栄町ヤマト薬局 - 2012/09

漢方薬局の日常の出来事




2012年09月30日(Sun)▲ページの先頭へ
名前
 もう1年以上このスーパーを日曜日毎に利用しているが、およそ行列などと言うものを見たことがない。大きい割に空いているから僕みたいに買い物をしない買い物客には利用しやすいのだ。居場所があると言った方がいい。唯一に近い消費は大食堂での昼ご飯だから、立派な客だけれどそこで時間を潰すほど度胸はない。
ところが今日1階の売り場で、行列なるのを初めて見た。普段あまり近寄らないコーナーだったが、その行列の先を知りたくて何食わぬ顔をして近づいてみると、色とりどりのまるでコーティングされ光っている甘そうなお菓子が一杯並べられているショーケースの前に、ロープで何重にも柵を作られ多くの人が並んでいた。僕はその並ぶ人の一員に見られるのがいやでじっくりとは見なかったが、なんだか店員の方が客より高い位置にいたように見えた。錯覚かもしれないが見下ろされているように感じた。
並んでいる人は比較的若い人が多かったように見えたが、僕より年上に見える人もけっこういたし、幼い子供もいた。薬剤師的に、直感で悪いが、およそ健康にはどうかなと思った。甘くて美味しいものを頂くことは決して悪いことではないが、あの光ようはどうだ。僕には砂糖のかたまりのように見えた。ショーケースの背後の壁に大きく半額セールと書かれていたから、それ目当ての人達が行列を作って、普段僕などの目にはとまらなかったものが、存在を一気に現したのだが、休日で頭の中まで白衣を脱いでいる僕でも何らかの違和感を覚えた。
幼い子の虫歯はどうなのか、若い子の骨量はどうなのか、ニキビはどうなのか、切れやすい子を造りはしないか、男性の高脂血症はどうなのか、中年の糖尿病はどうなのか等々だ。甘党を自認する僕でも何十年か前に1度か2度食べただけだ。子供達にも上げなかったように思う。恐らくその時にもう何かを感じていたのだ。勿論時々美味しさを楽しむだけの人や、運動量が激しい人などは何ら問題ないが、色白で冷え性でスリムで繊細な心の持ち主には勧められない。せめて僕が漢方薬を作って飲んでもらっている人達にはあまり食べないようにお願いしようと思って、なんて言うお菓子か名前を覚えておこうと思ったのだが、今こうしてパソコンの前に腰掛けると思い出せない。確か元ジャイアンツの長島選手に似ていたように思ったのだが。ミスタードーナルでもないし、ミスッタ、ドーナツでもないし、ミスタードーナッタでもないし・・・


2012年09月29日(Sat)▲ページの先頭へ
憤怒
「私と話をしていて、心が病気を作っているように思えますか?」発した本人が一番良く分かっているからこのような単刀直入の質問が出来たのだと思う。一度関東から訪ねてきてくれたし、2週間に一度数十分電話で話をしているから彼女のことは良く分かっている。娘よりは年上、妹にしては若すぎる、丁度その辺りの年齢だが、常識をわきまえて、都会人には思えない素朴さも持ち合わせている。繊細な心の持ち主かもしれないが、そんな風にはいっさい見えないし感じられない。どちらかというと落ち着いた大人の女性だ。僕も一切、心が作ったトラブルには見えないと答えた。
 色白で冷え性でスリム、それにもう一つ加えると、圧倒的に運動量が少ない人が健康を維持するのは至難の技だ。熱量を作れないのだから、体の機能を倹約しながら暮らしているようなものだ。何処かしら不調を抱えて当然だ。大きな病気をする程の体力もないから、色々と不調を抱えながら長生きするのもこのタイプだ。倹約は温存にも繋がる。内臓機能や血管の柔軟性を負荷をかけないことによって温存できるタイプとも言える。これは長年の僕の観察によって得た結論だから、根拠はいたって脆弱だが当たっているような気がする。それが証拠に、がっちりした健康体の人が若くしてころっと亡くなるのはしばしば経験することだ。
 富が一部の人に集中し、放射能を浴びせられ、家を追われ土地を奪われても物言えぬ時代に心穏やかに生きろなどと言われても、笑顔ばかりでは生きていけない。心の不調のせいにでもしないとそれこそ心を病んでしまう。だが決して病み負けないで欲しい。負ければ負けるほどあいつらがより強くなる。何万、何十万の人を発ガンさせても何ら責めを負わない不条理を許してはいけない。憤怒を持って導く体調もあるのだから。


2012年09月28日(Fri)▲ページの先頭へ
フライパン
 「米南カリフォルニア大学および米カリフォルニア癌予防研究所の研究グループは、前立腺癌の研究に参加した2,000人弱の男性のデータを使って検討した。主に(オーブンなどで)焼いた肉を食べていた男性は進行前立腺癌のリスクが低かったが、フライパンで焼いた肉を食べていた男性は比較的リスクが高かった。研究グループは、種類にかかわらずフライパンで調理した赤身肉や鶏肉を中心とする食事が前立腺癌リスクを増大させる可能性があると結論付けている。理由は不明だが、調理の過程でDNAを損傷する発癌物質(複素環アミン)が形成されるためではないかと研究グループは指摘している。この化学物質は、糖およびアミノ酸を長時間高温で加熱することにより形成されるという。」
 喜んでいいのか悲しんでいいのか分からない。喜ぶ方は、まずそんなに肉を頻繁に食べられる環境ではなかったこと。とくに大学の5年間など、滅多に肉にはありつけなかった。米に塩をかけて食べるだけという生活が何年もあったから、恐らく僕は人様より圧倒的に肉を食べていない。さすがに牛窓に帰ってからは経済的には肉を食べることが出来るようになったが、瀬戸内の魚のおいしさには勝てずに、これ又肉食に偏るようなことはなかった。
悲しむべきは、フライパンで焼くってのは意外と多いかもしれない。寧ろそれ以外にどんな方法があるのだと言うくらいフライパン派だ。ハンバーグはとくに悪いと記してあったが、それは偶然あまり食べていないが、調理方法としては圧倒的にフライパンのような気がする。
 喜ぶべき偶然が優っているか、悲しむべき偶然が優っているか定かではないが、取り敢えず貧乏と質素に軍配を上げたいと思う。日常の些細なことまで「過ぎたるは及ばざるが如し」レベルまで贅沢になっているから、意図的な質素や倹約を駆使しなければならない。逆は簡単だが、まるでないが如しに暮らすのは結構辛いものだ。僕はおかげで学生時代の何もない生活に慣れているから、質素も倹約も何ら苦なくできる。
 ところでオーブンってなんなんだろう。我が家にあったのかしら。電子レンジでもなさそうだし・・・


2012年09月27日(Thu)▲ページの先頭へ
火に油
 ウツウツと暮らしている人に漢方薬を作る時は、どこに住んでいるかで作る日数を変えている。同じ市内なら僕は1週間分に決めている。症状の変化に従って処方を変えれるというメリットもあるが、僕とのつまらない会話で緊張をとってもらうという別のメリットもあるから。
 この方はもう1年以上1週間毎に訪ねてきてくれる。当初は見るからに心がまいっていて、それに付随した肉体的な不調も多々あった。ところが漢方薬の力もさることながら、日常のつまらない会話を重ねることで力みがとれて、今はもう漢方薬も必要ないのではと思われるくらいだ。飲みたいらしいから敢えては切らないが、いつでも止めたらいいと言っている。最近彼女は、他人にとっては羨ましいようなことたが、結構負担になることがあった。元気になってきたからこその問題なのだが、それに対処しようとして疲れている。以前なら対処どころか無関心を装っていただろうが、今は理不尽な出来事には怒りを露わにしたりする。負ける場面しか想像できないような方だったのに、今は果敢に批判したりする。その女性が「気持ちが落ち着く薬も入れておいて」と僕に要求した。車で連れてきてくれていたお子さんが笑っていた。
 今日もとっておきのケーキを食べてもらいながら20分くらい話をした。家庭に問題を抱え、敵でも出来ている方がはるかに元気だ。薬などどう見ても必要ないし、人より元気に見える。怒りを少しは抑えたくてあのような希望を言ったのだろうが、僕としては今の状態の方がいいように感じた。敢えて聖人君子みたいな道徳心を求める必要もない。そんなものを求めて本当に心を病んでしまったら取り返しがつかない。その道では評価されるかもしれないが、その道で生きていける人など滅多にいないのだから、多くの凡人は不完全を抱え未熟にこちらの道で生きていけばいいのだ。その道も、あの道も駄目。この道でいいのだ。
薬局に入って来るなりまくし立てていたのに、20分も話をするとさすがにスッとしたのか落ち着いてしまった。「何処でも話せないから、先生に聞いてもらう」とすがすがしい表情になっている。この女性は落ち着いたりせずに、少し戦闘モードの方が生き生きとしていることが分かった。だから調剤室から出てきた僕はその親子に言った。「火に油を注ぐような薬を今日は作ったからね」


2012年09月26日(Wed)▲ページの先頭へ
計算式
 教えに背いたという理由で集団リンチにあって、ある会社役員が殺害されたと報道にあった。主導的な役割を果たした人間の肩書きも会社役員とあったから、世間で言うとそこそこの人達が、方や被害者、方や加害者になったことになる。もったいない話だ。何を求めて宗教の門を叩いたのか知らないが、そもそも世間で言う成功者なる者が、ひょっとしたら自分よりずっと下級の人間を師と仰ぎ信じたことになるのかもしれない。しばしば繰り返される悲劇だが、宗教の恐ろしいところで、ごく普通の、世間が何千年もかかって築き上げてきた常識さえ簡単に否定して壊してしまう。誰かの思惑が、無批判のままいとも簡単に受け入れられてしまうのだ。
いくら美辞麗句を並べて、いくら信心を気取っても、胡散臭さなどいとも簡単に見破られるだろうと思うのだが、見破るべき人達が、それこそ無批判に受け入れる癖を持っている人達だから、化けの皮は滅多にはげるものではないらしい。余程の事件でも起こさない限り密室の出来事で終わってしまう。誰かが極端にいい目をするからには、多くの人間がそれに見合うだけの物を貢がなければならない。至って簡単な構図だ。力やエネルギーと同じ計算式で成り立つ。何事も何処かでプラスマイナスゼロになるようになっているのだ。 そもそも一つ所で一つの価値観だけを至上のものとして教えてもらう必要など無い。何千年も前、それこそ生きるだけで必死の時代なら、単純な価値観に導かれれば良かったのかもしれないが、何千、何万倍もの智恵を持ってしまった時代に、画一的な教義で生きていけるほど人生は単純ではない。
 不安な時代だからこそ、人はなにかにすがろうとするが、耳に心地よい言葉にはくれぐれも気をつけた方がいい。


2012年09月25日(Tue)▲ページの先頭へ
脱出
 いつもお世話になっております。9/○から9/○にグアム旅行へ行ってきました。煎じ茶の代わりに作っていただいたお薬を持ち、無事過ごせるように願いながら向いました。4日間、本当に体調もよく食事もお酒も飲みましたが、大丈夫でした。さすがに団体行動の島内観光だけは自信がなかったので参加しませんでしたが、楽しく過ごすことができました。当たり前のことだと思いますが、冷静になってみると「意外とトイレって行きたくなってから探して行っても大丈夫なんだ!」ということに気付きました。大人用おむつを使わないで済みました。残りのお薬を飲んで、様子を見てみます。もしかしたら治ったのかもしれません。とても楽しい旅行ができました。本当にありがとうございました。

 もしかしたら、「かなり」治っているのではないですか。団体での島内観光が出来ていたら完治だったと思います。過敏性腸症候群はご本人が治ったと思った瞬間が完成なのです。少なくとも完成まで一気に距離を縮めたと思います。過敏性腸症候群は巷では治りにくいと言われていますが、これは治療側だけでなく、患者さん方も思っていますが、そんなことはありません。その決めつけが不利に働いているだけです。治らないと言う情報を意図的に流して、職業に結びつけている人もいますし、自分を慰めている人もいます。貴女が下さった症状に関する情報を僕が理解して処方に反映していく作業を地道に続けていけば完治します。お腹なんかでとにかく人生の質を落とさないで、これが僕の一番言いたいことです。
 多くの権威ある人や機関を全く信頼できない時代に、草の根の部分で懸命に生きる人達にこれ以上無用のハンディーがあって欲しくないのです。一介の田舎薬剤師に出来ることはしれていますが、同じ地平に立ち一緒に脱出を図ることは出来ます。最後の壁(団体行動)もどんどん現場を作って乗り越えましょう。ゴールは壁の向こう側で待ってくれているのですから。
ヤマト薬局


2012年09月24日(Mon)▲ページの先頭へ
反撃
 この青年はどんな気持ちで大声を発し続けているのだろうとふと考えてしまった。
 ある老人に頼まれたサポーターを日曜日に薬局?ドラッグ?回りして探した。良くテレビで宣伝しているようなやつで僕の薬局では扱いがないから、日曜日に探してきてあげると約束していたのだ。何処にでも売っていると安易に考えていたのだが、意外と売ってなくて数軒廻った。そのうちの一つのドラッグストアでは、空しくて、空恐ろしい光景を目撃した。
 品出しをしているのだろうか、若い男性が商品棚の前にしゃがみ込んで、なにやら品物を補充していた。どこにでもある光景なのだが、その男性が違っていたのは常に何かの宣伝文句を叫び続けていたことなのだ。すぐ傍を通ったのだが何を叫んでいたのかあまり記憶はない。何かの商品が今日は安いというようなことを言っていたと思う。肝心の何かを覚えていないのだからほとんど効果はなくなんだか騒がしくて品を落としているだけのように感じた。もっとも静かで品があってはその手の商売は困るのかもしれないが、何ら実利はないように想像できた。
 ただ、ほとんど効果がないだろうことを、まるでテープレコーダーのように、いやテープレコーダー以上に繰り返さされる苦痛や屈辱はないのだろうかと思った。20歳前後だと思われる数人の若者が店舗のあちこちで同じようなことをやらされていた。僕には青年達を人格ある働き人として扱っているようには見えなかった。機械以下、まるで家畜のようにしか見えなかった。若い人達がこんな仕事しか与えられない国って一体なんだろうと考えてしまう。一部の資本家が、まるでピラミッドを作らせた古代の労役よろしく人間を人畜のように扱っていいと思っているのではないか、そして彼らと結託している政治家どもがお墨付きを与える法律を作ってきたのではないかと思ったのだ。
 僕は何故青年達が怒らないのか不思議だ。怒り狂って大人がいい目をしている社会を破壊しようとしないのが不思議だ。若者達が飼い慣らされている社会が秩序ある社会だとも思わない。老いた者達が冨を独占している社会こそ秩序から逸脱している。もっとよこせ、人間らしい仕事をよこせと何故、富める者達の領域に攻め入らないのか不思議だ。ほとんどロボットに近いような仕事をやらされるくらいなら、ほとんどロボットのように冷酷に反撃すべきだ。


2012年09月23日(Sun)▲ページの先頭へ
 駐車場代を倹約したばかりにえらい目に遭いそうだった。同じような話を数日前関東の女性からメールで読ませてもらったばかりだったのに。もっとも彼女の方は高くついた落ちだし、僕の方は安くついた落ちの違いはあるが。
恐らくモデルのような体型の彼女には漢方薬を作るたびに運動を勧めている。筋肉がもう少しつけばもっと体調が良くなるだろうことは想像に難くないから。忙しい彼女が一念発起して休日に隣町の駅まで歩いたそうなのだが、結局熱中症みたいな症状に襲われて帰りはタクシーで帰ったのだそうだ。これは高くついた話。
 僕は今日、来年度の漢方の研究会の会場取りに、あるホテルを訪ねようと思ったのだがそれこそ駐車場代を倹約するために教会に車を置いた。ミサにあずかるのではないから不遜極まりないのかもしれないが、そこは分かち合いの精神に甘えることにしている。会場は10分くらいの所にあるから、ウォーキングの足しにもなって丁度いい。ところがよく考えてみれば僕のウォーキングは早朝か夜しか行っていないので、残暑の中は結構こたえた。打ち合わせの他に雑用もこなして結局は教会まで帰ってくるのに、1時間近く歩いたことになった。Tシャツか肌着か分からないような僕の服は、汗でかなり透き通っていたように思う。その後、いつものお決まりのスーパーの食堂で楽しみの昼食をとろうとしたら、食欲が全くない。折角駐車場代を浮かせたのだからはりこめばいいのに、肝心の食欲が湧いてこないのだ。寧ろむっとするような気持ちの悪さと倦怠感が襲ってきた。その後の用事のためにどうしても胃の中に物を入れておいた方がいいので、無理をして定番のラーメンを食べた。おいしさを味わうこともなくただ犬のように胃袋に直通させただけだ。ちょっとした贅沢を狙ってのこすい(せこい、意地汚い)行動が、いつものように安くついた笑えない笑える話だ。
 何年経っても、けちと倹約のもつれた糸がほどけなくて困る。


2012年09月22日(Sat)▲ページの先頭へ
後の祭り
 娘夫婦はこの連休を利用して東京に行っている。いつも参加している勉強会の他に気になる薬局を見学させてもらうらしい。とくに何かに秀でている薬局と言うのではないが、将来どの様な薬局であるべきかを模索している製薬会社が試みに作っているという店舗だ。何かのヒントをもらいにいくのだろう。
 嘗て誰もが自然に思い浮かべていたような薬局はもうほとんど消えた。今思い浮かぶのは医院の隣にほとんどプレハブ状態で作られているいわゆる門前薬局か、ドラッグストアだろう。残念ながら我が家は「ほとんど消えた」スタイルの生き残りだから、残っているだけが価値みたいなものだ。僕はそれ一本でやって来たから何らかまわないのだが、これからの人にとっては面白味に欠けるかもしれない。何かわくわく感でもないと、僕の薬局みたいに比較的深刻な人が多く来る薬局では、スタッフの方が持たないだろう。薬局の中に楽しみがないと、これから長い間モチベーションと健康を維持して仕事を続けるのは難しい。
 沢山写真を撮ってきてと頼んでいるから土産が楽しみだが、製薬会社が試みるのと僕ら小さな薬局が出来ることとは雲泥の差がある。ただ、治って欲しいと念じる心と、もてなす習慣は負けないかもしれない。生業として3代続いているのだから、それはもう血の中に自然に流れている。
 もう充分大人の夫婦になにも言うことはないが「東京に行くのだったら花粉用のマスクをして行かれ!」と助言した。娘達もそのつもりだったらしい。多くの人がもう何もなかったように暮らしている街で、我が身を守る人達の将来の幸運が想像できる。何もしなかった人と、出来ることは全部した人の差がどれだけ広がるだろう。後の祭りの寂しさを病院のベットでチューブにからまれて迎えるのでは空しすぎる。


2012年09月21日(Fri)▲ページの先頭へ
飢餓
 物事の動きを説明するのにこれほど確かで力のあるものはない。利害関係、良きにつけ悪しきにつけ、これほど引力を普遍的に備えているものを他に知らない。愛などと日本人にはおよそ馴染みのない言葉、しかし本来的に持っているだろう力を僕も信じるが、それさえも利害関係には勝てないような気がする。唯一勝てるとしたら親が子を思う気持ちくらいだと思っていたが、最近はそれすらとても怪しい。その逆などはもうほとんど存在の気配すら感じないが、絶滅危惧種としての認知は、殺人のおよそ半数が家庭内のものという統計から歴然としている。
この4文字熟語の一番対角線上にあると無邪気に信じていたところまで、この関係が支配していた。最早精神の桃源郷などあり得ないと悟らされた。慇懃を纏い高らかに高尚を唄っても透けて見えるのは利害ばかりだ。
 権威など信じない。胡散臭さで異臭を放っている。落ち穂拾いではないが、辛うじて生き残っている不器用ではかない善意を一つずつ拾い集めて精神の糧とした方が、余程腹の足しになる。飢えを満たして満腹にでもなればそれは究極の飢餓だ。


2012年09月20日(Thu)▲ページの先頭へ
要求
 そう言った見地から自分の町(県)を見たことはなかった。
 震災後牛窓に移ってきた若い夫婦が今日教えてくれた。確かに岡山県は災害が少ないと言うことでは有名だが、原発事故があっても比較的周囲の原発から離れているから被害が少なくてすむ確率が高いという評価だ。よその地域を知らないから、又そんな比較があることも知らないから、伊方や島根がめっぽう近いと不安はかなりある。立地県に負けないくらい不安だ。とくにその両者が西に位置するから不安は余計だ。ところがその夫婦は「岡山県は今安全面で話題ですよ」と教えてくれた。
 そう言われれば、さすがに避難した台風は一度だけだったし、それ以外に幸運にも災害を知らない。南海地震もかつてあっただろうが、津波がここまで達したという話を老人から聞いたことがない。ハザードマップは一気に危険度を増したから、僕の家も当然危ないのだが、少なくとも過去の地震では大丈夫だったのかとかすかな期待をする。勿論東北沖地震を目撃してしまったから、多くのものを失うことは最早避けられないような気もするが、責めて人災にだけはやられたくない。いい目の限りを尽くした奴らに、命を縮められるようなことはされたくないし、そいつらが無罪放免で、いやそれどころかそれ以後もブクブクと私腹を肥やすのを見せられるような屈辱は味わいたくない。どうして東北の人達が耐え、どうして首都圏の人達が逃げなければならないのか。そうした状況を作った奴らがどうして檻の中に入れられないのか。加害者がぬくぬくと暮らし、被害者が不自由を覚悟で逃げ出す。こんな理不尽をどうして許してしまうのだろう。
 控えめな要求しか口にしない若い夫婦を見ていて、「動かずの大和」の心も少しだけ動いた。


2012年09月19日(Wed)▲ページの先頭へ
馬鹿
 全く品がなくて恐縮だが、僕が硬貨から連想する一番のものは、昔チャールスブロンソン演ずる男が夜な夜な出かけ、靴下に沢山詰め込んだ硬貨を武器に街のごろつきを退治するシーンだ。再放送を含めて2回見たと思うが最初に見たときに、果たして硬貨の固まりがそんなに強力な武器になりうるのかと疑問を持った。それ以来数十年、その素朴な疑問を立証してみようと思わなかったから、硬貨の固まりを意図して沢山持ってみることはしていない。
 捨て犬を保護するNPOに協力して募金箱を1ヶ月くらい薬局のカウンターに置いていた。漢方薬の勉強に1週間に一度やってくる薬剤師が、その保護センターでボランティアをしている関係で頼まれたものだ。縦横10数センチ、高さは20センチ近くあるだろうか。その募金箱の3分の2くらいが硬貨で埋まったから、今日薬剤師にことづけた。何気なく彼女に手渡そうとして持ち上げたとき、その重さに驚いた。これを何か袋に入れて振り回せば確かに遠心力を借りて、相当の力になるだろうと思った。まさに映画で見たように殺人まで起こすことが出来る武器に変身するだろう。どの様なかけ算をするのか忘れたが、衝撃はかなりのもので頭蓋骨など簡単に破壊できるだろう。多くの人の善意の集まりからなんてことを連想したのかと思うが、余程当時のそのシーンの印象が強かったのだと思う。
その薬剤師が面白いことを言った。彼女が勤めているのは小児科の前に開局している調剤薬局なのだが、最近は8歳くらいまでは医療費が無料だから、親がお金を持ってこないのだそうだ。勿論持っていても必要がないから財布を手に取ることはないのだそうだ。だから当然お釣りを返すという行為もなくなる。従って寄付をするタイミングがないそうだ。僕の薬局で沢山の寄付金が集まったことを喜んでくれたが、実はそう言った面白い事情もあることを知った。犬のことはおいといて、お金を払わずに病気を治してもらうことが果たして子育てや社会常識の会得によいこととは決して思えない。権利ばかりを口にする親や子を製造している一つの原因だ。戦争なんかしなくてもいずれこのまま行けば国破れて山河ありだ。1票欲しさにばらまいて、失ってはいけないものまで失わせた馬鹿達が又復活しようとしている。その馬鹿を真似た馬鹿はもう去っていく運命だが、得体の知れない馬鹿にまた希望を託す馬鹿がいる。
あれだけの硬貨があれば昔取った杵づちで、パチンコ屋にちょっと寄ってお札に換えてあげれるのにとこれ以上ない馬鹿を考えた。人はその昔僕のことを禁断の馬鹿と呼んだ。


2012年09月18日(Tue)▲ページの先頭へ
境地
 今から思えば何の根拠もなかったが、僕が治してあげれない心のトラブルは、聖堂で頭を深く垂れれば少しは改善してもらえると思っていた。そう思って何人か連れていったが、誰一人それで改善するようなことはなかった。安易と言えば安易だが、どんな手段を使ってでも僕を頼ってきてくれる人には改善して欲しかったから、一時期そうした行動をとったのだろう。生き神様が闊歩するようになって僕自身が目を覚ましたから、今では懸命に知恵と誠意で向き合うようにしている。
煉瓦工場で働き続けて塵肺になり、酸素を常に携帯していないと生きていけない。家族に連れてきてもらったが、思うように会話もできない。田舎薬剤師の力など当然信じていないから、僕の顔も見なかった。抜群の距離感の嫁に世話をしてもらっているが、どんな強い薬を病院でもらっても頭痛を改善することは出来ないらしい。最初の2週間では全く効かなかったが、2回目の漢方処方がとても効果があって、数年ぶりに頭痛からかなり解放された。その時に復活した笑顔と雄弁は今日の僕の宝だ。
 今日は連休明けだったからだろうが、多くの人のお世話をさせてもらった。突然の呼吸困難と焦燥感で救急で駆け込んだ男性は、5種類の薬をもらったが全く改善しない。不安だったらいつでも電話をしてくるように言って、酒もゴルフも復活したらと言って漢方薬を渡していた。酒もゴルフも復活してパニックがでないと喜んでいた。公共の乗り物に乗りづらい男性が、少し乗れるようになったと報告してくれた。才能ある人だから復活して持てる能力を発揮して欲しいと願っている。学校に行けなくなりかけていた少女が、学校に行けだして、運動会を楽しみにしているとお母さんが教えてくれた。もしあのまま不登校にでもなったら、家族にも大袈裟に言えば国家にも損失だ。いずれ成長して生産活動に若者は全員ついて欲しい。それが健全な国だし時代だ。部下を持つ女性は息苦しさと動悸で仕事に対するモチベーションを落としていた。涙を流すこともあった。今は全く仕事に対するマイナスの気持ちはなくなった。 
 この方々以外にも心のトラブルの方がもう数人来られたが、本当に僕の薬局の質を高めてくれる人ばかりだ。生真面目で善良故に陥ったトラブルを僕は病気とは思わない。頑張りすぎ病と勝手に名付けているが、病気ではない。そんな方々に僕は何度も披露するが、酒やパチンコ、不道徳を勧める。頭に来れば素直に怒るように、人の悪口や批判も言いたい放題でいい。いい人を演じることを止めてもらう。そうしないと漢方薬だけでは元の体調には戻れない。頭に来たら頭に来たように振る舞えばいいのだ。そこで僕が嘗て頭を垂れながら教えてもらったような神様のような解決方法などをとると、救われる前に自滅して果ててしまう。僕は心を病んでいるだろう人を嘗ての楽しかったごくありふれた日常に戻ってもらう仕事をしている。難しい心の鬱屈を治すのに、聖人君子みたいな要求は禁忌だ。ストレスが内臓深く、腸まで届き免疫を落としてしまう。怒りを露わに、善人ぶらず口から出せば、ストレスは胃袋辺りで消えてくれる。身体へのダメージはしれている。
30年の経験から行き着いた我流の境地は、結構多くの医学的見地と一致している。こんな田舎に運悪くか運よくか知らないが立地したおかげで、多くの人間模様を見ることが出来たからかもしれない。頼ってきてくださる人には誠意を持って向き合い、力が及ばない方は信頼できるお医者さんに紹介する。やはりこんな当たり前のコースしかないのだ。


2012年09月17日(Mon)▲ページの先頭へ
 日曜日だから中学生が登校してこないだろうと思い、今朝は運動場でウォーキングをした。そう考えたのは実は僕だけではなかったようで、運動場に少し足を踏み入れた辺りで2mちかい蛇と遭遇した。初めは遠目で綱が落ちていると思ったのだが、近づくに従ってそれが動き始めたので蛇だと分かった。当然こちらはびくっとするが向こうも驚いたみたいで、すぐに倉庫の下に潜り込んでいった。
何であんな無防備な土だけで隠れるところがない場所に出てきていたのか分からない。風上に向かって歩けば息苦しくなるくらい今朝は風が吹いていたが、わざわざそんな中に出てくるには訳があったのだろうか。台風風に誘われてでもあるまいし。その風について面白いことを農家の方に聞いた。することがないから薬局を開けていたら、入ってきた人なのだが、なかなか生きた知識は面白い。
僕に言わせれば精度がずいぶんと上がって、頼りにしまくっているのだが、昔気質の百姓にとっては天気予報はまだまだらしい。70歳代と思われるその百姓は不機嫌だった。その理由が、昨日の天気予報では台風の影響で雨風が強くなると予想していたらしいが、彼の経験から言うと雨は少ないと見ていたらしいのだ。その彼の予想の根拠を教えてくれたが、あまりぴんと来なかった。ただ彼の予想の方があたってしまって、実は困っているのだ。と言うのは作物というのはただ空っ風が吹くことが一番ダメージを受けるらしい。雨が降ればその水の重さで意外としっかりして倒れないらしい。何となく分かるような気がした。重量を増しどっしりとすることは想像に難くない。
 僕に恨み辛みを言われても仕方ないが、さっきまで水を撒いていたらしいからそのくらいは言わせてあげよう。南の風が吹く中での作業は暑くて大変だったろう。風雨の注意報が出ている中で、水を撒くなんて矛盾したことをやりたくもないだろう。素人の僕にあたってすむのならおやすいご用だ。僕だってちゃんと百姓の知恵を教えてもらったのだから、そのくらいのことはなにでもない。
風が吹いても桶屋はもうからなかったが、僕の知識が一つ増えた。


2012年09月16日(Sun)▲ページの先頭へ
必需品
 薬剤師の?僕の?隠れた必需品はカッターナイフだ。いつの頃からか必ず僕の胸ポケットに収まっている。毎日いくつかの会社から薬が送られてくるからまずその梱包された荷物のガムテープか紐を切るのに必要だ。鋭利なカーーターナイフはハサミより数段便利だ。次にこれ又毎日送られてくる封書の数々。開封するには必需品で、ハサミより綺麗にゴミを出さずに開けることが出来る。又鉛筆を削ることも出来るし、紙を目的に会わせて綺麗に切ることも出来る。こういった作業は1日に何度もする。その都度胸ポケットからナイフがお出ましになる。
ところがこのカッターナイフがこの数ヶ月一本が行方不明になり、もう一本は母が大きなダンボール箱を切るのに使ったらしくて、刃のほとんどを失ってしまった。決して捨てるはずがないからどこかにあるだろうと思って、又替え刃もどこかにあるはずだから、買うことを躊躇っていた。いや買うなどと言う判断はその状態では僕にはあり得ない。不便だけれど必ずどこからか出てきて以前のように毎日重宝に使えると思っていた。
 今日、行きつけのスーパーの文房具コーナーでのんびりと最新の文房具を眺めて楽しんでいた。するとカッターナイフが売られているのを見つけた。10年以上使っている僕のと何ら変わりない、機能的なものだ。僕は1000円はするだろうと思って倹約していたのだが、何と値札が252円となっていた。決して安売りを標榜するスーパーではないから、粗雑なものだとは思わない。恐らく今まで使っていた切れ味は保証されるだろう。ただこの安さは尋常ではない。全てのものがどんどん安くなっているがこんなものまでほとんど価値を認められていないかのような値段で売られているのは、僕にとっては愉快ではなかった。僕の必需品が252円とは、僕自身の値段がその程度のように思えた。
あんなに便利なものを252円で作る人達や会社は大いなる評価をされているのだろうか。人の手を要しない産業用ロボットが作っているのだろうか。それこそ梱包から販売、宣伝、開発と、人の手でしかできないところを担っている人達の生活の保障は充分されているのだろうかなどと、一庶民にとってはどうでもいいようなことがしばらくの間、気になった。
 新しいカッターナイフのおかげで、再び便利な仕事の環境に戻れるのに、余りにも人を馬鹿にしたような値段に気が重くなった1日だった。


2012年09月15日(Sat)▲ページの先頭へ
中間層
 人間ドックで一番のストレスは胃カメラだろう。大腸カメラまでセットされていたら大腸カメラになるのだろうが、僕の場合は胃だけだったから、胃カメラが最大の難所だった。看護師さんが口からにしましょうか、鼻からにしましょうかと尋ねたので、息子に任せてくださいと言っておいた。すると以前は口からを推奨していたはずの息子が今日は鼻からカメラを入れると言った。何でも、開発当初は精度が劣っていたが、最近は口から入れるカメラと比べて遜色はないらしい。となると楽だという噂の方をこちらも希望する。
 確かにとても楽だった。えづくことも一度もなかったし、唾を垂れ流しにすることもなかった。これなら毎週でもうけられる。あのえづきが嫌で、色々な口実を見つけて日を延ばしていた姑息な手段をもう使う必要はなくなった。
ただ僕はいわゆるピロリ菌世代だから、胃の粘膜はとても汚い。だから検査の度に息子が青色の色素を注入して、怪しい部分を際だたせ念入りに診てくれる。最初にそれを経験したときには意味が分からなかったから、ああやっぱり胃ガンだったんだと諦めたものだが今はその意味を知ったから狼狽えることはなくなった。今年は息子が「去年より綺麗になっている」と不思議なことを言った。毎年年齢を重ねる毎に顔と同じでしみや皺が増えるだろうに、逆に綺麗になっているというのだ。色々と日常工夫して煎じ薬などを飲んでいるからかなと思ったが、残念ながら胃にいいものは何も飲んでいなかった。息子曰く「ピロリ菌を退治したら段々綺麗になる」らしい。そんな理屈は知らなかった。
結局胃は病気ではないが健康でもない辺りに落ち着いた。この微妙なバランスで何とかしのいできているが、さていつまで持つやら。幸福度も経済も人間関係も、ありとあらゆるものが同じようなバランスの上に立っている。ほどほどとかそこそこなどと言う形容詞が似合っていた。崩れゆく中間層の中にしっかりとした足場を築いても仕方ないが、妬まれもせず、さげすまれもしない位置の気楽さは捨てがたい。


2012年09月14日(Fri)▲ページの先頭へ
一点
 今牛窓町は、剛力あやめとエグザイルの誰かと白石美帆と瑛太でてんやわんやだ。明日の2時からお祭り仕立ての撮影を母の家の前で行うから、ついに娘夫婦も見に行くらしい。明日は2時から留守番だ。
 そんな華やかな人達の陰でひっそりとした話題だが、どうやら毎日のように訪ねてきてくれる老人はただ者ではなさそうだ。名前を出せば知っている人は意外と多いのではと思い始めた。ただなにぶん華やかな世界で生きている人ではなさそうだから、学者仲間かインテリ層か自然志向派か経済人の間で有名みたいな気がする。
 その方が今日卵をくれた。10個415円で東京では売られているという。パックに貼られている説明によると、卵アレルギーの人にも食べられるものらしい。その方が開発したらしいのだが、全く餌が違う。生産性を無視して不自然なものをいっさい与えないで育てると、卵アレルギーを起こさないらしいのだ。と言うことは、本来の卵タンパクにではなく、外部から紛れ込んだ成分に反応しているのかもしれない。良くあることではあるが。そしてその卵を高知県で作っているらしい。その理由がさすがだなあと感心したのは、高知県が一番鳥インフルエンザにやられにくいのだそうだ。やられたら業者は壊滅ですからと、業者を気遣う言葉にも感動した。
 もう何年も、少なくとも10年以上僕は生卵を食べていない。昔は卵かけご飯や生卵をすすっていたが、いっさいサルモネラ菌のことが問題になりだして食べていない。元々そんなに好きではなかったが、食中毒が頻繁に報道されるようになってからはさすがに口にしなくなった。ところが今日頂いた卵はそんな心配は全くないから安心して生で食べてくださいと言われた。そしてその言葉通りすぐ昼食に卵かけご飯をして食べさせてもらった。久し振りだから懐かしい味がした。幼いときの記憶まで遡ったような気がした。
今日又その方が一冊の本をくれた。例の卵について書いてあるらしいのだが、副題に「天才農業研究者のシナリオ」と書いてある。僕はそんな天才と毎日話していたのかと驚いたが、そんな天才ならいつまでも元気でいてもらって、折角の縁だから牛窓のために何かして欲しいと思った。その一点での役になら立てそうだ。
剛力あやめもいいけれど、綾瀬はるかもいい・・ではない、ランニングシャツ姿の知性もいいものだ。


2012年09月13日(Thu)▲ページの先頭へ
驚異
 何だ、この驚異の回路の繋がりようわ。1分前のことすらおぼつかないことも多いのに、80年ぶりの幼友達のことは一瞬にして思い出したらしい。
朝から何回か「タケちゃんいますか?」と言う電話がかかってきた。母のことをタケちゃんと呼べる人はそもそも少ないはずだし、その少ない人達も92歳の母と同じ年齢か年上だろうから、かなり限られる。
 デイケアから帰ってきた母は電話を受けた瞬間相手が誰だかすぐ分かったみたいだ。後で聞いたところによると小学校の同級生らしい。と言うことは80年ぶりだ。途中会ったことがあるのかどうか知らないが、話の内容からすると会っていないように思えた。と言うのは何でも同窓会をするらしくて、何十年ぶりという数字が半端ではないように聞こえたから。半世紀と言うより、1世紀に近かったような気がする。
相手の声が昔とちっとも変わっていなくて、若々しいと言って褒め、同窓会には是非出席したいなどと、何らとんちんかんな会話はしない。電話を切った後には「本当は行きたくないんよ」などとクールなことを言う。機能だけではなく、人格さえ変わりつつあるはずなのに、今日のしっかりした様は一体なんだろう。
 美しく老いることの幻想や限界を教えてもらう日々だが、こうして雲の切れ間から陽が差すこともある。老いとか人生とかにそもそも定義など似合わないのかもしれないし、必要ないのかもしれない。あるがままの残酷さの前にひれ伏すこと以外、長寿の時代に何が出来ようか。


2012年09月12日(Wed)▲ページの先頭へ
素材
 まるで「ばかもんた」の番組みたいだが、男性が適量のチョコレートを食べると脳卒中リスクが低減する可能性があることが、スウェーデン、カロリンスカ研究所(ストックホルム)のSusanna Larsson氏らの研究で明らかになった。チョコレートのフラボノイドは以前、心疾患リスクの低減や精神作業の改善と関連付けられ、抗酸化因子や抗凝固因子、抗炎症因子、またはコレステロール低減によって心血管疾患を予防すると考えられていたが、これで脳にも心臓にもいいことになった。
 Larsson氏らは49〜75歳の男性3万7,103人に、チョコレートの摂取量について尋ねた。10年超の追跡調査期間中に、1,995人が初回脳卒中を発症した。チョコレートの摂取量が最も多い被験者(1週間にチョコレートチップ約56g)の脳卒中リスクはまったく食べなかった被験者より17%低かったそうだ。
この1週間にチョコレート56gと言うのがどうもぴんと来ない。ほとんど食べないに等しい僕から見れば、多いのか少ないのか分からない。この結果が女性に当てはまるかどうかは分かっていないらしいが、恐らく女性の方が圧倒的にチョコレートを食べる機会が多いから、この結果が何らかのムーブメントを起こすとは思えない。大酒を飲む男性やパチンコに狂う男性が脳卒中のリスクが低いなどという研究結果が出れば話は別だが、元々縁遠い素材で研究されても今更虫歯を増やす気にはなれない。
 日々読み切れないくらいの知見が入ってくるが、もうほとんど食傷気味で、これ以上健康になってどうするのって言いたくなる。延ばした寿命だけ幸せを感じることが出来るのならまだいいが、延ばした寿命だけ不健康や不幸や孤独と対峙するなら、もうほどほどに戻った方が良いのではないかと思う。15の春と尾崎が唄ったが、その春を待たずに自分で命を絶つ200数十人の少年達の想いに世の不条理を学ばないとしたら、大人の資格などはない。1億ばかもんただ。


2012年09月11日(Tue)▲ページの先頭へ
実際は25分
 おはようございます。仕事とは関係ないのですが、先日からドラマの撮影でEXILEのマツや剛力あやめとかが、牛窓でドラマの撮影に来ているらしいのですが、何かご存知ですか?牛窓リマーニに宿泊されているとのことですが。

 詳しくは知らないですが、牛窓の町は騒然としています。母の家の隣の食堂は何年も前に店を閉じていますが、今回撮影のために、架空の看板をあげています。僕も用事がないのに母の家の草を毎日抜きに行って2ショットを狙っています。刈る草がもうなくなって、これからホームセンターに行って、雑草の種を買ってこようと思っています。今日の昼ご飯はホテルリマーニでラーメンを食うぞ。
ヤマト薬局

そうですか。大和先生は本当にお店を休んで実家の草むしりやホテルリマーニへラーメンを食べに行くのですか?

もうかぶりつき過ぎてドラキュラ状態です。
ヤマト薬局

度々すいません。今週土曜日に祭りのシーンの撮影があるらしいのですが、大和先生の近隣で今週土曜日に祭りがあるのですか?

 祭りは10月に入ってですから、食堂と同じように架空の話でしょう。ただ撲も人生で臆病と怠慢を理由にやり残したことばかりですから、この土曜日も、後の祭りは賑やかに行われているはずです。
ヤマト薬局

 仕事もせずにならいいが、仕事をしながらこんなメールに付き合わされた。最後に「先生も意外とミーハーなのですね」と書かれていたが、意外とではなく、立派なミーハーだ。ミーハーが白衣を着て、漢方薬を作っているようなものだ。もうほとんど剛力なんとか言う女優のオタクだ。携帯電話のコマーシャルに出ている女優ではないかと思うが、変わった名字が印象深い。(間違っていたら失礼)
 5分だけいいですかと断りながら電話をくれたのは、10年前くらいに泊まりにきた関東の女性だ。もう体調はいいから時々人生問題で相談してくる。的確な答えが出来ているのかどうか分からないが、答を出してあげなくても話しているうちにいつも前向きになってくれる。何か特別秀でたものを持っているわけではなく、特別美しいわけではないが、僕にとっては変わった名前の女優より数倍大切な人だ。いや数十倍か、数百倍か。平等を標榜している国にあっても実際はピラミッドの底辺を作っている人が圧倒的に多い。小さな幸せを鉢に植え、人生の窓辺に飾り、朝な夕な手入れをし、慈しみながら暮らしている。スポットライトは是非その様な人達に。


2012年09月10日(Mon)▲ページの先頭へ
特異日
 1年の内、数日だけとても家族だけでは応対しきれない特異日がある。今日がその日だったのだろうが、一組だけ折角僕が電話に出れたのに話の途中で「担当の方に替わって貰えますか」と言われた。電話を受けたときから名前がぴんと来なかったし、話の内容も理解できなかったから、替わってくれと言うのは当然なのだが、それが嬉しいような寂しいような。でも当然嬉しいことなのだ。まさにそのために今日も頑張っているのだから。  1ヶ月前、或るトラブルのために県内だが結構遠くの方が相談してくれた。最初から僕の薬局を決め打ちで相談してくださったのか、あるいはいくつか廻って最終的にたどり着いてくれたのか分からないが、娘が相談を受けた。勿論病院で治療を受けているがはかばかしくない。そのトラブルに対処できる漢方薬を作ることが出来る薬局が他に県内にあるのかどうか分からないが、僕の薬局には自家製剤を作る権利を与えれられているから、そして対処の仕方を僕の先生に昔教えて頂いていたから、娘も頭をひねることなく処方を決めることが出来たみたいだ。そして幸運にもよくその漢方薬が効いてくれているから、電話をとったのがおじさんだったからその方も戸惑ったかもしれない。
 田舎の、しかも昔ながらの何でも屋の薬局なのだが、結構病院の薬を作るのが忙しくて娘夫婦はそちらにかなりの時間をとられている。相談者を応対するのは未だ僕が多くて、なかなか受け持ってもらえない。狭い薬局だからどんな話をしてどんな処方に落ち着くのかほとんどは耳に入っているだろうが、一番大切なことは問診力だから実践を伴わなければなかなか自分のものにするのは難しい。今日の電話の方みたいにハッキリと指名してくだされば、鍛えられる機会は増えるのだが。
 娘は初めて薬を作った直後も、何日か経った後も、その方のことを心配していたが、経過が良くてとても喜んでいた。こうした方達の縁で娘も少しずつ鍛えられるのだろう。嘗ての僕がそうだったように。


2012年09月09日(Sun)▲ページの先頭へ
罪滅ぼし
 帰りの車の中の沈黙は、今まで経験したことがないものだった。行きの車のかしましさとはうって変わっていた。
かの国からやって来て、日本で神父になるべく勉強をしている男性がいる。かの国では高校の先生だった人で、話をしても分かるがとても知的で正義感のある人だ。日本で今哲学を勉強しているのだが、その為の必要な言語は勿論日本語とラテン語とドイツ語とフランス語と・・・他にもまだ上げていたように思うが、日本語オンリーの僕にはもう二つ目からは異様な世界だから耳には入らなかった。
 かの国のいつもの若い女性達が、半年に一度しか来岡できないその男性に会いたいと言うから、岡山教会で待ち合わせをして、ネットで調べていたかの国の料理の店に連れて行った。居留守まで使ってかの国の料理から逃げるばかりの僕にとってはまるで苦行を覚悟していたのだが、さすがに日本人を客にしている店だけあって、全部美味しく食べれた。いつも料理を作ってくれる女性にコースで出される料理の評価をその都度尋ねたら「まあまあ」を連発していた。男性の解説によると、料理は完全にかの国のものと同じだが、タレや香辛料を日本人好みに変えていると言うことだった。4割がかの国の味だと言っていた。
 普段母国語で会話が出来ない彼にとって、母国語に対する飢えはかなりのものらしくて、気を利かせて中座した2時間を含めて、4時間くらい肩に力が入らない会話を楽しんでくれたみたいだ。「嬉しかったです」を繰り返して又東京で勉強とミサの手伝いに励みますと言って分かれたが、多くの笑顔や多くの楽しい話題の向こうに並大抵の努力では克服できないハンディーが透けて見える。
 牛窓に入るまで二人の女性は口を開かなかった。もうすぐ寮に着く頃になって「○○さん、可哀相」と悲しい声で言った。ずっとその事を考えていたのだろう。母国語でなら恐らく簡単に理解できることを、日本語を始め数カ国語を駆使して理解しなければならないのだから、勉強と縁遠い人には想像を絶する行に見えるだろう。ただ職業柄或る程度は勉強した経験がある僕は「勉強って大変だけど、目的があれば他人が考えるほど苦しくはないから、安心して」と珍しくまともなことを言った。
 神父の評価が日本などより高いかの国で、それを目指している人と、それを応援する人の偶然の架け橋になれたことは、いい加減な信者の僕にとってはせめてもの罪滅ぼしかもしれない。最後に「バアバアバアを注文してもいいですか?」と男性が言った時おばあさんがどうしたのかと思ったが、それが運ばれてきたときにかの国のビールだと分かった。僕は運転手だから当然飲めないからコップは3つでいいと言ったら「チョットクライ ワカリハシナイデス」と男性が言った。「大丈夫なの、勉強よりそちらの方が大切ですよ」と逆に説教をしてやった。教会ではいつも受け身の説教だが、する方はいたって心地の良いものだ。


2012年09月08日(Sat)▲ページの先頭へ
寄付
 寄付文化が根付きつつあるのか、多くの人がカウンターの上に置いてある貯金箱?に釣り銭を入れてくれる。中には釣り銭ではなく、わざわざ財布から出して入れてくれる人もいる。僕は、なにやらカウンタ−の上に置いてあると釣り銭狙いのように思えるから、出来れば場所を移したいのだが、これだけ自然に入れてくれる人を目撃するとそこまで気を使わなくてもいいのかと思えるようになった。
 そもそもその寄付金は、週に一度だけ漢方薬の調剤を手伝いに来てくれる薬剤師が持ってきたものだ。当初は漢方の勉強と思っていたのだろうが、今は漢方薬の香りが好きで、調剤しているだけで癒されると言ってくれる。その言葉に甘えて手伝って貰っているのだが、だから単なる漢方オタクかと思っていたが、なにがなにが、僕の薬局に来る前にちゃんと、捨て犬や捨て猫を保護し世話をする施設でボランティアをやっていたのだ。薬局に入ってくる時間がまちまちだと思っていたが、とても価値ある時間を価値あることに費やしていたのだ。
 話を聞けば聞くだけ元飼い主達の身勝手さばかりが伝わってくるが、こうして真逆のことを苦労をいとわずやり続ける人がいることも又、人間社会の特徴なのだろう。強いて言えば比較的善良な人が優勢だから、辛うじて平和もどきを失わないでおれる。
何十万人の土地や仕事や家を奪い、何百万人を被爆させた奴らが、僕らの税金で救われる胡散臭さを感じながらの嘗ての寄付行為とは、想いに雲泥の差がある。貯金箱と一緒に配られた猫や犬の写真に思わず微笑みを漏らす人達に、人間不信を少しだけ払拭して貰っている。


2012年09月07日(Fri)▲ページの先頭へ
間違い
 あわただしくかき込むだけの昼食中に、何気なく見ていたテレビニュースのことだから正確な数字は定かではないが、高梁地方のブドウ生産農家の数を650軒と言っていたように思う。2度その軒数を聞いたから恐らく大きくは間違ってはいないだろうが、それにしても同じ志の人が600軒以上もあると言うことは心強いだろう。
一つの市で、同業者がそんなにいるのは珍しいのではないか。まして高梁市のように地方の市でその通りなら、ほとんどがブドウで生計を立てていると言っても過言ではないだろう。町も今訪ねればブドウだらけで、車で走ればブドウの香りが匂ってきそうだ。何の品種かそれこそ耳に入っていないが、甘くて大粒で種なしだと言っていた。出荷額も大した数字だったから、どの農家も専業でやっているのかもしれない。もし僕の食べながらの情報が正しかったら、大したものだと思う。そして何よりも羨ましく思う。      僕の町はと言えば、農家もあり、漁師もいて、商店もあり、宿泊業はホテルからペンション、民宿から旅館と何でも揃っているが、一つのもので全てを語る程の特化したものはない。色々あって、便利なような物足りないような、なかなか判断が難しい。一つのことで町の全てを語ることが出来るような4番打者は昔も今もいないのだ。だから自分の住む町を一言で語ることは出来ない。
 色々なところで企業城下町が壊滅的な打撃を受けているニュースも聞く。観光に特化した町も放射能が降ってくれば一巻の終わりだ。名もない雑草の集まりは強いかもしれないが、時には名前のある花にもなりたいものだ。誰一人落ちこぼれることなく、そこそこの生活が出来る町を維持することに少しでも役に立ちたいが、たかが薬局ではどうしようもない。一つ間違えば歌手か俳優になっていただろう僕だが、二つも三つも間違えてしまったから、たかが薬局のたかが薬剤師になってしまった。間違いは一つに限る。


2012年09月06日(Thu)▲ページの先頭へ
記憶
 母は夕方の4時半頃に、施設の車に送ってもらい帰ってくる。県道から隣の駐車場を通って我が家の裏に回り路地で降ろしてくれるのだが、決まって娘と娘婿が迎えに出てくれる。調剤室から送迎車が見えるから、そして恐らくいつも気にかけてくれているから、患者さんの応対中以外そのタイミングを見過ごさない。勿論母に「お帰り」を言うが、施設の人にも丁寧にお礼を言う。
 孫は、ワンクッションあるからか、見ていて微笑ましくなる。ところが僕はと言えば、嘗ての自慢すべき母親が、その自慢していたところを日々そぎ落としていく光景を目の当たりにして、途方に暮れるばかりだ。職業的に理解出来るはずなのだが、職業よりも息子という立場が優先して出てしまう。直接の世話は妻が天性の距離感でうまくやってくれているから、僕に何の負担もないのだが、日々の衰えを目撃さされて、最終的な母親の想い出が、悲惨なものになってしまいそうだ。優しくて、美しくて、知的で・・・その片鱗を今見つけることは困難で、人格を少しずつ失いつつある哀れな老人が強烈に記憶にインプットされつつある。
 突然の訃報で静かに眠る姿と対面し、黒縁の中の微笑んでいる姿のままの心温まる光景を思い出せるのは幸せだ。しかしもう僕にはその権利はない。見てしまったのだ。ただ勿論いいこともあって、ひたすら長生きがいいことはないと言うことを知った。何の根拠もなくただ長生きがいいなどと無邪気に信じていた昨日の僕はもういない。福山雅治だって綾瀬はるかだって、やがてあのように自分を喪失しながら終焉を迎えるのだと思うと、執着などと言うものが空しく思えてくる。所詮田舎の薬剤師、せいぜい100歳くらいで手を打とう。


2012年09月05日(Wed)▲ページの先頭へ
置かれた場所
ある女性がシスター渡辺和子が幻冬舎から出した「置かれた場所で咲きなさい」と言う本を持ってきてくれた。薬局に置いて、漢方薬が出来るのを待つ間に読んでもらうといいというのだ。彼女はクリスチャンではない。ただ数年前に、心が参ってしまって生きていることがとても辛い時期に僕の所を訪ねて来てくれて、何故か僕の漢方薬と僕のいい加減さがとてもマッチして、当時とは真逆の人生を現在は送ってくれている人なのだ。笑顔など決してみることは出来ずにいつも怯えていたが、今では微笑みをたやさずに、僕の幸せそうだねと言う問いに「充実していますから」なんて何の気負いもなく答えることが出来る。本当に充実しているのだ。僕の知り合いが経営している介護センターでヘルパーとして働いているが、患者さんにとても人気がある。人生のほとんどをどん底の環境と精神で暮らしてきたから「何でも耐えられる」そうで、その気持ちを患者さん達が素直に受け止めてくれているのだと思う。漏れてくる評判がすこぶるいいのだ。「あなたの人生に無駄なことなど何もない」「苦労した分あなたは沢山の人を助けることが出来る」僕がよく口にすることをまさに実践している人なのだ。
彼女の世話をしている頃、僕は欠かさず教会に通っていた。彼女を助けてとは祈らなかったが、彼女を助けられる力をくださいとはしばしば祈った。僕は教会に実力以上のものを背負って日曜日毎に通った。非力な僕を頼ってきてくれる人達が漏れることなく改善することを、祈った。僕にとってはこの「漏れることなく」がとても重い意味を持つ。役に立てない人が出ることはとても苦痛なのだ。その苦痛を少しでも軽減できるように、見えない力にすがっていたのだと思う。
そのうち、僕にとってそうした意味を持つ神聖な場所が、演芸場のように使われだして一気に通う場所ではなくなったが、まるで神様に救われたかのような女性が、神様に仕える人の本を持って現れたことで、神聖のろうそくが弱々しくもまだ、僕の脆弱な心の中で灯っていたことを知った。
 この世の不幸を味わいきった人に訪れる笑顔こ触れられる幸運に優る喜びはない。失意の内に帰ってきたこの町は、僕にとっては「置かれた場所」だったのだ。


2012年09月04日(Tue)▲ページの先頭へ
人それぞれ
 ハッキリ言って、その言葉の解釈は出来なかった。今帰ってパソコンの前に向かっても、色々想像は出来るが、真意は分からないままだ。
「ええ加減にせられえ」「ええ加減にせられえ」と言いながら、まるで若者が携帯電話で話す時の声量くらいで、ある老婆がテニスコートの回りを一周した。僕はいつものようにテニスコートの中を歩いていたのだが、老婆がその言葉を発するたびに、テニスコートの外周に張られているネットの下から、テニスボールが一つ転がり込んでくる。老婆が歩いているのはテニスコートの外で、どうやら中学生が失敗してネット越えのホームランを打って、そのまま放置していたボールを拾ってテニスコートに戻してくれているみたいだ。男ならネット越しに投げ入れるのだろうが、事実僕も時々そうしたことがあるが、老婆にはそれが出来ないらしくて、ゆるんだネットの下端を持ち上げてはボールを転がせているみたいだ。本来なら小さな善意の光景でしかないのだが、どうもそのかけ声との整合性に疑問が残る。
 岡山弁の「ええ加減にせられえ」は標準語では「いい加減にしろ」だから全否定だ。だけど、中学校の敷地内に落ちているボールを、どちらかというと部外者である方が責めるのはつじつまが合わない。散歩という形態をとってはいるがどちらかと言うと僕らの方が不法侵入者だ。迷惑をかけないように遠慮がちに歩かせてもらってもいいくらいだ。怒る道理など全くないはずだ。お互い近づいたときに顔が分かったから挨拶をしたが、勢いのいいおばあさんだが決して性根が歪んだりはしていない。となると尚更あの言葉を発した意図が気にかかる。言葉のニュアンスとボールを一つずつ返してあげる行為の乖離も又興味がある。
 人それぞれと言うが、本当に人それぞれで面白いと思った。地球上に70億もの人それぞれが今この瞬間もうごめいていると想像すると・・・やはり面白い。


2012年09月03日(Mon)▲ページの先頭へ
中性脂肪
 この数年、正確に言うとバレーボールを止めてからずっと総コレステロールと悪玉コレステロールと中性脂肪がかなり高い。どれも上限をかなり超えている。ただ、この3つが世間で言うほど悪者だとは思っていないので、ほとんど対処してこなかった。調剤室には患者さん用のその手の病院の薬がいっぱいあるから、いつでも機械的に下げることは出来ると思っていることもあるが、そこまでして数字のつじつまを合わせることにはかなりの抵抗があった。そもそも血圧の薬や高脂血症の薬を飲み始めることにかなりの抵抗がある。完全に老人の扉を開いたことになるから。逆を言うとまだその手の薬を飲んでいない人は壮年でおれる・・・と僕は長年の経験で定義している。だから意地でも飲むわけには行かないのだ。
当初は世に言うウォーキングで下がると思っていた。ところがほぼ毎日40分歩いても数値は上がった。歩けば下がるなんて嘘だと思った。次の年には好きなコーヒーに砂糖を入れないで、人工の甘味料を入れて飲むことにした。それでも着実に数字は上がった。皮肉というか当然というか、その手の検査値が上がれば上がるほど実感として元気になる。それはそうだろう、血液の中にしっかりと栄養を蓄えているってことだから元気になるのは当たり前だ。これで血糖値や尿酸値まで高かったらスーパーマンだ。残念ながら空は飛べないが、おでこ辺りが人並みにてかったりするから、自分でも充実ぶりを感じていた。
自分で出来る範囲のことと言えばその程度だったから、もうほとんど打つ手はなくて測る度に上がっていった。昔、枯れそうだった自分とはうって変わったように脂ぎった。ただ、その数字のまま皆さんに漢方薬を出したりするのが若干気がひけるので、丁度1年前から天然材料のものだけ利用して下げてみることにした。すると数日前の人間ドックで中性脂肪が194から丁度100に下がっていた。それに連れて総コレステロールも悪玉コレステロールも下がっていた。まだ後者の二つは正常値には入らなかったがほとんど上限まで下がってきた。そう言えばこの数ヶ月皮膚がテカらないとは思っていた。身体は正直なものだ。
 全く病院の薬を使わずに下げることが証明できたから、これでその手のものを服用するのは止めるが、恐らく又しっかり上がるだろう。何事も利権が見え隠れするものは信じることが出来ない質だから、現代の検査値をすんなり受け入れることは出来ない。一か八かのようなところもないではないが、出来るならやはり自然なものや道理がいい。


2012年09月02日(Sun)▲ページの先頭へ
濃厚
 夜の繁華街を連想させるような珍しい言葉を、真っ昼間、僕の薬局で聞いた。
数年前から車で1時間余りの所から来られる人が急に増えた。僕は訪ねたことがないのだが、皆さんの話している内容や気質から想像して、今でもかなり昔ながらのコミュニティーが残っている地域だと思う。その中で先駆的に僕の薬局を見つけてもう何年も通ってきてくれている人が笑い話として教えてくれた。
 その方がある会合に出席していて、会合が終わったから「これから漢方薬を貰ってくる」と言って、会場を出ようとしたらしい。するとある出席者が慌てたように近づいてきて「○○薬局には行かない方がいいよ。あそこはぼったくりだから」と教えてくれたのだそうだ。○○薬局は僕も名前は聞いたことがあり、漢方薬を標榜していることも知っている。ただその漢方薬というのがよくある中医学の出来出来の商品を売りつけるだけだと言うことも知っている。余りにもエリアが違いすぎてそれ以上の興味はなかったが、僕のファンになってくれた方に言わせると、薬局に入っていって何か言うととても高額な商品を買わされるらしい。僕の薬局に来はじめて、薬局がどの様なものか理解できて以来一度も行ったことはないらしいが、同じようにぼったくられた人がいてすぐに助言してくれたらしい。
漢方薬と一言で言っても内容は千差万別だ。薬局と言っても又然り、薬剤師と言っても又然りだ。自分の思想と合った知識や形態を誰もが選択しているのだろうが、意図しようが意図しまいが、ぼったくりはいけない。高くて効かないなんて風評は、人口が一杯いる都市部では命取りにはならないかもしれないが(騙しても騙しても新しい客を開発していけばいいのだから)人口が限られている田舎では命取りだ。
テレビや新聞で伝えられることを鵜呑みにする国民性は、都市部の業者に有利だ。薬でも同じだ。ハンディー以外の何も持っていない田舎の薬局がやっていくには漢方薬の効果を追求するしかないのだ。それも田舎の人の経済力が許す範囲内で。ぼったくりもひったくりも田舎にはない。どちらもすぐに見破られるくらい人間関係がよい意味で濃厚だから。


2012年09月01日(Sat)▲ページの先頭へ
香辛料
 35年以上とり続けた朝日新聞を昨日で止めた。理由は簡単だ。ほとんど主張と合うところが無くなったからだ。共感できるところなどほとんどない。いっそのこともうこれで新聞をとるのを止めようと思ったが、毎月折り込みチラシを入れる関係で、チラシ研究のためだけに違う新聞をとることにした。
原発を推進してきたくせに、それに荷担したことを認めた記事を見たことがない。勿論謝ったこともない。それなのにいっぱしの高所からの批判記事は書く。どちらに転んでも後で正当化しようと言う魂胆が見え透いている。勿論電力会社からの収入をたち切る勇気なんてない。消費税も超推進派だ。正義面したキャンペーンは、保身の保護色でしかない。小沢の問題もそうだ。電波を解放せよと叫んだ政治家はとことん追いつめる。一人の人間をあらゆるマスコミを使って追い落とすような国は先進国にはない。何をやられたら困るのか知らないが、都合が悪い人間はとことん紙面を使って追い落とす。公共という名だけで御法度の裏街道を歩く人達と同じ穴の狢のように見える。
 そもそも政治などに何の期待もしていないが、フェアーでないのは嫌いだ。多くを持っている人達が、多くの者達と結託して、より多くを持とうとするのは嫌いだ。少ししか持たずに、人脈もなく、口べたで為すすべもなくて抵抗できないのも嫌いだ。善良を強いられて一矢も報わないのはもっと嫌いだ。かの国の独特の香辛料が利いた料理より嫌いだ。


   


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