。だからご自分の撮影ではなく、患者さんの撮影の時に一緒に被爆していたらしい。恐らくしばしばそうした経験されたのではないだろうか。
 この内容の話の下りも先生はさらりと話された。何か特別のことをしたのではないのだ。ただ僕だったら絶対あり得ない。僕なら絶対放射線から我が身を守る。だが、山本先生も僕の先生もそんな選択はありえなかったのだろう。まず、あっけにとられ、その後自分の覚悟を問われるようで、重苦しかった。
 帰り道、車を運転しながら何度もその話の内容が浮かんできた。岡山までお招きして、安穏と講演を聞いていれば漢方の知識が増えた境遇が申し訳ないように思えた。僕らが充分満足がいく治癒率を誇る処方の陰に、こんなこともあったのかと、驚きを持って聞いていたのは僕だけだったのだろうか。


2012年10月08日(Mon)▲ページの先頭へ
邪魔中
 人の魅力は意外性に尽きる。それも脚色なしの。
ノーベル医学賞を受賞した山中先生は、しばしばテレビなどに登場するが、とても真面目そうな表情で、その印象にぶれがない。恐らく、ご自身が言っておられるように、研究の成果を早く患者に届けたい一心で研究されているからだろう。
 今日のニュースで見たある講演の一こまなのだが、整形外科の手術が下手だったから、指導医から「邪魔中」とあだ名で呼ばれていたらしい。手術の邪魔になるから、邪魔と中山をくっつけられたのだろう。あのいつも冷静な表情の先生の口から出たジョークが、これ又光るのだ。くだらない人間の品のない冗談ばかりを耳にする昨今だから、澄み切ったジョークに救われる。
勿論澄んでいるのはジョークだけではない。先生の価値観やそれに添った生き様だ。昨年の福島の爆発以来、金で買われた学者やタレントや政治家やマスコミをいやと言うほど見せられてきたから、本物の人格に飢えている。多くの人格者達は露出を本来的に嫌うから、なかなか市民には媒体を通しても接する機会が少ない。昨年は小出先生を知ることが出来たし、今年は山中先生か。
 肩書きのない人達の飾らない人柄に感動することは田舎だからしばしばだが、知のかたまりのような人達の人柄に触れることが出来るのも又楽しい。


2012年10月07日(Sun)▲ページの先頭へ
抗生物質
 「一部の抗生物質の使用により、小児の腸疾患の発症リスクが増大する可能性のあることが明らかになった。研究を行った米ワシントン大学医学部助教授のMatt Kronman氏は、抗生物質を使用する時期が早いほど、また使用量が多いほど、後にクローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患を発症するリスクが高いと述べている。同氏は、小児の抗生物質の使用を避ける必要はないが、賢く使用する必要があると指摘し、親はその必要性について気軽に医師に尋ねるべきだと付け加えている。」
 抗生物質が腸内の悪玉菌を選択して攻撃してくれるならいいが、兆の単位で存在する菌類を選択して攻撃することは不可能だろう。自ずと善玉菌も殺されるから腸内の菌バランスは崩れるに決まっている。免疫に大いに関係している腸が環境を崩したらいいことはない。難しいことは分からないからクローン病や潰瘍性大腸炎などと具体的な想像は出来なかったが、何となく使いすぎは良くないぞとは感じていた。どうも日本は医療者が好きなのか、患者が好きなのか分からないが、抗生物質の出番がやたら多い。あれだけステロイドに敏感な人達が抗生物質に関しては無警戒だ。安全神話などと何処かで聞いたような言葉がその世界でも生きているのだろうか。
僕はガチガチの自然主義者ではないが、何となく自然から離れすぎている事象は警戒する。それで何かを失ったことはない。特別何かを得たという確信もないが、何となくそうして暮らす方が何かあったときに後悔しないような気がする。科学が胡散臭いと昨年の福島の事故から特に思い始めたから、むざむざと営利企業の土俵には上がらない。自然治癒力が働かない国や企業にこそ抗生物質は飲ますべきだ。


2012年10月06日(Sat)▲ページの先頭へ
共有
 この表現についていけるのはやはり僕も一応海の子だ。 主語も目的語もないワンフレーズを聞いただけである行為の全貌が描ける。
 本物の漁師ではないけれど、漁業権を持っている人は意外と多い。休日に船で釣りを楽しむ程度なのだが、結構贅沢な趣味で、あれが見るからに漁船ではなかったら、どんなお金持ちの遊びだろうと、ひがんで見てしまうかもしれない。実際にはごく普通の釣り好きの人達ばかりだから、羨むほどのものではない。
 今日、その種の人から、カワハギを一杯もらった。多い日には60匹くらいご主人が釣って帰るらしいから、処分に困るそうだ。奥さんが60匹裁くのも大変だろうが、それを食べさされる家族も大変だ。こうした冗談のような困り事は結構釣り好きの家庭には起こることで、奥さんが愚痴ることもしばしばだ。そんなたわいもない話の中で「逃がす」という言葉が数回出てきた。国語的に正しいのかどうか分からないが、僕にはすぐに意味が分かった。最近でこそそんな会話をする人はいないが、嘗ては大人の漁師達の会話の中でよく聞いていた懐かしい言葉だ。
「NHKに電話をして文句を言ったんよ」という穏やかでない言葉の後にその「逃がす」は出てきた。釣りの会話の中で逃がすなんて言葉が出てきたら、それはもう魚を逃がすこと以外にはあり得ない。ところが本当の海人達の「逃がす」は船を避難させるという意味なのだ。NHKの天気予報が地方を通過中の台風に関しては古い情報しか流さなくて、都会に近づいたらリアルタイムの情報を流すと、その差別を怒っていた会話の中で出てきたのだから、船を風や波から守るために移動させるという意味なのだ。「リアルタイムで天気予報をやってもらわないと、船を避難させることが出来ない」という内容が「逃がせれんじゃろう」のワンフレーズで終わってしまう。この超省略は同じ空気を吸ってきたものでないと分からない。幼いとき、祖父に連れられて毎日魚市場で荒々しい漁師達を見てきたから、今でもあうんの呼吸で分かる。
 別に大したことではないのに、海で暮らす人達と共有できる言葉を今でも忘れないでいたことが少しだけ嬉しかった。


2012年10月05日(Fri)▲ページの先頭へ
擬人化
 昨日歯医者さんに行ったとき、先生が面白いことを言った。その先生は博学で僕などが知らないことを多く知っている。好奇心が強いのかもしれないが。
 牛窓は今、結構更地が多くて、何処何処の土地がまだ売れていないなどと言う話から発展したのだと思うが、昔の海は今も海で、昔の陸は今も陸なんだと言う内容だった。当たり前と言えば当たり前だが、その結論は意外と多くの人にとって発想できないことではないだろうか。例えば海岸から数キロ離れたところに住んでいる人が、昔は海の上だたって事を実感として感じられるだろうか。
 もう10年以上経っただろうか、後にも先にもあんなに台風で浸水したことはない。余程何かの条件が重なって起こったまれな現象なのだろうが、多くの牛窓の地区で家屋が浸水した。その深さが尋常ではなくて、母の家だって1mを越えていたし、もっと深いところも数あった。台風のコースだけでは片づけられない現象だった。その時のことは多くの住民にとってトラウマで、台風がやってくる度に話題に上る。
 ところが今になって思えば、先生の言うように、所詮浸水したところは嘗ての海を埋め立てて住宅地を造成した所なのだ。「目の前まで海水が上がってきたけれど家にまでは入らなかった」と胸をなで下ろした人はまさに昔の海岸線の所に住んでいる人達なのだ。実際、薬局の道路の対面の家は、少し水に浸かっていたが、道路には水は上がってこなかった。まさにその道路こそ嘗ての海岸線だったのだ。それに引き替え、浦とか浜とかの名前の所は駄目だったし、当然と言えば当然だが、嘗ての塩田跡地や嘗ての養魚場を造成したところなどは軒並み相当な深さで浸水した。
僕は先生の話を聞いていて、自然の懐の深さに感心した。何故か自然そのものを擬人化して考えてしまった。まるで意志を持っている生き物のように感じた。畏怖の念とはこんなことを言うのだろうか。


2012年10月04日(Thu)▲ページの先頭へ
敗走
 下一桁の数字があっているかどうか心許ないが、確か殺人の47%が家族内殺人らしい。このことに関して何ら意見を述べる材料を持っていないが、殺人者になるために一緒に暮らしてきたこと、逆に殺されるために一緒に暮らしてきたことが哀れで仕方ない。
ほぼ半数が家族内殺人なら、犯人を捕まえることなんてとても簡単だ。目星は確率2分の1でついてしまう。それを承知で殺人を犯してしまうのは余程追いつめられてのことだろう。ことの顛末はそれぞれだから、個々の安易な評価は慎むべきだが、留まるところを知らない家族の崩壊に、いっそのこと家族でなかったらと思ってしまう。
 守り守られる最後の砦は、最早砦ではない。砦の中にこそ憎悪は潜む。この国で嘗てこの様な時代があったのか、世界でこの様な国が他にあるのか知らないが、僕はこの世(社会)の敗北だと思う。世が敗走しているのをリアルタイムに眺めているようなものだ。家族に殺められるなんてとんでもない時代に生きているのだと思う。


2012年10月03日(Wed)▲ページの先頭へ
苦手
 やっぱり苦手だ。お金持ち過ぎる人。肩書きがありすぎる人。プライドがありすぎる人。学歴がありすぎる人。そんな人はほとんど縁遠かったのだが、この何年間は、遠くから来られる人が多くて、僕の薬局ではお目にかからなかったような人が来ることが増えた。そう言った人と普段接することがなかったので、特別の応対方法も知らないし、する気もないから、本来はそんなにうち解けることもないのだが、時にそう言った部類の人の中でも特別人格者がいて、僕の普段通りの接し方を好んでくれることもある。
 その種の人達は、さすがに最初は誰もが体調不良でやってくるから、まずまずの礼儀は保証される。ところが段々調子が良くなってくると地が出てしまい、言葉使いさえ上から目線に変わってくる。どうせなら最初から地を見せてくれていれば落胆もしないのだが、演じ終えた後の姿を見せられるのは如何にも空しい。
 折角田舎の薬局に来るのだから、「過ぎる」ものは全て忘れてくればいいと思うのだが、どうも身に付きすぎているものは簡単には脱ぎ捨てることが出来ないらしい。着ていようと脱ぎ捨てようと、こちらの態度は変わらないのだから、心の中まで身軽になった方がいい。お金も肩書きもプライドも学歴も、人の心を征服できるものではない。そんなものより、ふと垣間見える謙遜とか、優しさの方が余程心を掴む。
 多くを与えられず、それでも懸命に生きている人達の変わらない接し方に救われる日々だ。


2012年10月02日(Tue)▲ページの先頭へ
若返り
 以前「何となく感じる」程度の消極的な表現でしか書けなかったが、今はもうほとんど確信に変わっている。
 顔を思い浮かべてみると次から次へと浮かんでくる。漢方薬を飲んで頂いて明らかに若返った女性達の顔が。年齢とか、症状とか、漢方薬の種類とか、何ら統計的な傾向はないが、寧ろまちまちと言った方がいいと思うが、明らかに若返った人は結構いる。上は70歳代、下は30歳代だろうか。もっともそれ以下は本当に若いのだからそれ以上若返りようがない。
何処がどうなったら若返るのか、僕もまじまじと見るわけにいかないから、具体的には観察していないが、全体的な印象でそう感じる。不思議だが結構本人達も自覚していることが多く、又僕以外からも指摘されていることも多く、照れて否定するよりも寧ろあっさり認めてくれる。又そうした会話の時には特別笑顔が多くこぼれるから、余計華やかで若々しくなる。
 アンチエイジングで多くの商材が莫大な利益を稼ぎ出しているのだろうが、そんな眉唾物より確実に健康を取り戻す漢方薬の方が余程効果がある。気が巡り、血が循環し、余分の水を排出すれば元気になれると、古代の中国人が考えた道理が未だ通用することに驚く。
顔の造作のばらつきを治すことは出来ないから美人には出来ないが、美しい人は出来る。それもとびっきり笑顔の美しい人に。


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