栄町ヤマト薬局 - 2012/07

漢方薬局の日常の出来事




2012年07月31日(Tue)▲ページの先頭へ
ラジオネーム
 ただ眠気覚ましのためにカーラジオから流れてくる番組を聞くとはなしに聞いていた。その日はブリティシュロックの変遷を1日がかりで追うらしくて、午後の3時過ぎだったから、リスナーの人にとっては折り返し地点くらいだろうか。何の興味もなかったが、時々僕でも分かる専門用語?が出てくるので、何となく他の局に変えようとは思わなかった。 リクエストも出来るみたいで、ある方が僕の知らない歌手の曲をリクエストしていた。そしてその方のラジオネームがふるっていた。「明日の試験はもう諦めた」さんなのだ。思わず僕は声を出して笑った。対向車の人が見たら薄気味悪かったかもしれない。
今頃試験があるのは高校生か予備校生だろうか。その番組を聞き入ってしまってとっさに勇気ある決断をしたのか、ずいぶんと努力したあげく最終的に手応えを感じられなかったのか分からないが、嘗て僕が何度も繰り返した心理状態だから、とても親近感を覚えた。 大学に入ってから途端に勉強の動機を見つけることが出来なくなって、それこそ金のない遊び人になった。金がないから何も出来ず、ただひたすらに怠惰を決め込むだけだった。それでもどこかに罪悪感があって、どこかに弁解に似た逃げ道を作っておかねばならなかったから、やたら角川の文庫本を読みあさった。内容は極端に偏っていたが、その偏りが後の人生で大きく役だった。決してしてはいけないことを教わったから、大きく道を踏み外すことはなかったし、傷つけてはいけない人達には優しく、傷つけてやらなければならないやつには刃向かうようになった。亀の甲ばかりの薬学に興味は持てなかったし、それよりも入学してから「苦手」だと分かった。大学5年間で得たものはいち早く諦める勇気がついたことだ。後悔も未練もなくなればほとんど諦めは麻薬のようなものだ。そこに逃げ込みさえすれば当分気持ちが楽なのだ。ずいぶんと先など考えもしないし、考えられもしない。全てが逃避から成り立った思考なのだ。
そのあげくが今の僕だから、人生なんて何ら力む必要がないと見た。今よりちょっとよくても、今よりもちょっと悪くてもそんなに大差がない。今よりもずいぶんとよくなる能力は何ら持ってはいなかったし、それよりもなによりも努力が苦手だった。今よりずいぶんと悪くなれるほど、愛情薄く育ってもなかった。どっちみちそこそこしかなかったのだ。ラジオから流れる気の利いたユーモアに笑い声が漏れるくらいの幸せが今ならとても貴重に思える。日本全国の「アシタノシケンハモウアキラメタ」さんはおそらく「アシタノニホンハモウアキラメタ」さんだろうが、ただ何十万の人をスローデス(ゆっくりとした死)に導く奴らが監獄につながれるのだけは見届けたいものだ。


2012年07月30日(Mon)▲ページの先頭へ
危険
 僕は職業柄、身体にいいことは苦手だ。運動はしんどいからしないし、身体にいいものは不味いから食べない。特に日曜日などとなると薬剤師を全く忘れて、やりたい放題だ。 昼食はスーパーのファミリーレストランで、野菜がほんの少々添えてあるだけのハンバーグとウインナーソーセージと鶏肉を食べた。その後、2時間くらい炎天下に放置していた車で帰宅しなければならないので、水分を補給しておこうと自動販売機でスプライトを買った。サイダーのようでサイダーでない、少しは涼しさを呼ぶかなと宣伝に踊らされている。あの緑の容器も涼しさを呼んでいる。
 レストランで昼食をした後、マメな僕はブルーレットの詰め替えとトイレの黄ばみ取りのサンポールを買った。緑色のスリムな容器に赤と黄色で「まぜるな危険」と書かれていいて、注意を喚起している。娘夫婦が昼前から薬局にきて日頃出来ない片づけごとなどをしていたが、帰ってしまえば最近とみに判断力が鈍ってきた母が一人きりになるので、僕は用事を済ませて家路を急いだ。運転しながら助手席に置いてあるスーパーの袋に手を伸ばし、スプライトを手に取り運転席のドアよりに取り付けてあるドリンク立てに置いた。事故恐怖症の僕は運転中よそ見などしないから、前を見たまま器用に右手の指の感覚だけでフタを開け始めた。いつもなら結構簡単に開くのだが、今日のはフタがきつく閉められていてなかなか開かない。と言うより、いつものようにフタに溝を感じない。つるつる滑るのだ。真正面を凝視している僕だが、何となく視界にはスプライトの緑のボトルは入っている。しかし、いよいよびくともしないので一瞬だけ目をやるとなんとサンポールだった。助手席からとりだしたのは、黄ばみ取りだったのだ。酸性で、アルカリのものと「まぜるな危険」と書かれているやつだった。
 母を思う心で少しでも早く帰宅しようと思っていたから、車をスタートさせる時にあらかじめ蓋を開けて飲む用意をしておく時間さえ倹約した。ほんの数秒のことを倹約したばっかりにとんでもない目に遭うところだった。もし、サンポールの口が開けやすかったら、僕は一口くらいは飲んでいたかもしれない。でもまあいいか、トイレの黄ばみは勿論、心の黄ばみまでとってくれそうなデザインだから。でも僕の今回の経験を生かして是非サンポールの会社には注意書を変えて欲しい。「まぜなくても危険」と。


2012年07月29日(Sun)▲ページの先頭へ
出鼻
 出鼻を挫かれて、今日はいつもと何ら変わりないけだるい日曜日の朝でしかなくなった。こうなると、夜の11時からのイサンが3週間も飛ぶことの方が数段口惜しい。
以前から気になっていた広瀬隆のリニア新幹線についての講演録画を今日やっと見ることが出来た。早く目が覚めたので6時頃から見ていたのだが、リニア新幹線の話の一環でオリンピックについて話が及んだ。内容は「オリンピックはギリシャで毎回やればいいんだ。色々なところで開催するのはゼネコン(大手建設企業)の為なんだから。その度に自然破壊をされたらかなわない。高校野球だってずっと甲子園でやっているでしょう」と言うものだった。長野県での講演だったから、長野五輪を総括して、それにかけていったことなのだが、なかなか面白い表現ながら的を射ている。
 こんな強烈な朝一の話を聞いたものだから、一気にオリンピックに関して興味がそがれてしまった。朝からチャンネルを色々回して日本人の活躍ぶりを楽しもうと思っていたのだが、一気に気持ちが萎えてしまった。こうなれば何もすることがない午前中を耐えなければならないと思っていたら、3人の方が救いの手を差し伸べてくれた。一人は町内の方だったが、他の二人は1時間くらいかかるところの方で漢方の相談に訪ねてもいいかという電話だった。俄然その瞬間から気持ちと身体にスイッチが入っていつもの交換神経優位の自分に戻れた。人にはアクセルを踏みすぎるなとしばしば助言するが、結構僕はそうした状態が好きなのだ。数年前大失敗してから(極度のウツウツ)同じ轍を踏まない潮時は分かるようになったが、加齢を引き算するすべはまだ知らない。まあ、人のお役に立てるとしたら所詮漢方の知識か整った容姿くらいしかないので、ちょっとくらいは無理をした方が心理的には満たされる。
 それにしても先週捕らわれたソンヨの身が心配だ。


2012年07月28日(Sat)▲ページの先頭へ
些細
 「日本うつ病学会は27日までに、多様化するうつ病を適切に治療するための医師向け指針をまとめた。次々に開発されている抗うつ薬の有効性や副作用に関する情報を盛り込み、軽症者の安易な薬物療法に警鐘を鳴らしたのが特徴だ。指針は、急増している患者の多くは軽症か、うつ病の診断基準以下の「抑うつ状態」と推測されると指摘。臨床現場では「慎重な判断が求められる」とした。軽症者に抗うつ薬の使用を始めるには、焦燥感や不安感の増大などの副作用に注意して、少量から始めることを原則とする。「大量処方や漫然とした処方は避けるべきだ」と明記。「安易に薬物療法を行うことは厳に慎まなければならない」と強調している。若者に多くみられ、仕事ではうつ状態になるが余暇は楽しく過ごせるような、いわゆる「新型うつ病」に関しては、「精神医学的に深く考察されたものではない」として取り上げていなかった。
 数日前に新聞に載っていた記事だから目にした人もあると思う。これはもう随分前から僕が言っていたことと合致している内容だ。その分野の素人の僕だって分かっていたことが、なんでいま頃まで分からなかったのか、いや、分かっていたのに表沙汰にしなかったのか。何を守ろうとしていたのだろう。患者か医師会か製薬会社か。金になり票になるのは後の二つだから、患者の体調を犠牲にして莫大な利益をもたらそうとしたことは明白だ。現在進行形の何かの構図とそっくりだ。およそ力を持っている人間達の考えることは同じだ。庶民の命など軽いものなのだ。合法という大義名分を味方につけることが出来る人間にとってはいともたやすいことなのだ。おにぎり一個盗んでも捕まるのに。
僕はウツウツとした生活を送っている人が、診察を受けたばっかりにうつ病にされるのを多く目撃してきた。だからその様な人にはまるで冗談のように接して漢方薬で治すことを心がけ、多くの好結果を得ている。当初は薬局ごときがと思っていたが、漢方薬のハーブ効果を目の当たりにして、薬局こその出番の範疇があることを知った。以来、多くの方にウツウツから脱出して貰っているが、結構この分野の達成感は大きい。それらの方に一つ大きな発見をさせてもらえたのだが、この分野のトラブルが解決したら全員とても若返って見える。男性女性を問わないが、特に女性の場合は簡単に10歳くらい若返ってしまう。
幸か不幸か僕の薬局は暇だから、多くの言葉が行き交う。決して一人だけのために時間を費やすことは出来ないから、無駄な会話はいっさいしないが、必要な気持ちの交通は充分する。まるで教科書のような生き方とはほど遠い僕だからこそお相手できる人がいる。皮肉にも幾多の大小の挫折がその方々のために役に立っている。あの時もし僕が東京大学に合格していたら、あの時もし僕が福山雅治とデュエットを組んでいたら、もしあの時もう100万番くらい早い空くじを買っていたら、もしあの時綾瀬はるかと目を合わせていたら、もしあの時100メートル走でボルトを追い抜いていたら・・・ああ、これらの些細な挫折をみんなと共有したい。挫折は病ではない。


2012年07月27日(Fri)▲ページの先頭へ
仏教
 最近、親しくしているかの国の二人の若い女性に時々ついて来る子がいる。「ニホンゴ、ベンキョウシタイ」といつか希望を口に出したから叶えてあげたいと、教師を買って出たのだ。ある日彼女に高級そうなプリンを出してあげた。勿論わざわざ買ってきたものではない。どこかのセールスさんが手みやげにくれたものだ。日本のお菓子は美味しいからきっと喜ぶだろうと思っていたら、器を眺めるだけで食べようとしない。器と言うよりそれに貼り付けてある成分表を眺めているようだった。案の定それが読めなかったらしくて「ナニ ハイッテマスカ?」と質問してきた。どうしてそんなことを尋ねるのかと思って「どうしてそんなことを尋ねるの?」と逆質問すると「ワタシ、テラ、タマゴ、ニク、サカナ、サケ、ダメ」と真面目な顔で答えた。
良く訪ねてくる2人はクリスチャンだが、この子はどうやら仏教徒らしい。20歳を少し越えているだけの子達と、宗教の話をすることは日本では考えられないが、かの国では宗教は結構若者の身近にもあるのかもしれない。
 3人の片言の日本語で僕に伝えられたことは、彼女は2ヶ月間卵と肉と魚と酒を口にしないということだ。何のためと言うところは分からなかったが、毎年1年間に2ヶ月そうした戒律を守るらしい。これだけタンパク質をねらい打ちにして食べないとなると一体何で栄養をとるのか薬剤師としては心配だからその点を問いただすと、果物と野菜らしい。勿論お米は完全栄養食に近いからお米だけ食べていても生きてはいけるが、現代の感覚からすればほとんどプチ断食だ。「身体大丈夫?」と尋ねてもいつも「ゲンキデス」としか返ってこないのは、意外とこうした期間限定のプチ断食が貢献しているのかもしれない。少なくとも万年栄養過多の日本人よりはましだろう。どうりで今まであった全員がとてもスリムで、それでも尚健康的なスタイルをしていた。あの窮屈そうなアオヤイが似合うことから世界で一番スタイルがいいと言われるのも頷ける。顔を見なければまるでモデルのようにも見える。
話がそれたが、「これ美味しいから内緒で食べればいいではないの」と悪魔のささやきをしてもがんとして食べようとはしなかった。日本語が出来ないから仏教のことをテラ(寺)と言って 手を合わせるが、何の気取りもなく生活の中に自然に織り込まれた信心に何故か安堵した。この1,2年、信仰が何か特別なものであるかのような雰囲気に違和感を感じ続けていたから、「如何にも」のない肩の力が抜けた、それでいて本物であろう姿に救われたような気がした。
 いつかあの子の為に僕は寺ガールになる。


2012年07月26日(Thu)▲ページの先頭へ
獅子舞
 5分?10分?年に一度の至福の時間だ。僕一人わざわざ薬局から出て、かぶりつきで見させてもらう。日焼けした7.8人が笛を吹き、鐘を鳴らし、二匹の獅子が踊ってくれる。何十年同じメロディーで、同じ振り付けで、たったそれだけのことなのだが、僕にとっては「たった」ではない。
理屈は抜きだ。到底説明出来そうにない。幼いときに恐らく最大のイベントだった、そんな原点回帰でもなさそうだ。好きだから好き、最近はこの様に説明している。それ以上適した言葉が見つけられないのだ。 
 伊勢神宮のお神楽のメンバーも徐々に入れ替わって、馴染みの人がかなり減った。でも毎年舞を踊ってくれる人はお互い顔を覚えていて、まるで久々にあった友人のように目で挨拶が出来る。真っ黒に日焼けした、そうまるで漁師みたいな彼らに、信仰の香りがするかと言えば・・・僕はするのだ。彼らを派遣している伊勢神宮を訪ねたことがないから知らないが、炎天下、汗を拭きながら笛を吹き、鐘を叩き、獅子を操る人の向こうに、神の力を感じる。ただそれは神の直接的な力ではない。日本中を廻る神楽の一行の一人一人の力だ。何十年毎日毎日笛を吹き舞い続けた人の力だ。ただの一言も言葉を発せずに踊りで伝えるから偽りがない。
 僕は今言葉から逃げたがっている。大は世界、国。小は小さなサークルまで、言葉をうまく操る、勿論それは見え透いているのだが、輩の異常増殖にうんざりしているから。悪意に満ちた名せりふにうんざりしているのだ。もくもくと家々を廻る保存会の人達の、日焼けで深く刻まれた皺より雄弁に語るべきではない。


2012年07月25日(Wed)▲ページの先頭へ
干支
 大きな袋を抱えてゆっくりと帰っていく。毎週決まった曜日に見られる光景だ。70歳を越えた頃、転倒して骨を折ったことからさすがに歩き方はぎこちないが内臓は全く悪いところはない。左右に身体が少し揺れ、歩くスピードは幼児なみかもしれない。
隣町の竹藪の中に家があり、田舎の中のその又田舎って言うところに住んでいる。ヤマト薬局特製の虫さされ軟膏のファンなのだが、興味本意に尋ねてみた。「ムカデやハチは珍しくないだろうけど蛇は出ないの?」と。すると予想もしていなかった答えが返ってきた。「蛇どころか、マムシが出るんよ。去年2匹殺した」と。まあ、マムシが出るのは想像できても、この老人の域に達した女性が、それも動きがすこぶる緩慢な女性が、マムシを殺す光景が想像できないのだ。あたかもスローモーションで動く女性だから「マムシに殺された」と言うのなら分かるが、殺したというのはどうにも信じがたい。ただ、冗談や嘘を言う女性ではないから、信じなければならないのだが、やはり確かめてみたい気はした。「マムシをどうやって殺すの?」と尋ねると「マムシは目を離すとすぐにいなくなるから、目を逸らさないまま鍬を手にとって押さえつけるんよ」と教えてくれた。マムシはすぐ消えるってのはよく聞く言葉だから信憑性はある。ご主人が畑を作っているから鍬がいつも畑の傍にあることも当然だ。熱心な新興宗教の信者さんで嘘など決してつかない。「マムシは殺しておかないと危ない」と確信を持って付け加えた言葉はこの辺りの農家の方の心意気だ。
 僕も蛇は何回か殺したことがあるが、相手がマムシと分かったら鍬を持って立ち向かっていくかどうか分からない。最近は反射神経などかけらも残っていないから、追いかけようものなら返り討ちに合いそうだ。緩慢な動作のおばあさんの気迫に完全に負けている。
「奥さん、何年なの?」
「私は、昭和12年生まれじゃから、マングースじゃ」


2012年07月24日(Tue)▲ページの先頭へ
説得
 ・・・大学であまり人と前後に席を並べて受けなければならない授業が少ないので、しばらく自分がよくなったのかどうなのかわからなかったのですが、昨日試験を受けに行きました。三日前から朝昼晩と欠かさず薬を飲んでみたら、当日すごく調子が良くて、試験を受けている最中にはほとんどこれまでの病気のことを忘れて試験に励むことができました。後ろの人もほとんど鼻をすすっていなかったようです。この病気が自分が自分で作り出してしまった勘違いであるということ、まだ半信半疑なのですが、しかし、なかったと以前いただいたお手紙に書かれていたのでそう信じて試験を受けてみたら、すごく調子がよかったです・・・

 
 よかったですね。あなたみたいな未来がある人がこんな症状で日常の質を落としてしまってはもったいないです。こんな不本意な症状に悩まされつ続ける人生がどれだけ空しいでしょう。僕は多くの若者から毎日寄せられるメールを見ながらそう思っています。
 もう一段症状が改善して、「気にもならなかった」ことを頻回に経験してくださると、僕の主張を完全に理解してくださると思います。がす漏れなんてあり得ないと説得することは僕はしません。説得で治った人など一人もいないからです。10年以上前まではそうしたことをやっていましたが、全て徒労だと気がつきました。以来、処方を完全に転換して「越えることが出来ない壁を越える漢方薬」を飲んで頂くことにしました。勿論お腹の処方も同時進行ですが、これらで今回あなたが2週間で体験してくださったような解放感を味わってもらえるようになったのです。
 まだまだ過敏性腸症候群の情報は虚偽に満ちたものが横行しています。見るに耐えられないものも多いです。「過敏性腸症候群は治らないもの」の方が都合がいい人や業者が多いのだと思います。あなたが通っている大学は恐らくあなたが住んでいる地方では中心的な存在でしょう。多くのことを学び、多くのことを経験して、社会の役にたたなければなりません。お腹ごときであなたの存在を小さくしないでください。
ヤマト薬局


2012年07月23日(Mon)▲ページの先頭へ
脱法
 これだけマークされるようになると、僕も御法度の裏街道で生きていけるかもしれない。
最近、北海道の方に送っている漢方薬がX線検査で引っかかり、立て続けに航空便として拒否された。「急遽鉄道便に変わりましたから1日到着が遅れます」と言う案内がしばしば入る。一昨日も同じような連絡をクロネコヤマトの方から頂いたので「どうしてでしょうね」と質問してみた。すると担当者の方が「荷物にハーブと書いているからではないですか。最近やたら問題になっていますから」とやや口ごもりながら教えてくれた。
 僕は漢方薬を送るときに、薬のイメージを配達員に持たれないようにしばしばハーブと書いて送る。健康食品と書いて送ることもあるが、僕自身が健康食品なるものをあまり信用していないから抵抗があり、何となくまだ自然な感じのするハーブと書くことが多い。薬と言う文字を見れば配達員が、荷物を受け取る人が病気と理解してしまうこともあるのではと懸念してのことだ。
 ところがさすがにこのところの脱法ハーブ人気の煽りを受けて、そうした気遣いが裏目に出たのだろう。だからといって合法ハーブと品名を書くわけにも行かないし、新しいアイデアをださなければならない。僕は脱法ハーブがどのくらい危険なのか知らないが、何十年も政権を独占していた党や、毎日体の中に取り込まされた放射能で被爆している人達を簡単に見捨ててしまった今の政党が、如何にも合法を気取っていても並の脱法ハーブどころではない危険性や犯罪性を秘めているか知っている。
 脱法ハーブなんかよりはるかに恐ろしいのは、如何にも合法かのように振る舞える権力を持った輩の脱法だ。


2012年07月22日(Sun)▲ページの先頭へ
脅威
 いつの頃からあれだけ有名になったのか知らないが、僕は今日初めてマックロ?と言う服屋さんに行った。服屋さんという分類が的を射ているのかどうか分からないが、少なからず驚くことがあった。一番驚いたのは僕がそんな店に入っていったことだろうが、かの国の若い女性に頼まれてだから、結構敷居は低かった。一人では絶対に入らないし入れない。
 店内に入ると、スッと買い物籠を持つ人が多かった。まるでスーパーの食品売り場に入ったときと同じ行動だ。籠に入れなければならないくらい一度に沢山服を買うのかとまず最初に驚いた。そして人の多さにも驚いた。一般の服屋さんが1日どのくらいの客数か知らないが、恐らく僕が見た一瞬の客数の方が圧倒的に多いだろう。これだからオーナーは長者番付の上位にランクされるのだろう。
 かの国の人には見るだけだよと、何となく予防線を張っていた。懸命に働いても日本人の最低賃金くらいしかもらえない彼女らにとって、日本での買い物は負担だろうと思ったのだ。少しでも多く国に持って帰って欲しいといつも僕は思っている。ところがちょっと目を離した隙に一人がちゃっかり籠を持って買い物をしている。そしてその中にさっきから頻りに手にとって眺めていた半ズボンを入れていた。「見るだけだよ」と如何にもいやみったらしく言うと「安い、安い」と値札を見せてくれた。なるほど680円だから安い。「メチャクチャ安いではないの」と僕はその後連発した。服など買ったことがない僕はそもそも衣料品の値段を知らない、680円に○を一つつけたくらいが僕の相場だった。だから正直その安さに驚いた。後進国で作らせて単価を下げているのだろうが、これならみんな買い物籠を入り口で手にとる筈だ。
 ちょっと見るだけの約束が、1時間にもなった。他人だから忍耐強く待ったが、家族だったら文句を言っている時間の長さだ。やっと得心がいったのか物色を止めてレジに並んだのだが、レジの前で長い行列が出来ていた。食料品でもないのに何故こんなに消費者が集まるのだろうと、僕の常識では答えを導き出せなかった。
 元々服に興味など無い僕でも、この集客と売り上げは個人の店などでは太刀打ちできるものではないと思った。世界のマックロを相手に出来る個人の店など到底考えることが出来ない光景だった。どれだけ多くの個人店主が生活の糧を失っただろうと業種を越えて同情した。ここまで成熟されてしまうともう誰にも太刀打ちできない。もし少しでもダメージを与えられるとすればこの僕くらいなものだろう。何故なら10年に一度ジーパンを買うくらいで、後はもらい物ばっかりで過ごすことが出来るのだから。同業者より買い物をしない人間の方が彼らには脅威だろう。


2012年07月21日(Sat)▲ページの先頭へ
最低ライン
・・・職場のひとに打ち明けました。前は恥ずかしくて、お腹がよく痛くなるみたいにごまかして言ったけど、今回はおならが出てしまうことを言いました。まったくわからんかった!びっくりした!と言われました。臭いもぜんぜんないとすごく説得されました・・


 人に自分の欠点が言えるようになるととても楽ですよ。一人で抱え込んでいると主観ばかりにはまり込んで、客観的な見方から隔絶されてしまいます。あなたの症状にその方は気がついていなかったでしょう。それは症状が元々無いからです。その人の優しさではなく、元々ないものだから気がつかないのです。もしカミングアウトしてくれたら、「実は私も気がついていた・・・」と言う会話に当然発展していきますよね。逆を考えれば分かります。結局カミングアウトして、そこで肯定されようが否定されようがあなたの結論は決まっているのです。ただ今回の素晴らしく勇気を出して得た経験を生かさない手はないですよ。
 折角告白されたのに彼の件は惜しかったですね。あなたにその気がないのならどうでもいいですが、「気になる人」だったのは残念です。お腹のことなど男は全く気にしませんから、お腹のことを理由に交際を諦めるようなことはしないでください。もったいないです。ただ、あなたは魅力的な人ですから、自分を安売りしたら駄目ですよ。せいぜいルックスは福山雅治、健康はハンマー投げの室伏選手、知能は大江健三郎、経済は孫さんくらいを最低ラインにしたらいいです。
ヤマト薬局、


2012年07月20日(Fri)▲ページの先頭へ
どん底
 「どん底を見ているから、私はなんとも感じないんですよ」とにこやかな顔をして言うが、この人のどん底は本当のどん底で、言葉の綾で口に出したり、同情をひくためだったり、そんな実際を伴わないものではない。
僕は具体的に知っている。でもここでは書けない。ごく当たり前の生活をしている人が、想像できる最低の人格破壊を充分越えているから。要は想像を絶するのだ。
さげすまれて心も身体も破壊寸前から生還したから、少々のことは全然応えないらしい。今はなんと人の世話をする職業に就いているが、その世話をする相手がそれこそ人格の破壊者らしいから、仕打ちが半端ではないらしい。普通の人なら耐えれないのだろうが、彼女は壮絶な過去のおかげで「大したことではない」らしい。漢方薬で世話をしていた頃僕が「無駄なことは一つもないからね」と声をかけ続けていたことを覚えていてくれて「本当に何一つ無駄なことはなかったと思います」と言ってくれた。こんなに弱い人がいるのだろうかと思うくらいだった人が、今は自信に溢れてちゃんと正面を見て話し、笑顔を絶やさない。
 何がなにでもこの人をもう一度世間に戻したいと思った。こんな不幸から帰還出来たら一体どれだけの人を救うことが出来るのだろうかと思った。医学とか薬学とか、そんな次元ではない。案の定、笑顔で同業の人が拒否した仕事をこなす姿は、壮絶の向こうにでさえ又日が昇ることを実証した姿だ。同じ境遇の人に見て欲しい。


2012年07月19日(Thu)▲ページの先頭へ
泣き所
 嘗てその道ではかなり有名だった人。今でも有名なのかもしれないが、僕がその道に興味がないから、その有名さは伝わってこない。でも有名なのには違いないから、その名声に相応しくないものを目撃してしまった時には落胆ぶりも殊更だ。
肩書きに君臨していた人の素顔がちょっとしたことで露呈して、評価を一瞬にして落としてしまうことはよくあることだが、このちょっとしたことの中にこそ、それは無防備だからこそ、本性が覗いてしまうことが多い。大きなことならごまかせるが、些細なことには気が回らないから油断が生じる。
 その男性が会計をしようとして財布からお金を取り出したとき、一緒に小さな紙くず、と言うよりゴミと言った方がいいかもしれない、が出てきた。お金とゴミとを指先で分けて、お札だけ僕の方に渡したのだが、何を思ったか、そのゴミも後でわざわざ僕の方にさしだした。当然捨てておいてくださいと言うつもりなのだろうが、その言葉はなかった。誰でもその状況だと何を期待されているか分かるから、僕はそのゴミを受け取ってゴミ箱に捨てたが、何となくその嘗て有名だった老人の品性を疑った。こちらが全くその肩書きを尊敬していないから、何ら優位性はないのだが、恐らく僕の態度であちらもそれは感じているはずだが、無言でゴミくずを差し出す品性のなさに呆れた。何ら肩書きを持っていない田舎の老人達なら僕は喜んでそのゴミを受け取るが、本来的には強いものが嫌いな僕は、たったそれだけの出来事で肩書きに対して、ひいてはそんな人間をトップとして崇めていた組織さえも、評価を落とした。
 何気ない動作に現れる素性は、編まれた後に発せられる幾多の言葉より雄弁だ。見かけも実際も粗雑に生きてきたから見破られるべきものは何もないが、その前に評価されるものもないところが僕ら庶民の泣き所だ。


2012年07月18日(Wed)▲ページの先頭へ
連鎖
 「私も助けて貰ったから、今度は私が助けなければ」と、当初来た時より10歳くらい若返った女性がそう言った。助けるなんて言葉を聞くと東北の出来事のようだが、小さな田舎の薬局での、これ又小さな話題だ。だが、元々器が小さい僕達にはこの程度の美談?自己満足?でいい。それが似合っている。
彼女は一体何代目で、紹介してくれた人が何代目になるのだろう。とても興味深い連鎖で、このところの僕のモチベーションを保ってくれている人達だ。誰一人特別な人はいないごくごくありふれた善良な庶民の連鎖だ。
最初に来た女性はもう数年前になるがメールでの相談だった。当然僕は遠方の方だと思ってメール交換をして処方を決めたのだが、それでは薬をもらいに行きますと言ってものの数十分で現れたからとても印象に残っている。
 これ以上不幸な人は見たことがないと言うくらい心も身体も傷ついていた。僕はもちろんだが家族揃って健康への再出発を手助けさせて貰った。人にとても臆病だった人が、それ故外出もままならなかった人が、今では人の世話をする仕事についている。その回復ぶりを見ていた親類の方が、僕の薬局を紹介されて、自分のめまいを治してくれと言ってやってきた。そのめまいが治ったのを見てそのお嬢さんが、嫁姑の家庭環境からパニックになるのを治してと言ってやってきた。段々と表情が明るくなるのを見て、友人が介護疲れから来るウツウツとした症状を治してと言ってきた。その方が完治して、何年も滅多に家から出られないパニック症状の友人を連れてきた。先月でパニックが完治して、一人で何処にでも運転して出かけられるようになったのが、今日の主役の人だ。こうして文章にしてみて初めて分かった。彼女は5代目だ。そして今治療が始まったばかりの人が6代目ということになる。
優しさの血統を絶やさないために、6代目の人も完治させてあげなければ。だからといってプレッシャーはない。誰も難病なんかではないのだから。優しすぎる心の持ち主が、ちょっと躓いただけなのだ。難しく考えなければ、そしてまるで冗談のように対処すれば必ず治る。


2012年07月17日(Tue)▲ページの先頭へ
主客転倒
 何がなにやら全然分からなかった。ただ一つ言えることは「もうけた」ってことだ。だから「ラッキー、ラッキー」を繰り返した。
 先月葬式の世話をしたお家の方が、申し訳なさそうな顔で入ってきた。「これよかったらもらってやってください」なんて言うから、申し訳なさそうな顔は必要ないのだが、考えてみるといつもその様な顔をしている。見ると包装はされていないが、香典のお返しに使われたカタログだ。当然我が家はもらっているのだが、なにやら曰く付きのものらしい。曰く付きでも、ひも付きでも、骨つきでもなんでも僕はこだわらないタイプなので単純に喜んだ。
 彼の説明によると、親類の方が5万円包んだのに、お返しのカタログの内容がその金額に相応しくないものが届いたとクレームがあったらしい。と言うことは逆に、少ない金額の割には充分すぎるくらいのものが届いたお家があるってことだ。そんなごたごたの処理の中で行き場の無くなったカタログを我が家にくれようと言うのだ。行き場がないものなら何でも頂戴の僕だから喜んでいると、その方が僕の妻に「後ろの方のページに豪華ホテルの宿泊券が載っているから旦那さんと旅行に行ってください」と勧めた。妻は豪華なカタログをもらうことに抵抗があったのか「では、○○さんとうちの主人で行ってこられたらいいが」と逆に彼に勧めていた。「男二人ではおかしいでしょう」と彼が返している間に僕は最初の方からページを捲って商品を見ていた。どのカタログもそうだが、綺麗に撮られているから一見すると欲しくなるようなものばかりだが、実はもう普通の家庭なら無いものなんてほとんど無いのだ。5万円の半額返しなら2万5千円くらいだなと浅ましいことを考えながらカタログを見ていた僕は何となく、商品達が2万円を超すもののようには見えなかった。体重計や簡単な電磁調理器などは数千円で買えたような記憶がある。その気で見てみると、他の商品も恐らく数千円程度のものばかりだった。ふと気がついて宿泊プランのホテルをいくつか眺めていると、なんと昼食と入浴のセットだった。「なんじゃこりゃあ、昼ご飯と風呂じゃないの」と大きな声を出したので、その方も妻ももう一度目を凝らして確認していた。
 カタログに載っているホテルは有名なものばかりで、東京や京都のものだった。昼ご飯を食べに行くだけで一体どのくらいの旅費を使えばいいのだ。「これ、うちが貰っているカタログと同じじゃないの。5000円コースではないの?特上にぎりを貰ったと思っていたのに、ほとんど並じゃないの」と、ただでもらった方が威張っている。「ほんとじゃ、どこでまちがったんじゃろう」とカタログを余分に一つあげた方が恐縮している。でも実はこの事実が判明したときに3人で腹筋が痛くなるほど笑ったのだ。それこそ涙が出るほど笑ったのだ。「お父さんに近所のよしみで親切にしてあげていたから、天国のお父さんが僕にプレゼントをくれたんだ」何て勝手なことを言っていたが、亡くなったばかりの人をネタにその息子さんと大笑いした。
 お父さんとばかり気があって親しくしていたが、同じDNAを受け継いでいることが葬式を通して分かり、まるでお父さんと同じのりで話が出来る。「高額なカタログだと言って嘘ついたら怒るで!」


2012年07月16日(Mon)▲ページの先頭へ
ドイツの森
 今日の誕生日をかの国の料理でお祝いしてくれることをなんとしても避けたくて、今日牛窓から二人の若い女性を連れ出した。それこそ昨日の続きだがブルーハイウェイを東に走り出してから、姫路に行こうか、それとも備前から北に上ろうか迷った。結局は車の運転に自信がないからなるべく田舎の方を目指すことに決めた。何人もの方からのんびりしていいところと言う風評をきいていたから、そいつの森、いや、あいつの森、いやドドイツノ森、段々近くなった、ドイツの森に行くことにした。朝の10時に出て、午後5時に帰った。その間のことを書いても仕方がないから、二つの印象に残った出来事を書く。
足で漕ぐ船で小さな池を20分間楽しむことが出来る。僕はかの国の二人と妻が楽しそうに漕いでいるのを時々写真に撮っていたが、一番印象に残った光景は実はそんなことではない。あるお父さんが3人の小学生くらいの子供を連れて船に乗っていた。お父さんと一番幼い子供は懸命に船を漕いでいたが、上の二人の男の子はそれぞれがゲーム機を持って、それからほとんど目を離さなかった。その光景に目を離さなかった僕は、彼らが上陸して次の遊具に移動する間もほとんどゲーム機から目を逸らさなかったのを目撃している。父親にどのような想いがあって子供達を連れてきているのか知らないが、想いははるか手前で撃ち落とされている。
 もう一つは、ゴーカートのサーキット場でのこと。かの国の二人が結構勢いよく走るゴーカートで出発したのだが、当然帰ってくる時間が経っても帰ってこない。そこへあるゴーカートが帰ってきたのだが、帰ってくるなり3台のゴーカートが何かのトラブルで動けなくなっていると教えてくれた。そこは慣れたもので係りの人がそれこそゴーカートで救援に行ってくれたのだが、そのゴーカートに先導されて帰って二人が「マエノ二ツノゴーカートガ、ミゾニオチテイタ。ダカラ二リデイッショケンメイテツダッタ。アセビッショリダッタ。ニホンジンノオトコノヒト、イッパイトオッタガミンナシランカオ」と遅くなった訳を教えてくれた。「ニホンノオトコノヒトダメ」と僕は自嘲気味に言ったが、その事は二人はとうに気がついていて、日本人とは結婚しないと言っている。
外に出ればそれだけ色々な人間模様に接することが出来る。どちらも決して不快な光景ではないが、考えさせられるテーマではある。一つこぶしをひねってうなってみようかという気になったから、やはり今日訪ねたのはドドイツの森だったのだ。


2012年07月15日(Sun)▲ページの先頭へ
備えあれば憂いなし
 基本的には恐怖の行き当たりばったりなのだが、何故か今回だけはそれなりに用意していた。
休日と言ってもとりたててすることがないから、漢方薬の注文を受けても何ら負担はない。それよりもすることが出来て時間は潰れてくれるし、気持ちも少しはしゃんとするから有り難いくらいだ。連休だと言うことに急に気がついた4人の方から漢方薬の注文があった。皆さん休み明けでいいですと気を使ってくれているが、カルテをみると完全に薬が切れてしまう人もいた。そこで漢方薬を作ろうとしたが分包器という薬を1包ずつ分ける機械が動かない。素人なりに手を尽くしても全く動かない。もっとも元々中古品を譲ってもらったもので、譲ってもらってからももう10年やそこらたっているのでいつ壊れても不思議ではなかった。途中で細かい修理は何度もしてそのたびに修理代を払っていた。こんな経緯があれば誰でもいざというときのために何かの手だてはするだろうが、僕は本来はそんなことはしないタイプだ。ところがことこれに関してだけは数ヶ月前に手配していたのだ。ひょっと壊れて会社に修理を依頼しても、最低半日は漢方薬を作れなくなってしまうから。この数ヶ月、使われない大きな機械が場所をとっていることに若干のストレスは感じていたが、今日やっと日の目を見た。
 連休で会社に連絡もとれない情況の中で、よくも4人の方に漢方薬を送れたと思う。備えあれば憂いなしは大の苦手だったのに、やはり漢方薬で人をお世話することが好きなんだろうか。備えあっても憂いばかりの人生だったから、いつの間にか備えなしに変わっていったが、今度のことを教訓に何事にも備えなければならないと改めて思った。明日はかの国の女性達をどこかに連れて行ってあげると約束している。何処に行くかはまだ決めていない。明日、車に乗ってから考えよう。


2012年07月14日(Sat)▲ページの先頭へ
クッション
 教えてください、お薬の飲み方について・・・
 すでに漢方薬を飲み始めてから1ヶ月たっている人からこんなメールが入ってきたから、何を今更と思ったのだが、読むとなるほどなと頷かされた。
 煎じ薬と粉薬を飲んでもらっているから今回もその2種類を送った。ところがメールで、ボレイと書いている袋の漢方薬はどの様に飲めばいいのですかと質問された。だがボレイを送ってはいない。一昨日のことだから荷造りをしたときの記憶がまだ残っていた。少し大きめの箱だったので、衝撃を防ぐために手作りのクッションを入れたのだ。シュレッダーで破砕した紙くずを生薬を送ってきてくれた空き袋に詰めて再利用して作ったものだ。
「ごめんなさい、それはクッション代わりに裁断した紙を詰めているだけです。飲んだら山羊になりますから飲まないでください。こうした発想もあるんだと気づきました。紙を焼却ゴミで出すのがもったいないので再利用のつもりでしたが、なにかいい方法を考えてみます。ヤマト薬局」と返事を送ったら「きゃーーーーーっ。ごめんなさいです。てっきり、これを服用するのだと思い込んでました。あはは・・・・・・・(笑)(笑) (笑)山羊にならなくて良かったです。(^^ゞ)ありがとうございました!!!」と言う返事が返ってきた。
 まあ実際にあの紙切れを飲むことが出来る人はいないだろうから事故には繋がらないだろうが、こうした予期せぬことをジョークのやりとりで解決できることをありがたく思っている。相談してくださる方の症状が、ただただ改善してくれることを目指して、漢方薬を作っているからこうしたたわいもないことは、たわいもない言葉の交流で解決してくれれば有り難い。人と人とのクッションは紙切れでは作れないが、思いやった言葉のかけらを沢山集めれば容易に出来る。僕が理解できる唯一の言語だから他と比較は出来ないが、きっと日本語って素晴らしいものだと思う。


2012年07月13日(Fri)▲ページの先頭へ
数学
 シャーッターを開けてすぐに入ってきたから地元の人かもしれない。ただ見たことがない男性だった。下痢をしているらしくて下痢止めが欲しいみたいだ。「すぐ効く薬をください」と付け加えたが肝心のどうして下痢をしているかこちらが一番気になることは分からない。「知り合いがストッパーがいいと教えてくれた」と言うが、それも又僕には知りたい情報ではない。下痢を理由にやってきた人には当然、確認しなければならないことがあるから、いくつかを質問した。ところがどうもはっきりしない。上手く説明できないのか、症状を薬局で説明して薬を買うって言うことを知らないのか、どうも行き違う。
 こうなればこちらは最悪の場合を想定して、闇雲に止めてしまうんではなく、便の中の水分を調節して下痢が止まる処方を選択する。そうすると細菌性やウイルス性の下痢の時も失敗がない。下痢が身体の外に悪いものを捨てるという防衛反応だった場合のことを当然考えるからだ。医療用の薬でいいものがあるからそれを2日分勧めた。余ってももったいないからだと思ってのことだ。足らなければ取りに来るだけでいい。いつもならこれで全て終わる。
 ただ、この男性の場合はこれで終わらなかった。全てが想定外だったのかもしれない。薬局を利用したこともなかったのかもしれない。気を利かして2日分だけしか薬を出さなかったことが理解できないし、2日分の数百円の薬代が「高い」し、ストッパーなるものではないし・・・・挙げ句の果ては「おかしいんではないですか?」と尋ねられたから、こちらがおかしくなりそうだったので「僕にはあなたに出来ることはなさそう。悪いけれどドラッグストアに行ってくれる?」と懸命に感情を抑えた。
 こうしたやりとりがいやで、30数年懸命に勉強してきて、一瞬の判断力を鍛えてきたが、そしてそれを求めて繰り返しやって来てくれる人を一杯作ってきたが、何で今更僕の薬局でこんな低次元の会話を交わさなければならないのかと残念だった。恐らく自分に専門とするところや得意とするところが少ないか無い人なのだろうが、何かに秀でたものを、それは格段にと言う必要はない、ほどほどでいいのだけれど、持たない人の特徴だ。専門の意味を知らない。
僕の薬局には医師やその家族も何人か漢方薬を取りに来てくれる。ただ一度もそれらの人に処方を尋ねられたことがない。不思議なくらい全てシェフにお任せなのだ。超専門家故の自信だといつも感心する。任される分こちらはやりがいと共に緊張感もマックスだ。生半可な知識はインターネットで簡単に手に入るが、手にはいるのは所詮公式程度だ。応用問題はやはりプロにしか解けない。
漢方薬の応用問題くらい高校時代に数学の応用問題が解けていれば、今頃はあの超有名大学を卒業後、あの超有名企業に就職して、放射線を国民に食べさせてもなんとも思わない太っ腹を身につけていてだろうに・・・数学で躓いて、人生で躓いて・・・うまくできている。


2012年07月12日(Thu)▲ページの先頭へ
絶滅危惧種
 あれはナイル川、いやチグリスユーフラテス川、いやいやドナウ川だったっけ。日本語名ではなかったから信濃川ではないし・・・そうだあれはたしか南米の川だったからアマゾンだ。
 30年前に買ったある漢方の本を未だ使っているので、もうボロボロだ。一冊の本がまるで数冊に分かれている。辛うじて糊が残っているところがあるから、一冊の本として体裁だけは保っている。しかし、毎日漢方薬を作るとき開くものだからかなり不便になってきた。もう愛着を通り越して暇を出してもいいくらいだ。ところが今時そんな本が市場にあるかどうかは疑わしい。岡山の大きな本屋さんに行き、注文を出してもらってと考えると、なかなかそのタイミングがない。そこで娘に相談してみると、僅か数分で「注文したよ」と返事が来た。なんとまだその本が存在していたのだ。誰が一体買うのだろうと思うが、その生命力に感謝だ。
 朝一でやってくるクロネコヤマトがその本を運んできてくれた。存在すら疑っていた本が、翌朝には僕の手元に届いている。たまにその会社の名前は聞いていたが、さすがミシシッピー、いやアマゾンだ。どのくらいの規模で、どのくらいの設備で、どのくらいの人材がいて、どのくらいの売り上げをして・・・何も知らないが、これは全国の書店に対してはとてつもない脅威だ。僕が知らないだけで多くの書店がこの会社のために店を閉めているだろう。ある意味では罪深い会社だが、これだけの圧巻ぶりを見せてもらえば、草木がなびくのも理解できる。
 こうしてあらゆる業種が大きなものに集約していくのだ。もう随分前から薬局などその傾向が強かったが、何故か僕の薬局は薬業界のアマゾンに負けていない。ほとんど絶滅危惧種の僕だが、その絶滅危惧種が最強の農薬に注文を出し他業種の絶滅に手を貸すのだから、巻かれたくなくても強いものに自ずと巻かれていくものの哀れを体現している。
 ジャングルの中のどう猛な動物を連想させるそのネーミング通りの貪欲な食欲に、企業家の意図が読みとれる。


2012年07月11日(Wed)▲ページの先頭へ
調査
 ああ、何てことだ、僕に貼られたレッテルが「文系・低所得層・非正規雇用者・無業者」とは。自分ではどれにも当てはまって欲しくないと思っているのだが、かの有名な慶応大学の偉い人から見れば所詮僕も4つを満たしている下層の人間なのだろう。
 東日本大震災や原発事故が「家計に与えた影響」について、慶應義塾大学が調査を続けている。 調査は震災前と震災直後、さらに夏の節電を経験した後の家計行動の変化を追跡したものだが、 そこではっきりと浮かび上がってきたのが、 「原発事故・放射能への不安や恐怖は、文系・低所得層・非正規雇用者・無業者ほど大きい」 という統計的事実だったらしい。
こんなデータが出たものなら、放射能の不安や恐怖を口には出来なくなる。人前で言おうものなら上記のレッテルをあっという間に貼られてしまう。そして恐らく村八分になってしまうだろう。あっ、ひょっとしたらそれが目的の調査なのではないか。結果もひょっとしたらねつ造しているのではないか。あれからもう権威というものを信用できなくなったから、名前が通っていいればいるほど疑ってかかるようになってきた。
 でもやはり僕は臆病でいよう。どんなに他人によく見られても、不健康に甘んじることはない。いやそれどころか寿命をあんな奴らに縮められてはかなわない。自分たちは安全なところに逃げる財力も知恵もあるから、いざというときのための準備は整えているだろう。可哀相なのは庶民だ。多くのものを奪われて、未だ溜飲を下げることも出来ない。いつまでも健康でいて、いつか奴らが断罪され檻の中で屈辱を味わうのを見届けなくては世の公平を疑う。
世論調査か誘導か知らないが、なりふりかまわずここまでするか、で世の中溢れている。


2012年07月10日(Tue)▲ページの先頭へ
君臨
 一体この国で、精神安定剤のデパスなる薬を毎日どれくらいの人が飲んでいるのだろう。数万人ではきかないだろう。数十万人か、それとも百万人に届くのか。
余程、飲めば心地よくなる薬と見えて、沢山の人が服用している。効能通り、精神が不安定な人が飲んだり、不眠の人が飲んだり、肩こりの人が飲んだりしている。ただそれを飲んで得られる快適さを良しとしない人もいて、なんとかデパス支配から抜けようとする人達もいる。中には、デパスでマスクして隠す症状よりデパスを飲んでいること自体の罪悪感で悩んでいる人もいる。
なんとかデパスと同じ効果を出せれないかなと思って、いつか僕の先生から教えて頂いたある煎じ薬を作った。本人にはその事は言わなかった。期待されている症状が違うから、敢えてその事には触れなかった。2週間後に漢方薬が切れたからと注文の電話が入ってきた。こちらが尋ねもしないのに「デパスが切れたから病院に行こうと思ったけれど忙しく行きそびれたんです。だけど不思議なことに何も起こらないんですわ。だから自然とデパスは止まりました」と何年も飲み続けていたデパスを止めれたと教えてくれた。これは期待以上だった。別に実験したわけではないが、少しは精神的に解放されないかなと思って作った処方だが、まさか2週間でデパスから解放されるとは思っていなかった。
 デパスを飲みながら生きていくかどうかは自分で決めることであって医者が決めることではない。現代の治療は医者が絶対の権威として君臨するものではない。医者の向こうに製薬会社の営利が透けて見える時代に、命も生活も預けるには倫理があまりにも崩壊している。たかがデパスと言えども、思いはそれぞれだ。飲んでいる苦痛から解放でき、元々飲みだした原因の症状もとってあげられれば最高だ。国民的繁用薬に少しくらい懐疑的な薬剤師がいてもいいだろう。下請けではない薬局の気楽さかもしれないが。


2012年07月09日(Mon)▲ページの先頭へ
介護
 ああ、何てことだ、僕は帰るべきところを失った。
 僕は30年不思議と飽きることなく続けている薬局人生は、仮初めの姿だと思っている。
青春期、僕が全勢力を費やしたのはパチンコだ。運良くというか運悪くというか、牛窓にはパチンコ屋がなかったから牛窓に帰ってからは一度もパチンコに行っていない。目をつぶればチューリップがまぶたの中で連続で花開く重症の中毒だった僕も、さすがに立地の不便を乗り越える気力は持っていなかった。
 30数年、ひょっとしたら40年のブランクを何ともしない腕に覚えがあるから、いずれあの世界に復帰しようと企んでいたのだが、今日ある若い女性の話を聞いてその希望は露と消えた。元パチプロとしてのプライドが許さないのだ。
 そのお嬢さんは花の都大東京のパチンコ屋さんで働いていた。帰省したついでに漢方薬を取りに来てくれたのだが、興味があったので東京の暮らしぶりなどを聞いた。その話の中で出てきたのだ、聞きたくなかった内容が。今はパチンコ屋の店員もホテル並のサービスをするんだねと水を向けると、「ほとんど介護の世界ですよ」と妙な答えが返ってきた。どういう意味か分からなかったから再度尋ねると、パチンコファンの大半を今や老人が占めているらしいのだ。だからフォールの中を手を引いて歩いたりする世話が重要な仕事らしい。中には電動の三輪車で店の中にまで入ってくる老人もいると言う。
 僕が描いているイメージは嘗てのままで、御法度の裏街道を歩いている人、昼はすることがない夜の蝶、成績の上がらないセールス達、目的もなく大学にはいって登校する気力もない学生達、そんな人間の逃避場所だと思っていた。タバコの煙で命を縮める場所だと思っていた。それがなんだ、なんだ、年金貴族達のたまり場か。
 歩くことも出来ない小金持ちの老人達に混じってパチンコの道を究めるなんてことは出来ない。こうなれば何か新しいものに挑戦して人生の最終章を飾りたい。やはりモバゲーか。


2012年07月08日(Sun)▲ページの先頭へ
選果場
 僕みたいな素人は必死で皮膚病変を見せてもらわないと方針はたたないのだが、さすがに専門家は違う。皮膚を全く診ずに診断し、薬を投与してくれたらしい。おまけに呼吸困難になって死んだら困るでしょうなんて言われるから患者さんは必死だ。蕁麻疹と診断されて医師の言うとおりに治療していたらしいが全く改善しない。蕁麻疹は薬が結構効くから効果を実感できやすいのだが、一向に効いてこないから患者さんもさすがに不安になって電話をしてきたのだろう。
患者さん自身の症状説明と蕁麻疹と言う病名が全くくっつかない。説明を聞いていれば単なるダニに数カ所やられただけではないかと思えた。夏服から露出したところが手足それぞれ数カ所、ダニにやられて痒いだけに思えた。そんな格調の低い見立てを信じてもらえるかどうか分からないが、実際の症状をそれこそ見させていただけば僕の方に軍配が上がるのではないかと思った。ただ僕が如何に福山雅治に似ていようが、単なる田舎の薬局の薬剤師でしかないから説得力がない。まして「ダニにやられたんじゃろう」ではありがたみも何もない。
でも皮膚科で皮膚を診ずに患者の言葉だけで診断できるのだったら電話で相談を受けた僕と変わりない。薬局は何でも屋だから、牛窓の海水浴場のように知識は遠浅だが、頼ってきてくれる人を想う心はリアス式海岸だ。もう少し僕の顔がよかったら今頃は医者になって、高度な専門性を生かし、手抜きをしまくって高収入を得ていたかもしれない。何がなんでも必死で頑張らないと人並みになれないように、昔、選果場で並のラインに乗らされたのだろう。


2012年07月07日(Sat)▲ページの先頭へ
習性
 「お薬を飲んで、いつかよくなることを願います。今日は七夕やけん、願い叶えてほしいです。(笑)」
 なるほど今日は七夕で、願い事を短冊に書く日だったんだ。半世紀以上前に恐らくやっただろうことを今再現する気はさらさら無いが、冒頭の若い女性のメールを読んでいて、本当に彼女の願いが叶えられればいいのにと思った。
 僕の願いは年に一度のチャンスに頼んでかなえられるほど少なくないから、もう手を合わせる前から諦めている。一つや二つなら謙虚だからかなえてやろうかと思えわれるかもしれないが、100や200もあれば聞く方もお手上げだろう。
世俗の垢まみれになって1週間に一度綺麗にしてもらおうと思っていたが、どうやらそれでも追いつかない。家庭用の洗濯機では僕の精神は綺麗には出来ないみたいで、業務用の強力なものでないといけないらしい。寧ろ汚れた衣服のまま高圧の除染機くらいの方がいいのかもしれない。もっとも除染なんて実際には出来ないらしいから、僕も無理だろう。いつか出来もしないことの代名詞に「除染」と言う言葉がなりそうだ。
 何にものめり込むようなことがない、どちらかというと淡白な僕だから、結構物事を客観的に見ることが出来る。そんな僕があるところに結構通ったのだからギネスものだが、いつもの習性で見なくてもいいものばかりが目に入りだした。おかげで得意のブレーキを踏むことが出来たが、ハンドルはまだ遊びのままだ。そのハンドルを簡単に切ることが出来るほどの失望はもうすぐそこにある。ただ、今の僕の最大の関心事は、雨に濡れながら巣の近くの電線に乗って「チィ、チィ」と鳴いていたツバメの雛が無事孵ることだけだ。


2012年07月06日(Fri)▲ページの先頭へ
調律師
 漢方薬を送っている女性がピアノの調律師だと分かった。僕の回りにはそんな職業の人はいないから、又実際にその様な職業のかたは、もう随分前に娘のピアノの調律を最後に会っていないからやはり珍しい職業には違いない。そんな内容の返信を送ったら「こちらではヤマハ、河合の本社があるので、調律師など五万といて、珍しくないんですよ」と返事が返ってきた。
もっと長い文章だったのだが、この「五万といる」と言う言い回しがずいぶんと印象深かった。調律師が五万といる街って一体どんな街なのだろう。信号の音は、電車が発着するときの音楽は、クラクションの音は、踏切の音は、商店街に流れるBGMは・・・ほんの少しの音のズレも感知してしまう耳のいい人達が五万といれば迂闊に音など流せなくなりそうだ。うがいも、クシャミも、咳も、挨拶も、会話までもが五線譜に正しく乗らないと居心地の悪くなる街。そんな街が実際にあったら愉快だ。
 でもよく考えたら同業者が五万といる街って全国至るところに実際にはある。いわゆる企業城下町と言われるものなど全部そうかもしれない。牛窓に備前焼作家が集まっているように陶芸家などは土に集まるから自ずとそうなる。芸術家なら歓迎だが一番やっかいな嘘つきが五万と集まっている街が花の都大東京にある。なんでも永田町と言うらしく、消費税を上げないと言って票を盗み、輸出企業に貢いでいる。国民生活第一と言って、東電関電第一だ。小物ばかりが顔を揃え大臣面している様はまるで幼稚園の演劇レベルで見るに耐え難い。早くブラウン管から消えて欲しいと毎日思っている。
 こんな沈殿している精神状態の毎日だから、ある女性の調律師って言う肩書きが、それ自体は何の音も奏でないのに、僕の心には小川を流れるせせらぎに似て、心地よく響いた。ああ、調律師が五万といる街で耳を澄ましてみたい。


2012年07月05日(Thu)▲ページの先頭へ
巨悪
 この果てしない無関心は一体何なのだ。幸運にも西に位置し、遠く離れているからまるでよそ事なのか。僕の口から出る一つ一つの単語は、恐らく初耳に近いのではないか。昨年自分で情報を取りに行くようにすすめたが、所詮片棒を担ぎ続けたマスメディアの情報しか耳に届いていないのだろう。
どうでもいいような話が長いこと続いていた。僕は数人分の漢方薬をまだ作っていなかったから、その事が気になっていた。帰ってからクロネコの集荷時間までに間に合うようには思えなかった。でも、年に1回の父兄や学校関係者との話し合いだから忍耐強く待っていた。ところがとるに足らない話に終始した。
学校薬剤師という肩書きは、学校の環境を点検する職務を委任されている。昔と違って最近の学校は設備など著しく改善されたから、不備なところなどほとんど無い。ただ放射能に限って言えばどんなに手を尽くしても防御は出来ない。出来ることは口から入ってくるものを如何に少なくするかだけだ。時間が制約されていたから、超早口でまくし立てたが、いくつの言葉が耳に残り、僕の危機感がどれだけ心に残ってくれただろう。
 折角西日本に住んでいて、魚や野菜や果物など地場のものが手に入ると言う環境にありながら、無関心故に東に住む人達よりも多く体内に放射性物質を取り込んでしまうと言う笑えぬことすらやってしまいそうだ。僕が神経質なのではない。一部の人間達の野心のために、多くのごく普通の人間達の財産や健康が損なわれて尚、何も知らされず被爆し続けている人達が哀れなだけなのだ。裁かれない巨悪が存続することを受け入れられないだけなのだ。


2012年07月04日(Wed)▲ページの先頭へ
 僕に言わせればもう完治だから、後は不真面目に薬を飲んで自然に離れていったらいいとアドバイスした。僕もいい笑顔をしているなと思っていたのだが、その方が帰ってから妻が「歯を出して笑っていたね」と言った。久し振りに耳にする表現だったから結構新鮮に聞こえた。まさにその表現がぴったりだったので尚更印象深かったのかもしれない。
朝一番の出来事だったので、今日は少しその事を意識して応対した。するとやはり歯を出して笑う人は、もう調子がかなりよくなっている人だ。それこそ例を挙げればいっぱいあるが、それをやってしまうと「あれ私のことだ」と言われそうなので今回は止めておく。漢方薬でこんな病気でも治るのかと思ってくださるから列挙したいが、今回は自重する。
 逆に歯を見せずに、僅かに頬を動かすだけの人は、調子がまだまだの人だ。冗談を言うこちらが何か悪いことでもしたのかと思わせるほど威嚇する人もあるが、そうした人は尚重症だ。笑いは精神状態だけでなく体調までも推し量れる貴重なバロメーターだと思う。だからこそ僕はそれを殊更重要視してきたが、それは仕事の範疇だけでなく、色々な生活の場面でとても大切な社会の緩衝剤になっていると思う。笑顔があれば争うこともなくなる。それと笑顔の人はみんなとても綺麗でハンサムだ。その笑顔の瞬間はとても人を和ませるオーラが出ていて、どんな人工的なものより美しさが映える。どんな雄弁よりもたった一つの笑顔のほうが心を打つ。
 はしたないほどに歯を見せて笑いあえる関係をもっともっと沢山作っていきたい。


2012年07月03日(Tue)▲ページの先頭へ
千鳥足
○○さんへ
 10年経っているから完治が難しいとは思いません。人それぞれで一概に結論めいたことを言うわけには生きませんが、30年選手でも完治しているのですから、数字だけでは判断できません。700人以上貴女と同じような方と接してきたので、過敏性腸症候群という一つの症候群の中に、数多の原因と、数多の個性と、数多の環境とがあることを知りました。僕としては一人一人の症状にあわせて作ってきたつもりですが、この数多に対して、処方が適切であったかどうかは分かりません。効果を感じられずに去っていった人も多いですが、効果を感じるまで耐えて頑張る勇気を持っていなかった人も多いと思います。
その人達は10年にも及ぶ症状が2週間で改善しなければもう全否定なのです。この症状が作る性格か本来的なものか分かりませんが、人を信頼する勇気を何かの切っ掛けで復活させてくれればもっと解放されて、本来あるべき生活を送ってくれるものと思います。逆に貴女のように、正面突破を懸命にはかりすぎて、返り討ちにあってしまう方も多いのです。この症状で苦しむ方の中の多くはとても繊細な心の持ち主ですから、僕の言う頑張りすぎ病で蟻地獄に落ちている人、落ちそうな人も多いです。僕はこの症状を治すのは、いや他の病気でも同じですが、まるで冗談のように治すべきだと思っています。正面から取り組まずに、まるで酔っぱらいの千鳥足のようにゆらゆらと、それでいて結局は家に向かって歩いているようなのがいいと思います。大股で懸命に家路を急いでいる姿には余裕はありません。どこかで緊張感をとって、血流を改善し、交換神経優位の状態を脱して、戦わない神経に支配されなければなりません。人と戦うことが苦手な方に限って、自分と戦ってしまっているのです。まるでボクサーのように心も身体も縮こまっていては治りません。
「大和さんの所で修行させてもらえないでしょうか?」
僕はご存じのように直球を投げる投手ではないので、貴女に修行して頂くことは出来ませんが、あなたに楽しく過ごしてもらうことは出来ます。貴女の今よりも数回笑いが増えて、数回景色に感動し、数回人の優しさに触れて頂ければ、貴女の心から戦いのポーズが少しだけ消えます。人を信頼して自分のあるがままを晒すことが出来れば、過敏性腸症候群なんて治ってしまうのです。決して越えることが出来ない壁を越えることが出来る漢方薬。生きづらい今の世情の中で僕が多くの方に服用して頂きたい処方なのです。お腹ごときで大切な時間を失って欲しくないから。
ヤマト薬局


2012年07月02日(Mon)▲ページの先頭へ
低俗
 あまり集中して聞いていなかったからハッキリとは聞き取れなかったが、「人生を変える祈り」と言う有り難い話を誰かがするとミサの後紹介していた。どの様な内容の話か分からないが、大袈裟なタイトルだけが耳に残った。 
 今になって思えばどうして一歩足を踏み入れてしまったのかよく分からない。適当な距離感で自由に都合よく関わっていた頃にはなかったストレスが今はある。寧ろストレスの方ばかりが目について、何を期待して時に足を運ぶのか自分でも分からない。いや何も期待していないことだけは今ははっきりしている。これは信仰上の成長かもしれない。本来期待するところではないってことがやっと分かったのだから。そしてそれは恐らく教えとしても正しいのだろう。
 日曜日、折角の休日が、有り難すぎる厳しすぎる話で埋まる。解放感どころか、まるで聖人のようなことを強いられ、その求められるものとあまりの落差に自信を失う。小さな教会だから、多くは信仰を競い合い、脱落するものには手を伸ばさない。いつの間にか心地よい人ばかりの集まりになり、普遍の教理はあえなく「気の合う者達だけのもの」の単純な動機の前に頓挫する。
 日々の不安を払拭するためにひざまづくが、いと高き方はなかなか姿を表してくれない。その代わり慇懃を纏った生き神様達が闊歩する。
「さあ、人生を変えるパチンコに行ってこよう!」低俗を許す人なし。


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