栄町ヤマト薬局 - 2012/03

漢方薬局の日常の出来事




2012年03月31日(Sat)▲ページの先頭へ
嫌み
 どうして僕がこの国を代表して、かの国の若い女性に怒られなければならないんだ。
二人は、週に1,2回、薬局を閉める頃に突然かの国の料理を持参してくれる。最近は僕の舌も独特の香辛料に慣れてきたのか、以前ほどの拒絶感はなくなった。まだ心から美味しいとは言えないが、顔に本心を出さずに「美味しい」と言う努力もさほど必要なくなった。
 薬局を閉めて2階に上がり僕はこたつに足をつっこんで料理を待つ。妻の料理を彼女たちは少し手伝ってくれる。僕はテレビを見ながら待っている。逆に、お開きをした後も、後かたづけをする3人を尻目に、僕はテレビを見ている。この様子がどうも彼女たちには許し難い、理解しがたいものらしい。ベトナムの男性は料理を一緒に作ったり、後かたづけもするらしい。微動だにしない僕をどうやら日本人男性の典型と捉えているらしく「ベトナムノオトコノヒト、ヤサシイ」「ベトナムノオトコノヒト、オクサンアイシテル」などと嫌みを言う。片言の日本語なのに嫌みの部分はしっかりとこちらに伝わる。
 自分では決して古いタイプの人間ではないと思っているが、どうやらそれは思い過ごしで、その典型像に迫りつつあるらしい。日本人でも今の若い人は一緒に家事をしたりしているよと答えたが、なにやら言い訳がましい。それはそれで腰の重い僕が歯がゆいのだろう。どうやら、一端帰国後又勉強のために日本に来たいと言う女性に「日本人と結婚したら」と勧めたときに、愛想笑いの一つもしなかったのは、僕を見てのことだったのだ。
 彼女たちが帰国した暁には、「日本の男の人は・・・・」と色々なところで話をするだろうから、日本人男性の評価は下がってしまう。そのおかげで僕は「日本を駄目にした男100選」に選ばれそう。


2012年03月30日(Fri)▲ページの先頭へ
戸車
 なんてことだ、4人で首を傾げたが、あり得ないことはあり得ないのだから誰かが意図的にしたか意図的に見落としたかだ。でももう20年以上使ってきているから、当事者を特定は出来ないし、いつ誰に頼んだなかなども忘れている。
薬局の入り口の自動扉がギイギイ音がして誰の目にも、いや耳にも故障していることが分かる。機械好きの何人かの男性に指摘された。みんな気がついているだろうが、口に出すか出さないかだけの違いだと思う。内装工事のついでに自動扉の不具合も見てもらった。業者が戸をはずして戸の底を見て驚きの声をあげた。「戸車がなくなっている」3人とも、言っている意味が分からなかった。あんなに大きな戸車が、僅か数oの隙間から出てくるはずがない。たとえ壊れたにしても数センチはゆうにある金属製のものがミリ単位に都合よく壊れるはずがない。「この扉はいつはずしました?」と聞かれてすぐに答えられるわけがない。何となく一度それこそ今回と同じような調子になって専門の業者に治してもらった記憶がある。専門と言ってもすでに当初取り付けてもらった業者が倒産して辞めていたから新しい業者にやってもらっているはずだ。どうしてその業者を見つけたのか、誰かの紹介だったのか忘れたが、なんてことだと呆れた。まさか新築の時に真新しい戸車がなかったとは考えられないので、途中の修理の時にはずしたままセットしたのだろう。作業現場を見張るほどお節介ではないので完全に任せきりだが、そうした自分の気性が若干悔やまれる。
 僕は新しい自動扉に替えないといけないことは覚悟していたのだが、内装業者と自動扉の業者の人がなんとか治す方法はないかと話し始めた。工具や油を車から降ろして不都合を一つずつ潰していってくれた。そして戸車さえ替えれば充分使えるという結論に達してくれた。他の現場が終わってからやって来てくれたので夜の10時頃だったが、日当も出ないような結論に至ったことが気の毒だった。
 実は今回娘達が小さな改装を考えたときに依頼したのが、井戸を掘る会社の社長なのだ。専門外のことだが、何となく建築業者と繋がっているのではないかと考えた。案の定すぐに信頼できる人って言うことで若い内装業者を紹介してくれた。それからは若い彼に全てを任せてやってもらったのだが、彼の連れてくる職人達も又ごまかしがなかった。今まで薬局と住居を2回に分けて建ててもらったが、不満がかなり残るものだった。いい人はおおむねいい人に繋がっているものだと、今回の改装を通して感じた。その逆も当然あり得るわけで、前者に遭遇した場合の感動は心地よい。ちょっとしたことがちょとしたことにならないのなら、必ず前者であって欲しい。


2012年03月29日(Thu)▲ページの先頭へ
 僕はすぐに誰だか分かったが、妻は分からなかった。その人が僕の息子の名前を出して初めて気がついたらしい。
牛窓に帰ってきて初めての知り合いがなんと若い警察官達だった。牛窓警察署が近くだったから、若い警察官が買い物によく来た。そのうち時間つぶしなどにも立ち寄るようになって、より親しくなった。一緒に食事をしたり、旅をしたり、あげくは警察署の野球チームにまで入れてもらって、一緒に練習をした。
 彼はその中の一人で最も親しい人だが、年齢を重ねるに従って重責を担うようになったのだろう、会う機会は段々なくなった。年賀状だけのつき合いになっていた。そんな彼がこの3月で定年退職を迎える。と言うより後3日で警察官でなくなる。久し振りに会った彼はたいそう老けているように感じたが、制服を脱いだからだろうか。その様子で悪人を捕まえろと言う方が無理かもしれない。定年とはよくしたものだと妙なところで感心した。「後3日間は、犯人を逮捕できるの?」と久し振りに会ったことよりそんなところに興味を持ったので尋ねてみた。すると出来ないと言う返事が返ってきた。何がどうして出来ないのか良く分からないが、ある日を境にガラリと変わるものだと感心した。下手をすれば逮捕される側に回るかもしれないのだ。その変わり様に当事者はどう思うのだろうと興味が湧いたが、奥さんがついてきていたのでそこまでは尋ねなかった。
 決められた区切りでスパッと職業人を終えることが出来る彼らと違って、僕にはそれがない。仕事を辞めることで妙に老け込むよりはいいかと思うが、醜くなるまで頑張る必要はない。ほどほどという日本人の得意とする間合いで辞め時を決めなければならないのだろう。何故か最近は疲れるほど多くの方が漢方薬の相談に来てくれるが、今のところ打率7割を維持しているからもう少し現役でおれるのだろうか。
 そう言えば今日訪ねてきてくれた彼はすでに多くの歯を失っていた。どうりで彼は野球の腕でも僕に歯が立たなかったわけだ。


2012年03月28日(Wed)▲ページの先頭へ
偽善
 「幸い家族も我が家も無事でしたが親戚が犠牲になりました。津波は我が家の数十メートル手前まで来ましたが、急坂の一番上に建っているため難を逃れました。まさかあんな大地震に襲われ巨大津波をこの目で見ることになるとは思いもしませんでした・・・」
 東北地方にも何人か僕の漢方薬を飲んでもらっている人がいるが、まさかこんなにリアルにあの大津波を経験している人がいるとは思わなかった。僕の漢方薬を飲んでいる人は全員内陸部の人だと思っていた。かの地方の地理には疎いから、地名だけでは想像がつかないのだが、何となく誰も被害に遭っていないような気がしていた。
 ふとした理由で数年ぶりにメールをくれたこの女性の住所を見て驚いた。何度も何度も映像で見た大津波で有名になった町ではないか。それまで名前さえ知らなかったローカルな町だが、今は全国区だろう。
 まるで映像で作ったような非現実的な光景を目にした時の驚きや悲嘆はどれくらいだっただろうと想像するが、雄弁に語るべきものではないのだろう。映像を越える言葉に未だ会ってはいないが、「この目で見ることになる」と言うくだりは、歴史のあるとんでもない瞬間に遭遇した人でないと出ない言葉だと思った。
人為を駆使した偽善の堆積が押し寄せる水の壁に抗えるはずがない。懲りない偽善に再びが用意されていないはずもない。


2012年03月27日(Tue)▲ページの先頭へ
格調
 我ながらよい助言が出来たと思う。その上結果が期待以上だったから、長年の主張に自信を持った。
僕より少し年上の奥さんが、時々息苦しくなると言って相談に来た。胸を何かで締め付けられて、このまま死んでしまうのではないかと恐ろしくなるというのだ。当然病院で調べてもらったのだが、原因がないらしく何の治療もされないまま帰ってきた。病気ではないと言われても本人は毎日発作が起こるのだから、何の慰めにもならない。寧ろ薬が出なかった分、頼るものもなく不安がより一層増幅されただけだ。
こんな時の僕の格調高い助言はいつも「パチンコでもしたら」だ。「開店時間前に店の前で並んだら」ともよく付け加える。僕自身があの堕落した光景の一員だった数年間の自虐の想いでもある。およそそんなものとは縁のない真面目すぎるほどの奥さんなのだが、別に僕の助言を軽蔑することもなく、「そんなものしたことがないわ」とまるで想像通りの返事が返ってきた。
 ところがだ、ところがだ、言ってみるものでその奥さんがなんと本当にパチンコに行ったのだ。さすがに一人では行けなくてご主人について来てもらったらしいが、予想通りパチンコに熱中している時間は発作が全く出なかったらしいのだ。本人は気がつかなかったが後でご主人が教えてくれたみたいだ。
 その日を境に回復がずいぶんと早くなったみたいで、僕の立場としては漢方薬の力と言いたいが、本音の部分では嘗て僕がそうであったように、その奥さんも機械相手に夢中になって我を忘れたのだろう。あるべき姿、期待に無理して答えようとする姿がジワジワと自分の心を浸蝕してくる。ある日体力がなくなればその浸蝕に精神が耐えられなくなる。現代人にはよく訪れる危機だ。そうした危機を乗り越えるのは堕落に限る。落ちてしまえばずいぶんと楽になるものだ。そのうちいつか体力が回復すれば精神も自ずと冬眠から覚める。春を待てばいいのだ。パチンコ台に向かっていれば脳みそは春爛漫だ。高尚な教訓よりはるかに効果的だ。高尚な人の腹の底より、財布の底の方がはるかに誠実だ。 
 あの奥さんの頭の中にはその後、あの金属の玉が激しく行き交う音が鳴り響いているかもしれない。何も考えない無垢な時間を僕の格調高い僕の助言が与えることが出来た。


2012年03月26日(Mon)▲ページの先頭へ
邪道
 さすがに床を変えたら皆さん気がついてくれた。先週は壁紙で討ち死にしたから又返り討ちに会うのかと思っていたら、今日は来る人の9割の人が口に出して反応してくれた。そのほとんどが好意的な評価で、最も僕を、いや娘を喜ばせたのは「カフェのよう」と言う感想だった。恐らくその辺りを意識してデザイナーの方に頼んだのだろうから、少しばかりの達成感があったのかもしれない。
 改装と言っても最小限の経費でやってもらうのだから、大きなことは望めなかったが、デザイナーの倹約志向と相まって、予想以上の変身が出来たような気がする。什器などは一つを除いて全て使用中のものばかりなのだが、背景が異なるとそれさえ新品の個性的なもののように見えるから不思議だ。嘗て高額な什器を揃えていたが、今は本当に廉価なものでそれなりの目的を達することが出来る。デザイナーの助言で、新たに採用したものも、よくテレビでコマーシャルを見かける、なんという会社のものだったか・・・関取、いやあやとり、いや違うな、ゴミ取り、いやなんか違う・・・舵取り、受け取り・・・まあ、なんかトリと言うような名前だった気がするが、そこで手に入れたからとても安くすんだ。便利と言えば便利だが、昔なら什器一つ作れば職人が1ヶ月食えるのではないかというような値段だったが、今なら日当にしかならないのではないか。どちらがいいのか分からないが、「気に入らなければ又変えればいいが」などと言ってしまえる自分に驚く。変えれなくて20年近く手をつけなかったのに、安く仕上がることが分かったら口から出る言葉も大きくなる。
 ただ一人「今までので充分だったのに」と言ってくれた女性がいる。さすがに色々なところが古びて来たから、あのままずっとというわけには行かないが、薬局の本質は、特に僕の薬局のように漢方薬などで効くか効かないかの勝負を毎日している所では、舞台装置みたいなもので人を呼ぶ方法は邪道に近い。色の濃い重厚そうな新しい床を磨くより、まだまだ腕を磨いた方がいいのかもしれない。


2012年03月25日(Sun)▲ページの先頭へ
教材
 どうも分かっていないらしい。いくら言っても同じことをくり返す。
 身体にたいして神経質な人は多いが、この人の右に出る人は今だ知らない。そのおかげで僕も一杯漢方薬の勉強をさせてもらったが、もうそろそろ教材になってくれなくても僕は独り立ちしているのだが、今だしこしこと病気を作っては通ってくれる。最近は奧さんまで僕の教材にしてくれて頻繁に通ってくる。この前は不整脈が見事に治って僕も恩返しできたのだが、今回は心臓発作だ。息がしにくくなって胸のあたりが苦しいらしいのだ。苦しい苦しいと言って胸のあたりを押さえているというのだ。「何であんなに弱いんじゃろうな、大きな病院でも連れていかんでもいいじゃろうか」と言うその一言で僕には症状も原因も又対処法も分かった。要はあんたが原因なのだ。
 「○○さん、又奥さんにうるさく言ったんじゃろう」と僕が尋ねると決してそうだとは言わない。それどころか奥さんの至らなさをあげつらう。「○○さんがきついことを言うから奥さんがビビッてしまって心臓発作みたいなものを起こすんじゃないの。奥さんは心臓なんか悪いことはないよ。以前の不整脈だって同じ原因だよ、あんたが悪い」いくら言っても聞く耳は持っていない。「よく効く漢方薬を作って」と又いつものように僕に教材をくれる。
 現代人のストレスは悲しいかな家と職場。どこにいても何かと誰かと常に戦っている。心臓でも胃でも腸でも何か犠牲にしないとやっておれない。命はどこかを犠牲にして守られる。うまくできているものだ。「奥さんの症状は1日でとれるから3日分だけ漢方薬を作るよ。でも○○さん、その顔をどうにかしたら、その恐そうな顔」・・・・なんて言葉も又聞き流されているのだろう。


2012年03月24日(Sat)▲ページの先頭へ
点滴
 笑っちゃいけないけれど笑わせて。朝からこんなに楽しいことはない。
ある中年男性が「救急車に乗った」と打ち明けた。どうやら2週間前くらいの話らしいが、今日までに数回薬局に来ているのにその話は伏せていたらしい。僕は彼を中学生の頃から知っているし、あるお世話をしているのでしばしば薬局に薬を取りに来る。意外と格好しで、プライドが高いから内緒にしていたのかもしれないが、その後のことが気になって打ち明けたのだろう。
なんでも、車を運転していたら急にしんどくなってシートに横になっても治らなかったらしい。心配したお嬢さんが携帯で救急車を呼んでくれて運ばれたらしい。その後ウツの薬を飲まされていると言った。「オレはウツ病だろうか?」と言うくだりが彼にとって一番興味のあるところなのだ。
 彼についての情報は親よりも沢山持っているので、僕はこれだけの会話でことの顛末は全て理解できた。ウツ病ではなくパニックを起こしただけなのだ。だから「救急車が到着したら自然に治ってこなかった?」と尋ねた。すると彼は「そうなんじゃ、治ったから救急車には帰ってもらおうかと思った」と驚いたような顔で答えた。「あれが違う娘だったら救急車を呼んで貰えなかったかもしれない」と照れながら言ったが、合わないお嬢さんもいる。「病院で、何か心配を抱えているのではないですかとか、疲労が積み重なっているのではないですか?とか聞かれた」と教えてくれたがそんなもの今に始まってはいない。家族の中で孤立して孤軍奮闘で過酷な仕事に精を出しているから、どれも当たっている。いくら頑張ってもねぎらってくれる人がいないのだ。仕事のモチべーションを酒だけで保っているような人だから、危ないものだ。危険と隣り合わせで働いているのにご苦労さんの一言もなければ酔わない酒に飛び込むしかないだろう。体力が年齢と共に落ちてきたところに、極端なストレスが重なってふがいない結果になったのは見え見えだ。「ついに救急車に乗ったか。即、霊柩車でなくてよかったな」といって二人で大声で笑った。
 繊細とはまったく縁がなさそうな人間なのに、抱えきれない重荷を背負わされればさすがに心を病む。「少しはまっとうな人間になっているではないの」と言う僕の励ましで恐らく彼は治る。不安障害の薬をウツの薬と思いこんで頑張って飲んでいるが、それは似合わない。酒という名の点滴で今まで自他共に認める働き者でおれたのだから。


2012年03月23日(Fri)▲ページの先頭へ
善良
 ほんの1秒ずれていたらよかったのに。
号泣するお父さんの姿がニュースで映し出されていた。こんな所で耐えたらもっと悲しみが深くなる。自然の感情の通りに振る舞わざるを得ないお父さんの姿がそのまま悲しみの深さを表している。
 どこかで犬が吠えてふと足を止めていたら、どこかで躓いて泣きべそをかいていたら、誰かに背中を押されてケンカになっていたら、恐らく亡くならずにすんでいただろう。逆にふと心配になって工事の人が綱でくくっていたら、亡くならずにすんだだろう。何をどの様に掛け合わせればそんな不幸に遭遇するのか分からないが、不幸は数学では測れない確率で襲ってくる。
 善良の不幸ほど悲しいものはない。理不尽が増幅される。何の力によって守られるべきか、何にすがって守られるべきか、理屈や教理の前で立ちつくす。風の冷たさに襟を立てたなら、風の冷たさに手袋を取りだしたなら、いやせめて身震い一つしていたならば、号泣の父親と昨日までのように笑顔で机の前に腰掛けていたのに。善良に善良以外の結末を与えないで。


2012年03月22日(Thu)▲ページの先頭へ
道の駅
 相性がよい時は不思議なくらいよい連鎖が起こる。逆も真なりなのだが。
年配の女性が妹さんを紹介してくれた。本人の逆流性食道炎が漢方薬2ヶ月服用で完治したので、妹の長年の蓄膿症と胃にポリープが一杯出来るたちが治らないかと相談してくれたのだ。妹さんも2週間服用で、緑の鼻と鼻づまりと喉に降りる症状がかなり治った。そして今日1時間半かかるところから又漢方薬を取りに来てくれたのだが「本当にここを紹介して貰えて幸せだった」と言ってくれた。この言葉は勿論有り難いのだが、僕にはもっと有り難いことがその後起こった。
 症状の変化を教えてくれるとその女性は「買い物に行ってきていいですか?」と僕に尋ねた。勿論出かけてもらえればゆっくり作ることが出来るから当方にとっても歓迎だ。女性は1時間位して帰ってきた。「買い物って言われたけれど牛窓を知っているの?」と尋ねると「2週間前に姉に連れてきてもらった時、牛窓で魚を買ったんです。新鮮でとても美味しかったから今日は絶対買って帰ろうと思っていたんですよ」と答えた。彼女の住む町は牛窓から北へ1時間半くらいで、そもそも出身はその又北の中国山地の山間の町なのだそうだ。だからスーパーでしか買えない魚に比べてあまりにも美味しくて、わざわざ牛窓に来ることが苦にならないのだそうだ。
自分の仕事ばかり懸命に取り組んできたから、この町に経済的に何ら貢献していないことが少しばかり後ろめたさとして頭の片隅に常に残っている。大きなことは出来ないが何か小さなことでも貢献できないかと考えた末、出来ることはこの女性のように薬局に来たついでに牛窓で少しでも買い物をしてもらうことだと思いついた。その為には漢方薬の実力を磨いて、町外からどんどん来てもらうようにしなければならない。今でも半分の人は遠くから来てくれる人達だが、もっと多く来てもらって薬の待ち時間に田舎の町を楽しんで貰えたらと思っている。魚でも野菜でもお菓子でも備前焼でもいいから牛窓の生産者の腕を楽しんで貰えたらと思っている。牛窓に道の駅が出来たらいいなと常々考えているが、その種の幸運は訪れそうにないから、せめて「未知の駅」に誘える漢方の実力を付けようと思う。


2012年03月21日(Wed)▲ページの先頭へ
散弾銃
 その頃、徐々に現在の小児科医療に対して、「これでいいのか?」という気持ちが大きくなっていました。小児科では一番大事な、感染症をきちんと診られる医師もほとんどおらず、とりあえず抗生剤を出して患者を帰す、といった治療もなされていました。僕自身、抗生剤を使わないわけではありませんが、抗生剤が必要な病気はほんの一部であり、抗生剤を乱用すれば耐性菌を増やす原因になる。抗生剤を適正に使う小児科医療がしたかったんです。

 ある医師が開業した理由を明かす文章だ。この文章の前後にはもっと長い文章があるのだが、志の高さや正義感がよく現れている文章だった。となると、指摘されている多くの他の小児科はどうなのかという話になってしまう。もっぱら感染症で苦しむ子供達にとって、それをきちんと診られない医者がほとんどいないとは一体どういうことなのだろう。良く分からないからなんでも抗生物質を飲ませて、まるで散弾銃のようにどの球かが当たるだろうと言う程度のことですませているのだろうか。もっともその程度でほとんどの子供が回復するのだから、本来人間に備わっている自然治癒力はやはりたいしたものだ。
 などと傍観者を気取れるほど僕らは立派ではない。小児科の医師にも勿論及ばない。僕らは散弾銃さえ持っていないのだから、弓か竹槍の世界だ。歯が立たないか近寄れないか、数々のハンディーを抱えて人様の世話をすることになる。何千年の膨大な人体実験の統計によって成立した学問を拠り所にしているのだから、効かないはずもないが、ライフル銃のように正確で強力な治療は出来ない。
 本来ライフル銃で勝負するはずの人達が、大手漢方メーカーの口車に乗って竹槍で戦い始めた。竹槍同志では僕は負けないが、僕らが負けないような土俵に降りてくるべきでない人が降りてきてはいけない。もっと崇高な場所で活躍して欲しい。経済の臭いがぷんぷんとして人格を下げてしまう。その臭い、煎じ薬どころではない。


2012年03月20日(Tue)▲ページの先頭へ
土足
 ある問屋の配送係は荷物を持ったまま、壁の方に幾度か目をやった。何となく違和感があったのだろう。それでも結局何も言わず、いつものように判取りをして出ていった。もう1人セールスも同じような仕草をしながら、いやこちらは念が入っていて、出口で一度振り向きながら、それでも何も言わずに出ていった。
結局その日何十人かが出入りしたけれど、リアクションがあったのはその二人だけだった。後の人は何ら気がつくことなくいつものように入ってきて、それぞれの時間滞留した後出ていった。
 若夫婦に言われやっと決断したのに、これでは張り合いがない。20年以上なおざりにしていたから、もうそろそろ限界だってことは気がついていたが、いくら壁が綺麗になったって漢方薬が効かなければ意味がないなどと居直って、重い腰をより重くしていた。ある事情でやっと改装と言えるようなものに着手できたのだが、ほとんどの人は気がつかなかった。自分の欠点はいつも気持ちが向かって増幅されるが、他人は案外無頓着なものだ。それと同じ理屈なのだろう。シミ一つ、ピンの穴一つ、はがれかけて垂れ下がった壁紙一つない状態でも誰も愛でてもくれない。
これ見よがしに壁に貼ったり垂れ下げていたものを取り払ったら、結構広く感じる。寧ろがらんとしていて締まりがなくなった。この建物を建てた頃は薬局もまだ赤ちゃん用品などを扱っていたから、店舗部分は広く調剤室は最低限の広さしか確保しなかった。ところが現在では病院用の医薬品や、漢方薬が半分以上を占めるようになったから、店舗部分の張り物がなくなれば間が抜けたように綺麗だけが取り柄の壁が露出してしまった。ひょっとしたらみんな、気がついていたけれどその間の抜け方が気の毒で口には出せなかったのかもしれない。そう言えばいつもお喋りなセールスがいやに寡黙だった。
 今度の日曜日には床を張り替える。それでも気がつかないようだったら靴を脱いでスリッパに履き替えて入ってもらおうか。土足厳禁などと張り紙をしたら蛇足厳禁ってしかられそうか。


2012年03月18日(Sun)▲ページの先頭へ
勇気
 食品売り場のショーケースの前を歩くと身体が冷えて辛いという訴えを聞くことがある。狙いを定めて一品を手に取りレジに急ぐ購買行動の僕には理解できないことだったが、今日なるほどなという経験をした。
頑張ろう○○というかけ声のもと、かの地方のものを意図的に消費させる機運が未だ続いている。それを確かめようと大きなスーパーの食品売り場をゆっくりと見て回ったのだが、意外や意外、かの地方のものはほとんど目にすることが出来なかった。暇があれば同じような行動を震災以来続けてきたが、こんなにかの地方のものを見なかったのは初めてだ。企業も表向きは、世の風潮に合わせて人道面をしているが、やっぱり経済には勝てなかったと見えて、ほとんどが瀬戸内、山陰、九州のもので、ずっと遠く外国のものも目に付いた。明らかに消費者の目を意識したもので、かの地方のものを意識的に避けている。この人道的でない対処は、実はもっとも人道的なのだ。何の罪もない人間が最強の毒物に暴露されなければならない理由はない。いつも尻ぬぐいを強いられる庶民が買わなければ最高の抵抗になる。こんなに簡単で効果的な方法はない。シュプレヒコールを上げなくても簡単に意思を表明して世の中を動かすことが出来る。
同年輩の買い物籠を下げた男性に混じって、一品ずつ如何にも買うようなまねをして吟味している僕は、まさに嫁さんに逃げられたか死に別れたうらぶれた独り身に見えるかもしれないが、頭の中ではガイガーカウンターの針が振り切れている。ショウケースの前で身体より頭を冷やした方がいいのかもしれないが、副作用云々と言って国から金をもらっている身としては、薬なんかよりはるかに恐ろしいものに無関心でいる勇気はない。


2012年03月17日(Sat)▲ページの先頭へ
正解
 誰にもジンクスというものはあるのだろうが、意外と僕の薬局で多いのは「治ったと喜んで報告するとまた悪くなる」と言うものだ。だからそのジンクスの信奉者は、好転しても口が重い。嘗て長い闘病生活(?)の中でぬか喜びに終わってしまった経験が多いからか、迂闊によくなったなどとは言えない。
今日電話を下さった女性もその中の一人で、調子がいいと電話で話をすると途端に悪化するので、余り良いとは言いませんと警戒気味だ。2週間分が2回、だから1ヶ月程度今までとはずいぶんと違うよい状態を維持しているのに、敢えて口を重くしている。「僕の声を聞くと逆戻りするなら、今度から報告は電話ではなく電報でして!」と答えたのだが、この答えは僕としては満足できない。その女性は電話の向こうで笑ってくれたが、僕としてはそんなものでは満足できない。自分でも今一だとすぐに思ったのだが今更言い換えるわけにも行かない。正解は「奥さん、今度から声を聞かなくてすむようにのろしを上げて!」と答えるべきだった。
 「薬が無くなったから至急送れ」って合図をのろしで出来たりしたらどんなにロマンチックだろう。100Km近く離れているその人の住む町とのろしでやりとりできる平野が広がっていたりする光景を想像するだけで古代へと誘われる。幸福感を知らない時代に生きるより、不幸感が分からなかった時代の方が余程生きやすかったのではないかと思う。


2012年03月16日(Fri)▲ページの先頭へ
吉本隆明
 少しだけ涙ぐんでしまったが、それは偉大な老人の死を悼んでのことではなかった。彼の時代が終わったことが即、僕の時代も終わったことと同じであると直感的に感じたのだ。 30数年前、彼の名前を息子にもらった。僕も含めて誰かがそうするだろうと思っていたが、早い者勝ちで僕がそうした。薬科大学に入ったのに薬の勉強は苦手だったし、興味もなかった。早晩その道を諦めて、毎日パチンコに通った。授業のほとんどを出ていないような気がするのだが、どうして今薬剤師でおれるのかいくら記憶を呼び戻しても分からない。
 怠惰の極みの6年間で、せめて何かまともなことはしていないのかと問われれば一つだけある。なぜだか分からないが、よく本を読んだ。眠る前には必ず読むし、真っ昼間の歓楽街に出かけるときも、必ず本を持っていた。そして場末の喫茶店の片隅でコーヒー1杯で何時間も粘った。薬学生なのに読んだ本は思想書ばかりだった。全くの素人だから読み進むにはほとんどの本が難解だったが、その難解さは憧れでもあった。難解さにうだつの上がらない青年は酔っていたのかもしれない。それでも毎日毎日活字を眺めていれば少しは分かってくるもので、当時手探りで築いた精神的な支柱は未だ微動だにしない。打算を必要としない当時の青臭さは、一生を保証する価値観を与えてくれた。
その価値観が正しいかどうかは別として、僕は生き方にぶれがないと思っている。潔癖な青年期に彼の本を懸命に読んだおかげだと思っている。難解だけれど新鮮だった。自分で納得できる、ものの見方を教わったような気がする。誰にも支配されない価値観を持ったような気がする。
 僕ら凡人の何十倍も何百倍も濃密な人生を送ってきた人でも、やはり老いて消えていくものなのだと感慨深かった。いわんや僕ら凡人が人生を終えるなんて、枯葉一枚の景色にもなり得ないのだと無常観に襲われた。


2012年03月15日(Thu)▲ページの先頭へ
投影
 分かる、分かる、頼んだ僕の方がいけなかった。
 ある人に連絡を取りたかった丁度その時、同じ職場の方から電話がかかってきた。要件がすんだ後安易に伝言を頼んだのだが、電話口で渋っている様子がもろに分かった。すぐに僕は依頼を取りやめようとしたのだが、相手は理由を自分で説明した。「私は嫌いじゃ、あの人は八方美人だから」と。簡単明瞭だ。
その言葉を聞いて、僕はすぐに二人は合わないのだと気がついた。勿論どちらもがそれぞれ不調を抱えていて漢方薬を取りに来るが二人の関係性など考えたこともなかった。僕にはそんなこと興味もないし、この電話さえかけなければ触れることのなかった話題だ。偶然僕が依頼したことで発覚したことなのだが、発覚しても何がどう変わるわけではない。従前通り僕は二人ともに全力を尽くす。
 単純明快に切り捨てた女性は、卑下の女王だ。自分の全てを卑下してしまう。斜に構えて自分の至らなさを口癖にする。でもそれは決して慇懃無礼ではなく、その態度こそが彼女の評価を上げているのではないかと思えるくらい板に付いているのだ。恐らくそれは意識した謙遜ではなく、育てられ方にあるのではないかと思う。又人生のいくつかの肯定しがたい場面の投影ではないかとも思う。
 およそ人生の中で自慢などとは縁のない生活を送ってきたのだろうが、その謙遜上手こそ誰にも自慢できるものだと思う。


2012年03月14日(Wed)▲ページの先頭へ
無防備
 歯医者さんで順番を待っていると、前の患者さんが扉を開けて出てきた。僕と目が合うと、その日の天気のことを話し出した。やっと暖かくなりそうだったのに少し冬に後戻りした感のある日だったが、それを嘆くような内容だった。昼の4時頃だったのだが、外の仕事の彼女は、患者が少ない時間帯を狙って現場から直行して来たのだろう、仕事着のまま、それも汚れていくらの仕事だから、見方によってはだらしないような服装だった。でもお喋り好きの彼女は、ニコニコしながら歯医者の待合室などお構いなく大きな声で話した。時々薬局に来る人で、薬局に来たときは立場上僕が接待するのだが、外で会ったが百年目で、ほとんど彼女が喋り続けた。対等と言うより押され気味だ。服装だけでなく、心の底まで普段着の彼女はまるで無防備な日常を僕の前で晒した。
僕は彼女が会計をすませて帰っていくまでのほんの数分の出来事が、田舎で暮らすことの最高の特権のような気がした。何ら飾らない服装、言葉遣い、表情、その全てにおいての無防備さこそが、心の平安の基のような気がしたのだ。1日中戦い続けているこの国の、特に都市部で暮らす人達の緊張感とは対角線にある。勝ったり負けたり、出し抜いたり出し抜かれたり、鋭角の接触がない人間関係の中で多くの歳月を生きて来れたことの価値を、その女性の「さよなら」と言う挨拶の中で確かめた。


2012年03月13日(Tue)▲ページの先頭へ
消費税
 「来院5時間前の朝起床時より、頭位変換時の回転性めまいあり。天井がぐるぐる回るような感じで、じっとしていると1分以内に治まるが、寝返りなどの頭位変換を行うとまた同様の症状が出現する。頭痛、嘔吐、難聴、耳鳴りはなし。」
 この文章に続いて、この患者の既往歴や身体所見が詳しく書かれている。Dix-Hallpike法を施行した。さてその後選択すべき薬剤は何かという設問にたいして医師の正答率は3%だった。
 この記事を見て僕は恐いとは思わなかった。その数字でいいのだろうと思ったし、そんなものだろうとも思った。一人の医師が全ての病気の対処法を頭の中に入れておくことなど出来るはずがない。余りにも増えすぎた疾患にたいしての配慮こそが専門医制なのだから、専門外の医師が正解を出さなければならない理由はない。
 薬でも同じことだと思う。医師が専門化しているのに、薬に関しては薬剤師がオールラウンドなんて不可能だ。僕なんかもう現代薬にはついていけていないから、専門薬局制を敷いて欲しい。まだどうやら漢方薬くらいならついていけるから、漢方部門専門薬剤師くらいの肩書きで仕事をさせて欲しい。
 勇敢にも質問に答えた97%の医師に親近感を持つのは、僕が己の限界をよく知っているからだ。元々ごく普通の人間が、それも地を這うくらいの能力しかない人間が、スーパーマンなんてものになれるわけがない。いくら職業と言えども日々更新される情報を見落とさず聞き漏らさず更新できるはずがない。ざるのような脳みそなのだからオタクっぽく興味を持った分野だけがせいぜいの守備範囲だ。嘗ての消費税の比率のような中には所詮入れない人間だ。


2012年03月12日(Mon)▲ページの先頭へ
スカイツリー
 隔週、隣の県の新幹線が止まる街から来て下さる家族がある。お子さんが学校から帰ってから、家族揃ってきて下さるから結構牛窓に着くのが遅い。昨日も寄り道をしたらしく薬局に来たのは日が暮れてからだった。ただ都会の方だから、僕らが感じる時間帯の印象とは趣は違うだろう。牛窓のその時間帯はもう車も時々しか通らないから、街の人から見れば深夜かも知れない。その様な問いかけをしたら、家の前は県道だからさすがに交通量が多くて、結構音がうるさいと教えてくれた。
 だがしかし、その言葉には引っかかる。県道だから交通量が多くて?「ここも同じ県道なんですよ」と説明するとお母さんは笑ったが、表情の陰には申し訳ないようなことを言った後悔みたいなものも少しだけ隠れていた。「都会の人から見たらここは村道か?」いやいやそれくらいの差ではすまないから「ここはあぜ道か?」とたたみかけて、みんなで大笑いした。関西の方達だからこの様なボケとつっこみはほとんど反射的に出来て、いつも楽しい時間を過ごさせてもらう。
 でも実際は僕の薬局がある通りはあぜ道に近いだろう。自称広島で言うと八丁堀に匹敵するほどの自負はあるし、大阪で言うと通天閣、東京で言うと銀座くらいには思っているのだが、所詮都会の人からしたら手八丁か脳天閣か頓挫くらいにしか見えないのだろう。もっともこの夏はスイカ釣りーで稼ごうと目論んでいるのだが。


2012年03月11日(Sun)▲ページの先頭へ
息切れ
 何気なく朝のワイドショウを見ていたのだが、何か違和感がある。出演者が全員簡素な椅子に腰掛けているのだが、青色の嘗て見た防護服のようなものを着ていた。建物もなんだか牛舎か倉庫の跡のようながらんとしたものだった。震災後1年の今日はどの局も特集を組んで朝から晩まで放送するのだろうが、目にした最初の番組から何故か抵抗があった。 司会が状況を説明するに従ってその理由が分かった。まず驚いたのは、出演者がいるところが、原発から少ししか離れていない避難区域?警戒区域?で何度も何度も耳にする名前の町なのだ。今では誰でも自由に入ることが出来るんだと驚いたのだが、もっと驚いたのは、ひょっとしたら20歳代ではないかと思われるような若い女性司会者もその中にいたことだ。なにもなかったことにしょうと国もあの会社も懸命だから、そして年間数百億円とも言われる広告料をもらっているマスコミも同じ穴の狢だから、意図して安全を視聴者に植え付けるために計算尽くで設定した場所なのだろうが、業務命令で若い女性をわざわざそこに連れていくことは許されまい。将来どんな悪い影響が出るか分からないのに、我が娘、我が孫だったら同じことをさせることが出来るのかと問うてみたい。
あれから怒りが意図的に消された映像を垂れ流されて、まるで正座を強いられているこの国の人は、同じ災難をいずれ又背負うことになるだろう。やられてもやられても耐えることが美徳と擦り込まれた遺伝子に、季節を戻す北風も何故か息切れをしている。


2012年03月10日(Sat)▲ページの先頭へ
闊歩
 男性と車に乗ることに果敢に挑戦してくれている女性が、男性とワンルームマンションなんかとても住めないと言った。狭い部屋が一つ、トイレが一つでは、臭いが気になっておちおち暮らすことなんかできないというのだ。本人にとっては少しずつ、僕にとっては順調に改善してきているから、その辺りもクリアしてくれそうなのだが、トラウマがあるらしくまだどうしても越えることが出来ない壁になっている。とは言うものの、車に同乗するときの心の乱れようなども恐らく以前よりはかなり改善しているから、いずれ出来るようになるだろう。
 電話で彼女がトイレが一つの家に住むなんてと言ったが、僕が返したのは次のような言葉だ。「トイレが一つの家に住めないと言うけれど、トイレが二つもある豪邸の方が経済的に住めないよ」だ。言った僕も面白かったが、彼女も大きな声で笑ってくれた。
 必ず電話で症状を教えてくれる女性だが、少し沈んだ電話で始まり、最後にはこの様に笑いのうちに電話を置くことが出来る。流行りと言えば流行り、地味と言えば地味な趣味を持っているらしくて、およそその事に興味さえ示すことが出来ない僕にとっては、症状以外は未知との遭遇なのだが、遠くの地で懸命に生きている人がいて、縁あって一時の交流が出来ることを幸せに思っている。いつか彼女が望みを叶えてもっと自由に人生と言う道を闊歩してくれることを祈っている。


2012年03月09日(Fri)▲ページの先頭へ
儲け
 その朝、やっと何年来にも及ぶ僕の地道な努力が実った。
雨上がりだけれど意を決して家を出たのがよかった。体育館脇の、ある公共施設の傍を通りかかったとき、財布らしきものが落ちているのが目に入った。これは何かのご褒美だと思って拾ってみると、カードが一枚だけ入っていた。この時点でアウトだ。僕はカードというものを1枚も持っていないから何に利用するものかさっぱり分からない。昔のテレフォンカードくらいなら景品でもらって持っていたことがあるから分かるが、それ以外は何のためのカードでどの様に使うのか分からない。
 失意のうちに、それでも捨てるようなことはせずに、濡れたままポケットに入れ散歩をこなして家に帰った。僕には何の価値がなくても落とした人には大事なものかも知れないから、一応警察に届けようと思った。それでも仕事中に未練たらしく眺めていると、SAFETYCARDと書かれているのを見つけた。それと数桁の数字がボールペンで書かれていた。見つけたと言うよりその二つしか文字はなかった。それと何となくカードが地味だ。だから、その道のプロが拾っても意味がないようなものではないかと思った。そしてSAFETYと言うくらいだから鍵の代わりをするものではないかと考えた。となるとこれは別のその道のプロの手に渡ってはいけないから、出来るだけ早く落とし主に返さないといけないと思った。落ちている場所から考えて、その公共の施設の人のものである可能性が高い。警察に行って拾っただなんて言ったものなら恐らく色々な手続きが必要だろうから、いやそれより僕が疑われそうなので、直接施設に電話した。鈍さで定評のある僕の勘でも時には当たるらしくて、まさに落として途方に暮れていた人が電話に出た。
薬局に取りに来たのは若い女性だった。以前ある会合で一緒になってその働きぶりはよく知っていたから、少しは役に立てたことを嬉しく思ったが、たまには仕事以外で人様の役に立つのもいいものだと思った。こんな偶然でも経済が介在しない所で役に立てたのは儲けものだ。たとえ財布の中に水に濡れたら破れるものや、水に沈むものが入っていなくても。


2012年03月08日(Thu)▲ページの先頭へ
船虫
 海岸からの距離はかなりあるが、入り江からと言うとそんなに遠くはない。だから時々薬局までフナムシが到達することがある。よくも途中で天敵に襲われずにたどり着いたものだと思うが、その甲斐もなく追い払われて、再び海の方に戻っていく。何ら人間に不都合はないが、その姿形から陸に住む足の多い虫たちを想像してしまうから、ついつい追い返してしまう。ただフナムシは幼い時から当たり前のように見ていた虫だから気持ち悪くもないし恐ろしくもない。都会の人が初めて見たら、ムカデやゴキブリと同類項のように見えて気持ち悪がるかもしれないが。
 数年前まで海苔の養殖を続けていた漁師さんが薬を取りに来た。来たら雑談をするのが昔からの習慣だ。昔の大漁や今の不漁など、一線を退いた人間の特権で、まるで評論家のような話をする。ただ60年以上も海の上で生きてきた人だから僕ら陸のものには分からないような話題が豊富で蘊蓄に富んだ内容も多い。日焼けした顔に意外としわが少ない。養殖漁業を長年していたから経済的には恵まれていたのだろう。顔のふくよかさがそれを表している。もう船を手放したのと尋ねると、「半分売った」と答えたから当然「2隻も持っていたの?」と重ねて尋ねた。すると当然その質問に行き着くだろうと言うような満足げな顔をして「4隻持っといた」と答えた。「4隻も持っていたの?」と驚く僕はなんの粉飾もいない根っからのものだ。「ご主人凄いではないの、船主じゃないの」と大きな声をだした。すると急にその方の顔色が変わったと思うとこれ又大声で「フナムシじゃねえわ」
 なんだ、楽しそうに話していたのにこれが本当の虫の居所が悪かった・・・なのだろう。


2012年03月07日(Wed)▲ページの先頭へ
勝負
 心療内科でもらっている薬は当然だが、その様子からうつ病であることは簡単に分かる。気力体力をなくし、口から出てくる言葉はマイナスの言葉ばかり。来る度に症状が変化する。僕は訴えの通りに漢方薬を作る。でも僕にとってはすこぶる好感度の高い田舎のおばちゃんにしか見えない。真面目で素朴でなかったら今この様に苦しんではいないだろう。パチンコを勧めても博打を勧めてもそんなこと出来ないととりつく島もない。
漢方薬を作る前に話をする。僕は見ての通り偉くないから問診などしない。雑談専門だ。ため息を連発して寂しがるばかりだから「犬でも飼ったら?」と助言すると「私が飼って欲しいくらいじゃ」と切り返してきた。これは僕もアッシー君で連れてきてくれていたお嬢さんも大受けだった。勿論久々のヒットか本人も大声で笑った。これだけ笑えればすぐに治る。
 ギャグ薬局を標榜している僕がこれでやられているわけには行かない。粉薬で作ったのが少しばかり弱そうだから、今週から煎じ薬で治療しようと提案すると、物忘れがひどいから火をかけたまま焦がしてしまうと言って断られた。恐らくそればかりではなく煎じる気力も今はないのだろう。それを無理して強要すると治療のモチべーションが下がり、返ってマイナスだから無理強いはしない。そこで僕が答えたのは「火にかけたのを忘れて家を煎じてしまったら気の毒だから粉薬で作るわ」だ。
 どうだこれで僕の優勢勝ちだ。これで勝負あったり。


2012年03月06日(Tue)▲ページの先頭へ
代行
 「どうなっとるんじゃと思う」。標準語に直すと「どうなっているのかと思う」。男性がいわば照れ笑いのように言った。
 二十歳の息子と80歳のおじいさんがほとんど同時に胃腸風邪をひいた。脱水症状が激しくて方や入院して点滴を受け、方や薬はなにも飲まずに「もう何回も下痢をした」と言いながら沖に船で出てまだ冷たい風にあたりながら漁をしている。病院に行った方の診断はノロウイルスだったらしいが、別に珍しいものではない。行かなかった方も当然ノロウイルスによる感冒で、風物詩のように毎年はやっているものだ。男性の照れ笑いは二人が同じ風邪をひいて真逆の対処の仕方をしていることに原因がある。照れ笑いを越して嘆きのようにも聞こえる。何故なら、入院して点滴を受けているのは二十歳の息子で、下痢をしながら船を操り漁に出かけたのは80歳のおじいさんだからだ。これが逆なら彼も特別嘆いたりはしなかっただろうが、まるで笑い話のような逆転に自嘲気味の笑いでごまかすしかなかったのだろう。「今の若いもんは情けないなあ」と「昔の人はやっぱり鍛えとるな」は同じ彼の言葉で同義語だ。
 生まれたときから色々な病気をして自然免疫を獲得して来た世代と、生まれたときから病気は薬が叩いてくれるもので通ってきた世代との違いだ。統計的に見てどちらがいいのかは分からないが、何もかも代行できる時代に余程意識して立ち向かって行くものを作っていないと、生きることさえ代行してもらわなければならなくなるかも知れない。


2012年03月05日(Mon)▲ページの先頭へ
隙間
 数学の先生と卒業記念の写真をとっている。これだけでも僕には考えられないくらいの業績なのだが、卒業生代表になったりしているのだから大したものだ。東北地方随一の難関大学に入学したのだから当たり前なのかも知れないが、漢方薬を作った人間と飲んだ人間がこうも違うのだから世の中は面白い。
お母さんからのメールは、短い文章の中に要点だけが収められていた。中学校から服用してもらったから随分長い間のお付き合いだが、僕の匙加減の情報としては充分なものだった。真面目だとか努力家だとか、潔癖だとか、責任感などと、賞賛や評価の言葉は一度も出てこなかったような気がするが、僕は文章の内容から逆にそのような言葉こそが似合う少年を想像していた。恐らく間違っては居なかったのだろう、大学合格の報告と写真が添えられたメールでその事に自信を持った。
およそそれらの言葉と無縁の生活を送ってきたので、どの様な少年が漢方薬を飲んでくれているのだろうと時に思った。特に原発事故があってしばらくして、少年の住む町の名前を時々テレビで目撃するようになってから、その思いは強くなった。顔も姿も分からないが、勝手にイメージした学生服姿の少年の健康を願った。そして大学進学を機に、見えない臭わない恐怖から少しでも離れてくれればいいのにと思っていた。
 頑張りたくても頑張れない若者が、頑張りたくても頑張らせて貰えない若者が又春には縁をつないでやってくる。自身や家族の貢献の100分の1も出来ないが、その100分の1がないばかりに青春を失ってしまうこともある。その隙間を埋めることが出来たら僕の漢方薬も報われる。


2012年03月04日(Sun)▲ページの先頭へ
田子作
 ある対談をインターネットで聞いていたら、田子作という言葉が何度か出てきた。前後の文脈で何となくニュアンスは分かるのだが、確かな理解はなかった。聞いたことがあるようなないような単語だった。対談では色々なカタカナ語が頻繁に飛び交い、その意味はほとんど分からなかったが、日本語がよく分からないでは情けないので調べてみると、田舎者や百姓を侮辱して使う言葉らしいのだ。討論の中身は農業についてのものではなく、政治や社会情勢などの内容だったから本来の意味で使っていたのではなく、比喩で用いられていたものだってことが分かる。
田子作と同じように何度か登場した言葉に愚民ってのがある。同じような意味で用いられたのだろう。討論では希望よりも失望の方が多く語られていて、勇気を与えられるものではなかったが、この種のものを聞いたことがないので、なかなか面白いものだと思った。この国を、この国の人を憂う人達、それも又専門家と言われるべき人が居て、この種の討論をしたり本を書いたりしているのだが、専門家と言われる人達の総崩れを目撃している昨今、この種の人達だけを信じるわけにはいかない。自立できない個人をさしてあのような言葉を使うのかも知れないが、田子作のイメージを逆手にとって商魂たくましい会社や人達が居ることもインターネットで知った。
 考えてみれば、僕の住む町はいわゆる田舎で田子作ばかり。薬局に来る多くの老人達はお百姓。これ又正真正銘の田子作。いわば僕も田子作だらけの町で生まれ、田子作に育てられたようなものだ。生粋の田子作だ。ただそんな田子作でも強いものは生理的に嫌いで刃向かいたくなるし、人と横並びで安住はしないし、胡散臭いものを見抜く力は常に磨いているから、軽んじられ蔑視の対象になり、飼い慣らされるべき存在ではない。僕の薬局に来る長閑な雰囲気を醸し出す老人達もそうではない。都会の研究室から見える光景が実相から如何にずれているかは、政治家と同じ次元だ。どんな響きを感じながら対談者が好んで使ったのか分からないが、僕には田子作こそが救うことが出来る時代が来たようにしか見えないのだが。


2012年03月03日(Sat)▲ページの先頭へ
名人
 どうしてこれで82歳なんだ。理不尽だ。
 掘り出し物があるというので、大きな冷蔵庫を譲ってもらった。縦横180cm高さ190cmの大きなものだ。前の持ち主がイチゴを保管するために所有していたらしい。僕は冷蔵庫機能はいらなかったのだが、とりたてて取り外すことはないからそのまま機械付きで運んできてもらった。特に機械部分はそうだがかなりの重量がある。リフト付きのトラックで運んできてくれた。
 僕はそれが運び込まれるという連絡があったから、設置してもらう駐車場を片づけた。色々なものを置いていたから片づけるのは一苦労だったが、その中でもリポビタンの50本入りのケースをいくつも移動させるのが大変だった。始めてからすぐに腰に違和感が来て、へっぴり腰での作業になった。トラックが到着するまでの30分くらいの間に僕の腰はほとんど使い物にならなくなっていた。
 冷蔵庫を運んできてくれたのがなんと70歳くらいの方と82歳の方なのだ。二人とも元気だが、特に82歳の男性の方はその元気さが尋常ではなかった。僕なんかより重いものはもつわ、高いところには登るわ、ノコギリは中腰で使うわ、どれもこれも歳を感じさせない・・・いや、歳が分からなくなるくらいの元気さだ。当然昼食時に何でそんなに元気なのと言う話題になったのだが、山芋をよく食べると言っていた。山芋は漢方薬でも山薬と言って滋養強壮剤として使用されるが、食事で毎日のように食べるのだそうだ。如何にも理にかなってはいるが決してその一つに理由をもとめることは出来ない。多くの要因によって健康が保たれているのだろうが、風貌も10歳は若く見える。
 顔が若く見えるのだったら、内臓も若く見えるのだろう。外見だけが若くて内臓が老けているってのは考えにくい。内も外も同じだろう。恐らく82歳の方の内臓も風貌の如く萎縮していないのだろう。時にこの様に「若さ名人」が居るが、あやかろうとするこちらの方がすでに「老け名人」になっている。


2012年03月02日(Fri)▲ページの先頭へ
安易
 これはないだろう、せっかく期待して買ったのに。これさえあればかの国の人と簡単に意志疎通が出来ると思ったのに、無駄に時間ばかりがかかり、実りがほとんどない。出来ればリコールしたいくらいだ。
 自分が言いたいことは「ちょっと待って」と言って、うつむき加減に小さなキーボードを叩く。相手の言うことが分からないときはそれを手渡して同じようにキーボードを叩いてもらう。夢の携帯翻訳機は1台で14カ国語を翻訳できる優れもので、音声までついている。これで微妙な意志疎通でなければある程度の会話は出来ると思っていたのに、悲しいかな液晶画面に打ち込んだ日本語にたいして、該当なしの連続だ。10回単語を検索してやっと1回かの国の言葉がフィットする確率くらいだ。それもそれが正しいかどうかを身振り手ぶりで確認しなければならない。機械を信用できないのだ。便利どころか無駄な行為が9割だ。
 インターネットで捜したのだが、機械音痴が機械で捜したところがそもそも間違っていた。やはり実物を見て買うべきだった。取扱説明書の段階で折れそうになって、今回ばかりはと頑張って使い方を理解したのだが、そもそもの機能がこれでは、何万語の翻訳可能といううたい文句がひょっとしたら誇大なのではないかと勘ぐりたくなる。
 まあ安易な方法をとろうとした僕がいけなかったのだが、今更本気でかの国の言葉の勉強など出来ない。諦めろって事なのだろうが、こうなれば言葉ではなくジェチャーの腕を磨こう。どこかにパートタイムの、いやパントマイムの教則本がないかな。


2012年03月01日(Thu)▲ページの先頭へ
浅はか
 どうりでよく来ると思った。何回か経験している人は耳鼻科を素通りして来るから余程僕の漢方薬が効くのだと思っていたが、病院の薬が効かないと言うことの裏返しでもあったのだ。
 「急性副鼻腔炎に対するアモキシシリン10日間投与の効果を、プラセボ(偽薬)との比較で検討した無作為化試験の結果、投与開始3日後、10日後での症状改善は認められなかったことが報告された。急性副鼻腔炎への抗菌薬投与に関するエビデンスは乏しいものの、医療現場では広く投与が行われている。本報告は、米国・ワシントン大学総合医科学部門のJane M. Garbutt氏らが、約170人について行った無作為化プラセボ対照試験の結果で、JAMA誌2012年2月15日号で発表した。」
 こんな記事を今日配信されて来た製薬会社のメールの中に見つけた。日本中で、いや世界中でどれだけの人がこの実は効果がない治療を受けているだろう。抗生物質で治っていたと思っている人のほとんどは、実は自然治癒力で治っていたことになる。薬が大したことがないと思うのか、人間の自然治癒力が凄いと思うのか人それぞれだが、僕は後者の考え方に近い。そうしてみると漢方薬もずいぶんと力がある。抗生物質みたいに抗菌作用はないが、排膿作用は結構あるから、体外に膿を排出して治すことが出来るのだろう。風邪をひくと必ず副鼻腔炎(蓄膿症)になる人があるが、漢方薬で腸内の善玉菌を守りながら治すのがいい。抗生物質で善玉菌まで攻撃したら細菌のバランスが崩れてそれこそ不健康になってしまう。
 古人にどれだけの知識があったのか分からないが、たいしたものだ。これだけ科学が発達してもかなわないものを確立していたのだから。進化したように見えても頭の構造はほとんど同じなのだろう。寧ろ退化している可能性だってあるかもしれない。生きるだけで必至だった古人の方が余程切実に知恵を働かせていたと思う。欲だけが動機の現代人は如何にも浅はかだ。


   


漢方薬を初め天然素材の薬を用いて、さまざまな慢性疾患の回復をお手伝いします。
お店のホームページ
お問い合わせフォーム

☆★ FAXで漢方相談 ★☆
※漢方のご相談は「漢方相談FAX用紙」を印刷し、ファックスもしくは郵送でヤマト薬局までお送りください。

新着エントリ
過激 (3/29)
窮屈 (3/28)
瀬戸際 (3/27)
晩熟 (3/26)
行動的 (3/25)
上郡 (3/24)
不快 (3/23)
狡猾 (3/22)
激情 (3/21)
手遅れ (3/20)

新着トラックバック/コメント
9880円 (3/23)
後姿 (3/22)
当たり前 (3/19)
勇士 (3/16)

■店舗名■
有限会社 栄町ヤマト薬局

■住所■
〒701-4302
岡山県瀬戸内市 牛窓町牛窓4808-3

■連絡先■
[TEL] 0869-34-5466
[FAX] 0869-34-6017
[E-mail] ご相談はこちら
[URL]

カレンダ
2012年3月
       

アーカイブ
2006年 (266)
4月 (25)
5月 (29)
6月 (31)
7月 (30)
8月 (31)
9月 (29)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (30)
2007年 (354)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (30)
4月 (31)
5月 (30)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (22)
11月 (29)
12月 (31)
2008年 (366)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2009年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2010年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (30)
11月 (30)
12月 (31)
2011年 (364)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (29)
12月 (31)
2012年 (365)
1月 (31)
2月 (29)
3月 (30)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2013年 (366)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (32)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2014年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2015年 (364)
1月 (31)
2月 (27)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2016年 (365)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (30)
5月 (31)
6月 (30)
7月 (31)
8月 (31)
9月 (30)
10月 (31)
11月 (30)
12月 (31)
2017年 (88)
1月 (31)
2月 (28)
3月 (29)

アクセスカウンタ
今日:567
昨日:4,840
累計:6,151,557