栄町ヤマト薬局 - 2012/05

漢方薬局の日常の出来事




2012年05月31日(Thu)▲ページの先頭へ
 記憶を辿ればたしか麻雀に「ホンロウトイトイ」と言う役があったように思う。今日ニュースを聞いてそんな言葉を思い出した。トイトイの部分はさておき、ホンロウと言うところがやけにぴったしのニュースだったから。
橋の上か下か知らないが、そいつがまたまた人を騙した。天才的な芸人に一見見えるがそれはもう透けて見えていて、単なる自意識の固まりでしかない。その固まりにひょっとしたらと言う幻想を抱いていた人達は又いつものように裏切られて、一から出直す羽目になる。よくあることだ。もう何年も前になるが、軽いワンフレーズでやたら人気を得ていたカール頭にも同じようなことをやられ、1億99%の憂き目に遭わされた。胡散臭いものに騙され続ける轍は、またまた踏まれた。庶民とは悲しいものだ。一瞬にして全てを失ってしまうものと同居させられ、ことがあった暁には捨てられる運命を給料と引き替えに享受している。まさか神様でもあるまいし、おかげで生きていくほど世の中簡単ではない。おかげおかげでいつか身ぐるみを全てはがされる。それどころか遺伝子まで破壊されてそれでもまだ耐えるのだろうか。その人の良さに、その知識のなさに付き合わされてはかなわない。
麻雀台の上のホンロウなら紫煙の向こうにはかなく消えるが、何百万人の生活の場での翻弄は許されない。そのチョンボにそろそろ怒りのリーチ一発。


2012年05月30日(Wed)▲ページの先頭へ
 こんな光景は幼いときから数え切れないくらい経験している。急に暗雲に覆われ、気温が低下し、冷たい風が吹いてきて大粒の雨に打たれることなど、毎年何度も繰り返された夏のありふれた光景だ。それがあの巨大竜巻の光景を動画で見てから、何か特別な災害をもたらす地球の怒りのように思えるからトラウマって恐ろしい。
昨日、冷たい風と大粒の雨が急に始まったとき偶然居合わせた2人が口を揃えて「雹でも降るのではないの」と言った。あの竜巻の時の映像が頭をよぎったのだろう。以前ならこんな温暖なところで雹というような言葉は出てくるものではなかった。ところが口を揃えて出てくるのだからインパクトはかなり強かったに違いない。
国内どころか世界中の災害がリアルタイムで見ることが出来るから、それらの恐ろしさをかなりの真実みをもって知ることが出来る。嘗てのように人の言葉や写真などだけでは多くの真実は欠落してしまう。災害が増えたのかどうかは分からないが、ほとんどの災害を映像で見ることが出来るのだから、知的体験としては圧倒的に増えた。まるで学者のように、まるで気象予報士のように、まるで被災者のように多くの災害を目撃する。そして地球に命をもてあそばれるか弱き同胞を見る。
 ありふれた雷雲に恐怖感を覚える異常が、大粒の雨に打たれながら稲光の下を海水着のまま走って帰ったまるで野生の異常より高尚だとは思えない。


2012年05月29日(Tue)▲ページの先頭へ
不謹慎
 戦いの火蓋は切られた。どうも最初の戦場はトイレの神様らしい。あの歌手のように可愛い女の子がトイレ掃除をして美しい女性に育つのならまだ夢のある話だが、僕がトイレにへばりついて、膨張して排水溝までぴったりとつまった尿取りパットを引き抜こうと格闘している姿は歌の詞にはならない。水分を吸ってゲル状に膨張すれば、管を完全に塞いでしまう。密着状態でいくら引っ張っても動かない。下手をして破れてしまえばもう手がないと思ったので、奥深く探ってみた。すると管の構造が何となく分かって、湾曲しているとおりに少しずつゲル状態のものを動かしてみた。するとある瞬間スッと抜けて取出せた。まるで穴の中に手をやって、大蛇に手に巻いた布をかませて引き抜いているテレビ番組の通りをしている自分がおかしかった。蛇なら出来ないが尿取りパットくらいなら出来る。
何度説明しても理解できないみたいだ。あたかもトイレットペーパーみたいにトイレに捨てるものと思いこんでいる。トイレがいやに長いなと思っていたが「大丈夫?」と問えば「大丈夫」と答えるから気にもとめていなかった。どうやら懸命に流れないものを流していたのだろう。何回も何回も水を流していたのだろう。その何回も何回もが息子に余分な作業をもたらすとは気がついて貰えない。昔から何故かトイレの詰まりは僕の仕事だし、何故か家族の中では一番結果を出しているのだ。
 今日心配して、唯一人の従姉妹が訪ねてきてくれた。天性の明るさを備えた女性で彼女が母の相手をしていてくれる時間がとても有り難いプレゼントになった。連帯と言うおよそ介護などと関係ない言葉が浮かんだ。僕より人生経験に富んだ人のおおらかさが有り難い。何でも笑って取り組めれば楽になる。そんな素質を羨ましく思うしそんな素質に助けられることが幸運だ。戦いは始まったばかりだがこの歳でまだ親が健在だったことを感謝して、少しばかりまっとうな月日を送ってみようと思う。
 よし、ブログの原稿が書けたからパチンコに行ってこよう!いやいやそんな不謹慎なことを考えたらいけない、夜が明けるのを待って玉野競輪だ!


2012年05月28日(Mon)▲ページの先頭へ
他力本願
どんな漢方薬を知っているのと尋ねると「六君子湯とか大建中湯とか・・」でもう止まってしまった。如何に漢方薬が病院で必要ないかだ。特にこの春まで10年間いた病院は大きな病院だったから死に直面していた患者さんが多く、漢方薬の出番など無かったに違いない。「特に○○○の漢方薬だから、効いたと言う話より、そのせいで急性肝炎になった人の方が多く来た」と消化器内科らしい経験を話した。天下の○○○を病院関係者が悪く言うのは珍しい。世間一般の常識とは逆で、寧ろ僕の考えに近い。勤務している間に何か感じたのだろうか。元々接待されたりするのは嫌いな性格だから、経費がふんだんに使えて接待攻勢をかけてくる大企業を信頼はしていないだろう。そんな会社のものだからと言う単なる勘だけかもしれないが、何か胡散臭さも感じている雰囲気だった。
 漢方薬は中国の生活水準の上昇と(人件費の上昇に繋がる)欧米の漢方薬ブームと乱伐で原料単価が急上昇している。そのせいで医療保険で使われる漢方薬は、材料費より保険で請求出来る値段が低くなったりするケースが出て来た。いわゆる逆ざやっていうやつだ。こうなれば売れば売るほど損をするから、会社も考える。そうして編み出される方法は誰でも考えつく方法で、粗雑な今までは捨てていたような材料を使って漢方薬を作るってことだ。利益を出そうとすればこれしかない。だから最近の医療用の漢方薬はますます効かなくなっている。僕に言わせれば運のいい人が偶然効いているだけだ。だから息子には「もし漢方薬を診察で使いたいなら、○○○のにしたらと言った。本当は○○○○のがいいけれど保険で使える種類が少ないから難しいかな」と言った。息子は分かったと言っていたが、勤め人の手前自分の自由に出来るかどうかは分からない。
まだイロハのイの字も知らないような段階だが、あっという間に僕を追い抜いて欲しい。患者に近い分自由な治療が出来るみたいだから、死ぬ病気ではなくても、辛い病める人を沢山救って欲しいと思う。こんなことを言う僕はほとんど他力本願気味だが。


2012年05月27日(Sun)▲ページの先頭へ
距離
 お昼前の時間帯に息子から電話がかかって来るようなことは、この10年間考えられなかった。休みがあるのかないのか分からないような生活で、四六時中仕事に追われているような印象を持っていた。
昨日の電話は違っていた。急かされるように用件だけを話して終えるのと違って、ゆっくりと患者さんの情報を話してくれた。初診の患者さんらしいが、今までよその病院の現代医学では難儀していたらしくて、息子は漢方薬しかないと判断したのだろう。そこで僕に相談してくれたのだが、長いこと待っていた環境がやっと実現する予感がした。
 東洋医学には触診とか舌診とか腹診とか、五感を総動員した診断方法があり、大家と呼ばれる人は後生大事に未だその診断方法を重要視しているが、所詮それらは科学が未発達な時代のやむにやまれぬ診断法だ。それらの極意をもってしても現代の診断技術には勝てやしない。足許にも及ばないだろう。僕は、確かな現代医学の診断で確定された病名があって、確かな効果を発揮する生薬を選択することで初めて、満足のいく漢方治療が出来ると思っている。後者は僕が30年間勉強したことでかなり確率は上がってきたが、前者は医者の独壇場だ。出来れば僕が自由に介入出来る形で漢方治療が出来る環境が用意されたら素晴らしいだろうなと思っていた。
 息子から情報をもらってから1時間後に患者さんがやってきた。僕は漢方的な問診をくり返し、息子の依頼をどの処方で満足させられるか考えた。当然漢方薬の得意とする分野だったからいい結果に恵まれるとは思うがそれなりにプレッシャーはあった。早くいい結果を出し、息子の勤務する病院で僕が考えた処方が手にはいるようにしてあげれば遠路はるばるやってくる必要はない。医院の門前で顔色をうかがいながらの下請けではなく、得意分野で協力して難治性の患者さんの生活の質の改善のために役に立てたら幸せだ。「大きな病院より患者さんとの距離が近いような気がする」と言った息子の言葉を受けて「親子の距離もぐんと近くなったような気がする」と内心思った。


2012年05月26日(Sat)▲ページの先頭へ
アート
 「おじちゃんのはほとんど芸術の域に達しているね」「アートの世界だわ」と言うから、僕の顔の配置がほとんど前衛芸術ばりにアンバランスなのかと思ったら、どうやらそうではないらしい。
あることを手伝ってもらった甥が、薬局の裏の事務所で僕の応対ぶりを数時間聞くともなく聞いていた後の感想だ。相談机に腰掛けてもらい何人かを応対したのだが、その中の多くはいわゆる心のトラブルだ。そこまで行かなくてもストレスによる体調不良も多かった。甥は外国の大学で心理学を勉強していて、今度アメリカの大学院にも又勉強に行く準備をしているのだが、その彼に褒めて?もらったことになる。
 僕は田舎の薬局の特徴かもしれないが、必ず症状を確認するからほとんどの人と会話をする。原則として無駄な会話はしないが、無駄な会話を挟まなければならない人もいるし、無駄な会話ばかりをしなければならない人もいる。30年薬局の店頭に立ち続けているから、延べにしたら恐らく20万人以上と会話したことになる。いや30万人に近いだろうか。それだけの人と話をすれば、色々なことを学ぶことが出来る。心理学を勉強しなくても人の心理は分かるし、どう接してあげればよいかも分かる。教科書には決して載っていない我流のやり方だと思うが、それで多くの人の役に立っているのだからそれでいい。正式に何かを学んで接しようとは思わない。寧ろ教科書のような対応をされて解決しなかった人ばかりが訪ねてくるから、僕のようなむちゃくちゃな応対でいいのだろう。僕の所に来てくれている人は直接耳で聞いているし、こうして文章にも時々書くから皆さんも知っているだろうが、僕が心を病んでいる人にかける言葉は2つしかない。「絞め殺せ」と「パチンコにでも行ったら」だ。心の中では本心に従えばいいと思う。あたかも道徳や宗教の教義のように模範的な回答を心の中でつぶやく必要はないと思う。追いつめられてまでそんな優等生でおれるなら、元々追いつめられたりはしない。強くて幸せな人にしか通用しない正解など押しつけられたらたまったものではない。心の中には何本もの逃げ道を作っておくべきだ。汚くても卑怯でも心の中なら誰も傷つけない。それでいいではないか。タールがへばりついたパチンコ屋の空気に孤独を癒されたあの頃、何の目的もなく、その日の地獄のように長い時間をせめて耐えられるくらいの時間に縮めてくれた殺人的音量。まるで汚泥のような青春から息も絶え絶えに脱出してその後の僕がある。一歩間違えばからなんとか逃れることが出来て今の僕がある。教訓や美しい言葉が出せるはずがない。自分の過去に正直であればあの二つのことしか言えないのだ。
 目の前に腰掛ける多くの人が、あの頃の僕と重なってしまう。創造性はなかったが、生き方だけは貧乏芸術家のような、それこそアートのように破滅を含んだ怠惰で際どい日々だった。


2012年05月25日(Fri)▲ページの先頭へ
人柄
 70歳間近の男がソファーに倒れ込むようにして笑うのだから余程嬉しかったのだろう。余程面白かったのではない、余程嬉しかったのだ。僕には分かる。これ以上の歓びの表現はないし、大なり小なり同じような行動は誰もがとる。
胃の不快症状が常にある人だから、毎年、町が行うレントゲン撮影は恐怖の1日なのだ。それが迫ってくるとそれこそ胃が悪くなる。なんだか矛盾しているが、レントゲンをクリアするために胃の薬を取りに来る。まるで笑い話のようだが、本人にとっては一年で一番深刻な日なのだ。
 ところが結果がよかったらこれが又一年で一番嬉しい日に変わる。まるで向こう一年の健康を保証されたような気になるのだろう。年齢と共に病気などいくらでも襲いかかってくるだろうが、知らなければ病気ではない。診断されて初めて病気になることだって往々にしてある。知らなければ元気、症状が無くても知れば病気ってことだ。
「○○さん、残念だったね、あれだけ癌だ癌だと覚悟していたのに。予想が外れたから安心して塩辛いものやタバコを又楽しんだら!節制なんかしたら人生がつまらないよ」と、僕が彼の報告を聞いて言った言葉に対するリアクションが冒頭のソファーのシーンなのだ。吉本新喜劇の池乃めだかばりのずっこけの演技だった。「そんなものを復活したら癌になるじゃねえか、折角止めているのに」と安堵感を意地でも手放さない。明日から又一年後の最大の恐怖の日を目指して悶々と暮らす彼にとって、いわば唯一の安堵の日なのだ。この皮肉の中に人間らしさが凝縮されている。まるで強がりを知らない人柄に救われる。


2012年05月24日(Thu)▲ページの先頭へ
殺し文句
 二日連続でお葬式の話で恐縮だが、時代の流れを感じたのでもう一度。
 都会の人に言わせれば、まだそんなことを言ったり、しているのかという内容だろうが、より封建的な地域の人に言わせれば、そんな考えのないことと言われるかもしれない。僕らの町がその中間に位置していると言うことだろうか。
意味のなさはこの数年ずっと感じていた。葬式があると、町内の男性陣は弔問者の受付をする。香典を預かって、住所と名前を記帳してもらうのが役割だ。女性陣は親族やそれこそ手伝いに来ている町内の人用に、立飯(たちは)と呼ばれる巻きずしと吸い物を出す。町内各戸から出るから男性も女性も10人を超える。想像してみて欲しい、黒のスーツで固めた男性が10人も受付に並んでいたら、御法度の裏街道を歩いている人達と間違えられても仕方ない雰囲気だ。その前で、ふくさから香典を出し記帳するのは勇気がいる。受付は2人か3人いればすむことだし、その方が威圧感はない。ただ昔からそうしているという理由だけで、今回もそれを踏襲した。女性陣は簡単な調理場を借りて吸い物を作るのだが、それは熱湯をかければ出来るもので僕にだって出来る。巻きずしは寿司屋からとったものだから、それこそ葬儀屋さんのスタッフで充分出来る。スタッフは洗練されている人ばかりだからその方が接待される側も気持ちがいいかもしれない。
要は、もう近所の住人の力を借りなくても葬式は充分、いや寧ろ借りない方がスムーズに厳粛に出来るってことだ。業者の力にはかなわない。まして段々としきたりを踏襲出来る人が地域にいなくなったのだから、この辺りが潮時だ。役を引き受けるたびに2年間は誰も亡くならないことをすぐに祈るほどの重圧からもうそろそろ解放されてもいいと思った。
 何となく冗談を言ってもまだ許されるだろう時間帯があったので、僕の最近の想いを集まってくれていた人達に提案してみた。するとすぐにあちこちから賛成の声が挙がった。誰かが意を決して言えば簡単に新しい流れを作ることが出来る。「年寄りが反対する」と言う得体の知れない殺し文句は今日は出なかった。今日は都合のよい殺し文句を見送った日でもあった。


2012年05月23日(Wed)▲ページの先頭へ
巡り合わせ
 妙な巡り合わせだ。田舎は2年ずつ持ち回りで近隣の10軒くらいで作った町内会の世話をするのだが、前回役を引き受けていたときも、そのお家の葬式の世話をした。今日20何年ぶりかに又そのお宅の葬式を世話することになった。前回は奥さん、今回はご主人だから、ご主人は奥さんが亡くなられてずいぶんと長生きされたことになる。酒が好きで部落の集まりでは必ず一席ぶっていたが、他の人が敬遠する割には僕はそのご主人の一席が好きだった。酒の力を借りなければならなかったが、結構真実を突いているところも多く、都会で働いていただけあって知識も豊富だった。一席はいつも一石を投じていたように若い僕には見えた。その憎めない武勇伝が好きで僕はみんなの前でそのご主人を茶化して、封建的な町で彼が浮いてしまわないように気を配ったものだ。
それら全てが想い出の向こうに消えていく。なんでもなかったように朝になれば烏はゴミをあさるし、なんでもなかったかのように中学生は自転車で学校に急ぐ。大宇宙や悠久の時間の流れから言えば、僕らの存在など無いに等しいのかもしれない。所詮その程度で喜んだり悲しんだりして塵に帰る。


2012年05月22日(Tue)▲ページの先頭へ
しきたり
 車で10分も走ればそこはもう岡山市なのだが、ほんぶしんと言う巨大な宗教施設がある。山の中腹から平地まで、まるでお城のようだ。天理教の分派だとか言われているが詳しくは知らない。 
 今日そこの敷地の前を通った時、これ又広大な駐車場の草刈りをしていた。二人ずつ3班に分かれてやっていたが、一人は草刈り機を操作し、もう一人がベニヤ板を水平に持ち、機械で刈った草が県道に飛び散らないようにしていた。すなわち敷地の方にだけ刈った草が飛ぶようにしていたのだ。僕はその気配りに感心した。初めて見る光景だったからかもしれないが、簡単にして効果のある方法だとも思った。そしてそうした方法を考え実行しているのが一体どういう人なのかにとても関心が湧いた。すなわち、信仰をしている人達の気付きか、それとも全国でごく当たり前にやられている業者の知恵なのか、どちらなのだろうと思ったのだ。前者なら信仰の価値を感じるし、後者なら、その業界の新しい「しきたり」を感じる。
 もうこの世からなくしていいしきたりも多くて、日々自然淘汰されているが、新たに生まれるしきたりもあるだろう。数の上では恐らく消え去る方が多いと思うが、必要に迫られて生まれるものもある。道徳とか信仰とか倫理とか、まるで生産に貢献しない物の価値は下がり続けているが、生まれ出ずる新しい価値もある。地下足袋に作業着の男達のしきたりがとても斬新に思えた。


2012年05月21日(Mon)▲ページの先頭へ
違法
 お互い納得しているのだから、違法ではないだろう。調剤薬局としては正しくないかもしれないが、町の薬局としては許されるのではないかと思う。
ある人が、処方せんを持って来た。安定剤と睡眠薬が処方されていた。最近よく来る方だから状況は十分理解していた。ある事情で少し精神的に参っているが、病院にかかるほどではないと思っていた。ところがお子さんについていった病院で偶然診察を受けてみたら、うつ病と言われ上記の薬が処方された。門前薬局があるからそこで薬をもらって飲めばいいのだろうが、本人も家族も僕の所に来て相談してから薬を飲もうと決めたらしい。 睡眠は一気に5時間くらい寝て、そのあと目は覚めるが又眠りに入れるから僕は問題ないと思っている。どの様に医師に症状を説明したのか知らないがそれで睡眠薬はないだろう。僕とはよく喋るしよく笑う。確かに問題は抱えているが、食事はよく食べれるしお子さんの世話も充分すぎるくらい出来ている。ウツウツと家庭ではするだろうがウツには思えない。そんな話の後で、「じゃあ安定剤と睡眠薬を飲んでください。癖にはならないから安心して飲んでください」などとは口が裂けても言えない。結局処方せんは持って帰ってもらった。何日か有効期間があるから、どうしても飲みたかったら作ってあげると約束して。
 安易に薬を作って渡せばそれだけでコンビニの店員が2時間働いたくらいの収入を得ることは出来る。でも後ろめたさを感じながらの収入には抵抗がある。肩書きとしてはそうするべきだったのかもしれないが、住人としては抵抗がある。誰かが悩みを聞いてくれるだけでスッキリとした気持ちになれるのに、孤立して奮闘する人が多すぎる。薬で何もかも解決できるはずがない。経済が仲介しない関係の希薄こそが病巣だ。
 つけられた病名に打ちひしがれていたが、子供を連れて帰る姿は「母は強し」そのものだった。


2012年05月20日(Sun)▲ページの先頭へ
見島
 まるで興味の対象外だったが、番組の中のある数字に興味をそそられ最後まで観てしまった。
 山口県の見島と言う島は、渡り鳥の中継地になっているらしくて、日本で確認されている渡り鳥550種のうち290種を見ることができるのだそうだ。この2つの数字のどちらに興味をそそられたのかというと、そのどちらにもだ。まずそんなに沢山の鳥が渡りをするのにも驚いたし、その半分以上が一つの小さな島で見られるというのにも驚いた。色々な条件が重なってその快挙が生まれているらしいが、農作業をする住民の傍で鳥達が生活している光景は感動ものだった。どんなに大金をはたいても実現できない自然からの贈り物に見えた。
 ナレーションの中で数字以外にも興味をそそられる言葉があった。鳥たちが東南アジアはもとより、オーストラリアや北極圏などから飛んできたり、飛んでいったりしている事実だ。想像を絶する距離をあの小さな鳥たちは飛んでくるのだ。何百キロか何千キロか果ては何万キロか知らないが、何が備わってそんなことが出来るのだろう。休憩はどうするのか、食事は排泄は睡眠はと考えれば不思議なことばかりだが、敢えて知らない方がいいのかもしれない。神秘に留めて置いた方があの小さな生き物たちを敬う気持ちが損なわれない。
 決して華々しくはないけれど、黙々と生を刻む姿がバードウォッチングなどという行為を作り上げたのだろう。そんなことが肯定できる今朝の始まりだった。


2012年05月19日(Sat)▲ページの先頭へ
耳栓
 ある老人が2回目の漢方薬を取りに来て経過などを聞いているうちに「今日、新幹線の電光掲示板で友人が亡くなったことを知りました」と言った。新幹線の座席に腰掛けているときに見えるデッキの扉の上の物だろう。時間をもてあましたときに僕もその文字を追うことも多い。色々なニュースが流れるが、そこに友人の名前を見つけることなどは庶民にはまずあり得ない。何かの犯罪を犯したときの方が、残念ながら庶民には見つける確率は高いだろう。
 そこに死亡のニュースが流れるとしたら余程の有名人しかあり得ないから、不思議だなあと思っていたら追加の説明があった。「作家の○○なんですがね」と教えてくれたのだが余りよく聞こえなかった。何か中国人のような名字だった。そこですぐに僕は朝のニュースを思い出して「そう言えば朝から、なんとかという作家が死んだことをくり返していますね」と答えるとそうですかという風な表情で「邱永漢です」と教えてくれた。
テレビニュースで見た顔は記憶があるが名前も実績も知らなかった。少しだけ説明してくれたが、有名なのは分かるが余りにも僕が無知で評価のしようがない。そんな僕の変わらぬ様子にとどめを刺そうと思ったのか、「毎年誕生会に招いてくれていたんですが、今年は連絡がないからおかしいと思っていました。ユニクロの会長も毎年来ていましたがね」とさりげなく言った。そのさりげなくが印象的だったが、あのユニクロの会長と毎年一緒するのだからこの老人もやはり大したものなのだろうと思った。だがやはり、その価値がとんと分からないから、僕にとっては漢方薬を作らせてもらっている感じのよいご老人でしかない。ユニクロの会長はさすがにインパクトは強かったが、お先マックロの僕はユニクロの名前に負けているわけには行かない。
どういった経緯でそんな方が僕の薬局に来てくれるのか知らないが、挨拶代わりにと置いていってくれた著書を見て、「えっ、この方が来たの」と驚いた方がいるからやはり大した人なのだろう。誰にも公平に泥臭く接するのが僕の心情だから、ここは巨大な耳栓を詰め込んでおこうと思った。


2012年05月18日(Fri)▲ページの先頭へ
偶然
 「・・・・さて私の舌痛症なのですが、3日程前から痛みがだいぶマシになりこれくらいなら全く気にならなくなりました。最初は全然変わらなかったのでやはり手ごわいと思っていたのですが…。本当に凄いですね先生の漢方薬は・・・」
 何気なくくれたいつも通りのメールなのだが、僕にとって考えさせられる内容を含んでいる。舌痛症と言う、未だ原因がはっきりしない不快な症状がある。その方に頼まれて漢方薬を作ったのだが、僕としては珍しく初めてのお世話の人にたいして3週間分漢方薬を作って送ったのだ。ほとんど市外の人は2週間分だから本当に珍しい。それには理由があって、以前から服用して頂いているお嬢さんの漢方薬を、症状があまりにも安定しているので3週間分ずつ送っていたのだが、不合理だからお母さんの相談の漢方薬もその3週間に合わせて作って送ったのだ。どうやら偶然それが功を奏したことになる。文面から、3日前から効き始めたと言うことだから18日目頃に効き始めたことになる。と言うことは、本来のように2週間分しか送っていなければ、ああやはり難しいのかと諦めて次の2週間分を飲まなかった可能性がある。すると当然治るチャンスを失って又路頭に迷っていただろう。まさに偶然が功を奏したのだ。
 同じようなことは恐らくしばしば起こっているに違いない。だけど僕にはやはり最初から2週間分以上を渡す勇気はない。2週間経てばどうしても作った漢方薬の効果を点検したくなるのだ。効きもしないものを作りたくないし、無駄なお金も使って欲しくない。何度も情報をもらって調節する方が効く確率は高くなると信じているから、やはり2週間にこだわる。ただ飲む方はどうしても奇蹟に近いものを期待してしまうから、2週間で効果を感じられなかったら次の挑戦はなかなか難しい。だからどうしても1回切りというのが多いのだが、本当はそれは大いなる損失なのだ。僕はこの処方で駄目なら次はあれとか一杯ストーリーを考えているのだが、次の打席にはなかなか立たせて貰えない。
 不思議に思うかも知れないが、僕は漢方薬が効かなかった場合、当事者と同じように落ち込むのだ。効かなかったショックと効かせれなかったショックの違いはあるが、残念なのは同じなのだ。健康を手に出来ないだけで一気に底辺に落ちる可能性がこの格差社会では大多数の人のすぐ傍にある。僕はその種の不幸は許されないと思う。大きな手助けは出来ないが、僕の知識でお役に立てることが意外と多いから、不本意な偶然で谷底に落ちそうになる人を救えたらと思っている。


2012年05月17日(Thu)▲ページの先頭へ
君子
 分からない、分からない、スワヒリ語よりも分からない。
あることを登録するのに、フェイスブックかツイッターを経由しないといけないと言う条件があって、漢方の問屋の専務さんにやってもらった。僕は彼の後ろから肩越しにその操作を眺めていただけなのだが、その操作自体もさっぱり分からなかった。そしてもっと分からなかったことがある。登録が出来ましたよと言われて眺めた画面に、何人かの小さなスナップ写真みたいなのがあって、その下に名前が載っていたのだが、なんとその中の何人かの人に僕が漢方薬を送っていたのだ。そしてその操作をしてくれた専務も含まれているし、驚くことに息子までが載っていた。
 ある目的のためにフェイスブックに登録しただけだから、僕はその機能を使うつもりはない。そして何よりもその機能自体を知らない。だから突然僕が知っている人達が画面に沢山出てきても困るのだ。何をどうすればいいのか分からない。各々の人には漢方薬が切れると連絡を取り合っているからそれ以外の連絡手段は必要ない。そして何よりも何故700人の中の何人かがあの画面に現れたのだろう。
毎日、皆さんに対しての返信やこのブログも含めていくつかの文章を書いているから、これ以上書く機会を増やしたくない。用事があったら直接本人宛の文章を書くし電話もする。ひょっとしたら一つの文章が画面に登場した人全員に飛ぶのだろうか。でもそれだとツイッターというのではないかとか、要はさっぱり分からないのだ。出鱈目に操作して何かの情報が漏れてもいけないし、登場人物に迷惑をかけてもいけないしなどと考えていたら恐ろしくなった。今度専務が来てくれる日になにか手を打とうと思っているが、それまで火傷しないようにしておかなければならない。君子ではないが危うきには近寄らないようにしよう。


2012年05月16日(Wed)▲ページの先頭へ
うり二つ
その女性から連想して息子さんかなと推理するのが普通だが、今回に限ってそんな推理は必要なかった。見れば分かる。まるでうり二つなのだ。それどころか、男女の違いを乗り越えて声までそっくりだ。どちらが女性的な声をしているのか、男性的な声をしているのか分からないが、とにかくそっくりだった。おまけにしゃべり方の癖まで似ているから、ほとんど混乱しそうだ。
 まるで同じではないか。輪郭を除いてそのまま内容物を移したようなものだ。
いつもはお嬢さんに連れてきてもらっていた女性が、息子さんに連れられてやって来た。
ここまででもうほとんど楽しませてもらったが、もう一つ実は感心したことがある。それは妹さんと同じくらい、いやそれ以上かもしれないが、とにかく母親にたいしてとても優しいのだ。もう立派な大人だから、照れ隠しにでも冷たく接する方がよくあるパターンだと思うが、二人の場合は全然違う。母親を心底、それも終始いたわる。決して否定的な言葉をつかわないし、間違っても命令口調になったりしない。おおらかに笑い、優しく諭すばかりだ。これだけ自然体で母親をいたわれればどちらも幸せだろう。
 田舎だからだろう、いや日本全国同じかもしれないが、老人ばかりが目に付く。孤独を伺わせる老人も目立つ。明日がきっと今日より幸せな日であるとは考えられないように皺を刻み、明日がきっと今日より健康であるとは考えられないようにシミを作っている。娘と息子が母親に寄り添い暮らす家が、幸せだとか健康だとかに見放されるはずがないと思った。ものはいつでも離れていくが、心は決して離れては行かないから。


2012年05月15日(Tue)▲ページの先頭へ
感慨
 もう亡くなってから何年も経つのに、目頭が熱くなるような話を聞いた。
何回か思い出話として登場してもらった漢方の世界の先輩が、生前に知識をコンピューターで整理していた。そのことは本人から直接聞いていた。当然それは3人のお子さん達のためにやっていることだろうと思っていた。3人とも薬剤師になったり目指していたから、父親としては当然のことだ。僕もそこまで機械屋ではないからパソコンでとは行かないが手書きで残している。ところが彼が生前そのまとめ上げたものを僕にくれるとある人に漏らしていたらしいのだ。ある人とは、漢方の問屋さんの専務なのだが、職業的に僕以上にその方と親しかったと思う。そしてそのまとめ上げるだろうものの価値がかなりあることを知っていたから、本人も譲って欲しいと頼んだらしいが、100万円持ってきても駄目と言われたらしい。実際にはそれどころの価値ではなく、薬局を楽しくやっていける秘訣が一杯つまっていただろうと思うが、そんなものを赤の他人の僕に譲ってくれようとしていたことが、驚きだったし、とても嬉しかった。恐らく僕に届かなかったのは、作品が完成する前に旅だったからに違いない。
 思えば僕とは正反対の性格の人だったが、何を評価してくれてそこまで親切にしてくれようとしてのだろう。共通の先生を誰にも負けないくらい尊敬していたから、その頂いた知識を正しく使えとメッセージを込めようとしていたのだろうか。所詮他人なのにどうしてそこまで考えてくれたのだろうか。凡人の僕には分からない。早く亡くなったから実らなかったがそれ以上の親切はない。もっとも、師事している先生の勉強会に若い僕を入れてくれた親切以上のものもないのだが。
 決して追い越したくもなかったし、追い越せもしなかったが、亡くなってから何年間でひょっとしたらやっと追いついたかもしれないと、嬉しくもない感慨に襲われた。


2012年05月14日(Mon)▲ページの先頭へ
性格
「先生、大丈夫ですか?」と尋ねられたが、大丈夫もなにもそれを目的に漢方薬を作っているのだから大丈夫に決まっている。「どうしてそんなことを聞くの?」と逆に尋ねると「肝っ玉をつける漢方薬を作ってもらっているから、私、性格が変わってきたんです」と笑いながら答えた。人前がとても苦手で、他にもあるトラブルで日常生活がかなり制約されている人が人格が変わってきたのならしてやったりだ。「どう変わってきたの?」と僕も興味を持ったので尋ねると「私最近、悪いことをしているような人を見たら頭に来て注意するんです」ととんでもない変身ぶりを教えてくれた。色白でスリムで美人で恥ずかしがり屋が、人の悪態を許せないなんて映画のヒロインみたいだ。
「それは凄いではないの、正義感が出てきたのならいいことだけれど、漢方薬が効きすぎて御法度の裏街道を歩くような人にくってかかるほど肝っ玉はつかないから大丈夫」と妙な慰めを口にした。いやいやそこまで強くなれれば目的の症状は完治だ。脳に侵入することが出来ない漢方薬でどうして気持ちが強くなったりするのか不思議だが、効くのだから仕方がない。理論を越えているが、理論づくめで作られた現代薬が、脳に侵入しながらもなかなか効果を出せない、いやそれどころか副作用ばかりが目立つことも多々あることに比べれば、漢方薬の安全性と確かな効果に感心する。科学が未熟な時代によくそんなことが出来たものだとそれこそ感心する。
 肝っ玉が強くなる漢方薬があるのなら、気弱になる漢方薬があってもいいようなものだが残念ながらそれはない。もしそんな漢方薬があれば飲ましてやりたい人間はわんさといるのだが。まず最初はあいつに、2番目があいつで・・・


2012年05月13日(Sun)▲ページの先頭へ
ちんぷんかんぷん
 最初からちんぷんかんぷんだった。朝の9時から祈祷が始まるから来て下さいと言われていたので、区内の小さな神社に行ったら誰もいなかった。そのまま帰ろうとしたのだが何となくもう一つの可能性として薬師堂を思いついたのでそちらに行ってみるとすでに部落の役員が集まっていた。春祭りの恒例の行事らしく、役を引き受けた去年から出席しているが、去年はたしか神社でご祈祷をした記憶がある。
10人くらいの役員に交じって開始を待っていると、お坊さんがやってきた。祭りにお坊さんとは不思議な組み合わせだと思ったが、ほとんど興味の対象外だから、読経を心地よく聞いていた。お坊さんの読経に合わせられる人が2人いた。80歳を過ぎているおばあさん達だった。男は一人を除いて僕よりかなり年上の人ばかりだったが、誰一人唱和できなかった。何れこういったしきたりも消えていくのだろうなと一人考えていた。 
 儀式が終わった後、お坊さんを送ってから少しの間みんなで談笑をした。そのうち一体何を奉っているのだろうと言うことになって、鍵がかかっている祠の中を見てみようと言うことになった。それを言いだしたのはこの春から区長を引き受けた僕より一つ年下の男性なのだが、前の区長がすぐに、この祠は12年に一度しかご開帳されないと諭した。どうして12年に一度しか開けてはいけないんだろうと当然疑問の声が挙がったが、勿論それに答えられる人はいない。言い伝えをひたすら守っているだけだ。ただ今回の区長は余りその様なことにこだわる人ではなくて、見るだけならいいだろうと言いながら、自分があずかっている鍵で開けようとした。そこでいつも冷静沈着で通っている僕がみんなを諭した。「たたりがあるぞー」「八つ墓村のたたりじゃー」すると一人の男性が「ワシは、絶対見ないぞ」と言い残して堂を出ていった。
 その後、興味がある人は中の弁天様を拝み、ないひとは雑談にふけった。春祭りに、薬師堂に、弁天様に、さっぱり訳が分からないが、所詮この種のことにはちんぷんかんぷんなので、香の香りを楽しんで五月晴れの朝をただただ安らかにした。


2012年05月12日(Sat)▲ページの先頭へ
新記録
 未だかつてない記録が出た。僕は症状が出て困っている人には漢方薬を作ってすぐその場で飲んでもらうことがある。パニックや心臓病、嘔吐下痢、腹痛、風邪などだが、飲んでもらって少しだけ様子を見させてもらうのが常だ。雑談をして待っているとそのうち収まってきたと表情をゆるめてくれる場合も多い。ところが今日の人はそんな悠長な感じではない。ある症状で相談に来られたのだが、しゃっくりが止まらないんですと、相談の後再び相談を受けた。なるほどしゃっくりが出続けている。たまには誰だってそんなことはあるものだから、別段気にしていなかったが、その方の場合しばしば悩まされているらしかった。
 それではしゃっくりの漢方薬も作りましょうと言うことで、何回分かを頓服として持って帰ってもらうことにした。牛窓の方なのだが、これからどこかに出かけるらしくてすぐ飲みたいとあちらの方から申し出があった。すぐに水を用意して飲んでもらったのだが、なにぶん僕の漢方薬は分量が多いので、四苦八苦しながら飲んでいた。まだ漢方薬を飲んでいる途中なのにしゃっくりが止まったことに本人が気がついた。「止まった」と笑いながら言ったので冗談かと思ったが、本当に止まっていた。残りの漢方薬も懸命に飲み干そうとしていたが、僕はその傍で笑いが止まらなかった。
 こんな経験はない。薬を飲み始めたばかりで目的が達せられるとは。まだ血中に薬が吸収されているはずがない。だから僕は自慢げに喜ぶことは出来なかったし、懸命に漢方薬を飲んでいる男性がおかしかったので、笑い転げるしかできなかった。
今日の教訓は「しゃっくりを止めるには、飲みきれないほどの漢方薬を飲ませて、しゃっくりのことを忘れるくらい苦しい目に遭わせること」だ。後ろからわっと脅かすのと同じレベルだが、効けば何でもいい。泥臭いけれどそれを期待してきてくれる人ばかりだから僕でも役に立つことが出来る。田舎者でよかった。


2012年05月11日(Fri)▲ページの先頭へ
死因
 まるで虫の知らせのように、目の前の男性にお母さんの消息を尋ねた。時々買い物に来るからチャンスは何度もあったのだが、顔を見ているうちに尋ねてみたい気がしたのだ。 男性は1年前に亡くなったと教えてくれた。僕が牛窓に帰って薬局の店頭に立って毎日、それこそ元旦以外は通い続けてくれた。僕は牛窓に帰って以来、子供達がスポーツ少年団にはいるまで、元旦以外は休まなかったから、その人も又僕が店頭にたった日と同じ数だけ薬局に来てくれたことになる。そして僕と同じように休まず働いていたことになる。僕が漢方薬を勉強し始めて、何となく薬局の形態が変わった頃から段々と足が遠のいていった。居場所がなくなったのだろう。ただ恐らく20年間くらいはそれこそ営業日には必ず朝一番にやってきてくれていた。椅子に腰掛け、タバコを吸いながらリポビタンを一本飲む。その間10分足らずだろうが、色々な話をした。根っからの働き者でまるで便利屋さんのようにありとあらゆる作業をこなしていた。体を使う仕事なら何でもした。頭を使う仕事とは縁遠いし、似合いもしなかった。リポビタンが食事代わりのような人で、ご飯を食べているのだろうかと思うくらいやせていた。だけど病気など一度もしたことがない。毎日リポビタンを1箱買うだけ(家族中で飲んでいたみたいだ)を20年続けた。
この何年間は、時々風邪薬を買いに来るくらいだったが、何となく死因が気になった。80歳は過ぎているだろうから、どんな病気でも不思議ではないが、僕を薬剤師として育ててくれたうちの一人だから気になった。すると息子さんが肺ガンだと教えてくれた。これは頷ける。あれで肺ガンにならなければ他の人が浮かばれないくらいの生活ぶりだから当然と言えば当然だ。僕がやっぱりなという表情をすると彼が武勇伝を一つ教えてくれた。「入院してもタバコを吸っていた」と。
 病院なんか行くことは当時想像も出来なかった。たださすがに最後は病院に行ったのだ。働かざるを得ない人が、働くことが好きだったら、こんな人生を送るのかという風な人で、その生き様が若い僕にはまぶしかった。同じような前時代的な強者達に鍛えられ教えられ薬剤師としてこの町の人の役に立てるようになった。教育などとは無縁の場所で僕は大いに鍛えられ、知識を授かった。そして何よりも自然体というものを学んだような気がする。当時、田舎で懸命に生きている人達の純朴さに日々接することができたおかげで、あの落ちこぼれ薬剤師もまっとうな世界に戻ることが出来た。


2012年05月10日(Thu)▲ページの先頭へ
数珠
 何となくスーツの袖の奧に数珠が見えた。薬の会社のセールスの人は基本的には真面目な人が多いから、違和感はなかったが、どうして数珠をしているのか尋ねてみたかった。恐らく僕より一回りは若い人だから、何かの理由があるのではないかと思ったのだ。深く入りすぎても失礼なので「信心深いたちなの?」と言う切り口で質問をした。
決して自分で信心深いとは言わなかったが、20年近くはずせないでいるのだから、結構その素質はあるのかもしれない。なんでも親類の人が数珠を作っているらしく、頂いたものらしい。その話から出てきたことなのだが、面白い体験を彼が教えてくれた。もっとも20年前のことだから面白いなどと言えるのだが、恐らくその時は必死の思いだったに違いない。
 学生の時お兄さんが、ヤッケかユッケかしらないが、持って帰ってくれたらしい。彼は一口、残りは全部お兄さんが食べたのだが、一口食べた彼の方があたって2日間入院し吐き下しで苦しんだそうだ。残り全部を食べたお兄さんは、食べた後激しく吐いて結局は何も起こらなかったそうだ。一口食べただけの方が点滴治療を受けたらしいから不運だ。当時のことだから、「古かったんやろう」ですんだらしいから、それこそ古き良き時代だ。僕はユッケやらを食べたことがないから、そしてテレビなどで皆さんが生食禁止を惜しがっていたからどのくらい美味しいのだろうと興味を持って彼に尋ねたら「所詮タレの味でしょ!」といたってシンプルな答えが返ってきた。一口食べただけで後は食べなかったのだからたいして美味しくもなかったのかと想像するが、でもあれだけ一部の人の間では惜しがっているのだから、日通の人、いや食通の人にとっては残念なのだろう。
 その時に帰らぬ人になっていたかもしれないねと言うと笑っていたが、どうやらその時の体験から数珠を魔除け代わりに持ち始めたのだろうか。何か見えない大きな力にすがらなくては心細い生きにくい時代だ。数珠一つで心が安泰なら僕は10個くらいもっておきたい。


2012年05月09日(Wed)▲ページの先頭へ
皮肉
 どこへ向かっていた空の上か知らないが、機内放送で呼びかけられてある若い女性の世話をしたらしい。丁度同じように乗り合わせていた看護師さんの手助けもあったらしい。こういう人達が一緒に乗っていてくれれば僕でもなんとか行き着くことが出来るかもしれない。僕の場合どちらかというと鍼の先生の方がいいが。
仕事ばかりの人生だったから、姉達や息子や娘が偶然口を揃えて、外国旅行でもしたらと言ってくれた。気力も体力もあるときなら、すぐにでもお言葉に甘えそうだが、残念ながら今はどちらもない。寧ろ無事たどり着けるのかとか、無事帰ってこれるのかなどと心配が先に立ってしまう。テレビなどで僕などよりはるかに年上の人達が外国旅行を楽しんでいるのを見ると、そのエネルギーに圧倒されてしまう。
 ほんの少しのやりきったことのために多くのやらなかったことを作ってしまったが、僕の力量から言えばまずまずだろう。その事に悔いはない。本来的に動的な人間ではないから、多くを望まなかったし賭けに出るタイプではなかった。極めることは出来なかったがぶれなかった。結果よりその姿勢のほうがいまでは愛おしい。ほとんどの人はその程度の満足で人生を肯定しているのではないか。
 金属が空高く飛ぶことに恐怖したおかげで、地に足が着いた人生を送れた。なんとも皮肉なものだ。


2012年05月08日(Tue)▲ページの先頭へ
四文字熟語
 恥ずかしながら僕は結構こまいこと(細かいこと)を長年続けている。そしてその決行日がまさに今日なのだ。第2火曜日ってことだ。
牛窓町のゴミの収集日で第2火曜日は金属混合ゴミの日に当たり、金属製のフタや我が家で言うと分包紙の印字用のロール滓などが該当する。しかし、それらの1ヶ月分を集めても、20cm四方の器に収まってしまうくらいのかさにしかならない。だからわざわざ大きなそれ専用のビニール袋に入れる必要がないのだ。もっとハッキリ言うと、すでにゴミの集積所に出している他人の袋の中に入れさせてもらえば用が足りるのだ。新品の袋がどのくらいの金額がするのか知らないが、金額と言うより、ただただほんの少々を捨てるだけのために使うのがもったいないのだ。だからもう何年も僕はよそ様が捨てたゴミ袋に便乗している。ただ、それでも僕には若干のプライドと後ろめたさがあるから、堂々とは捨てれない。
 毎朝シャッターを開けるから、まさに目の前のゴミの集積所とは2mと離れていない所を支柱を持って通る。30年毎朝くり返している光景だから、誰もが見慣れた光景なのだ。ところが今日の僕は恐らく不審者のような目つきをしている。人は勿論車も通らないタイミングを見計らって、すでに出されていてなおかつ袋に余裕があるものを見つけて、素早く薬局に持って入る。その時、袋はどちらかというと身体の前に持ち、車道からは見えないように隠す。わざとらしく隠したらいけない。何気なく隠すのがコツだ。そうすれば仮にバレても、何かを出し忘れて自分が出した袋に追加しているように見て貰える。薬局の中で我が家のゴミを入れたら後は堂々と胸を張って集積所に出す。この時点では視線は気にならない。これで一件落着、いや一袋倹約。
 僕はこの倹約運動と四文字熟語を是非日本中に流行らせたい。みんなでやれば朝からこそこそする必要もない。正々堂々とこまいことをしたい。「一袋倹約」運動。


2012年05月07日(Mon)▲ページの先頭へ
職業
 何となく違和感をもちながらテレビを見ていた。
ある豚の酪農家が、小屋の中で育てるのではなく、原っぱで出来るだけ自然に近い形で飼育し、愛情を込めて育てていると言う番組だった。ブタさんと呼び尊厳を保っているように見えた。そうして育てたブタの肉質は他と全く違っていて、高値で売れるのだそうだ。出荷まで半年長く世話をやくのだから当然と言わんばかりだった。原っぱでよく動くから筋肉がしまっていて美味しいらしい。
僕には最初、一連の映像の主題が分からなかった。狭い空間に閉じこめてストレスをかけ続けることに対しての後ろめたさか、やり手の経営者か、どちらが訴えたいのか分からなかった。でも当然と言えば当然だが結局は経済的な成功者の紹介番組だった。
 食卓で美味しく肉を頂くだけの消費者からはほとんど見ることが出来ない風景だ。昔は牛窓にも養豚業者がいたからあのブタたちの様子や臭いは鮮明に復元できるが、業者の想いまでは分からない。出荷まではまるで家族のようにいたわり、出荷行為は全く割り切れる、それがプロの姿なのだろうか。
 世の中は、無数の分業によって成り立っている。専門分野以外に多くの人は疎く、他業種を少ない知識で羨んだり軽蔑したりしているが、どの職種にも深い知識や想いが包括されている。ひ弱なセンチメンタルなどを介入させない強靱な職業も多い。
 知らないことで許されることも多いが、知ることにより許すことも出来る。


2012年05月06日(Sun)▲ページの先頭へ
理不尽
 それはそれは恐ろしい光景だった。
その女性は、かの国の人にしては珍しく色が白い。日本人より白く見える。名前からしても恐らく中国系なのだろう。「おいしそう」彼女が我が家のモコ(ミニチュアダックス)を膝に抱えて長い胴体を撫でながら思わず漏らした言葉がそれなのだ。言葉が理解できない故の表現間違いか、あるいは本心がつい漏れたのか分からなかったが、若い女性の口から出る言葉ではない。「こわーい、モコちゃん気をつけて」と言って妻が思わずモコを取り上げた。
かの国の人も又犬を食べる習慣があるみたいだ。美味しそうと言った女性は数回食べたことがあり、もう1人はないと言っていた。どんな食感や味がするかなどそこから先の興味は湧かなかった。恐らく軒並み食べるのではなく、食用に適した種類があるのだろうが、曲がりなりにも20年以上2匹の犬と同居した経験から、食用には出来ない。「○○さんは、日本人より色が白いね」と言うと、モコの方を見ながら「犬を食べたおかげ」と言った。
 僕はこの間の会話で一体彼女たちはどの程度の教育を受けているのだろうかと思った。僅か1〜2年の滞在で、日本語でどうしてこんなに面白い冗談が言えるのだろうと不思議だった。日本人がいやがる単純労働を一気に引き受け、忍耐強く仕事に励む姿はまばゆいばかりだ。もし経済的に保証があればもっともっと高い教育を受けることが出来るだろうに。勉強、勉強と繰り返し出てくる言葉に理不尽さを隠せない。


2012年05月05日(Sat)▲ページの先頭へ
身軽
 基本的には干渉しないようにしていたから、この10年間どのように働いてきたのかほとんど知らなかった。いつも身体のことを心配していたから、なるべく時間を奪わないようにしてきた。親の都合を押しつけられたらたまったものではないから、まるで無関心も装っていた。
いつからだろうこんなに長い時間話をしたのは。結構心身共にギリギリの生活をしていて、職場をこの辺りが潮時だと判断した経緯も分かった。外部から見ていたらもったいないような気もしていたが、身体の悲鳴が聞こえていたのだろう。
 自分や病院が行っている医療についての疑問が今回の判断を促したみたいだが、彼が抱いた疑問は僕と共通している。そして彼が旅をして得た感想も僕と共通している。中学を卒業してからほとんど価値観を戦わせたことはないけれど、同じような価値観に行き着いていることが嬉しかった。
 多くの事象について、実は大したことはないと思えるようになればそれでいいのだ。追い求めてきたものがつまらないものに思えればそれでいいのだ。光り輝いているものが実はメッキで覆われた虚飾のものだと気がつけばそれでいいのだ。淡々とニヒルに対処すれば価値あるものがくすみ、価値のないものが輝き出す。
現代医学で対処できないものがある?と尋ねると、沢山あると言っていた。30年間溜めてきた症例が生きるときが来たのかもしれない。捨てることによって得られるものもある。精神の身軽に優る快感はない。


2012年05月04日(Fri)▲ページの先頭へ
尊厳
 ああ、僕はやはりこの景色が好きなんだと思った。前回このフェリーで高松に渡ったのは何年前だろう。船のデッキで潮風にもてあそばれながら景色は思い出すが、いつ何のために利用したかは思い出せなかった。もっとも、僕は仕事以外では移動しないたちだから、勉強会以外にはありえないのだが、何の勉強会だったのか全く思い出せなかった。しかし瀬戸大橋が出来てからは、早いという理由と眼下に広がるスリリングな景色への好奇心で、もっぱら電車を利用して四国には渡るようにしていた。
この数年毎週のように宇高フェリーの発着港の宇野に通っていたから、もう敢えて瀬戸大橋を利用する気にはならなかった。今度機会があればここからフェリーで四国に渡ればいいくらいの気持ちでいた。そんな中で連休をもてあそんでいるとかの国の若い女性が言うので、フェリーに乗せてあげれば楽しんで貰えるのではないかと考え、日帰りの小さな旅行を企画した。案の定フェリーと観光スポットの四国村ってところを堪能してくれた。忍耐強さの代償が低賃金という割のあわなさに又忍耐強さを発揮している娘達に、少しでも日常の変化をつけてあげたかった。補完的な従業員という縦の関係から解放されて自由を満喫して欲しかった。存在に心から感謝し、大切に思う日本人がいることを記憶に留めて欲しかった。
 江戸時代にこんな建物を造ることが出来たのかと、四国村の中で感動したものがある。土塀の上に竹で編んだ屋根が載っている建物なのだが、それが丸い建物なのだ。モンゴルの草原にでもありそうなテント仕様のものを、土と竹細工で作っているようなものだった。結構中が広く天井も高かった。何故こんな建物が昔必要だったのかと言う疑問はすぐに説明のパネルで解決した。その大きな円形の建物は、牛が臼か何かをひくために一日中歩かされていた建物なのだ。一日中むち打たれて行き着くところもなく歩き続かされていた場所なのだ。恐らく牛が引っ張っていたと思われる柄は柱より太い木だった。その事を知ったとき一気に小さな旅の解放感から覚めた。何故かその牛の様が、かの国の娘達に重なったのだ。
 部外者の入っては行けない領域だから、又勿論どちらにもメリットが存在している関係だから、単なるセンチメンタルで判断してはいけないことは分かっている。でももっとよりよい関係はあるはずだと、考えてしまう。尊厳が満たされた関係が。


2012年05月03日(Thu)▲ページの先頭へ
民族
 やはり今日、僕は偉大な発見に確信を持った。
すでに数年前から感じていて単なる偶然かと思っていたのだが、ここまで誰一人漏れることなく見せつけられると最早民族的なものに間違いはない。礼儀作法とかというものではなく、恐らく骨格の問題ではないか。だから意識しても出来ないのではないかと思うのだ。 所詮無理なものを期待しても仕方ない。ただ一つその事を除けばとても優しくて気がつき、向学心に燃えた申し分ない女性達なのだから。だからこそ最初そのギャップに悩んだが、今では僕の発見通りの背景に確信を持っているから違和感はない。寧ろその堂々とした歩き方に親近感さえ覚え始めた。
 今まで多くのかの国の若い女の子と親しくなったが、なんと全員が外股で歩く。まだ裕福ではないからかもしれないが、全員がスリムで、足を強く外へ外へとけり出すのだ。その蹴り様がしとやかなどというものではないから、一見御法度の裏街道を歩いている人のように見える。勤勉でしとやかな女性が外股で、それも何人か揃って歩いている姿を想像すると、異様を通り越して勇ましくさえ感じる。
 まるでモデルのように内股で腰を振りながら歩く必要はない。民族の誇りと勘違いしそうな堂々とした外股歩きに自尊心の足音がカラカラと音を立てる。


2012年05月02日(Wed)▲ページの先頭へ
両親
ご両親様へ
 長い間、お子さまの不調に心を傷めておられると思います。過敏性腸症候群、恐らく耳にしたことがないような症状名に驚かれたのではないでしょうか。又戸惑ってしまったでしょう。嘗てはその様な病名もなかったし、その様な病気になる環境もなかったのだと思います。生産性の、それは仕事だけでなく、教育でも遊びでもあらゆる領域で要求されていますが、過大な要求についていけない人達が、身を削って、心を削ってNOを訴えている現象だと思っています。
人は身体のどこかを犠牲にして、命を守るように出来ています。多くは心臓、胃、腸でしょうか。そこにストレスを集中させて、人間全体を守るという、「良くできた生命体」だと思っています。学者ではないからそれが合っているのかどうかは分かりませんが、長い間多くの人と接してきてそんな感想を持っています。
 僕は青春の落とし穴という言葉を自分で作って、過敏性腸症候群について理解しお世話しています。思春期にさしかかり、自我に目覚めた頃、周りの人の視線がとても気になり始めます。それは自分を高めるために必要なことでしょうが、それが度を超すと、ナルシシズムになってしまい、その成長の過程自身が、凶器となって自分に突き刺さってくるのです。本来は自分を高めてくれるべきものが、自分の行動を臆病にしてしまうのです。人の前で失敗は出来ない、好感度をアップしなければならない、いい人を演じなければならない、多くの友人に囲まれなければならない、知性も経済力も評価されなければならない、そんな諸々の過大な評価を勝手に背負ってしまうのですが、そんなものが青春期に手にはいるはずがありません。いきおい、そのギャップに苦しみ、人の前に出ることが、そして自然体でいることが困難になってくるのです。
 過敏性腸症候群の方の一般的な苦しみは○無意識にガスが漏れている ○腹鳴が頻繁にして恥ずかしい。肛門でも鳴る ○対人恐怖症になって、外出が出来ない ○便秘になって3〜4日出ない ○お腹が張って苦しい ○午前中に何回も(4〜5回)トイレに行く。外出しようとすると便が少し出る ○座っているとガスがボコボコ発生してくる ○便意があったら、すぐ出そうになるので電車やバスに乗れない 高速道路もトイレが無いから走れない ○えんぴつみたいな細い便しか出ない ○肛門に熱感があり不快 ○残便感があり、何回もトイレに通ってしまう ○ガスが臭くて人に迷惑をかける ○ゲップが何回も出て苦しい ○午後からお腹がボコボコ動く。夜は悲劇 ○下痢・便秘を繰り返す ○仕事や授業中に後ろの人が気になり、その結果腹痛で1時間もたない ○食事の度に便意をもよおし、下痢をする ○参観日などのイベントで、必ず下痢をする ○狭い部屋や他人とのドライブが苦痛で仕方ない・・・などです。一般の方にとってはまか不思議な訴えでしょう。しかし当事者達は、これらの症状を抱えていて日常の多くの制限を受けています。
 今回お子様に依頼された症状もこの中のかなりの部分と重なります。お子様は30年近くこの症状と闘っておられたのでしょう。悲しいかな命の危険は全くないという理由と治療が困難という理由で医療機関も対処の仕方を確立できていません。いきおい僕のような田舎の薬局にまで相談してくださるのでしょうが、僕がお世話するのは心と身体の両面です。そのどちらが欠けてもこの症状はなくなりません。人には一つや二つ決して越えることが出来ない壁をもっているものです。僕にもそれはありましたし今でも新たなそれをもっています。僕の漢方薬が多くの人に服用されている最大の理由は、内臓の動きを整える処方と、その「決して越えることが出来ない壁を越えやすくする」処方を作れるからだと思います。幸か不幸か、症状は違いますが嘗て同じ青春の落とし穴に落ちて30年以上苦しんだ経験が生きているのだと思います。
 過敏性腸症候群自体を理解することは一般の方には難しいかもしれません。ただ一つお願いできることがあるとすると、お子様が苦しんでいることだけは理解してあげてくださいと言うことです。過敏性腸症候群になった方の多くは繊細すぎるだけです。僕はそれは欠点だとは思いません。その繊細さが生かされる環境や職業に出会ったときには素晴らしい能力を発揮されると思っているのです。そうした環境を見つけるのもこのトラブルから脱出出来る近道です。
 忌まわしい不快症状からお子様が早く脱出されることを祈っています。

栄町ヤマト薬局 大和彰夫


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〒701-4302
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