栄町ヤマト薬局 - 2012/06

漢方薬局の日常の出来事




2012年06月30日(Sat)▲ページの先頭へ
 それをやってはいけない。禁じ手だ。あるセールスの方が実際に薬局で目撃したこと。 ある薬局?薬店?に2時間毎にやってきて1個3000円する○○丸と言う漢方薬を飲む女性がいる。飲む理由は過敏性腸症候群らしい。もうずっと来ているから当然効いていないのだろうが、そのセールスは「過敏性腸症候群に○○丸は効くんですかね?」と僕に尋ねた。もう彼自身も答えは持っているのだ。僕はその薬の成分を知っているから、勿論用途も知っているから、「効くはずがない」と一言ですませた。何かそれでも価値があるとすれば、高い薬を飲んでいるという安心感だろうが、それでも1日3万円も薬に使っていたら、財布に効いているだけだ。余程金持ちか、精神までも病んでいる人でないと、そんなお金の使い方はしない。
人の商売に口を出すつもりはないが、この程度の知識しかない人が、色々な健康相談に乗っているのかと思ったら恐ろしい。詐欺まがいの無知と言える。単なる悪意ならまだお客さんに見抜かれるからそんなに被害は出ないだろうが、これが単なる熱心なら被害は大きい。少し勉強すればそんな眉唾的な薬を使う必要がないことは分かるが、無知なら色々手を尽くすことが出来ないから、限りある材料の中で妄信的にいつも一つだけを選び出す。 この患者さんはその薬を飲む前に病院にかかっていて、7種類の薬をもらって飲んでいたらしい。そこでの治療もどうかと思うが、逃げ込んだところがこれ又不運だった。僕の所に来ればと、きっとそのセールスも思っているだろうが立場上それは口には出せない。 自慢ではないが、僕の薬局に来てくれる人の99.9%は庶民だ。そのおかげで正しい処方で最短の時間で治してあげなければならないと言うごく当たり前のことが身に付いた。漢方薬の一般的な常識とは全く逆だが、それだからこそこんな田舎でもやってこれた。1ヶ月に90万円も巻き上げる「口」を持ち合わせていなかったから、いい目は出来なかったが、後ろめたさも感じたことがない。この精神状態にお金は勝てない。


2012年06月29日(Fri)▲ページの先頭へ
品格
 温厚さでは右に出る人がいないくらいのあの先生が口火を切ってくれたから、あとが続きやすかった。長年の積もり積もっていたものを吐き出すことが出来た。
恒例の学校保健委員会が今日から又始まった。町内4つの学校を内科医と歯科医と僕とで廻る。それぞれが助言という名目で少し時間を与えられるのだが、最初に内科の先生が話をされた。本来なら生徒の健康のために話をするのだが、冒頭、つい今朝方の不快な出来事を、余程頭に来ていたのだろう話された。それは、近所に学校の先生が住んでおられるらしいのだが、全く挨拶が出来ないらしい。僕にもよく似た経験があるのだが、学校で会えば平身低頭してくれる先生が、実はこれはされる方はかなりストレスなのだが、地元に帰ればすれ違ってこちらが挨拶をしても返しもしないのだ。恐らくこれと同類項の不快さを抱えていて、ついに今日爆発したのだろう。
 次に歯科医がそれに触発されて「健診の時に先生の方がうるさい」と苦言を呈せられた。勿論この先生もそんなことを口にされるような人ではないが、今はチャンスと若い先生方に−帰りがけに車で聞いた話によると中間管理職の男性教諭が一番駄目らしいけれど−今言っておかなければと思われたのだろう。
 「最後にとどめを刺します」と断ってから、僕が話をした。いつか一般論として諭す機会がないかなと思っていたのだが、チャンスが向こうから転がり込んできた。僕の薬局は3台の車が道路と直角に駐車できる。だからほとんどの方は直角に入れてくれる。ところが学校の先生と警察官は、かなりの確率で横付けだ。1台で駐車場を塞いでしまう。用事が簡単にすむと思っているのか、真から威張っているのか、あるいはそう言った常識を誰からも教育されていないのか分からないが、とにかく非常識極まりない。
 先生方にとっては今日はとんでもない日になったかもしれないが、これはこちら側の期待の現れだ。同じ先生という言葉を使われて、どうしようもないくらい低俗な政治家に対して、品格を保ってその呼称に充分応えることが出来る職業であって欲しいと願うのだ。


2012年06月28日(Thu)▲ページの先頭へ
領域
 同じ日に同じような内容で嬉しくなるような話を聞いた。
 1年中風邪をひいている方が、ある医院で相談したところ麻黄湯という漢方薬を出してもらったらしい。効いているのか効いていないのか分からないままずるずる飲み続けている。この話を聞いてとても嬉しかった。そもそも麻黄湯というのは風邪の本当のひきはじめでゾクゾク悪寒がして震えるようなときだけに適している薬だ。そのタイミング以外では飲まない。その医師は、風邪の適応があるから出したのだろうが、それなら素人でも出来る。ドラッグストアに行って、自分で効能書きを読んで選んだほうが寧ろ正解に近づける。
 僕が日常使っている漢方薬の中で中心に位置している会社がある。○○○○という会社なのだが、台湾で製造しているからとても内容が濃い。そのことは定評がある。そこの会社のセールスが医院に売り込みに行くと、「早く漢方薬が効いて患者さんが来なくなったら困る」と言って断られることがあるそうだ。今の時代でもこんなことがあるんですねと若いセールスが嘆いていたが、早く効かさないと患者が減ってしまう僕などにとっては羨ましい話だ。そう言う意味ではやはり天下の○○○の漢方薬が病院には適しているのだろう。評判を落とすことが廃業まっしぐらの僻地でやっている人間とはバックグラウンドがあまりにも違う。もっともこのバックグラウンドとは精神のと言う意味の大いなる皮肉なのだが。
 天下の○○○の人海戦術のおかげで日本中で使われている漢方薬の9割の売り上げを誇り、医師の9割が漢方薬を使っているとも聞く。でも安心した。これなら後何年経っても漢方薬局は追いつかれない。経済ではとても太刀打ちできないが、知識とモラルでは太刀打ちできる。いや顔も太刀打ちできるかな。いやパチンコの腕も、バレーのアタックの早さも、逃げ足の早さも、ツバメをカラスから守る知恵も、居眠りしながら的確に相づちを打つ術も、買えないマンションを下から気づかれないように見上げる格好も。ウム、やはり人生のほとんどの領域で負けている。


一服
 僕に言わせればお嬢さんがおとなしいことに付け入っているとしか思えない。60歳を充分すぎるくらい過ぎているのだから、分別はさすがにもう身に着いているだろうと思うが、お嬢さんへの仕打ちを考えるとそうとは言えない。余程自信がないことの裏返しなのだろう、その年になっても、あの年になっているお嬢さんをまだ幼子のように操る。自分に自信があれば、それが気力だろうが体力だろうが、片方でもあればそんな仕打ちはしないしする必要もない。
逃げられないことをいいことにますます追いつめるから、お嬢さんはまか不思議な病気になっている。それでも耐えているのだから、もう親は鬼のようなものだ。病院では見つけてもらえない原因だと僕にはすぐ分かるが、僕の薬などもってのほかなのだ。大病院の大先生の薬しか駄目らしいが、もう何年も何ら改善していない。だからこそっと僕の薬を毎月注文してくる。匂わない、場所をとらないが唯一の条件なのだ。親に見つかることを極端に恐れている。どうしてあの歳になっているのに、親にあんなに弱いのか不思議だが、長年の力関係なのだろう。インプットされている恐怖からはなかなか脱せれないのだろう。いくら悩みを聞いてあげても行動に移さなければ何も解決しない。よくよく苦痛を聞いてあげた後の僕の提案。「一服盛ってあげようか」我ながらいい薬剤師だ。


2012年06月26日(Tue)▲ページの先頭へ
紙袋
 懸命に我慢しても流れてくる涙を悟られたくなかったので、妻や娘達に話しかけられても返事をすることが出来なかった。
 二重以上ではないかと思われる老婆が−と言うのはほとんど視線は真下の地面に向いているように見えるから−手押し車でやって来た。薬局の前に到着してからなかなか入ってこない。珍しく大きなビニール袋を積んでいて、その中から何か取り出そうとしている。いずれ入ってこられるだろうと用事をしていたら、案の定随分時間を経て入ってこられた。手には紙袋を持っていて、それをくださった。「アジサイ(牛窓にある特別養護老人ホームの施設名)に入ることになりました。長い間お世話になりました」と、元々お辞儀をしているような格好なのに、そこから又頭を下げた。僕が牛窓に帰った頃から一人住まいだった。当時は公の機関に勤めていてた。どういう理由があったのか、又どういう意志が働いていたのか知らないが、独身だった。あれから30年以上たったから、その頃は定年前くらいの年齢だっただろうか。その後半年に一度くらい買い物に来る程度のつき合いだったが、この数年一挙に歳をとって、骨粗鬆症だろうか背丈が僕の半分くらいしかないと思わせるほど縮み二重になってしまっていた。特に昨年からはホームヘルパーの介助なしでは買い物にも来ることが出来なくなっていた。
僕としては、わざわざ特別養護老人ホームに入ることを告げに来てくれる関係には思えないが、敢えて言いに来てくれたことが、最後のお別れのように聞こえた。僕に紙袋を渡した後、紙切れをとりだして何かを確認していた。偶然書いていることが見えたのだが、10数人の名前が書かれていた。主に近所の人達の名前で、一瞬見ただけで全員分かった。これからその家々に挨拶をして回るのだろう。
 恐らくあの体調でホームに入ればもう二度と娑婆には帰ってこられないだろう。僕はそうした社会との決別の挨拶回りに見えた。もっと言えば死への旅立ちの挨拶回りにも見えたのだ。小さな今にも折れそうな身体で、覚悟の挨拶のように見えたのだ。それが哀れで、別れる時には正視に耐えられなかった。偶然アジサイの薬は僕の薬局が作っているから、娘夫婦はホームで会うことがあるだろうが、恐らく僕はこれが最後だと思う。一人寂しく老いたのか、あるいは僕ら他人には分からない幸せ多き人生だったのか知りたかった。そして後者であれば僕は喜んで送りだすことが出来る。買い物に来るたびにひつこいくらい「ありがとうございます」を繰り返していた人だから、何故か僕は前者の確信を持っている。だからこれからも続くだろう孤独に涙が止まらなかったのだ。
老いるとは辛いものだ。いずれ誰にも等しくやってくるこの試練の日のために、人は真面目に生きるべきか、それとも快楽をむさぼって悔いを残さないべきか色々な考え方があるだろう。人生のスタートから周回遅れの人が増えているこの世の中で、前者であれとはとても言えない。


2012年06月25日(Mon)▲ページの先頭へ
成長
 誰もが一度や二度、考えたことがあるのではないか。「若い頃、福山雅治に似ていたら・・・」違った、これは願望ではなく事実だった。「若い頃今の知識が備わっていたら・・・」と。
今なら新たに相談にやってきてくれる人の7割は治せれる。少し簡単な人の割合が増えればその確率はもっと上がるし、その逆もあり得る。いずれにしても長年目標にしていたその確率はそんなに難しい目標ではなくなった。だから漢方薬を飲んでもらって2週間後に会うことが何の精神的な圧迫感ももたらさないし、寧ろどのくらい効果を感じて頂いているか楽しみばかりだ。
 ところが、若い頃は違った。体力だけは十分あったが、問題の知識と経験が少なすぎた。だから出来ることが圧倒的に少なくて、その非力さをカバー?カモフラージュ?するためにだけ多くの労力を費やした。上手く言葉を並べて相手をその気にさせるかだけに能力をを使い果たした。2週間後にその患者さんが来たら逃げたいくらい治療に自信がなかった。ただ、田舎の人はそんな僕にも寛容で、僕が長年漢方薬の勉強することを否定しなかった。10年くらい経ってからだろうか、少しずつ漢方薬を使いこなせるようになってから、僕が漢方薬を決断する前に、向こうが漢方薬を所望してやって来てくれるようになった。もし最初から今と同じくらいの知識や治験があったらもっともっと多くの人を治してあげることが出来たのにと、時に想像を巡らせて残念に思うことがある。しかし、よく考えてみれば、若造の時から人に礼を言われる立場に立つと、以後ろくな人生を歩まないような気もする。未経験で迷惑をかけ謝る回数が多ければ多いほど、謙遜が身についた謙虚な生活を以後送れると思う。そうしてみれば人生とは上手くできていて、若いときに安易な果実は与えられない。謙遜を学ばせてもらっているようなものだから、それを悔いてはいけない。
 自分でもいやになるくらい非力な膨大な時間と向き合わなければならない若者達に、嘗て同じ悩みを抱えながら耐えて生きてきた大人達の寛容を見せて欲しい。いやその余りにも幼稚だったあの頃を若者達の前に晒して欲しい。決して歓び溢れるような日々は無かったって教えて欲しい。多くの大人達はほとんど時間と言うものに育てられてやっと成長しただけなのだから。


2012年06月24日(Sun)▲ページの先頭へ
化石燃料
 ある人が葬式に行って来たと話してくれた。この数年、慢性病のお世話をしているので最近の体調を尋ねた僕への返事だ。ただそれだけなら誰にでもあることだから特異な内容ではないが、亡くなった方の原因がまれなことだった。親類の男性が、自分の母親を車に乗せて道路を走っていた時に、鹿が出てきてそれを避けるためにハンドルを切って電柱に激突したらしい。その事故で助手席に乗っていたお母さんが亡くなられた。
人口が減少に転じて、過疎地の自然回帰に加速がついているが、その事を彷彿させる出来事だ。決して人が踏み込まないような山道ではなく、主要道での出来事だ。実は葬式の話をしてくれた人も又その地で同じような経験をしていて、鹿と言っても運転中に出くわすと、それも夜間が多いそうなのだが、ほとんど牛のように見えると言っていた。「あんなのにまともにぶつかったら死んでまうわ」と関西弁で教えてくれた。
 そうなのだ、関西圏だから牛窓なんかよりどこを切り取っても都会のようなのだが、実は結構自然豊かなところが多くて、日本海寄りなど、日本の環境を支えているのではないかと思わせるほど田舎なのだ。最近そうした地方の人が直接やって来てくれたり、薬を送ったりしていて、何となく親近感を持っている。そんなおりの話だからとても臨場感があった。以前娘が勤めていた薬局も日本海に面したそう言ったところにあった。切り立つ岩山を抜けて走る単線の電車で会いに行った記憶がある。
牛窓辺りでも鹿に遭遇したという話が聞こえ始めた。僕はやま狸くらいにしか会っていないが、人間様が凌駕してきた地球の支配も何れは何かに取って代わられる。それが何かは分からないが、せめてそれらのために化石燃料の材料になって罪滅ぼしくらいはするべきだ。


2012年06月23日(Sat)▲ページの先頭へ
演技
 このまま行くと、今年の誕生日は恐怖の1日になりそうだ。何とか上手い手を考えて避けなければ。
 傷つけまいとして最初に嘘をついたのが悔やまれる。のぞき込むようにして「オイシイデスカ?オイシイデスカ?」とやられたものだから「オイシイ、オイシイ」と心にもない言葉を返してしまった。あちらの国は料理でもてなすのが親近感の表れかと思うくらいしばしば料理を作って持ってきてくれる。しかしそのたびに僕は迫真の演技をして、美味しそうに頂くのだ。
 恐らく香辛料だろう、僕の大いなる拒否反応の原因は。素材は日本で買ったもので作ってくれるのだからおおむね大丈夫だ。それがどうも完成品に形を変えて出されると途端に受け付けなくなる。いやいや、この前うどんに似たものを我が家の台所で作ってくれていたときなど、階下の薬局にまで香ってきた。もうその時点で終業後二階に上がっていく気持ちが萎えていた。出来れば仕事を朝まで続けていたかった。
運悪く、今年の僕の誕生日が休日になるらしい。それをいつ知ったのか分からないが、その日にかの国の料理でパーティーをしようと提案してくれたのだ。気持ちだけ頂くという便利な言葉が口から出そうになったが、料理を好ましく思っていないのがばれそうだったから、例によって嬉しそうな顔をした。最初に感じたままを口に出していたら、今こうして取り繕うことの連続に悩むこともなかったと反省するが、恐らくこれからも嘘に嘘を重ねていくのだろう。
 ところでさすがにスイーツだけは香辛料に差はなくて、おおむね美味しく頂ける。どうせなら当日最初から最後までスイーツだけにしてくれないかな。糖分を浴びるほどとってギトギトにテカってもいいから。虫歯の2本や3本も我慢できる。あの独特の香りから逃げられるなら僕は薬剤師を辞めて歌手になっても我慢する。


2012年06月22日(Fri)▲ページの先頭へ
ままならぬ
 ままならぬものをままならそうとしたらしんどいばかりだ。そんなしんどさに敢えて挑んで返り討ちにあっている姑が何故か沢山来る。熱心すぎる舅も又同じような境遇で時にやってくる。
時代は明らかに変わっている。戦中派が苦戦している。戦前の家族関係をまだ肌で覚えていて、戦後の個人主義も勿論知っている。ただ人は頭より肌に染みついた方が本質的だ。観念なんてそうしてみれば危ういものだ。時代の流れで仕方ないと頭では分かっているが、どうしても納得できない。身体はもう充分衰えているから、若い嫁には太刀打ちできない。何れ世話にならなければならないことは、自分たちがもう舅や姑の世話を充分経験しているから恐いほど分かる。大正や明治の人みたいに強くおれた環境でもないから、遠慮しながら陰で不満を言って降りもしない溜飲を下げるのがおちだ。力関係は明らかに逆転した。僅か半世紀で、どのくらい長い間続いていたか分からない価値観を転換させた。1000年か2000年か1万年か、あるいはそれ以上か、認めたくはないがそれこそ肌身でそれは悟っている。
 最早ままなるものの最後の砦も陥落した。時代に追い越されて井戸端に咲く花もない。


2012年06月21日(Thu)▲ページの先頭へ
経済行為
 僕は胡散臭いものを見抜く力は幸運にも備わっているみたいで、盲目的に、あるいは無邪気に人や組織を信じることはしない。だから逆に胡散臭い人間になる資質も持ちあわせていないみたいだ。変化球を多用するが価値観だけは直球もいいところだ。
社会的に生きていくために否が応でも組織に属さなければならないこともある。否が応にも誰かと付き合わなければならない時もある。ただこの否が応の敷居が僕はとても低いのだ。だから簡単に退散できるし、逆に乗り越えてしまうことも多い。世の中には勘違いに気づかないたちの悪さで、矮小で低俗な野心を実現しようとする輩がいるが、これなどはつい敷居を乗り越えていってしまう。本来的にそうなのか、職業柄身に付いたのか分からないが、傍観や無視が苦手なのかもしれない。
 左側を向くとめまいがする女性がいる。大の病院嫌いだが年齢には逆らえず、内科と眼科にかかっている。病院に行く日の憂うつさは、他のものに比べられないくらいのものらしい。ただでさえ左に向けないのに、その朝など真正面しか向けない。ところが病院から帰ってきたら何と左側に向けるのだ。大の病院嫌いが禍して、僕の所にやって来る前までは、それこそ胡散臭い薬屋さんで毎月10万円以上モノを買わされていたらしい。足許を見られていたのは明らかだが、ほとんど素人、いやそれならまだ悪意はないが、看板を掲げているから悪意の固まりのように僕には思えた。経済行為なら全て許されるつまらない世の中になった。ただ経済から逃れて、その胡散臭さから逃れてたどり着くような所までが胡散臭いのだから、自前の価値観を大切にするしかない。


2012年06月20日(Wed)▲ページの先頭へ
企業
 プライマリケアでうつ病を疑うサインとして全身倦怠、検査で症状を説明できる原因がない、複数の部位にまたがる多彩な症状、複数の医療機関を受診している、慢性的に持続する症状などがある。また「抑うつ気分」のみだと、うつ病を感度良く拾い上げることはできるが、特異度が低いので偽陽性が多くなるそうだ。これに「興味・喜びの喪失」を加えると、感度・特異度ともに高く、うつ病を拾い上げることが可能になるらしい。抑うつ気分は、例えば「悲しみや気分の落ち込みを感じますか」と質問する。興味・喜びの喪失に関しては、「今まで楽しめていた趣味やテレビ番組などを今も楽しめていますか」と質問するといいらしい。
 とまあ、ある専門医の言っていることを抜粋してみたら、なんとも僕のことを言われているような気がした。疑うサインの「複数の医療機関を受診している」以外は全部当てはまる。ただその複数の医療機関を、自分で複数の疾患に関して漢方薬を作って飲んでいると置き換えればパーフェクトだ。サインどころか片足は完全につっこんでいる。
 別に感度よく拾い上げてもらおうとは思わないが、哀しみに打ちひしがれ気分は落ち込みっぱなしだし、今まで楽しんだ趣味もないし、低俗すぎてテレビなど楽しめる筈がないから、もう僕はほとんどどっぷりと浸かっている。正真正銘だし、資格充分だし、ほとんど教則本だし。
 ただ僕は製薬メーカーの言うなりにはならない。企業というものは本来人間の集合体でしかないはずなのに、それが何故か人間の血が通わなくなり単なる数字を追う無機物に変身する様を見せつけられているから、信頼なんか全くしない。何十万人の住むべき土地を奪い、何百万人の健康を奪い、何千万人の不安を生み出していて今なお金の亡者で通す冷酷さを信用出来ない。電気だろうが薬だろうが、およそ良心などと言うものに支配されている企業を知らない。
 今や薬を創るより患者を創る方が簡単だと気がついた彼らの高い給料のために僕はウツにはならない。こんなことばかり考えているから毎日ウツウツと暮らしてはいるが、病気ではない。ほとんど病気のような企業が作っている薬は、飲めば病気になりそうだから飲まない。色々言いたいことはあるがこの辺りでぐっと飲み込んでおこう。


2012年06月19日(Tue)▲ページの先頭へ
比喩
 どうやら台風が東コースを通ってくれたみたいで、牛窓にとっては幸運だった。少し雨が降って、少し風が吹いてと、よくある梅雨の降り方とあまり差がなかった。そうした理由で気が緩んでいたのだろうか、面白い会話を二組の人とした。思わず思い出し笑いを繰り返したくらいだった。
ある奥さんが近所の人と、開店して間もない食べ物屋さんに食事に行ったらしい。とても見晴らしがよいところで眼下に静かな瀬戸の海が見える・・・筈なのだが、古民家に手を入れて改装した部屋は嘗ての土間で、眺望は全く開けない。土間の続きの部屋辺りが丁度景色がいいところなのだが、そこは開かずの間になっているらしい。おまけに、注文した定食が、どうも地の物を使っている風が無く、レトルト品ではないかという主婦の直感らしかった。おまけに、よく吠える犬がいて、傍を通って建物の中に入るのが恐かったらしい。食事を終えて帰るときに、連れの女性が「なんだか北朝鮮のお店に行ったみたい」と感想を述べたらしい。この外食産業と何ら関係のない言葉で全てを表現した女性の比喩に感心するやら、おかしいやらで当分笑いを止めることが出来なかった。
 その方と入れ違いにやってきた女性。県外からやって来てくれるのだが、何故か台風の日には必ず来る。今朝、妻が「今日は○○さんファミリーが来られるよ」と予言していた。案の定やってきた。彼女が自分の症状を説明してくれた言葉がこれ又ユニークだった。関西人特有のノリと言うより、比喩力を伺わせる言い回しだった。お腹の辺りの不快感を訴えての言葉だったのだが、自分の手で締め付けるようにしながら「この辺りで絞め殺されるような気がする」と言った。恐らく平滑筋の緊張による不快を表現したのだろうが、それ以外の言葉を探すほうがより真実から遠ざかりそうに思えた。
 海岸線に暮らす人間特有の台風アレルギーが発症していた日に、笑いの壺に落ちる手前の解放感に2度も浸れたのは幸運だった。一人は地元の人、一人は都会の人だったが、なかなか人間って、特に罪のない普通の人間って面白い。


2012年06月18日(Mon)▲ページの先頭へ
快挙
 快挙だ、快挙だ。ついにやったぞ、カラスのやつめ。
今年は2回ツバメの卵をカラスに食べられた。もういい加減諦めたらと思うのだけれど3回目の挑戦が現在進行中だ。もう少し利口になれと思うのだけれど残念ながら言葉が通じない。恨めしく忙しく飛び回る姿を下から見守るだけだった。
もう諦めかけていたがふとあることを思い出した。岡山市のある交差点で、民家の庭に恐らく作り物なのだろうがカラスをぶら下げていたのだ。何となくグロテスクだったが、きれい事はいっておれない。ゴミの収集日には必ず早朝から現れてゴミ袋を破ってやりたい放題だから、ツバメのためだけではなく何とかしなければならないと思っていた。そこで駄目もとで妻に作ってもらった偽カラスをぶら下げていたら、何と今朝はカラスが近づきもせずに、上空を通過しただけなのだ。妻が作ったのはハンガーに黒い布を撒いただけなのだが、それが意外とカラスが羽を広げているように見える。とらわれて打ちひしがれているようには見えないから心配していたのだが、雄々しく羽を広げたリーダーにも見えなかったのか、他のカラスが慕って集まるようなこともなかった。
 これであのいやなカラス達を追い払うことが出来るだろう。ただカラスは利口だからすぐに順応してくるだろう。僕は先回りして先手先手と手を打たなければならない。だからもう次の手は考えている。今度は4つのカラスをぶら下げて一つ一つに名札をつけてやろうと思っている。野田カラスとか仙石カラスとか枝野カラスとか細野カラスとか、ツバメが懸命に作った巣を壊し、夫婦で育てた卵や雛を喰らう姿と似ているやつらの名札をつけてやろう。どうせなら町民に僕の作品を見てもらうためにタイトルも書いておこう「裏切りのカラスども」と。


2012年06月17日(Sun)▲ページの先頭へ
詐欺
 一体どこからどこまでが正常で、どこからどこまでか痴呆気味かは、日々変化する。ほとんど日替わりメニューだが、今日の定食はそれなりに美味しかった。
92才まで生きれて幸せだとか、孫の誰々が優しくて幸せだとか、年齢も名前もはっきりしていた。道中の看板などもすらすらと読める。不思議なものだ。色々なことが出来なくなっているのに、字は読める。他の人のケースを知らないから母だけのことか共通のことか分からないが、人間って不思議だなと思う。地名、人名などの多くを忘れているが、日常会話の語彙はそんなに減っているとは思えない。難しい単語も使うし、まれにしか使わないような言葉も時間差攻撃にはならない。
車窓の景色についても結構鋭い観察をしていた。一番驚いたのは、嘗てはげ山になっていたところが今は逆に鬱蒼とした人の手が入っていない山に変わっていることを見つけたことだ。最初は、緑が濃いとか、木が生い茂っているとかくり返していたが、そう言われてみると、手入れされてない木々が無秩序に生い茂っていて、道路沿いなど、まるで屋根のようにせり出していた。幾度となく焼け、僕が子供の頃は雨でも降れば土砂崩れでもしそうなくらい山肌が露出していたが、半世紀近い間に回復しすぎるくらい木々に被われていた。母はその手入れされていない様子が気がかりなようだった。
 僕はその母の嘆きを聞きながら、今全国で仕事のない人や、仕事につかない人達に山で頑張ってもらえば、国土の保全と共に生活の糧を確保してもらうことの二兎が追えるのではないかと考えたりした。僕が政治家だったらその様なところにお金を使う。消費税が返ってくるような輸出企業優遇を止めさえすれば簡単に捻出できる金額だ。物言わぬ、耐えることの得意なこの国の人も、今進行している出来事が犯罪まがいに近いことに気がついて、当事者を何れ許さぬ時代が来てくれたらいいなと思う。いとも簡単に公約を覆し、ほとんど詐欺をはたらいたも同然なのに。どうせ騙すなら千円2千円でなく、10兆20兆なら罪にならないらしい。


2012年06月16日(Sat)▲ページの先頭へ
備前市
 別に当方の実力が伸びたのではない。ただ、薬局が、特に昔からあったような薬局がバタバタと店を閉めているから、自ずと商圏が広がり遠くから来て下さる人が増えただけだ。兵庫県との境にある市からも最近は来て下さる人が多くて、ブルーハイウェイを利用すれば30分で来れるらしい。以前は人づてに漢方薬について耳にした人のみが来てくれていたが、最近では特製の虫さされ軟膏や、風邪薬、わきがの薬などを求めてやってきてくれる人も多い。僅か650円の薬をわざわざ取りに来てくれたりするから、今や同じ町内感覚で備前市の人とも接することが出来る。
全くの偶然なのだが、先月のある日、朝から3人連続でその備前市の人だったことがある。漢方薬の相談の方ばかりだったのだが娘が全員応対した。そしてそれから2週間経ってからその3人がそれぞれ都合のよい日に来てくれた。一応全員よい効果が出ていてほっとしている。娘自身も安堵しているのではないか。近隣の方々だったら昔から僕をよく知っているが、備前市の人の場合、僕にこだわりはない。栄町ヤマト薬局に用事があるだけだ。それも治してもらえばそれでいいと言う、いたってシンプルなものだ。娘が応対することに何ら抵抗がないから、娘の出番が多くなる。僕は備前の方々に、娘夫婦を鍛えて貰えるのではないかと思っている。嘗て僕もそうだったが、来られる方一人一人に鍛えてもらった。
 同じ瀬戸内海に面していることもあって、産業も似ているところもあって、応対するのに違和感はない。土着の人が多いのだろうか、心に余所行きを着る必要がない。あるがままを見せ合って、健康のお役に立てれるのが気持ちいい。一山越えれば関西弁の町で懸命に岡山の砦になっている・・・いやいやそんな気負いは微塵もない。買い物も病院も便利だから県境を越えて赤穂市に行く。何、どうして薬だけ僕の所に来てくれるのだ?


2012年06月15日(Fri)▲ページの先頭へ
隠れ家
 牛窓に帰って35年になるのに、又片手で充分足りるくらいしか牛窓を完全に離れたことがないのに、そんな僕が知らないようなお店が立て続けに開店していた。もっとも僕は日曜日に主要県道を通って岡山に出るくらいしか町内を移動しないから、県道沿いの変化しか目にとまらないのだ。最近はどうもそんな旧来の常識的なところには開業しないみたいで、意識的に不便な土地に開業する傾向がある。余程集客に自信があるのだろう、敢えて不便を強調しているようにも思える。わざわざ感がいいのだろう。
 一軒はフランス料理の店で、予約で1日一組しか取らないらしい。テレビで放映された影響でもう2か月くらい先まで予約で埋まっているらしい。娘がインターネットで調べたら一人4000円くらいするらしい。その値段に驚いていたら娘は普通だと言っていた。僕の普通はやまラーメンの600円までだから、めちゃくちゃ贅沢に思えた。
 一軒はカフェで、すでに利用したある女性によれば、コーヒーを木の上で飲めるような席もあるらしい。何でもその女性は、出されたメニューが全部アルファベットだったから、日本語で書いてとお願いしたらしい。まさかの要望にあちらも驚いたかもしれないが、それに応えてこそ繁栄ありと田舎では知るべしだ。僕が牛窓に帰った頃ほとんど同時にペンションブームがあって、10軒以上のペンションが牛窓に建った。オーナーのほとんどは都会の人だったから、中には地元の人間をあたかも知識の少ない田舎者と見下している人もいた。しかし、時代の流れと共にその人達は夢破れ去っていき、謙虚さを持ち合わせていたオーナー達だけが残った。日々接する田舎の人間もお客さんになる可能性は十分あるのにと、至極当然の疑問を僕は当時もっていた。
 一軒は居酒屋さんで、牛窓では珍しく24時まで営業している。健全さで言うと右に出る町がないくらい健全な町だから、夜の8時を過ぎればもうほとんど深夜なのだが、これであの山の中腹のお店辺りだけは、時間が都会になる。都会と言っても不夜城にはほど遠いから、地方の県庁所在地なみだろうか。
 いずれにしても不便と引き替えに自然豊かな場所で、古民家ふうという共通点がある。古民家なら牛窓には余るほどある。いや、古民家だらけだ。いくらでも隠れ家的な食べ物屋さんなら出来る。もっとも田舎の人は隠れなければならないほど誰も悪いことをしないし有名でもないから、正々堂々とした表通りでも良いのだが。
 若い頃はインスタントラーメンが主食、牛窓に帰ってからは500円以上するラーメンが外食の楽しみだったが、これからは時代に付いていくようにちょっと贅沢を許してもらおう。その為には、まずナイフとフォークが使えて、膝の上に白い布をひいても照れないようになること、次にアルファベットのメニューが読めるようにカタカナに強くなることと、最後に8時過ぎても食事がとれるような胃袋に鍛えることから始めよう。考えただけでも顔が都会的になったみたい。


サイボーグ
 「俺はサイボーグみたいなものですわ、人間なかなか死なんもんじゃ」と豪語するのには訳がある。身長1m90cm以上、体重100kgのまさにサイボーグ並の体格の持ち主の若い男性が、鎮痛薬を求めてやってきたのだが、どうして薬が必要か尋ねた答えがとても面白かった。
頸椎ヘルニアのために薬が必要らしいが、若くして頸椎ヘルニアになった理由が不運だ。車で交差点にさしかかり右折していたときに、正面からダンプカーがぶつかってきたらしい。車は横転したのだが、頭が丁度左右から押しつぶされた格好になった金属の間に収また。まるでパーマを当てる機械くらいの空間が偶然出来ていたらしい。そして驚くことに、ダンプカーがぶつかってきた反対側の○○(専門用語で分からなかったが、車の内側で窓ガラスの上の手すりが取り付けられている辺りの名称)が頭がぶつかった衝撃で外側にふくらんでいたと言う。車に疎い僕だから詳しくは分からなかったが、それでも奇跡的に助かったことだけは分かる。乗っていたのがクラウンだったから助かったのだろうと僕が言うと、軽四だったら死んでいると彼も言った。当然何が起こったか理解できなかったらしいが、助け出されてからフラフラしながらも「頭に来たから、歩いて病院まで行った」と教えてくれた。この理由と行動の支離滅裂さがなんとも言えずほほえましい。僕はその話を聞いてついに頭に来た(同じ言葉で別の意味)のではと心配しているのだが。
 話に乗ってきた彼はもう一つ教えてくれた。「悪いことは続くもんよ。そのあと、酒を飲んだら胆嚢が痛くなるんで、いつもの石のせいだと思っていたんだけれど、救急車で運ばれて結局石をとる手術をしたんだけれどそれが全部癌だったんですわ。肝臓の一部もとった」と、あっけらかんと話してくれた。30歳になっているのかなっていないのか分からないくらいの青年なのだが、もうこれで2回死にかけている。以前このブログにも登場してもらった男性で、一晩で何升も酒を飲む人だから、超人的な身体をしているのだが、さすがにいいことばかりではない。確実に代償は払わされていたのだろう。でもこんなことで何かを悔い改めるような人間ではない。「じゃあ、酒は止めているの?」と尋ねると、「止めるもんか、肝臓は再生するんだから」とまるで身体に関する知識などあるはずもないのに、都合のよいことだけはちゃんと知っている。なんとも憎めない人間だ。
これだけのエピソードを聞かされれば「人間、なかなか死なんもんじゃ」と言うくだりが妙に説得力がある。何か知らないが勇気づけられたように感じた。知識も肩書きもなく、礼儀さえも知らないような人間がしばしばやってくる土着の薬局が本来なのだが、今では彼らの居場所が少なくなってしまっている。ほっとする瞬間を与え続けてくれる彼らを昔のように大切に大切に。


2012年06月13日(Wed)▲ページの先頭へ
献身
 過換気症候群、偏頭痛、身体の痛み、これだけ楽になって頂ければ僕自身に達成感はあるが、そして当の本人も喜んではくれるが、まだまだ彼女には元気にならなければならない理由がある。そしていつまでも元気でいなければならない理由がある。それなのにいつも彼女は明るく屈託なく笑う。
「これだけ元気にして頂いたけれど、もっと元気になれば、家族のためにもっともっと頑張れるんですが・・・」と彼女は言ったが、何となく違和感が残った。僕の経験ではこの様な時には「もっともっと楽しいことが出来るのですが」と言うフレーズしか聞いたことがないのだから。でも彼女は元気を家族のために使うことしか頭になかったのだ。だからとっさにあの言葉が出た。
 およそ僕など耐えることが出来ないだろう重荷を彼女はしっかりと受け止めている。母親ってこんなに強くて慈しみ深いのかと感心させられる。そしてこんなに素敵な笑顔をこぼすことが出来るのかと、いつもの笑顔にこちらが救われる。厳しい顔をしていて当然なのに、優しさが溢れている表情をしている。
背負っている重荷と、もっともっと楽しいことが両立できたらいいのにと他人の僕が願う。そんな苦労を微塵も見せないのは、天性の明るさか、それとも大いなる覚悟か知らないが、足元にも及ばない僕の勇気が情けなくなる。
 下手をすれば日本国民だけでなく、世界中の人間を巻き込む事故を起こす原発再稼働に「私が責任を持つ」と言った最低の男がいる。責任をとるとは自分で首をつるか、一族もろとも心中することくらいが最低限必要だと思うが、あのやたら頭の大きな男にそんなつもりはない。どうせ今の肩書きを辞めますと言うくらいだろう。黙っていても辞めさせられるのだから、痛くも痒くもないだろう。あの利権がらみの世界にそんな気概を持っている人間はいない。あいつらが束になってかかっていっても、田舎で懸命に暮らしている一人の母親の献身に勝てやしない。


2012年06月12日(Tue)▲ページの先頭へ
教え
 今頃その女性はどの辺りを車で走っているのだろう。神戸辺りか、それとももう大阪を通過しているだろうか。決して大きくない自動車で、それも一人で運転して奈良まで行くのは大変だろう。どこをどう通って行くのかさっぱり分からない僕は、ただ「大変」だけが分かる。僕と余り変わらない年齢だから、体力がそんなにあるはずがない。運転嫌いな僕と比べることは出来ないが、お子さんのためという唯一の動機が体力を後押ししているのだろうか。
お嬢さんが魚介類を昨日食べて嘔吐下痢で苦しんでいるらしく、ノロウイルスによる胃腸炎と病院で診断された。病院で診察を受けているのだから心配はないのだろうが、お母さんは僕の漢方薬の方が圧倒的に早く治ることを体験的に知っている。だからどうしても早く飲ませてあげたかったのだろう。奈良だったら宅急便で送れば明日の午前中には着くが、一刻も早く治してあげたいと言う母心だろう。
ここまで信頼してくれれば薬剤師冥利に尽きるが、責任はメチャクチャ重い。ノロウイルスには漢方薬がよく効くから、不安はないが、それでも1時間でも早くお嬢さんの不快な自覚症状が消えることを祈っている。お母さんの愛情がより力になって、遠くで暮らすお嬢さんの不快をより早くとってあげて欲しい。賢明にして、愛情深く、それでいて力強い母親を持ったお嬢さんの幸運を思う。そのおかげで備わったお嬢さんの穏やかで優しい気質も、えてして凍り付きやすい現代の空気の中で、得難いものだ。親の生き方がこんなに子供に好影響を与えるのかといつも感心してみていたが、そう言った光景を薬局の中でもっともっと多くみたい。その素質を持った人達が結構来てくれる薬局だと自負はしているが。
命に代えても守る・・・漢方は母と子の関係をそう教えている。教えの通りの母親に教えの通りの漢方薬を作った。


2012年06月11日(Mon)▲ページの先頭へ
魔法
 「魔法の薬ですね」と最上級の褒め言葉をお医者さんの家族にもらった。その言葉に比例して高額な商品だったらいいのだけれど、僅か650円だから、心には響くが経済には響かない。世の中よくできていて、えてしてこんなものだ。体臭の塗り薬は若夫婦が作っているのだが、恐らく原価計算してこんな値段を付けているのだろう。魔法くらいなら○がもう一つや二つ付いていてもよかったのだろうが、残念ながら所詮田舎者で常識外れのことをする勇気はない。田舎には田舎の常識があり、田舎には田舎の良識がある。
今回と同じケースが数年前にもあった。成長期の息子さんの前でお母さんが「臭い、臭い」を連発していた。お母さんは笑いながら、それでも真剣に相談されたが、傍でそう言われている息子さんも決して怒ることなくお母さんの言葉を聞いていた。そのお家もお医者さんの家族だったが、ざっくばらんな雰囲気は共通だ。経済的に恵まれているだけでなく、親子の人間関係までもがとても恵まれていた。幸せを集める要因が普通の家庭より多いのだろうか。
 ただ、どちらの家庭も、年頃の息子さんの体臭には困っていたようで、そこは僕らより数段敏感だと思った。男の子の体臭くらいほうっておけば良さそうなものだが、何故かこだわっていた。余り恵まれてくると整わないことへの寛容さが少しかけてくるのかもしれない。言葉は悪いが、何もかも劣っている人達の強さとは対角線上にある。
 体臭だけでなく、日々応対する人達に魔法の薬を届けたいが、当然実力通りの結果しか出ない。幸いにも僕の薬局は漢方薬を飲んでくれる人が多いから、検証をくり返すことが出来た。魔法のような実際の治験を謙虚に積み重ねていかないといけないと思っている。


2012年06月10日(Sun)▲ページの先頭へ
完治
ヤマト様
お世話になっております。今日、何か必要なものはないかと電話で話している時、「薬はどうする?」と聞くと、「なくてだいじょぶ。」とのこと。「大学で、回りがみんな俺よりずっと頭いいから、どうせって思えるから、よけいな緊張しなくて済んでる。センター試験の話になって、俺の点数友達にに言ったら、『よくそれで入れたなー』って言われた。」と、電話口で明るく息子。「そんなことカミングアウトできる友達ができたんだ!」と驚く私に、「俺、大学入ってから性格めちゃめちゃ変わったと思う。ホントに、いままで、緊張しっぱなしだったんだって、よくわかった。今日、息子と話していて、自分の心が自分の体を痛めつけてしまう病が本当にあって、息子はそういう病気だったんだということを、やっと、心の底から理解できました。中学3年生の頃、「こんなオナカの体に産んで欲しくなかった」と言われました。電車通学に耐えられないと、受験校への進学をあきらめた息子に、何とか健康を取り戻して欲しいと日々願ってきました。応援して下さったすべての人々に感謝です。症状を和らげ、支えて下さってありがとうございました。「完治」と思っていいんですよね。同じ病で苦しんでいる子供たちが、迷わずヤマト先生の門をたたくことを祈っています。

ハイ、完治です。
 肉体的には恐らく人生で一番充実した日々が送れる年齢ですから、青春期特有の考えすぎ病から脱皮できたらそれで完成です。ちょっとした不安が異常増殖するのがあの年代の特徴で、大なり小なり誰もが通る道だと思います。ただ、如何にも情報不足の年代ですから、そのちょっとしたことでも大いなる不幸と勘違いしてしまい、そしてそのありふれた不幸さえ自分が選ばれし人のように思えてしまうのです。ちょっと誰かにその不安を漏らしてしまえばすむことでも、その小さな弱点を見せることすらはばかれてしまうのです。
なんとも無意味で非生産的な時間を引き受けてしまう青年が、いや大人の中にも沢山います。僕は、私は、こんな弱点を持っていると一言誰かに言ってしまえばすむことに対して、一人で立ち向かっていってしまうのです。その時に本当は専門家などというものはいらないと思います。友人や知り合いのおじさんやおばさんでよかったのです。口に出しただけで悩みは軽くなるのですから。下手に専門家に相談して悩みの代償に、抗ウツ薬や安定剤を出されていたら、次なるテーマとしてそこから脱出できないと言う新たな悩みが生まれます。僕はお母さんが、そう言った専門家でない僕に接触して下さった勇気が彼を完治に導いたのだと思っています。僕は、彼が友人に自分の弱点や苦手なことを正直に照れながら笑いながら白状している姿を想像してとても嬉しく思います。誰もがその事に気づけば、こんなに息苦しい世の中が変わってくると思うのです。人は基本的にはハンディーを持っている人には優しいと思うのですが、人の倫理までいつの間にか経済が支配するようになって、経済活動を行っている大人達が、平気で意識するとしないにかかわらず子供達を蝕んで来ました。決して我が子には出来ないようなことを、子供という消費者に経済活動と言う名で強要しているのです。
 過敏性腸症候群という一つの病気?をとってみても、作られた病気だと思ってしまいます。辛かった数年間が、今後の彼にどの様によい影響をもたらしてくれるか測りしれません。教科書も社会も宗教までも教えてくれなくなった人としての持つべき視点を彼は身をもって掴んだと思います。いつかどこかで、それが生かされる日が来ます。そして今度は彼が人様のお役に立てれる立派な人生を歩みます。
 僕は正しく生きようともしなかったし、より良く生きようともしなかったですが、強者が君臨する構図は常に否定してきました。それは嘗て青春の落とし穴に落ちてもがき苦しんだ日々があったからです。
 もう一度彼に贈ります。今なら彼に分かって貰えるかもしれません。「人生はダラダラと続いている冗談なのさ、それもとびっきりたちの悪いやつさ」
ヤマト薬局


2012年06月09日(Sat)▲ページの先頭へ
失恋
恋に破れた君に

 告白したのはいいことです。勝手な想いだけでいたら何も進みませんから。抽選日のない宝くじを買って夢に浸っているようなものです。彼女は貴方のために生きているのではないのですから、断られても仕方ありません。いい女性はこれから一杯、貴方の前に現れますから、次に行きましょう、次に。可能性のないものに無駄な労力は使わないことです。もったいないです。その人が綾瀬はるかみたいな人なら命がけになってもいいですが、命がけになるような人は滅多にいませんし、そんな凄い人と僕ら凡人が巡り会うようなことはありません。貴方がそうであるように、ほとんどの人がごく普通の人ですから、逃がした魚がそんなに立派な魚だったとは思わない方がいいです。
 これが青春なんて思わない方がいいです。所詮、いずれ振り返ることもなくなる程度のことでしかないのですから。この苦しさなんて、貴方が長い間お腹で苦しんでいたことに比べれば大したことはありません。男はみんなうぬぼれ屋です。貴方が一人軽率な人間ではありません。僕なんかこの年齢になっても未だ福山雅治にそっくりだと思って、鏡をのぞき込んでいるのですから。若い人が理性を失いかけそうになるのは当たり前です。年を食えば自ずと自然体でおれることも、若さ故の本能を如何に制御するかで苦労します。いっそのこと本能なんてものがなければどれだけ楽だろうと思いますが、それは動物として変ですよね。これを歴史家は、本能寺の変と言いますが。
 「一杯飲み屋で安酒をあおって、それで毎日毎日が忘れられるというのなら、僕は有り金の全てをはたいて、有り金の全てをはたいてもね」昔の詩人も貴方と同じ行動をしたのでしょうね。貴方も転んでもただでは起きないように、詩人になるか、次なる彼女をゲットするか。
 より良く生きることは大切ですが、より良く生きることを焦らないでね。青春時代、より良く生きることが出来なかったからこそ、そののちよりよく生きることを目指すことが出来るのですよ。若くして完成したらいけませんよ。
 よし、僕もあなたに付き合って今夜、牛乳で酔っぱらうぞ!
ヤマト薬局


2012年06月08日(Fri)▲ページの先頭へ
脱皮
 「快感でした」などと、恐らく何年も、ひょっとしたら何十年も感想を述べることは出来なかったのではないかと思う。相談を受けた主なる訴えの大きなテーマが僅か1ヶ月で解決したことになる。
過敏性腸症候群の方の多くは、会議などは大の苦手だ。静かな所に留まらなければならない苦痛もあるし、そもそも人前で発表するなんてのはもってのほかだ。この方も、心臓がバクバクし、顔が熱くなり、汗びっしょりになると言っていた。ところが最近出席した会議では、何とどの症状も起こらずに淀みなく発表できたらしい。その感想が「快感」と言う表現に現れた。
 過敏性腸症候群の、ある一つの典型的な性格的特徴に「恥ずかしがり屋の目立ちたがり屋」ってのがある。僕がお世話した700人以上の中で結構な割合でいると思う。この種類に属する人達は本来、結構能力が高くて、自意識がまだ未発達な年頃では大いに活躍していた人が多い。ところが青春前期辺りで、ふとした切っ掛けで自意識に目覚め、ナルシシズムが洪水の如く押し寄せてきたときに、その圧力が自分自身に向いてしまうことがある。その結果、完全を目指してしまい、完全を装ってしまい、人の目ばかりが気になり青春の落とし穴に落ちてしまう。その上この種の人達は、自分のハンディーを公言できないから、いつまでも苦しむことになる。折角の能力がその日から封印されてしまい、やりたいことや出来ることを横目に悶々と暮らすことになる。まるで生まれ変わったように非生産的な本来の自分とはまるで別人の生き方を自分自身で選択する。
僕はそうしたもったいない人達の役に立ちたい。たかがお腹くらいで青春を、そしてその後の人生を無駄にして欲しくない。たかがこの顔で、たかがこの頭で、たかがこの程度の体調で、たかがお腹程度で悩んでいる人が越えることが出来ない壁を越えるようにしてあげたい。
 声しか知らない女性の脱皮が、たかが福山雅治に似ているだけの薬剤師のモチベーションをあげてくれる。


2012年06月07日(Thu)▲ページの先頭へ
問診
 僕の薬局の場合、日常業務のありふれた手順だから別に心配する必要はないが、もしよその薬局やドラッグだったら一体どう対応されていたのだろうかとそちらの方が気になる。
ある女性が、お母さんの相談にやってきた。実家のお母さんが電話をしてきて逆流性胃腸炎だと思うから、薬をもらって来てと言っているらしい。自分でインターネットで検索したら、不快な症状がほとんど一致していたらしい。その一致している項目を出来るだけ覚えていて僕に教えようとしたのだろう、5,6個の症状を列挙してくれた。なるほどほとんどが逆流性食道炎の代表的な症状だ。ところが僕は何か腑に落ちなかった。どうも決定的な、これがなければおかしいという症状がすっぽりと欠落していたのだ。だから僕は直接お母さんと話をさせてくれるように頼んだ。すると女性は快く自分の携帯電話でお母さんを呼びだしてくれた。こうなればもう直接来店していないことのハンディはない。いくつかの問診で、決して逆流性食道炎ではないことが分かったし、おまけに、夫婦仲の悪さが原因のストレス症状だと分かった。胃が悪いことなど僕には考えられなかった。僕の見立てを言うと電話の向こうでとても喜んでいた。結局僕はストレスが原因で起こる不定愁訴の漢方薬をお嬢さんにことづけた。
若いお父さんが、1歳の子供の目薬を下さいと言ってやって来た。それ以上は何も話さずに僕が薬を出してくれるのを待っている。彼にとっては恐らく今までそれでことが足りていたのだろう。だけど僕はたったそれだけの情報で目薬を出す勇気はない。当然いつものように問診をして結膜炎の目薬を出した。OTCには適した目薬がないので、医療用の目薬を出した。お父さんは驚いていたが、やがて感謝の言葉を残して帰っていった。ひょっとしたら子供用○○○○などを期待していたのだろうか。効きもせず間違えば副作用を起こしそうなものを出す勇気はない。
 昔ながらというか、当たり前というか、おおむねこの様な応対を1日中行っている。医者の下請けではなく、直接役に立つことが出来るから結構毎日が楽しい。ただこうした薬局が次々と廃業していって、近隣の同業者と言ってももう何十キロ車で走っても見つけられないのだ。もっともっと無くなっていけば、古くて新しいなどと呼ばれる薬局になれるかもしれない。経営している僕は古くて古いのだけれど。


2012年06月06日(Wed)▲ページの先頭へ
メルヴェールリゾート牛窓
 「こんな環境だったら、私、何もいらへんわ。1日中横になっているだけで幸せ」と、パンフレットを見ただけでその女性は言った。本物を見たらどんな言葉が飛び出すのかと思われるほどの褒め言葉だったが、都会に住む人にとっては心が洗われる空間なのかもしれない。当初から言えば値段が1000万円近く下がっているから、「安いわ、安いわ」の連発で、このあたりも都会の人にとっては驚きなのかもしれない。
 とは言っても僕には所詮高嶺の花だから、その下から散歩がてらに羨望の眼差しで見上げるだけだが、残り少なくなった空き室が気になる。全部が埋まって牛窓に永住する人や週末に通ってくる人が増えることを願っている。出来たら善良な人達で埋まり、善良な人達がこの町を支え、又この町の人に支えられて欲しい。
一度知り合いに同行して最上階の部屋を見せてもらったことがあるが、眺望はそれこそ地元の人間にとっても全く別世界で、ここから見る景色だけは「日本のエーゲ海」と唄っても許されると思った。毎日その様な景色を見ながら暮らせば、人と無駄に争ったり、競ったりしなくなるかもしれない。交換神経を全開して頑張り、そして身を削っている下界こそが自然の流れの中で明らかに異常だと気づくことが出来るかもしれない。いつか気づいて、もうこれくらいにしようと己に語りかけなければならない、そんな気になれる場所かもしれない。
 ただ残念なことに相変わらず僕は、犬の散歩にかこつけて、見上げるだけの日々が続いている。皆既日食も、金星が太陽の中を通過する陰も見上げなかったのに、何故かあのマンションの下に立つと見上げてしまう。まあ見下すよりはいいか・・・。


2012年06月05日(Tue)▲ページの先頭へ
離陸
 だいぶ前回から時間が空いてしまいましたが、お元気ですか?私は、お腹の調子がかなりよく、元気に明るく過ごしています。最近は、朝お薬を飲むと、1日快調に過ごすことができているので、どうしても注文が遅くなってしまいます。すみません。また、処方をお願いいたします。
 さっそく、近況を報告させてください^^☆お腹が気になっていたときは、隣に座られるだけでもいやでしたが、なんとこの間、東京の、しかも新宿の映画館に行ってきました!
まず、映画館に入るだけでも長蛇の列で、その時点で緊張していました。館内に入って、座席に着くと、席はほぼ満席。しかも私の席は、真ん中のほうで、もし途中で席を立ちたくても立てない、というような位置でした。「2時間大丈夫だろうか・・・」とすごく不安でした。結果!なんと最後までストーリーに集中し、無事にお腹のことで周りを気にすることなく映画を見終えることができたんです!まさか、あんなに席が密集しているところで2時間、静かにしたままで座り続けられるなんて思いませんでした。他の人にとっては当たり前のことかもしれないけれど、私にとってすごく嬉しかったです^^♪
 それから・・・最近は、こんな私でも、好意を持ってくれる人が現れ、彼氏もできました^^恋愛なんて、ガス漏れの私には出来ないだろうなぁと思っていたけれど、治ってくると、自分に自信もついて、こんなに明るく過ごすことができるようになりました!こんな風に、またほかの子たちと同じように生活できるようになったのがとてもうれしいです。
これも、先生のおかげです!本当にありがとうございます!!
 と、自分のことばかり長々書いてしまいました。。。久しぶりのメールなので、どうしても長くなりますね(笑)そろそろ梅雨に入りそうなので、季節がまた変わります。体調にはお気を付けください。というわけで、あともう少し、お薬の力を借りて頑張りたいので、また処方をお願いいたします。
○○

 過敏性腸症候群に限らず、ほとんどの慢性疾患の完治手前の人は、貴女のように漢方薬を飲む回数が自然と減ってくるのです。それで今まで長い間苦しめられていた所から自然に離陸できるのです。そうすればほとんどの人が再発しません。仮にしたとしても、2週間分くらい飲めば又治ってしまうのです。
 貴女はとても理想的な経過を辿ってきました。夢にまで見た完全復活が出来ますよ。今まで乗り越えたハードルが数々ありますが、こうしてみるともう次なるハードルはほとんど残っていないのではないですか。難関だと勝手に思いこんでいた恋愛も、過敏性腸症候群が何の障壁にもならないことが分かってきたのではないですか。僕の所に50人くらいが泊まりかけでやって来て、一緒に時間を過ごしましたが、本当に漏れていた人なんか一人もいませんでした。そしてその子達の、優しすぎる敏感すぎる心だけが障壁になっていることを知りました。それらは恐らく大きな長所であるはずなのに、発揮する場所を間違えているだけのような気がしました。時に謙遜を卑屈に置き換えている人もいましたが、おおむね人を傷つけずに懸命に生きようとしている人達です。
 僕は貴女を含めてすべての人に言いたいのです。お腹なんかで人生を萎縮させてはいけないと。そんなものをはるかに超越した長所や美しさをみんな持っているのだから。僕の年齢になったら、若い人みんなが輝いて見えますよ。今が盛りの生命力に感謝して他者にたいしてもっともっと働きかけて欲しいと思います。誰もがその存在を歓びのうちに迎えてくれると思います。
 花の都大東京を闊歩する貴女の姿を想像して、又モチベーションをたもって働きます。
ヤマト薬局


2012年06月04日(Mon)▲ページの先頭へ
異物
 彼女にとっては衝撃だったみたいだ。目から鱗って言う表現が適しているのかもしれない。
念願の医療関係に就職できた彼女が仕事を始めてすぐに気がついたことがある。それは彼女ががんとして避けていた抗ウツ薬や安定剤がかなりの患者さんに、彼女の言葉を借りれば「来る人来る人」に出ているって事実だ。それも心療内科ではなく、どこにでもある内科での話だ。
 もう20年も前の話だと思うが、僕の先輩が「俺の所に来る半分は心身症やで」と何弁か分からないような言葉で教えてくれたことがある。そんなものかと当時は聞き流していたが、この20年の間に「半分」から「来る人来る人」に増えたことになる。特にルボックスが新発売されてから、人為的な臭いも含めて患者が急激に増えた。
 時代のせいにすれば、抗ウツ薬市場が正当化される。どんな基準でそれらの薬が投与されているのか知らないが、作られた患者もかなり含まれているはずだ。ちょっと話を聞いてあげるだけで、ちょっと不満を口から出させてあげるだけで、ちょっと誰かの悪口を言わせてあげるだけで、ちょっと羽目を外させてあげるだけで解決するものが、投薬の対象になる。全てが経済活動の一環なのだ。体の中に薬という名の化学薬品が廃棄される一連の経済活動なのだ。
多くの人が何の疑問も持たず毎日口にしている光景を目の当たりにして、彼女がどう行動するか分からないが、願わくば今まで通りに草根木皮で体調や心を整えて欲しい。脳みその中に簡単に化学物質が入り込むようには人間はなっていない。異物を脳から排除してきた人類に、大量消費を煽る企業こそ社会の異物だ。


2012年06月03日(Sun)▲ページの先頭へ
格言
 専門、あるいは職種によって、真理をついた格言はあるものだ。ほとんどの分野に疎いから、そんな言葉に出会えばひどく感動する。発した本人にとって見れば単なる日常なのだろうが、聞く方とすればただただその一語が輝いて聞こえる。
今日、ある不動産屋?さんと偶然話をしているときにふと飛び出した言葉がえらく新鮮に聞こえた。そしてそうかと教えられる言葉だった。「売れない不動産はないと言われています」と彼は言ったのだが、僕らその道と関係ない人間にとっては、いつまでも宣伝の看板が立っている不動産を多く目撃するから、売れない物は結構多いのだと理解している。特に不景気な時代だから、余計その様な印象が強い。
 ところが売れないのは、売る方と買う方の金額の乖離だけの問題であって、それさえ合えば売れるのだそうだ。そう言われるとなんでもないような理屈だけれど、その理屈まで素人は到達できない。売れない物は数多く存在して、その世界を被う悲観論しか頭に浮かばないのだ。
他者から見ると僕もひょっとしたら、漢方薬について少しは感動的な言葉を発しているのかもしれない。いやいや、知識がないから知ったかぶりはせず、平易な言葉、いやそれ以下の言葉で話すようにしているから、ヒットは今だ無いかもしれない。今日の不動産屋さんばりに「効かない漢方薬はない」くらい言ってみたいものだ。


2012年06月02日(Sat)▲ページの先頭へ
屈辱
 背中にパットを当ててくれると、低周波が筋肉を痙攣させる。気持ちがいいほどこたえない。効くから整形外科のクリニックに備えているのだろうが、僕にはしてもしなくても同じだ。同じようにしてもしなくても同じなのがもう一つあって、赤外線だと言って患部にあてられるのだがこれ又何も感じない。看護婦さんらしき人がやってくれるときに説明してくれたのだが、説明のように血流がそれで改善したようには最後まで思えなかった。 こたえもしないこの2つの器機と違って、首の牽引はこたえた。それこそ痛みで顔をしかめるほど効いた。何分治療するのか分からないが、早く終わってくれないかとばかり考えて、ひたすら耐えていた。強ければ効くのだろうと頑張ったが、日を重ねるに連れて悪化した。
数年前に経験した激痛ほどではなかったが、同じ箇所が同じように痛くなったのでレントゲンを撮ってもらった。2箇所の椎間板がひしゃげたようになり、2箇所に骨の棘が出来ていた。病名は何も告げられなかったが、その写真を見れば摩耗しているのがよく分かる。そして治療は先の理学療法と薬だ。薬はすでに飲んでいて効かなかったのだから、理学療法に期待して診察を受けたのだが、より強い薬を勧められたり、効果がなかったらギブスや大きな病院でMRI検査を受けるように勧められた。なんとか早く苦痛から解放されたかったので、僕は3週間真面目に牽引などを受けに通った。でも先に述べたように一向に良くならない。リハビリの部屋には何の免許を持って働いているのだろうと思えわれる女性スタッフが沢山いて、器具をセットしたりはずしたりしてくれる。分かっているのか分からないのか知らないが、その様な人に我が身を委ねるのには抵抗があった。自尊心を脱ぎ捨てないと受けることが出来ないような内容と熱意のなさだった。
 3週間通って全く改善しなかったので、20代の頃から世話になって今は引退された鍼の先生に尋ねてみた。するとその先生は、名前は難しいから忘れたが、ある筋肉の緊張で神経を圧迫しているのではないかと教えてくれた。痛み方やシビレ方で先生は想像されたのだろう。そしてあるところを優しくマッサージすれば改善すると教えてくれた。そしてそれを実行すると、3週間毎日の痛みとしびれで苦しんでいたのがほとんど改善してしまった。
 レントゲン写真の前でマイナスなことばかり言われ、特別気持ちの入った治療などされることなく、免許を持っているのか持っていないのか分からないような女性スタッフに、まるで病人扱いされ、いわば屈辱の3週間だった。レントゲンを撮ってもらえば治るのなら、又何か処置が出来るのならそれはそれで我慢するが、はなはだ簡単な治療でほとんど自然治癒を待っているようなものでごまかされた。
 僕は鍼の先生や指圧の先生を多く知っているが、余程彼らの方が熱心だ。それなのに評価が、経済的なものも含めて低い。肩書きや政治力の全てで劣ってはいるが、熱意はそれらを覆すほど持っている。やはり何でも満たされていない人達の方が余程人間らしいのだ。


2012年06月01日(Fri)▲ページの先頭へ
返事
それぞれの返事。

 僕があなたの年齢の頃も、今日あなたが書いて下さったのと同じようなものでした。
別にやりたいことが見つからずに、偏差値に合わせて受験しただけです。おかげで1年目は全部不合格でした。実際に合格していたら困るような大学を受けていました。大学に入って1ヶ月もすれば僕は間違ったところに来てしまったと思い、以後5年間、授業などほとんど出ずにパチンコ屋通いでした。就職がいやで牛窓に帰ってきましたが、田舎の人の良さに救われてそこから初めて勉強しようと思いました。本格的に何かに没頭したのは30歳を過ぎてからです。漢方に出会って初めて僕の人生に意味があるのではと思えるようになりました。あなたも焦る必要はありません。何れ何かに招かれるようにこの道と言えるものに出会うのではないでしょうか。「 最近、色々な物事に興味を抱いていて、どれだけ自分の世界がちっぽけで視野が狭すぎることに恥ずかしくなりました。」こんな立派な悟りが開けたのですから、僕なんかよりずっと優秀な青年ですよ。迷うことを恐れないでね。僕くらいな年齢になると、迷う元気もないのですから。
ヤマト薬局

きっと相手の方も、「何となく合わないかな、怖いのかな」と貴女のことを探っていますよ。あなたが感じて思うことは、相手の方も感じて思っていると思います。人間そんなに大差はないのです。所詮同じようなものです。どうあがいても豹のように早く走れないし、
どうあがいても鷹のように高く飛べないのです。
「悪い人かはまだわかりませんが、何か接する時に構えてしまいます」
相手も構えていますからお互い様です。初めての人にたいして無防備な方が恐ろしいです。
「どうやったら仲良くなれて嫌われずに済むのでしょうか」などと無駄なことを考える必要はありません。どうやったらその人を尊敬できるかを考えたらいいです。貴女の先輩にあたるのですから、貴女はただひたすら教えを請えばいいのです。その人にも愛すべき守るべき人が何人かいて、又大切にしてくれる家族や友人も何人かいるはずです。貴女がこの世で一番大切にして貰えることを願っても仕方ありません。所詮その人にとって貴女は他人ですから。貴女がその人を思う以上をもとめなければいいのです。心はいつも患者さんに向けてください。何かを背負ってやって来ている人ばかりなのですから。ひょっとしたら貴女が背負ってきたものと同じか、あるいはそれ以上の重荷を背負っているかもしれません。貴女の美貌とスタイルを今こそ生かすべきですよ。
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〒701-4302
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■連絡先■
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カレンダ
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