栄町ヤマト薬局 - 2012/04

漢方薬局の日常の出来事




2012年04月30日(Mon)▲ページの先頭へ
条件
 ひょっとしたら僕は大きな勘違いをしていたのかもしれない。
 休日で暇だからすることがない。いつもは若夫婦に任せきりにしている処方せん薬をぼんやり見ていて、目が抗ガン剤にいった。最近ユーチューブで耳にした「抗ガン剤マフィア」という言葉が耳に残っていたからかもしれない。1時間余りの講演会の録音だったのだが、その中で印象深かったのが、抗ガン剤が新薬として承認を得るときに添付する臨床成績が僅か21日間の成績しか載っていないってことだ。3週間で少し腫瘍が小さくなれば薬として有効と言うことなのだろうが、果たしてそんなに短期間の成績でその後を測ることが出来るのだろうか。抗ガン剤は扱うのも注意しなさいと言われるくらい強烈な薬品だから、投与したときには最初さすがの癌もやられるが、その後まるで農薬に対する害虫のように抵抗力を持って、盛り返してくるのは世の生物全般の常識だ。
 ある抗ガン剤の臨床成績は21日間で奏功率21%と書いてある。と言うことはこの薬を飲まされた4人に一人も効かないことになる。その代わりと言っては何だが、その薬を飲んだときの副作用は白血球減少が48%、貧血30%、血小板減少20%、脱毛32%、食欲不振28%、吐き気20%などで、何らかの副作用で苦しむ人は76%に及ぶ。効果があるのが(治るのではない)76%で副作用が21%ならまだわかるが、どうも逆だ。細胞分裂が盛んな場所、骨髄や粘膜や毛母細胞などを攻撃するから上記のような副作用で苦しむ。そしてよく考えてみれば、血を作る場所や、食べ物を食べて消化吸収すところが副作用によってやられるのだから、元気になるはずがない。免疫機構の中枢が集中的に破壊されていることになるのだから。
 僕は好んでガンの方の世話はしないことにしている。余りにもテーマが大きすぎて僕自身の体調がついていかないから。ただ、長年お付き合いのある方が増えたから、そうした方には勿論頼まれれば漢方薬を作る。僕が作る漢方薬は、簡単に言うと元気にする処方だから、元気に治療を受けることが出来るし、その結果抗ガン剤の悪い面が出にくい。だから担当医が驚くほど回復することもしばしばだ。抗ガン剤マフィアの話を聞くまでは、遠慮に遠慮を重ねていたが、もう少し積極的に関わってもいいのかと思うようになった。難敵だからこそ謙虚な態度を忘れずにと言う絶対的な条件の下で。


2012年04月29日(Sun)▲ページの先頭へ
無為
 スーパーのゲームコーナーのある一角にちょっとした人だかりが出来ていたから何気なく僕も覗いてみた。その場には全く相応しくはないのだが、トイレがゲームコーナーの奧にあるというだけでしばしば僕はそこは通る。
なんて言う名前のゲームか知らないが、又どうすればゲームが成立しているのかわからないが、小学生くらいの少女が太鼓を叩いていた。どうやら画面に出てくる何かにあわせて太鼓を叩いているみたいで、うまく叩けたらその何かが消えるみたいだ。アットランダムに出てくるものに合わせて叩いているみたいだし、連打をしているときもあった。恐らくそのゲームを知っている人達が、感心してみていたのだと思う。良くは分からなかったが失敗しなかったみたいに見えた。人垣を作っている人達は多くが大人で、中には僕より年配の方もいた。若いカップルが数組いたが、そしてそれは何となく似合っているが、僕より年配の方達が感心してみているのは違和感を覚えた。なんてえらそうなことを言える立場ではない。その違和感の数を僕が又一つ増やしたのだから。
ただ僕は感心して見ていたのではない。もっと現実的なことを考えていた。人垣を作るほど上手いのには、器用さの他に投資した金額というものがあるだろうと思ったのだ。いくらで遊べるのか知らないが、恐らく多くを投資したのではないか。いつかテレビで踊りながら太鼓を叩く若者を取材していたが、オタクの典型みたいに芸能人が揶揄していた。ゲームを終えた後、後ろの人垣に一瞬目をやって表情を一つも変えなかったクールな少女の何も知るよしはないが、昼下がりコインと引き替えに時間を潰す姿がしっくりとは来なかった。
 嘗てのパチンコ青年が何も言う資格はないが、あまりにもなにも生産しなかった時間を僕はパチンコで作ってしまった。もしその時間を有効に使ったとして何が出来たか分からないが、その無為の人生のスタートはその少女より少なくとも10年近くは遅かったように思う。


2012年04月28日(Sat)▲ページの先頭へ
拙文
 「模型のような電車が眼下を走り、雲が手を伸ばせば届くくらいの所に浮いていた。それだけで僕は明らかに日常を脱出していた。城山と書いて「じょうやま」と読む。これも僕には新鮮だった。岡山県を対角線にやってきた甲斐がそれだけであった。
遠慮がちな芝生、謙遜な備え付けのベンチ。何故か知らないが父兄達のボランティア。やけに充実した音響装置。僕は生真面目な聴き手。でも30年のブランク持ち。岡林に始まり、友部で止めたブランク持ち。連れ戻されるのか、新たな発見か、はたまたダンマリの行者か。
 第1回目は妻と聴きに行った。2回目は臑に疵がある御法度の裏街道を歩く気の弱い友人と行った。3回目は誰を誘っていこうか。僕があの場所にいる答えはまだ出ていない。いやいや唄に答えなど求めてはいけないか。誰も答えを要求されて歌ってはいないし、唄が答える時代でもない。壇上の歌心に生真面目な聴き手。城山に堂々の春よ吹け。」
 3回目となる新見のコンサートについて何か書いてと頼まれたから、この冬上の拙文を書いて主催者に送った。意図して好意的な文章を書くことは出来ないので、没にしてくださっていいですと書き加えた。その後の連絡がないから恐らくその通りになったのだろう。それは僕にとってどうでもいいことなのだ。頼まれればNOと言わないだけで、意に添うというのはかなり苦手だから、見え透いたことはしない。ただ文章とは別の時限で残念なことがある。昨年一緒に行った人が今年は行けないのだ。それこそ御法度の裏街道を歩いて只今塀の向こう側に閉じこめられているのだ。折角来年も一緒に行こうと約束していたのに、僕との約束より酒や博打の方が楽しかったのだろう。無類の音楽とコーヒー好きだから、そこまでで止めておけばいいのに、無類の酒と博打好きとなると失うものばかりになってしまう。もうほとんどのものを失っている。まさに転落の教則本みたいなものだ。
僕の人生で彼ほど笑わせてくれた人はいない。笑いの仕掛け人だ。彼といるだけで日常の緊張から解放された。かなり多くの人が恩恵を被っただろう。ただ、一つ罪を重ねる毎に人は離れていった。新見までの2時間半、二人で一杯笑いながらたどり着き、まだ少し引き締まった空気の中で縛られない時間を過ごすことが出来る1日を僕も彼も失った。
 沢山の人を笑わせ心をほぐしてあげてきた人が、笑わせる相手もいない塀の中でどう過ごしているのだろう。きっと恐ろしそうな人の中で縮こまっているのだろう。とても笑えない話だ。


2012年04月27日(Fri)▲ページの先頭へ
正座
「なんかわからんけど、先生、頑張って作って」と、ゆっくりとした口調で若干訛りながら最後にこう言って電話を切った。なんとも言えぬ倦怠感を醸し出す女性だが、言葉の向こうに秘めたる魅力も見える。本人はそれをやる気のなさだとか無気力で片づけてしまうが、僕にはそうは思えない。青春期のある時期、ちょっとしたボタンの掛け違えで能力の発揮場所を手に入れれなかっただけのような気がする。欠点と長所などいい加減なものだ。場所やタイミングによって入れ替わる。
もう何度も何度も電話で話をしているから、まるで娘のような感情移入をしてしまう。つい最近その彼女が一念発起して遠路訪ねてくれる決心をしたのだが、実現寸前になって断念した。惜しかった。彼女がもっとも苦手な外泊が実現しそうだったのに惜しかった。やっと越えることが出来ない壁を越えるのかととても期待したのだが、今回は見送られた。あの甘えたような無気力なような、絶妙の倦怠感を生で味わうことが出来なかった。
 若者達が一体何を標準に自分を卑下しているのだろうと、この歳になると思ってしまう。若いだけで美しいのに、若いだけでエネルギーに満ちているのに、何をそんなに自由に生きることを躊躇うのだろうと思ってしまう。生きづらさは彼らに責任はない。老人が自分たちの都合を優先して作り上げた秩序に若者が翻弄されているだけだ。まさか自分の子や孫がその犠牲になるとは思ってもいなかったのだろうが、他人を傷つけたり搾取したりすることをいとわなかったツケを今払わされている。社会という名の座敷で足を崩すことも出来ずに正座を強要されている若者の姿が哀れだ。


2012年04月26日(Thu)▲ページの先頭へ
墓石
 余程この人を恐れている人が多かったのだと思う。政治家然り、役人然り、検察然り、マスコミ然り。それぞれの分野で長年うまい汁を吸っていた人達が、その茶碗をもって行かれる危惧を一斉に抱いたのだ。みんながぐるになればこうしていとも簡単に人一人など葬り去ることが出来るんだと、恐ろしさと、それに気がつかずにのほほんと暮らしている人達に憤りを感じている。好き嫌いは別として、よってたかっての構図が僕には不愉快だった。そして報道によって、いとも簡単に誘導される国民が情けなかった。嘗て同じような屈辱を味わっているはずなのに全く同じ構図の中に閉じこめられている。力を持っている人達にとっては簡単に手玉にとれる国民なのだろう。
本人はどのくらいの時間を費やしたのか知らないが、又国民はどのくらいの果実を得られなかったのか知らないが、ひょっとしたら「惜しい時間だった」かもしれない。敵対する人達はまだ仕方ないが、同じ釜の飯をくらう人間が、弾劾すべき相手を間違って正義面していたのは余計醜かった。本質を捉えることが出来ない人達が、国会なるところにはびこっているのだから、国民に希望はない。原子力に関する数々の裏切りも、彼らの力量だったらさもありなんてところだろう。僕の町の言葉で言うと「しれている」のだ。尊敬の対象にもならないそんな「しれている」人間達がバッチをつけて威張っている。
 一人の人間のせいで、何かが変わるほど期待はしていないが、一人の人間を葬り去ろうとしたことが暴かれたことは価値がある。そこかしこで増殖している前時代こそが墓石の下で覚めない眠りにつくべきだ。


2012年04月25日(Wed)▲ページの先頭へ
空の巣
 僕よりはるかにあらゆる面で恵まれいる方と話をしていた。話の成り行きで連休をどう過ごすかという話題になった。
その方はお嬢さんが帰ってこられるらしくて、どこにも出かけないと言っていた。家にいて迎えてあげるってことだろう。ところが「帰ってきても別に話もしないからいてもいなくても同じなんだけれど」と、笑いながら言われた。そして続けて「同じ家の中にいても他人と同居しているようなものです」とも言われた。名前を出せば牛窓で知らない人はいないくらいの方だが、この正直な話にこちらの気持ちが一気に緩む。本来なら家族揃って外国旅行にでも行かれるような肩書きの方だが、一人孤独なお父さんを演じるところが、又それを正直に吐露するところがいい。聞いていて何故かほっとする。
 えてしてその逆の光景に目がいってしまいがちだが、多くの人が実際にはこのような環境で暮らしているのかもしれない。華々しく喧伝される幸せごっこと実は遠いところで、庶民は生きているのかもしれない。
 家庭のことはさておいてその方はもう一つ面白くてこれ又ほっとするようなことを教えてくれた。休日に、県内のローカル駅を訪れその駅周辺、あるいは一駅を歩くことが好きなのだそうだ。街歩きならぬ町歩きだ。日常からそれだけで解放されるらしい。印象深かった場所を少し話してくれたが、聞いているだけで何となく田舎の光景が目に浮かんで、マイナーだが結構趣がありそうな昼下がりの風景を想像した。
実はこうした話題を出したのは僕の方なのだ。お父さんの役割も海外旅行もその方と同じようなものだから、どうして連休を乗り切ってやろうか迷っていたのだ。偉人達のある人は激しく生きろと説き、ある人は休息しろと説くから、僕ら凡人にはどうしたらいいのか分からない。佐渡の説き、いやトキではないのだから絶滅危惧種にされないように懸命に存在しなければならないが、財布にだけ生えた羽のおかげで身動きとれず、空の巣でも温めておくしかない。


2012年04月24日(Tue)▲ページの先頭へ
斜め
 先週の土曜日の夕方のこと。ある患者さんと娘のやりとりを調剤室から聞くともなく聞いていた。動悸が何日も収まらなくて大きな病院にかからなくてはならないかと迷っていたら、職場の同僚がヤマト薬局に行ったら動悸が治ると教えてくれて訪ねてきたと言っていた。紹介してくれたのが誰だか知らないが、動悸が治るとすこぶるピンポイントなのがなんだか興味深かった。嘗てその人自身の動悸が当方の漢方薬で治ったのか、親類の誰かが治ったのだろうか。娘が色々と問診をしていて、その答えを聞いているうちに、紹介してくれた人に報いることが出来ると僕は確信していた。
 結局娘は1週間分漢方薬を作って渡したそうだが、今日の昼にその女性がふらりとやってきて、娘に嬉しそうな顔で礼を言っていた。その日の夕食前と寝る前に漢方薬を飲んで何日ぶりかに動悸で眠れないことから解放されたらしい。夜間の動悸は救急車を呼ばなければならない辺りまで不安を増長させるトラブルだから、それからの解放は嬉しいだろう。その後3日間漢方薬を飲んで本人は完治したと思っている。だから残った漢方薬をどうしようと相談に来たのだ。娘は冷凍庫で保管しておくように指示していた。そうすればいつだって新鮮なまま手許にあるってことになるから、患者さんも安心だろう。
まるで風邪が治るように治ってもらった。本人はもうこれで解放されるだろう。もし彼女が病院にかかっていたら果たしてこんなに簡単に治っただろうか。検査と薬でひょっとしたら病人になっていたかもしれない。まるで風邪を治すかの如く簡単な対処だったから自身に重病の印象は残らなくてトラウマにもならなかったのではないか。たかが漢方薬局が言うのはおこがましいが、本人のもっている自然治癒力を生かしたほうが、現代医学の粋を生かしたものより優ることはしばしば経験する。創薬の発達が健康増進のためというより、企業の金儲けの手段に成り下がっている印象を次第に深めている僕は、泥臭く次の世代(娘夫婦や息子)に漢方を伝えていってやろうと思っている。ものを斜めに見る薬局があってもいいだろう。


2012年04月23日(Mon)▲ページの先頭へ
100回
 ある青年から以下のメールをもらった。僕が100回文章を書いてもこの内容より雄弁に過敏性腸症候群について語ることは出来ない。彼に快諾を頂いたのでまだ見ぬ同じトラブルで悩んでいる人達に贈る。彼の思いが届いてこの不思議な世界の常識を壊してくれることを望む。

ヤマト薬局様
こんにちは。以前、数年前に一度だけ過敏性腸症候群のガス型でご相談させていただいた者です。直接漢方薬の処方を頂いた訳ではありませんが、長年ブログを読ましていただき大変お世話になりました。大和さんとお話ししたことは一度もありませんが、僕は何年もブログを読ましていただいたのでつい長年お世話になったような錯覚に陥ってしまいます・・(笑)少し長くなりますが、お時間のある時にで構わないので読んでいただけたら嬉しいです。
 僕は今、大学生です。最初にガスが出るようになったのは8年前、ちょうど中学受験でした。中学の頃、それがIBSという病気であることを知り、ネットで情報を集めるうちにガスだけでなくガス漏れにも悩みました。ちょっとした鼻息や音、仕草にすら怯えるようになり、毎日の授業が憂鬱でした。特に中学・高校の間は症状が最も酷く、この病気は一生治らないものだと絶望していました。
 偶然見つけたヤマト薬局さんのブログを読み、この病気が治るのでないかと思いました。
漢方薬の処方を受けようか迷いましたが、踏み切れませんでした。その分時間がかかったのか何年かは期待と失望の繰り返しで、人間関係もなかなかうまくいいかず悩み続ける日々でした。しかし長い時間はかかりましたが、今では無事に憂鬱も無くなり、お腹も全く気になりません。便秘もガスも、ほとんど無くなってしまいました!先生はたくさんの症例をご覧になっていると思われるのでご存知かと思いますが、ガスが出やすい食べ物だとか臭いのある食べ物だとかが重要ではないと思います。今、悩んでいる人々にとっては、「どうすれば治るのか?」が一番気になると思います。しかし、僕はどうやって治ったかと聞かれて、「こうだ」と答えることはできません。もしネットで「こうだ」と言う人がいれば、それはサプリメントか消臭パンツを売りつけたい商売人でしょう。
 治ったとか、治らない、ではないんだと思います。精神療法の森田療法では「治ったと思うことは脱線であり、日々の生活に全身で打ち込むその姿こそが全治」といった考えがあるそうですが、これはIBSであっても同じことだと思います。だから、お腹が気になっていようと、それはそれとして、やりたいこと・必要なことをやることが全てだと思います。もちろん口で言うのは簡単ですが、IBSに悩む人はほとんどの人が誰にも打ち明けられず、人間関係も疎遠になりがちで行動に移しにくいというのが実際で、自分自身も辛い日々でした。中学・高校生にとって、臭いというのは本当に辛い悩みです。またガスという症状は少し特殊ですし、友達や親にすら相談しずらいです。そのためにネットを中心としたコミュニティが増えてしまい、結果的に大和さんの仰るように素人同士が勝手に想像を膨らませてしまっています。
 僕は先生のように漢方薬で救うこともできませんし、悩んでいる人達の相談に乗ることもきっとできません。夜回り先生で有名な水谷先生は、子供同士がメールやネットで相談に乗ることは危険だと仰っていました。その通りだと思います。ただ、大和さんには、身勝手なお願いですが、本当にたくさんの方々の力になってほしいです。
 僕は今、大学で教育学を勉強しています。親を恨んではいませんが、病気が発症した頃は、親にひたすら勉強に追い立てられていました。もちろん他にも要因はあると思いますが、今の子供たちは本当に大変だと思います。大学でのゼミではいじめや不登校、子供の生きずらさについても考えていきたいです。
 最近は部活(運動部です)でも上の立場となり、部の仲間とチームのために努力しています。ゼミも始まり、自分なりに教育について考えてみてます。そして、恋人が欲しいとは思っていませんでしたが、最近は気になる人もできました。ドラマに出てくるような漫画チックな青春ではないけれど、今の穏やかな生活を嬉しく思います。
 思えば、絵に描いた青春を追い求めた気持ちが、かつて自分を追い込んだのかもしれません。先生はブログの中で、何一つ無駄なことはないと度々仰っていましたね。今ではようやくその意味も分かる気がします。
 先生はこの病気にかかる人間は愛すべき性格の人だと言われますが、僕は自分勝手な人間でした。今でも、自分のことばかり考えているというのは変わらないかもしれません。
ただ、このつらい時間の中で、大事なことをたくさん学びました。僕の周りには心無い言葉を簡単に口に出す人達もいて、かつては自分もそうでしたが、そんな何気ないことが人によっては大きな傷になりうることも分かりました。まだまだ他人に素直になれない自分がいて、突っ張ってしまったり、無愛想になったりしてしまいますが、少しずつ少しずつなのかなあと思います。
 まとまりのない文章になってしまいましたが、本当に心から感謝しています。
お身体にお気を付けて、これからも元気でいてください。それでは、失礼します。


2012年04月22日(Sun)▲ページの先頭へ
進路
 真面目な人なんだろうなと思う。僕なら不調が改善されたら真っ先にパチンコ屋に走り、綺麗なトイレを借りる、いやいやパチンコのバネを弾くのだが、その女性は患者さんの指導により集中すると言った。
でも、同じ職業の人のお役に立ててよかった。調剤薬局で働く薬剤師だから、かなりの人と1日接していると思う。体調や心調が悪ければ患者さんの指導も十分なことは出来ない。不調では笑顔も出ないだろう。
 医療はいたってマンツーマンの職業だ。芸術家や芸能人、スポーツ選手、教師、政治家など多くの対象者を相手にする職業も多いが、医療で現場を担っている人達は個人が相手だ。だから生産性はいたって低い。人の命や健康の価値が高いから、それはそれでいいのだろうが、なんとなくマイナーな感じがするのは僕だけだろうか。だから僕は同じ薬剤師や医師や看護師さんの漢方相談の時はすこぶる頑張る。その方達が元気だったら、その人達が又多くの人のお役に立てれるから。
 パチプロにもなれず、ナベプロにも入れず、田舎にこもって不釣り合いだと思っていた薬剤師を結構楽しんでやって来た。マンツーマンかゾーンディフェンスかは中学校の体育の授業で学んだが、薬剤師が体育会系だとは思ってもいなかった。もっともひ弱な僕はその道で脱落したから、すぐにお笑い系に進路を変更したが。でも、おねえ系にしてなくてよかった。


2012年04月21日(Sat)▲ページの先頭へ
職人
 職人だから理屈っぽいのか、理屈っぽいから職人になったのか知らないが、まさに職人気質を地で行っている人だ。
痰が沢山出て困るからと言って漢方薬を取りに来たのだが、タバコをやめたらと言う僕に、やめても痰は減らなかったとサラサラその気はないらしい。と言うことは嘗て禁煙をしたんだと一応評価をして少し褒めると、口が急に軽くなった。嘗て2度禁煙をしたことがあるらしい。最初は恐らくこの痰のために禁煙したのだろうが、2回目は違う。1回目の禁煙が痰を好転させなかったという思い込みがあるから、同じ愚はくり返さない。2回目の理由がふるっていて、禁煙後に吸うタバコの気持ちよさがなんとも言えなかったらしい。1年くらい禁煙した後、最初の煙を深く吸い込むと、意識が薄らぐような気持ちのよい恍惚の瞬間が味わえたのだそうだ。もう恍惚の人に近い年齢なのだが、まるで若者が手を出してはいけないもので恍惚感を得るのと同じような快感を得ていることがその表情から読みとれる。さすがにそれは長続きはしないらしいが、あの恍惚を味わえるから又禁煙に挑戦すると言っていた。彼にとって禁煙は健康のためではなく、あの歓びのためなのだ。いわば80歳を過ぎた老人の合法的な薬物なのだ。
 まあ、その年までタバコを吸いながら健康で来れたのだから、そんなに力んで禁煙をすることもない。タバコにたいして免疫はしっかり出来ているのだろう。日常的に飲んでいる薬は一つもないのだから立派なものだ。「食後に薬を飲まないといけないなんて思いながらご飯を食べても美味しくはない」と言う理屈も、身をもって証明しているから説得力がある。さぞかし豪快に生きているのかと思うが、実はそうでもない。「週に一度、力一杯息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出し、吐ききったところで20秒息を止めるんじゃ。その後吸った空気の美味しいこと美味しいこと。空気代だと思って神様におさい銭をあげるんじゃ」なんて殊勝なことも言う。
 職人だから律儀なのか、律儀だから職人なのか知らないが、僕などの及ばない発想をする。


2012年04月20日(Fri)▲ページの先頭へ
親切
 僕は親切な薬局を目指して日夜奮闘している。今日も自分でもいい仕事をしたなと自負している。
彼は、ずっと以前から義理のお兄さんがもう危ないと言っていた。哀しんでいるふうはなく、それ見たかというような言い方をしていた。健康お宅の彼にとって、無頓着なお兄さんは許せなかったのかもしれない。そしてついに亡くなったから瀬戸大橋を渡って葬式に出席した。葬式から帰って数日たって胃の調子が悪いと言ってやってきたのだが、僕は何か明かな原因があるだろうと考えた。最初は思い当たることがないと言っていたが、そのうち、あれかなと思いだしたように言ったのが、葬式の前にお腹が空いたからレストランでトンカツ定食を食べたことだ。その後数時間たってから胃が急に痛くなったと白状した。よりによって葬式の直前に、そんなゴッテリとしたものをよく食べられるものだ。僕より数歳年上なのになんて強い胆嚢なのだ。うらやましい。その後、何度も何度もどうして胃が悪くなったのかと質問を繰り返すので僕はいつもの親切な態度で優しく諭してあげた。「亡くなったお兄さんが乗り移ったのではないの」
 病院好きで漢方薬好きだから彼は忙しい。しょちゅうどちらかに行っている。しばしば来たいために漢方薬も多くは持って帰らない。だから僕は彼の身体を利用して漢方薬が如何に早く効くか教えてもらっている。病院好きな割に胃カメラは苦手と見えて、今まで一度もしていない。僕は腸よりは楽なのではないのと思うが、本人は腸に関してはベテランだ。奥さんが病院で僕の息子の名前を見つけて、胃の内視鏡をしてもらえと勧めたらしい。気が小さいから色々と探りを入れてくる。僕は彼に心配させてはいけないと思って約束した。「もし胃ガンを見つけても綺麗な胃ですとごまかすように息子に言っておいてあげるから安心して検査に行って」
 今日も僕は親切に徹している。


2012年04月19日(Thu)▲ページの先頭へ
確率
 99%とは絶対の一歩手前で使われる具体的な数字の割にはおよそ過ぎるずぼらさも持ち合わせている。しばしば会話に出てくるが、その数字を実際に検証したことはない。きょうその具体的で不確かな数字を僕は検証した。 
 久しぶりに従姉妹の子が訪ねてきてくれた。彼の仕事は詳しくは知らないのだが、家庭を訪問して結構台所辺りまで入れて貰えるものらしい。設備関係の仕事だろうか。彼が過去数千軒、いやハッキリと4000軒という数字を口に出したが、訪問したお宅で、嫁と姑が仲良かったところなど滅多になかったと言った。滅多どころか2軒だけだったと、これ又具体的な数字を出した。 コンロを綺麗にしないとか、料理が下手だとか、攻撃材料には事欠かない。所詮他人が同じ屋根の下で暮らすのだから仕方ないと蘊蓄も挟んでいたが、見たくない光景や聞きたくない愚痴に耐えて仕事をしていた姿を想像すると滑稽でもある。僕みたいな仕事なら日常茶飯事だが、設備関係?の仕事をしていてこんなことに付き合わされたらかなわないだろう。
彼が帰ってから、何故か3つの数字が気になった。99%、4000人、2人だ。そこで計算機をとりだして実際に確率を出してみると、0.05%だった。だから正確には彼は「99.95%の確率で嫁と姑は上手くいっていない」と言うべきだったのだ。そして彼の表現は大袈裟ではなく寧ろ控えめだったことになる。99%と言う表現が控えめに使われるのは珍しい。絶対に事故は起こらないとか、千年に一度とか、見てきたような嘘をつく奴らとはえらい違いだ。肩書きに比例してついた嘘に、肩書きに比例した刑罰を与えるべきだ。


2012年04月18日(Wed)▲ページの先頭へ
小利口
 田舎に住んでいるからひれ伏すような立派な人にはお目にかからない。そこそこ立派な人はいるけれど、足元にも及ばないと言うようなことはない。だからいたずらにコンプレックスを抱くことなく日々が穏やかに過ぎていく。ところがたまに田舎には小利口な人がいて、運悪く遭遇しそうなものならそれなりにストレスを受ける。ひょっとしたら才能も能力もないのに自分で利口だと思っている分余計やっかいなのかもしれない。
小利口は田舎の特許かと思っていたらそうではないらしい。もっと人が多く住むところでも、また全国を股にかけているところでもどうやらそれは増殖中らしい。小利口が世にはばかっている。小利口に最も欠けているのは正義だ。倫理と言ってもいいのかもしれないが寧ろ正義と呼びたい。本来的に学べなかったのか、理解できないのか、それともこだわらないのか知らないが、およそ思考、行動の規範として存在しない。
 正義は勝たなくなったのか、勝てなくなったのか、それとも元々勝たないものなのか知らないが、ますます形勢が悪くなっている。だからその劣性のものを殊更尊ぶこともないのだろう。追い求められもせず、価値も置かれない。そのうち小利口が胡散臭い正義を振りかざして市民をひれ伏させる。
 崖っぷちに追いやられてもまだ深い谷底が見えないお人好し。


2012年04月17日(Tue)▲ページの先頭へ
美徳
 なかなか上手いことを言うものだ。正式な呼び方か、誰かが考えたユーモアか知らないが、感心しきりだ。
 正体が見えないからステルス。結局は販売目的だからマーケティング。合わせてステルスマーケティングと言うらしい。最近のステルスマーケティングの横綱はトマトと漢方薬らしい。漢方薬は専門だから怪しいなと思っていたのだが、トマトもそれだとは思わなかった。しっかりと僕もそれにのせられてスーパーに出かけたのだが、買い物籠をぶら下げてトマトを買う姿など自分で想像してもいやだったので、結局は甘栗を買って帰った。トマトが栗に変わる必然性はないのだが、僕の美学では甘栗を買う男は格好いいのだ。ついでに焼き芋を買う男はもっと格好いい。
 僕に教えてくれた物知り君によると、トマトを仕掛けたのはデルモンテと言う会社らしい。トマトの製品を多く販売しているらしい。ところがその仕掛けにはおちがあって、日本ではデルモンテという会社の知名度が高くないので、多くの消費者がカゴメのトマトジュースを買ったらしいのだ。カゴメはまさに漁夫の利を得たわけだ。トマトだから農夫の利か?
 まああの手の漢方薬は恐らく効かないし、あの手のトマトジュースを何杯も飲めるわけがないからどちらも大した罪はない。ステルスと言っても実害はない。ところが安全宣言の乱発による放射能ステルスは笑い事ではすまされない。閉じこめておくべきものを絆と言う言葉でカムフラージュして、商材にされてはかなわない。
 無防備は決して美徳ではない。だらしなく下げたガードに巨悪は容赦なく襲いかかる。しっかりと見て、しっかりと聞いて我が身を守らなければ。


2012年04月16日(Mon)▲ページの先頭へ
居心地
 もうこうして書くことさえ空しさを感じてしまうが、僕の薬を飲んで頂いている人にあくまでどんな人間が作っているのか知っていて欲しいからやはり書かなければならない。たわいない日常の連続にこそ本当の人生は刻まれるのだから。
僕が今時々ながら教会に足を運ぶのは自分のためではない。かの国の若い女性二人が凄く喜ぶからだ。2年間異国で単純作業に従事する日々を信仰と言うもので慰められるなら協力しない手はない。それどころか道中、純朴な笑みに心が癒されるのは他の何物にも代え難い。
 ところが、問題の場所では何故か見たくないものを見てしまうのだ。意識して見ているのではない。寧ろ無関心を装っているのだが、自然に目に付いてしまう。以前ならそのことを口に出していたかもしれないが、口を挟まないように言われたから今は敢えて口にしない。口に出してもなにも改善されなかった空しさもあるが、むしろ足許を掬われたような後味の悪さしか残っていないから、この1年の間に保身の術だけ身につけた。
厳粛なミサの後、ある公園で花見会があった。30人くらいが出席してにぎやかだった。その中に入退院をくり返している男性がいた。彼が途中気分を悪くして横たわったらしい。偶然その時僕は公園の少し奥まったところを一人で探索していたのだが、かの国の若い女性達が呼びに来てくれた。男性が倒れているところに戻って介抱し始めたのだが、ほどなく介抱しているすぐ傍でフォークダンスを始めましょうと言って、にぎやかに踊りが始まった。さっきまで救急車を呼ばなければと思案していたらしいがこの豹変ぶりはなんとしたことか。それよりも、この倒れている人は生いたちから現在までとても恵まれているとは言えない。倒れたまま「飯が食いてえ〜」とうめくくらいだから想像はつく。僕よりも一回り以上年下なのに、僕より一回りは上に見える。花見の円陣でも孤立していた。ある一人の女性が親しく話しかけてくれていたが、残念ながら他の人は近寄ってはくれなかった。たださすがに倒れたら何人かの優しい人が心配そうに声をかけてくれた。その中で若い夫婦が特別僕の心を打った。その日の全ての見なければよかった光景を払いのけてくれるくらい印象がよかった。倒れた男性を心から心配していたし、吐瀉物の処理も反射的に何のためらいもなくやっていた。そしてその男性が起きあがる30分くらいの間ずっと傍にいてくれた。以前から感じていたその夫婦の、自然な優しさを兼ね備えているだろう幸運を垣間見た。
 丁度去年の今頃成り行きである唄をみんなの前で歌った。「・・・労務者とは云え 人ひとり死ぬ 誰も歌わぬ 悲しみの歌 誰も看取らぬ その亡骸  労務者とは云え 人ひとり死ぬ・・・」僕はその時確信を持って歌ったのだ。この唄の視点が圧倒的に欠けていると本当は言いたかったのだ。都合のよい高尚な言葉を乱用して、結局は意に添わない多くの人を教会から離れさせてしまう危険を僕は感じていた。でも誰も僕の意図など気にも留めなかった。でもそれは当たり前だろう、どうやら善を学ぶところであっても、善を実践するところではないのだから。
 幼いとき、鉄工所をやっていた祖父をしたって気の荒い漁師達がいつも来ていた。目の前には魚市場があって、朝な夕なに漁船が魚を運んできていた。多くの子供達がそんな環境の中で育った。善を学んだ人などいるよしもないが、善は行われていたと思う。現在では薬局で日々お会いする体調不良の人達の方が、畏れ多い人達よりさりげない善の実行者のような気がする。誰の威光を借りるわけではなく、懸命に生きている人達の息吹こそが僕には尊いように思えて仕方ない。
 こんなことしか考えられない僕は、もうその世界でも充分落ちこぼれているのかもしれない。やはり誰にもいい顔が出来ない不器用さで、ついぞ居心地のよい空間はこの薬局以外には作れなかった。


2012年04月15日(Sun)▲ページの先頭へ
舞台
 一度僕の薬局に来てみたかったと言ってくれた若いお母さんは、もう5年くらいはやって来てくれていると思う。家族の耳鼻科関係の病気で、抗生物質ばかり飲まされることに抵抗をもって、漢方薬というものに興味を持っていたが、相性が合う漢方薬局がなかったらしい。
家族4人がその筋のトラブルをもっているので結構頻繁にやってくるが、僕の漢方薬は真面目に飲む必要もないし、所詮薬草だからお母さんのストレスはずいぶんと減っている。最近は漢方薬を取りに来たついでにもっぱら子育てのことを話して帰っていく。しばしば話していると情が移るもので、僕は心から応援している。そのお母さんの良いところが僕の求めているものと凄く一致しているのだ。決して華やかではないが生き生きとしている。決して学歴はないが理解力がある。決して自分を飾らないし、嘘がない。人生に用意された華やかな舞台はないが、懸命に生きている。僕はこんな些細な、しかし譲れない価値観で人に接している。言葉匠に自分の欲望をカモフラージュする人間が一番嫌いだ。そんな存在に嘔吐する。幸運にも僕の薬局にはそんな人種は来ないから、平日は上記のお母さんの様な存在に慰められ勇気や希望をもらって仕事をしている。
 一頻り話した後お母さんがしみじみと言った。「いつまでもお仕事続けてください」と。それは現代の傷つきやすい子供達や青年について話した後だった。若干心当たりがあるので敢えて話したのだが、どう育てるべきかを理解してくれたと思う。そう、いつまでも仕事をして、お子さん達がうまく育っていく喜びを共有したいし、お母さんの笑顔をいつまでも見ていたい。ただ残念ながら僕にはやり残していることがあるからいつまでもとは言えない。ホリプロはいつまでも僕を待ってはくれないから。


2012年04月14日(Sat)▲ページの先頭へ
ツバメ返し
 今日ユニークな話を聞いた。
 家族が牛窓に引っ越してきて、その手伝いのために滞在している人らしい。田舎住まいを望んで牛窓に来てくれたらしいが、牛窓の評価をツバメを通してしてくれたのだ。その方によれば「こんなにツバメの巣が家々にあって沢山飛び回っていると言うことは、思いやりが町の人にあるってこと」なのだそうだ。毎年我が家にもツバメが訪ねてきてくれるが、カラスに卵を食べられないように知恵を絞るのを恒例にしている。その事を別段手間だとは思わない。寧ろ弱い者の味方をするのは日本人の得意とするところだ。何の疑いもなく毎年そうしている。恐らくどの家の方も同じ理由だと思う。それを敢えて人情溢れると評価してくれたことが嬉しかったが、都会の人から見ればそうなんだと視点の違いに驚いた。また「ツバメにばかり味方して自然の摂理に介入していることがいいのかどうか分からない」と言うと、ツバメは益虫だからそれでいいようなことも言われた。余程ツバメが好きと見えて、間髪を入れずそう言った。
 自然の中にどっぷりと浸かっていて、自然など全く意識もしない僕らとは違って、その価値をよく知り、畏敬の念さえ持っている人の存在が不自然に思えるほど無防備な自然の中で暮らしていることのありがたさを思ったツバメ返しの剣だった。


2012年04月13日(Fri)▲ページの先頭へ
途中下車
 地味に凄い。表に出ないヒーロー。
 漢方薬でお世話を数年間している方のお父さんの話。公務員を定年退職してすぐに発ガンして、手術した後からお世話しているのだから、その方もすでに60の半ばに達している。お父さんはこのことから想像がつくが今年で97歳。
そのお父さんが1ヶ月前にバイクで畑に行っていて転倒して肋骨を4本折った。さすがにその時は痛かったらしいが、治療と言えばついでにすりむいた足の傷を治してもらうために通院しただけで、肋骨の方はさらしを巻いていただけらしい。そのうち痛みが引いてくるともうじっとしていることが出来なくて、再び畑に通い始めた。さすがにバイクはもう危ないので、正式な名前は忘れたが、物を運ぶ為だけの小さな車があって、それに乗って毎日畑に行っているらしい。そんな病み上がりで何が出来るのだろうと思うが、驚くことに何でも出来るらしい。草むしりは勿論、鍬も鎌も使える。朝出かけると夕方まで帰ってこないらしい。この快復力はなんだと思うが驚きはそれだけではない。
 お父さんの頭の中は予定で一杯なのだ。5月になれば何々を植えなければならない。夏のスイカはどうのとか、秋はどうのとか、話はまだ早いが来年の春の予定まで組んでいるらしいのだ。僕など来年のことになるともう自信がない。その時に元気でおられるかどうかなど分からないから、絶対に約束をしない。口にも出さないし、考えることもしない。今回初めて病院にかかったというまれに見る健康な人だから、来年も再来年も当然自分の中では保証されているのだろうが、この差はなんだろう。積極的に生きていけるキップを何十人分集めて電車に乗っているようなものだ。途中下車ばかりの僕とはえらい違いだ。 同じ田舎でも育てることを旨とする山と、獲ることを旨とする海とではこんなに違うのだろうか。


2012年04月12日(Thu)▲ページの先頭へ
表情
 恐らくその一瞬、不安と恐怖が頭をよぎったのだろう。明らかに顔が曇った。
 それにしても僕の知り合いは幸運だと思った。こんなに有能で頑張りやさんを実務のトップに迎えることが出来たのだから。経営以外何の能力があるのだろうと思う人が、介護の分野に打って出れたのは恐らくこの女性の力量によるところが大きかったのだと思う。だからこの頑張りやさんの不調を治してやってくれと連絡してきたのだ。本人はもとより自分自身もそれで助かるのだ。
 問診の最中にまだ若い彼女が「両親はもういないのです」と自分から言った。恐らく体温が低いことの話題になったときに、自分の免疫力も弱く、お母さんの病気の素質を受け継いでいるのではないだろうかという不安が頭をよぎったに違いない。だから一瞬にして表情が曇ったのだ。いくらスポーツウーマンでも、過労と緊張が続いているときに、ふと体力を落とすようなことがあると、心を病んでしまうことがある。幸い彼女はその手前で訪ねてきてくれたからそんなことは防げると思うが、頑張り屋さんしか落ちない落とし穴はある。
 体調不良の縁しかないのが僕の職業のもう一つパッとしない原因だが、そのほとんどは本物の出会いだ。ほとんどの人に偽物がない。苦痛を抱えている人は全部を晒してくれる。演技がないのだ。そのせいで見たくないところも見えてしまうがそんな確率はいたって低い。ほとんどないと言ってもいい。その逆に、飾らない恐怖、勇気、希望、失望、優しさ、謙遜などが目の前に展開される。寧ろ休日に、薬局から外に出たときの方が嘘っぽいものに遭遇する。
 あの一瞬の表情の曇りの中に彼女の日々の生活の様が反映されたように思った。懸命に生きている人だけが見せる深くてはかない表情だった。


2012年04月11日(Wed)▲ページの先頭へ
理由
 同じように勉強してきても、その知識を生かすチャンスに余り巡り会えなかったのかもしれない。勉強会を脱退する理由が経済だったら気の毒だ。
漢方薬が好きで始めたのか、必要に迫られて始めたのか分からないが、何年も時間と労力を費やしても、生活を支える基盤にならなければ、この先勉強するモチベーションは保てれないだろう。
 僕は好きで始めたのではない。必要に迫られて始めたのだ。元々生薬学で留年したくらいだから、そんなに漢方薬に関心があったわけではない。しかし、僕自身や家族が漢方薬で救われる経験をすれば、俄然この学問を生かさない手はないと思った。その為に要する経費は全くもったいないとは思わなかった。得た知識をすぐに実行に移すことが出来る状況が僕の薬局にはあったから、どんどん学んだことを追試して漢方薬の力を体験した。
決して華々しくはないが、地道に地域の健康に貢献している薬局がある。ところがそんな薬局に限って商売下手だから店を閉じる確率が高い。皮肉なものだ、残るのは雑貨の如く医薬品を売りさばくところと、不幸につけ込んで法外な料金を取るカリスマだけだ。中間が消えてしまう。あたかもあらゆる国で進行している中間層の消滅に似ている。両極端が見えぬ壁で完全に仕切られて、憎悪を醸造している。
 何もしてあげることは出来ない。ただもったいないと思う。自分もそうならないように気持ちを引き締めるが、幸か不幸か立地の悪さで鍛えられた気概がある。慢心できるほど昔も今も環境には恵まれてはいない。だから狸相手にカラス相手にノートをとる。


2012年04月10日(Tue)▲ページの先頭へ
免疫
 どうも解せない。いくら現代の老人が元気と言っても、77歳で花粉症を発症するなんて。免疫が落ちてくるから本来なら、花粉症から卒業している年代だ。それが卒業どころか入学するなんてことがあるのだろうか。
めまいの漢方薬をもう数年飲んでくれている人がいる。以前は年に何回か病院に運ばれていたがこの数年めまいは起こらない。その人が、実は1月から花粉症になって病院で薬をもらって飲んでいるが、あまり効果がないと教えてくれた。薬の名前を尋ねると3種類を正確に教えてくれた。どれも処方せんでよく見る薬の名前で、正しい処方がされているのだろう。花粉症だったらそれで見事に効きそうなのだが、余り期待通りには効いてくれていないらしい。症状も典型的なクシャミ・鼻水・鼻づまりではなく、鼻水だけらしい。僕はひょっとしたら花粉症ではないのではと思ったが、そんなこと専門のお医者さんが診察して診断しているのだから素人が口を挟む問題ではない。もう一度だけ先生に病名を教えてと頼んだらと助言するのが精一杯だった。
 まあしかし、お医者さんが花粉症と診断するくらい現代の老人は元気なのだ。昨日ニュースでパキスタンから帰ってきた人達を写していたが、ずいぶんと年齢が高かった。あの年齢で長時間の飛行機の旅に耐えられるのだと感心した。若者が職に就けず、老人が外国に遊びに行く。やっておれないと破滅的になる人を余り聞かない。どんな倫理のブレーキが働いてくれているのか知らないが、いつまでも摩耗を知らないブレーキなどあるはずがない。ブレーキを離してアクセルに足を起き始めると誰も止められなくなる。免疫の暴走は難病に繋がる。花粉症くらいなら可愛いが、社会の暴走は高くつく。


2012年04月09日(Mon)▲ページの先頭へ
儀式
 数年間、毎週1回繰り返していたことでも、1年も間が空くと儀式の作法を結構忘れていた。今、昨日のことを思い出しながら文章に起こそうとしているが、今でも笑いがこぼれてくる。昨日からもう何回思い出し笑いをしただろう。
 昨日はイースターと言ってキリスト教では大切な日だ。詳しくは分からないがキリストが殺されてから復活した日ではないか。だからその日は大いなる祝いの日なのだ。お互いが「復活おめでとうございます」なんて言い合う。フィリピン人は「ハッピーイースター」と言い合っていた。ハッピーニューイアーしか知らない僕は、この覚えやすい単語で一つ英語の語彙が増えたなんてつまらない収穫に喜んでいる。
 それはさておき、昨日神父さんがミサの途中で一人一人に握手をしながら「復活おめでとうございます」と挨拶してお御堂の中を回った。僕のところに来てその挨拶をされたから僕は、本来ならこちらも同じ言葉を返すべきだったのだが、僕の口から自然に飛び出してしまったのは「どう致しまして」だった。全部口から出てしまってからその場違いな言葉に気がついて返すべき正しい言葉を返した。「僕はキリストか?」あの返事ならそうなる。
 どうしてそんな言葉が出てしまったのだろうとその後考えたが、恐らくその言葉は口癖のようになっているのだ。病院で手こずっているトラブルを漢方薬で30年くらいお世話してきているから、お礼を言われることが結構多い。その場合に返す言葉のほとんどは「どう致しまして」なのだ。謙遜な言葉でしばしば通ってくるかの国の若い女性達もこの言葉を好んで使う。ただ、教会でこの言葉が出るほど僕は何も貢献していない。
 こう書くと謙遜ではないようだが、実は僕は「どう致しまして」と返してもらう機会は「どう致しまして」と返す回数の何倍もある。何故なら僕は些細なことでも感謝の言葉を、それは勿論さりげなくだが、口に出す回数はかなり多い。それもほとんどの人が口にも態度にも出さないような場面で俄然回数を稼いでいる。人はどうもお金を使う立場になると強気になるらしく、優しそうに見える人でも、知性がこぼれそうな人でも、上品な肩書きを持っている人でもぞんざいになり勝ちだ。その点僕は全くそうならない。寧ろその一見強い立場になりそうなときこそ謙遜に努めている。社会的に評価の低そうな人にこそ礼を尽くすことにしている。どんなに権力や財力を持っていても、底辺であえぐ人達の労働なくして社会は回っては行かない。その人達の労働なくして社会はない。こんな当たり前のことがなおざりにされている。僕はその事には我慢できない。だから俄然その状況で頑張り、逆に黙っていても礼で埋め尽くされそうな人種には作法の基準を意識して下げる。この様な性格と、その様な態度がとれる境遇に感謝している。自分の価値観と行動様式が近ければ近いほど生きていくのが楽だ。
 そう言えば僕は昔から儀式が苦手だった。だから大学なんて普通の人より2年も卒業式を遅らせてもらった。


2012年04月08日(Sun)▲ページの先頭へ
パーティーにて
 森永と一言口から出たから僕にはすぐに分かった。年齢を尋ねるとまさしくそうだった。そのせいで背負ったハンディーについてよく理解していた。その程度の障害で良かったなってのが正直なところだった。しかし、それさえなければもっと能力も高く、今僕の前で卑下するような言葉を並べはしなかったと思う。どのくらい手当をもらっているのか知らないが、そんなもので破れてしまった人生を繕えるはずがない。
捨てかけた人生を、内容は異なっても同じような境遇の仲間に助けられたと言っていた。彼らと知り合っていなければ行き着くところまで行き着いているとも言っていた。皮肉にも、彼らに手を差し伸べるのは、愛を日々説き実践しているかのごとき人達ではない。信心を競うかの如く空間で、あたかもテーブルで隔離されたような彼らに、たわいない一言も飛んではこない。
ああ、この人達はこんなに自分が大切なのだと思った。自分が傷つかないことは何よりも優先するのだと思った。本当は人が傷ついたり、底辺でもがいたり、又逆に諦めの中で生きていることなど、どうでもいいのだ。いい人を演じ評価が高まることこそが自己目的化しているように見える。
 教会に来て何か得るものがある?何か心に響くことがある?と言う僕のその場では相応しくない質問に正直に答えてくれた。僕の想像していたとおりの答えだった。透き通った都合のよい見えないカーテンで隔離された彼らに、背を向けて発せられる歓喜が突き刺さる。


2012年04月07日(Sat)▲ページの先頭へ
最寄り
 今年に入ってから時々訪ねてきてくれる青年がいる。風邪薬を数回取りに来てくれたと思うのだが、こちらが何も尋ねないのに彼が僕の薬局に来るようになった理由を教えてくれた。2つ彼にはこだわりがあり、風邪くらいなことで医者に抗生物質を出されるのがいやなのだそうだ。これには僕も同感だ。日本の医者くらいだろうごく普通の風邪の患者さんにも抗生物質を出して、あげく耐性菌の繁殖を助けているのは。その結果、又新たな抗生物質が必要になってしまい、無駄な開発費が費やされる。その点大きな病院の医者は違う。風邪の理屈が良く分かっているのか、無駄な医療費を節約しようと思っているのか、とても簡単な薬ですませる。二つ目は、効く薬が欲しいからドラッグストアには行かないらしい。ここなら症状を言うだけで一番いい薬を出してくれるからと言ってくれた。
何か特別のことをしているわけではない。昔から同じことをしているだけだ。やって来てくれた人に困っている症状を尋ね、それを解決する一番よい方法を模索しているだけだ。長い年月同じことをくり返していると事例が一杯増えたので、効く確率は当初よりずいぶんと上がったと思う。薬剤師なら誰にでも出来ることだ。医者ほど高級なことは出来ないが、逆に医者が相手に出来ないレベルのものが得意になるから、互換関係にはなっているだろう。
 牛窓から岡山まで出るのに40分くらいかかる。その間に僕の薬局みたいな形態のものをついぞ見かけなくなった。又一つ又一つと店をたたんでいった。需要がなかったのか、需要を喚起できなかったのか知らないが、はるかに僕の薬局なんかよりは立地に恵まれている薬局ばかりだった。ドラッグストアに負けたのか、医院に負けたのか、調剤薬局に負けたのか、自分に負けたのか、パチンコに負けたのか(これは僕だ)知らないが、消えたらその町の住民が困るほどの存在感はなかったのだと思う。
どこから訪ねてきてくれるのか知らないが、わざわざごくありふれたトラブルを改善するために来てくれる、そんな最寄り性も僕は好きだ。


2012年04月06日(Fri)▲ページの先頭へ
反省
 ああ、なんていいお嫁さんをもらっているのだろうと思った。
息子かわいさ、孫かわいさからお嫁さんの相談に来られたのだが、僕はそのお嫁さんに会って、家族の心配が家族だからこその気の回しすぎだと言うことに気がついた。何も心配することはなく、本来持っている能力を生かす場所や時間を与えてあげれば懸念は一掃されると思った。懸命に妻として母としてあるべき姿を演じていて、そろそろ体力というバックボーンが劣化し始めただけなのだ。だから見ようによっては心を病んだように見えてしまうだけで、実は第3者が見たら羨ましいくらいの人物だった。「私はうつ病かと思っていました」と安堵の声と共に大きな涙を流す姿は、頑張った人にしか分からない緊張感から解き放たれる瞬間だ。失敗も落ち度も自身で許すことが出来ない人達の落とし穴に落ちてしまっただけなのだ。
 幸い、彼女の義理の両親がしばしば漢方薬を取りに来ていたおかげで、病人にされてしまう前にお世話できた。以前数回薬局に来たことがあったが、笑顔を見たことは一度もなかった。ただ今日30分くらい話をしたら、一杯笑ってくれた。そして2週間前には懸命にこらえていた涙も一杯流してくれた。「あなたは絶対病気ではないから安心してね。もし僕の見立てが間違っていたら責任をとって薬剤師を辞めて俳優になるからね」と言ったらとてもいい笑顔になった。ただ後半の部分で又ちょっとだけ不安になったかもしれない。いらぬことを言わなければよかった。「薬剤師を辞めて歌手になる」と言うべきだった。反省。


2012年04月05日(Thu)▲ページの先頭へ
耳栓
 コカコーラの鮮やかな赤い缶が2つ机の上に置いてあった。こういった状況の判断はいつも決まっていて「誰かの差し入れ」なのだ。僕のものではなくても差し入れだからつい手を出す。いつものように飲んでやろうと手に取ると冷たくもなく重たくもない。何となく違和感があったのでしげしげと眺めてみると、アタリと大きな字が刻印されている。その意味が分からなかったので、1本を買ってもう一本貰えたのかと思った。
娘が丁度近づいてきたので尋ねてみると、中身はヘッドホーンだと教えてくれた。やはりコーラを買ったときに当たったらしく、その景品らしい。偶然だがこの日曜日にヘッドホーン型のイヤホーンを買うかどうか迷ったところなのだ。朝晩テープレコーダーに録音した時事ネタを聞きながらウォーキングをしているが、耳につっこむ旧式のイヤホーンはしばしば耳から落ちるのだ。そこで一大決心をして電気屋さんの前まで行ったのだが、まだ使える物を使わないのは僕の主義に反するので、店内に入らずに帰ってきた。
 娘はアタリが出たのはもう3回目だそうだ。だから同じヘッドホーンを2個持っているという。だからすんなりと物欲しそうな僕にくれた。開けてみると意外や意外、形も本物らしく、実際にテープレコーダーに接続して聞いてみると、充分聞こえる。当然耳に入れるイヤホンより安定性がある。これなら少し乱暴に歩いても耳からはずれないだろう。
アタリなんて書いているから僕はあのグリコのおまけを想像していたのだが、実際に使える物だったので正直嬉しかった。これで主義を曲げる必要もなくなった。物は壊れるまで使う。ところで二つ今度のことで考えたことがある。もう3回もアタリが出るくらい頻繁に娘がコーラを飲んでいるのだろうかと言うことと、たかが100円くらいの物の景品だから、ヘッドホーンもかなり安上がりに出来るのだろう、物の価値が下がってしまい物づくりの現場の人達の意欲がそがれるのではないかという懸念だ。
もう大人の娘の心配をしても仕方ないし、世の中の流れを心配しても仕方ないのだが、アタリ外れの大きい人生を歩んできた僕としては、ヘッドホーンを耳栓代わりに何も聞かない方がいいのかもしれない。


2012年04月04日(Wed)▲ページの先頭へ
名お母さん
 今まで700人以上過敏性腸症候群の方に漢方薬を飲んでもらっているが、その中に何人かの「名お母さん」がおられて、僕自身が助けられた。家庭の理解があれば数段治療は簡単になり、一緒に完治を喜べる確率は高い。そんな中のお一人から今日届いたメールが色々な面で示唆に富んでいたので、ご本人の許可を頂いて紹介する。
 過敏性腸症候群は治るものだし、克服してごく当たり前の生活を取り戻すべきものだと思っている。平たく言えば、こんなもので人生を棒に振ってはもったいない。この一言に尽きる。

 昨日はひどい嵐でしたね。 ちょうど仕事に行くときにひどくなり、傘が見事に折れてしまいました。
 娘ですが、無事に卒業でき、○日に東京での入社式を済ませ昨日から研修に行っております。ご心配おかけしました。社会人になり少し寂しい気がしますが、大学受験の時の辛さを乗り越え、就職活動の時の歯がゆさを乗り越え、成長してくれたと思うと感無量です。先生には本当に感謝しています。あの時先生の漢方薬に出会ってなければ、今の娘はいません。大げさじゃなく本当にそう思います。 どんどん元気をなくしていき学校にも行かなくなった娘を見てるのはとても悲しかったです。どんな情報でも欲しくてずっとインターネットを検索していて先生のブログにたどり着きました。それまでパソコンを触ったこともない私は検索の仕方さえわからずたどり着くのが遅くなってしまったと思っています(;_;) 先生が子供達の為に心から治したい思いが伝わってきまして感動したのをよく覚えています。
 実は私が仕事を始めたのは先生の影響なんですよ。実現したらお話しようと思ってました。娘の病気が治り浪人生活が始まったと同時に私も一緒に勉強して何か子供のためになることをと思い、娘が苦手としていた英語を勉強し子供達に英語を教えようと決めました…ところが学生時代全く勉強せず高校も新設校の1期生というほんとに勉強のべの字もしたことがないので、とにかく苦労して英語教室の先生にもあきれられ、時にはバカにされ、途中で何度もやめようと思ったのですが、娘のことを思いだし、先生のことを思いだし、猛勉強して英検2級を去年の○月に取りました。塾の講師や英会話教室の講師の応募資格に最低でも英検2級必要と書いてあったからです。勉強の仕方もわからないので色々遠回りもしました。5年かかりました(^_^;)そして今年の○月塾の講師に採用されまして、小学生の算数と中学生の英語を担当させてもらえることになりました。算数が難しく、今また勉強中ですが(^_^;) 応募資格に大学卒というのが多い中で、ハローワークに出向き今の職場を見つけていただき、面接の時に私の思いを精一杯伝えましたら、講師に必要なのは勉強ができるじゃなく、あなたのように子供達への情熱ですと言ってもらえて本当に嬉しかったです。4○歳にして採用されたことに周りもびっくりしていましたが(^_^;) 主人や娘は私が勉強していた姿を知っているので本当に喜んでくれました。
 今娘は私の元から巣立ち始めたばかりですが、また子供と接することができ一緒に成長していきたいと思います。本当に可愛いです。もう一度子育てのやり直しができたらなぁって思ってしまいます。


2012年04月03日(Tue)▲ページの先頭へ
突風
 多くの地域の人が今日の突風には驚いたのではないか。突如なま暖かい風が吹き出したと思ったら、台風を思わせる、いやそれ以上だったかもしれないが、強い風が物を飛ばし始めた。慌てて裏に出てみると倉庫の上においていた煉瓦までが吹き飛ばされて落ちてきた。飛ばされたものを片づける余裕はなく、まだ飛ばされずに残っていた物を家の中に取り込むのが精一杯だった。風は面積を持っている物にはとてつもなく凶暴で、板やシートがいとも簡単に剥がされ飛んでいった。
 東北の津波以来、人は自然に対峙する姿勢が萎えたように思う。あまりの力に脱力してしまったのだろう。少しは人間が謙遜になったかと思うが、臆病にもなったと思う。あまりの力に額づくしかない。制御の効かないものの前でひれ伏すしかない。敵を知らないうちの威勢のいい戯言をくり返されても、最早聞く耳を持つ者はいない。
 為す術がないから居直っているのか、農家の方がまだ強風が吹き荒れているときに来た。ビニールハウスが飛ばされたと、なんでもないような言い方をした。それは大変だとこちらは思うが、別に慌てる様子もなく買い物を続ける。自然と毎日、それも何十年もの間対峙してきた人特有の強さか知恵か分からないが、そこには臆病はなかった。
 風一つ、雨一つどうしようもない人間の非力を知るために、どれだけの対価をこれからも払わされ続けるのだろう。


2012年04月02日(Mon)▲ページの先頭へ
花束
 このタイミングでこんな立派な花束を持って入ってきたら誰だって改装祝いかと思うだろう。結構繊細な女性なのだと一瞬感心したのだが、一瞬の誤解でよかった。
もらった方の一番の関心事は「この花束いくらくらいするのだろう」だから、あげる方のモチベーションは下がってしまいそうだ。まず花を買うなんて習慣がない僕にとって、こんなに立派な花束は花屋の店頭でしか見たことがない。いやいや恐らくもっと色々なところで実際には生けられているのだろうが、こちらが無骨で気がつかないだけなのだろう。
もらう方がもらう方なら、くれる方もくれる方だと言うことがその後すぐに判明した。その女性は市外から2ヶ月に1度くらいやってくる方だから、我が家の改装は知らないはずだ。余りにもよいタイミングだから「どうしてこんなに立派な花をくれるの?」と尋ねると「主人が今年定年退職で、今日会社の送別会があって、そこでもらったんよ」と教えてくれた。「そんな大切なもの貰えないじゃないの」と言うと「家に持って帰っても仕方ないじゃないの」とあっけらかんとしている。花を生けて気持ちを安らげる情緒を理解しないのか、あるいは生けるセンスがないのか、くれた花の美しさとは真逆だ。ただその花の華やかさは改装後の僕の薬局にはぴったりだ。鏡の側に置いてみるとまるで計算尽くのように華やかな雰囲気を醸し出してくれる。
 綺麗綺麗とはしゃいでいる僕に家族が教えてくれた。「○○さんは最初手ぶらで入ってきていたのに、花をわざわざ車に取りに帰ったのよ」と。やられた、僕に遠慮させないためのとっさの判断とさりげない演技は、花束よりもはるかに気高い香りを放っていた。


2012年04月01日(Sun)▲ページの先頭へ
広報誌
 あるジャーナリストが日本の新聞は「広報誌」だと言っていた。お上の言うことを検証するわけでもなく、ただ垂れ流すだけだからだそうだ。外国の新聞記事は文章の書き手の個人名が出るらしいが、日本では会社の意向に背くことが出来ないらしく、正義より、真実より、広告主の意向を反映するらしい。だから放射能のことでは何ら政府や東電を非難しないし、影響を小さく見せることばかりに腐心している。
 さもありなんと思っているころに、首都圏に住み、首都圏で働いている親類がひょこり訪ねてきてくれた。名前を出せば誰もが知っている大きな会社で、責任ある立場で働いているみたいだが、新聞やテレビでは知ることが出来ないかの地の生身の日常を教えてくれた。震度5くらいでは驚かないと言うかの地の人達の地震に対する免疫には驚いたが、いざその時に生きておれるかどうかと言う、博打みたいな無常観にも驚いた。驚くことはまだあって、絆云々ととってつけたようなかけ声とは裏腹に、企業などはしっかりと事務所を西日本に移しているらしい。もっと遠く外国に移転する流れもすでに出来上がっている。知らないのは庶民ばかりで、復興という名の殺し文句に精神まで束縛されている。情報を持っている人達はしっかりと財産や自分の命を守っているのに、何も知らない純朴な人達ほど、汚染された地に暮らし、汚染されたものを食べ、汚染された支配者の思うとおりに心も体も蝕みながら生きている。
 僕らは枯れた枝にしがみついているようなものだ。福島の4号機がもし余震で崩れ落ちたら、枝が折れて川の中に落ちてしまう。この国のあれ以降は、毎日が綱渡りならぬ枯れた枝渡りなのだ。誰もあの事故の責任をとらない、問われない中でもしあれを上回る事故が次に起きても、誰一人刑務所に入らないのだろうか。たった数万円寸借詐欺をした僕の幼友達は今塀の中なのに。


   


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〒701-4302
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